債権法改正における債務不履行法体系の基本構造
石 崎 泰 雄
序
一︑民法典の制定過程
二︑比較法
三︑債権法改正
1 新理論構成の導入
2 最高裁判例へのその適用
四︑結論序
明治二九年に制定され︑同三一年から施行され︑一世紀以上にわたり︑近代から現代に至るその進展に一定の役
債権法改正における債務不履行法体系の基本構造 ︵都法四十九ー二︶ 八五
八六
割を果たしてきた民法典の基幹部分たる債権法を中心とする部分の改正が行われる︒こうした改正は︑日本だけに
見られる現象ではなく︑世界的に見ると︑既に改正を終えた諸国があり︑またこれから改正へと向かう諸国も多い︒
こうした背景には︑国際的取引の拡大とその重要性の高まりがある︒このため国際的に統一された準則の必要性と︑
さらには各国内法がそれと著しい相違のないものであることが望ましいということになる︒
したがって︑取引法を中心とする法制度は︑必然的に世界的画一性を共有するものであることが必要であり︑世
界から孤立した独自の法体系では︑経済的にも優位性は保てない︒
この点を顧慮すると︑取引法を中心とした民法改正にあっては︑国際的・比較法的動向に適ったものでなければ
ならないということになる︒たとえそれが︑独自の優れた理論体系に裏打ちされて構築されたきわめて完成度の高
いものであろうと︑他の諸国の法制度との互換性を全く欠くようなものでは︑その社会的機能を充分には果たすこ
とはできない︒
しかしながら︑同時に一〇〇年以上にもわたり︑日本社会に定着し︑さらに多くの判例によって適用・発展され
てきたその蓄積も無視することはできない︒この貴重な蓄積から断絶したところに築かれるものであるべきではな
く︑それを生かしてさらに有効かつ高度なものへと展開できるような形のものであることが望ましいといえよう︒
この二つの要請を充たすことが︑いかに難しい問題であるかということは︑ここに語る必要もないが︑それが求め
られているのである︒
一、
ッ法典の制定過程
債権法︵民法︶改正の枢軸をなす部分は︑債務不履行を中心としたところである︒しかし︑現行日本民法典では︑
﹁債務不履行﹂とは︑いかなるものをいうのか定義するような規定はなく︑ただ債務不履行による損害賠償を規定
する民法四一五条がその手がかりを提供するにすぎない︒民法四一五条は︑損害賠償の要件を規定するものである
から︑本来は︑債務不履行自体がどのようなものであるのか明示する規定が必要である︒また債務不履行の場合に
は︑その法律効果として損害賠償だけではなく︑履行請求︑解除といった問題もあり︑﹁損害賠償・履行請求.解
除﹂とは独立した形で規定することが必要である︒この点に関しては︑﹁三︑債権法改正﹂で言及することにする︒
さて︑現行民法典では︑損害賠償についての規定である民法四一五条から︑債務不履行の手がかりを得るしかな
い︒そこで︑ここでは︑民法四一五条の成立過程を振り返ることにより示唆を得たいと考える︒これに関しては︑ ︵1︶︵2︶既に筆者の手によるものがあるので︑それに基づき︑ここに改めてより簡明な形で示すことにしたい︒ ︵3︶ 現行民法四一五条の起草を主として担当したのは︑穂積陳重博士であった︒穂積博士の執筆草稿である穂積文書 ︵4︶を見ると︑その立法へと至る過程が生き生きと伝わってくる︒その草稿の無表題の第一原案第リ条は︑次のような
規定であった︒
第リ条 債務者力其義務ヲ履行セス又ハ其義務ノ履行ヲ遅延シタルトキハ債務者ハ其損害ノ賠償ヲ請求スルコ
トヲ得但其不履行又ハ履行ノ遅延力不可抗力又ハ意外ノ障擬二因ルトキハ此限二在ラス
この第一原案第リ条が︑第二原案第条にとって代えられる︒
債権法改正における債務不履行法体系の基本構造 ︵都法四十九ー二︶ 八七
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第条債務者力其債務ノ本旨二従ヒタル履行ヲ為ササルトキハ債権者ハ其損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得但
其不履行力債務者ノ責二帰スヘカラサルトキハ此限二在ラス
結局この規定が︑このまま原案第四〇九条として︑法典調査委員会に提出されて審議を経ることになるが︑穂積
起草委員は︑委員会において次のような起草趣旨説明を行う︒すなわち︑本原案四〇九条は︑旧民法財産編三八三
条を修正したもので︑主として文言の修正にすぎない︒﹁履行をなさざる﹂という文言には︑強制履行も任意履行
もしないという両方の意味が含まれる︒﹁本旨に従い﹂というところは︑不履行も遅延も両方ともに含まれる︒そ ︵5︶してその不履行が︑債務者の責めに帰すべからざるときには︑損害賠償責任は生じない︑と︒
この起草趣旨説明に対しては︑土方寧委員から︑責めに帰すべからざる不履行というのは不能と同じことではな ︵6︶いのかという質問が出たにとどまった︒そして︑原案四〇九条は後に起草委員により修正されて︑修正案四一四条
として提出されるが︑その内容は現行民法四一五条と全く同一のものである︒
修正案四一四条 債務者力其債務ノ本旨二従ヒタル履行ヲ為ササルトキハ債権者ハ其損害ノ賠償ヲ請求スルコ
トヲ得債務者ノ責二帰スヘキ事由二因リテ履行ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキ亦同シ
以上︑現行民法四一五条へと至る草案内容の変遷を一瞥したが︑その修正の道筋をより詳細に示してくれるのが︑
穂積文書である︒まず︑﹁第リ条﹂から﹁原案四〇九条﹂へと至る過程に関しては︑穂積委員自身の草稿の﹁第一
原案第リ条﹂に修正が施されている︒その頭注には︑﹁瑞債﹃全ク履行セサルカ又ハ運判二履行セサルトた﹄﹂と
の書き入れがある︒また﹁第リ条﹂の部分の横に朱筆で﹁瑞﹂という書き込みが二箇所見られる︒その一箇所は︑
﹁其義務ヲ履行セス又ハ其義務ノ履行ヲ遅延シタルトキハ﹂の部分を朱筆で削除して︑代わりに﹁其債務ノ本旨二 ︵8︶従ヒタル履行ヲ為ササルトキハ﹂と書き入れた右横である︒もう一箇所は︑ただし書以下の部分﹁但其不履行又ハ
︵9︶履行ノ遅延力不可抗力又ハ意外ノ障擬二因ルトキハ此限リニアラス﹂と書き入れた右横のところである︒
この修正過程で重要な点は︑穂積委員が︑当時のスイス債務法二〇条の規定︑すなわち﹁義務の履行が全くな
されないかまたは適正に︵o︒①ゴo忌︶なされないときは︑債務者は︑自己に有責性が全くないことを証明しない限
り︑損害賠償をなすことを要する﹂との規定を特に参照し︑さらにその表現を修正して︵旧民法財産編三八二条. ︵10︶モンテネグロ財産法五四〇条に見られる﹁本旨に従って﹂という表現にして︶︑提出原案四〇九条としたというと
ころである︒
また︑穂積委員は原案四〇九条を定めるにあたって︑﹁不履行又ハ履行ノ遅延力不可抗力又ハ意外ノ障擬二因ル
トキハ此限リニ在ラス﹂の部分を修正した理由について︑法典調査委員会で次のような注目すべき発言をしている︒
すなわち︑ただし書に関しては︑諸国の法典等をみると︑不可抗力等の場合が除かれる規定となっているけれども︑
次第にそのような規定の仕方から︑過失によるものかどうかというような書き方へと傾向の変化が見て取れる︒そ ︵H︶こで︑その不履行が債務者の責めに帰すべからざるときは︑損害賠償の責任は生じないとした︑との発言である︒
この発言の背景にあるのは・起草委暴参照した+数力国の立法劉の中で・フランス民法二四七・二四八
条等の規定のあり方に対する起草委員の評価である︒つまり︑不可抗力免責主義を採用するフランス民法等の方式
は︑フランス民法典より後に現れた諸国の法典・草案等には次第に採用されなくなってきており︑不可抗力という
免責事由を掲げる代わりに︑バイエルン民法草案第二部第一章一〇九条︑プロイセン一般ラント法第一部第五章一
一八五条︑モンテネグロ財産法五四一条等では︑﹁過失﹂といった表現が用いられるようになっているという事実
を重視する︒ ︵13︶ そこで穂積委員は︑最初は﹁債務者に過失なきときはこの限りにあらず﹂といった規定にしようとの思案を示し
債権法改正における債務不履行法体系の基本構造 ︵都法四十九ー二︶ 八九
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ている︒しかし︑オーストリア一般民法二二〇六条︑スイス債務法二〇条の規定には﹁有責性﹂という文言が用
いられていること︑それにボアソナード草案の段階で既に﹁其責二帰スヘキ債務ノ履行ノ不能﹂といった表現が見
られたことから︑﹁過失﹂という文言にするのはやめにして︑﹁債務者ノ責二帰スヘカラサルトキハ﹂という表現に ︵14︶して提出原案としたという経緯がある︒
また︑これに関しては︑法典調査委員会での穂積委員の発言からもその見解をうかがい知ることができる︒すな
わち︑﹁:・不可抗力ノ場合デ不能ノトキノミノ場合デアリマセヌ警ヘバ債権者力矢張リ不履行ヲ幾ラカ手伝ヒマシ
タトカ或ハ自分ガ出来ベキ地位二居リマシタケレドモ乍併夫レヲ自分デシナカツタ︑シナカツタノデアツテモ其不
履行ト云フモノガ他ノ原因二依テ其不履行ノ責ト云フモノガ他人二帰スルト云フヨウナ事モアルカモ知レマセヌ兎
二角不能ト云フコトデハ如何ニモ狭ク為ルト思ヒマス夫レカラ本文二﹃履行ヲ為ササルトキハ﹄トアリマスカラ此
履行ヲ為サヌノガ何ンノ原因デ為サヌノカ自分ノ過失デ為サヌノカ一向分リマセヌ夫故二但書ヲ置テ夫レ丈ケノ制 ま限ヲ此庭二付ケテ置カナケレバ往ケヌト思ヒマシタ﹂との箇所である︒
ここから︑不履行の原因が︑債権者にある場合︑第三者に起因する場合やそれ以外に債務者に不履行の責任を帰
すべきでない場合があることを考慮して︑﹁責二帰スヘカラサル事由﹂という表現にしたことがわかる︒
つまり︑穂積起草委員は︑フランス民法等の不可抗力免責主義の狭溢性を認識し︑比較法上の規定の文言の傾向
の変化から︑当初﹁過失﹂責任としようと思案もしたが︑それをやめ結局︑債務者に不履行の帰責を求めることが
相当でないと思われるあらゆる場合を広く取り込める概念として﹁責めに帰すべからざる事由﹂という概念を導 ︵16︶入・採用した︒そして︑それが︑現行民法四一五条に採り入れられたのである︒
二︑比較法
国際的な取引の需要の拡大により︑国際的な統一法準則の確立に向けての動きは︑つとに二〇世紀前半から見ら ︵17︶れ︑それが一つの大きな成果として結実したのが︑一九八〇年のウィーン国連売買条約の制定であった︒これは︑
国際間の動産の商事売買を規律するものであるが︑同時に諸国の国内法のモデル法としても一定の役割を果たすご ︵18︶ととなった︒また国際間の商取引の原則を示すユニドロワ国際商事契約原則も統一法準則として同様に一定の役割
を果たしている︒ − ︵19︶ そして何よりも︑民法典の改正という問題に直接的な有益な示唆を与えてくれるものが︑ヨーロッパ契約法原則
︵以下︑PECLと略称する︶とそれを土台として形成されつつあるヨーロッパ民法草案である︒これは︑その域
内にそれぞれ独自の民法典を備える多数の主権国家間において適用されるヨーロッパ統一民法典を成立させようと
の壮大な試みを体現するものである︒それぞれの諸国家において長く育まれてきた民法の独自性・相違を止揚して
統一ルール化できるとすれば︑それは一定の普遍性を有するものであるとの評価もでき︑また域外の諸国にとって
もきわめて重要なものといえよう︒ ︵20︶ そこで︑ここでは︑PECL・ヨーロッパ民法暫定草案︵以下︑DCFRと略称する︶を比較法としての検討の
中心に据えて︑日本民法改正への示唆を得たいと考える︒ ︵21︶ 改訂されたPECLでは︑第九章に不履行とその救済手段一般についての規定がおかれ︑第一〇章で︑不履行に
対する個別の救済手段が規定される︒また︑ここにいう不履行︵8〒b2甘叶∋自8︶は︑履行障害の統一要件であ
債権法改正における債務不履行法体系の基本構造 ︵都法四十九ー二︶ 九一
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り︑いわゆる履行遅滞・履行不能・不完全履行他のすべての不履行形態が含まれる︒また︑不履行は免責事由︵帰
責事由︶の存否には依拠しない概念であり︑債権者︵DCFRでは︑PECLの用語の修正がなされ︑﹁被害当事
者﹂に換え﹁債権者﹂というタームが用いられる︶に不履行の原因が存する場合も︑不履行の範疇に入るといった
ようにきわめて客観的な概念である︒これは︑ヨーロッパ法制度の比較法的考察によると︑契約上の責任を生じさ ︵22︶せる事情としての﹁過失﹂の明らかな退潮傾向が認められ︑次第に単なる不履行に求められる︑という方向性と一
致する︒この点で︑日本民法における﹁債務不履行﹂なる概念が︑基本的には︑﹁帰責事由﹂が認められる場合の
用語として用いられるのと対照的である︒
不履行の場合には免責事由がなければ︑第一〇章に規定されるあらゆる救済手段を行使することが認められる
︵9⁚101︵1︶PECL︶が︑免責事由があると︑履行請求および損害賠償の法的救済は認められない︵9⁚
101︵2︶PECL︶︒債権者にはそれら以外の法的救済が認められることになる︒すなわち︑履行の停止権︑
契約の解除権︑代金減額権といった権利行使である︒そこでたとえば︑甲市在住のAが︑トラックを乙市在住のB
に12月1日から賃貸する債務を負っていたが︑12月1日に乙市で道路封鎖があり︑履行遅滞となって12月15日に引
き渡すことができた場合︑Aは免責されるが︑Bは目的物が引き渡されるまでその債務たる賃料の支払いを停止す ︵23︶ることができ︑さらに遅れた分の賃料の減額をすることができる︒また︑債務者の不履行が債権者によって惹き起
こされた場合も不履行といえるが︑その法律効果は特別の扱いとなる︒すなわち︑債権者の行為による不履行とし
て︑債務者は免責され︵9⁚108PECL︶︑債権者は第一〇章に規定されるいかなる法的救済手段も行使する
ことができない︵9⁚101︵3︶PECL︶︒たとえば︑家の改装を請負った債務者が︑約定の日にその改装に
訪れたところ︑債権者の妻がその改装に反対のため︑履行を拒絶された場合には︑この債務者の不履行で︑債権者
︵24︶はいかなる救済手段も行使できず︑逆に債務者が債権者に対して救済手段を行使できる︒これは︑債権者︵側︶の ︵25︶不履行︵協力義務違反⁚0−303PECL︶と評価されるからである︒
次に︑免責の内容についてみてみよう︒これに関しては︑障害による免責︵9⁚107PECL︶として一箇条
が設けられている︒その第一項で基本的な構⁝成が示される︒すなわち︑
︵1︶その不履行が債務者の支配を超えた事情によるものであること︑そして︵2︶①その事情を契約締結時に
予見することが合理的に期待できなかったか︑または②その事情若しくは結果を回避・克服することが合理的に期
待できなかった︑ということが債務者によって証明されるときに免責される︒
免責に関する条文はこの一箇条のみであり︑いわゆる﹁手段債務﹂についての特別規定は以前は設けられていな
かった︒まず︑︵1︶の債務者の支配を超えた事情という要件から︑客観的な履行障害であることが前提とされて
おり︑債務者の過失によらないものであっても免責されない場合があることになる︒これは︑CISGの免責規定
︵七九条︶において︑債務者の支配領域が︑組織的な手段や適切なコントロールを通して契約の履行準備および実 ︵26︶現のために必要な措置を確保することが債務者に可能であり︑かつ︑期待できるような領域のことをいうとされて
いるのと基本的には同様である︒
そして︑︵1︶の要件に加えて︑︵2︶①予見可能性の合理的期待不可能性 ②結果回避・克服可能性の合理的期
待不可能性をも充たすときにはじめて免責される︒そして︑契約当事者と同じ状況にあった合理人︵通常人︶の行
為が基準となる︒したがって︑この部分では︑客観化された過失の基準とほぼ同一の注意義務の基準であるとの評
価もできよう︒
具体的なケースで考えてみよう︒まず︑︵1︶の支配を超えた事情︵支配不可能性︶の要件に関してであるが︑
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たとえば︑ある農産物の生産者である債務者が︑その地を襲った未曾有の大地震のため︑農産物を供給する債務を
履行できなくなった場合には︑支配を超えた事情によるものといえよう︒次に︑金銭支払債務を負っている債務者
が履行期日に支払う予定でいたところ︑その前に政府による金銭の移動の禁止措置がとられたため︑期日に履行で
きなくなったという場合には︑この要件を充たすものと考えられる︒また︑国家機関による債務者の身柄の拘束も
同様であるが︑それが債務者の行為の結果もたらされたものであるならば︑要件を充たさないといえる︒このよう
に支配を超えた事情としては︑大地震︑大洪水︑雷︑台風といった自然現象や︑公権力による拘束︑処分︑第三者
の行為などが考えられる︒さらに︑債務者が履行を委託した者の行為については︑一般的には債務者の支配領域内
にあるといえるが︑たとえば︑ある原料のみを用いて目的物を製造する債務者が︑その原料が国家独占企業・Aの
みによって供給される場合にその供給がAの事情により中止されたときには︑債務者にとって支配を超えた事情と
︵27︶
いってよい︒もちろん︑この支配領域外という要件を充たすだけで免責が認められるわけではなく︑そのためには︵2︶①予見不可能性 ②結果回避・克服の期待不可能性の要件を充たさねばならないのは当然である︒
次に︑︵2︶①の契約締結時における予見不可能性の要件については︑合理人︵通常人︶が同様の状況下におか れた場合の合理的な予見不可能性が基準となる︒たとえば︑ある花の生産者でその供給債務を負う債務者が︑通常
は予期できない四月に台風が到来したため︑その栽培していた花が滅失し︑債務の履行ができなくなった場合には︑
この要件を充たすといえよう︒また︑金銭債務の債務者が︑政府による金銭の移動の禁止措置の発令により履行で
きなくなった場合に︑その発令が間近となっていることが信頼できる報道等による情報で予見可能であったときに
は︑予見の合理的期待可能性ありとされることもあろう︒
︵2︶②の結果回避・克服の合理的期待不可能性については︑たとえば︑農産物を供給する債務者が︑その地を
襲った大地震で国道が寸断され輸送が不可能となった場合に︑山の反対側の山道を経由することにより運搬が可能
であり︑ある程度の費用の増加ですむようなときには︑この山道ルートでの結果回避・克服の合理的期待可能性あ
りということになろう︒そして︑この結果回避・克服可能性も︑通常の合理人の基準が適用される︒このように結
果回避.克服の合理的期待不可能性という要件を充たすには︑相当でない手段や不相当な出費を要求されることは
なく︑あくまで合理的期待可能性の範囲で求められるにすぎない︒
この︵2︶①予見不可能性︑②結果回避・克服不可能性の要件については︑日本の判例においてもそうであるが︑
より重要となるのは︑②の要件であり︑DCFR︵皿.ー3⁚104︵1︶︶では︑①の要件は落とされている︒
つまり︑そこでは︑債務者としては︑︵1︶支配不可能性と︵2︶②結果回避・克服の合理的期待不可能性の要件
を充たせば免責されるとの構成が新たに採用されている︒この評価については︑後述する︒
さて︑以上見たようにPECLにおいては︑免責される不履行と免責されない不履行という構成が採用されてお
り︑﹁手段霧﹂と﹁結果霧﹂とを区別した明一不的蔑は採用されてはいなかつ︵趨・しかし・PECLの起薯
は︑旧6⁚102PECL︵黙示的条項︶の解釈において︑契約において当事者が合理的な注意と技能を用いるこ
とを引き受けたにすぎない場合や︑最善の努力をすることを引き受けたにすぎない場合には︑合理的な技能または
注意あるいは最善の努力が尽くされなかったことが証明されたときにのみ・不履行が認めら趨と考えており・
﹁手段債務﹂の場合は︑9⁚107PECLの免責とは異なる扱いとすることを想定していたといえよう︒そこで︑
損害賠償の免責に関して︑;の規定しかない旧PECLの体系には・規︷疋の﹁欠落﹂が紮との指摘がなされて
いた︒
その旧6⁚102PECLの内容はどのようなものであったのかというと︑︵a︶当事者の意思︵b︶契約の性債権法改正における債務不履行法体系の基本構造 ︵都法四十九−二︶ 九五
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質および目的︵c︶信義誠実および公正取引︑といった事由から生じる黙示的条項を含みうるという規定内容であ
り︑きわめて不充分な規律であった︒そこで︑改訂PECLでは︑この部分において大幅な改訂がなされ︑以下の
新たな規定が入れられた︒
6⁚101⁚ 内容の決定
契約の内容は︑明示または黙示の債務によって形成される︒その内容は提供されるサービスの種類︑履行期︑
およびその価格を含む︒
6⁚102⁚ 黙示的条項
︵1︶黙示的条項は︑両当事者の意思およびその通常の関係に基づいて決定される︒それは法︑慣行︑およ
び公正さに照らして契約の性質・目的を考慮することによっても決定される︒
︵2︶完結条項が存しないとき︑黙示的条項は︑契約締結前の一方当事者による意思表示がその状況におい
てそのようなものとして理解できた場合には︑その意思表示から推定することができる︒これは︑次の
ことに依拠する︒
︵a︶その意思表示の相手方に対する明白な重要性
︵b︶通常の取引慣行
︵c︶市場状況
︵d︶両当事者の相対的な専門知識
6⁚103⁚最善の努力を用いる債務と特定の結果を達成する債務
︵1︶特定の結果を達成する債務の債務者は︑約束した結果を提供することを引き受ける︒この債務の不履
行は︑その結果が達成されなかったという事実のみによって確定する︒ただし︑9⁚107条の意味で
の障害のケースを除く︒
︵2︶最善の努力を用いる債務の債務者は︑その債務者と同様の地位︑同様の状況におかれた合理人の注意
義務を用いて債務を履行することを引き受ける︒この債務の不履行は︑証明されねばならない︒
︵3︶債務が最善の努力を用いる債務であるか︑特定の結果を達成する債務であるのかを決定するためには︑
以下のことが考慮されねばならない︒
(
=jなすサービスの性質およびそれがどのように価格と関連しているのかということに照らして確定さ
れる両当事者の意思
(
aj期待される結果を達成するために通常見込まれるリスクの程度
(
メjその債務の履行に対して及ぼしうる債権者の影響力
︵d︶契約の性質と目的
このように改訂版PECLでは︑特に第6⁚103条において︑最善の努力を用いる債務と特定の結果を達成す
る債務とを区別する規定を新たに設けることにより︑指摘されていた体系的﹁欠落﹂を埋めようとしたものといえ
よう︒その第︵2︶項では︑最善の努力を用いる債務の履行は︑その債務者と同様の地位︑状況に置かれた合理人
の注意義務が果たされなかったことを証明しないと︑不履行があったとはいえない︑とされている︒この債権者の
主張・⊥識に対し・霧者は・合理人の注意を尽くしたことを抗弁として主張することに奉また同時に霧者
は︑第9⁚107条の免責規定に基づいて︑その免責の要件を充たしていることの主張・立証をして免責を求める
こともできる︒このように﹁手段債務﹂の場合にも︑免責規定を用いることができることは︑CISGにおける第
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七九条の規定においても同様であった︒つまり︑﹁手段債務﹂にあっては︑債務者の﹁免責﹂の手段は︑実質的に ︵誕︶は複数あることになる︒そして︑﹁手段債務﹂であるのか﹁結果債務﹂であるのか決定する基準を提供する最も重
要な規定が第6⁚103条︵3︶項ということになる︒そこで︑この基準を用いたとして︑具体的にどのような債
務が︑﹁手段債務﹂あるいは﹁結果債務﹂となるのかを見てみよう︒
医療における診療債務は︑基本的には手段債務とされるが︑その内容に応じて異なる︒たとえば︑手術日に医師
が病気となり手術できないという部分に関しては︑一般的には結果債務と考えられよう︒危険性の小さい単純な診 ︵35︶療債務︵ガーゼの交換等︶も結果債務となる場合が多いであろう︒その他美容整形手術や男性への不妊手術も結果
債務となることもあろう︒
税理士の納税申告書作成債務は︑税理士が病気で履行期日に間に合わないという面では厳格債務であり︑申告書の
作成内容の面では︑合理人の注意義務を果たせばよい︒また︑同様に建築債務もハードの面では︑特定の結果を出 ︵36︶す債務といえるが︑サービス面では最善の努力をなす債務である︒
このように多くの債務は︑その特定の契約の内部にいくつかの﹁結果債務﹂と﹁手段債務﹂とを内包しているこ
とがあり︑単純にその契約が︑動産売買契約・建築請負契約・サービス提供契約であるからといって︑画一的に ︵37︶﹁手段債務﹂か﹁結果債務﹂であるかは決定できない︒
結論として︑一つの契約の債務内容を分析し︑﹁結果債務﹂といえる部分に関しては︑その不履行があれば︑債
務者としては︑9⁚107条または9⁚108条の免責の主張・立証をしなければ責任を免れない︒これに対し︑
﹁手段債務﹂と評価される部分については︑債務者は合理人の注意義務を尽くせばよく︑もしそれに違反したとす
るには︑債権者がそれを証明しなければならず︑債務者としては︑合理人としての最善の努力を用いたという抗弁
を示すか︑あるいは︑﹁結果債務﹂の場合と同様に9⁚107︑9⁚108条の免責の主張・立証をして責任を免
れることになる︒
ところで︑DCFRでは︑その第皿.ー3⁚104条において︑免責に際し契約締結時における予見不可能性の
要件が落とされている︒債務者としては︑︵1︶債務者の支配を越えた障害であり︵2︶その結果を回避・克服す
ることが合理的に見て期待不可能であったことを証明することによって責任を免れるという構造へと変化している︒
債務者の支配不可能性の客観的要件が充たされねばならないから︑﹁過失がなかった﹂ということだけでは充分で
はないが︑結果克服・回避の期待不可能性の判断は︑﹁過失﹂の判断構造とほとんど同じであることが留意されね
ばならない︒
改訂PECLおよびヨーロッパ民法暫定草案︵DCFR︶から︑最終的にヨーロッパ民法典が︑債務不履行によ
る損害賠償の免責に関して︑いかなる構成を採用するのか︑現時点では推測するのは難しいが︑基本的には次のよ
うな方向になるのではないかと考える︒すなわち︑改訂PECLにおいて︑最善の努力を用いる債務と特定の結果
を達成する債務とを区別する規定︵6⁚103PECL︶が新たに挿入されたことから︑損害賠償責任からの解放
としては︑債権者の行為による場合︵9⁚108PECL︶を除くと︑障害による免責規定︵9⁚107PECL
つ皿.13⁚104DCFR︶のみによるのではなく︑最善の努力を用いる債務にあっては︑債務者が合理人の注
意義務を果たした場合に損害賠償責任を免れるという﹁二重基準﹂による方向へと向かうのではないかと思われる︒
それは︑先ほどみたように︑理論構成としては少し煩項な面があるが︑あらゆる契約のそこに内包される一つ一つ
の債務の性格を明らかにして︑合理人としての注意義務を用いればすむとされる債務が明確化されてくれば︑行為
準則としても充分その⁝機能を果たせるものとなろう︒
債権法改正における債務不履行法体系の基本構造 ︵都法四十九−二︶ 九九
一〇〇
しかし︑そうであるからといって︑これを日本債権法改正でそのまま採り入れるべきかというと︑冒頭で既述し
たように︑これまでの学問的・実務的蓄積を葬り去ることなく︑うまく生かしていけるような方向を考えねばなら
ないであろう︒比較法︵国際︶的動向に一致する方向とこれまでの学説・判例の集積を生かすという異なる二つの
要請を充たすという方向の調整が求められるのである︒
三︑債権法改正
1 新理論構成の導入
現行日本民法典においては︑第三編 債権 第一章 総則の第一節に債権の目的に関する規定がおかれ︑第二節
には債権の効力に関する規定がおかれている︒その第一款が﹁債務不履行の責任等﹂に関するものであり︑﹁履行
期と履行遅滞﹂の第四一二条から始まり︑第四一五条に﹁債務不履行による損害賠償﹂の規定がおかれる︒
つまり︑責めに帰すべき事由︵帰責事由︶に依拠しない履行障害︵債務不履行︶の場合についての規定が欠落し
ている︒本来であれば︑﹁履行期と履行遅滞﹂について規定する前に︑﹁債務不履行﹂とはいかなるものかについて
明示しておくべきであろう︒ただ︑﹁債務不履行﹂は﹁帰責事由﹂が存する場合の概念として用いられることが一
般的であるので︑今般の改正では︑帰責事由から独立した新しい概念として︑﹁不履行﹂を用いることを提唱した
い︒これにより︑不履行があれば︑帰責事由がなくても﹁履行請求﹂と﹁損害賠償﹂以外の法的救済が認められる
ことを明示することが可能となる︒また︑不履行という履行障害の場合の統一要件を掲げることにより︑あらゆる
債務の不履行のケースを捕捉できることになり︑従来批判のあった︑履行遅滞・履行不能・不完全履行の三分体系
ではカバーできない不履行類型をもその範疇に組み込むことができる︒逆に︑不履行の統一要件を掲げたからとい
って︑従来の履行遅滞・履行不能等の類型的考察は︑日本の優れた学説・判例の膨大な集積もあり︑事案の処理に ︵38︶きわめて有益性を発揮する︒やはり履行遅滞などそのいくつかに関しては明示の規定をおくべきであろう︒
そして︑現行民法四一五条に相当する﹁不履行による損害賠償﹂の規定において︑改めて損害賠償に関し規定し︑
債務者の責めに帰すべきでない事由の存する場合には︑損害賠償責任を負わないことを明示すべきであると考える︒
そこで問題となってくるのが︑﹁責めに帰すべき事由︵帰責事由︶﹂の内容がいかなるものであるのかという点であ
る︒これに関しては︑二︑比較法のところで考察した理論構成が参考となろう︒既に見たように︑ヨーロッパ民法
草案では︑債権者の行為による免責規定︵9⁚108PECL︶を除くと︑不履行の場合の債務者の免責規定とし
ては︑第9⁚107PECLつ皿.13⁚104DCFR︶の﹁障害による免責﹂一箇条しかない︒そして︑最善
の努力を用いる債務にあっては︑責任を免れるのに︑この規定だけではなく︑合理人の注意義務を果たしたという
ことを抗弁としても認められる︵6⁚103︵2︶PECL︶﹁二重基準﹂構成とされるのではないのかという方
向性の示唆を得ている︒
ここで︑﹁障害による免責﹂規定の日本法への導入が可能かどうか︑再度検証してみたい︒
︵1︶債務者の支配を超えた事情によるものであるという要件は︑既に見たように不可抗力・偶発事故というもの
がその典型である︒これに対し︑フランス民法では︑自己の責めに帰すことのできない外来の原因によって生じた
ものであるというのが︑これに対応する部分である︒そして外来の原因とは︑不可抗力・偶発事故とされる︒した
がって︑PECL11DCFRの﹁支配を超えた事情﹂の方が︑より広い概念であって︑不可抗力・偶発事故以外の
債権法改正における債務不履行法体系の基本構造 ︵都法四十九ー二︶ 一〇一
一〇二
ものを含みうる構造となっている︒つまり︑ここには︑さらに﹁第三者の行為﹂︑﹁債権者に原因のあるもの﹂が入
りうる︒﹁債権者の行為﹂によるものは︑9⁚108PECLで規律されるので︑﹁債権者に原因のあるもの﹂には︑
債権者の行為ではないが︑債権者に起因する障害であって︑たとえば︑診療債務では︑債権者の特異体質等がこれ
に該当する︒これらはいずれも︑﹁債務者の支配を越えた事情による障害﹂の要件を充たしうるものである︒日本
法への導入に際しては︑これにもう一つ︑﹁債務者による結果の達成の支配を超えた事情﹂なる要素をも加えるこ
とが理論的にも可能ではないかと考える︒そこで︑日本民法の﹁責めに帰すべきでない事由﹂には︑︵1︶債務者
の支配を超えた事情︑の要素として︑﹁不可抗力・偶発事故﹂︑﹁第三者の行為﹂︑﹁債権者に起因するもの︵債権者
の行為を含む︶﹂︑﹁債務者による結果の達成の支配を超えた債務﹂が認められることになる︒そこで︑債務者とし
ては︑さらに︵2︶①予見の合理的期待不可能性②結果回避・克服の合理的期待不可能性の要件を主張・立証し
て責任を免れることができる︒
この︵2︶の要件に関しては︑DCFRでは︑①の予見の合理的期待不可能性の要件が落とされている︒確かに︑
主として重要な機能を発揮するのは②の結果回避・克服の合理的期待不可能性の要件であるが︑︵2︶の要件は︑
ほぼ﹁過失﹂認定の要素と一致するものであることもあり︑日本法においては入れておくべきではないかと考える︒
また︑︵2︶①︑②の要件と﹁最善の努力を用いる債務﹂における注意義務との関係については︑﹁最善の努力を用
いる債務﹂における合理人の注意義務が︑履行をなすという面に焦点が当てられているのに対し︑﹁障害による免
責﹂では︑合理人の注意義務が︑不履行を招かないという結果回避・克服という局面に焦点が当てられたものであ
るとの相違がある︒したがって︑損害賠償責任からの解放という視点からは︑﹁障害による免責﹂の方がより事態
適合的な構成といえよう︒いずれにせよ︑﹁過失﹂の判断構造としてはいずれもほぼ同一の内容のものといえる︒
そこで︑もし改正日本民法において︑︵1︶支配を超えた事情 ︵2︶①予見の合理的期待不可能性②結果回
避・克服の合理的期待不可能性 という免責要件を導入するとしたら︑いかなる結果が得られるであろうか︒結論
を先取りすると︑﹁責めに帰すべきでない事由﹂の内容として︑これを導入することで︑日本民法では︑損害賠償
を免れる場合の統一要件として︑この一箇条の規定ですべてカバーできることになるものと考える︒
そこで・次に実際に平成年間に最高裁に現れた齢に・これを当てはめてみて・その理論的妥当性を探ってみる
ことにしたい︒
2 最高裁判例へのその適用
民法四一五条の損害賠償に関する責任類型の中で比較的多くみられるものに︑安全配慮義務に関するものがある︒
︻−︼最判平成二年四月二︒日訟務二一七巻三号四四ご麺のケ|スは・樹木の伐採を目的としたチェン了使用によ
る振動障害発症の結果の発生を防止するために︑社会通念に照らし相当と評価される措置を講じたにもかかわらず︑
損害の発生を見るに至ったもので︑結果回避義務︵安全配慮義務︶に欠けるとはいえないとされたものである︒
︻三最判平成二年二月八日判時;一七︒号五露では・船舶による運航委託契約は・船長等に対し︑船舶のタ
ンク内の窒素使用の危険性に配慮して具体的な指示をなすべきであったのに︑それを怠ったとされ安全配慮義務違 ︵42︶反が認められたものである︒︻3︼最判平成三年四月一一日判時=二九一号三頁は︑造船会社が︑その社外工に会
社が管理する設備︑工具等を使用させ︑事実上指揮︑監督をして稼動させた場合︑その下請け企業の労働者との間
債権法改正における債務不履行法体系の基本構造 ︵都法四十九−二︶ 一〇三
一〇四
には︑特別な社会的接触関係があり︑信義則上安全配慮義務を負うとされ︑その社外工に騒音性難聴を生じさせた
ことの免責事由は認められないとされたケースである︒また︻4︼最判平成一六年四月二七日判時一八六〇号一五
お 二頁においては︑炭鉱を経営する会社は︑粉塵作業に従事する被用者に対し︑塵肺に罹患しまたそれを増悪させな
いように配慮すべき義務に違反するとされた︒
安全配慮義務は︑︻1︼最判平成二年四月二〇日判決において判示されるように︑結果の発生を防止するための
合理人としての相当の注意義務を尽くすべき債務といえる︒そこで﹁1﹂で示した新しい理論構⁝成に当てはめると︑
﹁債務者による結果の達成の支配を超えた﹂債務に該当し︑︵1︶支配を超えた事情︑という要件を充たす︒そこで
次に︵2︶①予見不可能性②結果回避・克服不可能性の要件を充たすかどうかということになるが︑いずれも結
果回避義務違反があったか否かで結論が出されている︒安全配慮義務違反が争点とされた最判は︑もう一個あり︑ ま︻5︼最判平成一八年三月=二日判時一九二九号四一頁がそれである︒本ケースは︑高校の課外クラブ活動︵サッ
カー競技大会︶において︑生徒がその試合中︑落雷により死亡した事故で︑その高校の引率兼監督であり︑その試
合の主審を勤めた教諭の安全配慮義務違反があったかどうかが主たる争点となったものである︒まず︑﹁落雷﹂と
いうことで﹁不可抗力﹂であり︑︵1︶債務者の支配を超えた事情︑の要件を充たすものと思われる︒そこで︑
︵2︶①予見不可能性 ②結果回避・克服不可能性の要件を充たすかどうかの検討となるが︑判決では︑具体的に
予見することが可能であり︑予見すべき注意義務を怠ったとし︑原審を破棄し︑差し戻されている︒本事例は︑一
般的に不可抗力として挙げられる自然現象の一つとしての﹁落雷﹂のケースである︒興味深いのは︑安全配慮義務
違反という最善の努力を用いる債務でありながら︑あたかも新理論構成にそのまま当てはめたかのような構成とな
っていることである︒もちろん︑現行制度では︑﹁帰責事由﹂がきわめて柔軟性に富む概念として機能しているた
め︑その中で処理されているのである︒
︻5︼最判平成一入年三月一三日判決においてもそうであったが︑︵2︶①予見可能性の要件に焦点が当てられた ︵45︶判示内容を示すものとして︑︻6︼最判平成三年一〇月一七日判時一四〇四号七四頁がある︒これは賃貸人が居住
する建物の一部を賃借人に賃貸し︑賃貸人の失火により賃借人の賃借部分に保管されていた衣料品類に被害が及ん
だことに対し︑賃貸人として信義則上債務不履行に基づく損害賠償義務を負うとされたケースである︒
本事例では︑賃貸人の居住する建物の一部に賃借人が居住しているわけであり︑その所有する衣料品類も保管さ
れていることが︑賃貸人にもわかっていたわけであるから︑賃貸人が失火すれば︑それらに被害が及ぶことは当然
に予想されていたとし︑予見可能性があったというところに焦点を当てた判決がなされている︒もっともヨーロッ
パ民法暫定草案︵DCFR︶の免責の要件のように︑︵2︶①予見可能性の要件をはずしたとしても︑結局は︵2︶
②結果回避・克服の要件でカバーされることになるであろうから︑判決の結論に影響はないと思われる︒しかし︑
﹁過失﹂の判断として﹁予見可能性﹂と﹁結果回避義務違反﹂は︑判例において確立された判断要素であり︑この
伝統を尊重すべきであるという観点からも︑︵2︶①予見不可能性②結果回避・克服不可能性という二つの要件
が最終的にヨーロッパ民法典でどうなるかはわからないが︑日本法ではこれを維持すべきものと考える︒
次に︑診療債務にあっても︑基本的には最善の努力を用いる債務として扱われるものであるから︑従来︑合理人
としての注意義務を尽くしたかどうかという﹁過失﹂判断に服すものであった︒そしてそれは基本的には変更の必
要性はないが︑﹁新理論構⁝成﹂では︑損害賠償における﹁免責﹂の判断に服し︑そこで﹁帰責事由﹂がないことが
認められるためには︑︵1︶支配を超えた事情の要件を充たさねばならないということになる︒これは︑診療債務
では︑基本的には﹁債権者︵患者︶側の原因﹂および﹁債務者による結果達成の支配を超えた債務﹂のいずれかに
債権法改正における債務不履行法体系の基本構造 ︵都法四十九−二︶ 一〇五
一〇六
該当することがほとんどであろうから︑この︵1︶支配を超えた事情の要件を充たすことは一般的には認められる
ことになろう︒
まず﹁医療水準﹂が﹁過失﹂判断の基準とされた判例から見ていこう︒︻7︼最判平成四年六月八日判時一四五 ○号七〇頁では︑未熟児網膜症としての光凝固法は︑当時医療水準として確立された治療法とはなっておらず︑医
療水準を超えた緻密で真摯かつ誠実な医療を尽くすべき注意義務を負うものではないとされた︒次も未熟児網膜症 ぜの事件であるが︑︻8︼最判平成七年六月九日民集四九巻六号一四九九頁では︑医療機関としては︑その履行補助者である医師等に医療水準の知見を獲得させておくべきであってこの知見を有さず︑その治療を実施せず︑または
実施可能な他の医療機関に転医させるなどの適当な措置を採らず︑患者に損害を与えた場合には債務不履行責任を
負うとされた︒また転医義務に関しても︑予算上の制約等の事情によって技術・設備を有しない場合には転医義務
があるものとされている二9︼最判平成八年亘一三昆集五・登︒三鯉では・虫垂炎手術に際して麻酔剤を
使用するときに︑その能書に従った2分間隔での血圧測定を行わず︑当時の医療慣行だったとされる5分間隔での
血圧測定を行ったことにより︑医療水準に基づいた注意義務を尽くさず︑その結果︑必要な措置を採らないまま手
術を続行し︑患者に重篤な後遺障害を負わせたものである︒︻10︼最判平成一八年一月二七日判時一九二七号五七
︵49︶頁では︑脳梗塞で入院した患者が︑メチシリン耐性黄色ブドウ球菌︵MRSA︶に感染して死亡したケースで︑抗
生剤の使用に過失があったかどうか判断する前に︑特定の抗生剤を投与することが当時の医療水準にかなうもので
あったか否かを確定する必要があるとされ︑原審に差し戻された事例である︒
従来﹁医療水準﹂と﹁過失﹂との関係に不明瞭な部分がないわけではなかったが︑﹁医療水準を超えた﹂という
評価が︑︵1︶債務者の支配を超えた事情の要件のところで検討すべきこととされれば︑﹁医療水準﹂の判断と﹁過
失﹂の判断を分離して扱うことにもなり︑客観的要件と主観的要件による判断構造を有する新理論構成に合致する
ものということになり︑理論的解決が図られるといえよう︒︻10︼判決は︑まさにそこのところが問題とされたと
も考えられる︒
亘最判平成六年万二︒日金法=一天三号三巌は・振込人の依頼により・仕向銀行が受取人の・座番号の
指定のないまま︑被仕向銀行に振込を依頼したところ︑被仕向銀行は︑振込先の方に確認して振り込んだため︑振
込人が意図していたのとは異なる口座に振り込まれたケースで︑仕向銀行は振込人に対して︑履行義務を尽くした
といえ︑債務不履行とはならないとされたものである︒本事例がはたして︑履行義務を尽くしたといえるのかにつ
いては別として︑振込人たる債権者が口座番号を指定しておらず︑︵1︶債務者の支配を超えた事情﹁債権者に原
因のあるもの﹂の要件に該当する︒もっとも債務者たる仕向銀行は︑債権者に口座番号の確認をしておらず︑これ
が義務違反とされるかどうかが︑次の検討事項︵︵2︶①︑②の要件の適用︶ということになろう︒
また︑医療債務において︑もっぱら説明義務が問題とされた最判がいくつかある︒︻12︼最判平成七年四月二五
日民集四九巻四号二⊥三廻は・胆のう癌の疑いがあると診断された患者に対し・胆石症との虞の病名を告げた
ため︑患者が直ちに手術を受ける必要がないと誤信し︑それにより治療が遅れ死亡した事例であるが︑当時癌につ
いては真実と異なる病名を告げることが一般的であったなどとし︑診療契約上の債務不履行があったとはいえない
とした︒
︻B︼最判平成七年五月三︒日判時一五五三号七㊨は・説明霧の;ではあるが︑患者を退院させる際の療
養指導義務が問題となった事例である︒黄疸の認められる新生児を退院させるに当たっては︑その危険性を説明し︑
諸症状が現れたときには速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき義務を負っていたとし︑過失が認められてい
債権法改正における債務不履行法体系の基本構造 ︵都法四十九−二︶ 一〇七
一〇八
る︒亘最判平成一三年二月二吉曇五五巻六号=五騒は・乳癌と診断され胸筋温存乳房切除術により
手術を受けた患者が︑乳房温存療法を希望していたのにその手術に関し充分な説明を受けないで手術されてしまつ
たケースである︒医療水準として未確立の慮法であっても︑その療法の適応可能性があり︑患者がその療法に強い
関心を有することを知っていたなどの事実関係があれば︑説明すべき診療契約上の義務があるとされた︒︻15︼最 ロ 判平成一四年九月二四日判時一八〇三号二八頁では︑末期癌に罹患している患者に対して︑その旨を告知すべきで
ないと判断した場合︑医師は患者の家族等と連絡をとるなどして︑告知が適当と思われる家族等に対し︑患者の病
状等を説明すべき霧があるとされた︒︻巳最判平成一七年九月合判壁九=一号二鎚では・出産に当たり
帝王切開を希望する患者に対して︑経膣分娩の場合の危険性を具体的に理解したうえで︑経膣分娩を受け入れるか
否かについて判断する機会を与えるべき義務があったとされ︑その説明義務違反が認められている︒
このような診療債務における説明︵診療情報提供︶義務に関しては︑医療訴訟の中の二大類型の一つとして︑大
きな比重を占めるようになってきている︒診療債務における説明義務は︑一般契約類型における理論構成によると
診療債務という給付義務の付随的債務と位置づけられる︒付随的債務ではあっても︑患者の生命・心身への侵害が
あった場合には︑もちろん一般的な診療債務の違反として問題となるのと同時に︑それが認められなかった場合に
も︑この説明義務違反に基づく損害賠償請求が認められる余地がある︒また︑生命・心身への直接的侵害・損害の
発生が認められない場合でも︑患者が意思決定をするのに必要な情報を提供しなかったとして︑患者の意思決定権
侵害を理由に慰謝料請求が認められるといったこともその重要性が増してきている理由であろう︒
この説明義務に関しては︑︵1︶債務者の支配を超えた事情︑という要件に当てはめると︑たとえば︻14︼最判
平成=二年=月二七日判決であれば︑その療法が︑医療水準の範躊とはかけ離れた位置にあるとか︑患者のその
療法への意思を知りえないものであったといった場合には︑︵1︶債務者の支配を超えた事情︑の要件を充たす場
合も出てこよう︒︻15︼最判平成一四年九月二四日判決をもとに考察すると︑患者本人への告知をすべきでないと
の判断を正当とした場合︑患者の家族への連絡等ができないとか︑どうしても告知を適当とする者が見つからなか
ったといったときには︑あるいは︵1︶債務者の支配を越えた事情ありと判断される場合もあるかもしれない︒
︻16︼最判平成一七年九月八日判決では︑患者は︑他の療法︵帝王切開術︶の希望の意思を述べており︑それとの
関係で経膣分娩の危険性とを比較して︑意思決定をする必要があるわけであるから︑︵1︶債務者の支配を超えた
事情︑の要件を充たさない︒一般的には説明をする時間がないほどの緊急事態であったとかの事情があれば︑︵1︶
債務者の支配を超えた事情︑の要件を充たすものと思われる︒
これに対し︑診療債務以外の一般的契約類型における説明義務に関しては︑診療債務のそれとは異なった面も有 ︵56︶する︒︻17︼最判平成一五年一二月九日民集五七巻一一号一八八七頁では︑火災保険契約を締結する際に︑契約に
付帯する地震保険に加入するか否かについての意思決定は︑生命︑身体等の人格的利益に関するものではなく︑財
産的利益に関するものであるから︑保険会社からの情報の提供や説明に何らかの不十分︑不適切な点があったとし
ても︑﹁地震保険は申し込みません﹂との記載欄に自らの意思で押印したような事実があることもあって︑特段の
事情のない限り︑慰謝料請求は認められないとされている︒︻18︼最判平成一八年六月一二日判時一九四一号九四
︵57︶頁は︑建築会社の営業担当者が︑顧客に対し︑銀行より融資を受けて顧客の所有地上に建物を建築し︑その後その
敷地を一部売却して返済資金を調達するという計画を提案した際に︑違法建築となり建築確認が得られない可能性
を認識していたのにその説明を怠った場合に︑信義則上の説明義務違反に基づく損害賠償責任が認められたケース ︵58︶である︒︻19︼最判平成一九年二月二七日判時一四三〇号九頁では︑商品の継続的な製造︑販売の契約締結につい
債権法改正における債務不履行法体系の基本構造 ︵都法四十九ー二︶ 一〇九
一一〇
て強い関心を抱かせ︑またそのことには相当の理由があるというべきであって︑その結果︑商品の開発・製造に至
らしめ︑損害を生じさせたことには︑契約準備段階における信義則上の注意義務違反があるとされた︒いずれも説
明義務︵情報提供義務︶違反に基づく財産損害が生じたものであれば︑損害賠償請求は認められうるが︑基本的に
は︑﹁債務者による結果の達成の支配を超えた債務﹂とはいえないものであるから︑︻19︼判決では︑債務者自身が
契約の相手方となる事例ではない点を捉えて︑︵1︶債務者の支配を超えた事情の﹁第三者の行為﹂などを証明で
きれば︑︵1︶の要件を充たす場合も考えられよう︒
さて現在︑民法四一五条に関する訴訟の中で最も多いのが︑診療債務の義務違反に基づくものである︒︻20︼最 ︵59︶判平成九年二月二五日民集五一巻二号五〇二頁は︑穎粒球減少症の副作用を有する多種の薬剤を長期間継続的に投
与した患者に薬疹の可能性のある発疹を認めた場合において︑自院または他の診療機関において患者が必要な検査︑
治療を速やかに受けることができるような相応の配慮をすべき義務があるとし︑本症発症を予見し︑投薬を中止し︑
血液検査をすべき注意義務がないとした原判決を破棄し︑差し戻した︒︻21︼最判平成=二年六月八日判時一七六 ︵60︶五号四四頁は︑金属プレス機で両手に圧挫創を負った患者に対する治療において︑創の細菌感染を疑い︑経過観察
をし︑細菌感染症に対する予防措置を講ずべき注意義務があったとしたものである︒︻22︼最判平成一四年=月 ︵61︶八日判時一八〇九号三〇頁では︑精神科患者に対し向精神薬を用いる場合に︑その添付文書にアレルギーの副作用
が記載されていて実際にその発疹等の症状が生じたときには︑投薬を中止し︑経過観察をし︑皮膚粘膜眼症候群の
発生を予見︑回避すべき義務を負っていたとされた・︻釜最判平成一五年=月西日判壁八四七号三髭は・
食道がんの手術を受けた患者が︑術後に喉頭浮腫を生じ︑上気道閉塞が発生したが︑胸くうドレーンの逆流が生じ
た時点で患者が呼吸停止︑ひいては心停止に至ることも十分予測できたとし︑再挿管等の気道確保のための適切な