38 1.初めに
本来免疫システムは生体にとって異質なものを排除し、生体を守る目的を持っている。しかし、免疫 応答は病原体以外の抗原に対しても起こる事がある。自己免疫とは「自己抗原に対する反応」のことで ある。ヒトでは通常自己免疫は自然に発症するので、何が引き金となって自己に対する免疫反応が惹起 されて自己免疫疾患となるかに関しては様々な仮説はあるが明らかではない。自己抗原に対する持続的 な免疫反応が確立してしまうと免疫系が抗原を完全に排除することは通常不可能である。その結果慢性 炎症が組織障害の原因となり、生命を脅かすこともある。そのため様々な自己免疫疾患(多発性硬化症 やリューマチ、SLE等)は現在難病に指定されている。本研究課題は、このような自己免疫疾患を出来 るだけシンプルな数理モデルを用いて定性的に解析し、ベクターワクチンの開発可能性について考察す ることが目的である。
2.数理モデル
上の図のような、ウィルスの分子擬態による自己免疫を考える。分子擬態を有するウィルスに感染し たAPC(抗原提示細胞)がウィルス抗原(非自己抗原)を未分化T細胞にリンパ器官で提示する。この T細胞は活性化され、T細胞やB細胞に活性化シグナルを分泌する。活性化された免疫細胞Iは(分子擬 態を持つ)ウィルスVと未感染細胞(標的細胞T)を攻撃する。分子擬態のためIはVとTの区別がつかな いことに注意。損傷を受けた細胞DはAPCに食され、APCは自己抗原をT細胞に提示する。このように して交差反応免疫応答が起こり、感染細胞と未感染細胞が攻撃を受け、自己免疫疾患が発症する。以上 の構造を元に次の数理モデルが構築される。
自己免疫疾患に対する数理モデルの解析
静岡大学創造科学技術大学院 竹内 康博 [email protected]
〔山田亮三基金研究助成〕
免疫細胞
ウ ィルス
非自己 抗 原
リ ン パ 器 官 自己抗原
損傷細胞
標的細胞 リュウマチ、多発性硬化症、
SLEなどの代表される自己免 疫疾患の構造を明らかにし自 己免疫疾患に対するベクター ワクチン開発可能性を数理モ デルを構築して考察する。
さらに標的細胞は他の細胞に比べて定常状態に達していることを仮定して、次のモデルが得られる。
ここで重要なパラメーターは と である。前者は自己抗原に対する免疫応答の強さ、後者はウィ ルスに対する応答の強さを表現している。また関数 は免疫応答関数と呼ばれ、免疫学的に合 理的な次の2つが考察された。
前者は上に凸の飽和関数であり、後者も飽和関数であるがシグモイド関数であり前者と比べてD+Vが 小さいときに増加量が少ないことに注意。
3.数理モデルの解析結果とベクターワクチンの可能性
下のFig. Aはモデル(1)を用いて、分子擬態を持つウィルス感染の自己免疫患者に与える影響をまと めている。左図は免疫応答関数に を右図は を用いた結果である。 自己免疫悪化 領域はウィルス感染により損傷細胞と交差免疫反応が増加すること、逆に 自己免疫改善 領域は損傷 細胞と交差免疫反応が減少することを示す。ウィルス感染によって自己免疫が改善されるのは、患者の 免疫応答が の場合に限り、さらに自己抗原に対する免疫応答が が強くなく、非自己抗原 に対しては が大きいときであることが分かる。
39
自己免疫悪化 自己免疫悪化
自己免疫改善
Fig.A
40 以上の結果を用いて自己免疫疾患に対する(自己タンパク質に対して分子擬態を有する)ベクターワ クチンの開発可能性を考える(Fig. B参照)。自己免疫発症後、ベクターワクチンは自己再生産をし、交 差免疫反応を誘導し(分子擬態を持つウィルス感染と同様のメカニズムで)患者の自己免疫反応を抑制 する。このような効果はFig. Aの 自己免疫改善 領域で可能である。 自己免疫改善 には、自己免疫 サイクルに対する正のフィードバックループ(Iが増加するとDが増加し、その結果Iが増加する)とウ ィルス複製サイクル(ワクチンサイクル)に対する負のフィードバックループ(Iが増加するとVが減少 し、その結果Iが増加する)が関係していることが分かる。後者の負のフィードバックループによって
自己免疫改善 が可能となっている。
4.おわりに
我々のシンプルな数理モデルの解析により、自己免疫疾患に対するワクチン療法が次の3つの条件の 下で可能であることが理論的に示された。
(A)適当な免疫応答関数を持つこと(たとえばシグモイドタイプ)。
(B)自己と非自己に対して適当な分子擬態を持つベクターワクチン(自己については比較的寛容だが、
非自己には強く応答するもの)。
(C)ベクターワクチンは複製可能であること。
以上の結果は妥当な免疫学上の知見を基にした数理モデルの解析から得られたもので、自己免疫治療 にベクターワクチンの可能性を示した。実際の医学実験でこれらの得られた定性的な性質を確かめる価 値があることを示している。
参考文献
1.A mathematical design of vector vaccine against autoimmune disease, S.Iwami, Y.Takeuchi, K.Iwamoto, Y.Naruo, M.Yasukawa, Journal Theoretical Biology. in press。
2.Dynamical properties of autoimmune disease models: tolerance, flare-up, dormancy, S. Iwami, Y.
Takeuchi, Y. Miura, T. Sasaki, T. Kajiwara,
J. of Theoretical Biology
, 246, 4, 2007, 646-659.Fig.B
トラン ス ジ ェ ニックベクター 免疫細胞
非自己 抗 原
リ ン パ 器 官 抗原タ ン パ ク 質
自己抗原 損傷細胞
非病原 性 ウ ィ ル ス