学位論文の内容の要旨
論 文 提 出 者 氏 名 長谷川 智之
論 文 審 査 担 当 者 主査 丸 光惠
副査 星 治、齋藤 やよい
論 文 題 目 Relationship between weight of rescuer and quality of chest compression during cardiopulmonary resuscitation
(論文内容の要旨)
<結言>
心肺蘇生法(CPR)は、最適な循環と酸素化の達成を目標として、胸骨圧迫と人工呼吸を組み 合わせて実施される。AHA Guideline for CPR and ECC 2010は、CPRの中でも胸骨圧迫に重 点を置き、全ての救助者は訓練の有無にかかわらず心停止傷病者に対して胸骨圧迫を実施するべ きであると提言している。早期の効果的な胸骨圧迫の実施は、生存率および神経学的転帰を改善 すると報告されている。
絶え間ない胸骨圧迫は、救助者を疲労させ、適切な深さに押す回数が減少する。最新のガイド ラインは、胸骨圧迫を実施する際に、「強く、速く、絶え間なく」と強調している。したがって、
胸骨圧迫に伴う疲労はより大きくなると考えられる。救助者が多くいる場合は、胸骨圧迫を約 2 分毎で交替する。胸骨圧迫の質は救助者の身体特性と関係があるが、ガイドラインでは交替時間 の基準に関して考慮されていない。
病院内における心停止患者の発見は看護師が最も多く、緊急時に CPR を実施する重要な役割 である。看護師による CPR は心停止患者の転帰に影響することから、多くの病院では看護師の 一次救命処置の訓練を必要としている。日本における看護師の数は、1,027,337人(2011年)で、
95%が女性であり、さらにそれらの半分は20代および30代である。病院内では、全ての人が身
体的特徴に関係なく、最善の胸骨圧迫を提供すべきである。それゆえに、最も効果的な胸骨圧迫 を保証するために、救助者の身体的特徴を考慮した交替時間を検討する必要がある。胸骨圧迫の 質は救助者の身長と正の相関関係があると報告されているが、救助者の体重との関係は証明され ていない。日本人の体格はヨーロッパ人とアメリカ人のそれより一般に小さく、そして救助者の 体重が胸骨圧迫の質に影響を与えるかもしれないことから、交替時間はより小さい体格に従って 決定されるべきである。
本研究は、胸骨圧迫の質と、救助者の体重および疲労の関係を明確にすることを目的とする。
そして、心停止患者の最適な転帰を保証するために、体重の軽い救助者が効果的な CPR を実施 するための交替時間を提案する。
- 2 -
<対象と方法>
研究参加者:救急、ICUおよび循環器病等で勤務しており、CPRの経験がありかつ心肺蘇生の 講習を受けている18名(男性10名、女性8名)の看護師とした。
実験プロトコル:プロトコルは、rest, chest compression, recoveryで構成され、各5分とする。
研究参加者は、実験前に胸骨圧迫を正しい深さに押せることを確認するために練習をした。5 分 間のrestは、椅坐位で閉眼した状態とした。5分間のchest compressionは、床に置いた人形に 対して実施し、フィードバックはなしとした。胸骨圧迫の速さは、メトロノームを用いて1分間 に100回で維持した。5分間のrecovery は、座位で楽な姿勢をとってもらった。
測定項目:胸骨圧迫の深さは、蘇生訓練用人形より取り込んだ。心拍数(以下 HR)および酸 素摂取量(以下VO2)は、rest, chest compression, recoveryを通して測定した。表面筋電図(以
下sEMG)は、胸骨圧迫実施中の上腕二頭筋、上腕三頭筋、僧帽筋、脊柱起立筋、外腹斜筋、腹直
筋、大腿直筋、大腿二頭筋から収集した。自覚的運動強度(以下RPE)は、ボルグスケールをも とに、6から20のスケールを用いた。
評価方法:日本人の各性別および年齢の平均体重(人体寸法データブック2004-2006)をもと に、研究参加者をLight群(男性5名、女性4名)とHeavy群(男性5名、女性4名)に統制 した。胸骨圧迫の深さは、5cm以上の深さに圧迫した割合を30秒ごとに評価し、正確率とした。
HRおよびVO2は、restを基準として、chest compressionとrecovery時の増減率を評価した。
胸骨圧迫時のsEMGは、全波整流後、30秒ごとの積分値を評価した。身体的疲労は、RPEを使 用し、chest compressionとrecoveryの1分ごとを評価した。
統計:筋電図は、2 群の比較は対応のない t 検定を、時系列の比較は一元配置分散分析を使用 した。胸骨圧迫の正確率、HR、VO2およびRPEは、Mann-Whitney U検定, Friedman 検定お よびWilcoxon sign rank検定を使用した。
倫理的配慮:三重県立看護大学研究倫理審査会の承認を得た(承認番号 120203)。公募によ り集まった研究参加者に、実験について説明し同意を得た。研究参加者の安全を最優先とし、研 究参加者はいつでも実験の辞退ができることを保証した。
<結果>
研究参加者:Light群とHeavy群の平均体重に有意差を認め(50.6 ± 6.5 vs. 68.0 ± 7.5 kg, p <
0.001)、年齢と身長において有意差は認められなかった。全ての研究参加者は、5 分間の胸骨圧
迫を実施することができた。
胸骨圧迫の正確率:30秒ごとの正確率の中央値の範囲は、Light群は77.4から0.0%、Heavy 群は98.1から77.3%であった。Heavy群の正確率は有意な低下を認めなかったが、Light群は開 始30秒と150, 180, 210, 240, 270および300秒で有意な低下(p = 0.028)が認められた。2群間で は、90, 150, 180, 210, 240, 270および300秒において有意差が認められ、Heavy群が高い推移 を示した。
心拍数:30 秒ごとの chest compression時のHRの変化率の範囲は、Light群は189.4 から 147.1%、Heavy群は164.3から135.8%であった。また、recovery時は、Light群は151.4 to 112.0、
Heavy群は137.3から103.7であった。2群間では、chest compression時の30, 90, 120, 150, 180,
210, 240, 270および300秒、recovery時の30, 60, 150および240秒に有意差が認められ、Light 群が高い推移を示した。
酸素摂取量:30秒ごとのchest compression時のVO2 (mL/kg/min)の範囲は、Light群は16.3 から8.9、Heavy群は12.9から7.6であった。また、recovery時は、Light群は15.8から3.8、
Heavy群は11.8から4.3であった。2群間では、chest compression時の90, 120, 150, 180, 210, 240, 270および300秒、recovery時の90および270秒に有意差が認められ、Light群が高い推 移を示した。
筋電図:2 群間の筋積分値において、僧帽筋、脊柱起立筋、外腹斜筋、腹直筋、大腿直筋で有 意差が認められ、全てLight群が高かった。経時的変化は2群とも有意な変化は認められなかっ た。
自覚的運動強度:1分ごとのRPEの範囲は、Light群は17.5 から11.0、Heavy群は15.0か ら9.0であった。経時的変化は、両群とも最初の1分と2, 3, 4, 5および6分で有意差が認められ、
さらにLight群は10分で有意な減少を示した。2群間では、2, 3, 4, 5および10分に有意差が認 められ、Light群が高い推移を示した。
<考案>
Hands-only CPRは時間経過に伴い胸骨圧迫の質が低下すると報告されている。本研究の結果
から、Light群の胸骨圧迫は先行研究と同様であり、疲労が大きいことが明らかとなった。
胸骨圧迫は、5cm 押し下げるために胸壁に対して垂直に力を加える必要がある。その力は約 500N と報告されている。胸骨圧迫の力は、重力と股関節トルクにより生成される。胸骨圧迫を 行う者は、重力を使用し下方に上体を早めることで力を発揮し、重力に抵抗するために圧迫解除 時は股関節伸展トルクにより保持する。腰椎に作用するモーメントは、胸骨圧迫中の筋力により 生成された負荷を表す。
Light 群は、僧帽筋、外腹斜筋、腹直筋、大腿直筋を使用することで、胸骨圧迫に必要な力を
引き起こした。圧迫解除時は、圧迫の拮抗筋である脊柱起立筋に力が入り、これがHeavy群と比
較してLight群で疲労が大きくなったと推察する。
これらの理由から、体重の軽い救助者は、Hands-only CPRの実施に伴い、疲労が主観的およ び客観的にも早期に起こり、胸骨圧迫の質が急速に低下した。さらに1名の研究参加者は、実験 開始時から5cmまで圧迫することができなかった。フィードバックもしくはディブリーフィング のどちらかで CPR の質は改善し、さらに両方を組み合させるとより効果的な改善となると報告 されている。また、看護師に対して、CPR時のオーディオヴィジュアルフィードバックデバイス は、胸骨圧迫の質の有意に改善すると報告されている。本研究では、フィードバックデバイスを 使用しなかったことで、Light群の参加者が実験前の練習を忘却したことが推察される。
一方で、Heavy群は5分間の胸骨圧迫の実施において、70%以上の正確率を維持することがで きた。それらは、Light 群のように体幹や大腿の筋力を必要とせず、十分な圧迫の力を生み出す ことができていた。Heavy群の胸骨圧迫は、圧迫の力に救助者の体重を使用していた。胸骨圧迫 の質と救助者の身体特性および身長は正の相関関係があり、性別は関係ないと報告されている。
我々のデータは、これらの報告と一致している。Heavy群は、急激な疲労を起こすことなく、体
- 4 -
重を利用し胸骨圧迫を実施したことから、救助者の体重は、効果的な胸骨圧迫の重要な要素であ る。
病院内の胸骨圧迫は医療スタッフによるものでさえ、しばしば不十分であると報告されている。
ガイドラインによると、胸骨圧迫の交代時間は、身体的特徴に関係なく、約2分とされている。
しかし、救助者の身体的特徴は、質の高い胸骨圧迫の実施および維持のために考慮するべきであ る。特に、胸骨圧迫の交替時間に関して、救助者の体重を1つの要因として考慮される。本研究 は、体重の軽い救助者は、効果的な胸骨圧迫を維持するために1分ごとに交替することを提言す る。
<結論>
Light群は、胸骨圧迫実施中に疲労が生じ、圧迫の質が次第に低下した。一方で、Heavy群は
5 分間にわたり効果的な胸骨圧迫を実施することができた。救助者の体重は、胸骨圧迫の質にお いて重要な要素である。胸骨圧迫の正確率において1分以降に有意差が認められたことから、体 重の軽い人は、1分ごとの交替を提言する。
論文審査の要旨および担当者
報 告 番 号 甲 第 4820 号 長谷川 智之
論文審査担当者 主 査 丸 光惠
副 査 星 治、齋藤 やよい
(論文審査の要旨)
心肺蘇生法(CPR)は、最適な循環と酸素化の達成を目標として、胸骨圧迫と人工呼吸を組み 合わせ実施することであり、早期の効果的な胸骨圧迫の実施は、生存率および神経学的転帰を改 善すると報告されている。AHA Guideline for CPR and ECC 2010を基に作成された日本版の心 肺蘇生法のガイドラインでは、胸骨圧迫の交代時間は身体的特性に関係なく約2分とすることが 明示されている。そこで申請者は、実際の臨床現場において初期の心肺蘇生を担うのは体重の軽 い女性看護師であることから、胸骨圧迫の質と救助者の体重および疲労の関係を明確にすること を研究目的とし、安静とシミュレーターの胸部圧迫を各5分ずつ実施する実験を行った。
研究対象者は心肺蘇生の講習を受け、救急、ICU、循環器病棟でCPRを日常的に実施している 看護師 18名(男性 10名、女性8名)を対象とし、蘇生訓練用人形を用いて、胸骨圧迫の深さ、
心拍数、表面筋電図をデータとして収集した。また自覚的運動強度については、ボルグスケール を用いて測定した。分析は体重によりLight群(男性5名、女性4名)とHeavy群(男性5名、
女性4名)に分けて統計分析を試みた。Light群(平均体重50.6±6.5kg)とHeavy群(同68.0±7.5kg) では、性別、年齢、看護師経験年数、身長、BMI、運動習慣に差はなかった。
分析の結果、胸骨圧迫の正確率はHeavy群の方が高く、5分間にわたり正確率80%以上の効果 的な胸骨圧迫を実施していることが明らかとなった。またLight群の方が心拍数、酸素消費量共 に高く推移していること、筋電図では2群間の筋積分値において、僧帽筋、脊柱起立筋、外腹斜 筋、腹直筋、大腿直筋で有意差が認められるなど、施行に伴う身体負荷はLight群の方が高く、
また自覚的運動強度も高いことが示された。
本研究の結論として、体重の軽い看護師は、胸骨圧迫実施中に疲労が生じ、圧迫の質が次第に 低下することが示された。また、胸骨圧迫の正確率および疲労に関する測定項目において1分以 降に有意差が認められたことから、CPR交代時間を考えるうえで救助者の体重は重要な決定要因 となること、Light群において効果的な胸骨圧迫を維持するために1分ごとの交代が適切である と結論づけた。
本研究では日本人看護師の体格的特徴から起きる正確性を明らかにし、交代時間の提案という これまでにない提言に至っている事、ガイドラインの見直しや教育現場での活用などに有用であ る点が高く評価された。以上より、博士号の学位に値すると判断した。