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「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施 のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか :  東アジア国際関係の視点から

著者 黒杭 良美

雑誌名 同志社法學

巻 70

号 2

ページ 765‑805

発行年 2018‑03‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000342

(2)

    「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 同志社法学 七〇巻二号三五三七六五

――東アジア国際関係の視点から――

           

 

   

   

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(3)

   同志社法学 七〇巻二号三五四 「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 七六六    

はじめに

  本論文の目的は、中国・ASEAN間で「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」(以下、「ガイドライン」)が合意された要因について、東アジアの国際関係の視点から再検討するものである。

  近年、南シナ海問題に対する関心が高まっている。二〇一六年七月一二日には、南シナ海問題をめぐる中比国際仲裁裁判による判断が下され、それについて各国の対応がメディアでも大きく報道された。さらに、二〇一四年以降、中国による南シナ海上での人工島の建設とその「軍事化」が定期的にメディアで明らかにされるようになり、アメリカはそれに対抗するかのように「航行の自由」作戦を実施している。これらに代表されるように、南シナ海情勢について緊張が高まっているという認識と南シナ海問題への関心が、国際社会において一層高まっていると言えるだろう。

  中国の南シナ海における対外行動の「強硬化」は二〇一〇年ごろから目立つようになり、関係国からの懸念が高まっていたさなかの二〇一一年七月に、中国とASEANは「ガイドライン」に合意した。二〇〇二年の「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)」(以下、「行動宣言」)合意後、南シナ海情勢の緊張緩和とされる時期を含め、約六年の歳月を経てのことであった。

  法的拘束力のない政治的文書である「行動宣言」は、法的拘束力をもつ「行動規範(COC)」締結へと将来的につなげることをうたっており、その交渉は今日にいたっても継続している。「ガイドライン」合意はそのプロセスの一部

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    「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 同志社法学 七〇巻二号三五五七六七 として実現したものであり、「行動宣言」合意に続いて重要な画期とされる。それゆえ、多くの先行研究が「ガイドライン」合意に言及するものの、そのほとんどは、なぜ大国である中国が小国の集団であるASEANと「ガイドライン」に合意したのかという点に注目したものである。

  以上を踏まえ、本論文は、なぜ中国とASEANが二〇一一年に「ガイドライン」に合意したのか、もしくは可能だったのかを明らかにすることを目的とする。先行研究の問題点を補うために、そもそも各国の「ガイドライン」に対する交渉の目的はどのようなものであったかという点に着目する。その上で、関係各国は、当時の東アジア国際関係において存在した他のイシューとの比較の中で南シナ海問題を位置づけていた点を重視する。交渉は少なからず、同時期に問題となっている他イシューの影響を受ける。また、交渉におけるその目的と問題の優先順位は相互に影響を与え合っており、これらを明らかにすることは、「ガイドライン」の交渉がなぜ開始され、どのようなプロセスを経たのちに合意に至ったのかを包括的に理解するうえで重要である。

  本論文の構成は以下の通りである。第一章では、先行研究とその問題点を指摘し、それを補うための分析視点である交渉の目的と優先順位について確認する。第二章では「ガイドライン」をめぐる交渉における各アクターの目的と、「ガイドライン」の草案内容と実際の合意内容を比較し検討する。第三章では、南シナ海問題の優先順位を意識しながら、交渉プロセスを概観することで、「ガイドライン」合意を可能にした要因を明らかにする。

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   同志社法学 七〇巻二号三五六 「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 七六八

第一章  先行研究と分析視点

第一節  先行研究とその問題点・問い

  二〇一一年七月に、中国とASEANは「行動宣言実施のためのガイドライン(以下、「ガイドライン」)」

に合意した。これは、「行動宣言」の重要性を再確認し、そこに示されている協力活動の実施を導くものである。二〇〇二年の「行動宣言」合意後から、中国は南シナ海問題に関して比較的柔軟な姿勢となり、それゆえ南シナ海をめぐる状況の緊張も緩和したと指摘するもの

)(

がほとんどである。二〇〇五年から二〇〇八年には、その「行動宣言」を初めて体現する中国・フィリピン・ベトナムの三カ国で南シナ海の共同調査が行われる一方、「行動宣言」そのものには限界があるといった評価も多くなされた

)(

。その理由は、各係争国間での信頼が欠如しているうえに、「行動宣言」を遵守するかどうかは各国の努力次第であり、「行動宣言」の内容に違反するような行動が次第に目立つようになったことが挙げられる。そのような中で、二〇〇〇年代後半ごろから、中国の強硬(積極的な)姿勢とそれに対抗する係争国のうごきを受けて、南シナ海問題をめぐる状況は再び緊張することとなった

  そのような状況下での「ガイドライン」合意をめぐっては、なぜ中国が合意をしたのかについて、多くの研究が南シナ海問題の非係争国であるアメリカの存在と関連づけたうえで言及している。この問いの背景には、多国間での問題解決を嫌って交渉を引き延ばしてきた中国が、小国であるASEANに歩み寄ったという前提がある。そして、中国は「ガイドライン」に合意することで、二〇一〇年のASEAN地域フォーラム(ARF)におけるクリントン米国務長官の発言に代表されるような、アメリカの南シナ海問題への関与姿勢を抑制しようとしたと説明する

  他方、「ガイドライン」合意についてASEAN側の視点から説明するものは、それまで長らく合意できなかった理

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    「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 同志社法学 七〇巻二号三五七七六九 由としてASEANの一体性の欠如や協議の少なさを挙げ

、「ガイドライン」合意がその後の「行動規範」締結交渉を促進するきっかけになった

と評価する。また、当時のASEAN議長国であったインドネシアの成果追求が、「ガイドライン」合意に際し果たした役割として大きかったとの指摘も見られる

  しかしながら、これらの先行研究には、いくつかの問題点がある。まず、「ガイドライン」合意の要因を分析するにあたり、中国もしくはASEANが合意をしたその時点での要因にのみ焦点があてられる点である。つまり、本来の現象である交渉としての性格がうすれ、そのことにより中国・ASEAN間の相互作用と、それに伴う様々な調整が分析に十分に反映されていないということを指摘できる

。これは、「行動宣言」合意後の緊張緩和とされる期間についての研究が圧倒的に不足していることからも指摘できるだろう。

  また、アメリカによる南シナ海問題への関与の牽制が、中国による「ガイドライン」合意の要因とする指摘は、なぜ二〇一一年七月での合意だったのかについての説明としては不十分であるだろう。たしかにアメリカの存在は、「ガイドライン」合意を促進する重要な要素ではあったと考えられるが、それではなぜアメリカの関与の姿勢が明確になったとされる二〇一〇年に合意されなかったのかについても、同時に説明する必要があるだろう。

  以上の問題意識を考慮して、本論文では、なぜ二〇一一年に中国とASEANは「ガイドライン」に合意したのか、その理由の再検討を試みる。

第二節  分析の視点―交渉と優先順位

  前節で述べた問題点を克服し、なぜ二〇一一年に「ガイドライン」が合意されたのかを再検討するため、本論文では以下の二点を主に分析視点として補うこととする。それは、各アクターが抱く交渉の目的と、各アクターにとっての南

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   同志社法学 七〇巻二号三五八 「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 七七〇

シナ海問題の優先順位である。

  交渉とは、「先方との対立点と共通点を明確にして相互関係の調整・妥協を図る過程を意味 ((

」し、「共通あるいは相対立する利害を明示的に調整しようと試みる相互行為の形式 ((

」であって、「紛争を平和的に処理するための主要な方法 ((

」であるとされている。このような外交交渉は、手続的事項に関する交渉 ((

と実質的事項に関する交渉の二種類に分類できる。本論文においては、「ガイドライン」をめぐる一連の交渉過程が実質的交渉にあたり、その具体的協議が展開される合同作業部会の設置決定に至るまでの過程を手続的交渉と位置付けることができるだろう。さらに、実質的交渉をめぐっては、その交渉がどのような目的で実施されたかという点で、フレッド・イクレの五分類に従い以下のように分類できる。第一は「延長」で、現行の条約や協定の更新・延長といった現状維持を目的とする交渉とされ、第二は「正常化」とし、現在のアブノーマルな状態に終止符を打つことを目指す交渉である。第三は「再配分」で、現状を変更して、既に一度配分された価値を再び配分しなおそうとする交渉であり、第四が「革新」で、新しく何かを企てたり、新しい関係を創造することを目指す交渉としている。そして第五は「副産物」で、最終的な合意へ到達することを必ずしも目的とせず、むしろ交渉を行うことそれ自体を目的とする交渉である ((

  特に、第五の「副産物」を得ることを目的とする交渉について、木村は、第一から第四は最終的な合意へ到達することを目的としているが、第五は最終的な合意を必ずしも目的としていない ((

と説明する。また西原は、合意に達するための交渉をする意図を見せながら、実はその意図がなく、交渉を自己宣伝に使ったり、相手の立場を探ったり時間かせぎをする目的 ((

で交渉に入る場合としている ((

  以上のような国家間の交渉は、当然、国際環境の影響を受ける。それは、交渉のプロセスだけでなく、交渉の目的をも変化させうるが、重要なのは、ある環境のもとで当該問題を関係国がどのように位置づけているのかという点である。

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    「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 同志社法学 七〇巻二号三五九七七一 南シナ海問題も、各アクター(関係国)にとって、多くあるうちのイシューのひとつにすぎない。それゆえ、ある時点で南シナ海問題よりも他の問題の方が重要であるとされれば、対応は後回しにされうるし、もちろんその逆もありうる。本論文では、このような東アジアの国際関係のなかでの南シナ海問題の位置づけを、各アクターにとっての南シナ海問題の優先順位とする。

  優先順位について重要な点は、各アクターによってそれが異なりうるという点と、そのときの国内状況や国際環境によって変化するという点の二点である。木村は、優先順位について、「われわれ人間が注意を払ったり、作業をおこなったり、選択をしたりする際の緊急度や必要性についての相対的な順序や地位である。常に価値の優劣によって決められるとは限らず、課題遂行の難易を考えて決定されることもある。つまり、時としてはその遂行が容易なために優先され、重要度が高いにも関わらず、その実行が難しいために後回しとなるものもあるだろうし、逆のケースもある」。「優先順位は時と状況に応じて変化し、その規定要因は無数にある。公式文書を見ているだけではわからず、現実におこなっている行動から優先順位を推定する必要がある」と述べている ((

  以上から、本論文では、交渉の目的と優先順位という二つの分析視点を用いることで、中国とASEANが二〇一一年に「ガイドライン」に合意した理由について、先行研究で示されてきた説明とは異なる新たな要因を提示する。

第二章

  「と内の意合・案草のそ的ガ目の渉交」ンイラドイ容

  本章では、中国とASEANがなぜ「ガイドライン」をめぐる交渉を開始したのか、その背景にある目的と、その交渉がどのようなかたちで合意されたかについて検討する。交渉をめぐる分析では、その交渉が成功あるいは失敗したか

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   同志社法学 七〇巻二号三六〇 「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 七七二

といった結果がしばしば評価され、その評価は交渉におけるアクターの目的と、結果として何が生み出されたかという合意内容を比較するものであることが多い。しかし、その基準である交渉の目的は、分析者によって結果から推測して設定されることもあり、長期にわたる交渉であれば、交渉の過程で交渉関係者によって目的そのものが調整され変化することもある。したがって、長期にわたる「ガイドライン」をめぐる交渉については、それ以前から続いてきた交渉の過程の一部であることを考慮すると同時に、その過程において目的が変化している可能性を考慮する必要がある。

  本章では、中国とASEANが「ガイドライン」をめぐる交渉に対して抱いていたそれぞれの目的と、その交渉結果としての合意内容を検討する。前者の交渉の目的については、交渉開始時点でのそれに着目する。これは、次章で中国とASEANがなぜ「ガイドライン」をめぐる交渉開始に合意し、なぜ二〇一一年に「ガイドライン」に合意したのかを検証するうえで重要である。また、後者について合意内容と、「ガイドライン」の草案内容とを比較することで、中国とASEANの双方が「ガイドライン」をめぐり何を重視していたかを検討する。なお、本章ではアクターを中国とASEANに設定する。

第一節  交渉をめぐる中国・ASEANの目的

。九ESA・国中の年九N九一れさ始開が渉Aた双を方いたし確ずま、認的るす対に渉交目の たまつ、期時開れさ始に「的りる行動宣言」が合意されに至る交本格があが一部で渉る。したっスて、この一連の交の   「いてべ述し返り繰は、ド渉交るぐめを」ンイラよイるガう締セロプ渉交のめたの結」に範規行「く続でま在現、動 交行のていつに案」範規動「議はでNAESA、ち立協がに、の間NAESAと国中きおとのこ。たいてれわなこ先る   「、で間NAESAと国中は九渉交るぐめを」範規動一行すが始開を渉交のと国中、た九れさ始開に的格本らか年九

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    「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 同志社法学 七〇巻二号三六一七七三 渉開始をめぐる不一致のみならず、ASEANの各係争国間においても交渉に対する目的や意欲は一致しておらず、その協議自体は一進一退であった。一九九九年後半になり、ようやく中国とASEAN間で「行動規範」についての協議が開始され、その背景にあった当時の中国・ASEAN双方の共通の利益は、東アジアという地域の平和と安定を確保・維持することであった。そのような視点から南シナ海問題を位置づけると、交渉開始時、潜在性はありつつも短期的に見て、南シナ海問題は地域の平和と安定に対する懸念・脅威につながりうる問題ではなかった。そこで、双方は「行動規範」について「協議すること」について合意し、「協議すること」を目的として交渉を開始したと考えられ、必ずしも「行動規範」を締結することに目的があったわけではなかった。そして、二〇〇二年の「行動宣言」合意も、地域の平和と安定を維持・確保するという目的を達成する一環のなかでなされたものであった ((

  この「行動宣言」合意後から、南シナ海問題をめぐる緊張が緩和したとされていることもあり、「ガイドライン」の交渉開始合意時の中国・ASEAN双方の目的は、九九年以降の目的から大きく変化していないと考えることも可能である。しかし、長期にわたる交渉では、国際環境が変化すると同時に、その交渉の目的も変化しうる。つまり、「行動規範」締結をめぐる交渉が開始された九〇年代後半の時点で各国が抱いていた目的と、「行動宣言」合意時さらには合意後の二〇〇三年以降で、各国が抱く交渉に対する目的が異なる可能性があるということである。そのため、「ガイドライン」交渉が開始された際に双方が抱いていた目的を、以下で再度検討しなおす必要がある。

す、「の月二一年四〇〇二は動のたし意合が方双にと行宣るるたっあでていおに議協す言討検ていつに施実の」こ ((   「つ初が議協たしと的目のとてひを定策」ンイラドイめガ置る設を場の議協のそ、があ催で年五〇〇二はのたれさ開

。そこでは、「行動宣言」実施についてのASEAN・中国合同作業グループ(以下、ASEAN・中国JWG)の設置が決定され、この設置について宣言した付託事項のなかに、ASEAN・中国JWGの目的かつ主な業務が記載されてい

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   同志社法学 七〇巻二号三六二 「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 七七四

((

  その第七項目で、「ASEAN・中国JWGは、以下の勧告を策定することを任命されている」として、次に見る事案が列挙されている。まず、一つ目として、「行動宣言(DOC)実施のためのガイドラインと行動計画」がある。二つ目には「南シナ海における具体的な協力活動」とあり、具体的な分野として「海洋環境保護」、「海洋科学研究」、「海上における航行と通信の安全」、「捜索救助活動」、「越境犯罪との闘い」を挙げている ((

。三つ目は「技術的なインプット、拘束力のない専門的見解、あるいは政策提言をASEAN・中国JWGに提供することができる専門家や著名人の登録」とされている。そして、最後に「必要に応じたワークショップの開催」とある。つまり、ASEAN・中国JWGが必ずしも「ガイドライン」合意を唯一の目的として開始された交渉ではなく、さらにその合意の期限などには言及していないことが明らかである。また、その開催決定については、資源開発などの具体的な協力活動にうつすためともされている ((

  他方、東アジア地域の国際環境をめぐるASEAN・中国双方の共通の利益は、それまでを引きついで、地域の平和と安定を維持することであった。これは、南シナ海問題に関連する懸案事項が発生した際に、地域の平和と安定を損ねるというかたちで双方から繰り返し言及されている。一方で、ASEANは共存、つまり地域の平和と安定を維持するという共通の利益には合意しているため、その点ではASEANに一体性がうまれるものの、それを実行する手段については合意していないとの指摘 ((

もある。以上からは、ASEAN内では地域の平和と安定を維持・確保するという目的では一致しているものの、具体的な協力手段については必ずしも合意していないことがうかがえる。

  以上から、「ガイドライン」の策定協議がおこなわれる予定の合同作業部会(JWG)は、南シナ海での協力活動について検討するために開催され、その「ガイドライン」策定自体もいくつかある目的のひとつにすぎなかったことが分

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    「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 同志社法学 七〇巻二号三六三七七五 かる。つまり、前章で概観した交渉の目的と合わせて考えると、「ガイドライン」をめぐる交渉は、二〇〇二年に合意された「行動宣言」を一定期間継続させることを目的とした第一の「延長」の性格をもつと同時に、「行動宣言」記載内容の協力活動を協議するという目的に着目すると、第五の「副産物」を得ることを目的とした交渉でもあると考えられるだろう。つまり、第一と第五の性格を兼ね備えた交渉であったと指摘できる。

第二節  ASEANは何を重視していたか

  交渉の成否をめぐっては、合意の有無という結果だけでなく、その合意内容にも注目される。「ガイドライン」合意をめぐっても例外ではなく、その内容を検討することで、中国もしくはASEANのどちらがどの程度、合意するにあたり譲歩もしくは妥協したのかが評価されてきた。それは以下の内容から、ASEANは中国に妥協し、最終的には中国の同意がなければ「ガイドライン」の実施は難しいといったものであった。

 

Tra n

((

によると、ASEANは、二〇〇五年八月の第一回ASEAN・中国JWGで「ガイドライン」の草案 ((

を提出しており、そのなかの第二項目(

Point T wo

)が、それ以後の交渉の障害となったとされている。その項目とは、「中国との協議の前にASEANで協議する」というもので、ASEANが大国である中国との協議に先立ち、ASEAN諸国で意見を調整するための協議の場を事前に確保することをねらってのものだった。

  この草案が提出されてから二〇一一年七月の「ガイドライン」合意まで、二一の草案がやりとりされたと言われている。そしてその最終的な「ガイドライン」 ((

では、それまでASEAN側が主張してきた第二項目(

Point Two

)の「事前協議」という文言が消え、「関係各国で対話と協議を促進する」という内容に修正された。ほかには、「行動宣言のもとで実行された活動やプロジェクトはASEAN・中国外相会議で報告する」という新しい項目(第八項目)が追加さ

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   同志社法学 七〇巻二号三六四 「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 七七六

れていたものの、その他の項目は、二〇〇五年に提案されたASEAN草案とほぼ同文言であった ((

とされる。以上の合意内容から、「ガイドライン」合意については、ASEANの妥協と実施の難しさが指摘され必ずしも成功したとの評価が与えられなかった。

  しかし、二〇〇五年の草案提出から六年の歳月を経た交渉の結果、中国・ASEAN双方が意思疎通するなかで利害認識を変化させてきたと考えることも可能であり、その点についてはこれまでの研究で十分に明らかにされてこなかった。どの時点でこの合意内容に調整されたのかについて検討することは、なぜ二〇一一年に「ガイドライン」に合意したのかを理解するうえでも重要である。

第三章  交渉はなぜ合意に至ったか―東アジア国際関係と南シナ海問題の位置づけ

。るナ海問題位置づけをこで明らかにすると と至っ理由な、それが意にが合」ンイラドイガ「二国中ぜた〇ジ一シ南になの境環際国アかアた東年でっあのかを、一 す渉る右左を過経の、交がれそりなとととこはとでるとNAESA、章な本てっがたし。るこす動変も位順先優や度要 の識の変化をから影響る認アよにータクけ各ていつに受伴たと重の題問海ナシ南のてっに。ータクア各、いそにれそれ   「とイるす意合に」ンイラドガで「らか後意合」言宣動まの化ジ変のーワパるけおにアア間東、は題問海ナシ南、行

第一節

  「(年四〇〇二~年三〇〇二意ガ合の始開渉交」ンイラドイ)

  二〇〇二年一一月にASEAN・中国間で「行動宣言」が合意された後、南シナ海における緊張は緩和したとされて

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    「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 同志社法学 七〇巻二号三六五七七七 いる。それは、中国が二〇〇三年一〇月に東南アジア友好協力条約(TAC)に署名したこともあり、特にASEAN側から強く認識された。その理由は、TACが内政不干渉原則と武力不行使をうたっているため、ASEANは域内諸国間の紛争と同様に、南シナ海における紛争についても武力に訴えずに沈静化させることに関して中国が一応同意したものとみなした ((

のである。TAC加盟については、一九九三年の外相会議でも中国に加盟を呼びかけていたが、南シナ海の領土紛争が顕在化していたことなどから域内で対中警戒心が根強く、中国側も消極的だったために加盟が見送られていた ((

。このことからも、「行動宣言」合意後の南シナ海問題に対するASEANの対中脅威の緩和をうかがえる。

  さらに、中国とフィリピンの間では、南シナ海における共同開発についての対話が着々と進展していた。二〇〇三年一一月には、中国海洋石油公司(CNOOC)と、フィリピン国家石油公社(PNOC)が、南シナ海の石油・天然ガス資源を共同で開発する仮契約を結び ((

、二〇〇四年二月にはフィリピン外務省高官と王毅外務次官がスプラトリー諸島での資源の共同開発を検討 ((

、九月にはフィリピンのグロリア・アロヨ大統領と胡錦濤国家主席らが会談し、スプラトリー諸島周辺海域の共同地震波探査に合意した ((

。この動きも、南シナ海問題における緊張緩和をあらわすものとして受けとられた。八月に開催された中国とASEANの高官による協議では、「行動宣言」を遵守し、地域の平和を共同で維持することが確認されている ((

  他方で、緊張緩和と言われる時期においても、各国はそれぞれの主権強化のために様々な動きを見せた。二〇〇三年には、ベトナムがスプラトリー諸島へのツアーを予定しているとの報道があり、二〇〇四年に入って実行したため、関係国から批判されることとなった ((

。特にフィリピンは、このツアーやベトナムによる飛行場の建設 ((

を受け、各国に「行動宣言」にもとづいた行動を要請し ((

、スプラトリー諸島にある中国の「標識」を、「行動宣言」違反として撤去 ((

するなど、「行動宣言」と結びつけた批判を展開している。

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   同志社法学 七〇巻二号三六六 「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 七七八

  さて、南シナ海では上述のようなうごきが見られたが、東アジアでは、北朝鮮が核兵器所有を表明するなど朝鮮半島をめぐる緊張が高まっていた。中国は、六者協議開催などでリーダーシップをとり、この問題に積極的に対処しようとしていた。その背景には、朝鮮半島問題が自国にとって重大な安全保障事案であったことはもちろんのこと、対テロ戦争を名目にアジアへのプレゼンスを強化していたアメリカの存在があった ((

。二〇〇三年のイラク攻撃にみられた先制攻撃の論理が、北朝鮮にも適用されるとの懸念があったのである。またアメリカは、当時のアジア外交において、九・一一テロを発端とした対テロを強く押し出していた。特に国内でも頻繁にテロ事件が発生していた東南アジア諸国とは、協力関係を強化しつつあった ((

ようである。

  このようなアメリカの動きと中国のアメリカに対する警戒感は、少なからず中国・ASEAN関係に影響を与えた。加えて、地域構想をめぐる日本の東南アジア政策も中国の対ASEAN接近を加速させたとされる。このように、二〇〇〇年代前半に見られた中国とASEANの友好関係は、東南アジアを含んだ東アジアの国際関係における、中国と日本、さらにはアメリカを加えた影響力争いのなかで形成されてきたのである ((

。したがって、南シナ海問題は、中国・ASEAN間の数多くあるイシューのなかのひとつであるがゆえに、以上の文脈内に位置づけて検討する必要があるだろう。

案提にるあでうよたいてれさ (( A月七や議会相外NAESたの月六年同、がSれさなでのAEて既ていつ会部業作同共、にいフおAN域地ォーラムに すのる外務次官級会会議(高官議)検討をこ〇うに、況の合意そのものは二〇四た宣状施実の」言動年行「の月二一よ   「動す設の会部業作同共る討宣検ていはつに施実」言置行、合べ述もで章前。たさ意でこかなの境環際国なうよのれ

。また、「行動宣言」合意後も、ASEAN関連会議や協議において南シナ海問題が継続して言及されていたことを各種声明からうかがえる。しかし、その内容は二〇〇三年に「行動宣言」の合意を歓迎し、

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    「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 同志社法学 七〇巻二号三六七七七九 その重要性や実施の必要性を確認するものから、二〇〇四年にかけて、「行動宣言」実施についてのさらなる措置に言及するものへと変化していることを指摘できる ((

  以上のように、「行動宣言」合意後から「ガイドライン」の交渉開始に合意するまでの間、地域の安全保障問題として南シナ海問題の懸念や脅威が低下する一方、各アクターにとっては対テロや北朝鮮問題といったイシューの優先順位が高いという状況であったことを指摘できる。

第二節

  「〇バランス(二〇五ワ年~二〇〇九年ーパガ渉イドライン」交開る始と「変化」す)   二〇〇四年一二月に開催が合意されたASEAN・中国JWGは、二〇〇五年八月に第一回を迎えた ((

。前月のASEAN外相会議において、八月に設置することが支持され、設置目的は関係当事者間の主権問題を当面は棚上げし、同諸島海域での資源開発を優先させていくため ((

とされた。前章で述べたように、このときにASEAN側は「ガイドライン」草案を提出している。翌二〇〇六年には、第二回ASEAN・中国JWGが開催され ((

、南シナ海の平和と安定を確保することに合意している。そのほかに、中国・ASEAN首脳会議や両者間の高官級協議でも、それまで実施されてきた協議と同様に、南シナ海問題に関して地域の平和と安定の維持や「行動宣言」の実施が確認された ((

  さらに二〇〇五年三月には、フィリピンのアロヨ大統領が「行動宣言の内容の初の実施であり歴史的出来事 ((

」と評した、中国(中国海洋石油総公司)、フィリピン(フィリピン石油公社)、ベトナム(ベトナム石油・ガス公社)の三カ国によって石油資源埋蔵の調査(以下、三カ国共同探査)が合意された ((

。これは、二〇〇四年九月の中国・フィリピン間での合意に、当初は反対していたベトナムが、数度の交渉を通じて参加に合意したものである ((

。同年八月に調査が実施されてから協力期間が無効となる二〇〇八年六月まで、三カ国共同探査は南シナ海問題における協力の代表例として実

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   同志社法学 七〇巻二号三六八 「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 七八〇

施された。その間、三カ国は、この共同探査を「地域の平和と安定に貢献」していると成果を強調すると同時に、さらなる協力の必要性を確認してきた。

  また、三カ国に限らず、マレーシアやブルネイに対しても共同開発が提示されるなど、紛争当事国全体に、主権問題を棚上げしたうえでの共同開発を拡大しようといったうごきもみられた ((

。当初から、フィリピンのアロヨ大統領は共同開発について、「南沙問題を紛争のある地域から協力のある地域にかえる機会」ととらえており ((

、中国だけでなくマレーシア(ペトロナス)やインドネシア(プルタミナ)との協議も進めていると明らかにしていた ((

  しかし、二〇〇九年に入ると、南シナ海問題に関連して懸念事項が相次いで発生した。三月には、米海軍の非武装調査船「インペカブル」が、中国・海南島の南一二〇キロの海上で調査活動中に、中国の船舶五隻に取り囲まれ航行妨害をされる ((

という事件(インペカブル事件)が発生した。この事件をめぐって米中双方は相互に非難、抗議を繰り広げた。同時期にフィリピンでは、アロヨ大統領が南沙諸島を自国領とする「領海基線法(群島基線法)」に署名 ((

し、それを受けた中国は「(自国が)争う余地のない主権を有しており、他国が領有権を主張しても違法かつ無効だ ((

」と抗議している。また、中国はこれらと前後して、中国最大といわれる漁業監視船「漁政三一一」を南シナ海に派遣し、それが結果としてベトナムとフィリピン双方の懸念を強めることとなった ((

。特にフィリピン国内では、この漁業監視船派遣が「領海基線法」に対する報復であると懸念されていたようである。これについて、あるフィリピン上院議員は、中国の監視船派遣はフィリピンの領海基線法に対する中国の抗議と直接関係せず、米国の監視船の存在によって引き起こされたかもしれない、と南シナ海での中国巡視船の展開に過度に反応しないよう政府に警告している ((

  このインペカブル事件は、ブレア米国家情報長官が海南島沖で米中軍機が接触した「〇一年の事件以来最も深刻な出来事 ((

」としたように、米中が直接現地で衝突した事件であった。この事件が生じた背景には、長官が言及した二〇〇一

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    「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 同志社法学 七〇巻二号三六九七八一 年のEP―三事件と同様に、国連海洋法条約(UNCLOS)、特に排他的経済水域(EEZ)についてのアメリカと中国との解釈の違いがある。アメリカが、国連海洋法条約での規定をもとに、他国の排他的経済水域における平和的情報収集活動等の軍事行動は合法であるという立場をとる一方、中国は沿岸国の許可なしの軍事的調査、情報収集、水界地理学調査は禁じられているという認識・立場をとっている ((

。実際に、アメリカ国務省や国防総省はインペカブル事件の発生場所を「公海上」としたうえで、中国側が「航路妨害 ((

」をしたと批判し、他方の中国(外交部)は、「排他的経済水域」としたうえで、アメリカ側が「中国の許可を得ていなかった ((

」と批判している。

  さらに五月になると、六日にマレーシアとベトナムが国連の大陸棚限界委員会(CLCS)に南シナ海南部の大陸棚延伸案を共同申請し、翌七日にはベトナムが単独で南シナ海北部の大陸棚延伸を申請した ((

。これを契機に、それ以後、係争国によってそれぞれの権利主張についての口述書が提出されている ((

  この時期の東アジアの国際関係について、各種報告書 ((

では以下の通り指摘されている。東アジアでは引き続き北朝鮮問題が重要かつ優先課題であったとされ、二〇〇六年にミサイル発射や核実験を相次いで実施した北朝鮮の問題に対処するためには、対テロ戦争や中東問題にパワーをさくアメリカ ((

にとって、中国の協力が必要不可欠となっていた。また二〇〇〇年代後半には、米中ともに外交が国内事情の影響を受けるようになり、アメリカでは、国内の経済問題や大統領選に向けて、他方の中国は二〇〇八年に北京オリンピックを迎えるにあたり、徐々に国内の問題へと関心がうつり、それの対応に時間をかけるようになっていった。

  そのようななかで、二〇〇八年以降、国際的な金融危機が徐々に全世界へと波及していき、各国がその対応におわれることとなる。アメリカは、再度核実験とミサイル発射を実施した北朝鮮問題やさらに悪化した国内の経済状況に対処するために、ますます中国の協力を必要とするようになった。アメリカのアジア重視政策はこの中で形成されたもので

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   同志社法学 七〇巻二号三七〇 「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 七八二

あり、それは対中外交だけでなく対東南アジア外交の見直しにもつながった。こうした中で展開されたアメリカのアジア復帰政策は、アジアにおけるアメリカのハブ・アンド・スポークの軍事同盟を黙認する中国のアジア政策を根幹から揺るがしたと指摘される ((

  以上のように、二〇〇〇年代後半には、CLCSへの申請提出やインペカブル事件があり、係争国にとっては南シナ海問題の注目度や重要性が従来に比べて高まることとなった。しかし、東アジアという地域の平和と安定に影響を与えるような優先順位の高い問題とは未だに言えず、それはアメリカにとっても同様であったことを指摘できる。特にアメリカにとっての南シナ海問題は、国際法の視点からみた懸念事項のひとつであって、安全保障問題としてアジア外交、特に対中外交の中で優先的に対処すべきイシューでは未だなかったことを指摘できる。

第三節  南シナ海問題におけるアメリカと「ガイドライン」合意(二〇一〇年~二〇一一年)   各アクターが南シナ海問題を地域の安全保障に大きな影響を与えうる問題として徐々に認識し始めたのが、二〇一〇年前後であった。その背景には、リーマンショックによる米中間でのパワーの相対的変化と、それについての認識の変化があったと考えられる ((

。特に係争国は、南シナ海問題とアメリカの存在を関連づけて認識する傾向が強くなっていった。

  二〇一〇年は、東アジア地域における平和と安定を損ねかねない安全保障問題が相次いで発生した年であった。一月にはアメリカによる対台湾武器売却が決定され、二月のオバマ大統領とチベットのダライ・ラマ一四世の会談をめぐって米中間の利害対立が表面化した。それらに加えて、三月には韓国の哨戒艦「天安」が沈没する事件が、一一月になると北朝鮮によって黄海上の延坪島が砲撃されるという事案が発生した。中国は緊張の高まる北朝鮮問題をめぐり、適切

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    「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 同志社法学 七〇巻二号三七一七八三 に対応していくことでアメリカをはじめとする国際社会と一致したものの、国連安保理の北朝鮮に対する非難声明には反対した。他方で、六者協議の開催を呼びかけるなど、この問題に対処しようとする動きは見せた。

  九月には東シナ海の尖閣諸島沖で、中国漁船と日本の海上保安庁の巡視艇が衝突する事件が発生し、これを機に日中関係は悪化した。その一方で、それまで沖縄の米軍基地をめぐって混迷していた日米関係は、この事件を受けて、クリントン国務長官が日米安保条約の第五条を尖閣諸島に適用するとした米国の立場を明確に示すなど、協力関係を確認することとなった。

  これらの事案によって、日本・アメリカ・韓国の関係が強化される一方、これらの国と中国との関係はなかなか改善されなかった。その背景には、増大するパワーに裏うちされた中国の「強硬化」とされるような、積極的な行動 ((

があった。他方で、国際社会における多岐にわたるグローバルな課題に対応するためには、パワーと影響力をともに増大させている中国の協力は不可欠であり、その点で東アジアにおいても様々なイシューをめぐる対立と協力とが混在する状況が形成・維持されることとなり、このような状況は二〇一一年に入っても続くことなる。

  南シナ海では、二〇〇九年までの動向を受けてか、中国は二〇一〇年にかけて法整備をおこなうと同時に、紛争地域への監視船派遣や観光事業などの主権強化のための行動を繰り広げた ((

。そのような中でASEAN諸国は、一月に開催されたASEAN非公式外相会議などの一連の会議において、「行動宣言」の実施について確認したうえで、協議や調整を続ける(ベトナム外務省のファン・クワン・ビン外相補佐 ((

)とし、四月には第四回目のASEAN・中国JWGを開催している ((

  しかし、作業部会が実施されて間もなく、三月に米高官(アメリカのスタインバーグ国務副長官とベイダー国家安全保障会議アジア上級部長)が訪中した際に、中国の高官がはじめて南シナ海に「核心利益」を適用したとの報道がなさ

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   同志社法学 七〇巻二号三七二 「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 七八四

れた ((

。この「核心利益」は、中国が台湾やチベットに対し適用してきた表現であり、妥協や交渉の余地はなく、それら「核心利益」を守るためなら武力行使も辞さないとしてきたものである。それゆえ、南シナ海で領有権を争う係争国においてはもちろんのこと、アメリカを含む第三国においても懸念が強まっていった。

  それが明確にあらわれたのは、七月に入って実施された第一七回ASEAN地域フォーラムである。この会議では、参加した二七カ国・機構のうち一一カ国の外相が南シナ海問題を取り上げたとされ ((

、ASEAN側の複数の外交官が、「南シナ海問題で議論が緊張、中国の楊潔篪外交部長は明らかに憤慨」し、「この問題に対し楊外交部長は、事前に計画された動員であったことを示唆する非常に強く情緒的な声明を出して反応」した ((

と明かしたように、南シナ海問題について激しく議論されたことがうかがえる。

  この背景には、係争国との関係が悪化しているとの認識が中国側になかった ((

ことが考えられる。しかし、ベトナムが近隣諸国に対して南シナ海問題を取り上げるようロビー活動をしていたとの証言もあるように、巨大化する中国の影響を背景に、議長国であるベトナムは南シナ海問題に関して温度差が存在する係争国と非係争国を説得 ((

していたのである。

  また、クリントン米国務長官は会議後の記者会見において、従来のアメリカの南シナ海問題に対する基本姿勢を踏襲しつつも、「航行の自由」はアメリカの国益であると明確に主張した ((

。このときのクリントン国務長官の発言は、後に米高官が明かしたところによると、「ASEANが多国間解決を主張するなら支援すると事前に伝えていた」ようで、ASEAN側とアメリカの間で入念なすり合わせがあったことを示唆している。またスタインバーグ国務副長官は、「この問題を明確に表に出す時がきた」 ((

と判断してのことであったとしている。

  これらアメリカを含む関係国のうごきに直面した中国側が会議終了後に明らかにした見解は、アメリカの南シナ海問題に対する介入や、それによる問題の国際化を強く非難し警戒するもであった ((

。このような各アクターの対応から、二

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    「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 同志社法学 七〇巻二号三七三七八五 〇一〇年ASEAN地域フォーラムを契機として、アメリカが南シナ海問題における関係国であると、明確に係争国から認識されるようになったことを示しているだろう。

  関係国としてのアメリカが強く反映されたのは、九月に開催された第二回アメリカ・ASEAN首脳会議である。会議開催前から、アメリカ側は南シナ海問題を「ASEANにとっても米国にとっても関心事かつ懸案だ」とし、会議で協議することを表明していた ((

。両者の首脳会議は二四日に開催され、南シナ海問題についても協議されたが、共同声明 ((

では中国側への配慮もなされていた。それは、声明原案では具体的な係争地域として「南シナ海」を明記していたものの、この部分が削除されていたのである。また、声明の草案段階にあった「ASEANと米国は、武力または威嚇による南シナ海での領有権確保に反対する」とした、中国に警告を発する語句も削除された ((

。これは、中国を過度に刺激することをASEAN側が懸念したためとされている。

  また、一〇月に開催された初の拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)でも、七月のASEAN地域フォーラムに続き、アメリカを始めとする日本やオーストラリアなどの第三国が南シナ海問題に言及した ((

。しかしながら、ASEAN国防筋によると、前日の国防相会議のなかで、南シナ海問題をADMMプラスの正式議題とせず、共同宣言にも盛り込まない方針が確認されていた ((

。ここからも、中国を過度に刺激することを懸念したASEAN側の配慮を見て取れる。

  アメリカとASEANのうごきに呼応するかのように、中国もASEANと「行動規範」締結を進展させるかのような動きを見せ始めた。アメリカとASEANが首脳会議開催について調整しているさなか、中国側はASEAN側に対して、南シナ海における「行動規範」についての専門家会合を開催する意向を示し ((

、九月末には両者で「行動規範」締結に向けての対話を開始した ((

。さらに、一〇月末に開催された中国・ASEAN首脳会議では、南シナ海の領有権問題

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   同志社法学 七〇巻二号三七四 「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 七八六

の解決に向け、「行動宣言」を効果的に履行することに合意している。また、中国が長らく反対してきた法的拘束力を伴う「行動規範(COC)」の策定に向けて、協力していくことも確認された ((

。一二月後半には年始の開催に続いて、第五回目のASEAN・中国JWGが開催され、従来通りではあるものの、「南シナ海地域の平和と安定を維持し、友好、協力の海にするため引き続き力を尽くす」ことを確認している ((

  翌年一月の中国・ASEAN外相会議では、南シナ海問題は主要議題ではなく軽く議論されただけだったものの、楊潔篪外交部長は「行動宣言は相互信頼を強化し地域の平和と安定を保持する一助となっている」、「問題の進展を望んでいるし、機が熟せば高官が会う準備ができている ((

」と述べたようである。なお、四月には第六回目のASEAN・中国JWGが開催されている ((

。このように、中国はASEANに対し「行動宣言」の実施について積極的に協力する姿勢を示し、他方のASEANもアメリカとの協議を続けながら、その姿勢を受け入れ、協議を同時に進めていることがわかる。

  そのような中国とアメリカの動きを背景に、両者との協議を続けながら、二〇一〇年後半からは「ガイドライン」合意と「行動規範」締結をめぐってASEAN内の動きも活発になる。まず、一〇月おわりのASEAN首脳会議前におこなわれた外相間の協議において、二〇一二年までに「行動宣言」の「ガイドライン」を策定する方針で合意した ((

。ASEAN首脳会議では、ベトナムのグエン・タン・ズン首相が開幕演説の中で、「行動宣言」を「地域の安全保障を確たるものにする手段」と強調し ((

、議長声明では「行動宣言」についてのASEANと中国のSOMを早期に実施することが確認された ((

。これらASEANのうごきは、中国やアメリカとの首脳会議や共同作業部会(JWG)といった各種協議から影響を受けるだけでなく、それらに対して影響を与えたと考えられる。

  二〇一一年になると、「行動宣言」の実施や「行動規範」をめぐるASEAN内のうごきがさらに加速した。それは、

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    「南シナ海における関係各国の行動宣言(DOC)実施のためのガイドライン」はなぜ合意されたのか 同志社法学 七〇巻二号三七五七八七 新しく議長国となったインドネシアのうごきによるところが大きい。インドネシアのナタレガワ外相は、一月に開催されたASEAN非公式外相会議後、南シナ海問題について、「行動宣言」の実効性を高めるガイドライン策定を急ぐべきだと強調し、「状況を放置しておけば、混乱が起きる恐れがある」と指摘した。そのうえで、「議長国として行動宣言の履行に向け、中国と緊密に連携していきたい。できれば『行動規範』についても検討を始めたい ((

」と積極的な姿勢を示している。さらにASEANは南シナ海問題について共通の立場を持とうとしている ((

と述べるなど、ASEAN内の意見を調整する必要性とその意欲があることが明らかである。その流れを受けて、五月に開催された第一八回ASEAN首脳会議の議長声明は、「ガイドライン」の完成や「行動規範」についての協議開始についての時期を明記した ((

。なお、当該会議では、領有権問題の解決は「二国間または関係国」で取り扱うのが望ましい ((

と指摘するなど、二国間での問題解決を主張する中国に配慮がみられ、「ガイドライン」や「行動規範」をめぐる協議をあくまで地域の平和と安定を促進するためのものとして位置づけている。また、ASEAN国防相会議の共同宣言では、初めて南シナ海問題が取り上げられるなど ((

、以上のような動きと合わせて考えると、ASEANが主体となって南シナ海問題を管理するという意思表示であると理解できる。

  以上のように、関係国間で協議や交渉が行われ、そのなかで「行動宣言」の実施や行動の自制が確認される一方、二〇一一年に入ると徐々に南シナ海上での係争国同士の衝突頻度は高くなっていった。三月には、中国監視船がスプラトリーのリード・バンク海域でフィリピンの石油探査線を妨害し、これを受けたフィリピン側は戦闘機二機と監視船三隻を紛争水域に派遣 (((

することで対抗した。五月に入ると、中国の海洋調査船などが、スプラトリー諸島のフィリピン排他的経済水域にブイや鉄柱を設置したことが判明している (((

。また、中国とベトナムとの間では、五月から六月にかけて、中国の監視船が南シナ海上でベトナムの石油・天然ガス探査船のケーブルを切断する事件や (((

、スプラトリー周辺海域で

参照

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