超好熱始原菌 Thermococcus kodakarensis の低温
誘導型RNAヘリカーゼの機能解析
著者
長岡 英里子
2012 年度 修士論文要旨
超好熱始原菌
Thermococcus kodakarensis
の
低温誘導型
RNA ヘリカーゼの機能解析
関西学院大学大学院理工学研究科
生命科学専攻 藤原研究室 長岡 英里子
【研究目的】 16S rRNA の遺伝子配列をもとに作製した進化系統樹によると、至適生育温度 80℃以上の 超好熱菌は系統樹の根の近傍に位置しており、生命の起源に近いことが予想される。この ことから最初の生命は高温環境下で生まれ、徐々に低温へ適応していったと考えられる。 超好熱始原菌Thermococcus kodakarensis におけるマイクロアレイ解析より、至適生育温 度より低温環境下で培養した際に転写量の増加する遺伝子の一つとして TK0306 遺伝子が 見出された。これは近縁のPyrococcus 属超好熱菌にはないThermococcus kodakarensis に 特有の低温誘導型RNA ヘリカーゼである。好熱性始原菌間で生育温度範囲を比較すると、 TK0306 オルソログを持つ好熱菌は TK0306 オルソログを持たない好熱菌に比べ生育下限 温度が低かった。つまりT. kodakarensis 等の好熱菌においては、生育至適温度より低温 環境での生育に TK0306 オルソログが関与していると考えられた。そこで本研究では TK0306 の生育に及ぼす影響を調べるために、TK0306 破壊株を作製し生理学的解析を行っ た。また不明であったTK0306 の低温誘導機構について明らかにした。 【実験方法】 まずTK0306 破壊株を作製し、得られた破壊株及び野生株を 60℃、85℃で培養し生育の違 いを調べた。またTK0306 の誘導機構を解明するために超好熱始原菌である Pyrobaculum calidifontis 由来のカタラーゼを用いたレポーターアッセイを構築した。プロモーターの上 流及び下流から欠失を行い、低温ストレス下での特異的誘導に必要な制御領域の特定を試 みた。 【結果と考察】 ①TK0306 遺伝子破壊株の生育特性解析 TK0306 破壊株を作製し培養温度 60℃及び 85℃、 培地中の硫黄の有無による野生株との生育比較を行った。培養温度85℃では硫黄の有無によら ず両株に生育差は見られなかったが、60℃において TK0306 破壊株は硫黄非存在下でのみ定常 期に入るとすぐに溶菌するという特徴を示した。このことから TK0306 は水素を発生する呼吸 に関わる遺伝子を制御していることが示唆された。そこで TK0306 被調節因子探索の試みとして、野生株とTK0306 破壊株を用いて二次元電気泳動を行い TK0306 において消失または発現 が減少しているスポットの存在を確認した。
②レ ポ ー タ ー ア ッ セ イ 系 の 構 築 TK0306 の誘導機構を解明するためにまずレポーターア ッセイ系の構築を行った。アルギニン脱炭酸酵素をコードする pdaD を選択マーカー、超 好熱始原菌Pyrobaculum calidifontis 由来のカタラーゼ遺伝子Pc-Katをレポーターとするプ ロモーター検索用プラスミドpTKR を構築した。Pc-KatはT. kodakarensisにおいて発現する が触媒活性を持たないことから、qRT-PCR 及びウエスタン解析により検出を行った。
③誘導特性解析 pTKR に TK0306 プロモーター領域及びその上流領域を挿入したプラス ミドを作製し、形質転換体から得られたタンパクを用いてウエスタン解析を行うと 60℃特 異的にPc-Kat の発現が見られた。これにより今回クローン化した領域は温度依存性を支配す る領域が含まれると判断した。更に領域を限定するためにBRE (TFⅡB recognition element) まで削ったプラスミド及び5’-UTR を削ったプラスミドを作製し、Pc-Kat の発現量を調べると 温度依存性が保持されていたことから温度依存的な調節領域はコアプロモーターまたは SD 配 列から開始コドンの間に存在することが考えられた。そこでTK0306 の SD 配列から開始コド ンの間の領域とT. kodakarensis内で恒常的に発現しているグルタミンデヒドロゲナーゼ(gdh) のSD 配列から開始コドンの間の領域を置換したコンストラクトを作製し Pc-Kat の発現量を調 べると温度依存性は見られなくなった。またGDH プロモーターにおいてこの領域を置換すると 恒常性が見られなくなったことからもTK0306 の低温誘導性を司るのは SD 配列から開始コド ンの間に存在することが分かった。そこでgdhとTK0306 の SD 配列を比較すると、SD 配列 が異なること、またTK0306 はgdh にはないアデニンの 4 つ連続した配列を持つことが分 かった。そこでTK0306 の低温誘導には SD 配列が需要なのか、連続したアデニンの配列 が重要なのかを調べるために gdh の SD 配列の後にアデニンの連続配列を付加したコンス トラクトを作製し転写量解析及び発現量解析を行うと、低温誘導性を獲得することが分か った。このアデニンの4 つ連続した配列はチミンの 4 つ連続した配列に置換しても低温誘 導性は保持されるが、4 つ連続したグアニンや 8 つの連続したアデニンに置換すると低温誘 導性は見られなかった。このA の連続配列が DNA と RNA がハイブリッド形成する場であ るとすると、85℃や 93℃などの高温環境下では AAAA や TTTT 配列は鋳型 DNA との水素 結合として働き、mRNA は DNA から解離しやすくなる。そのために mRNA は不安定にな り、転写産物の量が減少すると考えられる。一方60℃などの低温環境下では mRNA と DNA の結合力が強くなるためにmRNA は安定化され、高温環境下に比べて転写量が増加すると 考えられる。このアデニンの連続配列は T. kodakarensis の他の低温誘導型遺伝子のプロ モーター領域にもみられることから、これらの遺伝子で同様の転写調節機構が働いている 可能性が考えられる。