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On 'Shih kê' (詩格) and 'Shih ching' (詩境)

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(1)

九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

On 'Shih kê' (詩格) and 'Shih ching' (詩境)

目加田, 誠

https://doi.org/10.15017/2332972

出版情報:文學研究. 38, pp.107-119, 1949-12-20. The Kyushu Literary Society バージョン:

権利関係:

(2)

キヤクシキ

我國平安朝の歌論に於ける格式という語が︑中國唐

代の

詩論から来ていることは云う迄もない°唐の詩論で今日偲

つているものは至つて少いのであるが︑今︑吟窓雑録の中に十敷種が唐人の手になったものとして牧めぢれている︒

とこるがこの吟窓雑録というものは合附甚だ疑しいもので︑まづ

偲 内

の烙印を押されても仕方のないものである︒陳

振孫の直齋密録解題には﹁芝十巻

︒ 心

宙田察何撰°君誤︵蕗迎

︶の

也孫

︒ 賭家の詩格詩評の類を取って之を集成す︒又

吟陪をつくり︑凡そ魏晋このかたの能詩の人について皆ほぼその本末ををなえ︑綿じて此害を為す︒駈沙督て刻本あ

り︒節略全からす﹂という︒所が今側わるものは五十巻

︵ 所

見京大蔵官板

︶ で

︑吠元陳應行編とあり︑紹典五年直楊後

一日浩

然千

の序がある︒四廊全密線目捉要存目の部にあるのは之で︑提要に曰く︑﹁蓋し偲密なり

Q

前に諸家の詩話

をつらぬ︒ただ鍾蝶の詩品のみは腺るところ有りと為すも︑而も副削冥を失せり︒その餘の李皓ご土昌齢

・絞

︒買

島・齊己・白居易

・李

認ら諸家の

に出で︑郡倍一手に出つるが如し°而して開

m ]

の如きは李ね依託.

巻魏

文帝詩格一

巻は乃ち盛に律詩を論

じて

︑引く所皆六朝以後の句︑尤も排斥するに足らす︒心努して日に拙なるものと謂う可し﹂

と評している︒六朝以前の魏の文帝炉間に定まった祁詩を論じたのでは全くおかしな話で之は云々するに足らぬQt

時格及び詩採

について

 

詩 格 及

詩 境 に

. 

^ 

つ い ン て

10

目 \ 加 田

誠 . 

. 

(3)

、/

詩格及び詩茄について

しがし偽害とは云つても︑名家にその名を託した点は偽りであるが︑之がいづれ唐代の人の手に作られたものである

なら

︑ 唐代詩論

の表料として用い得るであるうし︑已に宋の杏目に載せられているのを見ると常時之らが唐代のもの

︵尤

も吟窓雑録の終

りの 部分に根宛臣など宋人の名によるものも加つているで

ある

ことは認められていたので

ある

ることは疑を容れぬ︒その

誓 そ の 中

︑ 咬 然 の 詩 患 苔 は 文 鍛 秘 府 論 の

引用とよく一致するので︑之奮

代の

ものた

塁 も

︑ 部 倍 は 聾 倍 に 相

違な羞︑その各々を照らし

合せ

て︑同じ

様 な 項 目 で 誓 嘉 内 容 に 少 し

︑つつの相違があり

天体似たりよったりのものでは

ある

が︑一人の手に成つたものではない︒しかし鍾蝶の詩品をいい加滅に劃削して牧

めてある手段から考えると︑ど

うせ

綱者が手加滅していることは無論であろう︒王昌齢の詩格などは文鋲秘府論に引

 

もの

とどうしても一致しない︒この雷晶齢の詩格についミは︑

璽 屡

麿﹁

詩格

一巻﹂と

あり

︑空海

の性

迫 集

には

﹁王昌齢詩格一巻﹂となっているが︑直顎鈴解題

t

至つて﹁詩格一巻・詩中密旨一巻﹂となり︒元の辛●房の唐

て十四篇とした

詩格

一巻

と ︑ そのほかに詩中密旨一巻があるこオ子僻になると︑王昌齢 に ︑ 詩の格律境思体例を述ペ とを云つて︑今吟窓雑録に見えるものをさして

いる らし い︒

吟窓雑録本は王昌齢の詩格

とい

うものを勝手にくづして

その二

稲 怠

5

物にしだのか

9

卸れない︒叉︑吟窓雑録

に咬

然の

詩議

︒中

序・

詩式とい .うものがあ

るが

︑之も廊

t

には

てい

る︒弘法大師の引用

には

詩評とな

翌公詩式五巻︒詩評

恣とあり一 一 直疾祁録解遥には詩式五巻︒︑

詩眺

一巻と

なつ

言 い

るが

︑この詩評は又

詩識 とも稲されたので︑それをやや節酪いて吟窓雑録に入れ︑叉詩式の序を別にとり出し て中 序と し︑

詩式はそのもとのものをやや略して︑之らを吟窓雑録に入れたのではな

いか

詩議詩式を合せて一巻の

詩式としたものが歴代詩話その他に入つている︒而も吟窓雑録本詩謡の総論の部分は︑

. 

一巻本詩式のその部に常る文

!O

(4)

謡よりも簡略であるから︑吟窓雑録のものは何れも可成りの省略があると思し

孔る

10

繹で︑この吟窓

l e

んな

雑録

の唐人詩話は甚だたよりないもので︑ことに白居易撰だの︑買島撰だのというのは︑之

らの人に依託したに過ぎ

ぬで

あるうが︑所牧二十六種

の中

︑一 一芝 の

人の

のを

いて は︑

やはり中・晩唐の詩話詩論であ

ると

見ることは出来

ると 思う

唐の律詩の形も定ま

り ︑

詩が試瞼に用いられる闘係もあつて︑いるいろ作詩の

喜・法式を示したも

のが

あらわれて︑之を詩格

とか

詩式とか云つて世

に行

われたも

ので

あろ

うか°又この中︑僧侶

の手に

なっ

たものが多

く ︑

又そ

の名を恨りた白楽天

とか

買品

とか

も︑詩人として

商名

ある

と共

に ︑

佛数の方にも躁

\ 係深い人で︑こうぃう詩論を僧侶茄好んで云々したものとも想倣さ

れる

︒晩庖から宋にか

けて

︑・

詩と椰

との 一

致を諒

き出すことな

どに

も︑これは躁係なしと

せぬ

あろ

う ︒ とこ

ろで格とどう語の意義は何であるう︒大体こういう場合は式とか度

とか

訓ぜられ

るが

︑凡そ格は骨格︑体格な

どの

格と同

じで

詩格は詩の骨組み方で

あり

︑詩の様式で

ある

︒その腿み立て方からをあ態誤生するので︑人の

態度

もそ

の謹みあるを検格

とい い︑

風采儀範を標格

とい う︒

或は格範

とい い︑

風格という語も皿来る︒風格は本来その

風采の峻弛︵繹胃

︶ ・

秀墜︵年︶なるに用

いら

てい

る︒

まり之らの格の字には態度の正しく賂つ

てい

る意が有るの

'

で︑乃で文婆に

於て

はその骨組みが︑言い換えれば詩文の拙成がしつかりした法則をも

つて い

こと を格あ

り と い ぅ °

顔氏

家訓

に﹁

挽歌

というものは生者が死者を慎

む心で

ある

べき

に ︑

陸平原は死者が自ら歎する

こと

ばを多く

作っ てい

るが

︑詩格には此の例は無

いし

又製作の本窯にもそむく﹂と

云っ

てい

るが︑この場合詩格は詩のある可き体︑

法則で

ある

詩文の表硯様式を格というのみならす︑表現の様式は内なるものが自づと

取る

もので

ある

から

︑ 格は嘗 鯰につ

・ ク

(5)

'  

詩格び詩掠

然意に躁係し︑内なるもの即ち意が格に闘係

し ︑

意の

高下は自然たの表現のスクイルに硯危れて︑ここに格の高

下と

いう

こと

も考えられ

てく

る︒劉萬錫の牡丹の詩に︑

庭前の芍槃は妖として格無

し ︒

池上の

芙渠

は淫

V

して 惜少

叉白敗の

曲に

白蹂兒最も高格︒毛衣新に鑑を成す︑衆禽の噴呼にかかわらす°獨り凝寂︒孤り芋々の草に眠り︑久しく

溺々

の石

に立つ︒前山

正に

雲無し°飛び去つて

逝碧

入る

芍薬の妖娩なるは格無しとされ︑白翌の潔白孤商なるを格高

しと いい

その

姿

5

ら︑その花の紙品に感じ及んでい

るの

であ

る︒

べて

詩格と

いい

或はその

中に あらわれる意に言い及 窟代

詩論の格の意義を見る

と ︑

或は箪に詩

の修

階の法式をの

て云えば︑白楽天の文苑詩格なるものには詩の到偶法を論んでいる場合もあるのである︒吟窓雑録所牧のおのについ

じ、王昌齢詩格は詩の一=揉•W格•<不詩体・―

― 1

五趣・語勢

・酎例・六式·六貸

..

五用例など炭<詩 要訣をあげている

o

︵その芝格とは︑1︑生恩°久しく精思を釈んで面もまだ酎象と意がぴったりと合わぬままにカ 疲れ智喝きた

とき︑紳思をしばしそのままに打ちずてて

おく

と ︑

そのうちに心がゆくりなく境を照ら

し ︑

李爾として

愚を生するもの︒

二 ︑

感思︒前人のことばをよく味い

︑古い作品を吟誤

し ︑

そこに感じて思いを生するもの︒

︱ ︱ ︱

︑そこが梢紳が物と契合し ︑わが心に因つて思いを取るもの︒つまり詩意

'  

取恩

• J

到象を捜ね求め、心を坑

にわけ入れ

の典り方の︑或は紳を投つて李然として自然

に生

じ︑

或は故

人の

詩境

に共

感して生じ︑或は境線を捜つてその境に心

  ` 

‑ l

o  

(6)

\ 

を投じてきこに詩意を取る︑l二つの行き方をいい︑之をさ格と稲するとき︑格は意に闘係して云われている

︒ ︶

同じく

王昌齢の詩中密旨の九格はただ詩の構成法について分類

し ● 三格は趣︒迎・勢︵一︑その理と趣の相叶ったもの︒一

一 ︑

首尾その瑠を失わぬも

の ︒ ︱ ︱

一︑心意悠然

とし

t

馳する勢あるもの︒即ち前の九格はただ詩の形を

いい

後の

一=

格は

の意に闘係する

︶ 叉犯病の八格とし

て支

離病︑映偶病その他詩病の八つを示し

ている︒之らの場合︑格の語

は 殴

<

﹁型﹂とでもいうべき意味に使用されているのである︒

﹁外

︑中 に

じて

言にあらわれ︑天地を動か

し ︑

李唸 の評詩格には九到

十休

李洪宜の縁情手鑑詩格には劉法と詩

の一

=格

︵意

格・

理格

景格

︶ ︒

齊己の風騎詩格

には

詩体

部門•一_ー格鵞・農格.

位。文喜詩格には律詩の聯につ

いての法則。王玄旨格には詩の剌

蒻趣旨のさまざま︒

及 咬 然 平 九 麿 息 貪

翠 九

休︒王叡の詩格には

l ‑

l︱ か ら 九 喜 誓 詩 の 各 体

︒ 白 楽 天 の 金針詩格

には

句 の 字 唇 よ る

詩形

の分

類︒咬然の

詩議 に は 麿 六 格 と して

的名野︑隔句謝など

1

ハつ の

到法をあげて

る ︒

之らの場合詩格という名のもどに︑詩の様式乃至法則をあげ︑詩のさまざまの体例を示して作詩の心得にそなえた

ので︑之を詩格

とい い︑

或は又詩式

とい う︑所謂詩の格式といわれるものである︒

同時にそれらの格の中に︑如何なるものが上であり︑如何なるものが下であるかという評債が自づと生じて来るの

で︑たとえば咬然の詩式は詩

の五

格をあげ︑

不用

事︑作用事︑直用事︑有事無事︑有事無事情格倶

下の

五格と

して

︑ そのうち不用事を第一格とする︒又王昌齢の詩の五趣向も第一を邸格︑第二を古雅︑以下

閑逸

幽深

︑軸仙とする︒

買島

の二

南密旨にあげる詩

の一

=格 は一

︑情

︒二

︒ 一

二︑事

︒で

時格及詩挑について

ー ー

(7)

,  I 

つて︑か

の詩の意のみ取つで物象を証かぬ意格︒さ格

中︑

情最も切なり﹂と云

轟 を 感 ぜ

むる

こと 惰を出

.つ

るな

いる︒風騎旨格は︑上格は意を用や︑古事をもつて今事になぞらえ︑

冥合の意無き事格のも

のよりも上の位にを

いて

のを格商

し ︑ 意ひくきる

そして王畠齢の詩中密旨には明かに詩意高きもい

平格は氣を用い︑下格は甜を用うとす

たのは︑最象と情思の融合︑外界によつて引き

︵四品が情格を設けて窯格の上にお

5

ものを格ひく

しと

云つ

いる

時格及び詩邸につ

たのである

︶ 典される感動に生する液刺たる意興

をいつ

︒内

容を離れて表硯はない︒表祖の様式は内意が自 .つと取るもの表硯の様式と内意とは決して別個のものではない

5︑それは結局内意の自づと取るスタイルうも

のは

言葉の使い方︑音調に流れているのであ

るカ

である︒詩の氣品とい

怠回さとなる︒政放な性格の人は自づと荻放な文体を示

し ︑ 繊蒻な人は自である︒意興の商さは自づと

その

詩の調千

︑情の浪やかな人は細緻な文体をと

る ︒

文の

様式は自然そづと繊弱なスクイルを

示ず

°氣性の強い人の文体は強く

従つて格は内から云え格の低いものと

なろ

う︒

の人の性格を反映す

るこ

とは争

えな唸卑弱低俗な意向の表硯は勢

るものは言葉の組み立て︑昔の排

列で

ある︒ここに格調と

いう

語も存するわけである︒ば窓に生じ︑その表に玩われ

ると共に︑その時代

の氣風が自らあらわれる各時代の格調も考え乃でその人その人について個人の格も調も考えられ

箪性は又その時代の特性を離れ得ぬとすれば

ら れ る の で

︑個人

の文

塾の格はそ

の 人 の 個 性 の 生 鸞 と

ころであり

同時代の人の

詩文

の格は又自ら互に相通するものがある筈であろ

う °

庖の格

︑晩唐の格などとい

わ れ る 所 以 で あ

て︑談魏盛唐の格調に傲わう

とし

た°格が︑従

つて胴が︑個性の現れる︒かの明の格鵬の説は︑格と調とを合せ言っ

ちととは云えない

筈で

‑ 9

時代の格鯛などとい

のが

あることを認めねば︑のみでな く ︑

その個性には又時代の共頑なも

ニ ‑ ,

ヽ ー

(8)

•「 ある︒

詩格及び詩鉗につい 四︑格は商を得んことを欲す︒

白楽天の金針詩格と云われるものに︑詩に四得有りとし

一 ︑

句は健を得んことを欲す︒

二 ︑

字は涼を得んことを

欲す

‑=︑意は回を得んことを欲す︒

又詩に四錬あり

一︑蝕句︒二︑錬字︒︱

︱ ‑ 細意紬格︒匹︒︑

句を鈍るは字を鈍るに如かす︒字を飾るは益を錬るに如かす︒惹を錬るは格を錬るに如かす︒

という︒その場合何よりも心描えが問題となるのである︒

どのようなものが格高しとされているか°宋の

樅発臣

は日く︑純にし

て正

即するものを上格となす︒日月光天徳゜

山河批帝居のごとく物欽頴明なるは格証き所以と︒又王昌齢の詩格に晋子建の明月照高棲︑

流 光 花 徘 徊 を 此 詩 格 高

し︑僻を怨談に極めすし

て意自ら彩かなり

とし

ている︒なぜかかるものを以て格商

しと

され

るか

凡そ強いて故事を

用いたのが格

とし

ては最も下ることは上にあげたとをりである︒何故なれば︑それは奨に自己の感典から悌き出た︑

かけがえのないことばでな

く ︑ 容易に他事になぞらえ︑故人が故人の体瞼の感典によって生んだ言痺を借りて︑

之に

して

表現する︒しかし故人には故人の体瞼があり︑自己には自己の体瞼である︒故人の感興と自己の感典は別のも

. .  

t r ︱︱ 

(9)

時格及び詩鉛につ

ので

ある︒自己の感興を切打にとらえれば︑四に自己の言葉がそ

こか

ち生する筈で︑ただ事の類似によつて之を借り

言 誓 況 己 れ の

心を以て漿象を照らす

こと

の撤底さがな

く ︑

純粋な

とこ

るがなぶ

か ら で あ る

゜ 置 腐 醤 揚 す る

とき︑他事を借りて物を言う暇はなく︑その際直切な表現は唯

一っ し

かない筈で

渇る

0之を

以て

事を用うることを格

ひく

しと

するのである9情中に感じて

]PC

! a ! .  

あらわれ︑天地鬼紳を動かす

とい う︑

純乎たる感動に極つ

て ︑

之が直. 李に

言症に現れ出たものを上格とするのは︑罪の言を設しとするのである ︒

ここに六朝以来いわれている詩の骨氣ということ

との

闘係を考える

と ︑

骨氣と

はその詩の骨組みに生する

力 で

る °

骨を組み立ててそこに格が生する︒従つて叉氣格ということばも出来る°格は詩の組立て方を云い ︑叉組み立て・

られたものの自づと占める位について云う︒盛唐の詩は意興

J E

に︑

骨緊まり︑氣峻爽たる故にその格は証い︒晩唐

力も強からす︑ の詩はその氣織弱に︑骨組み弱く︑そこで格がひくいとされる︑骨の組み方を強く又顔くするのはその意の証低強弱

ある

︒格の高下は意の高下によるという︒意邸ければ骨緊く︑俊爽の氣

がそ

に生

じて格高

く ︑

意卑ければ構成の

﹁風骨飛ばざる﹂

もの

となってその格はひくいとされよう︒意の邸

下と

はつまり意の憧き方の高下で

ある︒文鍛秘府論に日く︑

條賤は是れ律︒意商ければ格迎

し ︒

聰辮すれば律洞

し ︒

格律全くして然る後始めて調有凡そ作詩の体︑

意は是れ.

り ︒

意を古人の上に用うれば︑天地の境涸駕と

して

扱る可

し ︒

夫れ文章を作るに︑但だ立意を多とす︒左穿右穴︑心を苦しめ智を端さしむ°必す須く身を忘れ

て ︑

拘束す可から

す︒思若し来らざれば︑須く情を匠しいままに

し ︑

却つて之を買うして採を

して

生ぜ

しめ︑然る後/境を以て之を

1

(10)

`  ︑

及び

詩菜

と採について考えねばな

らぬ

︐  9 .

4'  照せば恩便ち来る︒来らば即ち文を作る︒もし境恩来らざれば作る可から●゜

と云つているように ︑寇を商くするとは︑途に意を天地の採に用い︑小我を超えて天地の掠にふれ

て ︑

そこ

に 照

らさ

れて

生する思を表硯する

とい

うの

であろう︒ごうした考方は

自然意

ををく境の高下を問題とするに至る︒ルで更に意

とい

う語は六朝の佛汲論によく出て来る

こと

ばで

︑たとえばその中︑昭明太子の解二諦義に

能卸是智°所知是

翌智

成盆

恥境

0得言即冥

﹂という文

句などは

こと

に注目さる可きで︑廊代詩論の意と揉との躁係はこの語と極め

て近

一日物党︒山

水の

をつ

くらんとす

るに

︑泉石雲峯の境の

極窟絶秀な

るものを張り

︑之

を心

に紳

にし

身を掠

にを

き︑境を心に硯︑掌

中に

焚然として然る後に思を用うること了然たり︒疫象故に形似を得︒

二日梢境°

娯楽愁

思︑皆

意に

張りて

身に

し ︑

然る後思を馳

せて

深く其情を得︒

芝曰意境︒亦之を意に張りて之を心を庶霰ばその蹂を得︒

その物党とは︑たと

えば

水の

詩を作るのに︑風呆絶佳なものを眼前に構え︑之に劉する感動が心の微妙なる琴線

を揺がせ︑その身をその境にをくと共に︑心を境

にひ

そめてその心

に明

かに映するものを思い

取っ

て詩に肱するなら

ぼ ︑

その境はことごとく

描葛の蹂を得るであろう︒情境とは︑喜びも悲しみも亦

これ

境︒その悲喜が意中にひ

ろ が

/ 

り︑

身を以て体瞼し︑ここに恩

をひ

そめて惰の深き

とこ

るに逹

して

之を描

く ︒

意境も亦意によって

設け

たことを心に

︱ ︱ 五

いものであると

思う

王昌齢詩格に詩

の 一

1境を

いひ

(11)

ヽ•

.  ― 

つて

得る

か︒

思い

きわ

め︑

よくその顔を得るのである︒物録

の塊

︑情意の採︑いづれも之をわ茄心にふかく思い照らして始めてそ

の匹を詠じ得る︒山水を詠ヤるのに︑その形の上のみを宛そうとせす︑わが坑と境と︱になり︑つまり物我一如の境

﹁或は税を先にして意に入り︑或は意に入りて境を後にす﹂といひ︑叉﹁若し空しく境を言えば

塁 に 入 り

︑若し空しく意を言えば又

重滞で

と︒しかし理想とするところは已に意と境との別なく︑意境一

に 融 け て ︑ 翌 鵞 宜

も︑

翌象に照らされたふ翠心意に映

じた境象でなければなるまい︒北で咬然の詩眺には取境という項

評に日

‑ . , ,

o或ひと

日ク

︑詩は修飾苦思を恨ら手と︒然らす°虎穴に入らすんば焉んぞ虎子を得ん︒採を取る時は須

<至難至阪にして始めて奇句を見る︒

篇成るの後︑其の風貌を額るに︑等間に思わすして得たるに似る有らばこれ

高手

なり

︵吟窓雑録本︶

詩は修飾を倣らす︑︑その醜朴に任す︒ただ風韻正しく ︑天蹂全ければ即ち上等と名づくと︒予日く︑然らす°無墜

容を胴いて徳有るは文王の大鍛が容有りて徳有るつとぃ . れぞや︒叉云う︑苦思を要せヤ苦思すれば自然の質を︑︑

v°境を取る時︑須<至難至吟応して始めて奇句を見

喪 う

と°此れ亦然らす︒夫れ鉗穴に入らすんば焉ぞ虎子を得ー

る︒篇成るの後︑その氣貌を観

れば

︑等間に思わすして得た込に似る有ちば︑此れ高手なり︒時南つて意孵加に誹

釜 んに︑佳句縦横︑過む可からざるがごとく ︑宛ら肺助あるごとき

i i a

然らすんば蓋し先づ精思を校み紳王なるに因︑ を設け︑ 文苑

詩格

に日く︑ に入

つて

︑心中に映るものをと氏え描くのである︒ 詩格及び詩揉について

(12)

詩格及び時揉

この考は六朝の文婆論家

が︑苦思は肺を似けるらのとし︑ただ従容

氣を守り肺を蓑つて︑インスピレー

ジョ

ンの

のを

待てというのと些か異る︒文鋲秘府論

は尚劉態らの説に多く引かれているが

︑庖の詩人たちは︑ことに杜

甫や 四品の例でも著しいように︑一般に苦思して詩を作るを喜ぷ傾

向になっていることを考えねばなるまい︒文

鏡秘府論

羹 う と こ 合 は

嬰篇いて来ぬときは︑身を忘れ惰を放にして︑採の自ら生するをまち︑ここに意を立て︑文

を ・

作ると℃ぅ︒ここに咬然のいうところは苦恩を秩

んで

採を取

り︑そこに寄

何を

求めるという︒境を生ぜしむとは︑境

生じてここに意を立てるのである︒採を取る

とは

意をも

つて

境を求める

ので

ある

°而も共に意と境

とが

劉立するの

でな

く ︑ 窟 ょ っ て 求 め ら れ て 始 め て 詩採が生じ ︑或は境生

じて

こに

詩意

が立つ︒前にもいう如く

︑詩格の商

下は

意の咋下で

ある

︒意の裔下

はそ

の立つ揉の店

下で

もある︒境の店下はその雅俗︑純不純で

ある

︒大小はその俊劣には

かかわら

ぬ ︒ こう

考えられ

て来

と ︑

途岳詩格の商下は全の境の超逸と低俗にかかるというようになつて来る︒

超逸

の境に入るは

超逸 の性格にして始めてよくする︒荘

雅の英

に入るは邸雅の人にして始めてよくする︒その税に意をを

いて

︑ここに詩が生れるなら︑その詩はまことに

讐 筈 雅 の品格をもつであろう︒このような英というものを考える に至つて︑.之はもはや俗人の至り得ぬもの︑苦思を税むばかりでも至り得ぬもの︑要は苦思を校

んで

いよいよ心機を

澄ませ︑

途にその境地に悟入するほかに道はない︒郎の英地に悟入

て︑そこに生まれる

言葉は始めて兵の言となる

う︒かく考えて来そ︑途に詩を説くに祁を以てする風氣が起つてくるのも自然のなりゆきで

ある

︒己に唐末から宋に

かけてこの領向が著

しい

英はつまり世界である︒詩採は

詩的な︑憾術的な美の世界である︒わが帥のとう<馳すると

共に限りなく撰がり限

︱ ︱

.

,

.

 

(13)

/' 

りなく深まるものである︒この世界を表玩しようとするには︑具象的なことばによる象徽以外にないが ︑唐末の司空

岡は

︑﹁

思と境と偕にす﹂ることを云い︑山

水の

呆︑或は人生の離合そのままの形貌を宛すのでな

く ︑

そこに思を深

くひそめて︑或は美しい風呆に洗惚となつて限りない自然の美に思い耽り︑或は人生悲観の相を観じ

て ︑

生きること

の深

い哀れに思い至るとき︑そこにこそ詩が生することを云った︒美し

い山

水も平素修線を軍

ねて

美の感登を鋭くし

て ︑

その目︑

その

心でみて︑始めて惑術的な感典に入

るこ

とが出来る︒か

くて

物我

一如

︑洸惚たる境が生する°物

象に淡

入し

てそこに詩税を生するのはやはり修線の力で

ある

︒到象をとらえるのは我で

ある

︑商雅な心

ば商雅な採を

らえ

る︒

蔽牡な心は哀批な境をとらえる°卑俗な心はその得る境も低

い ︒

李白は蔽快な採に意を立てて栄快な格調

を示

し ︑

杜甫は沈鬱な境に意を生じて沈鬱な格闘を示

し ︑

王維は閑雅な採に意ををいて閑碓な将調を示し

た ︒

いづれ

もその心を深め︑その

感梵

をとぎ澄ま

して

天地の採︑人情の機徴を得た︒税はわが感興のままに限りなく捩がり限

りなく深まる︒境は或は大ぎく或は小さ

く ︑

叉深くもなり低く

もな

る︒

この

瞑示

術的

感典

の世界を詩に表現

しよ

うとす

る時︑人

間の

言葉は何と限りあり︑何と拘われたものであろう︒

物我

一如の妙境を得るとき︑人はこうした言華を忘

れる︒無膠の詩︑無絃の琴などと云うこと

ばは

︑感興の極まった時に言われることであろ

うが

已に

詩が言語の蓼術

ある

上 ︑

無言の詩などということはたとえ以外にあり得

隈淵明は南山に劉

して

已に

言を

忘る

と い い

つ︑

その

い味

いを︑千古に偲わる詩に表硯し得たではないか︒その無限の思いを遊ばす採を硯わすには︑ただ一痙一

花のた

4

すま い ︑

感動極まる刹那のためいきにとらえて之を象徽させるほかはない︒こ

こに

詩の表硯の廊術がある︒

そし

てそ

表硯はその場合唯一のかけがえのない

もの

でなければならぬ︒言葉によって端的にその採を

とら

える

詩格及び時茄につ

、 ー ・

(14)

時格詩採につ

5

 

9 ,

` 

︱ ︱ 九

^  ( ‑ ︱ ‑ ・ ︱ ︱ ︱ 一 ︶

あるから︑その言葉は直切で

ある

可く

︑ 同 ぞ

にわが言葉でなくてはならぬ︒性て鍾蝶が詩品の序にコ直聡

﹂を

説いたのも

この心であり︑同時に彼が故事古語を好んで用いる事を轍蔑したのもこの

心で

ある︒かくて始めて表現の銘を得る︒

所謂﹁得言即奨﹂なるものである︒王國維が英界の説と共に表硯の隔不隔の論を為したのも︑ことばこそ遮え︑精紳

畢脊 ぞれを出でぬ°而も

言葉

の自

さ ︑

素直さという

那は

︑決

して 思いつくまま︑口に浮ぶままで良い筈

はな

い︒

子供の窟睛がいかに天冥を得ていても︑窟謡は蹴謡

にす

ぎぬ

︒深い心の奥から深

い劉

象の奥にかようことばでなけれ

ばならぬ︒その深さに逹して︑それ以外にない表現を得るこ

とは

郵術の修練で

ある

︒凡

を 修 練 を つ ん だ 証 家 の 目

見︑筆で証かねば︑虹の美は紙上に翻動

され

ぬ︒

修線を猿

んだ

感党

と言葉によつて始めて動かせぬ表現

が 可 能 と な

る︒自然とは偽をすてた荘である︒この代念を生きのままに窟すことにこそ郵術の費さがあるのであろう︒

, 

(15)

. 

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