人権諸条約に対する留保 : 条約法の適用可能性と その限界
その他のタイトル Reservations to Human Rights Conventions
著者 中野 徹也
雑誌名 關西大學法學論集
巻 50
号 3
ページ 479‑523
発行年 2000‑10‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00023602
人権諸条約に対する留保
( l )
一九九五年︑国際法委員会は︑﹁条約の留保﹂についての審議を開始した︒国際法上︑長らく論争の対象となって きたこの主題は︑同委員会が草案を作成し︑外交会議を経て採択された条約法条約第二条一項い及び第一九条から第
は じ め に
目 次 一 は じ め に 二 人 権 諸 条 約 の 特 殊 性 三人権諸条約の特殊性が留保制度に及ぼす効果 曰
﹁ 有 効 性
﹂ の 決 定 口許容されない留保の婦結 四 お わ り に
|ー—条約法の適用可能性とその限界
人権諸条約に対する留保
中
四
野
九
︵四
七九
︶
徹
也
と言っても過言ではない︒ 第五0
巻 第 三 号
︵四 八〇
︶
一応の決着を見たかに思われた︒しかし︑特別報告者により同委員会に
提出された報告書でも指摘されているように︑この主題には︑依然としてなお多くの問題が未解決のままに残されて
( 2 ) ( 3 )
いる︒人権諸条約に対する留保という問題も︑国際法委員会にかかる決断を促した要因の︱つである︒
人権諸条約に対する留保をめぐっては︑奇しくも条約法条約の効力発生後に︑特に活発な議論がなされるように
なった︒それは︑とりもなおさず︑人権諸条約の実施機関又は監視機関が︑条約法条約の留保制度は人権諸条約では
機能しないのではないか︑との疑いを抱かせるような実行を採り始めたからである︒すなわち︑かかる諸機関は︑人
権諸条約の特殊性により︑留保の﹁有効性﹂を決定する手続として︑条約法条約が規定する他の締約国による受諾又
は異議制度は不適切である︑あるいは結果的に適用されなくなるとしたうえで︑自らが﹁有効性﹂の決定を行うとい
( 5 )
う方向性を打ち出したのである︒
周知のように︑条約法条約の留保制度が規定する受諾又は異議制度は︑それらがいわば個々の締約国の主観に基づ
( 6 )
きなされる恐れがあることから︑同条約制定当初から手厳しく批判されてきた︒しかしながら︑皮肉なことに︑人権
以外の分野の条約では︑大きな混乱を引き起こしてはいない︒さらに︑現状では︑人権諸条約の中でも︑ヨーロッパ
人権条約・米州人権条約・自由権規約等の実施機関又は監視機関を備えている条約に関してのみ︑問題にされている
それでは︑人権諸条約の特殊性とは何か︒また︑なぜその特殊性により︑他の締約国による受諾又は異議による留
保の﹁有効性﹂の決定という手続が不適切になる︑又は適用されなくなるのか︒さらには︑今のところ︑この問題が
実施機関又は監視機関を備えた人権諸条約でのみ生じているのは偶然の産物なのだろうか︒ 二三条までに規定された制度の樹立により︑ 関法五〇
人権
諸条
約に
対す
る留
保
人 権 諸 条 約 の 特 殊 性
人権諸条約の特殊性とは何か︒本主題との関連では︑以下の点が主張されてきた︒
五
本稿は︑かかる問題意識に基づき︑この主題をめぐって展開されてきた議論を踏まえつつ︑留保に関する実施機関
又は監視機関による実行の再検討を目的とするものである︒それではまず︑人権諸条約の特殊性とは何かを見てみる
まず第一に︑締約国が負う義務の非相互性である︒このことは︑再三に渡り︑至る所で指摘されてきた︒たとえば︑
国際司法裁判所は︑ジェノサイド条約の性質を以下のように評した︒
﹁このような条約では︑締約国は独自の利益を一切有さない︒締約国は皆︑単に共通の利益︑すなわち︑締約国
による当該条約の存在理由である高次の目的の達成という利益を有するにすぎない︒したがって︑この種の条約
では︑諸国家の個別的な利益又は不利益︑もしくは︑権利と義務との間の完全に契約的な均衡の維持を語ること
( 7 )
はで
きな
い﹂
︒
こうした見方は︑後の国際判例でも踏襲されてきた︒ヨーロッパ人権裁判所は︑ヨーロッパ人権条約には︑﹁古典
( 8 )
的な範疇に入る国際条約とは異なり︑単なる締約国間の相互的な約束以上のものが含まれている﹂と指摘し︑米州人
権裁判所も︑﹁人権条約を締結するにあたって︑国家は︑他国との関係においてではなく︑公益のために︑自らの管
轄下にあるすべての個人に対して︑様々の義務を負うところの法秩序に服する︑とみなすことができるのである﹂と
( 9 )
述べた︒さらに︑国際判例に留まらず︑自由権規約人権委員会も︑人権諸条約及び特に規約は︑﹁網の目のように国 J
とに
しよ
う︒
︵四 八一
︶
て挙げられることもある︒たとえば︑カッセーゼ 第五0
巻 第 三 号
( 1 0 )
家間で相互的に義務を交換する条約ではない﹂との意見を明らかにした︒
︵四
八二
︶
これらはいずれも抽象的な言葉で述べられているが︑要するに︑﹁人権関係条約は︑その締約国の国民︑居住者︑
およびその管轄権に服する他の者︵外国人︑無国籍者を含む︶のために結ばれ︑それらの者に対する締約国の義務を
( 1 1 )
つくりだす﹂のであって︑原則として︑他の締約国の態度如何により︑その義務が影響されるとは想定されていない︒
この意味で︑締約国が負う義務には︑相互性が欠けていることを指摘しているのである︒
( 1 2 )
この点は︑大方の論者も認めるところである︒それゆえ︑今日では︑人権諸条約にかかる特殊性があることは︑広
範に認められていると言っても良い︒筆者も︑基本的にはそれに同意する︒しかし︑厳密に言えば︑なお以下の二点
に留意する必要があるように思われる︒まず第一に︑人権諸条約といえども︑相互性の要素が全く排除されているわ
( 1 3 )
けではなく︑たとえば自由権規約の第四一条などの手続的な規定は︑なおその基礎を相互主義に置いている︒した
がって︑正確を期するならば︑相互主義によらない﹁規範的規定﹂すなわち実体規定により︑締約国が負う義務には
( 1 4 )
相互性が欠けていると言うべきだろう︒さらに︑条約という形態を採る限り︑形式的には︑締約国は他の締約国に対
して︑条約が規定する権利及び義務を︑自国管轄下にある個人に対して保障する義務を負うのであり︑この意味での
( 1 5 )
相互性は排除されていない︒
こうした限定を付した上であれば︑人権諸条約に︑かかる意味での特殊性があることに︑特に反対する理由はない
( 1 6 )
ように思われる︒
次に︑第一の点に関連付けて︑条約の規定を実施又はその履行を監視する機関の存在が︑人権諸条約の特殊性とし
関法
( A
Ca
ss
es
e)
は︑人種差別撤廃条約の第二
0
条二項で︑﹁この条五
人権
諸条
約に
対す
る留
保
確かに︑締約国による﹁集団的実施﹂という観念に基づき︑﹁ヨーロッパ共通の公序の樹立を意図し︑諸国家が引
( 1 8 )
き受けた義務は︑条約により設立された監督機構からも︑本質的に客観的な性質を有していることが明らか﹂なヨー
ロッパ人権条約には︑かかる因果関係が認められていると言えるだろう︒しかし︑その他の人権諸条約ではどうだろ
うか︒たとえば︑自由権規約人権委員会も︑留保に関する一般的意見で︑同委員会が規約上負っている役割に対する
( 1 9 )
留保は︑規約の趣旨及び目的に反するので認められない︑としているように︑人権諸条約において︑実施機関又は監
( 2 0 )
視機関の果たす役割が重要であることは間違いない︒しかし︑必ずしも︑それゆえに実体義務の非相互性と機関の存
在との間に因果関係があるとまではみなされてこなかったように思われる︒というのも︑大方の見解によれば︑まさ
( 2 1 )
にそれは﹁集団的実施﹂の観念に立脚したヨーロッパ人権条約独自の特殊性と理解されてきたからである︒
とはいえ︑少なくとも今日では︑この問題に深く立ち入る必要はほとんどなくなっていると言えるかもしれない︒
因果関係があろうとなかろうと︑今日厳然たる事実として︑主要な人権条約には必ずと言って良いほど条約の規定を
実施又はその履行を監視する機関が備えられている︒さらに︑機関の存在は︑﹁通常の条約とそれにかかわる紛争解
( 2 2 )
決制度との比較において︑人権条約及びその実施メカニズムの特殊性として論理的には捉えられ得る﹂︒また︑詳細 非相互性と機関の存在との間に因果関係を認めているのである︒
五
約により設置される機関の活動を妨げる効果を有する﹂留保が認められていないのは︑人権諸条約が実体義務の非相
互性という特殊性を有しているからである︑と言う︒すなわち︑かかる特殊性により︑人権諸条約では︑相互主義に
基づく伝統的な履行確保措置がほとんど役に立たない︒それゆえに︑条約の遵守を確保又はその履行を監視する機関
( 1 7 )
が設立されているのであり︑かつ︑それらに対する留保が認められていないのである︑と︒換言すれば︑実体義務の
︵四
八三
︶
(
一) をあらかじめおことわりしておく︒ 第五0
巻 第 三 号
︵四
八四
︶
は次章に譲るが︑機関の存在は︑それがなければ︑人権諸条約に対する留保に︑特別の規則が適用されるべきである
( 2 3 )
と考えることはできない﹁決定的要素﹂と言われることもあるように︑本主題に限って言えば︑密接不可分の関係に
ある︒この点では︑ヨーロッパ人権条約も例外ではない︒したがって︑さしあたり本稿では︑因果関係の問題に立ち
( 2 4 )
入ることなく︑機関の存在も人権諸条約の特殊性と考えることにしたい︒
さて︑それでは︑人権諸条約の実施機関又は監視機関は︑こうした特殊性が条約法条約の規定する他の締約国の受
諾又は異議による留保の﹁有効性﹂の決定という手続にどのような影響を及ぼすとしてきたのだろうか︒
本章では︑まず第一に︑前章で確認したような人権諸条約の特殊性と条約法条約の規定する他の締約国の受諾又は
異議による留保の﹁有効性﹂の決定という手続との関係︑ついで︑これと密接に関連する︑人権諸条約の特殊性と許
容されない留保の帰結との関係を︑順を追って検討していくことにする︒なお︑ヨーロッパ人権条約は︑既に第一︱
議定書が効力を発生しているので︑本来ならば同議定書の条文番号に依るべきところであるが︑本稿で採り上げる事
例がすべて同議定書発効前のものであることを考慮し︑以下ではすべて一九五
0
年条約の条文番号に依っていること﹁有効性﹂の決定
本節の検討に入る前に︑前提的なことを一っ確認しておきたい︒本節では︑ヨーロッパ人権条約︑米州人権条約及 関法
人権諸条約の特殊性が留保制度に及ぼす効果
五四
人権
諸条
約に
対す
る留
保
ロッパ人権委員会に付託されたテメルタッシュ 判定を行うことは不可能だったように思われる︒ 基準にその許容性が判定されるのかまでは規定していない︒また自由権規約は︑条約法条約制定以前に締結されているが︑留保に関する規定については︑原則として条約法条約の規定を適用するとの了解があったことは既に良く知られてい紅︒それゆえ︑これらの諸条約はいずれも︑特段の事情がなければ︑留保の﹁有効性﹂の決定については︑条約法条約の規定に依ることも可能だったのである︒もっとも︑その場合には︑他の締約国から全く異議が申し立てられていない場合で︑かつ︑条約法条約第二
0
条五項の︱二箇月ルールにより一応有効に成立した留保について︑実施( 2 6 )
機関又は監視機関が︑後に改めてその﹁有効性﹂に疑いを差し挟む余地はないということになったであろう︒もちろ
ん︑条約に別段の定めがある場合には︑この限りではないが︑先にも述べたように︑本節で採り上げる諸条約には︑
いずれも明示的な別段の定めはなかった︒したがって︑仮に条約法条約における留保の﹁有効性﹂の決定手続が適用
されるのであれば︑人権諸条約の実施機関又は監視機関は︑その﹁有効性﹂を追認するほかなく︑独自の基準で再度
それでは︑まずは先例をもう一度概観してみよう︒この問題が活発に議論されるきっかけとなった事例が︑
本件の被告であったスイス政府は︑同委員会に留保の﹁有効性﹂を判定する独自の権限があること自体は争わな
かった︒むしろ︑同政府は︑問題となった解釈宣言に対して︑他の条約当事国から異議が申し立てられていないこと 四
条で
︑
五五
び自由権規約の下での先例を扱う︒これらの諸条約には︑自由権規約を除き︑独自の留保条項が存在するが︑米州人
権条約は︑その第七五条で︑単に条約法条約の規定に従うと規定しているだけであり︑ヨーロッパ人権条約も︑第六
一般的性格を有する留保の禁止及び関係法律の簡略な記述という許容性の基準は規定しているものの︑何を
(T em el ta sc h)
事件であることは︑もはや言うまでもない︒
︵四
八五
︶
ヨー
︵人権│筆者注︶裁判所は︑注意深く︑﹃古典的な種類の国際条約とは異なり︑本条約は︑単なる締約国間の相互
的な約束以上のものを包含している︒この条約は︑相互的︑二国間の約束のネットワークを超えて︑前文の言葉
を借りれば︑集団的実施から利益を得るところの客観的義務を創設している﹄と指摘してきた︒ 集団的に保障するという観念に基づいている﹄︒
なぜ
か︒
次のように述べた︒ 第五0
巻 第 三 号
︵四
八六
︶
( 2 7 )
を強調し︑﹁有効性﹂の判定にあたって︑委員会はそのことを考慮すべきである︑と主張していた︒換言すれば︑委
員会の権限自体は承認するものの︑実質的には追認するほかないと主張したのである︒明示的には述べられていない
ものの︑条約法条約における留保の﹁有効性﹂決定手続を念頭に置いていたと思われる︒これに対して︑同委員会は︑
﹁たとえ︑この条約に対する留保に関してなされた︵他の締約国の1筆者注︶受諾又は異議に︑何らかの法的効
果が帰属されうるとしても︑これは︑特定の留保又は解釈宣言と本条約との適合性
(c
om
pl
ia
nc
e)
について意見
( 2 8 )
を表明する委員会の権限を排除するに足ることではない﹂︒
﹁この点で︑本条約の特別な性質︑及び︑特に本条約の第三章で︑締約国による条約規定の履行を監視すること
に責任を負った諸機関が設置されているという事実を想起すべきである︒締約国は︑本条約を作成する際に︑
⁝⁝政治的伝統︑理想︑自由及び法の支配についての共通の遺産を保護するために︑ヨーロッパの自由な民主主
義という共通の公序の樹立を意図していた︒諸国家が引き受けた義務は︑条約により設立された監督機構からも︑
本質的に客観的な性質を有していることが明らかである︒後者は﹃条約に規定された権利及び自由を︑締約国が 関法
五六
人権
諸条
約に
対す
る留
保
以上の考慮に照らして︑委員会は︑まさに条約の制度により︑特定の事件で︑ある留保又は解釈宣言がこの条
約に従って付されているか否かを審査する権限が︑委員会に付与されていると考える︒また︑委員会は︑これま
( 2 9 )
で︑留保の有効性を決定するよう要請されたことは一度もなかったが︑他方で︑何度か留保を解釈してきた﹂︒
この意見は︑当時大きな波紋を呼んだ︒条約実施機関には︑締約国が付した留保の﹁有効性﹂を判定する独自の権限
があること︑及び︑他の締約国による受諾又は異議は︑留保の﹁有効性﹂を判定する基準たり得ないことを︑かかる
( 3 0 )
機関としては初めて明らかにしたからである︒既に︑学説の上では︑この線に沿った主張がなされてはいたものの︑
条約の実施機関の︱つである委員会が︑明示的にこれを認めたことには画期的な意義があった︒
テメルタッシュ事件から時を経ること六年︑ヨーロッパ人権裁判所も︑プリロ
五七
定権限を認めるに至った︒本件でも被告となったスイス政府は︑テメルタッシュ事件と同様︑同裁判所に留保の﹁有
効性﹂を判定する権限があるか否かは争わなかった︒そしてこれもテメルタッシュ事件と同様︑問題となった解釈宣
言に対して︑条約の寄託者であるヨーロッパ審議会事務総長及び他の当事国から︑異議を含めて何も申し立てられて
いないことを強調したうえで︑次のように主張した︒すなわち︑他の当事国は︑
﹁当該宣言を︑第六四条の下での又は一般国際法上の留保として︑受諾できるものとみなしていた︒スイス政府
( 3 1 )
は︑当該宣言が︑第六四条の適用上︑黙示的に受諾されたと誠実に信ずることができる﹂︒
これに対して︑同裁判所は︑単に次のように述べた︒
﹁この分析には同意しない︒寄託者及び当事国の沈黙により︑条約機関の独自に評価を行う権限が奪われるもの
( 3 2 )
では
ない
﹂︒
︵四
八七
︶
( B e l i l o s )
事件で︑ついに自らの判
性﹂を判定することについて︑ 限そのものは争われていなかったが︑裁判所は︑
第五
0巻
第 三 号
一九六九年五月
︵四 八八
︶
委員会と同様︑寄託者や他の当事国の対応に関係なく︑裁判所にも︑独自に留保の﹁有効性﹂を決定する権限がある
ところで︑先に述べたように︑テメルタッシュ事件と同様︑本件でも人権裁判所の留保の﹁有効性﹂を判定する権
二︱︱口次のように述べていた︒すなわち︑留保又は解釈宣言の﹁有効
﹁裁判所が管轄権を有するということは︑⁝⁝条約第四五条及び四九条︑並びに第一九条︑さらに裁判所の判例
( 3 3 )
法からも明らかである﹂︒
こうして︑ヨーロッパ人権条約体制では︑委員会及び裁判所が︑共に留保の﹁有効性﹂について独自の判定権限を
( 3 4 )
持つとされ︑以降確立された実行となっていくのである︒
さて︑奇しくもテメルタッシュ事件と同年︑米州人権裁判所も︑﹁米州人権条約の効力発生に留保が及ぼす効果﹂
についての勧告的意見で︑﹁締約国の個別的評価に基づく留保の受諾又は異議申立の制度を排除するとともに︑裁判
( 3 5 )
所による両立性の判定という方向性を示した﹂︒
この方向性は︑やや複雑な事情の下で打ち出されたので︑そこに至るまでの経緯を記しておく︒本件では︑事件名
からも明らかなように︑米州人権条約の効力発生に留保がいかなる効果を及ぼすかが問われた︒同条約第七四条二項
によれば︑同条約の効力発生後に批准書又は加入書を寄託する国については︑同条約は当該国が批准書又は加入書を
寄託した時に効力を発生する︒しかし︑先に述べたように︑同条約第七五条は︑﹁この条約には︑
三日に署名された条約法に関するウィーン条約の諸条項に従ってのみ︑留保を付することができる﹂と規定している︒
Jとを認めたのである︒ 関法
五八
人権
諸条
約に
対す
る留
保 一項が適用されるべきである︑と言う︒なぜなら︑
五九
したがって︑仮に︑条約法条約第二
0
条四項が適用されるとすれば︑留保を伴う批准書又は加入書は︑他の締約国の 少なくとも一が当該留保を受諾した時に有効となる︒他の締約国が何らの態度も示さない時には︑同条五項によって︑
少なくとも留保の通告から︱二箇月の期間が満了するまでは︑当該留保は受諾されたものとみなされ得ない︒それで は︑米州人権条約の効力発生後に︑留保を付して同条約を批准又は同条約へ加入する国は︑どちらの時点から条約の
( 3 6 )
当事国となるのか︒このように︑本件では︑留保の﹁有効性﹂そのものは問われていない︒
同裁判所によれば︑本諮問事項に答えるためには︑条約法条約第二
0条の規定のうちいずれの項が米州人権条約に
対する留保に適用されるか否かを決定しなければならない︒なぜなら︑条約法条約の適用上︑条約に対する留保に︑
他の締約国による受諾は必要でないとみなされていれば︑留保を付して米州人権条約を批准又は加入する国︑又は留 保を付さずに同条約を批准又は加入する国のいずれも︑批准書又は加入書の寄託の時に当事国になるとみなされるか らである︒他方で︑条約法条約の適用上︑留保の受諾を要することになるならば︑留保国は︑他の締約国の少なくと
( 3 7 )
も一が当該留保を明示又は黙示に受諾した日に︑ようやく当事国になるとみなされることになろう︒
こうして︑本件では︑主として条約法条約第二
0
条の解釈に焦点が当てられることになった︒同裁判所は︑まず︑米州人権条約第七五条の規定により︑条約法条約第一九条団の米州人権条約への適用性を認め︑続いて条約法条約第
( 3 8 )
二
0
条の解釈に移った︒同裁判所によれば︑条約法条約第二
0
条の規定のうち︑米州人権条約に対する留保に適用されるのは︑( 3 9 )
四項のいずれかであるが︑
﹁条約法条約第二
0
条四項は︑締約国相互の利益のために相互主義的な取引を条約の目的とするような︑伝統的
︵四 八九
︶
一項
又は
第五
0巻第三号
︵四
九
0)
な多数国間条約の必要を反映しているが︑現代の人権諸条約は一般に︑そして特に米州人権条約は︑かかる性質 の条約ではない︒かかる諸条約の趣旨及び目的は︑国籍に関係なく︑国籍国及び他のすべての締約国から︑人間 個人の基本権を保護することにある︒これらの人権諸条約を締結する際に︑国家は︑他国との関係においてでは なく︑公益のために︑自らの管轄下にあるすべての個人に対して︑様々の義務を負うところの法秩序に服する︑
とみなすことができる︒さらに︑米州人権条約は︑条約を批准した国に対して︑委員会に申立を提出する権利を
︵第四四条︶が︑国家が他の国家に対して訴訟を開始するには︑双方が国家間申立を扱う委員
︵第四五条︶︒この構造は︑条約が個人に対する当事国の約束に圧倒
的な重要性を付与していることを示している︒したがって︑第七五条が条約法条約に言及していることにより︑
留保を伴う批准の効力発生を他国の受諾如何に委ねることになる条約法条約第二
0
条四項が設立した法制度を適用しなければならない︑と結論するのは明らかに不合理だろう︒批准の時から︑個人の申立が義務的になるよう に︑個人の保護に多大な重要性を付与している条約が︑他の一国が留保国を当事国として認めるまで︑条約の効 力発生を遅らせると意図していたとは到底みなされ得ない︒したがって︑米州人権条約に対する留保は︑条約法
( 4 0 )
条約第二
0
条一項により規律されるのであり︑他のいずれかの当事国による受諾を要しないのである﹂︒
こうして︑米州人権条約に対する留保には︑同条約の特殊性により︑条約法条約第二
0
条一項が適用されるのであ( 4 1 )
り︑同条四項及び付随的に同条五項は適用されない︑とみなされた︒
ところで︑同裁判所は︑最後に次のように付言していた︒
﹁当事国は︑条約の趣旨及び目的と両立しない留保を妨げることに正当な利益を有する︒当事国は︑条約により 会の管轄権を受諾していなければならない 私人に与えている 関法六〇
人権
諸条
約に
対す
る留
保
裁判所は︑次のように述べた︒
( 4 2 )
設立された司法的及び勧告的機関を通じて︑その利益を自由に主張できる﹂︒
本件は︑先にも述べたように︑米州人権条約の効力発生に留保がいかなる効果を及ぼすかが問われたのであり︑当事
国が特定の留保の﹁有効性﹂を︑同条約により設置された裁判所等の諸機関で争えるか否かが問われたわけではない︒
それゆえ︑いささか場違いの感を免れ得ない一節である︒とはいえ︑裁判所がなぜ最後にこのことを付言したかは知
る由もない︒裁判所としては︑条約法条約第二
0
条四項の適用を排除したとはいえ︑留保の問題は裁判所の専権であり︑締約国を全く蚊帳の外に置いているとの印象を与えないように︑
また︑ヨーロッパでの事例とは異なり︑ここでは︑当事国は裁判所等の機関で留保の﹁有効性﹂を争うことができ
るとされているものの︑かかる諸機関が︑その問題を扱いうる根拠は示されていない︒
六 ているかのようである︒しかし︑これについては︑わざわざ示す必要はないと︑米州人権裁判所は判断したように思われる︒そのことは︑本勧告的意見の翌年に出された﹁死刑制限﹂についての勧告的意見の中の一節から窺える︒同
﹁当裁判所は︑先の勧告的意見で︑条約目的と両立しないのでない限り︑適当とみなすいかなる留保も付すこと
ができると述べた︒したがって︑留保を解釈する際に生じる第一の問題は︑当該留保が条約の目的と両立するか
( 4 3 )
否か
とい
う点
であ
る﹂
︒
すなわち︑同裁判所は︑両立性の判定という問題も︑解釈の問題にほかならず︑米州人権条約第六二条三項によれば︑
同裁判所の管轄権は︑﹁この条約の諸条項の解釈及び適用に関するすべての事件に及ぶ﹂ので︑第七五条も例外では とも考えられるが︑それは推測にすぎない︒
︵四 九一
︶
一見すると︑論点を先取りし 一言付言しておく必要性を感じたのではないか
第五0 巻 第 三 号
︵四
九二
︶ 以上のような経緯を経て︑裁判所による留保の﹁有効性﹂の決定という方向性は打ち出され︑そして︑いまのとこ ろ︑そのことについて締約国から異議を申し立てられた形跡はない︒ヨーロッパと同様︑確立した実行となっている 最後に︑自由権規約人権委員会の一般的意見を見ておくことにしよう︒同委員会も︑概要以下のように述べて︑条
約法条約第二
0
条四項は適用されないとの見解を示した︒すなわち︑﹁留保に関して︑国家による異議が果たす役割についての条約法条約の規定は︑人権諸条約に対する留保という 問題に対処するには不十分である︒なぜなら︑かかる諸条約及び特に規約は︑網の目のように国家間で相互的に 義務を交換する条約ではないので︑諸国家は︑留保に対して異議を申し立てることに何らの法的利益をも有さな い︑もしくはその必要性を感じないことが多いからである︒それゆえ︑諸国家により抗議がなされていないから といって︑そのことは︑留保が規約の趣旨及び目的と両立する又は両立しないことまでをも意味し得るものでは ない︒諸国家による留保に対する異議は︑委員会による留保と規約の趣旨及び目的との両立性に関する解釈にお いて︑委員会にとってある程度の指標になりうるにすぎない︒従って︑委員会は︑特定の留保が規約の趣旨及び 目的と両立するか否かを決定することに取り組まざるを得ない︒これは︑上述したように︑人権諸条約に関して は︑当事国が十分に行い得ない任務だからであり︑かつ委員会がその任務の遂行上︑避けて通ることのできない 任務だからでもある︒委員会は︑第四
0
条の下での国家の遵守又は第一選択議定書の下での通報を検討する自身の義務の範囲を知るために︑留保と規約の趣旨及び目的及び一般国際法との両立性を検討しなければならない︒
と見て良いだろう︒ ないと考えたのだろう︒
関法
一
/'
人権諸条約に対する留保 上述したように︑ある︒この立場は︑
ヨーロッパ人権委員会は︑実体義務の非相互性と実施機関の存在を︑自らが判定権を持つ根拠と して挙げていた︒しかし︑これらの特殊性は︑実施機関は﹁選択条項が受諾されれば︑条約だけを根拠に判断を下し︑
( 4 5 )
各当事国の個別的意思に左右されない﹂という長年に渡って確立しようとしてきた原則が︑第六四条の解釈・適用に も及ぶということを確認するために挙げられたと見るべきであろう︒その結果︑自らが判定権を持つことになるので
ヨーロッパ人権裁判所でも従われている︒同裁判所は︑自らが判定権を持つ根拠として︑条約第
過程はそれぞれ異なる︒ らの反論も踏まえながら︑総括をしてみよう︒ 述べられているという印象を受ける︒ ている︒そして︑人権諸条約とりわけ規約において︑両立性の判定にあたって︑締約国による異議の果たす役割の不十分さにより︑委員会による両立性の判定が︑その任務の遂行上必要になるという独自の論理が展開されているのである︒もっとも︑どちらかと言えば︑意見において占める割合からは︑前者に重点が置かれ︑後者はいわば付随的に
さて︑周知のように︑この意見に対しては︑イギリス・フランス・アメリカの三ヶ国から反論が寄せられた︒これ 結果だけを見れば︑先例はいずれも︑他の締約国による受諾又は異議は︑留保の﹁有効性﹂を決定する基準たり得
ないとしている︒すなわち︑条約法条約第二
0
条四項の適用は排除されているのである︒しかしながら︑そこに至るMの
よう
に︑
六
人権条約の特別な性質のゆえに︑留保と規約の趣旨及び目的との両立性は︑法原則に照らし合わせて︑客観的に
( 44 )
確立されなければならず︑委員会は︑この任務を遂行するに︑特に適した立場にある﹂︒
一般的意見では︑主として︑締約国による異議が両立性の判定にあたって果たす役割に焦点があてられ
︵四
九三
︶
第五0
巻 第 三 号
︵四
九四
︶
四五条及び第四九条︑並びに第一九条︑さらに裁判所の判例法を挙げていた︒第四九条は︑管轄権を有するか否かを
決定するのは裁判所であると規定している︒また︑第四五条は︑﹁裁判所の管轄権は︑この条約の解釈及び適用に関
するすべての事件に及ぶ﹂とし︑さらに︑第一九条は︑﹁締約国が行った約束の遵守を確保するために﹂裁判所を設
置すると規定されている︒裁判所がこれらの条文を根拠に挙げたのは︑裁判所での留保の﹁有効性﹂の審査は︑第六
四条の下での審査すなわち第六四条の解釈・適用であって︑かつそれを﹁締約国が行った約束の遵守を確保する﹂と
( 4 6 )
いう裁判所に授けられた任務の遂行上行うと考えたからであろう︒委員会及び裁判所で先例として引用された事例が︑
いずれも﹁有効性﹂そのものが争われたのではなく︑解釈に関するものであったのも︑このように考えれば一応の説
( 4 7 )
明はつくように思われる︒こうして︑条約の特殊性は︑留保の問題も条約の解釈・適用のそれであり︑その管轄権が
条約の解釈・適用に関わるすべての事件に及ぶ機関は︑他の締約国の対応に関係なく︑条約だけを根拠に判断を下す
ことができるとする根拠として挙げられているのである︒その結果︑いわば必然的に︑条約法条約の受諾・異議制度
は排除されることになる︒逆説的に言えば︑かかる機関が存在しない場合には︑この問題は起こり得なかったという
こと
にな
ろう
︒
米州人権裁判所は︑留保の﹁有効性﹂の決定ではなく︑条約の効力発生との関係で︑実体義務の非相互性と個人の
権利を非常に重要視しているという特殊性を強調し︑条約法条約第二
0
条四項の適用を排除した︒そして︑先にも述べたように︑第七五条の解釈・適用の問題として︑自らが﹁有効性﹂の決定を行うとしている︒ここでも︑かかる権
限を授けられた機関が存在しなければ︑こうした論理は採り得なかったであろう︒
ところが︑自由権規約人権委員会の一般的意見では︑ヨーロッパや米州の先例とは異なり︑実体義務の非相互性と 関法
六四
人権
諸条
約に
対す
る留
保
六五
いう特殊性が︑留保の﹁有効性﹂の決定における受諾又は異議の役割とりわけ異議の役割が不適切であるとするため
に挙げられている︒まともに︑非相互性という特殊性により︑留保の﹁有効性﹂の決定において︑受諾又は異議制度
が不適切になるとしているのは︑この意見だけである︒もっとも︑こうした見解は︑古くから見られ︑また︑多くの
学者の賛同するところである︒すなわち︑かかる特殊性により︑たとえ留保に対し異議を申し立てたとしても︑当該
( 4 8 )
異議国は︑なお留保国の国民に対する自らの条約上の義務を免れることができない︒異議国にとっては︑留保国に
( 4 9 )
﹁対して﹂又は当該国家﹁間において﹂義務の適用を免れることができたとしても︑それは何の意味も持ち得ない︒
また︑実体義務に対する留保は︑その義務の性質上︑他の締約国に対して付すというよりも︑自国管轄下にある個人
( 5 0 )
又は実施機関及び監視機関に対して付すようなものである︒こうした事情により︑﹁諸国家は︑留保に対して異議を
( 5 1 )
申し立てることに何らの法的利益も有さない︑又は︑その必要性を感じないことが多く﹂︑その結果︑﹁留保国が両立
( 5 2 )
しない留保を付している場合でさえ︑条約の当事国になる﹂ような事態も驚くべきことではなくなりうる︒
こうした事情があるがゆえに︑人権保障という点からみて許容性に問題があるような留保が現に存在し︑そしてそ
の留保に関わる問題が︑個人の申立や通報又は締約国の報告書審査という手続の中で争われた場合︑人権諸条約の実
施機関又は監視機関は︑﹁事件の審査に必要な限りで独自の許容性判定権限を行使するべきであるし︑そういう方向
( 5 3 )
に進まざるを得ないのではないだろうか﹂との主張がなされるのである︒したがって︑ヨーロッパや米州とは異なり︑
実体義務の非相互性という特殊性から直接︑受諾又は異議制度が不適切になるとされているものの︑ここでも︑かか
( 5 4 )
る手続とりわけかかる機関の存在を前提にしなければ︑このことを問題にし得る余地がないことには変わりない︒
とはいえ︑仮にこういう事情があるにせよ︑それらは︑自由権規約人権委員会が独自に留保の﹁有効性﹂を決定し
︵四
九五
︶
たいという欲求を起こさせる動機あるいは背景を説明するに足るものにはなろうが︑自らが決定できるとするに足る
( 5 5 )
法的根拠にはなり得ない︒留保に関する独自の規定を備えるヨーロッパ人権条約や米州人権条約の実施機関は︑解
釈・適用の問題とみなすことにより処理できたが︑かかる規定を備えていない自由権規約の場合には︑どうだろうか︒
この点で︑要となる概念は﹁任務遂行の必要性﹂である︒すなわち︑上述したように︑﹁第四
0
条の下での国家の遵守又は第一選択議定書の下での通報を検討する自身の義務の範囲を知るために﹂︑委員会は︑留保と規約の趣旨及
( 5 6 )
び目的との両立性を判定すると述べていた︒なるほど︑これは︑委員会が留保の﹁有効性﹂を決定する一応の法的根
拠足りうるものになろう︒なぜなら︑委員会は︑﹁国家又は個人による申立︑期限毎の報告書を検討する際であれ︑
また勧告的権限を行使する際であれ︑関係国に対する関係での自身の権限の正確な範囲を決定することができない場
( 5 7 )
合には︑授けられた任務を遂行できない﹂からである︒もっとも︑それでもなおこの点については︑議論の余地があ
るとも言えよう︒実際︑
条•四一条及び選択議定書)での多数の任務を遂行できるようにするために︑留保の地位及び効果について︱つの見
解を採ることが必要な場合には︑委員会は必然的にこれを行いうる﹂ことを認めてい酎︒イギリスは︑委員会により
﹁なされた事の拘束力﹂については異議を申し立てているが︑それは︑委員会が﹁何かを行う権限﹂までをも否定す
( 5 9 )
るものではない︒すなわち︑留保の﹁有効性﹂を﹁決定﹂する権限とその﹁決定﹂がいかなる効力を有するかは別の
問題であり︑当然後者は︑関係条約が当該機関の﹁決定﹂に付与している効力の性質によって異なりうる︒イギリス
( 6 0 )
は︑こうした区別を行った上で︑後者については異議を提起した︒他方︑アメリカは︑﹁規約の枠組み及び国際法に
反す
る﹂
︑ 関法
第五0
巻 第 三
一般的意見に異議を提起した三国の中で︑イギリスだけが︑﹁委員会が規約の下︵第四〇 号
フランスも︑﹁委員会は︑⁝⁝当事国により委員会に付与された権限以外の権限を有するものではない︒
六六
︵四
九六
︶
人権
諸条
約に
対す
る留
保
六七
⁝⁝留保と条約の趣旨及び目的との非両立性を判定するのは︑当事国であり︑かつ当事国だけなのである﹂と指摘す
ることにより︑たとえ委員会の任務遂行の過程であっても︑その任務の範囲内にかかる権限までは含まれない︑と主
( 6 1 )
張しているかのようである︒もっとも︑アメリカの第一回報告書審査において︑委員会は︑アメリカによる規約第六
条五項及び第七条に対する留保は︑規約の趣旨及び目的と両立しない︑と述べた沢その際︑アメリカは︑委員会の
決定には法的拘束力がないことを確認したものの︑委員会にはそもそもかかる判定を行う権限がないとは言わなかっ
た︒さらに︑国際法委員会も︑﹁人権諸条約を含む規範的多数国間条約に対する留保に関する国際法委員会の暫定的
結論﹂の第五項で︑﹁これらの諸条約がこの主題について沈黙している場合には︑それらにより設立された監督機関
は︑かかる機関に付与された任務を遂行するために︑諸国家による留保の許容性に関して︑コメントしたり︑明示の
( 6 3 )
勧告を行ったりする権限を有する﹂としているように︑たとえ条約中に留保に関する規定がない場合でも︑実施機関
又は監視機関が設置されている時には︑かかる機関は︑任務の遂行に必要な限りで︑留保の﹁有効性﹂を判定するこ
とも許されると見る傾向が︑未だ限られた範囲ではあるものの︑見てとれるようになってきたことは注目に値する︒
もっとも︑この部分に対しては︑国連総会第六委員会での討議で︑なお相当数の国が反対していたことも付言してお
( 6 4 )
かなければならないだろう︒
こうして︑先例においては︑人権諸条約の特殊性は︑条約法条約における留保の﹁有効性﹂決定手続である他の締
約国による受諾又は異議制度に︑間接的又は宜接的な影響を及ぼすとされてきた︒そして︑実施機関又は監視機関は︑
解釈・適用の問題とみなすことにより︑あるいは﹁任務遂行の必要性﹂に基づき︑他の締約国による受諾又は異議に
しばられることなく︑独自に留保の﹁有効性﹂の判定を行うとしてきたのである︒
︵四
九七
︶
前節で見たように︑三つの人権諸条約の実施機関又は監視機関は︑それぞれ文脈は異なるものの︑留保の﹁有効
性﹂を決定する権限が自らにあるとしてきた︒このことと密接に関連するのが︑かかる諸機関の決定︑とりわけ留保
を許容されない又は無効とする決定が︑いかなる帰結を生ずるかという問題である︒実際には︑許容される又は有効
と判定される場合には︑特に問題は起こらないと思われるので︑かかる諸機関が決定権を持つ意味は︑この点にある 口許容されない留保の帰結
第五0
巻 第 三 号
︵四
九八
︶
ところで︑実施機関又は監視機関による留保の﹁有効性﹂の決定という傾向を︑条約法条約における留保の﹁有効
性﹂の決定をめぐる二つの学派の見解と照らし合わせて見れば︑かかる諸機関は︑許容性学派の見解に従っているか
のようにも見える︒許容性学派は︑留保の許容性の問題は︑条約解釈の問題であり︑他の締約国が当該留保を受諾し
( 6 5 )
ているか否かは︑許容性の問題に何らの影響をも及ぼすものでなく︑司法的決定に適したものとしているからである︒
しかし︑これにより︑学派間の対立が︑許容性学派の勝利で決着したとは︑到底言えないように思われる︒というの
も︑かかる傾向は︑まだまだ限られているだけでなく︑人権条約に限って見ても︑実施機関又は監視機関の存在しな
い条約︵たとえばジェノサイド条約︶では︑依然として他の締約国による受諾又は異議による﹁有効性﹂の決定とい
う手続しか存在しない︒さらには︑実施機関がこの問題を解釈・適用のそれとみなすことにさえ︑学説の上では議論
( 6 6 )
があった︒それゆえ︑これらの先例により︑人権諸条約の特殊性とりわけ機関の存在という前提があってこそ︑許容
性学派の見解は成り立つとは言えるかもしれないが︑かかる機関の存在を想定していない条約法条約の解釈論として
( 6 7 )
は︑なお対抗力学派の見解に優位性があるように思われる︒
関法
六八
人権
諸条
約に
対す
る留
保
項は︑次のように規定されている︒ 主張が︑ますます勢いを増しつつある︒
六九
さて︑この点については︑留保が許容されない又は無効と判定された場合︑留保国は︑当該留保がなかったものと
して︑引き続き条約に拘束されるという帰結を中心に︑議論は展開されてきた︒これは︑後述するように︑ヨーロッ
パ人権裁判所と自由権規約人権委員会がこの帰結を採用したからである︒もっとも︑両機関ともに︑留保の﹁有効
性﹂の決定とは異なり︑この文脈では人権諸条約の特殊性に言及していない︒それゆえ︑これらの機関自身は︑人権
諸条約の特殊性が︑かかる帰結を採用せざるを得ないという効果を及ぼすとの立論をしているわけではない︒しかし︑
両機関の判決又は意見を受けて︑学説の上では︑人権諸条約の特殊性がこの帰結を採用することに有利に働くとする
かかる帰結を支持する論者は︑まず前提的な問題として︑条約法条約第ニ︱条三項の適用を排除する︒第ニ︱条三
﹁留保に対し異議を申し立てた国が自国と留保を付した国との間において条約が効力を生ずることに反対しな
かった場合には︑留保に係る規定は︑これらの二の国の間において︑留保の限度において適用がない﹂︒
しかし︑ここに規定されている帰結は︑人権諸条約に対しては︑そして特に︑実施機関又は監視機関により許容され
ない又は無効と判定された場合の帰結としては不適切であるとする︒すなわち︑人権諸条約は︑第一義的には︑締約
国に義務を課しているが︑締約国に直接利益となる権利を付与してはいない︒それゆえ︑留保が許容されない又は無
( 6 8 )
効と判定されることにより︑義務の適用が排除されることになれば︑実際には︑留保に完全な効力を与えるに等しい︒
また︑条約法条約第ニ︱条三項は︑二国間の特定の関係に関するものであり︑実施機関又は監視機関が︑留保を許容 と言っても過言ではない︒
︵四
九九
︶
第五0 巻 第 三 号
( ln t e rh a n de l )
事件でのラオターパクト
( H .
( D .
W .
Bow
et
t)
は︑
第ニ
︱条
一
( K .
N e
ma
ne
k)
は︑第ニ︱条三項は︑留保の両立
︵ 五
00
)
されない又は無効と宣言する事態に関わるものではない︒機関による無効の宣言は︑その帰結が二国間の関係を対象
としない﹁客観的な﹂事態であり︑また︑かかる機関は︑異議を申し立てるのではなく︑留保が無効であると決定す
( 6 9 )
るの
であ
る︒
これらの主張は︑条約法条約第ニ︱条三項の問題性を指摘するものとしては︑概ね首肯できるものである︒ただし︑
だからといって︑このことから直ちに︑実施機関又は監視機関が︑留保が許容されない又は無効と判定した場合︑留
保国は︑当該留保がなかったものとして︑引き続き条約に拘束されるという帰結を採用することができるかというと︑
それは拙速にすぎるということになろう︒このことは︑第ニ︱条三項が適用されないとするに足る根拠にしかなり得
( 7 0 )
ないからである︒人権諸条約の特殊性により第ニ︱条三項を適用できない又はそうするのが望ましくないということ
と︑実施機関又は監視機関が︑上述のような帰結を採用できるか否かということとは︑別個の問題である︒
そもそも︑第ニ一条三項は︑こうした人権諸条約の特殊性を指摘するまでもなく︑議論の余地のある規定である︒
それゆえに︑留保の﹁有効性﹂の決定と同様に︑この規定の解釈をめぐっても︑許容性学派と対抗力学派は対立して
いる︒たとえば︑対抗力学派に属する一人とされるツェマネック
( 7 1 )
性に関係なく適用されると言う︒他方︑許容性学派の代表的論者であるバウエット
項だけでなく第ニ︱条全体が︑許容される留保に対してのみ適用されると言う︒そして︑許容されない留保の帰結は︑
条約法条約では規定されていないという立場から︑インターハンデル
La
ut
er
pa
ch
t)
判事等の少数意見に依拠しつつ︑許容されない留保の帰結は以下のように考えるべきであると主張す
( 7 2 )
る︒すなわち︑国家の主たる意思が条約を受諾することにあり︑かつ当該留保が条約の趣旨及び目的に根本的に反し 関法七〇
人権
諸条
約に
対す
る留
保
一度条約により付与されていた個人の権利及び義務が失
( 7 6 )
われてしまうことになりかねない︒これは︑法的安定性の観点から︑望ましい事態ではない︒
それでは︑先例を見てみよう︒先陣を切ったのは︑
ヨーロッパ人権裁判所であった︒同裁判所は︑ かったものとして引き続き条約に拘束されるとしなければ︑
七
ていない場合には︑留保のみを無効とすることができる︒しかし︑留保と条約の受諾が密接不可分の関係にあり︑か
つ当該留保が条約の趣旨及び目的に根本的に反している場合には︑条約への参加すなわち批准又は加入そのものが無
( 7 3 )
効になる︒これが留保の可分性という概念である︒この概念によれば︑留保国の意思を基準に︑許容されない又は無
効と判定された留保と条約に拘束されることについての同意とを切り離すことができるか否かが判断されることにな
こうして︑奇しくも留保の﹁有効性﹂の決定と同様に︑この文脈でも︑許容性学派の見解に注目が集まっている︒
許容性学派によれば︑留保がなかったものとして︑引き続き条約に拘束される場合もありうるからである︒実際︑後
述するように︑この概念は︑かかる帰結を積極的に根拠付けるものとして︑頻繁に引用されてきた︒ただし︑留保の
( 7 4 )
﹁有効性﹂の決定とは異なり︑起草過程を見ても︑条約法条約がどちらの立場を採っているのかは定かでない︒それ
ゆえ︑これは︑未解決のまま残された問題の︱つであり︑人権諸条約の特殊性が︑かかる帰結を積極的に根拠付ける
という文脈では︑付随的に次のように述べられているにすぎないのは︑そのゆえであると見ることもできよう︒すな
( 7 5 )
わち︑﹁人権に関する文書の場合には︑当事国を追放することは望ましくない︒むしろ︑引き留めるほうが好ましい﹂︒
また︑実施機関又は監視機関による留保の﹁有効性﹂審査は︑条約が留保国に対して効力を発生した後に行われる︒
しかし︑人権諸条約は︑当事国の管轄下にある個人に︑条約が定めている保護基準を保障するものであり︑留保がな る ︒
︵ 五
0
I )
プ リ ロ
(3)
に修正されるまで運用を停止されることになる︒ さ
れる
︒
(2) (1)
単純に締約国でなくなる︒
︑ こ ︒
てし
t
第五0巻 第 三 号 ( B e l i l o s )
事件で︑留保と判定した解釈宣言の無効を宣言したうえで︑次のように述べた︒
︵ 五
01
︱ )
﹁スイスが︑現にそして自らもそのようにみなしているように︑宣言の有効性とは関係なく条約に拘束されるこ
( 7 7 )
とには︑疑いの余地がない﹂︒
裁判所は︑これ以上の説明をしなかったので︑なぜこの帰結を採用したのかは︑判決文からは定かでない︒しかし︑
ここに至るまでには︑以下のような経緯があったとされる︒
スイスは︑口頭弁論で︑裁判所により留保が無効と宣言された場合︑以下の三つの選択肢がありうることを示唆し
当該留保が無効と宣言されることにより︑いかなる効果も有さないことになるとしても︑引き続き条約に拘束
無効を宣言されるとは知らずに︑条約に対する同意に当該留保を付していた国は︑事後的に再度留保を表明す
ることができる︒その場合︑当該国は︑引き続き条約の当事国に留まるが︑留保に係る規定は︑当該留保が明確
スイスによれば︑第一の選択肢は明らかに均衡を失するものであり︑また第二の選択肢は︑同意原則を損なうもので
あって︑同意しなかった条文に拘束されることなどあり得ない︒したがって︑裁判所は第三の選択肢を採用すべきで
( 7 8 )
ある︑と主張していた︒
さて︑上述したように︑裁判所は︑スイスが同意原則を損なうと批判していた第二の選択肢を採用したのであるが︑ 関法
七
人権諸条約に対する留保 ﹁受け入れられない こうした経緯を見る限り︑
スイスがヨーロッパ人権条約から脱退する意思を表明した形跡は窺われない︒そこでその 点に着目して︑学説の上では︑裁判所は︑留保無効の帰結を考える際に︑可分性の概念に依拠したのだとの見方が有
カである︒すなわち︑裁判所は︑スイスの第一義的な意思は︑
と宣言された留保と条約の受諾とは不可分の関係ではなかったということを︑スイス自身が認めている︑と判断した
( 7 9 )
のだと︒なるほど︑判決の﹁そのようにみなしているように﹂との箇所は︑その意味で読むべきなのかもしれない︒
しかし︑仮にそうであるとしても︑これがスイスの意思を正確に反映していたか否かは議論の余地があろう︒スイス は︑上述したように︑留保を条約に拘束されることについての同意から分離することには強く反対していたので︑果
( 8 0 )
たして留保がなかったものとして扱われても︑引き続き条約に拘束される意思を持っていたかは疑わしい︒実際︑判
決の
翌年
︑ スイスは︑無効を宣言された留保の文言を一部修正︑かつ関係法律の簡潔な記述を付け加えて︑それを寄 託者であるヨーロッパ審議会事務総長に送付している︒スイスが採用すべきであるとした第三の選択肢を実践してい るのである︒今のところ︑この新たに付されたスイスの留保に対して︑他の締約国や寄託者から異議は申し立てられ
ていない︒しかし︑
ヨーロッパ人権条約第六四条によれば︑留保の表明は︑﹁この条約に署名するとき又は批准書を 寄託するときに﹂のみ認められているので︑学説上は︑当該留保が再度裁判所で問題になる場合︑再び無効を宜言さ
( 8 1 )
れるだろうと見るむきもある︒いずれにしても︑意思を基準にするとしても︑その意思が何かを確定するのがいかに 困難であるかを︑はからずもこの事件は明らかにすることになってしまった︒
さて︑規約人権委員会の一般的意見でも︑次のように︑
七
ヨーロッパ人権条約を受諾することであり︑かつ無効
ヨーロッパ人権裁判所と同様の見解が採用されている︒
(u na cc ep ta bl e)
邸田但かの通常の帰結は︑規約が留保国に対して完全に効力を有さなくなると
︵ 五
0三 ︶
第五0 巻 第 三 号
しかし︑これに対しても︑
︵ 五
0
四 ︶ いうことではなく︑むしろ︑かかる留保は︑規約が留保国に対して︑留保の利益なく効力を生ずるという意味で︑
( 8 2 )
一般
的に
は分
離可
能で
ある
﹂︒
アメリカ・イギリス・フランスが異議を唱えた︒三国政府の主張は︑概要次の通り︒﹁条
( 8 3 )
約は︑諸国家の同意に基づくものであり︑留保は︑当該諸国家がその同意に付した条件である﹂︒いわば︑留保はそ の同意の﹁不可分の一︐殿﹂であるだけでなく︑それは︑留保に係る条約の部分を明示的に受諾しないという諸国家の
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意思表明でもある︒したがって︑その意思に反して︑なお条約に拘束されることなど到底考えられず︑留保が無効と
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されるならば︑同時に条約に拘束されることについての同意も無効とみなされるべきである︒要するに︑かかる帰結
は︑﹁条約約束のまさに本質である合意性
(c on se ns ua li ty )
を全く考慮していない﹂︒
一般的意見では︑単に﹁受け入れられない留保の通常の帰結は︑⁝⁝一般的には分離可能﹂と述べられている︒こ こでも︑許容性学派の提唱する可分性の概念では重要な地位を占めていた留保国の意思という要素は︑
一見すると含
まれていないように見える︒それゆえ︑三国政府が強く反発したのも︑無理からぬことであったとも言えよう︒もっ とも︑﹁通常﹂や﹁一般的には﹂といった慎重な言葉遣いがなされていることから︑必ずしも全面的に留保国の意思
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を排除し︑常に分離可能とする趣旨ではなかったのかもしれない︒この点で︑注目に値する事例が既にある︒
一九九八年五月二六日︑自由権規約第一選択議定書を廃棄し︑同日︑再度以下のような
﹁自由権規約人権委員会は︑死刑囚に関するもので︑彼の訴追・拘留・審理・有罪の判決・刑又は死刑の執行及 びそれらいずれかの事項に関わる通報を受理し︑かつ︑検討する権限を有さない︑という趣旨の第一条に対する
留保を付して同選択議定書へ加入した︒ トリニダード・トバゴは︑ 関法七四
人権
諸条
約に
対す
る留
保
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留保を伴い︑市民的及び政治的権利に関する国際規約に対する選択議定書へ再加入する﹂︒
ここに至るまでの経緯は︑概要以下の通り︒コモンウェルス諸国の構成国であるトリニダード・トバゴでは︑︑イギ
リスの枢密院司法委員会への上訴が認められている︒ところが︑同委員会は︑
七五 国の構成国で︑同委員会への上訴を認めているジャマイカに関する事件で︑﹁死刑の宣告から五年以上経過した後に死刑執行が行われる場合には︑その遅滞そのものが︑非人道的な若しくは品位を傷つける刑罰若しくは他の取扱いにあたり︑ジャマイカ憲法第一七節に違反すると信ずるに足る強い根拠がある﹂との判決を下した︒トリニダード・トバゴ憲法第五節二項⑯は︑ジャマイカ憲法第一七節と類似の規定であり︑この判決により︑同種の事件では︑トリニダード・トバゴ憲法第五節二項⑯に違反するとの判決が下されるおそれが出てきた︒また︑同委員会の判決は︑トリニダード・トバゴの憲法基準となる︒それゆえ︑トリニダード・トバゴは︑同国の法律によって課された死刑を執行できるようにするために︑上訴プロセスが迅速に処理されるように手配しなければならなくなり︑その関連で︑自由権規約第一選択議定書に基づく個人通報手続が問題となった︒個人通報手続は︑通常最終的に完了するまでにかなりの時間がかかるので︑その間に五年経過してしまうこともありうるからである︒トリニダード・トバゴは︑年三月三一日︑自由権規約人権委員会の議長及び事務局と協議を行い︑こうした国内事情を説明したうえで︑死刑に関する事件が︑登録から八ヶ月以内に完了するとの言質を得ようとした︒しかし︑結局言質は得られなかった︒その結果︑トリニダード・トバゴは︑やむなく︑﹁国内法を何人も非人道的な若しくは品位を傷つける刑罰若しくは取扱いを受けないように維持し︑それにより︑規約第七条の下での義務を遵守するために﹂︑一旦第一選択議定書を廃棄
( 9 0 )
せざるを得なくなった︒こうした経緯を経て︑上述の留保を付して︑再加入ということになったのである︒
︵ 五
0五 ︶
一九
九八
一九九四年︑同様にコモンウェルス諸
なっ
た︒
第五0
巻 第 三 号
( Be l i lo s )
事件判 ところが︑この留保が付された後に︑トリニダード・トバゴ国籍を有する死刑囚により提出された個人通報の許容性審査において︑委員会の多数意見は︑当該留保は︑第一選択議定書の趣旨及び目的と両立せず︑その結果︑委員会
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は︑第一選択議定書の下で本通報を検討することを妨げられないとして︑当該通報の許容性を認めてしまった︒これ
は︑両立しない留保の帰結として︑当該留保と第一選択議定書に拘束されることについての同意は分離可能と判断さ
れ︑当該留保がなかったものとして扱われたことを意味する︒多数意見によれば︑本件は﹁通常﹂かつ﹁一般的﹂な
場合であったということになろう︒しかし︑このような場合でも︑﹁通常﹂かつ﹁一般的﹂とみなされるのであれば︑
実質的には留保国の意思は全く尊重されないということになるのではないか︒上述したように︑トリニダード・トバ
ゴが留保を付した理由︑またそれが第一選択議定書に拘束されることについての同意の不可分の条件であったことは︑
このうえなく明白であった︒それゆえ︑仮に﹁通常﹂又は﹁一般的﹂という表現に︑留保国の意思という要素が含意
されているのであれば︑反対意見を付した四人の委員が言うように︑本件は﹁通常﹂の場合ではなく︑トリニダー
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ド・トバゴは第一選択議定書の当事国でなくなると言うべきであったのかもしれない︒ただし︑後述するように︑委
員会の多数意見として︑そのように言うことが現実的に可能であったか︑又は︑望ましいかという観点からは︑議論
の余地があろう︒いずれにせよ︑この決定を受けて︑トリニダード・トバゴは再度第一選択議定書を廃棄することに
さて︑ヨーロッパ人権裁判所と自由権規約人権委員会は︑共に︑許容されない又は無効な留保の帰結として︑留保
国は当該留保がなかったものとして引き続き条約に拘束されるとの立場を採った︒しかし︑プリロ
決の顛末や一般的意見に対する三国政府の強硬な批判︑さらにトリニダード・トバゴの事例からもわかるように︑か 関法七六
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