博士学位
平成25年度
内容の要旨 及び
審査結果の要旨
文
(平成 26年3月)
近畿大学大学院
総合理工学研究科
論
氏
生年月日 名
学位論文審査結果の報告書
本籍(国条曾)
学位の種類
学位記番号 学位授与の条件
(博士の学位) 論文題目
四Ξゆ・平成釦年
トルコ共和国
Utkan Gungδrdu
博 士(理学)
理第 7フ
学位規程第5条該当
⑳
9月22日
quantum computation in the nonadiabatic regime
審査委
A18ebraic approach to h010nomic
仁1
万'
(主査) (副主査) (副主査) (副査) (副査)
中原幹夫 太田信義 笠松健一
圃
イ/4‑
⑳
晶,'
員
量子コンピュータは,素因数分解のようないくつかの問題で,古典コンピュータを凌駕する性 能を持つと期待されている。素因数分解のShorのアルゴリズムでは,古典コンピュータでは複雑
性はNPHardとなるが,量子コンビュータでは多項式的複雑性(BPQ)しか持たない。いかなる
古典論理操作もNANDゲートの組み合わせで表されることが知られている。この意味でNAND ゲートは古典回路のユニバーサノレゲートである。量子回路でそれに相当するのは, Barenc0達に よって証明された定理,"いかなる量子回路も1量子ビットゲートと CNOTゲートにより構成さ れる,,である。すなわち1量子ビットすべてとCNOTゲートは量子回路のユニバーサノレゲートで ある。一般の物理系では1量子ビットゲートは比較的実装が簡単であるが, CNOTゲートの実装 は困難な場合がある。 CNOTゲートはテンソル積状態をエンタングルさせるのに必要であり,ほとんどすべてのU(4)ゲートで置き換えることができる。
非自明な量子アノレゴリズムの中には, DeutschアノレゴリズムやGroverアノレゴリズム, Bernstein、
VaZ辻aniアルゴリズムのように2量子ビット系にSU(4)ゲートを作用させるごとで実証できるも
のもある。このようなアルゴリズムを非断熱的なスビードで実行することが可能となれば,実用的な量子コンビュータの実現に対し,より近づくことになる。このととからもSU(4)ゲートの効
率よい実装は重要であることが分かる。2量子ビットゲートの断熱的な実装は量子ビット間の結合 定数Jによって佑邨艮される。典型的にJsi仇10OHZにたいし,その実装時間は 10mS程度となる。一方,1量子ビットゲートはRFパノレスの大きさにより決まり,異種核分子の場合 10μS程
度である。これからも2量子ビットゲートが量子アルゴリズムを速く実行する上でボトノレネックとなることが分かる。この論文では2量子ビットゲートの非断熱的実装も研究した。
多くのグノレープの研究にもかかわらず,実用的な量子コンピュータはいまだ実現していない。そ の大きな障害のひとつがデニヒーレンスである。量子系は環境と相互作用して,量子系の純粋性 を失い混合状態となる。これは量子計算のエラーを意味する。また,別の障害は量子ゲートの忠 実度である。量子ゲートは本質的にアナログゲートであるため,エラーは避けることができない。
したがって高忠実度の量子ゲートの実装は切実なテーマである。もともとNMRで提唱された複 合ノ勺レスはそのような例のーつであるが,それには多くのゲートを必要とし,長い実行時間をも
たらす。これはデコヒーレンスの観点から不利である。
非断熱的な幾何学ゲート(Geome捻icQua址UmG飢α GQG)はこれらの問題を解くと期待され
ている。幾何学的ゲートは量子系に付随するファイバー束におけるホロノミーを用いてゲートを実現する。古くから知られているホロノミーにはBerry位相やW11Czek・zeeホロノミーがあるが,
これらは断熱制御を仮定しており,その実装速度は限られている。これらの制限を回避するには量 子ゲートを非断熱的に実装することが望ましい。この学位論文ではこの問題のとりくみ, Abelianホロノミー(Ah加0"0予A加nd釦位相)をもちいた非断熱幾何学的量子ゲートの実装を研究した。
第2章では,この学イ立言倫文の基礎となる力学的不変量(Lewis・Riesenefeld不変量)と Aharonov・
Anandan位相について解説を行った。前者は非断熱制御を行うのに不可欠で,後者はゲートの幾 何学化を行う道具である。
第3章はUtkan Gan冨6rda, Yidun N入7an, Mohammad AliFasihi, and Miklo Nakahara. Dynam・
icalinvariants for quantum contr010f four・1evel systems. physical Review A,86062312 (2012) に基づいており,2量子ビット系ハミルトニアンが与えられた時の力学的不変量1(t)の分類をLio 代数を用いて行った。この分類は非常に一般的で量子制御や量子計算に多くの応用の可お断生をもつ。
ク々 の ^
8
ハミルトニアンH①が与えられた時,ひとたび付随する1(t)が求められると,系の時間発展演算 子υ①は直ちに求められる。これは時間に依存するS血血di昭田方程式を解くととと同値である。
1(t)の重要な性質の1つとして,その固有値λ,が時間によらないこととその固有ベクトルが時間 とともに遷移を起こさないことがあげられる。一般にH①と1(t)は非可換であるので,これは時 間発展が非断熱的であることを示している。 1が満たす力学的方程式δ'1(t)十田①,1(t)]=0は 別("の随伴表現で書き下すことができる。ハミルトニアンが郭④の部分代数で張られる時は,そ の随伴表現はブロツク対角化され,力学的方程式は大幅に簡略化される。とくに叩釦(の=印(5) および叩釦(の='0(4)."(1)のときは,1量子ビット系の解をもちいて非自明なSU(4)ゲートの
解が解析的に求められる。そのような解のーつが具体的に構成された。本章で使用された極大部分代数の5岻4)への埋め込み(随伴表現)は以下のとおりである。
第 4 章は Utl【an Gang6rdii, Yidun wan, and Mikio Nakahara. Non・Adiabatlc universal H010・
nomic Quantum Gates Based on AbeHan H010nomies, accepted for publication, J. phys. SOC
Jpn.に基づく。これは第3章での解析を具体的な物理系に応用したものである。ここではAharonov・
Anandan位相を用いてニニバーサノレな量子ゲートの組を求めた。ここでは1量子ビット系のハミ ルトニアンと対応する力学的不変量
別(3)Φ"(1) 卯④ 50(4)@ U(1) '0(5)
3̲4 + 34 + 10 + 80
(3,1)十(1,3)十(3,3)
(1,1)0 +(3,1)0 +(1,3)0 +(2,2h +(2,2)‑2
5 + 10
H =ー(ΩCOSωtσ含+ΩSinωtσν十△σり,1(t)=ΩCOSωtσ工十ΩSinωto'V 十(△一ω)σ.
..を考察した。このハミノレトニアンはいくつかの物理系で実現することができる。ここでハミノレト
ニアンの中のパラメタをΩ2十△(△一ω)=0ととると,力学的位相がゼロとなることが示される。
このとき,実現するゲートは
υβ=ー.‑i伽i0β(‑0山β0・+.i"β0・), CO.2β=△/ω,β E (0,π/2)
となる。 betαが異なるυβは一般に非可換で,これはυβの族がすべてのSU(2)ゲートを網羅する
ことを示している。本章ではさらに2量子ゲートを実装するために,ハミノレトニアン
を考察した。 q(t)は任意の関数である。ここで3章の結果を用いて,この2量子ビツト系を独立な 2個の1量子ビット系に帰着させた。ここで,パラメタをD=ω々,Ω=士\π牙7Ξ戸^にとる
と力学的位相が消えることが示される。さらに,その結果得られる2量子ビットゲートがCNOT ゲートと局所的に等価である条件r=J/ω型士0.3187を求めた。これから,このゲートの実装時 間はr=2π舮VJであることが示される。
第5章は本学位論文の要旨と得られた主な結果がまとめられている。
H'=‑Jσ.図び.+1⑧a。十q(t)σ.図1, a。=ー(Ω0卵ωtσ.+Ω.inωtσ,+ Dσり,
1 1量子情報処理および量子コンピュータでは,量子力学に従う物理系を用いて情報処理や計算を 行う。そこでは量子系特有の重ね合わせ状態やエンタングルした状態を利用して,古典コンピュー 夕を指数関数的に凌駕する計算や盗聴に対し絶対安全な暗号鍵配布などを実現する。古典情報処 理ではビットを情報の単位に用いるのに対し,量子情報処理では量子ビットとよばれる複素2次 元空間の単位ベクトノレを情報の単位とする。量子情報処理では古典的な論理ゲートに対応するも のは,ベクトルに作用する行列である。 1量子ビットに作用するゲートは,ベクトルの長さを保 存することからユニタリー群U(2)に属する行列で,η量子ビットに作用する行列は群U(2")に属 する行列である。量子情報処理や量子コンピュータにおけるアルゴリズムは量子アルゴリズムと よばれ,このU(2")行列で表される。 B紅印⑳達の定理によると, U(2")に属する任意の行列は U(2)に属する行列と制御ノット(C卯訂0110d・NOT; CNOT)ゲートとよぱれる U(4)に属するゲー
トに分解される。のちに,ごく少数の例外を除きCNOTゲートは任意のU④ゲートで置き換え られることが示された。したがって,ある物理系でこれらのゲートが実装できれぱ,その物理系 は任意の量子アルゴリズムを実行できる量子コンピュータの候補となりうる。
現在,数量子ビットの量子コンピュータは実現しているが,実用的な量子コンピュータの実現に は程遠い。これにはいくっかの障害がある。その中でも,量子系がそれをとりまく環境と相互作 用して,純粋状態が混合状態に劣化する「デコヒーレンス」は最も大きなF早舌のーつである。そ れを防ぐ方法として,量子ゲートの実装時間を短くる方法がある。量子ゲートの実装を断熱的に 行うと,その実行時間はハミルトニアンの隣り合う固有値の間隔の逆数で佑邨艮される。それを避 けるためには,非断熱制御を行うことが望まれるが,非断熱例Π卸は時問に依存するハミルトニア ンを用いるため, schr6dinga方程式を解析的に解くことは困難となる。本学位論文では,申請者 のLie代数に対する豊富な知識を縦横に活用して非断熱量子ゲートを幾何学的に構成する方法が
報告された。
第2章では論文全体の基礎として,Lie代数に関する導入を行ったのち,量子ビツトに関する解説が なされた。次に,釦年代に提唱され,長らく無視されてきた力学的不変量(Lewis・Riesenfeld不変里)
1(t)の解説を行った。 1(t)は,与えられたハミルトニアンH(t)にたいし,δ'1(t)+訂H①,1(t)]= 0
を満たすエルミート演算子である。このような1(t)を見っけることができれば,時間順序積を含 み一般に閉じた形で解くのが困難な時間に依存するS血血dinga方程式の解が,1(t)の各時刻にお ける固有値問題を解くと言う簡単なものに帰着する。しかし,一般にH①が与えられた時,1(t) を求めることが困難であることが,この方法が普及しなかった理由のーつである。現在までの研 究の主流は,逆に1(t)を与えて,次にその1(りを力学的不変量とするハミルトニアンH①を求 めるという"1nverseEngineering"であった。これに対し,本論文の第3章では, H(t)が与えられ
た時に1(りの可能性を求めると言う,本来あるべきアプローチがとられている。さらに,量子状
態のサイクリックな時間発展に伴う Aharonov・Anandan位相にっいて角羣説した。この諭文の第4 章では, Aharonov、Anandan位相の幾何学的な部分(ホロノミー)を用いて非断熱量子ゲートの 幾何学化を行う。申請者は一見無関係なこれらの2つのテーマに対し,これまで見逃されてきた 深い関係があることを初めて認識した。これからも申請者の物理数学および量子力字に対する深
い洞察力が伺える。
査
の ^10 ‑
第3章では申請者のLi0代数,工i0群に対する深い洞察を用いて, H①が属する郭(4)の部分代 数島から,2つのタイプの力学的不変量(D・wpe,S・type)の属する代数gを求めるアルゴリズム
を開発した。力学的不変量が満たす運動方程式をLie代数が満たすCa此an分解と同一視することによって, D (disjoint)・type ではめ ng =φ, S (subalgebra)・type では島雲ワを導いた。これ をもってしても1(t)は完全に決定できるわけではないが, gを構成する5U(4)の生成子の組はかな り狭まり,1(t)を決定することは,ブロック対角化されたハミルトニアンの随伴表現を含む少数 未知関数の微分方程式を解くことに帰着することが示された。 H(t)から1(t)を導くことは,多く
の物理学者が試みたが,その多くはアドホックなもので,現在までのところ,系統的かっ非自明 な結果はこの研究のみであり,この研究が力学的不変量の研究において如何に重要な位置を占め るかを示している。第4章では, NMR量子コンピュータや超伝導量子ビットなどのいくつかの物理系で使用される
1量子ビットハミルトニアンH①に対し,それに付随する力学的不変量1(t)を導き,それを利用
した量子ゲートの実装を研究した。とくにとのハミルトニアンのもとでサイクリックな時間発展 をするベクトルを求め,さらにその時間発展に伴う力学的位相が消える条件を決定した。これらの 条件が満たされると,ここで得られた量子ゲートはAharonov・Anandan位相を用いたホロノミッ ク量子ゲートとなる。ホロノミック量子ゲートは制御パラメタの揺らぎに対し耐性を持つと言わ れており・,本研究で構成された量子ゲートは,実際に量子コンピュータを設計する上で有用であ
る。また,申請者は5U(2)の5"(4)への非自明な埋め込みを利用して,ホロノミック 1量子ビット ゲートからホロノミック 2量子ビットゲートを構成した。非自明とは'U(2)の埋め込みにもかかわ
らず,その結果得られるSU(4)ゲートはテンソル積状態をエンタングルすることができるという
ことである。ここでも,申請者のLie代数に対する深い造詣が見られる。これらの結果から,量子 コンピュータに使われるすべての量子ゲートを非断熱ホロノミック量子ゲートにより構成するこ とが可能となった。最後に第5章では,この学位論文のまとめと,将来ヘの展望が述ベられた。
申請者は,修士以来量子コンビュータ,量子情報という,世界的に競争の激しい分野で研究を続 けており,物理数学の見地から重要な研究結果を導出した。その結果は権威ある国内外の査読付 き学術雑誌に掲載され,また国内外の学会発表も多数行っている。以上,提出された論文の研究 成果および外国語の能力に対し,審査委員は慎重に審査を行った結果,本研究で得られた知見は 学術的にきわめて有意義であり,博士学位論文として十分に価値があるものと認められ,申請者 に博士(理学)の学位を授与することが相当と考えられる。