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1 会の経過一覧 II テーマ

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(1)

田 畑 良 昭

はじめに

1 会の経過一覧 II テーマ

イロ

ノ、

 ホ

III運営方法  イ レポーター  ロ 参加者の全員発言  ハ 司会

IV 参加者 おわりに

授業報告 自主教材

当面する課題の対策 国語学

教師、教育論

はじめに

 1987年11月19日に今の「教科研究会」が初めて開 かれた。僕は1978年の4月に本校に教諭として赴任 した時は、「研究授業」が実施されていた。さっそ く僕は「研究授業」の担当者に指名され、教科書に あった安部公房の作品を扱った授業をしたのを覚え ている。その「研究授業」が「教科研究会」に変わ ったのだが、僕としては「研究授業」の方が教員研 修として意味があると思っていた。

 第1回目の「教科研究会」の席上で「授業」をテ ーマにした勉強会を提案したところ、多くの先生方 の賛同を得、さっそく翌年の1988年の1月から月一 回のペースで、校務と離れたところで「国語科交流 会」を自発的に開いていくことになった。

 「交流」のニュアンスは、仕事にみられる義務感、

重圧感を払拭し、誰でも気軽に参加できる、という ものであった。

 教師の仕事はいろいろある。僕の経験したことで 項目だけを拾ってみると、クラス担任。校務(生徒 指導部、教務部、就職指導部、進学指導部)。部活 動(レスリング部、演劇部、新聞部、軟式野球部)。

国語科の仕事(補習授業、各種テスト問題作成)。

そして授業がある。常時、これらの仕事を同時にこ なすことになる。それらの仕事の中にはただ時間を とられるだけの雑務も多いが、創造的なやりがいの ある仕事もある。

 教師の仕事は限りなくあるので、僕は常勤になっ て数年してから、重点をかけるべき仕事を探すよう になってきた。いろいろ与えられる仕事の中で最も 教師らしい仕事は何かと考えた結果、授業に決め

た。当たり前のようだが、授業を、雑多にある仕事 の一つでしかないように、僕は与えられた仕事に従 事してきた。授業に重点をおく教師像は、授業に手

を焼いていた僕には全く自然だった。

 僕が初めて教壇に立ったのは、1975年の4月から で、富山県立富山中部高校の非常勤講師であった。

教科書二冊と教授資料を与えられ、教授資料を漁り ながら授業準備に必死になっていた。しかしなかな か授業が思うように展開しなかった。教授資料の教 えるべき事項が多すぎ、生徒の実体を見ることもな く、僕は消化不良のまま教壇にあがっていた。授業 は生徒とかみ合わなくて、授業をすることがだんだ ん不安になってきた。ベテランの先生に相談した り、先生方の授業を見学させてもらったりして、授 業の充実を目指したが、僕の授業は満足できるもの

にはならなかった。ある先生に先生の勉強会があれ ばいいですね、と持ち掛けたら、「賛成だけど、時 間がなくて……」と言われた。非常勤の立場からは 常勤教師の全体像は分からなかった。

 その後、滑川高校、富山第一高校をまわり、三年 間非常勤講師をしてきたが、教壇に立つ不安は消え なかった。しかしその三年間で、僕は、自分のやれ ることしかやれないという開き直りを学んだ。

 先生のなり初めから僕が生徒に求めてきたこと

は、作文を書くこと、人間とは何かを追求すること

であった。国語科の学習内容、学習方法が今だに不

明確なところが多いのだが、17年の教師生活を通し

て、少し少しその輪郭が浮かび上がってきた。暗中

(2)

模索の教師一年目から、僕の国語教育の柱になるも のは既に顔をのぞかせていたのだ。

 さて「研究授業」が廃された後、この「国語科交 流会」が動き出し、中部高校時代の僕の夢が実現 し、本当に楽しかった。励まされたり、安心した り、示唆を受けたり大いに勉強になった。今、世話 係(交流会参加者への諸連絡をする役)の近藤先生 が学校を離れられ、会は活動を休止しているが、こ れを機にずっと会に参加してきたものとして「国語 科交流会」を振り返ってみたいと思う。とりあえ ず、「国語科交流会」は何をしてきたのか、少しで も整理できればよいと思う。幸い多くのレポート、

資料が各回配布されてあるので、それを参考にまと めてみたい。同時に僕自身の考えてきたこと、実践

してきたことなども振り返ってみたい。

 僕の国語の教師像は、教科書に向かい生徒のノー トの山に囲まれている姿である。若い先生もベテラ ンの先生もそうである。17年間先生をしてきた僕は 今だに新しい教材に出会う。出会えば、その教材を

よく読まねばならない。それが国語教師である。情 報公害の中での教材選択、教材吟味やいろいろある 中からの適切な指導法、学習方法の選択には時間が かかる。生徒に課した作文処理にも時間がかかる。

そのかけた時間によって教師の力量は蓄えられてい

くと思う。

 僕ら教師は、大いに勉強し実践してゆかねばなら

ない。

1 会の経過一覧

回数 日   時 テ ー マ ・ 内 容 レポーター 参加者数

1 1988.1.28㈲ アンケートを参考に授業の実情を各自報告 12

2 2.25㈹ 私の授業(自主教材・文法・詩の扱い) 田畑・川田 P 3 3.15㈹ 私の授業(国語通信・「シナリオ『幸福の黄色い

nンカチ』)

田中 P

4 4.25(月) 私の授業(年間の授業報告・国語通信小論文対策) 小林

5 5.23(月) 『葉桜と魔笛』授業の経過報告と問題提起 宮崎 14

6 6.29㈱ 読解と文型 高田 10

7 7.20(水) 文学作品の想像・イメージ化を中心にして 久木田 10

8 9.24(士) 小論文の添削・指導について 小林 10

9 10.18㈹ 中間考査の問題の検討 10

10 11.19(土) 国語表現の教材 久津谷 9

11 12.15休) 初めて教壇に立って その感想と問題点 稲垣 9

12 1989.1.21(士) 洗足学園魚津短大『草枕』の予想問題 8

13 2.18(土) 実国の授業について 近藤 8

14 3.6(月) 私の一年間 伊藤 2

15 4.15(土) 新教材について交流しましょう 9

16 5.19働 『雪景色の上の新月』の授業報告 田畑・山本・久木田 9

17 6.17㈹ 『屋根の上のサワン』 稲垣 4

18 7.5(水) 『汁粉に酔うの記』2学期からの授業について 北川 10

19 9.16ω 洗足学園魚津短大『銀の匙』について 6

20 11.25㈹ よき教師をめざして一国語通信「あゆみ」(久津 J先生編)より一

田畑 6

(3)

21 12.22㈹ 『兎の眼』を読んでの教師・教育論 5 22 1990.1.27㈹ ささやかな実践一学級通信発行一 田中 5 23 2.24㈹ 私の授業(第一時間目にやること) 宮崎 6

24 3.17(土) 「古典をもとにした創作」生徒の作品紹介 川田 8

25 5.12(士) 私の授業(『日記一ある執着』『雪景色の上の新

氏x)

近藤 7

26 6.16㈹ 『古事記』から「須佐之男命」の授業内容報告 久木田 P

27 7.13(斜 『環境破壊とごみ問題』授業とその評価 久津谷 9

28 9.27休) 授業における所感等(現代文) 浜田 7

29 11。20仕) 『羅生門』 板倉 5

30 12.22㈱ 論文指導のポイント 7

31 1991.1.26㈹ 論説・評論文の取り扱いについて 小林 7

32 2.26(土) 国IIの授業報告 北川 8

33 323(土) 自主教材『サンダカン八番娼館』の授業 田畑 6

34 525(土) 就職コースの国語について 田中 4

35 7。6仕) 3年現代文の授業報告 砂田 6

36 9.14㈹ 『高瀬舟』における指導方法 久木田 6

37 10。19ω 身近な古典入門教材を探そう P

38 12.10㈹ 小論文対策

(第一回目の交流会に先立って、授業で困難を感じている点について国語科の全員にアンケートをとった。)

 Il テーマ

 僕たち教師は、授業で二つの点で苦労していると

思う。

 一つは、低学力で学習意欲の少ない生徒に対し て、いかに学習に興味を持たせ、授業を成立させ、

学力の向上を図るか、という点である。(学力とは 何か。それも再考すべきで、大学入試等に間に合う 能力だけを学力だとは僕は考えていないのだが)。

授業は教材を通して教師と生徒がかかわり合う仕組 みになっているが、そのからみがほとんど感じられ ない授業のなんと虚しいことか、僕も日々よく味わ っているところである。

 もう一つの苦心する点は、目標となる大学入試や 就職試験をクリアーするための能力をいかにして生 徒に身につけさせるか、である。最近とくに大学進 学は難しくなり、本校では専門学校へ進路を変更す

る生徒も増えている。

 そこで僕はどちらに力点をおいて授業に取り組ん

だかと言えば、前者である。学習意欲を欠き、学力 の低い生徒に対する、楽しく分かりやすい授業をい かに創りあげるかに腐心してきた。特に教材の吟味 に時間を割いてきた。

 本校の様子をみると、現在生徒に与えられている 教科書と生徒の学力や関心事との間にはかなりの開 きがあるように思える。もっとも検定教科書の多様 性にも限界があって、生徒の現状に適したものは探

し出しにくいのだが。生徒の関心事に結びつかな い、生徒の言語能力に適合しない教材は、学習意欲 を喪失した生徒には無意味なものである。いくら教 師が授業方法を工夫しても徒労に終るにちがいな い。そして何よりも無意味な教材で授業しつづける

ことは教師自身の存在を危うくすると思う。僕は、

生徒とかかわらない授業をやり続けることに耐えら れなかった。それで不安におそわれもしたのだが。

とにかく生徒に関心の持てそうな文章、教材探しに 時間を割いてきた。

 それと同時に、国語学習のねらいを自分なりの言

(4)

葉でまとめてみた。一言で言えば、文字の世界に親 しむこと、にある。文字を大多数の日本人が生活の 必需品としたのは歴史上ごく最近のことだと思う が、現在は文字に不自由することは生活に不自由す

ることにつながるのではないか。文字に無縁の生活 は、今日の日本では不可能である。高校の準義務教 育化に伴って、低学力の生徒も多く高校に入学して いる。生徒たちには、文字の世界、文章に対する拒 否反応は取り払い、さらに進んで文字の世界(新聞 など)を楽しんでいってもらいたいと思う。

 さて学習のねらいや教材が決まると、学習内容や 学習方法の検討に入る。

 国語の学習内容には、僕の経験から漢字、語句、

読解、表現があると思う。そのなかで読解に時間を かけているのが学校現場の実情である。僕は、授業 準備で教材をよく読み込み、学習内容を絞るように している。教科書には「学習のねらい」など学習内 容が設定してあるが、生徒の実体に応じて僕なりに 内容を単純化している。

 次に学習方法だが、教材・学習内容により多種多 様である。思いつくままに列挙すれば、聞き(範読 の、聴覚教材の)、読み(黙読、音読、斉読)、課題 学習(指示語、言い換え表現、段落分け、要約)、

書き写し、暗記、作文、語句調べなどがある。この 学習方法に関しては、各先生方の工夫した点を情報 交換し、教科の共通財産がつくられればいいと思 う。フリースクールも含め、いろいろ実践報告が全 国的に公表されているようだ。

 以上、授業の流れを分析してみたが、交流会のテ ーマに即して「授業」を考えてみたい。交流会で取 りあげられたレポートのテーマをいくつかに整理し てみると、

 イ 授業報告(古典文法の取り扱い、プリントに   よる課題など)

 ロ 自主教材(『幸福の黄色いハンカチ』(シナリ   オ)、「環境破壊とごみ問題」、『サンダカン八番   娼館』、身近な古文入門教材など)

 ハ 当面する課題への対策(小論文指導、短大入   試の課題文、定期考査問題)

 二 教師、教育論(『兎の眼』の教師観、教育観)

 ホ 国語学(「読解と文型」「文学作品の想像、イ   メージ化)

となるだろう。次にそれぞれについて触れてみよ

う。

 イ 授業報告

 「授業」をメインテーマにすえた会であったので、

包括的に授業を振り返った報告が最も多い。報告や 話し合いの中では、各先生方の苦労、悩み、創意工 夫がうかがえて大変興味深かった。そこには、現在 僕ら国語教師の抱えている問題点、困難点がほぼ網 羅されていると思う。日頃、顔を合わせている僕ら 先生達、意外に授業に関する情報交換は多くなされ ていない。

 レポートを現代文と古典で比較してみると、現代 文の報告の方が多く、現代文の方が扱いにくい科目

と言えそうだ。

 ここでは教師側から見た生徒の否定的側面と先生 方の工夫した点をまとめてみる。

 授業そのものにおける生徒の否定面。欠席(教室 にいない)、遅刻(遅れて入室)、学習準備の遅れ

(指示しないと教材を机上に出さない)、教材・教具 の忘れもの、話しを聞かない、おしゃべり、居眠

り、内職、立ち歩き、注意無視、「わかりません」

症候群……。学習の場そのものの乱れ、崩壊が日常 化しつつある。また国語の能力に関しては。漢字が 読めない、書けない、書かない。平仮名部分の読み の正しい区切りができない。言葉を知らない。特に 抽象語の認識不足。形容詞の連発。単語人間。作文 が書けない。古典嫌い。

 次に先生方の工夫されている点。

①漢  字…学習漢字の指定、漢字の成り立ちの        説明、小テストの実施、クイズ形式        の学習

②書くこと…テストに作文を課す、創作(詩歌)、

       親の仕事の聞き書き、読後感想文、

       筆写(原文の写し)。

③読むこと…自主教材、国語通信の発行、生徒作        文のプリント化。

④読 解…アンケート調査の導入、課題プリン   ト、短文の暗記、視聴覚教材の利   用、語句調べの宿題、50音表やロー   マ字を用いた仮名の理解、問題集の   利用。

 ロ 自主教材

 教師が教材に魅力を感じることが授業の成否を決

める鍵だと思う。特に現代文においてはそう言え

る。僕が先生になってからの数年、教壇に立つ時あ

る不安を感じていた(今も授業の準備不足で不安を

(5)

抱くことがある)。つきつめてゆけば僕と教材との 不調和に原因があったのだと思う。これは、教材の 研究不足とか視野の偏狭さなどという、僕個人の問 題だけで片付けれるものではないような気がする。

教材に興味、関心が持てないまま授業に臨むと、ど うしても生徒に不適切な学習を過重に要求してしま う。無理をしてしまうのだ。それが生徒とのかかわ りを空虚にし、不安をうんでしまうのだろう。

 僕が教壇に立って数年たったころ、僕自身がおも しろいと思える文章を授業で扱えばよいと開き直る ようになってきた。僕の関心は「現在」の「人間」

にある。人生とはなにか、人間とはなにか、拝金主 義の現代では、真の価値観、人生観が求められてい る。そして多様な生き方が模索されていると思う。

「個性の尊重」が官民の間から喧伝されているのも、

その表われであろう。僕は新聞、書物を通して、そ の道で成功した人、人知れず真摯に生きている人、

社会の底辺でロ申吟しながらも健気に生きている人、

様々な人間模様を知らされる。本当におもしろい。

人生にとって何が大事なことかを教えられ、生きる 勇気や活力を与えられる。「現在」を生きる「人間」

の生きざまを描いた文章を自主教材として、生徒た ちに過去と現在をきちんと見定め、不透明な未来を 力強く切り開いていってもらいたいと期待してい

る。

 一方、生徒たちの置かれている情況を考えてみる と、彼らの享受する情報は、情報公害の中にあっ て、刺激的、刹那的、享楽的なものに片寄っている と思えてならない。生徒の作文を読んでいるとま た、彼らの思考空間が現実の世界の動きに比べて、

より狭く、小さく、幼稚になってきているように見 える。理想を求めて現実を改善することもなく、現 状を肯定し通俗的価値観に安住している姿が見えて

くる。学ぶ場としての学校が、真理、正義、愛など 人間とっての理想に溢れた情報を提供するために必 死にならなければ、若者たちは悪しき商業主義に走 ったマスコミから流される情報に振り回される人間 になってゆくのではなかろうか。そのためにも新教 材の開発が必要となっている。

 自主教材の授業に対する生徒の反応は、僕の経験 からも確かに良い。生徒の作文を紹介すればいいの だが、分量が多すぎるのでここでは割愛する。それ に代わるものとして、『国語科通信あゆみ』(久津谷 先生編)の一読を薦めたい。学習意欲が低いと思わ れる生徒の勉強したいという思いがひしひしと伝わ

ってくる。

 僕は自主教材を、新聞、雑誌、書物、生徒の作品 から探している。生徒の学力、関心事に応じた文章 は処理しきれないほどの大量情報の中に無尽蔵にこ ろがっているはず。同時代を生きている教師と生徒 は、同じ土俵で十分に語り合うことはできる。

 交流会で紹介された自主教材を、僕がよく扱って いるものも含めて列挙してみよう。

 (自主教材一覧)

1『サンダカン八番娼館』(山崎朋子・文春文庫)

2「『サンダカン八番娼館』の周辺」(『火種はみず  からの胸底に』山崎朋子、光文社文庫)

3「ばあちゃんの一言でやっと出版への勇気」(山  崎朋子、朝日新聞、 89.5.7)

4「方言について」(三浦哲郎、朝日新聞 71)

5「鳥寄せ」(『木馬の騎手』三浦哲郎)

6「これまでのこと」(『生きかたを見つける作文指  導』佐野斉孝、一光社)

7「新しい刃」(『機械の詩』安西均)

8「これは何」(『艸千里』三好達治)

9『詩のこころを読む』(茨木のり子、岩波新書)

10『ヒロシマノート』(大江健三郎)

11『幸福の黄色いハンカチ』シナリオ(山田洋次)

12 石川啄木、俵万智の短歌

13「ゴミ再生で地球を救えるか」(『クォーク』 90、

 4月号、講談社)

14「今『地球』が危ない」(『地球環境白書』学研)

15「ベロ出しチョンマ」(『ベロ出しチョンマ』斉藤  隆介、理論社)

16『科学文明の曲りかど』(中岡哲郎)

17『雲の墓標』(阿川弘之)

18『きけわだつみのこえ』(岩波文庫)

19「あれから二十年」(『あの人は帰ってこなかっ  た』菊地敬一編、岩波新書)

20「カー君」

21「バイオリニスト」(天声人語、 86.2.24)

22「狂ったサル」(天声人語、 86.10.28)

23『女赤ひげドヤ街に純情す』(佐伯輝子)

24『日本の父へ』(G.フォス)

25『日本人の味覚』(近藤弘)

26『さらば悲しみの性』(河野美代子、高文研)

27「さらば悲しみの性一その後」(『考える高校生』

 河野美代子、高文研)

28『天声人語、人物編』(辰濃和男、朝日新聞)

29「勉強のすすめ」(赤旗)

(6)

30「クギ師」(『日本人の仕事』鎌田慧、平凡社)

31『明治の文化』(色川大吉)

32『音楽の歴史』(山根銀二、岩波新書)

33「ピカソと伝統」(『思索の遠近』高田博厚)

34『日の丸は紅い泪に』(越貞男)

35「スポーツによせて」(『思想とはなにか』古在由  重、岩波新書)

36「トキ」(『ベロ出しチョンマ』斉藤隆介、理論

 社)

37『狼にそだてられた子』(アーノルド・ゲゼル、家  政教育社)

38「近代科学技術との直面」(『日本人と近代科学』

 渡辺正雄、岩波新書)

39「ジャイアントセコイア」(天声人語、 87、12、

 15)

40「首なしほていどん」(『首なしほていどん』さね  とうあきら)

41「家庭の中の『火』」(『新しい教育と文化の探求』

 河合隼雄)

42「干潟のゴミ拾い15年」(朝日新聞、 86.7.

 28、  89. 6. 19)

43「閉じられた履歴書」(天声人語、 87.9.25)

44『日本人とすまい』(上田篤、岩波新書)

45「『愛』を贈って……休学、結婚」(朝日新聞、

 92.1.3)

46「50代銀座ママ晴れて法学士」(朝日新聞、 92.

 3.13)

 ハ 当面する課題の対策

 授業には直接結びつかない国語科の仕事に、受験 期を控えた生徒の小論文指導や洗足学園魚津短大、

国文科の課題図書の指導や定期考査の問題づくりが

ある。

 ここでは小論文対策についてだけ、交流会で話し 合われたことや僕の指導方法を整理してみる。

 現在、学校としてまた国語科しては特別な対策は たてていない。(最近、学年として小論文の通信添 削を導入しているところはある。)いつも小論文指 導は、生徒一人一人が先生の方に個別に指導を依頼 するところから始まる。依頼を受けた先生がボラン ティア活動としてマンツーマンで指導に当たり、相 当の負担を強いられる。

 小論文指導をしてきてみると、問題点は二つある と思われる。一つは生徒側の問題であり、一つは指 導方法の問題である。

 生徒側の問題点では、進学に対する目的意識の希 薄が指摘できる。それは指導依頼時期の遅れに表わ れ、極端な場合には試験前日に職員室へやってくる 生徒もいる。つまり生徒の志望学科、志望校選びが 遅く、志望動機があいまいなのである。当然、希望 する学科分野に対する知識も少なく、与えられる小 論文課題に答えることができない。もう一つの問題 点は作文する経験が乏しいために書くことができな いのである。

 指導方法の問題点は、作文に関した体系的な学習 段階が確立されていないことである。僕の経験から 言っても、指導期間が充分にある場合でも手探りの 状態にある。また、小論文課題が、経済、法律、自 然科学、芸術の分野が予想される時は、国語科教師 には手が負えないので、指導しきれない。ここで僕 の体験的な小論文指導の手順を記してみたい。(ゆ

とりをもって指導できる場合に限る)

①小論文課題がほぼ予想される場合(志望動機、高  校時代に学んだこと、入学しての抱負など)

 作文する前に生徒と面談し、高校生活を振り返 り、してきたこと、学んだこと、進学する抱負など を生徒から引き出す。次に課題に合致したテーマを 決め、それを支える具体的材料を選ぶ。そして作文 の構成をねる。その後、生徒に作文を書かせる。生 徒の作文をテーマ、構成の点で先生が点検する。最 後に漢字、語句、文法的事項をチェックし、清書さ せる。その一連の作業を二、三回生徒に課して指導 を終える。僕が心掛けていることは、作文は生徒の 仕事だということをわきまえて、生徒の価値観や考 え方、使用した語句は極力変えないようにしている

ことだ。

②小論文課題が限定しにくく、ある程度、関連分野  の知識や情報を準備しておかねばならない場合  まず志望校、志望学科の過去に出題された小論文 課題を調べ、出題傾向を把握する。次に関連分野の 図書や新聞記事を読ませ、そのジャンルの基礎的情 報を理解するために、ノートに整理させる。最後 に、過去出題された課題で作文させ、その後は①と 同じ手順で作文の添削をしてゆく。①で記した僕の 心掛けている点は変わらない。

 交流会では、実際に生徒作品を読み、その指導方

法について検討した。その中で指摘された問題点を

列挙してみると。指導期間の少ない場合の対策。進

学に対する意識の低い生徒の対策。ものの考え方が

片寄っているような場合の対策。作文能力の劣った

(7)

生徒の対策、などが問題提起された。

二 国語学論

 文法として扱われる分野で、古典文法は重視して いるが、口語文法はほとんど取り扱っていない。交 流会では「読解と文型」「国語表現の教材」の2本 のレポートが出ている。

 授業では、長い一文や難解な表現を理解するため に修飾、被修飾の関係を明確にする学習がなされて いるが、系統的なものにはなっていない。

 本校でかつてアメリカ、ニュージーランドから長 期留学生を受け入れた時、ボランティアで日本語の 個人指導をしたことがある。その時、「は」と「が」

の使い分け、オノマトペの意味、助動詞「た」の完 了と過去の区別など、我々日本人が無意識のうちに 理解している文法的事項や語句に留学生から疑問を 投げかけられ、困惑したことがある。

 平成6年から「現代語」が選択科目として新設さ れることになっており、高校でもより体系的に文法 学習や言語学的語句学習が求められてくるだろう。

 ホ 教師、教育論

 「よき教師をめざして一国語通信『あゆみ』(久津 谷先生編)より一」と「『兎の眼』を読んでの教師、

教育論」の二回、教師、教育にかかわった話し合い がもたれた。

 残念ながら認識が深まったとは思えなかった。授 業指導者として当然教師は対生徒関係でしかるべき 教師観、教育観を持っており、授業の展開中にそれ

は見え隠れしているのだ。

 僕は大学で教育学を専攻していたので、今も教師 論、教育論に関心を持っているが、教壇に立つとど うしても「どうするか」、その方法論で頭を痛める。

当面は方法論に重点がおかれるのは止むを得ないと しても、それで処理しきれない問題につき当たれ ば、教師、教育論を教師は真剣に考えてみなければ ならない、そんなテーマであることには間違いない

と思う。

 川 運営方法

 「交流会」の性格から、その運営方法は当初から ゆるやかなものであった。授業に関心をもつ、本校 の国語科教師の自発的参加により、月に1度、放課 後1時間30分から2時間にわたって会がもたれてき

た。

 次に以下の項目で運営方法を整理してみる。

 イ.レポーターをおく  ロ.参加者全員の発言  ハ.司会をおく

 その他に、世話係というべき係があり、開催の案 内をしたりして先生方の連絡にあたった。第3回ま では交流会のもようをまとめプリントにする記録役

も担った。第1回目から、川田先生が長くその任を 引き受けられ、退職後は近藤先生が継がれた。今、

近藤先生が休職されたため、会が休止状態にあるこ とを思うと、世話係は会の推進力として重要な役割 であることがわかってきた。

 お菓子やお茶を口にしながらの交流会は、本当に リラックスできて楽しいものだった。

 イ レポーターをおく

 38回の交流会でレポーターが出たのが29回であっ た。レポートも最初はレジメ程度の簡素なものを考 えていたが、レポーターの意気込みで、分量が徐々 に多くなってきた。レポーターは参加者の中から順 番に決めてゆき、ほぼ全員がレポーターになり、常 連の参加者の中には3、4回経験する先生もいた。

テーマは参加者全員で決めることもあったが、レポ ーターに一任することが多かった。そのため、授業 を離れてクラス経営の一環として発行し続けた学級 通信をテーマにしたレポートもあった。

 レポーターは自分の実践を振り返り、整理しプリ ントにして、当日参加者に配布する。交流会のはじ めにレポーターの報告があり、質疑応答、意見交換 し、最後に次回交流会の日時とレポーターを決めて 会は終る。

 レポ・・一一一トづくりは僕にとって大変勉強になった。

意外に僕ら教師はものを書くことがない。生徒には よく作文を課しているのに。また、日々の授業実践 には思いつきのような取り組みや無意識のものもあ る。自分のやろうとしていることとやっていること にズレがあるものだ。自分の実践を整理しレポート の形にしてみると、やれたこと、やれなかったこ と、実践の評価、課題などが明確化し、プラス面が 多かったと思う。さらにプリントとして記録、保存 できることは、やりっぱなしの多い日常活動の中で は大変貴重なものであった。

 しかし、レポーターをおくことのマイナス面もあ

る。それは参加者がレポーターまかせになること

で、レポーターをおかず、一定のテーマについて参

(8)

加者各人が意見を持ちよることも数回あった。

 しかし、僕は、レポートがあった方が、テーマの 焦点が絞れて参加しやすかった。

 ロ 参加者の全員発言

 この参加者全員発言の討論形式は、僕が大学のゼ ミで学んだ方式である。その頃、勉強もしていなか ったし、発言する経験がほとんどなかったので、僕 は全員発言制の提案に重苦しさを感じたのを覚えて いる。当時ゼミでは、戦争や在日外国人(主として 在日朝鮮人、韓国人)にスポットを当てながら日本

の教育を検討する、重いテーマであった。ほとんど それらの知識がなかった僕は、当然、意見や感想に 窮することが多かった。しかし何かを発言させられ

たことで、疎外感や孤立感を持つこともなく、ゼミ に参加しているんだという連帯感を感じれてよかっ

た。

 それで交流会の運営方法に参加者の全員発言制を 取り入れた。参加者からその是非を聞いていないの で、僕の勝手な思い入れかもしれないが。

 ハ 司会をおく

 賛否両論、激しく意見の分かれる会ではないの で、司会の役割もそれほど困難なものではなかっ た。長く僕が司会をしてきて、やっていたことは、

全員発言制を守ることと、次回の予定を決めること であった。いろいろな問題や課題の解決策をまとめ ることはしなかった。意見交換、情報交換に徹し た。僕はそれで良かったと思う。参加者一人一人が 交流会から何かを学び、実践の中に消化していけば いいのである。国語科として定型をつくり上げるに は相当の年数がかかるはずだ。

 そのうちに司会役は近藤先生に移っていった。僕 が交流会に遅れたり、途中退席したりしていたから だ。自前のささやかな学習会、オールラウンドプレ ーヤーを目指して、司会役も持ち回り方式でやるの

も一案だったか。

 1V 参加者

 第一回の交流会は12名の参加で始まった。「1 会の経過一覧」を見ると、参加者の最高が14名、最 低が4名。第18回(1987.6.17)の10名を最後

に、参加者は10名を割っている。参加者は数名程度 に固まってきたと言える。

 参加者を常勤の先生と非常勤の先生で比較してみ

ると、非常勤者が多い。教職経験年数で比較する と、10年未満の先生が多く、男女比では女の先生が 多い。つまり交流会は非常勤の若い女の先生たちに

よって支えられてきたことになる。

 この間、参加者の顔ぶれをみると、退職された先 生や新しく着任されて交流会に顔を出される先生や 会に常連の先生などいろいろであった。中には、生 物の先生が参加されたこともあった。第22回の

「『環境破壊とごみ問題』授業とその評価」の交流会 の時であった。テーマが生物の関連領域である「環 境破壊」であったからだろう。その点で、テーマに より他教科の先生方へ呼びかけることも可能であ

る。

 自発的に気軽に参加できることを目指した「国語 科交流会」。参加者の多少を気にせず、息の長い勉 強会になっていけば、と思う。

 おわりに

 今、学校現場にはさまざまな矛盾、困難が顔を出 している。その最たるものは、登校拒否、学校拒否 である。義務教育ではない高校では、その生徒たち への対応は非常に難しく、僕は基本的に「待ち」に 徹している。登校拒否児以上に多数を占めているの が学業不振児で、彼らは登校拒否、中途退学の潜在 的可能性を秘めている。授業が成立しない、無秩序 な学校現場は珍しいものではなくなった。表面上は 統制のとれた教室でも、教師と生徒とのカラ回りが あり、学校の機能の無力化も浸透している。授業の 改善にこそ学校の再建がかかっていると僕は思って

いる。

 3月19日、春休みの補習授業が終った。一年生の 共通コースの2クラスで古典の授業をした。この一 年、夏と冬休みの補習では現代文をしていたから、

今回の古典は初めてである。

 10日間、10時間の授業では、古典文法、動詞の上 二段、下二段活用の勉強にポイントを絞りながら、

『土佐日記』『枕草子』を読んできた。第1日目に、

「受ける」「投げる」「起きる」の古語を問うた結果、

68名中満点者は1名であった。最終の10日目に、現 代の動詞9語の古語を問うたら、54名中34名が満点 をとった。補習の感想文を読むと、「どの部分がど うして分からなかったのかという事に気付いた」

「テーマを決めて一つ一つ克服していけば、くにし

ないでやれることがわかった」「少しでもわかると

いうことはとっても気持ちがいいものです」と書い

(9)

ている。古典学習は学習後の成就感を味わうことが できるのだが、学習者は理解すれば喜び勉強の意欲 を高め、理解できなければ不快になり勉強の意欲を 減退させる。

 学習すべきことはたくさんある。そして教師は

「学習すべきこと」はすべて生徒に伝えねばという 義務感を抱く。僕は、「すべきこと」を授業ですべ て扱うのではなく、学習することの楽しみや喜びを 与えること、学習意欲を持たせることが教師の仕事 だと思っている。本校の就職コースの授業を担当し 続けてくると、そう思わざるを得ない。「わかる授 業」が授業の一つの理想である。

 とにもかくにも「国語科交流会」は4年近く続い た。僕らが真剣に授業で苦しみ悩んできたからこそ 交流会は続いたのだと思う。

 かつて、教師1年目、中部高校の非常勤講師の 時、夏休みに女子生徒から一通の匿名の手紙をもら

った。うきうきして開封したら、「私たちは大学受 験をめざして勉強しているのです。先生の授業は倫 社の授業のようで、私たちの学校には合いません。

やめていって下さい」とあった。なんとか9月から も学校へは行った。ベテランの先生に授業の悩みを 相談したところ、「僕も今だに授業はうまくいって ないのだ」と聞かされ、僕はホッとしたものだ。国 語教師には、頂上のない山を登らなければならない 宿命があるように思えてならない。

 交流会で何をしてきたのか。僕たちは現段階で何 を理解してきたのか。僕たち国語教師は何がわから ねばならないのか。正直のところ依然、曖昧模糊と している。が、国語教師のなすべき選択肢は少し見 えてきたように思う。そして僕自身ますます確信す ることは、生徒の実相をしっかりとらえ、教育と国 語科の目的を見定め、あわてず、あせらず、あきら めずに授業を創造してゆかなければならないという ことだ。そこからしか教師としての喜び、満足、自 信は生まれてこないだろう。

 まだ整理しきれない点、見落としている点がある ようだし、わかりにくい表現もまだ残っている。

が、このまとめに時間がかかって少々くたびれてき

たので、これで一応終わりとしよう。

参照