上代における同一動詞反復形式
︱﹁に﹂を介する形式の成立要因について︱
山口
康
子
は じ め に 例えば伊勢物語四一段にみる﹁タダナキニナキケリ﹂の如く二
を介して同一動詞を反復する形式の語法について︑先にその今昔
物語集における特殊な表現価値を明らかに確煙︒
述部を形成する強調表現の一つ︑二を介して同一動詞を反復する表現形式は︑今昔物語集においては︑原則として①タダを伴な
い︑②出典文献の表現とは関係なく︑③地の文に用いられ︑④二
に上・下接する動詞は意味的に来往動詞か状態の変化を示すもの
に限定され︑⑤破局性を持つ場面に用いられ︑⑥直接話法の会話
文を吸着している︒これらの特徴は︑それがこの表現形式に特有
のものであるか︑あるいは今昔物語集の特性とみなすべきもので
あるかについては未解決であった︒
その点を明らかにするためにこの表現形式の通史的な考察を志
すものであるが︑本稿ではまず上代における様相を明らかにしたい︒
一︑
上代資料は量的にも少ない上︑その表記法のために︑二を介し
て同一動詞を反復する表現形式の確例を得る可能性のある文献は︑
おのずから限定される︒今︑調査の対象として記・紀・万葉集・
上代における同一動詞反復形式︵山口︶ ︵注②︶風土記・祝詞・宣命・記紀収録以外の古代歌謡をとりあげた︒調査の結果︑二が確実に表記され︑かつ二を介して同一動詞が上・下心ともに直接している例は︑見落しもあるかと思うが管見の範囲︑次の十七例を得るのみである︒次に全例を記す︒L下泣きに泣く 記歌謡83﹁斯多那岐爾那久﹂ 紀歌謡71﹁資喀灘企魎奈勾﹂乞さがみにかみて 堂上﹁佐賀美遍言託而﹂ ︵77ぺ︶ 紀神代上﹁黒米咀囎羽重二佐我口無加賦﹂︵上昇ぺ︶3神やらひにやらひたまひき ︒ ︵庄③︶ 記上﹁神夜良比魎夜良比賜也﹂ ︵73ぺ︶4根こじにごじて︒ ︵注の︶︶ 記上﹁根多士爾許士而﹂ ︵81ぺ︶5目ろ寄しに寄し寄り来ね 紀歌謡3﹁妹慮豫嗣爾豫嗣豫利檬禰﹂a手越しに越さば 紀歌謡19﹁多言僻黒鳥佐魔﹂牝大夫と思へるわれをかくばかりみつれにみつれ︵三礼二見津礼︶ 一九
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第二四号
片思をせむ︵二四−七一九︑家持︶&相見ては幾日も経ぬをここだくも狂ひに狂ひ︵三流比ホ島流比︶
思ほゆるかも︵万四−七五一家彗一一さればををりにををり︵乎一理ホ一一里︶鶯の鳴くわがしま
そやまず通はせ︵万六⊥〇一二︑古曲二首のうちの一︶
10ケの辺の草深百合の花ゑみにゑますがからに︵花咲ホ咲之十二︶
妻といふべしや︵万七⊥二五七︑古歌集の+七首のうちの一︶● わけ ・i
11?ェ君に戯奴は恋ふらし賜りたる茅花をはめどいや痩せに射す
.いい
岺宴z咳須︶ ︵万八⊥四山ハ平縁持︶● ・
12ニの妹ろ吾をしのふらし真結ひに結ひし紐の︵麻由須直示由須
比之比毛之︶解くらく思へば︵万二+1四四二七︑昔年の防人︶
13̲問はしに問はしたまひ
祝詞水月晦大祓﹁上躯志爾問志賜﹂ ︵粥ぺ︶
14「や若えに御若えまし
祝詞出蛍菌造神賀詞﹁自若叡爾御三四坐﹂ ︵婿ぺ︶
15「やをちに御をちまし
祝詞出重菌造神賀詞﹁彌旧知爾御衰乱坐﹂ ︵婿ぺ︶
16「や縫ぎに縄がむと
宣命第五+九詔﹁三二爾将駅止﹂ ︵鵬ぺ︶
17ウ根こじにいこじ持ち来て
琴歌譜雑歌2歌返﹁佐祢己自ホ伊己之既知支天﹂ ︵姻ぺ︶
二
今︑︑この計十七例について︑
てみよう︒
ω表現形式の類型について 今昔物語集にみられた特徴と対比し 二〇
先に今昔物語集において︑その表現類型を次の第一表の如く︑
1から8までの類型番号をつけて整理し用例を分類した︒
劃
傑 一
類型番号 も と式1 を旧
著
11m
蝦 撒
綴 蟄
顔
り9 1
4 3
5
7 6
8
今昔物語集においては︑ の形式に
圧倒的多数の用例が集中し︑漸次それから形式上遠ざかるにつれ
て用例数も減少してゆくことを知った︒
ところで上代資料に見出した前掲十七例をこの表にあてはめて
みると︑次の第二表の如き結果をみる︒ 類型番号1﹁タダ〜二〜ク﹂
類型番号上代用例 ︵数字は前掲の用例番号︶用例数
1
11︑イヤや直話ヤス︑ 16︑イヤツギニッグ
2 1 2
2
測
傑 二
3
7︑ミツレニミツレ 8︑クルヒニクルヒ9︑ヲヲリニヲヲリ
3 4
0
11
5
1︑シタナキニナク 2︑サガミニカム 3︑カムヤラヒニヤラフ 4︑ネコジニコジ 6︑タゴシニコス 一0︑ハナエミニエム 一2︑マユスヒニユスフ 一3︑カムトハシニトハス
8 6
5︑メロヨシニヨシヨリクー7︑サネコジニイコジモチク
2 田
8 7
計
17
◎類型番号1.2.の︑タダを伴なう形式は見出せないが︑ほぼ同様な機能 を果していると考えられるイヤを伴なう4例を︑程度副詞的な語を上接 するという意味で︑類型番号1.2.に分類した︒ ︵注⑤︶タダを伴なう 形式は後述する如く︑二を介して同一動詞が直接していない例の中に二
例のみ見出せる︒
用例の絶対数がきわめて少ないので決定的にはいえないが︑こ
の限りでは︑今昔物語集において例外的な変形とみえたタダを伴
なわない形式︑それも類型番号5︵二の上薬語が複合語である形
式︶の形が︑むしろこの表現形式の本来的︑本質的な形式であり︑
今昔物語集において基本形式とみえた類型番号1の形式は︑むしろ整備された︑副次的な派生型の如くに思われる︒
類型番号3に属する三例はいずれも万葉集中の用例であるが︑
三音節動詞を二を介して反復すれば七音節となり歌の一句を形成するということからも︑この類型が万葉集中にのみ現われること
上代における同一動詞反復形式︵山口︶ は偶然ではない︒ 又︑類型番号4は︑今昔物語集においても用例の見当らなかった形式である︒二の有する機能も含めて︑この表現形式の成立・展開と関わりがあるとも考えられる事実であるが︑この点については後考をまちたい︒ 上代においては︑類型番号7・8に例を見ず︑この表現形式は動詞以外の品詞に及ぶに至っていないが︑それは用例14の如く﹁若くなる﹂という表現をとらず︑ ﹁若ゆ﹂という一語の動詞に転 ︑︵注⑥︶成しているからである︒@用例分布について 二を明示した一例は︑風土記以外︑記・紀・万葉・祝詞・宣命・琴歌譜歌謡のいずれにもみられた︒但し用例は︑前掲の如く歌謡もしくは韻文用例に強く偏るようで︑散文の場合も祝詞や宣命の如く︑本来口哺を目的とした様式的なものの如くである︒古事記地の文の用例三例も︑阿礼口伝の筆録という序文記事に従えば口冷性と無縁ではない︒かかる分布をみる最大の原因は︑やはり表記上の問題であろう︒歌謡その他の韻文もしくはそれに類するもの以外では僅かに注記や固有名詞などに一字一音仮名の表記がみられるだけであるのが︑上代表記法の一般であるから︑散文において助詞二が顕現する可能性は少ない︒ ・ 現象としてみると︑今昔物語集においてこの表現形式が圧倒的に地の文のものであったことと対照的であるが︑それは偏えに右の如き事情に最大の原因を持つものであろう︒但し今昔物語集においてもなおこの表現形式が直接話法会話文を強く吸着していたこと︑及び僅かにみられた会話文中の用例の表現類型は︑上代での比較的多数例を占める︑類型番号5・6のものが主であったこ
二一
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第二四号
でほ とを想起しておきたい︒ 又︑計十七例のうちの三例が家持の歌にみられること︑及び他
の名を知られた万葉歌人の罪作にはみられないことも看過できな
いと思われる︒
の場面性および上・下接動詞の意味的制限について
今昔物語集において強く破局性を指向していたこの表現形式の︑
上代における場面性は︑計十七例の確例しか得られないため明確
には帰納し得ない︒又︑歌謡その他の韻文系統の用例が多く︑そ
の他は祝詞・宣命の如き様式的な資料に例をみること自体︑その
担っている表現価値が今昔物語集の場合とは異なるものと考えら
れるので︑一概に彼における分類基準を適用することが有効とは
考えられない︒けれども僅かにみられる散文用例は︑神代記・紀
の須佐之男命の項にみられ︑須佐之男命が追放される場面︑高天
原で乱暴を働く場面に集中している︵用例番号2.3.4︶ことを
考えると︑今昔物語集にみられた傾向への傾斜がうかがわれると
いい得よう︒
又︑上・下接動詞の意味的限定に関しても︑泣ク・咲ム・狂フ
などの感情表現動詞︑寄ス︑越ユなどの来往動詞など今昔物語集
にみた限定の枠に包摂される如くであるが︑やはりこの用例数で
は有効な帰納をなし得ない︒ 以上︑上代に得られる確説を検討した結果︑この表現形式の上
代における様相は︑今昔物語集のそれとはかなり違うことを認めざるを得ない︒前述の表記法の問題を考慮しても︑なおその表現
類型が第一表にいう5に集中する点においてきわめて特異性が感じられる︒ここに至って︑今昔物語集において基本形と考えた﹁
タダ〜二〜ク﹂の形式︑即ち表現類型1は︑むしろ後代の整備 二二
された形式であって︑5のような形式がむしろこの表現形式の原
形なのではないかと思わざるを得ない︒この疑問を裏書きするか
の如く︑万葉集における用例は︑古歌集に伝える読人不知の歌も
しくは防人歌などの他は︑大伴家持の三首をみるのみなのである︒
三︑
この表現形式の成因をみるため︑次に︑二で統括される上部と
下学動詞との中間に目的語その他の語句を介在させる形式を抽出
しよう︒これ又上代での確例となると極限されるが︑次の数例を
得られる︒
記歌謡78﹁志多仔愚説和賀登布伊毛髪﹂ 18コ問ひに我が問ふ妹を
琴歌模しらげ歌飢﹁志多止里言和可止黒豆万﹂
19コ泣きに我が泣く妻を
記歌謡78﹁斯多那岐爾和賀那久言置衰﹂
紀歌謡69﹁志移那企武和餓灘勾菟摩﹂
琴歌譜しらげ歌鋤﹁志多奈支ホ和可奈宣命万﹂
20ミ泣きに我が泣く妻
紀歌謡69﹁箇移灘企式和学灘理説摩﹂
琴歌譜しらげ歌飢の一説﹁可多奈支ホ可奈久豆万﹂
コはゆまち コ
21ヒ路に引舟渡しただ乗りに︵直流ホ︶妹は心に乗りにげるかも
︵老来鴨︶︵万+〒二七四九︑寄物陳思︶
みなとみ
22ホ廻に満ち来る潮のいや益しに︵弥益二︶恋はまされど︵嘉言︶
忘らえぬかも︵万+二⊥・=五九︑覇旅発思︶ みつ はまび ●
23c⁝御津の浜辺に直泊てに︵多太泊ホ︶御船は隔てむ︵将泊︶︑
︵万遍一八九四︑憶良︶
墨⁝−夏の野のさ百合の花の花咲に︵花咲示︶にふぶに笑みて⁝−
︵万十八−四一︸六︑家持︶ 用例番号18・19・20は︑記紀に伝えられる木梨軽太子に仮託された歌謡にみえるもので︑記では18と19︑紀では19と20が対句に
なっている︒琴歌譜は記の伝えるところを正伝とし︑なお一説と
して20をも引く︒ 今︑記歌謡の場合の対句を例として考えてみると︑18では中間
の我−がは︑下接問ふの主格であり︑19では同じ位置にある我−がが
妻にかかる連体修飾格である︒即ち19の我がは意味的には下泣き
に上接するものであり︑又︑音節数からは少なくとも﹁下泣きに湖q我が妻﹂であっても変化はないにも拘らず︑18との対句とし
て同形式にするために︑我がを今の位置に置いたものと考えられ
る︒即ち︑下泣きにと下畑動詞泣くを結ぶ形式統一力よりも︑対
句形式整序力のほうがより強く働いているわけである︒逆に云
えば︑下泣きに泣くという表現形式は︑形式そのものの面ではそ
れほど緊密な統一力を持っていないといえる︒ 21・22の場合︑上二句︵あるいは三句︶は序詞となってそれぞ
れ﹁心に乗る﹂ ﹁恋はまさる﹂を引き出しているが︑その引き出
しの力は︑やはり﹁ただ乗りに⁝⁝乗る﹂﹁いや増しに⁝⁝増す﹂
という形式に一部依存していると考えられる︒中間に介在する語
句は︑21の妹は心には︑下面動詞乗るの主格と目的格︑22の恋は
は︑下底動詞増さるの主格である︒かく﹁〜二﹂の部分と下接動
詞との中間に主語・目的語その他が自由におかれているわけで︑
この場合にも︑表現形式そのものをそのままの形に保持するとい
う意味での統一力はさして緊密ではないとみるべきである︒ それにも拘わらず︑中間に介在する語句を超えて﹁〜二﹂の部分
上代における同一動詞反復形式︵山口︶ が下立動詞を吸着するのは︑助詞二の有する強い指向性によるものであろう︒形式的な統一力・整序力は弱くても意味的に強く用言を吸着し︑意味的な面からみれば成句としての統一力を強く有しているといえる︒ 一方︑前述の如くこの表現形式は︑記紀歌謡などの他︑万葉でも古い読人不審の歌などにみられた︒そのことから推して︑この表現形式は序詞的表現︑対句的表現などの︑即ち上代語に著しい表現上の特性とみなされる広義の繰返し法と連続して生じてきた語法と考える可能性を有する︒ 四︑ 用例番号3﹁神やらひにやらひたまひき﹂ ︵古事記上︶は︑須佐之男命が伊邪那岐大御神に海原を治めるべく命じられて喘ぎいさち︑追放される場面の表現である︒この後︑命は高天原に登り天照大御神に事の次第を報告するのであるが︑先の用例3の少し後の部分に︵古典大系本で+三行後︶次の例がみられる︒
記︑生﹁神夜良比夜中重創﹂ ︵75ぺ︶ ︵注⑨︶25̲やらひやらひたまへり
用例3と25は︑同一行為の描写であるが︑カムヤラヒニヤラヒ
タマフとカムラヤヒヤラヒタマフとが併存している︒両者の場面
上の違いは︑3が古事記地の文であり︑25が会話文であることだ
けであるが︑二を明記した仮名書例でこのような対応を見得るの
は︑管見の限りではこの一事例のみであるから︑地の文・会話文
の特性の対比という問題に直ちに発展させることは不可能である︒
そこで虚心にこの両形式を検討すると︑二の有無という違いにも拘
わらずこの事例に関してはこの両用例の表現価値は等価であると
二三
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第二四号
考えられる︒
接頭語的に﹁神﹂をもち︑神の行為であることを表現する同趣の慣用句的表現法は上代文献に散見するものであるが︑﹁加牟菩岐
本島玖流本斯︵記歌謡39︑紀歌謡32︶﹂﹁鼠戸保佐枳保佐馬脳︵紀神代−
上注記︵鵬ぺ︶﹂の如き仮名書例はともかくも︑﹁神町議給バ祝詞遷却
崇神︑水月陣蜜︑万二⊥六七︑万葉の用字は.按分々之・︶﹂とか﹁神
集集而︵記上81ぺ︑祝詞遷却崇神︑水月晦大祓︑風土記逸文山城国賀茂社姐ぺ︶﹂ の如きは︑それぞれカムハカリハカリタマフとカム魚信リ
ニハカリタマフ︑カムツドヘツドヘテとカムツドヘニツドヘテの
二形が予想されてよく︑その表現価値に大きな差はないものと考 ︵注⑪︶えることができよう︒
又︑ ﹁いつのちわきにちわきて﹂という表現は︑二を介する同一動詞反復形式とみられないでもないが︑なお﹁いつの﹂という
連体格修飾句を上接することによって二に上接する﹁ちわき﹂の
体言性を強めていて︑今ここで同じように問題にすることはでき
ない︒けれどもこの表現は︑古事記に ﹁伊都能知和岐知和岐旦﹂
︵上伽ぺ︶という仮名書例をみるにも拘わらず︑﹁稜威詩道別道別而﹂
︵紀神代下蜘ぺ︑酩ぺ︶という用字面をもつ日本書紀を古典大系本に
おいて﹁いつのちわきにちわきて﹂と二を介して訓まれるのは︑
ひとえに祝詞の中に次の用例をみることによるのではないだろう
か︒
26「つのちわきにちわきて
祝詞遷却崇神﹁町頭之千別支爾二号旦﹂︵姻ぺ︶
なお祝詞.水月晦大祓にもほ同じ用字の用例がある︒︵娚ぺ︑燭ぺ︶
但し風土記逸文・日向国知舗郷條にみえる﹁稜威之道々別々而﹂の大系本の訓は﹁いつのちわきちわきて﹂であり︑この句は慣用 二四
句的成句と考えられるにも拘らず訓法定まらざるが如きである︒
即ち二を介しても介さなくても表現価値として大差のない両形式
が上代においては併用されていたとも考えら御津︒
一方︑次のような例は二をそえて訓むのが慣用化している如く
である︒ ﹁肩下剥鵡皮剥﹂︵うつはぎにはぎて︑記上斯ぺ︶ ﹁内引抜鰭講鵜翻転臨鴫蟻︶記田別.︶︑.逆一
他方︑原文に反読がない場合は二をそえずに訓むのが慣用の如
くである︒ ﹁殿隠々座者﹂︵とのこもりこもりいませば︑万+三一三三二
六︶ などをはじめ︑﹁神上々座奴﹂︵かむあがりあがりいましぬ︑万二
一一九九︶︑﹁神葬々伊座而﹂︵かむはふりはふりいまして︑万ニー一九九︑
士ニー三三二四︶︑﹁百結結︑八十結結下多﹂︵ももむすびむすび︑やそむす
びむすびさげて︑出雲風土記︑楯縫郡県ぺ︶などである︒
万葉集の用例の場合は音節数の関係から三法おのずから定まる
むきもあろうが︑大よそ原文の構造により︑二の実際の表記の有
無に拘らず︑反読か否かによって二をそえて歪むか否かの慣用が
ある如くである︒しかもこの両形式の上部はそれぞれ下接動詞の
説明一修飾限定であってその修飾性に差異は感じられない︒その
点からみても︑上代におけるかかる性質の二は構文の論理構造上
不可欠の指示機能を有するというよりは︑むしろ係助詞的な強調
的指向と考えてしかるべきではないかと思われる︒早く森重敏氏 ● ︑︵注⑭︶が二の係助詞性を指摘されているところである︒ ・
同一動詞反復形式の中における二が強調的指向を担っているこ
とは︑同様な表現形式でシ又はノミを伴なう語法がみえることか
らもうかがわれる︒
27、るはしとおもひしおもはば︵於毛比之黒毛波婆︑1万+五⊥二七六六︑
中臣朝臣宅守︶
28墲黷ノかきむけおもひしおもはば︵念之三婆︑一万+九−四一九
一、
蜚コ家持︶
29、るはしとさねしさねてば︵佐泥斯佐泥旦婆︶かりもこのみだれば
みだれさねしさねてば︵佐泥斯佐泥喜多一記歌謡80︑軽太子︶
又︑ニシという形の重複形もみられる︒
30艪ォにはゆかじまちにしまたむ︵待西将待一万尋i一〇四一︑作者不
審︶ 又︑ノミを持つ万葉集の次のような例も同じような系列に立つ
ものであろう︒
31りのみをりて︵折耳折鞄一万+一二〇九九︑発墨舟四首のうちの一︶
32ゥりのみかりて︵苅耳苅而f墨画︸1二八三七︑讐喩歌十三首のうち
の︸︶ 五︑
民謡・歌謡に限らず︑散文においても共通する上代の表現様式 ● ● ・.ノ ︑ ︵注⑮︶の特性は広義の繰返しにあるといえよう︒今︑同一動詞の反復と
いう点に限ってその反復の種︐々相を眺めてみよう︒便宜︑次の如
く分類する︒ 1︑対句的な繰返し
の︑脚韻的繰返し
口︑対照句的繰返し
をり︑同一動詞の肯定形と否定形の対照
.㈲︑條件句の前件と後件の対照
H︑畳語的な繰返し
e 尻取的繰返し
上代における同一動詞反復形式︵山口︶
←の
﹂@
の
口︑m︑
e︑
口︑ 直接的尻取語頭揃え的尻取語尾揃え的尻取説明的尻取連続的繰返し︵単純反復︶
序詞的な繰返し
序詞的繰返し
同音的繰返し︵同音異義語の場合一参考例︶
◎この分類は様々な様式であらわれる同一動詞の反復形を見通すための便
宜的なもので︑必ずしも一項が他項を排斥する如き厳密なものではな
く︑同一例が二項あるいは三項にもまたがって属しうるていのものであ
る︒又︑反復の︸方が︑必ずしも用言として機能しているものでなく︑
居体言︑もしくは複合名詞の一部である事例も含めて考察した︒
次に若干の例をあげてみよう︒
1︑対句的な繰返し O︑脚韻的繰返し
33・g人贈爵取らせ︵苔羅齋︶
腰煩みその舟取らせ︵苔羅齋︶大御船取れ︑︵紀歌謡51︶
34O輪山をしかも隠すか︵隠賀︶
雲だにも心あらなむ隠さふ︵可久佐布︶べしや︵万一⊥八額田王︶
35c⁝大峰には幡張り立て︵波理陀旦︶
さ小峰には幡張り立て︵波理陀旦︶⁝⁝︵記歌謡89︑軽太子︶
口︑対照句的繰返し
GD︑同一動詞の肯定形と否定形の対照
36の花咲きて散りなば吾妹子を
来む︵将来︶か来じ︵不来︶かと吾が松の木ぞ︵万+⊥九二二︶
二五
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第二四号
37c⁝思ひ繁けば︑引き塞じて︑折りも折らずも︵折毛不折毛︶
見る毎に心和ぎむと繁山の鉛辺にさける山吹を⁝⁝︵万+九−四一八五︶
38c⁝我が待つや鴨は障らず ︵月夜良受︶
いすくはし鯨障る︵佐古流︶⁝⁝ ︵記歌謡9︑紀歌謡乙
@︑條件句の前件と後件との対照
39癘・qが結ひでし紐を解かめやも
絶えば絶ゆとも︵二者絶十方︶直に逢ふまでに ︵万九一一七八九︑笠金村︶
40ulに来寄する浪の沖つ浪
寄すとも寄らじ︵與須止毛與良志︶子らにし寄らば ︵常陸風土記.歌謡49ぺ︶
41nに走り乗り渡れど渡られぬ︵和た礼享和太良礼︐ぬ︶
瀬田の唐橋をゆか誰か行く︵神楽歌・氣比の神楽末︶
11︑畳語的な繰返し e︑尻取的繰返し
ω︑直接的尻取
42Nを措きて他し心を我が持たばやなよやすゑの松山
浪も越え︵古江︶︑越えなむや︵古江奈元也︶浪も越えなむ︵風俗歌6君を
措きて︶
43ツぎねふ山城川に蜻蛉はなふく︵波直管久︶はなふとも︵波奈布巾毛︶
我が愛者に逢はず止まじ︵琴歌譜︑雑歌8︑継共振︶
44ソはや丁寧道の渡りに︵和多利珊︶渡り手に︵和多理浬珂︶
立てる梓弓檀い伐らむと心は思へど⁝⁝︵紀歌謡43︶
㈲︑語頭揃え的尻取
45沛ニる難波の崎の並び︵那羅彊︶浜
並べむ︵那羅陪務︶とこそその子は有りげめ︵紀歌謡48︶
46c⁝本にはい組竹生ひ⁝:い組み︵伊久美︶竹い組み︵伊久美︶は寝ず⁝⁝
の︑語尾揃え的尻取 ︵記歌謡飢︶ 二六
47「ざ子ども野蒜摘みに︵怒毘流事美並︶蒜摘みに︵比流達美馬︶我が行く
道の⁝⁝ ︵記歌謡43︶
窪雪なす騒散かして伊都のをたけび︵男建議建﹂厭軍迷
躍みたけびて︵建而︶待ち問ひたまひしく︵記上・75ぺ︶
口︑説明的尻取
姐⁝⁝をとめをとこの行き集ひかがふ耀歌に︵加賀布擢歌︶
人妻に︑吾も交はらむ⁝⁝︵万九i一七五九︑高橋連覇麿︶
50c⁝槻弓の臥やる臥やりも︵許夜流許夜理母︶梓弓起てり起てりも︵多旦
理事鞭虫母︶後も取り見る思ひ妻あはれ︵記歌謡89︶
51蝠vの思ひわびつ・たびまねく
なげくなげきを︵嘆久嘆乎︶おはぬものかも︵万四一六四六大伴駿河麻呂︶
口︑連続的繰返し︵単純反復︶ 同一動詞が︑連用形・終止形・連体形・命令形などの形で二回
連続的に繰返され︑継続・反復・念押し・強調などを表現してい
るものである︒砿﹁わが身は成り成りて︵成成立︶成り去れる庭一門あり︒⁝﹂︵記上︑53ぺ︶
53ゥへすがへす︵加遍須加遍須︶おもほせども︑︵宣命第+六詔︑天平宝字元年七月︶
54R城にい及け鳥山い画けい及け︵伊斯学伊斯郡︶
我が愛し妻にい及き会はむかも︵記歌謡59︑紀歌謡52︶
覧飯はめどうまくもあらずゆきゆけど︵錐行往︶やすくもあらずあかねさす
君がこころしわすれかねつも ︵万+六⊥二八五七︶
m︑序詞的な繰返し
e︑序詞的繰返し
砥飛鳥川水行き増さり︵増︶いや日けに
恋の増さらば︵増者︶ありかつましじ︵万±⊥一七〇二︶
57苡狽ノ築くや︵都久夜︶玉垣
つき余し︵都岐阿麻斯︶誰にかも依らむ 神の宮人︵記歌謡94︶
58蜚コのみつの浜なる忘貝
家なる妹を忘れて︵忘而︶念へや︵互一六八︑高安大嶋︶
59。Qの間ゆ見ゆる小島の浜久木
久しくなりぬ︵久成奴︶君に逢はずして ︵万+一⊥毛五三︶
口︑同音的繰返し︵同音異語の場合︶
60№ヘ根をかも生ふる︵根乎可母乎布流︶
人の子をうら愛しげを寝を終へなくに︵祢乎遠里奈久ホ︶ ︵万+四⊥こ五〇〇︶
61Cの底︑沖つ玉藻のなのりその花︵名乗曽花︶
妹と我とここにしありとなのりその花︵重語之花︶ ︵万七−一二九〇︶
以上︑若干の同一動詞反復例及びそれに準ずる用例を挙げてみ
たが︑これらの修辞法は上代文献に広くみられるもので︑上代の
修辞法・表現形式のきわだった特徴の一つである︒これらの表現
法に共通してみられる反復という発想が二を介する同一動詞反復
形式の成立にあずかって力あるものとは考えられないであろうか︒
少なくとも用言の繰返しという表現形式の持つ韻律的快感︑序詞
的な意味の展開の弾力性・意外性・強調性などに馴じんでいたとい
う基層があったことは否めないと思われる︒
六︑
一方︑万葉集巻二十に次の用例がある︒
62.旅行きに行く︵多批由岐ホ由久︶と知らずてあもししに
ことまをさずていまぞくやしけ ︵万二+1四三七六︑寒川郡上丁川上臣老︑防人歌︶
この例は︑ここで問題にしている二を介する同一動詞反復形式
と理解することはできない︒この場合の﹁旅行き﹂は︑万葉集に
他に一例みえる﹁旅行きも為知らぬ君﹂︵万+七⊥二九三〇︑坂上郎女︶
上代における同﹁動詞反復形式︵山口︶ と同じく﹁旅﹂ ﹁長旅﹂の意の体言と理解すべきである︒即ち﹁体言+二﹂の形で用言行クの目的格を形成する一般の連用修飾格と同様なものとみなすべきであり︑ ﹁旅二行ク﹂ ﹁旅行二行ク﹂と同じ用法である︒ あ この用法は二の強い指向性に支えられて︑上接体言の用言性−下接動詞との強い関わりにおいて一が高まり︑強調表現へ傾く勢いを示している︒ 例えば祝詞にみられる次のような用例は︑その傾向を示しているものと思われる︒
63Lの明りに明り御坐しまして︵豊明仁明御坐氏一祝詞︑中臣寿詞︶
64̲直び大直びに直したまひて︵神岡日大直日爾直志給断言−祝詞︑遷却二神︑
御門祭にも用字はや︐・違うが同例がみえる︒︶
65.夜の守り日の守りに守りまつり︵夜之守日之直写代品−祝詞道饗祭︑その 他六月月次︑久度古関︑平野祭︑祈年祭にも同例があり︑明らかに︑祝詞
における一種の慣用的表現である︒︶
これらの用例の二の上接部分は体言であると同時に︑下接動詞
との関わりできわめて強く用言性を保持していると考えられる︒
即ちここに︑強く︑ひたすちに︑ひたぶるに対象に心を向けると
いう心の声を持つ助詞二を伴なう指示句の表現形式がある︒二の
上接語が体言であっても︑いわゆる居体言であっても同様に下接
用言を含みこむような形の︑強い指向性を持つわけで︑これが同
一動詞反復形式という強調表現に展開するのは一歩を進めるのみ
である︒ おわりに 二を介する同一動詞反復形式は︑一方で上代に特徴的な繰返し
式の修辞法︑一方では二を伴なう修飾句の強い指向性の両面から
二七
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第二四号
支えられて︑述部強調表現として成立してきたのではないだろう
か︒今昔物語集に特徴的に用いられていた︑例えばタダナキニナ
クという形式の表現は︑かかる上代修辞法の特性あってこその成
立であり︑上代の繰返し式表現法の素地から胚胎したものといい
︵注⑯︶得よう︒
そして更にいうとすれば︑古代歌謡もしくは口哺性の文学の世
界に特徴的であったこの表現形式を発見し︑その効用に目をとめ︑
その形式を整備し.て口哺的歌謡の世界からひき出し︑創作仔情歌
の中にひきこもうと試みたのは大伴家持だったのではないだろう
︵注⑰︶か︒この表現形式を用いた万葉歌人は︑防人など︑無名か無名に ︵注⑱︶近い人物を除けば︑彼一人である︒この家持の試みは︑それが意識的か否かはさておき︑成功したとはいえず︑やはりその表現形
式自体のもつ表現法としての発想の素朴さゆえにか︑創作仔情歌の世界︑特に短歌の世界には根づかず︑歌謡的な叙事文学の世界︑
その本地である口早文学の世界で生きつづけ︑口哺性︑ひいては
物語性と深く関わりつ.・けたものと考えられる︒又︑表現形式と
しては︑次第に類型化し整備され固定化しながら︑今昔物語集で
みた様相へと流動してゆくのではないか︑というのが︑私が今の
ところ抱いている予想である︒次には︑上代文献にみる様相と今昔物語集のそれとの間をつなぐ︑この表現形式の道行きを解明す
べく︑平安文献における実態を考察してみたい︒
︵注︶
①語文研究︑故福田良輔博士追悼号︵三+七号昭四九・八︶所収︑拙稿﹁今昔物語集
の同一動詞反復形式管見i﹃に﹄を介する形式についてi﹂十②調査に用いたテキストは次のとおりである︒万葉集11﹁万葉集﹂鶴久︑森 二.八
山僧編︵桜雲社︶︑宣命11国民古典全書﹁古事記・祝詞・宣命﹂ ︵朝日新
聞社︶所収の続日本紀宣命︑このこ資料以外は︑すべて日本古典文学大系本
︵岩波︶を用いた︒訓みは原則として各テキストの訓みに従い︑用例の所
在は︑各テキストのページ数で示した︒本文引用は︑万葉集も大系本による︒
③この部分の紀の表記は﹁乃逐之﹂ ︵紀上︑97ぺ︶である︒
④この部分の紀の表記は﹁堀﹂︵浮上︑囎ぺ柳ぺ︶である︒
⑤今昔物語集においてもマタ︑イヨイヨを伴なう例外的な3例を同様に類型
番号12に入れて考察した︒
⑥類型番号8の﹁名詞+二+同一名詞+ス﹂の形式も見当らないが︑あるい
は︑そのきざしとも考えられる次の用例がある︒
ぬばたまの夜をながみかもわがせこが︑夢に夢にし︵夢ホ夢西︶見えかへ
るらむ ︵万+ニー二八九〇筆述心緒︶
⑦今昔物語集における会話文中の用例6例のうち︑類型番号5 3例︑6 1防︑残る2例はL
⑧紀歌謡69は︑同歌であるが︑この一句を欠き︑かわりに用例番号20の一句
をもつ︒
⑨道上85ぺ−行めにも同じ用字で例がみえる︒又︑日本書紀のこの部分の表
記は﹁寛逐語焉﹂ ︵紀上︑囎ぺ︶である︒
⑩紀のこの部分の表記は︑ ﹁會﹂一字︒ ︵紀神代上︑悩ぺ︶
⑪同様な表現として以下の如きがみられる︒ ﹁神祝祝﹂︵紀神代上封ぺ︶︑
a神上々L ︵万二一一六七︶︑ ﹁神葬々﹂ ︵万二一一九九︑十三−三三二
四︶︑ ﹁神掃掃﹂ ︵祝詞︑水月晦大祓︶︑ ﹁神和和﹂ ︵祝詞遷却崇神︶︑
﹁神擾擾﹂ ︵祝詞︑遷却崇神︶︒又︑接頭語的な﹁神﹂を有する例ではな
いが︑同様の表現として︑次のものがみられる︒ ﹁豊寿き寿ぎ廻し﹂ ︵登
余本岐本丁母登本斯一記歌謡39︶︑ ﹁千年ほきほきとよもし﹂ ︵千年保岐
保吉等饒毛管−万十九−四二六六︑長歌︑家持︶︒
⑫﹁二﹂という発声しにくい音価をもつ助詞は︑口頭語においては︑発音さ
れる場A口も軽く発音されて表記に残らない事例も多く︑一方︑文献では︑
論理構造を確実なものにすべく︑どちらかといえば﹁二﹂が表記される傾
向にあるといえるのではないだろうか︒
⑬これらの例の紀の同一箇所は﹁全二一剥真名鹿之皮こ︵紀神代上︑魍ぺ︶︑
﹁剥天斑駒﹂ ︵紀神代上︑㎎ぺ︶︑ ﹁逆剥斑駒﹂ ︵紀神代上皿ぺ︶などで
あり︑これらを﹁うつはぎにはぐ﹂﹁さかはぎにはぐ﹂などと訓むのは︑古
事記の訓法にひかれてのことであろう︒同じく﹁堀二天香具山之五百箇真坂
樹一﹂︵紀神代上囎ぺ︶を﹁まさかきをねこじにこじて﹂と訓じるのも︑記
の仮名書例を尊重してのことであろう︒
⑭森重敏﹁修飾語格小見e口日﹂ ︵国語国文︑第十七巻︑第一︑三︑四号︑
昭和二三年︶
⑮新版日本文学史1︑上代︵至文堂︶謝ぺ参照︒又︑鴻巣隼雄氏に﹁古事記
上巻に見える﹁聯の特殊語法一数種の畳句的手法についてl﹂ ︵古事記年
報︑昭二七年度﹀がある︒
⑯﹁タダ〜二〜ク﹂の表現形式の成因については﹁動詞の意味をまさにその
意味において直接強調する語の少なさがこの様な用法を生じた﹂とされる
井上博嗣氏の卓論がある︒ ﹁中古の程度量副詞﹃ただ﹄の機能の在り方−
源氏物語︑今昔物語集の用例を資料として一﹂ ︵女子大国文六三︑国語学
論説資料8︑第四分冊︑語彙︑所収︶︒
⑰具体的な一例をあげていえば︑万葉集に﹁ハナエミニエム﹂という表現は
二例しかないが︑一例は﹁古歌集出﹂として採られた巻七の一二五二の歌
であり︑残る一例は︑巻十入の四一一六︑天平感宝元年閏五月廿七日の日
付のある詞書をもつ家持の長歌である︒
⑱二の上・下接動詞が直接していない用例の中には︑憶良の用例が一例みら
れた︒
上代における同一動詞反復形式︵山口︶二九