は じ め に アルコール性ケトアシドーシス(alcoholic ketoacidosis: AKA)は,アルコール多飲のある患者に生じる酸塩基 平衡異常症であるが,糖尿病性ケトアシドーシスとは 異なり,重度のアシドーシスと高ケトン血症にも関わ らず意識清明であることが多いとされる[1]. 今回, 我々は,意識障害を主訴として搬送され,来院時にアシ ドーシスに加えて著明な低血糖を呈したAKAの症例 を経験したため,その機序について考察を加えて報告 する. 症例:55歳,男性 主訴:意識障害 現病歴:10代の頃からアルコール大量摂取歴があり, 特に30歳以降は5合/日以上を連日摂取していた.54 歳時にアルコール離脱けいれんを生じ,それを契機に 失職,以降は2合/日に減酒しているが,断酒はできず にいた.来院7日前から食事摂取が徐々に減少し,1日 1回,即席麺を摂取するのみの状態であった. 体重は 52 kgあったものが,来院時には48 kgに減少していた. 2013年10月6日夜,部屋から呻き声が聞こえたため, 同居する13歳の娘が駆けつけたところ,意識のない状 態で倒れているのを発見され,当院に救急搬送となっ た.けいれんは認めなかった. 既往歴:35歳時に交通事故で多臓器損傷を生じ,開腹 手術を施行された.54歳時にアルコール離脱けいれ んの既往があり,それ以降複合ビタミン製剤を近医で 処方されている. 生活歴:喫煙は1日15本,飲酒は焼酎1日2合,食事は ほとんど食べていない. 入院時理学所見: 身長は169 cm,体重は48 kgで,body mass indexは16.8と,るいそうを認めた. 意識はJapan coma scaleで3点,Glasgow coma scaleでは7点(eye opening: 4,verbal response: 2,motor response: 1)で,開眼はあるが 反応の無い状態だった. 血圧123/81 mmHg,脈拍89 / 分で整,体温36.8°C,呼吸数20回/分,明らかな大呼吸 はなく,SpO2は室内気で99%だった.身体所見では頭 [症 例 報 告]
アルコール性ケトアシドーシスの急性期に著明な低血糖を呈した 1 例
松崎 公信,白石 渉
*,岩永 育貴,山本 明史
地域医療機能推進機構 九州病院 神経内科 要 旨:症例は55歳,アルコール多飲歴のある男性で,来院の数日前からほとんど食事を摂取していなかった. 自宅で突然意識障害を呈し当院に救急搬送された.来院時は意識障害を呈しており,検査所見で著明な低血糖とβ-ヒドロキシ酪酸優位のケトアシドーシスを認めた.生活状況も勘案してアルコール性ケトアシドーシス(AKA)と 診断した. ブドウ糖投与と補液で症状は速やかに改善した.AKAは腹痛,悪心,嘔吐などの症状を呈するが,アシ ドーシスの程度に比して意識清明であることが多いとされる.しかし本症例では,低血糖を合併したために意識障 害を呈した.本症例の低血糖の原因として,経口摂取不良の関与が疑われた.アルコール多飲状態では,糖質摂取量 の低下,糖新生の抑制,肝グリコーゲンの貯蔵不足などの要因から本症例のように低血糖を生じ,時にAKAと合併す る.今回われわれは,AKAに著明な低血糖を合併した症例を経験したため,考察を加えて報告する. キーワード:アルコール性ケトアシドーシス,AKA,低血糖,β-ヒドロキシ酪酸,アルコール依存症. (2014年10月14日 受付, 2015年1月16日 受理) *対応著者: 白石 渉,地域医療機能推進機構 九州病院 神経内科,〒806-8501 福岡県北九州市八幡西区岸の浦1丁目8番1号, Tel: 093-641-5111,Fax: 093-642-1868,E-mail: [email protected]頸部,胸部に異常を認めず,腹部正中に手術痕を認め た.神経学的には意識レベルの低下のほか,明らかな 麻痺を認めなかった.羽ばたき振戦は認めなかった. 入院時検査所見(Table 1):試験紙法による尿検査では 蛋白,糖が1+で検出され,ケトン体は±であった.血 液ガス分析では高乳酸血症とアニオンギャップ開大性 の代謝性アシドーシスを認めた.血算で大球性変化を 認めたが貧血はなかった.生化学では著明な低血糖を 認め,アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ,アラ ニンアミノトランスフェラーゼ,γ-GTPの上昇を認め た.その他,低カリウム血症,低カルシウム血症,低マ グネシウム血症を認め,食事摂取不良を反映したもの と考えた.来院2日後の血液検体でケトン体を提出し たところβ-ヒドロキシ酢酸優位のケトン体増加を認め た.同日に甲状腺ホルモン,副腎皮質刺激ホルモン,コ ルチゾールを測定したが,いずれも正常範囲内であっ た. 心電図,胸部レントゲン写真,頭部CT,頭部MRI 検査では明らかな異常を認めなかった.脳波検査を施 行したところ,α波の徐波化を認めるのみで,てんかん 性の鋭波・棘波の出現は認めなかった.腹部CT検査, 腹部超音波検査では高度の脂肪肝を認めるのみで,膵 腫瘍を含む腫瘍性病変は認めなかった. 入院後経過:病歴と検査結果から,アルコール性ケト アシドーシス(AKA)に低血糖を合併した病態と診断 した.低血糖に対して50%ブドウ糖液を20 ml静脈投 与したところ,意識障害は速やかに改善した.その後, 3号液に50%ブドウ糖液を溶解し,1日1,500 mlの補液 を行った. 定期的に血糖を測定し,血糖値が70 mg/dl 以下となった際には適宜50%ブドウ糖20 mlを静脈投 与した.また,硫酸マグネシウム製剤の経静脈投与を 行い,経口摂取可能となった後は内服でマグネシウム の投与を継続した. 入院翌日には経口摂取可能とな り,その後は低血糖,意識障害は再発しなかった. 入 院4日後の採血では随時血糖156 mg/dl,カリウム4.5 mEq/l,カルシウム9.7 mg/dl,マグネシウム1.9 mg/dlと 改善を認めた.血液ガスの再検は行っていない.低血 糖の原因検索として体幹部のCT検査,腹部エコー検査 を施行したが,高度の脂肪肝の他に明らかな腫瘍性病 変などの異常を見いだせなかった.画像上は脂肪肝の 所見を認めたものの,血液検査上の肝機能障害は軽微 であり,肝障害による低血糖の可能性は低いと判断し た. 経口血糖降下薬を含む薬物の摂取歴は無かった. 低血糖の原因として膵腫瘍,薬剤性,肝機能障害などは 否定的で,病歴と合わせてアルコール多飲と食事摂取 不足によるものと結論付けた.食生活の是正および禁 酒を指導し,第7病日に退院した.退院後,アルコール
Table 1. Laboratory findings on admission
<Blood gas analysis> <Biochemistry> <Hormone (2days after admission) >
pO2 108 mmHg TP 6.6 g/dl TSH 4.12 μIU/ml
pCO2 35.8 〃 Alb 4 〃 FT4 41.13 ng/dl
pH 7.292 T-bil 1 mg/dl ACTH 34.5 pg/ml
HCO3- 16.8 mmol/l AST 161 IU/l Cortisol 14.3 μg/ml
Lactic acid 75 mg/dl ALT 48 〃
BE -8.5 mmol/l LDH 262 〃 <Keton body (2days after admission) >
γ-GTP 221 〃 Acetoacetate 80 μmol/l
<Hematology> BUN 9 mg/dl 3-OHBA 431 〃
WBC 8100 /μl Cr 0.57 〃 RBC 348×104〃 Na 141 mEq/l Hb 13.5 g/dl K 3.3 〃 MCV 112.9 fl Ca 7.8 mg/gl Plt 14.0×104/μl Mg 1.5 mg/dl Glu 19 〃 <Urinalysis> NH3 37 μg/dl Protein (1+) VitaminB1 51 ng/ml Sugar (1+) VitaminB12 1,480 〃
Occult blood ( - ) Foreic acid 1.5 〃
Ketone body ( ± )
pO2: oxygen partial pressure, pCO2: carbon dioxide partial pressure, HCO3-: bicarbonate, BE: base excess, WBC: white blood cell, RBC:
red blood cell, Hb: hemoglobin, MCV: mean corpuscular volume, Plt: platelet, TP: total protein, Alb: albumin, T-bil: total bilirubin, AST: aspartate aminotransferase, ALT: alanine aminotransferase, LDH: lactate dehydrogenase, γ-GTP: γ-glutamyltransferase, BUN: blood urea nitrogen, Cr: creatinine, Na: sodium, K: potassium, Ca: calcium (corrected for albumin level), Mg: magnesium, Glu: glucose, NH3:
依存症の専門外来を有する精神科への受診を指示して いる. 考 察 中年男性の突然死の35%は大酒家であり,剖検して も死因不明なものが多い[2]. これらは大酒家突然死 症候群と呼ばれ,一部にアルコール性ケトアシドーシ ス(alcoholic ketoacidosis: AKA)の関与が考えられてい る[3].AKAとは長期的なアルコール多飲・食事摂取 不足にある者がアニオンギャップ開大性の代謝性アシ ドーシスを生ずるものである. 症状には悪心・嘔吐・ 腹痛などがあるが,意識は清明なことが多いとされる [1]. 診断基準は存在しないものの,病歴,代謝性アシ ドーシス,β-ヒドロキシ酪酸優位のケトン体上昇の証明 で診断されることが多い.試験紙法による尿中ケトン 体検査はアセト酢酸を測定するため,β-ヒドロキシ酪酸 優位のケトーシスを示す本疾患では偽陰性を示すこと があり[3],アルコール摂取に関する病歴聴取が重要で ある. 本症例においても,過去のアルコール離脱けい れんの既往や継続的な飲酒習慣,そして入院7日前から の食事摂取状況の変化などの病歴から,腹痛や嘔吐な どの消化器症状はなかったものの,AKAを疑った.本 症例のケトアシドーシスに関しては,来院時の試験紙 法の検査では,尿中ケトン体は±であったが,血液検査 によってケトン体上昇が確認された.本症例において は,病歴聴取でアルコールと食事に関する情報を得ら れたため,早期からAKAを疑うことができた. AKAの治療に関しては糖質を含んだ輸液と電解質 管理で,早期から適切な治療を行うことで救命できる が,診断・治療が遅れた際には膵炎や横紋筋融解症,多 臓器不全,突然死を来す症例もあり[4],早期の診断,治 療が重要である. 本症例のようにAKAに低血糖を合 併した報告は散見され[5-7],意識障害により本人から の病歴聴取が困難となり診断をより難渋させる.本症 例においては,通報者の娘から生活状況を聴取するこ とができたため,早期からAKAを疑い,補液,ブドウ糖 の投与により後遺症や他臓器障害の出現なく救命する に至った.本症例が意識障害を呈した理由は低血糖が 原因であったと考えられるが,AKAにおける低血糖の 発症については以下の機序が考えられている. アルコールは肝臓においてアセトアルデヒドを経 て酢酸へ酸化され,さらにはアセチル-CoAとなるが, その過程で酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレ オチド(nicotinamide adenine dinucleotide: NAD)が還元
型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド:(reduced
nicotinamide adenine dinucleotide: NADH)に還元され, NADH/NAD比が上昇する.NAD→NADHの反応は tricarboxylic acid(TCA)回路や糖新生など生体内での 種々の代謝過程で行われており,NADH/NAD比の上昇 はTCA回路,糖新生を抑制する. また,アルコール依 存に伴う慢性的な摂食不足はグリコーゲン貯蔵量の減 少,インスリン分泌低下,抗ストレスホルモン分泌を促 す.すると脂質のβ酸化が促進され,アセチル-CoAが 上昇する.また,アセチル-CoAはエタノール代謝の過 程でも生じる.β酸化とエタノールの代謝で産生され たアセチル-CoAは通常はTCA回路で消費されるが, 先に述べたNADH/NAD比上昇によるTCA回路抑制か ら,アセチル-CoAはTCA回路での消費を受けずアセ ト酢酸へと代謝される.ここで,NADH/NAD比が高い と,アセト酢酸はβ-ヒドロキシ酪酸に代謝されやすい ため,β-ヒドロキシ酪酸優位のケトアシドーシスを来 すことになる.さらに,アルコール代謝によるNADH/ NAD比の上昇は糖新生の抑制を加速し,前述のグリ コーゲン貯蔵量の低下と併せて低血糖となる[1, 7] (Fig. 1). 前述のように,一般的にAKAにおいては糖尿病性ケ トアシドーシスと比較して意識清明なことが多いとさ れているが[1],高度の食事摂取不良が併存する場合 には,本症例のように低血糖に伴う意識障害を認める 場合があり,診断,治療を難渋させ,治療の遅れに繋が りうる.本症例においては,来院時にアシドーシスを 認めており,来院2日後の血液検査でβ-ヒドロキシ酪 酸優位のケトン体増加を認めたことから,AKAが存在 していたことが確実である.本症例においては,アル コールの継続的な摂取に加えて,もともと少なかった 食事摂取量が入院前にさらに減少したことから,患者 体内において上述のような代謝が行われ,グリコーゲ ン貯蔵の低下,糖新生の抑制,β-ヒドロキシ酪酸優位の ケトン体増加を生じ,AKAに伴う低血糖を発症したと 推測された. 抗ストレスホルモンの分泌に関しては, 来院2 日目に各種のホルモン値を測定したが,その時 点では正常であった. また,AKAに関しては,海外の 報告と比較し,本邦においては低血糖の合併が多いと する報告もあり[3],特に注意が必要である. また,本症例では以前にもアルコール離脱けいれん による入院歴があったが,精神科への受診はしていな かった.AKA患者では精神科との連携が遅れたため に患者が死亡の転帰をたどることがあり[8],アルコー ル関連疾患においては,精神科との連携が重要と考え られ,本症例も専門外来を有する精神科への受診を手 配している.
今回,われわれはアルコールの過剰摂取および食事 摂取不良により高度のアシドーシスと低血糖を来した 症例を経験した.アルコール性ケトアシドーシスは一 般に意識障害を来すことは少ないとされるが,低血糖 を合併することで意識障害を呈する場合があり,病歴 聴取をより困難にし,AKAの診断が遅れる可能性があ る.アルコール性ケトアシドーシスは重篤化すると死 亡率が高く,低血糖患者を診た際には,アルコール依存 症の病態が背後に隠れている可能性も考えて診療にあ たる必要がある. 利 益 相 反 本症例報告に関して,開示すべき利益相反関係はない. 引 用 文 献
1 . McGuire LC, Cruickshank AM & Munro PT (2006): Alcoholic ketoacidosis. Emerg Med J 23: 417-420 2 . 杠岳文(1997):大酒家と急死-大酒家突然死症候 群の提唱-.日本臨床55(特別号):639-642 3 . 横山雅子,堀進悟,青木克憲,藤島清太郎,木村裕 之,鈴木昌,相川直樹(2002):救急患者におけるア ルコール性ケトアシドーシスとアルコール性ケ トーシスの検討.日救急医会誌 13: 711-717 4 . Yanagawa Y, Sakamoto T & Okada Y (2008): Six
cas-es of sudden cardiac arrcas-est in alcoholic ketoacidosis. Intern Med 47: 113-117 5 . 小林康夫(2003):持続的血液濾過透析が著効した 致死的アルコール性ケトアシドーシスの1救命例. 蘇生 22: 125-128 6 . 竹本正明,伊藤敏孝,山本晃,武居哲洋(2012):汎 血球減少を合併したアルコール性ケトアシドー シスの1症例.日救急医会誌 23: 259-264 7 . 鈴木圭,玉井康将,浦出伸治,伊野和子,菅原由美 子,片山直之,星野有(2010):高脂肪食摂取後に低 血糖発作を来したアルコール性ケトアシドーシ スの1例.日救急医会誌 21: 792-798 8 . 光成誉明,中野実,大野謙介,青山有佳,高橋栄治, 中村光伸,鈴木大輔,鈴木裕之(2011):アルコール性 ケトアシドーシスを繰り返した1例.ICUとCCU 35: 493-496
Fig. 1. Pathophysiological concept of alcoholic ketoacidosis and hypoglycemia in this case. A: Alcoholism results in poor
intake of carbohydrate and hormonal changes, such as suppression of insulin with increased antagonistic hormones. B: NAD is reduced to NADH during the metabolism of alcohol. Chronic alcohol metabolism increases the NADH/NAD ratio, which inhibits hepatic gluconeogenesis and the TCA cycle. C: Alcohol is metabolized to acetate, which consequently forms acetyl CoA. D: AcAC tends to metabolize into 3-OHBA when high NADH/NAD ratio exists, which causes ketoacidosis with high a 3-OHBA/AcAC ra-tio. E: Shortness of glycogen storage and gluconeogenesis results in hypoglycemia. TCA: tricarboxylic acid, NAD: nicotinamide adenine dinucleotide, NADH: reduced form of NAD, CoA: coenzyme, AcAC: Acetoacetate, 3-OHBA: β-hydroxybutyrate.
Glycogen storage ↓ Gluconeogenesis ↓ hypoglycemia Carbohydrate intake ↓ Glycogen ↓ insulin ↓ Antagonistic hormone (e.g. glucagon) ↑
Alcohol Acetaldehyde ↑ Acetate ↑
NAD→NADH NAD→NADH
AcAC ↑ 3-OHBA ↑ NADH→NAD NADH / NAD ratio ↑ Acetyl CoA ↑
–
+
Ketoacidosis with high 3-OHBA / AcAC ratio – + + A TCA cycle ↓ β-oxidation ↑ B C D E
A Case of Alcoholic Ketoacidosis Accompanied with Severe Hypoglycemia
Tadanobu M
atsuzaki, Wataru S
hiraishi, Yasutaka I
wanagaand Akifumi Y
amamotoDepartment of neurology, JCHO (Japan Community Health care Organization) Kyushu Hospital, Yahatanishi-ku, Kitakyushu 806-8501, Japan