奈良教育大学学術リポジトリNEAR
小学校低学年における算数教育の試み ― 概念形成 と形象に関連して ―
著者 松原 茂
雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要
巻 7
ページ 173‑183
発行年 1971‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10105/6239
小学校低学年における算数教育の試み
概念形成と形象に関連して
松 原 茂 (付属小学校)
は じ め に
教授過程(したがって子どもの内面である認識過程を含めて)は1つには具体場面から抽象場面へ,
他方には抽象場面から具体場面へということが大筋として言える。最近の教育学,教育心理学は後者 が強調されてきている。別な表現を用いる在らば,一般場面から特殊場面へ,典型的な場面からr般 化へということになる。
ところで,たとえば36名の1年生を前にしている教師の授業に対する見方は複雑である。授業で の最初の一 言を,どんな内容のものを,どんなことばで,どのような表情でもって切り出すぺきかに 対しても,その寸前まで迷いつづけて臨む場合だってしぱしぱである。まして,どんな教材を用意す るか,教材をどうとらえてどう教材化するか。子どもがどう変わってくれることを期待するかなどを,
36名の子どもについて心情的に,時間的に,空間的に描いた上で授業過程を構成しなければ庄らな い場に立たされている。
小学校における授業,なかんずく低学年の授業はある意味で技巧的であるとともに緻密な言†算の上 に立ったものでなければならない。一つの迂闇な質問を出したために授業の構造,質がすっかり変わ
ってしまうし,むしろそのよう在授業に在ってしまうことのほうが多いのが現実であ銚
本論では三つの授業をとり上げてみようと思う。「広さ・かさ」・「角」・「かけ算(導入)」に 関するものであんこの三例を通して次のような点を明らかにしたい。
ω子どもの認識とのかかわりに拾いて,どんな教材を用意しなければならないか。
2〕子どもの認識を高めるためにどう教材化しなければならないか、
(3〕新しい概念を導入する授業における望 ましい展開のパターン。
(4〕一連の授業の過程での子どもの認識の 姿。
㈲授業で,子どもがどう変わることが望 ましいか。
1 r広さ・かさ」の指導(1年生)
①広さの認識と教育のかかわり
右の写真は運動会のあと「紅白玉入れ」の
一173一
ようすを書かせたときの作品である・地面にひかれた 白線ラインを境にして円を外と内に2分して描いてい る。白線ラインは.児童たちがまるく向かい合って整列 するためのめどにするラインであるにもかかわらず,
子どもたちはあたかもゲームをするための場所・広が りとして描いている。円内だけに玉を描き出している のもいかにも子どもらしい。
かれらは,まだ平面を2次元の広がりとは理解しない。玉がたくさんはいる,人数を多くするとき には大きな門やわくを描くといっえ段階にある。したがって,2次元の広がりとして意識させるのは 教育の仕事である。そして,それらは4年生の面積指導まで待つのではなく,I年生なりのとり上げ 方を工夫すべきものと思われる。
2次元を意識させるには左右の拡がりと上下の拡がりを何らかの形で意図的にとり上げるべきであ ろう。たとえば
・)閉じたわく内を色づけするのに単にぬりつぷすのではなくて,ペンまたはクレパスを左右にふ らせながら次第に上(下)方向にぬっていかせるとか
11)紙片などを次つぎとのりづけさせて,はり拡げていかせる在どの作業があってよい。
以上のことを基本的に考えながら次のような題材を設定し札 ②広さの教材化と意図
「ぱしょとり(外)あそび」
「ぱしょとり(内)あそび」
「かみはり」
運動場という現実的な空間のもとでゲー ムを介して自分のしめる場所の広がりに気 づかせたい。(ゲームのルール略)子ども たちは自分の広がりOからはじめて「いし 分」,「ふろしき分」,「はさみ分」だけ つぎつぎと場所が広がっていくことに興味 をもつであろうし,手のひらが地面をはう 感触を通して二次元を意識するであろうこ とをねらったのが「ばしょとり(外)あそ び」である。
画用紙上など窓外の空間でない紙面・平面上で場所とりをさせる。さらにものの広がりは運動場と か画用紙上だけではない。花びんのよう庄丸みのあるものにも存在する。ほっべたを左ぜる。広がり がある。花びんに色紙の小片をちぎって側面にはらせる。花びんの広がりは色紙何枚分にあたるだろ
うかなどの考察が「ぱしょとり(内)あそび」,「かみはり」である。
③ かさの指導に拾ける絵による表象と具体的操作の順次性
一174一
幼稚園児の遊びを観察してみよう。かれらは砂場で山を作ったり,川をほったり,トンネルをつけ たり喜々として遊んでいる。浴場で洗髪してもらっている。rもう一杯水かけて」などの経験,食卓 塩を野菜にふりかけての食事な&かれらぱこれまでさまざまな物のかさを扱って来た。そこでは「
もう少し」とか,「大きな」「ちっちゃな」凌どのことぱを介して分量についての抽象が次第になさ れてきている。
これまでの学習指導では2年生ないし3年生で水量の測定,4年生の体積を扱うまで,1年生てば 主として水量について「入れものにはいる水のかさ」として扱ってきた。そこでは水量を主眼に扱っ たものか,入れものの空間的な広がりを主眼に扱ったものなのか明らかにならざるをえなかった。か れらの生活からするとこの際,水量に限らず,物r般のかさに着目させたり意識化させる指導がなさ れてよい。
物一般といえば,水,砂,ねんど㌔中のつまっ走箱,つまってい注い箱、教室の空間をどの素材が 考えられる。子どもの生活との密着から考えても,量の分割や合併,操作のしやすさから見てます砂 による,操作を通しての概念作りが考えられる。以下水,ねんど,空聞へとつなぐのがよいであろう。
ところで,物の多少や大小は物そのものの比較において,また身ぶりや手ぶりを通させるいわゆる 具体的操作によって意識化させる一カ,絵による表象を通して量を添加する場合の具体的な行為や量 の分割,加法性への志向を端的に意識づけることはできないだろうか。これ重での学習指導ではまず 絵による分量の操作からはいり,あとで戸外で実際に砂を操作させることにし札
絵による分量の抽象
黒板に少,中,多の三つの砂山を描いて見せ,「少在い」「中ぐらい」r多い・たくさん」の言語 化からはじめ,r Iばい分の山」、「2ばい分の山」, …・…・,を絵,操作,言語を関連づけてとり上 上げた。こうすることによって
1.分量の多少が表現化できる 2.r何ばい分」の意味が表象
と操作とを結んでばっきりと させられる。
3.子どもがノートに描くこと によって,操作と内容(分量 の多少)とを主体的にとり組 盲せることができる。
ことをねらいとした。右図は子ど もがノートしたものの1例である。
子どもの認議
■凶に苅 い ぶ心
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● .
似 2ふ・ぶ4 ん・8一榊・
.三・ 5z
1茎 三俺・
教室内での絵による分量の抽象,戸外での抄出づくりのあと作文をさせた。
作文I さんすうのじかんのとき,出つくりをしました。わたしはなにを拾ほえたかというと,
1ばい2はいというのを拾ばえ ました。やっぱり,ようちえんよりがっこうのほうがいい とお■もいました。
一1怖一
あとに上げる作文もそうであるが,顕著在反応として子どもたちは数概念の発達とともに幼稚園時 代の砂山づくりの遊びと小学校のそれとは質的に高まってとらえて拾り,子ども自身もそれを自覚し ていることである。
作文2 いっぱいぶんの山のうえに また 1ぱいのせると,2はいぷんの山になる。3ばい(ぷ ん)の山に Iっこす凌をかけたら4ぱいぶんの山になる。
4ばいの砂から1っぱいひくと3ばい(分)の山になる。
1Oばいの山から 2とると,8はいの山になる。
加法的にとらえている。個物の加法性から発展させて連結量を見なおす一つの段階を経過している とみられる。このほか,関係的にとらえようとしている子ども,量を変化の中でとらえようとしてい る子ども,次の一例は倍関係にとらえ走子の作文である。
作文3 わたしば20ばいと 1Oぱいと 5はいぶんの山をつくりました。5はいの山にくらべ ると1Oばいの山はちょうど2つよせた大きさです。20ばいの山は4つよせた大きさです。
20ぱいにくらべると11Oばいの山はぱんぶんの大きさです。
④ 絵によるかさの学習
絵による分量の操作は空間的な広がりを平面上に写しかえるため,数量的には全く正しく表現でき ない欠点がある。しかし,低学年の
段階では量の加法性や倍関係を見さ せる意味で欠点を拾ぎなうにあまり
あるものがあると考えた〜・子は :町0二・3gl 1小川ト舳い喝ト
ー連の学習の中で,右図のよう在絵 ぢ、 【クつ をノートして来た。
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広さの概念をよくつかんでいること がうかがえる。
2 角の認識と教材化(1年)
①角の認識と教育
右の図は国語科題材「げんごろうぶ在」を扱ったあと,図工科で書かせた絵を模写したものである。
げんごろうぱ草原に平行に,高々とのぴた鼻はうまく体に垂直に描いている。 ピアジェによれば幼児 の図形認識は位相的な認識から始まるとしているが,直角というものを早く意識し出すのではないか。
園児が描く「山にばえた木」てば山の陵線に対して木を鉛直に描くことはほとんどないといってよい。
多くは陵線に対して垂直にのびた木を描く。直角にかかわって角の認識の発達を再調査する必要があ
る。
一176一
ところで,同じく図工科で「まりをける足」を書かせた。
36枚の作品を並べてみて,足の描き方に5つの段階があ ることが明らかとなっ走。
1 足が平行につったっている。
並足をまげてボールをける姿勢に描きたいのだけれど,
それができない。そこで,からだ全体を斜めにたおし てボールをける状態を表現しようと努力する。
もちろん,2本の足は平行を保たせている。
㎜ ももとすねを折りまげたいが思うようにまがらない。
そこで足全体を曲線に描㍍上体も起こして描けな〜
lV ももとすねに角度がでてくる。皿の曲線にならずひ ざがでてくる。しかし,そうしようとすれば皿同様上 体が斜めになる。
V 片足で上体を支え,他方でボールをけるrわたし」
が描かれる。
1〜
川、
〃
一年生にとって「まりをける足」はたしかにむずかしい。横向きにかかねばならない。足,腰の位 置関係に配慮しなければならない。もも,すねの長さへの配慮左ど。
クラス全員の子どもにVの段階の絵をかかせようとぱ望まない。しかし,かれらが「わたしのうで や足がまがる」「テレビのアンテナが一点から放射状に出ている」などの見方や意識そしてそれら
が自由に線書きすることができたら,少なくともつったっている足や斜めにた拾れている絵,足を曲 線で描いてみせることには左らなかったのではなかろうか。もし適切在教育がなされた時点では単凌
る「うまい絵が描けた言々」ではなくて、物の空間的な把あく,認識とかかわる問題であろう。
算教科の教育過程から考えてみよう。角の指導や平行・垂直の位置関係にかかわる内容である。子 どもたちは3年庄いし4年に在るまで正式には学ば凌い。ところが先にも見てきたように幼児から1 年生あたりにかけてすでに垂直というものをつかんできているのである。子どもたちのごく身近なか
らだ自体の観察や描写や立木の幹と枝の分かれぐあいやつながりぐあいなどの観察や描写などを用意 してやれぱどうだろうか。そこでをされた教育ぱ3年生で図形や角を扱いやすくするための準備でも なければ,また,かれらが将来学ぶてあろう教育内容をうすめたものであったり,カプセルにして飲 みやすく与えようとするものでぱない。折れ曲がっているもの,まるく曲がっているもの,枝分かれ しているものへの自覚,意識化そのものであって,それ自体低学年の段階で歩ませ変革させて歩いて やらねばならない知的活動であると考える。
② 教 材 化
「かっこいい,運動や。」「やあ,人形が寝ている。」「足が上がった。」「水泳や。」とにかく 喜びようといったらずごい。自分の手で自由に好き在ポーズができるんだから。それは自分が描こう
として描けなかった動作やポーズが容易に造り出せるのだから。
これば「曲がるもの」への意識をからだを介して学はせようと考え,ピノキ才人形を作って,ひと
一1竹一
一I78一
りびとりに持たせて操作させたときの児童の反応である。実際かれらは始終腕を曲げ,仲はし,足を 運び,椅子にかける動作をくり返えしているにかかわらずr曲がる」r曲げる」ことが自覚されてい ないのである。
ピノキ才人形は,いわばかれら自身であり,現実でありながら 現実を抽象したモデル,一般化への入口の役割りをも走せたもの
である。低学年の子どもに提示するモデル,典型は巻となのモデ ル,典型そのものでしかだめだというものでぱない。数学の構造 を保ち在がらもより子どもの生活に近いものであることが望まし い。ピノキオばからだの各音ゆ自由な運動,曲げ伸ばしを提示し てくれる。人そのものでは凌いが人形に自分を見出す一方,人形 から物一般へと開かれている。
指導過程
。ピノキ才人形による具体的操作の活動「すがたあて」として とり上げる。写しとる操作を加味しての表象化
。からだの線書きによるポーズ書き おれている,曲がって いるなどの言語化
。目をかれらの周辺に向けさせ,教室の内外のものから学はせ る・
校庭にある遊具,施設の観察と描写 「おれているもの,
まがっているものをみつけよう。」としてとり上げん 以上の過程で子どもたちが書いた絵は左のようなものであ糺 子どもの作文から
子どもたちはポプラの枝に,シーソーに,フランコのパイプに折れているもの,曲がっているもの を見出した。 (図略)ある子は
作文 わたしはまがっているものをみつけていくうちに,なにかの中に(事物の中にという意)い くらもまるくまがっているものがあることにきづきました。「参れているもの」と「まがって いるもの」をくみあわせたものぱ,うんどうしょうだけでも.たくさんあることにきがつきま した。
と,ちがう事物から共通点(拾れぐあい,まがりぐあい)を見つけ出しているし次のように分析的 にも見ている。
。「小鳥小屋のかたちが拾れているもの,小鳥小屋のあみはまがっているものです。」
・「…・・・…それともう一つ,わかりました。それは,かいだんが拾れていることです。かいだんは 上まで拾れています。」
家庭にある事物を扱う前に,すでに考えの対象がそこまで拡がっていることも 。「わたしは,いえには おりたたみのさしもあるなと拾もいました。」
で知ることができる。次の作文は、学校の行きがえりに見る事物について,その驚きを記している。
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・「・…一・。かっ〜二うのかえりにもい書までなんにもきがつかなかったけど・・まるいくすりやさん のかんぱん,たぱこやさんのしかくいかんぱん,大がくのまるくまがったあたらしいやね(新図 書館を指す)など,『あれぱまがっているもの』・rあれはまっすぐなもの』となんでも気をつ けるようになりました。
推
抽く
, 三〇舳 る
Lれ
参・ト
〃叱
3 かけ算の導入(2年)
かけ算をどのように導入するかにはいろいろな論議がある。
・ 借を強調する方法 。 量×量による方法
前老は基準量を1としたとき比較する量がいくつかということで難解,後考は同数累加を無理にさ げて高学年での乗法に直結させて筋を通そうとするあまり低学年の子どもの、覆堵にそぐわない。
ところで,次の3つの図を見てみよう。a図では量るを1つひとつ数えたくなる。b図では5+3
+4と加法をやりたくなる。a一図のようにある部分を点線で囲むとか,念頭に拾いて点線にあたる 部分を想定すると7+5と加法の場になる。実際2年生の半数以上はa図をa1回としてとらえる。
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つまりかれらは数えるしかない場を加法の場としてとらえられるまでに質が高まっているのである。
〆 〃 0◎ 0
0b.0
Dθ000
グδ...、0
や事。0。
ψ. O ・
0
C図は乗法の場である。C図では3つのグループがそれぞれ同数で何か新しい演算が規定できそう であんb■図はただ1個図のように移動させたり,移動を想定したりすることで乗法の場となん C図は同数累加そのものではなく全く新しい演算り場とすることこそ人問の知恵であり,それが乗法 であろう。
〆 。
◎ o
0・00..一.
g・・8
。㌔・・壱
0 00かけ算の導入
すでに子どもたちが獲得している加法や同数ずつ(または同数とみなして)いくつ分という見方を 支えにし庄がら総数を求める新しい演算としてかけ算を導こうとする。このことは同数累加即乗法で
あるというものではない。上のような場そのものが乗法の場であり,加法とは関連をもちながらも新 しい演算であることを理解させようとする。こうしてみると,子どもたちの周辺にはさまざまの乗法 の場がある。りんごが3こずつ4つのさらにもられている場 6人ずつでフォークダンスをしている 子たち4組など。そこでどんな素材から導入するのがよいかが問題となる。
授業は上のa図とb図を提示して総数は同じであるが場が異なること,場によって数えるよりしか 走をかったものが加法という演算でできることの理解からはいった。これまで具体的な量についての 添加や増加,合併について加法を適用してきた子どもたちは,それらを支えにしてこの段階で場と演 算のかかわりについて目を開いたようである。もちろん,「新しい場」と「新しい演算一かけ算」
のかかわりに導くための手だてでもあった。以下授業の展開は次のようにすすめることにした。
学習過程
o a図とb図をくらぺて,場とたし算の関係を考える。
O b図とC図をくらぺて,場とかけ算の関係を知糺
一181一
○ かけ算の場をノートに書き,式を書㍍
○ かけ算の場を身のまわりからみつけん チ▲¢で 子どもたちはノートにお存よそ右図のようなものを 33今
書い1比子!11!1主体的1場1構成す!ll
G⑧③⑧
がねらいで,したがってここでぱ従来指導されていた よう宏九九でいえば2の段とか5の段といった限定を せず,6の段もでてくれぱ,9の段が出てきてもよい。
むしろ12×4,135×12庄どにあ走る場だってでてきてよいはずである。しかし,さすがその ようなものは書か左かった。
傍頭に低学年の指導てば技巧的であることさえあってよいと述べた。実際上図のようなかけ算と子 どもたちの身のまわりからかけ算の場面をつないで考えさせる定めには技巧が必要なのであるぺまず 丸でかけ算の場を見せて,たとえばそれ3×4であることを確認させる。つづいて丸の配置をそのま まにしておいて,それを人形の頭とみ在せるように,手,足をつけ加えて人形を;線書きしてやる。3 人ずつのグループが4組できることになる。これぱもぱやOだけの抽象的なものではない。運動場で ゆうぎをしている自分たちそのものと子どもたちぱとらえる。丸の配置をそのまIまにして拾いてこん どは箱におさ重っ走釦菓子のように見させる。こうなれば身の書わりのどこにでも見られる菓子箱で
ある。
(三雌鰍帥粋鯛国
業静ψ集 幻書ω書40へ
子どもたちは身のまわりからどんなものを見つけ出しただろうか。次の図はその例である。ここで は1×3も出てくれば4×1も出てさたことぱ特筆してよいであろう。
『\2一・10
11・⑲⑳一三勤〃
つ電2
一182一
かけ算の場そのものを端的に表わした図によるかけ算の導入は予想を越えて現実的な場面へもかけ 算が適用できるといった転移が見られ走。上の図でもそれを示しているし,また,日記からもそれが
うかがえる。第2時限を終わった時点で,丁子は次のような日記を書いてきた。
作文 きのう大さかへわたしのオーバーを買いに行くことになった。電車の中でつりかわを見たら,
わが6つずつぶらさがってい走。
わたしば,「あ、かけ算ができる。」と思った。つりかわをとりつけたぼうが電車の中に12 あっ走。だから6×12だと思った。答えぱわからないけど,どこでも(どこにでもの意)学 校でならっ先かけ算ができてうれしかった。
簡単な表象が意外在ほど具体の場に転移できたことを考えてみると,それは1年生から2年生にか けて学習してきた加法や減法にあると思われる。1年生のだし算導入ではやはり玉やチョークで描い た丸などとり上げた。その後それらの物(玉)や丸,つまり,一般が具体的な事物と個数の点で(つ まり数として)共通していることの保障がかれらの操作の中に出きてきたのである。2年生のいまの 段階でかれらに玉やチョークで描い走丸を見せんかれらはすでにその玉や丸の中・にもろもろの具体 を見出しているのである。
こうして見てくると,かけ算の導入を倍からはいるカ法は別として,いわゆる量×量からばいる方 法について一応考えてみる必要がある。量X量に拾けるかけ算の導入ではふつうその典型として2の 段であればrうさぎの耳」 3の段であれば「三輪車のくるま」をもち出す。そのあと,・2のタイル,
3のタイルに抽象する。タイルから具体へもどすといったすじ道と在る。2の段一典型一「うさぎの 耳」が果して具体とどうかかわるのだろうか。2年生後半の段階では,玉にあるいは丸に具体をこめ て見ているかれらにとってはほんとうにrうさぎの耳」やr三輪車のくるま」を典型と呼んでよいだ
ろうか。
お わ リ に
小学校低学年の算数教育の試みとして三つの授業をとり上げてきた。授業は教師と子どもとの有機 的庄結合の場であって,三例の授業の過程においても足とえば表象や形象と言語のかかわりをどうし たか。形式と言語とのかかわりその他種々の問題点に出あった。ここではそれらの点にはふれず主と して表象と認識の姿を描いたつもりである。すなわち,丁広さ.かさ」では絵による表象から具体的 操作へ,「角」では「ピノキオ」という具体に近い教具でもって角一般への普遠に努めた。rかけ算」
てば具体的在事物を避けて一般的な表象からはいって具体に還元させる過程をたどらせた。
な拾,「広さ・かさ」や「角」の授業は再考することによって幼児,たとえば就学前の幼稚園児に 試みても十分可能な内容であろうと思う。幼児教育への提案として解していただいてもよい。
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