調査
小林多喜二 『 蟹工船』の読者感想
倉 田 稔
目 次 序
1 文学研究 の一方法 [補]小林多喜二 ア ンケー ト
2 前提 感想 の収集
1 課題 ・主題 について
2 文章 ・文体 ・様式
3 内容部分
a 監督
b 附記 について
C ロシアの話 d ス トライキ
e その他
4 感想 ・一般 的
5 感想 ・具体 的
a 現在 との比較 b プ ロ レタ リア文学 C 多喜二
d 当時について e その他
まとめ
序
1 文学研究の方法
文学研究の方法 はい くつかある。 その一つ は,読者論である。
児童文学者 の今西祐行 は,講演 「私の作品世界」(1989年3月1日,小樽)で
〔71〕
述 べた。「文学作品 とい うものは作者が書 き上 げてそれで完成 した ことにはな らない 。 読者 に読 まれ, その心 の中で完成す るもの」 である(1)。
ロラン ・バル トは書 いている。「対象 としての物語 は,コ ミュニケーションの 伝達物である。 物語 の送 り手が存在 し,物語 の受 け手 が存在す るのだ。‑・‑語 り手 と聞 き手 (または読み手) を もたない物語 はあ りえない。 これはわか り きったことか もしれぬが, しか しまだほとん ど活用 されていない。 た しかに発 信者 の役割 は盛んに解説 されて きた・‑・・。 しか し読み手の問題 となると,文学 理論 は, はるかにつつ しみ深 くなる(2)。」
文学 の研究 は,作品論,作家論,作品 と作家 との関係論, というのが伝統的 であった。 しか し作品 と読者 との関係論 とい う研究 も成 り立っ 。
本資料 は,作者論でな く,読者論の試みである。
ここでは小林多喜二 『蟹工船』 と読者 の関係 を取 り上 げる。本年 はこの小説 発表後60周年 にあたる。
「補」 小林多喜二 アンケー ト
本稿を始 める前 に準備 として,小林多喜二 自身が一部の人 々によってどのて いど知 られているかを探 ってみよう。
1987年 6月29日にア ンケー トを採 ってみた。 つま り本稿 の調査 (‑感想 の 収集,1988年)のち ょうど一年前である(3)。母集団 は,小樽商科大学学部学生,
それ も小生 の授業の出席者であ り,1年生が132名,2か ら4年生が9名,学 年不記入が2名で,合計 143名である。ほぼ小樽商大1年生 の3分の 1であ り,
また授業出席者 なので学生 としては真面 目な方 に属す る。
(1)『北海道新聞』1989年 3月2日,朝刊,小樽版
(2) ロラン ・バル ト 『物語 の構造分析』みすず書房 1988 36‑37ペ ー ジ
(3) 以下示すように,小林多喜二を知 っているかどうか とか,その他の質問をす、るわけ なの‑で,小説を読んで貰 う前 にこのア ンケ「 トをす る必要があった。
小林多喜二 『蟹工船』 の読者感想 73
ア ンケー トの初 めの質問 は,小林多喜二 を,
1,知 らなか った。2,聞いたことはあった。3,知 っている。4,よ く知 っ ている。 の4つに分 けて答 えて貰 った。
しか しこの質問への答 は,かな り主観的である。 また2,3,4の問 いは, 境界線 が暖味である。 そのため,「よ く知 っている」 と答えた人で も卒業校 ‑ 次の質問で行 った ‑ を知 らない人 は 「よ く知 っている」 とはとて も思 えない
ので,「知 っている」の項 に入れ ることにす ると,その結果 は,143名で次の通 りであった。
1,知 らなか った‑‑‑ ‑‑‑‑・2名 (2%)
2,聞いたことはあった・‑‑‑15名 (10%) 3,知 っている‑‑‑・‑・‑‑‑79名 (55%) 4, よ く知 っている‑‑‑‑‑53名 (33%)
この結果 は悪 くはないだろう。 しか し次 の質問の答 は,かな り考えさせ られ る。
次の,第2の質問 は,「小林多喜二 の卒業 した学校名 は何か?」である(4)。
1年生の結果を見 よう。
正式名 「小樽高等商業学校」 と書 いた者 は,132名中6名 (4.5%)であっ
た。これ以外 に,正式名 に 「?」を付 けた者が1名 いる。 ただ しこの学校 は略称 名の方 がポ ピュラーであって,その 「小樽高商」 と記 した者 は,広 い意味で31
名 (24.2%)である。 こうして正 しい知識 のある人 は, 6名 +31名‑37名
(28.2%)である。
(4) 答 は,小樽高等商業学校,ここを1924(大正13)年 に卒業 している。つまりこのア ンケー ト対象者 の大学 の前身校である。 あるいはそれよ り前の卒業校 としては,北 海道立小樽商業学校,および塩見台小学校 であるが,後二者 はさ しあた り必要ない
だ ろ う。
必ず しも間違 いではないが不正確 な答を書 いている者,つま り 「小樽商科大 学,小樽商科大,商大,本学」 と書 いた人 は53名 (40.2%)である。
こうして両者合計 して,90名 (68.2%)となる。 これ以外の者 は,間違 って 書 いた人, または不確かな人である。
2‑4年生 と学年不明者 (計 11名)を加え ると,次 の表が得 られ る。
正解 42(29%)
誤 りでない 55(38%) 間違 い ・不確か 8(6%) 知 らない 38(27%)
計 143名
以上か ら正 しく知 っている者 は3割弱,間違 ってはいない者を加えて約 3分 の2となる。 逆 に言 って,3分の 1の者が小林多喜二の出身校,つまり自分が 今 いる学校であることを,知 らない (3割弱)か,間違 ったか,不確かなので ある。
最後 の質問 は,「小林多喜二の作品で読んだ ものを挙 げよ」 である。
その答をそのまま記す と, こうである。
「蟹工船」9名。「かに工船」10名。「かにこうせん?」1名。「かにこうせん」
1名。「かにこう船」1名。計22名。
「蟹工船」以外では
,
「党生活者」6名。「目付 けのある作品‑‑・」(5)1名。「あ る」1名。「女工哀史?」(6)1名。 これ らの人 は皆,「蟹工船」 を挙げている。これ以外 に 「半分読んだ」1人,がいる。
こうして甘 くみて,多喜二作品を読 んだ ことがある人 は,23名 (16%)であ
(5) 恐 らく 「一九二八年三月十八 日」であろう。
(6) これは細井和書蔵著なので,数えないこととする。
小林多喜二 『蟹工船』の読者感想 75
る。
以上か ら見て,一般的な ことを少 し推量 出来 るか も知れない。小樽商科大学 のこの学生 たちは,母集団か ら言 って大学 の中で もかな り真面 目な方で, この 大学 の学生 は同年代 の うちかなり物 を知 っいて る方であ り,決定的には小林多 喜二 の後輩 に当たる。 それなのに この統計数字である。だか ら一般の同年代の 人々では,知 っている割合 はもっと低 くなっているであろう。
また多喜二作品の うち,「蟹工船」が一番有名のようである。
2 前提
小林多喜二 (1903‑1933)の小説 『蟹工船』(1928・10・28起筆,1929・
3・30脱稿,『戦旗』1929年5,6月発表)の読後感を,1988年 に小樽商科大
学商学部の主 に1年生 に書 いて貰 い,同年夏 に提出させた。前述 ア ンケー トの
1年後であ り,対象者 は全員別人である。 そこか ら,それぞれ多様 な独特 な意 見を抜粋 し, い くつかの項 目別 に分類 した。
この際のや り方 は,以下 の通 りである。
1, 各人 に書 いて貰 った読後感想文 は平均約 2千字であ り, 集 めた数 は106
編 である。
2,感想文中で,同 じ文言 あるいは同 じ内容が複数 の読者 によって書かれて いる場 合がある。 つま り同 じ事 を感 じたのであろう, あるいは他 の事情 に よる。 しか しこの重 な った文言 は一つ しか取 り上 げていない。
3,既存の解説の類を利用 した ものは取 り上げないよ うに した。 しか し,小 生 のその取 り除 き方 は十分ではなかろ う。
4,抜粋 に際 して,語句 を少 し加 えた‑O,余分 な語句 は取 り去 っているが, 最低限の分か りやす さのためであり, なるべ く文章 は生か した。
5, 1つの読後感想 レポー トか らその論者の典型的な主張を1つまたは幾っ
かを抜粋 した。 また段落をっけることで違 う論者であることを表 した。
6,条件 は 「小林多喜二 の小説 を1つ読 む」 ということであ った。
調査対象の母集団の特徴 は,次の通 りである。
ほとんどが大学1年生であ り,9割が北海道出身で,道内の進学校を卒業 し ている。半分 は浪人である。 従 って年齢 は,18・19・20歳が多 い。授業の出 席度合 は良 くないグループである。
これ は 『蟹工船』が出版 されてか ら59年後の収集 ということになる。
感想の収集
1 課題 ・主題 について
多喜二 の作品 には,彼の思想 が反映 されている。 人民の解放 と文学の革新で ある。
小林多喜二 は,労働者 たちが自然 にス トライキを発生 させ る姿を描 いて,誰 で もプ ロレタ リアであること,プロレタ リアの敵 は資本家だけでな く国 ・軍で さえあること,民主化への道 は孤独で遠 く,苦 しい ことを,知 らせた。/
次の時代の私達 に私達の知 らない悲惨 な時代の過去 の日本 について正確 に伝 えるために書 いた。
蟹工船 の惨状 はわか ったが,筆者の言わん としていることが ピンとこなか っ
た 。
人権 を無視 した当時の社会体制を批判す るのはもちろんの こと, 日本国民全 員に訴えかけて, フランスやアメ リカ, イギ リスの市民革命を日本で実現 させ
たか ったのではないか。
なぜ,工場,軍需工場 を舞台 に しないで,船を舞台に選んだのか。一般的で 大衆的な労働現場 だか らだろ う。
多喜二 は,蟹工船の舞台に1920年代の共産主義思想 を措 く。
共産主義の宣伝 とい うはっきりした目的で書かれた。
ただ資本家のいいな りにな って身 も心 もぼろぼろに して働 く労働者 に, もっ と自分 たちの置かれている現状 に目覚 めるよ うにと呼 びかけている。
プロレタ リア文学 を読んだのは,これが初 めてである。この小説ゐ終わ りに,
小林多喜二 『蟹工船』の読者感想 77
資本家 に苦 しめ られなが らも, しか し小 さ く躍動 し,少 しずつその力を増 して い く労働者たちの運動 の,若 い力を感 じ取 った。
日本の古 くか らの封建制度, また,資本主義 に対す る痛烈 な批判 が込 め られ ている。
こ の 主 題 は , 一見,虐げ られた労働者の一致団結 と反抗の過程であるかのよ
うに 見 え る。 し か し実 は,資本主義機構その ものか ら必要 にか もしだされ る悪 や横 暴 , 激 し い貧 富の差,労働者階級 に対す る理不尽 な行為 などを,分か りや すく , 積 極 的 に 描 いてみたか ったのだ。
心 の 中 で 天 皇 や 国 家 に頼 り切 った者 たちの反乱,それが悲劇 を生んだ。
蟹 工 船 の 内 部 ィ .コ ー ル当時の 日本の社会, と考え ることが出来 る。
蟹 工 船 の 中 の 世 界 だ けではな く, 日本のひと昔前の資本主義的全社会機構 の
中 の 蟹 工 船 と し て 措 いている。
末 組 織 労 働 者 が 主 人 公 である。
社 会 の ピ ラ ミ ッ ド の 最 低辺 にいる人 々を描 いた。共産党の中心人物 で もなけ
れ ば , そ の よ う な 社 会 運 動 に何 ら興味を抱 いていない人々なのであ る。
な に ご と も 「 お 国 の た め 」 と,国民 を しぼ りつけていった日本の特質が強 く
表 れ て いる。
団 結 と 抵 抗 , そ こ に こ の 小説 のテーマがある。
帝 国 主 義 下 に お け る帝 国 軍 隊 と財閥,財閥 と国際関係,国際関係 と労働者,
そ の そ れ ぞ れ の 関 係 が 実 に 分 か りやす く書かれている。 それを全体的にとらえ るこ と が で き る。
現 在 の 政 治 の あ り か た を 変 革 しなければな らない指針が示 されている。
蟹 工 船 自 体 が ど ん な も の か は 全 く示 されていない。
資 本 主 義 の 醜 悪 さ を 措 いた 。
プ ロ レ タ リ ア ー ト が 強 い力 を もってゆ く様子 を,大衆 に理解 しやす いよ う
に , 写 実 主 義 に 基 づ いて 書 いた 非 常 に素晴 らしい作品である。
当 時 の 社 会 の 縮 図 で あ る。
北 海 道 を 植 民 地 と し て いる。 こ れは中国など日本の植民地経営の ことも言 っ
ていると考 え られ る。
真 に生 き地獄のようである。 そ して帝国主義の極端 な例を, この中で見つけ ることがで きる。
2 文体 ・文章 ・様式
現実味がある。写実的。読んでいるうちにグイダイ引 き込 まれていった。
人物の姿が生 き生 きと書 かれている。多喜二 は, これ らの労働者をす ごく愛 していたのではないか。
文章 は大変読み易か った。
文面が全体的にやや幼 い。
これ らの描写 は悪質な誇大表現か,あるいは何かの冗談か, と感 じて しまっ
た 。
ヴィジュアルな表現である。
自分がまるで 「くそ壷」 の中にいるかのよ うな錯覚 におそわれ,思わず蚤や しらみが自分の周 りにいや しないか と探 して しまうほどであった。
読んでいる間ず っと,波 に揺 られた船 の上 に居 るかのよ うに, 自分 も揺れて いるようだ った。
情景描写 の旨さにより, 自分が本当にその場面 に引 き込 まれた。 また漁夫 に なったような気持 ちで,その立場 に立 って物事を考えて しまった。
こんなむ ごた らしいことがあって もいいのだろうか。全 く驚 くべ きこと。今 に も労働者 の叫び声 が聞 こえて きそ うです。悲惨 とい う言葉ではまだ足 りない
ことが, 目の前 に浮かぶよ うに鮮明に書 かれている。
多喜二 は,嘆覚的表現を も得意 に していた。
書かずにはい られない多喜二 の情熱が,平易で飾 り気 のない, しか しリズム のある文章 の中か ら,強烈 に溢れて くる。
読 みづ らい。漁夫 たちのなまり言葉 のせいだ。しか し意図的に したのだろう。
北海道や東北 の各地か ら寄せ集 め られて きた漁夫 たちの,そのいろいろな生活 語の特色が とて も生かされている。‑
小林多喜二 『蟹工船』 の読者感想 79
方言,会話が,非常 に生 き生 きと書かれている。
万葉以来の千数百年以来の描 いた この日本列島の四季の うつろいを, まった く新 しい内容 と形式, リズムで形 ど られた世界ではないか。
多喜二 は素晴 らしいアジテーションの力を持 っている。
フィクションとい うよりも ドキュメン トと感 じた。
空想 によって書かれた ものでないことに,一番衝撃を受 けた。
人間をあえて非人格化 し, 自己の理想や感情をそのまま表出す るのを避 けた のは,蟹工船 について書 こうとしたのでな く,当時の社会状態を措 きたか った か らではないか。
は じめは,主人公 というべ き人物が存在 しないので,お もしろ くないなあ, という印象を受 けた。
余 りにも生 々 しい描写 の作品であ った。個 々の労働者 の独 自の階層的な位置 づけが,十分 にはっきりと提示 されていないので,前半 は読 みに くい。
異体的な名前が出て こないので,読 みず らか った。
題材 の意外 さ,題名 の面 白さ,表現 の新鮮 さが,魅力 になったのだろう。
労働者大衆の自然成長的な闘争 に,読んでいる自分 自身 も参加 しているよう な気 にさせ られた。
いかに も悲惨 とい う風 に, これで もか これで もか と書かれている。
あま りに生 々 しい労働者 たちの悲惨 な生活 の描写 に,胸がいた くな り,彼 ら の闘争 を応援せずにはい られな くなる。
正直言 って,現在 の日本の生活か らは到底想像 もで きない悲惨な状態であっ た頃の事 を, ここまで生 々 しく, グロテスクに描写す るこの作品が, あま り好
きではない。
現在 の自分達 の生活か らは想像 もっかない 「む ごい」「ひどい」状況を,まの あた りに,克明 に脳裏 に刻み込 まれた。
この本が,思想を押 し付 けるような ものではな く, 自然 な文体で書かれいて るのが好 ま しい。
3 内容部分
a 監督
監督 に対 して怒 りを感 じる。
監督の無情 さ残酷 さにぞ っとさせ られた。元か ら情 け知 らずの人間だ ったの か と思 って いたが,そ うではない。会社の操 り人形だ ったのだ。
監督浅川 には,人情 はないのか。 この ころの人間 はか くも非情 に,か くも残 酷 になれ るのか。
この監督 こそ,人情のないただの生物 であ り,人間ではないと確信 した。・
監督の浅川 もまた時代 の犠牲者 なのであろう。
監督浅川が圧巻。
浅川が,金銭欲 たとりつかれた札束の固 ま り,人間でな く獣, に見えた。
監督が首 を切 られ,だまされていたと叫んだ ところが,面 白い。
「編 されていた」のせ りふには,笑 った。
ス トの代表達 を迎えたときの監督 は,内心,恐怖 に震え,わ きの下 は冷や汗 で ピッショリであったのではないだろうか。
悪 の象徴,監智 は,‑‑現在の 日本を も象徴 している。
文章の明確 さ,会話 を混ぜた生命感などか ら,多喜二 の言わん とす ることは 直接伝わ って来 る。 しか し残念 な ことは,監督 の人物性 が全面 に出す ぎた。資 本主義機構 その もまか ら生 まれ る悪や横暴ではな くて,監督の個人的な横暴 に す りかえ られている。
b 附記 について
二度 目のス トライキは完全 に成功 した。 これは自分 にとって も嬉 しいことな のだが, 欲を言わせて もらえば, 「附記」 で成功 した ことを紹介す るたけでな く, もっと監督 のあわて るサマや労働者達 の喜ぶ姿 を読 んで, スカ ッと した か った 。
附記で,彼 らが道具ではな く,意志を持 った人間になれた。
小林多喜二 『蟹工船』の読者感想 81 最後が,感動的だ。
「附記」は,小説 としてはない方がよい。 しか し。あるか らこそ,プ ロレタ リ アー トの闘争 の小説であるとか,啓蒙性 が明確 に読み取れる。
最後 の文 は一著者の気持 ちの現れだろ う。
最後の句か ら,多喜二 の日本 の明 日に対す る希望が伺われ る。 しか し日本が その後突入 した暗 い時代 を考え ると,暗たんたる気持 ちになる。
後半か ら,特 に終 りの ところになると,なんだかあ っけな く思われ る。具体 的には,駆逐艦 に護送 されて しまった後 の様子である。附記の部分 は, は じめ
・か ら小説風 には しないっ もりだ ったのだ ろう。
読 み終 った時, この附記の言葉が大変印象深 く心 に残 った。
附記 を書 いたのは,単純 に監督等 は悪 い奴 らだ としか取 られない ことを恐れ たのであろう。 本当に悪 い者 は他 にいることを示唆 した。
附記では,彼 らの行動 が失敗 したのか成功 したのか は全 く書 かれていない。
作者 は意図的に中途半端 な感 じで終わ らせ ることによ って読者 の労働者 たちに 勇気 と希望 を与えようと した。
C ロシアの話
ロシアの話 は,随分露骨 な,資本主義社会の批判 であるが,多少の誇張があ るとして も, うなずけないことはない。逆 にロシアの国の話 の箇所 に疑問 も感 じないわけではない。
全体 と して暗い小説の中で,大変楽 しく読んだ部分 は, ロシア人か ら見 た日 本人が こまかに措かれている場面 である。
出て来 るロシア人 は, いい人であった。だが, 日本人 は 「ロシアが編す」 と 思 った。 それは当時の教育 と社会が背景 であろ う。
d ス トライキ
労働者 たち自身が解放 を叫んだ時 こそ,長か った夜 に夜明けの光が うっす ら と見え始めた。
仲間が連 れ去 られた後で さえ, もう一度彼 らが団結 で きた ことは素晴 らしい ことで,彼 らの勇気 にただ敬服す るばか りである。
団結 の尊 さを教 え られた。
代表者 をたそ るのでな く,労働者全員 が代表者 となれば恐 ろ しくない と悟 る。
闘争 の指導者 が引 き抜かれ ると, しぼんで しま う。
多喜二 の皮 肉 は,時代が時代だけに命が けであ る。
労働者 が立 ち上 が ることは,今 は当然 の ことであ って も, その当時 は全 く当 然 の ことではなか った。
当時 は労働組合を作 ることは不可能 に近 か った。
初 めのス トライキが成功 して くれ と,願 った。
どう して,漁夫,雑夫達 は,早 く立 ち上 がろ うと しないのか, どうして,・こ んな横暴 にいっ まで も我慢 しているのか と思 い, イ ライ ラしま した。
最高 に感動 した場面 は,「団結」 の ところ。
団結 が強 くな ってか らの漁夫達 は,見違 え るほど活気 にあふれ,輝 いて いる と感 じた。
労働者 たちは立 ち上 が った。 この時,私 は一種 の沸 き上 が る快楽 を覚 えた。
金持 ち側でな く,国民側が勝 っ ことが 快い気分 をひき出す。 しか し, あ まり に もあ っけなさす ぎは しないだろ うか。
労働者 たちが団結 したの も当然 である。 この漁夫 たちに大 いに声援 をお くり たい。
自分 も労働者 の一員 のよ うに,監督 を慎み
,
「サボ」を実際 に行 い出 した労働 者 に胸が はずむよ うな愉快 さを覚 えた。'労働者達 が団結 して
,
「サボ」を開始 で きるよ う相談 してい く過程 を,私 が ど んなに胸 のはずむ思 いで読 み進 めて いったか:・・‑。労働組合の必要 な ことをは っきり知 ることがで きた。
労働者 たちの大 きな変化 に深 く感銘 す る。
ス トライキを した労働者達 はすば らしか った。
小林多喜二 『蟹工船』 の読者感想 83 ス トライキへの最大 の きっか けは,殺 された くないとい う自己防衛本能 が大 半 を占め る。 ロシア人の話 がス トライキへいた る潜在的な もの しとて影響が大
きい。
再度団結 してゆ く姿 に感動 した。
蟹工船で成功 した こーの 「ス トライキ」 を,当時の帝国主義 日本で,国民 が一 致団結 して成功 したな らどんなにすぼ らしいことか !
e その他
最 も印象 を受 けたのは,次 の一文 であ った。‑ 簡単 に 「片付 いて しま った。」 この一行で,すべて この小説 を物語 って いる気 が した。
会社側 の横暴 には,非常 に憤 りを感 じる。 もし, この様 な ことが現在起 これ ば,世論 は黙 って いないだ ろう。
会社 ・監督側が, 自分 たちの していることが国家間,特 に ロシアとの闘争 と 考えていることに,驚 く。
「この労働者 たちに同情 してや って下 さい」と,しきりに言 っているよ うであ る。
この時代 に生 まれな くて良か った。
多喜二 は,使用者 (監督) ・資本家 ・政治家 ・軍人 を型 にはめて考 えている 傾向があるのではないか。
一番感動 したのは,中積船がや って きた ところであ る。
漁夫,学生,百姓 などの労働者 がかわ いそ うでな らない。
これは小説 の中だけでな く, まざれ もな く昔 の 日本 にあ ったのだろ う。
作者 の念頭 には, マル クスの言葉が刻 み込 まれているに違 いない。
会社 は,組織 されないよ うに末組織労働者 を集 めたのに,かえ って組織 され て しまった。.
会社 は,団結 されないよ うに,あ'らゆるところか ら労働者 を集 めて きて いる.
労働者 たちの扱 いがひどい。 こんなにひどい もの とは知 らなか った。
最初 はそ うで もなか ったが,終 わ りの方ではす っか り真剣 に本 に集 中 してい
た 。
4 読後感,一般的 まず, びっ くりした。
多喜二 の理想 がな じめない。「理想 にあふれている」 とい う印象を持 った。
面 白か った。
人間 にとって大切 な ものは何 かを考 えさせて くれた。
何か燃 え上が るよ うなパ ワー 一生忘 れ られ ない作品 になる。
のめ り込んで しまった。
読 み ごたえがある。
圧倒 された。
読後 に爽快感 の残 る素晴 らしい作品であ った。
多喜二 の主張 は一方的な気が してな らない。
この小説 の持 つ大 きな意味 あいに驚か され る。
著者 の燃 え上 が るよ うな情熱 や想像力を感 じた。
時代劇 を見て いるよ うだ。
勧善懲悪 とい う言葉がぴ っLた りくる。
今 までにはなか ったよ うな,強 い衝撃 を受 けた。
久 しぶ りに,重 い気分 にさせ られた小説 であ った。
この時代 の確 かな証言 の役割 を果 た している。
多喜二 の思想 がず っしりつま っている。
今 ぬ くぬ くと生 きて いることを改めて思 った。
教科書 の 「歴史」以外 の 「真 の歴史」を知 る意義が, この本 の中に存在す る。
一息 に読 み終 え ることので きる作品であ った。
異様 なまでの力強 さ。文学 に対す る視野 を広 げて くれた。
これほどまで に不安感 ・期待感 を抱 き続 けなが ら,近代 日本文学 を読 んだ事 はなか った。
小林多喜二 『蟹工船』の読者感想 85
「人間 は本来, ど うあるべ きか, そ して どう生 きるべ きか?」この本 を読 み終 えた後 の疑問である。
この本 を読 み終 わ ると,何かや りた くなる。
5 読後感,具体的
a 現在 との比較
日本 の民主化 のために,何人 もの人間が犠牲 とな り,そ して今のよ うな日本 が築 きあげ られた とい うことが, この本 を読 んでわか った。
労働者 の団結 と権利 は,今で は当 り前 に思われているが,蟹工船 の乗組員 が それを知 った時 の ことを常 に念頭 に入 れね ばな らない。 それが どれ ほど寅重 か, そ しでそれを失 わないよ うに心が ける必要がある。
自分達 の生活 を守 るためには,人 まかせで はな く, 自分達が行動 を起 こす こ とが大切 だ とい うことを,教 え られた。
政治関係 や権力 では,現在 も本質 は同 じで変わ っていない。
労働運動 の背景 には, もっとず っと血生臭 い闘争があったのだ とい うことを 思 い知 らされた。
みんなで力を合 わせなければ,現代で も蟹工船 のよ うな状況 にな らないとも 限 らない。
今平和 に不安 もな く生 きて い る人 間達 ‑ の忘れて はな らない過去 を思 い返 し,現在 の生活 を見直す ための,熱 いメ ッセー ジだ。
[今 の]我 々の生活 は本当 に恵 まれているのであろうか。
自由で民主的な社会で暮 らせ るとい うのはこうい う時代 に生 きた人 々のお陰 だ。
我 が国 もほ んの数十年前 まで この本 のよ うな ことが行 われていた ことをふ ま えて行 っている人 が一体何人 い るのであろうか。
今 日の発展が多 くの人 の犠牲 の上 に成 り立 ちていることを再認織すべ きだ。
この人 たちまおかげで今のよ うに, まだ完全 とはいえないか もしれないが, 人権 が守 られ るよ うにな ったのである。
今の時代がいかに甘 いものか と考えさせ られ る。
b プ ロレタ リア文学
いかにプロレタ リア文学 として優れたものかを再認織 した。
読む前 までにプロレタ リア文学 に対 して抱 いて した偏見を一変 させた。大変 面 白い小説であ った。
プロ レタ リア文学を全 く理解 していなか ったことに気づいた。
プロレタ リア文学 は触れてはな らないもののよ うに感 じていた。
C 多喜二
このような小説の発表 は至極,勇気 のいることである。
この時期 に この小説を出版す ることに意義 があった。
小林多喜二 に敬意を表す る。
何 よ りもす ごいことは, この小説 を書 いたとき,我々と同 じ年齢だ ったこと である。
小林多喜二 の勇気ある反帝 の思想が,命がけで国民 に訴えかけるエネルギー が,全身 に感 じられる。現在 の私達 にも,強 く生 きよ! と呼びかけている。
日本 の状態が誤 った方向に進 んでいることを訴えよ うと した小林多喜二 の勇 気 ・情 当には敬意を払 うより他 にない 。
自らの先輩であ り,社会や世界 に後見 した人物を [私が]知 らないのは,お か しい。
d̲当時につ いて
使 う者 と使われる者 との差が, こんなに もはっきりとしていた時代の日本 に 生 まれていな くてよか ったと何度 も思 った。
頂点 に立っ者 は誰か。 これは恐 ろ しい。国家だ。
この時代 と今の時代 の違 い。例えば, ス トライキは,今では待遇 をよ くす る ための単 な る賃上 げ闘争 だが,過去 で は死 と隣 りあわせの生 ‑の闘 いであ っ
小林多喜二 『蟹工船』の読者感想 β7
た 。
帝国主義 が このよ うなまでに卑劣で残酷 きわまるものであ ったのか。
狂 っ、た非 日常 がその時代 には日常 だ った と考 え ると,真 っ暗 な気 分 にな っ
た 。
この本 と出会 うことで,資本主義社会 の現状 を,真 の姿 を垣間見 た。
当時の社会 は, これ っぽち も国民 のためなどではな く,天皇 のため,・一部 の 資本家,官僚 の思 い通 りに作 られていたのだ と,つ くづ く感 じる。
半封建 的 な 日本 で,常 に生死 の危機 に さ らされて働 か され る季節労働者 の 生 々 しい光景 に驚 かされ,軍事国家 の恐 ろ しさを感 じた。
今か らほんの半世紀 ほど前 なのに, こんなにひどい時代だ ったのだ。
日本 における資本主義 の強 さを感 じた。
彼が明確 に した図式 は,今の時代 において もいささか も崩 れてはいない。
帝国主義 とは, こんな ことまです るのか と, あきれて しま う。
未開地, または植民地 での原始的な搾取 のため頭が まひ して しま ったので は ないか。
自分が今住んで いる北海道 とは全 く華 う北海道がそ こにはあ った。
北海道 の血 なま臭 い歴史が少 し分か った。
e その他
団結,組織が どんなに価値があ ったか,労働者 とは何 か,を考 えさせ られた。
日本 の社会運動,転機 を,今 まで深 く考 えた ことがなか った。
労働者 たちが強 い生命力 と精神力を持 ち備えていることに,驚か された。
ス トライキがなければ, この小説 は何 の意味 も持 たないだ ろ う。
なぜ この作品が後世 にまで大切 に受 け継がれて出版 されているのかが良 く分 か った。 それは, この作品の内容 が単 に過去 の遺物 で はな く,現代社会 に訴 え か けるに十分 な力量 を兼備えて いるか らであ る。
一種 の恐怖感,、さらには背筋 が寒 くなるよ うな不快感を抑 え ることがで きな か った。
これを読 む と多少 な りとも心 のあ る人 な らば共産主義 に傾 きかけることだろ つo
今
,
「蟹工船」を読 んで資本主義 の欠点 を理解す るには,今 の 日本 はあま りに も平和す ぎる。労働者 たち全体が主人公 なので,訴 えることがで きたのでないか。
帝国主義戦争 には絶対反対 しなければな らないと思 う。
ま と め
これ らの感想文章 をまとめてお こう。小生 がそれ らを読 み込 む作業 の中か ら 感 じた ことも含 めてお こう。
それぞれの意見 は,当然 なが らバ ラバ ラで矛盾 している。
多 くの人が初 めて この小説 を読んだ と推測 され る。それにつ いては序 の [補]
か ら推測 で きる。
数人の人 は, 『一九二八年三月十五 日』 と 『蟹工船』 を比較 しているが, 皆
『蟹工船』の方 がよい として いるのは,興味がある。 もちろん前者 を読 んでいる 蓋然性 は確証 されない ‑ 多分少 ない(7)‑ か ら., あてにはで きない。
また多喜二 は彼 ら′の学校 の先輩であ るか ら,卒業生 としての多喜二 につ いて 述 べて いる人 も多 い。
現在 の若 い人 々.の感性 は,概 して健全であ る。つ ま り小林多喜二 のね らい, あるいは彼 の小説がね らった効果 は,100%ではないが,‑ そ してそのよ うな 小説 はあ りえないであろ う‑ 大 まかに言 って, その通 り受 け取 られている。
多 くの人 は,手軽 に入手できる文庫本を利用 している。そのため,それぞれの巻 末 についている解説を部分的に利用 したり,それの影響を受けている面 もある。
読者 の多 くは,現在 と当時 とをひ き較べてお り,現在 を 「平和」 な良 い資本 主義 あ るいは良 い社会 と見 な している
。
「蟹工船」のよ うな状態 は,現在 で はあ(7) 序,2 前提,7,によるからである。
小林多喜二 『蟹工船』の読者感想 89
りえないこと,過去の こと, もう再 びや って こないこととしている。 もちろん それ自体 は正 しいのであるが,当時 と今 日の共通性すなわち共 に資本主義だ と い うことに思 いをいたす人 は少 ない。
理想 と しての ・理論 としての社会主義 ・共産主義 について論 じている人 は多 くはない。だが, それを論 じている人だけを見 ると,建前 としての社会主義 に 同情 を寄せ る場合が多 い。 しか しそれで もほとんど全てのそれを論 じた人が, 現実の社会主義 ・今のソ連 の状態 には批判的である。つまりb現存社会主義が 多 くの政治的矛盾 を露呈 してお り,それを感 じ取 っているのである。
ここには,小説が書かれてか ら半世紀以上経 った現在 日本の特定の若 い人々 の考 えの一端が知 られる。すなわち,現代 日本資本主義社会の世界史的発展段 階にバ ック ・ア ップされた現実的 イデオロギーを基盤 に し, 日本文学 における プロレタ リア文学 の一定 の衰退 によって生 まれた微妙 な偏見を加味 して,著者 小林多喜二 がほとん ど全然対象 に しなか った現存社会主義の混迷 と迷走 に影響 を受 けなが ら, しか も原本の芸術的達成 と著者 の手腕 をある意味で超歴史的な 感性 の もとで素直 に評価 ・感動 しそいる姿である。