はじめに
『夢十夜』
第八夜は、 語り手「自分」が床屋に入り、 鏡の前へ座って散髪 をされている間 に、 「鏡」に 映る窓越しの「往来」の様子を見、 「鏡」に映らぬ「往来」の様子を音に岡き、 床屋から出て、「金 魚売」を跳める話である。 第八夜の「鏡」の意味を考えるに当たって、 示唆を与えられた 論 文 に松沢和宏氏 の「「鏡 の物語」ー「鼻」の草稿を設 {l) -2} むiー!」がある。「芥川龍之介資料集 j 収録の「鼻」の写真版箪 稲と初出との比較を通して、 物諾構造の解明とその「語り」が ・「物語世界から一種の反射的な逆働作用を蒙って」いる現象の解 明とがなされている論文であるが、 その中で松沢氏は、 実体の影 であり表陪しか映さないはずの「鋭」に映るものこそ が、 鏡の外 の実態、 主人公内供の内なる自意紐を顕現させるという「鏡」の 持つ逆説的有効性に言及している。 この「鏡」の持つ力は「第八 夜」の「鏡」の働きに重なるものがある。すなわち「第八夜」にを読む
「第八夜」鏡に映る現実世界I
おいては、「鍍」の前に座る'「自分 J の実態、 その内実を拡大し て見せることを「鏡」が可能にしているのである。 この第八夜には〈闇〉や〈死〉を描いた「夜」に付されている -3〉 書き出しの冒頭文「こんな夢を見た。」が ない。 つまり昼間の白 日の下に照らされた〈生〉の世 界、 すなわち「自分」にとっての 現実世界が描き出されていると考えてよかろう。それでは「自分」 が骰かれている世界、「鋭」によって映し出され、「自分」に見定 められることになる世界はどのようなものであろう か。 越智治雄 氏は『夢十夜 j 全体の構想について内田道雄氏の論を引きながら、 第八夜は「極めて 日常的な性格が濃い」作品で、「汽船、 +円札、 砲車といった文明社会の諸特徴が+夜の歩の終わりに近づいてか ら集中的に現われて くること」「後半に至ってわれわれの日常的 な生そのものの相貌に関心が移りつつあ る点を 忘れてはならな (4) い。」と論じている。 これらの説を踏まえて、「第八夜」を細部に こだわりながら読み取ってみたい。越
智
悦
子
床屋の敷居を跨いだら、白い着物を着てかたまつて居た三 四人が、一度に入らっしやいと云った。 真中に立つて見廻すと、四角な部屋である。 窓が二方に開 いて、残る二方に鏡が懸つてゐる。鏡の数を勘定したら六つ あ っ 虚 ゜ この始まりは「第八夜」の世界を冒頭から象徴的に設定してい るかのような始まりである。「敷居を跨いだ」とたんに、自分は それまでの自分が生きていた、柔らかい生気に満ちた空気を遮断 され人工的で無 機的な「四角な部屋」に隔離されてしまう。そこ で「自分」を迎えるのは 「白い滸物を滸てかたまつて居 J る者た ちである。この白い者たちが一斉に「自分 」に襲いかかる。「自 分」は「床屋」の「真中」へ進まざるを得ない。自分は「四角な 部屋」の真只中へ立たされるのである。その「床屋」の「四角な 部屋」は、「窓が二方に開いて」外の世界と通じ、その窓と対角 の「残る二方に鏡が懸つて」窓から見える外の世界を鏡に映し出 してい る。 「鏡の数」は「六つ」ある。この「六つ」とは後に順次述べる 「第八夜」は次のように始まる。 (一) 「六つ」の揚面をそれぞれに描き出すための数合わせと考えてよ かろう。 自分は白い浩物を浩た者たちが動かしている「床屋」の世界に 「腰を卸」す。自分が腰を卸す と「御尻がぶくりと云」う。「床 屋」の椅子は「余程座り心地が好く出来た 椅子」 なのである。「白 い着物」の男たちが動かしている世 界は、「自分」の身体にとっ て快適な世界と言ってよい 。そして「鋭には自分の顔が立派に映」 るので ある。「床屋」の世界で見 えるものは、 何でも一見「立 派」 に見える。「自 分」はこの快適で立派に見える世界から「鏡」 を通して外界を見ることになる。つまり窓からのぞくことのでき る自分の〈生〉の現実世界を「 床屋」の世界が鏡に映し出すのを 凝視することになる。そして「自分」は自分の現実世界を認識さ せられること になるのである。ただし鏡に映るのは「窓の外を通 る往来の人の腰から上」だけである。腰から下、つまり足は大地 を踏みしめているはずであるが、それは 見えない。確認できない のである。 足が見えない、足がないとはどういうことか。それは幽霊が足 を持たないごとく、実体がないということであろう。大地に根ざ 06) した、実質的、本質的な実体を持てない現実世界が「自分」の眼 前の「鏡」を通して捉えられる。 まずは三つの場面が「鏡」に映し出される。その第一は庄太郎 と女である。
庄太郎が女を連れて通る。庄太郎は何時の間にかパナマの 帽子を買つて被つてゐる。女も何時の間に椿らへたものやら。 一寸解らない。 双方共得意の様であっ た。 よく 女の顔を見や うと思ふうちに通り過ぎて仕舞った。 「庄太郎」は『夢十夜」全体の中で用いられている唯一の固有 K、 ) 名詞である。最終夜の「第十夜」にこの庄太郎と女との後談と思 われる物語が描かれるが、 ここでは「第八夜」に限定して考えた い。 固有名詞である「庄太郎」は「笏八夜」に描き出される現実 .世界の人間を、 個別のものとし て具現化して いると考えられる。 その具現化の結果が「パナマの帽子」を被っていることと、「女 を連れて」歩いていることであり、 その「双方共得意」に感じて いる あり方である。 パナマ帽子はパナマ港を 通して粽入さ れた舶 来品で、 高価な、 当時の流行の先端を行く帽子である。 明治国家が開国に よっ て、 新しく近代化、 つまりは西洋化社会を構築する方向に舵を切った 結果、 日常の生活習恨その衣食住のこ とごとくが西洋化 していっ た。その風潮の中にあって、 いち早く西洋帽子を身につけて得意 がっているのが庄太郎である。従っ て、 この庄太郎は「女を連れ て」往来を歩くことも得意気にやってみせる。堅固な身分制度の 封建社会であり、 個教倫理によって〈男女七歳にして席を同じふ せず〉が一般であっ た前近代社会では〈自由恋愛〉という言葉に 象徴されるような、 男女が公衆の面前で仲良く屑を並ぺて 歩くな どと言う行為は許されることではなかった。女は〈父〉の、〈夫〉 の影を踏まぬよう、 三歩下がって歩くのが藷識である。 「庄太郎」は西洋かぶれしていく明治の日本人の代表と言って 良かろう。「自分」はその結果としての「女の顔」をよく見定め たいと思うが、「通り過ぎて仕探つ」て見ることが出来ない。 第二は囃夙を吹きながら通る豆腐屋である。 豆腐屋が痢夙を吹いて通った。痢夙を口へ宛てがつてゐる んで、頬ぺたが蜂に刺された様に膨れてゐた。膨れたまんま で通り越したものだから、 気掛りで堪らない。生涯蜂に刺さ れてゐる様に思ふ。 豆腐は二干年前に中国で発明され、 日本には奈良時代にすでに 渡来したと言われている。室町時代から実に様々な料理法が考案 され、 以来日本人にとっての最も良質なタンパク源として食卓に 欠かせない食品となった。 江戸時代には『豆腐百膳」といった百 種もの料理テキストさえ発行されていた日本古来の伝統的食品と 言ってよい。 その豆腐を人々に供する豆腐屋は、 日本で長い間伝 統的に受け継がれた戦業である。その豆腐屋が商売のために「痢 夙を吹いて 」往来を通る。「硝夙」を根限り一生懸命に吹いてい るので、「頬ぺたが蜂に刺された様に膨れてゐ 」る。 それを見た
「自分」は「気掛りで堪らない」と言 う。 なぜか。「彬れたまん まで通り越した」からである。「膨 れたまんま」とは 〈息つく暇 もなく〉ということであろう。 豆腐屋は朝暗いうちから起きて豆 腐を作りへそれを息つく暇もなく剛夙を吹きながら売り歩く。 豆 腐屋にとってはそれが毎日毎日繰り返される日常であり、 一生涯 豆腐屋として地道に苦しい生活を 続け ていくのみである。 この、 生涯豆腐屋として息が詰まるような〈苦しみ〉を担い続けるであ ろうことが「気掛りで堪らない」のである。確かに伝統的な世界 は、 日々の生活に追われる 世界で 〈楽〉な、〈楽〉しい世界とは 言えない。 第一二番目は「芸者」である。 芸者が出た。 まだ御化粧をしてゐない。 島田の根が緩んで、 何だか頭に締りがない。 顔も寝ぽけてゐる。 色沢が気の孫な 程悪い。 それ で御辞儀をして、 どうも何と かですと云ったが、 相手はどうしても鏡の中へ出て来ない。 まず「芸者が出た。」とある。 それまでは鏡に映る往来の様子 を「 庄 太郎が女を連れて通る。」「豆腐屋が痢肌を吹いて通った。」 と、 往来描写として順当に表現して来たところへ、 突然の「芸者 が出た」 である。 この 描写の差は、前の二つは〈通り過ぎていく〉 時のながれ、 時代のながれを示しており、 最後の芸者は「出た」 ところで、 鏡の中に留まっているというこ とであろう。 なぜか。 この「芸者」が詳細に観察されるべき対象だからである。 芸者 とは生き のぴるために抑圧された世界に身を沈めている女 である。 この弱者の様子は次のように読める。「 まだ御化粧をし てゐない」とは、 芸者本来の姿、 色艶によってその英しい色香を 売り物にすべき〈芸者〉が完成して いないと いうことであり、 には、 まだ商売用 の仮面をかぶってはいない素のま まの実態が、 つまりは本当の姿が示されているという事である。 また、「島田 の根が緩んで、 何だか頭に締りがない」とは、 頭が整っていない、 意識がいまだ明らかには覚醒してお らず、 確固とした精神性に支 えられていない状 態ということである。 この露わにされた実態、 ぼんやりとした生気のない状態を「自分」は「気の班な程」と表 現する。 そしてこの 「気の蒋な」芸者は何らかの 相手に「御辞 儀」を繰り返している。 この相手とは芸者に頭を下げさせるもの` 芸者に対して大きな 〈力〉を持つものである。 新しい西洋にかぶれた得意げな「庄太郎」と、 古い生活に根ざ した苦しそうな豆腐屋が、 時の流れとして目の前に映し出された 後、 最後に突きつけられ見定めなければならぬ対象として鏡の中 に留まっている「芸者一の姿は、 前述のような時代の流れの其只 中にある当時の現実世界そのものの象徴ではない だろうか。すな わち、「夢十夜」執箪当時 、 明 治四一年の 西洋 近代化の流れに乗 っている 〈 日本及び日本人〉の姿である。 この芸者の描写と、
者に対する評は、 明治の日本について述べた明治四四年八月の講 演「現代日本の開化」における次の言葉を思い出させる。 日本の現代の開化 は外発的である。(中略)今迄内発的に展 開して来たのが、 急に自己本位の能力を失って外から無理押 しに押されて否応 なしに其云ふ通りにしなければ立ち行かな いといふ有様になった(中略)さう云ふ外発的の開化が心理 的にどんな影響を吾人に与ふるかと云ふ と(中略)斯う云ふ 開化の影響を受ける国民はどこかに空虚の感がなければなり ません。 又どこかに不満と不安の念を懐かなければなりませ ん。(中略)是を一言にして云へば現代日本の開化は皮相上 滑りの開化である(中略)併しそれが悪いからお止しなさい と云ふのではない。事実已むを得ない、 涙を呑んで上滑りに 滑つて行かなければならない (中略)現代日本が置かれたる 特殊の状況に因つて吾々の開化が機械的に変化を余儀なくさ れる為にたゞ上皮を滑つて行き、 又滑るま いと思って踏張る 為に神経衰弱になるとすれば、 ど`?も日本人は気の蒋と言は んか憐れと言はんか、 誠に言語道断の窮状に陥ったものであ ります。 この、 漱石によって「気の毒 J 「憐れ」と評された日本の「言 語道断の窮状」を具現化したものが、 この、 まだ〈芸者〉本来の 姿を身に付けていない、 頭のぼんやりした、 顔色の悪い芸者の姿 であろう。 そうだとすると、 芸者に頭を下げさせる〈力〉とは、 先の講演の言薬で言えば「否応なしに其云ふ通りにしなければ」 日本が「立ち 行かな」くなる程の力でもって「無理押しに押」し て来る外的圧力、 即ち西洋の〈力〉であろ う。 しかし、 その姿は 「自分」たちには 明確には捉えられていない。「相手はどうして も鏡の中へ出て来ない」のである。 . . 一方、「自分」はというと、 現実世界を映し出す「鏡」の置か れた「床屋」の中であ る。 この床屋の主であり、 鏡を使ってここ まで考察してきた三つの湯面を通して「自分」 に現実世界を見せ、 現実世界を認識させるのは、 つまり鏡を管理しているのは「白い 箔物を着」 た者たちである。 この「白い滸物を着」た者たちは「か たまつて」おり、 そのかたまっている三四人が「一度に入らっし やい」 と言う。「 かたまつて」い るものは〈多勢の力〉を持つ。 その多勢が一挙に動くとき、 多勢は大きな力を発揮する。冒頭に も述べたように「床 屋の敷居を跨いだ」「 自分」は「白い着物を 滸」た者たちの大きな〈力〉に否応な く動 かされ、 進まざるを得 ないのである。その動かされざるを得ない「自分」の内実、 つま りは「自分」の現実を映し出しているのが「鏡」であると言って 良い。後半はこの「白い着物を着」た者たちの代表として「自分」 の背後に立った「白い箔物を着た大きな男」との応酬である。
すると白い着物を着た大きな男が、 自分の後ろへ来て、 鋏 と櫛を持つて 自分の頭を眺め出した。 「すると」とは、「自分」が注目せざるを得ない現実を鏡の中 .に つきつけられて見とれていると、 ということである。「自分」 が心を奪われる「鏡」を持った「床屋」の世界は鏡の前に座って いる 「自分」をも含めて、「白い男」たちによって動かされている 。 ここでこの「床屋」について考えてみたい。 ‘ 明治時代の「床屋」は特別の意味を持っている。床屋 とは近世 から近代への時代の移り変わりを象徴的に示す培所である。江戸 時代までの日本古来の髪型であっ た〈揺〉を切り落と し、 新しい 時代のいわゆる〈ザンギリ頭〉を作り出す場所である。〈ザンギ リ頭〉とは、 明治のざれ唄「ザンギリ頭をたたいてみれば、 文明 開化の音がする」に象徴される よう に、 あたらしく近代化されて 行く日本人の頭、すなわち意識と言ってもよかろ う。 その頭を作 り出すのは「白い着物を蒲た大きな男」である。 この「自分」の 背後に立った床屋の男は、 次からは「白い男」と呼ばれるように なる。「白い男」とは、 その「白 」が示すように〈白人〉 、 西 洋を 象徴していよう。 そして、 その「白い男」は同時に「大きな男」 である。 つまり西洋の〈力〉は大きく、 威圧的である。「自分」 (二) の背後に立ち「鋏と櫛を持って自分の頭を眺め出した」 「大きな 男」は、 まるでナイフとフォークを持って料理をさばく科理人の ごとくである。「大きな男」 の目の前にある材料、すなわち 「自分」 を料理するのは「大きな男」 にとっては意のまま、 造作もないこ とである。 それ程、 この「白い男」は大きい。 従って、 ただ料理人の意のままに料理されるしかない「自分」 {8) は「どうだらう物になるだらうか」と心の中の不安を洩らさずに はいられない。 しかし大きな力を持つ主導者である「白い男」に とっては、「自分」の不安など物の数ではなく、 思い通りに料理 を進めるだけである。「白い男」は「自分」の心の不安に何の示 唆も与えてはくれない。「白い男は、 何にも云はずに、 手に持つ た琥珀色の櫛で軽く自分の頭を叩」くのみであ る。 この白い男の 仕草は、〈この頭を近代化するのは我々西洋の裁祉 だ。 お前たち は頭を、 意識を近代化に向けて切り替えることこそが課題だ〉と いう意 でもあろうか。「自分」は自分たちが置かれている状況に 対する自信が持てないために、 さらに重ねて「白い男」に今度は 声に出してはっきりと「さあ、 頭もだが、 どうだらう、 物になる C9) だらうか」と辱ねる。しかし、「白い男」にとっては自分たちの、 つまりは西洋の強大な圧力で、「自分」を含めた 日本がどのよう に変化しようと、 どうなろうと知ったことではない。 従って「白 い男は矢張り何も答へずに、 ちやき(と鋏を嗚らし始め」る。 もう料理は始まっているのである。
自分 の不安、日本 の方向性への質問に答えてもらえない「自 分」は、 それらを己れ自身で見定めるより他に方法のないことを 知る。 そこで自分たちの現実を映し出している「鏡に映る影を一 つ残らず見る積りで眼を睦」るが、「白い男 J が鋏を嗚らすたび に「黒い毛が飛んで来るので、恐ろしくなって、やがて眼を閉ぢ」 でしまう。 つまり「自分 j は「白い男 J の作り出す、 彼の圧力を 示すかのような「黒い毛」に気圧されて、 只今、 自分の目の前で 進行中の状況を見定める勇気を喪失してしまうのであ る。 この現 実を究明しようとしない 「自分」の姿勢は「白 い男」にとっては .好都合である。「白い男」は自分の好きなように、 思う存分科理 を進めることができる。 しかし、 この「白い男」に も思いの ままにならない存在があっ た。 それが、 突然「白い男」が口 にする「表の金魚売」で ある 。 「白い男 」は「自分」の頭を科理し始めた段階で、「金魚売」の ことを「自分」が知っているかどうか、 その存在に気づいている かどうかを確認しないではいられない。 そこで「白い男」は盾突 に「旦那は表の金魚売を御覧なすったか」と昴ねる 。「自分」は 「見ない」と答える。 この 「見ない」という断定的な言葉にはひ . つ かか るものがある。 ここには「自分」の意志的な気持ちが表現 されているのではなかろうか。単に〈気付いていない〉ことを表 すのであれば、「いや、 見ていない」とか「いや、 知ら ないね」 といっ た返答の方が一般的あろう。 ここにあるのは「自分」の、 現実を見定める勇気、 気力の乏しさ、 先の「鏡に映る影を l つ残 らず見る積りで眼を 眩つてゐた」は ずが 、「恐ろしくなつて、 や がて服を閉ぢ」てしまう「自分」と重なる、見たくないものを見 ないと いう意味合いがある。 「自分」が「見ない」のであれば、 見る気がないのならば「白 い男」にはこれまた好都合である。 そこで「白い男」は「それぎ りで」金魚売の話をしようとはしない。「頻と鋏を嗚 ら」 すばか りである。「白い男」は料理をさっさと先へ.進め、「自分」はなさ れるがままである。「自分 」が現実を見定められ ない間にも、 西 洋化はどんどん進行して行くのである。 . この「自分」の状態、 西洋化していく現実の真っ只中にいなが ら、 激動していく世界を見定められない「自分」の姿は、 先に引 用した講演「現代日本の開化」の冒頭で漱石が、 聴衆に呼ぴかけ た「諸君」、 すな わち明治の開化の其只中にいる日本人と同じで ある。漱石は当日の題目を説明して、本日「現代日本の開化」の 題目で講演を するのは、「現代日本の開化といふ事が諸君によく 御分りになって居る まいと思ふ」からだ。「あなた方も私も日本 人で」「現に 開化の影響を受けて居る」。「御互いに現代の日本の 開化に就て無頓常であったり、 又は余りハッキリした理会を有つ てゐなかったならば、 万事に勝手が悪い」からだと述べている。 「自分」は、 この「緒君」すなわち〈一般の日本人〉の代表であ ~10) ろ う 。
漱石が聴衆である「諸君」に「現代日本の開化」を語って詳ら . か に 解説して見せたように、「 鏡」に映る影が現実世 界を「自 分」に見せつけてくる。 なされるがままの「自分 J に、 もっと眼 を確かに開けて現実を見定めるよう、 自分の囮かれている状況を 自覚するように現実が迫ってくる。それが後半の三つの場面であ る 。 (三) 後半第一の場面は「自分」の囮かれている 状況、 鋭に映る往来 の状況、 つまり「自分」を取り巻く現実世界が「危険」であるこ と端的に示す自転車と人力車との衝突である。 突然大きな声で危険と云ったものがある。はつと眼を開ける と、 白い男の袖の下に自転車の輪が見え た。 人力の梶棒が見 えた。と思ふと、 白い男が両手で自分の頭を押へてうんと横 へ向けた。 自転車と人力車は丸で見えなくなった。鋏の音が ちやき/\する。 「自分」が「眼を閉じ」て何も見ようとしない間にも、 現実世 界では日本の伝統と、 新しく西洋から入って来たものとの衝突が、 実際には様々な形で生じていた。 自転車は十九世紀の初めにドイツで考案され、 イギリスやフラ ンスで改良が誼ねられ、 アメリカにも広まる。 日本においての普 及は、 十九世紀後半に、 外国人が乗り回していた車をモデルに竹 内虎次郎が作り、 それに〈自転車〉というプランド名を付けて販 売したことによる。明治三年のことである。一方人力車は一八六 九年(明治二年)に、 東京の鈴木徳次郎、 和泉要助、 高山寺助ら が考案し、 一八七五年に官許を得て、 日本橋河畔で開業したもの である。国内ばかりでなく、 中国、 東南アジア、 アフリカに長く 盛んに輸出され「リキシャ」の名は世界的に用いられるのである。 この二つのもの、 西洋から入った新しい乗り物と、 日本の江戸 以来の伝統の中から考案された乗り物とのぶつかり合いを、「自 分」が「はつと股を開け」て見ようとすると、「白い男」が「自 分の頭を押へ てうんと横へ向け」て見えな くしてしまう。「自 分」が見定めようとす るのを邪腐するのである。「自分の頭」に 代表される日本人の意絨、 その意識の集合が作り出す日本社会の 流れを西洋化しようとする「白い男 」は、 西洋化によって生じる 日本社会における軋礫、 伝統との衝突、 変革の危険性を知らせた くない。それらに変革される側の人間が、 つまり「自分」がその ことに気づき、 変革に反発抵抗することを恐れたのであ る。西洋 化によって生じる好ましくない問題を、「白い男」は「自分」に 見せたくない。「まるで見えなくなった」ところで、「白い男」は、 「欽の音」を「ちやき(」嗚らし、科理をつまりは変革をどん どんと進行させて行く。
やがて、 白い男は自分の横へ廻つて、耳の所を刈り始めた。 毛が前の方へ飛ばなくなったから、 安心し て眼を開けた。粟 餅や、 餅やあ、 餅や、 と云ふ声がすぐ、 そこでする。 小さい 杵をわざと臼へ中て、‘ 拍子を取って餅を掲いてゐる。 粟餅 屋は子供の時に見たばかりだから、 一寸様子が見たい。けれ ども粟餅屋は決して鏡の中に出て来ない。 只餅を掲く音丈す る。 料理が一段落して「白い男」は自分の横へ廻った。激しい変革 がおさまって、 やっと「自分」は「安心して眼を開け J ることが できる。 この自分の安心をもたらL、 支えてくれるもの は、 昔懐 かしい粟餅屋の声である。 しかしこの粟餅屋の声は「すぐ、 そこ でする J にも関わらず、「子供の時に見たばかり」 の懐かしい、 古い日本につながるものであるから「 様子が見たい」と思うもの の、「決して鏡の中に出て来ない」。現実世界を映す「鏡」には ど うしても映らな いのである。「けれども」という逆接の接続詞で つながれた、 次の「粟餅屋は決して鏡の中に出て来ない」という 一文が表わしているのは、「出て来ない」のは「粟餅屋」の意思 でもなく、「自分」の意志でもなく、 それら日本人の意思ではど うにもならない〈出たくても出られない〉現実ではないだろうか。 第二の場面は、 どうしても見えない「粟餅屋」である。 即ち、 粟餅屋に 代表される古い日木とつなが る伝統的な ものは、 近代化されていく現実世界の中から早晩消え去っていくものであ って、 すでにこの時点で「鋭」に映るだけの 力、存在力を持ち得 ないものになって しまっているということである。懐かしい日本 古来の風物は、 見る見るうちに消えて行ってしまっている事実で あろう。 そして「自分」を取り巻く現実として映し出されるもの は、 懐かしい安心をもたらしてく れる粟餅屋ではなく、「帳場格 子」の女である。 自分はあ るたけの視力で鏡の角を覗き込む様にして見た。 すると帳場格子のうちに、 いつの間にか一人の女が座つてゐ る。 色の浅黒い眉毛の濃い大柄な女で、 髭を銀杏返しに結つ て、 黒縦子の半掠の掛った素袷で、 立膝の儘、 札の勘定をし てゐる。札は十円札らしい。 女は長い睫を伏せて薄い唇を結 んで一生懸命に、 札の数を読んでゐるが、 其の読み方がいか にも早い。 しかも札の数はどこ迄行っても尽きる様子がない。 膝の上に乗ってゐるのは高々百枚位だが、 其百枚がいつ迄勘 定しても百枚である。 「自分」が「あるたけの視力で鏡の角を覗き込む様にして見 」 たいと思ったのは、 自分に心の安らぎをもたらしてくれた「粟餅 (ll 最後の第三の場面は次のように描かれる。 44
-屋」であろう。 しかし「自分」の日に、 現実として「鏡」を通し て突き付けら れたのは「一生懸命に、 札の数を読んでいる」女で ある。 この女は何を表わしているのか。それは「札」に表象され る〈金力〉、 当時の日本が本格的に突き進み始めた、 近代資本主 義社会の姿であろう。 この女は「髭を銀杏返しに結つて、 黒緞子の半襟の掛った紫 袷」を着ている。外面的には江戸以来の町家の婦人に相違ないが、 その風貌は「色の浅黒い眉毛の濃い大柄な女」で、「長い睫を伏 せて薄い唇を結ん」だ、 札を数えることだけに「一生懸命」な女 である。 この灰汁の強 い、 見る からに気の強そうな女が「立膝 の」姿勢のままで一心不乱に金の勘定をしているのである。江戸 の大店の婦人が持っていたであろう上品さなど微脳もない〈金の 亡者〉のごとき姿である。 この女の勘定をしている「札の数はどこ迄行っても尽きる」こ とがない。 この女の楊面は時間が止まっている。女は張り付いた ように札の数を読み続けている。 この女の世界には始まりも終わ りもない。 この帳場格子の女は「自分」の気づかぬうちに現われ、 札の 数を読む作業だけが「いつまでも」、・つまりは 〈永遠〉に続 いている。 この金の亡者のごとき女は、 近代資本主義社会が生み 出した、 あらゆることを金に換算する社会、〈金力〉がすぺてで ある社会を代表する拝金主義の象徴と言って良かろう。 「自分 J たちは、 庄太郎に代表されるように、 明治の文明開化 を謳歌しているうちに知らぬ間に〈金〉に取り付かれ、〈金力〉 社会にどっぷりと浸かってお り、そ の事実は「自分」が「あるた けの視力で鏡の角を覗き込む様にして 見」なければ、 すなわち、 よほど意識的に現実世界を見定める党悟をもって「鏡」にむかい、 現実社会に対峙しなければ見えてこないと言って良かろう。そし て、 この事実に気づくのはほんの一握りの人々にす ぎず、 その上、 気づく機会は本当に短く、 気づいた時点で「茫然と」させられて いる内に、 その 捉え得たと思った現実 は消えてしまい、 また元の 木阿弥に婦してしまうのである。そ の、 現実の実際を見定めるこ との難しさが、 先の引用に続く「自分は茫然として此女の顔と十 円札を見詰めて居た。すると耳の元で白い男が大きな声で「洗ひ ませう」と云った。丁度うまい折だから、 椅子から立ち上がるや 否や、 帳場格子の方を振り返つて見た。けれども格子のうちには 女も札も何にも見えな かった。」であろう。 「四角い」床屋に閉じ込められて、「鏡」を通して「白い男」 たちに先導される現実世界 を見せつけられた「自分」 は、 床屋に 「代を払つて表へ出」て初めて「金魚売」に気がつく。 代を払つて表へ出ると、 門口の左側に、 小判なりの桶が五 つ許り並べてあって、 其の中に赤い金魚や、 斑入りの金魚や、 (四)
痩せた金魚や、 肥った金魚が沢山入れてあっ た。 さうして金 魚売が其の後にゐた。 金魚売は自分の前に並べた金魚を見詰 めた儘、 頬杖を突いて、 じつとして居る。 騒がしい往来の活 動には殆ど心を留めてゐない。自分は しばらく立つて此の 金 魚売を眺めて居た。けれども自分が眺めてゐる間、 金魚売は ちつとも動かなかった。 この「金魚売 」は「白い男」が唯一気にかけている、「白い 男」の自由にならない存在である。「金魚売」は様々な金魚の様 子を見守るだけで動かない。「騒がしい往来の活動には殆ど心を 留めてゐない」。 まったく動じる様子がない。「騒がしい往来」す なわち「鏡」に映し出されて来た明治の現実世界に生きながら、 庄太郎のように浮かれもせず、 日常生活の苦しさに息を詰まらせ ることもなく、 外圧に屈することもない。「赤い金魚や、 斑入り の金魚や、 痰せた金魚や、 肥った金魚が沢山」いる現実世界を注 視して雷同せず、 己を守る姿は侵しがたく、 確固とした存在感を 持っている。漱石のキーワードで言えば〈自已本位〉を獲得して いる「金魚売」に、「物になるだらうか」と不安に駆られ、 外か らの圧力の恐ろしさに「眼を閉じ」てしまう・「自分」は、.己と対 照的なものを見つけ、 その 強さに惹かれ「しばらく」の間目が離 せず、「眺め」続けざるを得ない。 この「金魚売」の安心、 平常心、 泰然たる態度、 動じない姿こ そが、 明治の日本社会の、「皮層上滑り」の開化の影響を受けて いる我々日本人に、 落ち瑶きのない現実社会とその社会に取り込 まれている我々の 代表である「自分 j を描き続けてきた漱石が、 伝えたかった日本のあるべき姿であろう。 注 (1 )「文学」第七巻第一号 一九九六冬、 岩波曹店所収 (2)一九九三 年、 山梨県立文学紺 刊行 (3)「こんな夢を見た。」の一文で、 冒頭が密き出されるのは、 月や 星を背景に女の死が描かれる「第一夜」、 行燈がぼんやりとも る闇の中で悟りのために自分の命と和尚の命とを賭ける「第二 夜」、 制の中を盲目のわが子を背負い森の中へ捨てようとした とたんに百年前の盲目殺しを自伐させられる「第三夜」、 蛯火 の下で間を慇けてくる女を命を懸けて待っ「第五夜」の四夜で ある 。 (4) 越智治雄箸「父母未生以前の漱石ー夢十夜ー」(昭四六年「漱 石私論j角川書店所収) 〈5)漱石からの引用は一九七九年、 新苔版『漱石全集」岩波書店を 底本とする。 (6) ここで言う「本質的な実体を持てない」とは次に解説する「芸 者」の姿に象徴的に表された「自分本来の姿を身に付けていな いJ‘ 漱石のキーワードで言えば〈自己本位〉のあり方を欠い た状隈、 地に足が舒いていない明治の日本の状態を足がないこ とで表していると考えられる。 . (7) 固有名詞の付されている人物として、「第六夜」の「速慶」は
特別な歴史上の人物として登場しているのであるし、「第十夜」 で庄太郎の物語を、「自分」に知らせに来た男にも確かに「健 さん」という固有名詞は付いている が、 この健さんは庄太郎の 物語りを「自分」に伝えるという中継ぎの役割を果たす人物に すぎない。 (8)この問いは、「自分は薄い髭を捻つて、 どうだらう物になるだ らうかと葬ねた」の文脈から、 自分の髭について葬ねたものと 読める。 そしてこの自分の「薄い髭」 も当時の日本の近代化を 象徴するものと考えられる。 半藤一利氏の「続・漱石先生ぞな、 もし」によると、「髭」 は江戸時代の髯の下では「饂�髭かどじょう髭程度」「日本の男 どもが権威を示すために、 争って鼻下に髭を貯えたのは、 文明 開化のシルシとしてのもの」で、「大日本帝国の国づくりの範 となったドイツの皇帝ウィルヘルムニ世のカイザル髭が手本で はないか」とある。 (9ご一度目の問いは声に出してはっきりと葬ねた事を示すために 「」が付されている。 ' (10)明治期日本の開化の実態が、 いやおうなしに西洋の圧力を受け て、 西洋の潮流に押し流されていかざるを得ない開化であるこ とが〈一般の日本人〉によく分かっていない、 よく見えていな いということは、前述の芸者(日本)に〈力〉を及ぽす相手(西 洋)が「どうしても鏡の中へ出て来ない」、 すなわちよく見え ない` と言う描写にも重なっている。 (11)前半の三つの場面と後半の三つの場面とで、 第一節で述べたよ うに、「自分」が鏡を通して見るのは合計「六つ」の場面となる。 (おち えつこ 大阪大学 二六 大要女子大学紀要ー文系—(大要女子大学)三九 大要国文(大要女子大学国文学会)三八 岡山大学 国語研究(岡山大学教育学部国語研究会)ニー 香川大学国文研究(香川大学国文学会)―――― 学習院大学人文科学 研究所報(学習院大学人文科学研究所)二0 0六年度版 学大国文 (大阪教育大学国語教育講座 座〉五十 香椎潟(福岡女子大学国文学会)五二 日本アジア言語文化謡 研究室受贈図書雑誌目鈴