九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
梵語奈留別誌 : 續
小野島, 行忍 干潟, 龍祥
https://doi.org/10.15017/2332982
出版情報:文學研究. 36, pp.1-13, 1948-03-30. The Kyushu Literary Society バージョン:
権利関係:
』
一
メモ
故小野陽君は平素研鐙の傍﹄し︑図語のうち梵語から來るなるべしと思はれるものを手記に霧き留め一﹂鵬たのであった.
が︑それらがや入最をなし︑考案も學者の批評を仰ぐに足るに至ったところか腸︑隅和冊年三月發行の本誌に﹁梵語奈
/留別誌﹂の標題の下・に︑まづその序文としての﹁たかいぷね﹂の頚を溌表したが︑つ置いて本文十二頚目と︑砿とを世
に間ふ激定であったことは︑その目次で明かである︒然るに術むぺし︑同荊は同年十一月七日突如として往生した︒
あの蕊術家はだの凝性の︑一分りすをい見せない猪丈︑その丈を通して︑或は趣さずにも︑知り得たあの純江戸子はだ
の︑蕊人はだの風貌には将ぴ接することの出來なくなったこと︑そして九大のかくれた一至愛︑否我國梵丈學界での一
至喪であった所の同君を︑五十四歳で失ったことは洵に残念である︒﹁梵語奈留別誌﹂の穂を川した年の川月かりは︑
一7つL梵丈破邪詩巾随一と稲せられるラーマーャナの課課にとりか入って居た︒その頃は喪となく誰となく︑夢となく現とな
く︑課久の函句二句を同ずさみつ上凋りぼ上えんゼ居たものである︒・假すに十年を以てせば︑恐らくは梵詩ラーマーャ
ナは︑同譜のあの洗雌された︑しかも肌度人の︑そして梵丈の︑梨分なさながらに表し川したあの編調子を以ての日本
■
梵語奈︽留
補輯者の一﹄とば
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垂叫︵綾︶
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小
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野島行忍遺稿
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潟龍群捕韓
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〆
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一 一
文に於て︑我脅が味訓す一やを得るに至ったであ︾しうみ孤負ぱ︑うた臭愛僻い怖に堆へ・ない・
さてこの梵語奈留別誌の繊稿だが︑これは前號所戦に瓜れば︑恰も全髄の草稲が出来て居たかの如くで参るが︑笈は
然ちず︑た野手記程度のものが洩って居るのかで︑草稲なるものは全然ない︒これも放飛の性絡をよく表はして馬る︒
腐りの無のすむまでに煉り上げた丈でなけねば一切唯にしない︑又一臓推にしてからも︑幾回幾十回となく推敲するの
だが︑モの庭に番いては浦し番いては淌し︑而して潔癖の凝性だか︑︑︑唯︑き術した原稿は一切残さない︑必ず淨番した
後破棄してし煮﹂︾のである︑故人の泄稿を墜瑚に行つだ自分は︑︐紡局既に上梓ずみの脈穂・か︑或は既に會心の句となっ
て居るものか︑さなくぱ軍なるメモ程度のむの以外には何物も發見し得なかった︒そこでこの緬稿にした所が︑釜くメ■℃モ軽度のものであるから︑その主堅では上梓川來ない︒さればとて前雛の序丈のみで後を出さなげれば︑序文そのもの
︑士ら︑序文としての迩味をも侭さないが如きものとセョLしま↑一恐れがあり︑それでは本人の気もす哀ないであ︑いう
し︑學界としても︑愉しいことであ診る・ぜ︑︑自分は漸くそのメモを拾ひ集竺どうにか解し符る程度の丈にしてこ入
に川すことにした︑丈寅は釜く自分にある︒而して前回の目次に見二﹂届る語の中︑自分が見一﹂︑既に先畏の發表して
居ると思ったものは省くことにした︑例へぱ︑︵どの﹁皿﹂︵男.留嵐菌︶︑﹁瓦﹂︵勢.屍四目盲︶︑﹁鉢﹂︵犀.國冒︼
勢.詞蒔冒︑︵この﹁るり﹂︵瑠璃Ⅱ吠瑠鞠駕.諒昏昌廻︶︑︵三の﹁栴檀﹂国内.g且目︶︑﹁阿伽陀﹂︵男.盾含︶︑/
︵川︶の﹁ほとけ﹂︵際.国且皇国I轍国十溌︶︑﹁てら﹂︵国.︑昌曾●沙︶︑﹁がらん﹂︵Ⅱ僧伽蛙の〆曾卦瞥身卸目︶﹄︵五︶
の﹁千まんだら﹂︵千十漫茶羅駕.冒菖曾冒︶︑︵・どの﹁かさ﹂︵犀.嵐冨闇︶︑︵九︶の﹁幡﹂︵はた︶︵礫..甸卸惑冨︶︑
■〆︵ご︶の﹁夜叉﹂︵算.胃鼻曾︶︑︵一二︶の﹁まら﹂︵勢.冒身巴の如きである︒又︑がぼ考應の餘地ありと白分が
e思一かもの︑例へば︵二︶の﹁しゃこ﹂﹁さん一宮﹂︵何れも故識は段言内冒の許駕とする︶の如叱●.|もこLに制愛した︒又
︵二一︶の中の﹁篭・心﹂シ︸除いた他の︑恥のは︑すべて梵語.いい来たもりでたい・かぢこの輌稿かりは除\を至涜と思った
かし削除した︒又時には内分の意見を婿補した簡鹿もある︑これは故人もその生前に於冨か入る側艶については常に
〆
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ニ︵五︶の⑧億こ↑ふ︵億劫︶
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1
﹁画︑﹄︒号一言︒388ぐ⑦尉邑︺ので目鼻5m︲・梵語の意味は入れ物︑包むもの︑恭ひかくす布等であるが︑恐らくその包自■︑
み恭ふところから日本語の今の用法の如く使はれるに至ったものであらう︒ 一
おば!︵五︶の④大まか.︵大摩訶︶
﹃おほ﹂は云ふまでもなく日本詔の﹁大﹂の意であるが︑﹁まか﹂は〆ぃ所.旨農訓.○三己噌の鼻︾目習ご︾m首︒画函﹈
︾脚頁冒烏具.即ち大の意味で︑同義の異種語と亜ねたものである︒
一
︑
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自分に相談と︒かけ︲つれて居たのEあるから︑いよいよ上梓する場杏には必ず自轌の意見を加へられるに相通ないと幅ず
るが故である︒以上の向分の取計らひについては繊者各位は之を鯨とせられたい︒︵昭和廿二年三月十八N︶一
略
屯の
杙 弄
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印.
I卑回厨詩これは印匪ア.︲︲リーャン語系に属するもの召︑サンスクリットの出來た後に於て︑
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た諸地方の方言語や︑パーリ︵国ご語や︲︑ジャィナ語Q﹄言舞己昌角禺︶雑一切を總稲する︒
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︹冨弓︺冒○員①圃君澤一冨目めの画口の百詳因ロ︑旨蔚宮口旨寓Cロ閏竜.︽
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一
號
11
の四口の屋再芹
勺粍昌口詩
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︵劫︶は劫波呼.民騨唱堺駕.雷ざぃの波を横黒したもの︑劫波は枇界の壽命で︑
一一一
、
圃然にⅢ来て來
︑〆
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〜
、
四
四十三臆二千幽年と稲せられる︒從って︑億劫は非梢に長い年月をいったもので︑稗じてそれほど長年月を要す
るが如き事柄で︑とても厄介な事柄で︑するのがいやになる飛持を表はした語︒
む麓 ︵六︶の①無駄
騨.寓目言.g弓ござg甘く煙冒一屋切但のいい々︵陣.︑目与↓弄○の月蔦且︒即ち﹁無益に﹂の意から来たものである︒
ゼもの
一﹁駄物﹂は﹁無駄物﹂の﹁無﹂が椅器された語︒
だめ﹁駄目﹂は﹁無駄﹂の﹁無﹂が打暑されたのに︑﹁場合﹂の意を表はす﹁め﹂︵目︶︵憂き目の目の如し︶がついた吐腫もだもの︒︹大言海︺で.﹁むだ﹁を﹁室﹂一難﹂の柳とするは不可︒
ば力︵六︶の②馬鹿凸e−これは際.冒百.g夛己脚.ぐゆ暑冒巨畠↓の旨巨の︾筒口○国鼻︾︒旨い昌胃且︾言胃豊の﹃愚かr一の意をとったもの︲
で︑そ伽が日本語になってから︑馬鹿とあて字をしたもので︑支那ならば馬鹿は﹃ばろく﹂で﹃ばか﹂とはなら
ない︒而して日本で﹃馬鹿﹂とあて字注してから一J鹿を馬と言ひしによる﹂云共の傅説が附會せられたものであ
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高楠先生は弊て﹁ばか﹂は梵語の層冨全円瀧の一諏騨a2回のく日で︑これは侭善肴︑詐侭師等の意に用ひられ
る︶から来た語で︑里.冒冨︲日日百︾︵匡︒鼻言且︸曽巳︶の冒冨を取ったものであらうとせられたが︑しか
〆
︑し一︺四百には﹃鯉r|の意味はなくむしろ好智にたけた詐侭師の意であるから︑一ばか﹂をこの冒厨から来たも︸
のとすあは不可であらう︒
ロ︑ノ
急
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これは高楠先生は好て際.どワニ3国.曹冒§︵脈物︑瘤︑粘膜瘤の意︶から来たものとせられたが︑私は
︑戸.衿冒冨︵︹冨葛︺脚彦C旨↓くいEご甘竺︺の智c目仔脚ご号冨①朋且冨昇c崗昏のg巳曽料駒冒扁︶︑.即ち︑﹁穴一︑
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﹁身臘のくぼみたる部﹂﹁袋の如きくぼみ﹂︑から来たものと︑しふ︒甑に﹁くぼみ一のあるのと穴のある顔︑即
ち﹁あばた﹄︵Pくい園︶と呼んだのであらう︒
︵八︶ののべいるしや︵毘臓遮︑よくしゃべること︶︑
乙伽はい汽.ぐ凰再・偏目脾︵︹冨弓︺四頁侭胃の己品・︶が遡照の意であるより卿じて職長舌を推ひ迦ぬく世界にひろ
げる意より︑庇長舌を振鼻︑即ち︑よくしゃべる通となったものと川心ふ︒
︵八︶の②えんだら︵因陀靴︶
これは︑弄・冒身鯉︵即ち帝群天︶から來たもので︑毛の勇猛性から狂恭性へと郷じ︑それが﹁将婦﹂﹁ふんぱ
︽い定刈
り﹂の意となったものであらう︒ 一子︑
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︹大一両海︺では︑ラバカ︵名︶︑賜庇︿徴宇ナリ︑梵諦日︒盲︵慕何︑痴ト課ス︶又ハョ鱒冒冒冒︵摩訶羅︑無智
紙ケ
ト課久︶ノ稗ニテ偶/隠語二起レル詔卜云う︑或ハ老ノ脾カトモ云う︑案ノ越曲ガ鹿ヲ指シテ馬ト言ヒシニ附會シテ馬鹿ノ字ヲ糊ツルナド︑湯孤淑ナルノ柵キノミ二ノラズ越尚ガ事ハ欺キテ侮蔑シタル意トハナレ︑慾ナル意
ヲ成サズ云盈︲一と︑恩ふに冨︒富は明に勉痴を窓味するが︑しかし﹁ばか﹂の鹿音は︑旨︒胃︵慕何︶から來た
とするよりは︑罰冨︵婆訶︶から来たと見る方がより適切であらう︒とするよりは︑罰冨︵婆訶︶か︽
︵七︶の②あばた︵菊和︶
〆
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因みに東北地方の﹁え︒つら﹂・﹃いづら﹂︑或は﹁い︒つらわるい﹂叉は中剛.・九州の﹁え︽つい一﹁怖い﹂もこれか子
ら来たものか?
︵九︶②婆沙維︵ばさら︑ばしやら.婆H雑婆折維︑伐墹雑︑ばしやれる︑しゃれる︶?./
これらはすべて學.5育騨の昔癌から来た語で︑冒冒は金剛杵︵騨冒一員胃gら︑特に帝樺天の持つ金剛杵を
4
.
指す︑この詔の梵語に出て來る雌初の意味は金剛杵である︒而してこの金剛杵はそれ自身噸ろ堅く︑他を破推す〃
る能力を持って居る所から︑又︑金剛石e賦日︒︺﹈eの意ともなるが︑これは鋪二次的の意味である︒
︹大言海︺で︑パナラ︵梵く画言騨︶の節一の意味を﹁金剛石﹂としん金剛杵を雄二の意味として居るのは誤りで
一ある︒﹁ばさら﹂︵梵緑青震︶はアーリヤ族の守謹祁帝押天の持つ金剛杵で︑これは﹁猛烈に︑﹂﹁むやみに︑﹂.
︑晶慾炉に﹂破推する所から︑これが日本語が中に入って︑︲一方九州博多地方の方言の﹁ばさら一即ち︑﹁むや
みに澤山︑﹂﹁大ざっぱ﹄等の意になり︑他方︑むやみに︑掛酌せずに振舞ぶといふ所から︑又懲味が大凡二辿り
︐に分れて剛ひられるに至った︑そのHは︑粗放︑狼燕︑しどけないこと︑その口は︑きまりによら・雲了に一風かは った趣︑風流︑︑だて︑豪著︑の意となる︑例へば︑
111nh屯訂ぼろ一︲粗放﹂の例︑︵鴉瀧合戦︶﹁けしからい叩︑ばさらにて煉貫のは衣を掛くrア︵青果所引︶︑↓表〆●口
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︒﹁狼燕一の例︑一︵洞房語園下︶﹁醐治寛文の域︑町凌嵯ハ法男逹といふ者俳綱して⁝・吉服へ入込み︑抜折羅狼蒲の事共︑度凌に及ぶ﹂
一匹どけない﹂の例︑︵心中刀は氷の朔日︶﹁町方に居る分に言ひなした私が身が︑ばしやれた形で逢はれもせ
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= ず﹂︵痴泉財引︶︑
︵同意︶︵夕霧阿波鴫渡︶﹁あの慨城しばじやれもP一念︑来所別︶.︑︐
弓きまりによら・ずに一風かはった趣︽黙uお例︑︵縦教訓抄︶一下薦呪川ともなくばさらあり恒仕るものかな一︵言
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泉︑大言海所弥︶︑︾・
︵同意︶︵繼漉抄拘九︑舞の事︶弓禽人脇しⅡ兇し之伍し美︲何U輿・かあらむや︑ばさらあり︑しなあり︑振舞はむと
ジとむか
すれば拍丁と逮へ︑叉拍子を不し乖と・すれば︑燭割引なし︑:.:.此剛事蛾て︑めでたく見むこと・・⁝.︑誠にあ りがたきことなり﹂︵大言海川引︶︑
一I風流﹂の例︐︵建武式同︶.︑﹁近日號二婆佐羅奪好一遜菱⁝・・・風流服飾無し不し麓し川︑﹂︵太一三挺所引︶︑
函假︸L︾平
﹁だ匹の例︑︵貞丈雑記︶︑﹁古︑婆娑羅なる人といひしと︑今は腓逹村と.いふなり︑軽娑雑を好むなど上日ダダ
■ 8
−
記に見えたり?デ︵言泉所引︶︑
﹁豪客﹂の例︑︵太平記一千四天純寺建立郡︶︑麹一︲そ目ろなる閏圃司引に耽り七︑身には五色莚粧り︑食には
・八珍駐識し︑茶の會︑酒妾には若干の我を入れ︑愉城州樂に無篭の財を肌︿へしかば云盈﹄︵空両海脈引︶︑
次に動詞となっては︑ばしやれる︵下ご︵﹁取乱した様になる︑﹂弓遊摘なる様になる﹂となることは︑先に
﹁しどけない一の虚で出した如くであるが︑更にその一Jば﹂が落ちてしゃれるとなる︒つしや飾る﹂がもし﹁酒
落﹄から來たものとするならば︑﹁しやらくれる﹂となるべきであるが︑か比る語はないから︑﹁しやれるi一は
﹁ぱしやれる﹂から來たものと見ねばならぬ︒
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③︵一○︶ちち︑はは︑ぢぢ︑ばば︑
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︹太一局海︺には﹁︹ち︺︵名︶鯉︵持ノ約︶︑帥︑人ノ・小無又︑徳焚メーz云う語︑云変︑﹂ユオホヂツヂRち︺︵名︶父︵カソ︶︑常二亜ネテちちト云う︑熟語ニハ辿騨ニテ濁ル︑大父︑小父ナドコレナリ︑云々﹂又︑
チクズピト﹁︹ちち︺︵名︶父︑︹嬢︺ヲ亜ネテ云う語︑小兒ノ語二起ルカ︑應祁記十九年二國巣人ガ天皇ヲ指シ奉り一えぼ
チハハガ知ト云ヘリ︑カク云うちヲ蚊ネタルハ乳ヲちち︑叉︑うまうまをまま︑愛し愛しヲははト云う類ナリ︑梵語二
モ比多卜云上︵梵語雑名︶︑沖繩︸只ちやちや卜云ヘリ︑云糞﹂
とあるも︑私は一ノちち﹂﹁たた﹂﹁ぢぢ﹂等一類の語は男.︑毎画︵︹寓言︺曾昏閂一縛両関日︒閉騨黛の島︒ロ 胤身の切伽の旦壷︒脚旨︒﹄︒○から來たものと思ふ︒目鼻鯛は父の意であるが︑夕←チ←一プ←卜と郷じ︑﹁たた﹂←
・一Jちち﹂←﹁てて﹂←﹁とと﹂となり︑何れも父を表はすこと周知の通りである︒/
公家の語﹁おた入さま﹂﹁おたあさま﹂は勿論﹁たL↑であるし︑.非太平記白石噺︑七︐︒︵天明七︐八川土一日︑
豐竹座︑作考烏亭焉搦︑紀上太郎︑容挑熊︑焉烏旭︑三雄環︶
に今丁
﹁コレェ父は五月川植の時︑代官の志賀蕊七と云ふ悪でLな侍に切られてお死にやり巾したわい2:.:.﹁・・⁝処かたき に悟了
わしがア土たよりきっと敵と云ふ事もならず︑父は犬妃︑語るも長い事なれど︑.⁝・・・⁝:跡は私と母ばかり︑便ない身に下地の大︑L唯病︑重り︲11℃がアまは六月十六日︑悲しや絡に死しやり巾したハイナウ﹂のだだァも﹁たた﹂の濁つたものである︒熊本の武家の﹁ででさん﹂も︑京都の上流の﹁おでエさん﹂も﹃てL﹂
から来たもの︒次に
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﹃ぢぢ﹂は﹁ちちぢぢ.一︵父父︶即ち︑父の父︑仙父を表はしたものである︒・砿忽る時に後の矛溺ろは國語り語法で︑例へぱ︑ちぢ︵干共︶︑せぜ︵湘左︶︑つづ︵津盈︶︑ひとぴと︵入廷︶︑ことごと︵事変︶の如し︑M
OG
喬二つより成る語逓並ねる岬は二昔共に濁るのである︒︹大言海︺で雛を取れて﹁ちち﹂となったするが︑﹁も﹂を承れれば﹁ちぢ﹂となり︑﹁ちち﹂とは.ならぬ笛︒故に﹁ちち﹂︵父︶の諦源を嘘とすろは常らぬ︒又︑︹大
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言海︺・で﹃ぢぢ﹂は﹃おほぢ﹄を並た蒲とするも私は採らぬ︒
﹁はは﹂一ゞばば﹂については︑
ナナク
︹大言海︺では﹁︹はは︺︵名︶母︑︵愛し︑首昔ノミヲ凧ネテ云ヘルニテ︑小兇詔二起レルナラム︑父勺ノ・蛾糞ノ
Epコトq如シ︑又︑紙ヲいろはト云う畔ハはノー昔二云ヘリ︶︵醐葉集十九長歌︶一︲波播ソバノ母ノ命﹂﹂とあるも︑私
は﹃はは﹂︵緋︶︑﹃ぱば﹂︵肌は︶︑一︲あば﹂︵腓︶︑﹁あま﹂︵女の出家群︑尼の字を職て居るが︑尼は
め&の土ひ比丘尼E鼻声冒己の比丘を満略したのみで惹味はない︶鋤︑︵舞樂の案朧の舞の案摩︶︑︵蔑詞としてのわま︑
﹁ こ の あ ま 奴
﹂ と い ふ 時 の 如 し
︶ は 何 れ も
︑ 戸
. シ 日 冒
︾ 胃
. シ ョ ョ 脚
︵
︹ 冒 さ
︺ 籾
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︒ 吾 胃
︶ 的
︒
︒ Q 三
○ 国 騨 己
︺ い い 曾 骨
︒﹇Hのいでのg︶から来たもので︑これが日本語で一方ば﹃アバ﹂となり他方一︲アマ﹂となったものと恩ふ︑︵因み
一
に︑猫乙語ショョのその古語諺冒言いは乳母の恵であるがM語泌であらう︶・
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グーjあば﹂刑前綱後では母の意.﹈
.︑︒
﹁あば﹂︵は︶.﹁あは﹂︲γ﹁はは﹂となったか︑︹干潟日︑この陣化の理山の説明不充分である︺
﹁あも﹂︵緋︑來幽︑古謡︶︑﹁おも﹂︵緋︑古紙︶︑弓おもうさま﹂︵母︑公家の語︶︑先に﹁だビア﹂の時
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に川した︑石噺の例の一がアま﹂も雌の意であるが︑これは上に﹁が﹂が﹃いたのであ馬o
−jばば﹂︵泄母︶は﹁ぢぢ﹂︵測父︶の時と同様に﹁ははぱぱ﹂︵緋は︶となって﹃ばば﹂となったもの︒
かへ芦肖あま﹂.︵女の出家群︶︾はやョ罫が鈩冒冒騨に稗じた方から来たものであらう︒案雁郷の案歴も蔑詞としての
﹃あま﹂も何語源であらう︒
なぼ︑﹃あぱ﹂﹁だだ﹂は地方によって交錯して居ることがある︒﹁あば一は陸中では︑父を表はし︑一Jだぽ﹂
は岩城では雌を表ぱし.又︑一おたアさん﹂は和泉︑河内撒雛京都竿では緋を表はし︑後志では一ぢち﹂は母を
表はす如し︒・・一 一声︲︵二︶一の②般若︑沈香︑伽維について︑︽白︑
︐一ばんにや一︵般若︶は博.冠昌鼠の六・︑旦副の一︾刷爲であり︑︐これが智慧を表はす︵女性︶名詞であることは 云ふまでもない︒こ上に問題となるのは︑かLる般若が︑何故に般若面︵能で川ひる鬼女の如き怖ろしき奔扣のめん4︑假面︶や︑怖ろしい面和の女︑惇姉︑或は沈香の一種質は伽雑と洞じもの撞表はすが如きに川ひらり轡に至った
︑かといふことで︑これについての古来の閲諦鯉折の解繩が未だ我交を甘背せしめるに至って居ないのに砿み︑私
は乙凡に一つの試案を川す次節である︒〃
︹言泉︺では︑一﹁ばんにや﹂︵般諮︶︑︵名︶H分別妄想ヲ雛レテ貨想県如ヲ逵槻スル智慧口般若紙ノ略︑臼
般恭伽ノ略︑︵枕草紙︶一〃ひろき物︑あはうの鼻︑ほんにやの耐﹄画怖シキ而机ノ女︑固香ノー︑沈ノー種.質ハ
にた︐リ〃狸︒︾伽岬流クキ初ヨリ杏花ヤヵ一シテョク︑火末ハ似二同ジ︑㈱紋所ノー︑般浩の假面二象レルモノ?一とあり︑︹大
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言海︺には︑﹁⁝:・俗二恐ルベキ相ヲナセル鬼女ノ稲︑術曲︹葵の上︺|一脈人ノ怨蝉︑人ヲ幟マスヲ佃祇リープ経一
︒−文︵般若経︶ヲ唱フ︑祇リコメラレ︑怨窪﹁あら恐しの般蒋難や﹂ト云ヒテ淌1︑般藷經二菩朧ノ雌怨ヲ推伏ス
ルコトアリト云者般若笠ハ経文ノ難ナルヲ談リテ怨盤ノ蕊トシタルカ︑︵般若笠云燕ノ論︿山水北山ノ枕ナリ
ト蕃施随筆三云ヘリ︶ト云う︑或谷琴フ︑十六善艸ハ股若經ノ守護御ナレバト云フト云ヘド︑男女ノ述上アリ︑
或ハ云う︑昔女房ノ妬心深キヲ洲度セムトテ般若坊ト云う術ノ打チシ面アリシ一起ル︵共面現二今芥ノ家ニアリ
ハシヅア︑ト︶︑外而如菩薩内心如夜又ノ意ヲ表ハセルヵト云う︒︵海録十八︶梵語般茶ノ卿よ慌物ノ義ナリト︑女稚叉・﹂
云糞何れも事柄の紘辿はそれでよるしきも︑解樺は牽弧附會の産が多唾︒私の考では︑﹁︲■﹃
般若︵厄畠員勺罵言群︶は︑語モの.ものは女性名詞で︑押栽の通であるが︑印度ではこれが人絡祁化してば辨天︽
︵勢.殴制いく島︺︶辨財天︑糯才天︶とⅢ一脱され︑又︑印度教の・曽冨︵打力な洲の女性的性力を紳栴化したも
CO毎ヶ︑●の︶思想の盛となるに及んでは︑般若は叉一つの曽再粋とせられることがある︵︹冨葛︺︒厚い言動の項参照︶而し
ピシユス
て又辨天は毘紐季︵勗抑口︒︶刺の印画言とせられることもあり︑叉︑荒川︵唇身騨︶の留冨︑とせられること./もある︒︵風.g閂乏︺砂H里昌︶而してく鈎冒再ゴロ腰︵風紳古事記︶によれば︑荒紳の︑鯉冨は二様あり︑一は
白色で柔和の性を表はし︑吉昨天︵冒廓目︶辨天︵m自騨いく畠︶の如きであり︑他は黒色で狂暴性を表はす︑雍女
︐榊S員唱︶︑黒女紳︵うぢの如し︒︵・端.︹冨言︺曾冨︶︒又︑辨天︵ぃ員凹いく島︶は糯舌と學問との女祁であ系︒
彼女は吉淋天と對抗する︑時には梵天の女にして妾とせられると↑ともある︑又昨には韮女祁︵ロ員咽︶と同一と
見られることもあり︑又雌紙祭又はマヌ︵昌騨目︶の妻とせられることもある︵且︹冨乏︺留日く四s︒以上にょ
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って知られる如く︑般若は川格化され辨天と同じとなり︑︒又︑女性性力の祁格化された啓冨とも見ら伽︑
︑留冨﹄としては辨天は白色柔和性を表はすのが雛脚辿であるが時には狂暴性の留雰粋と同一覗されることもある
・のであるから︑目角喝と同一硯されLぱ︑それは即ち一名懇女祁負昌︶である︒故にとLでは般若が黒色狂暴
と
性の女性とせられるわけである︒從って般若面を難色狂暴性を示す鬼女の如く表はすむも︑又︑怖ろしき而相の
︑女︑乃至忰姉の葱とせられるのも︑ゞ.さては沈香の一種で衝は伽羅とせられるのも所由あることが知られるであら
う︒因みに云ふ︑﹁伽羅﹂は際.罰両唱員屋の器︑唇旨は﹁黒﹂︑侭員屋は︹冨乏︺弓胃陣眉目莨筐︒の弓︒良
い且§の︾倉昌騨骨農昌︒︑盲.︶即ち香水で︑その木の心の堅い鵬は黒褐色で水に沈み︑香としてはよく︑遙材
●︵しらた︑即ち沈のぽた︶は水に浮き香よから・ず︑伽羅香は色黒く香蝿く︑香の中の黒女紳︵罰5と総すぺき
であるO
︑︾︹干潟袖︺小野島淋の般若に棚する以上の説は頗る探るぺきものがあるが︑た図しかし︑その論擁の概要軸と
なって居る所の︑辨天が時としてはご員唱︵Ⅱ闘胃狂暴性の黒女祁︶とⅢ一・脱されて居ろといふととは︑︹冨弓︺
は大救事詩マハー・︿−ラタ︵旨い旨9月厨︶昇號ごg・︶にあるとするが︑しかしマハーバーラタのその場合︑
︒果して如何なる軸で胴粁を同一脱したのかは明でなく︑呪んやその他には例が見謝らぬやうであるし︑叉︐
曾冨思想は後の佛教中の栴教︑特に西城のラマ教の中には全面的に採入れられ︑・諸佛も諸稗蔬も夫盈その
?・言と持つことになって暦り︑原初佛︵動島冒邑冨︶なる持金剛︵扇貢且冒国︶の留冨は般若度亀且︲
︒官国目gであり︑職伽行派では冒目厨は悲の佛格脱せられたもので︑その普冨.は般蒟9国百コ︶と
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︵賊︶婆心言︒︑︒︽︽
︹干潟袖︺乙典では故湫は何を云はんとして鵬たのかは︑敢稲もなく.︑メモさへもこLは礎つ元鵬ないので全︲
一
くわからぬとせ〃ばならぬ︒たぜ想像すらく︑こLで川洲が平生持約として恥生などによく柵って居た所を文
にせうと思って居たのであらう︒即ち︑叫諦幽文學乃寵は閏史を研究する荷が今少し梵語をや伽ぱもつと易共
↑と新方面を開拓する︾﹂とが川来るであらうに︒從來の倒恥關係の人述が梵諦といふと﹁低劫﹂がって殆どやら
ないから︑つまらぬ事にむやみに苦しみ︑兄徴ちがひのことを﹁千まんだら﹂ならくつi﹁雌駄﹂骨ばかり折.
って階ることが﹁ばさら﹂あること﹁ぱしやら﹂の解樺に於ける如しとでも﹁しや畑﹄どのであらうと︒ ●−︐℃せられるが︑然しこれら何れの場合も狂暴性の難女紳︵六旨︶的のものをm騨冨としてば腓ない︒男惟の大黒洲︵冨脚言︲罰﹄四︶は守継洲として亜んぜられ︑像の作例も多いか︑女惟の難女洲︵天白︶は作例が兄蹴らぬや弓である︒右の如く印度教でも辮教でも︑狂暴性のロ員唱︵Ⅱ汽昌︶芹辨天や般恭とM一脱したことはあまり例がないやうに自分には恩はれろ︑この軸がもつと迩碓に在証されない限り.︑故湘のこの舵は伽る面向い説で
︑
ばあZが︑今の虚まだ諭搬が弱いといはいばなるまい︒しかし確かに宅勿の蹄辛亦咋|投げかけ︑似批た出して︑
今後の研究を促した黙に於て注目に価するものである︒︑ 一
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〆
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