古英語の音変化に関する一考察(1)
A study of Old English sound change (1)
森 基雄
Motoo MORI
要旨
本稿の目的は古英語における数ある音変化の主なものを取り上げ、そのプロセスと生起順序について論じること である。本稿を進めていくに当たってまず拠り所として注目したいのが、ゲルマン語派の中の古英語を明確に特徴 づける強勢母音に起こった音変化とその生起順序に関するCampbell(1959:50-109)による詳細な論考である。 Campbell(1959:109) は強勢母音における数ある音変化についての論考の最後の箇所で、 その主なものの生 起順序を次のように示している:1.アングロ・フリジア語(Anglo-Frisian)の鼻音のa、āの発達とWGmcāか らǣ/ēへの発達;2.WGmcai>ā;3.WGmcaのæへの前舌化;4.割れ(breaking)とそれに関連する後退 (retraction)の過程; 5. 後母音の前でのa、ā の復元(restoration); 6. 第2の前舌化(主にマーシア方言のVespasianPsalter)。前母音の硬口蓋二重母音化(palataldiphthongization)と後母音の早期の硬口蓋二重母音化 (主にウェストサクソン方言とノーサンブリア方言において);7.i-ウムラウト(i-mutation);8.後舌ウムラウト (backmutation);9.滑化(smoothing);10.母音縮約(contractionofvowels)、代償的長音化(compensatory lengthening)。 今回(1)では上記の音変化の具体例とそのプロセスの詳細について論じ、次回(2・完)ではさらにこれらの 音変化の生起順序について論じることにする。 キーワード:アングロ・フリジア明音化、割れ、硬口蓋二重母音化、i-ウムラウト、滑化
1.アングロ・フリジア語の鼻音の a、ā の発達と WGmc ā から ǣ/ē への発達
これは鼻音の前にあったWGmca、āのã、ā̃への鼻音化と鼻音の前以外でのWGmcāのWSǣ、Anglēへの 前舌化を指す。アングロ・フリジア語とは西ゲルマン諸語の中でも特に相互の類似点の多い古英語と古フリジア 語を1つの言語群としてとらえた名称であり、この1.と後記で取り上げる3.に関する類似点は特に顕著である。 すなわちWGmcaはこの両言語において鼻音の前で鼻音化され、のちにさらにoに円唇化されることもあった: OEmann、monn、OFrismon‘man’(OSmann、OHGman);OEband、bond、OFrisband‘(s)hetied’(OS band、OHGbant);OEnama、noma、OFrisnoma‘name’(OS、OHGnamo)。また鼻音化された長音のā̃は両 言語において徹底してōに円唇化された。ā̃は鼻音の前の(IEē>Gmcǣ>)WGmcāに由来するものと、Gmca +鼻音+無声摩擦音から ā̃+ 無声摩擦音への音変化に由来するものから成る:OE、OFrismōna‘moon’(OS、 OHG māno、Go mēna); OE、OFris nōmon ‘they took’(OS、OHG nāmun、Go nēmun); Gmc *branht- >*brā̃ht->OE、OFrisbrōhte‘(s)hebrought’(OS、OHG、Gobrāhta);OEgōs、OFris*gōs(ModWFrisgoes)、 MLGgōs‘goose’(OHGgans);OEōþer、OFrisōther‘other’(OSāđar、ōđar、andar、OHGandar、Goanþar); OEsōft、sēfte‘soft,gentle’、OFrissēft(e)‘soft(ly)’(OSsāftor‘moresoft’、OHGsamft、semfti‘easy’)。 なお OEsēfte、OFrissēft(e)のēはさらにi-ウムラウトが加わった結果である。 そして鼻音の前以外でのWGmcā は古英語ではWS ǣ、Anglē、 古フリジア語ではē となった:OEdǣd、 dēd、OFrisdēd(e)‘deed’(OSdād、OHGtāt、Gogadēþs)。
2.WGmc ai>ā
WGmcaiは古英語ではāとなった:OEþā‘those’(主格対格複数)(OSthē、Goþái);OEāþ‘oath’(OSēđ、 OHGeid、Goáiþs);OEstān‘stone’(OSstēn、OHGstein、Gostáins)。3.WGmc a の æ への前舌化(Anglo-Frisian Brightening)
WGmca は鼻音の前以外では前舌化された。そして同様の変化は古フリジア語にも見られることから、これは アングロ・フリジア明音化(Anglo-FrisianBrightening、以下AFBと略す)と呼ばれる。これはまたCampbellが6. として挙げている、そして本稿でも後記6.で取り上げる古英語のマーシア方言で起こった後期の前舌化(これは 第2の前舌化(secondfronting)と呼ばれる)に対し、第1の前舌化(firstfronting)とも呼ばれる:OEfæder、 OFrisfeder‘father’(OSfader、OHGfater)。4.割れ(breaking)とそれに関連する後退(retraction)の過程
割れ(breaking) により、 前母音æ、 ǣ、e、ē、i、ī が特定の子音または子音群の前でそれぞれea、ēa、eo、 ēo、io、īoに二重母音化され、のちにio、īoはウェストサクソン方言ではeo、ēoに、またアングリア方言では滑 化の環境にあった場合を除きeo、ēoになった。 次にこの割れの実例をæ>ea、ǣ>ēa、e>eo、ē>ēo、i>io、ī>īoの順に示す。 ・AFBによるæのhの前での割れ。非常に規則的:seah‘(s)hesaw’(OS、OHGsah);eahta‘eight’(OS、OHG ahto);meaht‘power’(OS、OHGmaht)。 ・AFBによるæのlCの前での割れ。これはウェストサクソン方言とケント方言でのみ見られる:WGmc*ald> *æld>eald‘old’(OSald、OHGalt);ealle‘all’(OS、OHGalle);WGmc*fallan>*fællan>feallan‘tofall’(OS、 OHGfallan);WGmc*haldan> *hældan> healdan‘tohold’(OShaldan、OHGhaltan);healm‘straw’(OHG halm);swealwe‘swallow’(OHGswalewa)。 なお、lCのCが半母音の軟口蓋音[w]であった場合にはswealweのように一種の後舌化とも言える割れが起 こったのに対し、例えばWGmc*talljan>(AFB)OE*tælljan>(i-ウムラウト)tellan‘totell’(OStellian、ON telja)のようにlC が半母音の硬口蓋音[j]による西ゲルマン語の子音重複(gemination)に由来するll であっ た場合には割れは起こらなかった。もし割れが起こっていたら、さらにi-ウムラウトを経てOE**tiellanとなって いたはずである。 ・AFBによるæのrCの前での割れ。ノーサンブリア方言以外の方言ではきわめて規則的:wearm‘warm’(OS、 OHGwarm);spearwa‘sparrow’(OHGsparo、Gosparwa);bearn‘child’(OS、OHGbarn);mearc‘boundary, border’(OS、OHGmarka);mearg‘marrow’(OS、OHGmarg);wearg‘criminal’(OHGwarg);fearh‘piglet’
(OHGfarah)。 またlCの場合と同じくrCのCがspearwaのように半母音の軟口蓋音[w]であった場合には割れが起こった のに対し、Cが同じく半母音でありながら硬口蓋音[j]であった場合、例えばWSerian‘toplow’(Goarjan)、 herġes‘army’(属格単数)(OS、OHGheries、Goharjis)が示すとおり割れは起こってない、すなわち(割れ) **earjan、**hearjæs>(i-ウムラウト)WS**ierian、**hieriesとはなっていない。 ・(WGmcā>)WSǣのhの前での割れ:nēah‘near’(Anglnēh、OS、OHGnāh)。 ・(WGmce>)e のh、lh、lw、rC の前での割れ:seoh‘see!’(OS、OHGseh);feohtan‘tofight’(OS、OHG fehtan);WGmc*selh>OEseolh‘seal’(OHGselah);WGmc*melwas>*melwæs>meolwes‘meal’(属格単数)。 なお主格単数はGmc*melwan>melu、meolu(OS、OHGmelo)であるが、meoluのeoは次音節のuによる後 舌ウムラウトに起因するものか、あるいは割れを規則的に引き起こす*melw-+接辞母音という形態を維持した斜 格形の影響によるものなのかは判定がむずかしい;beorg‘hill,moutain’(OS、OHGberg);weorpan‘tothrow’(OS werpan);weorþan‘tobecome’(OSwerđan);weorc‘work’(OS、OHGwerk);beorht‘bright’(OSberht)。 ・wの前でも同様の(WGmce>)eの二重母音化が起こった:cneowes‘knee’(属格単数)(OS、OHGknewes)。 なお、この二重母音化はæ のi-ウムラウトに由来するe にも起こった:ewe、eowe‘ewe’(Lovis‘sheep’、Go awistr‘sheepfold’)。
・(WGmcā>)Anglē のh の前での割れ:*nēhwisti(WS*nǣhwisti)>*nēohwist(WS*nēahwisti) >Merc nēowist(WSnēawist)‘neighborhood’(OHGnāhwist);Angl*nēhlǣċan(WS*nǣhlǣċan)>Angl*nēohlǣċan(WS *nēahlǣċan)>Mercnēolǣċan(WSnēalǣċan)‘toapproach’。 しかしAnglēの割れはnēh‘near’(WSnēah)には見られない。この場合アングリア方言でも割れによりいった んは*nēohとなったが、後記で取り上げるhの前での滑化(smoothing)による単母音化の結果、割れを受ける前 のnēhに逆戻りしたと考えられる。すなわちnēhがかつては*nēohであったことは上記のnēowistとnēolǣċan からも明らかであり、h はこのように母音と共鳴音(ここではw、l)に挟まれていた場合には滑化に先立って消 失したと考えられる。またnēhの最上級*nēhist>nēhst、nēst‘nearest’にはēの割れは見られないが、iが後続し ていたh の前では割れは起こらなかったのか、あるいはいったん割れは起こったものの滑化により逆戻りしたの かは証明がむずかしい。なお、nēstは*nēhist>*nēist>(母音縮約)nēstという音過程の結果である。 ・i のh の前での割れ:*mihs>*miohs>WSmiox>meox‘dung’;*sihiþ>*siohiþ>Kt-siohð‘(s)hesees’(OS、 OHG(gi)sihit)。ウェストサクソン方言ではioはさらにi-ウムラウトを経てsiehþとなったが、アングリア方言で はioのhの前での滑化によるiへの単母音化と接辞母音iの消失を反映するNbrġesihþ、滑化に加え母音間のh の消失とそれに伴う母音縮約(*ihi>ī)を反映するMercġesīþが見られる。
・i のlh の前での割れ:WS*sċīelan> besċȳlan‘tosquint’。 これは*skilhjan(OHGskilihen)が割れにより *skiolhjan、*sk の硬口蓋化により*sċiolhjan、i-ウムラウトにより*sċielhjan、j の消失により*sċielhan、h の消失と それに伴う代償的長音化により*sċīelan、そしてウェストサクソン方言特有のīe>ȳという音変化により-sċȳlanとなっ た結果である。しかしさらなる該当例と言えるWGmc*felhan(OSbifelhan)‘topushin’の直説法現在3人称単数 *filhiþ>Mercætfīleð‘(s)heclings’には割れは確認できない。これは*filhiþがhの消失と接辞母音iの弱化を経た ものであるが、*filhiþ は*filhiþ>(割れ)*fiolhiþ>(滑化)*filhiþ に逆戻りという音過程の結果なのか(Hogg 1992:89)、 あるいは接辞母音i が後続するlh の前ではそもそも割れが起こらなかった結果なのか(Ringe& Taylor2014:307)は断定できない。他方、これに対応するWSfilhþは*filhiþ>(割れ)*fiolhiþ>(i-ウムラウト)
*fielhiþ、そしてそこへウェストサクソン方言特有のie>iという音変化が加わった結果であったと考えられる。 ・iのrCの前での割れ:*hirdī>*hiordī>Nbrhiorde、Mercheorde‘herdsman’(OShirdi、OHGhirti);*[g―irnjan] >*ġiornjan>Nbrġiorna‘tobeeagerfor,todesire’(OSgirnian)。ウェストサクソン方言ではioはさらにi-ウム ラウトを経てそれぞれhierde、ġiernanとなった。
アングリア方言ではまたrh、rk、rg、rw+*-j-の前ではiのioへの割れは見られず、ウェストサクソン方言で はio への割れとさらにそのie へのi-ウムラウトが起こった:Mercġebirhtan‘toreveal’(WS*ġebiorhtjan> ġebierhtan、Gogabaírhtjan);*swirhjan-> Nbrswīra‘neck’(*swirhjan-> WS*swiorhja> *swierhja> *swīera> swȳra);Gmc*berkjōn>Mercbirċe‘birch’(OHGbirka);*ġebirgjan>Nbrġebirġa‘totaste’;*smirwjan>Merc smirwan、Northsmiriġa‘tosmear,toanoint’(WS*smiorwjan>smierwan、OHGsmirwen)。そしてさらに後続 のrC+*-j-のCがh、k、g、w以外の場合でもiの割れを示さないケースがある:*firrjan>Mercāfirran、Nbr āfirra‘toremove’(WS*āfiorrjan>āfierran、OHGfirren);*hirtjan>Merchirtan‘toencourage’(WS*hiortjan> hiertan‘toencourage’、OHGgihirzen‘toagree’)。 ・wの前でも同様のiの二重母音化が起こった:*siwæn>*āsiowen>āseowen~āsiwen‘filtered’(OHGsiwan)。 ただし次音節にiが後続していた場合には二重母音化は見られない:*siwid>*ġesiwed‘sewn’(Gosiujan‘tosew’)。 ・īのhの前での割れ:*līht>WSlīoht>lēoht‘lightinweight’(OHGlīht)。他方、アングリア方言ではīoは滑化 によりīとなった:Angl*līoht>Merc、Nbrlīht。 また割れと同様の環境で、しかも割れと同時期のものとされる後退(retraction)により、æ、e、iが方言によっ ては二重母音ではなく、同じ舌位の後母音a、o、uとなった。しかもe、iの後退はそれらがwとrの間にあっ た場合に見られる。 ・AFBによるæのaへの後退:Anglald‘old’(WS、Kteald);Anglalle‘all’(WS、Ktealle);Mercfallan、 Nbrfalla‘tofall’(WSfeallan);Merchaldan、Nbrhalda‘tohold(WS、Kthealdan);Anglhalm‘straw’(WS healm);Anglswalwe‘swallow’(WSswealwe)。そしてæの場合、ノーサンブリア方言ではrCの前でも割れに よるea と並んでa への後退を示す例がある。しかしこの場合、唇音が母音前位置を占めることが多い:warþ、 wearþ‘(s)hebecame’;warp、wearp‘(s)hethrew’;arm、earm‘arm’;arm、earm‘poor’;darr、dearr‘(s)he dares’;farr、fearr‘bull’。またマーシア方言にはhの前での後退を示すきわめて稀な例がある:maht、meaht‘power’。 AFBによるæはさらにw+後母音または非高舌母音が後続した場合にはaに後退した:Gmc*awalaz>WGmc *awal>*æwæl>awel‘hook,fork’(ONsóð-áll‘meat-fork’);*þawōjan>þawian‘tothaw’。ただしGmc*wiの前で はæの後退は起こらず、æはi-ウムラウトによりeとなり、のちにさらにこのeは後続のwの影響によりeo に二重母音化された:ewe、eowe‘ewe’(Lovis‘sheep’、Goawistr‘sheepfold’)。
・e のo への後退:*werpan>Nbrworpa‘tothrow’(WSweorpan);*werþan>Nbrworða‘tobecome’(WS weorþan)。他方、Nbrwerc‘work’(WSweorc)ではeの後退は見られない。しかもこれはウェストサクソン方 言と同様いったんは割れにより*weorcとなったものの、のちにアングリア方言特有の現象である滑化による単母 音化を受けた結果である。 ・iのuへの後退:*wirsi(OS、OHGwirs)>nWS*wursi>Anglwyrs‘worse’。語根母音yは後退の結果音uが さらにi-ウムラウトを経た結果である。これに対しウェストサクソン方言では*wirsiは割れにより*wiorsi、さら にi-ウムラウトを経てwiersとなった。 ・(WGmcā>)POEǣはwの前でāに後退した:WGmc*blāan>POE*blǣwan>WSblāwan、Nbrblāwa‘to
blow’(OHGblāen);WGmc*sāan> POE*sǣwan> WSsāwan、Nbrsāwa‘tosow’(OSsājan、OHGsāhen、 sāwen)。 ただしi、j が後続していたw の前では ǣ の後退は見られない:WS*æltǣwī>æltǣwe‘complete, perfect’(Gotaíhuntēweis‘decimal’);POE*lǣwjan> WSlǣwan、Nbrbelēwa‘tobetray’(OHGgilāen、Go lēwjan)。
æ、e、iの割れは後続する特定の子音または子音群の影響でその後位置にきわめて短い、音量としてはほぼ無き に等しいようなわたり音を発生させたことに始まる[æu]、[eu]、[iu]への二重母音化であったと考えられるので あり、のちにこの3者はea、eo、ioとなった。Lass(1994:51)によれば、二重母音高さ調和(DiphthongHeight Harmony) により[æu] はea[æa]、 そして[eu] はeo[eo] となったが(Colman(1985:9)、Hogg(1992: 87)、Lass(1994:67) はea の音価を[æɑ] と表記しているが、 本稿では[æa] と表記する)、io の音価は Colman(1985:8)、Lass(1994:67)の主張どおり、二重母音高さ調和の観点から[iu]のままであったと考えら れる。同様のことは長母音ǣ、ē、īの割れによるēa、ēo、īoについても言える。すなわちǣ、ē、īは割れにより まず[ǣu]、[ēu]、[īu]となり、さらに[ǣu]、[ēu]は二重母音高さ調和によりそれぞれēa[ǣa]、ēo[ēo]と なり、[īu]は二重母音高さ調和の観点から表記はīoでも音価は[īu]のままであったと考えられる。そしてēa、 ēoはそれぞれWGmcau、euの反映ēa、ēoと併合し、īoはGmceuの早期のi-ウムラウトによるiuの反映īo と併合した(Gmc*beuð->*biudiþ>Ktbebīot‘(s)hecommands’)。
5.後母音の前での a、ā の復元(restoration)
AFBによるæと(WGmcā>)POEǣは次音節の後母音の影響でその前舌化を失い、a、āとなった。これは元 のa、āへの逆戻りとも言えることから復元(restoration)と呼ばれる。āへの復元はウェストサクソン方言に見 られるが、aへの復元ほど規則的ではなかった:fæt‘container’、(主格対格複数)fatu;WSmǣġ‘kinsman’、(主 格対格複数)māgas(OSmāg、māgos)。しかし他の方言ではā への復元は見られず、māgas に対応する他の方 言形はWGmcāの最も普通の発達を示すmēgasである。6.第2の前舌化(second fronting)と硬口蓋二重母音化(palatal diphthongization)
マーシア方言に起こった第2の前舌化により、AFBによるæは復元と後退の環境にはなかった場合にはeへの 上げを受け、 さらにAFB よるæ が復元を受けた結果音a は再びæ に前舌化された:feder‘father’(WS fæder);fet‘container’(WSfæt);(主格対格複数)*fætu‘containers’>(後舌ウムラウト)featu(WSfatu)。そ して第2の前舌化は復元と後退の環境、 すなわちl+ 後母音、lC の前では起こらなかった:hwalas‘whales’; galan‘tosing’;ald‘old’。Hogg(1992:139)はこの場合、第2の前舌化が起こらなかったのはこの環境にあったl が軟口蓋音であったためであるとしている。そしてHoggはこのlの音価を[l̃]と表記している。またAFBの 場合と同じく第2の前舌化は鼻音化されたaには起こらなかった:land‘land’;nama‘name’。 そして硬口蓋二重母音化についてであるが(本稿ではその主なケースである前母音の実例のみを取り上げること とする)、これはウェストサクソン方言において規則的に起こった変化であり、語頭の[k]、[g―]、[sk]がi-ウム ラウトの生起に先立ち後続の前母音æ、ǣ、e、ē の影響でに硬口蓋化され、次にこれらの前母音が先行のこれら の硬口蓋化された子音ċ、ġ、sċ の影響でea、ēa、ie、īe に二重母音化された。 またこの硬口蓋二重母音化は Gmc[j]に由来するġの後位置でも起こった。 ・AFBによるæ>ea:WGmc*katil>*kætil>*ċætil>WS*ċeatil>(さらにi-ウムラウトを経て)*ċietel>ċytel‘kettle’
(Anglċetel、OHGkeʒʒil、Gokatilē);ġeaf‘(s)hegave’(Nbrāġæf、OSgaf);WSsceaft‘shaft’(OS、OHG skaft)。 ・WGmcā>WSǣ>ēa:Lcāseus>WGmc*kāsī>WS*ċǣsī>*ċēasī>(さらにi-ウムラウトを経て)*ċīese>ċȳse ‘cheese’(Angl、Ktċēse、OS、OHGkāsi);WS*ġǣfun>ġēafon‘theygave’(Nbrāġēfon、OSgā̄bun);WGmc *jār> WS*ġǣr> ġēar‘year’(Angl、Ktġēr、OS、OHGjār);WS*sċǣp> sċēap‘sheep’(Merc、Ktsċēp、OS skāp)。 ・WGmce> ie:ġieldan‘topay(for)’(Mercġeldan、Nbrġelda、OSgeldan);ġiefan‘togive’(OSgēban); sċieran‘tocut,toshear’(OHGskeran)。 ・WGmcē>īe:WGmc*jēta>WSġīeta、ġīet‘still,yet’(Merc、Nbrġēt、OFrisjēt)。 Campbell は第2の前舌化と硬口蓋二重母音化を確たる根拠もなくあたかも同時期のものであったかのようにど ちらもともに6. として挙げているが、このことはまた古英語における音変化の中でこの2つの音変化の相互の順 序付けができていないことを示しているとも言えるであろう。 以上の前母音の硬口蓋二重母音化はi-ウムラウトに先立って起こったと考えられるが、硬口蓋二重母音化は後母 音にも、そしてさらにsċの後位置の後母音のi-ウムラウトの結果音にも起こっているケースもごく一部ではある が見られる(Campbell1959:68-69)。
7.i -ウムラウト(i-mutation)
次音節のi、jの影響による先行母音の前舌化と上げが起こった。これはi-ウムラウトと呼ばれる音変化であり、 ゴート語以外のすべてのゲルマン諸語に見られるが、その起こり方には言語間での違いが少なくないことから実際 には個々のゲルマン諸語への分裂後に起こったものと考えられる。このi-ウムラウトにより、u、ū、o、ō、a、ā はそれぞれy、ȳ、œ、œ̄、æ、ǣとなり、のちにy、ȳ、œ、œ̄はしばしば非円唇化されてi、ī、e、ēとなり、ま たAFBによる前母音æはeに上げられた。さらにi-ウムラウトによって二重母音ea、ēa、io、īoはウェストサ クソン方言ではie(のちにi、y)、īe(のちにī、ȳ)となったが、他の方言ではea、ēaはe、ēとなり、io、īoに はi-ウムラウトは起こらず、のちにアングリア方言では滑化の環境にあった場合を除きeo、ēoとなった。なおǣ のēへの、そしてēのīへの上げは起こらなかった。 またウムラウトとしてはさらに後記の後舌ウムラウト、そして(IEe>)Gmceのiへのi-ウムラウトとGmc uのoへのa-ウムラウトがあり、後2者は従来ゲルマン祖語において起こったとされてきたが、Cercignani(1980) が主張するように、これらもまたゴート語以外のゲルマン諸語の段階で起こったと考えられる。そして同様のこと は(IEeu>)Gmceuのiuへのi-ウムラウトについても言えるであろう。 次にu、ū、o、ō、æ、a、ā、ea、ēa、io、īoのi-ウムラウトの主なケースを順に挙げることにする。・WGmcu を引き継ぐu のi-ウムラウト:cyre‘choice’(OS、OHGkuri);cyning、cining‘king’(OS、OHG kuning)。
・ウェストサクソン方言以外の方言でGmceのi-ウムラウトによるiがwとrCの間にあった場合にこのiが同 じ舌位の後母音に後退した結果音u のi-ウムラウト:Gmc*wersiz(Gowairs) >*wirsi(OS、OHGwirs) > *wursi>wyrs‘worse’。
・WGmcūを引き継ぐūのi-ウムラウト:rȳman‘tomakeroom,toclearout’;sȳfre‘sober,chaste,clean’(OS sū̄bri、OHGsūbiri)。
・WGmcu+n+無声摩擦音s、þという結合においてuが後続のnの消失に伴う代償的長音化を受けた結果音 ūのi-ウムラウト:WGmc*unsti>ȳst‘storm’(OSūst、OHGunst);WGmc*kunþjan>cȳþan‘tomakeknown’(OS kūđian、OHGkunden、Gokunþjan)。
・借入語に見られるoのœ(>e)へのi-ウムラウト:Loleum>*oli>œle、ele‘oil’(OHGoli)。
・u のa-ウムラウトに由来するo のœ(>e)へのi-ウムラウト:*dohtri>dœhter、dehter(dohtor‘daughter’ の与格単数);*worpin>Nbrāwœrpen‘thrown’。 このようにoのi-ウムラウトは借入語、そして本来あったはずのuの代りにuの早期のa-ウムラウトによるo がのちに類推により導入された本来語、そしてa-ウムラウトを引き起こした接辞母音がのちにi-ウムラウトを引 き起こす接辞母音iに取って代られた場合に限定される。 dohtor(OSdohtar、dohter、OHGtohter、Gkthugátēr、Sktduhitā́、Lithduktė̃)はGmc*duhtērに由来し、 本来その与格単数はGmc*duhtriであったはずであるが、主格単数のようにuのa-ウムラウトによるoを有する 形からの影響によって*duhtriは*dohtriに取って代られた。もし本来の形であったはずの*duhtriがそのまま引 き継がれていたならばそれは**dyhterとなっていたはずである。 また強変化動詞3類*werpan‘throw’の過去分詞の本来の形を示しているのはuの早期のa-ウムラウトのみを 反映するWGmc*wurpan>WSāworpen(OSworpan、OHGgiworfan)であり、Nbrāwœrpenはa-ウムラウト を引き起こした接辞*-an->*-æn-(>-en-)がアプラウトを反映するもう1つの接辞*-in-(>-en-)にのちに取って 代られて*worpinとなったため、oのi-ウムラウトを有するようになったのである。もし本来の形として接辞*-in- を有する*wurpinがuの早期のa-ウムラウトに先立って形成され、そしてそれがそのまま引き継がれていたなら ば**wyrpenとなっていたはずである。 ・WGmcō を引き継ぐō の œ̄(>ē) へのi-ウムラウト:WSfēdan、Mercfœ̄dan、Nbrfœ̄da‘tofeed’(OS fōdian、Gofōdjan);WSgrēne、Nbrgrœ̄ne‘green’(OSgrōni、OHGgruoni)。 ・AFBによるæのi-ウムラウト:WGmc*stadi>(AFB)*stædi>stede‘place’(OSstedi、Gostaþs);erian‘plow’ (Goarjan);bedd‘bed’(OSbed、beddi、Gobadi)。 ・アングリア方言においてはlC、ノーサンブリア方言においてはrCの前でAFBによるæが後退を受けた結果 音aのi-ウムラウト:ald‘old’の比較級*aldira>Mercældra‘older’(OHGaltiro);Nbrwærma‘towarm’(Go warmjan);Nbrā-、ġewæltan‘toroll(it)’(Gowaltjan);Gmc*falljanan>(AFB)*fælljan>(後退)*falljan>(i-ウムラウト)Mercġefællan‘tomakefall’(OSbifellian)。 ・子音(群)+u+子音(群)+i、jの前でAFBによるæが次音節の後母音uの影響でaへの復元を受け、この aが次音節のuとともに最終音節のi、jによるi-ウムラウトを受けた。なお、次音節のuのi-ウムラウトの結果 音yはほとんどの場合すでにeに弱化していた:*fastunnj->(AFB)*fæstunnj->(復元)*fastunnj->(i-ウムラ ウト)*fæstynn>fæsten‘fastening’(OSfastunnia);*gaduling>(AFB)*gæduling>(復元)*gaduling>(i-ウ ムラウト)*gædyling>gædeling‘companion’(OSgaduling);*tō/atgadurī‘together’(OFristōgadere)>(AFB) *tō/ætgædurī>(復元)*tō/ætgadurī>(i-ウムラウト)*tō/ætgædyrī>tōgædere、ætgædere(OEgador-wist‘companionship’、OFrisgadur‘together’);*anudi>*ãnudi>*ænydi>ænid‘duck’(OHGanut)。これは二重 ウムラウト(doubleumlaut)と呼ばれるものであり、‘fastening’についてはfæstenのほか第2の前舌化が加わっ たマーシア方言形festenも見られる。 なお、この二重ウムラウトにおいては次音節におけるuもまたi-ウムラウトによっていったんはyとなってい
たことは、同じく二重ウムラウトに該当する例でi-ウムラウトの入力として第1音節に鼻音の前で鼻音化されたã を有した(*anudi>)*ãnudi>*ænydi>ænid‘duck’(OHGanut)、そしてi-ウムラウトの入力として第1音節にāを 有した(*aimurjōn->)*āmurjǣ>ǣmyrġe‘embers,livecoals’(OHGeimuria、ONeimyrja)によって明確に裏付け られる。 ・本来ならばAFBによるæがeへのi-ウムラウトの入力となるべき位置で、このæが復元によるaに類推的 に置きかえられ、それがi-ウムラウトを受けた:*fariþ>fær(e)þ‘(s)hegoes’(OHGferit)。すなわちこれは本来 **fer(e)þとなるべきところが、次音節の後母音の影響でaへの復元を受けた不定詞faranや複数形faraþなどへ の類推により、本来のAFBによるæに代り導入されたaのi-ウムラウト。 ・WGmcaは鼻音の前ではAFBに先立ってすでにãに鼻音化されていたため、AFBによるæへ前舌化は受け なかったが、i-ウムラウトによる前舌化を受けた直接の結果はæ であった。そしてこれはさらに鼻音の影響でe に上げられた:*kãnnjãn>*kænnjan>*cænnan>cennan‘tobeget’;*kãnnidǣ>*kænnidǣ>cændæ>cende(cennan の直説法過去3人称単数);*ãndī> *ændi> ende‘end’(OSendi、Goandeis);*framiþ> *frãmiþ> fræmith> fremeþ(Gmc*framjanan> WGmc*frammjan> frãmmjãn> *fræmman> fremman‘toadvance,tofurther,to promote’(OSfremmian、OHGfremmen、ONfremja) の直説法現在3人称単数);graemman、gremman‘to irritate’(OHGgremmen、ONgremja、Gogramjan); 前記の二重ウムラウトの実例でもある*ãnudi>*ænydi> ænid>ened‘duck’(OHGanut)。 ãのi-ウムラウトが最初はeではなくæであったことはさらにRinge&Taylor(2014:229)が指摘する次の2 点からも裏付けられる。すなわちテムズ川北部のかなり狭い地域ではあるが、æ のe への上げが起こらなかった 地域があったことは中英語からの証拠から分かるほか、æをeへの上げに先立って起こった音位転換(metathesis) によって保っていた次の2つの動詞からも確認できる。 それはbærnan‘toburn’(他動詞)、ærnan‘tomake (ahorse)gallop’ であり、bærnanは*brãnnjãn(Gogabrannjan) >(i-ウムラウト)*brænnjan>(音位転換)
bærnan、そしてærnanは*rãnnjãn(Gourrannjan‘tocause(thesun)torise)>(i-ウムラウト)*rænnjan>(音 位転換)ærnanという音過程の結果である。
・WGmcai に由来するā のi-ウムラウト:*hailjan> *hāljan> hǣlan‘toheal’(OShēlian、OHGheilen、Go háiljan)。 これは形容詞hāl‘healthy,sound’(OShēl、OHGheil、Goháils) の動詞形である;*hwaitī>*hwātī> hwǣte‘wheat’(OHGweiʒi、Goƕáiteis);*stainīn> *stānīn> stǣnen‘(made)ofstone’(OHGsteinīn、Go stáineins)。 ・WGmcāの鼻音化によるā̃、そしてGmca+鼻音+無声摩擦音という結合においてaが鼻音化と後続の鼻音 の消失に伴う代償的長音化を受けた結果音ā̃の反映のi-ウムラウト。i-ウムラウトの段階では、Wright&Wright (1925³:43-44,79)、Brunner(1965³:53,76)のようにこのいずれもがWGmcōに由来するōと完全に併合した結 果音ōのi-ウムラウトとする見方と、Campbell(1959:77-78)のようにā̃であった、あるいはHogg(1992:126-127)、Ringe&Taylor(2014:230)のようにā̃は円唇化の段階に進んではいたものの、まだ完全にはōとはなっ ていなかったとする見方がある。後者の根拠としてCampbell(1959:50)、Hogg(1992:60)、Ringe&Taylor(2014: 282)はWGmcāが鼻音化と短化を受けた場合、samcwic、samcucu‘half-alive’(OSsāmquik、OHGsāmiquek) が示すように、WGmca の反映と同一になっている事実を挙げている。さらにCampbell(1959:50)は鼻音化さ れたWGmcāがōとなった後で短化とi-ウムラウトを受けていたのであれば、それは(WGmca>)ãのi-ウム ラウトの結果と同一の実際のæではなくoのi-ウムラウトと同一のœとなっていたはずであるとしている。こ
のことはCampbell(1959:50)、Hogg(1992:127)、Ringe&Taylor(2014:282)が挙げているbræmbel‘bramble’ とその複数形bræmblasからも裏付けられるのであり、これはbrōm‘broom’(OHGbrāma‘thornbush’)の指小形 *brā̃milに由来する。 そしてCampbell、Hogg、Ringe&TaylorはGmca+鼻音+無声摩擦音という結合においてaが鼻音化と後 続の鼻音の消失に伴う代償的長音化を受けた結果音ā̃もまた同様にi-ウムラウトの段階ではWGmcōに由来する ōと完全に併合していなかったのではないかとしていることから、本稿でもWGmcōに由来するōのi-ウムラウ トとは区別されるものとして上記のWGmcāからのケースとともにそのi-ウムラウトの例を以下に示す:(WGmc *kwāni > )*kwā̃ni> cwœ̄n、cwēn ‘woman, wife’(OS quān);(WGmc *kwāmī > )*kwā̃mī> ġecwœ̄me、 ġecwēme‘pleasant’(OHGbiquāmi‘acceptable’);(WGmc*wānjan>)*wā̃njãn> wœ̄na、wēnan‘toexpect,to hope’(OSwānian);(Gmc*fanhiði>)*fā̃hiþ>*fœ̄hþ(マーシア方言には円唇音œ̄を維持した*fœ̄hið>(母音縮約) onfœ̄ð‘(s)hereceives’が見られる)>fēhþ‘(s)hegrasps’(OS、OHGfāhit、Gogafāhiþ)。i-ウムラウトの環境に はなく、かつ接辞の無い命令法単数はGmc*anhの反映をそのまま反映する(*fanh>)fōhである;(Gmc *anhtjanan>)*ā̃htjãn>œ̄htan>ēhtan‘topersecute’(OSāhtian、OHGāhten)。i-ウムラウトの環境にはなかった 元の名詞形はGmc*anh の反映をそのまま反映するōht‘persecution’(OHGāhta) である;(WGmc*ansti>) *ā̃sti>*œ̄st>ēst‘favor’(OS、OHGanst、Goansts);(WGmc*[g―ansi]>)*[g―ā̃si]>*gœ̄s>gēs‘geese’(WGmc *[g―ā̃ns]>*[g―ā̃s]>gōs‘goose’(OHGgans)の主格対格複数);(WGmc*nanþjan>)*nā̃þjãn>*nœ̄þan>nēþan‘to bebold’(OSnāđian、OHGnenden、Goanananþjan);(WGmc*samftī>)*sā̃ftī>*sœ̄fte>sēfte‘soft,gentle’(OHG semfti‘easy’)。sōft‘soft,gentle’(OSsāftor‘moreeasily’、OHGsamft‘easy’)のようにi-ウムラウトを引き起こす 接辞*-īを有していなかったことによるWGmcōの反映と同一のōを示す形もある。 ・ウェストサクソン方言とケント方言においてAFBによるæのlCの前での割れによるeaのWSie(>i、y)、 Kteへのi-ウムラウト:eald‘old’の比較級*ealdira>ieldra、eldra‘older’(Anglældra、OHGaltiro);*wealtjan‘to roll(it)’、*wealtiþ‘(s)herolls(it)’> WS*wieltan、WS*wieltiþ、Kt*weltiþ > wyltan、wylt、welt(Nbrā-、 ġewæltan、Gowaltjan、OHGwelzit);*healdiþ>WS*hieldiþ、Kt*heldiþ>hielt、helt‘(s)heholds’(Gohaldiþ); *fealljan>WS*fiellan>fyllan‘tomakefall’(Mercġefællan、OSbifellian)。 ・ノーサンブリア方言を除く全方言でAFBによるæがrCの前できわめて規則的に割れを受けた結果音eaの WSie(>i、y)、nWSeへのi-ウムラウト:wearm‘warm’の動詞形*wearmjan>WSwierman、Mercwerman‘to warm’(Nbrwærma、OSwermian、Gowarmjan);*earfī>WSierfe、Kt、Merc、Nbrerfe‘inheritance’(OSer̄bi、 Goarbi)。 ・全方言でAFBによるæがhの前できわめて規則的に割れを受けた結果音eaのWSie(>i、y)、nWSeへの i-ウムラウト:*sleahiþ>WSsliehþ、Ktslehð、Mercslēð‘(s)hestrikes’(Goslahiþ)。なお、Mercslēðは*sleahiþ >(i-ウムラウト)*slehiþ>(母音縮約)slēðという音過程の結果である;*hleahhjan>WShliehhan、nWShlehhan ‘tolaugh’(Gohlahjan)。hleahtor‘laughter’(OHGlahtar)にはi-ウムラウトの入力となった元の母音eaが確認で きる。 なお、割れによるeaのi-ウムラウトの結果であるWSieの音価は綴り字どおりの[ie]ではなく、Colman(1985: 9)、Hogg(1992:132)、Lass(1994:69)に従い、[iy]のように解釈する方がより正確であろう。そしてColman(1985: 9)、Lass(1994:69)はこのi-ウムラウトによるieへのプロセスとしてはAFBによる[æ]が割れにより[æu] となり(i-ウムラウトの環境にはなかった場合にはのちに二重母音高さ調和により[æa]となった)、次に第1要
素[æ]がi-ウムラウトにより[e]、続いて第2要素の[u]がi-ウムラウトにより[y]、そしてさらに[y]が先 行の第1要素[e]の上げを起こした結果がie[iy]であったとしている。すなわちea>ieのi-ウムラウトのプロ セスは[æa]>[iy]ではなく[æu]>[eu]>[ey]>[iy]であったということになる。
次の硬口蓋二重母音化によるeaについては割れとは成立過程も異なるため、硬口蓋二重母音化の直後でのその 音価も異なっていたと思われるが、最終的には割れによるeaと併合した。
・AFB によるæ のウェストサクソン方言での硬口蓋二重母音化によるea のie(>i、y)へのi-ウムラウト: *ċeatil> *ċietel> ċytel‘kettle’(OHGkeʒʒil、Gokatilē);*ġeasti> ġiest‘guest’(PN-gastiR);*sċeappjan> sċieppan‘tomake,tocreate’(Gogaskapjan)。なおsċieppanの過去分詞sċeapen(Goskapans)にはi-ウムラウ トの入力となった元のea が確認できる;*sċeaþþjan> *sċieþþan> sċyððan‘toharm’(Goskaþjan);WGmc *skarjan>(AFB)*skærjan>*sċærjan>*sċearjan>*sċierian>sċyrian‘todistribute,toallot’(OSskerian)。しか しæの硬口蓋二重母音化のない他の方言でのこの5者の対応形はAFBによるæのeへのi-ウムラウトのみを反 映するċetel、ġest、*sċeppan(>sċeppend‘creator’)、sċeþþan、bisċerġanである。 ・WGmcauはいったんOEēaとなったが(OElēas、OS、OHGlōs、Goláus‘free(from)’;OEēage、OSōga、 OHGouga、Goáugō‘eye’)、それがさらにi-ウムラウトを受けるとWSīe(>ī、ȳ)、nWSēとなった:lēasの動 詞形*lēasjan>WSlīesan、Ktlēsan、Mercālēsan、Nbrālēsa‘torelease,tosetfree’(OSlōsian、OHGlōsen、Go láusjan);*dēapjan>WS*dīepan>dȳpan、Nbrdēpa‘todip,tobaptize’(OSdōpian、OHGtoufen、Godáupjan); *ēaþī>WSīeþe、Nbrēðe‘easy’(OSōđi、OHGōdi);*hēarjan>WShīeran>hȳran、Kt、Merchēran、Nbrhēra ‘tohear’(OShōrian、OHGhōren)。 ・WGmcā>WSǣのhの前での割れによるēaのīe(>ī、ȳ)へのi-ウムラウト:nēah‘near’の最上級*nēahist >nīehst(OHGnāhist)。 ・WGmcā>WSǣの硬口蓋二重母音化によるēaのWSīe(>ī、ȳ)へのi-ウムラウト:Lcāseus>*ċǣsī>*ċēasī >*ċīese>ċȳse‘cheese’(Angl、Ktċēse、OS、OHGkāsi)。 WGmcauに由来するēaと割れによるēaについてもColman(1985:9)、Lass(1994:69)はどちらも当初は[ǣu] だったのであり、これがi-ウムラウトの環境にはなかった場合には二重母音高さ調和により[ǣa]となったが、i-ウムラウトの環境下では第1要素の[ǣ]がi-ウムラウトにより[ē]、続いて第2要素の[u]がi-ウムラウトに より[y]となり、さらに[y]が第1要素[ē]の上げを起こした結果īe[īy]となった、すなわち短母音ea の 場合と同じくēa>īeのi-ウムラウトのプロセスは[ǣa]>[īy]ではなく[ǣu]>[ēu]>[ēy]>[īy]であっ たとしている。硬口蓋二重母音化によるēaはWGmcauに由来するēaと割れによるēaのいずれとも成立過程 が異なるため、硬口蓋二重母音化の直後での音価も異なっていたと思われるが、前者は最終的には後者と併合した。 ・Gmce の早期のi-ウムラウトによるi の割れに由来するio[iu]のWSie[iy](>i、y)へのi-ウムラウト: *sihiþ>*siohiþ>siehþ‘(s)hesees’、(Kt-siohð、OS、OHG(gi)sihit、Gosaíƕiþ);*hirdī>*hiordī>hierde‘herdsman’ (Nbrhiorde、Mercheorde、OShirdi、Gohaírdeis);*[g―irnjan]>*ġiornjan>ġiernan‘tobeeagerfor,todesire’(Nbr ġiorna、OSgirnian、Gogaírnjan);Gmc*wersiz>*wirsi(>*wursi>Anglwyrs)>*wiorsi>wiers‘worse’(OS、 OHGwirs、Gowaírs)。 ・Gmceの早期のiへのi-ウムラウトに匹敵し、またそれと同時期のものと考えられるGmceuのi-ウムラウト によるiuに由来するīo[īu]のWSīe[īy](>ī、ȳ)へのi-ウムラウト:IE*bheudh->Gmc*beuð->*biudiþ> *bīudiþ > *bīodiþ > bebīet(t)‘(s)he commands’(Kt bebīot、OS bibiudid、OHG biutit、Go anabiudiþ、Gk
peúthō);*hiurī>*hīorī(>Angl*hīore>hēore)>*hīere>hȳre‘gentle,pleasant’(OHGhiuri‘sincere’);*unhiurī > *unhīorī(> Anglunhīore> unhēore)> unhīere> unhȳre‘horrible,deadly’(OSunhiuri‘horrible’);WGmc *leuht>lēoht‘light’[名詞](OS、OHGlioht‘light’、Gkleukós‘white’)の動詞形*liuhtjan>*līohtjan(>(滑化) Merclīhtan、Nbrlīhta)>WSlīehtan‘toshine,toilluminate’(OSliuhtian、OHGliuhten)。
また早期のアングリア方言には古い綴り字iu(音価はのちのīo と同じ)を有するġeþīudde、þīustra、flīusum のような例が見られる:(*þīudidǣ>)Mercġeþīudde は(*þiudjan> *ġeþīudjan>)*ġeþīudan‘tojoin’(WS ġeþīedan)の過去単数である。なお、ウェストサクソン方言には予想に反しēoを有するġeþēodanも見られるが、 これはRinge&Taylor(2014:247)が述べているように、マーシア方言の影響が考えられる;Nbrþīustra‘darkness’ (対格複数)はWSþīestre、Mercþēostre‘dark,gloomy’の前段階の*þīustrī(OSthiustri)から派生したō-語幹 名詞であり、主格単数のWSþīestru、Nbrþīostruにもその元の形容詞が接辞にīを有していたことに由来するiu の反映が保たれている;Mercflīusumはi-語幹名詞‘fleece’の与格複数であり(主格単数としては*flīosi>WSflīes が見られる)、これはi-語幹名詞本来の接辞*-imがeu>iu>īuへの変化後にa-語幹名詞の接辞-umに取って代 られたことを示している。
・ī がh の前で割れを受けた結果音īo のWSīe(>ī、ȳ)へのi-ウムラウト:*wrīhiþ >*wrīohiþ(>(滑化) Mercoferwrīð)>WSwrīehþ‘(s)hecovers’(OHGintrīhit‘(s)heuncovers’);IE*H₁lengʷh->Gmc*lenhʷtjanan >*linhtjanan>*līhtjan>*līohtjan>*līehtan>lȳhtan‘toalleviate’(OHGlīhten‘tomakeeasier’、Gkelakhús‘small’、 Lithleñgvas‘easy,light’)。これは形容詞IE*H₁lengʷhtos>Gmc*lenhʷtaz>*linhtaz>*līht>WSlīoht、lēoht‘light inweight’(OHGlīht、Goleihts)の動詞形である。
8.後舌ウムラウト(back mutation)
後舌ウムラウトは主に前母音i、e、æ が次音節の後母音の影響でそれぞれio(>eo)、eo、ea となった現象で あり、さらに元のi、eがそこにwが先行していた場合にそれぞれu、oとなったケースもあり、後者をCampbell (1959:86)、Ringe&Taylor(2014:320)は 連音後舌ウムラウト(combinativebackmutation)と呼んでいる。 後舌ウムラウトの起こり方は散発的であり、またすべての方言で規則的に起こったわけではなく、さらに後続子音 の種類が後舌ウムラウトの有無を左右した。Lass(1994:51)が述べているように、後舌ウムラウトは後母音の前 位置での割れと言えるかもしれない。 ・i>io の後舌ウムラウトはウェストサクソン方言では流音、唇音の前で、アングリア方言では軟口蓋子音を除く すべての子音の前で、そしてケント方言ではすべての子音の前で見られる:WShiora、heora‘their’、Merc heora、Nbr、Kthiora(OFrishira);WStiolung、Mercteolung‘effort’、Merctioludun‘theyhavepersisted’(OHG zilōn‘toexertoneself’、Gogatilōn‘toattain’);WSsiolfor‘silver’、siolufres(属格単数)、Mercseolfur、seolfres(OS silūbar、silūbres);WSlimu、liomu、leomu、Mercliomu(lim‘limb’(ONlimr)の主格対格複数);WS、Merc liofað、leofað、Nbrliofað‘(s)helives’(OSlibod);WShinan、Merchionan、Nbrhiona‘fromhere’(OS、OHG hinan);WSandwlita、Mercondwleota、Nbrondwlita‘face’(ONandlit);Gmceが単一のmの前での上げを受 けた結果音iの後舌ウムラウト:Kt、Mercnioman、Nbrnioma‘totake’(OSniman、OHGneman、ONnema)。 ・i>uの連音後舌ウムラウトを示す例(この場合、後続子音による制約はない):WS、Merc、Nbrwudu、Merc widu‘forest,tree,wood’(OHGwitu‘wood’)、Kt(*wioda>)weada‘ofwood’;WSwuduwe、widuwe,Merc widwe,Nbrwidua‘widow’(OSwidowa,Gowiduwō);WSwucu,Nbrwicu‘week’(Gowikō‘shift,assignedturn’);WSwitan、Mercweotan、Nbrwuta‘toknow’(OS、Gowitan)。 ・e>eoの後舌ウムラウトはウェストサクソン方言では後続子音が流音、唇音、そしてさらに次音節の母音がu(> o)であった場合に限定されていたのに対し、他の方言では制約ははるかに少なく、後続子音が軟口蓋子音であっ た場合を除くというアングリア方言での制約のみであった:WSeofor、Merceobor、eofur‘wildbear’(OHG ebur);WSheorot、Mercheorut、Nbrheart‘hart’(OHGhiruʒ、ONhjortr);WSberan、Mercbeoran、Nbr beara‘tocarry’(OS、OHGberan);WSwefan、Mercweofan‘toweave’(OHGweban);WSwela、Merc weola、Nbrweala‘property,wealth’、Ktweolan‘riches’(OSwelo);WSetan、Merceotan、Nbreotta、eatta‘to eat’(OSetan);WScweþan、Merccweoðan、Nbrcweða‘tosay’(OSqueđan);WSfetor、Mercfetor、feotur ‘fetter’(ONfjoturr);WSġebedu、Mercġebeodu、Nbrġebeodo‘prayers’(OHGgibet‘prayer’);WSġiefu、 Mercġeofu‘gift’(OFrisjeve、ONgjof)。なお、このWSġiefuの場合、eは後舌ウムラウトに先立って硬口蓋二 重母音化により、後舌ウムラウトへの入力とはなり得ないに二重母音ie となっていたため、唇音の前であっても eoへの後舌ウムラウトは起こり得なかったものと考えられる。またe>eoの後舌ウムラウトはさらにAFBによ るæのi-ウムラウトと鼻音化されたaのi-ウムラウトに由来するeにも起こった:Lasellus>WGmc*asil>(AFB) *æsil>(i-ウムラウト)*esil>(接尾辞の変異により)*esul>esol>eosol‘donkey’(OS、OHGesil、Goasilus); fremu、freomo‘benefit’。 後者は弱変化動詞1類でi-ウムラウトを反映する(WGmc*frammjan>)fremman‘to further’(OSfremmian、ONfremja)と同根であり、fremuの語根母音eはそこから導入されたものである。 ・e>oの連音後舌ウムラウトを含む例:WSweorod、Mercweorud、Nbrworod‘company’、compwearod‘(Roman) cohort’(OSwerod);WSwesan、Merc*weosan‘toremain,tobe’(>Mercætweosendne‘athand,looming)、 Nbrwosa(OSwesan)。 ・æ>ea の後舌ウムラウトはマーシア方言においてのみ起こった。すなわち後舌ウムラウトの入力となるæ は AFB によるæ が次音節の後母音の影響による復元(restoration)を経たことによるa が第2の前舌化により再 びæに前舌化されたマーシア方言に限定される。それは例えばWSfatu:Mercfeatu‘containers’という対応に現 れており、WSfatuはWGmc*fatuがAFBにより*fætu、そして復元によりfatuとなった結果であるのに対し、 Mercfeatuは復元による*fatuがさらに第2の前舌化により*fætu、そしてそれが後舌ウムラウトを受けた結果であ る。ただしæの後舌ウムラウトは軟口蓋子音の前では見られない(WSdagas:Mercdægas‘days’;WSwracu: Mercwræcu‘vengeance’)。なお、軟口蓋子音の前では後舌ウムラウトが見られないことについてCampbell(1959: 106)はマーシア方言では後舌ウムラウトによる結果がのちに滑化(smoothing)により消去されたためとしている。 æ、e、iの後舌ウムラウトに起因する母音はea、eo、ioのように二重母音的に表記されるが、元のæ、e、iか ら音量が2倍に、すなわち長母音と同じ音量になったわけではなく、音量としては短音のままであったと考えられ る。 この点についてLass(1994:46) は特にその1例としての中性a-語幹名詞ġebed‘prayer’ の主格対格複数 Mercġebeodu‘prayers’に注目している。すなわち同じ中性a-語幹名詞でも重語根形の主格と対格ではbān‘bone(s)’、 word‘word(s)’、dēor‘animal(s)’ のように複数形の接辞母音-u は消失し、 単複同形となっているのに対し、 Mercġebeodu ではその対応する明らかに軽語根形のWSġebedu と同じく-u は維持された。このことはMerc ġebeodu、そしてもちろんNbrġebeodoもまた軽語根のままであった、すなわち後舌ウムラウトによるeoは長音 ではなかったことを裏付けるものである。同じことは末尾の-uを維持する上記の同じく中性a-語幹名詞の主格対 格複数liomu、featuのio、ea、ō-語幹名詞ġeofu、freomoのeoについても言えるのであり、さらにō-語幹名詞 で同じく末尾の-uを維持するġiefuは硬口蓋二重母音化に由来するieもまた音量としてはio、eo、eaと同じく
短音のままであったことを裏付けるものである。 そして同じことは音価が他の音変化に由来するすべてのio、 eo、ea、ieについても言える。
9.滑化(smoothing)
滑化については4.の割れ、そして7.のi-ウムラウトの項目でもすで間接的にそのいくつかの実例を挙げたが、 ここに古英語における音変化の1項目として改めて取り上げることにする。 アングリア方言では滑化により二重母音ea、ēa、eo、ēo、io、īoが、そこに軟口蓋子音K(c、g、hを表す)が じかに後続していた場合とr+K、l+Kが後続していた場合、æ、ǣ、e、ē、i、īに単母音化された。さらにこ れらのうちǣはのちに無条件にēに、そしてæはr+Kの前でeに上げられた。 ・eah>æh:Mercġesæh、Nbrsæh‘(s)hesaw’(WSseah);Nbræhto‘eight’(WSeahta)。 ・earK> ærK> erK:Mercmærc、merc‘boundary,border’(WSmearc);Mercmærh、merg‘marrow’(WS mearg);Mercwearg、wærg‘criminal’(WSwearg);Mercfærh‘piglet’(WSfearh)。 ・ēaK >ǣK> ēK:Mercbǣcn、bēc(e)n、Nbrbēcon‘sign’(WSbēacn、OSbōkan、OHGbouhhan);Merc ǣge、ēge、Nbrēgo‘eye’(WSēage);Merchǣh、hēh、Nbrhēh‘high’(WShēah、Goháuhs)。 なお、このように滑化によるǣがのちにさらにēに上げられたのに対し、(Gmc*aihtiz>*āhti>)ǣht‘property’ (Goáihts)におけるāのi-ウムラウトに由来するǣもまたこのēへの上げと同じ環境、すなわちhの前にあっ たにもかかわらず、なぜかēに上げられることはなかった。これはēへの上げの段階ではi-ウムラウトに由来す るǣと滑化によるǣとは完全には同一音とはなっていなかったからかもしれない。この点についてHogg(1992 :149)はi-ウムラウトに由来するǣは[ǣ]、しかし滑化によるǣはそれよりも舌位がわずかに高めのほぼ[ɛ̄] のようになっていたからではないかとしている。 ・eoh>eh:Merc、Nbrġeseh‘see!’(WSseoh);Mecfehtan、Nbrfehta‘tofight’(WSfeohtan)。 ・eorK>erK:Merc、Nbrwerc‘work’(WSweorc);Mercberg‘hill,mountain’(WSbeorg);Merc、Nbrberht ‘bright’(WSbeorht)。 ・eolh>elh:WGmc*felhan‘topushin’の仮定法現在1人称単数*felhǣ>(割れ)*feolhǣ(>WSfēole)>Merc *felhæ>fēle。しかしlhに後母音が後続していた不定詞はその対応形の(*feolhan>)WSfēolan‘topushin’と同 じく滑化が見られないMercætfēolan‘tocling’となっている。 ・ēoK>ēK:Nbrsēc‘sick’(WSsēoc、OSsiok);Mercflēgan‘tofly’(WSflēogan、OHGfliogan);Merc、Nbr lēht‘light’[名詞](WSlēoht);Mercġetēh‘drawtogether!,bind!’(WStēoh、OStioh);Angl*nēoh>Merc、 Nbrnēh‘near’。 ・ioh>ih:*siohiþ(>Kt-siohð)>Angl*sihiþ>Nbrġesihþ‘(s)hesees’。 ・īoh>īh:*līht>(割れ)*līoht(>WSlīoht>lēoht)>Merc、Nbrlīht‘lightinweight’;*liuhtjan>*līohtjan(> WSlīehtan)>Merclīhtan、Nbrlīhta‘toshine,toilluminate’。10.母音縮約(contraction of vowels)、代償的長音化(compensatory lengthening)
母音縮約と代償的長音化については本稿でここまで他の項目のもとで必要に応じ間接的に挙げてきたものを含む 有声音間のh の消失に伴う一部のケースの例示にとどめておくが、これらの例から方言間の滑化の有無という相 違がh の消失とそれに続く母音縮約と代償的長音化による結果の方言間でのさらなる相違を生じていることもま
た改めて確認できるであろう。
・母音縮約の例:*sleahiþ>nWS*slehiþ>Mercslēð‘(s)hestrikes’(Ktslehð、WSsliehþ);Angl*sihiþ>Merc ġesīþ‘(s)hesees’(Kt-siohð、WSsiehþ、Nbrġesihþ);‘tostrike,tokill’の仮定法現在単数Gmc*slahai-(OHG slahe) >(AFB)*slæhæ>(割れ)*sleahæ>(滑化)Angl*slæhæ>Mercslǣ。 なお、Hogg(1992:177-178) のようにhの消失後の代償的長音化という中間段階(*slē-ið、*sī-iþ、*slǣ-æ)を経ているとする見方もある;Angl *nēhist>nēst‘nearest’;*wrīhan>(割れ)*wrīohan>WSwrīon>wrēon‘tocover’ と*wrīohan>(滑化)Merc *wrīhan>*wrīan>oferwrēan(OHGintrīhan‘touncover’);*wrīohiþ(>WSwrīehþ)>(滑化)*wrīhiþ>Merc oferwrīð‘(s)hecovers’;WGmc*fleuhan(OHGfliohan)>*flēohan>WSflēon‘toflee’;‘toflee’の仮定法現在複数 *flēohæn>WSflēonと*flēohæn>(滑化)Angl*flēhæn>Mercflēn。 ・代償的長音化の例(ここまで必要に応じ間接的に取り上げてきたものにとどめておく):WS*sċielhan>*sċīelan(> sċȳlan)‘tosquint’;*filhiþ> Mercætfīleð‘(s)heclings’;*swirhjan-> WS*swiorhja> *swierhja> *swīera(> swȳra)‘neck’、これに対し*swirhjan->Nbr*swirhja>swīra。Ringe&Taylor(2014:183)が指摘しているように、 Nbrswīraの単母音īは滑化に起因するものではなく、そもそも割れが起こらなかったことによるものと考えられ る;*feolhan>WSfēolan‘topushin’、Mercætfēolan‘tocling’。そしてその仮定法現在1人称単数*feolhǣ>WS fēole、これに対し*feolhǣ>(滑化)Merc*felhæ>Mercfēle。このマーシア方言形のætfēolanとfēleはどちら もh の消失に伴う代償的長音化を示すものの、h に後続していた母音が前母音または後母音のいずれであったか ということが、 割れの生起後のそれぞれのh の消失と滑化との順序関係を左右していたと考えられる(なお、h の消失と滑化との順序関係を左右する条件についてはRinge&Taylor(2014:305-307)が具体的かつ詳細な分析 を試みている)。 ・母音縮約と代償的長音化の両方を示す例:(WGmc*sehan>)*seohan‘tosee’、直説法現在3人称複数*seohaþ、 仮定法現在3人称単数*seohæ(OHGsehan、sehant、sehe)>WSsēon、sēoþ、sēo、これに対し*seohan、*seohaþ、 *seohæ>(滑化)Angl*sehan、*sehaþ、*sehæ> Mercġesīan~ġesēan、ġesīað~ġesēað、ġesē;‘tostrike,to kill’の仮定法現在単数*sleahæ>WSslēa、これに対し*sleahæ>(滑化)Angl*slæhæ>Mercslǣ。