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心タンポナーデを発症した再発性左心房破裂の犬に対して早期の僧帽弁修復術を実施した1例

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左心房破裂の犬に僧帽弁修復術を行った1例 竹内潤一郎ら.. Journal of Veterinary Cardiovascular Medicine (2020) 4, 29‒36. ISSN: 2432-5392 / ©Animal Cardiovascular Medical Society. This is an open-access article distributed under the terms of the Creative Commons Attribution Non-Commercial No Derivatives License.. 29. 症例報告 (Case report). 心タンポナーデを発症した再発性左心房破裂の犬に 対して早期の僧帽弁修復術を実施した 1 例. 竹内 潤一郎 1,2)*, 高村 一樹 2), 田中 美穂 1), 黒河内 志穂 1), 上地 正実 2). 1) めい動物病院 (神奈川県川崎市中原区上新城2-2-5-1F) 2) JASMINEどうぶつ循環器病センター (神奈川県 横浜市都筑区中川1-8-37). 要約 粘液腫様僧帽弁疾患と診断されていた 12 歳齢、避妊済みチワワが虚脱の主訴にて来院した。各種検査にて肺水腫、心膜 腔内貯留液、右心房の虚脱、心房心室内腔容積の減少を呈していた。また、過去の検査所見と比較して僧帽弁逆流が減少してい る事も認めた。以上の所見より、左心房破裂が原因により心タンポナーデに陥っていると判断し、内科治療を開始した。左心房 破裂部位からの持続出血をまねく可能性を危惧し、心膜穿刺は行わなかった。数時間後に臨床症状の改善を認め、各種検査にて 心タンポナーデから改善していることを確認した。第 2病日、再度虚脱し各種検査にて低酸素性肝炎の可能性とともに心タンポ ナーデが再発したことを認めた。今後も左心房破裂による心タンポナーデの再発が持続する可能性を危惧し、僧帽弁逆流による 左心房破裂の再発を防ぐことを目的とした僧帽弁修復術を行った。術中所見にて左心房に破裂部位を認めたが凝血により止血が なされていた。破裂部位の周囲組織が脆弱である可能性があったため破裂部位に対する直接的な修復処置は行わなかった。術後 18 ヵ月経過しているが術後の左心房破裂の再発はなく粘液腫様僧帽弁疾患による心不全の増悪も認めず良好に経過している。 粘液腫様僧帽弁疾患に起因する左心房破裂に対して早期の僧帽弁修復術の実施は左心房破裂の再発を防ぐ根治的手段となる可 能性がある。. キーワード : 粘液腫様僧帽弁疾患、心膜血腫、心原性ショック、心膜液、心膜穿刺. 連絡責任者 : 竹内潤一郎* E-mail: [email protected]. はじめに 粘液腫様僧帽弁疾患 (MMVD)は左心房破裂を続発 することが知られている。左心房破裂は心膜腔内に血. 液を充満させ心タンポナーデを引き起こさせること で急性死を引き起こす可能性があると報告されてい る[1-4]。過去においてMMVDに起因する左心房破裂. ALP alkaline phosphatase アルカリホスファターゼ活性. ALT alanine transaminase アラニンアミノトランスフェラーゼ活性. AST aspartate transaminase アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ活性. MMVD myxomatous mitral valve disease 粘液腫様僧帽弁疾患. Early choice of mitral valve repair for recurrent cardiac tamponade following mitral regurgitation and resultant left atrial rupture. Junichiro Takeuchi1,2), Kazuki Takamura2), Miho Tanaka1), Shiho Kurogochi1), Masami Uechi2) 1) Mei animal hospital (2-2-5-1F Kamishinjo, Nakahara, Kawasaki, Kanagawa 211-0045, Japan) 2) JASMINE Veterinary Cardiovascular Medical Center (1-8-37 Nakagawa, Tsuzuki, Yokohama, Kanagawa 224-0001, Japan). Abstract A 12-year-old spayed Chihuahua with a medical history of myxomatous mitral valve disease (MMVD) was brought to our hospital for sudden collapse. Clinical examinations revealed pulmonary edema, pericardial effusion, right atrial collapse and decreased atrioventricular lumen volume. In addition, mitral regurgitation flow was decreased compared to the patient’s previous echocardiographic records. Based on these findings, the patient was tentatively diagnosed with cardiac tamponade due to left atrial rupture, and medical treatment was initiated. To avoid the risk of provoking hemorrhage from the rupture site, pericardiocentesis was not conducted. Clinical symptoms resolved within a few hours after the initial treatment, and improvement of cardiac tamponade was achieved. However, the patient collapsed again on the next day, and investigations showed recurrence of cardiac tamponade and probable hypoxic hepatitis. To prevent persistent recurrence of cardiac tamponade caused by left atrial rupture associated with MMVD, the patient underwent surgical repair of the mitral valve. Intraoperative findings revealed blood coagulation at the left atrial rupture site. The surrounding tissue was vulnerable and further repair procedure against the rupture site was not required. The patient showed good prognosis and no recurrent atrial rupture or progress of cardiac failure from MMVD have been reported eighteen months after the surgery. Early choice of mitral valve repair may be a curative and permanent treatment for recurrent cardiac tamponade from left atrial rupture due to MMVD.. mailto:[email protected]. 左心房破裂の犬に僧帽弁修復術を行った1例 竹内潤一郎ら.. Journal of Veterinary Cardiovascular Medicine (2020) 4, 29‒36. 30. に対する治療報告には内科的治療のみで管理された 報告[4]や左心房破裂部位に対する外科的修復術の報 告[5]がある。しかし、左心房破裂の再発を防ぐ根治的 な治療解決を図った報告は見当たらない。我々は、 MMVD を起因とする左心房破裂により心タンポナー デを引き起こした犬に対して左心房破裂の再発防止 および根治的治療を目的とした早期の僧帽弁修復術 を行い、術後良好な経過を得たので報告する。. 症例 症例は 12 歳 10 ヵ月齢、3.4 kg、避妊雌のチワワ で、散歩中に咳を数回したのちに突然虚脱したため緊 急来院した(虚脱後 15 分以内に来院)。なお本症例は 当診療施設において 2 年前に MMVD ACVIM Stage B1 および軽度の三尖弁逆流の診断を受けて経過観察 されていた。今回の受診 1 ヵ月前の検査において、 MMVDがACVIM Stage B2 に悪化していたためピモ ベンダン a 0.27 mg/kg, BIDによる内科治療が開始さ れていた。来院時(第 1病日)、症例は意識レベル低下、. 起立不能で四肢末端の冷感および可視粘膜蒼白であ った。心拍数は84回/分、心音は遠くこもる音で心雑 音の聴取が困難であり、体温は 36.9℃、呼吸数は 36 回/分であった。我々は症例に対してフローバイ法に て酸素吸入を行いながら各種検査を実施した。血液化 学検査は尿素窒素の軽度増加、血糖値の著増、アルブ ミン濃度の軽度低下がみられた(表 1)。全血球計算は 全て正常範囲内であったが、1週間前に実施されてい た検診時の検査値と比較すると赤血球数、血中ヘモグ ロビン量、ヘマトクリット値の軽度低下が認められた (表 1)。胸部X線検査は肺の両側後葉の不透過性亢進 像と拡大した心陰影を認めた(図 1)。血圧(オシロメト リック法)は収縮期: 66 mmHg、拡張期: 35 mmHg、 平均: 44 mmHg (以降 66/35/44 と記載)と著しい血圧 低下がみられた。心臓超音波検査は心膜腔内貯留物が みられ、心房拡張期の右心房虚脱および両側の心房心 室内腔容積の減少がみられたが(表 2, 図 2, 動画 1)、 心膜腔内および心房内に血栓形成様構造物は認めら れなかった。以上の結果より、症例は僧帽弁逆流に起. 表 1 血液検査結果. 病日. 受診 6 日前. 1. 来院時. 2. 受診 34 時間後. 3 5. 手術直前. 11. 退院日. 381. RBC (106/µL) 666 587 437 487 703 565 628. HCT (%) 46.7 41.9 28.5 32.2 50.8 40.9 45.3. HGB (g/dL) 16.4 14.4 10.7 12.0 17.5 13.7 15.8. PLT (103/µL) 43.3 34.4 21.8 25.4 42.4 16.3 52.0. TP (g/dL) 5.0 5.7 6.5 7.4 5.8 6.9. ALB (g/dL) 2.3 2.7 3.2 4.3 2.6 3.1. GLU (mg/dL) 342 109 109 111 116. BUN (mg/dL) 23 36 46 33 48.1 18.3 37.7. CRE (mg/dL) 0.90 1.0 1.0 0.96 0.47 0.88. ALT (IU/L) 54 861 817 577 86 32. ALP (U/L) 40 225 229 657 792 149. GGT (U/L) 1 0 3 9 4. TBIL (mg/dL) < 0.1 < 0.1 0.3 0.1 0.1. CRP (mg/dL) < 0.3 1.0 0.6 0.3. Na (mEq/L) 145 140 143 145 150 149. K (mEq/L) 4.0 3.2 3.2 2.9 5.3 5.2. Cl (mEq/L) 111 101 104 92 113 114 RBC: 赤血球数、HCT: ヘマトクリット値、HGB: 血中ヘモグロビン量、PLT: 血小板数、TP: 総蛋白質濃度、ALB: アルブミン濃 度、GLU: グルコース濃度、BUN: 尿素窒素濃度、CRE: クレアチニン濃度、ALT: アラニンアミノトランスフェラーゼ活性、ALP: アルカリホスファターゼ活性、GGT: γ-グルタミルトランスペプチダーゼ活性、TBIL: 総ビリルビン濃度、CRP: C 反応性タンパ ク質濃度、Na: ナトリウムイオン濃度、K: カリウムイオン濃度、Cl: 塩化物イオン濃度. https://youtu.be/xeZgni6DbU0. 左心房破裂の犬に僧帽弁修復術を行った1例 竹内潤一郎ら.. Journal of Veterinary Cardiovascular Medicine (2020) 4, 29‒36.. 31. 因する左心房破裂による急性の心タンポナーデを生 じたことが示唆された。我々は症例の持続出血を防ぐ ことと血行動態の維持を目的とした安静処置とドブ タミン b 2.5‒5 µg/kg/min の投与を行なった。症例の 管理は ICU ケージ内(酸素 40 %設定)で行われた。受 診5時間後の症例は自立不可能のままであったが尾を 振るなどの意識の改善を認め、血圧は 88/63/71 に上 昇していた。受診7時間後の症例は可視粘膜の色調の 改善およびケージ内で自立による体位変換が可能と なり、血圧は 105/63/85 に上昇していた。受診 8 時 間後の心臓超音波検査は軽度の心房心室内腔の広が りが認められた。以上の結果より、左心房破裂部位の. 止血が示唆された(表 2, 図 3)。受診12時間後、我々 は症例に対してピモベンダン0.35 mg/kg BIDとフロ セミド c 1.4 mg/kg BIDの経口投与を行い、受診15 時間後にドブタミンの投与を終了した。しかしながら、 受診 21 時間後に症例は再度虚脱を起こし、可視粘膜 の蒼白および低血圧 64/40/51 となった。全血球計算 は赤血球数、血中ヘモグロビン量、ヘマトクリット値 の低下が認められ、胸部X線検査はさらに拡大した円 形の心陰影が認められた。心臓超音波検査は心房心室 内腔容積の狭小化と右心房の虚脱が認められ、左心房 の一部の内膜面に血栓が形成されていた(表 2, 図 4)。 以上の結果より、我々は左心房破裂が再発し、再び心. A B. 図 1 第 1 病日受診直後の胸部 X 線検査所見。側面(RL)像(A)および背腹(DV)像(B)。肺の両側後葉の不透過性亢進像と拡 大した心陰影を認めた。心臓椎体計は 12.3vであった。. 表 2 心臓超音波検査結果. 病日 . 受診 6 日前 . 1. 来院時. 2. 受診 34 時間後. 3 5. 手術直前. 11. 退院日. 381. LA/Ao 2.09 1.72 1.15 2.01 2.58 1.87 1.63. LVIDd (mm) 28.9 20.4 17.8 29.0 29.1 24.1 25.4. LVIDDN 2.02 1.42 1.26 2.05 2.06 1.74 1.71. FS (%) 47.3 48.7 45.5 55.1 56.2 25.2 33.8. HR (bpm) 134 103 135 128 132 92 145. 三尖弁逆流速. (m/s). 2.88 2.17 認めない 2.27 3.07 2.6 2.63. E 波 (m/s) 1.1 0.86 0.78 N/A 1.5 1.2 1.09. A 波 (m/s) 0.82 0.44 0.23 N/A 0.84 0.82 1.08. E/A 比 1.34 1.93 3.41 N/A 1.79 1.46 1.01 LA/Ao: 左心房径-大動脈径比、LVIDd:左室拡張末期径、LVIDDN: 体重標準化左室拡張末期径、FS: 左室内径短縮率、HR: 心拍 数、E波: 経僧帽弁流入早期波、A波: 経僧帽弁心房収縮波、N/A: データなし. 左心房破裂の犬に僧帽弁修復術を行った1例 竹内潤一郎ら.. Journal of Veterinary Cardiovascular Medicine (2020) 4, 29‒36. 32. タンポナーデに陥ったと判断した。我々は改めて症例 に対して安静処置とドブタミン 2.5 µg/kg/min の投 与を行なった。受診 29 時間後 (左心房破裂再発から 8時間後)、症例は自立が可能になり虚脱からの改善が 認められた。受診 34 時間後の全血球計算では赤血球 数、血中ヘモグロビン量、ヘマトクリット値の低下、 血液化学検査では尿素窒素の軽度上昇とアラニンア ミノトランスフェラーゼ活性(ALT)およびアルカリホ スファターゼ活性(ALP)の高値が認められ、血圧は 110/72/88 であった。心臓超音波検査は右心房の虚脱 所見がなくなり心室腔容積の拡張が認められた。再度、 左心房破裂部位の止血が示唆されたため、我々は症例 に対するドブタミンの投与を終了し、フロセミド 1 mg/kg の皮下投与および内服薬 (ピモベンダン)の継 続治療を行った。第 3 病日、血圧は 121/88/97 と安 定していたが、胸部X線検査は心陰影の拡大 (図 5)、. 心臓超音波検査は心内腔の拡大および心膜腔内に低 エコー源性の凝血塊を示唆する所見 (図6)が認められ た。繰り返す左心房破裂による突然死を予防する目的 と飼い主が原因に対する治療を希望したことにより、 第 5 病日に開心術を実施した。手術は 24G 留置針を 使用して足背動脈および伏在静脈を介した血圧管理 を行い、左側頚動静脈に 6Fr の送血用カニューレと 10Fr の脱血用カニューレを設置した人工心肺回路を 用いて体外循環管理下で実施された。左側第5肋間よ り開胸したところ心膜に点状の内出血斑が認められ た。心膜腔内は血液および巨大な血餅で満たされてい たため、心膜切開後に腔内に存在していた血餅は摘出 された。左心房は背側面中央部分に8 mmの破裂部位 が確認されたが、持続出血は認められなかった (図 7)。 肉眼的に心膜および心臓に腫瘍性変化を疑う所見は 認められなかった。このことから、本症例が MMVD. 図 2 第 1 病日受診直後の心臓超音波検査所見。心膜腔内貯 留液と右心房の虚脱、心房心室内腔の減少がみられた。左傍 胸骨心尖部四腔断面。(RA : 右心房). 図 3 第 1 病日受診 8 時間後の心臓超音波検査所見。心房 心室内腔の拡大を認める。右傍胸骨長軸四腔断面。. 図 4 第 1 病日受診 21 時間後の心臓超音波検査所見。心房心室内腔の狭小化と右心房の虚脱の再発が認められ、左心房 破裂部位と思われる内膜面に血栓(青矢印)が形成されていた。(RA : 右心房). https://youtu.be/xeZgni6DbU0. 左心房破裂の犬に僧帽弁修復術を行った1例 竹内潤一郎ら.. Journal of Veterinary Cardiovascular Medicine (2020) 4, 29‒36. 33. に続発した左心房破裂による心タンポナーデを短期 的に繰り返した症例であると判断した。外科的修復術 は僧帽弁修復術のみを行なった。僧帽弁修復術は大動 脈をクランプし心筋保護液を用いて心停止させて左 心房の外側面中央部分を頭尾方向に横切開にて行っ た。左心房切開部位と破裂部位の間隔はおよそ10 mm ほどであった。第2病日に認められた心房内膜面の付 着血栓は消失していた。僧帽弁は中隔尖の腱索断裂が 認められた。僧帽弁修復術はUechi らが報告した術式 [6]の変法にて行った。心停止時間は47分、体外循環 時間は82分、麻酔時間は193分、総輸血量は60 ml であった。我々は心膜縫合を行わずに閉胸した。術後 の胸腔内貯留液は溜まることなく、我々は翌日に胸腔 内ドレーンを抜去し、本症例は術後 6 日で退院した。. 退院後の内科治療は、リバーロキサバン d 0.5 mg/kg BIDを 3日間、ピモベンダン0.3 mg/kg BIDを 1ヵ 月間、クロピドグレル e 4 mg/kg SIDを 3ヵ月間で終 了した。退院時に多源性の心室性期外収縮と促進性心 室固有調律が認められたが血圧や心拍数は問題ない ため経過観察とした。第381病日 (術後12ヵ月検診) に行われた検診時において心拍数は 145 回/分であり、 心雑音は左側心尖部を最強点とするgrade 1の収縮期 雑音が聴取された。血液化学検査は尿素窒素の軽度上 昇が認められた (表 1)。血圧は 155/107/118 であっ た。心電図検査は洞調律であり、退院時に確認されて いた心室性期外収縮と促進性心室固有調律は認めら れなかった。胸部 X 線検査は心臓椎体計 10.5v であ り心陰影の顕著な拡大は認められなかった (図 8)。心. A B. 図 5 第 3 病日の胸部 X 線検査所見。側面(RL)像(A)および背腹(DV)像(B)。さらに拡大した円形の心陰影が認められた。 心臓椎体計は 13.5vであった。. 図 6 第 3 病日の心臓超音波検査所見。心内腔の拡大および 心膜腔内に低エコー源性の凝血塊(赤矢印)を示唆する所見が 認められた。右傍胸骨長軸四腔断面。. 図 7 第 5 病日の手術時所見。左心房に 8 mm の破 裂部位が確認された。左心房破裂部位(青矢印)。. 左心房破裂の犬に僧帽弁修復術を行った1例 竹内潤一郎ら.. Journal of Veterinary Cardiovascular Medicine (2020) 4, 29‒36. 34. 臓超音波検査は僧帽弁逆流の軽度な残存が認められ たが、僧帽弁の接合は良好であった (表 2, 図 9)。術 後18ヵ月を経過した現在も良好に維持している。. 考察 左心房破裂後の心膜腔内貯留による急性の心タン ポナーデの発生は7割を超えていると報告されており [4]、心原性ショックもしくは急死を引き起こすことが ある[7]。また、左心房破裂14例の報告において、36 日以上の生存症例は2例、治療開始前の死亡症例は4 例、35 日以内の安楽死症例は 8 例であったと報告さ れている[7]。これらの報告から、左心房破裂の予後は 良くないことが予想される。また、MMVD に起因す る左心房破裂と診断された犬に内科的治療を行なっ た11例の中央生存期間が203日であったとの報告が ある。その報告では、診断後 24 時間以上生存してい た犬のすべてが 30 日間以上を内科的治療で生存して いた[4]。本症例も診断後24時間以上生存したことか. ら、内科的管理により短期的な維持管理は期待された。 しかし、再発を繰り返す左心房破裂症例の予後に関す る報告はない。本症例は診断後 24 時間以内に左心房 破裂の再発を起こし、そのどちらにおいても心タンポ ナーデに至った。このことから、短期的に左心房破裂 を繰り返し、予後が良くないことが予想されたため、 左心房破裂の再発予防および原因と思われる僧帽弁 閉鎖不全症の根治的治療を目的として緊急的に僧帽 弁修復術を選択した。 僧帽弁閉鎖不全症に続発した左心房破裂症例の多 くは心雑音の聴取が可能で心音はこもるとの報告 [7] がある。本症例においては、心タンポナーデの発症に よる心雑音の減弱に加えて、心房心室内腔の狭小化に よる僧帽弁の接合の改善が僧帽弁逆流の減少をもた らしたため、こもる心音となり、心雑音は聴取されな くなった。 左心房破裂における血圧低下は心原性ショックの 原因となる可能性が高いと考えられるが、報告が少な. A B. 図 8 第 381 病日の胸部 X線検査所見。側面(RL)像(A)および背腹(DV)像(B)。心臓椎体計は 10.5vであった。. 図 9 第 381 病日の心臓超音波検査所見。右傍胸骨長軸四腔断面(A)および右傍胸骨短軸断面(B)。. A B. 左心房破裂の犬に僧帽弁修復術を行った1例 竹内潤一郎ら.. Journal of Veterinary Cardiovascular Medicine (2020) 4, 29‒36. 35. いため定かではない。左心房破裂の 6 例の報告 [4]に おいて、血圧低下をきたした2例はともに心タンポナ ーデを呈しており、血圧が回復するまでに5時間と8 時間要した。本症例においても初回左心房破裂時と再 発時に低血圧を起こしており血圧回復にはそれぞれ 7 時間と 13 時間を要した。このことから左房破裂に伴 う低血圧は心タンポナーデを引き起こしていること が示唆され、心タンポナーデが改善するのに数時間か ら半日ほどの時間を要したと考えられた。 本症例の左心房破裂の再発の原因は不明であるが、 ケージ内における体位変換や歩行がその原因であっ た可能性がある。本症例の活動性は活発ではなかった が、体位変換や歩行が破裂部位に形成された血餅を剥 がした可能性がある。そのため、止血後の安静処置は 再破裂の防止として重要であると思われ、左心房破裂 症例は検査および治療に際し細心の注意を払われる べきである。そして、活動性のある症例に対する鎮静 処置の必要性は検討されるべきだと考えられる。 医学領域においては、心原性ショックによって低酸 素性肝炎が続発することが報告されている [8,9]。そ の特徴として、アミノトランスフェラーゼ活性 (アラ ニンアミノトランスフェラーゼ活性 [AST]および ALT)の増加がある。本症例においても、第1病日お よび第 2 病日において、血糖値および ALT、ALP の 増加が認められたことから、低酸素性肝炎が続発して いる可能性が考えられた。低酸素性肝炎は心タンポナ ーデにも続発するとされ、血液検査では AST や ALT の増加以外に高血糖が認められる[9]。また、ショック による低酸素性肝炎は予後不良となることがあるた め、原因疾患に対する早急な対応が必要であるとされ ている[8,9]。心膜穿刺は心タンポナーデ症例を安定化 させ、診断および評価のための心膜液サンプルを採取 するために行われる手技であり[10]、心膜腔内圧を低 下させて心臓の拡張機能障害による心拍出量の低下 を改善させることが期待される。しかし、左心房破裂 時における心膜血腫の除去の安全性について評価さ れた報告は見当たらない。Nakamura ら[4]は左心房破 裂を起こし入院管理された7例のすべてが心膜穿刺を されることなく退院したことを報告している。今回、 我々は本症例に対して心膜穿刺を行わなかった。その 理由として、本症例の破裂部位の止血は心膜腔内圧の 上昇による心房心室内腔の狭小化および僧帽弁逆流 の減少が関与していることが考えられ、我々は心膜血 腫に対する早期の心膜穿刺吸引が心膜腔内圧を下げ て持続出血をまねく可能性があると判断したからで ある。また、本症例に対して診断のための心膜穿刺も. 行わなかった。その理由として、心膜穿刺部位から持 続的に流出する可能性があったためである。治療初期 の時点で、我々には輸血および緊急手術の準備が整っ ていなかった。そのため、我々は左心房破裂部位の止 血を待ち、内科的治療を行うことで血圧の維持に努め た。 心房破裂が見つかった時点で直ちに外科的修復術 を実施することが第一に選択されるべきであるかは 今後の研究報告が必要であり現時点では明らかでは ない。また、一般的には直ちに手術を実施することが できないことの方が多いため、左心房破裂を発症した 場合は止血を目的とした安静を主とした保存療法が 最も重要であると考える。そして心タンポナーデ存在 下での血圧の改善を目指した強心薬の投与を開始す ることが必要となると考えられた。また、我々は本症 例に対して補液療法を行わず、利尿剤を使用した。そ の理由として、止血後の心房心室内腔が過剰に拡大し ないようにするためと、止血後の血圧が改善していた ためである。しかしながら、左心房破裂症例に対する 補液療法は血圧の改善や維持のために必要となる場 合があると想像され、また利尿剤の使用は血圧の低下 を招く可能性もあるため、症例ごとの検討が必要であ ると考えられた。 本症例に対しては、僧帽弁修復術のみを実施し、左 心房破裂部位に対する連続縫合やパッチグラフトに よる補強および修復術は行わなかった。その理由とし て、僧帽弁逆流が左心房内膜を損傷させ裂傷を生じさ せることが病理組織学的変化として報告されており [2, 3]、この損傷部位には出血とフィブリンを伴う急 性または慢性炎症の心内膜変性や線維化、組織壊死が 認められ部分的裂傷および全層裂傷に及ぶためであ る。また、Sadanage ら[1]は左心房破裂部位における 連続縫合を行い、左心房裂傷を起こしたことを報告し ており、左心房破裂部分は左心房壁の脆弱化している ことを指摘している。このことから僧帽弁逆流による 左心房破裂は左心房の全層裂傷の結果であり、全層裂 傷部位の周囲は部分的裂傷の存在があると想像され る。そのため、本症例では術中に持続出血が認められ なかったことから、すでに治癒過程にあるとみなし、 あえて左心房破裂部位に対して補助的な縫合処置な どは行わずに左心房破裂を引き起こした原因疾患で ある僧帽弁修復術のみを行った。 MMVD に続発した左心房破裂により心タンポナー デを繰り返した症例に対し、安静処置と内科的治療を 実施し心タンポナーデから脱した時点で早期の僧帽 弁修復術を実施することは、左心房破裂によって心タ. 左心房破裂の犬に僧帽弁修復術を行った1例 竹内潤一郎ら.. Journal of Veterinary Cardiovascular Medicine (2020) 4, 29‒36. 36. ンポナーデを呈した症例の緊急的かつ最善の治療法 である可能性がある。今後、左心房破裂における心タ ンポナーデの症例に対する治療方法の確立にはさら なる内科的治療の蓄積、外科的治療介入のタイミング およびその術式検討が必要であると考えられる。. 利益相反 本論文において開示すべき利益相反はない。. 脚注 a ds ピモハート錠 1.25mg、DS ファーマアニマルヘルス、 大阪 b ドブタミン塩酸塩点滴静注液 100mg「サワイ」、沢井製薬 株式会社、大阪 c フロセミド錠 20mg「武田テバ」、武田テバファーマ株式会 社、愛知 d イグザレルト錠 10mg、バイエル薬品株式会社、大阪 e プラビックス錠 25mg、サノフィ株式会社、東京. 引用文献 [1] Sadanaga KK, MacDonald MJ, Buchanan JW.. Echocardiography and surgery in a dog with left atrial rupture and hemopericardium. J Vet Intern Med 1990;4:216-221.. [2] Fox PR. Pathology of myxomatous mitral valve disease in the dog. J Vet Cardiol 2012;14:103-126.. [3] Buchanan JW. Spontaneous left atrial ruptures in dogs. In: Bloor CM, editor. Comparative pathophysiology of circulatory disturbances. New York: Plenum press;1972. p. 315-334.. [4] Nakamura RK, Tompkins E, Russell NJ, et al. Left atrial rupture secondary to myxomatous mitral valve disease in 11 dogs. J Am Anim Hosp Assoc 2014;50:405-408.. [5] Shimizu M, Tanaka R, Yamane Y, et al. Surgical repair of atrial ruptures caused by mitral regurgitation in a dog. J Anim Clin Med 2003;12:105-108.. [6] Uechi M. Mitral valve repair in dogs. J Vet Cardiol 2012;14:185-192.. [7] Reineke EL, Burkett DE, Drobatz KJ. Left atrial rupture in dogs: 14 cases(1990-2005). J Vet Emerg Crit Care 2008;18:158-164.. [8] Chávez-Tapia NC, Balderas-Garces BV, Meza- Meneses P, et al. Hypoxic hepatitis in cardiac intensive care unit: a study of cardiovascular risk factors, clinical course, and outcomes. Ther Clin Risk Manag 2014;10:139-145.. [9] Waseem N, Chen PH. Hypoxic Hepatitis: A Review and Clinical Update. J Clin Transl Hepatol 2016;4:263-268.. [10] Gidlewski J, Petrie JP. Therapeutic pericardiocentesis in the dog and cat. Clin Tech Small Anim Pract 2005;20:151-155.

参照

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