博 士 ( 歯 学 ) 梅 田 和 宏
学 位 論 文 題 名
舌 運 動 3 次 元 計 測 シ ス テ ム の 開 発 と 骨 格 性 反 対 咬 合 者 に お け る / s / 構 音 時 の 舌 運 動 解 析
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
【 目 的 】
不 正咬 合 者 の中 で も開 咬 や 反対 咬 合を 持 つ 者は 、 審 美障 害 のみ な ら ず咀 嚼 障 害 や 構音 障 害 を有 す る場 合 が 非常 に 多い 。 し たが っ て、 矯 正 治療 の 重 要な 治 療 目 標は 形 態 的な 改 善の み な らず 、 咀嚼 、 構 音な ど の口 腔 機 能の 改 善 を考 え な け れば な ら ない 。 これ ら の 機能 運 動に は 、 舌が 重 要な 役 割 を采 た し てい る が 、 不 正 咬 合 者 の 舌 運 動 を 3次 元 的 に 解 析 し た 研 究 は な い 。 本 研 究 の 目 的 は 、 第 一 に 小 型 磁 気セ ン サを 応 用 した3次 元 舌運 動 計 測シ ス テ ム を 開発 す る こと 、 第二 に 本 シス テ ムを 用 い て骨 格 性反 対 咬 合者 の 発 音時 の 舌 運 動を 計 測 し、 骨 格性 反 対 咬合 に よる 構 音 障害 に つい て 検 討を 加 え るこ と で あ る 。
【舌運動 三次元計 測システ ムの開発 】 1.計測原 理およぴ システム 構成
本 シ ス テ ム の 計 測 原 理 は 、1次 コ イ ル ( 励 磁 コ イ ル ) に 交 流 電 圧 を 印加 す る こ と に よ っ て 生 じ る2次 コ イ ル ( 検 出 コ イ ル ) の 誘 導 起 電 カ を計 測 する こ と に よ り 、 両 コ イ ル の 相 対 的 位 置関 係 すな わ ち コイ ル 間距 離 や 回転 角 度を 求 めるもの である。
計 測 部 は 、1次 コ イ ル1個 と2次 コ イ ル4個 を 組 み 合 わ せ た 基 本 構 成 で あ るol次 コ イ ル は 、 磁 心 に 直 径1.6mmの フ ェラ イ ト を使 用 し、0.2mmエ ナメ ル 線を120回巻 いた直径3. Omm、長さ7.Omm、重さ1.lgの円柱状小型コイルを自作 し た 。2次コ イ ルは 、 直 径2.5mm、 長さ2.Omm、 重さ60mgの チッ プ コ イル を 使 用 し た。1次 コ イル に 励 振周 波 数420KHz、 振幅10. OVの交 流 電圧 を フ ァン ク シ ヨ ン ジ ェ ネ レ ー タ を 用 い て 印 加 し 、 こ れ よ り 得 ら れ る2次 コ イ ルの 出 力信 号
を平滑化し 、対数回路 に通したも のを出力値とした。また雑音対策として、
平衡中継増 幅器を回路 に組み込む ことにより同相の雑音を抑圧した。出力値 は、サンプ リング周波 数 200IIz 、精度 12bit の A/D コンバータで量子化後、フ 口ッ ピ ーデ ィ スク に 格納 した。これ を生データ とし、 1 次コイルの 3 次元座 標値を求め、CRT 上に表示した。
2 .3 次元座標の算出方法
本 システムの計測範囲は、前後方向(X 軸)で‑12mm ≦X ≦+20mm 、上下方向
( Y 軸) で―20mm ≦ Y ≦+12mm の X − Y 平面 上で半径20mm の 円内、左右方向(Z 軸)で―4mm ≦Z<+4mm 、前頭面内の1 次コイルの傾きで−9 °≦p ≦+9 °とした。
任 意の 日 、Z で 決定 さ れる X − Y 平面 上の出力値 が等しくな る1 次コ イルの 位置の軌跡 を円として 近似した。 あらかじめ、任意の出力値に対応する円の 中心と半径を基礎デ一夕として用意し、これより実測される出力値から各 p 、 Z での半 径が算出で きるように した。理論 的には、4 つの2 次コイル から得ら れる 出 力値 で 描か れ る4 つの円の 交点が1 次コイルの 位置となる 。しかし、
実際には演 算誤差など で、円の交 点が一点に 収束するこ とが少ないため、4 つの出力値 を 2 組に 、分け、各 組で構成さ れる3 っ の円の交点 を頂点とする 3 角形の 3 辺の長さの 総和が最小 になるよう ロ、Z を 変化させ、 探索的に3 次元 座標の算出を行った。
3 .システムの計測請度評価
本 シス テ ムの 3 次元 的 誤差を計測 したところ 、平均0 . 567mm 、標準偏 差 O . 448 であり、周辺部での空間的歪が大きくなっていた。そこで、空間的歪の 補正を山崎らの方法により行った結果、補正後の誤差は、0 . 281mm 、標準偏差 0 .463 に滅少した。
【骨格性反対咬合者の発音時の舌運動計測】
1 .被騒者およぴ対譲音声
被 験者は、聴覚や構音に異常のない成人正常咬合者3 名(平均年齢 27.9 歳)
と、本学部 附属病院矯 正科にて外 科的矯正治療が必要と診断された、矯正治 療 開 始 前 の 骨 格 性 反 対 咬 合 者 3 名 ( 平 均 年 齢 20 . 7 歳 ) を 選 択 し た 。 対 象 音 声 は 、 無 声 摩 擦 音 /S/ を 含 む 4 つ の VCV 音 節 ( /asa/ 、 /usu/ 、 /ese/ 、/OSO/) とした。
2 .計測部の口腔内への設置方法
1 次コイ ルは、ジグ を用い舌尖 より後方約8mm の舌背中央部に瞬間接着荊を
用いて接着した。 2 次コイルからなるセンサは、本システムの計測座標系と、
咬合平 而および正 中口蓋縫合 を基準とし た生体座標 系とがほぼ一致するよう に 、 且 l亅 時 重 合 レ ジ ン を 用 い て 上 顎6 ljU歯 の 唇 面 に 設 避 し た 。 3.解析項目
ぐD舌運動軌跡
◎舌運動速度
◎安静位を基準とした/s/構音時の舌の位置
@/S/構音時のせばめの持続時間 4.解析結果
の.舌運動軌跡、
正常咬合 者、反対咬 合者ともに 、発音時の 舌は安静位 を起点として同じ方 向に運 動していた 。すなわち 、先行母音 では下方ま たは後下方ヘ、子音では 上方ま たは前上方 ヘ、後続母 音では下方 または後下 方への舌の動きが見られ た。
@.舌運動速度
運動速度 のピークは 、正常咬合 者、骨格反 対咬合者と もに、先行母音から 子 音、 お よび 子 音か ら後続母音 の移行時に 現れていた 。音節別で は、/a/、 /0/が最も速く、次に/u/、/e/の順であった。
◎./s/構音時の舌の位置
/s/構 音時の舌の 位置は、前 後的には、両者ともに、安静位よりも前方に位 置して いた。しか し、上下的 には、正常 咬合者で安 静位よりも上方に位置し て い た の に 対 し 、 骨 格 性 反 対 咬 合 者 で 安 静位 よ り下 方 ヘ位 置 レて い た。
@.せぱめの持続時間
せばめの持続時間を前後方向で解析すると、正常咬合者で平均O. 091秒、標 準偏差0. Ollに対し、骨格性反対咬合者で平均0.178秒、標準偏差0.022であり、
骨格性 反対咬合者 の方が有意 に長いこと が分かった 。また上下方向で解析す ると、正常咬合者で平均0. 126秒、標準偏差0.013に対し、骨格性反対咬合者 で平均0. 209秒、標準偏差0.062であり、有意差は認められなかったが、骨格 性反対咬合者の方が長い傾向にあった。
【考察】
現在までに報告されている舌運動計測装置と比較して、本システムは小型 であり、しかも、十分高い精度を有している。したがって、本装置は舌運動 機能を計測する装溌として有効であると考えられる。
/S/ 構音時の舌の位麗は、安静位と比較して、正常咬合者では前上方にあっ たのに対し、骨格性反対咬合者では、前下方に位置していた。この理由とし て、以下のように推察される。重度の骨格性反対咬合者は、上下顎前歯が逆 被蓋で、しかも離開しているため、上下顎前歯を下顎の後方運動によって近 接させることが不可能である。そのために、正常咬合者と同じ構音部位で呼 気の流連を高めるせばめを形成することが困難となり、乱流音源の生成が難 しくなる。しかも、上顎前歯と下顎前歯または下唇の間に新たな共鳴腔が形 成されてしまう。これらの影響を最小限にとどめ、かつ十分なせばめを形成 するためには、下顎前歯の代わりに舌の補償運動が行われ、その結果正常咬 合者に比べ、舌が下方に位置していた。
せぱめ形成の持続時間では、正常咬合者は、音声学での従来の報告と近い 値を示していた。正常咬合者と骨格性反対咬合者の比較では、母音の種類に 関わらず骨格性反対咬合者の方がせばめの持続時間は長くなっていた。これ は、上述した舌の補償運動が起こり、/S/ の構音に必要な摩擦音源のせばめの 形成に時間がかかったものと考えられる。
今回の 研究 により、これまでに報告された研究結果を裏づける舌の3 次元
的な運動が実際に観察された。また、骨格性反対咬合での口腔の形態異常が
構 音 時 の 舌 の 機 能 異 常 を 生 じ さ せ て い る こ と が 実 証 さ れ た 。
学位論文審査の.要旨
学 位 論 文 題 名
舌 運 動 3 次 元 計 測 シ ス テ ム の 開 発 と 骨 格 性 反 対 咬 合 者 に お け る / s / 構 音時 の 舌 運 動解 析
審査は亀田、川崎および中村審査員全員の出席のもとに、中請者に対し口頭試問 に よ り 提 出 論 文 の 内 容 と 、 そ れ に 関 連 す る 学 科 目 に っ き 行 わ れ た 。 不正咬合者の多くに様々な発音障害が認められるが特に摩擦音や破裂音などの子 音に障害が著明に現れる。この構音障害には舌の機能が関与しており、構音時の舌 運動を明らかにすることは非常に重要である。しかし、舌の動きは複雑であり、ま た口腔外から直接観測できないため舌運動の計測は困難である。そこで本論文は、
小型 磁気 セン サを 用い た舌 運動3次元計測システムを開発し骨格性反対咬合者の無 声摩擦音/s/構音時の舌運動を計測し本システムの有効性にっき検討を加えている。
く舌運動3次元計測システムの開発冫
本 シ ス テ ム の 計 測 原 理 は 、1次 コ イル (励 磁コ イル )に 励振 周波 数420KIIz、 10.0Vの交流電圧を印加することによって生じる2次コイル(検出コイル)の誘導起 電カを言f.測することにより、コイル間距離や回転角度を求めるものである。得られ る2次コ イル の出 力信 号は 平滑化し、対数回路に通し、これを出力値とした。出力 値は、サンプリング周波数200IIz、精度12bitのA/Dコンバータで量子化後、フ口ッ ピーディスクに格納した。これを生データとし、1次コイルの3次元座標値を求め、
CRT上に 表示 した 。1次 コイ ルは 、磁 心に 直径1.6mmの フェライトを使用し、0.2 mmエナメル線を120回巻いた面径3.Omm、長さ7.Omm、重さ1.Igの円柱状小型コイルを 1個自作した。2次コイルは、血径2. 5mm、長さ2.Omm、重さ60mgのチップコイルを 4個使用した。
任 意の ロ、Zで 決定 され るX−Y平而 上の 出力 値が 等し くなる1次コイルの位冠の 軌 跡 を 円と して 近似 し、4つの2次コ イル から 得ら れる 出力 値を2組に 分け 、各 組 で 構 成 され る3っ の円 の交 点を 頂点 とす る3角 形の3辺の 長さ の総 和が 最小 にな る ようp、Zを変 化さ せ、 探索 的に3次元座標の算出を行った。本システムの計測範囲 は 、 前 後方 向(X軸) で‑12mm≦X<+20mm、上 下方 向(Y軸) で―20mm≦Y<+12mmの X−Y平而 上で 半径20mmの円 内、 左右 方向 (Z軸 )で ー4mm s:Z <+4mm、前頭而内の
治 夫
生
進 和
貴
村 田
崎
中 亀
川
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
1次コ イルの傾 きで―9° ≦p≦+9° とした。計測範囲内での3次元的誤差を計測した ところ、平均0. 281mm、標準偏差O.463であった。
く骨格性反対咬合者の発音時の舌運動計測冫
被験 者は、聴 覚や構音 に異常の ない成人 正常咬合者3名(平均 年齢27.9歳)と、
矯正 治療開始 前の骨格 性反対咬 合者3名( 平均年齢20.7歳)を選 択した。対象音声 は 、 無 声 摩 擦 音 /S/を 含 む /asa/、 /usu/、 /ese/、 /Os0/と し た 。 く結果および考察>
1) 舌 運 動軌 跡 :正常咬合 者、反対 咬合者と もに、発 音時の舌 は安静位 を起点とし て先 行母音で は下方ま たは後下 方ヘ、子 音では上方 または前 上方ヘ、後続母音 では下方または後下方への動きが見られた。
2) 舌 運 動速 度 :運動速度 のピーク は、正常 咬合者、 骨格性反 対咬合者 ともに、先 行母 音から子音、および子音から後続母音の移行時に現れていた。音節別では、
/a/、/0/が最も速く、次に/u/、/e/の順であった。
3)/s/構 音時の舌 の位置: /s/構音 時の舌の位矗は、前後的には、両者ともに、安 静位 よりも前 方に位置 していた 。しかし 、上下的に は、正常 咬合者で安静位よ りも 上方に位 置してL、 たのに対 し、骨格性反対咬合者では安静位より下方ヘ位 置していた。
4)せぱ め の 持続 時 間: せ ば めの 持 続時 間 を前 後方向で 解析する と、正常 咬合者で 平均0. 091秒、標準偏差0.011に対し、骨格性反対咬合者で平均0.178秒、標準偏 差0. 022であり、骨格性反対咬合者の方が有意に長いことが分かった。また上下 方向で解析すると、正常咬合者で平均0. 126秒、標準偏差0.013に対し、骨格性 反対咬合者で平均0. 209秒、標準偏差O.062であり、有意差は認められなかった が、骨格性反対咬合者の方が長い傾向にあった。
/S/構音 時の舌の 位置の違 いは以下 のように推察される。重度の骨格性反対咬合者 は、 上下顎前 歯が逆被 蓋で、し かも離開 しているた め、上下 顎前歯を下顎の後方運 動に よって近 接させる ことが不 可能であ る。そのた めに、正 常咬合者と同じ構音部 位で 呼気の流 述を高め るせぱめ を形成す ることが困 難となり 、乱流音源の生成が難 しく なる。し かも、上 顎前歯と 下顎前歯または下唇のf岡に新たな共鳴腔が形成され てし まう。これらの影響を最小限にとどめ、かつ十分なせばめを形成するためには、
下顎 前歯の代 わりに舌 の補償運 動が行わ れ、その結 果正常咬 合者に比ぺ、舌が下方 に位 置してい た。また 、せばめ 形成の持 続時間では 、正常咬 合者は音声学での従来 の報 告と近い 値を示し ていたが 、骨格性 反対咬合者 は上述し た舌の袖償運動が起こ り、/s/の構音に必要な摩擦音源のせばめの形成に時間がかかったものと考えられる。
本研 究 は 舌の 構音運動を 解析する に十分な 精度をも つ舌運動3次元計測 システム を開 発し、骨 格性反対 咬合者の 複雑な舌 の補償運動 を明らか にした点、今後の矯正 歯科 臨床の発 展に大い に役立っ ものと考 えられる。 よって申 請者は博士(歯学)の 学位を授与される資格を持っものと認められる。