名詞修飾語「~とき」内部で用いられる活用語尾「た」の教授法に関する提案

全文

(1)る,. れ案. いる. 6挺. 用す で関 部に 内法. との. ∼﹂ ﹁た 節﹁. 飾屋 修語. 吉田一彦 [ キーワード ]. 「. た 」、. 「とき」、 参照 点 、 分析的捉え方、 指示. 1. 本研究の目的と 教授上の間短点の 確認 本稿は、 吉田 (2001b) 0 以下「双稿」と 略記 ) に論じた諸点にもとづき、 修飾師「 一 とき」. ( 以下、. 「. 一 とき」と略記. いられる時間関係を 標示する形式「 た. 」. ). 名詞. において「とき」に 連なる述語に 用. ( 以下、. 「. た 」と略記 ). 教授する際の 学習項目としての 取り扱いに関し 提案を行. う. を日本語学習者に. ものであ る。. 本稿の構成をまず 示しておこう。 本節では、 はじめとして、 本稿において 研究 対象とする言語現象自体の 性格を 、 教える側と学ぶ 側の双方の問題として 確認す る. 。 第 2 節では、 本稿の議論に 関連する先行研究の 主張の問題点を 挙げ、 続く第 3. 節では、. 「. た 」の意味・機能に 関する独自の 一般化を提示する。 この 2 つの節は 、. それ以降の節で 本稿独自の主張を 行 う 大前提となるものであ る。 第 4 節と第 5 節で は、 現象分析のために 有用だと 居、 われる既存のものとは 異なる分析上の 観点を導. 入するとともに、 先行研究の分析に 対し代案となる 分析を提示する。 第 4 節では、 事象 (event),の捉え方に分析的なものと 非分析的なものとの 二様があ ることを指摘 し、. 第 5 節では、 現象を指示の 問題として捉えなおすことを. れらを考慮することによって. 研究上の問題点のひくつかが. 提案する。 そして、. こ. 解決されることを 示す。. そして、 第 6 節では、 本稿における 議論からの帰結として、 教授法上の提案を 行 う 。. 本稿では、 等号が時間関係に 対して用いられる 場合には時間が 同時であ ること を 表すものとする。. 方. ( つまり過去の. また、 不等号が使用される 場合、 値の小さい側が 時間軸の 左. 側 ) 、 大きい方の側が 時間軸の右方を 表すものとする。. ⅠⅠ. 学習項目としての 問題点 日本語教育において 一般に 、. 「. た 」は動詞・. 一 43 一. ィ. 形容詞・ ナ 形容詞および 名詞句 十.

(2) 「. だ 」の屈折語尾として. 教えられる。 そして、 その使用,により 表されるものは、. 過. 去 テンスだと説明される。 言語現象の説明において 一般に「テンス」とだけ 言え ば 、 それは、 絶対的テンス、 つまり、 発話時を基準とした 時間の前後関係のこと であ. り、 したがって、 学習者も通常はそのように 理解する。 ところが、 次の例の. よう に「とき」に 連なる述語に 用いられる「 た 」の用例の中には、. テンスの過去の. た 」を絶対的. 標識とする位置付けに 矛盾するものが 存在するため、. して別に説明を 用意する必要が. (l). 「. 学習者に対. 出てくる。 次の (la) (Id) がその例であ る。. a. フランスヘ行くとき、 かばんを買った。. b. フランスヘ行ったとき、 かばんを買った。 c. フランスヘ行くとき、 かばんを買う。. d. フランスヘ行ったとき、 かばんを 買 ( Ⅰ 992: 92)). (筑波ランゲージバノレープ. 通常この説明として 「. 用意されるのが、 次のような「とき」に 連なる述語における. た 」の使用・不使用は 主節が表す事象との 時間的前後関係を. 表す、. とする説明で. あ る。. (2)@ The@tense@of@{81}@in@Japanese@indicates@whether@the@action@of@{81}@ completed Ⅰ. or@not@at@the@tme@of@{82@ took@place ( 筑波ランゲージバループ. (1992:91)). そして、 上記の (1) に対して次のような 訳文をあ てる。 ( Ⅰ )@. a . When@I@went@to@France,@I@bought@a@bag. b. く二. c,. ㎜ enIwenttoF Ib0ughtabag. W. ユⅠ. Ⅱ. mce,Iboughtabag. 抽 e Ⅱ IgottoFranceJ. enIgotoFrance,IlIIbuyabag. d . When!“o》o:rance,!'ll|uy‖|ag. (=IllIbuyabag ㎡terIgettoFrance.) (筑波ランゲージバループ. あ. るいは、 次の例のように、 「とき」に連なる 述語における「 一 44. 一. (1992: 92)). た 」の使用・不使用.

(3) は 完了のアスペクトを 表すのだという 説明であ る。. (3). 「. 来る動詞が「辞書形」のときと「. 一 とき」の双に. う. た形 」のときは、 次のよ. な違いがあ る。. ①うちへ帰るとき. ケーキを買います。 現在. 未完了. ② う ちへ帰ったとき、 「ただいま」と. 言います。 現在. 完了. ( スリーエーネ、 ッ. トワーク. (編著 ). (2000: 220)). ところが、 これだけでは 実際の用法をすべて 説明し尽くすことができない。 この. ため、 上記の説明に 関して例外となる 用例に言及されることがあ る。 例は 、 次の 引用中の (4). (㏄ ). と. (6d) が同一の時期を 指示し得ることであ る。. Whenヾi(nヾi》oki・ changes@dependi. Ⅰ. on,》he[eaning{f》he《entence. g@on@the@tenses@of@Si@and@Sz. ( 中略 ). (C) When》he‖ctin . Si‖nd》he‖cti. n . 82》ake}laceヾmuaneously{r Ⅰ. concu 庁 ently:. (6) a. 私はシカゴ ヘ 行く時車で行く。. (W 『henIgotoChicago,Igobycar.) b. , 私はシカゴ ヘ 行った暗車で 行く。 c. 私はシカゴ ヘ 行く時車で行った。. 肌 en. Iwentto Chlcago,Iwentby. car.). d, 私はシカゴ ヘ 行った暗車で 行った。 (When!『ent》o,hicago , I『ent|y…ar , ). (MakinoandTsutsui. (1986: 493494) 、 日本語 文の ローマ字表記を 省略 ). しかし、 ここには、 対応する英語の 文が同じになってしまうことについては 何の 説明も与えられていない。 また、 前掲の (1b). と. (1c) の場合、. はかばんを旅行先のフランスで、 い. う. (. 「・. ). の英訳によれば、 それぞれ、 (1b) で. (lc) では出発地の 日本で買 う ことに決定すると. 説明であ る。 しかし、 実際の用法としては、 (lb) 一 45 一. と. (lc) のどちらも、 日本.

(4) で買. う. という解釈ととフランスで 買. う. という解釈の 両方が可能であ り、 この意味. でこれらは本来的に 両義的な文だと 言える。. さらに、. 「とき」に連なる 節が一定期間継続する 事象を指示する 場合に言及する. ものは皆無に 去 をあ. 等しい。 筆者の知る限りでは、 拐 ll (1986:68)に「主文の述語が. られすときは、 従属節の述語は『シティル』をつかっても『シティタ. つかってもよい。 」という両者を 区別しない見解が 示されているだけで、 次の. (5bL、 (6a). と. (5). と. コ. 過 を. (5a). (6b) のような用例間の 区別を説明するものはないと 思われる。。. a. つらいとき、 悲しいとき、 別の人間になれたらどんなにいいだろうなん て、 考えたことのあ る人もいると 思います。. (hはp ゾ /wWw.preL 荻 iぬ ,jp/chiId/ken ㎏u38.htm) b. つらかったとき、 悲しかったとき、 別の人間になれたらどんなにいいだ ろ う. なんて、 考えたことのあ る人もいると 居、 います。 ( 上記 a にもとづく作例 ). (6). a. 宿題をやっているとき 友達から電話がかかってきた。. b. 宿題をやっていたとき 友達から電話がかかってきた。 (. 作例、 二吉田 (2000b:19)). 1.2. 学ぶ側にとって 問題となること 本稿で問題にしている 言語現象に関しては、 現状では、 特定の言語を 母語とす る. 学習者にとって 学習が困難であ る、 というような 指摘は特に聞かれない。 むし. ろ. 、 学習者の母語によらず 困難であ る、 と考えられているよ. う であ る 5。. たとえば、. 動詞の活用に 単純形と複合 形 があ る英語のように、 絶対的テンスと 相対的テンス の 両方を言い分ける 道具立てを有する 言語の母語話者にと. っては、. 「. た 」の使用・. 不使用は、 構造的に言って 複雑なものではないかもしれない。 しかし、 単純に母 語からの類推で 日本語の文を 理解しょうとした る 事象は、. 場合、 「とき」に連なる. 節が指示す. 主節が指示する 事象とは別個に、 テンスを表すとされる 形式に従って 、. 発話時を基準として 時間軸上の所定の 位置に置かれると 考えるだろう。 したがっ て 、 (1) の中では、 (1a) や (1d) が理解しにくいものとなる。. 中の (6c) テン・スを. と. (6dL、 上記の (5a) と (5bL、 (6a). と. また、 (4) の引用. (6b) のように、 一度異なる. 表すものとして 教えられた形式が 述語に用いられるにもかかわらず 同一 一 46 一.

(5) の時間を指示し 得るということも、 簡単に納得できるものではないと 思われる。 そして、 これらが同一の 時間を指示し 得るということが 理解できたとしても、 使 い 分けの基準を 予想することは、 非常に困難であ る。。. 一方、 文法力テゴリーとしてのテンスの 標識を持たない 言語の母語話者にとっ ては、 母語において、 事象の生起する 時間を表すために 語順が利用される 頻度が. 高いことや、 日本語とは異なる 組み合わせの 文の両義性が 成立することのため、 別の意味で学習は 容易ではない。 何 として、 タイ語との比較・ 対照を行ってみよ ぅ. 。 以下に. (. 「・. の英語訳文にしたがい、. ). い表すためにもっともよく. (1) の 各文 が表すとされる 事実関係を言. 用いられると 思われるフィ 語の形式を示す。 ( 以下の. (7aL 、 (7bL 、 (7c) 、 (7d) が、 それぞれ、 (la) 、 (Ib) 、 (lc) 、 (ld) が表すとされ る事実関係に 対応する。 発音表記は、 通常のアルファベットで 表せる昔はその 文 字 を用い、 そうでな い ものは、 大文字で代用する。 0 は円唇・ 奥舌 の広 い 母音、 G は軟口蓋鼻音、 W は 平唇 ・中古の狭 い 母音、 E は 平唇 ,前古の広い 母音を表す記号 としてそれぞれ 用いることにする。 数字は、 直前の音節の 声調を表す , 。 ただし、. 第 1 声は記していない。 ). (7). a. sWW4. ㎞ 戒 paw5p. 買う. かばん. 印. 七. %raG2see 佗. 行く. フランス. b. paj fa2raG2see戊 lEw4 行く. フランス. c. (waa3 c 戒 ) (一. しょう. d. (waa3 c 戒 ( 一 しょう. タイ語の場合、 a. とc. ). sWW4. ). う. が 用いられることがあ. paj fa2raG2see伐. かばん. 行く. フランス. 、 そして、 b. かばん. ぬ戒 paw5. p 可士戒 raG2see 行く. か 戒 paw5. 買う. そして. 買. ). sWW4. とd. フランス. 伐旧 w4 sWW4 そして. 買. ㎞ 戒 paw5 う. かばん. の事実関係を 表すためにまったく 同一の形式. る。 事象が生起する 時間の前後関係は、 生起する順番に 言. うことによって 表現されるということが 一般的であ るため、 主節時に対する 前後 関係を表すということだけが. 教えられた場合、 「とき」を使用することの 意義が理. 解されないでしまう 可能性があ る。 また、 タイ語の方では、 事象 1 く 事象 2 一 47 一.

(6) ど いう 順に生起するならばその 順に言い表すというのが 原則であ り、 その順に生 ・. 起するという 事象間の関係が 過去に成立する 場合にも未来に 成立する場合にも 点で (7a). じ 形式を使い得るという. り得る、 い. あ. るいは、 (7b). う. (7c) の両方に使用される 形式が同一であ. (7d) の両方に使用される 形式が同一であ り得る 、. と. う 両義性が成立している。. が持つ、 日本で買. と. 同. と. このタイ語の 両義性は、 日本語の文 (lb) や (lc). という解釈もフランスで 買. う. という解釈も 両方許容する、. いうことの両義,性 とはまったく 異なる関係であ り。 単に (lb). や. (lc) はこの 意. 昧で 両義的な解釈が 可能なのだ、 ということが 教えられたとしても、 言舌者にとっては、 簡単に納得できることではないだろうと. と. タイ語母語. 想像される。. このように、 「∼とき」という 表現には、 学習者の母語と 比較対照してみてはじ めて明らかになる 複雑な言語現象が 関与している。 それでいて、 やはり学習者に. とっては使えれば 便利なものであ り使いこなせることが 望まれる 初級の段階で 教えられるべき. ). 学習項目であ. (. したがって、. ることには間違いない。. 表現としては 重要であ るが言語現象として 単純なものでむいため 用法の全体を 導入時に教えてしまうことの 不可能な学習項目の 場合、 学習者の到達目標を 、 学 習 の各段階ごとにどのように 設定するべきか、 ということが 問題になる。 初級に おける導入時に、 上述のような 日本語の用法全体を、 文法規則を立てて 説明する 方法のみに頼って 行. う. ということは、 時間的制約があ るため、 実際不可能であ. る. と思われる。 理解されやすい 用法から始めて 用法の特徴を 徐々に理解させるとと もに確実に通じる 表現の幅を広げていくという. 教授上の配慮が 必要になる。. までに初級の 段階で実践されてきたさまざまな 学習項目の提示 法 や (3)) は、 このような配慮にもとづくものであ. ( たとえば. これ. (2). ろう。 しかし、 このレベルを 超. ぇる 到達レベルを 想定した学習項目としての 提示 法は ついては、 これまで、 議論. がなされてこなかったように や 翻訳を職業とする. に. 思われる。 たとえば、 極端な例として、 文学の研究. 日本語学習者にとっては、 事実関係を正確に 伝えられるだけ. では十分でなく、 実際に日本語母語話者によって 用いられる形式の 正確な解釈を 行う能力が要求されることも. 少なくないであ ろう。 学習者本人の 個人的なコミュ. ニケーションの 経験に頼って、 結果として日本語母語話者と 任意の語彙項目が 使えるよ. う. になれば. 良 し と し よ つ@. 一 48 一. 比べて遜色ないほど. ということではなく、 教.

(7) 育の場で学習項目として 扱. う. ことの意義を 問い、 教えることで 効果的な習得の 実. 現を目指すのならば、 簡略化した規則だけではなく、 上級者のために 日本語母語 話者が使. う. 日本語という 体系に存在する 規則そのものを 教授する方法が 考案され. るべきであ る。 このためには、 学習項目とする 語彙項目が現象として 解明されて いるということが 大前提となるが、 本研究が取り 上げている「 た 」に関して言え ば 、 次節に述べるよ. う. に、 現象としての 解明が達成されているとは 青いがたい。. 今後も事実を 明らかにするための 努力が継続されるべきであ ろう。 こうした努力 の 成果は、 現象自体を よ り明らかにするものであ. る以上、 上級の学習者の 教育に. だけ役に立つというものではなく、 初級における 導入時の提示 法 にとっても有用 な 材料を提示するものであ. 2.. ると期待してよ い はずであ る。. 先行研究に指摘できる 問題点の概略と 最近の研究に 示された知見の 検討. 本節では、 前稿に論じた 先行研究の問題点のうち、 本稿での議論と 直接関係の あ. るものの概略を 示すとともに、 最近になって 公刊された諸研究に 示された論考. を紹介し、 前稿における 先行研究検討のアップデートとする。 本節に論じる 内容 は 、 次節以降自らの 現象分析と教授法への 提案を行う. う. えで考慮すべきだと 考え. ている重要事項を 数多く含んでいる。 2 Ⅰ. 先行研究の分析に 指摘できる問題点. 前稿では先行研究の 分析にみられる 問題点を指摘した。. その中でも重要なもの. は次の 3 点であ る。 それぞれ概略を 示すとともに、 教授上どのような 問題が生じる か 考察する。. にこでは、 論点の概要を 示すに止め文献名を 挙げることはしない。. 先行研究に示された 実際の記述・ 分析については、 前稿に多数引用し、 検討して いるので、 そちらを参照されたい。 ) 問題,点 1: 通常の観察方法で 確認できる事実にも 母語話者の直観にも 反する文法力 テゴリ一の当てはめ 先行研究の多くにおいては、 主節の述語における「 た 」の使用・不使用は 、 絶. 対酌テンスの 標識、 すな ね ち、 発話時を基準とした 時間軸上の位置を 表し分ける ものだと考えられている。. そして、 この一度立ててしまった 規則を適用できない. と が明らかな従属節内部の「 た 」の使用・不使用については、 別個に文法規則 一 49 一.

(8) を 立て、. 完了の. ア. スペクトだとしたり、 主節が表す事象が 生起する時点より 前の. ( 主節 時 基準 ). 時点を表すのだ. としたりする。 つまり、. 「. た 」が絶対的テンスを. 標. 示したりそれ 以外の文法力テゴリーを 標示したりする 多義語だというわけであ る。. 前節に紹介したよ. う. に、 現在の日本語教育において 学習項目としての 提示 法 に反. 映されているのは、 この研究上の 立場であ る。 こうした主張に 対する反証は 、 従 属 節内部で用いられ、 かっ、 絶対的テンスを 標示しない用法. (1d)) の存在を確認したことによって. ( たとえば. (1a). や. 十分に成されたと 考えるべきであ る。 また、. 従属節の述語に「 た 」が用いられ、 かつ、 主節の場合を 絶対的テンスと 位置付け るならば同様に 絶対的テンスを 表すとしなければならない 用法 の 引用中の. ( たとえば、. (4). (6㈲、 そして、 (5b) と (6b)) も存在することから 考えれば、 従属節. 内部という統語的位置を 文法力テゴリ 一の標識として 特別 祝 することは、 本来的 に 不適切だと考えるべきであ. る。 それだけでなく、 次の (8). と. (9) のように、. 主節の述語に 用いられ、 かつ、 絶対的テンスを 標示しない用法は、 主節の述語に お ける「 た 」の使用・不使用が 絶対的テンスを 標示するとする 先の原則自体に 対. する反証となる。 きがつけたら 家の中に恐竜が いた @. (8). さあ 、 ど う するかな. (htu)://www.din ひp 打adise.com/]ねmusement/. ?. ㎞ ds/k一 book.htmI 、 吉田 (2001c:4)、 (13)). (9). ヵギ がなくて我が 家に入れない。 愛車のキ. ー. をなくした。 金庫のダイヤル. ナンバーを忘れた。 そんなとき頼りにされるのが「 技術者です。 報酬は、 玄関の ヵギあ (http://www. ・. ヵギ プロ」、 鍵と 防犯の. け でⅠ 万 2000 円から。. j dcenter , co ,jp/subl/8ox/kagipuro. ・. htm. 吉田 (2㎝ 0c:4) 、 (14)). 「. た 」を多義だとする. で 用いられよ. う. 先行研究の主張は、. 主節内で用いられよ. う. が、 従属節内. が、 やはり同じ形態素だと 感じられる母語話者の 直観とも相容れ. ないものであ る。 この主張に従えば、 母語話者が言語使用のあ らゆる場面にお い. てまさに産出・ 理解されようとしている. 任意の述語が 主節の述語なのか 従属節の. 述語なのかを 常に意識しそれに 従って異なる 文法力テゴリ 一の体系を使い 分けて ) なければならない。. このようなことが 現実に成されているとは 考えにくい。 規. 一 50 一.

(9) 貝. Ⅰの例外となる 現象の観察にもとづ い てまず行. を 簡単に例外として. う べきことは、. 説明不可能なこと. 別扱いしてしまうことではなく、 それにもとづいて 原則の方. を見直すことであ る。 思うに、 こうした先行研究の 主張には、 既存の文法力テゴ リ一の方へ現象を 当てはめようとするあ. まり、 観察から知り 得た言語事実や 論述. の 論理,注が軽視されている 面があ るのではないだろうか。 を x とし、. 「. すな ね ち、 任意の述語. た 」がその述語において 用いられることを ぬ (x) 、 述語が指示する 事象. occurt ㎞ e(x) 、 発話暗を㎝とそれぞれ 書き表すと、 観察される. が 生起する時間を. 事実は次のことであ る。. (10) ヨ X( ぬ (X) く. 述語に「. 八. (occur一位me(X) く Sr)). た 」が使用され、 かっ、 その述語が指示する 事象が発話 時 以前に. 生起する用例が 存在する ところが、 ぅ. く 「. ). た 」が統語論的な 標識として 8 絶対的テンスの 過去を標示する ) とい. ことは、 次のような関係が 成立していることであ る。. (11) Vx( ㎡ x) コ (occurⅠme(x) く STT)) くすべての述語に 関して「 た 」が使用されるならば、 その述語が指示する 事 象は発話 時 以前に生起するものであ. る ). (10) から (11) を導出する先行研究の 論述は、 論理の飛躍だと 言わざるを得ない。 問題点 2: 終止形. ( いわゆる. ル形 ) と互いに対立的だとする 位置付け. 前稿では、 交替する諸形式間の 相互の位置付けを 行. う. 観点として、 次の 2 つ る挙. げた。. (12) a. 交替する形式の 数はいくつか。 個数を特定できるか. b. 標示される意味・ 機能同士の対照 (contrast) は互いに対立的な (mutuaIlyexclusive) ものか、 それとも、 中立的 (neutraI). .. 非中立的. (non-neu比@al)という関係か ( 吉田. (2001b: 33) 、 (17)). 上記の a に関して、 活用形であ る以上、 個数は有限 値 であ るとすることについては 異論はない。 しかし、 交替する形式の 数については、 先行研究の多くの 分析に見 られるよ. う. に常に終止形・ 連体形. a いわゆるタ影 ). ( いわゆる. ル形 ) と「 た 」が用いられた 形式. との二項対立だと 考えなければならない 必然性はないし、 そ う考. 一5Ⅰ 一.

(10) えることによって 見落とされてしまう 事実もあ ると考える。 活用形の異なりによ り示されるⅠ奇問関係を 問題にするにしても、 統語的環境ごとに、 用いられ得るす べての形式間の 対立を考慮に 入れるべきであ る。 たとえば、 引用の「と」の 直前 において中止形. ( テ形 ). や命令形が用いられた 場合に、 そのことによって 時間関. 係 に関する指定が 行われない、 ということは、 ひとつの考慮すべき 事実であ る。 「とき」に連なる 述語の位置では、 述語が動詞述語と. ィ. 連体形と「 た 」が用いられた 形式との間の 二項対立的な. 形容詞述語の 場合に限り、. 選択が行われる。. このように、 特定の統語的条件下でしか 終止形・連体形と「 た 」が用いられた 形式との二項対立が 成立しないのであ るから、 終止形・連体形がく 非過去. ). ばれる時制の 標識であ ると考える必然性はない。 また、 現在 ) やく未来. とは 異. く. なり、 非過去 く. ). ). と呼. であ るこどが、 消去法的にでなく 専用の標識を 用いて積極的に 明. 示される価値のあ る情報だとも 考えにくい。 上記 関係に関し、 終止形・連体形は 中立的、. 「. (12b) の観点から言えば、 時間. た 」が用いられた. 形式は非中立的だとす. べきであ る。 このように分析する 根拠は、 終止形・連体形に 真理・習慣・ 物の性 質などを表す 用法があ るのに対し、. 「. た 」が用いられた. 形式の方にはそのような. 法がない、 ということであ る。。 この問題点は、 経験的に言って う. な用法があ まり頻繁に用いられないことから、. ないものと思われる. "。. (8) や (9) のよ. 教育上あ まり困難な問題を 生じ. しかしながら、 先に論じたよ. れる学習者を 教育の対象として. 用. う. に高度の日本語 力 が要求さ. 考える場合には、 無視してしまってもよい 問題だ. とは考えにくい。 問題点 3: 主節 時 基準という説明原理にみられる 説明的妥当性の 欠如. 先行研究の多くは、 (1) の 各文 のような用法の 説明として、 語 に連体形が用いられるのは、 が 生起する以前に. 「とき」に連なる 述. その述語が指示する 事象が、 主節の指示する 事象. 生起することを 表すためであ り、・述語に「. た 」が用いられるの. は 、 その述語が指示する 事象が、 主節の指示する 事象が生起した 以後に生起する. こと- を表すためだとする。 このような主張を 次の (13). と. (14) であ る。 すな. ね. 行 う 研究がその論拠とする 事実は. ち、 先にも用いた 記号のほか、 任意の述語 X が. 「とき」に連なることを toki(x)、 主節の指示する 事象が生起した 時. 節時) 」. を. 、. MCTr(=MainCIauseT ㎞ e)、. ( いわゆる「主. 任意の述語 X が連用形に活用される. 一 52 一. と を.

(11) renyo(x) とすると、 議論領域を動詞 とィ 形容詞に限定しても 確認されているのは、 次の 2 つの事実だけであ る。. (13)@ 3toki(x)((occur_tiC toki(x))@<MCT)@ く. Ata(toki(x))). 指示する事象が 主節 時 以前に生起し、 かつ、. 「. た 」が使用されている「. と. 」に連なる述語が 存在する )/ Ⅰ. き. (14)@ 3toki(x)((occur_time(toki(x))@ @MCT)@ Arenyo(toki(x))) く. 指示する事象が 主節時と同時かまたはそれ 以後に生起し、 かっ、 連用形に. 活用された「とき」に 連なる述語が 存在する ㎡ tokix)). と renyo(toki(x))とは「とき」に. た 、 もちろん occur. ti ㎞ e(toki(x)) く MCTr. ). 連なる位置では 二項対立になる。. と occurt. ま. ㎞ e(toki(x)三 MCT Ⅰとは、 二項. 対立であ る。 これは次のとおり 書き表せる。. (15) a.r ぬ (tokix) 三 (renyo(to睦 (x)) b.r(occur ユ ime(tok(x) く MCTT). 三. (occuL 廿血e(tok(x)二 MCTT). 先行研究の主張する 主節 時 基準ということが 正しいとすれば、 次の (16) が真でなければならない。 いられることと、. と. (17). この 2 つの全称命題が 真でなければ、 特定の活用形が 用. 任意のⅠ手点 る. 「基準」にした 前後関係が表し 分けられているこ. ととの間に、 因果関係があ ると主張することはできない。. (16)@ Vtoki(x)((occur_time(toki(x))@ <MCT)@ D@ ta(toki(x))) く. 「とき」に連なるあ らゆる述語において、 指示する事象が 主節 時 よりも前. に生起するならば、. 「. た 」が用いられる. ). (17)@ Vtoki(x)((occur_time(toki(x))@ @MCT)@ く. D@ renyo@(toki@(x))). 「とき」に連なるあ らゆる述語において、 指示する事象が 主節時と同時か. またはそれよりも 後に生起するならば、 述語が連用形になる 上記 (15) の二項対立から、 (16). と. ). (17) は同値であ ることがわかる。. (18) (16) = (17) ところが、 (4) の引用中の (6d)、 そして、 (5b) が 真となり、. そこから、 (15) の二項対立によって. と. (6b) の観察から、 次の (19) (20) が導出されるため、 上記. の (17) は 偽.であることがわかる。. (19)@ 3toki(x. Ⅰ. (occur_timC toki(x))@=MCT)@ 一 53. 一. A@ t3toki(x). Ⅰ.

(12) く. 「とき」に連なる 述語で指示する 事象が主節時と 同時に生起し、 かつ「 た. が使用される 述語が存在する. (20). ヨ く. ). toki(x)((occur Ⅰ me( ぬ ki(x))三 MCTT) Arrenyo(toki(x))). 「とき」に連なる 述語で指示する 事象が主節時と 同時かまたはそれ 以後に. 生起し、 かっ、 連用形にならない 述語が存在する そして、 (18) の同値の関係から、 (17) と. 」. が 偽 ならば. ). (16) もまた偽であ る。 (16). (17) が真でな い 以上、 「とき」に連なる 述語における「 た 」の使用・不使用が. 主節の事象の 成立時点を「基準」としていると 論じることは、 誤った帰納法であ り不適切であ る。 さらに、 主節 時 基準を主張すれば、 次のような基準とすべき を 欠いた用例さえも. 主節に当たる 形式. 問題なく理解され 得るという事実の 説明が、 不可能になって. しまう, ,。. (21). インタビュールームで、. ソレンスタムの 目に 、 少しだ げ涙がにじんだ。 賞. 金 女王決定の感想を 聞かれた時だ。. (http://www sponichicom/spor/200111/05/spor56633.ht@) ・. ・. (22) 人間はどうにもならないほど 空腹 になると、 いろんなことを 考えるものだ。 ァパ一 トの 近くに行きつけの 定食 屋 があ り、 いつものように 食事を終えて. レジに行き、 財布をさがしてもどのポケットにもない。. 「すみません、. 財布. をなくしたみたいで」とあ やまり、 「今度来たときでい い ですか」とお 願い し、. 了解を得た。. (hはp 刀 www.shuppanjin.com/mai ㎞ ag/pu) ㎎ uwll.ht血 ). 主節 時 基準でな い のならば発話 時 基準だとすることができるだろうか。 合 、 確かにそれで っじつ まが合. うよ う. に思われる。 しかし、 解釈からすれば「 聞. かれた」のは 発話 時 よりも前ということではなく、 も 前ということではないのだろうか。. 上記のよ. デな. 用法において 形式「. 一. (21) の場. 「にじんだ」と 同時かそれより. (22) の場合、 明らかに発話 時 基準ではない。 とき」の解釈が 可能であ る以上、 「とき」に 連. なる述語が指示する 事象の生起する 時間は、 主節時のような 形式の外部にあ の 要素を基準どしたりせずに き 」が任意の文を. る. 別. 独自に決定されるものだと 考えるべきであ る。 一と 「. 修飾している 場合、 両者の間に成立している. 関係は、 修飾・. 被. 修飾の関係であ る。 つまり、 修飾成分の解釈が 先に決定してこそ、 被修飾成分の 一 54 一.

(13) 解釈が決定する、. という解釈の. 順番を必然的に 持つ形式であ る。. 主節 時 基準とい. う説明原理は、 この解釈の順番に 逆行するものであ って、 説明としての 妥当性を 欠いている。 (2) の日本語学習者向けの 文法説明は、 こうした現象に 対する一般 化に成功していない 説明にもとづくものであ る。 学習者用の説明としての 有用な ものかどうか、 再考してみるべきであ ろ う. 2.2. 最近の研究に 示された知見とその 検討 末項では、 前稿の執筆以降表され、. 見解を紹介し、. それに検討を. かつ、 重要だと思われる 諸研究に示された. 加える。. 金氷 (2000b) は日本語においてテンス・アスペクトの 現象を幅広く 取り上げて論じたものであ るが、. 本稿の議論との 関連で言えば、. 「. 「. 問題とされるさまざまな. 一 とき」についての 言及はない。. た 」に固有の機能を 統一的に説明する 可能性につ. いては、 シタ の多義,性を認めるか,過去としてまとめるか ,パーフェクトとして 「. まとめるかなどの 判断はここではひとまず 保留しておく。 (Pp. 57)」としている。 また、 従属節の場合に 関しては、 従来の発話 時 基準・主節 時 基準という分析を 採 用し 「∼とき」ではない 従属節の用例を 複数挙げ、 「上の整理の 限りで言えること は. ,発話時 基準と主節 時 基準は,かなり 自由に選べるらしい ,ということである.. (pp, M) 」と結論付け、. 「内包動詞 ( 居、 う 」「考える」「信じる」など 「. の場合のその 結論に対して 制約となる現象を. (Pp. 85)). 」. 紹介しているのみであ る。 本稿での. 議論に関係する 有用な指摘は 特に行われていない。 中村. (2001) は、. 時間に関する 情報を持ち得る 日本語の文の 構成要素全般を 取. り上げ、 そのような要素として 用いられる形式のひとつひとつが「テンス. 情報」. や 「アスペクト 情報」を持ち、 それらが計算されることで 構成的に解釈を 生じる と論じる。 本稿で考察の 対象にしている「とき」や 述語の終止形・ 連体形、 た 「. 」. もそれぞれ固有の「テンス 情報」を持っとされるが、 これは、 計算可能性を 達成 するために研究者が 自由に指定し 得るものであ. る. (pp, 77 、 注 8) 点 、 本稿が追究. する形式に固有の 特性とは異なるものであ る。 司書 は 、 述語は屈折形態により 時 間情報が定義されるとし、. 「タ影 (助動詞 タの 終止形か連体形 ). の形態の終止形か 連体形で、 ル形 、 ティル形と呼ばれることもあ 一 55 一. か非 タ影 る). ( タ 以外. (PP. 76). 」. そ.

(14) して、 命令形がテンス 情報を持つとする。. タ 形と非 タ 形が持つテンス. 情報は以下. (eventualityt ㎞ e) 、 ST は基準 点. のように定義される。 (ET は出来事時点. (sぬ ndard 杜me) のことであ る。) (23) タ影 ヲ. ETr く ST. トタ 形. STr玉 ETr ( 中村. (2001: 81) 、 表 3.7より. ). これは、 主節であ るか従属節であ るかといった 統語的位置によって 異なるとする のではなく、. 1 つの特徴を 1 つの形式に帰する. 点、 本稿の分析と 共通しており、 前. 項に論じた問題点 1 を克服するものであ る。 しかし、 「タ影」と「 非 タ影」とが 互 い に対立的だとする 点は従来の研究と 同じであ り、 この分析では 問題点 2 が生じる。 「「地球は回る」のようなル 形が表す「一般的な 事柄」あ るいは「習慣」の 用法は. 扱えない。 (Pp. 79 、 注 9)」のは、 そのためであ る。 司書の分析では、. 「. 一 とき」は「 B 頸飾」に分類される. (pp. 149 、 注 4) が 、 具. 体 的なテンスの 解釈は示されていない。 ・司書の基準用選択規則 (Pp. 130 、 (42)) にょ れば、 B 類 節の基準用 は 「後ろの述語要素の 出来事時点 (FET eventual吋 Ⅱme) 」つまり、 いわゆる主節 時 基準だということになる。. ,. f0l1o㎡ ng. したがって、. 問題点 3 が生じるほか、 いわゆる発話 時 基準の用法への 対応が考慮されていないと いうことになる。. (200l,Vo1.30 , No.13) は「 た 」を中心とした 日本語のテンス. 『月刊言言 きj. とアス. ペクトの問題を 特集した。 この号に掲載された 論文には、 「とき」に連なる 述語の 場合の問題を 取り上げて考察したものはない。. 「とき」に連なるものでな い 従属節. における「 た 」の使用を論じる 岩崎 (2001) と丹羽 (2001) では、 同著者の以前 の 論文と同様、 発話 時 基準と主節 時 基準という説明原理が 用いられている。 一方、. 定 延 (2001) では、. 「「. た 」は、 命題情報のアクセスポイントが 過去であ ることを. 表す (Pp. 64)」,,という 一般化を提示し、 発話時において 成立している 事実関係を 表し、 かっ 、. 「. た 」が用いられる 用法. ( 「ほら、. 猪がいたよ。 (Pp. 67)」、 「なんだ、. 大きかった。 (Pp. 68)」など ) の説明が可能になるとする。 それとともに、 この用 法に対し行われてきた「ムードの「 稿 にも論じたよ. う. た 」」とする説明を、 反証を示し否定する。 前. に筆者は「 た 」をムードの 現象だとする 分析を採らないが、 一 56 一. こ.

(15) の 反証は妥当なものであ. 義性 や 、 (6a). と. ると考える。 ただし、 この一般化も、 (Ib) や (lc) の両. (6b) が同一の事実関係を 表し得るということに 説明を与えるも. のではない。 また、 森田 (2001) は 、. 「. た 」の諸用法に 対する統一的な 説明として、. 「命題に対する 話者の確認意識」「 確述 意識」を表す. (Pp. 72) 、 とする。 た 」に 対 「. 「日本語の辞の 助動詞と言われる 語彙「 だ / な い Ⅰ た / らしいⅠそうだⅠかも. し. しれないⅠだろうⅠ ( 「命題」とも いう ). か 推定か、. ぅ. Ⅰよ. う. 」などは、 いずれも前に 述べた客体的な 叙述内容. を表現主体がどのように 受け止めたか、 断定か否定か、 確定. それとも意志表明か、 そうした判断を 下す役割を担. う。. (Pp. 74)」とす. る この位置付けからすれば、 「らしかった」のような 形式が用いられた 場合、 く. 確認できていない ) ということとく 確認できている ) ということとが 同時に表明. されていることになる。 ぅ. これが矛盾でないとするならば、. 無 矛盾が明白になるよ. 、 「確認」「 確述 」などの概俳規定が 厳密に与えられる 必要があ ると思われる。. また、 同論文の一般化に 従 いう. う. ならば、 (6a). と. (6b) との間に「確認」「 確述 」と. 意識が有るか 無 い かの 違 いが生じて い なければならないことになる。. どちらの文の 場合も. 、 話し手が自分自身の 行為と認識しっ. しかし、. っ 「宿題」をすること. に 変わりはな い のであ るから、 このような違いはないはずであ. る。. 以上のとおり、 ここで取り上げた 諸研究は、 いずれもテンス ,アスペクト 全般 0 間題を扱った 研究として注目すべきものだと. しい知見を加えるものではなかったと. 3.. 「. た 」に固有の意味・. 思われるが、. 「. 一 とき」に関して 新. 言える。. 機能に関する 一般化. 前稿では、 現象分析の大前提とすべき「 た 」に固有の特性に 関し、 先行研究に おける議論をふまえ、 独自に一般化,3 を提示した。 これは、 本稿における 議論にも そのまま適用可能だと 居、 われるので、 ここに概略を 示す。. (24) 形式 晦が 標示するもの. :. 事態を、 時間軸上において、 時間の進行とは 逆 方向であ る参照点から 切り 離された後方部分に 位置づける、 話し手の操作. ここで言 う. 参照 点、 (reference point) @ょ、 ラ. 一 57 一. イ. (operation) ( 吉田. ヘ シバッハ. (2001b: 35) 、 (22a)). (1947)、 Comrle. (1985).

(16) 等で相対的テンス う. (reIa Ⅱvetense). を区別する基点として 用いられていた 概念に倣. ものであ る,。 。 しかし、 これらの先行研究はその 性質についてコミュニケーショ. ン 参加者の認識の 問題として論じていたわけではなかった。. 現代日本語に 限定した (25). 多幸,照 ,点. 寺. ぅ. 前稿は、 適用対象を. えで、 次のように概念規定した。. (ア efe Ⅰ <ence. point). 事態を時間の 流れとの関係性において 認識するために 目印として時間軸上 (吉田. に 付けられる, 点. (2001b: 35) 、 (22b)). そのうえで、 参照点を認識の 問題として考察し、 次の 4 つの特徴を指摘した。. (26) 参照点の性質. ] :. 話し手が意図的に. 設定・移動でき、. 聞き手との間で 共有されることによっ. てコミュニケーションを 成立させるものであ. (27). る. ( 吉田. (2001b: 37) 、 (23)). 参照点の性質 2:. 言い表すときに、. 話し手が事態を. 合 とがあ. 場合と、. (吉田. る. (28) 参照点の性質 3 言舌. 参照点を設定する. 設定しない 場. (2001b: 39) 、 (27)). :. し 手が同時に設定する. 参照点の数は 1 っ であ ることも、 複数であ ることも ( 吉田. ある. (2001b: 40) 、 (28)). (29) 参照点の性質 4: 言舌. て. し手 ・聞き手が時空間を 共有しているようなコミュ ニケーションであ 、 かつ、 話し手がコミュニケーション. 参加者自身に 属する情報. 参加者自身が 着目している 事態に関すること. ). 発話の時点に 設定される. っ. ( つまり、. の表現・表出をする 場合は (吉田. 、. (2001b: 41) 、 (32)). 上記の一般化における 参照 点は 、 性質 1 を主張する点で、 先行研究に言われたもの とは、 大きく異なっている。 「意図的に設定・ 移動でき」ということがどのような ことであ るかを具体的に 示すために、 テクストの分析例を 次に示す。 次のパラバ ラフは小説の 中に出てくる 長い手紙文の 一部であ る。. (30) 生れて始めて 会った日本人についてど よう. う. お話したらいいでしょ. う. にして一人の 酔っぱらいが 部屋に入ってきました。 祐襖 を ま. よ るめ と. た. く. この男の名は キチジ ロ ー と言い年齢は 二十八 か 九歳ぐらいでした。 我々の. 一 58 一.

(17) 問いに漸く答えたところによりますと、 長崎にちか いヒ ゼ ノ 地方の漁夫だ. そうで、. あ の島原の内乱の. 前に海を漂流していた 時、. ポルトガル船に 助け. てもらったのだそうです。 酔っているくせに 狡 そうな眼をした 男でした。 私たちの会話 中 、 時々 、 眼をそらしてしまうのです。 「あ なたは信徒ですか」. 同僚のガル ぺ がそ. う 訊ねると、. この男は急に 黙り込みました。 (遠藤周作『沈黙Ⅲ. 上記の文章中の「 た 」の使用・不使用によって 時間関係が表され 得る要素に番号. をつけると次のようになる。 下 線部分が時間関係が 表され得る述語であ. (31). ①生まれて始めて 会った. ②どうお話したらいい. ③入ってきました. ④二十八 か 九歳ぐらいでした. ⑤暫く答えた. ⑥猟師だ. ⑦漂流していた. ⑧助けてもらった. ⑨助けてもらったのだ. ⑩助けてもらったのだそうです. ⑪男でした. ⑫そらしてしまう. ⑬そらしてしまうのです. ⑭黙り込みました. る。. ①の述語が指示する 事象の生起する 時間を ETrl 、 ①の述語に関して 参照点が置かれ る. 時点を Kml というよ. よう. う. に記すことにすると、 (30) のテクストの 時間関係を次の. に図示することができる。. ( 図 上の距離は、. ではない。). 一 59. 一. 絶対的な時間の 長さを表したもの.

(18) (32). ST. 一. そ. RTl. 膀す. Ⅰ. RT2=二打ⅠⅠ RT3. ET3 ET4. 麗工4. ET5@ RT5 渓流していた 時 ET7 ET8. Ⅲ佳乃 喪. Em RT8. 田田Ⅲ". RT10=ET10 RT11. Ⅱ 11 私たちの会話. 中. RTl 月m12. 一. ℡Ⅰ㌍ⅡⅠ 8. ℡14. 皿 14. このように、 参照点の位置が 特定されるのには、 って、. 「. た 」が使用されることのみによ. その述語が指示する 事象の終了する 時点の直後の 時点に置かれる 場合. ⑤ ) や 、 過去に行われた 会話の時点に. される、. 置かれる場合. ( テクストの内容によって. (①. 、. 示. ⑥ 、 ⑦ 、 ⑧ ) 、 「私たちの会話 中 」のように何らかの 言語形式が用いられ. 明示される場合. 、 そして、 直示 (deixis) の現象として 発話が起きている 時 ( その他 ) と、 さまざまな場合があ る。 こうしたさまざまなも. (⑫ ). 点に置かれる 場合. のを手がかりとして、 把握するのだと. コミュニケーション. 参加者は、. テクストの表す 時間関係を. 考える。. 性質 2 の「設定しない 場合」であ. るが、. 問題点 2 の指摘の論拠であ る終止形・ 連. 体形の持っ真理・ 習慣・物の性質などを 表す用法の場合がこれに 該当すると考 え る. 。 また、. これまでにも 存在は指摘されていながら. れてこなかった 次のような用法もこれに. 研究の対象として 取り上げら. 該当する。. (33) a.. ( 予想以上に良い. 成績を挙げたのを 目撃して. b.. ( たくさんの食べ. 物を食べたのを 目撃して. コ. やるじゃん。 よく食べるね。. コ. ( 筆者自身のコミュニケーションの. (34). a. ( 骨折のため肩に 付けていたギプスを 外して. b.. ( 施錠されていると. あ れ、. 開きますね。. コ. 経験から. ちゃんと動きます。. 信じていたドアが 開くという異状に 気づいて ( 筆者自身のコミュ. 一 60 一. ). コ. ニケーションの 経験から. ).

(19) (33) の例は、 過去に行われた 動作を表すにもかかわらず 非過去の形が として紹介されるものであ. 使われる例. る。 しかし、 この位置付けは 正しくない。 発話の直双. に 知覚された事象がきっかけになっているとはいえ、 その事象に対する 言及なの ではなく、 その事象から 知り得た事実としての 人物の,性質を 言. 動作の時間性は 問題にされていないのであ. う. ものであ って 、. る。 (34) のような例については、 研究. に 論じられることはほとんどない。 これは、 知り得た事実を 特に時間の推移に 関. 係付けずに述べる 言い方なのであ って、 動作の時間性は 問題にされていない。 性質 4 の「発話の時点に 設定される」と、 ) ぅ ことは、 直 示の現象であ り、 先行研究 が示した「発話時を 基準とする. ( つまり、. たく性質の異なる 現象であ る。 1 つ 例を示そ. 絶対的テンス. ) 」ということとは、. まっ. う。. (35) 「方法としては、 人事の一新以覚にない。 当然そうだ。. 要するに幹部が 能な. しだから潰れるしだからな」 聞いていた尾島が 日を丸くした。 大畑は構わず 続けた。 「そこで新しい 人事を発表する」. 大畑はリストを 眺めた。. ( 赤川次郎『. この例では、 話し手であ る大畑が「発表する」と 言. う. 女 社長に乾杯. ! Ⅲ. ことによって、 参照点が. 発話時に設定される。 これは、 言 う ことによって 行為者が話し 手自身に決定し 、 行為の地点が 発話の起こされた 地点に決定する、 ということと 同様 直 示の現象だ と 言える. 4. 事象の捉え 方,, と「 た 」の使用・不使用 4 Ⅱ・ 前稿における 用例分析からの 予想一一事象の 捉え方の二様 前稿吉田. (2001b) では、 (6a) と (6b) を例として用い、 同じ形式的特徴を 持. つ用例間の差異に 関し、 実例の分析にもとづく 考察を行った。 実例に当たって み たところ、 先行研究に示されていた. 予想に反し、 「とき」に連なる 位置で「 一 てい. る」と「 一 ていた」の交替が 自由には行えないことが 分かった。 逆に言えば、 こ. れが自由に行えないのは、 文脈の側に「 た 」を用いるべき き). ( または、. 用いないべ. 必然性があ るからであ り、 そうした文脈の 側の特徴が動機となって 、. 使用・下使 m が決定している、 ということであ る。 一 61 一. 「. た. 」. の.

(20) 文脈の側にあ る特徴は 、 次のようにまとめることができる. (36). 「. 一. ている」が用いられている. ,。。. 用例では、 言言き,情報の受信者に、「とき」に. 連なる述語が 指示する事象の 進行している 同じ時点に身を 移して解釈を 行. つ @ とが要求される。. 一方、 「∼ていた」が 用いられている 用例では、 発話. の時点で回想、される過去に 生起した事象のひとつとしての 解釈が要求され るか、 または、 言語情報の発信者にとってすでに 消滅したものとして 事象. 要求される。. を解釈することが. そして、 「∼ている」をあ えて「∼ていた」に 取り替えたり、 または、 その逆を行 ったりすると、 事象の解釈が 文脈全体と合わなくなってしまい、 表現として非常 に 奇妙なものになってしまうのであ. る。. このことを参照点との 関係で言えば、 生起するのと 同じ時点に置かれるのだと. 「. 一 ている」の場合には、. 参照点が事象の. 言える。 一方、 一 ていた」の場合には、 「. 参照点は事象の 生起する時点よりも 後の時間軸上の 任意の 1 点. ( 過去の事象の. 回想. の場合には発話時に 置かれるが、 事象を消滅したものとして 扱 う 場合には、 必ず しも発話時とは 限らない した「. ). に置かれていると 言える。 いずれにしても、 (24) に 示. た 」が標示するものに. 関する一般化に. ょ. り、 説明可能であ る。. 上記のことは、 「〒ている」「∼ていた」の 場合について 観察した結果であ り 「. た 」の使用・不使用という 現象全般に関するものではない。. しかし、 ここで差異. を生じている 現象には一般,性があることが予想、 される。 (36) に示した分析から 分 かるとうに、 のは、. 「. ニ ている」を用いるか「 一 ていた」を用いるかの 差異を生じている. 1 っ の事実関係に. 対して行われる 2 つの異なる事象の 捉ぇ方であ る。 これを、. 再び (6) の例文を用いて 説明すれば、 (6a) の「宿題をやっているとき」も の 「宿題をやっていたとき」も、 一定期間継続して 行われる動作を 言. う. (6b). ものであ. ることには変わりはない。 このことは、 共通の -tキ㌔という形態素によって 表されて いる。 ( つまり、 次項に紹介する 概念を用いれば、 アスペクトであ る。) しかし、. (36) の分析にもとづけば、 (6a) のような用法の 場合、 動作が進行している 期間 中の任意の時点に 参照点を設定し、 動作の進行を 分析的に捉えているのだと. 言う. ことができる。 ( したがって、 たとえば、 必ずしも楽しいことではないが 行う と が 義務であ る宿題と、 楽しいことであ る友達との会話との 間の心の葛藤の 顛末を. 一 62 一.

(21) 一 一 @ ような文脈では、 この (6a) が用いられるであ ろう。) これに対し、 (6b) の 口一つ一. ような用法の. 場合、 事象の継続的性質を 認識しながらも、. その継続している 期間. 内に参照点を 置かず、 単にすでに終了した 事象として捉えているのだと 言 う こと ができる。. (. したがって、 たとえば、 いつ電話がかかってきたかという. 時期の区別. を情報として 伝える文脈では、 この (6b) が用いられるであ ろう。) この場合、 参 無点は事象終了後の 特定の時点. ( たとえば発話. 時間関係は次のように 図示することができる. 時). ,, 。. に置かれる。 (6a) と (6b) の. ( 表記に使 う 略号は. (32) と同じ. ものを 使 m する。 事象の開始の 時点と終了の 時点をそれぞれ s ぬH 、 end とする。) (37). a. (二 6a) 宿題をやっている 1 とき友達から 電話がかかってきた 2 。. start. e 血巳. STT. Ⅰシ. 田. そ. レ. 七皿 1" 皿1 ヰ ET2. b.. (二. m". 6a) 宿題をやっていた ,とき友達から電話がかかってきた 2。. e田. start. 一. 町'. STⅠ) ,ウ. 援. 一". RT1. ET2. 以下の論述では、. ⅠⅠ. Rm. 「宿題をやっているとき」という 形式に表された 事象の捉え方の. 万を「分析的捉え 方 」、 「宿題をやっていたとき」という 形式に表された 事象の捉 ぇ 方の方を「非分析的. 捉 ぇ方」と呼ぶことにする。. 4.2. 事象の 2 つの捉え方の 性質一一特にアスペクトとの 相違について. 末項では、. 前項で指摘した 事象の分析的・ 非分析的捉え. 方について、 概念の明. 確 化をさらにすすめる。 特に、 言語研究で用いられるアスペクトの 概念との違い は 強調してもし. 過ぎるということのな い ほど重要なので、 それとの相違点を 中心. に述べることにする。 また、 概念を適用して 現象の分析を 行 う 事例も示す。 一 63 一.

(22) アスペクトという 術語に関しては 研究者により 用語法がさまざまで 確定したもの がないという 問題はあ るが、 ここでは、 よく知られているものの 1 つということで、 次に引用する 金氷. (2000b) の「アスペクト. 取り上げ、 それとの比較・ 対照を行. 性」ならびに「アスペクト」の. 概念を. う。. (38) a. 動詞「作る」「走る」などによって 表される動的な 出来事は,出来事の. 始まり,過程,終わりなどの 段階を含んでいる.出来事を 描写・記述する 場合,その出来事をすべての 段階を含んで 丸ごと捉えるのか ,またある段 階のみ取り出して 述べるのかという 区別も,動的な 出来事の解釈にとって は 不可欠になる・このような. (p. 3). 区別を,アスペクト性と呼んでおこう・. b. 時制性,アスペクト性,様相性に 関わる述語の 形態的な対立をそれぞれ テンス. ( 時制 ),. アスペクト,ムードと呼ぶことにしょう・. (p. 4). この規定のとおり、 アスペクト 性 という概念には、 特定の言語形式. ( この場合は. 動詞 ) によって指示される 動的な出来事に 関する一般常識が 利用されている。 す なね ち、 出来事には始まりと 途中と終わりがあ るといった常識であ る。 そしてそ れの部分のことなのか 全体のことなのかといった 区別が言語的に 言い分けられた もののことだと 言える。 一方、 本稿の言う事象の 分析的・非分析的捉え 方は、 言 語形式の使用ということとはいったん 切り離して考えられるべき 題 であ って、 言語における 体系に重なるものだという. 認識に固有の. 問. 保証はない。 認識のレベル. では認識された 事象や事物に 対するさまざまな 区別が行われる。 たとえば、 作る く. とく走る あ. ) が 別の事象であ. り得るよ. う. に、. く. 作る. ). とく作っている. ). ). は別の事象で、. り得る。 そして、 個々の事象や 事物に対する 区別を共有化するため、. 言語をは. じめとする記号が 用いられると 考える。 本稿で問題にしているのは、 いったん区 別された個々の 事象がどのような 扱いを受けるか、 それには違いがあ るだろうと いうことであ る。 そして、 その違 いの 1 っ のあ り方として、 そのものの性質上必然. 的に継続性を 持っ事象を、 その進行する 過程に分割し、 その内部に視点 (viewpoint) を置いて進行状況を 身をもって感じるように 認識するか、 そうしない か、 という違いがあ るだろうということであ る。 そして、. 後者の扱いを「非分析的」と. 前者の扱いを「分析的」、. 言 う のであ る。 前稿で研究対象とした 言言吾現象の場. 合、 こうした扱いの 違いが「 一 ているとき」と「 一 ていたとき」という 異なる 言 一㏄一.

(23) 語 記号の使用に 表れていたまでであ って、 この交替が標識として 機能し、 このよ うな事象の扱いの 違いが言い分けられている、 ということではないのであ. る。. し. たがって、 分析的・非分析的ということは、 述語の形態的対立との 対応関係を持 つものではないので、 テンス やア スペクトではない。. 4-3. 事象の捉え方の 二様によって 説明される言語現象 この分析的・ 非分析的という 区別は、 その他の言語現象の 説明にも有用であ る。 たとえばこれは、 (lb). と. の文が両義的になるのは、. (lc) の 文 としての両義性の 説明も可能にする。 これら 次節にも論じるよ. る 事物の多様性によるものであ. う. に「とき」という 名詞が指示し 得. る。 すな ね ち、 物理学上の概俳として 規定され得. る時間軸上に 長さを持たないく 時点 ) のこともあ れば、 一定の長さを 持ち始点や 終点の時刻が 確定的でないく 機会. ). 、. く折 ) のこともあ るのであ. る。 「フランスヘ 行. く」という付加情報によって 特定され得る 事象を分析的に 捉える場合には「とき」 は 特定の時点を. 指示するのに 対し、 非分析的に捉える 場合には、 「とき」は特定の. 折を指示するのであ る。 (lb) の文の場合、 事象が分析的に 捉えられているならば、 文 全体としてく「フランスヘ 行く」という 付加,情報によって特定される移動の 行為 が 終了する時点よりも. 後の時点にかばんを 買. から日常の推論によって 、 る. く. う ). という事象を 指示し、 そのこと. 到着地のフランスで 買う. ). という解釈が 生じるのであ. 。 事象が非分析的に 捉えられているならば、 文全体として 発話 時 以前に終了し. ているく「フランスヘ 行く」という 付加情報によって 特定され得る 機会にかばんを 買. う). という事象を 指示するので、 かばんを買. う のは、. フランスヘ行く 準備をし. ている日本でも、 機内の免税 品 販売でも、 行先のフランスでも、 よいのであ る。. (lc) の文の場合もまた 同様であ る。 事象が分析的に 捉えられているならば、 話し 手が実行を予定している , ,くフランスヘ行くという 行為の時点と 同じ時点にかばん を買 う ). という事象を 指示し、 旅行と同時にかばんを 買 く. 機に乗り込むのと 同時にかばんを 買 旅行に使. う. というからには、 飛行. ということではなく、 準備のひとつとして. かばんを買 うめ だ るラフ、 旅行に使 う かばんならば、 旅行に行く双に. 買 うの だろう う). う. う. というよ. く. )、 う. く. 旅行に行く双に 買. う のならば、. 出発地であ る日本で買 うめ だ る. に、 社会通念と日常の 推論とによって 、. 一 65. 一. く. 出発地の日本で 買う ノと.

(24) がす 免め 手 赤 し指 向 話 を 機 ろう で な い 本 る と 日 い ︶ る て う い 時田 れ 買 て ら を ぇ ん をし ). う詞 ・ 準さと 卯﹁ 制 ゆ㏄ 一 " い ︵ ﹂ 性ト に用 Cと きく 多 と ど ク 引 さ 着 ㌔. 」. C. 乱れの 期け川. 解をで 販上に れ別ら程 をたと け 6区 がさ 表過 視 が とれはしる㊤. 眠時間の 3 分間、 必死で服を着た。. の 「着る」は activ吋 となり、 どこかで. catego 呼 s ㎡ tch を行わなければならない。 ( 中村. 回書は解決策として、. 意図を反映させた、. (2001: 44) 、 同書の例文を. 「過程 相と 終了相の指定に. ぁ わせて示す ). 関して、 次のような話者の. いわば語用論的な 規則が課されると. 表現. 考えておく。」とし、 次の. 規則を設ける。. (40) 終了点が達成されることに 表現の主眼があ. る場合は終了相を. 用い、 動作の. 過程の長さだけに 主眼があ る場合は過程相を 用いる。 ( 中村. 筆者の立場からすれば、 文法力テゴリ ぅ 現象に無理に. 文法力テゴリーを. (2001:45 人 (75)). 一の当てはめによって 例外が生じてしま. 当てはめようとすることは、. 的であ り、 結果として妥当性を 欠いた説明にしかならないと. 説明として非合理 考えられる,。 。 また、. 司書が採る方法のように、 例外となるものに 限って語用論レベルの 規則を適用す 一 66 一.

(25) るということも、 現象分析の方法としては 容認しがたい。 むしろ、 析を行. う. 場合には、. カテゴリーが 当てはめられる. このような分. 現象とそうでな い 現象とを峻別. することの方が、 はるかに重要であ る。 上記の「着る」の 例で言えば、. accomplishment や㏄ tmv 吋であ. るということが 語彙項目に固有の. ということ自体、 問題にされるべきであ. 特,性 なのかどうか. る、 これらは、 語彙項目に固有の 特性な. のではなく、 動詞が指示する 事象が分析的に 捉えられているか (accomplishment. (activ吋 とされる場合. とされる場合 ) 、 非分析的に捉えられているか. ). という違い. によるものだと 考えるべきであ る。. 以上、 本節では、 事象の捉え方の 分析的・非分析的という. 二様の区別を 観点と. して新たに導入し、 前稿で研究対象とした「とき」に 連なる「∼ている」と「 一. ていた」の交替、 および、 (lb). と. (lc) の両義性が説明されることを 示した。. こ. の 観点は、 教授法上も有用であ ると考え・られるもので、 第 6 節の提案の中に 組み入 れられる。. 5. 「∼とき」による 時間指定一一指示 「. 一. とき」の場合、. あ. (reたrence) の間 題 として. るいは、 それに限らず 従属節全般での「 た 」の使用・ 不. 使用という問題を 扱ったこれまでの 研究においては、 従属節を導く 言語形式の種 類 や達 体 修飾師 の タイプ. ( 外の関係・内の 関係 ). など何らかの 形式的特徴を 持つ. 言語形式との 呉起関係がどのようになるのか、 ということが 議論の中心だったと 言える。 この研究の方向性は 妥当なものであ る。 なぜなら、 そのような呉起関係 が 確実なものならば、. しかし、. 「. 一. 容易に文法規則として 定式化することができるからであ. る。. とき」の場合に 限って言えば、 このような形式的特徴を 基準とした 現. 家 における規則性の 指摘が成功裏 に達成されてきたとは 考えにくい。 別の方向,性 を持つ研究の 可能性についても 考えてみる必要があ る。 ここでは、 なぜ「 一 とき」 を 使うのかという. 問いに立ち戻って 現象をみるということが 有用であ るように思. われる。 「∼とき」という 形式を用いる 動機、 は、 時間の指示. 月Ⅰの言葉で. 言えば、. 「. 一 とき」が担. う. 機能. (reわ rence) だと考えることができる 20。 そして「とき」を 修飾 す 一 67 一.

(26) る 成分は. 、 話し手が選択している 時間を聞き手が 特定するための 必要十分条件と. なる,情報だと 双方が期待してよ い ,情報を伝達する 成分だと言える。 このことから、 「. 一. とき」において「とき」に 連なる述語・に「 た 」が用いられるか 否かも、 話し手. が選んでいる 時間を聞き手が 特定できるような ,情報を伝達する 形式となるかどう かという点から 決定される、 ということが 予想、される。 前節で (1b). と. (1c) の解釈の問題を 論じた際にも 述べたが、 先行研究や (2). の 文法規則で行われているよ. う. に「フランスヘ 行くⅠ行った」という 言語形式が. 特定のタイプの 事象にの場合は、 任意の有情 物 (an㎞ ate) の日本からフランス への移動. ). 考えなければならない 必然性はないし、. を限定的に指示するのだと. そ. のように決定論的な 分析だけをすることによって 見落とされてしまう 事実も存在 するのであ る。. この場合、 「フランスヘ. する修飾成分として 切り出されて. 用いられている、. 行くⅠ行った」という 形式が「とき」に 対. 連続,性の中から. つまりそれが 物理的時間の. 認識され得るすべての 時間の中から. 特定の時間を 選び出す手がかり. として示される 付加情報だということが、 言語形式の解釈上重要になるのであ. る。. そこから、 「フランスヘ 行くときⅠフランスヘ 行ったとき」という 形式が、 任意の 有情物の日本からフランスへの 移動を中心的事象と 捉えた関連する 事象の総体が. 生起する時間を 指示する、 という解釈が 実際に生じているのであ る。 「とき」の修飾成分となる 形式が多様であ るよ. に、 時間指定の在り 様も実際. う. 多様であ る。 そのため、 本稿においてその 全体を論じることは 残俳ながら不可能 であ る。 そこで、 指示の問題として「 一 とき」を総合的に 論じることを 近い将来 に取り組むべき 課題とし、 こうした観点が 有用であ ることが理解される 分析 倒る. Ⅰ. っ だけ示すことにする。. 次の 4 つの文の可能な 解釈について 考えてみる。. (4 ) Ⅰ. a.. おじ がモンペリエに 住んでいるとき、 一度行きました。. b. おじ がモンペリ エ に住んでいたとき、 一度行きました。 c.. お じが住んで い るモンペリ エ に、 一度行きました。. d. お じが住んでいたモンペリ エ に、 一度行きました。 (. 作例、. 吉田. (2001c:5) (17)). 「とき」に連なる 節も「モンペリエ」に 連なる節も、 連体修飾師だという 形式的特 一 68 一.

(27) 徴 においては共通であ る。 しかし、 「とき」に連なる 節の場合、 使用にかかわらず 住んでいない. ). ( つまり、. る. 「. た 」の使用・不. a と b の両方の場合に ) くおじは発話時にモンペリ エ に. という解釈が 生じる。 一方、 「モンペリエ」に 連なる節の場合、. くおじは発話時にモンペリ エ に住んでいない 円 される場合. 「. ( つまり. d の場合 ) だけであ. た 」の使用は完了のアスペクトを. ). る". という解釈が 生じるのは「. た 」が 使. 。 このことは、 従属節の述語におけ く. 表す ) とする主張によっては 説明できない。. また、 主節 時 基準と発話 時 基準の 2 つがあ く. る ). という主張をするだけでは、. この. ような差異を 説明したことにはならない。 この違 いは 、 指示という観点を 現象の観察に 導入することによって 説明可能に なる。 結論から言えば、 このような違いが 生じるということは、. テンスやアスペ. クトといった 言語現象とはほとんど 無関係だと言ってよい。 まず、 この場合の事 実 関係について、 1 つの指摘をすることができる。 すな ね. ち、. 「おじ」という 人物. は 、 モンペリ エ に住んでいるか、 住んでいないかのどちらかであ る。 つまり、 命. 頷 くおじはモンペリ エ に住んでいる. ) をA. とすると、 次に示すような 排中律が成立. している。. (42) AV. 「A. したがって、 命題くおじがモンペリ エ に住んでいるときであ る ) を A@ する と これについても、 やはり排中律くおじがモンペリ. エ に住んでいるときか、. おじが. モンペリ エ に住んでいないときか、 どちらかであ る ) が成立する。 (43). Ⅳ VrA. .. (41a) の「おじが住んでいるとき」と. (41b) の「おじが住んでいたとき」とは、. 先に述べたよさに 同一の期間を 指示し得るが、 そのように指示が 確定する過程は 異なるものであ る。 (41a) の文が言われる 場合、 参照点がどこかということと. 無. 関係に、 (43) の一方の可能性 A. があ えて言語的に 明示されるのだから、 そのこと は 話し手にとって. 特別な意義を 持つ時間なのだ、 という日常の 推論が行われる。. そのことからさらに、. く. あ えて言及されたのでない 時間にはそうではないのだろう. ). という日常の 推論によって 、 特に言及の行われないその 他の時間は、 (43) のもう 一方の可能性であ る「Ⅳに関連付けられる。 発話 時 もまた特に言及の 行われない時 間 に属するので、 そこからくおじは 発話時にモンペリ エ に住んでいない. 一 69. 一. >. という.

(28) 解釈が生じる。 一方、 (41b) の文が言われる 場合、 「おじが住んでいたとき」と う. ことによって (42). のA. の命題が真となるくおじがモンペリ. 任意の時点、. いう 事象が終了する 時点より後の. ( たとえば発話. エ に住んでいる. ). 言 と. 時 ) に参照点が設定. される。 このことと、 (42) の排中律が成立していることから、 推論にの場合、 論理学的でもあ り日常のものでもあ であ. ることが確定する。 この場合、. る). により、. 参照 点 より後の時間には rA が真. 発話時は参照 点 よりも後の時間に 含まれるの. で、 くおじは発話時にモンペリ エ に住んでいない. ). という解釈が 生じる。. 一方、 (41c) と (41d) の場合、 旅行の目的地の 指示が行われる。. 「おじが住ん. でいる」と「おじが 住んでいた」は・ 時間ではなく 目的地を特定するための 情報. として用いられる。 そして、 (42) のどちらの可能性が 真になるかは、 地 となり得る場所ごとに. 命題 A を言. う のであ. 旅行の目的. 決定する。 したがって、 時間に関しては、 (41c)の場合、. るから、 任意の命題があ えて言われるからには、 その命題は く. その発話時において 真なのだろう モンペリエに 住んでいる. ). ). という日常の 推論によって 、 くおじは発話時に. という解釈が 生じる。 (41d) の場合もこれと 同様、 命. 題 rA を言 う のであ るから、 くおじは発話時にモンペリ エ に住んで、) なも ) ノと tf う. 解釈が生じる。. この事例のように、 ながら、. テンスやアスペクトを 表すとされる. そのことだけによっては. 特定の時間や 事象の局面を 決定論的に指定し 得. ない場合が存在する。 こうした場合、 効なことがあ. る。. 任意の形式が 使用され. 分析に指示という. このことを教授上の 間 題. 観点を導入することが 有. として考えてみると、. 学習項目に関し. 情報として、 特定の時間表現形式が 特定の時間や. 指定するということだけを 学習者に示すべき. 事象の局面を. 示したのでは 不十分な場合があ るということであ. 言語形式を使用する. 目的、. 文脈的特徴も. 考慮されなければならないのであ. る. 合わせて示すということが、 どうしても. る。. 6. 結論 : 教授法に関する 提案 以上の議論をもとに、 本稿において 考察の対象としてきた 言語現象について、 学習項目として 提示するならばどのような 方法がとれるか、 その 1 つめ 可能性を示 してみたい。. 一 70 一.

(29) 第一に達成されるべきことは、. ・「とき」が 連用成分として 時間指定を行う 名詞句. であ るということが 理解されることであ る。 このためには、 「小学生のとき」や 「試験のとき」といった 文の形を明確にとらない 単純な修飾成分をともなう「とき」. のさまざまなものを 教えることから 始めるのが良いと 思われる。. ( このことは、. 筆. 者独自の考案ではなく、 すでに多くの 教材において 実現されていることであ る。) そして、 次に・「とき」の 修飾成分として 節が用いられる 用法を導入する。 この 際、 従属節の述語の 形として可能なものすべてについて 教えることは、 時間の制 約 があ る以上不可能であ るし、 また、 その必要もない。 しかし、 「とき」という 名 詞 が指示し得る 事物の多様性の 一端は示しておく 必要があ ると思われる。. 「とき」. が 、 英語の when のような従属節の 意味する内容にのみ 依存して単純に 時間指定を. 行 う 機能語的性質だけを 持つのものではなく、. 廿me. のような内容語的性質も 持つも. のであ るということは、 この段階で理解される 必要があ る。 節が 「とき」の修飾成分として 用いられる用法のうち、. 事象を非分析的に 捉え. て時間指示のための 付加,情報として用いる用法の 方を先に教えるのが 良いと思わ れる。 なぜなら、 伝達する内容が 単純で、 かっ,従属節の 述語の活用形が 主節の 述語と同一になるものを 何として提示することが 容易であ り、 また、 学習者にと 考えられるからであ る。 この際、 従属節の述語. っても理解しやすいものになると. の活用形を選択する 方法を特に規則として 与える必要はないと 居、 われる。 例文と しては、 たとえば、 次のような文を 用いることができる。. (44) (45). l. l. ごはんを. ごはんを. l. l. 食べる. l. 食べた. l. 食べる. l. とき、 家族といっし ょ. とき、 箸を. l 食べた. l. です。. l. でした。. l. 使 います。. l. 使いました。. その後に、 事象を分析的に 捉えて時間指示のための 付加,情報として用いる用法 を教える。 これには、 例文として次のようなものを 用いるのが良いと 思われる。. (46) いつもⅠ昨日. i. ごはんを. l. 食べる. l. 食べている. l. 食べた l. l. とき、 電話が. l. 束ます ノ来 ました。. l. ここで重要なのは、 文頭に「いつも」「昨日」のような 連用成分として 時間指定を 一7Ⅰ 一.

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