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盗難自動車による事故と責任保険 - 近時の裁判例を題材として - 村山琢栄 1. はじめに自賠責保険は, 保有者 ( 自賠法 2 条 3 項 ) が自賠法 3 条の運行供用者責任を負う場合に, 保有者及び運転者の賠償責任をてん補する ( 自賠法 11 条 1 項 ) 1 対人 対物賠償責任保険では,

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盗難自動車による事故と責任保険

-近時の裁判例を題材として-

村 山 琢 栄

1.はじめに

自賠責保険は,保有者(自賠法 2 条 3 項)が自賠法3条の運行供用者責任を負う場 合に,保有者及び運転者の賠償責任をてん補する(自賠法 11 条1項)1。対人・対物 賠償責任保険では,被保険者が被保険自動車の所有,使用または管理に起因して法律 上の賠償責任を負担することによって被る損害をてん補する。 盗難自動車の運転(泥棒運転)による事故の場合に,窃取者のみならず車両所有者 が被害者に賠償責任を負うことがある 2。車両所有者の賠償責任の発生原因として, 運行供用者責任(自賠法 3 条)と不法行為責任(民法 709 条)があるが,自賠法 3 条 は他人の生命または身体を害したときしか適用がない。物件事故の場合,被保険者で ある車両所有者に管理上の過失があったとしても,その後の窃取者の運転により必ず 事故が起こるというわけではないから,過失行為と損害との相当因果関係の判断は容 易ではない。 泥棒運転については多くの先行研究があるが,運行供用者責任に関するものが多く, 不法行為責任に関するものは必ずしも多くないように思われる。盗難車両による物件 事故の不法行為責任が判断された東京地判平成 30 年 1 月 29 日自保 2017 号 162 頁を題 材に,運行供用者責任と対比しながら,車両所有者の不法行為責任と相当因果関係の 判断のあり方を検討する。さらに,自動運転車両が窃取された場合についても,若干 の検討を試みたい。

1 自賠法 11 条 1 項は,「第3条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生した場合」を支払要件とし, 「保有者」(同法2条3項)及び「運転者」(同条4項)を被保険者とする。泥棒は「保有者」すなわち 「自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者……」(同法2条3項)に当たらない。泥棒は, 自賠法3条の運行供用者責任を負うが,自賠責保険による損害てん補を受けられない(国土交通省自動 車局保障制度参事官室・新版逐条解説自動車損害賠償保障法 108 頁(ぎょうせい,2012),法曹会編・例 題解説交通損害賠償法 58 頁以下(2006),北河隆之=中西茂=小賀野晶一=八島宏平・逐条解説自動車損害 賠償保障法(第2版)17 頁〔中西茂〕(弘文堂,2017))。車両窃取者から賠償を受けることは事実上不 可能であり,被害者は車両所有者以外に損害賠償請求をなし得ない。 2 泥棒運転による事故について被保険者の管理責任が問題になる事例において,運行供用者責任が認め られるときや,運行供用者責任が否定されても被保険者に自動車管理上の過失が認められて民法709 条の不法行為責任が負わされるときは,対人賠償責任保険によるてん補がなされることについて,竹濱 修「保険事故の範囲」藤村和夫=伊藤文夫=高野真人=森冨義明「実務 交通事故訴訟体系」第2巻「責任 と保険」379 頁(2017)

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2.学説

(1) 運行供用者の意義 報償責任に由来する運行利益の帰属と危険責任に由来する運行支配を基準とする二 元説が通説的地位を占めているとされる 3。これに対し,危険責任を基本として要件 を運行支配に絞り運行利益は運行支配の一徴表としてのみ考える一元説がある 4。し かし,両説は具体的処理の結論において差が現れることはないと評されている 5。さ らに運行利益・運行支配の基準を用いない学説が多数提唱されているが,ここでは立 ち入らない。 (2) 泥棒運転と運行供用者責任 泥棒が運行供用者であることは異論ないが,車両所有者は運行供用者に該当するか。 ア 否定説 初期の学説は,母法であるドイツ道路交通法の管理責任的規定が含まれていないこ と,保有者は運行支配を喪失することを理由に,泥棒運転の場合には車両所有者は運 行供用者責任を負わず,車両所有者に管理上の落度がある場合に民法709条の不法 行為責任を負うに過ぎないと解していた 6。立案担当者もそのような立場を前提にし ていたと解される 7 イ 肯定説 その後,泥棒運転を民法709条ないし政府保障事業でのみ対処するのは被害者救 済上問題であることが認識され,一定の場合には車両所有者に運行供用者責任を認め るべきであるとの肯定説が有力となった。肯定説の理論構成として,①運行供用者と 運転者との間に客観的容認が認められれば運行供用者責任を認める客観的容認説 8

3 伊藤文夫・「自動車事故民事責任と保険との交錯」75 頁(保険毎日新聞社,1999)。 4 宮崎富哉「交通事故における使用者責任と運行供用者責任との関係」判タ 211 号 126 頁(1967),吉岡 進「交通事故訴訟の課題」鈴木忠一=三ヶ月章編『実務民事訴訟講座』21 頁(1969)。 5 伊藤・前掲注 3)77 頁。 6 加藤一郎編・注釈民法(19)101 頁(有斐閣,1965),野村好弘「運行供用者責任についての一考察」ジ ュリ 431 号 128 頁(1969)。 7 参議院運輸委員会会議録 26 号 7 頁。運輸省自動車局長(当時)眞田登の「どろぼうの場合には,保有 者はどろぼうに使わす意思もございませんので,権限のない人が運行したということになるのでござい まして,この場合には保険契約上の責任にはならないで,国家がその被害者に対してまず補償する。あ との保障事業の部に入りまして,そのあとどろぼうに対して,取れる取れないは別といたしまして,国 家がどろぼうに補償を請求すると,こういう格好になります」との発言がある。 8 茅沼英一「運行供用性の基礎としての運行支配と運行利益」吉岡進編現代損害賠償法講座(3)90 頁 (1972),原田和徳「泥棒運転」交通事故判例百選(第 2 版)21 頁(1975)。北河隆之・交通事故損害賠

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②車両所有者の自動車の管理上の過失と相当因果関係のある事故について運行供用者 責任を認める管理責任説 9,などがある。 (3) 不法行為責任について 盗難自動車による事故で生じた被害者の損害に関し,特に自賠法の適用がない物件 損害については,不法行為責任の有無が問題となる。 もっとも,盗難自動車による事故における車両所有者の運行供用者責任については 多くの先行研究が存在するが,不法行為責任については多くないようであり 10,必ず しも議論が尽くされていないように思われる。盗難自動車の所有者の不法行為責任に ついては,後述するとおり,主として「過失」と「相当因果関係」が問題となること が多いが,損害との因果関係が問題となる対象が運行供用者責任と不法行為責任とで は異なるため,この点に由来する特殊性がある 11

3.判例

(1) 運行供用者の意義 泥棒運転を離れ,運行供用者の意義をまず確認する。最高裁は「自賠法3条にいう 自己のために自動車を運行の用に供する者とは,自動車の使用について支配権を有し, かつ,その使用により享受する利益が自己に帰属する者を意味する」として二元説を 採用した 12。その後「運行支配」は,「事実上自動車の運行を支配管理しうる地位」13 「自動車の運行について指示・制御をなしうべき地位」14「自動車の運行を事実上支 配・管理することができ,社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう 監視・監督すべき立場」15まで拡大されている。また,「運行利益」は,客観化・抽象

償法[第2版]49 頁(2016)。 9 上野茂「無断運転(3)」判タ 212 号 43 頁(1967),椎木緑司「交通事故相談」ジュリ 381 号 325 頁(1967), 荒井真治「運行供用者」前掲現代損害賠償法講座(3)61 頁(1972)。 10 不法行為を主題とするものとして,玉重良知「自動車保管上の過失」不法行為法研究会編『交通事故 賠償の新たな動向』601 頁(1996),數井敬子「盗難車による物損事故と盗難車両保有者の責任」財団法 人交通事故紛争処理センター編『交通事故損害賠償の新潮流』44 頁(2004)がある。 11 原田和徳「被用者以外の無断運転」交通事故判例百選 25 頁(1968)は,運行供用者責任に関する客 観的容認説の立場から適用否定説に対する批判として,民法 709 条の適用上,管理上の過失と無断運転, 無断運転と事故との間に二段階の因果関係が要求されるが,その立証責任は被害者側にあり立証の困難 性は容易に窺知しえ,民法 709 条の問題としてこれを処理することは自賠法 3 条の立法趣旨にもとり, 709 条の相当因果関係を緩和して被害者の救済を図ることも相当因果関係理論そのものの変容を来すこ とを恐れると論じている。民法 709 条責任を考える上で参考になる。 12 最判昭和 43 年 9 月 24 日判時 539 号 40 頁。 13 最判昭和 43 年 10 月 18 日判時 540 号 36 頁。 14 最判昭和 45 年 7 月 16 日判時 600 号 89 頁。 15 最判昭和 50 年 11 月 28 日民集 29 巻 10 号 1818 頁。

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化されるに至っている 16 (2) 最高裁昭和 48 年 12 月 20 日 盗難車両による事故における車両所有者の責任については,最判昭和 48 年 12 月 20 日民集 27 巻 11 号 1611 頁(本稿では「48 年最判」という。)が最初の判例 17であり, 運行供用者責任と不法行為責任のいずれについても判断を示した。 事案は,車両所有者であるタクシー会社Yが,ドアを施錠せず,エンジンキーを差 し込んだままの状態で車庫内に当該車両(同社のタクシーとして使用されるための装 備がなされていたもの)を駐車していたところ,同タクシー会社とは雇用関係等の人 的関係を何ら有していない者Aが,当該車両を窃取してタクシー営業をした上で乗り 捨てようと企て,夜間に車庫に侵入して当該車両を盗み出た後,当該車両でタクシー 営業を営んだうえに,過失により市電安全地帯に当該車両を接触させ,乗客Ⅹが傷害 を負った,というものである。XはYに運行供用者責任と,Yの従業員らの保管上な いし警備上の過失を理由とする使用者責任(民法715条)が認められると主張し, Yはこれらをいずれも争った。 原審である大阪高判昭和 46 年 11 月 18 日判タ 276 号 176 頁は,運行供用者責任につ いては,YとAとの間に人的関係がないこと,Yに運転利益が帰属しないこと,Aに 返還予定がなかったこと 18,Aの運転をYが許容すると期待できる関係になかったこ と,保管方法が杜撰であるとはいえ塀で囲まれた営業所内に保管されていたものをA が同所に侵入して窃取したものであること,といった事情を指摘して,「事故車に対す る第Yの支配は,Aが事故車を盗み出したときに排除せられ,本件事故のときには右 Aのみが事故車の運行を支配し,運行利益も同人に帰属していたものというべく,本 件事故につきYに運行供用者としての責任があるとすることはできない」と判示して 否定した。 また,不法行為責任についても,「あたかも,運転資格を問うことなく,一般通行人 の運転を許容するかのように,一般通行人の誰でもが極めて容易に運転できる状況に

16 最判昭和 46 年 7 月 1 日民集 25 巻 5 号 727 頁。法曹会・前掲注 1)64 頁以下。 17 法曹会・最高裁判所判例解説民事篇(昭和 48 年度)159 頁〔柴田保幸〕,椎木緑司・民商 71 巻 6 号 1080 頁以下(1975)。 18 事故車両にYの社名が大書されていたことが,Yの運行支配の継続を裏付けるかが問題となったが, 同判決はこの点を「乗り捨てたあとYになんらかの方法で回収される蓋然性が存在することは,容易に 考えられるところであるが,Aがその責任において返還を予定していたとは認められない」として否定 している。

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自動車を放置したため,運転無資格者や泥酔者が運転し,所有者がこれらの者に運転 を許容したのと同視できるような故意に近い重過失のある特殊な場合はさておき,少 なくとも本件のように,周囲をブロック塀で囲んだ営業所の構内に保管されていた自 動車が盗み出された場合には,保管上の手落ち自体をとらえて,運転自体の過失から 生じた事故との相当因果関係を肯定し,これを以て,保管上の過失による事故として の不法行為とすることはできない」と判示して,使用者責任を否定した 19 48 年最判は,運行供用者責任につき,控訴審の認定事実を前提に,「右事実関係の もとにおいては,本件事故の原因となった本件自動車の運行は,訴外Aが支配してい たものであり,Yはなんらその運行を指示制御すべき立場になく,また,その運行利 益もYに帰属していたといえないことが明らかであるから,本件事故につきYが自動 車損害賠償保障法3条所定の運行供用者責任を負うものでないとした原審の判断は, 正当として是認することができる。」とした。 また,不法行為責任についても,「自動車の所有者が駐車場に自動車を駐車させる場 合,右駐車場が,客観的に第三者の自由な立入を禁止する構造,管理状況にあると認 めうるときには,たとえ当該自動車にエンジンキーを差し込んだままの状態で駐車さ せても,このことのために,通常,右自動車が第三者によって窃取され,かつ,この 第三者によって交通事故が惹起されるものとはいえないから,自動車にエンジンキー を差し込んだまま駐車させたことと当該自動車を窃取した第三者が惹起した交通事故 による損害との間には,相当因果関係があると認めることはできない」とした上で, 本件の事実関係のもとでは「Yが本件自動車にエンジンキーを差し込んだまま駐車さ せていたこととXが本件交通事故によって被った損害との間に,相当因果関係がある ものということはできない」として上告を棄却した。 なお,「本件自動車が窃取された約 20 日前……にも,エンジンキーを差し込んだま ま本件自動車の駐車地点とほぼ同じ場所に駐車しておいたままタクシー車が窃取され たうえ乗り捨てられた」といった事情について,「Yの本件自動車の管理にはいささか 適切さを欠く点のあったことが認められる」としつつ,このことを考慮したとしても,

19 同判決は,Yの従業員らの保管上の手落ちが「Yに対する職務上の義務違背,すなわち債務不履行責 任上の過失」となること自体は認めつつも,「Aの事故車窃取という不法行為自体について,その共同不 法行為者としての過失責任を認めることに関しても,相当因果関係の点ですでに困難というべきであり, まして,Aが事故車を運行することにより発生させた本件事故と,前記のような保管上の手落ちとの間 に相当因果関係があるものとは到底認められない」としている。

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相当因果関係が否定されるとの判断は左右されないとしている。 (3) 最高裁判例の評価 ア 運行供用者責任について 48 年最判は,「本件自動車の運行は,訴外Aが支配していたものであり,Yはなん らその運行を指示制御すべき立場になく,また,その運行利益もYに帰属していたと いえないことが明らか」と判示しているから,二元説から説明することができ,かつ, 運行支配を「指示制御すべき立場」と解していることが明らかで,供用者責任につい ての判断枠組みは,泥棒運転以外の他の判例の流れに沿うものである。 したがって,48 年最判は泥棒運転について一定の場合に運行供用者責任を認めるこ とまで排除していないと解される 20。もっとも,48 年最判は,運行供用者責任につい て客観的容認説・管理責任説など特定の学説に立脚したものとみることはできない 21 イ 不法行為責任について 48 年最判は,不法行為責任については,前述のような一般論を一応示したものの, あくまで本件における事実関係に沿った範囲のものでしかない以上,盗難車両による 事故一般における判断基準を示したものとは言い難い。 ただ,48 年最判の判示内容は限定的であり,道路上に自動車を無施錠でエンジンキ ーを差し込んだまま駐車していたところ窃取された場合における窃取者による事故の 場合にまで相当因果関係を否定する趣旨までは含んでいないとみることができる 22 他方で,48 年最判の判示が「このことのために,通常,右自動車が第三者によって 窃取され,かつ,この第三者によって交通事故が惹起されるものとはいえないから」 としている点からは,盗難自動車の事故の場合,少なくとも「自動車の所有者が駐車 場に自動車を駐車させる場合,右駐車場が,客観的に第三者の自由な立入を禁止する 構造,管理状況にあると認めうるとき」であれば相当因果関係を否定する趣旨である, と理解することも一応可能とみられる 23

20 最判昭和 57 年 4 月 2 日集民 135 号 641 頁は,シンナー遊びをしていた少年ABが,キーを付けたま まドアロックをせずに公道上に駐車してあったC会社社有の自動車に乗り込み,Aがこれを窃取して運 転中,電柱に衝突させてBが死亡した事案である。ABは共同運行供用者であったとしたうえ,Bの運 行支配はC会社のそれに比し直接的,顕在的,具体的であるとして,自賠法3条の「他人」には当たら ないとした原審名古屋高判昭和 56 年 7 月 16 日判時 1010 号 61 頁を是認した。C会社に運行供用者責任 が認められることが前提とされている。 21 最判平成 20 年 9 月 12 日集民 228 号 639 頁は,泥棒運転ではなく無断運転の事案であるが,客観的容 認説に立っているとみられる。 22 柴田・前掲注 16)168 頁 23 後掲東京地判平成 8 年 8 月 22 日判タ 938 号 206 頁や東京地判平成 22 年 11 月 30 日交民 43 巻 6 号 1567

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なお,48 年最判は,損害との相当因果関係の有無の起点となる事実(加害行為)に ついては「本件自動車にエンジンキーを差し込んだまま駐車させていたこと」を挙げ ているが,これに「過失」が認められるか否か,注意義務違反の具体的内容はいかな るものか,といった点は明示されていない 24

4.下級審裁判例

(1) 運行供用者責任 ア 運行供用者性 下級審裁判例においても,公道上であるとか,塀がなく公道に面している敷地など, 第三者が容易に出入りできるような場所に,キーを車内に残したまま無施錠で放置し ていたようなケースにおいては,その後の窃取者による事故について車両所有者の運 行供用者責任を肯定している例が散見される 25。また,結論として運行供用者責任を 否定した裁判例も,(その判断基準や根拠等は区々であるが)一定の場合に盗難車両所 有者の運行供用者責任を認めることを前提にした判示となっている。 その多くは,客観的にみて他人による無断運転を許容したものと同視し得るかとい う観点から判断するものであり 26,客観的容認説を前提にしているものとみられる。 また,保有者の車両管理上の過失があることを理由に運行供用者責任を認めた裁判 例もあり 27,管理責任説を前提にしたものとみられる。その他,車両所有者が盗難車 両を第三者の自由使用に委ねたものと評価し得るか否かという観点から判断するもの 28も僅かにみられる。ただ,いずれの裁判例上の立場においても,その判断の基礎と なる事情は概ね同様であり,車両保管場所の状況・車両管理上の落度の内容や程度・ 窃取者と所有者との人的関係の有無や内容・返還予定の有無・所有者において盗難後 の運行を阻止する努力の有無,といった事情を基礎として判断している 29 30

頁は,この点を重視したものとみることもできる。 24 確かに,「Yの本件自動車の管理にはいささか適切さを欠く点のあったことが認められる」との指摘 はみられるものの,これはYの管理上の落度が相当因果関係の判断に影響するか否かといった判断の中 で示されたものであり,不法行為における過失の有無について判示しているものではない。 25 札幌地判昭和 55 年 2 月 5 日交民 13 巻 1 号 186 頁,大阪地判平成 13 年 1 月 19 日交民 34 巻 1 号 31 頁, 東京地判平成 22 年 11 月 30 日交民 43 巻 6 号 1567 頁。 26 東京地判昭和 52 年 3 月 24 日下民 28 巻 1~4 号 290 頁,東京高判昭和 54 年 12 月 27 日交民 12 巻 6 号 1481 頁,札幌高判昭和 59 年 5 月 31 日交民 17 巻 3 号 617 頁,盛岡地判昭和 61 年 12 月 22 日交民 19 巻 6 号 1715 頁,東京高判昭和 62 年 3 月 31 日東高民時報 38 巻 1~3 号 15 頁,広島地判平成元年 6 月 30 日交 民 22 巻 3 号 803 頁,東京地判平成 7 年 8 月 30 日交民 28 巻 4 号 1225 頁等。 27 大阪地判平成 13 年 1 月 19 日交民 34 巻 1 号 31 頁。 28 東京地判平成 3 年 11 月 14 日交民 24 巻 6 号 1426 頁。 29 前掲東京地判平成 3 年 11 月 14 日交民 24 巻 6 号 1426 頁は,「泥棒運転されたことによる事故に対す

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結局,盗難車両による事故における車両所有者の運行供用者責任については,自賠 法3条非適用説を採用しているとみられるものは見当たらず,上記のような基礎事情 をもとに,盗難車両による事故の発生を車両所有者に帰責させ得るような場合には, その運行供用者責任を肯定するという方向で裁判例上一致している 31 イ 相当因果関係 運行供用者責任における相当因果関係は,運行と損害に相当因果関係があれば足り るのが通常であるから,相当因果関係の有無が争点となることは通常考え難いのでは ないかと思われる。 (2) 不法行為責任 ア 管理上の過失 下級審裁判例も,48 年最判と同様に,過失について具体的な判断をしないまま,相 当因果関係を否定して不法行為責任を否定したものが散見される 32 もっとも,一般に「自動車又は原動機付自転車を離れるときは,その車両の装置に 応じ,その車両が他人に無断で運転されることがないようにするため必要な措置を講 ずること」が義務付けられている(道路交通法71条5号の2)。 そのため,車両窃取が可能な状態になっている場合,車両所有者には何かしらの過 失が認められる場合は多く,裁判例上も,第三者による立入りの容易な保管場所や公 道上に,無施錠のままキーを車内や車両付近に置いていたようなケースでは,車両所 有者の過失を認めている 33

る当該車両の保有者の運行供用者責任の有無は,車の管理上の過失の内容・程度,窃取者の乗り出しの 態様,返還予定の有無,窃取と事故との時間的・場所的間隔等を総合判断して定まる」との基準を示し ている。 30 小西義博「自賠法3条の『運行供用者』の意義」飯村敏明編・現代裁判法体系6巻 83 頁(1998)は, 運行支配(支配可能性)の判断事情として,「①窃取場所・窃取態様,②自動車やその鍵の保管状況,③ 窃取から事故までの時間的場所的間隔,④被害者の側の措置等が考えられる」とする。 31 小川英明=佐々木和彦=浦川道太郎編・交通損害賠償の基礎知識(上巻)59 頁〔伊藤文夫〕(1995)は, 「ただし,どのような場合に管理上の瑕疵ないし過失があった,あるいは客観的にみて第三者による運 転を容認していたと評価しうるかについては必ずしも統一化が図られるまでに事例の集積はなされてお りません」と指摘していた。現在では裁判例の集積も進みつつあり分析の価値があろう。 32 東京地判昭和 52 年 3 月 24 日下民 28 巻 1~4 号 290 頁,名古屋地判昭和 61 年 6 月 27 日交民 19 巻 3 号 907 頁,横浜地判昭和 61 年 7 月 14 日交民 19 巻 4 号 970 頁,名古屋地判平成 2 年 8 月 8 日交民 23 巻 4 号 980 頁。 33 大阪地判昭和 61 年 3 月 27 日交民 19 巻 2 号 426 頁,盛岡地判昭和 61 年 12 月 22 日"交民 19 巻 6 号 1715 頁,福岡地判昭和 62 年 10 月 13 日判時 1260 号 28 頁,東京地判平成 3 年 11 月 14 日交民 24 巻 6 号 1426 頁,東京地判平成 7 年 8 月 30 日交民 28 巻 4 号 1225 頁,大阪地判平成 12 年 3 月 13 日交民 33 巻 2 号 518 頁,大阪高判平成 12 年 12 月 12 日判タ 1071 号 219 頁,東京地判平成 22 年 11 月 30 日交民 43 巻 6 号 1567 頁。

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裁判例上,管理上の過失を否定した例としては,路上に倒れた者の様子を見ようと したところ同人に乗り逃げされたケース 34や,自宅内にキーを保管していたものの過 去に家出した人物が深夜に宅内に侵入してキーを盗み出したケースがある 35「外部と は区画された専用の駐車場に」「ドアを施錠の上、従来どおり、エンジンキーを右前輪 泥よけ内側の L 字型金具に掛け、泥よけを降ろしてエンジンキーを見えないように隠 した」「四トン貨物車」が盗まれたケースで,過失を否定したものもみられる 36 イ 相当因果関係 下級審裁判例において,判断や評価が最も大きく分かれているのは相当因果関係で ある。 ① 総合評価によるもの 下級審裁判例の傾向としては,管理上の有責性の程度や,運行開始と事故との時間 的場所的近接性といった事情を総合的に考慮して,相当因果関係の有無を判断してい るものが多くみられる 37 ② 管理上過失の残存を要件とするもの 東京地判平成 3 年 11 月 14 日交民 24 巻 6 号 1426 頁は,「管理上の過失と生命侵害と の間に相当因果関係が肯定されるには,窃取後比較的短時間で事故が発生し,加害車 両が未だ管理の影響下を脱出せず,管理上の過失に包まれていて,その残存があると いえる場合に,管理上の過失が事故発生に影響し,当該過失と当該事故と相当因果関 係があるものとすべきである」とする 38 ③ 相当因果関係の判断を緩和しないもの 東京地判平成 8 年 8 月 22 日判タ 938 号 206 頁は,①のような総合評価をせず,「被 告の車両の保管管理と本件事故の発生との間には,第三者の故意による車両窃取と運 転走行上の過失行為が介在するのであるから,右両者の間に相当因果関係があるとは

34 東京高判昭和 62 年 3 月 31 日交民 20 巻 2 号 316 頁。 35 広島地判平成元年 6 月 30 日交民 22 巻 3 号 803 頁。 36 東京地判平成 8 年 8 月 22 日判タ 938 号 206 頁。 37 【肯定例】として,大阪地判昭和 61 年 3 月 27 日交民 19 巻 2 号 426 頁,盛岡地判昭和 61 年 12 月 22 日交民 19 巻 6 号 1715 頁,福岡地判昭和 62 年 10 月 13 日判時 1260 号 28 頁。【否定例】として,東京地 判昭和 52 年 3 月 24 日下民 28 巻 1~4 号 290 頁,名古屋地判昭和 61 年 6 月 27 日交民 19 巻 3 号 907 頁, 横浜地判昭和 61 年 7 月 14 日交民 19 巻 4 号 970 頁,名古屋地判平成 2 年 8 月 8 日交民 23 巻 4 号 980 頁, 東京地判平成 3 年 11 月 14 日交民 24 巻 6 号 1426 頁,東京地判平成 7 年 8 月 30 日交民 28 巻 4 号 1225 頁 38 同裁判例は,「管理上の過失」と「事故発生」との相当因果関係を問題にしているから,運行支配の 残存よりも要件としてはハードルが高いと思われる。

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認められず,また,同被告において本件事故の発生を予見し,又は予見できたものと も認められない」と判示して,相当因果関係を否定している(管理上の過失も否定)。 東京地判平成 22 年 11 月 30 日交民 43 巻 6 号 1567 頁も,これと同様の裁判例といえ, 「被告には被告車両の保管について非難されるべき事由があるが,そのことと本件事 故との間には,第三者が被告車両を窃取し,その車両で不注意な運転をして事故を起 こしたという事実があるから,上記の非難されるべき事由があることをもって,過失 によって本件事故を発生させたということはできない」と判示した。 ③の2つの裁判例は,管理上の有責性の程度や時間的場所的近接性といった事情の 検討を経ない判断をしており,盗難車両による事故について,「窃取者が車両を窃取し たという故意行為」と「当該窃取者が事故を発生させたという過失行為」の介在を強 調した判断であると評しうる。 特に,東京地判平成 22 年 11 月 30 日は,運行供用者責任について「被告は第三者が 運転することを容認していたと同視されると評価されてもやむを得ない」として肯定 しつつ,不法行為責任については「被告には被告車両の保管について非難されるべき 事由があるが,そのことと本件事故との間には,第三者が被告車両を窃取し,その車 両で不注意な運転をして事故を起こしたという事実があるから,上記の非難されるべ き事由があることをもって,過失によって本件事故を発生させたということはできな い」とのみ判示して否定しており,運行供用者責任と不法行為責任の判断が分かれた という点でも特徴的である。 このような判断は,不法行為責任における相当因果関係についての 48 年最判の「こ のことのために,通常,右自動車が第三者によって窃取され,かつ,この第三者によ って交通事故が惹起されるものとはいえない」との判示を特に意識した判旨と考えら れ,管理上過失と事故発生の相当因果関係を厳格に認定する立場と思われる。

5.東京地判平成 30 年 1 月 29 日(請求棄却・控訴。現在上告中)

(1) 事案概要 東京地判平成 30 年 1 月 29 日自保 2017 号 162 頁は,車両所有者である会社Yが,従 業員の通勤等のために社員寮に合計3台の車両を駐車して保管していたところ,本来 であればこれらの車両のキーは社員寮建物内にある鍵掛け用フックに保管されること になっていたものの,Y従業員が,1台について無施錠のまま,キーを同車両運転席 頭上部分の日よけに挟み込んだままで放置したところ,その約7時間後に,Yと人的

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関係のないAが当該車両を窃取し,さらにその約5時間後に,Aが居眠り運転をして 路上駐車中のⅩ1車両にY車を衝突させ,はずみでⅩ1車を対向のⅩ2車に衝突させ るなどした事案である。本件では物件損害のみの請求がなされたことから,運行供用 者責任は問題とならず,専ら不法行為責任のみが争われた。 (2) 判旨 ア 管理上の過失 同判決は,「駐車場の南側すべてが公道に面しており,公道から本件敷地内への進 入を妨げるような壁や柵等はなく,無関係な第三者の自由な立入を禁止するような構 造や管理状況にあったとは認められず,このような本件駐車場の状況に照らせば,第 三者が公道から本件駐車場に出入りすることは可能であったのであるから……車両を 施錠した上でその鍵を第三者が使用できないように管理するべき注意義務があった」 とした。その上で,Y従業員が当該車両のドアを施錠せず,同車の運転席の上部にあ る日よけに同車の鍵をはさんだままにして一定時間放置していたことを指摘して,「上 記注意義務に違反した管理上の過失がある」と判示した。 イ 相当因果関係 同判決は,「前記……の管理上の過失があった結果として,Aが本件駐車場からY車 を窃取して運転し,その後居眠りをしたことで先行事故に起因して本件事故を惹起さ せているから,Yの管理上の過失と本件事故による損害との間に条件関係は認められ る」としながらも,「しかしながら,Aは,意図的にY車を窃取し,その後居眠りをし て先行事故を起こして本件事故を惹起しており,このような故意によるAの窃取行為 に加え,居眠り運転というA運転走行上の重過失が介在していることを考慮すると, Yの管理上の過失から本件事故による損害が発生するのが社会通念上相当であるとは 認め難い」と判示して,相当因果関係を否定した。 (3) 本判決の評価 本判決の上記判示のうち,Yの車両管理上の過失の認定については,前述した裁判 例の傾向と一致するものといえ,結論としても妥当なものと思われる 39

39 Yは,Aの犯行は自動車を物色し廻った上の偶発的ではない犯行であり,本件独身寮付近で車両盗難 が多発していたという事実もないこと,当該車両はエンジンが切られた上で,鍵が抜かれて日よけに挟 まれており,車両や鍵の保管態様として特に非難されるべきものではないことを指摘して,管理上の過 失はなかったと主張していたが,本判決はこの点について「前記本件駐車場の状況に照らせば,第三者 において公道から本件駐車場に出入りが可能であり……ドアの施錠がなければ第三者において車内を探 すことができ,しかも運転席の上部の日よけ部分という比較的発見しやすい場所に鍵を挟んだままにし

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また,相当因果関係については,前述の判示部分をみる限りでは,「故意によるAの 窃取行為」と「居眠り運転というAの運転走行上の重過失」が介在していることを理 由に,相当因果関係を否定したものであり,前記東京地判平成 8 年 8 月 22 日や東京地 判平成 22 年 11 月 30 日と同様の判断をしているようにも見える。 もっとも,同判決は,相当因果関係があるとする被害者側の主張に対して,本件の 駐車場の状況や具体的な駐車態様を指摘して,「エンジンキーを点火装置につけたまま 道路上等に駐車していたのとは,一線を画する保管状況にあった」と判示している。 加えて,同判決は,「Yの管理上の過失が直ちに本件事故発生の危険につながりうる程 大きなものであったとまでは評価できず」と判示している上,Aの運転開始から事故 発生に至るまでの時間的場所的近接性をも検討した上で 40,相当因果関係を否定して いる。これらの判示内容からすると,本判決は,前述した多数の裁判例と同様に,管 理上の有責性の程度や,運行開始と事故との時間的場所的近接性といった事情を総合 的に考慮して,相当因果関係の有無を判断したものとも考えられる。 ところで,本判決は,介在事情となる窃取者の運転上の「重過失」を認定している という特徴がみられる。 ただ,本判決の判示をみると,「居眠り運転というAの運転走行上の重過失」がある ことを強調して相当因果関係を否定しているというわけではない。東京地裁民事第 27 部は居眠り運転を「重過失」の一例として挙げており 41,これに倣った判示であると みられるが,事故原因となった運転者の過失が重過失に至らない場合には相当因果関 係を肯定する,という趣旨まで含むものではないと考えられる。 私見としては,確かに本件では,盗難車両は公道に面した塀等のない平面駐車場に 無施錠で置かれていたものであるが,エンジンキーは差したままではなく外されてサ ンバイザーに挟まれていた上,運転席は公道から直接視認できないよう駐車されてい たほか,当該駐車場は社員寮と同じ敷地内にあり社員寮から目視できる場所にあった。 このような保管状況で第三者が車両を窃取するということの異常性は大きい上,窃取

ておくという点において……窃取される恐れのある態様で保管されていたと評価することができる」と して,Yの主張を排斥している。 40 本件では,窃取場所と本件事故現場との距離があまり離れていないという特色があったが,そのよう な距離の点は「Aが道に迷って東京と神奈川を行き来していたことによるものであることも考慮すると, この点から直ちにYの管理上の過失と本件事故による損害との間に相当因果関係があると認めることは できないというべきである」と判示しており,保管場所と事故場所の単純な距離ではなく具体的な運行 距離を考慮して判断している。 41 民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準[全訂 5 版]別冊判タ 38 号 59 頁。

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者が約5時間にもわたって運転し続けた末に居眠り運転を起こすなどということの異 常性も大きい以上,本判決の結論には賛成できる。また,窃取行為とその後の事故と いう2つの介在事情が,相当因果関係の有無に関して明示的に指摘されており,理由 付けについても妥当であると考える。

6.検討

(1) 判断上の視点(特に不法行為上の相当因果関係について) 盗難車両による事故における車両所有者の責任については,運行供用者責任の判断 や,不法行為責任における過失の認定は,48 年最判以降,裁判例上の傾向としては概 ね統一的である。他方で,不法行為責任における相当因果関係の認定については,必 ずしも統一的な判断がなされているとはいえず,今後さらに検討を要する。 そもそも,盗難自動車による事故の場合に不法行為上の相当因果関係が問題となる のは,盗難車両所有者の「過失」と損害との間に,①第三者による故意の窃取行為と ②盗難車両運転者の過失による事故発生という,車両所有者が自らコントロールし得 ない2つの介在事情が存在することにある 42 そのため,相当因果関係の有無を判断する上では,この点を捨象して抽象的に「管 理上の過失の大小」や「事故との時間的場所的近接性」から判断することは妥当でな く 43,あくまで,車両所有者の管理上の過失が,(ⅰ)第三者による車両窃取という事 態を通常生じさせ得るといえるか否か,(ⅱ)盗難車両がその後に運転されて交通事故 が発生するという事態を通常生じさせ得るといえるか否か,という点に対する評価が 不可欠であると考える 44 ただ,車両保管上の過失と損害との間に相当因果関係を認めるべきケースというの は実際に生じ得る 45以上,前掲東京地判平成 8 年 8 月 22 日や東京地判平成 22 年 11 月 30 日の判示のように,①②の介在事情があることをもって直ちに相当因果関係を否 定すること 46には賛同し難い。前掲東京地判平成 30 年 1 月 29 日が指摘するとおり,

42 このような介在事情についての指摘は,柴田・前掲注 16)168 頁にもみられる。 43 數井・前掲注 10)53 頁は,判例のいう「時間的場所的」という基準の概念は広く曖昧といえ,なる べく明確な判断基準があるべきであると指摘する。 44 もっとも,裁判例の多くは,明示的に評価判断していないというだけで,実質的には同様の検討を行 って結論を導いているとみることもできる。管理上の過失の内容・程度や時間的場所的近接性は, (ⅰ)(ⅱ)を評価検討する上で基礎となる事実といえる。 45 前掲注 37【肯定例】参照。 46 ただ,これはあくまで判文上そのように解釈し得るに過ぎず,実際には,いずれの判決も介在事情が あることのみをもって直ちに相当因果関係が否定されるということまで明示しているわけではない。

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車両保管上の過失と損害との間に条件関係は一応認められるのであって,①②の介在 事情は,あくまで因果関係を否定すべき程に異常なものと評価し得るかという観点か ら検討されるべきである。 また,上記(ⅰ)(ⅱ)の判断は,いずれかが通常生じさせ得るとは言い難いと認めら れれば相当因果関係を否定するといった形でなされるべきものではなく,総体的に評 価判断されるべきものと思われる。 なぜなら,例えば大型の作業車などは,確実な運転操作を行うには一定の技術や経 験が必要であるが,他方で車庫内での保管などが困難であり平面駐車場に保管される ことが多いと思われ,その場合,自社敷地内で保管しており公道から距離があるため 上記(ⅰ)については発生可能性がさほど高くなかったとしても,仮に窃取された場合 には窃取者が事故を発生させる可能性(上記(ⅱ))は類型的に高いといえ,そのよう な場合の相当因果関係の判断を,普通乗用車自動車などの一般的な車両と同様に扱う ことはできないように思われる。 他方で,例えば第三者による窃取が容易であるからといって,その後の盗難車両に よる事故発生までをも通常生じさせ得るとはいえない場合には,相当因果関係が否定 されるという結論もあり得るように思われる(特に自動運転車の場合,そのようなケ ースが生じる可能性は現在よりも大きくなることが考えられる。)。 (2) 運行供用者責任と不法行為責任の判断上の相違点 前述のとおり,東京地判平成 22 年 11 月 30 日は,運行供用者責任については客観的 容認説の立場から肯定しつつ,不法行為責任については「過失によって本件事故を発 生させたということはできない」として否定しており,運行供用者責任と不法行為責 任の判断が分かれている。 確かに,同判決は不法行為上の相当因果関係について画一的に否定する立場である ようにも見え,それゆえ上記判断が分かれたとみることも一応できるが,そうではな い多くの裁判例における立場からも,運行供用者責任と不法行為責任の判断が分かれ ることはあり得る。 これは,運行供用者責任と不法行為責任の要件や判断構造の違いから,前述の①第 三者による故意の窃取行為と②盗難車両運転者の過失による事故発生という2つの介 在事情の位置づけが異なることによるものであるといえる。 すなわち,運行供用者責任の場合,損害との因果関係が問題になるのはあくまで「運

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行」であり,車両窃取やその後の事故発生といった事情は,責任発生原因である運行 供用者性の判断事情として考慮されるに過ぎない。 他方で,不法行為責任の場合,損害との因果関係が問題になるのは「過失」であり, 管理上の過失があったとしても,そこから損害が発生するに至るまでの因果経過上, 車両窃取やその後の事故発生といった事情が阻害的に介在することになる。 運行供用者責任 運行 → 事故 → 損害 不法行為責任 管理 →窃取 →運転 → 事故 → 損害 そして,運行供用者責任については,前述のとおり客観的容認で足りるとされるな ど適用範囲に広がりが見られているが,不法行為における相当因果関係の判断につい ては,そのような状況にない。条件関係さえあれば不法行為上の因果関係を認めると いう立場であればともかく 47,そのような前提に立たない限りは,不法行為責任につ いての適用範囲の広がりを認めることは現行法上困難といえる。 (3) 相当因果関係についての判断と社会的変化 前述のとおり,盗難車両による事故における車両所有者の不法行為責任における相 当因果関係の有無を判断する上では,車両所有者の管理上の過失が(ⅰ)第三者による 車両窃取という事態を通常生じさせ得るといえるか否か,(ⅱ)盗難車両がその後に運 転されて交通事故が発生するという事態を通常生じさせ得るといえるか否か,という 点に対する総体的な評価判断がなされるべきである。 そして,48 年最判当時の社会的背景としては,現在と異なり,自己使用目的での車 両盗難という事態が生じる可能性が低くなく,運転免許や自動車の普及率も現在より 低かったといった事情が窺われる 48

47 前掲東京地判平成 30 年 1 月 29 日も,「管理上の過失と本件事故による損害との間に条件関係は認め られる」としながらも「管理上の過失から本件事故による損害が発生するのが社会通念上相当であると は認め難い」と判示している。 48 当該事案当時は車両盗難が頻発していたことや窃取者による事故の発生可能性が高いことを理由に 48 年最判の結論に反対するものとして,椎木・前掲注 17。また,48 年最判の原々審である大阪地判昭 和 45 年 5 月 28 日交民 6 巻 6 号 1710 頁では,「自動車管理者において自動車を容易に持出し運転し得る 状態に放置しておくことは,何人かによってその自動車を無断で運転され,かつ当該無断運転者が無免 許者である場合は勿論のこと,そうでない場合であっても,現在の大阪市ならびにその周辺地域におけ る様ないわば危険な道路交通事情のもとにあっては無断運転者が第三者に対し自動車運転上の過失によ

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しかしながら,現在では,Nシステムの設置やドライブレコーダーの普及などによ って,車両窃取の犯行が発覚する可能性は飛躍的に高まっている上,自動車の盗難防 止向けセキュリティ技術も日々向上している。 そして,このような社会的技術的発展は,第三者が車両を窃取するという事態(上 記(ⅰ)の点)を通常生じ難いものにするという変化を生じさせるものである。 また,車両窃取者が交通事故を発生させるという事態が通常生じ得るか否か(上記 (ⅱ)の点)については,窃取者による車両の運転が事故を招来しやすいという論理必 然性はなく 49,むしろ,窃取者は犯行発覚をおそれるのが通常であることから,事故 が生じないよう注意深く運転するということも十分に考えられる。 加えて,交通ルールの普及徹底や,自動車の自動ブレーキ等の事故発生を抑制する 技術の発展などは,車両窃取者が交通事故を発生させるという事態(上記(ⅱ)の点) を通常生じ難いものにするという変化を生じさせるものである。 このように,不法行為における相当因果関係の判断は,その当時における社会的情 勢や技術的環境等により,(ⅰ)第三者による車両窃取が通常生じるといい得るか,(ⅱ) 盗難車両が運転されて事故を発生させることが通常生じるか否か,といういずれの点 についても影響を受け,そのような影響が相当因果関係の範囲に広狭を生じることも あり得ると考えられる。

7.自動運転との関係

(1) 運行供用者責任 自動運転車の運行についても,車両所有者に運行利益と運行支配が認められ得る 50 以上,従来の車両盗難のケースであれば,自動運転車の盗難事例でも判断手法に影響 はなく,前述した裁判例にみられるとおり,客観的にみて他人による無断運転を許容 したものと同視し得るかといった観点から判断されることになると思われる。 また,車両窃取の方法がハッキングによるもので,窃取者の遠隔操作等により事故

り損害を与えることがあり得ることは何人にとっても相当の注意をすれば容易に予測し得るものと認め られ,従ってこれを排除すべきものとする特段の事情の認められない本件にあっては,……相当因果関 係があるものと認めるべきである」との判示がみられる。ただ,同事案は,そのような事情があったと しても,上記(ⅱ)の点の異常性がみられることから相当因果関係を否定したとみることができる(原審 である後掲大阪高判昭和 46 年 11 月 18 日参照)。 49 48 年最判の原審である大阪高判昭和 46 年 11 月 18 日判タ 276 号 176 頁も,その当時から「たとえ無 断運転ないし泥棒運転であっても,好んで事故を起す者はなく,事故そのものは多く運転上の注意の不 足という運転者たる人の意思によって左右される性質のもの」であると指摘している。 50 藤田友敬「自動運転と運行供用者の責任」ジュリ 1501 号 23 頁以下(2017)。

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が惹起された事案では,車両所有者に運行支配も運行利益も認められないことになる という指摘がなされている 51 ただ,このようなハッキングによる車両盗難の場合であっても,そのハッキングを 許した原因が,例えばセキュリティ上の脆弱性が発覚してソフトウェアの更新を実施 すべきことが周知されていたにもかかわらず,車両所有者がこれを漫然と怠り放置し ていたような場合には,客観的にみて他人による無断運転を許容したものと同視し得 るといった理由で,運行供用者責任が認められる可能性はあると考えられる。 (2) 不法行為責任 車両所有者の管理上の過失の有無についても,自動運転車の場合であっても,その 判断に変わるところはないと思われる(セキュリティ上の問題を放置したなどといっ た,新しい類型の注意義務違反が認められるようになることはあり得る。)。他方で, 管理上の過失と損害との間の相当因果関係の点については,自動運転の発展が及ぼす 影響を受けると思われる。 具体的には,自動運転のレベル 52の高まりに応じて,車両運転者が窃取者であろう とそれ以外の者であろうと,当該車両による事故発生の可能性は差が生じない可能性 が高まることになり,盗難車両がその後に運転されて交通事故が発生するという事態 を通常生じさせ得るかという観点(前記(ⅱ)の点)からは,相当因果関係がより否定 されやすくなると考えられ 53,物件損害については不法行為責任や製造物責任によら ざるを得ないものの救済は困難という指摘もなされている 54 ただ,不法行為責任についても一律に否定されることにはならず,前述のとおり, 管理上の過失を前提として,前記(ⅰ)(ⅱ)の事態発生の異常性の大小を通じて評価判 断されることになるから,盗難自動車の自動運転による事故の場合であっても,なお 不法行為責任が認められ得るケースはあり得る。 例えば,セキュリティ上の脆弱性を放置した状態の車両を,遠隔操作で移動させる

51 肥塚肇雄「自動運転者事故の民事責任と保険会社等のメーカー等に対する求償権行使に係る法的諸問 題」保険学雑誌第 641 号 75 頁(2018)。

52 自動運転のレベルとその内容については,SAE J3016: Taxonomy and Definitions for Terms Related

to Driving Automation Systems for On-Road Motor Vehicles (https://www.sae.org/standards/content/j3016_201609/)参照。

53 特に,レベル5の完全自動運転の場合,運転者が窃取者であろうと無免許者であろうと,それが事故

発生の危険を高める事情とならないということになりかねず,この点を強調すると,相当因果関係を肯 定することは相当困難になると思われる。

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には危険な環境に駐車していたというような場合,その車両所有者の管理上の過失と 損害との間に相当因果関係を認めることも一応可能であると思われる。 むしろ,遠隔操作が可能な自動運転車の場合,窃取者が事故時に当該車両に乗車し ていなくとも事故を発生させることが可能であるという特徴がある。その場合,ハッ キングにより遠隔操作で自動車を運転している者は,自ら盗難車両を運転する窃取者 よりも,事故発生を回避しようというモチベーションが少なく,かえって因果関係を 肯定すべき範囲が広がる可能性も考えられる。 例えば,ハッキングにより自動車を遠隔操作した上で,当該車両を他の人や物に故 意に衝突させるなどの行為に及ぶ者が現れた場合,セキュリティ上の対策を怠ったこ とに対する管理上の過失が大きい車両所有者は,その過失と損害との間に相当因果関 係を認められることもあり得ると考える。 以上

参照

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