Ⅰ.はじめに
近年,我が国における子どもの体力低下が,社会問 題として取り上げられるようになってきた.筆者は,
現在私立保育所に勤務して5年目となるが,現場で子 どもと関わりを持つ中で,登園してきても眠そうな子 どもや自由遊びの時間にも関わらず進んで身体を動か して遊ぼうとしない子ども,「疲れた」と声にする子ど も,すぐ転んでしまう子ども等の姿を目にすることが ある.こうした問題背景には,高度経済成長期以降の 少子化や核家族化,都市化,情報化など,子どもの育 つ環境が急激に変化したことが挙げられる(中央教育 審議会答申,2002).その結果,生活習慣の乱れや朝食 の欠食,運動能力の低下,親子の絆の乏しさ等が指摘 されるとともに(西嶋,2002;加賀ら,2004),「キレ る子ども」や「集中できない子ども」,「遊べない(遊 ばない)子ども」が増加したという報告がされている
(星 ・ 請川,2006).
こうした問題に歯止めをかけるため,文部科学省指 導のもと,スポーツ振興基本法(2000,2006),中央教 育審議会答申(2002),学習指導要領改訂(2011),ス ポーツ基本法(2011),スポーツ基本計画(2012)など 学校教育において様々な法制度の策定 ・ 改訂が行われ た.子どもの体力向上に対する我が国の施策を概括す ると,学校体育を通した子どもの体力向上に対する意 識や,幼児期から積極的に生活全体における身体活動 を促進することの重要性が高まったことが顕著に反映 されているといえる.また,幼児期運動指針(2012)
は,文部科学省主導で策定されたものの,厚生労働省 の了解がとれた形で発表されており,所轄省の枠組み を超えて幼児に対する身体活動の重要性を述べている.
これらの動向を踏まえ,近年における国の施策は,幼
児期から生活を通した健康づくりを行っていくことの 重要性を示している.換言すれば,幼児期から積極的 に身体活動を行っていくことによって子どもの体力向 上を目指していると言えよう.
1 .幼児期の運動発達について
幼児とは,満1歳から,小学校就学の始期に達する までの者を指す.幼児期は,形態的な発達の特徴とし て,身長や体重が急速に変化し,生後5年で身長は出 生時の2倍に,体重は5倍にも成長する.また機能的 な発達として,神経系が最も発達すると言われており,
その速度は6歳で成人の約90%に達する.
我が国における幼児期の運動発達の基礎概念として,
Gallahue の「発育発達の段階と年齢区分」が挙げられ るが(Gallahue,2005),Gallahue は,幼時期の運動発 達段階を「基本的運動の段階」と位置づけ,さらに「未 熟な初期段階」,「初歩的段階」,「発達した段階」に分 類している.これらの段階は,動作発達の顕著な時期 であり,特に4 ・ 5歳は基本的運動(動作)が定着し て次の段階へのステップとなる初歩的段階としている.
この基本的運動とは,ヒトが獲得しうる多種多様な 運動の基本形態(宮丸,1984)であるが,森下(1980)
は体力科学センターをもとに84種類の,また Gallahue and Ozman は23種類の基本的動作を見出している.そ の後,中村(2007)が新たに36種類の動作を提案して いる.さらに阿江らが行った一連のプロジェクトでは,
「幼少年期に身につけたい基礎的な動き」として,日常 生活に着目した12種類,生存 ・ 危機の場に着目した10 種類,そしてスポーツに着目した7種類の計29種類の 動作を提案している.
この幼児期における基本的動作について中村(2007)
は,動きの多様化,つまり動きの量的獲得と,動作の
* 社会福祉法人清陵会 行田保育園
キーワード:保育者,観察力,幼児,疾走動作
観察的評価からみた幼児期の疾走能力の発達⑴
園 部 朋 良*
質的な変容の2通りの獲得方法があるとしており,こ れは幼児期運動指針においても重要項目として挙げら れている.
まず1つ目の量的獲得について,マイネル(1981)
は,運動を経験する機会が豊富な子どもの場合,運動 を経験する機会が少なかった子どもよりも,多種多様 な運動形態の完成,つまり
“
動作の豊かさ”
はより全 般的なものとなり,動作形態や動作結合の難度は明ら かに高いという特徴を示すと述べている.このことか ら,動きの量的動きの多様化は,運動動作の経験量が 影響していることがわかる.もう1つの動作の質的な 変容について,柳田(2008)は,幼児期では,年齢に 見合った運動能力を子ども自身が身につけていく必要 があると述べている.また宮丸(2009)は,基本的動 作は神経系の発達が著しい幼児期を逃すと習得に困難 が伴う述べ,レディネスの存在を指摘している.これらのことを鑑みると,幼児期の運動能力の改善 には,運動量の確保とともに,運動の質ともいうべき 基本的動作の習得が重要であるといえよう.そして,
それらを獲得するためには,特定の運動あそびのみで はなく,多様な運動あそびを通して運動経験を蓄積し ていくことが重要であると考えられる.
これまで基本的動作の発達は,走る動作,跳ぶ動作,
投げる動作,捕る動作,つく動作,転がる動作,平均 台を移動する動作,の7種類によって質的な評価基準 が作成されてきた(阿江ら,2007;中村ら,2011;幼 児期運動指針策定委員会,2012).その中でも,走ると いう動作は,日常生活で当たり前のように行われる運 動ではあるが,あらゆるスポーツにおいても基本とな る動作である.また保育現場では,子どもの走る姿を みる機会が多い.したがって,本研究では,幼児期の
「走る」という動作に焦点を当てていくこととする.
2 .走運動の発達
走運動は歩行からの自発的分化によって生後18-
21ヶ月頃に出現し,24ヶ月頃になるとほとんどの幼児 は安定した走動作を獲得すると報告されている(宮丸,
2002).しかし初期の走運動は,
“
fast walk”
(Gallahue,2005)と表現されるように,早歩きのような極めて未 熟な発達段階にとどまっている.その後3歳から6歳 になると,歩幅の増大に伴い走動作の習熟が急速に進 むとともに走運動の基本形態が獲得され,成人とほぼ 同様の走動作が獲得される(辻野ら,1973;宮丸,
1975;辻野 ・ 後藤,1975;宮丸,1998).
走運動に関する研究の動向を,マイネル(1981)に 依拠して区別し,それぞれの研究を概括すると,幼児 期の走運動に関する量的研究では,これまで疾走タイ ムや疾走速度を軸として,例えば,①幼児期の発達を 横断的 ・ 縦断的にみた研究,②筋力との関係をみた研 究,③身長や心拍数 ・ 土踏まずなどの発育状態との関 連をみた研究,④人的 ・ 物的環境との関連をみた研究,
⑤疾走中の速度変化や歩幅 ・ 歩数との関連をみた研究 などがある(佐藤ら,1968;野崎,1975;古山 ・ 山中,
1974;安部ら,2006;井上ら,2006;高橋ら,2008,
高木 ・ 春日,2013,高木ら,2013).
一方,幼児期の走運動に関する質的研究では,多く のバイオメカニクス的知見が蓄積されている(辻野ら,
1973;宮丸ら,1987;清水ら,1986;加藤,1987).例 えば,疾走速度と疾走動作の変容について縦断的に調 査した研究(辻野 ・ 後藤,1975)や,疾走能力の優れ ている児と劣っている児の疾走動作の違いについて調 査した研究(加藤ら,1987)などが挙げられ,疾走速 度と疾走動作には大きな関連があることが他にも多く の研究者によって示唆されている.
以上のことから,他の基本的動き同様,走運動の発 達は,記録だけでなく,先行研究より明かされた走動 作発達の変容からも評価することが重要であるといえ よう.
3 .幼児期における走運動の評価法について
これまでの幼児に対する運動発達の評価方法は,大 別すると,①体力 ・ 運動能力による量的な方法,②運 動課題の達成数を吟味しその発達度合いを評価する方 法,そして③動作様式の質的な変容過程を観察的に評 価する方法,の3つに分類することができる(中村ら,
2011).パフォーマンスや達成度による評価法は,これ まで多くのデータの蓄積があり,客観的な評価の方法 として非常に有効な評価方法である.しかし一方で,
金子(1990)は,「われわれは運動結果(たとえば運動 ができたという事実)だけでなく,どのように達成さ れたかとういう運動経過(成立過程)を観察し,その 運動の本質を見抜かねばならない」と述べている.さ らにマイネル(1981)は,優れた指導者は対象の運動 における欠点やその原因を即座に見抜き,それに基づ いて新しい運動指示を出すことができることから,運 動観察力の重要性を述べている.すなわち,幼児期は
身体のサイズや筋力などの大小が量的な測定結果の良 し悪しを決定する主要因となることや,保育者は日常 的に幼児の運動を観察することが可能な環境にいるこ となどを鑑みると,保育者が幼児の運動発達の特徴を もとに評価をする場合,動作様式の質的な変容を観察 的に捉えていく評価法が有効であると考えられる.
観察的に動作様式の質的な変容を評価する方法とし ては,「観察評価法」がある.これは,評価者が目で対 象者のある運動に対する動きを観察し,その全体の印 象や各部位における数段階の動きの様子によって評価 する方法である.その妥当性については,中村らによ る一連の研究にて,観察評価法を用いて研究者と保育 者間の評価結果の一致率を検討したところ,高い近似 率が認められており,保育者が幼児の運動発達を観察 して評価することの有効性が示唆されている(中村 ・ 宮丸,1986;中村 ・ 宮丸,1987;中村ら,1987).
一方で,筆者が自身の卒業論文にて中村ら(1992)
らが作成した観察評価法をもとに幼児期の走動作発達 を調査した結果では,調査協力して頂いた現場の保育 者らから「評価表の文言が難しくてよく理解できな い」,「1箇所を繰り返し観察すれば何とか分かるが,
1度に何箇所も動作を評価することは難しい」などの 意見を多く受けた.また,先述した先行研究以外にも,
阿江ら(2007),中村ら(2011),幼児期運動指針策定 委員会(2012)などによって基本的動作における観察 評価表が作成されているが,阿江ら(2007)は今後の 課題として,「表現(文言)を含めてより的確な質的評 価法の作成すること」と述べたように,依然として保 育者が用いることが可能であるかは定かではない.
しかし,こうした評価法が,現実的に保育現場にて 活用可能となれば,保育者が人的環境として幼児の走 りに対する際に,幼児期における運動発達の特性を踏 まえた適切な指導 ・ 援助を行うことができるようにな ると考えられる.したがって,これらの課題を踏まえ て現場に即した走動作の観察評価表を作成することは 極めて有意義なことであるいえよう.
以上のことから,幼児期の走運動における発達を捉 える上で,質的な評価が重要であることが示唆されて いるにも関わらず,依然として,保育現場にて保育者 が使用できるような指標が作成されていないのが現状 である.したがって,本研究では,これまでの先行研 究(阿江ら,2007;中村ら,2011;幼児期運動指針策 定委員会,2012)をもとに,専門家の視点より保育者
に適した幼児期の走動作発達を捉えるための観察評価 表を検討することを目的とした.
Ⅱ.方 法
1 .調査方法の概要
⑴ 調査対象
2012年8月,埼玉県にあるA保育所に調査内容を口 頭で説明し,快諾を得た.調査対象は,3歳児クラス から5歳児クラスの男女59名(男児:32名,女児:27 名)とした.
⑵ 調査期間
2012年11月20日から2013年2月20日まで,計8回 行った.
⑶ 測定方法
対象者全員に25m全力疾走を行ってもらった.なお,
対象児には予め30m走と伝え,ゴール手前での失速を 防いだ.また,幼児の疾走映像をより鮮明に捉えるた めに,撮影区間の後方を黒地の布で覆った.撮影区間 は12.5m地点から17.5m地点の5m区間とし,中間地点 から15m離れた位置にビデオカメラ(Sony HRD-SR1)
を設置して撮影した.
⑷ 選出方法
先行研究をもとに5つの走動作発達段階の典型的な 疾走フォームのそれぞれに最も近い幼児を,映像分析 器(DKH 製 Frame-DIAS II V3, Media Blend)を用い て分析し,各 Pattern1名ずつ選出した.幼児の選出 については,長距離のランニング指導者を長年に渡り 行っている大学教授A,およびA大学陸上部にて短距 離を専門としているBとともに行った.
⑸ 判定者
作成した観察評価表の判定は,前述したA,Bに加 え,主に児童期以降の疾走能力の研究をしている大学 教授Cの協力のもとに行った.
⑹ 走動作カテゴリーの作成手順
手順1:先行研究と映像からの動作の比較検討および 疾走動作における観察評価表の作成
A,Bとともに,先行研究(中村ら,2011)と本調 査にて撮影した対象児の走動作映像をもとに議論を重 ね,保育者のための幼児期における走動作発達の観察 評価表を検討した.また,本調査における判別評価方 法についても確認した.
手順2:疾走動作の観察評価表の作成
Cとともに手順①で作成した走動作カテゴリーにつ
いて議論し,新しい走動作の観察評価表を検討した.
手順3:疾走動作の観察評価表の再作成
A,Bとともに手順2で作成された走動作カテゴリー について先行研究(阿江ら,2007;幼児期運動指針策 定委員会,2012)を参考に議論し,新たな走動作の観 察評価表を検討した.
Ⅲ.結果と考察
1 .対象幼児
Table1は,本調査の対象とした幼児の年齢別 ・ 性 別にみた月齢,身長,体重,平均速度,平均歩幅,平 均歩数の平均値および標準偏差を示したものである.
これらの結果より,男児 ・ 女児ともに加齢に伴い身長,
体重,平均速度,歩幅は増大しているが,歩数は男児 のみ,加齢に伴う増大がみられた.
2 .選出した幼児の特徴
Table2はA,Bとともに選出した幼児5名の走動 作の発達段階に対する月齢,身長,体重,平均速度,
歩幅を示したものである.各幼児の比較より,月齢 ・ 身長 ・ 疾走速度 ・ 歩幅の増大に伴って疾走動作が発達 することが示されたが,体重は Pattern1の幼児の方 が Pattern2の幼児に比べ重いことから,疾走動作の 発達と体重との明らかな違いは認められなかった.ま た,歩数では Pattern2の幼児が最も多く,次いで Pattern4,Pattern3,Pattern5,Pattern1の順と なったことから,歩数の増大は疾走動作の発達との関 係は認められなかった.
Figure1 は, 未 熟 型(Pattern1) か ら 成 熟 型
(Pattern5)の発達段階における疾走動作を連続写真 化して比較したものである.Figure5下段にある①-
⑥は,各局面構造における以下の動作を表している.
Table 1 .年齢別・性別にみた月齢・身長・体重・平均速度・歩幅・歩数の平均値および標準偏差 対象 人数
(月齢)歴年齢 身長
(cm) 体重
(kg) 平均疾走速度
(m/sec.) 平均歩幅
(cm) 平均歩数
(歩/sec.)
(SD) (SD) (SD) (SD) (SD) (SD)
3歳男児 12 45.25 100.64 16.22 2.89 0.79 3.76
(3.79) (4.16) (1.81) (0.50) (0.11) (0.46)
3歳女児 12 45.33 97.83 15.35 2.97 0.78 3.86
(3.60) (4.73) (1.86) (0.42) (0.16) (0.36)
4歳男児 12 57.75 106.5 20.08 3.59 0.94 3.99
(3.08) (5.45) (2.20) (0.62) (0.17) (0.37)
4歳女児 5 56.00 103.7 17.4 3.60 0.89 4.05
(2.12) (2.36) (1.32) (0.67) (0.10) (0.27)
5歳男児 8 70.25 112.73 20.07 3.93 0.99 4.02
(2.71) (6.92) (4.78) (0.26) (0.14) (0.44)
5歳女児 10 69.90 111.89 20.20 4.00 1.10 3.71
(2.96) (6.32) (2.73) (0.30) (0.15) (0.30)
Table 2 .選出した幼児の性別・月齢・身長・体重・平均速度・歩幅および歩数 性別 Pattern 歴年齢
(月齢) 身長
(cm) 体重
(kg) 平均速度
(m/sec.) 歩幅
(cm) 歩数
(歩/sec.)
M・N 女 1 41 94.0 16.6 2.15 0.76 2.84 A・H 女 2 49 100.8 15.0 2.95 0.84 3.50 K・Y 男 3 54 104.0 18.0 3.75 1.20 3.12 M・S 男 4 60 110.2 18.8 4.31 1.35 3.20 M・K 女 5 73 121.6 22.4 4.50 1.56 2.88
① 中間局面における主要局面にむけての支持脚と自 由脚の動作
② 中間局面における自由脚の臀部への引き付け
③ 主要局面における支持脚のキック動作 ・ 自由脚の 大腿の引き上げ ・ 腕のスイング動作
④ 主要局面における非支持期の空中脚の動作および 腕のスイング動作
⑤ 中間局面における接地の仕方
⑥ 走運動中の腕のスイング動作 ・ 自由脚の足先点の 軌跡 ・ 歩幅
3 .走動作カテゴリーの検討
⑴ 手順 1 の結果
ここでは,A,Bとともに,先行研究および本調査 において選出した各幼児の走動作映像を用いて議論し,
検討した観察評価表を示していく.
議論の要点は,①観察評価表に用いるカテゴリーの 内容とカテゴリーの数,②キーカテゴリーの必要性,
③保育者にとって判断しやすい判別評価法,④先行研 究との妥当性についてであった.Table4は,以上の 要点に留意して作成した観察評価表である.
Table3は,手順1にて,筆者がA,Bとともに保 育者に適した走動作発達における観察評価表を作成し たものである.部位は腕,身体,脚の3つとし,カテ ゴリーは,①両肘の屈曲が保持されたまま大きな振り
幅でのスイング動作がみられる,②キック時に水平方 向への身体の前傾がみられる,③キック時に十分な大 腿の引き上げがある,④中間局面にて踵が臀部まで引 きつけられている,⑤つま先または足の裏の外側から 接地している,の5つとなった.
中村ら(2011)の各カテゴリーにおける判別評価は,
文言による3段階評価を用いていた.しかし,保育者 が観察評価する場合,それらの文言から幼児の走りを 瞬時に判別評価することは難しいと考えられる.した がって,本調査では,各カテゴリーについて三段階評 価(◯,△,×)し,それらに動作得点(◯:2点,
△:1点,×:0点)を与え,合計得点によって走動 作の発達段階を捉えるものとした.各カテゴリーの評 価基準は Table4の通りである.
Table5は,対象幼児の発達段階と各カテゴリーに おける観察評価の結果を言語化したものである.その 結果「腕の振り」では,Pattern1から Pattern5の幼 児にかけて,両肘の屈曲は保持されているが,スイン グ動作がみられない動作から,両肘の屈曲が保持され 大きな振り幅でのスイング動作へと変容していること がわかった.また「身体の前傾」では,Pattern1から Pattern5の幼児にかけて,前傾がほとんどみられない 状態から,水平方向への前傾がみられる状態に変容し ていることがわかった.さらに「大腿の引き上げ」で は,Pattern1から Pattern5の幼児にかけて,ほとん Figure 1 . 5 つの動作発達段階における典型的な疾走フォームの比較
ど引き上げられていない状態から,十分に引き上げら れている状態へと変容していることがわかった.そし て「踵の臀部への引き付け」では,Pattern1から Pat- tern5の幼児にかけて,臀部まで引き付けられていな い状態から,臀部まで引き付けられている状態へと変 容していることがわかった.最後に「接地の仕方」で は,Pattern1から Pattern5の幼児にかけて,踵から 接地する動作から足裏の外側から接地する動作に変容
していることが分かった.
⑵ 手順 2 の結果
次に,Table3を用いてCとともにより保育者にとっ て観察しやすい観察評価表を検討した.
Table6は,手順2にて作成した保育者が疾走動作 を捉えるための観察評価表である.Cと議論した結果,
腕については Table3のままで良いが,身体の前傾に Table 3 .手順 1 にて作成した幼児期の疾走動作の発達を捉えるための観察評価表
部位 動作カテゴリー ◯ △ ×
1 腕 両肘の屈曲が保持されたまま大きな振り幅でのスイング動作がみられる 2 身体 キック時に水平方向への身体の前傾がみられる
3 脚
キック時に十分な大腿の引き上げがある 4 中間局面にて踵が臀部まで引きつけられている 5 つま先または足の裏の外側から接地している
評価基準 動作得点
◯=できている 2点
△=ややできている 1点
×=できていない 0点
動作得点 動作パターン
0~1 1
2~5 2
6~7 3
8~9 4
10 5 合計得点
Table 4 .Table 3 の各カテゴリーにおける走動作の評価基準 1.腕の動作
◯:両肘の屈曲が保持された大きなスイング動作 △:消極的なスイング動作
×:両腕のスイング動作のない状態 2.身体の前傾
◯:水平方向へジャンプし,身体の前傾がみられる
△:垂直方向へのキック動作がみられ,身体の前傾が少しみられる ×:キックをせずに全く前傾の見られない状態
3.大腿の引き上げ
◯:十分な大腿の引き上げがみられる △:大腿の引き上げが少しみられる ×:大腿の引き上げがほとんどみられない 4.踵の臀部への引きつけ
◯:踵の臀部まで引きつけがみられる △:踵の臀部周辺までの引きつけがみられる ×:臀部までの引きつけはほとんど見られない 5.接地の仕方
◯:足先または足裏の外側から接地している △:踵から接地している
×:足の裏全体で接地している
ついては,捉え方によって
“
前かがみ”
となってしま うため,1つの基準としては難しいという結果に至っ た.また,Table3の「キック時に十分な大腿の引き 上げがある」と「中間局面にて踵が臀部まで引きつけ られている」のカテゴリーについては,身体が空中に ある時の両膝の幅からも観察可能なため,1つにした ほうが保育者にとって観察しやすいのではないかとい う結果となった.さらに,接地の仕方については,“
つ ま先”
よりも“
足先”
のほうが表現としては妥当だと いう結果となった.加えて,「着地した時,自由脚の膝 が接地足と重なっている」は“
追い越し動作”
ともいわれるように,ピッチの速さを観察的に評価する指標 としては理解しやすい基準なのではないかという結果 となった.そして,「身体の重心が接地足の真下に来た とき,自由脚の足首が90度になっている」は,キック 時に地面をしっかり蹴っているか,蹴り上げ過ぎてい ないかを観察する上でとても判断しやすい基準である ため,カテゴリーとして有効であるという結果となっ た.
判別評価法は,Table3と同様に,各カテゴリーに ついて三段階評価(◯,△,×)とし,それらに動作 得点を与え,合計得点によって走動作の発達段階を捉 Table 5 .Table 3 の各カテゴリーにおける Pattern 1 から Pattern 5 の幼児に関する評価
Pattern 腕の振り 身体の前傾 大腿の引き上げ 踵の臀部への引き
つけ 接地の仕方
1 両肘の屈曲は保持されて いるが,スイング動作が みられない
前傾はほとんどみ
られない ほとんど引き上げ
られていない 臀部まで引きつけ
られていない 踵から接地してい る
2 両肘の屈曲は保持され,消 極的なスイング動作がみ られる
垂直方向へのキッ ク動作がみられ,
身体の前傾は少し みられる
少し引き上げられ
ている 臀部まで引きつけ
られていない 踵から接地してい る
3 両肘の屈曲が保持され,大 きな振り幅でのスイング 動作がみられる
身体の前傾が少し
みられる 十分に引き上げら
れている 臀部周辺まで引き
つけられている 踵から接地してい る
4 大きな振り幅でのスイン グ動作はみられるが,屈 曲は保持されていない
水平方向への前傾
がみられる 十分に引き上げら
れている 臀部周辺まで引き
つけられている 足の裏の外側から 接地している
5 両肘の屈曲が保持され,大 きな振り幅でのスイング 動作がみられる
水平方向への前傾
がみられる 十分に引き上げら
れている 臀部まで引きつけ
られている 足の裏の外側から 接地している
Table 6 .手順 2 にて作成した幼児期の疾走動作の発達を捉えるための観察評価表
部位 動作カテゴリー ◯ △ ×
1 腕 両肘の屈曲が保持されたまま大きな振り幅でのスイング動作がみられる 2
脚
身体が空中にあるとき,両膝の距離が十分にある 3 足先または足の外側から接地している
4 着地した時,自由脚の膝が接地足と重なっている
5 身体の重心が接地足の真下に来たとき,自由脚の足首が90度になっている 評価基準 動作得点
◯=できている 2点
△=ややできている 1点
×=できていない 0点
動作得点 動作パターン
0~1 1
2~5 2
6~7 3
8~9 4
10 5 合計得点
えるものとした.各カテゴリーの評価基準は Table7 の通りである.
Table8は,Table6を用いて筆者がA,Bとともに 幼児の走動作映像と照らし合わせて評価をしたものを 言語化したものである.その結果,「腕の振り」では,
Pattern1から Pattern5の幼児にかけて,両肘の屈曲 は保持されているが,スイング動作がみられない動作
から,両肘の屈曲が保持され大きな振り幅でのスイン グ動作へと変容していることがわかった.また「両膝 の幅」では,Pattern1から Pattern5の幼児にかけて ほとんど両膝の距離がない状態から,両膝の距離が大 きく離れる動作に変容していることがわかった.さら に「接地の仕方」では,Pattern1から Pattern5の幼 児にかけて踵から接地する動作から足裏の外側から接 Table 7 .Table 6 の各カテゴリーにおける走動作の評価基準
1.腕の動作
◯:両肘の屈曲が保持された大きなスイング動作 △:消極的なスイング動作
×:両腕のスイング動作のない状態 2.両膝の幅
◯:両膝の距離が大きく離れている △:やや両膝の距離が離れている ×:ほとんど両膝の距離がない 3.接地の仕方
◯:足先あるいは足裏の外側から接地している △:踵から接地している
×:足の裏全体で接地している
4.接地時の自由脚と接地脚における両膝の距離 ◯:接地時に自由脚の膝が接地足の膝と重なっている △:接地時に自由脚の膝が接地足の膝周辺まできている ×:接地時に自由脚の膝が接地足の膝と大きく離れている 5.身体の重心が接地脚の真下に来た時の自由脚の足首角度 ◯:90度に限りなく近い角度
△:90度よりも鋭角または鈍角になっている ×:90度よりもかなり鋭角な角度
Table 8 .Table 6 の各カテゴリーにおける Pattern 1 から Pattern 5 の幼児に関する評価 Pattern 腕の振り 両膝の幅 接地の仕方 着地時における両
膝の距離 接地中間時における 自由脚の足首の角度 1 両肘の屈曲は保持されて
いるが,スイング動作が みられない
ほとんど両膝の距
離がない 踵から接地してい
る 両膝が大きく離れ
ている 90度に限りなく近 い角度
2 両肘の屈曲は保持され,消 極的なスイング動作がみ られる
ほとんど両膝の距
離がない 踵から接地してい
る 両膝が大きく離れ
ている 90度に限りなく近 い角度
3 両肘の屈曲が保持され,大 きな振り幅でのスイング 動作がみられる
やや両膝の距離が
離れている 踵から接地してい
る 膝周辺まできてい
る 鈍角になっている
4 大きな振り幅でのスイン グ動作はみられるが,屈 曲は保持されていない
両膝の距離が大き
く離れている 足裏の外側から接
地している 膝周辺まできてい
る 鈍角になっている
5 両肘の屈曲が保持され,大 きな振り幅でのスイング 動作がみられる
両膝の距離が大き
く離れている 足裏の外側から接
地している 膝周辺まできてい
る 鈍角になっている
地する動作に変容していることが分かった.しかし,
「着地時における両膝の距離」については,Pattern1 から Pattern5の幼児にかけて,両膝が大きく離れた 状態から,膝周辺までくる状態まで発達していたもの の,重なっている幼児はみられなかった.さらに,「接 地中間時における自由脚の足首の角度」についても,
Pattern1や Pattern2の幼児においてのみ,評価基準 の一番高い動作がみられ,Pattern3から Pattern5の 幼児は,足首の角度が鈍角になっていた.
⑶ 手順 3 の結果
次に,A,Bとともに Table6および先行研究(阿 江ら,2007;中村ら,2011;幼児期運動指針策定委員 会,2012)を用いて保育者がより観察しやすいカテゴ リーの作成を試みた.今回の要点は,①新たなカテゴ リーの検討,②文言の訂正であった.その結果,以下 のこと導かれた.
① 全体印象を加え,その文言を「スムーズに前に進み ながら,力強い走りをしている」とする.
② 「両肘の屈曲が保持されたまま」を「左右の肘がL 字型に曲がったまま」へ変更する.
③ 「自由脚の踵が臀部まで引き付けられている」を「後 ろ足の踵がお尻に着くくらい曲がっている」へ変更 する.
④ 「足先」を「足の先の方」へ変更する.
⑤ 「キック時の大腿の引き上げ」を「前足の大ももが 上がっている」へ変更する.
Table9は,手順3にて作成した保育者が幼児期の
走動作発達を捉えるための観察評価表である.注目箇 所を全体印象,腕,足の3項目にし,それぞれのカテ ゴリーの文言を保育者が認識しやすいものにすること を試みた.評価判別については,Table3,Table6同 様に各カテゴリーについて三段階評価(◯,△,×)
とし,それらに動作得点を与え,合計得点によって走 動作の発達段階を捉えるものとした.各カテゴリーの 評価基準は,Table10の通りである.
Table11は,Table9を用いて筆者がA,Bとともに 幼児の走動作映像と照らし合わせて評価し,言語化し たものである.「全体印象」については,Pattern1と Pattern2の幼児の文言より,「ぎこちない」や「不安 定」という文言がキーワードとなっていた.そして,
Pattern3以降になると「バランス」という文言がみら れ,Pattern4から Pattern5になると「軽やかさ」や
「力強さ」を感じる走りへと変容していることがわかっ た.「腕振り」のカテゴリーでは,Pattern1から Pat- tern5の幼児の発達を比較した結果,腕振りが見られ ず,L字型に曲がっていない状態から,肘がL字型に 曲がるようになり,その後腕振りが前後に大きくなる ことがわかった.「前足」のカテゴリーでは,Pattern 1から Pattern5までの発達を比較した結果,太もも がほとんど上がらない動作から,太ももが上がる動作 へ変容していることがわかった.また「後ろ足」のカ テゴリーでは,Pattern1から Pattern5までの発達を 比較した結果,後ろ足の踵が臀部から離れている動作 から,後ろ足の踵が臀部に着くくらいまで上がってい る動作に変容していることがわかった.そして「着地」
Table 9 .手順 3 にて作成した幼児期の疾走動作の発達を捉えるための観察評価表
注目箇所 動作カテゴリー ◯ △ ×
1 全体印象 スムーズに前に進みながら,力強い走りをしている
2 腕 左右の肘がL字型に曲がったまま,前後に大きく腕を振っている 3
足
前足の太ももが上がっている
4 後ろ足の踵がお尻に着くくらい曲がっている 5 足の先の方から着地している
評価基準 動作得点
◯=できている 2点
△=ややできている 1点
×=できていない 0点
動作得点 動作パターン
0~1 1
2~5 2
6~7 3
8~9 4
10 5 合計得点
のカテゴリーでは,Pattern1から Pattern5までの発 達を比較した結果,踵から着地していた動作が,足の 先の方から着地する動作に変容していることがわかっ た.
Ⅳ.考察とまとめ
本研究では,走運動に関する専門家の視点から議論 をしていく中で,保育者が幼児の走動作発達を捉える
ための観察評価表を検討してきた.
その結果,カテゴリーでは,「全体印象」,「腕」,「前 足」,「後ろ足」,「着地」の5つの視点より幼児の走動 作発達を捉えた.また,各カテゴリーの文言は,保育 者の視点に立ち,専門家らと議論していく中で出来る 限り簡易化することを目指した.評価判別については,
◯,△,×の3段階評価を用いて,それぞれに得点を 与え,その合計点によって幼児の走動作における発達 Table10.Table 9 の各カテゴリーにおける走動作の評価基準
1.全体印象
◯:前に進む力強さ,軽やかさを走りの中から感じる
△:バランスの良い走りをしているが,前に進む力強さはあまり感じられない ×:ぎこちなく,不安定な走りをしている
2.腕振り
◯:両肘がL字型になったまま,前後に大きく振っている △:小さな腕の振りがみられる
×:腕振りがみられない 3.前足
◯:太ももがほとんど上がっていない △:太ももが少し上がっている ×:太ももが上がっている 4.後ろ足
◯:後ろ足の踵がお尻につくほどまで曲がっている △:後ろ足の踵がお尻周辺まで曲がっている ×:後ろ足の踵がお尻から大きく離れている 5.接地の仕方
◯:足の先の方から着地している △:踵から接地している
×:足の裏全体で接地している
Table11.Table 9 の各カテゴリーにおける Pattern 1 から Pattern 5 の幼児に関する評価
Pattern 全体印象 腕振り 前足 後ろ足 着地
1 身体が重そうで,ぎこ ちなく,不安定な走り をしている
両腕がL字型に曲 がっているが,腕振 りがみられない
太ももがほとんど
上がっていない 後ろ足がお尻から離
れている 踵から着地してい る
2 ぎこちなく,不安定な 走りをしている
両腕がL字型に曲 がっており,小さな 腕の振りがみられる
太 も も が 少 し 上
がっている 後ろ足がお尻から離
れている 踵から着地してい る
3 バランスの良い走りを しているが,前に進む 力強さは感じられない
両腕がL字型に曲 がっており,小さな 腕の振りがみられる
太ももが上がって いる
後ろ足の踵がお尻に つくほどまでは曲 がっていない
踵から着地してい る
4 バランス良く,走りの 中から軽やかさを感じ る
両腕がL字型に曲 がったまま,前後に 大きく振っている
太ももが上がって いる
後ろ足の踵がお尻に つきそうになるくら い曲がっている
足の先の方から着 地している
5 前に進む力強さ,軽や かさを走りの中から感 じる
両腕がL字型に曲 がったまま,前後に 大きく振っている
太ももが上がって いる
後ろ足の踵がお尻に つきそうになるくら い曲がっている
足の先の方から着 地している
段階を Pattern1から Pattern5の5段階で評価するも のとした.先行研究と比較すると,走りの全体印象は 阿江らが作成したものと類似したものになったが,新 たに「力強い」というキーワードが加わった.腕のカ テゴリーでは,「L字型」という文言を用いて前後に大 きく振っているかを観察するものとして,専門的な文 言を用いずに表現しており,先行研究と比較すると,
より一般的に理解しやすいものとなった.また,前足 のカテゴリーでは,阿江ら,幼児期運動指針策定委員 会で用いられた文言に近いものとなったが,後ろ足の カテゴリーについては,バイオメカニクス的には疾走 速度の向上とともに動作変容が認められていたものの,
「かかとの臀部への引き付け」が加えられたのは新たな 発見であった.最後に,着地のカテゴリーでは,阿江 ら,幼児期運動指針策定委員会では用いられなかった ものの,中村らが用いており,本調査での結果とほぼ 同様の観察視点となった.
しかし,保育者が幼児の走動作を観察する際,①ど の部位に注目し,②具体的にはそれぞれの部位におい て,どのような動作に注目しているのか,③何箇所の 動作が一度に観察可能なのか,という3点について,
未だ明らかにできていない.したがって,今後それら を調査した上で新たな指標を検討する必要があるとい えよう.
また,本調査で作成した判別評価法は,◯と△,△
と×間の基準が不明瞭なため,保育者個々の観察 ・ 評 価力によって左右してしまう可能性がある.マイネル
(1981)は,「人間の目は解剖学的にみると,多くの動 物の目と同じように,運動観察にはとても適している ものではないようである」と述べているものの,運動 経験や映像を繰り返し観るなどの視覚的な訓練によっ て,運動観察の能力を高めることが可能であると述べ ている.このことから,保育者の観察能力も個々の運 動歴や保育経験年数によって異なることが推察するこ とができる.一方,阿江(2007)は,Ⅰ.1でも挙げた
「基礎的動作」における評価法について,評価観点に基 づいて動きを評価する前に,全体印象に着目して動き を評価する必要であると述べている.これらのことを 鑑みると,本調査にて作成した走動作発達の観察評価 表は,保育者の視点が未だ不十分であり,今後保育者 が観察している部位,具体的観察箇所,観察可能な部 位数を精査した上で,各走動作発達段階の幼児の全体 印象を作成し,新たな観察評価表を検討することが重
要であるといえよう.
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