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Vol.68 , No.2(2020)080伊久間 洋光「『如来秘密経』梵文写本における地名と民族名のリスト――『大毘婆沙論』における並行説話との比較――」

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Academic year: 2021

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(1)

『如来秘密経』梵文写本における

地名と民族名のリスト

―『大毘婆沙論』における並行説話との比較―

伊 久 間 洋 光

1.

『如来秘密経』梵文写本と竺法護訳『密迹金剛力士経』に見られる地名

と民族名

釈を含んだUdānavargaの漢訳である『出曜経』を始め,『大毘婆沙論』・『十 誦律』・『説一切根本有部律』では,釈尊が四天王に対しアーリア語と辺境の言葉 でそれぞれ四諦を説くという主題の説話が説かれている1).当該説話において, 説法で用いられる言語はアーリア語,ドラヴィダ語の他にムレーッチャ語である とされる.また『大毘婆沙論』の 釈部分においては,辺境の国名は増広され, シナ・サカ・ヤヴァナ・ダラダ・マッラヴァ・カシュガル/カシャ・トゥカー ラ・ボハラとされている. 他方,初期大乗経典『如来秘密経』(Tathāgataguhyasūtra, 以下TGS)の竺法護訳『密 迹金剛力士経』(『大宝積経』密迹金剛力士会,以下『密迹経』)2)には,西域の地名が 多数挙げられることが指摘されてきた.この箇所は上記の『大毘婆沙論』等との 並行説話に当り3),そこにおける地名も『大毘婆沙論』並行説話からの増広であ ることが確認できる.また同様の地名の列挙はTGS梵文写本4にも確認できる. 梵文写本と竺法護訳はそれぞれに地名の増広がある. 本稿ではまず,TGS梵文写本(7b)及び竺法護訳『密迹経』(T11, 59a)における 地名と民族名の対応表を提示し,対応する『大毘婆沙論』の地名を付す.また大 乗の仏伝Lalitavistara (LV)及びその竺法護訳『普曜経』には菩 の習得している 64の文字が説かれている.その64文字のうち,TGS諸本と共通するものを表に 付した:

(2)

表 『如来秘密経』諸本と『大毘婆沙論』に見られる地名と民族名の対応5)

『如来秘密経』

梵文写本 『密迹金剛力士経』『大毘婆沙論』 Lalitavistara 『普曜経』

Saka 釋種 礫 Sakāri (Sakānī)-lipi 夷狄塞書 Pahlava 安息 Tukhāra 月支 覩貨羅 Yavana 大秦 葉筏那 大秦書 Kamboja 劍浮 擾動 丘慈 于 Khaṣa 沙勒 佉沙 Khāṣya-lipi 佉沙書 禪善( 善) 烏耆6) 前後諸國 Hūna 匈奴鮮卑 Hūna-lipi 匈奴書 諸麼夷狄 Cīna 呉蜀秦地 至那 Cīna-lipi 秦書 Darada 他羅多愚民野人 達刺陀 Darada-lipi 陀羅書 Urasa7) Pilida8) Soma9) 諸須曼耶呪 女人處國 牟兜 國 因縁國 波羅奈國 Brāhmaṇa Kṣatriya Vaiṣya Śūdra Vaciva10) Kirāta Kirāta-lipi Pulinda Maruṇḍa Kuru Pañcāla Puruca11) Dākṣiṇātya Dākṣiṇya-lipi 施與書 Kaliṅga Śabara Paṇata12) Sālaka13) 數樹國 Śvamukha14) 金本國 (*Svaruṇamukha?) Bheraṇḍamukha 脾羅本國

(3)

上記のTGS諸本と『大毘婆沙論』に見られる地名と民族名は,辺境の民族に 説法するという説話の主題から,経典製作者によって辺境或いは蛮族(mleccha) と捉えられていた地名と民族名の一覧だと言う事ができる.定方(1998)は,上 述の『大毘婆沙論』の地名について,クシャーナ時代の仏教遺跡の分布とほぼ一 致し,説一切有部の勢力圏を考えるのに参考になると指摘している.一方,TGS と共通するMahāvastu (MV) p. 171, ll. 14–15の如来の六十の音声の記述においても 如来の説法の言及があり,そこでは『大毘婆沙論』と一部重複するŚaka, Yāvana,

Cīṇa, Ramaṭha, Pahlava, Daradaの名が挙げられている.そのうち,Pahlava等は

TGSと共通するものの,TGSと『大毘婆沙論』に共通するKhaṣa, Tukhāraの名は MVには見られない. 『大毘婆沙論』の地名を除く,TGS諸本のみに見られる地名は,十六大国等を 除くと,Urasa(パキスタン・ハザラ,『大唐西域記』烏刺尸国.Uraśāの地名でカシミール 『如来秘密経』 梵文写本 『密迹金剛力士経』『大毘婆沙論』 Lalitavistara 『普曜経』 Kviṣamukha 倚脾沙國 Adhomukha 益本國(?) Ūrdhvamukha 上本國 Parāṅmukha 他談國 Uttarasandhika 北方異國 Paścānudhāpivin 西方所持國 Samudrakakṣika 海中諸神(?) 衆蟲魚鼈 諸山中神 有形含血之類 Paryyantadeśika Aṃkura 阿拘羅 Makura 摩拘羅 Anāsika 阿那散 諸牧羊諸禽獸 所負諸瘻種 心不平正 Sabalapārśva Pārśvaśabara Parṇṇaśabara Kuktaśavara Pūraṇajātika 前曾生者 (pūrvajātika?) Lokottarika 處在世者 Nāsika

(4)

の王統記であるRājataraṃgiṇīに用例がある)やHūna(匈奴),Pahlava(安息国),西域諸 国(クチャ・ホータン・アグニ・ 善)など,西北の方面に多いように思われる.そ のことはTGSの製作者または伝播させた者の地理意識が西北にあったことを示 唆する.

2.

 『如来秘密経』の成立地

上記のように,TGSにおける地名の列挙は,『大毘婆沙論』の並行説話からの 増広であることが確認できる.またTGSの梵文写本と竺法護訳にはそれぞれに 地名の増広がある. 以上の相互関係を鑑みると,TGS梵文写本の地名の列挙からまず『大毘婆沙 論』に挙げられる地名を除き,さらに『密迹経』と共通する地名を抽出すること で,TGSの編纂時に付された地名・民族名を推定することができる.それらは

上述のHūna, Pahlavaと,Śvamukha, Bheraṇḍamukha等の民族名である15).

TGSと『大毘婆沙論』に見られるような蛮族(mleccha)のリストは,仏教以外

ではJaina教のPrajñapanāBhat Saṃhitā, Mahābhārata等にも見ることができる.

そ の う ち,Mahābhārata III, 48, 19–22で は, イ ン ド の 西 方(paścima)に, Sāgarāntika, Pahlava, Darada, Kirāta, Yavana, Śaka, Hārahūṇa, Cīna, Tukhāra, Saindhava,

Jāguḍa, Ramaṭha, Muṇḍa, Taṅgaṇaといったmlecchaがいると記している.ここで

は,TGSに見られるPahlavaやHūna (Hārahūṇa)が西方にあると捉えられている.

TGSの成立地について,山野(2001)は本経の説主である金剛手が西北インド と関係が深いこと,また『密迹経』に西域の地名が見られる16)こと,『出三蔵記 集』竺法護伝に竺法護が西域で梵本を入手した記事があることなどから,西北イ ンドと想定した.また筆者は昨年,TGSに記される仏伝がLVの系統であること を指摘している17)TGSの仏伝とLVは伝承過程において互いに借用されてお り,関係が深いと考えられる.LVの成立地については,経典の言語の検討から, 岡野(1990)により西北インドと想定されている. 上記の検討によって,TGSの編纂時に付された地名・民族名は少なくとも

Hūna, Pahlava, Śvamukha等と推定された.また上記のように,TGSは西北インド

成立と見做されるLVの系統の仏伝を含んでいる.以上のことから,本稿におい

ても,TGSの成立地を西北インドと想定する山野(2001)の見解を支持する.そ

もそもmleccha自体が西方と結び付けられている可能性は排除できないが,少な

(5)

過程において西北に意識があった事は指摘できるだろう. 1)Bernhard(1967),八尾(2013)参照.   2)288年の翻訳.   3)『大毘婆沙論』 とTGSは 所 謂 一 音 説 法 を 説 い て い る.TGSの 一 音 説 法 に つ い て は 稿 を 改 め た い.    4)伊久間(2019)参照.筆者は今年中に当該写本全体の校訂出版を予定している.    5)本対応表は後半の民族名について未詳の点が多く調査中であり,中間報告としたい.    6)宮内庁本の読みは「焉耆」であり,『大唐西域記』の「阿耆尼国」,即ちAgniに相当.   

7)Ms. urasānāṃ. Monier-Williams(1899),uraśā-, f., N. of a city, 荻原(1979) aurasa-, uraśāの

人々.『大唐西域記』烏刺尸国に相当.   8)該当の地名は不明.Tib. pilina.   

9)Ms. sāmānāṃ. Tib. soma daṅ, 竺法護訳「諸須曼耶呪」に従い訂正.   10)該当の地名 は未詳.Tib. daciva.   11)Puruṣa(Puruṣapura)の誤写か?   12)該当の地名は未詳. 13)Ms. sālakānāṃ. Tib. svalka. 竺法護訳「数樹国」.śāla-, 樹,sālaとも綴る.Śālaka-, Mahāmayurīvidyārājñī, 『仏母大孔雀明王経』:「奢羯羅」(大正19, 982b).『大唐西域記』の記 する磔 国の奢羯羅城に相当?   14)Ms. svamukhānāṃ. Tib. khyi gdoṅに従い訂正.   

15)他にSoma(諸須曼耶呪)も相当するが,詳細が不明である為,検討から除外する.ま

たŚvamukhaは西北インドの民族とされる.   16)但し山野(2001)は『大毘婆沙論』

との並行関係については指摘していない.   17)伊久間(2019)参照.

〈一次資料〉

『如来秘密経』 梵文写本:Śāstri 1917, no. 18; 梵文写本校訂:Lāla 2018(Tib. 第7–10章分), 伊久間2019(Tib. 第7–14章分); 翻訳:Tib. ḥPhags pa de bshin gśegs paḥi gsaṅ ba bsam gyis mi khyab pa bstan pa shes bya ba theg pa chen poḥi mdo Tohoku no. 47, Otani no. 760-3. Chi.『大宝積

経』「密迹金剛力士会」竺法護訳T no. 310,『仏説如来不思議秘密大乗経』法護訳T no. 312.

〈二次資料〉

Bernhard, Franz. 1967. Zur Entstehung einer Dhāraṇī. Zeitschrift der Deutschen Morgenlandischen Gesellschaft 117(1): 148–168.   Lāla, B. 2018. Āryatathāgatācintyaguhyanirdeśasūtram (3–5).A Review of Rare Buddhist Texts 58: 123–139.   Monier-Williams, M. 1899. Sanskrit-English Dic-tionary, Etymologically and Philologically Arranged with Special Reference to Cognate Indo-European Languages. Oxford: Claredon Press.   Śāstri, Haraprasād. 1917. Buddhist Manuscripts.

Descrip-tive Catalogue of Sanskrit Manuscripts in the Government Collection under the Care of the Asiatic Society of Bengal, vol. 1. [s.l.]: [s.n.].   Senart, E., ed. 1882. Le Mahāvastu: Texte Sanscrit. Tome

1. Paris: Imprimerie nationale.   Sukthankar, V. S., ed. 1942. The Mahābhātara. Vol. 3. Poona:

Bhandarkar Oriental Research Institute.   伊久間洋光2019「『如来秘密経』の研究―その

成立過程と仏教史における位置付けの解明を中心に―」博士論文(東北大学).   岡 野潔1990「普曜経の研究(下)」『文化』53: 55–74.   荻原雲来編1979『漢訳対照梵和大 辞典』講談社.   定方晟1998『異端のインド』東海大学出版会.   八尾史訳 2013 『根本説一切有部律薬事』連合出版.   山野智恵2001「『大宝積経』「密迹金剛力士会」 の一考察」『智山学報』50, 41–57. 〈キーワード〉『如来秘密経』,『大宝積経』密迹金剛力士会,一音説法,『大毘婆沙論』, 西域,竺法護 (大正大学綜合仏教研究所研究員,博士(文学)

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