ラドン族(3) ─大気中ラドン娘核種濃度の日変化
著者 西川 嗣雄
雑誌名 福井大学地域環境研究教育センター研究紀要 「日
本海地域の自然と環境」
巻 6
ページ 17‑26
発行年 1999‑11‑01
URL http://hdl.handle.net/10098/7800
福井大学地域環境研究教育センター研究紀要
「日本海地域の自然と環境」
No. 6, 17-26, 1999
ラドン族(3) 一大気中ラドン娘核種濃度の日変化
Radon Families (3) ‑Diurnal Variation of Atmospheric Radon Daughter Content
西川嗣雄事 (福井大学工学部)
ABSTRACT
The diurnal variation of the atmospheric radon daughter content is investigated in the viewュ point of their relation with some meteorological conditions. The diurnal variation of it, which shows the high content toward daylight and the low one in afternoon, is due largely to the prosperity and decay of the inversion layer in the atmosphere near the ground surface. In the simulation of the diurnal varj.ation of it due 旬 thetime variation of the inversion layer height using the box model, the results show good agreement with the observed ones.
要旨
大気中のラドン娘核種濃度の日変化と各種気象要素との関係について研究した。明け方に高く日中低いという 濃度の日変化は、地表近くの逆転層の消長に強く依存している。逆転層高度の時間変化に伴う濃度の臼変化に 関して箱モデルを用いてシミュレーションを行ったところ、観測結果と良い一致を示した。
1 _はじめに
既に第 1 報で述べたように 1) 、通常の大気中に含まれる放射能の大部分を占めるのはラドン族である。それらの 捜度は種々の気象要素の影響や地震などで大きく変化する事が知られている2-5) 。中でも特に静稽な日に現れる 夜間から明け方にかけて高く日中低くなるという日変化が顕著である。このような濃度の日変化は混合層高度の 変化によって説明できる、との報告4) があるが、言い換えれば以下のように地表近くの逆転層の消長がその主要 な原因と考えられる。すなわち、静積な日には夜間から明け方にかけて放射冷却により地表面の温度が低下し、
その結果地表近くに逆転層が現れる。この逆転層により、地表から逸出して来たラドンとその後に放射性崩壊によ り生じたその娘核種が上空への拡散を抑えられて地表近くに滞留し、夜間から明け方にかけて地表近くの濃度は 高い値を示す。また、夜明けとともに地表面が日光で暖められ、逆転層が急速に消滅するとともに上昇気流が発 生する。その結果、ラドン族の上空への拡散が活発になり、特に上昇気流の効果が強くなる正午以降から夕方に かけて地表近くの濃度には最低値が現れる。
(Keywords: radon daughters, atmospheric content, diurnal variation, meteorological condition, inversion layer, box model, simulation)
(キーワード;ラドン娘核種、大気中濃度、日変化、気象条件、逆転層、箱モデル、シミュレーション)
* Tsuguo NISHlKAWA (Faculty ofEngineering, Fukui University)
17
西川嗣雄
第 2報で述べたように6) 、このような大気中ラドン娘核種濃度の日変化は環境ガンマ線強度を変動させ、原子 力施設周辺などで行われてしも環境ガンマ線モニタリングの重大な妨害因子となっている。
我々は福井大学構内で、 1982年以来大気中のラドン娘核種濃度を連続測定し、その日変化や季節変化に関 して調査研究を進めてきた。また 1984年7月からは同じ福井大学構内で音波レーダーを用いた逆転層高度の連 続測定を始め、さらに 1986年には気球による気温の垂直分布の連続測定を行って逆転層を直接観測し、大気 中ラドン娘核種濃度の日変化との関係、を調べた。
今回は、これらの観測結果、および大気中ラドン娘核種濃度の日変化の解析に関して報告する。
なお、今回も第 1 報と同様に 1) 、大気中ラドン娘核種濃度としては、娘核種が互いに放射平衡にあると仮定して 求めた濃度(平衡仮定濃度)を用いた。また濃度は個数ではなく放射能で表わしてある。
2. 測定
2-1. 大気中ラドン娘核種湿度
大気中のラドン娘核種濃度の連続測定に用いた装置は、第 1 報と同様に1) 、 2組の ZnS(Ag) シンチレーション 計数率計を備えた富士電機製造株式会社製の連続浦紙送りダストモニターで、トロン娘核種も同時に測定してい る。
2-2. 逆転層高度
逆転層高度の連続測定には、海上電機株式会社製の音波レーダーを使用した。音波レーダーの構成を Fig.l に示す。この音波レーダーでは、周波数 1kHz の音波を出力 200W、パルス幅 120msec で 30秒毎に垂直上
Emitted sound wave
Controlling intensity,
time duration and interval, and frequency.
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Figure 1 810ck diagram of sonic radar.
‑ 18‑
ラドン族(3) 大気中ラ ドン娘核種濃度の日変化
方へ発射し、その音波の逆転層による反射エコーを、高度O"""'500m およびO"""'1000m の2種類の範囲で交互 に記録している。
この音波レーダーの送受波器は、大気中ラドン娘核種濃度を測定している大学構内の閉じ建物の屋上(地上高 10m) に設置した。また送受波器には、地域の特殊性を考慮して融雪用の赤外線ランプを取り付け、冬期の降積 雪期間も休まずに年間を通しての連続測定を行った。
2-3. 気温の垂直分布
気温の垂直分布の測定は気球を用いて、ダストモニターや音波レーダーがある建物から約 50m 離れた建物の 屋上で行った。気球を高度 150m まで浮揚させ、その係留索に 20m 毎にサーミスター温度センサーを取り付け、
その出力を建物屋上で連続計測・記録した。測定は 1986年の夏期と秋期に合わせて 13 日間行った。
3. 測定結果
3-1. 大気中ラドン娘核種漉度
福井で測定された大気中ラドン娘核種濃度の時間変化の代表例を Fig. 2 に示す。図は、連続測定の記録か ら毎時0分を中心とした前後 5分間の平均を読み取りプロットしたものである。また、福井地方気象台(福井大学の 南々東約 2km) のアメダスで得られた 1 時間毎の降水量と風速のデータも併せて示してある。
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TIME (day)
Depth of snow cover is more than 50 cm through this period. Time variation of atmospheric radon daughter content, wind velocity and precipitation
observed at Fukui.
‑ 19 ‑ Data observEld on February, 1986.
Figure 2 (a), (b) Figure 2 (a)
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TIME (day)
Data observed on August, 1986.
大気中のラドン娘核種濃度は、図から判るように、短時間の内に大きな変化を示す。濃度変化の内で最も顕著 なものは、年聞を通じて静穏な日に現れる明け方に高く日中低くなるとしづ日変化である。 Table 1 に 1986年に おける濃度の日変化の出現状況を示す。これらの日変化が現れた日は全て、夜間の風向は陸風(福井では南寄 りの風)であった。また夜間の天候は晴または曇で、一時降水があった場合でも降水量は1mmlhr 未満の極めて 少量であった。 一方、夜間の天候が晴または曇であっても濃度の日変化が現れなかった日もあった。 1986年 1 年 間では、その内の 75% が夜間に北風や4m/sec 以上の風が吹いた場合であった。
Figure 2 (b)
Number of days when atmospheric radon daughter content shows diurnal variation in 1986. MONTH
Table 1
NUMBER OF DAYS
大気中ラドン娘核種濃度の日変化の年聞を通じた平均的なパターンを Fig. 3 に示す。図は、 1986年 1 年間 の濃度の全測定値から、各時刻毎の平均値を求めてプロットしたものである。濃度の平均的な日変化は、明け方 の 7 時に最高値を示した後、 8 時から12 時にかけて急激に減少する。その後16 時頃に最低濃度を示し、 17 時か ら徐々に増加し始める。
図は 1986 年 10月 25 日 15 時...26 日 3-2. 逆転層高度
逆転層による音波レーダーエコーの時間変化の 1 例を Fig.4 に示す。
‑ 20
ラドン族(3) 大気中ラ ドン娘核種濃度の日変化
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Oiurnal variation of atmospheric radon daughter content. The data averaged through one year, 1986, for each hour are plotted versus time. The bars show the distribution range of averaged value for each month.
Figure 3
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TIME
Time variations of sonic radar echo due to inversion layer. The time variation of the atmospheric radon daughter content is also shown for comparison.
‑ 21‑
1986.
October,
Figure 4
嗣雄
18 時のもので、同時に測定された大気中ラドン娘核種濃度も併せて示す。
25 日 19 時頃に気温の逆転層によるエコーが見え始めている。そのエコーは 23 日寺頃から上方へ移り、 26 日 1 時頃には下方に新たなエコーが見え始め、 2 時頃には上方のエコーは消滅している。 3 時頃 ...6 時頃にかけて同 様な変化を示した後、 8 時30分頃に逆転層によるエコーは全て消滅した。
記録紙の下端に常時見えている黒化部分は音波発射時の残響で、このため高度60m 程度以下の逆転層は測 定出来ない。また 26 日 12日寺頃の髭上のエコーは、日中のサーマルプリュームによるものと思われる。
この測定結果では、大気中ラドン娘核種濃度は定性的には逆転層の消長と対応した変化を示している。即ち、
エコーが現れている間は濃度は高い値を示している。
西川
3-3. 気温の垂直分布
気球を用いて測定した気温の垂直分布の 1 例を Fig. 5 に示す。図には 1986年 10月 23 日 18 日寺 ...24 日 18時 に測定した気温の垂直分布の代表的な例に、大気中ラドン娘核種濃度の時間変化を併せて示してある。
図から判るように、夜間に気温の逆転層が生じて大気中ラドン娘核種濃度が増加し、日の出の後に逆転層が 消滅し始めると濃度が減少し始める、とし、うように濃度変化は逆転層の消長に良く対応している。
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TIME
Time variation of vertical distribution of temperature. Typical examples of the distribution are shown with the time variation of the atmospheric radon daughter content.
‑ 22 October, 1986.
Figure 5
ラドン族(3) 一大気中ラドン娘核種濃度の日変化
4. 気温の逆転居の消長と大気中ラドン娘核種濃度の時間変化の関係
気温の逆転層の消長と大気中ラドン娘核種濃度の日変化との関係を時間の経過を追って解析するモデル計算 を行い、両者の実測値聞の量的な関係について検討した。
逆転層の高度変化に伴う大気中のラドンおよびその娘核種の濃度変化に関するモデル計算では、 Fig. 6 に 示すような逆転層と閉じ高さで単位面積の底面を持つ地面に垂直な箱の中の濃度変化を求めた。箱の中ではラ ドンおよびその娘核種は一様に分布しているとし、移流によるラドン等の横方向の出入りは互いに相殺して無視 出来るとした。
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Schema of box model. At t = T1• new inversion layer appears at the height of H1•
which is lower than the primary one. Figure 6
箱中のラドンの収支は、
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(1)となる。ここで CR(t) (Bq/m3) は箱の中の濃度、 H(t) (m) は逆転層の高さ、 E (Bq/(m2・hr))はラドンの地表 からの逸出率、 λR (hr.1) は崩壊常数である。また、先の Fig. 4 で示したように逆転層が新しく下方に生じる場 合があり、その時には新しい逆転層の上の箱中( Fig.6 の Tl 時の斜線をかけて示した部分)のラドンはそれ以 後の新しい逆転層のもとでの濃度変化には関係がなく、その量を DR (Bq/(m2・hr))とした。なお、 C 、 λ 、 D の 添え字 R はラドンを表わしている。
逆転層が新たに下方に生じない場合は DR が0 になるので、式 (1) は解けて、
ら (t) 同)=か-叶
(2)となる。また Fig.6 のように t=Tl 時に逆転層が下方に新たに発生して高度が nl=HtlHo (< 1 、新旧逆転層の 高度比)になったとすると、新しい逆転層の下に残るラドン量は、
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となるので、それ以後のラドン量の変化は、
西川嗣雄
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箱中の PO・218 (RaA)の収支は、
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(5)となる。ここで C 、 λ 、 D の添え字 A は PO・218 を表わしている。
逆転層が新たに下方に発生しない場合は DA が0となり、式 (5) は式 (2) を用いて解けて、
川)同)=寸先[か -exp← ÂRt))ーが-叶
(6)となる。
また下方に新たに逆転層が発生した場合は、新しい逆転層の下に残った PO・218 量のそれ以後の減衰は、
[CA(t) 同)]A =町古[去(1- eい
となる。また新しい逆転層の下に残ったラドン量は式 (3) のようになり、その崩壊により生成する PO・218 量は、
川)同)lfnlf(1- 州ーは~ ))古石[叶 ÂR(t 一司))一回 p(-ÂA(t-T 1 ))] (め
となる。さらに、 t=Tl 以後に引き続いて地表より逸出してくるラドンからの PO・218 量は、
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(9)となる。
従って、下方に新たな逆転層が発生した t=Tl の時点以後の PO・218 量は式(7)、 (8)および(9)の和で、
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一 去 h 一 4 十 e トいい 叫 -n n 町山 l
(10)となる。
さらに新しい逆転層の発生が繰り返される度に、今までに述べた方法と同様に、それ以後の箱中の PO・218 量を与える式が求められる。また、 Pb-214(RaB)や Bi・214(RaC)に関しても、 PO・218 量を与える式よりさら に複雑な式になるが、それらの量を与える式が同様に導かれる。
気球を用いて得られた気温の垂直分布の連続測定値より逆転層高度の時間変化を求め、上に述べた式を用い
‑ 24‑
ラドン族(3) 一大気中ラドン娘核種濃度の日変化
て大気中の PO・218 、 Pb・214 および Bi・214(=Po・214) の濃度の時間変化を求めた。濃度を求める際のラドン の逸出率としては、全世界の平均的な値とされている 56.6 Bq/(m2・hr) 7) を使用した。計算結果の例を Fig. 7
に示す。この図は 1986年 10 月 25 日 "-'26 日のもので、逆転層高度および大気中ラドン娘核種濃度の実測値の 時間変化も併せて示してある。
Po 同 218.
Pb‑214. B;‑214. measured value.
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Results of simulation of atmospheric radon daughter content due to time variation of height of inversion layer using box mode. l Time variations of the height of inversion layer and the measured radon daughter content in the atmosphere are also shown.
October
,
1986. Figure 7図から判るように、逆転層高度から求めた大気中ラドン娘核種濃度の時間変化は、全体として実測値の大きさ や時間変化のパターンと良く対応している。
一部には、 26 日 6 時"-'7 時のように大気中ラドン娘核種濃度の計算値と実測値の時間変化がずれ、またその 値が相互に 3Bq/m3 程度異なる場合もある。このような例は他の測定日にも時々見られる。計算値と実測値の聞 にこのようなずれが見られることは、今回の計算では逆転層の下(計算では箱の中)の濃度が一様でかつ移流の 効果は無視出来る、とした単純なモデルを用いたことにその原因があると考えられる。
しかし、全体としては大気中ラドン娘核種濃度に関して計算値は実測値を良く再現しており、逆転層が濃度の 日変化の主要な原因であることが確認出来た。
4. まとめ
大気中ラドン娘核種濃度は大きな時間変化を示すが、その最も顕著なものは静積な日に現れる日変化である。
‑ 25‑
西川嗣雄
濃度の日変化では、夜間から明け方に高濃度を示し、日中は低濃度を示す。このような濃度の日変化が現れるの は、以下のようなことがその原因と考えられる。即ち、静穏な日の夜間には逆転層が発生し、それが地表から逸出 して来たラドンやその崩壊によって生じた娘核種を地表近く iこ滞留させるため、高濃度になる。また日の出ととも に逆転層は速やかに消滅し、ラドンやその娘核種は上昇気流に乗り上空へ運ばれる。従って日中は低濃度を示 す。
以上のような逆転層の消長と大気中ラドン娘核種濃度の日変化の関係を確認するために、実測した逆転層高 度の時間変化に単純な箱モデルを適用して、濃度の時間変化のシミュレーションを行った。計算結果は、全体と して濃度の実測値を良く再現しており、上記の日変化が現れる過程が現象の実態に良く合致することが確認出来 た。
謝辞
本研究は、元福井大学教授阿部茂博士(現ラドン科学研究所)および青木正義福井大学名誉教授と共同で 行ったものである。また、片瀬彬九州大学名誉教授(現東和大学教授)には多くの助言を頂いた。記して謝意を 表す。
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