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『宗教研究』第2年第6号(*6号)

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(1)

――目次―― 1,神聖観念論,赤松智城,Chizyō AKAMATSU,pp.1-24. 2,神話及宗教における想像,桑田芳蔵,Yosizō KUWATA,pp.25-36. 3,印度における新宗教運動,羽溪了諦,Ryōtai HATANI,pp.37-61. 4,原始基督教終末観の変遷,杉浦貞二郎,Sadajirō SUGIURA,pp.63-94. 5,アレキサンドリアのクレメンスの哲学,石原謙,Ken ISHIHARA,pp.95-112. 6,文殊思想発展論,手島文倉,Humikura TEJIMA,pp.113-150. 7,涅槃経論,松本文三郎,Monzaburō MATSUMOTO,pp.151-183. 8,スタイン氏蒐集 燉煌地方出古写仏典ロートグラフ解説目録(承前),矢吹慶輝,Keiki YABUKI,pp.185-196. 9,批評紹介,pp.196-199. Posted in 1917(大正6)年

(2)

馳 邪 念 翰

赤 松 智

−紳聖観念の意義及学説

技に述べんとする紳誰観念とは、適切には俳語nOtiOnde琵かの意味であつて、昭に英語の hO甘藍又は爛評のd琵Hel啓二捗嵩、純印︶の衣はす意妹のみと云ふのではない。勿論桝糾 帥艶軌念の豊富部分はか∼る費棄くは純渾の惹妹を食むであらうが、併し巌だはその反 耐とも見らる∼ 2呂訂賢⋮2牒二2rS2チc︵︶n計日邑又はU︸1r2i已岩it︵不押、⋮ル岨︶等の軌念をも併 せて考ふペきであつて、その姉由は仰ほ後に評越するけれ共、今1の納所の意識は恰もかの縦 何語琵rの本戦をそのま∼偶へて居る俳語賀かに於て能く云ひ衣はされて居るから、抜に

紳 里 親 念 諭

ーー J −

(3)

現六郎 中二軒 先析歌宗 は時に此語を収つ陀のである。 さて挽近英槻に於ける一部の宗散人荊撃褒並に郁槻の宗政敵付軍ポは腸のかき意味に於ける 帥鞄翫念をば、殊に㌫敬意講の本貿、若くは帯封と晶徹さんとして居る。併しその内容の規定 と説明に於て、彼等の草説は吊ほ未だ周此精緻ではないから、‖分は更に詳らかにこれむ吟味 し以てその旨鹿を一桁明瞭にして兄肯いと㍊ふのである。錆にn分∽取らんとする方法はかの ク沖ンデンバンドの ﹁再−1−狸諭﹂に於けるかく﹁批判的﹂ではなく、託としては﹁敬珪的﹂であつて、 即ち榊虫祝念の起源及び内容の襟互的研究に外㍑らない。 拭かし此の説明に入る前に自分は先つ此の観念をば時に㍍故意識の春賀と見徹すペきや否や に就て少しく述べて附く必要がある。蓋しこい・問題に対しては自分は前掲め人頗桝者や配付嬰 常に同意して結局はこれを常定せんと守るの・であるが、併し亦否定的な見解を拝する諭ポもあ るからであつて、その代衣ポとしては技にク︸ブ前にリュー.ハニ氏を邦げ得ると思ふ。まづ ク;ブ氏に依れば、㌫放は山水克龍すろ龍はすま紀元韮するこ1む要しい甘いものでぁる。何と なれば正浩に何等の疑ぢ∼して﹁宗数的Lと補し得ム評験や悠典や用便や=l−・−性が二〟にあると 桐油に、・エた他方に於ては大に疑問tすべきポもあるからであつて、例へば文化人はかの野壁 ._ () ._...._. 1■■′

(4)

細 説 舶 念 −絢 人の峯想的なま化姥酷な新人︵iIliti註呂︶ の伐式の中に、彼等叫所謂宗故的要素の存在牽琴め

ぬであらうし、叉反之野律人は﹁仰毘と英埋とに於て斬る﹂昏々の柑“邦■ぞ或は宗教的とは認めない

かも知れぬからである。否吾々の文化軋骨に於ても、或ポはかのスピノーザのラブィカや又特

異な例ではあるがかのエソディーのクリスチャン、サイエンスの巾にルポ致の存在を拒むであらうし、

叉時には羅鵬法王をば﹁無宗敦の廿⋮仰﹂と呼で仰らない様な申求もある。尤も宗教に普混的な

特賀の存在することは育む可らぎる事欝であつて、例へば何人も第四面常客や、有名ば﹁韮督

の模倣﹂や﹁天齢鮭程﹂等の持物を宗数的と呼ぶに碍蹄しないであらうけれ北ハ、併し唯一偶の

定鴻の下に宗敢の仝性質を韮さんとするは到庇不可博であると云ほねばならぬ。且叉現に著名

の軍部に依て従水典へられ鱒宗教に闇守る郁々の定式を考へて見るのに、彼等は自己の提供せ

んとする宗敢の知織基者を已にその定義■ざ典へる前に一枚に像想して屠る寝であろ。例へばか

のサリモソ、レーナッハ氏が﹁吾々の甜龍力の〓由活動料地ぐる一群の盤面Lな以て宗放の定

我となせるが如き、焚制とは勿論一切の整丑條仲をこぶふのでは叛く、賄に氏がクブーと柿する

禁制な指して居ることは刷らかであ・つて、換∴すればそれは紳拍な﹁宗数的﹂の舘制である。

されば氏の定義は畢寛一の楯現諭であつて暫は何等の説明にるに化しないのである。凡そ紳由

ー β −−−−

(5)

航ノ;郡 咋二耶 究研耽;;; 軌念といふような聴異の牲質を含む語を良て、その本質がまに知られない宗教の定義を輿へる ことはでき互いのであつて、かのデュルケームの定鶏の如きも此鮎に於て亦同株の邦郡を有て居 ろと云はねばなら氾。即ち同氏が﹁崇敬とは紳艶なる串物即ち隔離され禁止された難物に閲す ろ信仰と行再 との統一された組純であつて、且つその信仰・こ行串とはこれに変右する全てり者 ・貨軟骨と耶する一の粧紳的囲憺に兢∴寸去﹂といふ定栽は、その﹁紳鞄﹂の説明に於て亦等し く折窮諭に陪るのであると。い それで此のウエノブ氏の非邦は、第一には限定的な㌫放の定義の不可鵠なること、第二には宗 教の兄哉に典へられた帥埋といふ語北ハポが、已に﹁㌫数的﹂悪栽む有す卑特殊の肌合であるから、 その定義は異音申∵︰であつて何等の説明たるに仇しないと云ふに在る。まづ節一の郡に就ては 自分は一面に於てり∵ソブ氏の云ふ如く諸宗数を包括する定義を輿へる串は頗る困難であると思 ふけれ北ハ、併し氏も明らかに云て居るようにその中に㌫数的茸義を何の疑もなく認め得るよう 写紺脇や情状も亦碓かに存在するのであるから、即ち宗教の幣逼時価正氏と那も郎賓上これを 謂めて屠ると云はねばならぬ。されば此の晒億をば一定の一命偶に於て云ひ来はさうとするのは 氏の云ふ如く暇令附那ではあつてもそれは決して不可躍ではないと思ふ。それで現に多くの畢 ′

(6)

約 数 戟 念 諭 者は金ゆる方面からこれに腐心して居るのである。加之一定の宗致概念哲まづ限定することは 如何なる宗政的考察に於でも第一に必要な條件であつて、この規定七しド宗教的考察を進むる ことは聾に不可能であると自分は侶する。何となれば如阿なる姉短文は紅勒智捕へてこれを宗 数的と糾するかをま.つ限定しなかったならば、甫に無数の串蜜や経腸に放ける宗数的旨趣を隅 明する髄はぎるのみならす、到底整合的に宗数的考据を組織することはできないからである。 そこで如何に多くの姉質を蒐鉱泉執しても、著しその宗教概念に不明碓又は矛盾があつたなら ばそれは少なくとも堺的には意義がないと云はねはなら拍。是政に如何なる形式の下にもせよ 叉それは一見漠然たる嫌はあつても、光以て自己の宗教概念を規定して置くことはその宗教的 考察の根本的要件であると思ふ。此意味に於てクェッブ氏は未だ充分にこの要件の意義を那へな かつたのではあるまいか。されば臓密に云へば此の聴件の想定尭しには一歩も撃的な宗教的考 察には入ることができないのである。それでシ;ブ氏自身も鱈際にその宗数的考察を進むるに 常ては、亦桝らかに仁l己の宗教概念恵一定の命題に択て捉示して居るのであつて、さきに定義 を鮎川とする見解は故に忽ち迎切られて居るが如き削があるJ即ち既に依れば﹁完敗とは一抑 の認識であつてその対象は常に金審査であ♭或は少なくとも器在の中核である。而て此の対象 一 方 −

(7)

舵六卯 年二弟 究椚敬宗 ヽ′ は大なろ牲窓を以て神君くは締約と挿し得る﹂ものである。Gされば今此の命題の常否は暫ら ノレリミナリープフィエション く別としでもこれは賓に氏の宗教に封†る像仰的定篭ではあるまいか。さうして此の命題 は限定的であつて氏白身の小小数考察の最初の規律であることも祢明らかであるまいか。要する り†−ヤング、ハイポセシス に何等かの意味に於て孜棚約定義弟くは拗的似定な如へる郎は宗故山考察に於ても快く可ら ざる要件であつて、従て坤意味に放て宗教の定義を諭するのは決して従閣ではないのである。 次に紳稚板倉をば哺に宗教の本質を示す定義に川ゆるのは椰現諭であ・︺といふ第二の鮎に戟 て考へて見るのに、此のク÷ブ氏の非難は亦一面に於て首肯される怖があるけれ共、併し著し 全然これを許すならば恐らく宗敢の一足籠や説明は全て如へられな︿なるであらうと愚ふ。蓋し 特殊な未知の串冨を説明せんとするに亦帝異な去性貿を衣はす富来な用ゆることは、貨に表現 上S・必然であつて吾々は如何にしても此の坤然の制約を脱し得ないのである。されば今刷盤翫 が宗教り本儲を示す咄異な言張であろとしても、これを珊言と非難するのは敢て常らないので あつて、若しこれをしも諌言と云ふならば、クェッブ氏が先きに自ら㌫放は金筋在の鹿識であつ てそ∽判象車輌と祁すると云ったのも称一の苅言はであるまいか。何となれば饗在といひ紳と いふ召集基群が己に宗敢と同じく特異な性邪を合むのであつて、殊に紳の観念を以て宗敦を定 ー β+−−−

(8)

lr 論Ⅳ 勤 垂 念 姶

鶉するのは氏の語を惰れば文明らかに循環論ではあるまいか。即ち弦に於ても氏は自己の掻皮

牽張切て居ると云つても決して過言ではないと恩ふ。即ち宗数の封象む貨在の中核若くは紳で

あろと鬼佃すのと、そり本望を紳聖域に認めるのと、その内容枇念の同異は轡らく措くも、少く

とも説明の形式上果してど咋程の差異があるか。所籠ク;ブ戊の云ふが如き意味に於て宗致の

本項としての紳塾軌念を排するのは、甚だ皮相の見であつて耽るに足らないと思ふのである。

然らば進んで此観念は、その本項た於ても充分に宗故意識の本賓と見倣し柑るであらうか。

クェッブ氏はか、ろ欝頂上の問題には多く周れて居ないのであるが、此mに観て消極的な見解を

有て居るのはかのリューバである。

リューメはその減船の宗放心報畢的見地からこの仰望観念に封すろ批評を下して居るが、甚

にはその見地を説く通がないから昭にその批評りみを油ペてこれを吟味するに止めて祈くが、

氏に依れば若し此観念を㌫敢の特贋と見撤して紳婚なる者は企て宗教的でありまた宗教的なる

者は全て刷塾であるとすろ打†らば、宗教の概念は戒めに甚だ燐潰に流れ、一カに於てはその膳

史的忠義を火ふに繁ると共に、他力に於ては人珪に亜大なる梢情を右守る新は亦全て宗教的と

云はれるに至るであらう。加之醐鞄の翫念は一仰の耶純な成憫ではなく、頗る複雑な情的繹瞼

ー・ 7 −

(9)

航六郎 中二郊 究研軟宗 であつで驚異及び尊敬の戚惜をその韮な要素として摺る。然るに此等の戚情捏凝は明らかに宗 教的珪活以外にも存在するのであつて、例へばそれは紳の黒井にも有るようにかのメラネシア 人の紳秘的なマナ ︵ヨ弓エにも〃する。蓋しこのマナのカは薄悪紺々の韮憂元すが故に、紳塊 祝されるので、然も此の性暦は生命の根本的師部たる食物、疾柄、出席、死亡等に存する生活 低位から庄じ基越に起源があるのである。一般に此マナのカで認められる串物は紳韮であるの みならす此の非人格的へけカ基者は已に帥弛である。然しながら別して此の勢力の唯一の特徴と グイ小㌧1ツク も云ふペきは賃にそれが動力的であること即ち解物を働かすカである郡に存する。組じて原始 人が此の勢力に対する態度の中には明らかに知識も成僻もその必然の要塞としては含まれて侶 ないが、即し此の勢力の活動は大俄に於て人に放て挽知せられやまい圧制御し得ないから、従て 屡々恐怖及び驚異の戚を超させる。されど若し人が進んで自ら此の勢力を制御し利用し得ると 考ふるに至れば、基カの紳秘性と驚放任とは正ちに失はれてそれは全く年凡なカとなつてしま うのである。それで此の非人格約数カは必ずしも常に神秘的であつて謄異の対象であるのでは 丁クチげ、パワー なく、その本貿的意義は唯だ働くカの軌念たるに過ぎない。故にこれは超自然的板倉と捕する ブリ・1チげ、ダイナミズム よりも異に原始的の動力枇と見る方が至蕾である。然も此の勧力阻には人格的翫念が触如して − β −

(10)

屠るから純粋に宗教的とは云へないのであつて、叉その聡異戚の巾にも何等霜数的生活の時男 は認められない。何となれば此の枇異の借捕は宗敢以外に於ても等しく避b得るのであつて、 例へば、人が時に偉大なる勢力や危険に遭遇した畔にも、か1る肝異的反鹿を呈し狩るからで あると0に さて花に逓ペたリューメの見椚に対しても自分は明らかに異論を挟む徐地があると恩ふ。蓋 し氏が人格的勢力にあ左ざれば㌫数的対象たり待ないといふ根本的馳走は全く耽るに足らない 偏見であつて、非人格的勢力と蹄も或る制約の下には稚かに宗数的にり得ることな知らないの である。即ち非人烙的なマナのカは或る規定の†には却て職も明細な宗数的軌念とな云のでぁ って、リューバの・加く苑を墨に一抑の勒カ国に過ぎないと見るのはまだ洞察の放らない親御で あるか又は弧て求めた曲椚であるし㌧信する。勿論マナのカは購大字0原始的動力ではぁるが、 併しそれは根本的には珊瑚戚基者の苗冊でぁつて決して耶純な潮力の机念ではないのである。 尤もリューノの云ふ様に此の勢力が八に伐て制御され利川チリ1に至れば或は〃ル一少基軸秘煉を 秋根するかも知れないけれ共、併し此陽介に於ても全然これを火ふには守りない山であつて、 基利用し制御されろカ北嘉は問ほ伏然とし工榊秘力たるので■射ろ。即ちかの魔術師の舶恍する ヽ/ ー 〃 −

(11)

眈声帯 中二第 究研貌宗 兇カの如きは決して氏の云ふようた尋常普油のカではなくして明碓だ紳磁力でにないか。是政 にマナの非人格的勢力は椙令或る場合に於て少しくその神秘性を失ったとしても、その根本的 祝念は常に紳秘的であつてまたそれは多くの場合に於て紀英の対象であつたのである。 出家リューノほこの幣邦︵Aノ扁EI12SS︶紳秘︵呂当賢riO宏n富︶弛に紳政︵SPCrCd誓且の三仰の 観念を略扁一統し一括してこれををの批評の封象としで居るのであるが、これは明らかに雅て マレソトの提唱したブレアニミズムの一撃説を指して居るのである。け併今マレソトの見解は円ら く別として畢にリューメの所説に就て是を考ふるに、少なヾとも二桔の批評を下すペき諭鋸が 技にJのると思ふ。即ち第一は此等三伯の観念を和岬⋮せしめて基性皇を略々同一親せる鮎と、第 二は前に述べた様に氏が此等を宗教意識の特貿と見佃すのは伶♭に廣損に失すり0といつた釦で ある。まづ第︼の郡からこれを吟妹して見よう。 抑々借共成の内容は拇より耶純ではなく、まにその小には此戚に独する他の恍緒をも全て包 括してその内容を理節するのであるが、一般に自然艮族の宗教的情緒反應は能く此の富来に伐 て言ひ未はされるのであつて、即ちかの大自然現象の川弼邦に於ても死鮎や魂塊の盟如乃至一定 のトーテムや或は首長英雄に封する儀軌に於ても、此等に共通なる佃錨的要諦は大皿上これを ) 一−− 」‖)−−−

(12)

念 靭 翫 榊 聡典戚と祁して差支ないであらう。されば†レットが宗教悪漑に於て此成む商魂したのは穏常 な見桐であつて、氏の■説はこれに頻する諸家の見解を踪活し且つ巧みにこれを開展し化ものと 云ふことができる。さうして文民が此の憫雑の対象としてその原始的榊秘カ㍍るマナ並にタブ 誓一配合を認あたことも投に通る如く大概に於て承認される射唐であるとすれば、従て駅都 ー 城と紳秘賊とに、少くとも頂始k族の心理に於ては隅々同種の忠魂を右し、技にリューメに伐 て並糾され拝所最も亦衰鬼に理解し得られるのである。即ち紙状の対象はマナの紳秘に在ると も云はれやう。かくして紳瀧と驚異とは密接な棚橋を有する姉妹軌念でわりのであJ㌔ 然らば姉妹翫念は完訳意識の本贋として如何なる首藤を有するであらうか。時に吟味さるペ き諭釦は質に祐に在るり私は思ふ。此の幣異及び紳秘の成は、少くとも原始宗教意識教生の地 般若﹂はその辣想ではあるが、そのま、が肛ちに㍍敬意識状新ではない。語を換て云へば舵湘 及び紳秘戚から宗教常識は敬焦するが、併しその隼雄の過程に埠.Lほこれに姉妹の制約若くは 規定が加へられ1こければなら?即ち此等の槻念はこれを基硝宗教意識の原本的聴栗とほ見放 し闘いのであつて、それが肺癌な宗敬意満とな云にはこれに何等かのqロ邑帥邑iOロが輿へられ なければならぬ。自分は今此の誰要な静釦を次に迎べやうと㍊ふが、併しこれに先立て勢まづ

(13)

兢六耶 咋二郊 究研軟;;て マリブトの此鮎に㈲する準詭を一瞥しなければならない。 マレソトはその時悪のブレア一て、、ズムの学説に於てかのマナとタブーと竺一個の観念を相㈲ せしめ、さうしてこれを直ちに紳盤成して以て桝三・・l⋮﹁宗数の最小定義﹂となして侶る。自分は 大概上此の見解をば穏常であると信するけれ共、併し桐ほ仔紺にこれを考ふれば、此見附には まだ洞察の不充分な鮎が右γりはしないだらうかり即ちそれは氏がマナ軌念をば在ちに収て帥染 蹴する郡に在るのである。蕊しマナの侃念並にそのカは串茸上ネ′、り宗教的対象訪申に認めら れるが、併しマナの〃正する難物には燕く帥丑な㌫数的芯壷が﹂直るとは必しも断言せられない のであつて、即ち紳秘観念と紳弛軌念とは密接な闇係を有するけれ共、一〆あ観念内容北ハ前に就 て云へば臓窮には品別があると揖はれるのである。此mに就てユーベール及びモー三一氏はそ の著名なる﹁魔術諭﹂に於てかう云て居る。﹁マナの偶念は紳塊の侃念よりも更に一般的である のみならす.後者は前ポの一方而であり・且つこれ一ぜ地盤としてその上に特に梢成されるのであ ヽノ って、両前は恰も椰とその屈との制係に在るものである㌧。往自分も此の見解に同志せんとす るのであつて、即ち宗故意識の本貿たるべき紳弛軌念はマナの紳秘睨念を基礎として律するけ れ共、併しそれは決して同一の翫念ではないと倍するのである。銅Ⅱ上原始民族に抑有な張合 ー ⊥ど・−−−

(14)

念 動 聖 帥 浪象はレブ沖−、ブルールが去ったように全てのマナの紳私的勢力に依て鋤くのであるが、然 るに著しマレソトの云ふ如くマナの軌念は常宗敬的意義一軍和するとすれば、多くの原始氏族の心 珊及び行勒の大部分は亦説く帥塊成されて居たと云ほなければならない。然しながら賓際は必 すしも左様ではなく彼等の珪措には恨命軸私的ではあつても紳弛化されない集合表象や集合的 、ブルールの如きもその張合的紳秘規 術満も少なくなかったと揖はれる。それで現にレゾ非− 念を説明するために例籠した許多の串彗が必ゃしも温く宗教的ではないことを朝仙めて、後にこ の集合来挽から舶に紳弛甑念の分化す■古池程を述べて居るのでJのろ。U要するに紳秘放と於崩 戚とは或は同祀されるであらうが、紳理戚とは隼雄上郡と絨とり㈲係にあ・つても軌念宜ハ新の内 容に戟て云へば分化がぁろ。赴故にマレリトが榊尭焼を宗教意識出船里として捉ホす乙のは菜 食であるけれ北ハ、これをば折ちにマナ山帥秘枇念と同一脱するのは︵クノーの槻念に就ては何 級に述べる︶少しく堤常を独く嫌があ㌫と血ふ。捉てり∴−.ハが北きに此等の軌念む一情して同 一の内容な有するが如くに僻したぃも、亦充分に洞鶉の隼らない釦があると云はねばならぬの であつで、氏はその批評の対象たるマレソトの′説を桐ほ精細に吟味しなかったのである。され ば此鮎に於てマレットの説に対する上記の批評は亦同様にり∴−ノにも輿へられるのであるり ーーー・ J欄 −

(15)

兢六第 Aトニー賃 究椚歌宗 加ウすユーノは前逓せる如く特に紳空瓶念を宗敬意識の本質と見徹すのは除りに廣鞋 に失す るとしてこれを難じて居る。此の第二の静凱は今の場合殊に亜嬰な問題であるから、以下更に 此鮎に移て論評を試みょうリ ー般に㌫数の本黒は如何にこれを規定すべきか。崇敬蝉に於ける此中心問題に射する充分な る耶答は庄に潜らく捕て、まづ自分り姓意を促がしたいこと笹研甜完敗井新の蹴念の規定であ 。普池に㌫魚と挿する概念にその或規的意義即t内的の宗教忠誠車ホ寸場令と、その客観的 る 意義即ち外的の需数形態を指す場合との二川の宗数観念を隅別するが如きは、已に徒雑多くの 単著の呼らかに説いた研であるが、技に特に述べんとするのはそれよゎもー厨根本的に宗 教忠 誠基輩の鵬念に闇し自分が別して緊要であると思ふ一分析であ一心。 卑見に依れば奇々の㌫故意盃と稲する概念若くはその範域には購秋雨我があるようである。 膳義の㌫故意識とは云はい﹁普遍的宗放性﹂であつて或は胆に需放的似内、態度とも云はれる が、これに勤して耽鶉の稟敢忠誠とば船足的若くは具備的の宗教恵識を云ふのである。従雄雌 しこれを暗示して問接に此の種別を 鮎を朋碓に論じた単著ほ芥囲にしてこれを知らないが、併 認めた者は自分の見ろ併を似てすれば甚だ少なくない。今此郡に悌して偶々の邸説を考察する − Jヰ ー

(16)

聖 靭 念

ことは煩を避けて省略寸るが、とにかく所謂贋鶉の宗教忠誠とはその根本的な潜適性を見た着

であり、狭義の需政志識とはをの風情的畔定的方面を云ふに外㍍らないので右る。而して前者

は後者の一般的基調であつて釣一次的であるが、後者はそれから派焦分化したのであつて、吾

吾が潜池に宗教意識と御するはタ、はこれである。此鮎は汎く往志しなければならぬと愚ふ。

それで践静ポは時に釣ポぉば㌫疲尭識とは耕しないかも知れぬが、併しをの意識の頼政は確か

に籠め攣らる∼のであるから、唯その内容が昭用房場合より、、エ屑北じ逼的なるが強めにこれを 一閃却するが如きに決して㌫数性の莱袖に倒れ′。桝以ではない。sみパ仏らす氷塊のハ小数糊念即ち

普通に所謂㌫敷詰識を説明せんとすらには、先づ以てこの描本的常緑的方面に右服して抜に其

の根源を敬見しなければならぬと思ふり即ちジムメルの語む情てこれむ云へば吾々が宗放の起

源や本栗を醐明せんとするには、まづ聴定の宗敬意識が調然分化し㍍い以前の状櫨︵氏はこれ を無宗教的状岱︹コOn・邑i宮口SS什ate︺と云て潜らが併しそれは雀宮ではない州となルノば氏が現に かゝる状膿の例昔とLて界げ軍配曾的閲係は野にハポ数的でぁるか・ぃでぁる︶に此れを求めねは ならぬ。例へば孝心深い子供がその親に対する闇係、熱烈h仕る要憫家がその刷闊に射する情、

コスモポリタンが人巌に封す卑興準なる娼痙、璃閻恕カしっ、わる螢倒ポ柵亙り州巧故紙服

一 丁エ・一

(17)

兢六節 中二邪 究研軟宗 署が征服者に対する従順、婦人がその所属軍隊に対する忠烈等全て此等の意識には心規準的道 程からこれを見れば、何れも北ハ油の偶制と意向とがその中に含まれて居るが、此の怖綱はこれ を㌫数的と云ふ外はなく 、又かく名けるのが最も渦潮な衰元であると思はれるい蓋し自分はか かる情調こそ正に所謂紳艶故に外ならないと倍するのであるが、仇柚るに此等の意識は普通の意 妹に於ける即ち狭義の㍍放恵融ではなくして、それより一も更に廣い普遍的な宗教意識基新であ 凧れる所以ではないのである。“ 。 るまいか而して又かヽろ情調こそ所帯具醗的な宗故意識の基調を鶉す意識ではあるまいか。 要するにかくの如き廣我の北〓逼的崇敬芯識が一定の形式を具へ且つこれな持続するに至て、始 めて弼立の㌫敢恵諦視象となるのではあるまいか。若し然トとすれば宗教意識一般の根源をば 船足の宗教のみに限て衣現すると見るのは寄ろほ描な見鮎であつて、決して宗教観念の鼎髄に ︶ そこで若し此読破が許されるならば、跳てさきのリューイの糾−弛配念に射する非難は亦決し て穏常な鬼桝とは云はれまいと思ふ。蓋し氏が宗致の伸男としての紳塊枇念をば駈潰に失すろ と卸するのは、全く此の廣鴻のせ逼的㌫敬意識の旨趣を充分に認めすLて、昭にその封免を朗 訓州狭義の具備的㌫敬意嗣に局限した茄めではあるまいか︵但し氏が所訊‖Actiノ・ereligi。−1に射し ー Jげ・−一一

(18)

教 義 余 韻 てP琵i弓の︼・2音icsitレ1と耕し十∵bのは大鶴に於て抜に甜ふ廣義の宗教軌念であると思はれるが、 併し氏はこれに韮安打旨趣を認めて居ない︶是故に氏自身の見地よりすれば紳興板倉を以て宗 教の僻償お限定せんとするは勿論廣鞋に失し、或は氏の云ヰ声うにその歴史的意義に副はない かも知れない。排しながらその庶史的意義と云ふのは自分の見る桝から云へば即ち狭義の具憮 的な宗教現象に外ならね。従て紳雅軌念は桝識駆虫的宗教以外の鵜野にも普ねく謎められるが 然かもこれぉば廣鶉に宗教的と耕しても何等妨げないと信する。否宗敬意識の壮麗は寧ろ技に 存するのであつて、リューバ自身の云ふ如き超人的の人桁的観念のみには存し叛いと愚ふ。それ で若し宗教の畔貿を規定するに此の柵艶枇念の外に更に週刊な棟準があるならば、自分は固よ トニれを取るに仰らないけれ北ハ、併し前に掲げたク÷ブ氏やリューノ教授の非難に封しては少 しも疇探す争必要なく、却て此軌念の枠串を耽ることぉ安常と倍する。即ち此釦に就ては晩近 英俳の有力ぢ宗敢邸郭の隼諜に大概上一致鮎を謎めたいのである。 まづ英国に於て此紳艶観念に㈲する椚究の最初の明碓な提唱新は恐らくロバートソン、スミ スであつて、それは後にフレーザーに伐て棉承凝展され且つ近くはマレソトに依て高調された が、俳鴎に於ては人茹撃的㌫敢準ポの新改の中に多少散見するも、その弛も著明なるポは所謂 .− ノr −

(19)

兢六郡 隼二 第 究桝秋芳; 名著﹁セム民族の宗教﹂の巾に∴ミスりは許多の串例から一り結論な填て日′\紳塊なる串物 ︵︼⋮l十ューざ乳︶ とは伸々山怒豆怖れて一定の城端なる方法と制裁の下に放てのみ用ゐられる小 物であるが、反之刷雅ならざる普泡の粥物︵c舅ヨ2一t〓n甥︶とは超自然的刑罰を受くる恐な くして白山に任忠に塵粧し狩る串物哲云ふ。即ち紳姥観念の本質は自然の事物を自由に使用し 虚位すること射林⋮止する制裁に在るのであつて、この忘我は紳聖を嘉はすセミチックの捕⋮抑が 隔附︵sっ︸J弓Pti21⋮・ノJ▼it≡−・三三を意映すや難に伐ても碓紹され云。されば紳盈の観念は即ち 禁止 ︵てr〇一きit㌻︼エの規念であつて、神輿なる折物とは絶対的に若くは或る哺殊の閥係上竹油の 使用Jで准ずる物である。云ふまでとこ圧′、か?る禁制は多くり胃然物やま托咄定の・場所や人烙の 上に規先されるが、然るにこの種の規定は所詮人猫里上クノーの名の†に線描される林⋮側に外 して竹田かうと思′で l l, ■ノ で下に此等の研究と邸滋の一班ぉ節述して、その中に衣はれた紳鞄軌念の意義なまづ桝らかに ㌫政敵骨畢挙り一派即ちデュルケームを唱甘とするÅ−ベール及びモースⅥ聾説であろ。それ 〃 ︰ガ 〃 い打 * −− J.、J−−・−

(20)

給 食 翫 弛 榊 ならぬのであるから、従て紳艶観念とタブーの禁制とのmにば密接不購の頼経が刷腑やられ、両 者はその根酔に於てhil一であると云はれるのである。加之窪高な又は純押な串物と、汚械不詳な 情物とには等し′、此ク.フーの規定が典へらルー1、任意にこれを通牒すろセ禁じこれを犯す糟は いせ▲hれ′しい・り︰故に両ポ〓共に紳埋仁ろ再物でJ封つ一しか、る 超〓然侶S危相即罰に ・ノヽる1 椿摘制以外に在る普油の車物に対立するぃである。桐此の雨ホS差異は唯その刷々に⋮回すろ輌係 に放て混め・十れるの一であつで、即ち純潔な串物は醐に接偶し掛聯寸′るが故にこ隼哲白山に桃川 ができないのでム云が、不仲なる事物は紳に対して厭ふべさもの一であムから、これを すろこと 斥けて川ゐす、そり刷の塊地や倍東にこれな許さない山千ある。礎守云にセミナ′ケ′い仙北観 念の原本的時撒はタブーの■禁制に淋し両部は分つ呵らざる皿備に立て居るぐ拭かも此叫意端は 胆に脱胎宗教に於てのみならす高等な宗教観念の中にも依然 とトて〃証しそり刑場観の木偶右 ︶ 、八 謁して居るのであちと.︵ ノレーザーは此りタブーの意義に於りや刷洩軌念の址厳粛ば更に無難の車唐に撤して例湿し 且つスミスに似うて純漸のタブーと.小津のタブーとが一致することセ捕て居るり点し〓然艮朕 −一叫Jナノ ー岬

(21)

鵠六弟 隼二節 究研敬二;: の心班に於ては清澤と汚械との観念は未だ障別されなかつ托焉めに、両者めタブーは多く一致 して衣はれて屠るへ.即ち頂始軋曾に於ては紳の如き王や首長若′、は侶侶に依て臓守される純潔 なる綺偶の規則・仁殺人者や醜に服する署や躍締にあり0婦人、敬備州の握女、描大漁夫等に伐て大 夫守らねば操らわ姉“制とは茅′∼の鮎に於て一致して居る に=々文化人に収ては欺の如き種々の 境遇にある人々はその性耶に於て全く異小甘り、或者は帥聖融ぎれ他のポは不浄祀されるが、脱 始民放はか1る借別を認めす印不押S一軌念はまだ分化Lなかったのでぁる。而て此等のクブー を輿へられた人々に共通な舶徴は、杖等は何れも町肌的㍍然かも祝賀的に免除号数カを有て屠る といふに在る。それでこ三先除を恐れー㌧その勢力の梢摘む防ぐためにこれを隔離せんとするこ とが即もタブーり意義であ♭〓的であつた。それで多くの古代語を見るとか1る刷盤根の意義 ︶ ほ桝瞭に衣はされ、桝調印不揮い軌念は常に㌫⋮の小に合よれて居化のであると。軌 ノレーザ ーはかゝる法則を例芯せんために殆ど全ゆるクブーい再賓ぉ先葉虫徹して摺るが、技には一々 それを記述する要はないり唯氏の枕木枇念日大肥に於てさきのスミスを出でないことを祉意す れば足るの一であるが、かヽる榊艶軌念の悪評は蓬にかのブレアニミズムのま唱和マレソトに依て 宗教意識の根本的勅撰として更に明碓に山︰回訓︸されたのでJのハ︺。 ー一 点リ ーーー

(22)

恕 概 念 翰 併しマレソトは畢にタブーり禁止観念あみを以て紳聖翫を先端せすして、更に此鶴念の本熔若 くはその反而とも見るペきマナの紳秘性をこれに加へ、所謂タブー、†ナの聯合観念を以て﹁宗 ネ〃サーげ、サィ ポジサーげ、サイド 敢の叔小先端Lと見催した。即ちマナは紳租税念の相棒的方面む示し、タブーはその椚袖的ガ ド 久一.ハーナナユウリイん 而を衣はすと糾して、二れを超自然的批念と耕し而てこれに対する僻絹的反應をばかの鵬艮の 一語に組姑したのである。今此の別に就てほ便宜上先きに已に論評したからマレ㌧ノトの柵秘及 び紳鞭の搬念基部に圃してほもはや技に述べる必要はないが、唯氏が帥環視念の訣別上スミス やフレーザーに伐て已に明らかにされたタブーの意義の外に、否寧ろその板紙にマナの紳秘力 む想定したことは確かに此力而の蝉説に一池晒を奥へたのでぉつて、暇令氏のブレアニミズム の申訳にほ多少の難鮎があつても、この凱に於て見免す可らざろ創意がぁると偲はれる。 終にデュルケーム並にその再下のユーベール及び托−スの小小数敢行墾説は戎芯妹に於ては既 に紳並槻念の研究であると云ても芸文ないほどであつて、然かも彼等は川れも¶ノートソン、ス ミスに負ふ桝大なること恕碧自し、殊にデュルケームは﹁宗秋型に及したスミスの一大功阻は陛 味なる紳熊取念を阿明したことである﹂と言明して、多くの鮎に於て彼の所説を鶉て屠る。即 ー→ Jノ ー▼−・−−

(23)

兢六苅 咋二靖 究椚敢、宗

ちで、、スの云つ化﹁禁止﹂若くは﹁隔離﹂の観念や所謂頭不渾の両性貿の葵合的髄係をば更に

\ノ 詳細に閥度してその滴常な締結を求めて居るのである。G而してユーベール及びモー品共同 折究も亦大恰に於て此−り範幽を出でぢいのであるが、併し両氏は耀にか∼や禁止、隔離の梅念 の阜を以て満足せす﹁此等直観念の背後に更に尊敬.変宥、恐怖、嫌悪等椰々の強い備緒の存

在する﹂ことを高調し、従て﹁血の椒念はスミス・の姑豊芸たより上層破邪豊富であゎ且つ

一桁一般的、班行的である。即ちそれは明らかに言祝念力︵ニ蒼・芋c2︶でぁつて、講和の伐 式や御前は此のカに依て放めて非叩ブ?さればこの軌念力二そ鮮に一切れ宗教現象の中心的 安来でなければならねトと云て居るりさlつしてデ∴ルケ一人もユーベール及びモースも共に此の

師範軌念をば結局軋や的阜見催し、﹁軋曾を制約する新は草し帥弛である﹂と断言して居るが、

此郡に就てーほ椅ほ後に論評する脚骨があ乙から技には述べない。又ユーベール及びモースは此

の柳井翫念に就て畔に﹁瞭粧S性質亜に作用に閲する研究﹂・・甘華冒屠るが、そ仇説明も仲宜 \ノ

上これを控に放て祈くりに

以上宗教忠誠の本別としTの紳喪枇念の旨趣を吟味し、九つこれに闘聯す三ニニの由癒着諭 _ √ヽl、I

(24)

インエキサダト

通し佗が、今スミスに帳て提唱されたこの醐幾組恵に閲する基等の研究は必ゃしも不正確では

インサブイシュント ないけれ共、然しそのミでは仰ほ不充分で雲ように思はれる。されば以下更に項を改め

ば一桁柵麗に分析し、桐ほ出水得るな

て此等れ研究を適宜塵悲しっ∼地租念の避源及び内界を らば少しでも糾織的にこれを考へて見よう。︵此頂完︶ ︸﹀rCrkl記i三訂冒どi昌∼eへぎー賀=−芦巨︶・㌘ヂ ノノ・∩き 一 ︼∵G−昌pゴ1eOユesハ﹀へR2︸宣呂alldRq︸亘OnO=註邑G已∴﹀・芦 二 ノノ.e妄−CワeFワつ∵P 二 訂=bリ︸P仇宣⋮首巨.=已lつer哲二㌢戸−︼−−・什㌣⊥・〓比・ M ソ㌻已㌻±藷伍ごC〓Cr㌘l亘。l㌻ 訂邑属Op.Cirロコぷ・ 五 L.A巨mしぎc㌻︼C軋−薫き・・t∴・て・︺箪 山ハ Ⅰ・曾7洋室こ詮㌢︼をES︸⋮︷︰1叫sdP︰㌫︸什SS−C⋮芸仇i芸rie琵←・竃・ 七 拙論﹁紬食撃と現代宗歌畢との耳渉し‖木靴骨畢障昨報 狛二咋︼.二令鼎 八 2b芝s⋮S︸じ蔓︶ぎご桐iOn u二肌2mご芦ワ ︼芦 たP川1・ 山∽¢⊥L りり ′J■I

(25)

披六節 年二弟 究研軟宗

九 Il⋮er︶C。l計ニ空風一・ペニbJ。a才‡s。芸。阜 ︼レ.篤:デ

ー〇 p︼rぎe首、打つ1F宅ヨ膿つ罫諾コt‡つde㌻′Je邑i㌢害S叩.

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‡ろユ㌻壱.

(26)

憺顆る け於に敬宗及諦糾 宗歓心排撃は理論上椰々の方向に瞳介せられるとしても、貨際の成椅に於て主要なる方向と ヽノ 見らるペきは、枕今に於では云ふ迄も無くゼームストとグ∵■トにに放められ托ものであも。一 は巳に故人となり、一は猶存命中の軍部であるが、北ハに両々軸対立せる心理単の泰斗である。 然もその宗放心埋邸は非常に異れる鰭踵及桝究法を執って居る。両者が研究の動機に就て見る に、ゼームスは心珊畢的鼎味よりも苧ハ㌫敢基ポの研究又は哲雄的興味から畏敬したるに反し て、ダントは純心理邸的の要求からその折兜を始めて居るりかく桝先の動機が異る計りでな′、 その研兜の・方法及成組も減る群肢迄はこれに㈲聯して来って居るり州ゼームスは隆運した宗教 シ▲∵ナイナー∴ソヶ 経験を分類し且つ批則するので、所謂糾純的のカ決を収って居るが、ゲ∴/トはこれと苅って、

神話及宗教に放ける想像

桑 田

芳 栽

・− gβ −一−

(27)

胱六節 年二弗 究析戟宗 ︰ンエホディック 宗敢緯協の教性的見附に依るのである。か′、の如く組織的と雄律的し﹂山拭別の外に、ゼームス に埠藩的の㌫放捏騎む力説し、これよb常正的のそれを読切せんとし、ブントは之に反して.常 州 信的の経験を力説しこれトひり縫磋的仇現象は説明せらるべきであると論じて㍍んハ仁吾人が笈 に諭せんとす乙紳諦尤宗敢に於ける想像作用の心排も、、ケントの研究力向即ち民族心甜的の研 究法に従ったものである。 心翠畢的に見れば紳謂及宗教に於けるま婁な心理作用は鮒像でわ争∵勿論㌫数珠にその歴達 し侵出式に於ては、形而上的思翫及倫理的要求が著し′、雄視して居るが、獅をれ等の鞘伸作用 よト㍉簡墨守り想像作用も働いて居るので・のる。殊に曲謂に就ては、その想像い産物た√Uこと は一日人も芥籠する桝であるいレこの軋に牢し酔帯皮宗教殊に前永か想像研究の覇要七材料とな るのでぁるいこの駆袈は眈に八郷野市クイⅤァが力説し、心理聯ポでほ想像研究に着叙したヅ ぐ 鱈にケントによれば、精油作用中佃擢なものは、 い . .. ..︰⋮ ノ...,.つバ ポー隼、はブントがこれをま脱して居る。り これな婚儀的に研究することが根来るが、想像几〓菜の如き高等な作用に岩塩が困難.であるか ら、他の方法即ち足守の作用が客軌化した紳諸宗故事純災璧‖皿⋮の一かき現象か、㌧その内に働 ︶ いて屠る心理作川を分析し解剖せねばなら無いと。仇 ー ∴,(ノ ー

(28)

倣愁る り′怜lこ秋霜及話紳 紳詔及宗敢、殊に前者に現れる想像作川は、状の特徴からして一般に擬人、又は人格化成は アント[﹀Irパー・rlヅシュ アントぃがヰル′1ツシュ 令括盤根と呼ばれて屑↓わが/ンユルツェは自然を人 慨 的と云ふよりも寧ろ人 悩 的に7解 ヽ′ 守るのであると云ひふ∵ケントは柵話仙統兜l′・名けて、普通の挑発作川蓑的統覚及堂塔的統兜と ヽ′ 而して相識的統兜ほ駄別して屠る↑彷次の二抑の咄緻を有して居る。 その恥微の一ほ前述の椰々の名耶が抑示する如く令括の作用である。この作川は無心無生の 物を有心和珪の如く想條し、又は自然人珪の現象中に人的のか在を想像するのでかるl、人死し て糾その麗魂が昭帖身冊に宿るとし、又はその死冊の椰々の部分に麗魂が宿るとし、又は靂魂 が身醗を離れて迎離するとし、或は呪物.荊楷、自然の許現象を江聾す.る諦紳の衣象の如き、 更に進んでは全教全能の唯一紳の信仰り如き、菅この頗であるじ併し進み化る紳の観念に於 ては、これを耶純な㍍想像作用に、全然締着せトめ如いことは、眈l二前に述べて附いた泊りで ある。 パンヤィ ・ゼンゾウ・′ス γナぃりイ し、瀕比は斬似のネ完 ニの′令括作川の牲栗如何。リボーはこれを類比にトdLリて考へるこ1∼ 1−1/ 全な形でぁると祝いて居る。G勿論この斬比が茹似の不完全なることは朋偵でぁるが、これに ょつで考ふることり作川は都似聯合に近いものか、或は衝椎の如き論理的尉考に脱するか抑も 門一一 針7 −−−−・

(29)

波六軒 中二都 先研敬宗 亦これが所謂創造的想像の作用であるか不明である。ゲ∴/トに至つではこの椰の令括想像の説 明は更に一歩哲進めて臓密となつて居る。即彼ほこの作用を以て塩化の一和と見て居る。陥っ て幕聞及時間の錯覚の如き、研洲⋮戚惜移入の如きち、㈹畢と複邪との程腔の差はあれ、同様に ー・ 想像中の作用と見悔して屠る=に勿論成惜移入は令清想像中に企まれるであらうC併し墨に現 在の印象と過去の再往的要素とが結合して同時的に盆㈹を形成する乱・iからして、絶て足守の作 用な一紙して旭像と名けるのは、徐トにをの川々の作用の性肇⊥の差別を没却し無いであらう か。想像の概念は此の如く贋汎の意義に蹴らないで、その狭い更に通常な意味に川ゐ花井が便 利で無からうか。客間及時細の知螢上の鉛耀は知兜の姉婿であつて過常なぷ味に於ける想條で ︶ は無い。前者は受動的の結合で後者は聴動的の作用である。仁 この命活想像はその心像の作栗からして、二つの東通の段附に分れる。其の一は畢純に無生 物を生かすに過ぎ無い。人間と同様に戚じ欲し且つ衷象するものと想像せられるけれど、その人 格の性質が明碓で無い。例へば霜魂、魔.呪物の如きこれに属する。その箪一は臓据な意味に 於ける人格化であつて、その人柿の葉適その他の性質が明碓となb凍るのである。古代の伸話 ︶ に見る自然紳格の如き多くはこれでぁる。G次にこの旭像心像の研究に就て興味がある叫は僻 −−.ゴβ −−

(30)

條想る け於lこ歓宗及結納 純がその心性の性質を規定することである。恐怖を惹き避す如き自然現象に対しては、恐ろし い性儲の自然神格む想像し、死後の希⋮無及恐怖は地相及粗製S一勅封立せ草光敦む旭像せしめる 幣紙が聯合の由程を規定し、︼定の備補の蛸には一定の聯合智喚起することは明であるが、吏 に想像の陽介に於ても、傭鍾はかくの如く†での構成の方向そ出庫物の性貿を規定するのである。 次に紳話的想像の節二の咄撤はこの想像心像が規鱈として信じられる鮎である。這ポ教上の紳 沸その他の来象が、その信者自身に取っては胆にま軌的のもので無く客机的に〃正すると倍せ られることは、何人も異溝を挟ま無い︰これに反して神話上の想像ほ昭にこれを璧喩又は象撒 と見る準ポが少く㍍い.付しこれ等の表象も.少くともその純粋の形に於て、川lち張紙的1こ悠 ︶ 1 ︶ ︶ ケント・㍍ しシェルソ;し らぬ範園に於ては祝賀と信じられることはタ1:ノ、㍍リボト のー如きこれを界諾して居る。 然らば如何にしてこの想他心陀が現告性な得るに芋わでわシフかり光雄県在の伽念は憩逢し たる意識に放ては認識上の問題であろが一これは究に諭すべさ問題で︰u無いり こ∼でほ1TLにそ の朴競的の意識に就てのみこれむ諭す〃石Sであら、朴累的のふ誹に㍍てu、暦在り意識は二つ の血合に起る。即ち一は如兜表象に作ふもので、一は鋸惜又は悪化に作ふもりである。普池由 ∴リノ−−

(31)

兢六郎 隼二郎 究研歌宗 反省を鮮ぎる朴素的の意識に於ては、正接の知龍夫象は即ら岩在である。服に映サる色光及形 l 耳に警膏、皮偶に嘲る∼外物、情その儀審圧とし妄け収・り・れろハロこれほ刷誉串㌍であ るが、箪一り記憶又は想像心像が饗際の如く成せられろ場合は多少の説明む要する。勿論これ 等の心像が喘殊の身情的及精帥的情描㌫娼に錯畳又は幻兜とへ㌧る持は、これ加畳克簸であつて 前の場合と選ぶ購は無い▲。勿論その心像S鹿追に於て㍍成る程皮迄差異は軍のられるが、その 基準こLてその∴・竹1受け収ら、れる郡から見れば同一でム∵→一昨し記憶・又は想像心像が、かく の如く妄儲と空っ㍍いで、現基山件肇で有†匂禦‖がJ直る。輌前文は宗故に現斗牟即像心像は 、 はあるが、一般にはか∼る正接り如望Jは無く、ま 持とし∵−は草昔の寅雄として現出する=と 脱的で同時に客脆性を帯びて屠るのである。か∼る陽介の焉在の意識は如何にして起るか。ブ リいエヶヰ†−ン は怖鮪叫作川■品て∵れJ義明し、ニれ情純の投射であ宣するた併し何故に情崩が想 ソト アクーイヴイン 腹心像に視野性を舶ふるかに至っては評で無い。ゼームスも、ブントと同じく、傭緒及活動的街 パル∧ 湖を以て、これを説明し、鑑在とは吾人の情緒的、及活制的比論に対する㈲旅を意味するに過 ︶ インナーヴュト ぎ無いと。持又蜜れの戚は,筋肉戚畳抑ら吾人り節肉が動作完に典徹しっ£る戚警裁く ヽ′ と。仁ゼームスが、葦在の意識に情緒及び空心の上品牢昔しは大に宜しいが 、そ憲情、否 / ーーー・.一

(32)

他心る け於に救宗及訴榊 一般に成怖を成畳に抑ポせしめる彼の説は大に批難がある。然らば成情が貨在の城を適さしめ るのは何故であらうか。これ恐くは次の二のま粟な頂閃から凍るのでやらうと旭艮言∵与り盈二 には偶祐的典奮の嫡に、記憶メは想像の衣魚が、その強庶と完全什とト或る緯使道加へ凍り、 群ほの知能衣象に近づかしめることで・・−直る∩∵Jれは怖絹の影響の常に往々にしで郎党や幻覚を 焦すること哲見れば、こり賀正町はり場合は、その調弱な形式と見ることが〓凍る。第二には 消極的の股間ではあるが、情描的典奮の栗に鱈在と非欝在とむ別別寸︰鳥冷抑罷る明晰作用が障 辞されムことである。 以上の如き鱈在の戚が更に猫めらるれば、控除の立党となり鳥ゅであるが、紳高及小串︰付.上の妄 畳と〓常のそれとはその心理的牲侶〓に於ては大惜同様であるが、これを紺惜†る満目身に取わ てほ異った㍍堺を及ばすのでJdJる。普通の場合に見る素描も幼碓なヱ品講に於では前述の如く 饗際の知覚と同一祀せられろ。併しこり仰の立党はJ⊥lくから抑々の一方法によつ∵匡証せられ、 正常の知兜と鵬妄の幻視Lしは桝別せ・・りj・lるりこの折別が起つ′し、初めて朴基的の木象・宰裾に野 ●●▲ 宥と㍍す可0の段階から一歩進ひのでわるり併しながら抽請及宗教に見る宣堤ほ以外京から見直 ば妄兜でわるが、紺膀ポ自甘から見ム時には却てそ打心像の侶ん性凡そ山高=念の碓鱈隼宮一卸ふ − −−¶ ,‘//叫

(33)

耽六野 中二節 究新改宗

るもので、壁なる妄兜として退けらるペきで無い。此場合には却て‖常懐抱せる信念が稀有の

妄兜の経験と調和される。例へば鑑魂又は紳の如きは年常は不可成であるが時々その姿を現す

ると信じられる。かくの如くこの抑の妄畳が虚妄として排斥せられ㍍い所以は、その妄鹿訪根

底たる記憶又は想像心像が前述の埋山からして已に現璽性を有するからである。即ちこの現欝

性を有する心像とその妄妃との鉦鵬は、そ山他の場合に見る如き現怨性を有しない心像とその

妄発との折損よりも毎に甚しく小いからである。併し安に注意な惜するのは、かゝる妄鹿は紳諮

的若くは宗数的緯應密生するものではなくて、これを強め碓めるカィで有するに過ぎ無い。何と

なれば前者は必然に後者を汲癒するが後輩は必しら前者を辣悲し無いか■トである。一派の宗教

心理単次に見る妄魔のカ訟は、凡て精細の拉態的方面を過癒するから起る謬見でJのえ。

吾人は以上に於て紳謂的想像の二節の韮要な糖鎖を説如し都たのであるが、更に丑等想像の

起乙動機を尋ねる必要がある。即ちかヽる想像は如何にして載るか。この間超に閥する蕾凍の

説明は潜心理畢者が偏知的であつたと共に突破り偏知的である。即ち擬人想像り如きは自然及

人生の説明で知識欲から静坐したものでぁる。例へば夢に身醗を離れる仰温魂の表象は、歩の不

思議なる現象を説明しやうとして起ら、自然紳の衣象の如きも自然界の細々な現象を説槻しや

ー β2 −

(34)

倣怒る け於lこ敢宗及髄榊 ヨ㌔ ー ぺヨ うとした腐であるとする。スペンサーe フィアカント∈タイⅤア句マイγ−句リ セナ一 句等の如きこれである。併し誤らか1る偏知的桐繹を排除し品今の心琵では紳祐の説 明に於ても偏知説を採用しな いで、か∼る想像は知的の欲求から凍らすして、賓際の一欲求即ち ︺V、 情意方南のそれから氷て居ることを力説する。前述のリボーぐブントqの如き何れも然♭ である。 以上述べた如き碑謂的想條は、尚今日の兄荒に於てもそれに耕似した現象を聡見することが 出凍る。見寛が遊戯の際一仰の木片を以て人間の如く話し掛け又は取♭扱ふ那は何人も鮭験す る桝であるっかゝる擬人想像と前述の紳謂的想像との由に桝に形式的淋似のムることは否定出 凍無い。併し多くり軍者の如くこれを崗二脱することは出水無い。これ等想條の貨際の内容を 検し凍ると、非常な差別が認められるり細評に働く悪性は小見でなく成人が野際庄清上端切な 要求から産れ出でセもので、従ってその判象たる人的布在の衣象も、超自然的の性肇を有し凍 ら、且つこれに判する態度も亦風面目な痛切な情意め澄呪である。これに反して施一義の擬人想 像に於ては、未だ暦隙葎搭に入らす、保維新の下に提督せられつゝある望芯地戯的範分の静 寂を見るに過ぎ無い。陥ってその人格化も彼等が‖常辟検する範陶にl批られ、彼等が超自然的 ー ββ −

(35)

航六弗 中二節 究研軟宗

の存在な想像する際には常に見竜の自然の産物ではなく、周園の成人から受け入れた東泉に過

ぎない。

吾人は以上、紳諮の教生に於て命括的にして且つ現賓性を有する想嫁が作用せることを述べ

たが紳詣の金慨の凝連殊に宗教の螢達に於で同様の想像の形式が作用して居るとは云へ無い。

紳高が漸次凝達するに従って、その現賓の信念を失ひ、歯術的想像の産物に窮められ凍ること

は串賓である。叉宗教の敬連と共に形而上的倫理的態度が著しくなることも認めねばならな

い。併しこり紳話的想像は罫に紳話時代に活動した特殊の相加作用で無く、佃現今の民間信仰

に裁て墟に働きつ∼ある許りで無′㌧常連した浣故に於ても情調が高潮に達し化時には常に現

れ凍る粕紳作用である。

之を要するに、紳諮戊宗故に放ける想像作川は事物を令括的に想像することゝその心像を呪

班と信せしむるとの二つの嘩微がある。而してこの現野性は併給的興奮及情緒の諦めに知的作

用が悍宰せられるのに韮く。従って皆愉又は象鱒説は甚だ視て居る。叉同様の理由からして紳

話及宗敢的妄畳は他の妄兜と薫って匡正され難い。叉足守の想像の肋機は知的山要求存せすし

て情意の要求に裁くの一である。この鮎に於ける従妹の偏知的解粁も亦祝って居る。且これ等の

ー 乱i−−−

(36)

條憩ろ け於に歌謡及綿紳

想像と見韮のそれと瓶似はして居るが、珊斐な柘別の存すること一ざ許さねばならない。

ー■ J害口諾︼T訂くヨie−訂CrrLi聖○仁山EMつeri昌e2・ ド▼ Jモun︵ご︸弓竺ハβ︶〃l召hO言訂1ノ10∵岩.ノ、.コ・︵ソ官ごus⋮JdRe]ig㌢︼︶いE一eヨe−旨︻le:.茎責∴鳶。h乙。。。i。・ u● 朝型鞘諒、拾二十八塔節三官十入明火正二dF、予が論文﹁宗教心埋草に於けるせームス封ゲ ソト﹂葦帖M⋮ P▼ ︼い=P Tユぐr︼ヮiロili詔Cこぎreム︶−苫∽−pp・付㌶sq・ P TF R旨○√E⋮SPi s誓︼パヨお㌻邑⊃n︹r邑r⋮e∼−忘00こJ・−OP G.ノノ.≡を︸ィ巴訂r︸︺⋮宣lロ︼鼠勺︸ノ.つ︼.コr∴︸小一ヨ叶︶pJ sqでこ.〇r−ノ、︸C︸=p﹂・ ヾ.ノぎ已t、○ワCぎTOl・︼らマ誓Ⅵや S● ﹃●Ⅵcぎ一﹁Nル︶勺仇乙邑Ogi2d2r写l⊂1al訂1︶−冒0フ巴∽・ P ﹂ヨ冒き○?Cit・ノ10︼・コ1︸pて・宏∽ぷq・ 岩● Ri㌢︸t︼○?C⋮t・ワ㍑・ −−.ノゴll乙t︸Op.cFノ10∵︼H﹁・pP・崇・ −柏.ゲソlけ∵非の■﹁氏構心理肇﹂lこ於てほ叙上の如く想像の設立在愉りにはく州ゐて居るが非 り偶人心理掛に紙てlェ統覚結人‖の一とLて倫理的揖考と亜び、牧童に川ぁて捕ろ。 こり 軌範のカが寧ろ通切なろが如く規けれろ。 ㌫.Ribヌ︵すc︰t.p∵﹂○∽sゃい弓〇ロdt、Op・Ci︷・イ01・Ⅰぺ・p?莞Mq・ ー β5 −

(37)

戟ノて弟 中二郡 究研教主;; 巴弼” けP 柑−. 相和. り“. 甲r N功. uの. M︸. 沌00. −S. −可. ︼P ︼ひ﹀ 一組、 T﹃訂−,Op︸Cit−1︸p,法引、 RibOt、Op︸Cir召・−崇∽d− ScどごN∼−Op・CF IJp・ビ00ぷ▼ ﹂イundニ〇ウ.CFづ︶︼.†<. フ1.丁スチルングスすプエタト ブリーナィげ クレ﹂γユリティ グゾ︰卜けこれね表象封泉と名けり圭\しのてぺーノが原始的易伯性と呼びたろLの=二敢卜 間借な勘合でちろ。つ言已√S℃t2m der H︺≡〇S阜計︸ノ、01﹂こ苫り︶弓、冨sデーL〇忠k﹀ノーニ∵︸こ岩の、pつ・ 合ゎsq︶い出ンi−ごT︼蒜H20tぎ1呂みt訂ノノ≦−−∽諾ニ︶p・ひーーsJq.︶ ノノノニ乙tリOp●CF2︼・lづ●pp●設sqq.いPど︸○−J●Cご.p●詔ド JDE2S↓二1e㌘il呂宣2SOr句払ⅥeどーOgゴーgひ︼く○︼︸H.葛.誓可sq甲治㌣ J日昌e旭、つ弓⋮etie∽,p●Gい. Sp昌Cer︼竹r訂c豆e O︻SOCEO顎−<乞,−.−∽00lやーp.−盆, ヨ巧打ndt,男atural打2ru︼乙冒已どr&宗er︶−冨○−p.㌫㍗ HユOr−Op●Cit,ノ、Ol●Ⅰ●IH一Cl︼PpS・眉笠訂lC呵㌍ E∴閏,巳eづer−Gルr巨岩isn訂雲呈lO−つgie−︸雷−−pp.りsqq. 声□sen2り、巳呈邑Ogi2.ArcF︹出e−igiO一︼S革訂㌣.く○︼.﹃−−警属p.試. RibO√Op.cF p.∽S. ノJ、uPdt、〇p・C⋮︷・づ○︼・Ⅰく・Pp・訂sqや ー ββ −

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助鴻秋霜斬る け於lニ旗印

印度が未だ西洋文明に接倒せなかった以前、この憫に於て術はれてゐた㍍放は印淀放︵ロn一 d声is且件数︵出乱dhis且沓那致︵JPini芦︶邦火敬 ︵いい。r。現首iPnism︶及何々放︵芦訂m日乳丁 乳sm︶ であるが、之等の中、印度固有の宗教として救も勢力を有してゐたものは言ふよでも

なく印段数である。抑、西暦紀元前第三世紀の中頃から紀元後撃蔽紀の中頃に至るまでは俳

敢の蓑金仲代であつて、その絶大な勢力の嫡に印度国有の再ポ徽も全く爬倒せられてゐ柁のであ

るが、第四世紀前後より郁々の事情に因って哩羅西︵甲巴lm眉P︶操典の機運に向ひ、第人世紀

に於ては従凍久しく偶数碗の占領してゐた数日を悉く回復すもに至った。その■枝番十一二世紀

印度に於ける新宗教運動

勅 撰 了 諦

__ β7’−

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兢六節 隼二郎 究研改宗 頃には何々教徒の印度侵入に依って、婆碓門は再び妙なからす打堪を破っ化けれども、未だ以て その致命傷とはならなかつた。蓋し、回々教徒がその勢力を扶殖した地方は主として印度西北部 であつて、北‖仲の仰敢のやうにその構成が公印皮に及ばなかったからである。故に泰西の新文 削が初めて印皮に人−n凍った時代即ち西暦一人〇〇年的には準羅門の無上碓哲認むる印度教徒 ︵詳ndエなは鋤くとも印放生問民の四分の三を占めてゐたので雪へ㌣けか絹叩㌘㍑舘㌍門咋︶ 従って印腔に於ける日畳ましい新宗教逃勧が多く印腔数を中心として惹き起されたのは自然の 勢であると謂はねばならぬ。 大腰、印度致なるものは仙り進督致や回々敢やだど∼は異って、和々准多の致鶉倍條を包括 し、その中には汎紳改もあれば一紳敬もあり、多紳改もあれば無軸改もある。叉同じく印度政 従と言っても其の中には毘視認︵ノ、官エの倍新もあれば揖斐Si2︶の折伏者もあ♭、吏にそれ等 の紳の相手たろ女醐を本鹿として柴野してをるものもある。故に印茂政ほ〓ホ敢であbながら 基内容は頗る雑駁であつて、上は理想的一元論の衝撃軌念に裁ける高相な信仰1㌻り下は憲魂豊 邦といふやうな劣等な信仰をも含んでゐて、恰も一切宗放の展詑曾場の如き脱がある。而しで その教徒の生活状鰻盲見れば走れ亦何等の統一なく、一方に・は臓新主鶉繋慾ま鶉の苦行的生活 ヽ ー ββ −

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動沌歌宗斬る け於lニ戊印 哲驚んでをる教徒がぉるに反して、他方には享楽ま鴻肉慾ま鶉の蛸落的壁括を法ってをるもの がある。元殊、印度人は自然の影響哲受けると見えて、大いに極端性に富んで一でる。かゝる極 端性が一日雄印皮の宗教哲蛤落せしめたやうである。辞令常時の嬰維門の如きも、矢弧一方に於 ては梅職な形式的苦行に投糊し、他方に於ては極職な肉慾的革紫に耽溺してゐた。そこで将令 は之等の二硝を避けて所謂中道を宜祝せられたのである。鶴数の中道的梢紳も第八世紀以後は ヽ 全く印肢の地を沸ひ、第十世紀頃よりはタントラ ︵り呂trエとか礫乞肱︵SPk什i︶とかいふ宗名 の下に野卑淫由五肉愁主義の宗教が現はれて印度の人心を支配するやうに行アり、殊にムガル ︵巴息甘ヱ王朝の時代には、益々印庶政は腐敗に蹄し、印度の乱曾は蜜に憐むペき状篤となつ た。研究は磨れ、致育は嘉へ、柵紳的宗教は殆んどその賓を没し、披忍不徳兄儀式を件へる和 独柿まろ偶像相川邦が金印度を風靡するやうになつた。 〓 ところが、前述し佗やうに一入〇〇年頃から印撲は西洋と接偶を始めて、英国り政治敵背及 び文型を始めとして、基野敢・東洋桝窄科学哲墾その他一切の両津文明を輸入し毘のである。 貨に印皮は此の際西洋から多くのものを待たのである。併し、これが兼職も多くの損失を招い ー・・・・・・・・・・・一一 凱ク ーーー

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肪六郎 中二第 究研改宗 柁ものは哲雄門であつ柁。籠し、英聞流の教育的設備が整ふて、多くり印度青年がこれによつ て巻成せられ、かくて西洋の思想が贋く印度の土地に捕骨けられるに従ふて、堰羅門は漸次従 凍占めてむ咋融骨的地位を失ふに至ったからである。近攣フオ・サヒブ・ジ。シ︵R2︶∽己1ib JOShi︶ といふ∵壁羅門が英粗放帝を甜ふて次のやうに言ったと佃へられてをる。 =れよでは∴rル︵︵山賀︼︶が戊嬢な訪川寸ろと米人に非常lニ算敬して、㌢ルl工梵でわろ.凡弧撃で わる、調婆でわろ、県に荘㌫な梵でぁろと い つ㍗。と︰ろが、俗悪克英はり敬叫〓はか 1 る机念、か かる尊敬な滅茶々・てに破増してしょった。それで世知的僧侶り牧人と地放とが漸次侃誠L ㍗。︵ヲ冨雪いHコ︷二三Tl−01J掌t∴J.詫P.︶ この一嘩維門S一倍白に由って皿ても、英闊款待が如何に婆碓t川jに大打曜を典へたかい判る。 英偶数膏普及のため埠羅門重昭が斯くの如き損群・軍破ったとすれば、彼等の中から西洋の思想 宗教に判する圧制の起るのは自然の勢であるといはねばなら犯。而も印腔の婆維門は現今に於 ても一千西南前人に上るのであるから、之等多数の喀維門 − 有水思索的過相性む持ってをる 彼隼の中から西洋の理想宗故に射して大気娼哲揚げる偉人の北田するのは常然のとに属する。 殊に基周政騰が印肢を治めるやうになつてからは閣内中指であつて、率術研究の龍備も完全し たから、彼等準羅門ト∴日出に白岡古代の画箪宗教を軍隊することが出衷た。その輔某吉雄白岡 ー .〃0 −

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船越軟宗斬る け於に戊印 には南洋の思想宗教に優るとも決して劣ることのぢい博大曇高なそれ等の存すること.を知って、 彼等嬰羅門は大いに自負心自軍心を聡揮するに至った。か∼る白魚心目韮心を抱い柁のは骨に

喝維門のみではなかった、新散骨智受けた印皮人にして自問古代の弗典な折兜し化ものは何れ

も習自由由有の梢紳文例に対して誇♭を持つやうになつた。然るに、翻って百聞宗教界の饗状

を組れば全く婿落の抑に沈んで、本務の嬰碓門信仰と閥係のない俗階卑猥なことばか♭に殉湿

してをる。印圧政徒の中から頻々として宗致改革ポを癒由するに至ったのであ一心。彼等宗教改

革者の多くは殆んど償自繊固有の宗教の巌惜を認識して、之を竹村しだ試飲的天才であつた。

故に印腔に於ける新宗政運功は古凍印度宗敢の州の中に埋ってゐ托椰子が西洋文明の日光に接

してその芽を新したのに外ならないのである。

然るに、欧米人特に韮歯数に閑係ゎる人々は弧ひて之等の新津勃に対する井智敢及び其の件

迫の効果恕高調せんと努める傾きがある或中、印腔錫腑韮瞥款肯年骨文邦訳長のフ丁ルクァルの

如きは、印度の需政改革運動の大抹揮燈と捏アり、規範となつ化ものは基軒数であると陳ペ、叉新

宗教蓮吻か留∴紳的信仰を叫んで多紳歌偶像敦む排斥し、同じく梢紳助となり道徳的となつた

のは、足れ常韮政敵の模倣であると論じてをる︵㌢㍑㌻鰻誓l拉鐸餉i盤豊田よト非冊数の 一 々J叫

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璃六軒 年二第 究耶敬宗 博道が印庇の宗教改叩運肋を佃す有力な原田の一つとなつたこ、Lは桝かであるが、設革された 宗教そのものは決して北冊数の模倣ではなくて、印度固有の宗教的信仰及び理想の最も異なる 最も英七る研な敬楊したのに外ならない。基軒数は印度に於て弘大な労力と財力とを現したの にも拘らず、その佃氾は成功せなかつたのでJのつて、現に新典の宗散々骨から北ハの歓迎上の捜 澤を描く攻蝉せられてをる。これに山つて観て・も、印放り宗教改革運動が韮解放を奴海鹿とし 規範として成立したもS一でないことが容易に首肯し得られる。故に印比に於ける新宗教親拗の 原因といふべきほ、之を再にしては印段数の腐敗之を外にしては酉洋文明壬殊に英偶の教育 及び基暦数の別紙であつたと踊足せねばならぬ。斯く外部原因が西作文例の刺戟に在ったとい ったからとて、印皮は具消極的に宗政迂曲を通したに過ぎないと見るは正常で㍍い。印肢宗教 には本来絹梅的に之を改革し視る能力を具へてをるのであつて、印既宗数が暗涙あ梅に通すれ ば、必ず偉人が出現して之を改準したことは歴史の詔而する桝である。故に近世に於ける印度 の宗数運動も印庶固有■い梢種的能力が西洋文明の刺戦に経って聴現したのであると判定するの が正常な見附であると信する。 ー 舶!−

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朝霞敢宗斬ろ け於に凍印 三 なほ印度の宗政改革運動には見過すことの出来ない一帝緻がある。それは多く敢骨改良運動 を件ふてをることである。然らば、何が故に印度の宗数革新運動には祉骨改良運勒を伴ふので あるかといふに、一般他人の知る諭す印度人は殆んど先天的に宗数的民族であつて、宗教に熱 心なことは到底吾等自本人の想像し狩る併ではない。従って彼等の敵骨雄括もその宗教的倍仰 と分推したものではなくて、宗教的信仰をそのまま軋骨生活の上に蜜現してをるから、宗教を 改革すれば勢自ら赦骨改良を叫ばぎるを碍ないことになるからである。 印皮の敢骨に於て敢も音階な風習は所謂階級︵C邑e︶ の制皮である。併し、之は印圧政徒に 収つで蔑も大朝なことであつて、各人の階級はその憲魂が喩触相接に於て達した窒的地歩の段 階を碓欝にホすものと侶せられてをる。故に一定の階級を持ってぉらなくては印度敢徒花るこ とが出水ないのである。而もこの階級制腔の賛す澱も残廠ねことは、一定の楷級祉骨から除外 せられたものはその桝紋のもい′と食弔を共にすることも婚姻を紙ぶことも出水ないのセあつて その他一切の交際を経たれることであるり一皮除外せられたポと肉椚的に接偶することは印腔 数社に耽つで粕紳的に危険であると信せられてをるから、苛も印度数社である以上は除外せら 一 石ぎ ー−−

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