国語科授業論研究 : 文学教材の学習指導を中心に
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(2) はじめに. ﹁教科書を﹁ページほど読んだ後、教師が解説していくという授業がある。解説のかわりに問答がとり入れら. れることもある。一言でいえば、﹃あたり前の言葉をあたり前の言葉に置きかえる作業﹄である。私は子どもの. ころ、こうした授業が嫌いであった。退屈で退屈でしかたがなかった。なんでこんなことをするのだろうといつ も不思議に思っていた.﹂. これは、﹃国語の授業が楽しくなる﹄︵明治図書、一九八六年二月︶の﹁はしがき﹂にある向山洋一氏のこと. ばである。じつは私も全く同じようなことを感じてきた。ただし私と向山洋一氏との決定的な違いは、私の場. 合、教師になってからも﹁なんでこんなことをするのだろう﹂と不思議に思いながら授業をしてきた点である。. 思いつき程度の発問をする。気の利く数人の子どもから答えが返ってくる。それをふんふんうなずきながら聞. いてやる。時々、よそ見している子に注意を与える。一自己嫌悪に陥りながらも、このような授業を続けてい. たのである。そもそも国語のどのような力を育てようとしているのかという目的意識さえ希薄であった。だか ら、子どもたちに授業後の充足感を与えることなど到底できないでいた。. しかし、実践記録を読んだり研究授業を見たりしていると、このような授業が案外多く存在するのではないか. と思えてくる。雑誌等で、識者が自ら受けてきた国語科授業を振り返った﹁わかるはずがない作者の意図を考え. させられた﹂﹁教科書に載っている作品は好きになれなかった﹂﹁勉強してもしなくて.もいっしょだった﹂﹁国. 語の力は授業以外の読書で身につけた﹂云々のことばに出会うことがある。ここには、これまでの国語科授業の 問題点が浮き彫りにされているように思われる。. 本研究は、以上述べたような私の実践経験からくる苦い思いを出発点としている。目指す終着点は、子どもた ちの変容を保障する主体的・自主的な国語科授業の創造である。.
(3) 目 次. 序章研究の目的と内容⋮⋮⋮ーー⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮.. 3. 1. はじめに. 第[章 ﹁授業﹂としての文学教材指導 ⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮:⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮・⋮⋮⋮⋮⋮・⋮−. 3. 49. 30. 29. 16. 11. 第一節 ﹁授業﹂の目標と課題 −⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−−−−−−−−−⋮⋮−⋮⋮−⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮−−︸−︸⋮−⋮. 第二節 ﹁解釈﹂の授業と﹁分析﹂の授業 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−−・⋮⋮−−−−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮:−⋮⋮⋮:⋮⋮⋮−−・⋮⋮⋮−. 第三節 ﹁分析批評﹂の授業とその批判 ⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮:⋮⋮−⋮⋮:⋮⋮⋮⋮・−⋮・⋮⋮−−⋮. 第二章 向山洋︸の授業−文学教材の指導実践1 ⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮−−⋮−−⋮⋮−⋮:⋮⋮−⋮⋮⋮. 第一節 授業の過程と構造 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮:⋮−⋮⋮⋮⋮−:⋮−⋮⋮:⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮−⋮:⋮⋮⋮−⋮:⋮:⋮−. 第二節 授業における﹁討論﹂の指導 −−−−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮−⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮−−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−.
(4) 第三節 授業における﹁批評用語﹂の指導 ⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮−一⋮−−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮・:⋮⋮・⋮⋮. 第三章 ﹁分析批評﹂の授業を求めて −−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−−−⋮:⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮:⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮・⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮. 第一節 ﹁追試﹂と﹁発問の定石化﹂ ⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮−⋮⋮⋮:⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・・. 第二節 法則化運動と﹁分析批評﹂の授業 ⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮・・⋮⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮⋮−・⋮⋮⋮⋮−⋮⋮:⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−−. 終 章 研究のまとめと今後の課題 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮:−;⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−−−−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮. おわりに. 資料編. 60. 67. 67. 73. 79.
(5) 序章 研究の目的と内容. 文学教材を扱った授業で、登場人物の﹁気持ち﹂を直戯に問う発問がある。文章のどこかに書き表されている. のであれば、それは確認のための発問だといえよう。﹁気持ち﹂が表現されている個所を見つけて答えればよい. からである。しかし、そうでない場合は、返ってくる子どもの答えが根拠に乏しい﹁想像﹂になつでしまう。表. 現されていなければ、よほど突飛な答えでない限り、正解とも不正解とも断定できないからである。いずれにせ. よ、﹁気持ち﹂を問う発問だけでは、緊張感や充足感のある授業にはなり得ないだろう。かえって、そのような 発問による弊害の方が心配される。 その例をあげると、たとえば宇佐美寛は次のように述べている︵注こ。. 国語の授業を通じて、子どもは﹁国語の時間での想像は教師の期待に合わせて行なうのだ。しかも、想像. したという証拠を教師の気にいるような言葉で示さねばならないのだ.﹂ということを教わり続けているわけ. である。これは、教師が意図も意識もせずに教えつづけている教育内容であり、いわゆる﹁かくれたカリキ ュラム﹂︵ぼa①コ。⊆﹁ユ。巳ロ日︶である。. 文学の授業で﹁気持ち﹂を重視すれば、結局は教師の解釈を押しつけてしまうことになる危険性を指摘するの. である。このような授業が続けば、子どもは教師の意図する答えを早く見つけ出そうとするようになり、ひいて. は授業の中で本音を出すことも少なくなっていくだろう。これを﹁気持ち﹂重視の授業の問題点の︸つめとすれ. ば、二つめとして﹁発問﹂に工夫が見られない点をあげることができる。﹁そのときの登場人物の気持ちは?﹂. などと問うのはあまりにも直接的に過ぎるのである。そもそも﹁気持ち﹂をことばで表すことができるのかどう. か。それを無理にでも答えさせなければならないという必然性はどこにもない。たとえば、登場人物の行動を追. っていくことで﹁気持ち﹂に迫ることも可能なのである。﹁気持ち﹂を問わずに﹁気持ち﹂に迫らせる方法こそ. 一. 1. 一.
(6) 必要なのだといえる。そのような﹁発問﹂が緊張感や充足感のある授業を生むのである。. ﹁気持ち﹂重視の授業を批判する実践者も多い。そのうちの一人、向山洋一は、授業において﹁気持ち﹂や ﹁感想﹂を取り上げる意味を次のように述べている︵注二︶。. 子供が感想を述べる時、その中身は﹁感動﹂と﹁分析﹂の二つなのである。﹁とてもこわくなりました﹂. は前者であり、﹁夕やけの場面が印象的でした﹂が後者である。文学教育においては、﹁感動﹂ではなく ﹁分析﹂の部分こそ授業すべきなのである。. ﹁感動﹂させることを授業の目的とせず、﹁感動﹂させている﹁表現﹂に着目させる授業の成立を目指そうと する。このような主張から生まれたのが﹁分析批評﹂の授業である。 本研究は、その﹁分析批評﹂の授業の内容と特質を明らかにすることを目的とする。. 第一章では、まず﹁文学教材で何を教えるのか﹂という基本問題について考える。次に﹁分析批評﹂の授業に 対する批判を取り上げることによって、他の文学教材指導法との相違点を明確にする。. 第二章では、﹁分析批評﹂による授業実践の第﹂人者である向山洋一の指導事例を取り上げる。その﹁指導過. 程﹂や﹁討論﹂および﹁批評用語﹂の指導をみていく中で、向山洋一の文学教材指導の特質を明らかにする。. 第三章では、﹁教育技術の法則化運動﹂によって広がってきた﹁分析批評﹂の授業のこれまでの展開について 述べ、さらに今後どのように発展していくか、その可能性と方向性を探る。. 以上の考察では、﹁気持ち﹂を問わない文学の授業の典型として﹁分析批評﹂の授業をその対象としている。. その成果と課題を踏まえて、ごれからの国語科授業のあるべき姿を探っていきたいと考える。 ︿注﹀. 一 宇佐美寛﹃国語科授業批判﹄︵明治図書 ︸九八六年八月︶一五〇ページ. ニ 向山洋一﹁分析批評による文学の授業の見直し﹂﹃教育科学国語教育﹄︵明治図書一九八二年﹁○月号N。,38︶﹁︸ページ. 一. 2. ︸.
(7) 第一章 ﹁授業﹂としての文学教材指導 第一節 ﹁授業﹂の目標と課題. オセーエワ作 西郷竹彦訳. 国語科では、﹁文学教材で何を教えるのか﹂がよく問題にされる。﹁どのように指導すればよいのか﹂と悩む 実践者も多い。次の教材を取り上げて、その問題について考えてみる。. だから わるい. 一びきの犬が、体をまえkかがめて、はげしくほえたてています。そのすぐはなさきに、かきねにぴた. りと体をよせて、一びきの小ねこが、毛をさかだててふるえています。か!つと口をあけ、ニー.ーオ、ニ. ャーオとないています。すぐそばに、ふたりの男の子がたって、なりゆきをみていました。. まどから、それをのぞいていた女の人が、とぶようにして、かいだんからかけおりてきました。女の人 は、犬をおっぱらうと、男の子たちをしかりつけました。 ﹁あんたたち、はずかしくないの!﹂. ﹁どうして、はずかしいの? ぼくたち、なにもしていないよ!﹂ 男の子たちは、びっくりしたように、いいました。 ﹁だから、わるいのですよ!﹂. 女の人は、まっかにおこっていいました。. 一. 3. 一.
(8) 教材﹁だから わるい﹂を扱った実践記録に、﹁教育技術の法則化運動﹂に参加している佐々木俊幸のものが. ある︵竺︶。それによれば、﹁視写﹂﹁黙読﹂﹁音読﹂の後、次のように授業を展開させている。. ①﹁一人称﹂﹁三入称﹂について説明し、﹁だから わるい﹂はそのどちらかを問う。. ②﹁客観視点﹂﹁限定視点﹂﹁全知視点﹂について説明し、﹁だから わるい﹂はそのいずれかを問う。 ③﹁話者﹂の位置を考えさせ、それをめぐっての﹁討論﹂をさせる。 ④﹁対比﹂を考えさせる。 ⑤学習のまとめを書かせる。. 六年生を対象にしているとはいえ、子どもにとってはかなりの抵抗感があると思われる﹁用語﹂を.使った授業. である。指導の中には、﹁]人称﹂﹁三人称﹂﹁客観視点﹂﹁限定視点﹂﹁全知視点﹂という﹁用語﹂の説明が. 含まれている。このことから、学級の子どもたちが初めて耳にする﹁用語﹂であることが分かる。この点につい. て佐々木俊幸は、﹁﹃やまなし﹄に至るまでに、﹃分析批評﹄で使う﹃用語指導﹄をしておく必要があったから. である﹂︹注二︶と述べている。つまり、宮沢賢治の﹁やまなし﹂を授業するときに使おうとする﹁用語﹂を、﹁だ. から わるい﹂の学習で身につけさせようとしたのである。. 授業では﹁対比﹂を取り上げた後、﹁男の子たちは悪いのか、悪くないのか?﹂と尋ねている。その結果は、. ﹁悪い﹂が二人、﹁悪くない﹂が三十五入であった。このことについて、佐々木俊幸は次のように述べている。. 私の予想は完全にはずれた。﹁悪い﹂と答える子の方が多いだろうと予想していたのである。﹁男の子た. ち﹂は、犬・猫に対して﹁何もしていない﹂、だから女の人にしかられたのである。これは読めばわかる。. 読めばわかるからこそ、しかられた男の子たちが﹁悪い﹂と答える子が多いだろうと思っていたのである。. ところが、この判断は教師・大人の考えであった。子供の感覚ではなかったのである︵だから﹁道徳教 育﹂はむずかしい︶。. 一. 4. 一.
(9) 子供たちは言った。. ﹁この猫は、この人の歪なんだよ、そうでなかったらこんなにおこらない.一. ﹁子供が犬を追っ払おうとするとかみつかれることがある。へたに追っ払わない方がいい.﹂. これが、子供の受けとめ方である。そして、この問題は﹁国語教育﹂とは無縁である。この問題を追求さ せていくと﹁道徳教育﹂になってしまう。. だから、この問題については自由に考えてもらうことにした。. 文学作品を読んだ後の感じ方やとらえ方は、人それぞれによって異なる。その意味では隅﹁だから わるい﹂. を読んで、登場する男の子たちの行動を﹁悪い﹂と感じる子どもと﹁悪くない﹂と感じる子どもとに分かれるこ. とは当然の結果であるといえる。問題は、感じ方やとらえ方の異なる子どもたちをどう指導していくかである。. 佐々木俊幸は、子どもたちの感じ方やとらえ方まで変えていく必要を認めていない。その先の指導は国語科授業 の領域ではないと考えるのである。. ここで、文学の授業の中に道徳教育的な側面を持ち込むことの適否が問題点として浮かび上がってくる。なぜ. なら、教材として取り上げられる文学作品には、内容面に徳目的な要素が含まれることが多く、それを無視して. 読み進めることはできないのではないかと考えられるからである。言い換えれば、教材﹁だから わるい﹂の学. 習後も、﹁男の子たちは悪くない﹂という認識のままでよいのかどうかが問われるのである。 この点に関して、野口芳宏は次のように述べている︵注三︶。. およそ、﹁だからわるい﹂という作品を読ませることの意義は、﹁まっかになっておこった﹂女の人の、 その激しい怒りの正体を読みとらせ、深い共感を覚えさせることにある。. そこが読みとれなかったら、この作品を指導したことにはならない、と私は考える。話者がどこにいよう. と、対比が何であろうと、そのようなことどもの理解は、﹁女の人の怒りの真意をとらえさせる﹂ことの重. 一. 5. 一.
(10) 要性に比すれば物の数ではない。まさに﹁女の入の怒りの真意﹂の深い理解という[点にこそ、この授業の. 力は注がなければならない。むろん、その理解は、﹁表現に即し﹂﹁読み取る活動を通して﹂罪なわなけれ. ばならない。そうすることによって﹁道徳教育﹂ではなく、﹁国語教育﹂になり得るのである。. 佐々木氏が何時間をかけてこの授業をされたのかは定かでないが、引用文によれば﹁最後に⋮⋮﹂とある. るのだから、常識的には、予定したすべての指導を終えた時点で、この作品に出てくる男の子たちの﹁悪 さ﹂に気づいたのは二人しかいないということになる。. そして、子どもたちは﹁この猫は、この女の入の猫だ﹂とか、﹁犬にかみつかれる﹂などと言っている。. これこそ﹁思い入れ﹂も甚だしい読み方ではないか。表現に即さず、文脈からはずれた、勝手な想像であ る。これを指導によって表現に返していくことが国語科の任務である。. 野口芳宏は、佐々木俊幸による実践の中で、男の子たちのことを﹁悪い﹂ととらえた子どもが二人しかいな. かった点を指摘し、﹁この作品を指導したことにはならない﹂と批判する。そして自らは、教材﹁だから わる. い﹂を指導する意義として﹁女の入の、その激しい怒りの正体を読みとらせ、深い共感を覚えさせること﹂をあ. げている。これは、次の二つに分けて考えられる。野口芳宏の考える、教材﹁だから わるい﹂の指導目標だと いえよう。. ①女の人の、その激しい怒りの正体を読み取らせること。 ②女の人に深い共感を覚えさせること。. あえて二つに分けた理由は、﹁読み取らせること﹂と﹁深い共感を覚えさせること﹂とがイコールでつながら. ないからである。内容は読み取れたとしても、共感するどころか、反感を抱くような場合も大いにあり得ること. である。すなわち、この二つは、①②の順序に従ってのみ到達可能だといえる。たとえ同時に到達することがあ. ったとしても、①に到達することなしに②に到達することはあり得ないことだと考えられる。. ︻. 6. 一.
(11) 佐々木俊幸の実践が、②に到達していないことは明白な事実である。ただし、佐々木俊幸はそのことを問題と. して取り上げない。﹁深い共感を覚えさせること﹂は、﹁国語教育﹂ではなく﹁道徳教育﹂だと考えるからであ. る。佐々木俊幸と野口芳宏の主張の相違は、まさにこの点に表れる。野口芳宏は、﹁国語教育﹂によって、すな. わち表現に即して読み取っていくことによって、﹁深い共感を覚えさせること﹂ができるようになると考えてい. るからである。換言すれば、﹁深い共感を覚えさせること﹂は﹁国語教育﹂なのか、それとも﹁道徳教育﹂なの かという問題になろう。 ,. 宇佐美寛は、﹁佐々木・野口両氏の論述を読み、﹃どっちもどっちだ﹄と思う﹂︵注四︶という立場に立つ。そし て、﹁深い共感を覚えさせること﹂について次のように述べている︵注五︶。. ﹁女の人﹂の立場では怒るはずなのである。このはずを認識することは出来る。その認識は、させるべき である。それをさせなければ、この文章を指導したことにはならない。. しかし、﹁深い共感﹂を覚えるかどうかは、別問題である。共感するためには、右のはずに賛成しなけれ ばならない。賛成・反対は、読む者の自由である。. 野口芳宏の指導目標①②のうち、①については当然おこなわれなければならないことととらえている。しか. し、②については﹁読む者の自由である﹂として否定するのである。また、﹁佐々木氏は、﹃女の人﹄がなぜ怒. ったのかを認識させようとしていない。あの文章を解釈して得るべき情報の主たる部分を逃してしまったのであ. る﹂︵塗eと述べて、佐々木俊幸の実践が当然指導されるべき①も抜け落ちている点を指摘している。. さらに宇佐美寛は、佐々木俊幸の実践における発問﹁男の子たちは悪いのか、悪くないのか?﹂については次 のように述べている︵注七︶。. 私は思う。これは答えられるような類の問いなのか。どのような意味で答えられるのか。. ﹁この女の人は、男の子たちの態度を悪いと思っていたか、それとも悪くないと思っていたか.﹂という問. 一. 7. 一.
(12) いならば、答えられる。悪いと思っていたのである。また、﹁作者は、男の子たちの態度を悪いと思って書. いたのか.一という問いならば、答えられる。たぶん、悪いと思って書いたのであろう。︵中略⋮引用者︶. ﹁男の子たちは悪いのか、悪くないのか?﹂と問われたら、﹁﹃悪い﹄ということになっています.一と答 えるべきなのである。. 宇佐美寛は、佐々木俊幸の発問に問題があったと批判する。﹁男の子たちは悪いのか、悪くないのか?﹂とい. う発問は、誰が、男の子たちのことを悪い・悪くないと考えるのか、という点が不明なのである。﹁悪い﹂が二. 人、﹁悪くない﹂が三十五人であったという結果と﹁かみつかれることがある。へたに追っ払わない方がいい﹂. などと教材から離れた自由な発言をおこなっていることから推察すると、おそらく子どもたちは﹁自分自身﹂の. 考えを述べたものと思われる。﹁この作品がどういう意図で書かれたのか﹂を問う発問であれば追求が可能だっ たといえる。表現に根拠を求めることができたからである。. それでは、﹁あなたは、男の子たちのことを悪いと考えますか、悪くないと考えますか﹂という発問は、文学. の授業の中でどう取り扱われるべきなのか。この点を言及するにあたって、まず文学の授業に対する二つの立場. ﹁人間形成﹂や﹁自己変革﹂まで求めようとする立場. 目標⋮①﹁女の人の、その激しい怒りの正体を読み取らせること﹂. ﹁言語の教育﹂に徹しようとする立場. を、前述した野口芳宏の指導目標にからめて示すことにする。. A、. B. 目標⋮①+②﹁女の入に深い共感を覚えさせること﹂. Aは、宇佐美寛の立場である。内容の正確な読み取りを第﹁義とするので、﹁女の入の、その激しい怒りの正. . 8. 一.
(13) 体を読み取らせること﹂が指導目標になる。発問﹁あなたは、男の子たちのことを悪いと考えますか、悪くない. と考えますか﹂に対しては、﹁悪い﹂﹁悪くない﹂、どちらの答えでもよしとする、あるいはそのような発問は 不必要だと考える立場である。. Bは、野口芳宏の立場である。﹁女の人の、その激しい怒りの正体を読み取らせること﹂だけでなく、さら. に、﹁女の人に深い共感を覚えさせること﹂が指導目標になる。発問﹁あなたは、男の子たちのことを悪いと考. えますか、悪くないと考えますか﹂に対しては、﹁悪い﹂と考える子どもに育てることが第二義的な目標になる のである。. 文学の授業の目標が﹁言語の教育﹂にあることはいうまでもない。A、Bどちらの立場も、そのことを前提と. している。問題は、文学の授業で﹁人間形成﹂や﹁自己変革﹂まで求めようとするのはどうかということである。. 教材﹁だから わるい﹂の目標について、教師用﹁指導の手引き﹂︵文学読本﹃はぐるま﹄︶には次のように 述べられている︵注八︶。. 作者は、この作品で﹁犬と猫とのけんか﹂を書きたかったのではない。この作品が書かれた背景には、作 者と、作者の呼吸していた戦後の世界情勢との関係があるのである。. 植民地諸国、弱小諸民族が、強大な帝国主義諸国の圧迫をはねかえしてたたかっていた時代、ソビエト. は、﹁中立﹂は植民地の独立をくじく反動勢力にたいして力をかすことであるという考えから、積極的に植. 民地諸国、独立運動をすすめているアジア・アフリカ諸民族にたいして援助した。国際政治の場における入. 民のモラルーこれが、オセーエワがこの作品を書いた時代に強く主張されていたモラルであった。. ﹁犬と猫﹂の話を国際政治にむすびつけるとは、まことにぎょうぎょうしいようであるが、けっして、こ. じつけではないのである。深い思想を持った作家は、時代をするどくつかみ、社会に対する高い見識をもつ. ていて、それを作品の中に反映する。しかし、児童文学においては、その思想を、﹁だからわるい﹂とい. ︸. 9. ︻.
(14) う、まさに、子どもたち①問題として出しているのである。︵ヰ略⋮引用者︶. 作者と現実と作品の関係は、研究者にとって必要なことで、子どもたちには、作者が現実をどのような眼. でとらえ、現実の諸関係をどうとらえているかという本質的なことを作品そのものからつかみとらせること. がたいせつである。つまり、オセ!エワが、この作品を書いた動機やいきさつは知らなくても、オセーエワ. が傍観者というものを否定しているその思想と、現実にたいする態度は、しっかりつかませなければならな い。. この作品に出てくる﹁女の人﹂を典型として、﹁男の子﹂を否定的典型としてとらえた場合、この作品に. 描かれたような状況は、子どもたちの実生活の中に、いくらでも出てくることであるから、子どもたち自身 の問題として考えさせることができるだろう。. 教材﹁だから わるい﹂で﹁教えるべきこと﹂は何か。右の文章から、それは次の二点に集約される。 ωオセーエワが傍観者というものを否定しているその思想をとらえさせる。. ②この作品に描かれている状況を、子どもたち自身の問題としてとらえさせ考えさせる。. ωは重要である。﹁沈黙は共犯である﹂︵八九︶というオセーエワの思想を学ばなければ、この作品を読んだこと. にはならないからである。ただしそのために、作者オセーエワがこの作品を書いた時代の背景までも﹁教える﹂ とすれば問題だといえよう。. ②はどうか。作品の思想を学ばせるだけではなく、そこに描かれている状況を子ども自身の問題としてとらえ. させることは大切である。しかし、結果的に、男の子たちのことを﹁否定的典型﹂であると教え込み、﹁男の子. たちは悪い﹂という考えを押しつけてしまうようであれば、それは問題であるといわざるを得ない。. 教師なら誰しも、ほとんどの子どもが﹁男の子たちは悪くない﹂と答える教室の状況に接すれば、そのままに. しておいてよいものなのかと悩むであろう。逆に、教師の意図を汲みとらせて、子どもたち全貝に﹁男の子たち. ﹁. 10. 一.
(15) は悪い﹂と発言させる教室もどこか正常でないものを感じる。教師は安心するが、形式的に述べているだけの子. どももいると考えられるからである。むろん、文学教材を学習することによって、押しつけではなく自らを変え ていくこともあり得るが、そういう子どもばかりだとは限らないのである。. 文学の授業で、作品からかもし出される思想に気づかせる指導はぜひおこなうべきであろう。それが文学の授. 業の大きな目標の一つであるといってよい。しかし、そこから文学の授業における課題も生じてくる。いかにし てその思想を、押しつけではなく、子どもたちのものにさせ得るかということである。. 結論的に述べれば、教師の願いは常に持つべきだが、一人ひとりの自由な読みを尊重する姿勢だけは崩さない. ようにすることが大切であるどいえよう。子どもたちは、そのような教師の姿勢からも学んでいく。ひとり文学 だけが﹁人間形成﹂や﹁自己変革﹂を可能にするわけではないのである。. 第二節 ﹁解釈﹂の授業と﹁分析﹂の授業. 前節では、文学教材の学習指導が、﹁﹃言語の教育﹄に徹しようとする立場﹂と﹁﹃入間形成﹄や﹃自己変. 革﹄まで求めようとする立場﹂の二つに分けて考えられる、と述べた。教材﹁だから わるい﹂を例にとると、. 前者は﹁女の人の激しい怒りの正体を読み取らせること﹂が目標となり、後者はそれに﹁女の人に深い共感を覚. えさせること﹂という目標も加わるのである。﹁女の人の激しい怒りの正体を読み取らせること﹂を目標とした. ときに、発問としてすぐに思いつくのは﹁なぜ女の人はおこったのですか﹂であろう。しかし、佐々木俊幸の実. 践にはその類いの発問は見られなかった。そのことを指摘して宇佐美寛は、﹁﹃女の人﹄がなぜ怒ったのかを認 識させようとしていない﹂と批判したのである。. 佐々木俊幸と同じく﹁分析批評﹂の授業で﹁だから わるい﹂を取り上げた向山洋一は、この﹁なぜ女の人は. 一. 11. 一.
(16) おこったのですか﹂という発問について次のように述べている︵竺9。. ただ誤解のないように言っておけば、私は﹁なぜ女の人はおこったのですか﹂というような発問を悪いと. は思っていない。文学の授業はいろいろとありうる。ある一つの方法が満点で、他は0点であるというよう な考えは、馬鹿馬鹿しくて話にならないと思っている。. 教育の研究は、かすかにベターな方法を追求する連続なのだと思っているである。. ここからは、向山洋[が﹁なぜ女の入はおこったのですか﹂を、それほど重要な発間であるとはとらえていな. いことがうかがえる。そして、自らの授業における発問について次のように述べている︵注=︶。. さて、私も﹁だからわるい﹂を使用して授業をしてみた。四年生である。私はおよそ六時間をかけて授業 をしたが、発問したことは三つである。. ①話者はどこにいますか図を書きなさい。 ② 対比されている言葉を書きなさい。. ③事実とはちがう表現をさがしなさい。. つまり私はこの教材を使って﹁話者﹂﹁対比﹂﹁表現の虚構性﹂の三つを授業したかったのである。. 一見して、気持ちや様子を問う発問が見あたらないことに気づく。﹁話者﹂﹁対比﹂という﹁用語﹂を使った. 発問を中心にして、授業が組み立てられているのである。六時間の授業で発問を三つに絞っていることからは、. 一つひとつの発問の内容を十分に時間をかけて検討し、深めていこうとした意図がうかがえる。ただし、授業後. の子どもの学習作文の中に﹁最後に、﹃女の人はなぜおこったか﹄をノートに書いて先生に見せました﹂︵注⋮. とあり、実際の授業の場では、あげられている三つの主発問以外にもいくつかの補助的な発問があったものと推. 察される。三つの発問だけでは﹁女の入の激しい怒りの正体を読み取らせること﹂が難しいという判断から発問. を補ったのか、あるいは、﹁女の人はなぜおこったのか﹂をノートに書かせることによって一人ひとりの子ども. ㎝. 12. 一.
(17) の理解度を確かめたかったのか、おそらくその両方の意図が働いたものと考えられる。. 発問﹁なぜ女の人はおこったのですか﹂を補助的なものとして扱うにとどめた理由は、次のことば︹竺三︶から うかがうことができる。. 初発の感想が授業によって変化し、終末の感動に至るのが文学の授業であるという主張がある。全国的に 行き渡っている主張だが、私はこれはおかしいと思っている。. 授業をやっていて深まるのは、感動ではなくて分析とか解釈なのである。︵中略⋮引用者︶. だから、私は文学の授業においては、文学を読み取る技術を教えるべきだと思っている。. 技術であるから、低次のものから高次のものへの配列が可能であるし、また、一度習った技術は他の作品 を読む時にも使えるのである。. 向山洋一は、文学の授業では﹁読み取る技術を教えるべきだ﹂と主張する。その観点から三つの発問をみる. と、﹁話者﹂﹁対比﹂といった﹁用語﹂は、他の文学作品を学習するときにも使えることに気づかされる。﹁事. 実とちがう表現﹂を見つけることも同様である。言い換えれば、あげられている三つの発問のすべてが、他の文. 学作品を学習するときにも使えるものなのである。ところが、﹁なぜ女の人はおこったのですか﹂は﹁だから. わるい﹂だけにしか通用しない発問であり、﹁読み取る技術﹂であるとはいえない。補助的な発問として扱われ た理由は、この点にあろうと考えられる。. 向山洋一は﹁読み取る技術を教えるべきだ﹂と主張する根拠として、﹁授業をやっていて深まるのは、感動で. はなくて分析とか解釈なのである﹂という点をあげている。﹁分析﹂と﹁解釈﹂の違いについては、向山洋一は 次のような考えを示している︵注西︶。. 私は、文学の教育には、粗く言って﹁解釈﹂の授業と、﹁分析﹂の授業があると思っている。作品が訴え. るものに限りなく迫ろうとするのが前者であるし、作品が表現しているものを理解しようとするのが後者で. 一. 13. 一.
(18) ある。音楽の授業、図工の授業で、その芸術性を授業するだろうか。できるわけがない。そのかわりに、和. 音、遠近法などの要素を教えるのである。文学教育も、なぜこのようにしないのであろうか。どうして、視 点、話者︵主︶、モチーフなどを教えないのであろうか。. 文学の構成要素のいくつかを教えて、それによって作品を分析する文学教育の必要性を私は考えている。. その授業にあっては、作品を客観的に見ることが一つの課題となる。つまり作品を批評するわけである。逆. に言えば、作品を批評できる力をつけてやる文学教育ということもできる。私と井関義久氏は、これを﹁批 評の文学教育﹂︵批評読み︶と名付けた。実践を蓄積している最中である。. ここでは、まず、文学の授業が﹁解釈﹂の授業と﹁分析﹂の授業とに類別されている。そして、前者を﹁作品. が訴えるものに限りなく迫ろうとする﹂授業、後者を﹁作品が表現しているものを理解しようとする﹂授業と定. 14. 一. 教えることと結びつけて考え、﹁できるわけがないしと否定するのである。そして、文学を構成するいくつかの. 一. 義する。その上で、向山洋一は、﹁作品が訴えるものに限りなく迫ろうとする﹂授業を、音楽や図工で芸術性を. 要素︵視点、話者、モチーフなど︶を教え、それによって作品を客観的に分析する力を身につけさせる文学の授 業の必要性を説く。すなわちそれが﹁分析﹂の授業である。. しかし、﹁解釈﹂そのものを全面的に否定してしまっては、授業の成立は困難である。向山洋﹁が否定するの. は、﹁芸術性﹂ということばから察すると、﹁書いていないこと﹂﹁目には見えないこと﹂を追求するあまり、. 教師の考えを押しつけたり、感動することを強要したりする授業のことであろうと思われる。文学の世界の、感. じ方としての﹁解釈﹂は一人ひとり異なっていて当然であり、教師の指導を超えたところにあるものだからであ る。. 向山洋︻に大きな影響を与えた井関義久は、﹁解釈﹂について次のように述べている︵塗五︶. 文芸作品を読む、というとき、国語の教室では小・中・高校を通して解釈に力を入れるのが普通だろう。.
(19) 解釈するということは、自分なりにその作品の内容を理解することだ、としておこう。︵中略⋮引用者︶. 解釈は、︻人一人の読者が納得できるものでなければ意味がない。先生の解釈はなるほどそうかもしれな. いが、どうも今一つ納得がいかない、というのでは、その児童・生徒にとってずれた解釈でしかあるまい。 すべての読者に対して正解は一つ、というのでは困るのだ。. 井関義久は、解釈を﹁自分なりにその作品の内容を理解すること﹂と定義し、唯一絶対的な﹁解釈﹂の存在を. 否定している。そして、解釈は、自分に納得できたときにはじめて意味を持つと結論づけている。しかし、その. ことで、﹁解釈﹂が授業に不必要な学習活動であると考えているわけではない。実際、授業の場では共通の﹁解. 釈﹂を前提にして話し合いを進めなければならない場合も多い。井関義久は、そのような客観的で普遍的な読み を﹁解読﹂としている。 さらに、井関義久は﹁解釈﹂について、次のようにも述べている︵塗六︶。. 批評の学習の前提として、解釈の確認は絶対に必要だ。そのための手続きとして、解釈の学習を︸からや. っていたのでは、それだ廿で時間一杯になってしまう。批評の学習のためと称して、解釈の学習で時間切れ. になったのでは話にならない。そうかといって、解釈の学習を省略することができるのか。. 解釈の学習のために、やむを得ず解読の学習を犠牲にしたように、この際、批評のためには、やむを得ず. 解釈の時間を犠牲にするより外はない。一応分かったという程度の解読で我慢しなければならなかったよう に、一応納得したという程度の解釈で我慢しなければなるまい。. ﹁解釈﹂が不必要な学習活動ではないことはここでも強調されている。それどころか、﹁解釈の確認は絶対に 必要だ﹂﹁解釈の学習を省略することができるのか﹂とも述べているのである。. それほど必要な﹁解釈﹂の学習を、なぜ批評の学習で軽く扱うのかという点については、﹁解釈の学習を一か. らやっていたのでは、それだけで時間一杯になってしまう﹂と説明している。すなわち、あくまでも時間的な問. 一. 15. 一.
(20) 露なのでり、そのことは、批評の学習の前提として、﹁一応納得したという程度の解釈で納得しなければなるま い﹂と述べていることからも推察できる。 また、井関義久は﹁分析﹂について、次のように述べている︵聖心︶。. 作品の表現を分析するのは孤独な作業である。批評ということが知的に偏して、文学による純粋な感動を. 色あせたものにしてしまうという指摘は、たしかにその通りだが、もともと感動というのは教えるとか学ぶ. とかいった教育の分野に属するものではないから、感動だけが文学のすべてであるとしたら、そのようなも のには教育の必要はないということになるだろう。. 感動は批評の前提条件であって、批評の対象はその感動のみなもとにある。主観よりも客観性を重視する. のは近代の特徴でもあるのだけれど、批評という行為は客観的な作品の分析から出発する感動のみなもとの. 発見であり、新しい世界の創造であって、感動をそのままの形でうやむやに葬ってしまうのとはわけが違 う。むしろそのために感動や理解が深まるはずのものなのである。. 向山洋一のいう﹁解釈﹂の授業では、作品の解釈が授業の中心課題となる。はじめの浅い読みをいかにして深. い読みへと導き、その作品に﹁感動﹂させ得るかが目標の一つとなる。それだけではなく、作者の思想をとらえ. させ、人間性を豊かにすることまで求める場合もある。作者の伝記や作品成立の背景などを取り上げて、作者の 意図を読み取ろうとするのである。. それに対して﹁分析﹂の授業は、﹁解釈﹂の授業の到達点である﹁感動﹂が前提となる。どこに、なぜ、﹁感. 動﹂したのかを、文章表現をもとに分析することが目標の[つとなる。﹁文学の教室には冷静さが必要なのだ﹂. という井関義久のことばの裏には、子どもたちを皿定の方向︵考え方︶に引っ張らないようにとの配慮が感じら. れる。﹁分析﹂の技術さえ身につければ、他人の押しつけによる﹁解釈﹂から脱皮して、自らの﹁解釈﹂を引き 出すことが可能なのである。. 一. 16. ﹁.
(21) 第三節 ﹁分析批評﹂の授業とその批判. 文学教材の学習指導の一つの方法である﹁分析批評﹂の授業は、﹁教育技術の法則化運動﹂によって、小学校. の教室を中心にして全国的に広まった。しかし、その広まりと同時にさまざまな批判も生まれてきている。本節. では、﹁﹃分析批評﹄の授業﹂批判、およびその反批判の論考を併せて考察していくことによって、﹁分析批 評﹂の授業の特質を明らかにしていきたい。. ω﹁﹃分析批評﹄の授業﹂批判 分析批評については、田近洵一がその概要を次のように述べている︵注一八︶。. 分析批評とは、アメリカでニュー・クリティシズムを学んで来られた小西甚一氏によってもたらされ、今. から二〇年ほど前、国文学会でちょっとした流行となり、やがて忘れられていった文学研究法である。流行. といってもそれは、国文学関係の商業雑誌によってつくられたふしもないわけではなく、一般にはアメリカ. ですでにその問題点が明らかとなり、過去のものとなっていたニュー・クリティシズムの日本への導入と見. られており、当時から研究者の対応はむしろ冷淡なほどであった。分析批評という名づけをされた小西氏自. 身は、後述するようにニュー・クリティシズムの功罪をよくつかんだ上で、﹁かつてのニュー・クリティシ. ズムよりも技術面でずっと前進﹂したものとして分析批評を強く押し出していかれたのである。しかし、作. 品分析のあり方自体は基本的にニュー・クリティシズムを踏襲したものであり、十分な成果をあげえぬま. ま、新しい作品論あるいはテキスト理論を中心とする研究動向の中に埋もれていった。. 田近洵一は、分析批評のことを、﹁忘れられていった文学研究法﹂であり、﹁当時から研究者の対応はむしろ. 冷淡なほど﹂であり、﹁十分な成果をあげえぬまま⋮⋮埋もれて﹂いき、﹁早々と消えていったもの﹂ととらえ. 一. 17. 一.
(22) ている。すでに過去の理論となっていることを明らかにしているのである。. 文学研究法としての分析批評が受け入れられなかった原因は、田近洵一のことば︵竺九︶によってまとめると、 次のようになる。. ①︿読解1←主題の仮設−←分析一批評﹀という過程における﹁分析﹂は、仮主題を確認するためのものと して位置づけられるので、読み手と作品とのかかわりが薄くなってしまったこと。. ②批評の[般性・普遍性を求めつつも、﹁分析﹂自体は断片的で、しかも恣意的になりがちであったこと。. ③﹁分析﹂の観点が、羅列的で構造化されていないという方法体系上の問題もあったこと。. その結果、分析批評による﹁分析﹂の方法は、結局はかつてのニュー・クリティシズムを越えることができな. かったのである。田近洵一は、これら①②③が﹁実践の上にあらわれざるをえない﹂︵注二〇︶と述べている。この. ことから、以上の三点は、分析批評が消滅せざるを得なかった原因であるとともに、分析批評による﹁授業﹂の. 問題点でもあるととらえていることが分かる。すなわち、﹁分析批評﹂の授業が﹁分析﹂を中心とする限り、作. 品と読み手である子どもたちとのかかわり合いが薄くなること、また、﹁分析﹂が断片的・恣意的なものであれ. ば、授業自体もそのような方向に流れがちであること、さらに﹁分析﹂の観点の妥当性が問題にされることを指. 摘するのである。﹁その後研究もずいぶん進んでいるのに、なぜ分析批評なのかと言いたくなる気持ちが強い﹂. O︶と分析批評による﹁授業﹂を批判するのは、以上の理由によるものと考えられる。 ︵注. 西郷竹彦は、﹁文芸教育﹂の立場から﹁分析批評﹂の授業を次のように批判している︵注二三。. 文芸というものは人間の真実を表現するものである。詩や俳句のような文芸においても、たとえ、一輪の. 花を描いていても、そこにはその花によせる人の心の真実が表現されているのであって、花だけを問題にし てはならない。. とすれば文芸の授業は究極において人間そのものに迫るものでなければならない。われわれ文芸研は、し. ㎜. 18. ﹁.
(23) たがってそのことをひたすら追究してきた。︿人間観・世界観を育てる﹀ことを主張してきた。. しかるに﹁法則﹂化は︿文章を検討する力を育てる﹀という主張から一歩も出るところがない。︿人間不 在の﹁法則﹂化国語﹀と批判するゆえんである。︵中略⋮引用者︶. 文芸は︿ことばの芸術﹀である。とすれば文芸の教育は芸術教育であり、したがって美の教育ということ を抜きにできないはずである。. 文芸研では、文学を﹁ことばの芸術﹂ととらえている。他の芸術がそうであるように、文学もまた﹁美﹂を追. 求するものと考えるからである。西郷竹彦は、文学を﹁人間の真実を表現するもの﹂と定義し、文学の教育は. ﹁人間そのものに迫るものでなければならない﹂と述べている。﹁人間観・世界観を育てる﹂ことを文学の授業. の究極的な目標とするのである。ところが﹁分析批評﹂の授業は、文章を﹁分析﹂するだけで、﹁芸術教育﹂の. 側面が抜け落ちていると指摘する。西郷竹彦が﹁人間不在の﹃法則﹄化国語﹂と批判するのは、文学の教育にお いて、その﹁芸術性﹂を取り上げない点を指しての発言だと考えられる。. また、西郷竹彦は文芸研の授業と比較しながら、﹁分析批評﹂の授業を次のように批判している︵注二三︶。. 文芸研では、体系的な西郷文芸学の理論と、教育的認識論の二つの理論を武器として教材分析・研究・解 釈をおこない、そのことを土台として授業を構想してきた。. 授業においても文芸学と認識論の基本的概念︵用語︶を発達段階にそって順次学ばせ、それを使いこなす. ように仕向け、文芸教材の表現内容を的確にとらえ、さらに認識方法によってより深い認識内容︵思想︶に 到達できるように心がけてきている。. ﹁法則﹂化は﹁分析批評﹂を表看板としていながら、分析批評におけるいくつかの概念・主張をこまぎれ として取り扱っているにすぎない。. 文芸研は、理論に支えられた﹁教材分析・研究・解釈﹂をおこない、それをもとに授業を構想する。そして、. 一. 19. 一.
(24) 発達段階を考慮に入れた授業が展開される。﹁理論に学ぶこと﹂を大切にするのである。ところが﹁分析批評﹂. の授業は、分析批評の理論を﹁こまぎれとして取り扱っているにすぎない﹂と批判するのである。 以上述べてきた﹁﹃分析批評﹄の授業﹂批判は、次の三点にまとめられる。 第一は、分析批評の理論はすでに過去のものであるという点である。. 第二は、﹁分析批評﹂の授業は文学の持つ﹁芸術性﹂を無視しているという点である。 第三は、﹁分析批評﹂の授業には理論体系がないという点である。. 次に、これらの﹁﹃分析批評﹄の授業﹂批判に対する、向山洋一の反批判を取り上げて考察を加える。そのこ. とによって、向山洋一による.﹁分析批評﹂の授業と他の文学教材指導法との相違点を明らかにしていきたい。. [ ②向山洋︸による﹁分析批評﹂の授業 20 第一の批判﹁分析批評の理論はすでに過去のものである﹂に対して、向山洋﹁は次のように述べている︵注二四︶。. 一 なお、一部の研究者から﹁分析批評はすでにヨーロッパでは過去のものとなっている﹂というご指摘をう. けた。ある人は、鬼の首でもとったように述べられていた。 私どもはそのことを十分に承知していた。︵中略⋮引用者︶. ﹁ニュークリティシズムの終焉﹂は承知していた。が、そのことをもって、現在の分析批評の実践に対す る批判にはならない。. ﹁教室の現実﹂に対して﹁昔のこと﹂﹁海の向こうのこと﹂を持ってきても駄目なのである。. 向山洋一は、分析批評の理論が過去のものというだけで、﹁分析批評﹂の授業を批判するこどはできないと反. 論する。そのことを知った上で﹁分析批評﹂の授業をおこなっていたからである。また、理論は過去のものであ. っても、その方法は授業で有効に用いられているという自負もあったものと思われる。ここでは、﹁実践﹂の事.
(25) 実を重視する向山洋一の考えが明らかにされているといえる。. 第二の批判﹁﹃分析批評﹄の授業は文学の持つ﹃芸術性﹄を無視している﹂に対応する論考としては、向山洋 一による次のものが見られる︵注二五︶。. ママ. 学校教育は、教育内容が一般性・普遍性を持っているからこそ可能となる。一般性・普遍性がないものは. ”感“といわれたり”芸“といわれたりするものであり、﹁教えてわかるものではない﹂ものであり、 ”会. 得“するものだとされていた。徒弟教育、芸の教育は学校教育とちがった面を持っている。文学教育がむず. かしいのは、この︿芸﹀あるいは︿感動﹀を扱うからである。この︿感動﹀の教育を、算数の法則を教える. みたいに一律に強いたところに文学教育の混乱ははじまった。教師は目に涙をうかべて本を読み、﹁ここに. 感動しますね﹂などと感情を強いてきたのである。この学校型芸術教育が結果として文学教育を奇形化させ た。︵中略⋮引用者︶. このことに疑問を抱いた教師は、子ども達の感想を交換する授業をおこなった。始めに感想を書き、授業. をし、終わりの感想を書き、感動の深まりを比較した。しかし、一週間に五回も六回も本を読むのだから感. 動は深まるはずはない。段々うすれていく。︿感動の深まり﹀のみを追求したため、感動の教育と何らかわ. らなかった。︿感想﹀はく感動+分析﹀から成り立っている。分析こそ教育すべきだったのだ。. ここで向山洋︻は、﹁一般性・普遍性﹂のあるものを教育の内容にすべきだと述べている。その上で、﹁教え. てわかるものではない﹂ものを無理に教える授業を﹁学校型芸術教育﹂と呼び、それを否定するのである。その. 上で、文学の授業おいては﹁感動﹂を扱わず﹁分析﹂を教育すべきだと主張する。﹁感動﹂は﹁教えてわかるも. のではない﹂と考えるからである。これが、文学の教育を﹁芸術教育である﹂と主張する西郷竹彦と大きく異な っている点である。. さらに向山洋一は、文学の授業の問題点として﹁感動重視の授業﹂と﹁ことばから遊離した意見、話し合い﹂. 一. 21. 一.
(26) の二点を取り上げて、次のようにも述べている︵注二六︶。. すぐれた作品を読めば感動は生じる。それは当然のことである。そして、教室では、第﹁級の作品を与え るべきである。これも当然である。. 私どもが﹁感動重視の授業﹂と言っているのは、そんなことではない。. 一この時、登場人物Aはどう思ったのでしょうか一というような問いを、それも作品に書いてないこ. とを、次々と問うていく授業のことを言っているのである。﹁書いてないこと﹂であるにもかかわらず、. ﹁気持ち﹂﹁感動﹂を問えばどうなるか一教室全体が教師の意図にひきずられていくことになる。. ﹁論理﹂ならそれは許せる。しかし、﹁感動﹂の世界を教師の意図で引っ張るのは一種のファッショであ. る。しかも、相手は小さな子どもたちなのだ。禁欲しなければならないことなのである。. ここでは、﹁すぐれた作品を読めば感動は生じる。それは当然のことである﹂と述べ、文学作品を読んで、子. どもたちがそれぞれに感動すること一それ自体を否定しているのではないことを強調している。そして、否定. すべき﹁感動重視の授業﹂が、たとえば﹁この時、登場人物Aはどう思ったのでしょうか﹂という発問によっ. て、作品には書かれていない気持ちを想像させ、発表させていくような授業であることを明らかにしている。. ﹁気持ち﹂﹁感動﹂そして﹁芸術性﹂一向山洋一は、文学の授業でこのようなテーマを扱うことに疑問を投. げかける。それらを追求すれば、教師の﹁解釈﹂を押しつけたり、感動を強要したりする結果になりがちだから. である。そこで、文章表現を﹁分析﹂させる授業の必要性を説くのである。﹁文学の持つ芸術性を無視してい. る﹂と批判されるのは、以上述べてきた﹁分析批評﹂の授業の特質から派生したことであろうと考えられる。. 第三の批判は、﹁﹃分析批評﹄の授業には理論体系がない﹂という点であった。なぜそのような批判が出てき. たのかを明らかにするために、まず、批評理論としては過去のものである分析批評が、どのような経緯で授業方 法として甦ったのかをみていぎだい。. 一. 22. 一.
(27) 井関義久は、分析批評と向山洋﹁とのかかわりについて、次のように述べている︵注二七︶。. 研究者の論文は、実践家にとって納得はできても実際にどうやって自分の授業にとり入れてよいかが分か. らないものであったり、やたらに難しくて歯が立たないものであったりする。そこで、直接には役に立たな いものであっても仕方がないとして、﹁積ン読﹂の対象になっているらしい。. 実践家の立場で発表されるはずの研究紀要のたぐいも、これがまた実際には何の役にも立たないのが普通. だった。向山氏の﹃斎藤喜博を追って﹄︵昌平社刊︶は、いわゆる追試をすすめた最初の労作である。この. 中で紹介された安西冬衛の﹁春﹂の授業が、多くの実践家に衝撃を与えた。そして、その方法がたまたま. ﹁分析批評﹂によっていた、という運命的な出会いがある。向山氏の実践は、必ずしも﹁分析批評﹂によら なくても、いずれは生まれたに違いない。すでに文芸研の方法もあったのである。. ﹁九七九年に出版された﹃斎藤喜博を追って﹄は、向山洋一の最初の著書である。井関義久は、その著書の中. に﹁分析批評﹂の授業が取り上げられていることよりも、むしろ﹁追試﹂をすすめている点に注目していること. がうかがえる。﹁向山氏の実践は、必ずしも﹃分析批評﹄によらなくても、いずれは生まれたに違いない﹂とい うことばからは、井関義久の、次の二つの考えが読み取れる。 一つは、向山洋一の授業技術を高く評価していることである。. もう一つは、向山洋︸の実践が、たとえば文芸研の理論によってでも生まれ得たと予想していることである。. このことは、取りも直さず、﹁分析批評﹂の授業が、分析批評の理論よりも向山洋︸の授業技術に負うところ. が多いとの考えを示すものであろう。すなわち﹁分析批評﹂の授業は、﹁理論﹂からではなく﹁実践﹂から生ま れたものであるといえる。 向山洋一自身は、﹁分析批評﹂の授業について次のように述べている︵注二八︶。. ﹁分析批評﹂の授業の源流は、井関義久氏の﹁批評の文法﹂である。. [. 23. 一.
(28) ここには、井関氏の高校での実践が示されている。. この方法を井関氏は小学校で紹介した。大田区の指導主事時代である。︵中略⋮引用者︶. 初めて小学校で実践を開始したのは私である。後に愛知の佐々木式は、﹁分析批評向山型﹂か﹁分析批評 井関型﹂かという疑問を提出された。. 井関氏の実践と向山の実践は枠組がちがうのである。. 私は井関氏の論に対しては深く学んだのであるが、授業については﹁これはちがうな﹂と思ったのであ. る。それは、年代差ということより、高校教師であった時の井関氏の﹁授業観﹂と私の﹁授業観﹂のちがい であった。. 私は﹁分析批評﹂を学ばせようとしたのではなく、﹁分析批評﹂の授業をしたがったのである。. つまり、現在の分析批評の授業は、﹁井関型分析批評﹂と﹁向山型授業方法﹂のドッキングなのである。. だから、井関氏の言われるように、﹁向山型授業方法﹂が、たまたま﹁分析批評﹂に出会ったともいえ る。. 向山洋一は、﹁井関氏の論に対しては深く学んだのであるが、授業については﹃これはちがうな﹄と思った﹂. と述べ、井関義久の理論から学んだものを自分の実践の中に取り入れたことを明らかにしている。すなわち、. ﹁分析批評﹂の授業は、井関義久の理論と向山洋一の実践とが結びついたものなのである。. 向山洋一は、井関義久の理論との出会いについて、﹁一つの文学なり、あるいは作品なりを、分析していった. り、解剖していったりするさいに手がかりになる一つの手続きが存在することを初めて知ったことがショックで. した﹂﹁自分が読むことのできなかった﹃やまなし﹄という教材を、その方法を使えば、とにかく自分で読むこ. とができる﹂︵注二九︶と、分析批評の手法によって解釈が深められることを知った驚きを述べている。. ﹁方で、井関義久の授業については次のように述べて、自分の授業観との違いを明らかにしている︵収獄9。. 一. 24. 一.
(29) ﹁授業というのは論争の形、討論の形をあこがれる﹂という思いと、﹁言葉を根拠にすべきだ﹂という思 いがありました。︵中略⋮引用者︶. 分析批評の授業をやるなかで、私は井関先生が示している授業の基本的なパターンは、﹁小学校の授業に はできないな﹂と思いました。それは一番最初に感じました。. 井関先生の授業はつぎのような形でした。一つの作品を読んで、そのなかに﹁仮主題﹂をつくる。仮主題. は短く表現した方がいい。﹁人生というのは楽しいものだ﹂とか、﹁世の中というのはうまくいかないもん. だ﹂とか、なんでもいいんです。それぞれが示した仮主題を、それぞれの観点から確認していく。こういう 基本的パターンがあるわけです。それは授業全体の構造になっています。. 私が﹁それはできない﹂と思った理由は、そのなかに論争の入り込むすきまはほとんどないということを 直感したからなんですね。. 井関義久の﹁分析批評﹂の授業は、一人ひとりが﹁仮主題﹂を設定し、それを確かめていく形で進められる。. ︿読解一主題の仮設1←分析一批評﹀という分析批評の理論に即した指導過程がとられるのである。向山洋. 一は、ことばを根拠にしながら、論争・討論をおこなう授業を理想としている。井関義久の﹁授業の基本的なパ. ターン﹂では、ことばを根拠にするという条件は満たされるものの、論争・討論は成立しにくいととらえたので. ある。 、 同じ﹁分析批評﹂という名称を冠した授業実践に、藤井囹彦のものがある。その指導過程は、次のようになっ ている︵注三一︶ 。. ω 全文を通読する。︵個別︶. ② エピソード調べをし、筋立てを検討し、主題を仮設する。︵個別︶ ㈹ 主題の仮設について、共通理解を持つため話し合う。︵全体︶. 一. 25. 一.
(30) ω 表現の分析をする。︵グループ︶ ㈲ 分析結果を発表し討議によって分析を深める。︵全体︶ ㈲ 批評の文章を書く。︵個別︶. の 批評の文章の発表をする。︵全体︶. 藤井囲彦の実践では、全文通読の後、﹁エピソード調べをし、筋立てを検討し、主題を仮設する﹂という学習. がおこなわれる。向山洋一は、その点について、﹁私のものとはまったく関係ないんです。ただ、井関先生の仮. 主題から内容をつきとめていく手法を、そっくりそのままやった形の授業なんです﹂︵注=三︶と述べている。同じ. ﹁分析批評﹂の授業でも、その授業方法に違いがあることを明らかにしょうとするのである。さらに、向山洋一. は、その違いについても触れ、﹁文芸研と﹃井関型分析批評﹄﹃藤井実践﹄は、ともに、﹃授業不在﹄の﹃概念. 教え込み﹄という共通項を持つ﹂︵注三三︶と批判している。﹁授業不在﹂とは、論争・討論が見られない点、﹁概. 念教え込み﹂とは、﹁批評用語﹂の指導が手段ではなく目的化している点を、それぞれ指摘しているものと考え られる。. ﹁﹃分析批評﹄の授業には理論体系がない﹂という批判は、以上述べてきた向山洋一による﹁分析批評﹂の授 業の特質が、そのままその原因になっているものととらえられる。. すなわち、批判される理由の一つは、文学の授業についての知識や関心がなく、子どもの実態や発達段階など. への配慮がおこなわれなくても、授業記録にある発問・指示を﹁追試﹂するだけで、授業ができる止いう点であ る。これはまた、﹁教育技術の法則化運動﹂そのものに対する批判でもあるといえる。. 理由のもう︸つは、﹁教育技術の法則化運動﹂における﹁分析批評﹂の授業が、分析批評の理論よりも向山洋. [の授業方法に支えられている点である。理論よりも実践が重視される中で、﹁分析批評﹂の授業は広まってい っ た の で あ る。. 一. 26. 一.
(31) 以上、﹁﹃分析批評﹄の授業﹂批判に対する、向山洋一の反批判を取り上げて考察してきた。. その結果、向山洋︻が、文章表現を根拠にした﹁討論﹂による文学の授業を目指していることが明らかになっ. た。﹁批評用語﹂を取り上げる理由の一つは、文章表現を分析させるためなのである。その意味では、﹁分析批 評﹂の授業が、﹁討論﹂による文学の授業の成立を可能忙させたともいえる。. ︿注﹀. 一 佐々木俊幸・西尾一﹃分析批評による﹁やまなし﹂への道﹄︵明治図書一九八六年二月︶六四∼七ニページ ニ 同右 一七べージ. 三 野ロ芳宏﹁文学の授業に感動は不要か﹂﹃教育﹄︵国土社一九八六年一二月号N。.475︶六〇ページ. 四 宇佐美寛﹁︿論理Vを鍛えるエネルギー5﹂﹃現代教育科学﹄︵明治図書一九八七年五月号N。.38︶=㎜三ページ 五 同右 一二〇ページ. 六 同右 一二三ページ. 七 同右 ==∼[二ニページ. 八 部落問題研究所編﹃文学読本はぐるま指導の手引︵全こ︵部落問題研究所一九七六年七月︶八八∼八九ページ. 九同右 八八ページ. [○ 向山洋一﹁授業内容・方法に規定される﹂﹃文芸教育﹄︵明治図書 一九八三年三月N。.38︶二九ベージ 一一 同右 二九ページ 一二 同右 三一ベージ. =二 同右 二八∼二九ぺージ. 一. 27. 一.
(32) ︸六. 一五. 一四. 井関義久﹃批評の文法改訂版﹂︵明治図書 一九八六年八月V一二∼一三ページ. 同右 九ページ. 井関義久﹁﹃分析の技術﹄としての﹃分析批評﹄﹂﹃教育科学国語教育﹄︵明治図書 ︸九八七年九月号N。.3§︶六ページ. 向山洋[﹁教師の成長は子供とともに﹄︵明治図書 ﹁九八四年四月︶八八∼八九ページ. 同右 七〇ページ. 一七. 二〇. 田近洵︻二分析批評﹂は、教育の方法になりうるか﹂﹃教育科学国語教育﹂︵明治図書 一九八五年八月号N。.3唇︶九二代ージ. 田近洵一﹁創造読みと作品分析﹂﹃現代教育科学﹂︵明治図書 一九八六年一〇月号N。.359︶六九ページ. 二一. 西郷竹彦﹁法則化国語の授業批判1︽詩・民話篇︾法則化VS文芸研﹂︵国土社 ︻九九〇年八月︶一九一∼︸九三ページ. 一八. 二二. 同右 一九四∼[九五ページ. 同右 七〇ページ. 二三. 向山洋一﹁分析批評導入のための基礎知識﹂﹃教育科学国語教育﹄︵明治図書 一九八六年二月号N。,99︶一八ベージ. 一九. 二四. ワ 向山洋一﹃斎藤喜博を追って﹂︵昌平社一九七九年︶﹁八六∼一八七ペー・ジ. 二九. 二八. ニ七. 二⊥ハ. 同右 四ニページ. 向山洋﹁﹁分析批評による授業改造11分析批評との出会い﹂﹃教育﹄︵国土社 ﹁九八六年=︻月号N。,475︶四〇ページ. 向山洋一﹁偶然の出会いではあれど﹂︵同前︶一一八∼一一九ページ. 井関義久﹁﹃分析批評﹄は誰にでもできる﹂﹃現代教育科学﹄︵明治図書 一九八六年一〇月号N。.359︶六三ページ. 向山洋一﹁偶然の出会いではあれど﹂﹃教育科学国語教育﹂︵明治図書一九八七年四月号N。.377︶一一五∼一=ハページ. 一一. 三〇. 向山洋一﹁分析批評による授業改造11分析批評との出会い﹂︵同前︶四二ベージ. 藤井言言﹁文学教材の指導における分析批評﹂﹃教育科学国語教育﹄︵明治図書 ﹁九八六年二月号N。.359、﹁四∼一五ページ. 三二. 向山洋﹁﹁偶然の出会いではあれど﹂︵同前︶一︻九べージ. ==. 三三. 一. 28. 一.
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