学級における「共同的生活世界」の創造 : コミュニケーション的行為の理論に基づく学級の雰囲気づくり
11
0
0
全文
(2) 62. 学校教育学研究, 2001,第13巻. はじめに. I.現代社会の現状と子どもの諸開港. 新しい世紀, 21世紀が到来した。十年一昔といわれた 時代から,今日,一年一昔に変わり, 21世紀がさらに多 様で変化の激しい時代になることは誰の目から見ても明. 1.現代社会と「私生活主義」 現代社会は,物資の有り余る「豊かな社会」であると 同時に,あらゆるシステムによって合理化された目的合. 白であるoテレビのスイッチを入れれば,ニュースの第 一軌ま銀行や信用組合などの金融機関における不祥事や 破綻であり,政治家や官僚の汚職や自殺,親による我が. 理性に基づいて人々の生活が成立する社会である。日的 合理性に基づく社会においては,個々人が自己の欲求を 充足させるために,自己をとりまく環境世界に働きかけ,. 子の殺害である。こうした激動の渦の中にあって学校教 育も大きく揺さぶられ,さまざまな今日的課題に直面し ている。 文部省が実施している生徒指導に関する調査による と,平成10年度におけるいじめの発生件数は約36,000件,. その環境世界を自己の自由のための手段として利用しよ うとする行為がなされる。人々は,こうした行為を繰り 返しながら,より合理的なシステムを生み出すと同時に 「私生活主義」へと埋没している。われわれの生活は,. 暴力行為については約35,000件あり,依然として大幅な 減少傾向は見られず,憂慮すべき状況にある。いじめ, 暴力行為を含む今日の少年非行は低年齢化の傾向にある とともに,その内容も凶悪化,粗暴化している。これら に加え,依然としてなくならない不登校の問題,近年新 たに問題となってきた「学級崩壊」など,児童の問題行 動は限られた子どもたちが引き起こす特別な問題ではな くなり,どの子にも起こりうる問題として一般化,深刻 化しているのが現状である。 このような現状に直面しているわれわれ教育者は,ど のように対応していったらよいのだろうか。 日本の学校は,戦後「欧米に追いつき,追い越せ」を 合い言葉にして,子どもに,科学的知識をより効率よく 伝達することに主眼をおいた教育を,国家と一九となっ て進めることで,近代化,産業化において大きな役割を 果たしてきた。しかしその反面,学校では,教える人, 教えられる人,言い換えると主体一客体という画一的な 関係が着々と築かれてきた。しかし,主体一客体といっ た画一的な関係そのものが,今日におけるさまざまな弊 害をもたらしているとは考えられないだろうか。これま での教師と子どもの関係をそのままにして,変化の激し い時代に対応することを強調するだけで「豊かな人間性 や社会性」を育成することが,はたして可能なのであろ うか。 本論文では,このような問題意識に立ち,近代教育が 置き去りにした問題を考察しながら現代社会や学校教育 の問題点を明確にし,今後の教育の可能性を探求する。 その際,その可能性を近代社会の限界と可能性を一貫し て追求しているドイツの社会哲学者ユルゲン・ハーバー マス(J.Habermas)のコミュニケーション的行為の理 論に求めていくこととする。. 目に見えない糸によって,つまりシステム化され,抽象 化され,物象化され,脱人格化された情報ネットワーク の中に自分の意志とは関係なく,他律的に結ばれて管理 されているのである(1)こうした社会の中では,共に 生活する人々でさえ,自己の目的を達成するための手段 として利用される。つまり,自己と他者をとりまく生活 世界はあらゆるシステム合理化によって枕糾され,人々 は他者と共に社会を生き,社会をつくり出すという共生 的な関係にありながら,あらゆるシステムによって無自 覚的に管理されている。そして,目的一手段関係に一面 的にしたがっている。現代社会は,目的一手段関係に基 づいて豊かさと快適さを手に入れたのと引き替えに,人 と人とが織りなす生活世界を見失った社会であるといえ る。真木は,このような現代社会の存立状況を集合態と 表現したが(2)集合態的な社会は社会の縮図である学 校においてもさまざまな影響をもたらしている。 2.これまでの現場教師の対応 学級の中でも個性重視の名の下に「私生活主義」が蔓 延することによって,子ども同士の関係性が弱まり,序 列と競争を助長し,子どもたちが個々バラバラな状態で 教室の中に埋没するという集合態を生み出している。こ うした状況の中にあって教師は,主体一客体関係を通し て知識を効率よく教える教育,あるいは個人の発達にの み重きをおいた教育を押し進めている。しかし,個と集 団の関係性を考えないこうした教育が展開されればされ るほど,事態はますます悪化していくのである。確かに 社会や学校で行われる行為の合理化・技術化は,社会や 学校が進歩し発展していく上では一定の役割を果たして きた。しかし,教師が,教育を目的合理性の一面で捉え ている限り,教育が抱える今日的な諸問題は解決しえな いのである。 学校教育の今日的課題であるいじめ,不登校などの児 童・生徒の問題を本気で解決するには,今一度,主体一 客体というこれまでの教師と子どもの根本的な関係に目.
(3) 学級における「共同的FE括世界」の創造. を向け,それを踏まえた教育を展開すべきだと考える。 つまり,社会と切り離された「学校」という場で,子ど もたちに,社会的動物である人間が成長していくために 必要不可欠な人と人との関わりを如何に持たせていくか が大切であり,そのような場をつくり上げることこそが, さまざまなな問題を解決していくことにつながると考え るのである。. Ⅱ.特別活動の現状と課題 1.特別活動の現状 本来特別活動は,社会に対して一定の距柾を置く学校 の中で,子どもたちが主体となった自主的,自治的な活 動を展開することによって,学校教育と現実の社会との つながりをもたせるという重要な役割を担って誕生し た。しかし,歴史的変遷の中で道徳の時間が設置され, 教育課程が3つの領域に分かれることによって,自分た ちの学級社会をつくりかえていく活動やさまざまな葛藤 を学級全員で解決していくようなダイナミックな活動が 少なくなり,かわって学校・教師側のリーダーシップが 強調されるようになった。その結果,子どもたちの活動 は,雑務処理的なもの,あるいはもともとある体制への 自発的協力へと変わっていった(3)。このことが,特別 活動がもつ最も大きな課題といえる。. 63. 下に,自主的,実践的に活動すること」 (4)といういい 方に留まっている。したがって,それぞれの教師によっ て「望ましい集団」の解釈がバラバラで,何が「望まし い集団」なのか,あるいはどういう活動が「望ましい集 団活動」なのかという議論なしに,個々の子どもの集団 への積極的な参加,適応といったことを重視した指導が なされていた。その結果,活動内容の派手さとか楽しさ ということに中心をおいた企画がなされ,個と集団の関 係性を考えた取り組みはなされてこなかった。つまり, どうすれば「望ましい集団」になるのかという発想が抜 け落ちていたのである。このことについて筆者の一人渡 連は,別稿において次のように論じた(5)特別活動は集団的活動を核にして展開されてきた。し かし,そこでの集団的取り組みは. 「望ましい集団活動 を通して」という文言に象徴されるように余りに抽象的 であり.その具体化の遂行というよりも,むしろ個の成 長のための手段として位置つけられ,子どもたちが織り なす集団の質の発達への観点は存在しなかった。一人ひ とりの子どもたちが集団的活動に参加することが,ある いは集団に適応することが,彼らの社会性の発達を生み 出すと考えられてきたのである。 しかし,新学習指導要領では, 「望ましい集団活動」 を展開することを前提とし,その条件を示した上で, 「集. 2.課題解決のための基本的枠組み 新学習指導要領(HIO)においても,社会の激しい変. 団活動の条件を備えた『望ましい集団活動』が行えるよ う教師による適切な指導が大切になる」 (6)とうたって. 化に対応できる子どもの育成をめざして,教師中心の指 導の限界を指摘し,総合的な学習を導入するなど子ども たちが自主的,自発的な活動をするための指導を重視す るよう指示している。そして,特別活動においては次の ような目標を示している。. いる。つまり,特別活動においては, 「望ましい集団」 をつくっていくための活動が重要となってくるのであ る。さらに新学習指導要軌二は, 「特別活動には,学校 と家庭・地域との間に立って,両者の間を結ぶ重要な役 割を果たすことが期待される」 (7)と明記されている。. 「望ましい集団活動を通して,心身の調和のとれた発 達と個性の伸長を図るとともに.集団の一員としての自 覚を深め.協力してよりよい生活を築こうとする自主的. 実践的な態度を育てる。」 この目標は現行の学習指導要領(H元)のものと全く. このことからみても,特別活動には,子どもたちが自治 的な活動をすることによって学校,学級社会をつくりあ げていくことにより,学校と硯実社会とのつながりをも たせるという重要な期待が込められていると考えられ る。そして,教師の指導性は,自発的,自治的な活動が 行えるような「望ましい集団」をいかにつくるかにおい て発揮されなければならない。. 同じである。しかし,特別活動の特質である「望ましい 集団活動」については,これまでとはその捉え方が大き く変化していると考えられる。 現行の学習指導要領では,各教科,道徳にはないEl標 であるとして「望ましい集団活動」を強調してはいるも のの,その内容は具体的には明示されておらず,特別活. これまでに,学校教育の諸問題の根源的原因は,集合 態的な学級の中での教師と子ども,子どもと子どもの関 係性の歪みであることを明らかにした。言い換えると,. 動においては, 「いずれの内容も, 『望ましい集団活動を 通して』という指導原理によって,教師の適切な指導の. 教育的防壁の中で,教師と子どもの関係が主体一客体関 係におかれ,子どもは教えなければならない未熟な存在. Ⅲ.コミュニケ-シヨン的行為の理論.
(4) 64. 学校教育学研究, 2001,第13巻. として位置づけられたことに問題がある。確かに,知識 を効率よく教えていくことは学校教育にとって不可欠な ことである。しかし,それだけで今日の学校教育は十分 なのだろうか。モレンハウア-は,教育には基本的に2 つの側面があると主張している(8)。 1つが言葉を学ぶ. はコミュニケーション的行為によって再生産されていく. ことにかかわる行為であり,もう1つがそれが可能とな るための言葉と物を結合する規則(自然の言語,あるい は生活形式)を学ぶための行為である。言葉と物とを結. 世界そのものの構成の変化が現れる。この変化こそが,. ものでもある。コミュニケーション的行為によって妥当 要求が相互了解された場合,文化の再生産,社会統合, あるいは社会化が進み,それらが文化,社会,人格とし て生活世界にとり込まれるのであるから,そこには生活 個々人と集団との関係性の発達を促すことになる。 これまでに,ハーバーマスのコミュニケーション的行. びつけるための規則を学ぶためには,そこには言語によ る交わりが必要となり,子どもたち主体の学習が展開さ れなければならない。そして,このような取り組みこそ が集合態的な学級に留まっているがゆえに起こる諸問題. 為の理論についてその要点を述べた。ハーバーマスはコ. を根本から解決していく取り組みとなり得るのではない だろうか。筆者は,現在の学校における諸問題を解決し ていくためには,モレンハウア-の示すもう1つの教育. た。このようなハーバーマスの理論は,子どもたちが社. を積極的に押し進めていく必要があると考える。 ドイツの社会哲学者ハーバーマスは,近代を築いた礎 としての合理性をあくまでも追求し,コミュニケーショ ン的合理性の概念を導入することによって,近代社会に 新たなる進化の可能性を兄いだそうとしている。ハー バーマスの試みは,近代が目的合理性を追求し続けたが ためにぶつかった壁を乗り越えようとするものであり, 彼の試みは,現在の教育がぶつかっている問題を解決す るための大きな示唆を与えてくれている。 「コミュニケーション的行為の理論」は,言語による コミュニケーションによって了解を目指すことにより, 個々人が生活する社会の質を高め,このことによって同 時に個々人が発達するというものである。コミュニケー ション的行為とは,ある発話者が掲げる批判可能な安当 要求について,他のコミュニケーション参加者と共に合 意を目指した討議を行うことによってお互いの行為を調 整し合うものである。ここでいう妥当要求とは,コミュ ニケーション参加者が自分たちの発言が3つの世界(客 観的世界,社会的世界,主観的世界)に適合するという 要求を出し合い,その根拠の妥当性を主張し合うことで ある。すなわち,客観的世界においては,そのことが真 であるか偽であるかということの根拠となる真理性が主 張される。社会的世界においては,正義と公正を規定す る根拠が正当であるかどうかという正当性が主張され る。そして,主観的世界においては,自己の発言内容が 誠実に語られているという誠実性が主張されるのであ る。これら3つの妥当要求を主張し合うことにより,坐 活世界の構成成分である文化,社会,人格のそれぞれに おいて,文化の再生産,社会統合,社会化がなされるこ とになる。生活世界は,人と人とが織りなす社会におい て自明なものとして,コミュニケーション的行為を遂行 する上での知識の貯蔵庫となっている。また,生活世界. ミュニケーション的行為を通して,社会統合の主軸であ る生活世界の再生産を図ることによって,目的合理的行 為ではなしえなかった本来の社会統合を目指そうとし 会性や道徳性を獲得する場である本来の生活世界を創造 していこうとするわれわれの試みに大きな示唆を与えて くれる。. Ⅳ.コミュニケーション的行為の理論の教育的意義 l.コミュニケーション的行為による学級活動への転換 現在,学級活動の多くは,雑務処理的なもの,あるい はすでに決まっている活動の流れの中に子どもたちをど う組み込むかといったことに活動の中心がおかれてい る。表面上は子どもたちによる話し合いによって会が進 行しているのだが,実質は教師が結果を先取りし,それ に向かって子どもたちを意識的に,あるいは無意識のう ちに誘導しているのではないだろうか。 このような戦略的な行為による学級活動は,教師の独 我論的な(勿論どの教師も自分が考えていることが,千 どもたちにとって一番望ましい結果をもたらすと思って 行っているのだが)誘導により,子ども同士の相互行為 という視点を欠いたものになってしまう。ハーバーマス は,このような戦略的行為が続けば,次のような結果に 陥ると指摘している(9), 個々人が了解志向的行為のコンテクストから長期にわ たって離脱するということは.戦略的行為のモナド的な 孤立化への退行を意味する。永続的なそれは.自己破壊 的なものである。 つまり,教師が先取りしている結果を子どもたちに分 からないようにしつつも,あたかも子ども中心の話し合 いが進められているように振る舞うというような学級活 動が展開され続ければ,そこには子どもたちの人間関係 の質の向上は望めない。それどころか,個々人がバラバ ラで孤立している現状をますます悪化させることにもつ ながるであろう。.
(5) 学級における「共同的生活性界」の創造. コミュニケーション的行為による学級活動は,このよ うな結果目的の計算が入る余地はない。コミュニケー ション的行為は,妥当要求が批判の対象となれば,直ち に実践的ディスクルスに移行する。ディスクルス倫理学 においては,決定される規範が,誰にとっても受け入れ 可能なものでなければならないという普遍化原則(U) と,規範を決定するのは,すべての当事者が対等な立場 で参加する実践的な討議においてであるとするディスク ルス倫理原則(D)に基づいて討議がなされる。この2 つの原則に基づいた話し合い活動が展開されるなら,妥 当要求を掲げながら,それを受け入れるかどうかを判断 する相互主体的な子どもたちの姿があらわれる。相互主 体的な態度で話し合いに参加する子どもたちは,お互い の行為を調整し合いながら生活世界を再構成していく。 このことによって,個と集団の関係性(本論文では学級 の「雰囲気」と表現している)が発達していくのである。 子どもたちは,このような過程を通して自分たちの社会 をつくり上げていき,同時に自己のアイデンティティを 確立していくのである。 したがって,学級活動においても教室という社会の問 題を自分たちで解決し,より合理的な社会へと発達させ ていく活動,すなわち了解志向的なコミュニケーション 的行為による学級活動への転換が必要であると考える。. 65. いうことだけではない。大人と子どもの関係性が,子ど もが学ぶ基盤を生みだすということであり,関係性のあ り方によっては,逆もあり得るということなのである。 教師から子どもへの一方的な働きかけではなく,子ど もと子どもの関係の中に教師が関わることで,学級の中 に生活世界が創造できるといえる。学級活動において妥 当要求を掲げることによって合意を目指していくために は,教師と子ども,子どもと子どもの関係を主体一主体 関係へと転換していくことが必要なのである。 V.学級の雰囲気を高めるための話し合い活動の構想 1.学級の問題(在り方)に対する意識化 共に活動をする,つまり相互行為は共同の上に成り 立って安定している場合もあれば,意見や感情の衝突を はらんで不安定の場合もある。雰囲気は,この不安定な 状態を安定した状態にしたり,安定した状態を保ったり するために行われる相互行為の拠り所となっており,学 級は,こうした経験を繰り返しながらより合理的な解決 ができる集団に発達している。このような考えに立って 話し合い活動を次のように定義したい。 話 し合い活動 とは . あ る問景副こついて子 どもたち. 2.主体一客体関係から主体-主体関係への転換. が 自由 に 自 らの 意 見 を出 し合 い , 合 意 をめ ざ した. 学級活動を了解志向的な活動へと転換することは,同 時に教える人,教えられる人といった従来の目的合理性 に基づく主体一客体関係からコミュニケーション的合理 性に基づいた主体-主体関係への転換を意味する。すで に述べたように,教室という社会が学級活動を通して現. 討議を行 うことによ って . お互いの行為 を調整 し合. 実の社会とのつながりをもつためには,コミュニケー ション的行為による話し合い活動が必要となる。しかし, これまでのように,教師と子どもの関係が主体一客体関 係のままでは,子どもは教師によって操作される対象の ままであり,教師と子どもが一体となって学級の中に生 活世界をつくり上げていくということは起こり得ない。 われわれは,主体一客体関係を克服するための教師と子 ども,子どもと子どものH指すべき関係の在り方につい. う過程であ る0. コミュニケーション的行為に基づく学級の雰囲気づく りは,子どもたちがこれまで当たり前のこととして教え られてきた価値や規範を自分たちの視点からもう一度捉 え直すことから始めなければならない。これは,自分た ちの日常的な生活世界における問題に目を向け,自分た ちの学級を自分たちでつくり上げていくためのスタート でもある。システムによる内的植民地化が,無意識のう ちに子どもたちを孤立させつつある今日的状況にあって は,自分の中に他の友達に対する意識や関心を取り戻し ていくことは極めて重要なことである。. て以下のように捉えている(10)。 Vわれわれが.むしろ目指さなければならないのは「F大 人(教師)一子ども(生徒)』 -対象(世界)」なのでは なかろうか。あるいは「[大人(教師) - 『子ども(生徒) -子ども(生徒)』] -対象(世界)」なのではないか。 子どもの学ぶ行為は.大人との関係がなければそもそも 成り立ち得ないであろう。しかし.それは大人も学ぶと. 2. 「理想的発話状況」の創造 自分たちの生活世界の開署を自分たちで見つけ,解決 していくということは,今日の学級においては実際には 容易なことではない。仮に学級の問題やトラブルに気づ き,解決していこうと思っている子がいたとしても,そ の子の学級が自由な発言がしにくいような学級であれ ば,それは学級の雰囲気を高めていくことにはつながら ない。つまり,学級での話し合い活動において,子ども.
(6) 66. 学校教育学研究, 2001,第13巻. たちが自由に自分の意見が言い合えるということは,コ ミュニケーション的行為の理論に基づく学級の雰囲気づ くりの条件でもあり,雰囲気づくりを進めながら獲得さ れるものでもある。このことについてハーバーマスは, コミュニケーション的行為が行われるための前提とし て,誰の強制もなく自由に発話ができる「理想的発話状 況」という概念を提唱している。 「理想的発話状況」は, 話し合いを通して了解を達成する上で,子どもたちが妥 当要求(真理性要求,正当性要求,誠実性要求)にのみ 拘束されるための条件であり,簡単にまとめると「関与 者の間で権力のいかなる違いも存在してはならない。」 「関与者は彼らの間では真実の仕方で述べなければなら ない」 (ll)となる。話し合い活動においては,互いに相 手の意見を尊重すると同時に,相手の発言に対して自由 に意見が言えることを前提としなければならない。その ためには,学級の中で「理想的発話状況」が生まれるこ とを促す取り組みが必要となる。 3.合意に基づく話し合い場面の設定 それぞれの問題意識が明らかにされたからといって, それが直ちにみんなの支持を得る取り組みになるとは限 らない。子どもたちが問題の解決に向かう時,そこには 当然意見や考え方の衝突が生じてくる。ある子どもが正 当だと考えている理由であっても,これまで獲得してき た知識や経験,生活様式の違う他の子どもにとっては, 正当な理由にならない場合もあるからだ。話し合い活動 で重要なのは,さまざまな意見が衝突する中で,妥当要 求を掲げながらお互いが合意していく過程,つまり子ど もたちが話し合いの中でお互いの行為を調整しあう過程 なのである。そして,話し合いの中で行為調整がなされ るためには,ハーバーマスが主張するように,妥当要求 を主張し合いながら合意をめざす話しあいの場面を設定 する必要がある。. ると図1のようになる。 ( 3 )雰囲気を高める話し合い活動の構造 合意をめざした話し合いの構造を図2に示した。 先にも述べたが,学級の雰囲気は,子どもたちが安定 した状態を維持したり,不安定な状態を安定させる行為 調整の力を獲得していくことから育まれる。ここで大切 なことは,学級の子どもたちが彼らの行為プランを調整 するときに,力ずくや編すといった行為をすることなく 他者の行為と自己の行為を結びつけて考えることができ るようにするにはどうしたらいいかということである。 子どもたちが(教師も),もっぱら行為の成果を志向 する(成果志向的行為)限り,威嚇や誘惑,報酬や讃美 などを手段にして主導権を握り,相手の意志決定ないし 動機に外から影響を及ぼし,そのことを通じて自分たち の行為目標を達成しようとする。このように互いに成果 志向的にかかわり合う者同士によって行為調整がされる と,その調整は,自己中心的な結果呂的の計算が互いに どう絡み合うかに左右される。その場合,協同と安定の 程度は,共に何かをする者の利害によることになり,不 安定な状態が多くなる。 これに対して,コミュニケーション的行為がもつ注目 すべきことは,子どもたちの行為プランをお互いに調和 させ,合意を得るということに向けられる点にある。コ ミュニケーション的行為を行う子どもたちは,みんなが 対等な立場で,納得し合うことをめざして主張し合うこ とにより,お互いの行為の調整を図っていく。この過程 そのものが,学級の雰囲気を高めていき,同時に子ども たちの「生きる力」となっていくのである。大切なのは, 子どもたちが何らかの活動をすることによって得る結果 ではなく,活動の中でお互いの行為を調整し合う過程そ のものではないだろうか。 ( 4 )行為調整からみた雰囲気の発達. 4.話し合い活動の構想 (1 )話し合い活動の重点 これまで述べてきたように学級の雰囲気づくりは,請 し合い活動を通じて子どもたちに行為調整の力をつけて いくことから育まれる。このことを考慮するなら, ①自 分たちの学級を意識し,よりよくするための改善策に目 を向ける機会がある。 ②話し合いの中に「理想的発話 状況」がある。 ③合意をめざす話し合いができる場面 がある。の3点に重点を置いた話し合い活動が展開され なければならないと考える。 (2)話し合い活動の流れ 上記の重点を考慮し,実際の話し合いの流れを提案す. 行為調整がなされる際の拠り所となる雰囲気は,みん なでつくり出している確実に存在する場である。その場 は社会と同じように客観的なものとして確実に存在し, われわれに影響を与えているものでもある。また,われ われが逆につくり出しているものでもある。学級の雰囲 気づくりを実践するにあたって,子どもたちの思考を確 実に規定し,子どもたちの思考がつくり出しているもの (雰囲気),それを対象化することを試みた。以下の発 達の具体的展開は,ハーバーマスの相互行為の発達段階 論と真木悠介のいう社会の存立構造を基盤にして構想し たものである。.
(7) 学級における「共同的生活世界」の創造. 図1. 話し 合い活動の流れ 学級に日を 向ける. 67. 解 決方 法を 考える. 討 議による 解決. 岩 冨 冨 畠 細 :グ 芸 芸: 等す 器 い l I-.t- †. い一 †. m. 基. z * . = r ロ 。 頚建. 【前慣習的/権威に左右される段階】 一方の者が行う相互行為への寄与を他方のものが統御 するという結果になる。学級内には命令を与える者,脂 従する者という相補的な関係がみられる。また子どもは 自己中心的なパースペクテイヴにあり,自分の立場から 教師や友達をみていき,相手の立場に身を置て考えるこ とはまだできない。 【前慣習的/利害に左右される段階】 当事者たちによる相互行為への寄与を互いに制御し合 うことで行われる。学級内には自分の利害を基準とした 対等な関係がみられる。この場合も子どもは自己中心的 なパースぺクテイヴにある。 【慣習的段階】 子どもは自分の立場に身を置きながら,相手の立場か ら考えることが可能になる。ここでは,我一汝のパース. 挿 Jlン 、. ■喜 F7. 段階の子どもたちは,外的世界と個人の内面とを分化さ せ,何らかの意図や欲求を自我ないし他我がもっている ことを知り,意図した行為と意図しない行為とを区別す ることができる。また必要があれば欺臓工作によって行 為の調整を方向づけることもできる。ここで戦略的な行 為調整が行われるのは,ハーバーマスによると次のよう に説明できる。前慣習的段階で協同の関係が成り立って いると,当事者たちは欺臓の手段を用いようとはしない。 権威に左右される関係が成り立っていると,服従する立 場にある者は欺騰工作を用いることはできない。欺満に よって相手の行為に影響を与えようとする方法がとられ るとすれば,自我が,自我と他我は対等の関係にあるも のとして考え,行為状況を欲求の括抗という観点から解 釈する条件が成立する場合である(ll)このとき,子ど もは欺臓の可能性をもつ行為類型とそれを持たない行為 類型のどちらかの選択を迫られる。というのは,この段. る。これに加えて,自分で分別したり操作できる出来事 に対して客観的な態度がとれる観察者のパースペクテイ. 階の子どもは,根拠によりながら互いの争いの決着をつ けることで納得することができる。このときの根拠が利 害を左右する手段として働けば,成果志向的態度をとる 者同士のコンフリクトをそのまま戦略的行為にとどめ. ヴによって行為調整することができるようになる。この. る。根拠が利害を左右する手段として働かない場合は,. ペクテイヴが行為を調整する上で有効に働くようにな.
(8) 68. 学校教育学研究, 2001,第13巻. 成果志向的態度をとる者同士のコンフリクトを合意形成. ては,学級をよりよくするために話し合う時の一つの根. のために役く立てることができる。つまり,了解志向的 な行為調整が導入されるには,個人を越えた権威によっ て満たされる行動期待(社会的役割)という社会的認知 の基礎概念が必要になる。このことによって,相手の命. 拠にもなり得ると考えた。主な結果をまとめると表2,. 令と自分の意図との間にあるギャップを埋め,利害を転 換するのと同じように権威の概念を転換できるようにな る。 (慣習的/了解志向的な行為調整の段階】 子どもは身近な友達や教師の期待する役割に即した行 動や学級が安定するような行動もとれるようになってく る。 [脱慣習的/ディスクルスによる行為調整の段階】 これまでに獲得した話者のパースペクテイヴに世界の パースペクテイヴが枕合されることになる。このことに よって,語られている世界のさまざまな観点と語りつつ ある者のさまざまな観点を自由に行き来することができ るようになる。その結果,例えば現に存在する規範が社 会的に通用しているからといって,そのことが真の妥当 性をもっていることとは一致しなくなる。現に存在する 規範へ依存するという他律性ではなく,自らの行為を規 定する根拠として規範の妥当性を掲げることによって, 社会の規範そのものを再構成していくことができる。正 当化していく力を持っているのは,規範的妥当請求を認 証するときのディスクルスだけになる。 (5 )雰艶気の形成過程 以上のような点をふまえ,子どもたちの現状を考慮し ながら考えると,雰囲気の形成過程と小学校段階におけ る学級の発達の在り方として,学年別には表1のような ものとして構想することができる。. Ⅵ.話し合い活動の実践 これまでに述べてきた雰囲気を高めるための話し合い 活動の構想をもとにして,以下のような実践を行った。. 3のようになった。. 2.学級の中に「理想的発話状況」をつくるための実践 「理想的発話状況」は,話し合い活動の実践全般を通 して創造されなければならない。しかしながら,学級の 実態を考慮すると,まずは子どもたちが自分の思ったこ とを素直に言い合えるようになるために,グループエン カウンターのようなトレーニング的な活動が必要である と考え,主として帰りの会の時間に実践した。 3.合意に基づく話し合いの形式を身に付けるための実 践 表3と表4の結果を子どもたちに知らせ,理想の学級 に近づくために学級でどんな取り組みをしていったらよ いか考えさせたところ,学級の歌を作ってみんなで歌え ば,もっと明るく仲良しなクラスになれるという考えが 出てきた。そこで,みんなで話し合って「3-1の歌」 を作ることとなった。. Ⅶ.実践の結果と考察 1.学級に目を向け.問題点や改善すべき点を積極的に 解決していくことができたか 本学級の子どもたちは1, 2年生時に話し合い活動を した経験が少なく,自分たちで意見を出し合いながら問 題を解決していくことにはあまり慣れていない。それも あってか,実践当初のグループ活動では,子どもたちか ら, 「先生これどうやるの。」 「先生, ○○くんが勝手な ことをしています。」というような教師に頼る発言が多 く聞かれた。しかし,話し合い活動を進めるうちに,こ のような発言は減り,自分たちで話し合う姿が目立ち始 めた。このことは,自分たちの目の前にある課題に目を 向け,それを積極的に解決していこうとする意識の現れ だと考えられる。次の発言は6月18日に行ったグループ での話し合いからのものである。. I.学級に目を向け.その中の問題点や改善すべき点に 気づくための実践 子どもたちが自分たちの学級を意識し,その中の開署 点や改善すべき点について気づくための第一歩として, 理想の学級像を思い描かせた。この実践は,子どもたち. C8 : C9くんはどれがいいの? Cg :ぼくはC17さんのがいい。 C17 :どういう気持ちで選んだの?. に自分たちの学級の将来をイメージさせ,そこから今の 学級の現状を見つめさせ,さらに将来のために今何をな すべきかについて考えさせることをE]的としたものであ る。また,このアンケートの結果は,子どもたちにとっ. C17: C21くんのには「ファイト」とかあるけど.どう いう気持ちなの?. C9 :けんかが気になるから.仲良くなる歌がいい。 C14 :わたしもけんかが気になる。. C21 :元気が出るように。 C17:じゃあさあ.けんかをしないとか,仲良くとか..
(9) 学級における「共同的生活牡界」の創造. 表1 各学年の雰PEl気の発達過程 学年 雰囲気の形成過程 低 学 年 中 高 学 午 高 学 午. の 段 階 (かの段階 (参の段階 ③ーa の段階 ③- b の段階 ④の段階. 69. 各 段 階 の 説 明. いまだ学級の内部に 埋没し ながら 、準拠的個人(教師、より 強い友人) を中心に、子ど もたち が一体化すること を促すよう なもの。 欲求主体である 個個人がお互いの利害と 利害を「 交換J することを 促すようなもの。 個々人の利害というより は、立場や役割、経験に拘わら ず必要であると わかっている学 故の規範を取り 込み、それに 従うことを 促すようなも の。 根拠を 述べることにより 個々人の利害を調整することを 促すものであるが、 根拠が利害 を 左右する手段として 利用さ れるため、合意には つながり にくい。 子どもたち同士が相互主体的に了解を目 指した議論をし、より 正当性をも つ根拠により 学級の規範そのものをも つくり 変えながら、自律的にそれに従っ ていくことを 促すよう な もの.. 表2. 子ども たちが求める理想の学故 理 想 の 学 級 像 人数 け ん かを し ない で、 明 るく 仲良し な クラ ス 24 人 い ろ い ろ な こ と が 言 い 合 え て 、 話 を 開 き 合 う ク ラ ス 14 人 漢 字 や わ り 算 の 捷 習 を し て 、 勉 脚大 す き な ク ラ ス 5人. 表3. 子どもたちによる3- 1の閉居点 子どもたちが問題と 考えている内容. ○本気で考えたり、発表したりする人が少ない ○友達が注意してもやめずにふざけていて自分勝手 ○けんかしたり、大声を出し たりして、みんなまだ仲良しではない. 元気が出るような歌に決めようよ。 C全:うん.いいよ。 これは,グループで1つの歌を作る話し合い活動の1 場面である。この話し合いは,子どもたちが互いの意見 の根拠を開き合いながら,最後にはC17児が,みんなが 共通して考えていることをまとめることによって話し合 いが合意-と向かっていった。この時の子どもたちの根 拠は,現在の学級の問題である「けんかしたり,大声を 出したりして,みんなまだ仲良しではない。」,あるいは 理想の学級像として思い描いている「けんかをしないで, 明るく仲良しなクラス」から導き出されていると考えら れる。このことからも,子どもたちが学級の間蓮点を意 識し,自分たちで積極的に解決していこうという意識が 芽生えてきたことが分かる。 2.話し合いに「理想的発話状況」がつくられたか 本校3年生はクラス替えが行われたばかりであり,ま だ特定のグループが形成されてはいなかった。この時期 に,グループエンカウンターによるゲーム的な活動やグ ループでの合意をめざした話し合い活動を多く取り入れ たことは,新しい友達と仲良くなれたり,自分の思った ことが言いやすくなったりするなど有効であったと考え. られる。 「みんなの理由がどんどん積み重なって.発表しやす くなりました。」 「今日なぜか芋をあげたくて発表しまし た。」 「みんなで納得できたのがよがった。」 「誰かは忘れ たけど,納得の話をして決まってよかった。」 28名の子どものうち, 「言いやすかった」, 「発表しや すかった」など「理想的発話状況」に関する感想を書い た子どもが13名, 「みんなが納得できた」など合意する ことの喜びを書いた子どもが9名, 「理想的発話状況」 と合意することの喜びの両方を書いた子どもが5名で, 「ぼくのところをたくさん使ってくれて楽しかった」と いう感想を書いた子どもが1名だった。子どもたちの感 想からも分かるように,自分の思ったことが自由に言え, それを互いが尊重する「理想的発話状況」が,学級の中 に芽生え始めていると言える。 3.合意に基づく話し合いがチビもたちの行為調整につ ながったが ( 1 )各活動における発音の分析結果 子どもたちが合意に基づく話し合いを展開する場合, そこには妥当性要求を掲げながらお互いの行為を調整す.
(10) 学校教育学研究, 2001,第13巻. 70. る姿が多く見られることになる。また,話し合い活動を 通じて学級の雰囲気が高まっていくためには,自己中心 的なパースペクテイヴから他者のパースペクテイヴある いは第3者のパースペクテイヴに立った考え方が必要と. 学級集団の中に存在する学級の雰囲気だからである。. なる。前述した「各学年の雰囲気の発達過程」をもとに すると, 3年生の場合,話し合い活動によって行為調整 がはかられているかどうかを判断するには,子どもたち. 内容の分析に加えパースペクテイヴ取得検査も行った。 学級の雰囲気の質を調べるために,パースペクテイヴ取 得検査を使用したのは次のような理由からである。. の発言が相手の立場に立ったものか,あるいは学級全体 を考えた発言ができているかをみればよいことになる。 具体的に述べるなら,話し合いの中で,相手の考えを確 かめたり(具体的集団のパースペクテイヴから役割校と. パースペクテイヴ取得能力の発達は自己の視点と他者 の視点が分化し,視点間の調整がなされていく構造的変 化の過程として捉えられる(13)また,われわれは,道 徳を社会規範との関係から, 「個人はその社会に生まれ,. して社会的行為を捉える),対立する意見をまとめる(社 会全体のパースペクテイヴから,社会全体の維持という 観点に立つ)ような発言が増えているかどうかを調べれ ば,学級の雰囲気を高めるための行為調整がなされてい ると判断できると考える。. 育つ中でその社会固有の社会規範を獲得することによっ て自己の道徳的な在り方を作り出すことができる」 (14) と捉えている。つまり,個人の道徳性や社会性の発達は, 社会や集団の発達が前提としてあるということである。. (2)バースペクテイヴ取得検査結果 今回の実践結果をより客観的に考察するために,発言. このような視点に立ってパースペクテイヴ取得検査を実 施するなら,学級の雰囲気の高まりを捉えることができ ると考えた。 5月10日に行った検査の結果,段階OBの 子どもが, 24人(80%),段階1の子どもが6人(20%) だった。しかし,およそ2ケ月間の実践の後,同様の検. 今回,合意に基づく話し合い活動では,根拠を主張し 合うことにより行為調整をはかる姿が多く見られるよう になった。表4からも明らかなように,全男の子どもが 納得した話し合い(①, ③, ⑥, ⑦, ⑧)では,発言回 数が増え,活発な討議がなされている。このことは,学. 査を行った結果,段階OBから段階1へと発達した子ど もが7人,全体では13人(約43.3%)の子どもが段階1 になった。段階が進まなかった子どもの判断理由を見て ち,より高い理由付けとなっていた。このことからも,. 級の雰囲気を高める話し合い活動の条件である「理想的 発話状況」が作られていることの裏付けでもある。また, 実践を積み重ねるたびに,確実に「他者の考えを確認す. 徐々にではあるが,話し合いの中で行為調整が行われ, そのことによって子どもたちの社会性が発達し,同時に 学級の雰囲気が高まっていることが分かる。. る発言」や「対立する意見をまとめる意見」が増加して いる。このことは,相手の立場に立ったものの考え方が できる子ども,あるいは話し合いの流れを把握して全体 を見つめる視点から判断していく子どもが増えているこ とを示している。こうした子どもたちの増加は,学級集 団の質が高まっていることを表している。なぜなら,千 どもたちの意見やその根拠の拠り所となっているのは,. 表4. おわりに 先にも述べたように,現代社会は個々人が目的合理性. 各 活 動 にお ける発 言 の 分析 結 果. 活 動内容. 発言回数 (駄発言を 魚く. ①A グルー1 の話帥. 発 言 した 児童数. よ く聞 け 根拠の た児童数. 回数. 他 者 の 考 え を 確 ま とめ る意 諾 す る発 言 数. 納 得 した 児 童 数. 見数. 56. 9/ 1 0. 9 / 1 0. 8. 10. 7. 1 0 / 1 0. ②BゲルI 1の話合い. 3 2. 7 / 1 0. 3 / 1 0. 1 0. 2. 3. 3 / 1 0. ③Cグルー1の話合い. 56. 7 / 1 0. 1 0 / 1 0. 1 6. ll. 8. 1 0 / 1 0. ⑳ r和 の達^ j 決. 2 3. 1 2 / 3 0. 8 / 3 0. 1 5. 0. 1. 1 8 / 3 0. (彭 r歌作 りJ l. 7 5. 1 9 / 3 0. 2 1/ 3 0. 4 8. 3. 1 0. 2 5 / 3 0. (む r歌作 りj 2. め. 61. 1 8 / 2 8. 13. 17. 2 8 / 2 8. 48. 1 4 / 2 8. 2 3/ 2 8 2 5/ 2 8. 4 5. (訂 r歌作 り} 3. 2 9. 12. 10. 2 8 / 2 8. @. 58. 1 9 / 2 8. 2 6 / 2 8. 3 4. 16. 5. 2 8 / 2 8. r歌作 り1 4.
(11) 学級における「共同的生活性界」の創造. に基づく成果志向的な関係で結ばれている社会である。 そして,われわれ教育者もこのような社会の中に埋没し ながら,目的合理性に支配された思考に基づき,学校教 育の今日的課題の克服に向けて日夜奮闘している。この ような現代社会や学校教育の現状と課題を考察し,実践 を通して解決策を模索する中で,今までわれわれが自明 のこととして捉えてきたことが,実は何の根拠もなく, 逆に問題を悪化させることにもつながることを痛感させ られた。 われわれはこれまで,主体一客体の関係の中で教育を 行ってきた。つまり成果志向的行為により教育実践を展 開してきたのである。すべての子どもたちに気を配りな がら,子どもたちにとって実りある生活を保障すること に努めていたつもりが,実は価値の一方的な押しつけで あり,子どもたちの自主性や人間性,社会性を育てるこ とにはつながらなかったのである。また,個人にのみ視 点をあて,個人の能力や学力,長所を伸ばすなど個別的 な対応に終始してきたのも事実である。このような視点 から子どもたちの個性を考えてもそこには個々バラバラ な状態で存在する子どもたちの姿が浮かび上がるのみで ある。 これからの教育は,個と集団の関係性を重視する「教. 71. ( 2 )真木悠介r現在社会の存立構造』筑摩書房, 1977年, 6頁 (3)肥田野直,稲垣忠彦編『教育課程(総論) (戦後日 本の教育改革6)J東京大学出版会1971年449頁。 (4)文部省『小学校指導書特別活動編』大蔵省印刷局, 1988年, 5頁。 (5)渡連満「教室という社会も発達する- 『いじめ』克 服に向けた道徳教育の構想山兵庫教育大学生徒指 導講座『生徒指導研究』第7号, 1996年, 35頁。 ( 6 )文部省『小学校指導書特別活動編』大蔵省印刷局, 1988年, 7頁。 (7)文部省『小学校学習指導要領解説特別活動編』東 洋館出版社, 1999年, 19頁。 (8)渡連満,前掲論文, 30頁。 9 1./、-ハマス,三島・中野・木前訳『道徳意識と コミュニケーション行為』岩波書店1991年, 163頁。 (10)渡連満「コミュニケーション的行為理論による道徳 教育基礎理論の探求( 1 )」 『兵庫教育大学研究紀要』 第14巻, 1994年, 116-117頁。 (ll) Jan Masschelein, Kommunikatives Handeln und p云dagogisches Handeln, Deutscher Studien Ver・ lag,1987.. 室という社会」も発達するという視点に立ち,われわれ 教育者の教育観のパラダイム転換を図ることが必要不可 欠なのである。. (12)J.バーハマス,前掲書, 232頁。 (13)荒木紀幸r役割取得検査マニュアル』株式会社トー ヨーフィジカル1988年, 3頁。. 引用文献. (14)渡連満「社会化論的道徳教育論の課題と可能性」兵 庫教育大学生徒指導講座編『生徒指導研究』第9号, 1998年, 6頁。. (1)佐藤慶幸『ウェーバーからハーバーマスへ』世界. 書院1986年173頁。. (2000.7.31受稿, 2000.8.31受理).
(12)
関連したドキュメント
(4) 「Ⅲ HACCP に基づく衛生管理に関する事項」の3~5(項目
Keywords: homology representation, permutation module, Andre permutations, simsun permutation, tangent and Genocchi
本学級の児童は,89%の児童が「外国 語活動が好きだ」と回答しており,多く
当財団では基本理念である「 “心とからだの健康づくり”~生涯を通じたスポーツ・健康・文化創造
Amount of Remuneration, etc. The Company does not pay to Directors who concurrently serve as Executive Officer the remuneration paid to Directors. Therefore, “Number of Persons”
[r]
Concurrent Education in mechanical engineering using PBL at Kokushikan University.. Toshio Otaka *1 , Ken Kishimoto *1 , Yasuhiro Honda *1 , Tomoaki
⑥同じように︑私的契約の権利は︑市民の自由の少なざる ⑤