世界教会協議会 (WCC) におけるヒューマンセクシ ュアリティをめぐるエキュメニカルな議論
著者 藤原 佐和子
雑誌名 関西学院大学キリスト教と文化研究
号 23
ページ 81‑103
発行年 2022‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10236/00030161
世界教会協議会(WCC)における ヒューマンセクシュアリティをめぐる
エキュメニカルな議論 1
藤 原 佐和子
はじめに
世界教会協議会(World Council of Churches, 以下、WCC)において、様々 な性的指向と性自認(sexual orientation and gender identity, 略称 SOGI)を 生きる人々の尊厳を支持するための公的声明、ポリシー、コンセンサスが、未 だに存在しないのは何故だろうか。WCC が世界の教会に対し、キリスト者とし ての社会的責任を訴え、公正かつ包含的(just and inclusive)となるように働 きかけてきた歴史を鑑みれば、WCC の優柔不断な態度の理由は明らかでないよ うに思われる。しかし、2013 年に釜山(韓国)で開かれた第 10 回総会の公式 報告書を披見する限りでは、それはある意味で当然のことのようにも見えてくる。
南アフリカ聖公会のマイケル・ラプスレー(Michael Lapsley)は釜山におい て、同性愛者(same-gender-loving persons)を含む、性的マイノリティの人々 とそのコミュニティが長きに亘って経験してきた痛みに「宗教者としての私た ちが関わってきたこと2」を率直に謝罪した。一方では、正教会の代議員たちが
「ヒューマンセクシュアリティ」(human sexuality)にかかわる話題を止めるた 1 本研究は、JSPS 科研費(20K12838)の助成を受けた研究課題「現代エキュメニカル 運動における包括的共同体に関する思想史研究」の一部である。日本基督教学会第 69 回 学術大会(2021 年 9 月 7 日)における研究発表「世界協会協議会(WCC)におけるヒュー マンセクシュアリティ」を加筆修正した。HIV エイズに関しては稿を改める。
2 Michael Lapsley, “Christ’s Co-Workers for Justice and Peace,” in Erlinda N.
Senturias, Theodore A. Gill, Jr. eds., Encountering the God of Life: Official Report of the 10th Assembly of the World Council of Churches, WCC Publications, 2014, p. 76.
めに、冷たい気持ちや不賛成を意味するブルーカードを掲げ、ロシア正教会モ スクワ総主教庁の代表者は、「同性愛」(homosexuality)を結婚と家庭の伝統的 概念を破壊するものとして公に糾弾した3。このように、両者の立場はあまりに も大きく隔たっているが、とりわけ、アフリカ、アジア、ラテンアメリカなど の諸地域において同性愛者に対する迫害は続いているため、WCC が毅然とした 対応を避けていることへの失望も広がっている4。ヒューマンセクシュアリティ の諸課題は「事実上、WCC でもタブー化されており、ほとんど論じられること はない5」と指摘されているが、そのような現状と「いのちの神よ、私たちと正 義と平和に導いてください」(God of Life, Lead us to Justice and Peace)とい う釜山総会の主題との断裂は、どのようにして修復され得るのだろうか。
本稿では、WCC をプラットフォームとする取り組みの限界を見極めるとと もに、今後のためのエキュメニカル戦略について考察するために、プロテス タント及びジェンダー正義(gender justice)の視点から、また、教会分裂的
(church-dividing)と呼ばれる「女性の按手」と「同性愛」のいずれの議論にお いても周縁化されやすいレズビアン女性たちの声を特に聴きながら、ヒューマ ンセクシュアリティ、特に「同性愛」をめぐるエキュメニカルな議論の展開を 整理していきたい。1 節では、1961 年のニューデリー総会に始まる初期の議論、
2 節では、1998 年のランベス会議とハラレ総会以後の「同性愛」を中心とする 議論、3 節では、2003 年の米国聖公会における同性愛者主教按手以後から釜山 総会期までの議論について検討する。
3 Metropolitan Hilarion of Volokolamsk, “The Voice of the Church Must Be Prophetic,” in Encountering the God of Life, pp. 66-67. 温かい気持ちや賛成を表明する際 には、オレンジカードが用いられる。
4 Trevor Grundy, “Gay Group Upset about Churches Group ‘Dodging’
Homosexuality,” Ecumenical News, November 3, 2013, https://www.ecumenicalnews.
com/article/gay-group-upset-about-churches-group-dodging-homosexuality-22524, accessed August 24, 2021.
5 西原廉太「エキュメニカル運動の現在と将来-世界教会協議会(WCC)第 10 回総会-」、
『ヨーロッパ文化史研究』、16、2015 年、23 頁。
Ⅰ 初期の議論
Ⅰ - 1 ニューデリー総会期(1961 年〜)
WCC においてヒューマンセクシュアリティが俎上に載せられるようになった のは、1961 年のニューデリー(インド)における第 3 回総会以降のことである。
当時の議論では、一夫一婦制や貞節を前提とする結婚が重要視され、それは「喜 びと充足という神の賜物を受け取るための手段6」であると考えられた。WCC と国際宣教協議会(International Missionary Conference)の合流を機に、教 会と社会における男性と女性の協力部門(Department on the Cooperation of Men and Women in Church and Society)に「家庭」(family)が追加されると、
クリスチャンファミリーの「永続性と固有の神聖さ7」の研究が求められるよう になった。一方では、それらを揺るがすものと見なされていた婚前・婚外交渉、
非嫡出子、離婚、異宗教・異教派等間の結婚などの諸問題に関して、多くの代 議員は WCC に権威ある声明を求めたが、この要請に応じることの困難は以後、
繰り返し表明されていく。1964 年、フネ(スイス)での性倫理(sexual ethics)
に関する会議では、セクシュアリティの議論に対する教会の伝統的態度は否定 的だが、「キリスト教信仰はこの堕落した世界においても、神の創造の秩序の一 部としてのいのちの性的側面を肯定しなければならず、セクシュアリティは人 間の存在を構成する神の賜物である8」という点で合意された。1966 年、ジュネー ブにおける教会と社会世界会議(World Conference on Church and Society)
では、人口過剰問題に対処するための家族計画、避妊、生殖以外の夫婦の結び つき、責任ある親であることなど、もっぱら異性愛(heterosexuality)を前提 とする議論が展開された。
6 Birgitta Larsson, “A Quest for Clarity: The World Council of Churches and Human Sexuality,” The Ecumenical Review, 50(2), January 1998, p. 31.
7 Idem.
8 Ibid., p. 32.
Ⅰ - 2 ウプサラ総会期(1968 年〜)
1968 年にウプサラ(スウェーデン)で開かれた第 4 回総会では、家族形態は 社会状況によって変化する点が認識されるようになり、産児制限、離婚、人工 妊娠中絶(以下、中絶)などに加えて、同性愛についての資料が初めて要望さ れた9。家庭ミニストリー・オフィスが 1973 年にマルタで行った会議では、とり わけ、意見の分かれる中絶の問題に関して「WCC が何らかの宣言を行うこと は非常に危険である10」と判断された。1974 年に西ベルリン(ドイツ)で行われ た「1970 年代における性差別」に関する女性たちの重要な会議では、「様々な 性的指向(sexual orientation)を持つ人々が市民権とその人々の選択(their choices)についての一般的受容を求めて11」いる点も俎上に載せられたが、性的 指向が「自由な選択や嗜好(preference)の問題ではない12」可能性は議論にお いて決定的に見落とされた。あるワーキンググループでは、パートナーシップ は男女の結婚に限定されないという従来とは異なる意見が提出され、「性的指向 が(標準とは)異なる人々13」(persons of variant sexual orientations)がオル タナティブなライフスタイルを生きる権利が肯定的に捉えられもしたが、当時、
このような言い回しに表出している異性愛規範14(heteronormativity)の問題性 は十分に意識されておらず、この会議でまとめられた勧告に「レズビアン女性 たちの権利」が含まれなかったことは、特に北米から参加した女性たちを失望
9 Eugene Carson Blake, “Uppsala and Afterwards,” in Harold C. Fey, ed., A History of the Ecumenical Movement: Volume 2, 1948-1968, WCC Publications, 2004, p. 435.
10 Larsson, p. 34.
11 Ibid., p. 35.
12 James P. Hanigan, “The Centrality of Marriage,” The Ecumenical Review, 50(1), January 1988, p. 58.
13 Aruna Gnanadason, With Courage and Compassion: Women and the Ecumenical Movement, Fortress Press, 2020, p. 40. 括弧内は筆者による。
14 異性愛を規範的だと考える人々は、それが「聖書、伝統、理性、人間が経験してき た真の愛の最も深遠な経験に基づく」と断言する。Max L. Stackhouse, “Homosexuality,”
in Nicholas Lossky, José Míguez Bonino, John Pobee, Tom F. Stransky, Geoffrey Wainwright, Pauline Webb eds., Dictionary of the Ecumenical Movement, 2th Edition, WCC Publications, 2002, p. 541 を参照。
させている15。
Ⅰ - 3 ナイロビ総会期(1975 年〜)
1975 年のナイロビ(ケニア)における第 5 回総会では、諸文化を考慮しなが らセクシュアリティに関して神学的に研究し、教会でも無視されることの多い 様々なライフスタイルを生きる人々を尊重することが勧告された16。1976 年以 降の「教会における女性と男性のコミュニティ」(Community of Women and Men in the Church)に関する研究プロセスが、1981 年のシェフィールド(英 国)で総括された際には、セクシュアリティの教育を促進するためには女性た ちの視点によるリソースが必要であると考えられた。「キリスト教のスピリチュ アリティが体、心、霊(body, mind and spirit)の全体に関わるものであるこ とを認識し、私たちは喜びを感じている17」として、シェフィールドにおいても セクシュアリティは賛美されているが、同年に出版された
A Voice for Women:
The Women’s Department of the World Council of Churches
(女性たちのた めの声-世界教会協議会女性部門-)で、欧米における「同性愛やレズビアニ ズムの称賛18」が家族やパートナーシップに関する概念の深刻な壊乱の例に数え 上げられるなど、異性愛者以外の人々に対するセンシティビティは明らかに未 発達であったと見なければならない。Ⅰ - 4 バンクーバー総会期(1983 年〜)
1983 年にバンクーバー(カナダ)で開催された第 6 回総会では、家庭教育に ついての教会の基本的責任は「全て揃っている家族」(the complete family)の 支援にあるが、「伝統的な家族のイメージは、今日の社会の一部で見られる家族 15 Elisabeth Moltman-Wendel and Malanie A. May, “Feminism,” in Dictionary of the Ecumenical Movement, p. 472.
16 David M. Paton, ed., Breaking Barriers: Nairobi 1975, World Council of Churches, 1976, p. 62, pp. 113-115.
17 Larsson, p. 37.
18 Susannah Herzel, A Voice for Women: The Women’s Department of the World Council of Churches, World Council of Churches, 1981, p. 2.
の現実とはもはや一致しない19」とも認識され、同性愛者に対する司牧的責任に ついての提言が行われた。同年、エジプト・コプト正教会のマリー・アサド(Marie Assad)の主導により、「諸宗教の伝統における女性のセクシュアリティと身体 的機能」の研究が開始され、1990 年に論文集
Women, Religion and Sexuality
(女 性、宗教、セクシュアリティ)が出版された20。時を同じくして、家庭教育オフィ スからも、ヒューマンセクシュアリティ、同性愛などに関する諸教会の見解を 知るための手引きとしてLiving in Covenant with God and One Another
(神 と互いとの契約を生きる)が出版された。同書の序文では、これが WCC の公 式見解ではない点や、WCC には公的声明を発表する能力がない点が入念に主張 されている21。なお、同年、世界保健機関(WHO)では国際疾病分類からの同性 愛の項目の削除が決議され、これ以降、同性愛はいかなる意味でも治療・矯正 の対象にならないとの見解が明確に示されていく22。Ⅰ - 5 キャンベラ総会期(1991 年〜)
1991 年のキャンベラ(オーストラリア)における第 7 回総会では、集会を行っ たゲイ&レズビアン・コーカス(Gay and Lesbian Caucus)が、性的指向に関 する WCC の活動を、家庭生活教育ユニットではなく正義ユニットに配置する ように要望した23。この時期から、ヒューマンセクシュアリティをめぐる議論は 同性愛に焦点化していく。同年、信仰職制委員会から出版された
Women and
19 Larsson, p. 37.20 Jeanne Becher, ed., Women, Religion and Sexuality: Studies on the Impact of Religious Teachings on Women, WCC Publications, 1990.
21 Clifford Payne and Jorge Maldonado, “Preface,” in Robin Smith, Living in Covenant with God and One Another: A Guide to Study of Sexuality and Human Relations Using Statements from Member Churches of the World Council of Churches, 1990, p. ii.
22 決議が行われた 5 月 17 日は、国際反ホモフォビア・トランスフォビア・バイフォ ビ ア の 日(International Day Against Homophobia, Transphobia and Biphobia, 略 称 IDAHO)として記念されている。
23 “World Council of Churches’ Contributions to the Discussions on Human Sexuality:
From Harare to Porto Alegre: Background Document,” World Council of Churches, 14 February 2006, https://www.oikoumene.org/resources/documents/churches-response- to-human-sexuality, accessed April 3, 2021.
Church: The Challenge of Ecumenical Solidarity in an Age of Alienation
(女 性たちと教会-疎外の時代におけるエキュメニカルな連帯への挑戦-)では、レズビアン女性であるバージニア・レイミー・モレンコット(Virginia Ramey Mollenkott)が、個人の病的状態や異常として矮小化されやすい「同性愛嫌悪」
(homophobia)ではなく、社会全体で行われる制度化された偏見として問題を 提起するために、「異性愛主義24」(heterosexism)という言葉を用いている25。 米国の原理主義的な教会に育ったモレンコットは、異性愛主義とそれに伴う 自己嫌悪を内面化し、夫や周囲の男性たちが自分に何を求めているかだけを考 えながら長い年月を過ごすが、ある時に「自分がいかに男性を中心とした異性 愛主義の教育を受けてきたか26」に気付き、愕然とする。彼女によれば、異性愛 主義への抵抗とは、按手を望むゲイやレズビアンだけでなく、教会が想定する
「家庭」の維持という名目のもとに暴力的な結婚に閉じ込められている女性たち、
性的、身体的、精神的虐待に苦しんでいる子どもたちに味方することに他なら ない。モレンコットは、他教派と競い合うのではなくエキュメニカルな連帯を 拡大させてきた人々は、異性愛主義にも挑戦し、ゲイやレズビアンとの連帯、
特に「いわゆる第二の性の中でも最も沈黙させられているメンバーである、神 のレズビアンの娘たち27」との連帯に進み出ることなしに、全ての虐げられた神 の民との連帯は実現できないと論じた。
Ⅰ - 6 ヨハネスブルクにおける中央委員会(1994 年)
同性愛がより焦点化される契機は、1994 年のヨハネスブルク(南アフリカ)
で開かれた中央委員会においてもたらされた。そこでは、「女性に対する暴力」
24 性別二元論(gender binarism)を前提に、異性愛のみを正常、自然と捉え、それ以 外のあらゆる性的指向等を異常、不自然と見なして差別、暴力、排斥の対象とすること。
「強制的異性愛」とも訳される。
25 Virginia Ramey Mollenkott, “Heterosexism: A Challenge to Ecumenical Solidarity,”
in Melanie A. May ed., Women and Church: The Challenge of Ecumenical Solidarity in an Age of Alienation (Faith and Order Series), Eerdmans, 1991, pp. 38-39.
26 Ibid., p. 40.
27 Ibid., p. 42.
の中でも「レズビアンに対する暴力」(violence against lesbians)の問題を特 別な焦点とすべきであるとの意見を火種として、感情的な議論が巻き起こった。
なかでも、アメリカ正教会からの中央委員は、レズビアン女性たちを暴力から 保護することは同性間性行為の容認につながるのではないかと感じて憤激して いる。女性に関するワーキンググループの報告書から「レズビアンに対する暴力」
との文言を削除せよとの動議が行われたが、反対 44、賛成 43、棄権 4 で否決さ れた28。これを受けて、秩序のある議論の手段が必要であると感じた WCC 総幹 事のコンラート・ライザー(Konrad Raiser)は、アオテアロア・ニュージーラ ンド長老教会のアラン・A・ブラッシュ(Alan A. Blash)に同性愛についての スタッフ・ワークショップを依頼した。その経験から 1995 年に出版されたのが、
Facing Our Differences: The Churches and Their Gay and Lesbian Members
(私たちの違いと向き合う―諸教会とゲイとレズビアンのメンバーたち)という 有名な著作である29。
中央委員会が第 8 回総会の開催地をハラレ(ジンバブエ)に決定したことも、
人々の間に大きな動揺をもたらした。よく知られているのは、記者会見でオラ ンダ人ジャーナリストが、ハラレの街中で警察がゲイやレズビアンに嫌がらせ を行い、無差別に逮捕しているとの報道について、現地の教会はどのように感 じているかと質問したというエピソードである。これに対し、ジンバブエ教会 協議会の会長は「同性愛は罪であり、政府は法律に則って行動している。教会 はこのことについて考えを変えることはない。私たちは同性愛が正しい生き方 だとは思わない30」と回答した。この発言をきっかけに、米国合同教会などの諸 教会が深刻な人権侵害への懸念を表明し、オランダ福音ルーテル教会は総会へ
28 Central Committee of the World Council of Churches, Minutes of the Forty-Fifth Meeting, Johannesburg, South Africa, 20-28 January1994, World Council of Churches, 1994, pp. 117-118.
29 Alan A. Brash, Facing Our Differences: The Churches and Their Gay and Lesbian Members, WCC Publications, 1995. アラン・A・ブラッシュ(岸本和世訳)『教会と同性 愛-互いの違いと向き合いながら-』、新教出版社、2001 年。
30 “Discord over Planned WCC Meeting Site,” The Christian Century, January 1, 1994.
の参加そのものをキャンセルしている31。これに対し、ジンバブエ大統領のロ バート・ムガベ(Robert Mugabe)は、WCC はゲイやレズビアンに甘く、同 性愛はアフリカ的でもキリスト教的でもないと激しく非難した32。WCC はこの 時、現地のゲイとレズビアンのグループ(Gays and Lesbians in Zimbabwe, 略 称 GALZ)は総会への正式な参加ではなく、特別コーナーでの展示の許可を得 ているのだと釈明し、ジンバブエ政府に「総会を妨害しない」との約束を取り 付けている。
Ⅱ ランベス会議以後の議論
Ⅱ - 1 ランベス会議(1998 年)
ハラレ総会の数ヶ月前、事態の混迷を更に深めることになったのは 1998 年の ランベス会議における「1.10 決議」(Resolution 1.10)と、ナイジェリア聖公会 の主教エマニュエル・チュクワマ(Emmanuel Chukwama)による悪魔祓い未 遂事件であった33。「1.10 決議」で、聖書は「スピリチュアルな規範としての異性 愛34」を宣言しているとの従来の見方が踏襲され、「同性愛者同士の結婚(ユニオ
31 “World Council of Churches’ Contributions to the Discussions on Human Sexuality.”
正教会と一部のプロテスタントは 1998 年の WCC 人権会議に対し、総会に向けた文書 で性的指向に言及しないように要求した。当時の教会の諸見解については、Wolfgang Lienemann, “Churches and Homosexuality: An Overview of Recent Official Church Statements on Sexual Orientation,” The Ecumenical Review, 50(1), January 1998, pp.
7-21 を参照。
32 “Zimbabwe President Criticizes Gays, WCC,” The Christian Century, May 13, 1998, p. 496. ムガベは「ジャングルの動物は、少なくとも男性と女性の区別を知っているので、
これらの人々よりも優れている」とも発言し、批判を浴びている。
33 Keith Sharpe, The Gay Gospels: Good News for Lesbian, Gay, Bisexual and Transgendered People, John Hunt Publishing, 2011, p. 68. ナイジェリア聖公会は、アン グリカン・コミュニオンにおいて最大である。「1.10 決議」は、英国上院における主教の 投票行動を支配する原則となった。
34 Andrew Goddard, “Sexuality and Communion,” in Mark D. Chapman, Sathianathan Clarke, Martyn Percy eds., The Oxford Handbook of Anglican Studies, Oxford University Press, 2015, p. 417.
ン)の祝福や、同性愛の結びつきにある者の聖職按手の公認を奨励できない35」 と公言されたことにより、アングリカン・コミュニオン(全世界聖公会)の内 部に大きな断裂が生じることとなった。同性愛者は「欠陥のある異性愛者36」で あり、悪霊がその人を変態的欲望に駆り立てていると信じるチュクワマは、レ ズビアン&ゲイ・クリスチャン運動(Lesbian and Gay Christian Movement)
の創始者であり、英国教会の同性愛嫌悪に抗議している執事リチャード・カー カー(Richard Kirker)を倒錯から解放するためと称して、他の参加者たちの 目前で悪魔祓いを試みた。チュクワマがこの時、あなたたちのような人間に「居 場所はなく、教会を汚しているのだから出ていくべきだ37」と放言したことは、
BBC によって報道されている。
ランベス会議における混乱を見聞した WCC は、ハラレ総会での対立を避け るために、ゲイやレズビアンのアクティビストと支援団体によるワークショッ プをパダレ(
padare
)と呼ばれる広場で非公式に開催させることを決めた。そ れは結果として、彼ら彼女らが不当な攻撃を受けることなく、安心して参加す ることのできる「セーフスペース」の確保につながっていく38。Ⅱ - 2 ハラレ総会期(1998 年〜)
ハラレ総会のプレ集会として、1988 年から 1998 年にかけて世界規模で展開 された WCC 主導のキャンペーン「教会が女性たちと連帯するエキュメニカル な 10 年」(Ecumenical Decade of the Churches in Solidarity with Women, 略 称「教会女性 10 年」)を総括するフェスティバルが行われた。フェスティバル に出席した人々が総会に宛てた手紙を起草した際、正教会の代議員と思われる 35 西原廉太『聖公会の職制論-エキュメニカル対話の視点から-』聖公会出版、2013 年、
379 頁。
36 Sharpe, p. 67.
37 “Confrontation at Lambeth Conference,” August 5, 1998, BBC News, http://news.
bbc.co.uk/2/hi/uk_news/145420.stm, accessed August 24, 2021.
38 Elisabeth Raiser, “Inclusive Community,” in John Briggs, Mercy Amba Oduyoye, Georges Tsetsis eds., A History of the Ecumenical Movement: Volume 3, 1968-2000, WCC Publications, 2004, p. 270.
一部の女性たちは、以下のパラグラフを受け入れられないと感じて強く反発し た。
「私たちは、女性の按手、中絶、離婚、そして全ての多様な形における ヒューマンセクシュアリティ(human sexuality in all its diversity)のよ うに、参加(participation)に対して影響を及ぼす倫理的・神学的な問題 が数多くありながら、教会のコミュニティの中では対処するのは難しい、
ということを認識しています。この 10 年では、多様なヒューマンセクシュ アリティが特に重要視されました。私たちは、この問題をめぐる(意見の)
相違によって引き起こされた暴力を非難します。(中略) 実際、私たちの中 には、この問題に正当性がないと考える女性や男性もいます。私たちは、
正義が勝利するために話し合いを続けることができるよう、聖霊の知恵と 導きを求めます。39」
ある若い女性が怒りのあまり、総会でのスピーチで「フェスティバルによっ て分裂が深まった」と仄めかそうとしていることが分かると、WCC のスタッフ は時間かけて彼女を説得しなければならなかった。WCC のスタッフとして、正 教会の女性たちが完全に参加できるように配慮してきたつもりであった南イン ド教会のアルナ・ニャーナダソン(Aruna Gnanadason)は、当時を振り返って「脆 い夢が打ち砕かれた40」と語っている。ランベス会議における「1.10 決議」、そし て、フェスティバルによる手紙をめぐる衝突から徐々に明らかになったのは、「意 思決定機関による決断や、権威ある声明に焦点を当てることは、ほとんど逆効 39 “Letter to the Eight Assembly of the World Council of Churches from the Women and Men of the Decade Festival of the Churches in Solidarity with Women,” https://
www.oikoumene.org/resources/documents/from-solidarity-to-accountability, accessed August 24, 2021. 括弧内は筆者による。なお、このパラグラフは、NCC 女性委員会委員 長による翻訳から断りなしに脱落している。秋田聖子訳「『教会が女性と連帯する十年』
の祝祭に出席した女性・男性から世界教会協議会第 8 回総会への手紙-連帯(Solidarity)
から責務(Accountability)へ-」、『福音と世界』54(5)、1999 年、37 頁を参照。
40 Gnanadason, p. 133.
果である41」という重大なポイントであった。
しかしながら、立場の表明が難しくなった点だけが問題となったのではない。
前年から相次いで脱退したグルジア、ブルガリアの正教会に続き、オーソドッ クスファミリーの中で最大の勢力を誇るロシア正教会が、WCC からの脱退も辞 さないとの姿勢を強めてきたため、ヒューマンセクシュアリティに関して新た なプログラムを設置することも不適切と判断されざるを得なかった42。
それでは、WCC では一体、何ができるのか。エキュメニカルな地図(ecumenical map)が急速に変化しつつある中で有望視されるようになったのは、同性愛な どの諸問題について様々な立場の人々が出会い、分析し、対話することを可能 にする「エキュメニカルな場」(ecumenical space)を作り出すというアプロー チであった。ハラレ総会では、以下のように勧告されている。
「WCC は加盟教会の中で、あるいは加盟教会の間で分裂の原因となっ ているヒューマンセクシュアリティを含む困難な諸問題について、加盟教 会が議論できるように、話し合いと協議のための場と方向性(space and direction for conversation and consultation)を提供すべきである。この 話し合いは、人種主義(racism)などの問題についてのエキュメニカルな 倫理の議論に影響を与えた、共有の神学的・解釈学的考察の上に構築され なければならない。43」
Ⅱ - 3 レファレンスグループ、スタッフグループ
このような勧告を受けて、ライザーはヒューマンセクシュアリティに関する レファレンスグループ44とスタッフグループを新たに設置し、2001 年以降のボ 41 “World Council of Churches’ Contributions to the Discussions on Human Sexuality.”
42 Raiser, p. 270.
43 “World Council of Churches’ Contributions to the Discussions on Human Sexuality.” Diane Kessler ed., Together on the Way: Official Report of the Eighth Assembly of the World Council of Churches, WCC Publications, 1999, pp. 144-146を参照。
44 Valburga Schmiedt Streck, “Minutes of the Hearing on Human Sexuality,” in
セー・セミナー(The Bossey Seminar)などの機会を通じて、デリケートな問 題を率直に話し合うことのできるセーフスペースの創出を試みている。
なかでも注目に値するのは、カナダ合同教会のロレイン・マッケンジー・シェ パード(Lorraine MacKenzie Shepherd)がボセー・セミナーでの議論において、
同性愛嫌悪と女性蔑視(misogyny)の関連性を指摘している点である。ゲイ男 性が前者の対象とされ、ヘテロセクシュアル女性が後者の対象とされるのに対 し、レズビアン女性たちは双方の矛先となって二重に差別され、それゆえの暴 力に晒されやすいというポイントは、いくら強調しても足りない45。また、スタッ フグループでは教会指導者による性的虐待の問題などが検討され、セクシュア リティに対して破壊的な理解を持つ「多くの聖職者(大抵は男性)は、教会の 聖職者として自らが行使している(家父長主義的な)権力について、驚くほど 自覚していない46」点が厳しく指摘された。
このように、当時の WCC はヒューマンセクシュアリティについての公的発 言を断念しなければならなくなる一方、自らが様々な見解を持つ加盟教会と交 わることのできる独自の状況にある点や、議論に直接関与するのではなく、実 りある出会いの場を提供している点、多様な視点の「信頼された保護者47」(a trusted custodian)として機能している点について、ある程度の自負心を抱い ていたと考えられる。
Thomas F. Best, ed., Faith and Order at the Crossroads: Kuala Lumpur 2004: The Prenary Comission Meeting, WCC Publications, 2005, p. 377.
45 Mark Woods, “Human Sexuality: A Question of Identity,” World Council of Churches, 6 August 2004, https://www.oikoumene.org/news/human-sexuality-a- question-of-identity, accessed April 3, 2021.
46 David Coles, “Reclaiming the Sacredness and the Beauty of the Body: The Sexual Abuse of Women and Children from a Church Leader's Perspective,” The Ecumenical Review, 54(3), July 2002, p. 230.
47 “World Council of Churches’ Contribution to the Discussions on Human Sexuality.”
Ⅲ 同性愛者主教按手以後の議論
Ⅲ - 1 ジーン・ロビンソン主教按手(2003 年)
ハラレ総会期に、エキュメニカル運動全体に大きな波紋を投げかけることに なったのは、アングリカン・コミュニオンにおいて初めて、ゲイ男性である米 国聖公会のジーン・ロビンソン(Gene Robinson)がニューハンプシャー教区 の次期主教に選出されるというニュースと、それに対して行われたナイジェリ ア、ケニア、タンザニアなどの聖公会による激烈な非難であった。この時期か ら、アフリカ、中東、東南アジアなどの極端に保守的な立場を表明する聖公会 は「グローバルサウス・アングリカン」(Global South Anglican)と総称され ていく48。これに対し、「教会女性 10 年」の発案者であり、レズビアン女性であ るスウェーデン教会(ルーテル)のアンナ・カーリン・ハマー(Anna Karin Hammar)は翌年の
The Ecumenical Review
で、1948 年のアムステルダム(オ ランダ)における創立総会の有名なメッセージである「私たちは共にいよう49」(We intend to stay together)に擬えて、論争の時代にあって、私たちはどの ようにして共にいることができるだろうかと問いかけた50。
ハマーによれば、西洋の教会による宣教活動において同性愛は「罪」である と教えられてきたために、アフリカの教会においては、同性愛が人間としての アイデンティティ、生涯を通じたコミットメントや家族形態として理解される ことがなかった。したがって、第二次世界大戦以降の西洋の教会が同性愛を包 含していくことは、アフリカの文脈からは裏切り(infidelity)のように見える のではないかと考えられるのである。しかし、ここで決して見過ごされてはな らないのは、同性愛を異性愛アイデンティティから逸脱する「行為」や「行動」
48 Thomas F. Best, “Consolidation and Challenge: 1990—Present,” in Geoffrey Wainwright, Paul McPartlan eds., The Oxford Handbook of Ecumenical Studies, Oxford University Press, 2021, pp. 54-55.
49 メッセージは、英国教会のキャスリーン・ブリス(Kathleen Bliss)によって執筆さ れた。Herzel, p. 17 を参照。
50 Anna Karin Hammar, “Staying Together?: on Ecumenism, Homosexuality and Love,” The Ecumenical Review, 56(4), October 2004, pp. 450-451.
(behavior)として理解することと、「アイデンティティ」として理解すること の間には、極めて大きな隔たりがあるという点である51。併せて、注目する必要 があるのは、アパルトヘイト撤廃後の南アフリカが同性愛者の権利を保護して いる点や、南アフリカ聖公会の大主教デズモンド・ツツ52(Desmond Tutu)と その後継者たちが、ゲイやレズビアンを神学的に強く支持している点である53。 ハマーは、トマス・アクィナス、マルティン・ルターらが許容してきた人種主 義に基づく奴隷制が、19 世紀末にはほとんどの教会で反対されているように、
教会は、その教えが正義や恵みを反映していないことに気付いた時、変わり始 めることができると主張した。また、ハマーは、エキュメニカルな議論において、
同性愛に関してコンセンサスが生まれる兆しがないという事実をあるがままに 受け止めつつ、この問題をめぐる対話(dialogue)が決裂するリスクに対処す るためのファシリテーションと訓練されたリーダーが求められているとの意見 を提出した54。そして、彼女がハラレ総会期の WCC による真摯な努力と捉えた のが、「正教会の参加に関する特別委員会」(Special Commission on Orthodox Participation, 以下、特別委員会)の設置であった55。
Ⅲ - 2 正教会の参加に関する特別委員会
特 別 委 員 会 は、WCC に お い て 支 配 的 な プ ロ テ ス タ ン ト・ エ ー ト ス(the Protestant ethos)、女性の按手、同性愛などについての倫理的課題に関する正 教会の声高な不満に対応するために設置されたものである56。2002 年の最終報告 書(「ヒューマンセクシュアリティ」や「同性愛」という言葉は一切使われてい
51 堀江有里「同性愛」、関西学院大学キリスト教と文化研究センター編『キリスト教平 和学事典』教文館、2009 年、266-267 頁を参照。
52 “Archbishop Tutu ‘Would Not Worship a Homophobic God,’” BBC News, July 26, 2013, https://www.bbc.com/news/world-africa-23464694, accessed August 24, 2021 を参 照。
53 Hammar, p. 453.
54 Ibid., p. 451, 458.
55 Ibid., p. 449.
56 Ibid., p. 457.
ない)には、正教会の人々が全く重要視していない諸問題を扱うように WCC から強要され、「説教57」(preach)されていることへの難色が示されている。「加 盟教会が教義的・倫理的な決定を行うのであって、協議会が行うのではない58」 点は厳しく警告され、公的発言についても以下のように戒められた。
「協議会は、諸教会の立場を代弁することはできず、諸教会に特定の立 場を取るように要求することもできない。しかし、全ての教会が互いに相 談し、可能な限り共に発言する機会を提供し続けることはできる。59」
特別委員会は、少数による反対意見が大きな影響力を持つことになるコンセ ンサスに基づく意思決定(全会一致制)の導入によって、相互の信頼を高める ことや、「あらゆる倫理的・社会的問題の議論に全ての人が完全に参加すること
(all to participate fully in the discussion)60」を WCC に要望した。しかし、ギ リシャ正教会のレオニー・B・リベリス(Leonie B. Liveris)が果敢に指摘した ように、ここで要望されているのが正教会の男性聖職者と、彼らに指名された 保守的な女性代議員たちの「完全な参加」に過ぎない点には注意を要する61。
Ⅲ - 3 ポルトアレグレ総会期(2006 年〜)
特別委員会の勧告を受けて、2006 年にポルトアレグレ(ブラジル)で開かれ た第 9 回総会ではコンセンサスモデルが採用されたが62、「文化横断的かつ神学 横断的(cross-theological)な出会いのための『セーフスペース』を作るという
57 “World Council of Churches Special Commission on Orthodox Participation in the WCC,” The Ecumenical Review, 55(1), January 2003, p. 9.
58 Ibid., p. 6.
59 Ibid., p. 9.
60 Ibid., p. 10.
61 Leonie B Liveris, “Ecumenism at Cost: Women, Ordination and Sexuality,” Journal of Ecumenical Studies, 41(1), Winter 2004, p. 62.
62 Luis N. Rivera-Pagan ed, God, in Your Grace... Official Report of the Ninth Assembly of the World Council of Churches, WCC Publications, 2007, pp. 42-43.
WCC の役割63」に支えられた対話の継続は、引き続いて期待されることになった。
このような WCC の消極的変化に直面して、韓国出身のフェミニスト神学者で 合同メソジスト教会(米国)のナムスン・カン(Namsoon Kang)は総会にお いて、様々な形態の不正義や暴力への加担だけでなく、女性蔑視、同性愛嫌悪、
ヒエラルキー的聖職者主義(hierarchical clericalism)についても、世界の教会 は組織的に悔い改めなければならないと鋭く批判している64。
総会代議員などが自由に選択して参加する 22 のエキュメニカル・カンバセー ション(Ecumenical Conversations)のうち、ヒューマンセクシュアリティに 関する企画では「様々な性的指向のオープンな肯定と承認65」や「女性や性的マ イノリティに対する暴力66」などが俎上に載せられた。興味深いのは、このよう な企画に正教会の人々が多く参加している点である67。例えば、モデレーターを 務めたフィンランド正教会のヘイッキ・フットネン(Heikki Huttunen)は、女 性の按手や同性愛者の権利を支持することで知られているエキュメニカルリー ダーである68。
WCC においてはポルトアレグレ総会以後、とりわけ、2011 年の国連人権理 事会による SOGI に関する初めての決議の前後から、ヒューマンセクシュアリ ティの諸問題にコミットメントを持つキリスト者の間で、「LGBT の人々」(LGBT people)や「SOGI」(性的マジョリティを含む)などの言葉が意識的に使われ 63 Ibid., p. 267.
64 Namsoon Kang, “God, in Your Grace, Transform Our Churches,” in God, in Your Grace..., p. 93.
65 Stephen Webb, “Ecumenical Conversations Marks A Significant Step in Dialogue on Human Sexuality,” WCC Feature, 20 February 2006, https://archive.wfn.org/2006/02/
msg00267.html, accessed April 3, 2021.
66 Idem. HIV エイズ、ポルノグラフィ、人身取引、セックスツーリズム、性的虐待な どの問題も議論された。
67 “‘Ecumenical Conversation’ on Human Sexuality Models New Way to Approach Difficult Issues,” 7 February 2005, WCC News, https://www.oikoumene.org/news/
ecumenical-conversation-on-human-sexuality-models-new-way-to-approach-difficult-issues, accessed September 1, 2021.
68 フィンランド・エキュメニカル協議会総幹事であったフットネンは、2015 年に欧州 教会協議会(Conference of European Churches, 略称 CEC)の総幹事に指名されている。
たり、包含的(inclusive)、肯定的(affirming)であることを志向する様々な表 現が多く用いられるようになったものと見られる69。その結果、2013 年の釜山総 会においても、複数のサイドイベントで「同性愛嫌悪の暴力」が非難され、世 界中の教会に深い根を下ろしている異性愛主義の問い直しが試みられることに なった70。
Ⅲ - 4 釜山総会期(2013 年〜)
釜山総会に先駆けて、ジャカルタ神学校のスティーブン・スリマン(Stephen Suleeman)、LGBT キリスト者グループの欧州フォーラム(European Forum of LGBT Christian Groups)のガブリエレ・メイヤー(Gabriele Mayer)が主 導する「グローバル LGBT 連合」(Global LGBT Coalition)は、ヒューマンセ クシュアリティに関するレファレンスグループの再設置を求めて WCC 総幹事 オラフ・フィクセ・トヴェイト(Olav Fykse Tveit)に書簡を送付するという アドボカシーの行動を起こした71。総会におけるマダン(
madang
)と呼ばれる広 場では 88 の展示ブースが設置され、「LGBTIQ コミュニティとの協働」などを テーマとする出展が行われた72。69 Manoj Kurian, “An Ecumenical Framework for a Liberative Human Sexuality:
Toward a Culture of Justice and Peace,” The Ecumenical Review, 64,(3), October 2012, pp. 338-345 を参照。なお、2009 年のウガンダにおける反同性愛法案に対し、WCC 総幹 事サミュエル・コビア(Samuel Kobia)は深い悲しみを書簡で表明した。同年、スウェー デン教会のエヴァ・ブルンネ(Eva Brunne)が世界で初めてレズビアン女性の主教となる。
70 God, in Your Grace..., p. 70. 米国長老教会のロビナ・マリー・ウィンブッシュ(Robina Marie Winbush)は閉会の祈りで、「世界教会協議会が沈黙と否定を破り、ヒューマンセ クシュアリティの諸問題についてオープンかつ誠実に語り始め、教会間や教会内での対 話を促進することができるならば、それは癒しの葉となるでしょう」と語っている。
71 Gabriele Mayer, “Journeying Together from WCC 10th Assembly 2013 to WCC 11th Assembly 2021,” in Stephen Suleeman and Amadeo D. Udampoh, eds., Siapakah Sesamaku?: Pergumulan Theologi dengan Isu-isu Keadukab Gender, Sekolah Tinggi Filsafat Theologi Jakarta, 2019, p. 136. スリマンに関しては、北村由美「教会にかかる虹
-インドネシアキリスト教会と性的少数者-」、日下渉、青山薫、伊賀司、田村慶子編『東 南アジアと「LGBT」の政治-性的少数者をめぐって何が争われているのか-』、明石書店、
2021 年、331-332 頁を参照。
72 “Madan: Exhibits and Events,” p. 119, 128.
特筆に値するのは、ジャカルタ神学校と LGBT キリスト者グループの欧 州フォーラムが、南アフリカを拠点として、アフリカの教会に働きかけてい るインクルーシブ&アファーミング・ミニストリー(Inclusive & Affirming Ministries, 略称 IAM)と共同で行った分かち合いの果実を、 “Stand Together:
12 Testimonies from Sexual Minorities Worldwide”(共に立ち上がろう-世 界の性的マイノリティが語る 12 の証し-)と題する小冊子に纏めるだけでな く、正教会やアフリカの教会の人々との対話のために、それをロシア語、フラ ンス語を含む 5 ヶ国語で発行・配布している点である。その序文において、デ ズモンド・ツツとドイツ福音主義教会のベーベル・ヴァルテンベルク-ポッター
(Bärbel Wartenberg-Potter)は、教会や宗教指導者たちがゲイやレズビアンに 烙印を押すことは、教会に内在する同性愛嫌悪を強化し、社会、文化、国家に も影響を与えると指摘し、世界の教会に「より公正で、応答的で、包含的」(to be more just, responsive, and inclusive)となるように働きかけてきた WCC は、
同性愛嫌悪の暴力(homophobic violence)の問題に特別の留意を払うべきであ ると言明した73。
マダンでは、EHAIA(Ecumenical HIV and AIDS Initiative in Africa)及 び EAA(Ecumenical Advocacy Alliance)、世界 YWCA による「HIV、人権、
セクシュアル&リプロダクティブヘルスに対応するための世代を超えたセーフ スペースの創出74」と題するサイドイベントも行われた。セーフスペースのため のカンバセーションでは、LGBTIQ コミュニティの支援で知られているウガン ダ教会(聖公会)のクリストファー・セニョンジョ(Christopher Senyonjo)
主教をはじめとするアフリカの教会指導者たちが、性的マイノリティを教会に 迎え入れるために奮闘した実体験を分かち合った75。
73 “Stand Together: 12 Testimonies from Sexual Minorities Worldwide,” p. 4.
74 “Madan,” p. 76.
75 “World Council of Churches’ ‘Create Safe Space Caucus’ Statement,” Reconciling Works, October 31, 2013, https://www.reconcilingworks.org/wcc-safespacecaucus- statement/, accessed September 11, 2021. Erza Chitando, Adriaan van Klinken eds., Christianity and Controversies over Homosexuality in Contemporary Africa, Routledge, 2019, p. 14 によれば、セニョンジョは LGBT の支援を理由に、聖職者としての地位を剥
さらに、「女性と男性のコミュニティ-相互の認識と変革的正義-」(Community of Women and Men in the Church: Mutual Recognition and Transformative Justice)に ついてのエキュメニカル・カンバセーションでは、WCC によるジェンダー正義 についての言明(affirmations)や声明には加盟教会に対する拘束力がないため、
「実践はされていない」と端的に指摘されるとともに、WCC と加盟教会、その エキュメニカル・パートナーが「セックスとジェンダーに基づく暴力のないス ペース(violence-free spaces)(すなわち、性的虐待、ハラスメント、いじめな どのないスペース)でなければならない76」点が確認され、破壊的・暴力的・有 害な男性性を信仰に照らして省察する「トランスフォーマティブ・マスキュリ ニティーズ77」(transformative masculinities)の取り組みが推奨された。これ に関連して注目しておきたいのは、このサイドイベントに参加した男性たちが
「ジェンダー正義のための共なる闘い- WCC 女性・男性プレアセンブリーに集 まった男性たちの声明-」を通して、以下のように宣言している点である。
「男性性には様々な形態や実践がありますが、私たちは男性たちの多様 性(diversity of men)を尊重してきませんでした。私たちは、性的指向 のために追放され、同性愛嫌悪の暴力(violence of homophobia)に苦し んでいる男性たちとの連帯を表明します。78」
奪されている。
76 “EC 09. Community of Women and Men in the Church: Mutual Recognition and Transformative Justice,” in Encountering the God of Life, p. 175.
77 ジェンダー正義のための闘いは、男性たちとのパートナーシップの強化なしに は大きく前進しないとの認識が深められている。Patricia Sheerattan-Bisnauth, Philip Vinod Peacock, eds., Created in God’s Image from Hegemony to Partnership: A Church Manual on Men as Partners: Promoting Positive Masculinitie, World Communion of Reformed Churches, World Council of Churches, 2010 を参照。
78 “Shared Struggle for Gender Justice: Statement from the Men Gathered for the WCC Women’s and Men’s Pre-Assembly,” in Encountering the God of Life, p. 144.
以 上 の よ う に、 グ ロ ー バ ル ノ ー ス と グ ロ ー バ ル サ ウ ス の 教 会 に 連 な る LGBTIQ とストレートアライ79(straight ally)、女性と男性が、同性愛嫌悪の暴 力への反対を共同で表明したことは WCC を動かし、2014 年、ヒューマンセク シュアリティに関するレファレンスグループの再設置が実現した80。現在、レファ レンスグループは 2021 年から 2022 年に延期されたカールスルーエ(ドイツ)
での第 11 回総会に向けて、LGBTIQ の人々との関係性についてのガイドライン の策定に挑戦している81。
おわりに
1 節では、1960 年代に始まる初期の議論において、同性愛が伝統的なクリス チャンファミリーを脅かすものと見なされていた点や、1980 年代には長きに亘っ て危険視されてきた女性の身体とセクシュアリティについて、女性たち自身が 研究に取り組み、加盟教会による諸見解にも関心が寄せられるようになった点 について確認した。1990 年代以降の議論では同性愛が焦点化され、エキュメニ カル運動そのものに潜在している男性中心的な異性愛主義の問題も認識される ようになった。
2 節では、1998 年の「1.10 決議」を契機としてアングリカン・コミュニオン がその内外において分裂を深めると、同性愛についてのコンセンサスの形成を 念頭に置く議論の不可能性が露見した点、とりわけ、正教会の指導層からの声 高な不満に直面した WCC が、ハラレ総会以降、「エキュメニカルな場」の提供 による対話の促進にポイントを移さざるを得なかった点について検討した。
3 節では、2000 年代にグローバルノースとグローバルサウスの教会における
「同性愛」の理解に重大な齟齬が存在するという問題がますます明らかになった 79 「同盟」の意。LGBTIQ コミュニティに対する差別や暴力に反対し、共に連帯し、運 動する異性愛者を指す。
80 Mayer, p.137.
81 レファレンスグループのメンバーであるスリマンからの聞き取り(2021 年 9 月 11 日、
オンライン)による。スリマンは同年 11 月 8 日に急逝された。
点、前者による過去の宣教活動が、後者における現在の同性愛嫌悪にある程度 の責任を負っているのではないかという問題も自覚されるようになった点につ いて論じた。一方、過去 2 回の WCC 総会では、教会指導層による議論では大 いに見過ごされながらも、正教会やアフリカの教会において LGBTIQ の人々の いのちと尊厳のために運動している人々が確かに存在し、彼ら彼女らが、世界 各地の草の根のイニシアティブと連帯しながら、セーフスペースの創出を試み ている事実も確認できた。
留意しておきたいのは、初期の議論が WCC の主導するエキュメニカル運動 の「最盛期」に始められたのに対し、同性愛を焦点とする 1990 年代以降の「教 会分裂的」な議論が「エキュメニカルの冬」(ecumenical winter)として知ら れる停滞期の直中で行われている点である。言い換えれば、ヒューマンセクシュ アリティをめぐるエキュメニカルな議論は、20 世紀のキリスト教のグローバル シフト(global shift)、すなわち、その中心軸がかつて圧倒的優勢であった西ヨー ロッパ及び北米の教会から遠ざかっていく過程と並行して展開されてきたと指 摘し得る82。東ヨーロッパと中東、アフリカなどの教会がますます大きな発言力 を持つようになると、WCC がヒューマンセクシュアリティ(特に同性愛)につ いて自らの立場を表明しないでいることは、オーソドックスファミリーという 巨大なコミュニオンを、その指導層から見て「プロテスタント中心的」なエキュ メニカルな交わりに繋ぎ止めておく上で、容易に手放すことのできない固い結 び目となった。それゆえの身動きの取りづらさに、WCC をプラットフォームと する取り組みの限界があると見てよいだろう。
それでは、どのようなエキュメニカル戦略に今後の可能性を見出したらよい のだろうか。第一に考えられるのは、より多くの人々が心身を脅かされる危険 の少ないセーファースペース(safer space)としてのエキュメニカルな場を作 り出していくことである。これはハラレ総会期以来の要点だが、釜山総会のサ 82 Albert W. Hickman, “Christianity’s Shift from the Global North to the Global South,” Review & Expositor, 111(1), February 2014, p. 42. David Masci, “Christianity Poised to Continue Its Shift from Europe to Africa,” Pew Research Center, April 7, 2015, http://pewrsr.ch/1H1arcN, accessed August 21, 2021.
イドイベントで確認されたように、WCC や加盟教会を「セックスとジェンダー に基づく暴力のないスペース」とする目標は未達成であるため、今後も、継続 的に強調される必要がある。第二に考えられるのは、現在のレファレンスグルー プが試みているように、コンセンサスを要するポリシーの策定が難しいのであれ ば、それと比較してゆるやかなガイドラインの策定を試みるという戦略である83。 しかしながら、これらの戦略は「全ての人84」の完全な参加(full participation)と いうヴィジョンを伴うものであるため、将来的には、それを受け入れ難く感じ る人々による新たなバックラッシュのきっかけになるかもしれない85。そこで、
第三に考えられるのは、特別委員会が苦言を呈してきた(西方教会中心的な)
プロテスタント・エートスと、それゆえのオーソドックスファミリーに対する 関心の低さや無理解をプロテスタントの立場から省みることや、同性愛嫌悪の 暴力に反対する正教会やアフリカの教会の人々とのエキュメニカルな連帯に進 み出ることである。今後の研究では、正教会におけるヒューマンセクシュアリ ティをめぐる包含的な議論86、トランスフォーマティブ・マスキュリニティーズ、
そして、異性愛主義と聖職者主義、あるいは、聖職者中心主義(cleric-centrism)
とのつながりを検討するために、WCC が 2000 年代に主導した「すべての暴力 を克服する 10 年」(Decade to Overcome Violence)について検討していきたい。
83 https://www.oikoumene.org/news/wcc-governing-body-builds-momentum-toward- wcc-11th-assembly, accessed March 5, 2022. 総会に先立ち、WCC Gender Justice Principles
(ジェンダー正義に関する諸原則)と題する文書が承認された。
84 宣教と伝道についての約 30 年ぶりの声明Together Towards Life(いのちに向かっ
て共に , 略称TTL)では「教会は、全ての人を歓迎するインクルーシブコミュニティ
になるよう召されている」(§59)と宣言されている。Commission on World Mission and Evangelism (CWME), Together towards Life: Mission and Evangelism in Changing Landscapes, 2012, p. 22 を参照。
85 Tony Franklin-Ross, “Behind the Blue Cards: Mechanisms for the Exclusion of a Safe Space,” Consultation of the Global Network for Public Theology, Bamberg, 2019.
86 Misha Cherniak, Olga Gerassimenko, Michael Brinkschröder, eds., For I Am Wonderfully Made: Texts on Eastern Orthodoxy and LGBT Inclusion, European Forum of Lesbian, Gay, Bisexual and Transgender Christian Groups, 2016 などを参照。