社会系教科教育学会『社会系教科教育学研究』第22号 2010 (p.157-158) 【課題研究報告】
課題研究
H
法関連の教材
化
1。課題研究の目的 学習指導要領社会科(公民科)の改訂が行われ た。今回の改訂では匚社会の変化(中学校)」匚規 制緩和の進展、司法の役割の増大「高等学校匚政 治・経済コに対応して、匚法教育」を充実させる ことになった。具体的には匚国民の司法参加」 厂契約の重要性」「 ̄裁判員制度」匚法に関する基本 的な見方や考え方」などといった《キーワード》 で学習指導要領の〈内容〉や〈内容の取扱い〉に 示されることとなった。何れにしてもこれらは 匚狭い」意味での公民学習としての匚法教育」で ある。 一方で、これまで日本で研究されてきた法関連 教育(Law-Related Education)は、その目標、内 ’容、方法とも実に多様で、これら《キーワード》 を念頭に置いた授業に限られるべきものではない。 このような問題意識の下で、本課題研究では、 岩野清美氏(福岡県中間市立中間中学校)、藤瀬 泰司氏(熊本大学)、草原和博氏(広島大学)と いった実践者や研究者に社会科公民、社会科歴史、 社会科地理で実現可能な法関連教育としての授業 (教材)を提示して頂き、その特質と課題につい て検討することで、学習指導要領に縛られない法 関連教育の在り方を示すことを目的とした。なお、 指定討論者は桑原敏典氏(岡山大学)、野坂佳生 氏(金沢大学法務研究科・弁護士)にお願いした。 2。岩野清美氏のご発表一社会科公民としての法 関連教育授業のご提案一 岩野氏は、①「 ̄法に基づく政治の大切さ」匚き まりの意義」等、法関連教育で扱う内容の匚社会 的な正しさ」は疑念を挟むものではないと指摘し つつもの社会科授、これ業では教えてらの匚社会的な正いるのにしさ」をこれ、なかなか生徒まで (2010年2月21日開催) 橋 本 康 弘 (福井大学) が行動に移せないといった課題があること、また 一部の生徒の場合、保護者の違法行為などによっ て自分たちの生活が成り立っている場合もあり、 このような状況を踏まえると、現実の生徒に前述 の内容を納得的に学習させるのは難しいこと、② 生徒は社会を静的な所与のものとして捉えており、 社会そのものが人間の構築物であることに気付い ていないこと、といった問題意識から匚法と現実 とこの授の関わ業では特に匚りを学ぶ」授社会業を提問題の発生」に着目案された。 し、 「 ̄社会問題」の発生は、匚多くの大が価値を受容し、 社会関係が分断した結果、価値を受容することが 出来ない人の声が価値を受容しようとする人々に 届かなくなり、恐れられ、排除の対象となる。こ のことが、規範に従うことが出来ない人々の存在 という『社会問題』を発生させる」といった匚定 義」の下で、優生保護法がもたらす匚社会問題」 を事例に取り上げた厂法に示した価値に従って、自分たちの生活を。授業構成の方法としては 『よいとされ匚法が示した規範に従っても生活るもの』にしていこうとする人々を『よいとされ」 るもの』に変えられない大」匚社会の多数派が生 活を『よいとされるもの』にしてしまったために、 声をきいてもらえなくなった大」匚法が示した規 範に従って、社会から抹殺される生命」の4層に 分けて学習させることとし、これらの匚現実社会」 と法との匚関係性」や匚法が社会を変容させてい ること法と現実」を生徒に探究させとの関わりを学ばせていくことで、生徒にようとしていた。3。藤
瀬泰
司氏の
ご発
表一
社会
科
歴
史
と
しての法
関連
教
育授
業の
ご提
案一
藤
瀬
氏
は
、現在
の
国
民史
を普遍
的
な真
理
とす
る
歴
史教
育
は
、人
々の
価
値観
が
多様
化
・多元
化
した
― 157 ―ために、国家・社会の形成者を育成するという役 割を十分果たせないものになっていると指摘する。 解釈に過ぎず特定の立場を有利にする可能性のあ る国民史を普遍的な真理として教授する歴史教育 は中立的ではなく普遍的でもないと説く。このよ うな状況を打破するために、従来型の歴史教育で はなく、価値多元社会に相応しい歴史教育として、 国民史という歴史の見方を解釈として提示し、そ の見方が正当化する既存の国家や社会の現実を吟 味させることが重要であると主張する。その際、 法的論争問題は人々が様々な立場から国家や社会 の多様な在り方を構想し、そのよりよい在り方を 議論する上で有効であるので、自身が主張される 新しい歴史教育論にとって意義深いと考え、法的 論争問題を教材にした歴史授業を提案された。 この授業では遺跡保存問題を事例に取り上げた。 遺跡保存問題は「 ̄遺跡を開発の障害」とみなす立 場と「 ̄国民の財産」とみなす立場の違いによって、 古代史の解明という作業に対する評価が異なり、 意見が対立する法的論争問題であり、授業では、 伊波遺跡訴訟等を事例にして遺跡保存問題の論争 構造をトゥールミン図式で整理し、生徒にそれぞ れの立場(遺跡は国民共有の財産、遺跡は国土開 発の障害)に示される理由付け、裏付けを論理的 に解明していくことで、対立する歴史的見方(国 民国家の維持どを明らかに・強化し、生徒に批判的に、開発国家の維持吟味させていた・強化)な。 4。草原和博氏のご発表一社会科地理としての法 関連教育教材のご提案一 草原氏は、①地理教育においてどのような法関 連教育が可能か、②なぜあえて地理で具体化しな いといけないのか、といった二つの課題に応える べく、A分析概念としての法、B事象・現象とし ての法、C手続き・態度としての法 の三つが社 会認識教育の内容としての匚法」と位置付けられ るとの仮説をたて、ご自身が作成した地理教科書 例匚アフリカの内戦」匚ヨーロッパの国々」厂日本 の交通ネットワーク」における学習内容と照らし 合わせて、前述の三つの匚法」内容について、地 理教育では匚法」を手段的に活用しながら、これ ら手段を部分的に選び、組み合わせて指導が出来 ると結論付けた。また、公民教育で行う認識対象 としての3つの匚法」の学習について、地理教育 ではそれらを公民教育で目的的に習得させる前に 緩やかに大観させる事前指導の場として、もしく は、習得させた後に、具体的な場面に活用させる 総括的な指導の場として位置付けることが可能で あると論じた。 また、社会科地理の目的(此処の社会をよりよ く理解するための余所の研究:間接社会研究)か ら鑑みれば、社会科地理は、例えば、世界の中で 民主主義が危機的状態にある国と理念的代表的な モデルが実現した国とを比較する中で、どんな条 件の時に困難な状況に陥るのか、我々には現行の 制度以外にどのような選択の可能性が残されてい るのかを検討させる匚比較・試行実験の場」とな ると述べかすことが法関連教、このような社会科地理の育の充実につなが「 ̄ると述べた機会」を生。 5。まとめ 指定討論者の先生方やフロアーの先生方から、 法解釈の問題(岩野提案)、社会認識教育として の三つの匚法」の評価(草原提案)の問題などに ついて質問や意見が出された。 本課題研究の目的は、社会科地理、社会科歴史、 社会科公民において、法関連教育の内容をどう 《棲み分け》をし、各々の領域でどのような授業 が展開可能なのかを検討することにあった。匚法」 そのものを学ぶというよりは「 ̄法」を手段にして、 社会問題を切り囗に、現代社会を捉えさせたり (岩野提案)、生徒の歴史認識を「 ̄開かれたもの」 にしようとしたり(藤瀬提案)、生徒の匚比較・ 試行実験の場」にする(草原提案)といったよう に、何れも匚法」を手段に法関連教育を行うといっ た発想が三氏に共通していたようだ。そう捉えた 場合、では、どう具体的に各領域で《棲み分け る》のか、どのような法関連教育内容が地理や歴 史、公民で可能になり、逆に何か出来ないのか、 カリキュラム化の枠組みの検討が今後必要になる と感じた。半年以上たった今、この原稿を執筆す る中で、再度この課題でチャレンジしてみたくなっ た。最後に当日参観して頂いた皆様に感謝申し上 げます。 158−