博 士 ( 環 境 科 学 ) 杉 本 太 郎
学 位 論 文 題 名 ●
Noninvasive genetic study to conserve Amur leopard and Siberian tiger in the Ru:ssi _ SSlan Far East
(ロシア極東に生息するアムールヒョウとシベリアトラの 非 侵 襲 的 試 料 を 用 い た 保 全 遺 伝 学 的 研 究 )
学位論文内容の要旨
ヒョウ亜種の中で最も東に分布するアムールヒョウは、かって中国東北部、朝鮮半島、極東ロシア を含む広大な範囲に生息していた。しかし、近年の開発、森林伐採の影響を受け、現在は、ロシア 以外で は中国に わずか数 個体の 生息が確認されているのみである。北朝鮮に関しては信頼できる 情報はをいが、生息している可能性は極めて低いとみられている。したがって、現存する唯一の個 体群は ロシア沿 海州南西 部に生 息する小集団のみである。これまでロシア政府は、同所的に生息 する絶減危惧種であるシベリアトラの保全対策によりカを注いできた。国際的な関心を集めやすい シベリアトラは、調査や保全対策の資金を外国から集めやすい。そのため、長期に渡り詳細な生態 調査が行われ、様々な保全対策がとられてきた。その効果もあり、1940年代に40頭まで減少した個 体数は 現在約500頭にまで回復した。しかしこの回復は、シホテアリン山脈一帯に広がる主要個体 群において見られる傾向であり、孤立した他のニっの分集団では、その存続すら危ぶまれている。
そのうちのーつの分集団が、ロシア沿海州南西部にみられ、ここではアムールヒョウと同所的に生息 している。この小集団は、ウラジオストックからウスリースクヘ伸びる道路や鉄道により、主要個体群か らは過 去20年以上 孤立し ていると 考えられている。この小集団に関する詳細な調査研究が現在必 要とされている。
近年の分 子生物学 的手法 の発展に より、 微量なが らDNAを含む糞 や毛のよ うな、 個体に直接触 れることなく採取できる試料が信頼できるDNA試料として用いられるようになってきた。これらは非侵 襲 的遺伝 的試料(Noninvasive genetic samples)と呼ばれ、近年希少種に対する研究試料として、
非 常に有 効である ことが 知られて いる。DNA試料として一般的である血液及び組織試料を得るため には、個体を捕獲しなければならなぃ。しかしながら、過度の麻酔や予期せぬ事故により、対象動物 が 傷を負 う可能性、あるいは死に至る可能性を考慮すると、少なからぬ危険を伴う捕獲は極力避け るべきである。
そこで本 研究では 、非侵 襲的遺伝 的試料 を用いて 、ロシ ア沿海州南西部に生息するアムールヒ ヨウとシベリアトラの生態及び遺伝的特徴を解明することを目的とした。まず、採集した試料からのD NA抽出方法 や、種の 識別方 法などの 分析方 法を確立 し、そ れらを用いて実際に解析を行い、得ら れた知見から保全対策の提言を行なった。
2000 〜03 にかけて毎年冬季にサンプリングを行い、計221 個の試料を得た。これまで行
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な った研 究から、 アムール ヒョウと シベリアト ラの糞か らのDNA抽出 にはGuSCN/ Silica 法が有 効である ことが分 かった。 また、種及び性判定方法を開発し、両種の分布状況を糞 や毛な どの試料 から明ら かにする ことが可能となり、従来の足跡に基づく調査に加え、今 後はより詳細な分布の把握が可能となった。
ヒョウ 及びトラ と種判定 した糞試料に対して、マイク口サテライトマーカーを用いて、
個体識別を行なった。その結果、ヒョウは25頭(148':ll早)、トラは11頭(4d:7早)を識別する ことに 成功した 。標識再 捕法を用 いて、2002〜03に識別した各個体の糞の重複から個体群 サイズ の推定を 行なった ところ、 サンプリングした地域におけるアムールヒョウの推定個 体群サイズは28(95%CI: 19‑38)頭、シベリアトラは12(95%CI: 9‑19)頭であった。今後、沿 海州南西部全域からサンプリングを行い、より正確な個体群サイズを推定する必要がある。
識 別した 個体25頭と 、1993〜96に捕 獲された2頭の計27頭分 のDNA試料を 用いて、 アム ールヒ ョウの遺 伝的多様 性を調べ たところ極めて低い多様性を示し、遺伝的多様性が低い ことを 示したUphyrkina et al. (2002; 2003)による先行研究を支持する結果となった。生 息地が 減少し、 分集団化 したこと により、遺伝的浮動や近親交配の影響を受け、多様性が 減少し たものと 考えられ る。近親 交配による形態的、生理的な異常が認められる場合、動 物園個体の導入による多様性の回復を検討する必要があるだろう。
シベリ ア卜ラ11頭 の遺伝的 多様性は 、アムー ルヒョウほ ど低くはなく、動物園個体7頭 と比較 したとこ ろ、有意 な差は見 られなかった。動物園個体のサンプル数が少ないことか ら、よ り明確な 関係を知 るために は、動物園個体のサンプル数を今後増やす必要がある。
ま た主 要 個 体群 か らDNA試 料 を採 集し 多様性を比 較するこ とで、孤 立化によ る遺伝的 多 様性への影響を調べる必要があるだろう。
識別し た両種の メス個体 の黄体ホ ルモンを 測定したと ころ、アムールヒョウのメス2頭 でオス との交配 を示す高 い値が得 られた。サンプル数の少なさから、妊娠と判定すること は で き な か っ た が 、 糞 か ら の 妊 娠 判 定 の 可 能 性 を 見 出 す こ と が で き た 。
以 上の糞分析により得られた新たな知見から、二種の保全への対策をまとめた。この地 域 において 二種が存続してゆくためには、山火事、密猟、違法伐採を食いとめることは言 う までもな く、生息 可能な地 域を拡大 させることが第一に必要である。特にPoltavsky保 護 区の南部 は森林の植生が単調であり、過去10年以上ヒョウ及びトラの足跡が確認されて い ない。こ の地域の森林の多様性を回復させること、また国境を挟んだ中国国内の生息地 の 改善及び 保護を強化することが必要である。多くのアムールヒョウが確認された、森林 植 生の豊か な地域を 保護する ことも重 要である 。
遺 伝的多様性の減少を引き起こしている集団の孤立化を改善するため、コリドーの設置 や 人為的な 遺伝子交流を検討する必要がある。アムールヒョウ動物園個体群は、野生個体 群 より高い 遺伝的多様性を保持していることから、動物園個体を用いた遺伝的多様性の回 復 も有効な 手段であ る。
本 研究で確立した一連の分析方法、解析方法は、今後の両種の保護及び調査研究で大い に 貢献する ことが期待できる。今後は、試料をより広範囲から多く集め、正確な個体群サ イ ズを把握 し、分布の拡大の有無などを継続的にモ二夕リングしてゆくことが望ましく、
同 時に保全 対策の効 果を検証 してゆく ことが必 要である。
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学位論文審査の要旨
主 査 教 授 東 正 剛 副 査 教 授 岩 熊敏 夫 副 査 准 教授 鈴木 仁 副 査 准 教授 鈴木 光 次
副 査 准 教授 増田隆 一(大学院 理学研究院 )
学 位 論 文 題 名
Noninvasive genetic study to conserve Amur leopard and Siberian tiger in the Ru,ssi | SSlan Far East
(ロシア極東に生息するアムールヒョウとシベリアトラの 非 侵 襲 的 試 料 を 用 い た 保 全 遺 伝 学 的 研 究 )
本研究は アムールヒョウとシベリアトラの保全を目指した国際共同研究の一翼を担い、
対象動物を 傷っけることなく収集可能な糞、体毛、唾液などの非侵襲的試料に含まれるDNA を使って種 判別、性判別、個体識別を行う方法の開発を主な目的としている。更に、本論 文では、開 発された方法を用いて明らかとなる個体数から個体群サイズや行動圏サイズを 推定し、過 去の野外調査結果との比較を行うとともに、DNA同様に糞に含まれる性ホルモ ンを分析し て、雌の発情や妊娠の有無を判定する方法の開発も試みている。個体数が極端 に少なくな った希少種では、麻酔銃などを用いた血液採取はもちろん、電波発信機の装着 による追跡 調査も個体群に負荷を与える可能性があり、糞などの非侵襲的試料を用いたモ 二 夕 リ ン グ は 極 め て 有 効 と 考 え ら れ る の で 、 本 研 究 は 保 全 生 態 学 上 意 義 深 い 。 本研究は 、ロシアの研究者達が2000‑‑‑2001年冬、2001〜 2002年 冬、2002丶‑2003年冬 に 野外 採取 した 糞206個、 毛9サ ンプ ル、 唾液6サ ン プル を用いて行われた。まず、DNA 抽 出 法 と し て1) フ ェ ノ ー ル ・ ク 口 口 フ ォ ル ム 法2)CTAB法3)QIAア ン プ ・ ス ツ ー ル・ ミ二 ・キ ット 法4)GuSCN・シ リカ 法の 有効 性を 検討 した。その結果、1)と2) は 未消 化物や色素を除去できず、本研究には不適であっ た。3)では一番多くのDNAを抽 出できたが 、DNA阻害物質の残留量も多 く、正確な種判定や性判定を妨げる傾向が強かっ た 。4) ではDNA量は3)よ りや や少 ない もの の、DNA阻 害物 質の残留量も少なく、本研 究に最も適 した方法と判定された。
申請 者は、このGuSCN・シ リカ法によって抽出されたDNAを用いて、種判定、性判定、
個体識別を 行っている。まず、アムールヒョウ、シベリアトラ、および極東ロシアにまで
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分布してい るべンガルヤマネコを区別するため、動物園個体から得られた血液サンプルを 用 いてDNA比 較を 行し ゝ、mtDNAチト ク口 ームb領域の塩基配列 に種間差を見出した。そ こ で、 非侵 襲的 試料 に つい て種 判定 を行 い、 糞120個、毛3サンプル、唾液3サンプル、
計126サ ンプ ルを アム ール ヒョ ウ、 糞57個、 体毛4サンプル、唾液1サンプルをシベリア トラのものと判定した。また、同じく動物園個体につしゝて雌雄判定に適した遺伝子の探索 を 行い 、X染 色体 上のZfx遺 伝子 、Y染色 体上 のDBYが最 も適 して いる こと を見出した。
そこで、種 判定に成功したサンプルについて分析し、アムールヒョ ウの糞78個と毛2サン プル、シベ リアトラの糞39個、毛2サン プルで性判定に成功した。種判定や性判定に失敗 したサンプ ルは現地での採取時に既に古いものが多く、排泄問もない糞であれば今回開発 された方法 はかなり有効であることが確認されている。
次 に、 先行 研究 に よっ て開 発さ れた マイ ク口サテライトDNA用プライマーを用いて 各遺伝子座 上の対立遺伝子数をもとめ、アムールヒョウで13遺伝子座、シベリアトラで10 遺伝子座が 個体識別に有効であることを見出している。種判定と性判定に成功したサンプ ルにこれら のプライマーを用いて個体識別を試みたところ、アムールヒョウでは25遺伝子 型(雄:雌‑14:11)、シベリアトラでは11遺伝子型(雄:雌二ニ4:7)が検出された。こ れらの結果 から、マーク・リキャプチャー法により個体群サイズを推定している。解析方 法 と し て は 、Mh‑Jackknife、Mh‑Chao、Capwireの3方 法を 用い て いる 。ま ず、 アム ー ル ヒ ョ ウ で はMh‑Jackknifeで25個 体(95% 信 頼限 界で22―37)、Mh‑Chaoで25個体(21 ー44、 )、Capwireで28個 体(19一38)と 推定 された。カメラと ラップと足跡調査による 先 行 研 究 で は29〜38個 体 と 推 定 さ れ て お り 、今 回の 結果 と近 い 。シ ベリ アト ラで は Mh‑Jackknifeで14個 体 (11―25)、Mh‑Chaoで27個 体 (12―136)、Capwireで12個 体(9ー19)と、推定値に大きな差がみられた。これは主にサンプルサイズが小さいことに よるが、本 来糞サンプル用に開発されたCapwireの推定値は足跡調査による先行研究の推 定値16〜 21に比較的近い。これらのことから、非侵襲的試料を用いた個体数推定法は他の より直接的 な方法がない場合には有効であることを示唆している。また、比較的個体数の 多 かっ たア ムー ルヒ ョウの雄について、中心重複法による行動 圏サイズの推定も行い、
198.6〜 364.lkm2という値を得ている。これは現地で発信機を装着して行われた先行研究 の結果280 krri2とかなり整合しており、今回用いた推定法の有効性を示している。糞に含 まれるホル モン分析では、発情ホルモンであるエス卜口ゲンや妊娠の指標となる黄体ホル モンである プ口ジェステ口ンの高い値を示す個体を見っけており、糞を用いた生理状態の 推定も可能 であることを実証している。
審査委員 一同は、希少な哺乳類の保全に貢献し得るこれらの成果を高く評価し、また研 究者として誠実かつ熱心であり、大学院博士課程における研鑽や修得単位などもあわせて、
申 請者 が博 士( 環境 科 学) の学 位を 受け るの に充 分な 資格 を有 する もの と判定した。
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