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ナム・スオン『安南のフランス人』

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(1)

本稿を含め上・下

2

回連載の予定で、20世紀ヴィエトナム人作家、ナム・ス オン(

Nam Xu’o’ng, 1905-1958

)の三幕喜劇『安南のフランス人』(Ông Tây An

Nam)

(1931年)(1)をとり上げ、その抄訳と解説を試みる。

本来、研究成果の公開、学術活動の記録を目的として編纂されている『人文学 報』に、作品からの長い訳文を掲げるのは不適切かとの懸念もあったが、

(1)ナム・スオンの作品としては、これが日本で初めての翻訳の試みである

(フランス語、英語、その他の言語による訳書も――筆者の知る限り――いまだ存 在しない)

(2)本作品が台詞の絶妙なやり取りを基盤として成り立つモリエール風の喜 劇とあって、一部なりとも「場」単位の長い訳文を掲げずしては、諷刺、皮肉の 読解、時代背景への洞察、ならびに筆者自身による注解がきわめて困難となり、

ややもすれば一側面だけを強調した偏頗な作品紹介にもなりかねない。

(3)拙訳ながらも主要部分のまとまった訳文を掲載することにより、ヴィエ トナム語ヴィエトナム文学の専門家諸氏からのご批判、ご指摘を待ちたい。

という理由により、やや特殊な事例として作品からの長い抄訳を掲げ、出来る だけ筋の展開に沿って解説を加えることとした(本稿「上」においては作者紹介 と第一幕からの長い抄訳を掲げ、次回「下」において、第二幕、第三幕の概要紹 介と作品の主題分析を試みる)

『人文学報』の「フランス文学」部門においてヴィエトナム人作家の作品を紹 介し、論ずることの適不適に関しては、

(1)喜劇『安南のフランス人』が、今日の目にはやや古風に映る北部ヴィエ

ナム・スオン『安南のフランス人』

――抄訳と解説(上)――

菅 野 賢 治

(2)

トナム語に加えて、主人公クー・ランとその通訳キエウ、その他数人の「フラン コフォーヌ」の登場人物の台詞として歴然たるフランス語を盛り込んだ、いわば

「越・仏二重言語」の作品となっていること。

(2)植民地時代の「フランス化」した安南人(ヴィエトナム人)という喜劇 の主題そのものが、「フランス第三共和政下の植民地文学」ならびに「フランス 領インドシナ時代のヴィエトナム文学作品におけるフランスの表象」という筆者 の研究テーマに密接に関わるのみならず、現・旧「フランス語圏」文化を考える 上で貴重な示唆を与えてくれるものと考えられる。

以上、2点を特に強調しておきたい。

本稿は、日本国文部科学省「教育内容改善等に関する若手教員等の海外派遣」

(2003

3

13

日〜

2004

1

9

日)により、ヴィエトナム社会主義共和国 ホーチミン市人文社会科学国家大学に在外研究員として籍を置くなかで、着想、

起稿されたものである。受け入れ機関となってくださった同大学国際学術事業局 局長チャン・ディン・ラム先生、フランス文学部学部長ファム・ティ・ニュー・

ホア先生、副学部長チャン・ミン・ヴィエト先生、また、現・旧越仏関係につい て 常 に 貴 重 な 情 報 を 提 供 し て 下 さ っ た ホ ー チ ミ ン 市 「 越 仏 文 化 交 流 学 院 」

(IDECAF)文化事業担当ファム・ティ・トゥイ・ゴックさん、さらには、筆者 のヴィエトナム語文献調査を効果的に手伝って下さった上記ホーチミン市大学東 方学部日本語学科

4

年、グエン・アイン・トゥーさんに、あらかじめ深い謝意を 申し添えねばならない。

底本としては、ハノイの国家図書館とパリのフランス国立図書館に保存されて いるオリジナル版の複写入手が間に合わなかったため(ホーチミン市総合科学図 書館にオリジナル版は保存されていない)、当座、『ヴィエトナム文学総集』第

23

巻所収の再録版(2)を用い、明らかな誤植、脱字をその都度修正することとし た(現在、フランス国立図書館に原本の複写を手配中である)。訳出作業は、筆 者が越日、越仏、越英、ならびに数種の越越辞典を慣れない手つきで繰りながら 作成した下訳を、上記、チャン・ミン・ヴィエト先生が、口頭で、フランス語を 媒介言語として逐一確認し、補正するという手順で進められた。南部出身の先生 ご自身、北部独特のやや古い言い回しの説明に時折手を焼きながらも、ヴィエト ナム語読解力においてきわめて未熟な筆者に懇切丁寧な解説をほどこして下さっ

(3)

た。その並々ならぬご努力、ご忍耐に深くお礼申し上げたい。その上でなお避け 得なかった訳文の不備、不適切が、本稿の筆者一人の責任に帰するものであるこ とはいうまでもない。

『安南のフランス人』の作者ナム・スオンについては、これまで長い間、ヴィ エトナム人名事典、文学史、演劇史の概説書や、フランス語、英語で編まれた文 学選集(3)に手短な解説が掲げられるのみで、その生涯に関する詳細はほとんど 不明のままであった。近年(2001年)にいたり、文芸批評家グエン・ホアが、

現在ハノイとホーチミン市に住むナム・スオンの子孫らと連絡を取り、得られた 情報を「『安南のフランス人』の作者について」(4)として『雑誌文学』に掲載し たことから、ヴィエトナム人読者の目にもようやく作家の全体像が輪郭を表し始 めたところである。以下、ナム・スオンの生涯に関する情報は、すべてグエン・

ホアの記事にもとづく。

ナム・スオン(本名グエン・カット・ガック

Nguyê˜n Cát Nga.c

)は、1905年、

現バクニン省トゥーソン県の小邑フーケーに生まれた。縁戚関係の詳細は不明で あるが、その一族からは、歴史家グエン・ルオン・ビックや、初期インドシナ共 産党の若き指導者グエン・ヴァン・クー(1912

41

年)が出ている。ハノイに 出て、「保護領中学」

(通称「ブオイ中学」)を卒業した後の足取りは不明であるが、

1926

年、21歳の頃、啓蒙思想家ファン・チュー・チンの追悼が引き金となって 全国に波及した反仏運動に積極的に加わり、一時、フランス警察当局に身柄を拘 束されたこともある(この時の実体験が『安南のフランス人』中、舞台上には姿 を現さないフランス官憲への言及の仕方を大きく決定づけていることは疑えな い)。釈放後、高等専科(カオダン)に入学し、建築技師の資格を取得。27年、

ヴィエトナム国民党結成に際して中核をなした出版社「ナムドン書舎」の一員と なり、グエン・タイ・ホック(1901

30

年、国民党初代議長。反仏蜂起を企て、

逮捕、処刑)、チャン・フイ・リエウ(1901

69

年、歴史家、『抗仏八十年史』

(1956年)の著者)らと交わる。二作の喜劇『愚か者』(1930年刊)『安南のフ ランス人』(1931年刊)の構想を温め、実際の執筆にいたったのも、この高等専

(4)

科時代、1927

29

年(作者

22

24

歳の頃)であったと推測される。

中等教育を修了するヴィエトナム人がいまだごく少数であった時代、高等専科 にまで進んで技師の資格を取得したグエン・カット・ガックは、相当のエリート 知識人であったと考えて間違いない。グエン・ホアの伝記記述による限り、彼が フランスに留学した事実はなく、留学を志した形跡もうかがうことができないが、

当時のヴィエトナム人エリートとしてフランス語に堪能であることは半ば当然で あろう。その上でなお、劇作品の一部をフランス語で書き記し、随所に巧みな言 葉遊びを散りばめたり、主人公にフランス語で詩作まで行わせたりする(第三幕 第六場)ほどの表現力を、どこで、いかにして身につけたのか。また、本稿でと り上げる『安南のフランス人』を一読しただけで容易に察せられるように、モリ エールの作品にいかに通暁し、口語喜劇の本質に関する洞察をいかにして深める にいたったのか、といった点も、残念ながら現在のところ詳らかにしない。

さらに残念なことに(この種の作品研究においては致命的な情報の欠如と言わ ざるを得まいが)、『安南のフランス人』が、1931年前後、実際に舞台にかけら れたのか否か――かけられたとすれば、いつ、どこで、いかなる劇団により、い かなる観客を集め、いかなる反響のもとに――という点も、資料による裏づけが いまだなされていないのが実状である(この点に関しては、本稿「下」において、

当時の演劇界全体の状況から推測して、『愚か者』『安南のフランス人』の二作が、

弱冠

25

歳の「原住民」作家のデビュー作であるにもかかわらず、ハノイ市民劇 場で上演される機会があったにちがいないと筆者が考える根拠を述べることにす る)。少なくとも『安南のフランス人』が、1931年というヴィエトナムにおける 反仏運動、民族主義思想の重要な転換期に

128

頁の冊子として出回った以上、フ ランス官憲、検閲当局の目に触れる機会は確実にあったわけだ。今日、『安南の フランス人』の再読にあたり、宗主国フランスの扱い方、植民地の住民(「原住 民」)という身分設定、ならびに、ヴィエトナム語(安南語)とフランス語の併 用という現実の捉え方が大いに注目され、同時に、解釈のために細心の注意が求 められる所以でもある。

イエンバイ蜂起(1930年)が失敗に帰し、「国民党路線には未来がないと見て 取った」(グエン・ホアの表現)グエン・カット・ガックが、30年代、いかにし てインドシナ共産党に接近していったのか、また、1940年、仏印に進駐した

(5)

「日本のファシストたち」(同)に身柄を拘束され、死刑宣告まで受けながら、い かにして処刑を免れたのかという点も、グエン・ホアの伝記記述のみでは今一つ 判然としない。確かなことは、1945年(40歳)「八月革命」の成功により自由 の身となり、翌

46

年、抗仏戦線に赴いた後、48年、インドシナ共産党に正式に 名を連ね、以後、「占領地区潜入知識人」としてハノイ、ナムディンで地下工作 に従事したという事実である。抗仏戦争期をつうじて、表向きには建築技師とし て公務に就き、地下活動として占領下のハノイ、ナムディンでフランス軍に関す る情報収集に当たりながら、多くの短編小説、歴史小説、年代記を書きためてい た。1950年には、短編集『沸き立つ塵埃』(Bu

. i phô`n hoa

)と二冊の歴史小説

『百越』

Bách Viê.t

『雄王』

Hùng Vu’o’ng

)を、在ハノイとされた架空の出版 社「クェーフオン」(故郷)から世に送り出している。

1954

年(49歳)初め、潜伏活動員としての身元が割れてフランス当局に逮捕 され、タインリエット、ついでホアローの監獄で幽囚の身となる。7月、ジュネ ーヴ停戦協定調印にともない、ふたたび自由を取り戻した彼は、「移住知識人」

としてサイゴンに送り込まれ、58年、53歳で没するまで、ヴィエトナム共和国

(南ヴィエトナム)で労働党の地下工作に専念した。サイゴンで地下工作に当た る労働党員が南ヴィエトナムにおける歴史教育政策に直接関わるというのも、そ のままではいささか解釈に苦しむ逸話であるが、グエン・ホアによると、1956 年、グエン・チュク・タイン(Nguyê˜n Trúc Thanh)との筆名のもと、南ヴィ エトナム国家教育省中等教育課の編集方針に沿うとのお墨付きを得てサイゴンの

「リエンヒェップ(連合)」出版社から刊行された浩瀚な『ヴィエトナム史記』

(Su/

Ky´ Viê.t Nam

)――古代から

1765

年までのヴィエトナム史をおおう全三巻

――は、ほかならぬグエン・カット・ガックの筆によるものであるという。

彼の死をめぐる詳細もいまだ不明である。死因については、病気、毒殺の二説 が伝えられてきたようだが、グエン・ホアは、新たに発見された

1958

1

15

日(死の前日)付けの家族宛の手紙――みずから直近の死を意識しているような 文面――を紹介しながら、毒殺説も捨てきれないとしている。

南北統一直後の

1976

年、ナム・スオンことグエン・カット・ガックは、ヴィ エトナム社会主義共和国より「烈士」の称号を追贈され、その亡骸はホーチミン 市の「烈士たちの墓地」に改葬された。

(6)

登場人物

クウ翁

58

歳、クー・ランの父、名声を好む(きわめて豪華な衣装)

クウ媼

55

歳、クー・ランの母、物事の是非にこだわる(田舎風の衣装)

クー・ラン[1](別名アルフォンス・ラン)28歳、クウ翁、クウ媼の息子、奇矯 滑稽(非常に派手なフランス風の衣装)

フアン老

60

歳、クウ媼の遠戚、謹厳な儒家(儒学者風の衣装)

キム・ニン

20

歳、フアン老の娘、温厚柔和(きわめて現代風の衣装)

タム・トゥー

27

歳、キム・ニンの恋人、風雅をわきまえている(ほどほどにフ ランス風の衣装)

キエウ

24

歳、クー・ランの従僕、尊大横柄(フランス風のズボンと、色 のまったく異なるフランス風の上着)

ボック

20

歳、クウ翁、クウ媼の従僕、臆病者(官吏の家のボーイと一目 でわかる衣装)

舞台配置

物語はハノイで展開する。クウ翁の家の応接間。古めかしい調度品がいかにも 官吏の家らしい風情で並べてある。漢文字の刻まれた扁額、柱の両側に対聯、陶 の台座、小壺、茶箪笥、黒檀の寝台、象牙牌〔官吏の身分証〕をつけた翁の大き な肖像写真、鉄製の収納箱など。舞台配置は三幕とも同じ。

第一幕

第一場 タム・トゥー、フアン老、クウ翁

クウ翁――おお、おお、タム殿、よくお越しくださった。ゆっくりしていかれ よ。

タム・トゥー――お二人に謹んでご挨拶申し上げます。(クウ翁に)本日は、お じさまに、また、御子息のクー様にご祝辞を申し上げるために参上いたしまし た。

クウ翁――(タム・トゥーに座るよう促し、お茶を飲み干してから)たしかに、

(7)

フアン老の方は愚息の母親の兄弟筋、そしてタム殿の方は愚息の友人じゃ。あ えて隠し立てはいたしますまい。ここ数日来、わしは、倅が官吏の役職に就け ますようにと、四方八方に手を尽くしているところなのじゃよ。

フアン老――なあに、そなたはお金持ちじゃ。思う存分、御子息の心配をなさる がよいさ。ただ、私の見たところでは、何もそんなに事を急ぐ必要はないんじ ゃよ。まずは彼自身の意向はどうなのか確かめて見んことには。それから、彼 は彼で自分の思うとおりにやればよい。あとは、彼が真面目で人並みの甲斐性 をもった人間になってくれさえすれば、それで十分なんじゃよ。

クウ翁――仰せのとおりじゃ。老のお教えには、わしも謹んで従わねばなります まい。

タム・トゥー――私といたしましても、御子息が一刻も早く官職に就かれますよ う願っております。ただ、官職に就かれる場合でも、官吏の仕事を商売人の仕 事と同じように考えないでいただきたいと思いますね。今日日、官職に就くと いうだけで莫大な元手が要るところへもってきて、いったん官吏になり、民衆 の父として、また母として振る舞わねばならなくなった時に、こちらから一銭、

あちらからも一銭という具合に民衆から金をかき集めて元手を埋め合わせる、

というわけにはいきませんからね。

クウ翁――まったく、タム殿の仰ることも、またその通りじゃ。

フアン老――御子息には、フランス文明の空気を適宜吸収しながら、みずからの 才能を陶冶し、それをわれらが社会のために役立てる人間になって欲しいと願 いたいところじゃな。まかりまちがっても、私利私欲の追求に走り、学識を見 失うような人間にはなって欲しくありませんのう。

クウ翁――いつもながらにして、老は高尚でいらっしゃいますなあ! で、タム 殿はいかが思われますかの?

タム・トゥー――私はと申しますと、御子息がしかるべき努力の末に利益の一端 を手にすることはむしろ望ましいことであると思います。ただ、いくばくかの 利益を手にした暁には、それをもっぱら自分一人で享受するか、さもなければ 貧苦に喘ぐ同胞たちに気前よく分けてやるか、どちらかにして欲しいですね。

まかりまちがっても「越」の民の財布から金を巻き上げ、それでもって「呉」

[2]の国の連中の財布を満たし膨らませるようなことはしてはならないと思いま

(8)

す。

クウ翁――トゥー殿、わしはどうも理屈というものが苦手でしてな。それよりも、

まずは倅に村長ぐらいの地位に就いてもらう方が先ですわい!・・・・・・(立ち上 がって、額を叩く)ああ、どうにも頭が痛い。(あくびをして)フアン老とト ゥー殿のお話をうかがっているうちに、だんだん眠気を催してまいりましたわ い![後略――フアン老とタム・トゥーが暇乞いの挨拶をする]

第二場 クウ翁(独話)

[略――クウ翁が、フアン老とタム・トゥーの衒学ぶりを世間知らずとして皮 肉り、その日にもフランス留学から帰ってくる息子クー・ランの出世栄達に寄 せる期待感を表明する]

第三場 キエウ、クー・ラン、クウ翁

[以下、ゴチック斜体字は原文がフランス語であることを示す――訳者註]

クー・ラン――これが私の家か?

クウ翁――おお、息子よ! よくぞ帰ってきてくれた!

クー・ラン――(顔をしかめて)何だ、この妙ちきりんな老人は?

クウ翁――父みずからお前を迎えに出ることが出来ず、まったく不本意じゃった。

しかし、母さんはどこじゃ? 母さんが迎えに出たはずじゃが?

クー・ラン――何と言っておる?

クウ翁――さあ、さあ、息子よ、ここに来て腰を下ろすがよいぞ!

クー・ラン――こやつ、まさか、この私を食ってしまおうというのではあるまい な。

キエウ――メッシュ〔ムッシュー〕、彼、自分、メッシュのパパ、ある、と。

クー・ラン――何? 私の父親だと? 何を馬鹿なことを。

キエウ――御老体、あんたが俺のご主人様の父親であるというのは本当か?

クウ翁――何をぬかしておる! お前、父親たるこのわしを忘れたとでもいうの か? お前がフランスに発つという時、遠路はるばるハイフォンの波止場まで 付き添って見送ってやったのは、このわしなのじゃぞ! 来る月も来る月も、

お前の勉学のために仕送りしてやったのは、このわしじゃないか! お前が試

(9)

験に見事合格したとの旨、タム・トゥー殿がどこかで聞きつけて、わしに知ら せてくれたので、即刻、父母のもとに帰って来いといって電報を打ったのも、

このわしなのじゃ。

クー・ラン――(クウ翁が話しているあいだ、注意深く観察するような素振りを 見せてから)そう言われてみれば!(クウ翁を胸に抱き、接吻しようとする)

お許しあれ、父君よ。瞬時に父君とは気づかなかったもので。

キエウ――俺のご主人様は、先程は父親であると気づかず、大変失敬いたしたと、

そう仰っている。

クウ翁――(みずからクー・ランをしっかりと抱き、首に回した腕を押し下げて、

椅子に腰掛けるよう促す)長い外国暮らしから帰ってきたばかりじゃ。忘れて いても仕方あるまいて。非難がましいことはなしにしようじゃないか。さあさ あ、まずは腰掛けて。

クー・ラン――(そっとクウ翁を押しやりながら)おお、臭っ! この原住民

(indigène)の臭いに危うく息が詰まってしまうところだった! もう二度と そのような真似はするなと伝えておけ!(ハンカチを取り出し、鼻の前を扇 ぐ)

キエウ――御老体、あんたはその体に染みついた本土(ba/

n xú’

)の匂いでもって、

危うく俺のご主人様を窒息死させるところであった。二度とそのようなことを しないよう、気をつけるのだぞ!

クウ翁――(愕然として)倅よ、お前がそんな話し方をしているのか? (キエ ウに)さては貴様が口から出まかせを?

キエウ――なにを! この爺め、俺様を一体誰だと思っているんだ?

クー・ラン――何を騒いでおる?

キエウ――私、彼、言う。私、メッシュ、ツウヤクあると。私、彼、ボーイ、違 うと。(クウ翁に)こう見えてもな、俺様は、この度、新たに学位を取得され たクー様の通訳、秘書にして・・・・・・。

クウ翁――なんだ。貴様とて、単にわしの倅の従者にすぎんのじゃないか?

キエウ――あんたの倅の従者だと言ってるんであって、あんたの従者ではない!

この、ウス汚い爺め!

(10)

クー・ラン――だから、一体どうしたというのだ?

キエウ――メッシュ、彼、メッシュこと、悪い、悪い、言う。

クー・ラン――(肩をすくめて)それが私に一体何の関わりがあるというのだ。

キエウ――(下唇を突き出して)どうだ、爺、今のが聞こえたか? ざまあ見 ろ!

クウ翁――お前、一体何と言っているのだ? なぜ、わしにも分かるように、わ しらの言葉で直に話してくれんのじゃ?

キエウ――メッシュ、彼、言う、メッシュ、馬鹿、間抜け、あると。

クー・ラン――いい加減にしろ! 相手の唇の動きから言葉の中身を察するぐら いの知性は、私にだって備わっている! 真面目に、忠実に、一語一語、言葉 どおりに訳すのだ。さもなければ首だぞ!

キエウ――ウエイ、メッシュ。私、メッシュ、忠実、ツウヤクある。どうだ、御 老体、まだ何か言いたいことがあったら言ってみろ。

クウ翁――なんと、お前は本当にわしらの言葉を話さなくなってしまったのか?

お前がそんな有様では、わしは慚愧に堪えんぞ、まったく(chê

´ t)!

クー・ラン――「チェット」! 何かにつけて、いつも「チェット」だ。一体そ れがどうしたというんだ?

キエウ――「チェット」! 何でもないことで、すぐに「チェット」と言うんだ な。それが一体何だというのだ?

クウ翁――わしは、お前が立派な成績で試験を通過できますように、そして父親 のもとへ帰ってきて一家の名声を高めてくれますようにと、そればかりを念じ て学費を送り、養い続けてきた。しかし、お前がこんな風に父親と話さえした がらないということが知れたら、世間様は、このわしを、そしてお前のことを、

一体何といって笑い者にするだろうことか!

キエウ――メッシュ、彼、言う。彼、メッシュ、食べ物やった、学校行かせた、

免状取らせた、マン・ダ・ランしてやった。それが今では、メッシュ、彼、話、

しない。彼ため、メッシュため、どちらも、大変、心配ある、と。

クー・ラン――だが、私を養い、学校に通わせることが彼の義務だったのではな いか? 今になって何を嘆くことがあろう?

(11)

キエウ――だが、俺のご主人様を育て、学校に行かせてやるのが、御老体、あん たの本分であった。一体、何が不満だというのだ?

クウ翁――それにしても、わしの倅が父親たるわしに向かってそんな口のきき方 をするはずがない。なあ、そうだろう、お前? まあよい。(一脚の椅子を指 さす)まずはここへ座って、わしの話を聞いてくれ。(こういって、みずから 正面の椅子に腰掛ける)

クー・ラン――この私に座れと言うのか!(クウ翁が指さした椅子に片足をかけ て)何も形式張ることはないさ。ほら、何か話があるのなら言ってみてくれ。

クウ翁――子をなしたからには、育て上げてやらねばならんのは当然のこと。し かし、子を育てるのがどんなに大変なことか、お前は親の身になって考えたこ とがなかろう? 一艘の渡し船があれば力を合わせて引っ張って川を渡り、重 荷があれば分かち合う、それが・・・・・・。

キエウ――待たれい! もっとゆっくり話してくれなくちゃあ困る。俺は学のな い人間だ。そんな風に、のべつ幕なし数珠を繰り出されたんでは、通訳しよう にも追いつかないじゃないか。(クー・ランに)彼、反対こと、言ってない。

彼、子供、作った。飯、食わせる、義務ある。ただ、子供、同じ、彼、知る、

義務ある。(クウ翁に)これでよしっと。さあ、続きを言ってみい!

クー・ラン――ああ! お説教なら真っ平御免だ!

クウ翁――徳高き孔子が教え諭しているところによればじゃな・・・・・・

キエウ――ちょっと待てってば、御老体。またぞろその数珠を繰り出されたんで は通訳などできないと言っているだろ? ご主人様はな、あんたからご主人様 に向かって理屈を繰り出して欲しくないと、そうおっしゃっているのだ。それ だけは我慢ならぬ、とな!

クウ翁――だが、お前、こんな理屈もわからんようになってしまったのか?

キエウ――メッシュ、彼、言う。メッシュ、コーシイワク、知らないか、と。

クー・ラン――コーシイワクだと? どこの馬の骨だ?

キエウ――ここでご主人様は、コウシとは何者か、と聞いておられる。(クー・

ランに説明して)それ、とても、偉大、メッシュある。中国人、安南人、みな、

彼、ソンケイする。

(12)

クー・ラン――なんだ、孔子のことか! そんな奴、背中を思い切り蹴っ飛ばし て、追っ払ってやれ。札付きのいかれ頭じゃないか。

キエウ――御老体よ、あんたは二度と孔子の理屈など話に持ち出してはならんよ。

なんとなれば、孔子先生は、頭から根が生えたようなどうしようもない馬鹿学 者にすぎず、そんな先生は尻を一発蹴飛ばして追っ払わねばならないんだよ。

クウ翁――まったく、なんたることを(チェット)! うちの倅が、かの聖賢を 蔑むような言葉を吐くとは、なんたることだ(チェット)!

クー・ラン――またしても「チェット」か! まあ、わが父君とやらよ、こちら の言うことも聞いてくれ!

キエウ――またまた「チェット」か! 「チェット」が一体どうしたというん だ? ちょっとはご主人様のおっしゃることも聞いたらどうだ!

クウ翁――わしは、てっきり、お前が立派に学を積んで帰ってきて、親の恩に報 いてくれるだろう、親族や村人の前でわしを鼻高々にしてくれるだろう、とば かり思っていた。ところが、どうだ。お前ときたら、さきほどから、かの聖賢 に対して不謹慎きわまりないことばかり言いおる。世間様は、わしのことを、

そしてお前のことを一体何と言うであろうか?

クー・ラン――お涙頂戴はよしてくれ! そのくどくどと訳の分からない話をや めさせるんだ! 彼には、ただ、私の話を聞けと、そう伝えろ!

キエウ――重々お願いしておく。その溜め息話はお仕舞いにしてくれ! そんな 話は聞いていて胸糞が悪い! 頼んでいるのはただ一つ、こちらの言うことを 聞くことだ!

クウ翁――そこまで言うならば聞いてやろうじゃないか。お偉方がどんな理屈を 身につけた末に、わしに対してそのような見下したような態度を取っているの か、言ってみるがよい。

クー・ラン――たしかに彼は私の父親だ。そのことは否定すまい。しかし、他方、

私はヨーロッパ人であり、この先もそうあり続けたいと思っているのだ。まず、

ここまで訳せ。

キエウ――御老体よ、あんたは確かにわがクー様の父親だ。しかし、一方で、わ がクー様は欧州人であり、それは絶対に変わりっこないのだ。

(13)

クウ翁――たいしたもんだ。つまり、こちらの御曹司は・・・・・・

クー・ラン――黙らせろ! 私の話が先だ。

キエウ――御老体、あんたの方で話し急いではならん。ご主人様がおっしゃるの を聞いていればよいのだ。

クー・ラン――よって、私としては、自分が汚らわしい原住民の一人とみなされ ることに我慢ならない。原住民と一緒にいるところを人に見られたくもなけれ ば、周囲二〇哩にわたって原住民の臭いを漂わせるような男を「父さん」と呼 ぶこともかなわんのだ。(顎で合図をし、キエウに翻訳するよう命じる)

キエウ――だから、ご主人様は、世間の目に本土の人間(

ngu’ò’i ba

/

n xú’

)の一人 として汚らしく見えることがどうしても我慢ならんのだ。本土の人間と同居し ているところを見られるのも嫌だし、御老体、あんたのように、二〇哩離れた ところに立っても、まだ本土の臭いがしてくるような人を「父さん」と呼ぶこ ともできんのだよ!

クウ翁――ああ天よ! 世も末じゃ・・・・・・

クー・ラン――ちょっと待て、爺さん。

キエウ――待てよ、御老体。

クー・ラン――一人の安南人を、ある正真正銘のヨーロッパ人の父親に仕立て上 げるという、この自然のグロテスクな営みになんらかの処置をほどこすため、

つまり、彼は彼で父親の権利を保持し、私は私でみずからの人種(race)の誇 りを保ち続けるために、残された解決法はただ一つ。彼が安南人であることを 止めることだ。

キエウ――一人の安南人官吏をしてある完全なる西洋人の父親たらしめるとい う、この造化の些細なる欠陥を解消したいと思うならば、つまり、御老体が父 親としての権利を守り続け、そして、わがご主人様の方でもフランスの民の正 祖にあずかる名誉を守り続けるために、やむなく、次の療法に訴えねばならな い。すなわち、御老体、あんたはこの先、安南人であってはならない!

クウ翁――安南人でなくなるなど、なんとしてできよう?

キエウ――彼、言う。安南人でない、できない、と。

クー・ラン――なぜ、できないんだ? それは思ったよりもはるかに簡単なこと

(14)

なんだ。まず、その見るも不快な衣服を脱ぎ捨てて、ヨーロッパ風の服に着替 えること。髭をひねり上げ、髪は短くすること。目が大きく見えるように、鉛 筆で縁取りすること。肌を白く見せるため、クリームを塗り、おしろいを叩く こと。これで最初の一歩は上出来さ!

キエウ――なぜできないのだ、御老体よ? 世間の人々が難しいと言っているの に耳を貸してはならん。むしろ、それが全然難しくない、と思うべきなのだ。

次のようにしなさい。そのみすぼらしい服を捨てて、洋服を着る。髭を短くま とめて、髪を切る。目が大きくなるよう、周囲に黒鉛を塗る。肌色が白々する よう、クリームを塗り、粉を叩く。これで上出来!

クー・ラン――その次は、安南的なるものすべてに対し、有無を言わせぬ軽蔑心 を露わにすること。言葉についても然り。この安南化する安南にあって最高度 に安南的なもの、そして、愚かしくも世間一般に「母国語」などと呼び慣わさ れている、この言葉だ。

キエウ――それから、安南に対する決然たる軽蔑の念をはっきりと表に示すこと。

話す言葉まで含めて、すべてだ。ああ、何て世間の人々は馬鹿なんだ? この 安南風の安南の国で力の限り安南風であろうとしているこの言葉を、産みの母 の言葉とみなすなんて?

クー・ラン――最後に、われわれとは異なる人種として生まれついた、この有象 無象の「ニャー・クエー」(田舎者)どもと今後一切関係をもたないようにす るため、彼は、私財をすべて金に換え、私に同行してフランスへ渡り、そこに 永久に腰を落ち着けること。こうすれば、彼だって、今の私と同じように根っ からのフランス人になれるんだ。

キエウ――さらに、「ニャー・クエー」どもの群との関係を避けること。今後、

彼らのことをわれわれとは異なる種の人間とみなさねばならない。そして、地 所をすべて売り払って、ご主人様に同行してフランスへ渡り、そこでじっとし ていること。こうすれば、御老体もご主人様のように生粋のフランス人になれ るんだが、どうだ?

クー・ラン――ああ、西洋文明の中心たるパリに暮らすことの魅力といったら!

空は常に晴れわたり、料理は最高級、女たちは喩えようもなく美しい。とくに、

(15)

あのモンマルトル。まさに歓楽の都さ。絶対に行くべきだよ、父さん。

キエウ――御老体も、パリ暮らしの素晴らしさを知っておくべきだ。天候は常に 良好、飯はほかのどこよりも美味しく、娘たちときたら、そりゃもう、美しい のなんのって! それから、あの「モン・マック」、悦楽の楼台といっても過 言ではない。なんとしても行かねばならん、わが家のご老人よ。

クウ翁――氏にお尋ねする。氏は、このわしに向かって、氏の母親と兄弟を見捨 て、氏のご先祖様の墓をうっちゃり、そして向こうへ渡ってフランス人になれ と、こう説き勧めているのか?

キエウ――彼、メッシュ、尋ねる、「メッシュ、彼、メッシュのママン、うっち ゃれ、言うか。メッシュの兄弟、捨てろ、言うか。メッシュのニャー(家)の 墓、ほっぽって、向こう行け、言うか?」

クー・ラン――そうだとして、一体何が悪いんだ? 何べんも同じことを言わせ ないで欲しいのだが、お涙頂戴は一切御免なのだ。特に、安南女性などと呼ば れ、一銭の価値もない、あの薄汚れた女どもに関してはな!

キエウ――御老体よ。わがご主人はこう仰った。「無駄な感傷、すすり泣きは御 免こうむる。あの薄汚れた連中が一体何の役に立つというのか。特に、それが メスである場合だ。もっともらしく『安南女性』などと呼んでみても無駄なこ と。安南の女どもは、どうもいけ好かない。

第四場 クウ媼、キエウ、クー・ラン、クウ翁

クウ媼――安南の女性が「いけ好かない」というのなら、いくらでも父さんにこ の私を見捨ててどこかへ行ってしまうよう、説き勧めるがいいわ。

クー・ラン――またあの女か。

クウ媼――お父さん、この私の息子とやらが警察を呼んだために、私は、さきほ どから今の今まで派出所に留め置かれてしまいましたわ。

クウ翁――チェット(何だと)! 倅よ、それは本当か?

クー・ラン――おお、こいつは逸品だ。(近くにあった小壺を手に取って眺める ふりをする)

クウ媼――この人に聞いてみれば、お分かりになります。(キエウに)あんた、

(16)

ちょっと話して差し上げなさい。

キエウ――おお、こいつは逸品だ。(近くにあった痰壺..

を手に取って眺める)

クウ翁――なぜそんなことに?

クウ媼――私、この子が船から降りる姿を見て、迎えに出ましたの。顔をあわせ るや否や、この子ったら、思い切り眉をひそめ、「このあばずれめ!」なんて 怒鳴るんです。きっと私の後ろにいる人に怒鳴ったんだろうと思って、振り返 ってみましたが誰もいません。たぶん、この子が人違いでもしているんだわと 思って、車寄せのところまでついて行き、そして、ほら母さんですよ、と言っ たんです。するとどうでしょう。この子は、警察の方に、私が盗み癖のある母 親で、手荷物から何かを盗んでやろうと彼にしつこく付きまとっているのだ、

なんて言うんです。私は派出所に連れて行かれ、長々と事情を説明した末に、

今しがた、ようやく釈放してもらいましたわ!

クウ翁――なんということじゃ! それは本当なのか、倅よ。(キエウに)わし に代わって、ちょっとぐらい訳してくれてもいいじゃろう?

クウ媼――あなた、下手なお芝居をしても、こちらはちゃんと分かっているのよ。

あなたは、十七、八歳になってからフランスに行ったの。一歳、二歳の赤ん坊 の頃に行ったわけではないのよ。もとの言葉を忘れてしまった、父さん母さん を忘れてしまったなんて、よくもそんな寝惚けたことを言えたものね?

クー・ラン――父さんにお尋ねする。父さんは、この安南人の口さがない婆さん を、一生、背負って生きていくなんて、耐えられるのか? この安南女の舌、

この手のつけようのないまでにお喋りな舌が、つまらんことに言いがかりをつ け、五代、十代と系図を遡ってまであなたを侮辱し続けるのに耐えていけるの か?

キエウ――ご主人様は、御老体に尋ねていらっしゃる。あんたは、一生涯、この 安南人の老婆を肩に担いで生きて行くつもりなのか? 本土の女の舌、この名 うてのお喋りな舌が、使い古した箒だのぼろぼろになった鍋敷きだのの話でい ちいち言葉を繰り出し、五代、十代とご先祖様まで遡ってあんたを罵り続ける ことに我慢できるか?

クウ媼――ほらご覧なさい。お父さんは、今ここで、この子があんな口のきき方 をするのをご覧になっていますけれど、キム・ニンのお嬢さんが常々言ってい

(17)

るところによりますとね、フランス人たるもの、女性に対してはとっても慇懃 な振る舞い方を心得ているということ。でも、フランス人がどうだこうだとい う前に、この子はこの子。私といたしましては、ただ、この子に言ってやりま しょう、「恥知らずの罰当たり」とね。

クー・ラン――ああ、忌々しい女だ! (大声を張り上げる)もう一度言ってお く。父さん、あんたに対してもだ。よろしいか、仮にあんた方二人が私の産み の親であり、私を養うのにさんざん苦労をし、それでも私を育て、学校に行か せたとしても、そのことについて私には何の責任もないのだ。その任務があな た方の肩にのしかかったのは、単なる偶然のなせる業である。何か文句がある のなら、その偶然を呪うがよい。

キエウ――(クウ媼が話そうとするのを押しとどめて)ちょっと待って、婆さん。

俺が説明してやるから、まずは話を聞いて・・・・・・

クー・ラン――それから、この口さがない、わが親愛なる母君とやらよ。この偶 然に文句を言う筋合いがあるのは自分一人であるなどと、くれぐれも思わない でいただきたい。その偶然によって最大の迷惑をこうむっているのは、この私 なのだから。なぜ、偶然は、この哀れな安南の国に私を産み落としたのか?

なぜ、あなた方のような原住民の「ニャー・クエー」などを両親とせねばなら なかったのか? それを考えただけで、私は死んでしまいたくなるんだ!

クウ媼――もうたくさん。私を愚弄するのにフランス語も中国語も必要ないわ。

もう飽き飽きよ。そうやって自分の父母を愚弄しているうちにね・・・・・・

クー・ラン――ああ、キエウ、この女に説明してやれ! この二人に説明してや れ! こんな話は私の方から願い下げだ、とな!

第五場 キエウ、クウ翁、クウ媼

クウ媼――まったく、なんて子でしょう! さきほどは警察の方々の前でとんだ 恥をかかされてしまいましたわ! ところで、あんた、さっき、うちの子は何 と言っていたの?

キエウ――奥様も妙な口のきき方をなさいますね?「あんた」とは一体誰のこと で?

(18)

クウ翁――おまえもちょっとは口のきき方に気をつけねばならんぞ。この方はな、

この度、新たに学位を取得されたクー様の通訳でいらっしゃるのじゃ。

クウ媼――だから何だっていうんですの?

クウ翁――この方が言葉を訳してくださるのじゃ。さきほどは、わしもそのこと をよくわきまえずに、この方を「貴様」呼ばわりしてしまったのじゃが、どう やら大変な失礼をしてしまったようじゃ。お詫びの印と申しては何じゃが、ど うぞ、これで何かの足しにしてくだされ。(こう言って、キエウに数枚の銀貨 を手渡す)

キエウ――そういうことでしたら! 旦那も、まずまず礼をわきまえた方とお見 受けいたします! 一生涯、旦那にお仕えして差し上げてもいいぐらいです な。

クウ媼――おやおや、ちょっとお金をもらったとたんに、こんなに甲斐甲斐しく なっちゃって!

キエウ――(クウ媼を睨みつけて)それに対し、奥さんの方と話をするのはずい ぶんと骨が折れるもんですな!

クウ翁――いやいや、うちの家内もな、そなたに差し上げるぐらいの小銭は持っ ていないわけではないんでしてな。どうぞ、これでお好きなものでも買ってく だされ。(ふたたびキエウに数枚の銀貨を手渡す)

キエウ――こいつはどうも。お二人とも、私のご主人様としてうってつけの方で すなあ。お二人には本当のところを包み隠さず申し上げますが、私は、今でこ そクー様にお仕えする通訳ということになっておりますけれども、私のような 通訳は、実のところ、そんじょそこらを探してもなかなか見つかるものではあ りませんでな。ご子息も、これまで何度かほかの人間を探そうとしたらしいで すが、その都度、やっぱり私を手放すことはできないとお考えを改めになった ようで。

クウ媼――はあ、そんなものかしらねえ。

キエウ――ええ、ええ。といいますのも、私は、誠実、忠実を身上とする人間な のでございます。通訳をするにあたって、私はまず、人をぺてんにかけたり、

嘘を申し述べたりしない人間であろうと心掛けます。私のご主人様があなた方

(19)

お二人にあれほど食ってかかるのは、私の方で、お二人がフランス語を解さな いのをいいことに有ること無いことを訳し伝えているからでは断じてないので ございます。それにまた、お二人がご主人様のことを理解できずにいらっしゃ るのは、私の方で、ご主人様がわれわれの言葉を話さないのをいいことに、ご 主人様のおっしゃることに言葉を付け加えたり、逆にそこから言葉を差し引い たりしているからでは決してありませぬ。これだけですでにおわかりのとおり、

私はそれなりの価値をもった人間なのですから、お二人には、世間一般の人々 の前で私を呼ぶに際しては、「お前」「あんた」ではなく「こちらの方」とか

「あなた様」とか言っていただければたいそう幸甚に思うわけでして。世の中、

万事このとおりなのですから、呼び名を一つ改めるのに何もけちけちなさるこ とはないでしょう!

クウ翁――こちらの方がそうおっしゃるのじゃ。母さんもよく心得ておきなさ い。

クウ媼――承知いたしました。それでは、あなた様、私たちに本当のところをお っしゃって下さいな。うちのクーは、これまで一度も私たちの言葉を話さなか ったのですか?

キエウ――申し上げましょう。ご主人様は完全に言葉を忘れてしまいました。と いうよりも、どうして忘れずにいられるのでしょう? この期に及んでは、お 二人も、ご子息を前になさって本物のフランス人に相対しているのだとお考え にならなくてはなりません。そうすることで、はじめて私のご主人様も納得し、

満足なさるのです。さきほどご主人様の言葉にもあったように、たしかにお二 人はご主人様の産みの親でいらっしゃるかもしれないが、それは単なる不慮の 出来事だったのですよ。あまり父母の権限を振り回すものではありません。ご 主人様に安南人であるよう無理強いしたり、安南の流儀に従って恩を返すよう に望んだりしてはならないのです。ご主人様がフランス人になりおおせたよう に、お二人もお気持ちを入れ替えることですな。それが出来ないということで あれば、万事休す。これからは、ご主人様と顔を合わせたりなさらないこと。

ご主人様を自分たちの子として扱ってもなりません。そんなことをしても諍い が生じるだけで、何の役にも立たないのです。

(20)

クウ媼――わかりましたわ。これからも父親は、思う存分、息子をフランスに行 かせてやればいい、ということですわね。

クウ翁――いや、単にわしらの家が福の神に見放されたがゆえに、こんなことに なってしまったんじゃよ。よその家では、息子をフランスに行かせた挙げ句、

こんな羽目になったりはしておらんぞ。

キエウ――まあ、お二人とも私の言うとおりになさることですな。

[後略――なんとしても息子と話をつけてやると言い張るクウ媼をクウ翁が押 し止め、善後策を練り直すこととする]

第六場 クー・ラン、ボック、キエウ

[略――クウ翁、クウ媼に仕える下男ボックが、クー・ランに「原住民」として 罵られ、殴打を喰らい、這々の体で退散する]

第七場 タム・トゥー、クー・ラン、キエウ

[中略]

タム・トゥー――(感情を込めて)ああ、久しぶりだ、ラン君。

クー・ラン――(きわめて冷淡に)ご機嫌よう。

(タム・トゥーがクー・ランを見て手を差し出し、握手を交わそうといそいそ 近づく。しかし、クー・ランはテーブルの上に用意されていたタバコの箱に手 を伸ばし、気づかない振りをする。

タム・トゥー――僕を忘れたのかい?

クー・ラン――(タバコを一服し、マッチを振り消す)どちら様でしたかな?

タム・トゥー――トゥーだよ、コレージュで同期だった・・・・・・。

クー・ラン――(天を仰ぎ見、タバコの煙を二、三度吐き出してから、肩をすく め)まあいいさ。そこに掛けたまえ。

タム・トゥー――変だなあ。君が僕のことを忘れたなんて、天地がひっくり返る ぞ。

クー・ラン――で、ご用件は?

タム・トゥー――ご用件だなんて。僕と君は、コレージュで机を並べ、本を貸し

(21)

合った旧友じゃないか。今、君が試験に合格して国に帰ってきて、もうすぐ官 職につくところらしい、とっても美人の奥さんももらうところらしいと聞いて、

お祝いを言いに来たんじゃないか。ただそれだけだよ。

クー・ラン――(タバコを差し出して)一本いかがかな?

タム・トゥー――いや、今はいいよ。

クー・ラン――リキュールでも一杯?

タム・トゥー――あとで喜んでいただくことにするよ。

クー・ラン――じゃあ、一体何がお望みなのかね? コーヒーでも運ばせよう か?

タム・トゥー――どうやら、君はあまり僕と話がしたくないようだね。僕が「天」

と言えば、君は「地」と返す。僕は君とゆっくり話がしたいと思って来ている のに、君は、僕が一本のタバコ、一杯のコーヒーが欲しくて来たとでも思って いるのかい? 僕はただ、学位取得試験での合格という大快挙を成し遂げたあ とで、次の[結婚という]ちょっとした快挙はいつになるのか、君に尋ねて、

そしてお祝いを述べたいだけなんだよ。まあいいさ。お互いゆっくりと話をし てから、それからタバコもコーヒーもいただくことにするよ。リキュールだっ て酌み交わそうじゃないか。

クー・ラン――実を申し上げて、私には何のことだか、さっぱり理解できません のでな。貴殿の方で、そのちんぷんかんぷんの安南語でご用件を述べていらっ しゃるあいだ、私の方では、残念ながら一切お答えできない、というわけで す。

タム・トゥー――そりゃまた、なぜだい?

クー・ラン――できないものは、できないのです。

タム・トゥー――なんということだ(チェット)。君がそんな風に故国の言葉を 蔑むのを見たら、みんな、おかしいといって笑うぞ。そりゃあ、サロンではフ ランス語が通常の礼儀に適った言葉になっているのかもしれないけど、今、僕 が君と再会して、楽しかったこと辛かったこと、何でも語り合おうという時に は、自分たちの言葉で話すのがよっぽど親身じゃないか?

クー・ラン――そのまま明日まで話し続けてくださって結構。ただし、私の方で

(22)

は一切お返事できませんがね。

タム・トゥー――(立ち上がって)わかったよ。君の方で僕らをそんなに軽蔑し ておいて、僕らの方では、もっぱら君の意向だけを尊重しろっていうんだな。

キエウ――(ここまでキエウは一言も発せず、行ったり来たりを繰り返し、もっ ぱら主人からお呼びがかかるのを待っていた)ご主人様があなたを軽蔑してい る、というのは正しくありませんな。ご主人様は、ただ、安南語が話せないの です。

タム・トゥー――お前のご主人様とやらだって安南人だ。安南語を話せないわけ がないだろう?

クー・ラン――どうした?

キエウ――メッシュ、彼、言う、メッシュ、安南人ある、でも、安南語、話さな いか、と。

タム・トゥー――(笑う)はっはっは。さすがにフランスの方は冗談がお上手 だ。

クー・ラン――(タム・トゥーの顔近くまで寄って来て)言わせていただくが、

そなたがそのように笑い声をたてる姿を見ること自体、それほど気持ちのよい ことではありませんのでな。礼節の限りを尽くして申し上げる。今すぐ、お引 き取りを。

タム・トゥー――わかったよ。失礼だっていうなら謝るよ。だが、君を見ている と、笑いだけはどうしてもこらえきれなくてね。いったいどこの世の中に、安 南人でありながら安南語を理解するのに通訳を使う人間がいるっていうんだ ね。

クー・ラン――加えて言うならば、そなたのような、一介の原住民の「ニャー・

クエー」(田舎者)が、みずからの同国人の群のなかに、この私までをも無理 矢理突っ込んでしまおうとするのが我慢ならないのだ。

タム・トゥー――こりゃ、驚きだ(チェット)! 君、本気でそんなことを?

クー・ラン――(キエウに)おい、ボーイ、こいつをとっとと追い出してしまえ と言っているだろう?

キエウ――(タム・トゥーに)どうぞ、お引き取りを! 私、正真正銘の安南人

(23)

として、悪いことは言わない。

タム・トゥー――しかし奇妙なものは奇妙じゃないか。

クー・ラン――急げといっているのがわからんのか?

キエウ――(タム・トゥーを外に追いやる)いいから、さっさと立ち去ってくれ と言っているだろう。これ以上、悪あがきをしても、足蹴りを喰らうのが関の 山だぞ!

(タム・トゥーがキエウに一発平手打ちを喰らわせる)

クー・ラン――お見事! それでせいせいなさったか。

タム・トゥー――お前のご主人様とやらにさえ、私の体に触れるような真似はさ せないところだ。ましてや、お前なんぞに!

クー・ラン――ああ、今の台詞ぐらいは理解できたよ!

タム・トゥー――氏にお尋ねする。私は、氏がフランス人であるなどとはついぞ 耳にしたことなどなかったが?

クー・ラン――たしかに、貴方のおっしゃるとおりだ。

タム・トゥー――氏には安南人のご両親がおられるので、てっきり氏も安南人と 思っていたが?

クー・ラン――もちろん! 当たらずとも遠からず、ですかな。

タム・トゥー――私が言っていることの方が正しいと、本当はそう思っているん だな。

クー・ラン――結構!

タム・トゥー――ふん、このろくでなしめ。(立ち去る)

クー・ラン――(握り拳を作って打ち鳴らし、タム・トゥーが去っていった方を 足で蹴り上げる)いまに目にものを見せてやるからな!

(第一幕の終わり)

(1) Nam Xu’o’ng , Ông Tây An Nam, Hà Nô.i, Nxb. Nam Ky´ / Nam

-

Di.nh, Nxb.

Tru’ò’ng-Phát, 1931 In-8°, 128 p. Thu’ viê.n Quô´c gia Hà Nô.i, M.6368(19) ;

Bibliothèque Nationale de France, Impr. 8-Indoch-1347. 原題 Ông Tây An Nam

(24)

中、Tây(西)とは字義通り「西」「西洋」を指し、フランス植民地時代以降、宗主 国フランス(Pháp)の同義語となった。ôngは、ほぼフランス語の

monsieur、日

本語の「氏」に相当する敬称であり、作者がモリエールの『プルソニャック氏』な どを意識していることは明らかと思われるが、「フランス人様」「フランス人旦那」

といった訳出には無理があるため、単に「安南のフランス人」とした。フランス語、

英 語 に よ る ヴ ィ エ ト ナ ム 文 学 史 、 作 品 紹 介 な ど に お い て 、 本 作 品 の 題 名 は 、

L’Annamite francisé, Le Français annamite, The Annamite Frenchman と訳され

ている。

(2)

/

ng Tá . p Va ˘ n Ho.c Viê.t Nam, tâ.p 23, Hà Nô.i, Nhà Xuâ´t B a

/

n Khoa Ho.c Xã Hô.i, 1997, pp.290-360.

(3) Nguyê˜n Kha˘´c Viê.n, Hu˜’u Ngo.c, Vietnamese Literature, historical background and texts, Hanoi, Red River(出版年不明、1975

年以降);

Anthologie de la littérature vietnamienne , Introduction et notes de Nguyê˜n Kha˘´c Viê.n, Nguyê˜n Va˘n Hoàn, Hu˜’u Ngo.c, L’Harmattan, 1989 ; Phan Kê´ Hoành, Huy`nh Ly´, Bu’o’c dâ`u tìm hiê

/

u li.ch su

/

’ ki.ch nói Viê.t Nam , Nxb. Va˘n Hóa, 1978 ; Tù’ – diê

/

n Va ˘ n ho.c ,

tâ.p 2, Nxb Khoa Ho.c Xã Hô.i, 1984

(4) Nguyê˜n Hòa, « Vê` tác gı

/

a vo

/

’ kich nói Ông Tây An Nam », Ta.p Chí Va˘n Ho.c , sô´

7, 2001, pp.60-65

[1] 主人公クー・ラン(cu/

Lân)の名前の中、cu

/(挙)には「選抜試験(科挙)に合 格した人間」「学士号取得者」「エリート」という意味があり、劇の筋書きにあわせ て「学士様」の意味合いが込められていることは明白である。登場人物名として

「学士ラン」との訳語を当てることも不可能ではない。また、クー・ランの両親

Cu’u Ông, Cu’u Bà

)の名前に当てられた

cu’u

(鳩)には「援助する」の意があり、

「フランスかぶれの学士様を(金銭的に)援助する親」という意味合いが皮肉とし て込められているように思われるが、いずれの場合も、その意味まで汲み尽くした 登場人物名として翻訳が困難であるため、そのままカタカナ表記し、ông(氏)、bà

(夫人)の訳語としてやや古めかしい「翁」「媼」を当てた。

[2]「中国、三国時代の東呉の国名――安南人が一般に中国を指して用いる」『越南字 典』

Ban Va˘n Ho.c, Hô.i Khai – Trí Tiê`n – -Dú’c Kho

/

i Tha

/

o, Viê.t Nam Tu.’ -Diê

/

n,

Hà Nô.i, Imprimerie Trung-Bác, Tân Van, Hanoi, 1931

「Ngô 呉」の項より。

参照

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