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量刑スケールとしての法定刑の可能性

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(1)

,

I

[

,̲

論説]!

̲̲̲̲̲̲̲c̲̲̲̲̲c̲̲̲̲c̲c̲̲̲c̲, 

量刑判断における法定刑の役割

量刑スケールとしての法定刑の可能性

は じ め に

近時のわが国の刑事法を巡る動向の一つの特徴として,引上げ等による 法定刑の変更をあげることができる。最近の法定刑変更の例としては,例 えば,平成

1 6

年法律第

1 5 6

( 2 0 0 4

1 2

8

日公布,

2 0 0 5

1

1

日 施行)による刑法の主要な犯罪についての法定刑の大幅な変更のほか,平 成

1 7

年法律第

6 6

( 2 0 0 5

6

2 2

日公布,

7

1 2

日施行)による逮 捕・監禁罪や未成年者略取・誘拐罪の法定刑上限の引上げ,あるいは,平 成

1 8

年法律第

36

( 2 0 0 6

5

8

日公布,

5

28

日施行)による公務 執行妨害罪・職務強要罪および窃盗罪における罰金刑の新設や業務上

(重)過失致死傷罪の罰金多額の引上げなどをあげることができる。また,

平成

1 3

年法律第

1 3 8

( 2 0 0 1

1 2

5

日公布,

1 2

25

日施行)による 危険運転致死傷罪の新設も,実質的には自動車運転にかかる業務上過失致 死傷罪の法定刑引上げととらえることができる。

このような状況のもとで,法定刑変更の是非とともに,そもそも法定刑 をどのようにとらえるべきかという,法定刑そのもののあり方を巡る議論 も,特に量刑実務家を中心に活発になってきている。すなわち,法定刑は,

ニ ニ 〇

‑ 31  ‑ 26-3•4-456 (香法2007)

(2)

(その文言通り)刑の上限・下限を定めるだけの機能を有するのか(この

(1) 

ような考えを,「量刑枠論」とよぶ),それとも,法定刑は上限・下限に加 えて量刑におけるある種の評価尺度すなわち量刑スケールとしての機能を

(2) 

有するのか(このような考えを,「量刑スケール論」とよぶ)という量刑 における法定刑の役割を巡る議論である。

筆者は,かつて別稿において,後者の立場すなわち法定刑は量刑におけ る評価尺度としての役割を担うべきであるという立場に立って議論を展開

(3) 

した。そこで,その後の上述のような新たな議論の展開を踏まえて,量刑 における法定刑の役割について,最近のわが国の議論を整理して再検討を 加えたいと思う。

法定刑は,少なくともその文言上では非常に簡潔な表現形式であるにも かかわらず,量刑における出発点となるものであり,量刑において重要な 役割を担うものである。本稿が法定刑の「法的」性質を明らかにするため

の一助となることを期待する。

2  量刑枠論と量刑スケール論

(1)  量刑枠論

例えば窃盗罪を例にとると,その法定刑は,刑法 235条により「十年以

(4) 

下の懲役又は五十万円以下の罰金」と規定され,これに刑法

1 2

条(「有期 懲役は,一月以上二十年以下とする」)および刑法

1 5

条(「罰金は,一万

円以上とする」)によって,罰金については下限が

1

万円,上限が

5 0

万円,

(1)  「量刑枠論」という名称については,原田國男「法定刑の変更と最刑」刑事法ジャ ーナル 1 (2005 51頁による。

(2)  「量刑スケール論」という名称については,杉田宗久「平成 16年刑法改正と量刑実 務の今後の動向について」判例タイムズ 1173 (2005 6頁による。

(3) 小島透「量刑の評価過程と数量的構造 (3 . 完)一量刑における数学モデルの検討 を中心として」名古屋大学法政論集170 (1997 12頁以下。

(4)  窃盗罪における罰金は,平成 18年法律第36号により新設されたものである。

(3)

懲役については下限が

1

月,上限が

1 0

年と定められることになる。この ように,法定刑は,第一に醤刑における刑の下限と上限を定めるものであ る。そして,刑量に関するそれ以上の記述は,少なくとも文言の上には存 在しない。そこで,法定刑の役割は,量刑における刑の下限と上限を定め るだけであり,その下限と上限との間で裁判所は「裁量」により量刑を行 うことができる,と考えることも可能である。このように考えるのが,量 刑枠論の立場である。

もっとも,量刑枠論においても,刑量の決定は裁判所による全く「自由」

な裁量に委ねられる,というわけではない。しかし,量刑枠論においては 法定刑は下限と上限を定めるだけのものとしてとらえられるため,裁判所 が「適切」あるいは「合理的」な刑量を導き出すためには,法定刑以外の ものに何らかの基準あるいは根拠を見つけなければならない。そこで,量 刑枠論において,下限と上限との間で適切な量刑を行うために実務上重要

(5) 

な役割を担っているとされるのが,いわゆる量刑相場である。

また,量刑相場のほかに立法趣旨を考える立場もあり得る。立法趣旨と

(6) 

の関係では,量刑枠論はさらに 3つの立場に分けることができる。第一の 立場は,立法趣旨を全く考慮すべきではない,とする。また,第二の立場 は,立法趣旨を積極的に考慮すべきではないが,少なくともこれを無視す るような量刑を行うべきではないとし,さらに,第三の立場は,立法趣旨 を全般的にある程度考慮することは許される,とする。第一の立場は,裁 判所の裁量を最も重視するものであり,かつ,立法者の意思をできる限り 量刑に反映させないことを意図するものである。この立場では,仮に法定 刑が変更されたとしても,従来の科刑状況が新しい法定刑の中に入ってい るならば,従来の量刑はそのまま維持されればよい,という結論が導かれ る。これに対して,第二の立場は,立法者の意思をある程度反映させよう とするものであり,また,第三の立場は,反映させる程度をより強めよう

(5)  原田国男『量刑判断の実際〔増補版〕』 (2004 3頁以下参照。

(6)  本文以下に述べる 3つの立場は,原田・前掲註(1)53頁以下による。

‑ 33  ‑ 26‑3・4‑454 (香法2007)

J ¥  

(4)

とするものである。第一の立場は,量刑における立法の意思が大きく弱め られてしまうため,司法に対する立法のコントロールという観点からは妥 当ではないと思われる。

(2)  量刑スケール論

以上のような量刑枠論の考え方に対して,法定刑を,単に量刑の下限お よび上限を定めるのみならず,量刑における評価尺度(量刑スケール)と してとらえようとする考え方がある。このように考えるのが,量刑スケー ル論の立場である。

例えば,法定刑を予想されるすべての事態を考慮に入れた犯罪の重大性 の尺度ととらえた上で,法定刑はその上限と下限との間で具体的な犯罪が どの程度の重大性を有するのかについての評価の尺度としての内容を持つ

(7) 

とする見解,あるいは,法定刑(ならびに加重・減軽を加えて得られる処 断刑)の幅は,「単に裁判官の量刑を上限と下限において制約するにすぎ ないものではなく,『評価の尺度』または生じ得るすべての事例を予想し た連続的な『当罰性の尺度(スケール)』をなしており,当該の犯罪行為 の相対的な重さを明らかにして,その幅のなかの一箇所に位置づけること で責任の数量化を可能にすべきものである。たとえば,その犯罪類型に属 する事例のなかできわめて重いと評価されるものは上限に近いところに位 置づけられ,立法者が予想したと思われる中程度の重さの事例(統計的に もっとも頻繁に生ずる事例という意味ではない)は刑の幅のほぽ中ほどに

(8) 

位置づけられることになる」とする見解などが,量刑スケール論の考えに たつものである。

量刑枠論が法定刑の下限と上限の 2点のみにその意義を見いだそうとす るのに対して,量刑スケール論は,下限と上限を含む 2点の間の領域にも

(7)  Hans‑Jurgen Bruns, Das Recht der Strafzumessung, Eine systematische Darstellung fur  die Praxis, 2.  Aufl., 1985, S. 259 f. 

(8)  井田良「量刑理論の体系化のための覚書」法学研究692 (1996 308

(5)

存在意義を見いだそうとするものである。量刑スケール論の考えにしたが えば,法定刑が変更された場合には,新法定刑のもとで行われる量刑は当 然ながら今までとは異なり,従来とは異なる科刑分布が形成されることに

なる。

3  量刑スケール論の問題点

{  1 )  

現実の科刑状況との乖離

量刑スケール論の問題点として,量刑枠論の立場あるいは量刑スケール 論に懐疑的な立場から指摘されるものは,おおよそ 3つの点にまとめるこ とができる。その第一は,法定刑を量刑スケールとして理念的に想定され る科刑状況(量刑分布)と現実の裁判で宣告されている科刑状況との乖離 である。

量刑スケール論に対する批判としては,例えば,「仮に量刑スケールが 採用されているとすれば,羅刑相場も法定刑の中位のものを基本に一そ れが正規分布であるかどうかはともかくー形成されていてしかるべきで あるが,現実の事件統計は,必ずしもそのような分布状況を示していない。

…例えば,事件数の多い窃盗,詐欺,恐喝等に関しては,大半の事件は 下限に近いところで量刑を行っており, 5年以上の刑で量刑されているの は極めて少数にとどまっているし,何より強盗罪・強盗致傷罪や現住建造 物 等 放 火 罪 に 至 っ て は ー 量 刑 ス ケ ー ル 論 か ら す る と 言 語 道 断 な こ と に

(9) 

ー法定刑の下限以下の量刑が多数を占めている」,あるいは,「実務にお いては,同種の犯罪に対して既にこれまでに形成された『量刑相場』を重 視して量刑を行うのが一般であろうが,統計等をみても,この『量刑相場』

は,法定刑の軽重とは必ずしも一致せず,罪種によりまちまちであるが往々 にして法定刑の下限付近に現れることが多く,かえって,強盗罪,強盗致

(9)  杉田・前掲註(2)7

‑ 35 ‑ 26-3•4-452 (香法2007)

(6)

傷罪,現住建造物等放火罪等では酌量減軽規定を適用し,法定刑の下限を

(10) 

下回った量刑を行う事例も多い」との指摘がある。そして,「量刑スケー ル論は,裁判所は,法定刑の示す量刑スケールにしたがった量刑をすべき であるとするが,主要な犯罪についての実際の統計上の量刑分布は,法定 刑の中央値に量刑の最頻出部はきておらず,それよりも下限に近い方に最 頻出部がくるのが普通である。ドイツでも同様であり,規範的通常事例(法 定刑の中央値の量刑が相当する事例)が最頻出部ではなく,統計的通常事 例(実際に最も頻繁に現れる事例)は,法定刑の下限より

3

分の

1

に属す ることが多いとされている。実際の量刑は,贔刑スケール論によらず,量

(11) 

刑枠論によっているといえる」とされる。

すなわち,法定刑を量刑スケールとして量刑を行う場合には,量刑の事 例分布は,図

1

に示すように,法定刑の中央に分布の頂点(最頻出部)が 存在し,下限側と上限側に向かってはなだらかな傾斜をもつ山を形成する

はずである。

事例の発生頻度

法定刑 下 限

1 法定刑と事例分布

想定される 事例分布

法定刑 上 限

刑量

(10)  村越一浩「法定刑・法改正と量刑(最刑に関する諸問題)」判例タイムズ 1189(2005 29

(11)  原田・前掲註(1)52

(7)

2 住居侵入における懲役刑の科刑状況 住居侵入(平成 10

蛤 員

(法定刑: 1 月 ~3 月)

300  250  200  150  100  50 

。こ躙鵬鵬鵬 1 己 Ll̲ 。 。

6月未満6月以上1年以上2年以上 3 5年以下7年以下 3 傷害における懲役刑の科刑状況

傷害(平成10年)

1 8 6 6

(法定刑: 1 月 ~10 年)

v i

一 ニ ニ ー ニ

2 0  0  0  6月未満 l年以上 3 7年以下 15年以下

6月以上 2年以上 5年以下 10年以下 20年以下 4 強盗における懲役刑の科刑状況

強盗(平成10

(法定刑: 5 年 ~15 年)

2

2 0 0 1

8 0 1 6

0 1 4 0

1 2 0 1

0 0 8 0

6 0 4 0

叫 ぃ

1  7年以下 15年以下

5年以下 10年以下 20年以下 0 ‑

‑ 37 ‑ 26-3•4-450 (香法2007)

(8)

(12) 

しかしながら,現実の量刑は,例えば図 2~

4

に示すように,多くの 罪においては下限側で事例分布が形成されており,法定刑を量刑スケール として理念的に想定される事例分布からは大きく乖離している。量刑スケ ール論を採用した場合には,従来わが国で行われてきた量刑に対して大き な疑問を投げかけることにもなりかねないのである。

(2)  法定刑の設定・変更

量刑スケール論の問題点として指摘される第二の点は,法定刑の設定・

変更のあり方である。

量刑スケール論に対する批判として,法定刑が犯罪の軽重を反映したも のとして設定されてはいないことが指摘される。例えば,「実務上極めて 重要な基本犯罪について長年にわたり量刑スケール論とは全く相容れない 現在同様の量刑相場が維持されてきたことは極めて注目に値する現象で あって, やはりその底には,古今の裁判実務家に共通する認識が存在して いたのではないかと思われる。そしてその共通認識とは,一言で言うなら,

『現行刑法の法定刑は必ずしも犯罪の真の軽重を合理的に反映したもので はないから,宣告刑は,処断刑の枠の中で,犯罪の真の軽重に対応して決 めなければならない。』というものではなかろうか(この点は,筆者のみ

(13) 

ならず,筆者の同僚裁判官たちもほぼ同意見である。)」,あるいは,「現行 刑法が,構成要件を単純化し,法定刑の幅を極めて広く設定する法制を採 用し,罪刑の均衡の実現のかなりの部分を司法に委ねていること,刑法の

(12)  いずれも,『司法統計年報2 刑 事 編 』 掲 載 の デ ー タ に よ る ( 本 文 以 下 に 掲 載 さ れ る科刑状況を表すグラフについても,すべて同じ。また,グラフ中に示す法定刑は,

当該年のものである)。なお,自由刑の科刑状況については,小島透「自由刑の実態 と量刑判断一統計データから見たわが国における自由刑の科刑状況とその検討」岡山 理科大学紀要40B (2005 35頁以下を,また,財産刑の科刑状況については,

同「法定刑の引上げと量刑一罰金額等の引上げ(平成3年)における統計データから 見た科刑状況の変化とその検討」岡山理科大学紀要39B (2004 65頁 以 下 を 参

(13)  杉田・前掲註(2)8

(9)

沿革をみても,犯罪の軽重の判断は,必ずしも各罪の科刑の実情等を正確 に把握し調査した上で決められたとはいい難く,法定刑の幅も上限との関 係である程度機械的に定められるなど大まかに決められている面があるこ

(14) 

と」が指摘される。

そして同時に,「我が国のこれまでの刑事法制の歩みのように,法改正 が極めて抑制的にしかなされないとすると,杜会情勢の変化等に対応した 罪刑の均衡の要請はより司法に委ねられがちになり,法定刑と量刑(ない

(15) 

しこれを集積した量刑相場)との間の乖離が一層拡大することとなる」と して,「抑制的」な立法活動の故に,その時々の社会情勢にあわせた適切 な法定刑変更がなされず,その結果法定刑はますます適切な量刑を導くた めの役割を失っていくことが指摘されているのである。

(3}  量刑相場の存在

量刑スケール論の問題点として指摘される第三の点は,実務上の量刑基 準としての量刑相場の存在である。

量刑スケール論に対しては,実務において量刑スケール論が採用されな い理由として,量刑相場が存在すること,そして,その量刑相場が量刑基 準として適切な贔刑を導き出しうることが指摘される。例えば,「なぜ量 刑実務は量刑スケール論を採用していないのか。種々の理由が考えられる が,現時点を基準に言えば,その最大の理由は,多くの罪において既に確 固たる量刑相場が形成されていること,そして,未だ量刑相場が十分に形 成されていない罪についても,同種の罪の量刑相場を参考に量刑を行うこ

とが多いことに求められよう。筆者も含め多くの裁判官は,法定刑の幅よ りも,むしろ量刑相場の中に当該事案を位置付け,他の同種又は近似する 事案との軽重を見極めながら,さらに,共犯者の量刑との均衡や広い意味 での罪刑均衡の原則等種々の要因も考慮の上,量刑を行っているのが実情

(14)  (15) 

村越・前掲註(10)29 村越・前掲註(10)29頁。

‑ 39 ‑ 26-3•4-448 (香法2007)

(10)

(16) 

ではないかと思われる」,あるいは,「裁判所において,同一構成要件内の 多種多様な事件に対する妥当な量刑を探る中で,法定刑の軽重を一応の『目 安』にしつつも,必ずしもこれに囚われないより具体化された基準(輩刑 相場)が形成されるに至ったといえ,その経過にはそれなりの合理性を認 めることができるように思われる。現状では,法定刑と量刑(相場)ぱ必 ずしも連動しておらず,その意味で法定刑の『量刑スケール』としての働

(17) 

きは限られているといわざるを得ないのではなかろうか」として,法定刑 ではなく,量刑相場が量刑基準として機能していることが指摘される。そ して,「量刑相場は,規範的なものではないとしても,少なくとも事実的 な量刑基準として働いているのである。この基準のほうが,法定刑による 量刑スケールよりもはるかに諸般の情状を考慮し,具体性に富み,各罪の なかで犯罪の更なる細分化・類型化がなされ, しかも,全体的なバランス も図られるのである。このように,量刑相場の存在は,裁判官による幅の

(18) 

広い裁量を適切にコントロールすることを可能としている」として,量刑 基準としての量刑相場の有用性が指摘されているのである。

4  量刑スケール論の検討

(1)  スケールの尺度中央値と目盛配置

最刑スケール論の第一の問題点としては,量刑スケール論をとった場合 に想定される事例分布が現実に行われている量刑と大きく乖離しているこ とが指摘される(前述, 3(1))。そして,その指摘の背景には,量刑スケ ール論に否定的な立場が想定する量刑スケールによれば,多くの罪におい て下限寄りに多数の事例が集まる現在の量刑実務のあり方が「不適当なも の」と判断されるという懸念が存在すると思われる。しかし,彼らが想定

(16)  杉田・前掲註(2)7頁。 (17)  村越・前掲註(10)30頁。 (18)  原田・前掲註(1)53頁。

(11)

する「量刑スケール」のあり方は,必ずしも正しいものとはいえない。

ここで問題になるのは,量刑スケールの「目盛」の配置,例えば「中央」

の値を示す目盛がどのような位置にくるのかである。量刑スケール論に否 定的な立場は,量刑スケールの目盛配置は図 5に示すような均等な配置で

(19) 

あると考え,中央値(尺度中央値)は下限と上限のちょうど「中央」,下 限から上限に向かって法定刑全体の

1 / 2

に位置するものとする。その結 果,事例分布は前述の図

1

のようになる。

5 均等配分による目盛配置 スケール目盛

0  1 

法定刑下 限

21  3←  4ー ・

5 K

6̲

. 

7ー ・ 8ー ・ 9←  上 限

しかし,評価尺度としての法定刑を考えた場合,このような理解は適切 ではない。例えば,懲役

1

年における

6

月の差と懲役

1 0

年における

6

月 の差を比べると,同じ「6月」であっても,前者における差は後者におけ るものよりもはるかに大きいものと感じられる。このように,刑罰に関す る評価においては,われわれ人間の感覚は,「刺激」の程度が増加するに したがって刺激を受ける「感覚」の増加の程度は低下するのである。この ように,法定刑を量刑のスケールと考えた場合には,そのスケールの目盛 配置(評価座標とよぶことにする)は均等ではないのである。

法定刑を刑罰に対するスケール(評価尺度)と考えた場合,例えば,責

任に相当する刑罰を導き出すとき,あるいは,予防(一般予防• 特別予防)

を考慮した刑罰を導き出すとき,そのいずれにおいても,裁判官あるいは

⑳) 

刑罰の対象者さらには国民の刑罰に対する「感覚」が重要な役割を担う。

(21) 

したがって,量刑スケールとしての法定刑は,「感覚尺度」である。そし

て,このような感覚尺度において人間の「感覚」の特性を適切に「近似」

(19) 小島・前掲註(12)「自由刑の実態と量刑判断」 53頁中の註(18)を参照。

⑳  量刑における「感覚」の担う役割については,小島・前掲註(3)17頁以下参照。

‑ 41  ‑ 26-3•4-446 (香法2007)

(12)

6 対数関数と評価座標 刑罰の重さ

, 大

△ Y2 ニコニて二二二二てこーニーニニニニニ了ニ----~---

↑ 

平均値

' ' ' '  最小し、‑' 

下限!!

I '  

I '  

予 長 ー

△ X1 

尺度中央値

'' '' ''  '' '' 

→ 

△ X2 

← 

対数関数

法定刑 上 限

するものとして,対数関数の有用性が指摘されている。そこで,縦軸に裁 判官・刑罰対象者・国民が「感じる」刑罰の重さの程度を,横軸に評価座 標としての法定刑をとり,両者を対数関数で関係づけると,図 6のように なる。ここで,法定刑における増加の程度(心く)に対する刑罰の重さに おける増加の程度 (LiY) を,下限側と上限側とで比較してみると,法定 刑における増加の程度は同じである(心く戸心いにもかかわらず,刑罰 の重さにおける増加の程度については,下限側での増加の程度(△Y1) は

(21)  「感覚尺度」とは,刺激の強度・質に対する感覚の強度・質の関係を数量的に表す 尺度のことである(大山正• 藤永保• 吉田正昭編『心理学小辞典』 (1978 42 (22)  Karl  Haag, Rationale  Strafzumessung, Ein  entscheidungstheoretisches  Modell  der 

strafrichterlichen Entscheidung, 1970, S. 62‑65.  また,松宮崇・ 徳山孝之・岩井宜子「量 刑の数量化に関する基礎的研究ー自動車事故事件について」法務総合研究所研究部紀 14 (1971 33頁も,対数関数を用いることの可能性を指摘する。このような

考えは,感覚・知覚に関する心理学の分野における「ウェーバー・フェヒナーの法則」

にもとづくものである。ウェーバー・フェヒナーの法則とは,刺激量W と感覚量

s

の間には対数の関係(式 1) があり,刺激量が小さな時はその変化によって感覚量は 大きく変化するが,刺激贔が大きな時は感党量はなかなか変化しない,というもので ある(山内弘継・橋本宰監修『心理学概論』 (2006 49頁参照)。

S=AlogW  (Aは任意の定数) l

(13)

上限側での増加の程度(△Y2) よりも大きいことがわかる。このように,

評価尺度としての法定刑について対数関数を用いることは,量刑のあり方 を「表現する」ために(比例関係であると考える場合に比べて)より適当

~3)

であるといえる。そして,刑罰の重さにおける平均値に対応する法定刑に

⑫ 3)  なお,本文の趣旨は,あくまでも量刑のあり方を対数関数で「近似できる」という ことであり,量刑のあり方が「対数関数である」ということではない。また,ウェー バー・フェヒナーの法則が提唱されて以降,物理的な量と人間の感覚の間の関数関係 を求める研究が発展するなかで,「スティーブンスの法則」が提唱されている。スティ ーブンスの法則によれば,感覚と刺激との関係は対数ではなく,感覚量 (s)は刺激 (W)の幕乗に比例するとして,式2が成立する。

S=k Wh (kは定数) 2

そして,幕指数bについては,たとえば,音の大きさや視標の明るさについては 0.3, 線分の長さについては 1.0,指に対する電気ショックの強さについては3.5 ど,実験によって判断する対象により様々な値になることが解明されており,幕指数 bを変化させることによって図Iに示すように感覚と刺激をあらわす曲線は様々に変 化するのである(山内・橋本・前掲註(22)49頁以下)。

量刑におけるスティーブンスの法則の適用については,本稿では詳しくは検討でき ないが,その可能性も十分に考えられる。しかしながら,図 Iに示すように,幕指 bが 1未満の場合には刺激の増加に対して感覚の増加の程度が逓減する曲線とな り,対数関数を用いた場合とかなり近い結果となる。重要なことは,議論の内容がど の程度の近似精度を必要とするのかという観点から,量刑のあり方を「近似」する関 数として何を用いることが「効率的」なのかである。本稿では,現時点における議論 のためには,近似の精度としては対数関数で十分であると考えるものである(もちろ ん,今後の議論の進展によっては,より高い近似精度が求められ,そのためにより効 率的な関数の探求が必要となることを否定するものではない)。

I スティーブンスの法則 100  b>l  b=l 

麗 806040200 

知覚された強度

b<l 

0八

50  刺激強度

100 

(山内・橋本・前掲註訟)49頁より)

‑ 43  ‑ 26-3•4-444 (香法2007)

(14)

おける尺度中央値は,下限と上限のちょうど中央ではなく,下限寄りに位 置することがわかり,この尺度中央値を計算によって求めると,下限から

(24) 

1 / 4 ( 2 4 .  0253%)

のところに位置することがわかる。また,スケール の各目盛の位置を求めると,目盛配置(評価座標)は,図 7に示すように,

下限側で密に,上限に近づくにしたがって粗になるように分布することに なる;!。

7 対数関数にもとづく目盛配置 スケール目盛

法定刑

? t 予?↑

下 限

一 度 中 央 値

8 1  

9←  10 

上 限

8 対数座標による事例分布 事例の発生頻度

尺度中央値

刑 量

(2心 小 島 ・ 前 掲 註(3)28頁。尺度中央値の計算の詳細は,小島・前掲註(3)25頁以下を参

七 照 。

ちなみに,スケールの目盛を 0 10として,それぞれの位置を計算して下限から 上限までの距離の百分率(%)で表すと,「O0%,12.88%,26.50%,

3」は 11.06%,4」は 16.80%,5(尺度中央値)」は24.03%,6」は33.12%,

7」は44.58%, 8」は59.00%,9」は 77.15%,10」は 100%となる。

(15)

そして,このような対数関数を利用した量刑スケールを考えた場合に は,そこから想定される事例分布は,図 8のようになり,下限側に多くの

(26) 

事例が集まることになる。したがって,対数関数による量刑スケールを考 えた場合には,現実の量刑との乖離はそれほど大きなものではないものと 思われる。

{2)  量刑スケールと社会情勢の変化

量刑スケール論の次の問題点としては,法定刑が犯罪の軽重を反映した ものとして設定していないこと,また,その時々の社会情勢の変化を適切 に反映すべき適切な処置(法定刑の変更)が行われていないことが指摘さ れる(前述, 3 (2))。

この指摘は,至極当然のように思われる。量刑実務において法定刑を量 刑スケールとして用いるべきであるという主張は,そもそも法定刑が量刑 スケールとして機能するようあらかじめ設定されていることが前提であ る。しかしながら,わが国の法定刑をめぐる従来からの立法の態度を観察 すると,そのような姿勢は今のところ見受けられない。そのような状況に 鑑みると,わが国においては,量刑スケール論は第一次的には立法に対し て主張すべきであるということができる。したがって,立法が法定刑を量 刑スケールとして意識的に設定していない以上,量刑実務に対して量刑ス

ケール論に「厳密に」したがうことを要求するのは,妥当ではない。

しかしながら,法定刑が量刑におけるスケールとしての役割を担うべき であるということと量刑スケールの内実が立法において適切に設定されて いないということとは,明確に分けて議論すべきである。量刑スケールが 立法において適切に設定されない場合,あるいは,状況に応じて適切に変

(26)  なお,前掲註(23)で述べたように,対数関数は量刑における感覚の役割をあくまでも

「近似」するものである。したがって,本文あるい前掲註(25)であげた数値はおおよそ の目安をあらわすものであり,厳密にこれらに拘束される必要はないし,拘束される べきではない。重要なのは,法定刑から導かれる理念的な事例分布は下限寄りに形成

される,ということである。

0六

‑ 45 ‑ 26-3•4-442 (香法2007)

(16)

0五

更されない場合には,司法がその役割を「補完」すべきであり,法定刑か ら直接的に決定される量刑スケール(図 7に示すような尺度中央値が下限 から約

1 / 4

に位置する評価尺度。本稿では,これを「理念的量刑スケール」

とよぶことにする)を裁判実務において修正することも許されるものと考 える。上述のような立法状況にあるわが国においては,量刑スケールの座 標(目盛)は,決して固定したものではなく,下限から約

1 / 4

程度にスケ ールの中央値が位置することを原則としながらも,一定の要件がある場合 には状況に応じてこれを修正することができると考えるべきなのである。

このように考えなければ,例えばかつての経済情勢の変化によって生じた

(21; 

罰金刑の頭打ち現象は,すべて「不当な」量刑として否定すべきものになっ てしまうが,このような判断は不当であろう。理念的量刑スケールに裁判 実務が厳密に拘束されるような考えを「かたい量刑スケール論」とよぶと すれば,以上のように理念的量刑スケールを原則としながらも一定の要件 の下で量刑スケールの内実が修正されることを許す考えを「やわらかい量 刑スケール論」とよぶことができるであろう。そして,わが国において採 用すべきは,この「やわらかい量刑スケール論」なのである。

ただし,やわらかい量刑スケール論においても,スケールの内実の修正 が無制限に許されるものではない。仮に,そのような無制限な修正を許す とすれば,そのようなスケールは量刑における基準としての役割を果たす ことはできない。測定する者の都合によって自由に変わるスケールが,測 定基準としての役割を果たさないのは明かである。したがって,やわらか い量刑スケール論の課題は,どのような場合に量刑スケールの修正が許さ れるのか,その正当化事由である。

この正当化事由の一つとして,まず,罰金刑等における経済情勢の変化 のように,量刑を取り巻く社会情勢の変化を考慮することが考えられる。

罰金刑等における量刑スケールが社会の金銭尺度によって影響を受けるの

(21)  小島・前掲註(12)「法定刑の引上げと量刑」 69頁以下参照。

(17)

は明らかである。したがって,その経済情勢の変化によって大きく金銭尺 度が変化すれば,罰金刑等の量刑スケールもそれに応じて動くことにな る。このように考えるならば,平成 3年の罰金額等改正以前における財産 刑の科刑状況の変化(例えば,器物損壊罪について図

9

および図

1 0

を参 照)は,量刑実務が量刑スケールを無視して科刑を行った結果ではなく,

量刑スケールの変化にしたがって科刑状況(量刑分布)が変化をした結果 であるとみなすことができるのである。

図 9 器物損壊における罰金刑等の科刑状況ー 1 器物損壊(昭和50

40

な 員

300  200 

100 

I

科朴

。一鵬

l万円以上

5

万円以上

20万円以上

50万円以上 罰金: 1万円未満 3万円以上 10万円以上 30万円以上

10 器物損壊における罰金刑等の科刑状況ー2 器物損壊(平成 2年

40t

300  200  100 

o

l 。 。 , ̲ a ̲ ‑ ‑ ‑ ̲ ] ̲ ̲

科料 1万円以上 5万円以上 20万円以上 50万円以上 罰金: 1万円未満 3万円以上 10万円以上 30万円以上

0四

‑ 47 ‑ 26-3•4-440 (香法2007)

(18)

これに対して,犯罪の質の変化については注意を要する。犯罪態様の悪 質化によって科刑状況が上限方向に動いていった場合でも,

に位置する事例が減少し,上方に位置する事例が増加することによって,

結果的に科刑が上限方向に動いたようにみられるにすぎず,量刑スケール そのものは従来と変わらない場合がありうるからである。量刑スケールの それは, 下方

変更が許されるためには,その犯罪に対する評価の変動が是認されなけれ ばならない。そして,その根拠とされることの多い国民の処罰感情,特に 重罰化要求については,慎重な対応が必要である。まず,そのような重罰 化要求が国民のなかに存在するのか否か,あるいは,存在するとしてそれ はどの程度のものなのかをできるだけ正確に見極めなければならない。ま た,仮にそのような要求が存在するとして,それを量刑のなかに取り込む べきであるのかは,国の刑事政策的観点から慎重に検討しなければならな

いのである。さらには,その判断を,司法すなわち量刑実務が行うのか,

あるいは,立法が行うのかという重大な問題が存在する。もちろん,立法 と司法との役割分担を杓子定規にとらえて,そのような判断は立法が行う べきであって司法が行ってはならない,という立場も考えられよう。

し,つねに変化する社会情勢の中で妥当な量刑を導くためには,一切その ような判断は司法には許されないとするのも適当ではないであろう。

しか

した

二0三

がって,立法の考えや状況を十分に配慮しつつ,司法が一定の範囲で刑事 政策的考慮を入れていくというのが,抽象的なレベルではあるが,あるべ

き方向であると考えられる。

量刑スケールの修正を許容する第二の正当化事由としては,関連する罪 との軽重関係を考慮することが考えられる。例えば,業務上過失致死罪と

同一の法定刑「五年以下の懲役若しくは禁錮又は 業務上過失傷害罪とは,

⑫ 8)  なお,平成 16年の法定刑変更(法律第 156号)について,城下裕二「法定刑の引 上げと立法政策(課題研究最近の刑事政策関連立法・施策における政策形成過程の 再検討)」犯罪社会学研究30 (2005 7頁以下参照。

(29)  業務上過失致死傷罪における罰金については,平成 18年法律第36号により,それ までの「五十万円以下」から「百万円以下」に引き上げられた。

(19)

(29) 

百万円以下の罰金」(刑

2 1 1

条)であるが,この法定刑を根拠に両者が同 ーの量刑スケールであるとするわけにはいくまい。殺人罪と傷害罪のよう

に,死の結果をもたらす場合は傷害の結果にとどまる場合に比べて重く処 罰すべきであるということに異議を唱えないのであれば,同一法定刑の範 また業務上過失致死 囲内で,業務上過失傷害罪の量刑スケールは下方に,

罪の量刑スケールは上方に,それぞれ偏って形成されるべきである。そし て,量刑実務も,このような考えで行われているものと判断できる

刑については図

1 1

および図

1 2

を,罰金刑については図

1 3

および図

1 4

を 参照)。また,窃盗罪,詐欺罪,恐喝罪,業務上横領罪において,自由刑 の法定刑については,いずれも「十年以下の懲役」(刑法

2 3 5

条,

2 4 6

条,

2 4 9

条,

2 5 3

条)が規定されている。しかし,いずれも財産に対する罪で

あることには相違ないものの犯行態様等においては異なるものがあり,

の点を量刑判断において考慮するのであれば,それぞれの罪において(法 定刑は同一であるものの)量刑スケールは異なるものが形成されるべきで ある。実務においては,窃盗,詐欺,恐喝,業務上横領の順に現実の科刑

は重くなる傾向があるが(図 15~

1 8

を参照),

(自由

これはそれぞれの量刑 スケールが前述の順で上方に形成されていることを示すものである。

11 120人員

業務上過失傷害における自由刑の科刑状況 業務上過失傷害(平成10

(法定刑: 1 月 ~5 年)

800 

口禁鎖執行猶予 111禁鋼実刑 園懲役執行猶予 璽懲役実刑

01

︱ o ̲  

‑ 49 ‑ 26-3•4-438 (香法2007)

(20)

12 人員 20001  1500  1000  500 

。 上

業務上過失致死における自由刑の科刑状況 業務上過失致死(平成10

(法定刑: 1 月 ~s 年)

口禁銅執行猶予

■ 

禁錮実刑 圃懲役款行猶予 111懲役実刑

0  0  6月未満 1年以上 3 7年以下

6月以上 2年以上 5年以下 10年以下 13 業務上過失傷害における罰金刑の科刑状況 千人員

40  35  30  25  20  15  10  5 

業務上過失傷害(平成 10

(法定刑: 1 万円 ~50 万円)

01  o  s  s  242 

1万円未満 3万円以上

1 0

万円以上 30万円以上

1万円以上 5万円以上 20万円以上 50万円以上 14 業務上過失致死における罰金刑の科刑状況 30

2500  2000  1500  1000  500 

業務上過失致死(平成10

(法定刑: 1 万円 ~50 万円)

0 0  1  2 

1万円未満 3万円以上 10万円以上 30万円以上

1万円以上 5万円以上 20万円以上 50万円以上

(21)

15 窃盗における懲役刑の科刑状況 窃盗(平成 10

(法定刑: 1 月 ~10 年)

千 人 員 11 

1

, 

屈心---~

21 0  0  0 

6月未満 1年以上 3 7年以下 15年以下 6月以上 2年以上 5年以下 10年以下 20年以下

人員 2000 1500  1000 

16 詐欺における懲役刑の科刑状況 詐欺(平成10

(法定刑: 1 月 ~10 年)

500, 

9  0 

061

月未満

叫 ‑

1年以上

‑ ‑ ‑

3

7年以下12  3  1  0 15年以下

6月以上 2年以上 5年以下 10年以下 20年以下

盈 ?

1000  800  600  400 

17 恐喝における懲役刑の科刑状況 恐喝(平成 10

(法定刑: 1 月 ~10 年)

0 0   二 2 0  0  0 

10年以下 20年以下

‑ 51  ‑ 26-3•4-436 (香法2007)

(22)

18 業務上横領における懲役刑の科刑状況 業務上横領(平成10

(法定刑: 1 月 ~10 年)

゜ ゜

5

6 1 1 6

0 0 8 0 6 0 4 0 2 0 0 0 8 0 6 0 4 0 2 0 0 2 1 1 1 l l  

さらに,量刑スケールの修正を許容する第三の正当化事由として,法定 刑改正等の立法理由あるいは立法趣旨を考慮することが考えられる。例え ば,平成

1 6

年法律第

1 5 6

号において,有期刑について法定刑の上限が

1 5

年から 20年に,処断刑の上限が20年から 30年に引き上げられたが,そ の理由・趣旨の一つとして,従来の有期刑の上限では無期刑に処する場合 との差が大きすぎるため,これを改正して有期刑と無期刑との過大な差を

(3o) 

解消しようとすることがあげられている。このような視点からは,この変 更を,単純な有期刑の厳罰化とみるのではなく,有期刑では軽いと思われ るが無期刑では重すぎるために結果として有期刑の上限にとどまっていた 事例に対して量刑が可能な範囲を拡大するものであると同時に,死刑また は無期刑から有期刑へ減軽することが躊躇されるため無期刑にとどまって いた事例に対する実質的な寛刑化の意味も含まれているととらえるべきで ある。したがって,有期刑の従来の量刑スケールが単純に上方に引っ張ら

(30)  松本裕「凶悪・重大犯罪に対処するための刑事法の整備一刑法等の一部を改正する

法律(平 16.12.8公 布 法 律 第156号 平 17.1.  1施行)」時の法令1732 (2005 8頁,佐藤弘規「凶悪・重大犯罪に適正に対処するための刑法等の一部を改正する法 律の概要(特集最近の犯罪対策をめぐる動向)」法律のひろば58 5 (2005

5頁,松本裕・佐藤弘規「刑法等の一部を改正する法律について」法曹時報574 (2005 48頁以下など参照。

(23)

れたものと考えるのではなく,有期刑の上限が引き上げられた分(法定刑 については

1 5

年から

20

年の間,処断刑については

20

年から

30

年の間)

については,有期刑と無期刑の境界領域に存在する事例,あるいは,死刑 または無期刑から減軽される事例に対するスケール(の一部)として従来 の量刑スケールに新たに追加されたものである,と考えることも可能であ

(31) 

る。このような理解によれば,有期刑の上限域以外のところで量刑されて いた事例については,平成 16年の改正によっては(個別に上限が引き上 げられた罪を除いて)量刑スケールは大きく変更されてはいないと考える ことができる。このことは,量刑スケールが,法定刑引上げそれ自体によっ ていったんは上限方向に変更されたものの,立法理由・趣旨によって下限 方向に戻されると同時に上限に新たな部分が追加される,と考えることも できるのである。

量刑においては,立法の要請と司法の要請とのバランスを適切にとるこ

とが重要である。やわらかい量刑スケール論は,法定刑における立法の要 請を尊重しつつも,量刑実務すなわち司法の要請を適切に考慮することが できる余地を与えるものである。そして,現実の量刑においては,理念的 量刑スケールが一定の要件のもとで修正された,いわば「修正された量刑

(33) 

スケール」が用いられるべきなのである。

(31)  このような結論は,有期刑の上限引上げについて示されているもう一つの立法理 由・趣旨,すなわち,自由刑の上限が現行刑法制定以来の国民の平均寿命の延びを背 景として「国民の刑罰観に係る規範意識に合致していない」ということを,ほとんど 考慮しないことによって導かれる。このように考える理由は,「国民の規範意識」は

(それ自体量刑において重要な役割を担うのは否定しないが)最刑スケールの変更を 考える場合にはあまりに抽象的な概念だからである。また,仮に「国民の規範意識に 合致しない」ことを考慮するとしても,それは自由刑と無期刑の境界に属する事例に ついてであると理解すれば,本文と同様の結論が導かれるであろう。

(32) 小島透「刑事司法の運用に対する法定刑変更の効果一統計データから見た法定刑変

更と量刑等との関係」法律時報784 (2006 103頁参照。

J ¥  

やわらかい量刑スケール論は,前述の量刑枠論のうちの第三の立場と実質的にはか なり近い結論を導き出すものと思われる。量刑枠論の第三の立場も,立法の要請と司 法の要請とのバランスをとろうとするものであり,その点については,やわらかい量 刑スケール論と考えを同じにするものである。

‑ 53  ‑ 26‑3・4‑434 (香法2007)

(24)

{3)  量刑スケールと量刑相場の関係

量刑スケール論の第三の問題点としては,確固たる量刑相場が存在し,

その量刑相場が量刑の基準としての役割を果たしていることが指摘される

(前述, 3(3))。しかし,事実としてそうであるとしても,果たして本当 に法定刑は量刑基準として不必要なものであろうか。さらには,そもそも 量刑スケールとしての法定刑と量刑相場とは,量刑判断において二律背反 的なものなのであろうか。

量刑相場は,過去の量刑判断の集積によって形成される,実務上存在す る基準である。そして,量刑相場は,単に判断の対象となる当該事例と同 種類似の事例を提供するにとどまらず,事例相互の相対関係(例えば,当 該事件は事例Aと事例 Bとの中間に位置付けられるとするなど℃ 罪の重

さの段階付けとよんでもよい。)を提供するものであるならば,それはま さに量刑判断におけるスケールとして機能しているのである。この点で,

量刑実務は,量刑判断において(それが法定刑から導かれるものであるか どうかは別として)量刑スケールを用いているのである。

一方,法定刑が量刑スケールとして機能するためには,どのような事例 がスケールのどのような場所に位置づけられるのかが明らかにならなけれ ばならない。尺度中央値あるいは目盛配置がどのようにあるべきかという 議論(前述, 4(1)) は,このような問題意識のあらわれでもある。本稿で

は,法定刑から直接決定される「理念的量刑スケール」として,図 7に示 すような対数関数にもとづく目盛配置を主張するものである。しかしなが

ら,このような主張は,あくまでも抽象的レベルにとどまるものであって,

図 松 本 時 夫 「 量 刑 の 相 場 に つ い て 」 法 の 支 配126 (2002 36

九 ¢35) 例えば,木梨節夫「刑の量定基準に関する一考察」比較法23 (1986 33頁は,

「観念的には諸事項の評価を綜合すれば,法定刑の裁量範囲内の目盛の一点に帰着す ることが表象できても,抽象的,相対的評価が,如何にして,現実的な数値に転換す るのであろうか。」として,法定刑が「そのままでは」最刑スケールとしての役割を 果たさない旨を述べている(もっとも,木梨・前掲43頁は,「法定刑そのものは基準

と言い得ない」と結論づける)。

(25)

この段階では量刑実務で利用できる具体的な量刑スケールの姿を提供でき

(35) 

るものではない。それでは,具体的な量刑スケール(「具体的量刑スケー ル」とよぶことにする)はどのように決定されるのであろうか。

具体的量刑スケールを決定するためには,抽象的に想定される量刑スケ ールの目盛に対して具体的にどのような事例が該当するのかを決定しなけ ればならない。そして,現実に発生する様々な事例を観念的に想定するの には限界があると思われる。したがって,現在のわが国の制度のもとでは,

このような作業は,立法が行うのは適当ではなく,司法すなわち量刑実務 が行う方がより現実的である。すなわち,様々な事例が具体的に現れる場 面は他でもない量刑実務なのであり,抽象的に決定された量刑スケールの どの場所にどのような具体的事例が位置するのかは,実際の裁判事例(判

(36) 

例)の集積によって決定されていくべきものなのである。量刑は,立法と

3

司法の「分業的協同作業」である。これを量刑スケールについてあてはめ てみると,理念的量刑スケールの設定については立法の役割であり,量刑 スケールの具体的な目盛配置を決定して具体的量刑スケールを設定し,必 要に応じて理念的量刑スケールそれ自体を変更(前述, 4(2)) していく作 業については司法の役割である,ということになる。

このように,具体的量刑スケールは裁判事例の集積によってその内実が 具体的に形成されていくとするのであれば,量刑スケールとしての法定刑 に量刑実務のあり方の是非を検証する機能がないのではないか,というよ うな批判も予想される。また,過去の量刑判断の集積であり現実の量刑ス ケールとして機能している量刑相場との関係も問題になる。この点につい ては,次のように考えることができるであろう。すなわち,量刑相場から 導かれる現実の量刑スケールと法定刑から導かれる理念的量刑スケールと

九六

06)  ただし,ここでいう裁判事例の集積とは,単純に過去の事例の集合ではない。過去 の事例のうち,量刑実務において一定の価値判断を経て,他の裁判において参考とす るには妥当でないと判断された事例を除いたものである。

⑳  川崎一夫『体系的量刑論』 (1991 16頁以下参照。

‑ 55 ‑ 26-3•4-432 (香法2007)

参照

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