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国内法の条約適合性統制

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(1)早稲田大学審査学位論文(博士). 国内法の条約適合性統制 地域的人権条約の実施における 国際裁判の立憲化と憲法裁判の国際化. 早稲田大学大学院 法学研究科. 根岸. 陽太. 1.

(2) 問題の所在-人権条約秩序と憲法秩序の再編可能性- 第1節. 現実的問題. 第1項. 対世的性格を有する国際人権規範の集合的保障. 第2項. 国内法秩序の欠陥に起因する構造的人権侵害. 第2項. 理論的問題. 第1項. 「国際裁判の立憲化」と「憲法裁判の国際化」. 第2項. 「国際法と国内法の関係」再考. 本研究の方法 第1節. 分析枠組. 第1項. 規範間関係:条約適合性統制基準. 第2項. 機関間関係:条約適合性統制権限. 第2節. 分析対象. 第1項. 裁判:人権裁判所と国内裁判所の判例分析. 第2項. 地域:欧州人権条約と米州人権条約の比較分析. 第1部. 国際裁判の立憲化-人権裁判所による条約適合性統制-. 第1章. 人権裁判所による条約適合性統制基準の解釈. 第1節. 地域的人権条約と普遍的人権基準の関係. 第1項. 地域的人権条約の発展的解釈における普遍的人権基準. 第1目. 生ける文書としての地域的人権条約. 第2目. 普遍的人権基準を参照した発展的解釈. 第2項. 発展的解釈の正統化根拠としての締約国意思. 第1目. 地域的コンセンサス. 第2目. 普遍的コンセンサス. 第2節. プロ・ホミネ原則の水平的機能. 第1項. 人権規範の地域横断的統一化. 第1目. 立憲化に基づく規範間の統一性. 第2目. 国際人権法の立憲化. 第2項. 人権規範の地域横断的多様化. 第1目. 断片化に基づく規範間の多様性. 第2目. 国際人権規範の多様性確保. 第2章 第1節. 人権裁判所と国内裁判所の間での条約適合性統制権限の配分 人権裁判所と国内裁判所の関係. 2.

(3) 第1項. 補完性原則に基づく権限配分. 第1目. 国際人権法の構造的原則としての補完性. 第2目. 消極的補完性と積極的補完性. 第2項. 国内法の国際的統制の正統性:評価の余地理論. 第1目. 権限分立に基づく正統性. 第2目. 民主的正統性. 第2節. 国際平面における混合型条約適合性統制. 第1項. 積極的補完性に基づく集中型条約適合性統制. 第1目. 手段選択における国家裁量の制限. 第2目. 主体選択における国家裁量の制限. 第2項. 第2部. 消極的補完性に基づく分散的条約適合性統制. 第1目. 条約適合性統制と評価の余地理論の整合性. 第2目. 条約適合性統制における広範な国家裁量. 憲法裁判の国際化-国内裁判所による条約適合性統制-. 第1章. 国内裁判所による条約適合性統制基準の適用. 第1節. 地域的人権条約と憲法の関係. 第1項. 一元論に基づくピラミッド型規範枠組の再考. 第1目. 国際法優位性の限界. 第2目. 憲法優位性の限界. 第2項. 法多元主義に基づく台形規範枠組の模索. 第1目. 形式的優位性に対する法多元主義の批判. 第2目. 台形規範枠組の特徴. 第2節. プロ・ホミネ原則の垂直的機能. 第1項. 人権規範の地域縦断的統一化. 第1目. 条約秩序と憲法秩序の境界の貫通. 第2目. 憲法上の絶対的保障の相対化. 第2項. 人権規範の地域縦断的多様化. 第1目. 条約秩序に対する憲法秩序の保護. 第2目. 地域的人権条約上の絶対的保障の相対化. 第2章. 国内裁判所間での条約適合性統制権限の配分. 第1節. 憲法裁判所と通常裁判所の関係. 第1項. 憲法に基づく権限の再配分. 第1目. 憲法裁判所の違憲申立手続. 第2目. 通常裁判所による憲法適合的解釈. 3.

(4) 第2項. 共同体法を通じた権限の再配分. 第1目. 共同体司法裁判所と国内通常裁判所の直接的関係. 第2目. 合憲性統制を優先する手続の導入. 第2節. 国内平面における混合型条約適合性統制. 第1項. 憲法裁判所による集中型合憲性統制. 第1目. 民主的価値:私的自律と公的自律の調和. 第2目. 法的安定性:予見可能性と受容可能性の調和. 第2項. 通常裁判所による分散型条約適合性統制. 第1目. 条約に適合しない国内法の不適用. 第2目. 国内法の条約適合解釈. 結論-地域共通憲法(ius constitutionale commune)の形成に向けて- 第1節. 規範間関係:普遍的価値を戴冠した台形枠組. 第1項. 水平面における統一化と多様化. 第2項. 垂直面における統一化と多様化. 第2節. 機関間関係:二重の混合型権限配分. 第1項. 国際平面における集中化と分散化. 第2項. 国内平面における集中化と分散化. 4.

(5) 問題の所在 -人権条約秩序と憲法秩序の再編可能性-. 第1節 第1項. 現実的問題 対世的性格を有する国際人権規範の集合的保障. 国際法では伝統的に国家間の二辺的関係に還元される規範を前提として法秩序の維持が 図られてきた。この理解を理論的枠組の前提に据えていた代表的論者として、常設国際司 法裁判所所長を務めたディオニシオ・アンツィロッティは、 「国際法から個人を排除するこ と」によって、権利義務関係を「明確に区別されうる二辺的な法的関係に還元する」こと を所与の条件とした 1。国家間の二辺的関係を前提とする伝統的な国際法観は、20 世紀後 半に至るまで根強く残っていた。実際に、国際法委員会による国家責任に関する法典化作 業の第一読草案では、第 1 部が定める国際違法行為に関して、 「国際法における義務違反の 観念は他の主体の主観的権利の侵害の観念と厳密に同等のものとみなされうる」として主 体間の二辺的関係を想定している 2。これに加えて、「定義上各々のすべての義務は少なく とも一つの他国の権利が対応する」との想定が加えられることで、その二辺的関係を国家 間に限定している 3。 しかし、現代国際法はその規律対象をもはや主権国家間の相互的な関係のみに限定して おらず、伝統的な法秩序維持の図式に重大な変更を迫っている。たとえば、1951 年のジェ ノサイド条約留保事件勧告的意見では、 「 その存在理由である高次の目的の実現を目指して いる」同条約に関して、 「国家にとっての個別の利益や不利益、または権利と義務との間の 完全な契約上の均衡を語ることはできない」と説明されている 4。さらに、1970 年のバル セロナ・トラクション事件(第二段階)判決では、 「侵略行為およびジェノサイドの禁止か. 1. G. Nolte, “From Dionisio Anzilotti to Roberto Ago: The Classical International Law of State Responsibility and the Traditional Primacy of a Bilateral Conception of Inter-state Relations,” European Journal of International Law, Vol. 13, No. 5 (2002), p. 1087. See also, D. Anzilotti, “La responsabilité internationale des États à raison des dommages soufferts par des étrangers,” Revue générale de droit international public, Tome 13 (1906), p. 13. 2 Yearbook of International Law Commission 1973, Vol. II, A/CN.4/SER. A/1973/Add. 1, at 182, para. 9. 3 Yearbook of International Law Commission 1985, Vol. II, Part Two, A/CN.4/SER.A/1985/Add.l (Part 2), at 25, para. 2. 4 Reservations to the Convention on the Prevention and Punishment of the Crime of Genocide, Advisory Opinion, I.C.J. Reports 1951, at 23.. 5.

(6) ら、また奴隷制度および人種差別に対する保護を含む人間の基本的権利に関する原則およ び規則から生じる」義務が「国際社会全体(the international community as a whole)に対す る義務」、すなわち、「対世的義務(obligations erga omnes)」として性格づけられている 5。 なかでも、個人の権利を基礎として対世的義務を設定する人権保障義務の履行確保は、 一国による国際違法行為が即座にもう一国の主権的権利の侵害を生じさせる二辺的義務と は本質的に異なる。なぜなら、一国の対世的義務違反は、それと直接的に対応する個人の 権利侵害を引き起こすと同時に、それとは異なる性質の悪影響を他国との法的関係にも及 ぼしうるからである。これら複雑な法的帰結を生じさせる対世的義務は、国家間の二辺的 関係のもとで個人や第三国を排除してきた伝統的な秩序維持の図式には当てはまらない 6。 実際に、国際違法行為を規律することで国際法秩序を維持する国家責任法では、対世的性 格を有する国際人権法の登場を見据えた転換が図られている。 第 1 に、国家責任法の機能が、国家の主観的権利の侵害の補填から、毀損された法律関 係の回復へと力点変更されている 7。この変化を捉えるうえで、義務違反が国家の主観的権 利の侵害と同時に抽象的な法秩序の毀損をも意味するというアンツィロッティの理解は、 対世的義務が登場した現代にも通用する「同時代性(contemporaneity)」を維持している 8。 たとえば 、ピエール・マリー・デュピュイは、 「古典的な主体間責任と対世的責任との間に. は断絶の状況は存在せず、反対に、漸進的かつ論理的な進化が存在する」との注意深い指 摘を行い、アンツィロッティの見解における賠償義務の合法性回復機能を再評価している 9。 5. Barcelona Traction, Light and Power Company, Limited, Second Phase, Judgment, I.C.J. Reports 1970, paras. 33-34. 対世的義務に関する総論として、川﨑恭治「国際法における erga omnes な 義務(1)」『一橋研究』第 11 巻 4 号(1987 年);篠原梓「国際法における対世的義務の概念」 『亜細亜大学国際関係紀要』第 9 巻 1・2 号(2000 年);岩沢雄司「国際義務の多様性―対世的 義務を中心に―」中川淳司・寺谷広司編『国際法学の地平―歴史、理論、実証(大沼保昭先生 記念論文集)』(東信堂、2008 年)。See also, C.J. Tams, Enforcing Obligations Erga Omnes in International Law, (Cambridge University Press, 2005; paperback edition with a new epilogue 2010). 6 西村弓「国家責任法の妥当基盤―違法性の根拠と手続的基盤の視点から―」 『 国際法外交雑誌』 第 102 巻 2 号(2003 年)63 頁。 7 湯山智之「国際法上の国家責任の機能変化―損害の塡補から合法性確保へ―」 『法学(東北大 学)』第 59 巻 4 号(1995 年) ;西村弓「国家責任法の機能―損害払拭と合法性コントロール―」 『国際法外交雑誌』第 95 巻 3 号(1996 年)。 8 Separate Opinion of Judge Cançado Trindade, A. A., Ahmadou Sadio Diallo (Compensation owed by the Democratic Republic of the Congo to the Republic of Guinea) (Republic of Guinea v. Democratic Republic of Congo), Judgment of 19 June 2012, paras. 22-24, 41-59. 9 P.-M. Dupuy, “Responsabilité et légalité,” Société française pour le droit international, colloque du Mans, La responsabilité dans le système international, (Pedone, 1991), p. 274. See also, P.-M. Dupuy, “Dionisio Anzilotti and the Law of International Law,” European Journal of International Law, Vol. 3,. 6.

(7) そして、彼自身も「回復(restauration)という表現によって、一方では、客観的かつ抽象 的な視角、他方では、主観的かつ概して物理的な視角という 2 つの視角から捉えられる責 任の趣旨および目的が示されることになる。回復は、行為以前の法秩序の再建(法の完全 性の保障)および、被害者の利益を保護するために、被った損害に対する填補に相当する」 と述べ、国家責任法の合法性回復機能を強調している 10。また、2001 年国家責任条文では、 第 2 部第 1 章「一般原則」において、国際違法行為の法的帰結として、30 条「中止および 再発防止」と 31 条「賠償(reparation)」に関する規定が置かれている。後者の 31 条があ くまでも「国際違法行為によって引き起こされた被害」を埋め合わせるための「救済的目 的(remedial purpose)」に集約されたと評価される一方で 11、前者の第 30 条が規定する中 止および再発防止は「両者ともに違反によって影響を受けた法的関係の回復および修復 (restoration and repair)の側面である」と注釈されている 12。すなわち、前者の中止義務は 違法行為の継続を終了させることで「将来の履行の消極的側面」を有し、後者の再発防止 は、 「防止的機能(preventive function)」として働き、 「将来の履行の積極的強化」として作 用する 13。 第 2 に、国家責任法の規律対象が国家間関係のみならず、他の国際法主体との法律関係 にまで拡大した。特に、人権侵害に対する国家責任の場合には、関係する個人こそが「究 極の受益者(ultimate beneficiaries)」であり、その意味で「関連する権利の保有者」である 14. 。そこで、2001 年国家責任条文では「他国に対して(to)負う義務」だけでなく「国家. の(of)すべての国際義務」を扱うという法典化作業の趣旨が再強調され、 「国際違法行為 が当該行為の責任国と個人または国家以外の実体との間での関係において法的帰結を伴い うる」ことが明確に認識されるようになった 15。結果として、同条文第 2 部に定める国際 義務の範囲について規定した第 33 条 2 項、および対世的義務違反に対する被害国以外の国 家による責任追及について定めた第 48 条 2 項(b)では、被害実体としての個人に対して No. 1 (1992), p. 146. 10 P.-M. Dupuy, “Le fait générateur de la responsabilité internationale des États,” Recueil des cours, Tome 188 (1984-V), p. 94. 11 D. Shelton, “Righting Wrongs: Reparations in the Articles on State Responsibility,” American Journal of International Law, Vol. 96, No. 4 (2002), pp. 844-846. 12 Commentary to Articles on the Responsibility of Sates for Internationally Wrongful Acts (hereinafter, Commentary to ARSIWA), Report of the International Law Commission on the work of its fift y-third session, A/56/10 (2001), Article 30, para. 1. 13 Ibid., Article 30, para. 1. 14 Ibid., Article 33, para. 3. 15 Ibid., Article 28, para. 3.. 7.

(8) 国家が国際責任を負う余地が承認されるに至っている 16。この変化は、国際法委員会が「国 際法の新しい分野:非国家実体に対する国家責任の分野」の存在に対して開放的な態度を 示したものと評価されている 17。 これら国家責任法における変化に代表されるように、対社会的規範の登場による国際法 秩序の構造変化は、特定の多数国間条約に基づく人権保障制度においてさらに顕著となる。 対世的性格を帯びる人権保障義務に関しては、条約手続・機関を通じた集合的保障枠組の 構築が中核的目標とされてきた 18。上記の国家責任条文 33 条 2 項が可能性を開いたように、 多くの条約制度は被害者による申立制度を保有している。また、条約違反に関して国家間 で申立てる制度も用意されており、一定の水平的・分権的性格を残しつつも、国家責任条 文 48 条 2 項(b)に呼応して、集合的利益の保障を究極的目的としている 19。条約制度の 集合的性格を示す司法的言明として、欧州人権裁判所は、アイルランド対イギリス事件判 決(1978 年)において、「伝統的類型の国際条約とは異なり、欧州人権条約は締約国間の 単なる互恵的約定を超えた内容から構成される。同条約は、相互的かつ二辺的な取り組み 以上に、前文の文言にあるように、 『集合的実施』の恩恵を受ける」との見解を提示した 20。 同様に、米州人権裁判所は、米州人権条約の発効への留保が問題となった勧告的意見( 1982 年)において、 「現代の人権条約、とくに米州人権条約は、締約国の互恵的な利益のために 権利の相互交換を達成する目的で締結される伝統的類型の多国間条約ではない。その趣旨 および目的は、国籍に関わりなく、個々の人間の基本的権利を国籍国と他のすべての締約 国双方から保障することにある。これら人権条約を締結することで、締約国は、共通の利 益のために、様々な義雨を他国との関係ではなく、その管轄の下にあるすべての個人に対. 16. 萬歳寛之「国家責任法における個人損害」石川明編集代表『国際経済法と地域協力(櫻井雅 夫先生古希記念論文集)』 ( 2004 年、信山社)127 頁。See also, G. Gaja, “The Position of Individuals in International Law: An ILC Perspective,” European Journal of International Law, Vol. 21, No. 1 (2010), pp. 11-12. 17 S. Villalpando, L’émergence de la communauté internationale dans la responsabilité des Etats (Presses Universitaires de France, 2005), pp. 328-332. 18 安藤仁介「総論-国連諸機関による人権活動-」芹田健太郎・棟居快行・薬師寺公夫・坂元 茂樹編集代表『国際人権法の国際的実施』(信山社、2011 年)48 頁。 19 L. Henkin, “Inter-State Responsibility for Compliance with Human Rights Obligations,” in L.C. Vohrah, F. Pocar, Y. Featherstone, O. Fourmy, C. Graham, J. Hocking and N. Robson (eds.), Man’s Inhumanity to Man: Essays on International Law in Honour of Antonio Cassese (Kluwer Law International, 2003) 383, at 387-393. 20 Ireland v the United Kingdom, ECtHR (Plenary), App. No. 5310/71, Judgment of 18 January 1978, at para. 239.. 8.

(9) して負う法秩序に服するとみなすことができる」との立場を明確にした 21。 第2項. 国内法秩序の欠陥に起因する構造的人権侵害. 集合的人権保障制度では、国際機関の監視や指導を通じた国際的実施はあくまでも補完 的性格に留まり、各国法制度に基づく国内的実施に第一次的な責務が委ねられる 22 。その 第一次的性格を象徴する条約規定として、一般的義務を定める次の諸条項は、個人を管轄 下に置く締約国が条約上の権利を尊重し(respect)、その享受を確保する(ensure)義務を 定めている(以下、尊重確保義務) 23。たとえば、欧州人権条約 1 条〔人権を尊重する義 務〕は、 「締約国は、その管轄内にあるすべての者に対し、この条約の第一節に定義する権 利及び自由を保障する(secure)」と規定する。同様に、米州人権条約 1 条 1 項〔人権を尊 重する義務〕は、 「この条約の締約国は、ここに承認された権利及び自由を尊重し、並びに、 ……その管轄の下にあるすべての人に対して、これらの権利及び自由の自由かつ完全な行 使を確保することを約束する」と規定する。これらの条項にしたがい、締約国は、自らが 条約上の権利を侵害することを控える消極的義務のみならず、その享受を確保するための 措置を講じる積極的義務を負う 24。 さらに、地域的人権条約の締約国は、上記の包括的な義務を補足する手段として、国内 法制度を条約基準と調和するよう確保する義務を負う(以下、国内法の条約適合性確保義 務) 25。実際に、米州人権条約 2 条〔国内における法的効力〕は、「1 条が規定する権利又 は自由のいずれかの行使が、すでに立法その他の規定によって確保されていない場合には、 締約国は、その憲法上の手続及びこの条約の諸規定に従って、これらの権利又は自由に効 果を与えるために必要な立法若しくはその他の措置を採択することを約束する」との明示 的規定を置いている。欧州人権条約 1 条は、国内法の条約適合性確保義務を明記していな. 21. “Other Treaties” Subject to the Consultative Jurisdiction of the Court (Art. 64 American Convention on Human Rights), IACtHR, Series A No. 1, OC-1/82, Advisory Opinion of 24 September 1982, para. 29. 22 阿部浩己・今井直・藤本俊明『テキストブック国際人権法(第 3 版)』(平文社、2009 年) 37 頁。 23 申惠丰『人権条約上の国家の義務』(日本評論社、1999 年)37-39, 271-294 頁。 24 Ireland v the United Kingdom, supra note 20, at para. 239; Velásquez-Rodríguez v. Honduras, IACtHR, Series C No. 4, Merits, Judgment of 29 July 1988, para. 166. 25 R. Pisillo-Mazzeschi, ‘Responsabilité de l’État pour violation des obligations positives relatives aux droits de l’homme’, Recueil des cours Tome 333 (2008), at 311 et seq. See also, Exchange of Greek and Turkish Populations, Advisory Opinion, No. 10, 1925, P.C.I.J., Series B, No. 10, p. 20.. 9.

(10) いが、欧州人権裁判所判例を通じて、当該義務を包含するよう発展してきている 26。 これらの人権条約上の義務は、「相当の注意を払って損害を回避する」、いわゆる「確保 する義務」の典型例である 27 。換言すれば、人権条約は、締約国が一般的義務を履行する うえで、どのような手段を採用するか、どの機関に対応させるかを選択する自由を認める 「結果の義務(obligation of result)」としての性質を有する 28。よって、 「領域内・管轄下・ 管理下の有害行為の結果について、当然に、領域国・管轄国・管理国が『確保する義務』 の違反をとわれ、国家責任を負うわけではない」 29。 他方で、 「国内法の条約適合性確保義務」が「尊重確保義務」から切り離されているよう に、国内的実施の実務上は、立法過程に携わる政治部門(立法府・行政府)に大きく依存 することは明らかである。一般的に、政治部門は、 「国民主権の下では、……主権者たる国 民に由来する政治的意思を直接または間接に代表して、能動的・積極的に、法律・命令等 を制定することによって、あるいはそれに基づく具体的な措置によって国政を指導し、一 方では、憲法で規定された諸原理や諸制度を具体化し形成するとともに、他方では憲法の 保障する基本的人権が現実の世界において妥当するように具体化(制約および内実形成) し、現実化する」役割を果たすと説明される 30。人権条約の実施において、立法機関は、 「そ の権限事項である法律の制定や改廃を通じて条約の国内的実施に大きな役割を果たし」、行 政機関は、 「法律の執行を担当する機関として、条約の実施立法を含む、さまざまな法令の 実施に関与する」ことになる 31。 ところが、政治部門が人権条約の国内的実施を適切に果たす能力や意思を常に持ち合わ せているとは限らない。たとえば、安定した国内法秩序を維持してきた西欧諸国とは対象 的に、旧共産圏を構成していた中東欧諸国では、国内法制度が欧州人権条約の基準に適合 するよう整備されていない場合が少なからず存在する。結果として、具体例など、国内法 秩序の欠陥を原因として、まるでクローンのように、同一の事実から構造的かつ反復的に 26. Maestri v. Italy, ECtHR (Grand Chamber), App. No. 39748/98, Judgment of 17 February 2004, at para. 47. 前田直子「ヨーロッパ人権条約における国内法の条約適合性確保義務 —イギリスの国 内的実施に関する検討—」『人間・環境学』第 7 巻(1998 年)。 27 兼原敦子「国際義務の履行を『確保する』義務による国際規律の実現」 『立教法学 』第 70 号 (2006 年)245 頁。 28 同上。 29 同上。 30 新正幸『憲法訴訟論(第 2 版)』(信山社、2010 年)16-17 頁。 31 村上正直「人権条約の国内的実施」畑博行・水上千之編『国際人権法概論(第 4 版)』 (有信 堂、2006 年)276-277 頁。. 10.

(11) 人権侵害が生じている 32。また、中南米諸国では、独裁制や内戦を背景として、強制失踪・ 拷問・司法外殺人など、重大かつ組織的な人権侵害が蔓延してきた。これらの凄惨な状況 に加えて、自己恩赦法や軍事裁判権などの濫用によって、事実調査・責任者の処罰・被害 者救済が構造的に妨害される事態が引き起こされてきた 33。 これら具体例のように政治部門が国内的実施を適切に果たさない場合には、国内裁判所 による事態の是正が期待される。政治部門に対して、裁判所は、 「法維持機関」、すなわち、 「そこに提起される具体的事件を契機にして、あくまで受動的・消極的に、政治部門から 独立して、一般的・抽象的・平等普遍的な法を発見し、あるいは法そのものに内在する客 観的意味を確定し、それを具体的事件に適用することによって、その争訟を既判力をもっ て終局的に裁断し、もって法そのものの維持に使える機関」としての役割を担う 34 。人権 条約の実施における裁判所の役割としては、 「 自国が締約国である人権条約を直接に適用し て、具体的な国家行動と人権条約との整合性を判断する」ことに加えて(直接適用)、「憲 法や法律などの国内法の解釈にあたって、その解釈の基準や指針、補強材料として人権条 約を用いる」場合がある(間接適用=国内法の条約適合解釈) 35 。実際に、人権条約のな かには国内裁判所の役割を特定している場合がある。その典型例である自由権規約は、 「司 法機関の義務を明示しており、全体としては結果の義務を示すものだとしても、実際には 相当程度、手段の義務を特定している」と性格づけられる 36。したがって、人権条約は、 「純 粋に『結果の義務』と呼べるものでもなく、規約に掲げられた人権を実現する国内プロセ スにも条約が設定する義務、特に効果的救済に係る一定の義務が課せられる」ことになる 37。 ところが、上記のように国内法秩序における構造的人権侵害が根付いている状況におい て、国内裁判所の役割は相当程度に制約されることが多い。それどころか、権限・資源の 不備や政治的圧力のもとで、裁判所自身が構造的人権侵害に加担する場合さえ存在する。. 32. E. Bates, The Evolution of the European Convention on Human Rights: From its Inception to the Creation of a Permanent Court of Human Rights (Oxford University Press, 2010), pp. 485-486. 33 L. Burgorgue-Larsen, “Exhaustion of Domestic Remedies”, in K. Burgorgue -Larsen and A. Úbeda de Torres (eds.), The Inter-American Court of Human Rights: Case Law and Commentary (Oxford University Press, 2011), p. 138. 34 新『前掲書』(注 30)17 頁。 35 村上「前掲論文」(注 31)279-281 頁。 36 寺谷広司「『間接適用』論再考-日本における国際人権法『適用』の一断面-」坂元茂樹編 『国際立法の最前線(藤田久一先生古稀記念)』(東信堂、2009 年)193 頁。 37 薬師寺公夫「国際法学から見た自由権規約の国内実施」 芹田健太郎・棟居快行・薬師寺公 夫・坂元茂樹編集代表『講座 国際人権法 I:国際人権法と憲法』(信山社、2006 年)98 頁。. 11.

(12) たとえば、中東欧諸国における構造的問題の典型例として、民事・刑事・行政に関わらず、 裁判所手続が過度に遅延することで、欧州人権条約 6 条〔公平な裁判を受ける権利〕や 13 条〔実効的救済を受ける権利〕の反復的な違反が認定されている 38 。中南米諸国では、多 くの国内裁判所が独裁制のもとで制定された恩赦法の適用を強いられる事態に陥っており、 結果として米州人権条約 8 条〔公平な裁判を受ける権利〕や 25 条〔司法的保護を受ける権 利〕の構造的違反を招いている。. 第2項. 理論的問題. 以上に確認した国内的実施における構造的人権侵害という現実的問題は、集合的人権保 障における「条約秩序と憲法秩序の関係」という理論的問題を再考する契機をもたらす。 なぜなら、条約基準の国内的実施が適切に行われていない場合には、締約国と条約機関の 協働による集合的実施制度の性質に基づき、条約機関がこれまで以上に動態的な国際的実 施に乗り出す必要性が生じるからである。 国際義務を十分に遵守できない国家に対して国際社会が割って入るという構図は、古谷 修一によって「介入の国際法」と銘打たれている。彼は、ウォルフガング・フリードマン が提唱した「共存の国際法」と「協力の国際法」に続く新たな国際法秩序の変動として、 「人権・法の支配を基本価値として安定した国内制度を有する先進国が、これらの価値を 十分に実現できない途上国の法制度・社会制度に立ち入る」状況を的確に捉えている 39 。 当該概念は、 「国際刑事裁判システム」を素材として提示されているが、必ずしも国際刑事 法に限定されるわけではない。アルモナシド・アレジャーノ対チリ事件判決(2006 年)に おいて、米州人権裁判所がピノチェト政権下の悪名高い自己恩赦法に対抗すべく打ち出し た次の理論は、まさしく「介入の国際法」の具体的な発現形態であろう。. 国家が米州人権条約などの条約を批准したときには、裁判官も国家の一部として、そ のような条約に拘束される。このことは、条約に具体化された規定のすべての効力が、 当該条約の目的に反し、かつ当初から法的効力を有さない法律の適用によって悪影響 38. For example, C. Grabenwarter, “The Right to Effective Remedy against Excessive Duration of Proceedings”, Bröhmer, J. (ed.), The Protection of Human Rights at the Beginning of the 21 st Century: Colloquium in Honour of Professor Dr. Dr. Dr. h.c. mult. Georg Ress on the Occasion of his 75 th Birthday (Nomos, 2012). 39 古谷修一「国際刑事裁判システムの国際法秩序像-『介入の国際法』の顕在化」『法律時報 第 85 巻 11 号(2013 年)36 頁。. 12.

(13) を及ぼされないということを裁判官に留意させる。換言すれば、司法府は、特定の事 件に適用される国内法規則と米州人権条約との間の一種の「条約適合性統制(control de convencionalidad)」を行わなければならない。この任務を遂行するために、司法府 は、条約だけでなく、米州人権条約の究極的な解釈者である米州人権裁判所によって なされた同条約の解釈も考慮に入れなければならない 40。. 第1項. 「国際裁判の立憲化」と「憲法裁判の国際化」. 上記判決によって導入された「条約適合性統制」理論は、少なくとも次の 2 点において、 国際法秩序と国内法秩序の関係について重大な影響を与える。第 1 に、米州人権裁判所が 自らを「条約の究極的な解釈者」と性格づけたことからも読み取れるように、人権裁判所 は、国内法の条約適合性を確保するよう国家機関へと能動的に働きかける過程において、 憲法裁判所による合憲性統制に類似した機能を果たすことになる。一般的に、人権裁判所 の役割は、他の国際裁判所と同様に、自身に提起された具体的な争訟事件を解決し、被害 当事者に対して個別的に救済を付与することにあると理解される 41 。しかし、個別の被害 者に対応するケース・バイ・ケースの解決策は、条約に適合しない国内法を原因として構 造的かつ反復的に生じる人権侵害を根本的に解決するには至らない。これらの状況に直面 する場合、人権裁判所は、 「構造的人権問題の萌芽である個別的事件を、より広範な変革を 促すための好機と捉えるべきである」と主張される 42 。換言すれば、人権裁判所には、従 来の紛争解決機能を超えて、 「それらが活動するレジームの公的目的、さらには立憲的目的 にさえも焦点を当てる」ことが期待されることになる 43 。実際に、欧州人権裁判所は、過 去志向の被害者救済を実現する裁判官というよりも、将来を見据えて欧州地域における権 40. Almonacid-Arellano et al. v. Chile, IACtHR, Series C No. 154, Preliminary Objections, Merits, Reparations and Costs, Judgment of September 26, 2006, paras. 123-125. 41 Velásquez-Rodríguez v. Honduras, IACtHR, Merits, supra note 24, paras. 134; Karner v. Austria, ECtHR (First Section), App. No. 40016/98, Merits and Just Satisfaction, Judgment of 24 July 2003, para. 26. 42 J.L. Cavallaro and S.E. Brewer, “Reevaluating Regional Human Rights Litigation in the Twenty-First Century: The Case of the Inter-American Court,” American Journal of International Law, Vol. 102, No. 4 (2008), p. 770. See also, D. Kosař and L. Lixinski, “ Domestic Jud icial Design by International Human Rights Courts”, American Journal of International Law, Vol. 109, No. 4 (2015); A. Huneeus, “Reforming the State from Afar: Structural Reform Litigation at the Human Rights Courts,” Yale Journal of International Law, Vol. 40, No. 1 (2015). 43 D. Shelton, “Form, Function, and the Powers of International Courts,” Chinese Journal of International Law, Vol. 9, No. 2 (2009), p. 564.. 13.

(14) 利の発展を担う立法者として振る舞い、条約に適合しない国内法を改革するよう締約国に 求めている。言うなれば、 「個別的正義(individual justice)」から「立憲的正義(constitutional justice)」へと力点を変更しているのである 44。同様に、米州人権裁判所も、個人の保障を 最優先にした動態的な条約解釈を展開することで、締約国の法制度内部へと積極的に介入 していることから、 「米州人権法の立憲化(constitutionalization)」を顕在化させつつある 45。 これらの実践は、締約国が個人、そしてすべての締約国に向けて負う法律関係を基礎とし て、国際違法行為によって撹乱された条約秩序を回復することを主眼に置いており、まさ に伝統的な国家間の二辺的関係を超えた展開として性格付けられる。以上のように、人権 裁判所の国際裁判は、条約基準の動態的解釈や国内法の条約適合性審査といった作用を及 ぼしており、まさに憲法秩序の貫徹を担う憲法裁判所が実施する憲法裁判に類似して、条 約秩序の維持という究極的目的を目指している(国際裁判の立憲化) 46。 第 2 に、 「司法府は、……『条約適合性統制』を行わなければならない」という表現から 明らかなように、国内裁判所は人権条約を基準とした国内法統制を行う必要性に駆られる 47. 。ジョルジュ・セルが「国家の二重機能(dédoublement fonctionnel)」理論を通じて示し. たように、国家機関は国家法秩序において国家機関であるだけでなく、国際法秩序では国 際機関として振舞うことが求められる 48 。この二重機能は、グローバル化が進展してもい まだガバナンス制度が整っていない現代においても当てはまる 49 。事実として、現代の国. 44. H. Keller and A. Stone Sweet, “Assesing the Impact of the ECHR on National Legal Systems,” in H . Keller and A. Stone Sweet (eds.), A Europe of Rights: The Impact of the ECHR on National Legal Systems (Oxford University Press, 2008), pp. 703-704. 45 L. Hennebel, “The Inter-American Court of Human Rights: The Ambassador of Universalism,” Quebec Journal of Internationall Law, Special Edition (2011), pp. 71-76. 46 For example, C. Van de Heyning, “Constitutional Courts as Guarantees of Fundamental Rights: The Constitutionalisation of the Convention through Domestic Constitutional Adjudication,” in P. Popelier, A. Mazmayan and W. Vandenbruwaene (eds.), The Role of Constitutional Courts in Multilevel Governance (Intersentia, 2013). 47 国際法協会決議 No. 2/2016 の付属文書では、グッド・プラクティスの一環として、「憲法裁 判所および最高裁判所が条約適合性統制(control of conventionality)を発展させ、実践してき た」との文言が採用され、条約適合性統制概念が米州人権裁判所判例を超えて一般化可能な概 念 で あ る こ と が 示 唆 さ れ て い る 。 See, Internaional Law Association, Resolution No.2/2016, International Human Rights Law Committee, Annex, para. 9(a). 48 G. Scelle, “Règles générales du droit de la paix,” Recueil des cours, Tome 46 (1933), p. 358. セル が提唱した「国家の二重機能」については、西海真樹「『国家の二重機能』と現代国際法-ジ ョルジュ・セルの方思想を素材として-」『世界法年報』第 20 号(2001 年)参照。 49 Y. Shany, “Dédoublement fonctionnel and the Mixed Loyalties of National and International Judges,” in F. Fontanelli, G. Martinico and P. Carrozza (eds.), Shaping Rule of Law Through Dialogue (Europa Law Publishing, 2010), p. 36.. 14.

(15) 内裁判官は、国家による国際義務の遵守を確保するために、「国際法の本来的な裁判官 (natural judges)」として作用する場面が増加している 50。より具体的には、国内裁判所は、 「国際義務に照らして国家行為の合法性を審査し、規則遵守を確保する」という重大な任 務を果たすことになる 51 。欧州統合の文脈に目を向ければ、欧州司法裁判所によるシンメ ンタール判決(1978 年)以来、すべての国内裁判官が共同体法を実施するための通常裁判 所として振舞うことが求められてきた 52。米州人権裁判所が示した条約適合性統制理論は、 まさにシンメンタール理論を国際法分野に応用したものであり、国内裁判官を国際法の実 現のための通常裁判所へと変貌させるものに他ならない 53 。この任務を達成するために、 人権条約の締約国を構成する国内裁判所は、政治部門から独立した法維持部門として、既 存の憲法秩序における法の支配を貫徹する役割と同時に、条約秩序の維持・防衛・回復を 目的とした条約適合性統制を実施することが求められることになる 54 。このように条約適 合性統制が明確に要請されたことにより、人権条約の締約国を構成する国内裁判所は、憲 法と条約の二重の基準を用いた規範統制を実施することになる(憲法裁判の国際化)。 第2項. 「国際法と国内法の関係」再考. 以上の条約適合性統制をめぐる国際・国内平面の同時並行的な現象は、国際法学と憲法 学に跨る共通の難題である「国際法と国内法の関係」という総論に、新たな素材と視座を 提供しうる 55。当該論点に関しては、二元論と一元論の伝統的な学説対立において、 「妥当 性の委任連関」という理論的問題を中心に議論が展開されてきた 56 。二元論が国際法秩序. 50. A. Tzanakopoulos, “Domestic Courts in International Law: The International Judicial Function of National Courts,” Loyola of Los Angeles International and Comparative Law Review, Vol. 34, No. 1 (2011), p. 152. 51 A. Nollkaemper, National Courts and the International Rule of Law (Oxford University Press, 2012), at 10. 52 Case 106/77, Amministrazione delle Finanze dello Stato v. Simmenthal SpA [1978] ECR 629, paras. 21-22. 53 S. El Boudouhi, “The National Judge as an Ordinary Judge of International Law? Invocability of Treaty Law in National Courts,” Leiden Journal of International Law, Vol. 28, No. 2 (2015), pp. 283-286. 54 The Dismissed Congressional Employees (Aguado-Alfaro et al.) v. Peru, IACtHR, Series C No. 158, Preliminary Objections, Merits, Reparations and Costs, Judgment of 24 November 2006, para. 128. 55 条約適合性統制に類似した他分野の実践として、福永有夏「国内法そのものの国際経済協定 違反と救済-WTO 紛争処理制度及び投資仲裁制度の分析-」 『国際法研究』第 3 号(2015 年)。 56 田中忠「国際法と国内法の関係をめぐる諸学説とその理論的基盤」広部和也・田中忠編集 代 表『国際法と国内法-国際公益の展開-(山本草二先生還暦記念)』 (勁草書房、 1991 年)48-49 頁。. 15.

(16) と国内法秩序の相互独立性を想定してきたのに対して 57 、一元論は国際法秩序と国内法秩 序の間に階層的な統一性を見出してきた 58 。一元論に対する批判としては、国際法と国内 法のどちらが妥当性を付与するのかという「妥当性の委任連関」の問題に関して、国際法 違反の国内法が国内関係において直接に効力を否定されないために、両者がそれぞれ別個 の妥当根拠に基づくという二元論が妥当し得るという主張がある 59 。二元論に対する批判 としては、様々な活動が国際法と国内法の双方によって規律され、国際法秩序と国内法秩 序の境界が希薄化しているなかで、必ずしも国際法秩序と国内法秩序の相互的な独立が確 保され得ないとの見解が示されている 60。 一元論と二元論の対立が「現実の適用における優位性」という実際的問題に際して大き な差異を生まないと指摘されたこともあり、今日では両理論を実務的観点から捉え直す立 場として「調整理論(等位理論)」が支持を集めてきている 61。調整理論の功績は、国際法 と国内法の間に生じうる規則の抵触に関して「調整義務」を明示的に認め、実際の抵触調 整という「動的な視角」を議論に取り込んだ点に求められる 62 。しかし、この調整義務が 「法的」義務であることについて一致がみられるものの、その本質は二元論と大きく変わ らず、その法的根拠についても必ずしも明確にされていないと指摘されている 63。 調整理論を通じた実務化傾向は、両法秩序の関係についての理論的探求をすべて放棄す ることを意味しない。たとえば、寺谷広司は、 「調整理論の登場は、一元論と二元論の対立 57. Triepel, H., “Les rapports entre le droit interne et le droit international”, Recueil des cours, Tome 1 (1923), pp. 82-87; Anzilotti, D. (traduit par Gidel, G.), Cours de droit international, Premier Volume: Introduction – Théorie générales, (Sirey, 1929), p. 51. 58 Kelsen, H., Principles of International Law, 2 nd ed. (by Tucker, R. W.), (Holt, Rinehart and Winston, 1967), p. 562. 59 田畑茂二郎『国際法 I(新版)』(有斐閣、1973 年)151-164 頁。 60 For example, Nijman, J. E. and Nollkaemper, A., “Beyond the Divide”, in Nijman, J. E. and Nollkaemper, A. (eds.), New Perspective on the Divide Beyond National and International Law, (Oxford University Press, 2007); 国家責任の文脈における指摘として、萬歳寛之「国家責任の認 定過程における国内法の機能と役割-外交的保護に関する紛争を素材として-」『早稲田大学 大学院法研論集』第 94 号(2000 年)。Voir aussi, Guggenheim, P., Traité de droit international public, 2 e éd., Tome I, (Librairie de l'Université, Georg & Cie S. A., Genève, 1967), pp. 53-54. 憲法学からの 指摘として、山本一「グローバル化世界における公法学の再構築-国際人権法が憲法学に提起 する問いかけ-」『法律時報』第 84 巻 5 号(2012 年)11-12 頁。 61 山本草二『国際法(新版第 19 刷)』(有斐閣、2005 年)85-56 頁。 62 小寺彰『パラダイム国際法―国際法の基本構成―(初版第 3 刷)』(有斐閣、2008 年)52-54 頁。 63 三浦武範「法体系の調整に関する一考察(一)―国際法と国内法の関係についての『調整理 論』を中心に―」 『法学論叢』第 142 巻 2 号(1997 年)88 頁;奥脇直也「『国際法と憲法秩序』 試論(1)」『立教法学』第 40 号(1994 年). 16.

(17) のうち妥当性の根拠や委任連関の問題を捨象して実務的処理を狙う新たな立場だとされる が、近時、再びこの 2 つを結びつけるとも言える思考が顕著になって」おり、 「国際法と国 内法の関係について、いわば静態的妥当論、実務的調整論、動態的過程論へと、それ以前 の問題意識と思考様式を包含しつつ、力点を変更させていっている」と鋭い指摘を行った 64。 彼が提唱する動態的過程論では、 「既に憲法なり国際法なりは存在しているが、それらを基 礎としつつ、解釈実践を含めた新たな『法』を導く」ことが志向される 65。 国際法と国内法を統合して新たな法体系を構想する規範的分析は着実に蓄積し始めてい る。その代表例として、フランス憲法学者ドミニク・ルソーが提示した「欧州憲法的財産 (patrimoine constitutionnel européen)」概念が挙げられる。同概念のもとでは、国内憲法の みならず、外国判例や国際人権法も含めた総体によって、人権規範の解釈基準が提供され る状況が想定される 66 。大西洋の対岸アメリカ大陸では、メキシコ憲法学者であり、現在 は米州人権裁判所判事を務めるエドゥアルド・フェレール・マックグレゴルが提唱する「米 州共通憲法(ius constitutionale commune latinoamericanum)」が次第に浸透し始めている 67。 同概念のもとでは、米州人権条約に基づく米州人権裁判所と、憲法に基づく国内裁判所の 間で繰り広げられる創造的対話によって、実効的な人権保障のための新たな基準が常に策 定されることになる 68。 このような国際法と憲法を縦断する法体系の発生を把握する議論は、これまで参照して きた様々な欧米の学説に限られず、憲法 98 条 2 項の解釈を中心として国際法と日本国憲法 の関係を考察する日本法学においても見受けられる 69 。たとえば、江島晶子は、憲法の解 釈において外国法や国際法を参照することに懐疑的な態度を示す「閉鎖型」憲法に対して、 コモン・ロー諸国を中心に比較憲法と国際人権法を積極的に参照する「開放的」憲法が増. 64. 寺谷広司「私人間効力論と『国際法』の思考様式 -憲法学と国際法学の同床異夢-」『国際 人権』第 23 号(2012 年)11 頁。 65 同上。 66 See contributions in Commission européenne pur la démocratie par le droit (ed.), Le patrimoine constitutionnel européen (1997). 67 Concurring Opinion of Judge E.F. MacGregor Poisot, Cabrera Garcia and Montiel Flores v. Mexico, IACtHR, Series C No. 220, Preliminary Objection, Merits, Reparations and Legal Costs, judgment of 26 November 2010, para. 100. 68 Ibid. 69 石川健治「『国際憲法』再論-憲法と国際化と国際法の憲法化の間-」 『ジュリスト』第 1387 号(2009 年);浦田賢治「憲法の国際化から国際法の憲法構成へ:国際法はどんな地球立憲主 義を成立させるか」『政経研究』第 100 号(2013 年)。. 17.

(18) 加しつつある点を指摘する 70。そのうえで、 「司法的『対話』は、比較憲法と国際人権法を 接続させる機会を提供し、そこでは『人権法』と呼びうる法領域を出現させる可能性を有 する」と述べている 71 。同一方向の議論として、山元一は、現在の日本憲法学の閉鎖的姿 勢、すなわち、 「特定の〈準拠思考〉ないし〈準拠国〉を選択した上で、それを前提的な与 件として、ナショナルな政治的社会的経済的状況にフォーカスし、そのレベルで何らかの 説得的な解釈論(解釈方法と具体的な解釈)を構築しようとする思考性」を問題視する 72。 そこで代替案として提示されたのが「トランスナショナル人権法源論」である。この規範 的枠組では、 「国内裁判所が人権問題を解決するために依拠する法的規準=法源は、国境を 超えたトランスナショナルな存在を包含し、そのことによって国内法秩序において、憲法 と国際人権規範や外国人権判例が重複化する」という 73 。そして、この人権的法実践の総 体では、 「国際的規範から国内法への一定の不確実性と創造性を伴った『翻訳』がその作業 の実体をなし、そこでは『同質化』ではなく『異質化』が企図されるのであり、このよう な営為は新たな意味創造でありうる」として、 「応答的な態度で法的議論を行う対話的プロ セスの重要性」が強調される 74 。ドイツ憲法学の薫陶を受けた齊藤正彰も、立憲主義の憲 法の特質を「公権力を制限して人権を保障すること」に置くことで、 「憲法の人権規定およ び違憲審査制を補完する機能を有する国際人権条約にも,立憲主義の要素を看取すること ができる」と述べ、 「国際人権条約による人権保障のしくみを積み上げることで公権力を統 制する構想」を「多層的立憲主義」と呼称する 75。 本研究が注目する「国際裁判の立憲化」と「憲法裁判の国際化」は、人権裁判所と国内 裁判所による地域的人権条約と国内法の抵触調整の実践から生じる一方で、単なる実務的 処理に留まらず、理論的解析を要する国際平面と国内平面の秩序変動を発露しつつある。 それらの現象を考察する本研究は、従来の「静態的妥当論」や「実務的調整論」を超えて、 まさに理論と実践の両観点から現代的課題に取り組む「動態的過程論」へと踏み込むこと. 70. 江島晶子「憲法の未来像(開放型と閉鎖型)-比較憲法と国際人権法の接点-」全国憲法研 究会編『日本国憲法の継承と発展-』(2015 年)413-416 頁。 71 同上。 72 山元一「憲法解釈における国際人権規範の役割-国際人権法を通してみた日本の人権法解釈 の方法論的反省と展望-」『国際人権』第 22 号(2011 年)36-39 頁。 73 同上。 74 同上。 75 齊藤正彰「憲法の国際法調和性と多層的立憲主義」『北星論集(経)』第 52 巻 3 号(2013) 年 312 頁。. 18.

(19) になる。そして、国際法秩序と憲法秩序を総体的に捉える先行研究を引き継ぎ、地域的人 権条約の司法的実施に関する分析を通じて、地域人権条約秩序と憲法秩序の統合を論じる 規範的議論に実証性を加えることとなる。 以上を要するに、本研究では、 「集合的人権保障」枠組において近年顕著となっている「国 内的実施における構造的人権侵害」を現実的問題として設定したうえで、この問題を解決 する糸口として「国際裁判の立憲化/憲法裁判の国際化」という同時並行的な現象に着目 し、これらの現象を理論的に説明しうる「条約適合性統制」概念について考察することで、 国際法学と憲法学の両領域に関わる「人権条約秩序と憲法秩序の再編可能性」を模索する。. 19.

(20) 本研究の方法 本研究の主題である条約適合性統制概念に関しては、その内容が米州人権裁判所によっ て明確化されたのが 2006 年であり、世界水準の国際法学や憲法学でも西語圏を中心とした 研究が蓄積され始めた段階に留まる。我が国の国際法学では同概念を紹介する文献はほと んど存在せず、憲法学の業績において(異なる用語法のもとで)散見されるのみである 76。 このように先行研究が乏しいなかで、やはり鍵を握るのは条約適合性統制理論を明示的 に採用している米州人権裁判所判例となろう。前述の判決に続くアグアド・アルファロほ か対ペルー事件判決(2006 年)では、同理論の射程が次のように敷衍されている。. 国家が米州人権条約のような国際条約(第 該条約に服することになる (第. 2 節第 2 項). を批准したさいには、その裁判官は当. 2 節第 1 項). 。同条約は、その条項、趣旨および目的に反する. 法の適用によってその実効性を減退または無効化させないよう確保する義務を国内裁 判官に課す。換言すれば、司法府の機関は、明白に自身の権限の範囲および相当する手 続的規則の文脈において (第 適合性統制 (第. 第1節. 1 節第 1 項). 1 節第 2 項). 、合憲性統制のみならず、国内法と米州人権条約の. を職務上当然に(ex officio)実施しなければならない 77。. 分析枠組. 上記引用に示されるように、本研究では、条約適合性統制概念を分析する手掛かりとし て、憲法学で様々な議論が蓄積されてきた「合憲性統制」概念に注目する。その意味で、 本研究は、「国際立憲主義」の立場、すなわち、国内立憲主義の歴史的伝統に立脚し、「国 際法秩序の実効性および公平性を改善するために、国際法の分野において、法の支配・抑 制と均衡・人権保障・民主主義といった立憲的諸原則を適用することを唱道する思考形態 (展望または視点)および政治的意図」に立脚する 78 。これと同時に、大沼保昭が注意喚 76. 齋藤正彰『憲法と国際規律』(信山社、2012 年)69-86 頁;建石真公子「フランス 2008 年憲 法改正後の違憲審査と条約適合性審査(1)(2)-人権保障における憲法とヨーロッパ人権条 約の規範の対立の逆説的な強化-」 『法學志林』第 109 巻 3 号(2012 年)、第 111 巻 3 号(2014 年)。 77 The Dismissed Congressional Employees (Aguado-Alfaro et al.) v. Peru, IACtHR, supra note 54, para. 128. 78 A. Peters, “Compensatory Constitutionalism: The Function and Potential of Fundamental. 20.

(21) 起する「国際法学の国内モデル思考」の問題、すなわち、 「近代の国内社会と国際社会の異 動を厳密に検討することなく、無意識のうちに国内モデルに依拠して国際法の擬似体系の 構築や希望的観測……に陥る無批判的な『実定』国際法学や法思考」の問題を自覚する必 要があるだろう 79 。本研究では、条約適合性統制概念を合憲性統制概念と同視する安易な 発想を避け、両者の類似点や相違点を注意深く抽出するために、次の 2 つの分析枠組を設 定する。 第1項. 規範間関係:条約適合性統制基準. 第 1 の分析枠組は、地域的人権条約や国内法といった規範の関係、より具体的には、国 内法を統制するための条約基準である(条約適合性統制基準)。問題の所在に示したように、 「国際裁判の立憲化」において、人権裁判所が個別の争訟事件を超えて一般的に適用され うる条約基準を発展させることに加え、 「憲法裁判の国際化」において、国内裁判所が国内 法を審査するための尺度として同基準を適用することになる 80。 この条約適合性統制基準に関連する概念としては、フランス憲法学に端を発し、現在で は 多 く の ラ テ ン ・ ア メ リ カ 諸 国 で も 採 用 さ れ て い る 「 合 憲 性 ブ ロ ッ ク ( bloc de constitutionnalité / bloque de constitucionalidad)」概念が挙げられる 81。同概念は、国内法の 合憲性統制に用いられる基準の総体を指す用語であり、いわば合憲性統制基準を指す。こ の合憲性統制基準の解釈・適用は、憲法裁判制度の性質に応じて、憲法裁判所などの特定 の機関に委任される場合がある。しかし、条約適合性統制の解釈・適用に関しては、第一 次的責務を負う締約国のみならず、第二次的役割を担う人権裁判所も従事することになる。 むしろ多くの場合には、人権裁判所が提示する一般的かつ有権的な解釈を締約国が各々の International Norms and Structures,” Leiden Journal of International Law, Vol. 19, No. 3 (2006), pp. 583-584. 79 大沼保昭「国際法学の国内モデル思考-その起源、根拠そして問題性-」広部和也・田中忠 編集代表『国際法と国内法-国際公益の展開-(山本草二先生還暦記念)』(勁草書房、 1991 年);篠田英朗「『国際法学の国内モデル思考』批判の射程-その可能性と限界-」中川・寺 谷編『前掲書』注(5)。 80 国内裁判所による司法審査における国際法の適用について、松田浩道「日本の裁判所におけ る国際人権法-国内適用論の再構成-」 『東京大学法科大学院ローレビュー』第 5 号(2010 年) 151-154 頁参照。 81 M. E. Góngora Mera, “La diffusion del bloque de constitucionalidad en la jurisprudencia latinoamericana y su potencial en la construcción del ius constitutionale commune latinoamericano,” in A. von Bogdandy, H. Fix-Flerro and M. Morales Antoniazzi (eds.), Ius Constitutionale Commune en América Latina: Rasgos, Potencialidades y Desafios (Universidd Nacional Autótonoma de México, 2014), p. 301.. 21.

(22) 国内法秩序において実現している。そこで、本研究では、人権裁判所による条約適合性統 制基準の解釈(第 1 部-第 1 章)と、国内裁判所による条約適合性統制基準の適用(第 2 部-第 1 章)に区分して、順に考察を加えていく。 第2項. 機関間関係:条約適合性統制権限. 第 2 の分析枠組は、 「人権裁判所と国内裁判所の関係」という機関間関係、より具体的に は、条約適合性統制を実施するための地域的人権裁判所と国内裁判所の権限(条約適合性 統制権限)である。問題の所在で記載したように、 「国際裁判の立憲化」において、地域的 人権裁判所が自身の補完的権限を積極的に行使して締約国内に介入するだけでなく、 「 憲法 裁判の国際化」において、条約基準に照らした規範統制がすべての国内裁判官によっても 実施される可能性が生じる。 この条約適合性統制権限を理解するためには、合憲性統制の主体の範囲、すなわち、集 中型(centralized / concentrated)と分散型(decentrazed / diffused)の区別が有益である。一 般的に、合憲性統制を実施する主体の範囲は、米国的な司法裁判所型と欧州的な憲法裁判 所型という 2 つの違憲審査制に分類される 82。前者は、 「通常の司法裁判所が、具体的な事 件ないし争訟を前提として、それを裁判するにあたって、適用すべき法令の憲法適合性を 審査し、憲法に適合しないと判断するときは、当該事件にその法令を適用することを拒否 する権能をもつとする制度」と定義され、付随的違憲審査制と呼ばれる 83 。これに対し、 後者は、 「通常の司法裁判所とは異なる憲法裁判所という特別の裁判所を設け、それのみが 独り審査権をもつとする制度」であり、 「具体的な事件性を必要とせず、抽象的に法律の憲 法適合性を審査することを本質的内容とする」ことから、抽象的違憲審査制と呼ばれる 84。 このような合憲性統制権限の配分に対して、条約適合性統制権限の配分に関しては、国 内平面における「憲法裁判所-通常裁判所」の関係に加え(第 2 部-第 2 章)、国際平面に おける「人権裁判所-国内裁判所」の関係(第 1 部-第 2 章)も考慮に入れる必要がある。. 以上の分析枠組を要約すると、下記表に整理したように、国際裁判の立憲化(第 1 部) と憲法裁判の国際化(第 2 部)の各現象について、条約適合性統制基準(第 1 章)と条約 82. A. Stone Sweet, “Why Europe Rejected American Judicial Review: And Why It May Not Matter,” Michigan Law Review, Vol. 101, No. 8 (2003), pp. 2769-2771. 83 新『前掲書』注(30)222-223 頁。 84 同上 226 頁。. 22.

(23) 適合性統制権限(第 2 章)を検討するということになる。. 第 1 章 条約適合性統制基準. 第 2 章 条約適合性統制権限. 第 1 部 国際裁判の立憲化. 人権裁判所による解釈. 人権裁判所-国内裁判所間の配分. 第 2 部 憲法裁判の国際化. 国内裁判所による適用. 国内裁判所間の配分. 第2節. 分析対象. 「条約適合性統制」概念は、 「米州」人権「裁判所」という特別の文脈で登場したが、上 記引用部分で「国家が米州人権条約などの条約を批准したときには、裁判官も国家の一部 として、そのような条約に拘束される」という表現が採用されているように、必ずしも特 定の「地域」や「機関」に限定されているわけではない。むしろ、国内法の条約適合性統 制は、地理普遍的な人権条約にも応用可能であり、政治的機関を含むすべての国家機関・ 条約機関に関わる包括的な概念として理解されうる。しかし、本研究では、下記の理由か ら「地域」的人権条約の実施における「裁判」に分析対象を限定する。 第1項. 裁判:人権裁判所と国内裁判所の判例分析. その第一の理由は、多くの憲法秩序における合憲性統制の究極的責任が政治部門に対抗 して個人の基本権を保障する法維持部門たる国内裁判所に委ねられていることに鑑みて、 集合的人権保障枠組における条約適合性統制の究極的責任も国内裁判所および司法的な条 約機関に託されるという推察による。 ただし、このような分析素材の限定は、国内法の条約適合性統制が、委員会などの準司 法的性格を有する条約機関や、政治的性格を有する条約機関によって実現されえないこと を意味するものではない。大石眞によれば、 「法律の合憲性の問題は、たんに司法部による 事後的な合憲性審査の段階に限定して論じるべきものではなく、事前の立案段階から議論 されるべき」であり、特に我が国のように「内閣と議会との協働を前提とする議院内閣制 にあっては、そうした政治部門が立法に対する合憲性の統制について機能と責任を分け合 う」 85 。この指摘は条約適合性統制にも当てはまり、上述のように、政治部門は国内法の. 85. 大石眞「わが国における合憲性統制の二重構造―合憲性統制機能の立法過程論的考察―」戸 松秀典・野坂泰司編『憲法訴訟の現状分析』(有斐閣、2012 年)447 頁。. 23.

(24) 条約適合性確保義務の履行において重要な役割を担う。 同様の理由から、司法的条約機関と政治的条約機関の権力分立構造についても一瞥して おく必要がある 86 。実際に、政治的条約機関は、司法的条約機関が下した判決の遵守・執 行監視や基準の策定など、様々な場面で間接的に条約適合性統制に従事することになる。 欧州人権条約の文脈では、法的拘束力を有する欧州人権裁判所判決(46 条 1 項)の執行監 視が閣僚委員会に委ねられている(46 条 2 項)。実際に、締約国の複雑な政治的判断を伴 う判決執行に関しては、政治的機関である閣僚委員会の方が「より良い立場に置かれ、能 力が備わっている(better placed and equipped)」とされ、欧州人権裁判所による敬譲が働く こととなる 87。また、国家間申立を伴うような重大・組織的人権侵害の場合には、 「実のと ころ人権裁判所の果たしうる役割は限定的」であり、 「閣僚委員会という政府間機関がどの ように機能するか、そこで政治的意思をどれほど動員することができるかが、重大・組織 的人権侵害の是正にとって、はるかに決定的」であると評価されている 88 。他方で、2010 年の第 14 追加議定書発効による条約枠組の変更に加え、後述するパイロット判決手続に代 表される実務においても、欧州人権裁判所判決の執行が閣僚委員会による政治的監視から 「司法的強化」へと力点変更が図られていることも見逃されてはならない 89 。その典型例 として、キプロス対トルコ事件賠償判決(2014 年)では、「その歴史上初めて、裁判所が 執行段階にある自身の判決の重要性および効力について特定の司法的言明を行った」 90 。 その背景には、同事件本案判決(2001 年)の執行が閣僚委員会のもとで監視されていたも のの、その大部分が実現されたいなかったという事実が存在した。9 名もの裁判官による 共同同意意見では、当該賠償判決が「裁判所により維持されている集合的人権実施におけ る新たな時代の到来を告げるものであり、欧州における法の支配への尊重を確保するため の重要な第一歩を示す」ものと高く評価された 91。 これに対して、米州人権条約は必ずしも判決遵守を監視する機関を明示していない。た 86. 国 内 的 枠 組 を 超 え た 権 力 分 立 構 造 に つ い て は 、 see C. Möllers, The Three Branches: A Comparative Model of Separation of Powers (Oxford University Press, 2013), Chapter 4. 87 For example, Burdov v. Russia (No.2), ECtHR (First Section), App. No. 33509/504, Merits and Just Satisfaction, Judgment of 15 January 2009, para. 137. 88 小畑『前掲書』注(270)141 頁。 89 前田直子「欧州人権条約における判決履行監視措置の司法的強化―パイロット手続きにおけ る二重の挑戦」『国際協力論集』第 18 巻 2 号(2010 年)。 90 See, Joint Concurring Opinion of Judges Zupančič, Gyulumyan, David Thór Björgvinsson, Nicolaou, Sajó, Lazarova Trajkovska, Power-Forde, Vučinić and Pinto de Albuquerque, para. 1. 91 Ibid.. 24.

(25) しかに第 65 条は判決不遵守を明記する報告書の提出について規定しているものの、締約国 が米州機構総会の内部で意欲的に人権問題を取り上げてこなかったのが実情である 92 。つ まり、判決遵守に関して、米州人権裁判所と米州機構総会の間に制度的なギャップが存在 していたことになる 93 。この事情を背景として、米州人権裁判所は、バエナ・リカルドほ か対パナマ事件管轄権判決(2003 年)を契機として、自らが下した判決の遵守監視を実施 することとなった 94 。しかし、責任国による判決遵守率は決して芳しくなく、特に政治部 門による履行が期待される立法改正や行政改革などの賠償措置の遵守率が極めて低いこと が懸念されている 95 。判決不遵守問題に喘ぐ米州人権裁判所は、近年では判決遵守を「集 合的保障(garantía colectiva)」として位置づけ、政治的機関である米州機構総会の協力を 積極的に仰ぐ姿勢が見て取れる 96。 本研究が分析対象を「裁判」に限定している点については、様々な批判が存在しうる。 たとえば、大沼保昭は、前述の「国際法学の国内モデル思考」の派生として、 「裁判中心的 思考」、すなわち、「国際社会では(先進国の)国内社会と異なり、社会規範と行為規範と のずれが大きい」という事実を認識せずに、 「国際法を無意識のうちに裁判規範として考え る」偏向または一面的理解の問題点を指摘している 97 。また、最上敏樹も、奥脇直哉が国 際法における「法の裁判モデル」の不適合性を指摘したことに示唆を受け 98、 「法を『閉じ た論理のシステム』と規定し、機械的に『合法/違法』を判定するだけの議論枠組みは、 . 厳密には秩序の問題に関わるところの薄い、いわば非 秩序論である。それは埋めるべき法 の欠缺について語らず、実現すべき価値や正義を『立法論』として法規範から切り離す」 92. 米州人権条約第 65 条〔年報の提出〕 :裁判所は、米州機構総会の各通常会期に対して、前年 の活動に関する報告書を総会の検討のために提出する。裁判所は、特に、国がその判決を遵 守しなかった件を明記し、何らかの適切な勧告を行う。 93 M. J. Langer and E. Hansbury, “Monitoring Compliance with the Decisions of Human Rights Courts: The Inter-American Particularism,” in L. Boisson de Chazournes, M. G. Kohen and J. E. Viñuales (eds.), Diplomatic and Judicial Means of Dispute Settlement (Martinus Nijhof Publishers, 2013), pp. 230 et seq. 94 Baena-Ricardo et al. v Panama, IACtHR, Series C No. 104, Competence, Judgment of 28 November 2003, paras. 84-104 95 米州人権裁判所判決の遵守状況の統計については、See C. Hillebrecht, Domestic Politics and International Human Rights Tribunals: The Problem of Compliance (Cambridge University Press, 2014). 96 Apitz-Barbera et al. (“First court of Administrative disputes”) v. Venezuela, IACtHR, Monitoring Compliance with Judgment, Resolution of 23 November 2012, para. 47. 97 大沼保昭『国際法/はじめて学ぶ人のための』 (東信堂、新訂版第 2 刷、2009 年)64-65 頁。 98 河西直也「国際法における『合法性』の観念-国際法『適用』論への覚え書き-( 1)(2)」 『国際法外交雑誌』第 80 巻 1・2 号(1981 年)。. 25.

(26) という「静態的規範秩序論」に対して批判を向ける 99。 しかし、これらの学説は、必ずしも本研究を妨げるものではなく、むしろ「国際裁判」 を分析する意義を高めるものである。事実として、大沼は、必ずしも裁判規範の有用性を すべて否定しているわけではなく、20 世紀後半にかけて国際裁判が増加してきたことを背 景として、裁判規範が果たす役割も拡大している点に留意している 100 。また、「国際裁判 所が『紛争解決機関』としてよりも『法解釈機関』として重要な役割を果たしていること を見落とすべきではない」と指摘する意味でも 101、条約基準の動態的解釈や国内法の条約 適合性審査など、紛争解決機能を超えた人権裁判所の機能を考察する本研究と親和的であ る。同様に、最上も「裁判規範が稀少なために行為規範が適用されることは現実には極め て少ないという仮想性は、次第にしぼみ始めている」点に注意を払っている 102。そして何 よりも、彼の「動態的規範秩序論」、すなわち、「いまだ合法/違法の不明確な事象にも目 を向け、『いかなる規範があるべきか』、『それらをどのような形態において利用すべきか』 にも関心を払う、実質的秩序(の創設)」についての議論は 103 、国際法秩序と国内法秩序 がそれぞれの閉鎖的空間から離脱して、共通の立憲的価値のもとに相互に影響を及ぼしあ う動態的法過程を論じる本研究に有益な視点を与える。 第2項. 地域:欧州人権条約と米州人権条約の比較分析. 分析対象を限定する第二の理由は、条約機関のなかでも純粋に司法的機関と呼べる人権 「裁判所」が、少なくとも現在のところ、締約国間で一定の同質性を備えた「地域的」人 権条約にしか存在しないからである。なかでも、条約適合性統制に関する判例の蓄積を備 えた人権裁判所は、歴史的に最初に創設された欧州人権裁判所と、争訟管轄権の行使から 25 年以上を経た米州人権裁判所に限られてくる。したがって、稼働を始めて間もないアフ リカ人権裁判所や、いまだ構想段階に留まるアラブ人権裁判所 104 、アジア人権裁判所 105 、 99. 最上敏樹「国際法における行為規範と裁判規範-国際法システムの脱仮想化のために-」国. 際法学会編『日本と国際法の 100 年:①国際社会の法と政治』(三省堂、2001 年)106 頁。 100 大沼『前掲書』注(97)67 頁。 101 植木俊哉「国際法学における『国内モデル思考』 『裁判中心的思考』批判と国際組織-国際 法学における『国際組織』分析の方法論をめぐって-」中川・寺谷編『前掲書』注(5)118 頁。 102 最上「前掲論文」注(99)120-121 頁。 103 同上 107 頁。 104 T. Majzoub and F. Quilleré Majzoub, “La future Cour arabe des droits de l'homme : des espoirs à la déconvenue,” Revue Générale de Droit International Public, Vol. 119, No. 2 (2015). 105 3rd Congress of the World Conference on Constitutional Justice - Seoul Communiqué.. 26.

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