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比較憲法学の方法と自律性に関する覚書

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(1)

比較憲法学の方法と自律性に関する覚書

その他のタイトル Note sur la methode et l'autonomie du droit constitutionnel compare

著者 村田 尚紀

雑誌名 關西大學法學論集

44

4‑5

ページ 667‑686

発行年 1995‑01‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/00024630

(2)

関 す

(3)

︿

一︑ミルキヌ

11 ゲツェヴィチの比較憲法方法綸 二︑比較憲法学の目的と対象選択 三︑比較憲法学の自律性

(4)

日本の憲法研究者にとって︑直面する日本の憲法現象の分析や日本国憲法の解釈が最も重要な課題に属することは︑

おそらく否定されないことであろう︒それゆえに︑外国憲法や過去の憲法を具体的に検討する場合︑通常どうしても

避けられないとされているのが︑その検討が自国の憲法の研究にとってもつ意義を明らかにすることである︒すなわ

ち︑少なくともなぜそれを検討の対象に選んだのかを明らかにすることが求められるのである︒

ところで︑個別具体的な外国憲法研究の際の対象選択の基準や理由は個別具体的であるほかないにしても︑同時に

それは方法論的な裏付けをもつ必要がある︒そうでなければ︑対象の選択が恣意的になったり︑検討の成果が実り少

なくなったりしかねない︒したがって問題の根底には方法の問題︑とりわけこの場合には比較憲法学の方法という問

(l ) 

題があるのである︒

比較憲法学の必要性と有用性は︑これまでにも繰返し強調されてきた︒そしてそのことは︑少なからぬ具体的な比

較憲法学の成果によって実証されてきたといってよいであろう︒しかしながら︑同時に他方で︑﹁日本の憲法学者が

( 2)  

憲法比較論に従事する場合の方法を全体として確立する必要がある﹂というような指摘も︑つとに多くの論者によっ

て行われてきたところである︒そうすると︑比較憲法学の必要性や有用性は自明視してよいことであるか︑問題とな

(3 ) 

る︒﹁注釈法学や概念法学が克服された現代では︑比較法学が必要なことは疑の余地がない﹂という田上穣治のかつ

ての言説は︑今日からみてやはりナイーヴであるといわざるをえない︒必要とされる比較憲法学はいかなる方法を

もったものなのか︑あるいは有益な比較憲法学はいかにして構築可能なのか︒このような問題はなお解明を要する点

~

(5)

ミルキヌ

11

第四四巻第四・五合併号

一九三六年︶を著した鈴木 を残しているといえよう︒したがって︑注釈法学や概念法学が克服されたーといえるかどうかも︱つの問題であると思われるがーー'現代でも︑比較憲法学の必要性は︑なお﹁疑の余地がない﹂とまではいえない検討を要する問題で

そこで︑以下︑比較憲法学の方法に関して従来論じられてきたことのいくつかの点について︑批判的な検討を試み

これまでの比較憲法方法論をふりかえってみると︑少くとも戦前の宮沢俊義まで潮ることができるが︑それは先駆

( 4)  

的とはいえ︑なおミルキヌ

1 1ゲツェヴィチ

(M ir ki ne

G ue tz ev it ch )

の紹介にとどまるものである︒また﹁比較憲法史

( 5)  

にかんする︑わが国でも最初の記念すべき文献﹂といわれる﹃比較憲法史﹄︵三笠書房︑

安蔵も︑戦前の同書では比較憲法方法論についてみるべき展開を示していない︒鈴木は︑戦後書き改められた﹃比較

で比較憲法学の方法を論じることになる︒そこで示された鈴木の方法は︑すでに

戦前宮沢によって紹介されていたミルキヌ

1 1ゲツェヴィチの方法を引きとって若干修正したものといえる︒したがっ

て︑戦後のわが国の比較憲法学方法論は︑宮沢すなわち戦前のミルキヌ

1 1ゲツェヴィチを︑そしてそのゲツェヴィチ

を批判的に摂取した鈴木をどこまで越えたかが問われることになるわけである︒

そこでまず︑ゲツェヴィチの方法についてみておく必要がある︒ゲツェヴィチの方法は︑実は戦前宮沢によって紹

介された地平にとどまらず︑戦後発展させられているので︑ここでは戦後のゲツェヴィチの方法論に注目する︒

六七

0 )

(6)

ゲツェヴィチは︑およそ法というものを次のようにとらえる︒﹁法そのものが︑凝結した定式から成っているので

はない︒それは︑たえず発展し︑変化する︒法は法意識の反映に他ならないのであり︑その法意識自身︑絶対的なも

( 6)  

のでも不変のものでもない﹂︒﹁どの法律のなかにも︑二つの要素を観察しなくてはならない︒即ちその時代の法意識

( 7)  

と︑闘争しつつある力間の妥協の法的技術とである﹂︒したがって︑ゲツェヴィチは法実証主義の狭い地平とは無縁

である︒ゲツェヴィチが志向しているのは︑法の解釈そのものではなく︑科学としての憲法学である︒それは︑彼が

バルテルミーの次の言説を引用していることから窺える︒﹁どうして憲法学は︑有用かつ実証的な観察科学ではない

(8 ) 

のだろうか︒諸制度の実際の機能︑解剖︑さらに生理や病理が︑科学的研究の対象であり得る﹂︒ゲツェヴィチのか

( 9)  

かる志向からすれば︑法が﹁たえず発展し︑変化する﹂以上︑歴史的方法が法学の方法の一っであることは当然であ

ろう︒したがって比較憲法は︑単に空間的比較すなわち異なる国の憲法現象の比較だけでは充分な認識を与えること

ができないのであり︑歴史的方法すなわち時間的比較をも伴わなければならないことになる︒ゲツェヴィチにとって︑

比較憲法は比較憲法史であり︑﹁比較憲法史を研究するためには︑歴史的方法と比較的方法を同時に適用することが

( 1 0 )  

不可欠である﹂︒そして︑この歴史的方法すなわち時間的比較と比較的方法すなわち空間的比較を可能にするのが政

( 1 1 )  

治学であるとされる︒

以上を簡単に検討しておく︒観念の比較の場合には論理の隔たりも問題となるであろうが︑客観的実在の比較の場

合︑比較の対象選択は︑空間的隔たりのあるものどうしか︑あるいは時間的隔たりのあるものどうしの間で行うしか

ない︒空間的隔たりも時間的隔たりもない二つのものなどないから︑そこで比較は成り立たない︒したがって︑憲法

制度の構造と機能の比較といえば︑空間的比較と時間的比較の二通りになることはいうまでもないことである︒ゲ

(7)

( 1 2 )  

ツェヴィチは両者を同時に適用することの必要性を強調しており︑多くの論者がこれを支持している︒そのようなこ

とも憲法学史のある発展段階においては強調する必要があることは否定できない︒しかし今日は︑それを強調するま

でもなく︑確認しておけば充分である︒問題はそこから出発してどこへ行くかであろう︒

一九三六年にゲツェヴィチが示した比較憲法の方法に対して︑﹁ゲツェヴィチ教授は︑比較憲法史の

祠 ︶

課題を︑憲法の類型の発見・確定に求めている﹂とし︑﹁われわれにとっての問題は︑憲法類型の発見・確定は︑憲

( 1 4 )

1 5 )

 

法史における発展法則の発見・確定を意味しえないのかどうかである﹂と︑ゲツェヴィチの問題点を指摘している︒

実は︑かかる批判は︑第二次世界大戦後のゲツェヴィチに対しては︑必ずしも当たらなくなっている︒というのは︑

ゲツェヴィチは次のように述べるからである︒﹁世界を発展的に見ることが︑科学的観察の第一法則である︒

祠 ︶

すべては生きており︑すべては変化している﹂︒戦前ゲツェヴィチに対する鈴木の批判は︑戦後ゲツェヴィチによっ

てすでに乗り越えられつつあったといえよう︒この点は︑長谷川正安が﹁ゲツェヴィチ自身でさえ︑その方法論を︑

戦後つぎのように発展させている﹂として︑﹁憲法史を発展的な流れでとらえようとする態度が前面におしだされて

( 17 )  

くる﹂ことを指摘するとおりである︒しかし鈴木の批判は︑戦後のゲツェヴィチに対して妥当しないとしても︑なお

無自党的な類型論に対しては有効であろう︒

もっとも︑ゲツェヴィチが﹁憲法史を発展的な流れでとらえよう﹂としたにしても︑そこに問題がなかったわけで

はない︒長谷川は︑次のような指摘をする︒﹁歴史的ということは︑たんなる時間の前後をいうのではない︒生起す

るいっさいの社会的事象をつらぬく発展の論理を無視して歴史を語ることは︑語り手の数だけ歴史を濫造するにほか

( 1 8 )  

ならない﹂︒きわめて適切な指摘であると思われる︒たしかにゲツェヴィチは︑歴史を単なる混沌とみるのではなく︑ 関法

(8)

発展的にとらえようとしているが︑ゲツェヴィチのいう発展とは︑﹁﹃万物は流転する﹄ということが︑自然科学およ

( 1 9 )  

び社会科学の出発点である﹂と彼自らが述べているように︑ヘラクレイトス的な素朴な弁証法的発展のことである︒

このためゲツェヴィチのとらえ方は︑静態的な制度論を越えているが︑発展の原動力の源泉が視野に入ってこない︒

長谷川がいうように︑発展を単に時間の経過によって説明することはできない︒それは問題の置換にすぎない︒なぜ

時間の経過とともに発展するのかが問われなければならないからである︒つまるところ︑これは歴史観の問題である

( 2 0 )  

一般にこれまで比較憲法学の方法といえば︑一部の例外は別にして︑おそらくゲツェヴィチの影響のもと︑静態的

( 21 )  

方法︑動態的方法︑歴史的方法が説かれてきた︒そして︑そこで方法論は終わり︑あとはその方法による成果が求め

( 2 2 )  

られてきた︒たしかに対象と方法の﹁相互規定的な動態的関係﹂からすれば︑方法論が独走的に先行する事態は︑観

念的な遊戯の世界に迷いこむ事態に導くであろう︒したがって︑方法論ばかりにとらわれずに積極的な成果を求めた

ことは︑方法論の深化にとっても有益なことであったと思われる︒しかしながら︑﹁いかなる目的から︑どのような

( 23 )  

いかに比較すべきは自明ではない﹂という根本的な問題の指摘は︑避けるわけにはいかないであろう︒比較

憲法の目的や比較の対象選択のあり方︑比較のルールに関する自覚を欠いた比較憲法学は︑結局︑出発点で戦前の国

( 2 4 )  

法学を批判しているにもかかわらず︑主観的なドグマに陥りかねない︒それら自覚を要する点に関する従来の議論は

必ずしも充分ではなく︑そこにはなお見逃せない問題があるように思われるのである︒

(9)

スの憲法を選択するのが常であった︒ 第四四巻第四・五合併号

比較の対象選択

﹃比較﹄はそれだけ効果的である

﹁比較の対象を原理・傾向乃至は法学が類似する憲法に限るべきか︑或いは広く異質の憲法にも及ぼすべきかにつ

( 25 )  

いては︑議論がある﹂はずであったにもかかわらず︑

が当然のごとくいわれてきた︒たとえば宮沢俊義は次のようにいう︒﹁いうまでもなく﹃比較﹄という以上︑そこに ある程度の共通点がすでに前提されている︒そしてその共通点が多ければ多いほど わけである﹂︑﹁民族的・文化的性格のいちじるしく違う諸国の憲法を比較すること

1たとえば英国憲法史とエチオ

( 2 6 )  

ピア憲法史を比較するが如しーは︑必ずしも無用ではあるまいが︑その学問的効用は決して多くはない﹂︒この宮 沢の言説は︑明治憲法といわゆる近代立憲主義型の憲法との比較をいわば真正面から行うことができなかった一九三 六年という時点のものであることを考慮する必要がある︒しかし︑これに対して︑次の芦部信喜の言説は戦後のもの であるから︑このような考慮ぬきに受けとることが許されるであろう︒すなわち芦部によれば︑﹁空間的に比較する

( 27 )  

場合に重要なのは︑同じ基盤というか︑同じ文明の国について比較するのでなければ︑余り意味がない﹂︒たしかに 一方で︑異質の憲法の比較の重要性が指摘されている︒たとえば︑高橋勇治は︑第二次世界大戦後︑比較憲法の対象 が広範化・複雑化したなかで︑﹁比較憲法学の最も主要な課題がプルジョア憲法と社会主義憲法との比較研究という

( 28 )  

ことになるのじゃないか﹂と述べている︒このような社会主義憲法と資本主義憲法との比較の重要性の指摘に対して は︑ことさら異論は出されていない︒しかし︑大方の論者は事実上その指摘を無視ないし軽視して類似の憲法の比較

を排他的に重視してきたといえる︒そうして︑

(1) 

一般に比較の対象には類似のものを選ばなければならないこと

日本国憲法の比較の対象としてイギリス︑フラン

(10)

(2) 

とになるとはいえないであろうか︒

比較を行うに際して︑関係のないものどうしを比較しても無意味だとか類似のものどうしの比較でなければ無意味

だとかいわれることが多い︒たとえば﹁﹃法﹂と﹃月﹄を比較しようとしても︑それは無益な時間・労力の損失を意

味するにすぎぬ」とか、「比較は、現実のなかで、相互になんらかの連関•関係をもっている事物・現象を比較する

( 2 9 )  

のでなければならない﹂といわれる︒たしかに月と法の比較は無意味である︒しかし︑このような極端な例をもって

しては例証にもならないであろう︒たとえば︑奴隷制社会と資本主義社会とを比較するのは無意味であろうか︒ロー

マ法と資本主義社会の民法とを比較するのは無意味であろうか︒奴隷制社会と資本主義社会とは無関係であるが︑両

者の比較がまったく無意味だと考える人は少ないであろう︒ローマ法と資本主義社会の民法とは﹁法の継受﹂という

関係があるといわれるが︑しかし古代ローマ社会とたとえば今日の日本社会とのあいだに現実の関係があるわけでは

ない︒とはいえ︑しかし二つの法の比較が無意味であるとは思えない︒関係のないものどうしの比較が無意味だと考

えるために︑しばしば現実の関係がないものどうしに苦し紛れの関連づけを行なって比較を行なうこともけっしてな

いとはいえないであろう︒それは︑形と程度こそ違うにせよ︑なお一種の実用主義・ご都合主義にとらわれているこ

比較の意義と目的

それでは︑類似性のないものどうしの比較は無意味だとか︑そうはいわないまでも実益が少ないと考える立場は︑

いかなる意味でそのような比較が無意味もしくはあまり意味がないと考えているのか︒比較の対象をいかに選択する

かは︑結局︑比較の意義や目的をどのようにとらえるかにかかわる問題であるといえよう︒

(11)

提に背馳することになるからである︒

第四四巻第四・五合併号

そもそも比較とは事物を対比して共通点と相違点とを明らかにすることである︒しばしば︑比較は﹁比較のための

比較﹂であってはならないといわれる︒すなわち︑対比して共通点と相違点を洗い出すことだけで終わってはならな

めの比較﹄にとどまるだけでは︑ いといわれるわけである︒たとえば黒田了一は次のように述べる︒﹁比較憲法学が︑各国憲法のたんなる﹃比較のた

( 3 0 )  

やはりその名に値いしない﹂︒このように比較はそれじたいが目的ではなく︑手段

にすぎないと一般に承認されているとみてよいとすれば︑比較が仕える目的とは何であるかが問われることになる︒

この点に関して︑従来の比較憲法方法論は必ずしも明快な答を出していなかったように思われる︒比較的明確に述べ

られていたことは︑法解釈あるいはより広く法実践との関連についてであった︒この点についてはまた後述するが︑

広く認められていたことは︑比較の結果を法解釈や立法論を正当化するために用いることはできないということ

( 3 1 )  

であった︒たしかに現実に実用主義的な偏向があったにしても︑今日それを無条件︶ r

om pa ra 1s on e   n st   pas a   r

is

on

 

に肯定するような方法的立場はみられなくなっているといえよう︒そうすると︑比較の目的としては何が残るのであ

ろうか︒たとえば︑憲法や憲法諸制度の類型のカタログをつくることが比較憲法の目的として当然のように考えられ

ていたようにも思われるが︑これは答にならないであろう︒というのは︑比較という作業が類型化そのものであるか

らである︒そうである以上︑︿類型化のための比較﹀という答は︑﹁比較のための比較であってはならない﹂という前

以上︑簡単な検討であるが︑そこからいえることは︑結局︑比較が仕える目的とは︑対比される二項のそれぞれの

事物をよりよく認識することであるということである︒﹁比較法も︑諸国間の法制度などを比較することによって︑

( 32 )  

社会現象にたいするより正確な認識をうるための補助的手段である﹂︒比較の意義は︑比較によってそれぞれの事物 関法

二 ︱ °

(12)

能である︒それに対して奴隷制社会と資本主義社会の場合︑

一見して似ておらず現実の関連がないにしても︑ともに に新たな光が当てられ︑これまでにみえなかった側面が明らかになることにある︒すなわち比較とは発見の手段であ

( 33 )  

り︑個別の事物の認識を深めるための手段である︒そうであるとすれば︑共通点の発見も相違点の発見もそれぞれの

事物の認識の深化という比較の目的にとっては︑さしあたり等価である︒したがって︑共通点が少ないからといって

比較の意味が少ないことにはならないはずである︒したがってまた︑共通点の多いものどうしの比較をどうしても重

視するのであれば︑その理由を充分に説明する必要がある︒共通点が多いこと自体は充分な理由にならないからであ

( 34 )  

る︒逆に相違点が多ければ︑﹁では何故違うのか﹂︑﹁それにもかかわらずどこが似ているのか﹂と問うことによって︑

それぞれの事物に対する認識を深めることも可能なはずである︒もしそれが果たせれば︑その比較は有意義なものと

そこで︑比較の対象選択のあり方という問題に回帰すれば︑比較の対象の選択は相当自由であってよいことになる︒

もちろん比較する際には比較可能な共通の属性を取り出すことが手続上不可欠である︒それができなければ︑比較は

成立しない︒先述の例でいえば︑月と法の場合は︑それぞれが自然現象と社会現象で︑共通の属性がないから比較不

社会現象として共通の属性をもつがゆえに比較可能であり︑それぞれの政治制度や経済制度を比較することが可能な

のである︒要は︑比較によっていかなる共通点あるいは相違点を析出するかである︒それによって有意義な比較にな

( 3 5 )  

るか否かが左右されるのである︒類似点の少ないものどうしの比較の場合︑すなわちデュヴェルジェの言葉を借りれ

ば遠隔比較

(c om pa ra is on se lo ig ne es ) 

の場合︑近接比較

(c om pa ra is on s pr oc he s)  

ようにみえるが︑実は困難そのものは特別なものではない︒というのは︑ の場合と違った特別の困難がある

いずれにしても︑比較の際にはあらかじめ

(13)

とする︒その点で︑近接比較と遠隔比較の困難はとくに違いがないといえる︒デュヴェルジェは遠隔比較について次

のように述べる︒﹁それぞれの専門家が他の社会諸科学の発展をフォローする努力を多く払えば払うほどーたとえ

時間がなく﹃アマチュア﹄としてしかそうできなくともーー'︑それだけ多く彼は︑未だに見落とされていた関係から

出発して、仮設の基礎をなしうるであろうような類似を発見する1その仮設が新しい研究を涵養するであろヽつ~

( 36 )  

ことによって︑自分自身の専門分科を進歩させることができる﹂︒﹁類似﹂を﹁相違﹂に置き換えれば︑同じことが近

接比較における相違点の発見についても妥当するであろう︒

比較に関する以上の一般的考察は︑比較憲法の意義・目的と対象選択のあり方についても妥当するであろう︒すな

わち︑比較憲法の目的とは︑比較によって個別憲法の認識を深めることであり︑単なる共通点の多寡を比較の対象選

択の基準とすることはできない︒重要なことは︑比較によって共通点あるいは相違点として見いだされたことがらを

比較憲法が﹁学﹂として自律するかどうかは︑科学の体系性をいかに考えるかによって左右される問題であること

はいうまでもない︒私法領域で発展してきた比較法︵学︶は︑自己規定をめぐって︑独立の科学とする説︑単なる方 それぞれの個別憲法現象の諸側面として位置づけることである︒ であることが多いであろう︒そしてそれらの析出は︑一見して可能なわけではなく︑対象への立ち入った分析を必要 第四四巻第四•五合併号

比較の対象のそれぞれを一定程度認識していることが必要であることにはかわりがないからである︒近接比較の場合

には︑とくに相違点の析出が有意義なことが多く︑遠隔比較の場合には︑とくに類似点ないしは共通点の析出がそう

(14)

i

法にすぎないとみる説︑折衷説︑論議そのものを無用と考える説に分岐しており︑

( 37 )   (C on st an ti ne sc o)

によれば一八五七年以来この問題は妥当な回答を得ていない︒このような論議は比較憲法︵学︶

コンスタンティネスコ

では行われてこなかったようであるが︑同様の分岐はありうるであろう︒ともあれ︑固有の対象と目的︑方法をもっ

ことが科学の自律的体系性の条件であるとすれば︑比較憲法の学としての自律的性格を即座に認識することは困難で

あろう︒比較法について︑コンスタンティネスコは︑同様の条件を挙げつつその自律性を認める︒彼は︑科学の自律

性はもともと絶対的なものでなく︑個別科学は自律しつつ相互に補完し合うと指摘し︑比較法の相対的な学的自律性

( 3 8 )  

を承認するのである︒しかしコンスタンティネスコのいうように自律性が相対的なもので構わないとしても︑

いわれるように比較が自己目的化してはならないとすれば︑類型化ーしばしば比較︵憲︶法の目的とされるーも

目的となりえないのであるから︑たとえ相対的にせよ自律性は明確にならない︒したがって︑既述のように比較憲法

は個別憲法現象の認識を深めるための発見の手段と規定するのが適切であろう︒そうだとすれば︑比較憲法は﹁かな

り便宜的なもの︑科学的研究に橋渡しする過渡的な方法であって︑それ自体独自の学問領域をなすものとは考えられ

( 3 9 )  

ない﹂ということを認めざるをえないように思われる︒

しかしながらもちろん︑比較憲法が一っの便宜的な手続であるからといって︑比較の方法が便宜的であってよいと

いうわけではない︒比較とは事物を観念的に対立させてみる思考上の操作である︒対立させてみる事物は現実の関連

があろうとなかろうとよい︒比較の対象選択は自由でよいが︑それだけに比較はいわばつまみ食い的なものになる危

険を常にもっている︒比較はきわめて高度な認識作業である︒なぜなら︑比較されるそれぞれの事物についての一定

の認識がなければ科学的に有意な比較は不可能であるからである︒そのような前提が満たされているとき︑比較は同

(15)

くなりはしないか︒ る ︒

第四四巻第四・五合併号 一の要素︑側面の間で成立し︑ご都合主義を免れうることになるであろう︒

ところで︑比較憲法の学的自律性に懐疑的な以上の考え方に対しては︑それと異なる見解も存在するように思われ たとえば黒田了一は︑比較憲法学の固有の基本的任務を﹁各国憲法の比較考察をつうじて︑個別的もしくは類型別

に︑個々の憲法の独自性ないしは特異性を明かにするとともに︑さらに憲法全般につうずる共通性ないし普遍性を見

( 40 )  

極めることによって︑憲法の一般原理やその発展の方向を明かにするという任務﹂という︒ここで黒田がいう一般原 理やその発展方向の意味は必ずしも明らかではないが︑それはともかく︑共通性と独自性を明らかにすることによっ て︑憲法の一般原理や発展方向が明らかになるのであろうか︒もしそうであるとすれば︑たとえば﹁外国で多くの国

( 4 1 )  

家が採用している制度には速やかに取り入れるべき制度が頻る多いのである﹂と述べる大西邦敏の公法学会報告や日 本国憲法について﹁諸外国の憲法にくらべれば︑どこの国の憲法にもない規定が二十を数えるばかりでなく︑ぜひ必 要な条文規定がかなり抜けているずさんさや世界の憲法の一般的傾向を無視した時代錯誤性前時代的性格が

( 42 )  

めだっ﹂とし︑適度に憲法改正を行っている民主国の多くと比べて﹁日本ではあまりにも憲法改正に尻ごみしすぎる

( 43 )  

きらいがありはしないか﹂と述べる憲法調査会の委員有志の共同意見書﹁憲法改正の方向﹂も見直さなければならな 世界の流れが外在的に個別憲法現象の動向を決定的に左右するのではなくて︑個別憲法現象の変動がときに世界的

な傾向を形成するようにあらわれるのであり︑個別憲法現象の変動はそれをもつ社会の矛盾の中に運動の源泉をもつ︒

( 4 4 )  

したがって︑大西邦敏の﹁算術的比較法﹂が戯画的なのはただ数を数えただけでそのような矛盾を指摘していないか

関法

0)

(16)

事物を一挙に認識することが不可能であるからである︒

一っ︱つの要素を抽象し︑さらにその諸側面を一っ︱つ抽象 とされていること自体に問題があり︑困難である︒ らは︑個別の憲法現象の構造の解明によって明らかになるのである︒したがって︑共通性と独自性の洗い出しによる一般原理・発展方向の解明ということを比較憲法の固有の任務とし︑その学的自律性を主張することは︑固有の任務また︑比較によって理念を構成することを比較憲法の独自の課題とし︑その学的自律性を認める考えもあるかもしれない︒しかし理念を構成することは︑それじたい解釈ないし実践の課題であって︑憲法科学の課題そのものではない︒たしかに理念の社会的歴史的正当性を明らかにすることは︑その担い手や社会構造を解明する科学の課題であろ

( 4 6 )  

うが︑それはまさに当該憲法現象それじたいの分析という課題であって︑比較によって可能になる問題ではない︒

比較憲法の学的自律性を主張する見解としては類型論を独自の課題とする見解もあろう︒これについても︑若干繰

返しになるが︑なお論じる必要がある︒類型化という操作は抽象化を媒介にして可能になる︒抽象が必要となるのは︑

し︑形態規定を行う︒その過程において比較は効果を発揮することがあるであろう︒﹁﹃比較﹄ということは︑人間の

( 4 7 )  

事物・現象にたいする認識過程における有力な論理的方法の︱つである﹂︒類型化は抽象と比較の産物であるが︵抽 くみられる現象を指摘しただけでは︑ らである︒大西の議論は︑すでに多くの論者によって︑あるいは実質的な比較が欠如していると批判され︑あるいは

( 4 5 )  

比較憲法の成果の利用を誤った極論であると批判されてきた︒それらの批判は大旨妥当であるが︑しかし他方で右に

紹介した黒田のような見地にたった場合には︑批判に不充分さが残るように思われる︒すなわち実践的観点でなく認

識そのもののレベルでなにゆえに戯画的と評されるのかは︑必ずしも明快にならないうらみがあるからである︒数多

一般原理や発展方向を明らかにしたことにはならない︒繰返しになるが︑それ

(17)

うことになろう︒ 第四四巻第四・五合併号

象せずには比較できないから︑単に比較の産物といってもよい︶︑比較が個別の客体の認識のプロセスの一段階であ

る以上︑類型化それじたいは︑そのプロセスの中間的総括以上の意味をもたないはずであろう︒その意味は小さくな

しばしば︑比較憲法学の名のもとに外国憲法の研究が行われているにすぎないといって︑比較憲法学の低迷が批判

一見もっともな批判であるが︑その批判が考える比較憲法学なるものが必ずしも自律的なものと

はいえないかぎりで︑批判それ自体も不充分なものになっているといえよう︒比較を自己目的化してはならないとす

れば︑憲法の比較もいわば通過点となるはずで︑つまるところ個別憲法の科学的認識が比較の仕える窮極の目的とな

( 4 8 )  

るであろう︒重要なことは︑比較によって発見された憲法現象の側面やその姿態を憲法現象の他の側面との関連にお

いて位置づけることである︒すなわち発見された側面とその姿態を個別憲法現象のなかで把握することである︒何故

そのような側面があり︑その側面が何故そのような姿をしているのかを個別憲法現象の発生・展開のなかで捉えるこ

とである︒結局︑発見されたのちの手続は︑比較憲法的処理でも何でもない︑ほかならぬ憲法科学的処理であるとい

(1

)

(2

)

0

0頁 ︒

( 3 )

0

(4

)

0

されることがある︒ いとしても︑中間的総括であることにかわりはない︒ 関法

(18)

比較憲法学の方法と自律性に関する覚書

年︶所収︒これが紹介するミルキヌ

11

ゲツェヴィチの論文は︑

L 'h i s to i r ec o n st i t ut i o nn e l le   co mp ar ee ,  A nn al es   de ' I   l n st i t ut   d e  Dr oi t  c om pa re e  d   l'Universite

e  d   Pa r i s,   I I ,  

1936で本︸るが︑これは参照できなかった︒同論文の邦訳としては︑﹁比較憲法

史﹂林茂訳︑﹃民主主義科学﹄一巻五号がある︒

(5

)

長谷川正安﹃︹新版︺憲法学の方法﹄︵日本評論社︑一九六八年︶一四一頁︒

(6

)

ミルキヌ

11

ゲツェヴィチ﹁比較憲法研究の方法﹂同﹃憲法の国際化﹄小田滋・樋口陽一訳︵有信堂︑一九六四年︶三一四頁。なお、cf•

Mi rk in e  ,  Gu et ze vi tc h,   De   la   me th od e  d 'e tu de

 d

u  d ro it   co ns ti tu ti on ne l  co mp ar e,   id . L,   es   Co ns ti tu ti on s  eu ro pe en

  , 

n es ' t .  I ,  

1951, p . 

6.

 これは邦訳された右論文とほぽ同じ内容である︒

(7

)

C f. i bi d . ,  p .  7.  

(8

)

C f. i bi d . ,  p .  6.

 なおバルテルミーの当該言説は︑

Ba rt he le my e t  D ue z,   Tr ai te   el em en ta ir e  d e  d r oi t   co ns ti tu

  , 

t io n n el ,

 1926, p . 

7.  

(9

)

ただし︑ゲツェヴィチは︑﹁法解釈の方法と政治学的理解の方法﹂が二律背反ではないと考えている︵同前︑三︱二頁︑

cf•

De  l a

 m et ho de   d' et ud e  d u  d ro it   co ns ti tu ti on ne l  c om pa re ,  p s6.)-H匡i背に反でヽ45いレJナソi、-回土名の血〖伍か如加扁四iJf問四題で本}るい心.  

が︑その点は明確にされていない︒

( 1 0 )

c f . i bi d . ,  p .  7.  

( 1 1 )

c f . i bi d . ,  p .  9.  

︵ ママ ︶

( 1 2 )

一例を挙げれば︑四0年近く前の共同討議のなかで和田英夫は︑﹁非常にサゼッションがある﹂と高く評価している︒参

照︑﹃憲法研究入門﹄︵酒井書店︑一九五七年︶二0

( 1 3 )

鈴木安蔵﹃比較憲法史﹄︵勁草書房︑一九五一年︶一七頁︒

( 1 4 )

( 1 5 )

したがって︑長谷川正安が︑鈴木に対して︑﹁ゲツェヴィチのティポロジーにたいして︑﹃別して異論が存しえない﹄とい

うのは︑少しばかりおかしく感ぜられないだろうか﹂︵前掲﹃︹新版︺憲法学の方法﹂一五0頁︶と批判するのは︑そのかぎ

りでは︑当を得ていない︒鈴木は︑のちに﹁彼︹ゲツェヴィチ︺が単に類型の分析程度にとどまっているのは不十分だと

思っている﹂と︑批判を明確にしている︒参照︑前掲﹃憲法研究入門﹄ニ︱0頁︒長谷川の批判に対する鈴木の簡単な応答

(19)

関法第四四巻第四・五合併号

0頁 ︒

として︑参照︑鈴木安蔵﹃憲法学三十年﹄︵評論社︑一九六七年︶七

OI

( 1 6 )

ミルキヌ

11

ゲツェヴィチ﹁比較憲法学の方法﹂﹃憲法の国際化﹄=二五頁︒

C f. Mi rk in e Gu et ze vi tc h, e  D   l a  m et ho de   d' et ud e  du   dr o i t  c o ns t i tu t i on n e l  c om pa re ,  p 8.   . 

( 1 7 )

長谷川﹃︹新版︺憲法学の方法﹄一五0頁︒なお鈴木は︑長谷川のゲツェヴィチに対する評価を誤解しているように思わ

れる︵参照︑鈴木﹃憲法学三十年﹂七一頁︶︒長谷川は︑ゲツェヴィチが単に後退したとはみていない︒

( 1 8 )

長谷川﹃︹新版︺憲法学の方法﹄一五四頁︒

( 1 9 )

ミルキヌ

11

ゲツェヴィチ﹁比較憲法学の方法﹂﹃憲法の国際化﹄=︱‑五ー三一六頁︒

C f. Mi rk in e  , Gu et ze vi tc h, e  D   l a  m e th od e  d tu de du   dr o i t  c o ns t i tu t i on n e l  co mp ar e,   p.   8.  

( 2 0 )

影山日出彊は︑ゲツェヴィチの比較憲法方法論の検討を通じて︑﹁比較憲法史にとっては︑一定の歴史観そのものが対象

をより全面的に把握しうる方法自体のうちに自覚的にふくまれるような方法論を必要とする﹂︵影山﹁比較憲法史序説I

方法と課題ー﹂﹃科学と思想﹄四号︑一六八頁︶と述べている︒正鵠を得た指摘であるといえよう︒

( 2 1 )

たとえば︑参照︑吉田善明﹃現代比較憲法論﹄︵敬文堂︑一九八六年︶二九頁以下︑阿部照哉編﹃比較憲法入門﹄︵有斐閣︑

( 2 2 ) 小林直樹﹁憲法学の課題と対象憲法学方法論序説ー﹂﹃法学協会雑誌﹄︱

10

( 2 3 )

長谷部恭男﹁憲法学における比較不能性﹂芦部信喜先生古稀祝賀﹃現代立憲主義の展開︵下︶﹄︵有斐閣︑一九九三年︶七

( 2 4 )

なお︑つとに黒田了一も次のように述べている︒﹁何をどのように比較するのか︑そこにしっかりとした方法論的自覚が

なければ有害無益のそしりをまぬかれない﹂︵黒田了一﹃比較憲法論序説﹄︵有斐閣︑一九六四年︶二九頁︶︒もっとも︑自

覚を欠いた研究が客観的に有益なこともないとはいいきれない︒

( 2 5 )

田上・前掲書︑六頁︒

( 2 6 )

宮沢俊義﹁憲法の比較的・歴史的研究について﹂同﹃公法の原理﹂

( 2 7 )

前掲﹃憲法研究入門﹄二0

( 2 8 )

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