博 士 学 位 論 文
イオンチャネル阻害薬の内臓痛治療への応用に 関する基礎研究と心有害事象予防に向けた臨床研究
近 畿 大 学 大 学 院 薬学研究科薬学専攻博士課程
松 井 和 樹
イ オ ン チ ャ ネ ル 阻 害 薬 の 内 臓 痛 治 療 へ の 応 用 に 関 す る 基 礎 研 究 と 心 有 害 事 象 予 防 に 向 け た 臨 床 研 究
松 井 和 樹
過去47年間 (1970~2016年) に上市された低分子医薬品のデータを解析した医薬産業政策研究所の報告によ ると、上市医薬品で、最も多いのが酵素を標的とする医薬品 (500品目) で、第2位が受容体を標的とする医薬 品 (434 品目)、それに続くのがイオンチャネルとトランスポーターを標的とする医薬品 (それぞれ 75 品目) で ある。
イオンチャネル阻害薬は、抗てんかん薬、高血圧治療薬、虚血性心疾患治療薬、抗不整脈薬、鎮痛薬など幅広 い疾患の治療に応用されている。一般に、各イオンチャネルに選択性の高い化合物が医薬品に適すると考えられ てきたが、ヒトでの有効性と安全性に関するエビデンスが蓄積されるに伴って、複数のイオンチャネルに作用す る化合物の有用性も再評価されている。L型、N型、P/Q型、R型の高電位活性化Ca2+チャネルに共通するα2δ 調節サブユニットに作用する神経障害性疼痛治療薬の pregabalin やマルチチャネル阻害薬に分類される抗不整 脈薬のbepridilなどはその代表例である。
過敏性腸症候群 (IBS) に伴う結腸痛の発現には侵害受容ニューロン上に発現する transient receptor potential vanilloid 1 (TRPV1) やtransient receptor potential ankyrin 1 (TRPA1) チャネル及びCav3.2 T型 Ca2+チャネル (Tチャネル) などが関与する。TRPV1の機能はprotein kinase Aやprotein kinase C (PKC) に よるリン酸化に伴って増強される一方、脱リン酸化酵素である calcineurinによって抑制的に制御されている。
川畑らのグループは、知覚神経に発現するproteinase-activated receptor 2 (PAR2) を刺激することでPKC依
存的にTRPV1の感受性が増大し、TRPV1アゴニストであるcapsaicin結腸内投与による結腸痛が増強されるこ
とを報告している。また、結腸内腔の硫化水素 (H2S) が結腸痛を誘起すること、さらに、この痛みの発現にCav3.2 TチャネルとTRPA1チャネルの活性上昇が関与することを、両チャネルの遺伝子ノックダウン実験によって証 明している。これらの知見に基づいて実施された別のグループの研究により、ラットにおける butyrate 誘発性 結腸過敏がCav3.2のノックダウンで抑制されることが証明され、IBS患者の結腸痛にCav3.2が関与する可能性 が示唆された。その後、IBS患者の結腸粘膜生検においてCav3.2 mRNAレベルの上昇が報告された。これらの ことから、Cav3.2 TチャネルはIBS患者における腹痛・結腸過敏に対する治療標的分子になりうると考えられ ている。現在までに、多数の選択的Tチャネル阻害薬が開発されているが、ヒトの体性痛に対する明確な抑制効 果が証明されたものはほとんどない。一方、ヒトにおいて結腸痛を含む内臓痛に対する有効性を評価した研究は まだない。既存医薬品の中には、一般に知られている作用機序に加えて T チャネル阻害活性を有するものがあ り、ヒトでの安全性が既に確立しているそれらの医薬品を IBS 患者の結腸痛治療に応用できる可能性が考えら れる。狭心症や不整脈の治療薬であるbepridil及び定型抗精神病薬である pimozide はCav3.2阻害活性を有す ることが報告されており、Cav3.2が関与する内臓痛を抑制する可能性が考えられる。以上、これまでに報告され ている結腸痛とイオンチャネルの関係についての知見を踏まえて、本論文の第1~4章では、TRPV1チャネルと
Cav3.2 Tチャネルに焦点を当てて、結腸痛の病態への関与と治療標的分子としての可能性を検討した結果を述べ
る。
Cav3.2を含む多様なイオンチャネルを阻害するbepridilは、抗不整脈薬として有用である。一方、bepridilは 副作用として QT 延長やそれに伴う torsade de pointes (TdP) を引き起こす可能性があり、therapeutic drug monitoring (TDM) の対象薬剤にもなっている。しかし、bepridilの血中濃度とQT間隔の延長との相関性につ いてはまだ不明な点が多い。そこで、本論文の第5章では、心房細動患者において抗不整脈薬bepridilの血中濃 度とQT延長との相関性を解析した臨床研究の成果を示す。
第1章では、calcineurin阻害薬tacrolimusがcapsaicin誘起結腸痛に及ぼす影響を検討した。マウスにおい て、tacrolimusは、capsaicinの結腸内投与により誘起される腹部関連痛覚過敏を増強し、結腸を支配する知覚 神経が入力するレベルの脊髄後角における ERK リン酸化を促進した。これらの知見より、tacrolimus による
calcineurin阻害は、恐らくTRPV1のリン酸化を促進することで知覚神経の感受性を増大させることでTRPV1
依存性の結腸痛を増強することが示唆された。
第2章では、Cav3.2の遺伝子欠損 (KO) マウスを用いて、H2S供与体であるNa2Sにより誘起される体性痛
と結腸痛におけるCav3.2の役割を検証した。その結果、野生型C57BL/6Jマウスでは、Na2S足底内投与によっ て機械的アロディニア、Na2S結腸内投与によって結腸痛様侵害受容行動が認められたが、Cav3.2-KOマウスで はNa2Sによる体性痛・結腸痛は認められなかった。これらの知見より、H2Sによる体性痛及び結腸痛の誘発に はCav3.2 Tチャネルの存在が不可欠であることが示唆された。
第3章では、butyrate誘起IBSモデルマウスの結腸痛および結腸の知覚神経過敏におけるCav3.2の役割を検 討した。ddYマウスにbutyrateを反復結腸内投与すると、腹部関連痛覚過敏が認められた。また、butyrate処 置マウスでは、結腸進展刺激あるいは Cav3.2 活性を促進するNa2S の結腸内投与による侵害受容行動と、結腸 からの知覚神経が入力するレベルの脊髄後角におけるERKリン酸化が増加していた。Butyrateにより誘起され る関連痛覚過敏および結腸進展刺激あるいはNa2S刺激に対する過感受性は、各種Tチャネル阻害薬あるいはア ンチセンス法によるCav3.2のノックダウンによって抑制された。さらに、butyrate処置マウスでは、TRPV1、
TRPA1およびPAR2のアゴニストの結腸内投与に対する過感受性も認められたが、これらはすべてTチャネル
阻害薬によって抑制された。また、野生型C57BL/6Jマウスにおいてもbutyrate処置により腹部関連痛覚過敏 および結腸伸展刺激あるいはNa2S刺激に対する過感受性が認められたが、Cav3.2-KOマウスではbutyrate処 置によるこれらの変化は全く生じなかった。同様の腹部関連痛覚過敏および結腸伸展刺激に対する過感受性は、
2,4,6-trinitrobenzensulfonic acid (TNBS) 処置ddYマウスにおいても認められ、これらはいずれもTチャネル 阻害薬により抑制された。本章で得られた知見より、IBSに伴う結腸痛および知覚神経過敏にはCav3.2 が極め て重要な役割を演じている可能性が示唆された。
第4章では、マウスにおいて、Tチャネル阻害活性を有する既存薬であるbepridilおよびpimozideがTNBS による結腸炎あるいはcyclophosphamide (CPA) による膀胱炎に伴う内臓痛に及ぼす影響を検討した。TNBS処 置マウスでは腹部関連痛覚過敏および結腸伸展刺激に対する過感受性が認められ、これらは bepridil および
pimozide によって有意に抑制された。また、CPA処置マウスで認められる膀胱痛様行動および関連痛覚過敏も
bepridilおよび pimozide により有意に抑制された。これらの知見より、T チャネル阻害活性を有する bepridil
およびpimozideは内臓痛の治療に応用できる可能性が示唆された。
第5章では、抗不整脈薬bepridilを服用している心房細動患者におけるQT間隔とbepridil血中濃度との相関 性について調査した。Bepridilを服用している心房細動患者において、bepridil服用後のQTc間隔はbepridil服 用前のQTc間隔に比して有意に延長していた。Bepridilの投与量と血中濃度の相関性を評価したところ、今回の 研究では有意な相関が認められた。次に、bepridil開始後のQTc間隔およびΔQTc (bepridil治療開始前後のQTc 間隔の差) と投与量および血中濃度の相関性について評価したところ、QTc間隔は投与量および血中濃度と有意 な相関性を示したが、ΔQTc は血中濃度とのみ有意な相関性を示した。続いて、QTc間隔が 500 msec以上を示 した QTc 延長群では、QTc 非延長群に比して bepridil 血中濃度は有意に増加していた。これらの知見より、
bepridil服用後の QTc 間隔およびΔQTc は血中濃度依存的に延長することが示唆され、TdPなどの致死的不整
脈を予防するために心電図評価と共に血中濃度モニタリングに基づく投与量調整が重要であることが示唆され た。
今回の基礎研究により、IBS患者などでみられる結腸痛におけるTRPV1チャネルと Cav3.2 Tチャネルの役 割の一端を明らかにすることができた。また、本知見から、IBS患者における tacrolimus 使用に伴う腹痛増悪 の可能性が示唆され、さらにCav3.2 がIBSを含む難治性内臓痛の治療標的分子として極めて有望であることが 明らかとなり、Tチャネル阻害活性を有する既存薬が内臓痛治療に応用できる可能性も示唆された。一方、マル チチャネル阻害薬である抗不整脈薬bepridil によるQT延長やTdPなどの致死的不整脈を予防するための臨床 研究では、bepridilの血中濃度に依存してQTc間隔が延長することが検証され、血中濃度に基づく投与量の調整 が重要であるとのエビデンスを得ることができた。以上、今回の基礎および臨床研究によりイオンチャネル阻害 薬の新たな治療応用と適正使用に関する重要な知見を得ることができた。