博 士 ( 歯 学 ) 山 本 健 也
学 位 論 文 題 名
ラット臼歯の脱臼性外傷後の歯根膜修復過程に及ぼす 咬合機能の影響について
学位論文内容の要旨
歯 の外傷 は小児期 によく みられ、 そのうち 歯周組 織に損傷 をもた らす脱臼 性外傷は乳歯、永 久 歯とも に受傷様 式として 多くを 占めてい ると報 告されて いるが 、この際 の歯周組織の変化つ い ての実 験的な報 告は少な い。臨床においては、脱臼性外傷に対する治療法のーっとして整復、
固 定し、 対合歯と の咬合を 回避し 、患歯の 安静を はかると ぃう方 法が行わ れているが、固定に 関 しては 、固定期 間につい て明確 に示すよ うな実 験報告は なく、 臨床での 経験に基づぃて決定 さ れてい る傾向に ある。し かも、 歯の固定 が歯周 組織の治 癒に寄 与するか 否かについても十分 な 知見が 得られて いないの が現状 である。 また、 歯周組織 が咬合 機能によ る刺激を失った場合 に 、歯根 膜線維が 廃用性萎 縮に陥 り、歯根 膜腔が 狭窄ある いは骨 性癒着す るなどの影響が生じ る ことは よく知ら れている 。この ようなこ とから 、最近で は固定 期間を可 及的に短くし、早期 に 咬合機 能を回復 すること により 歯周組織 の良好 な予後が 見込ま れるので はないかと推測され て いるが 、その際 の詳細な 修復過 程につい ては不 明な点が 多い。 一方、歯 周組織の修復に関し て は、歯 根膜の線 維芽細胞 や歯槽 骨の改造 に直接 的に関与 する破 骨細胞が 重要な役割を果たし て いるも のと考え られる。 そのた め、歯周 組織の 修復過程 を詳細 に検索す る場合、このような 細 胞の動 態を明ら かにする 必要が あると思 われる 。そこで 、これ ら不明な 点のうち、脱臼性外 傷 後初期 の歯周組 織の修復 過程に おいて、 咬合機 能が与え る影響 について 明らかにすることを 目 的とし て、ラッ ト上顎左 側第二 臼歯に実 験的な 脱臼性外 傷を付 与し、そ の後の近心口蓋根歯 周 組織の 修復過程 について 歯根膜 線維芽細 胞およ び歯槽骨 の破骨 細胞の動 態を中心に検索を行 った。
生 後約7週 齢の オ スSD系 ラ ッ トを 使 用 し、 実 験 群は 、 脱 臼性 外 傷付与 後、咬合 機能を 喪失 さ せ たA群 、 脱 臼性 外 傷 付 与後 も 咬 合機能 を付与し たB群、脱臼 性外傷 を与えず 、咬合機 能の み を 喪 失さ せ たC群 の3群 に分 類 し た。A群 およ びB群の ラ ッ トに 対 し ては 、 上 顎 左側 第 二 臼 歯 遠心口 蓋側歯肉 溝にスプ ーンェ キスカベ ータを 挿入し、 歯を亜 脱臼させ た後、整復、固定し た 。A群お よ びC群 の ラ ッ トに 対 し ては 、 上 顎左 側 第 二臼 歯 に 対向 する下 顎臼歯3歯をす べて 抜 去 し た。 対 照 群と し て 無 処置 の ラ ット を 使 用し 、 実 験期 間 は1,3,5,7日 と した 。 病 理 組 織 学 的検 索 は 通法 のHE染色 に 加 え、 破骨細胞 の動態 を検索す るため 酒石酸耐 性酸性ホ スフ ァ タ ー ゼ染 色(TRAP染 色) を 行 い、 免 疫 組織 化 学 的検 索 と して は 細胞増 殖活性を 検索す るた め抗5―bromo―2 ―deoxyuridine(BrdU)モノク口ーナル抗体を利用した免疫染色を行った。さら
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に、組織計量学的検索により脱臼性外傷後の近心口蓋根口蓋側歯根膜腔の面積を測定し、それ をもとに単位面積あたりのBrdU陽性細胞数を算出した。また、同領域の歯槽骨に接してみら れるTRAP陽性を示す破骨細胞数を計測した。
病理組織学的検索の結果、脱臼性外傷を付与した直後の歯周組織では、歯根膜線維の軽度の 伸張や断裂、血管の拡張や出血がみられたが、その後に咬合機能を喪失させたA群では、5日 後に歯根膜線維の規則的な配列が明瞭となり、歯槽骨表面での骨吸収像もほとんど認めず、脱 臼性外傷による歯周組織の損傷がほぼ修復していた。一方、脱臼性外傷後も咬合機能を付与し 続けたB群では、7日後の時点でも歯根膜線維の走行や配列は不規則であり、歯槽骨表面には 一部で破骨細胞が認められた。このように、脱臼性外傷後初期においては咬合機能による刺激 が、歯周組織に対して修復遅延因子としてはたらくことが示唆され、咬合機能を回避し、患歯 を安静にすることで歯根膜の修復が促進されるものと思われた。しかし、咬合機能のみを喪失 させたC群で、歯根膜線維の走行の乱れおよび歯根膜線維の萎縮が1日後にみられ、7日後に は歯根膜腔の著しい狭窄が認められることから、過去の報告と同様、咬合機能が喪失すると早 期に歯根膜の萎縮性変化を示すことが確認された。さらに、5日後に歯根膜線維の規則的な配 列が明瞭にみられたA群においても、7日後には歯根膜線維の萎縮性の変化を示したことから、
歯根膜の機能的構造の維持には歯周組織の修復後、速やかな咬合機能の回復が必要であること が示唆された。免疫組織化学的検索および組織計量学的検索の結果からは、A群において3日 後にBrdU陽性細胞の著しい増加が認められ、歯根膜線維芽細胞が歯根膜線維の修復のため増 殖しているものと思われた。一方、B群では実験期間を通じてこのような急激な増加はみられ ず、咬合機能による刺激が歯根膜線維修復のための線維芽細胞の増殖活性を抑制するものと考 えられることから、咬合機能による刺激は脱臼性外傷後初期の歯周組織の修復過程に対して遅 延因子となることが示唆された。また、TRAP染色および組織計量学的検索の結果からも、B 群でのみTRAP陽性を示す破骨細胞数の増加をみることから、脱臼性外傷初期には正常な咬合 機能による刺激であっても、過大なカとしてはたらくことが考えられたが、B群と対照群の破 骨細胞数の間に有意差は認められなかった。
咬合機能による刺激は、正常な歯根膜において歯周組織の恒常性を維持するために不可欠な 要素の1つであり、咬合機能を喪失すると、歯周組織は廃用萎縮を起こし、機能的構造は失わ れてしまうことは周知の通りである。しかしながら、脱臼性外傷後初期において咬合機能によ る刺激が歯周組織に対して修復遅延因子としてはたらくことが示唆されたことから、咬合機能 を回避する必要があるものと思われた。しかし、患歯を安静にすることで起こる著しい歯根膜 線維芽細胞の増殖は一過性に起こることから、歯根膜線維修復後には早急な咬合機能による刺 激が歯周組織の機能的構造の再構築のため要求されるものと思われた。咬合機能による刺激は 脱臼性外傷後初期の歯周組織の修復過程に対して遅延因子としてはたらくものの、歯根膜修復 後の歯周組織の機能の維持にとっては重要な刺激であることが示唆された。ただし、本実験で 与えた脱臼性外傷は亜脱臼(歯に動揺は認められるもの、歯の変位はみられない)であり、脱 臼性外傷の中の1分類にすぎず、外カの大きさや方向、固定の方法や期間そしてラットの週齢 など条件の違いにより歯根膜の修復に要する時間も変化し、咬合機能を回復させるタイミング も変わってくるものと考えられる。これらの点に関しては、実験的にも臨床的にも、今後、更 なる検討が必要になるものと思われる。
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学位論文審査の要旨 主 査 教授 小口春久 副 査 教授 向後隆男 副査、教授 加藤 J 臣B
学 位 論 文 題 名
ラット臼歯の脱臼性外傷後の歯根膜修復過程に及ぼす 咬合機能の影響について
審 査 は 向 後 、 加 藤 お よ び 小 口 審 査 委 員 そ れ ぞ れ 個 別 に 、 学 位 申 請 者 に 対 し て 提 出 論 文 の 内 容 と そ れ に 関 連 す る 学 科 目 に つ い て 口 頭 試 問 の 形 式 に よ っ て 行 わ れ た 。 以 下 に 、 提 出 論 文 の 要 旨 と 審 査 の 内 容 を 述 べ る 。
学 位 申 請 者 は 、 生 後 約7週 齢 の オ スSD系 ラ ッ ト を 使 用 し 、 脱 臼 性 外 傷 付 与 後 、 咬 合 機 能 を 喪 失 さ せ たA群 、 脱 臼 性 外 傷 付 与 後 も 咬 合 機 能 を 付 与 し たB群 、 脱 臼 性 外 傷 を 与 え ず 咬 合 機 能 の み を 喪 失 さ せ たC群 の3群 に 分 類 し た 。 上 顎 左 側 第 二 臼 歯 に 脱 臼 性 外 傷 を 付 与 し 、 そ の 後 の 近 心 口 蓋 根 歯 周 組 織 の 修 復 過 程 に つ い て 歯 根 膜 線 維 芽 細 胞 お よ ぴ 歯 槽 骨 の 破 骨 細 胞 の 動 態 を 中 心 に 検 索 を 行 う こ と に よ り 、 脱 臼 性 外 傷 後 の 歯 周 組 織 の 修 復 過 程 に お い て 咬 合 機 能 が ど の よ う に 影 響 す る か を 検 討 し た 。 検 索 方 法 と し て 、 病 理 組 織 学 的 検 索 は 通 法 のHE染 色 に 加 え 、 破 骨 細 胞 の 動 態 を 詳 細 に 検 索 す る た め 酒 石 酸 耐 性 酸 性 ホ ス フ ァ タ ー ゼ 染 色(TRAP染 色 ) を 行 い 、 免 疫 組 織 化 学 的 検 索 と し ては 細胞 増殖 活性 を検 索す るた め、 抗5―bromo−2 ―deoxyuridine (BrdU)モノクローナル 抗 体 を 利 用 し た 免 疫 染 色 を 行 っ た 。 さ ら に 、 組 織 計 量 学 的 検 索 に よ り 脱 臼 性 外 傷 後 の 近 心 口 蓋 根 口 蓋 側 歯 根 膜 腔 の 面 積 を 測 定 し 、 そ れ を も と に 単 位 面 積 あ た り のBrdU陽 性 細 胞 数 を 算 出 、 ま た 、 同 領 域 の 歯 槽 骨 に 接 し て み ら れ るTRAP陽 性 を 示 す 破 骨 細 胞 数 を 計測 した 。
以 上 の 方 法 に よ っ て 得 ら れ た 結 果 は 次 の 通 り で あ る 。 病 理 組 織 学 的 検 索 か ら 、 脱 臼 性 外 傷 を 付 与 し た 後 に 咬 合 機 能 を 喪 失 さ せ たA群 で は 、5日 後 に 歯 根 膜 線 維 の 規 則 的 な 配 列 が 明 瞭 と な り 、 歯 槽 骨 表 面 で の 骨 吸 収 像 も ほ と ん ど 認 め ず 、 歯 周 組 織 は ほ ぼ 修 復 し て い た 。 一 方 、 咬 合 機 能 を 付 与 し 続 け たB群 で は 、 実 験 期 間 を 通 じ て 歯 根 膜 線 維
の 走行 や配 列は 不規則 であ り、 歯槽 骨表 面に は一部で破骨細胞が認められたように、
脱 臼性 外傷 後は 咬合機 能に よる 刺激 が、 歯周 組織に対して修復遅延因子としてはたら く こ と が 示 唆 さ れ た 。 し か し 、 咬 合 機能 の み を 喪 失 させ たC 群で 、過 去の 報告 と同 様 、早 期に 歯根 膜の萎 縮性 変化 を示 すこ とが 確認 され 、さ らに 、5 日 後に 歯根膜線維 の 規 則 的 な 配 列 が 明 瞭 にみら れた
A群 にお いて も、
7日後 には 歯根 膜線 維の 萎縮 性の 変 化を 示し たこ とから 、歯 根膜 の機 能的 構造 の維持には歯周組織の修復後、速やかな 咬 合機 能の 回復 が必要 であ るこ とが 示唆 され た。免疫組織化学的検索および組織計量 学 的 検 索 の 結 果 か ら は 、
A群 に お い て
3日 後 に
BrdU陽 性 細 胞 の 著 し い 増 加 が 認 め ら れ 、 歯 根 膜 線 維 芽 細 胞 が歯根 膜線 維の 修復 のた め増 殖し てい るも のと 思わ れた 。一 方 、B 群 では 実験 期間 を通 じて この よう な急 激な増 加は みら れず 、咬 合機 能による刺 激 が歯 根膜 線維 修復の ため の線 維芽 細胞 の増 殖活性を抑制するものと考えられること か ら、 咬合 機能 による 刺激 は脱 臼性 外傷 後の 歯周組織の修復過程に対して遅延因子と な るこ とが 示唆 された 。ま た、
TRAP染色 およ び組 織計 量学 的検 索の 結果 からも、B 群 で のみ
TRAP陽性 を示す 破骨 細胞 数の 増加 をみ ることから、脱臼性外傷後には正常な咬 合 機能 によ る刺 激であ って も、 過大 なカ とし てはたらくことが考えられた。これらの 結 果か ら1 ) 脱臼 性外 傷後 初期 にお いて 咬合 機能に よる 刺激 が歯 周組 織に 対して修復 遅 延因 子と して はたら くこ とが 示唆 され た。
2)患 歯を 安静 にす るこ とで 起こる著し い 歯根 膜線 維芽 細胞の 増殖 は一 過性 にし か起 こらないことから、歯根膜線維修復後に は 早急 な咬 合機 能によ る刺 激が 歯周 組織 の機 能的構造の再構築のため要求されるもの と 思わ れた 。3 ) 咬合 機能 によ る刺 激は 脱臼 性外傷 後の 歯周 組織 の修 復過 程に対して 遅 延因 子と して はたら くも のの 、歯 根膜 修復 後の歯周組織の機能の維持にとっては重 要 な刺 激で ある ことが 示唆 され た。
引き続いて、学位申請者に対して論文内容に関連する質問が行われたが、これらの 質 問に対しそれぞれ適切な回答が得られ、また、本研究は歯科臨床応用により歯の外 傷の治療および予後を診るうえでの参考となる可能性を示し たことが評価された。さ ら に、学位申請者は実験条件の設定変更により、様々な歯の外傷の受傷様式に対する 歯 周組織 の変 化に つい ても 検討 を進 めて おり 、将 来の 展望 についても評価された。