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約定解除の遡及効と相続税法の適用について

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約定解除の遡及効と相続税法の適用について

著者 小島 俊朗

雑誌名 明治学院大学法科大学院ローレビュー = Meiji

Gakuin University Graduate Law School law review

号 15

ページ 77‑89

発行年 2011‑12‑31

その他のタイトル Study on Retroactive Effect of Cancellation Stipulated in Contract in Applying the

Inheritance Tax Act

URL http://hdl.handle.net/10723/1082

(2)

はじめに

売買契約について約定解除権が行使された場 合,約定解除による遡及効を租税法上どのように 扱うべきか学説上も議論のあるテーマである。約 定解除による民法上の遡及効を租税法上もその適 用の前提として認めるか否かについて,法人税法 や所得税法(事業所得)では,単年度主義及び継 続企業を前提としていることや,企業会計と平仄 を合わせる必要があることから,規定上,約定解 除があった年度(年分)で処理をすることとし,

遡及効を前提として過年度(年分)に遡ることは していないが,譲渡所得などでの遡及効の扱いは

必ずしも明確ではない。また,所得を課税物件と しないその他の租税法についても,所得を課税物 件とする法人税法や所得税法と遡及効の扱いを同 じにしなければならないという理由もない。

一般に,売買契約の約定解除による遡及効と租 税法との関係は,法人税法や所得税法の適用にお いて争われることが多いが,国税不服審判所の最 近の裁決事例に,おそらく最初の事例と思われる が,相続税法と約定解除の遡及効との関係が争わ れたもの(平成18年3月10日相続開始に係る相続 税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定 処分・一部取消し,棄却・平21.9.16裁決)がある ので,これを素材として,租税法と民法上の遡及 効との関係につき考察を行うこととする。

『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第15号 2011年 77−89頁

約定解除の遡及効と相続税法の適用について

小 島 俊 朗

目 次 はじめに 1 事案の概要 2 裁決の概要

盧 裁決のポイント 盪 裁決の要旨 3 経緯

4 主張の対立 5 考察

盧 解除権行使がない場合の基本的な考え方 盪 解除権行使による影響

蘯 国税通則法施行令第6条第1項第2号との関係 盻 解除の遡及効は相続税法の適用の前提となるか

イ 原処分庁の主張について

ロ 私法上の法律行為と租税法との関係 ハ 相続税の課税対象と遡及の可否

6 相続財産の種類・区分を誤って過少申告した場合の扱いについて おわりに

(3)

1 事案の概要

本件は,平成18年3月10日に死亡したC(以下

「本件被相続人」という。)の相続に係る相続税に ついて,審査請求人A,同B,同D及び同E(以 下,これら4名の者を「請求人ら」という。)が,

本件被相続人が売主として売買契約を締結してい た土地及び建物については,相続開始後に当該売 買契約を解除しているから,相続財産(以下「本 件相続財産」という。)は当該土地及び建物であ るなどとして行った相続税の申告につき,原処分 庁が,本件相続財産は当該売買契約に係る売買残 代金請求権であるなどとして更正処分等を行った のに対し,請求人らが,同処分等は違法であると してその全部の取消しを求めた事案である。

2 裁決の概要

裁決のポイント

土地等の売買契約中に売主に相続が開始した場 合における相続税の課税財産は,相続開始後に相 続人が当該売買契約を解除した場合であっても売 買残代金請求権とするのが相当とした事例

裁決の要旨

請求人らは,本件被相続人から承継した本件売 買契約に係る解除権を行使した結果,本件売買契 約は本件相続の開始前に遡及して消滅し,売買残 代金請求権は本件相続の開始時において法律上存 在していないことになるから,本件相続に係る相 続税の課税対象とすべき財産は本件各土地建物で ある旨主張する。しかしながら,相続税の課税上,

相続により取得した財産について相続開始後に生 じた事情は,これを考慮すべき特段の事情と認め られない限り考慮すべきものではないと解される ところ,本件のように,本件相続の開始時におい て,本件売買契約が履行されることが確実である と認められるような状況下にあっては,本件各土 地建物の所有権が本件被相続人に残っているとし ても,もはやその実質は売買残代金請求権を確保 するための機能を有するにすぎないものといえ,

請求人らが相続した本件各土地建物は,独立して 相続税の課税財産を構成しないというべきであ る。そして,請求人らが本件相続の開始後に行っ た本件売買契約の解除により,本件売買契約の当 事者間において契約の効力が遡及的に消滅すると 解したとしても,当該解除は請求人らの意思によ るものであり,これをもって,相続開始後に生じ た考慮すべき特段の事情ということはできないか ら,本件相続の開始時において,売買残代金請求 権は確定的に本件被相続人に帰属しているものと 認めるのが相当である。以上からすれば,本件相 続に係る相続税の課税対象とすべき財産は売買残 代金請求権であると認められるから,この点に関 する請求人らの主張には理由がない。

3 経緯

イ 本件被相続人は,平成17年12月7日,株式会 社F(以下「F」という。)との間で,自己の所 有する土地(以下「本件各土地」という。)及び 建物(以下「本件各建物」といい,本件各土地と 併 せ て 「 本 件 各 土 地 建 物 」 と い う 。) を 170,870,000円で譲渡する旨の契約(以下「本件売 買 契 約 」 と い う 。) を 締 結 し , 同 日 , 手 付 金 17,000,000円(以下「本件手付金」という。)を小 切手で受け取った。

なお,同日付で作成された土地建物売買契約書

(以下「本件売買契約書」という。)によれば,本 件売買契約の内容は,要旨以下のとおりである。

(イ)手付金は17,000,000円とし,引渡期日を平 成18年4月末日とする。また,手付金は売買残代 金残金の支払の時,売買残代金の一部に充当する。

(ロ)所有権は,引渡期日に売買残代金残金の 支払が完了した時点で,売主から買主に移転する。

(ハ)引渡期日までは,売主は買主に手付金の 倍額を支払い,また,買主は手付金を放棄して,

契約を解除することができる。

(ニ)売主の責任において,本件各建物の入居 者の退去交渉を行い,また,引渡期日を平成18年 4月末日に定めるも,入居者の退去が完了した時 点で引渡しをする。

(4)

ロ 本件相続の開始後,請求人らは,本件売買契 約を解除することとし,平成18年4月6日付の

「土地建物売買契約契約解除のお知らせ」と題す る文書でその旨Fに通知した後,本件売買契約書 の条項に基づき,同月11日,本件手付金の倍額で ある34,000,000円をG銀行b支店のF名義の普通 預金口座に振り込んだ。これにより,本件売買契 約は解除された。

ハ 請求人らは,平成19年1月5日,本件相続に 係る相続税の申告書(以下「本件申告書」という。) を共同で原処分庁に提出した。請求人らは,本件 申告書において,財産評価基本通達に基づいて,

本 件 各 土 地 を 1 2 0 , 4 2 1 , 5 0 1 円 , 本 件 各 建 物 を 10,022,950円と評価し,本件手付金を債務として 計上した。

なお,本件申告書に添付された本件相続に係る 遺産分割協議書によれば,本件各土地は,Bが持 分2分の1,Aが持分4分の1,Dが持分4分の 1をそれぞれ取得し,本件各建物は,A及びDが それぞれ持分2分の1を取得し,本件手付金につ いては,Fに対する未払金として,Bが8,500,000 円,Aが4,250,000円,Dが4,250,000円をそれぞれ 負担することとされている。

4 主張の対立

盧 原処分庁は,次の理由から,本件相続財産は 売買残代金請求権であると主張している。

イ 本件相続の開始時において,本件被相続人が 売主として締結した本件売買契約が有効に成立 しているところ,本件各土地建物の所有権は本 件被相続人に残っているとしても,その実質は 本件売買契約に係る売買残代金請求権を確保す るための機能を有するにすぎないものであるか ら,請求人らが本件相続により取得した本件各 土地建物の所有権は,独立して相続税の課税財 産を構成しない。

ロ 相続税は,相続開始時を課税時期として,被 相続人が生前に形成した財産について評価を行 って課税価格を計算するものであり,経済的成 果たる所得を課税標準としているのではないか

ら,本件相続の開始時において,売買残代金請 求権が本件被相続人に確定的に帰属していた本 件売買契約につき,本件相続の開始後に相続人 である請求人らの意思によりされた契約の解除 の効果は,相続税の課税価格に何ら影響を与え るものではない。

盪 請求人らは,次の理由から,本件相続財産は 本件各土地建物であると主張している。

イ 売買契約の当事者の一方がその解除権を行使 したときは,その売買契約の効力は遡及して消 滅し,契約に関する一切の債権債務関係は解消 することとなり,その売買契約は初めから存在 しなかった状態に復することになる(民法第 545条《解除の効果》第1項)。したがって,本 件売買契約は本件相続の開始前に遡及して消滅 するから,売買残代金請求権は本件相続の開始 時において法律上存在していない。

ロ 国税通則法第23条《更正の請求》第2項第3 号に規定する後発的理由に基づく更正の請求事 由として,国税通則法施行令第6条《更正の請 求》第1項第2号が申告等に係る課税標準等の 計算の基礎となった事実に係る契約が解除権の 行使によって解除されたことを掲げていること に照らしても,解除権の行使による本件売買契 約の解除の効果が,相続税の課税価格に影響を 与えることは明らかである。

5 考察

本件は,相続開始時に被相続人が売主として売 買契約を締結していた土地建物について,相続税 の課税対象とすべき財産は,土地建物であるか,

売買残代金請求権であるかが争われた事案であ る。土地建物の評価額と売買残代金請求権の額に は相当な開差が生じることがあるが,前者は評価 の安全性を考慮して固めの評価をしているので,

一般に前者の方が後者より低くなることが多い。

このため,売買契約中に売主又は買主の相続が開 始した場合,争訟において,その相続人が,相続 財産は売買残代金請求権ではなく土地建物である と主張することが少なくない。本件においても,

(5)

相続人らは本件相続財産が土地建物であると主張 しているが,本件では,相続人らが相続開始後に 相続人らの意思により当該売買契約を約定解除し ており,私法上の法律効果すなわち民法上の解除 の遡及効(以下,単に「解除の遡及効」という。) が相続税法に影響するか否かが争われている。本 件相続人らは,法定申告期限前に契約を解除して,

手付金を返還した上で,売買契約がなかったもの として期限内申告しており,法定申告期限後に契 約を解除して更正の請求を行う場合のような更正 の請求に係る制約がないことや,租税負担の錯誤 を理由とする解除権の行使のように課税上の弊害 が問題となるような事例ではないので,純粋に相 続税法の適用と民法上の遡及効との関係が問われ ているという点で注目すべき事例である。

解除権行使がない場合の基本的な考え方 売買契約中に売主の相続が開始した場合におけ る相続財産の種類についての基本的な考え方は,

昭和61年12月5日最高裁判決により,ほぼ決着し ている。同最高裁判決は,「原審の適法に確定し た事実関係のもとにおいては,たとえ本件土地の 所有権が売主に残っているとしても,もはやその 実質は売買残代金債権を確保するための機能を有 するにすぎないものであり,上告人らの相続した 本件土地の所有権は,独立して相続税の課税財産 を構成しないというべきであって,本件において 相続税の課税財産となるのは,売買残代金債権

(手付金,中間金として受領済みの代金が,現金,

預金等の相続財産に混入していることは,原審の 確定するところである。)であると解するのが相 当である。」と判示しており,この考え方は,そ の後の裁判事例,裁決事例においても,踏襲され ている(1)。そして,現行の課税実務では,原則と して,①売主に相続が開始した場合には,当該売 買契約に基づく相続開始時における残代金請求権 とし,②買主に相続が開始した場合には,当該売 買契約に係る土地建物の引渡請求権等とする(た だし,相続開始時における残代金支払債務につい ては債務控除する。)取扱いになっているといわ れる(2)

本件は,上記①の取扱いによるものであるが,

上記最高裁判決が「原審の適法に確定した事実関 係のもとにおいては」としているように,売買契 約中に当事者に相続が開始した場合の相続税の課 税関係については,種々の態様が想定されること から,画一的な判断をすべきではなく,相続開始 時点において「売買残代金債権が確定的に売主に 帰属している」か否かを基準に,認定事実を総合 勘案した上で,いずれの財産であるかを判定する 必要がある。最近の判決や裁決のうち,納税者の 請求を棄却したものとしては,例えば,平成10年 2月6日名古屋地裁判決が挙げられる。この事例 は,原告が,被告税務署長の相続税更正処分に対 し,被相続人は,従前貸駐車場として利用してい た土地に賃貸用テナントビルの建築を予定し,テ ナントビルの区分所有権を土地との交換契約によ り取得することとなっていたが,テナントビルを 取得する前に死亡したのであるから,相続財産は 土地であって,かつ,土地は事業用宅地として,

租税特別措置法69条の3《小規模宅地等について の相続税の課税価格の計算の特例》(現行,同法 69条の4)の適用があるべきであることなどを理 由として,更正処分等の取消訴訟を提起したもの である。この事例では,課税時期の現況において,

工事の進捗率は55%で相殺差額の50%が支払済み の状況にあり,売買契約は相当程度履行過程にあ ったものと認定されている。一方,請求を取り消 したものとしては,平成15年1月24日裁決の事例 が挙げられる。この事例は,農地の売買契約にお いて,買主側に売買残代金の支払遅延があって,

売主の相続開始後にその相続人である請求人と買 主が当該売買契約を合意解除したものである。課 税時期の現況において,売却代金の50%が支払済 みで,条件付所有権登記移転仮登記が済んでおり,

農地の転用許可も済んでいた(契約上の所有権移 転の日は転用許可の日である。但し,残代金の支 払は行われていない。)ものの,裁決は,「被相続 人は農地法第5条第1項に基づく農地転用許可を 受けるなど,本件売買契約の内容を誠実に履行し ているが,買主は,本件土地の買収目的であった 出店計画が行き詰ったことから,本件売買契約締

(6)

結の日から相続開始の日までの約1年8か月の 間,売買残代金の支払義務を履行しておらず,結 果としても,本件売買契約を合意解除するに至っ たこと」を指摘して,「相続開始時点において,

売買残代金請求権(債権)が確定的に被相続人に 帰属していたということを肯定することはできな い。」と判断している。なお,この裁決では,「結 果としても,本件売買契約を合意解除するに至っ たこと」を売買残代金請求権が確定的に被相続人 に帰属していないことの理由の一つに挙げている が,あくまでも相続開始時点を基準として,その 時点で売買残代金請求権が確定的に被相続人に帰 属しているか否かを判断するのが原則であること から,その趣旨は,合意解除の直接的な効果(解 除の遡及効)を意味するものではなく,相続開始 時において売買残代金請求権が確定的に被相続人 に帰属していたとはいえないことを示す間接事実 あるいは補助事実として指摘しているものと思わ れる。ただし,解除の結果として,相続人は結局 土地を取得したのであるから,売買残代金請求権 として課税しなくてもよいのではないかとの考え 方もあるところ,そのような考え方が背景にある と誤解される余地もあるように思われる。

本件では,相続開始日(平成18年3月10日)に おいて,①売買契約の締結(平成17年12月7日)

から約3ヶ月が経過し,引渡期日(平成18年4月 末日)の約2ヶ月前であったこと,②約1割の手 付金の支払があるのみである(すなわち契約解除 しても負担が少ない)ことから,これらのみで売 買残代金請求権が確定的に売主に帰属していると は断定できないとも考えられるが,被相続人に相 続が開始するまでは,売主である被相続人及び買 主であるFの双方が誠実に本件売買契約を履行し ており,その履行を疑わせるような事情も認めら れないことから,相続開始時点においては,本件 売買契約が履行されることは確実であったと認め られ,これらを総合勘案すれば,売買残代金請求 権は確定的に売主に帰属していると判断されるの で,上記①の原則的な扱いによることは妥当であ ると考える。

解除権行使による影響

本件においては,上記盧のとおり,相続開始時 点では売買残代金請求権が確定的に被相続人に帰 属していると認められることから,解除権の行使 がなければ,本件相続財産は売買残代金請求権で あると結論することができる。しかし,本件は,

相続開始後に,相続によって契約上の地位を承継 した請求人らにより売買契約が解除されているこ とから,解除の遡及効との関係が問題となる。

民法第540条は,「契約又は法律の規定により当 事者の一方が解除権を有するときは,その解除は,

相手方に対する意思表示によってする。」と規定 しており,解除権には,契約によるもの(約定解 除権)と法律の規定によるもの(法定解除権)と がある。約定解除権は,当事者の解除についての 契約により発生し,当事者の一方又は双方に留保 された解除権である。一方,法定解除権は,直接 法律の規定により成立するものであり,一般的な 債務不履行の場合に認められ,①債務者の履行遅 滞(民法第541条),②一定期間内に履行すること が必要な場合での期限の徒過(同第542条),③債 務者の責めに帰すべき事由による履行不能(同第 543条)のほか,各種の契約に特殊なものがある

(同第561条,568条等)。本件売買契約の解除は,

約定解除に当たる。

契約の解除は,契約当事者に認められた解除権 の行使によって,契約の法律効果としての価値を 失わしめ,契約がはじめから締結されなかったの と同様な状況を回復させることであり,民法第 545条第1項は,「当事者の一方がその解除権を行 使したときは,各当事者は,その相手方を原状に 復させる義務を負う。ただし,第三者の権利を害 することはできない。」と規定している。解除の 効果については学説が分かれているが,判例は,

「解除によって契約の効力は遡及的に消滅する。

したがって,当事者双方がなんら給付をしていな い場合は,別段新たな法律関係は生じないが,給 付がなされているときは,その受領は法律上の原 因を欠いたものとなり,不当利得の返還義務が発 生する。」とする通説(直接効果説)を採用して いる。本件では,請求人が,解除権を行使した後,

(7)

手付金を返還しており,期限内申告前に契約の相 手方への原状回復が完了している。本件のように,

契約の解除が請求人らの自由意思(事情)による ものであったとしても,上記のとおり,売買契約 は民法上その締結時に遡ってなかったものとして 扱われることから,相続税法上,解除の遡及効が 前提となるのであれば,本件相続財産は相続開始 時点において土地建物であったと解する余地があ る。

一方,相続税については,国税通則法が相続税 の納税義務が成立する時を相続による財産の取得 の時としており(国税通則法第15条第2項第4 号),相続による財産取得の時期は,相続開始の 時と解されている(相続税法基本通達1の3・1 の4共−8)。そして,相続税法は,相続により 取得した財産の価額を相続税の課税価格としてお り(相続税法第11条の2),相続により取得した 財産の価額は,原則として,当該財産の取得の時

(すなわち相続開始の時)における時価で評価す ることとしている(同第22条)。したがって,民 法上は解除の遡及効により相続人側が土地建物を 取得したことになるとも考えられるが,相続税法 上評価すべき財産は,相続開始の時の財産(売買 残代金請求権)であることに変わりがないと解す ることもできる。そして,この考え方によれば,

相続開始後の事情は原則として考慮されず,解除 権の行使が相続開始後に行われた場合は,解除の 遡及効にもかかわらず,相続開始時の財産の状況

(財産の種類,評価の区分,評価額など)には影 響がないこととなる。

しかし,相続税法において解除の遡及効が一律 に認められないとするならば,例えば相手側(買 主)が解除権を行使して相続人が結局土地建物を 取得する場合でも,売買残代金請求権を取得した ものとして,高い評価額により相続税が課される こととなり,納税者に酷な結果となるようにも思 われる。このほか,売買契約に瑕疵がある場合の 合意解除や法定解除権の行使による解除などの場 合でも,納税者に酷となると思われる事例が生じ 得る。

国税通則法施行令第6条第1項第2号との 関係

国税通則法第23条《更正の請求》第2項を受け た国税通則法施行令第6条第1項第2号は,「その 申告,更正又は決定に係る課税標準等又は税額等 の計算の基礎となった事実に係る契約が,解除権 の行使によって解除され,若しくは当該契約の成 立後生じたやむを得ない事情によって解除され,

又は取り消されたこと」と規定しており,解除権 の行使があった場合にいわゆる後発的事由による 更正の請求を認めている。そこで,相続税法の適 用においても,解除の遡及効が前提となるのでは ないかとの見方が生じるところであり,請求人も,

この規定を根拠に,「解除権の行使による本件売 買契約の解除の効果が,相続税の課税価格に影響 を与えることは明らかである。」と主張している。

しかしながら,国税通則法施行令第6条第1項 第2号は,納税者が過大申告の是正を求める場合 の手続に関する規定であるので,実体法上,解除 権の行使により過大申告であったことにならない 限り,同号が適用されることはない。すなわち,

実体法である各税法,本件では相続税法が,解除 の遡及効を前提としていない場合は,過大申告と ならず,同号が解除権が行使された場合に更正の 請求を認めることを規定していても,同号による 更正の請求が認められる余地はない(3)。したがっ て,同号の規定は,租税法においても解除の遡及 効が前提となり得ることを示すものではあるが,

同号の規定を根拠に,実体法である相続税法が解 除の遡及効を前提としているということはできな い。

相続税法が解除の遡及効を前提とする場合に は,国税通則法施行令第6条第1項第2号に基づ き更正の請求を行うことができる。同号は,国税 通則法第23条第2項第3号の規定(「その他当該 国税の法定申告期限後に生じた前2号に類する政 令で定めるやむを得ない理由があるとき」)を受 けて規定された,やむを得ない理由の一つであり,

国税通則法第23条第2項の規定の趣旨が,「納税 者が課税当時若しくはその後の同条1項が規定す る期間内にも適切に権利の主張ができなかったよ

(8)

うなやむを得ない事由がその後に生じ当初の課税 が実態的に不当となった場合に,納税者からその 是正を請求できる方途を認めたもの」(4)あるいは

「申告時には予期し得なかった事態その他やむを 得ない事由がその後において生じたことにより,

遡って税額の減額等をなすべきこととなった場合 に,これを税務官庁の一方的な更正の処分にゆだ ねることなく,納税者の側からもその更正を請求 しうることとして,納税者の権利救済の道を更に 拡充したもの」(5)であることからすれば,同号に 該当するというだけで一律に更正の請求を認める ことは相当ではなく,解除権の行使を理由とする 更正の請求は,その解除が「やむを得ない理由」

により行われたものに限定されると解釈すること ができる。したがって,契約が申告期限後に約定 解除された場合,直ちに国税通則法第23条第2項 の更正の請求が認められることにはならない。ま た,契約が申告期限後に合意解除された場合には,

法定の解除事由がある場合,事情の変更により契 約の効力を維持するのが不当な場合,その他これ に類する客観的理由に基づいてされた場合にのみ 更正の請求が認められる(6)。本件は約定解除が行 われたものであるが,約定解除の場合には,当事 者の契約(合意)によって解除権が留保されるも のであるから,一律に更正の請求を認めるのは相 当でない場面が考えられる。そして,相手側(買 手)ではなく相続人がその自由意思により約定解 除権を行使した場合には,「やむを得ない理由」

があるとは認められないことから,国税通則法第 23条第2項第3号に該当しないことになると考え られる。

次に,相続人がその自由意思により約定解除権 を行使し法定申告期限から1年以内に国税通則法 第23条第1項1号の更正の請求を行う場合,同請 求は認められるであろうか。同法第23条第2項に 列挙されているものは,同条第1項第1号の「課 税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法 律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に 誤りがあったことによって,税額が過大となった 場合」に含まれていると解されている(7)が,同 号は「やむを得ない理由」を要しないことから,

当該期間内であれば,自由意思による約定解除権 の行使であっても一般に更正の請求が認められる と考える。ただし,平成18年2月23日高松高裁判 決は,税負担の錯誤を理由として売買契約の錯誤 無効を主張した事例につき,「わが国は,申告納 税方式を採用し,申告義務の違反や脱税に対して は加算税等を課している結果,安易に納税義務の 発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納 税義務を免れさせたのでは,納税者の公平を害し,

租税法律関係が不安定となり,ひいては申告納税 方式の破壊につながる」として,法定申告期限後 に法律行為の錯誤無効を主張することはできない と判示しており,課税上の弊害が看過できない場 合には,法定申告期限から1年以内であっても更 正の請求が認められないことがあり得るものと思 われる。また,国税通則法第23条第1項第1号は,

租税法が申告要件として選択を要求している事項 につき,申告後にその選択を自由に変更すること を許すものではないことから,申告要件とは異な るものの,法定申告期限までに解除権の行使を選 択していないことを理由に,申告後の相続人によ る自由な選択により課税標準等若しくは税額等の 計算の基礎となる事実の変更を遡及して認めるべ きではないとする考え方もあり得る。なお,法定 申告期限から1年以内に,売買がなかったものと して期限後申告を行うことについては,期限内申 告した者とのバランスから,法定申告期限後は更 正の請求により得られる以上の利益を認めるべき でないので,売買契約の解除を当該期限後申告に 反映させることはできず,更正の請求の手続を踏 むことになると考えられる(8)

本件では,法定申告期限前に契約を解除し,そ の解除を前提として期限内申告が行われており,

更正の請求を制限する上記の要件が制約条件とな らないことは明らかである。そして,解除権の行 使が法定申告期限前に限定されるのであれば,解 除の遡及効があることを前提としても租税債権の 早期確定の点で問題はなく,また,相続人は結果 として土地建物を取得するのであるから,公平性 の点でも当該期限内申告は許容し得るものと思わ れる。なお,相続による財産の取得の時にすでに

(9)

相続税の納税義務が成立しているのであるから,

解除権の行使が(相続開始後)法定申告期限前で あっても,契約がなかったものとして申告するこ とはできず,更正の請求を行う必要があるとの見 解も生じ得るが,実体法上,法定申告期限におい て解除権行使後の課税標準等となっているのであ るから,このような二段階の手続をとることを法 は 要 求 し て い る と 考 え る べ き で は な い で あ ろ う(9)。したがって,相続税法が解除の遡及効を前 提とする場合には,本件において請求人が取得財 産を土地建物として期限内申告したことに違法性 はないと考える。

一方,相続税法が解除の遡及効を前提としない 場合には,解除権行使前の申告が過大申告となら ず,国税通則法施行令第6条第1項第2号に基づ く更正の請求は認められない。これは,相手側の 事情により解除権が行使される場合でも同じであ る。そこで,相手側による解除権行使の場合は,

納税者に酷な結果とならないように,その事実を 捉えて,売買残代金請求権が確定的に売主に帰属 していなかったものと推認して取り扱うことが考 えられる。しかしながら,相続開始後に生じた相 手側の事情により解除権が行使される場合もある ことや,相続開始後の解除権行使に果たしてそれ ほど強い推認ができるのか疑問があり,相手側の 解除権行使のみを理由にそのような扱いを認める ことは妥当ではないと思われる。

解除の遡及効は相続税法の適用の前提とな るか

国税通則法施行令第6条第1項第2号は,前述 のとおり,解除の遡及効が租税法に影響する場合 があることを示している。一方,事業所得に係る 所得税や法人税の取扱いにあっては,「例えば,

売買が取り消されても前期以前の売上時点に遡ら ず取消しのあった当期の収入から控除される等の 会計慣行があり,その様な会計慣行を前提として 課税標準が算出されていることから,この後発的 な更正請求事由の大部分が適用されない」(10)と されており,解除の遡及効が租税法には必ずしも 影響しないことを示している。このように,解除

の遡及効が租税法に与える影響は一律でないこと から,個別税法ごとに検討していく必要がある。

イ 原処分庁の主張について

原処分庁は,相続税法では解除の遡及効が前提 とならないとして,上記4盧ロのとおり,「相続 税は,相続開始時を課税時期として,被相続人が 生前に形成した財産について評価を行って課税価 格を計算するものであり,経済的成果たる所得を 課税標準としているのではない」ことをその根拠 に挙げている。

原処分庁のいう「相続開始時を課税時期として,

被相続人が生前に形成した財産について評価を行 って課税価格を計算するもの」であることが,相 続税法において解除の遡及効を否定する十分な根 拠といえるかは疑問である。解除の遡及効は,も ともと売買契約がなかったこととして遡及的に扱 うものであり,売買契約がなかったのであれば,

被相続人が生前に形成した財産に売買代金請求権 が含まれないとする考え方も否定できない。また,

例えば,所得税においては,一時点の評価ではな いものの,暦年の12月31日に当該年分の納税義務 が抽象的に成立し,その確定のために当該年分の 課税標準等を算出するのであり,一定時点までに 形成された課税物件を課税の対象とする点では,

相続税法と所得税法との間に決定的な相違がある とは思われず,租税法における解除の遡及効につ き,その扱いを異にすべき根拠とはならないよう に思われる。

次に,「経済的成果たる所得を課税標準として いるのではない」として,所得を課税物件とする 租税(所得税,法人税)と対比しているが,課税 物件の違いが解除の遡及効とどのような関係にあ るのか説明が欠けている。また,所得を課税標準 とする税は租税法上解除の遡及効があることを暗 黙の前提としているように見受けられるが,その 前提が妥当であるかも明らかではない。この点に 関し,金子宏教授は,後述のとおり,経済的成果 たる所得が課税の対象であるときは,経済的成果 が現に生じている又は残存している限り課税は妨 げられない旨述べておられるが,この文脈は,課 税の対象が経済的成果たる所得の場合は法律行為

(10)

の無効や取消し(遡及効において解除権の行使と 取消しとを区別する理由はないので,以下,解除 を含めて「取消等」という。)があっても経済的 成果が失われない限り課税要件を充足する(課税 に影響しない)とするものであり,むしろ遡及効 が直ちに働かない税として経済的成果たる所得を 課税標準とする税を説明しているのである。また,

事業所得に係る所得税法や法人税法は,基本的に 解除の遡及効を前提とする取扱いをしていない。

これは,それらが継続企業を前提とする会計慣行 に基礎を置いているからであり,それら税法の固 有の性格によるものということができる。そして,

所得税法においては,事業所得等につき,解除等 による損失の生じた年分の必要経費に算入する旨 を規定(所得税法第51条第2項,同法施行令第141 条第3号)し,また,法人税法においては直接の 規定はないものの,同法はいわゆる公正処理基準 を採用(法人税法22条第4項)して遡及的な調整 をしないのであるから,それらと対比しても相続 税法と解除の遡及効との関係を説明する根拠には なり得ない。

最後に,相続税法において,例えば,解除権が 付与されている贈与契約につき解除が行なわれた 場合,受贈者は国税通則法施行令第6条第1項第 2号に基づく更正の請求により減額更正を受ける ことができ(個別通達昭39.5.23直審(資)22⑨), 一方,贈与者は当該贈与財産を贈与しなかったも のとして登記名義を贈与者に戻しても課税関係は 生じないとして扱われている(同⑧)。この場合,

贈与者が死亡しているときには,その相続人が当 該贈与財産を承継したものとして当該相続人の相 続税の課税価格に算入することとされる(同⑩)。 このような取扱いをみる限り,特段の弊害がない 限り,相続税法において解除の遡及効を認めるこ ととしても違和感はないようにも思われる。

ロ 私法上の法律行為と租税法との関係

上記イから,原処分庁の主張は,相続税法にお いて解除の遡及効が前提とならないことにつき十 分な根拠を示しているとはいえないように思われ る。一方,解除の遡及効が前提になるとする請求 人の主張も,前述蘯のとおり,その根拠を欠いて

いる。そこで,私法上の法律行為と租税法との関 係についての学説等を参考に,一般論に戻って検 討を行うこととする。なお,売買契約の解除の遡 及効が相続税の事案で争われることは稀であり,

通常,譲渡所得に係る所得税や贈与税の事案で争 われていることから,それらの裁判事例等を基に 推論する。

私法上の法律行為と租税法との関係につき,金 子教授は,「租税法は,種々の経済活動ないし経 済現象を課税の対象としているが,それらの活動 ないし現象は,第一次的には私法によって規律さ れている。租税法律主義の目的である法的安定性 を確保するためには,課税は,原則として私法上 の法律関係に即して行われるべきである。」とし た上で,取消等があった場合の租税法に及ぼす影 響につき,「課税の対象が私法上の行為それ自体 ではなく,私法上の行為によって生じた経済的成 果―たとえば所得―である場合には,その原因た る私法行為に瑕疵があっても,経済的成果が現に 生じている限り,課税要件は充足され,課税は妨 げられないと解すべきである。後に,原因たる行 為の瑕疵を理由として経済的成果が失われた場合 に,更正がされなければならないことは,いうま でもない。これに対し,課税の対象が私法上の行 為それ自体である場合や,私法上の行為の法的効 果である場合には,課税対象たる私法上の行為が 無効であれば課税要件は最初から充足されず,ま たそれが,取り消しうる瑕疵があったため取り消 された場合には,遡って課税要件は充足されなか ったことになると解すべきである。」(11)(以下「一 般的解釈」という。)と述べておられる。所得を 課税標準とする租税法の適用において,判例,学 説は,いわゆる経済的成果説を広く支持している といわれるが,上記の一般的解釈も,取消等があ った場合の民法上の遡及効と租税法との関係を経 済的成果説の立場から整理したものであり,一般 に支持されている考え方とみることができる。

経済的成果説によると,少なくとも経済的成果 が残っている間は,民法上の遡及効が遮断される こととなる。しかし,原状回復(代金の返還)に より譲渡所得が消滅した場合,所得税法上,譲渡

(11)

が行われた年分に遡及して減額調整をすることと なるのか,原状回復が行われた年分で減額調整を することとなるのかは,判然としない。この点に つき,金子教授は,原状回復後は遡及して減額調 整がなされると解しておられるようであるが,占 部裕典教授は,「私法上の『遡って法律行為が無 効』あるいは『当初から法律行為が不成立で無効』

であるといった法的効果は,単年度課税主義のコ ンセプトのもとで各課税年度において生じた課税 要件事実の滅覆といった効果まで引き起こすとは いえないであろう。」(12)と述べ,法律行為が無 効となるまでは法律上又は事実上当然に課税要件 事実を充足し課税が行われていることを前提とす る(13)と,経済的成果説によれば,むしろ取消等 の事実が生じた年分で減額調整すべきことになる のではないかとしている。

課税庁も経済的成果説を採っているといわれ る。そして,譲渡所得については,その原因とな った売買契約が取消等された場合,譲渡が行われ た年分に遡って減額調整していると推測される。

これは,譲渡所得の発生が一般に単発・不定期で あるので,発生年分に遡ることなく取消等の事実 が生じた年分で減額調整することになると,減額 できる所得がないことが想定され,担税力に応じ た適切な減額調整ができないからである。

裁判所も経済的成果説を採っているといわれ る。そして,譲渡所得につき,平成2年5月11日 最高裁判決は,譲渡行為が無効であり,その行為 により生じた経済的成果が,その行為が無効であ ることに基因して失われたときには,譲渡所得が 遡及的に消滅する旨判示しており,課税庁の上記 の扱いを裏付けている。ただし,同判決は遡及の 理由を示していないので,民法上の遡及効による ものか,租税法上の遡及的な扱いなのかは明らか ではない。

以上,経済的成果説の下では,原状回復後も民 法上の遡及効が遮断されるのか,あるいは原状回 復後は民法上の遡及効が働くのか,明らかではな い。前者であれば,民法上の遡及効が所得税法に 及ばないことになり,後者であれば,原状回復を 停止条件として民法上の遡及効が及ぶと考えるこ

とができる。課税庁が,原状回復後に譲渡が行わ れた年分に遡って減額調整していることは,民法 上の遡及効が前提となるのであれば説明を要しな いが,民法上の遡及効が譲渡所得に係る所得税法 の適用の前提とならないのであれば,所得税法の 趣旨・目的に沿って租税法上の遡及的な扱いを認 めているものと考えられる。

ハ 相続税の課税対象と遡及の可否

上記の一般的解釈によれば,民法上の遡及効の 租税法への影響は,課税の対象が何であるかによ っている。本件では,相続税の課税対象が問題と なるが,相続税の課税物件は相続により取得した 財産であり,本件売買契約の締結・解除自体やそ の法的効果である売買代金請求権の発生・消滅は 相続税の課税対象ではない。したがって,解除の 遡及効により民法上売買代金請求権が消滅したと しても,相続税法上,必ずしも相続開始の時点に おいて売買代金請求権がなかったものとして扱う ことにはならない。

次に,相続税の課税対象が経済的成果であるか 否かについて,経済的成果であることを直接に判 示した裁判事例は見当たらないが,贈与税につい ては,平成13年3月15日東京高裁判決が,「贈与税 は,贈与契約等の原因行為そのものではなく,そ の結果として取得した経済的成果に担税力を認め て課税するものであるから,仮に原因行為が実態 的に無効であるとしても,当該経済的成果が原因 行為の無効を起因として現実に除去されない限 り,贈与税の課税物件(課税客体)を欠くことに ならないものと解するのが相当である」と判示し ており,贈与税の課税対象が贈与の結果として取 得した経済的成果であることを明らかにしてい る。そして,贈与税が,相続税の補完税であるこ とや,相続税と同様に財産の無償移転に担税力を 認めて課税するものであることにかんがみれば,

相続税の課税対象は,相続により承継した財産そ のものではなく,相続の結果として取得した経済 的成果であるということができる。また,所得税 の課税物件(所得)は,相続税のそれ(財産)と は異なるものの,現行の所得税法が採用する包括 所得概念の下では,相続等による財産の取得も所

(12)

得税法における所得を構成すると考えられ,それ がゆえに所得税法第9条第1項第16号は,「相続,

遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」を 非課税所得として所得税法の適用対象から除いて いるのであり,この点は,年金払方式の生命保険 に関し相続税と所得税の二重課税を認定した平成 22年7月6日最高裁判決が,「所得税法第9条第 1項15号(現行16号)にいう『相続,遺贈又は個 人からの贈与により取得するもの』とは,相続等 により取得し又は取得したものとみなされる財産 そのものを指すのではなく,当該財産の取得によ りその者に帰属する所得を指すものと解される。

そして,当該財産の取得によりその者に帰属する 所得とは,当該財産の取得の時における価値に相 当する経済的価値にほかならず,これは相続税又 は贈与税の課税対象となるものであるから,同号 の趣旨は,相続税又は贈与税の課税対象となる経 済的価値に対しては所得税を課さないこととし て,同一の経済的価値に対する相続税と所得税と の二重課税を排除したものであると解される。」

と判示しているところである。したがって,相続 税と所得税は,課税物件が異なるものの,いずれ も原因行為の経済的成果を課税の対象としている ということができる。

上記の一般的解釈によれば,課税の対象が経済 的成果である場合に民法上の遡及効が働くか否か は,原状回復が必要条件となっているが,原状回 復が行われれば民法上の遡及効が働くことになる のかは必ずしも明白ではない。一方,租税法の適 用であるから,遡及して減額調整するべきか否か は,各税法の趣旨・目的に影響を受けるのは当然 である。また,民法上の遡及効を前提とすると租 税法の趣旨・目的に沿わない結果となる場合は,

租税法が優先すると考えるのが妥当である。原処 分庁の指摘する前記5(2)の諸規定を踏まえると,

相続税の課税は,基本的に,相続時の現況によっ て判断することとされており,また,解除権の行 使前においては,売買代金請求権を含む相続財産 が課税の対象となり,有効に課税要件を充足して いるのであるから,遡及による減額調整を認めな いと相続人に酷となるような特段の事情がない限

り,遡及を認めないことが原則的な扱いとなるべ きであろう。本件においては,相続人らの自由意 思で解除権が行使されており,遡及を認めないと 相続人らに酷となるような特段の事情があるとは 認められず,逆に,遡及を認めると,相続開始後 の相続人らの事情や自由意思により国の租税債権 の額が左右されることになり,民法上の遡及効を 前提とすることには問題があることから,遡及効 を前提とするべきではないと考える。一方,売買 の相手側が解除権を行使するなどの相続人らの事 情によらないものについては,遡及することなく 減額調整することはできないのであるから,譲渡 所得の場合と同様に,特段の事情があるものとし て,租税法上の遡及的扱いを容認すべきと考える。

ところで,相続税法においても,解除の遡及効 により売買契約がなかったと解されるとしても,

その遡及効がどこまで及ぶのかは別途検討する必 要があると思われる。本件で争われている経済的 成果の原因行為は相続による財産の承継であって 本件売買契約ではなく,また,土地建物を現実に 売却しているのであるから,本件売買契約の解除 と相続による経済的成果の消滅との間には,仮に 本件売買契約がなかったのであれば経済的成果も なかったはずであるという観念的な因果関係があ るにすぎない。本件においては,解除の遡及効に より民法上本件売買契約がなかったことになり,

売買代金請求権も消滅するのであるが,契約当事 者間の原状回復を超えて,さらに遡及効を認め,

売買代金請求権を相続において承継した事実も遡 及的になかったことになるのかは民法上も必ずし も明らかではない。まして,本件売買契約の解除 を相続税法上の本件経済的成果の消滅に直結させ る必然性があるのか疑問がある。これと比べると,

売買契約や贈与契約が取消等された場合は,それ らの契約が消滅する経済的成果の原因行為である ことから,それらの取消等と同時に租税法上も譲 渡又は贈与の経済的成果が消滅することになり,

本件とは前提を異にする。また,売買契約の時か ら相続の開始時までに時間が経過しているが,仮 に,売買契約がなく相続開始時点で被相続人が土 地建物を有していたと考えるとしても,この間に

(13)

土地建物の経済価値や法律関係になんらの変化も なかったとして扱う根拠はない。民法が「解除権 の遡及効は第三者を害することはできない」とし ているように,民法においても遡及効により売買 契約の時から解除権行使の時までのすべての法律 関係を原状回復させようとしているわけではな い。民法上の遡及効が解除権行使の時までの本件 売買契約に関連して生じた租税法その他の法律関 係にどこまで影響するのか,民法の観点からも議 論が生じよう。

最後に,本件を担税力の発生・消滅の観点から みると,相続人らはいったん売買残代金請求権を 行使できる立場にあったのであるから,相続人ら にはすでに売買残代金請求権の額に相当する担税 力が生じていたといえる。したがって,本件は,

相続による経済的成果が遡及して失われたのでは なく,相続人らが相続後に自ら財産(解除権付売 買残代金請求権)を処分(解除権の行使)したに すぎず,相続税法上,相続時に遡及して,担税力 が異なっていたものとして取扱うのは合理的でな いと思われる。

ただし,原則論はともかく,本件においては,

請求人らが法定申告期限前に売買契約を約定解除 し,その事実を前提として期限内申告しているこ と,手付倍返しを行っているなど租税回避のため の契約解除とは考えられないこと,請求人らは結 果として土地建物を取得していることなどから,

本件において遡及を認めたとしても課税上大きな 弊害があるといえず,本件期限内申告をことさら 問題にする必要はないのではないかとの意見も理 解できる。

6 相続財産の種類・区分を誤って過少 申告した場合の扱いについて

本件裁決の認定によれば,本件相続財産が売買 残代金請求権であるとして申告すべきところ,誤 って,土地建物であるとして請求人が申告したこ とになる。一方,請求人らは申告期限前に売買契 約の約定解除をしており,結果として,土地建物 を取得したことから,遺産分割においても本件相

続財産が土地建物であるとして分割協議を行い,

本件申告をしている。この結果,土地建物という 相続財産は存在せず,新たに相続財産と認定され た売買残代金請求権は未分割の状況にあるので,

課税処分においては,売買残代金請求権を未分割 財産として扱い,法定相続分を各相続人がそれぞ れ取得したものとして課税価格を計算すべきこと になる。そして,その後,未分割財産の分割が行 われた場合に,再計算して,相続税法第32条第1 号に基づく更正の請求を行うという手続をとるこ ととなる。しかしながら,民法上,土地建物が相 続財産であるとすれば,分割協議は適法に行われ ており,相続税法の更正の請求を行うだけのため に,民法上存在しない相続財産につき,形式的な 分割協議を行うことを要求することになり,また,

民法上無効な分割協議による更正の請求が認めら れるのかという疑問も生じる。本件においては,

相続税法の予定していない状況が生じていると考 えられるので,このような場合には,相続人らの 認識とは異なるが,土地建物の分割の割合で相続 人らが売買残代金請求権を取得したものとみなし て取り扱うなど,柔軟な対応が必要であると思わ れる。

おわりに

本件は,相続開始の時点において,売買残代金 請求権が売主に確定的に帰属しているか否かとい う事実認定の問題と,約定解除権の行使による民 法上の遡及効が相続税法においても前提となるか という法解釈が問題となっている。前者について は,これまでに基本的な考え方が定着しているの で,原処分庁は,事実関係を総合勘案してその考 え方に当てはめ,売買残代金債権が確定的に売主 に帰属していたと判断しており,その判断は妥当 であると考えられる。後者については,相続税が,

相続開始時を課税時期として,被相続人が生前に 形成した財産について評価を行って課税価格を計 算するものであるので,相続開始後の事情は一切 考慮されないとする伝統的な考え方に基づき,原 処分庁は,本件において民法上の遡及効は影響し

(14)

ないと判断している。本件では,請求人らが解除 権を行使せざるを得ない「やむを得ない理由」が なく,請求人らの自由意思により解除権が行使さ れたにすぎないので,相続開始後の相続人らの事 情や自由意思により,相続開始時点で成立した国 の租税債権が減額されることは原処分庁として容 認できないことも理解できる。しかしながら,相 続税法上,解除の遡及効が認められないとする明 確な根拠がないことや,相続開始後の事情は一切 考慮されないとする解釈は,法定解除の場合や相 手側による約定解除の場合など,請求人に酷とな ると思われる事例を生じさせることから,後者に ついての判断は異論も生じるところである。

本件では,請求人らが法定申告期限までに売買 契約の約定解除権を行使して,原状回復した上で,

売買契約の締結がなかったものとして申告してお り,手続法上の制約はないと考えられるので,純 粋に,実体法である相続税法の適用上,解除の遡 及効が前提となるか否かが問われている。私法上 の法律効果と租税法の適用との関係についての金 子教授の見解によると,解除の遡及効が相続税法 の適用上必ずしも前提になるとはいえず,遡及を 認めるか否かは,相続税法の趣旨・目的に照らし て判断すべきものと考える。

本件においては,相続人らの自由意思で解除権 が行使されており,遡及を認めないと相続人らに

酷となるような特段の事情があるとは言えず,逆 に,遡及を認めると,相続開始後の相続人らの事 情や自由意思により国の租税債権の額が左右され ることから,遡及を認めるべきではないと考える。

ただし,解除権の行使に至った事情によっては納 税者に酷となる場合が生じ得るところ,事情によ っては相続税法上の遡及を認め,国税通則法施行 令第6条第1項第2号に類する事由が生じている として更正の請求を容認し,あるいは売買がなか ったものとする期限内申告を認めることがあって もよいのではないかと思われる。

(1) 平成12年11月29日名古屋高裁判決など

(2)「土地評価の実務・青木公治編」大蔵財務協会

(3) 昭和62年7月10日最高裁判決参照

(4) 訟務月報50巻7号2223頁

(5) 国税通則法精解307頁

(6) 昭和61年7月3日東京高裁判決:訟務月報33巻4 号1024頁

(7) 訟務月報33巻4号1024頁

(8) 平成2年5月11日最高裁判決参照

(9) 平成21年2月27日東京地裁判決参照

(10)「国税通則法精解」大蔵財務協会 志場喜徳郎 ほか著307,308頁

(11)「租税法第14版」弘文堂 金子宏著p108

(12)「私法上の『遡及効』と課税関係」(北野古稀 記念論文集) 占部裕典稿p296,297

(13)平成12年9月29日東京地裁判決参照

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