陪代仏教における真・応二身説
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時代仏教における真・応、ニ身説 中国仏教における仏身観の展開をみる上で、鳩摩羅什の存在は、その後の影響を考えると無視できない。﹃鳩 摩羅什法師大義﹄にみられる庫山慧遠との法身に関する問答、また、彼の訳書、特に﹃大智度論﹄に説かれるこ 身説が、中国仏教の仏身観の基調となっていると言っても言い過ぎではないであろう。彼以降、﹃浬繋経﹄研究 の隆盛などと相侠って、法身や二身説の内容は充実していったが、六世紀に、体系的な三身説を説く経論が菩提 流支や真諦等によって相次いで翻訳されると、従来の二身説と新しく将来された三身説を整合させる動きが活発 になっていった。特に六世紀後半から七世紀前半に位置する浄影寺慧遠、智顔、吉蔵に関する文献には、その様 相が詳細に記されている。また、この間、見虚遮那(虚合那)や阿弥陀(無量寿)など、特定の仏をそれらの中 に住置づけていく動きも急速に進展した。 1 -筆者がイメージする中国における仏身観の展開の概要は、時代までに関しては、およそこのような感じである。 ただ、簡単に説明するならこの程度の内容で問題は無いであろうが、当時、具体的にどのような意図をもってこ ういった作業がなされ、諸師の立場やその意味内容を個別に具体的に証明するという場合には、問題がいくつか あ る 。一つは、二身説や三身説といっても、二身説といえば法身と色身(あるいは生身)、三身説といえば法・報・ 時代仏教における真・!お二身説 応(あるいは化)か法・応・化の三身という最大公約数的な理解をもって(あるいはすでに定義が確定している 自明のものという感覚をもっててそれらを諸師たちの文献にみられる仏身観に無条件に適用してしまう向きが あることがあげられる。筆者は、これまで三身説に関する論孜をいくつか発表してきたが、個々人はもちろんの こと、同一人物の手になる文献聞にも相違がみられることは少なくない。三身説においても複雑な様相を呈して いるのに、二身に関する理解が各人一律であったとは考えられないわけで、さらに言えば、同一文献の中でも二 身や三身それぞれの名称すら統一していない場合が多々ある。例えば、今、神子上恵龍氏が﹃弥陀身土思想展開 去蜘﹄の中で整理している﹃大智度論﹄にみられる二身の名称を列挙してみると、 法性身・父母生身(巻九) 真身・化身(巻三
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-法性生身仏・随衆生優劣現化仏(巻三四) 法性身仏・化仏(巻九三) 神通変化身・父母生身(巻一O
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法性生身・随世間身(巻三三) 生身仏・法性生身仏(巻三四) 法身・生身(巻八八) 法身・色身(巻九九) というように、種々の名称がみられる。先ほど﹁﹃大智度論﹄が中国仏教の仏身観の基調となっている﹂と無責 任なことを述べたが、これら種々の二身が実際の文脈でどのような意味を有し、そこから統一的な﹃大智度論﹄の二身説というものが導き出されるのか、また、それが導き出されたとして中国の諸師にどのように受け入れら れたのか、筆者は未だ総合的には確認していない。ただし、三身説の複雑さから、二身説の理解が画一的でなか ったことが想定されることを考えると、この﹃大智度論﹄の二身説に関する理解も諸師様々であったことは予想 す る に 難 く な い 。 階代仏教における真・応ニ身説 二つには、二身説と新たに将来された三身説の整合作業を、二身説から三身説への移行と捉える向きがあるが、 この作業は、果たして既存の二身説(存在したと仮定して)を前提としたものであったのか、という疑問である。 二身のもとに語られた二つの要素を、三身のもとに語られる三つの要素と整合するという作業は、同一の思想系 列の中で二身から三身へと派生したのなら分かりゃすいが、中国での事態はそうではなく、﹃大智度論﹄以外に ② も二身を説く経論が種々存在していた中で、新たに将来された菩提流支訳にみられる法・報・化(応)の三身や 真諦訳にみられる法・応・化あるいは自性・受用・変化といった内容も名称も異なる三身を抵抗なく整合させる ことができたとは考えられない。そこには、会通や排斥といった判断が必要となったはずである。つまり、三身 説の将来・導入によって、二身説もそれなりの改変を迫られたと想定できるのである。 3 -三つには、これまで諸師すべてに適用できる一律的な仏身観は存在しないと問題視してきたことと矛盾するよ うであるが、中国において二身説と新しく将来された三身説を整合する動きは、六世紀後半から七世紀前半の陪 代を中心とする時期に集中している。ここに位置する浄影寺慧遠、智顔、吉蔵に関する文献には、その様相が詳 細に記されているが、縦割り的に諸師の思想的傾向を検討するだけではなく、同時代的な視座から用語の使用な どに関する共通項を抽出し、同時代的テ
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マとしてこの問題を扱う必要があるのではないかということである。 以上、思いつくままに中国仏教における仏身観を扱う場合の問題点をあげたが、本研究ではこれらの問題点を 意識して、試論的に、浄影寺慧遠と智顕と吉蔵に関する文献にみられる二身説、文脈や用語としては﹁真身﹂と﹁応身﹂がまとまって述べられている部分を抽出し、 その内容を検討することとした。この真・応の二身は、三 師の中でも特に慧遠と智顔に顕著にみられるもので、単独で語られる場合もあれば、三身説と密接に関係してい る場合もある。また、三師以前に﹁真身﹂と﹁応身﹂という用語で二身を積極的に展開している経論はあまりみ られず、これが三身説伝来以前に中国で定型化されていた二身の分類とは考えにくい。つまり、﹁真身﹂と﹁応 身﹂というこ身説は、新たに将来された種々の三身説との整合を意識して浄影寺慧遠が設定したもので、智顕や 吉蔵も同時代的な共通項として採用している可能性があるのである。ただし、三師に関する文献にみられるこ身 説は、﹁真身﹂と﹁応身﹂のみにとどまらないので、この点は今後、総合的に検討する必要がある。 時代仏教における其・応二身説 一、慧遠(五二三
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五九ニ)の真・応ニ身説
ここでは、慧遠の真・応二身説について、主に﹃大般浬襲経義記﹄﹃維摩義記﹄﹃観無量寿経義疏﹄﹃大乗義章﹄ を み て い く 。 ①﹃大般浬繋経義記﹄ ﹃大般浬蝶経義記﹄では、巻二に真・応二身に関する以下のような記述がみられる。 諸仏法身是法性身。種種方便是仏報身。報徳差別故云種種。方便修生故名方便。亦可法身是仏真身。種種方 ③ 便 是 仏 応 身 。 ここでは、まず、諸仏の法身は法性身であり、種々の方便は仏の報身であるという、法性・報の二身が示され た後、法身は仏の真身であり、種々の方便は仏の応身であるという真・応の二身の分類が述べられる。つまり、法性・報の二身と真・応の二身の二つの二身説がみられ、それぞれを単に対応させると﹁法身 H 法 性 身 ・ 真 身 ﹂ ﹁ 種 種 方 便 H 報身・応身﹂というように解釈されてしまうが、慧遠は巻九において以下のような分類を述べてい 9 6
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筒代仏教における奥・応二身説 釈言種性以上菩薩有五種身。一法性身。加地持説六入殊勝無始法爾。二実報身。謂従先来修善所得。三応化 身。依前起用。四変易身。所謂縁照無漏業果。五分段身。所謂三界有漏業果。五中初二是其真身。第三是応。 於前真中有反易雑。於前応中有分段雑。彼勝賞中言変易死拠第四門。今言分段当第五門。不相撃的。 これは、法性身・実報身・応化身・変易身・分段身という五つを、真・応二身を基準として分類するものであ り、﹁五中初二是其真身﹂というように、無始法爾の法性身と修善所得の実報身を真身とし、﹁第三是応﹂という ように起用の応化身を応身としている。その他の身については、変易身は﹁真中﹂に、分段身は﹁応中﹂に雑ぜ、 この内容は﹃勝賞経﹄の変易・分段の二種生死と議背するものではないと述べている。また、これと同内容を扱 っている﹃大乗義章﹄巻一八では、 ⑤ 此五種身。各有因縁。法性身者。仏性為因。:::実報身中。有変易雑。応化身中。有分段雑。 とあり、ここでは﹃大般浬繋経義記﹄よりも詳しく、法性身と仏性、実報身と変易身の関係が述べられている。 この﹃大乗義章﹄の内容を加味して﹃大般浬繋経義記﹄の真・応二身の構造を示すと次のようになる。 - 5ー 真 身上
応 実 法 化 報 性 身 身 身 分段身 仏 性 変易身 応 、 身これによると、先の巻二にみられた法身と種々方便による二つの二身説は、単に同内容の異名を示しているの ではなく、はじめの﹁法身日法性身﹂﹁種種方便 H 報身﹂の二身は、後の♂法身 H 真 身 ﹂ ﹁ 種 種 方 便 H 応身﹂とい うこ身の内、﹁法身 H 真身﹂の内容を法身と種々方便という観点から詳説したものであるとも考えられる。 時代仏教における真・応二身説 ② ﹃ 維 摩 義 記 ﹄ ﹃維摩義記﹄巻三本では、真・応二身に関して以下のような記述がある。 不来而来汎解有三。一就世諦無常以釈。実法無来相続有来。故浬繋云。諸行無常。亦無有来。二就二諦相望 以 釈 。 真 諦 ・ 鉱 山 来 世 諦 有 来 。 故 浬 般 市 云 。 諸 法 若 常 亦 無 有 来 。 三 就 真 応 二 身 以 釈 。 真 身 無 来 応 身 有 来 。 不見而見解亦有三。一就世諦。眼色明等別分無見。和合有見。又生住異減四相分別則無有見。仮合有見。二 就二諦相望以釈。真諦常寂無眼無見。世諦有見。三真応相対。真身平等離相離縁。名為不見。応化随物示有 ⑥ 照 鴎 。 名 之 為 見 。 この部分では、﹁不来而来﹂﹁不見而見﹂のそれぞれについて﹁世諦﹂﹁二諦相望﹂﹁真応二身(相対)﹂という 三つの観点の解釈を述べ、真・応二身について、﹁不来而来﹂に関しては、真身は無来、応身は有来とし、﹁不見 而見﹂に関しては、真身は﹁平等離相離縁﹂であるから不見、応身は﹁化随物示有照踊﹂であるから見であると し て い る 。 次に巻四本の以下の記述をみてみる。 依金光明聖身有三。一是真身。謂法与報。二是応身。随化現生。三是化身。従応化起。今維摩詰備此三身。 彼維摩詰真徳之体即是真身。毘耶所受即是応身。所化菩薩即是化射。 これは慧遠が﹃金光明経﹄の三身(真諦訳﹁三身分別品﹂の三身は法・応・化)について説明した後、維摩詰
がこの三身を備えていることを述べた部分であり、まず、真身・応身・化身の三身について、真身は法と報、応 身は﹁随化現生﹂、化身は﹁従応化起﹂としている。真身を﹁法と報﹂としているのは、法身と報身をその内容 とするという意味であって、﹁三身分別品﹂に説かれる如知・知知智の法身(慧遠のいう真身)を、慧遠は法身 (如知)と報身︿如如智)に分類して、総じて真身と考えていることがわかる。応身と化身については、先にみ た﹃大般浬繋経義記﹄の真・応二身の応身(応化身)を随化・従応の関係から内容的に二つに分け、﹃金光明経﹄ の三身説に対応していると考えてよい。維摩詰がこの三身を備えていることについては、真徳の体を真身とし、 つまり現生した維摩詰自身を応身とし、維摩詰の所化の働きを化身としてい 時代仏教における奥・応二身説 昆耶(毘耶離)において受けた身、 又 v。 真 下 真 徳 之 体 7
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身 身 見耶所受 応身
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身 所化菩薩 ③﹃観無量寿経義疏﹄ ﹃観無量寿経義疏﹄巻本では、観仏に二種あることを次のように述べている。 無量寿者是所観仏。観仏有二。一真身観二応身観。観仏平等法門之身是真身観。観仏如来共世間身名応身働。 ここでは、真身観(観仏平等法門之身)と応身観(観仏如来共世間身)の二種が述べられ、文はこの後、真身観について﹃維摩経﹄の﹁観身実相﹂を論拠に説明する。応身観については﹃観仏三昧経﹄を論拠にして、ひろ く仏の形相を観ずる﹁通観﹂と、個別の仏(弥勤・無量寿など)を観ずる﹁別観﹂があることを述べてい旬。 ちなみに﹃観無量寿経義疏﹄巻末では、先の﹃維摩義記﹄と同様の構造をもっ三身説もみられる。 仏具三身。一者真身謂法与教。二者応身八相現成。三者化身随機現跡。 ここで真身は﹁法与教﹂となっているが、おそらくこれは﹁法与報﹂であり、内容的には﹃維摩義記﹄と同様 と 考 え て よ い 。 間代仏教における奥・応ニ身説 この三身説と先の真身観・応身観の内容をあわせて考えると、慧遠は、仏の実相の境界を真身(法身と報身) とし、仏の形相の世界を応身(応身と化身)としていることがわかる。 ④ ﹃ 大 乗 義 章 ﹄ ﹃大乗義章﹄には仏身に関連する記述が種々みられるが、巻一八には、 下 の 記 述 が あ る 。 一身から四身の分類を整理している以 次第二門釈名弁相。言法身者。解有両義。一顕本法性以成其身。名為法身。二以一一切諸功徳法而成身故。名 為法身。相状知何。開合不定。総之唯一。謂一法身。或分為二。謂真与応。或説為三。法報与応。知地論説。 又如七巻金光明中。亦分三種。化身応身及与真身。法報両仏名為真身。為化衆生示現仏形名為応身。示現種 種六道之形説為化身。若准浬鍵法報二仏是其真身。王宮現生道樹現成是其応身。依応起化受大衆供是其化身。 或復分因。知楊伽説。一応化仏。猶前応身。二功徳仏。三智慧仏。此之二種猶前報身。四如知仏。猶前法
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身 。 ここでは、まず﹁法身﹂という名を釈して、法性を顕すことによってその身を成ずる﹁法身﹂と一切の諸功徳時代仏教における真・応二身説 法をもって身を成ずる﹁法身﹂の二義をあげる。そして、その相状について、唯一の総体としての広義の法身を 示した後、二身について真と応とし、三身について﹁法報与応﹂と﹁化身応身及真身﹂の二種を述べているが、 後の文によって、この二種を真身(法身と報身)と応身(応化身、応身と化身)という二身説で整合させている ことがわかる。四身については、﹃拐伽経﹄の応化仏を応身、功徳仏と智慧仏を報身、知加仏を法身とし、法・ 報・応の三身に対応させているが、これも真身(法身と報身)と応身(応化身、応身と化身)という二身説に集 約することができる。おそらく慧遠の仏身観は、広義の法身は別にして、真身と応身の二身説を基本に考えられ ⑬ ていると思われ旬。この点は、﹃大乗義章﹄巻一九において、種々の仏身観をすべて真・応の開合として考え、 それらを開真合応(法・報と応)、開応合真(化・応と法あるいは真)、真応倶開(法・報と応・化)という三つ の分類のいずれかに収めていることからも窺える。 9 -ニ、智顛(五三八
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五九七)の真・応ニ身説
ここでは、智顔の真・応二身説について、智額説濯項記﹃観音玄義﹄、智額説濯項記﹃観音義疏﹄、智顕撰﹃維 摩経玄疏﹄、智顕説﹃妙法蓮華経文句﹄、智額説濯項録﹃金光明経玄義﹄を中心に検討する。 ① ﹃ 観 音 玄 義 ﹄ まず、﹃観音玄義﹄巻上には、薬樹王身と知意珠玉身の二身に関する部分と﹁観世音菩薩普門口問﹂の名を釈す る部仇に真・応二身説がみられ、 ⑬ 五明薬珠二身者。先明真応。直語証得未渉利人。今明両身倶能益物。真身破取相諭如薬。応身対万機類於珠。問代仏教における真・応二身説 と述べて、取相を破す真身が薬樹王身であり、万機に対する応身を知意樹王身としている。 次に、巻上において﹁観世音菩薩普門口問﹂の名を釈する部分には以下のようにある。 今経。前問答明於真寂而不動法界大益。観音従真身得名。後問答明随機広利出没多端。普門是従応身得名。 ⑬ 良以真応因縁故。名観世音普門也。 ここでは、真寂にして不動なる法界の大益を明かしているから、真身の方面より﹁観(世)音﹂という名を得 て、機に随って広く利するために多端に出没するから、応身の方面より﹁普門﹂という名を得るとしている。 ま た 、 巻 上 で は 、 自在之業。即法身也。何故爾。法身於一切得自在。智慧契此故名為業。寿量云。慧光照無量久修業所得。威 神之力説説如是。知是満足之名。即是真身也。普門示現神通力。即応身也。遊諸国土度脱衆生。即薬樹王身 ⑫ 也。於怖畏急難之中能施無畏。即如意珠玉身也。 と述べ、﹁自在の業﹂を法身とする理由を、法身は一切において﹁自在しであり、智慧はこれを契するから﹁業 L であるとし、これを﹁真身﹂と言い換えている。次に、あらゆる状況で神通力を示現するのを﹁応身﹂としてい る。そして、これに続いて﹁遊諸国土度脱衆生﹂を薬樹王身、﹁能施無畏﹂を知意珠玉身としており、先の解釈 を合わせれば、前者が真身、後者が応身ということになる。 以上、﹃観音玄義﹄の真・応二身をみてきたが、真身の内容としては、﹁真寂而不動法界﹂という理の側面と ﹁智慧契此﹂という智の側面、それと﹁自在之業﹂という理智を総合した特徴が窺える。また、応身の内容とし ては、﹁随機広利出没多端﹂﹁普門示現神通力﹂という示現する事業の身という特徴がみられるが、真身(薬樹王 身)のあり方も﹁遊諸国土度脱衆生﹂というように衆生救済に積極的に働きかける方向性が示されている。
時代仏教における奥・応二身説 ② ﹃ 観 音 義 疏 ﹄ ﹃観音義疏﹄では、巻上において﹁合掌﹂を釈するなかで、以下のように真・応二身に言及する。 Aロ掌者。此方以挟子為恭。外国合掌為敬。手本二辺今合為一。表不敢散誕専至一心。一心相当故以此表敬也。 観解者。昔権実不 A口市今得合。又五指表陰。仁王経云。法性色受想行識。此即実智真身亦有五陰也。応化因 縁亦有五陰也。衆生性徳之理亦有五陰也。衆生生死果報・亦有五陰也。聖人為化衆生示有応身五陰。是則権実 ⑬ 陰殊。若衆生法性理顕。聖人亦息化帰真権実不二。合掌表於返本還源。入非権非実事理契合故合掌也 ここでは、手の五指を五陰とみて、両手それぞれを真・応、実・権、理・事に見立てて、合掌とは、それら両 手が合一し一心不二になることであると述べられている。真・応二身については、﹃仁王経﹄に言う法性の五陰 が実智たる真身であり、真身も五陰を有するとする。応身については、聖人が衆生を化するために示す五陰を有 -11-する身であるとしている。 ③ ﹃ 維 摩 経 玄 疏 ﹄ ﹃ 維 摩 経 玄 疏 ﹄ で は 、 巻 二 に お い て ﹁ 維 摩 ( ︿ 目 白 色
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目 立 山 ) ﹂ の 意 訳 語 を 解 釈 す る 部 分 で 真 ・ 応 二 身 に 言 及 す る 。 二解釈者。初制似覚為繁難為申釈。次翻為浄名。今用此解以対真応二身。浄者即是真身。真智無惑故云為浄。 ⑬ 名者即是応身。垂形済物名称普聞也。 ここでは、﹁浄名﹂という意訳語について、﹁浄﹂を真身とし、その理由として真智は無惑であるからとしてい る。﹁名﹂については応身とし、形相を垂れ、救済ために働き、名称広く聞こえることをその特徴としている。 文は続いて後家の意訳語﹁浄無垢称﹂について、三身説を用いて解釈しているので以下にみていく。 後家翻為浄無垢称。今用此翻釈以対三身即為二意。一就事解。二約観心。 一 就 事 解 三 身 者 。 一法身二報身三陪代仏教における真・応二身説 一浄義者即是法身。自性清浄瞭然無点。即日定性浄法身也。二無垢者即是報身。報智円明無有垢染。即 是円浄報身也。三称者即是応身。大慈化世名称普治。即是応身也 0 ・・・・・・二約観心明三身者。凡厭有 心。心即法性。法性者即是本浄。本浄者即是法身也。観心相応明時無暗。無暗者即是無垢義。無垢者即是智 @ 断果報身也。随所利物起一切事。皆如幻化水月鏡像。和光無染即是称縁応身義也。 これによると、﹁浄無垢称﹂と法・報・応の三身(智顔は法・応・化の三身説は採用しな吋)の対応について、 ﹁就事解﹂と﹁約観心﹂の二意で解釈し、まず、﹁就事解﹂においては、﹁浄﹂は自性清浄の法身、﹁無垢﹂は報 智たる報身、﹁称﹂は世間を化し名称普くゆきわたる応身としている。次に﹁約観心﹂においては、﹁浄﹂を﹁本 浄﹂とし、これを法身とする。﹁無垢﹂は智断果の報身、﹁称﹂は随所利物の称縁の応身とする。 ここで﹁浄名﹂の釈で示された真・応二身と﹁浄無垢称﹂の釈で示された法・報・応の三身を合わせると以下 の よ う に な る 。 応 身 。 ﹁ 寸 争 ﹂ ﹁浄﹂真身(真智無惑
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-よ ﹁ ﹁ 無 垢 ﹂ 報 身 ( 報 知 日 ・ 智 断 果 ) 法身(自性清浄・本浄) ﹁ 名 ﹂ 応 身 ( 垂 形 済 物 名 称 普 聞 ) │ │ ﹁ 称 ﹂ 応身(大慈化世名称普沿・称縁) ④﹃妙法蓮華経文句﹄ ﹃法華文句﹄巻九上には、﹃成実論﹄を教証とした二身(二如来)説が述べられ、 @ ヲ Q。
そこに真・応二身がみられ二知来者。成論云。乗如実道来成正覚故名加来。乗是法知如知目。実是法知如境。道是因覚是果。若単論乗者。 如如無所知。単明実者。知如無能知。境智和合則有因果。照境未窮名因。尽源為果。道覚義成。即是乗如実 @ 道来成正覚。此真身如来也。以如実知目。乗如実道。来生三有一京成正覚者。即応身如来也。 @ ここでは、﹃成実論﹄の﹁知来﹂を定義する文﹁乗知実道来成正覚故名知来﹂の﹁乗﹂を法知如知目、﹁実﹂を法 知如境とみて、法知如智(乗)のみを論ずれば智の境である知加が示されず、法知如境(実)のみを論ずれば如 如を知る智が示されないから、境(実)・智(乗)和合して因果があることによって﹁道﹂﹁覚﹂の義が﹁成﹂ず 階代仏教における奥・応二身説 るので、これを真身如来としている。また、この﹃成実論﹄の文を応身如来の定義としても解釈して、知実智を 以て﹁知実道﹂に﹁乗﹂じ、三界に﹁来﹂生して﹁成正覚﹂を示すのが応身知来であるとしている。 @ 文は続いて、﹃大智度論﹄の﹁加法相解如法相説故名知来﹂を教証として三身(三如来)についても述べてい - 13-る 三如来者。大論云。知法相解如法相説故名如来。如者法知知境。非因非果。有仏無仏性相常然。遍一切処而 無有異為知。不動而至為来。指此為法身知来也。法知知智。乗於如如真実之道来成妙覚。智称如理。従理名 如従智名来。即報身知来。故論云。如法相解故名知来也。以知如境智 A 口故。即能処処示成正覚。水銀和真金。 @ 能塗諸色像。功徳和法身。処処応現往。八相成道転妙法輪。即応身如来。故論云。知法相説故名如来也。 ここには、法身加来・報身如来・応身如来の三身(三如来)が述べられるが、法身如来は﹁法知如境﹂﹁遍一 切処而無有異﹂﹁不動而至﹂、報身如来は﹁法知知智﹂﹁智称如理﹂、応身如来については、﹁加知境智合﹂という 根拠に基づき﹁能処処示成正覚﹂﹁功徳和法身﹂﹁処処応現往﹂﹁八相成道転妙法輪﹂という特徴が述べられる。 これら﹃法華文句﹄における二身(二知米)、三身(三如来)いずれにしても、応身が存立する根拠は、理 (境)智和合であり、特に三身説においては、法身如来と報身如来を別々に解した場合には、応身知来は存立し
得ない構造になっていることに注意しなければならない。これは先の二身説の中、真身知来に関する記述の中で、 境のみを論じたり、智のみを論じたりすべきではないと述べていることからもわかる。 ﹁法身加来(法知如境) 真身加来(境智和 A 口
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-ム ﹁報身加来(法知知智・智称如理) 隙代仏教における兵・応二身説 応身知来(以加実智・示成正覚)!│﹄応身如来(以如知境智人口故・応現往・転妙法輪) ⑤﹃金光明経玄義﹄ ﹃金光明経玄義﹄巻上には、以下のように真・応二身に関する記述があり、そこには、これまでみてきた真・ 応二身の不二、理(境)智和合によって存立する応身といった構造を総括した内容がみられる。 料簡三身者。若取樹王下仏為真身。神通変化猿猿鹿馬為応身。不明三身者。此小乗析法意爾。若取即事而真 為真身。化用為応身。不明三身者。此体法中意爾。問若爾樹王下丈六。既非仏復非鹿馬。為是何身。答一往 応同人像此属応身。又一解。例知大乗心中智合中理為法身。今亦如是。体是人像聞是真空。此属真身。若依 真諦師云。法身真実二身不真実。此則三身体相各異。乃是別教中一途。非今所用。若言三身皆真実。至理是 法身。契理之智是報身。起用是応身。応身是実仏所化皆実不勘。 この﹁料簡三身﹂では、はじめに真・応二身によって、﹁樹王下仏﹂と﹁神通変化猿候鹿馬﹂の規定が行われ る。まず、析法の面から樹王下仏を真身、神通変化猿狼鹿馬を応身とし、体法の面から即事而真に立てば真身、 化用に立てば応身という解釈を示す。次に樹王下丈六身について、往きて応ずること人像に同じであるから応身であるという説と、﹁大乗心が理智にかなっている知きを法身とする﹂という例をあげ、ここでは後者の立場を とるとする。そして、先の即事而真の真身を適用して、樹王下丈六身は﹁人像即是真空﹂の真身であると主張す る @ 二身不真実﹂(実際には経文で﹁三身分別品﹂に この後、文は三身説に移行し、真諦の説として﹁法身真実 おいて法・応・化の三身の実・不実について述べた文の趣意)をあげ、これでは三身の体相がそれぞれ異なるこ とになるので、この説はここでは用いない(法・応・化の三身説も含めて)とする。そして、三身は皆真実であ り、﹁至理﹂の法身、﹁契理之智﹂の報身、﹁起用﹂の応身の三身を示し、応身は﹁実仏所化﹂であるから皆真実 時代仏教における奥・応二身説 となるのであるとする。 これらを総合すると、﹁至理﹂の法身と﹁契理之智﹂の報身の和合が、真・応二身中の真身の内容となり、こ の真身(理智和 A ロ)を根拠として応身の起用が成立しているから、真身(法・報)と応身のあり方は即事而真で あり‘よって、すべての身が真実ということになる。 一、吉蔵(五四九
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六二三)の真・応ニ身説
@ ここでは吉蔵の真・応二身についてみていくが、吉蔵の仏身観は多様であり、その真意を読み取ることが難し い。よって、今は﹃法華義疏﹄と﹃観無量寿経義疏﹄の一部分を指摘するにとどめる。 まず、﹃法華義疏﹄巻三には真・応二身について以下のように述べている。 @ 王宮現生伽耶成道為応身也。無始無終非生非滅為真身也。 ここには、王宮に生まれ仏陀伽耶で成道した応身と無始無終非生非滅の真身が一不されている。また、これと同様の基準で真・応二身を述べる﹃観無量寿経義疏﹄には以下のようにある。 言一人者大乗具有生滅無生滅二観。此約何処作耶。解云此就真応二身明生滅無生滅二観。真応身則無生滅観。 @ 応真身則生滅無生滅観。応身則王宮生双林滅。法身則王宮不生双林不滅。故大乗有此二観也。 ここでは、大乗に生滅・無生滅の二観があるとし、それを真・応二身で明かし、真応身(真が主)は無生滅観、 応真身(応が主)は生滅・無生滅観であることを示し、応身と真身(文は法身)を、先の﹃法華義疏﹄と同様に、 生滅と無生無減という基準で分けている。 時代仏教におけるよ主・応二身説 また、このうち応真身の生滅・無生滅観の方面から、横土の生滅・無生滅観と浄土の生滅・無生滅観について、 何者自有機土生滅無生滅観織土真応二身。自有浄土生滅無生滅観浄土二身。械土応身生滅真身無生滅。浄土 @ 応身生滅真身無生滅。 と述べられており、積土の真・応二身と浄土の真・応二身が示されている。ただし、これはおそらく﹁本一越 多﹂的な観点から述べられており、穣土応身は釈迦を、浄土応身は無量寿(吉蔵においては応土の化身)を指す のであろうが、真身については穣土と浄土それぞれについてではなく、無始無終非生非減の﹁本一 L 的な領域の ことを述べていると考えられる。 吉蔵の真・応二身に関しては、このほかに﹃法華義疏﹄巻一
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において、先に少し触れた慧遠﹃大乗義章﹄巻 一九と同様に、種々の仏身観をすべて真・応の開合として考え、それらを開応合真(化・応と法)、開真合応 (法・報と化)、真応倶開(法・報と応・化)というの三つの分類のいずれかに収めていることがあげられる。 これは﹃大乗義章﹄の内容をそのまま適用させているとみることができる。結 語 これまで試論的に浄影寺慧遠と智顕と吉蔵に関する文献にみられる真・応二身説についてみてきたが、慧遠に とっての真・応二身説は、三身説のみならず、種々多様なあらゆる仏身観に対応することが可能な分類であり、 彼が真・応二身説を用いた、あるいは設定した意図もこの点にあると考えられる。また、﹁真﹂と﹁応﹂という 時代仏教における其・応二身説 基準を用いる背景には、当時、流布していた法・報・応(あるいは化)と法・応・化の二種の三身説を会通し、 法・報と応・化という要素をそれぞれ集約するねらいがあったと考えられる。この点は﹃維摩義記﹄や﹃大乗義 章﹄の真・応開合に見て取ることができる。智顕においては、理(法身)智(報身)和合の真身を根拠として応 身が成立するという構造が示され、彼が真・応二身を採用した背景には﹁即事而真﹂というスタンスがあり、こ れに相応しない仏身観は排斥するという徹底した姿勢がみられた。士口蔵に関しては、本研究では整理しきれなか - 17-った感があるが、慧遠の真・応開 A 口説を採用していることを考えると、基本的には種々多様な仏身観に対応する ために真・応という基準を採用していると考えてよいと思う。 また、三師の真・応二身に関する記述とその周辺をみてきた中で思ったのは、 の移行﹂の前提となるような二身説というものは設定されていなかったのではないかということである。 いわゆる﹁二身説から三身説へ つ ま り 彼らにおいて真・応二身説の確立と三身説の確立は同時で同意義であったと考えられるのである。よって、﹁二 身説から三身説への移行﹂といった流れではなく、多種多様に説かれる仏身観を体系的に位置づける試みが、六 世紀後半から七世紀前半にかけて、慧速を端緒に同時代的に真・応という分類のもと集中的になされたとみるほ うがよいように思う。ただし、本研究は部分的な試論であるので、この点については、今後、二身説に関して総
合的に検討した上で結論を出したいと考えている。 降代仏教における真・応二身説 註 ①神子上恵龍﹃弥陀身土思想展開史論﹄(永田文昌堂、一九五 O 年)三五 i 四一頁 ②同右、二ハ頁。神子上氏は、比較的重要な位置を占めると考えられる二身説について、﹃大智度論﹄以外に以下の も の を あ げ て い る 。 曇無識訳﹃北本浬繋経﹄巻三四﹁法身・生身﹂(大正一二、五六七上) 曇無識訳﹃大方等無想経﹄巻六﹁法身・煩悩身﹂(大正二一、一一 O 五 中 ) 法賢訳﹃法身経﹄﹁法身・化身﹂(大正一七、六九九中) 竺法議訳﹃離垢施女経﹄﹁法身・色身﹂(大正一二、九二下) 求那蚊陀羅訳﹃梼伽阿放多緩{玉経﹄巻四﹁法仏・化身﹂(大正一六、五一一 i 五 二 ニ ) 竺仏念訳﹃菩薩喫猪本業経﹄巻上﹁呆極法身・応化法身﹂(大正二四、一 O 一 五 下 ) 竺仏念訳﹃菩薩喫橋本業経﹄巻上寸法性身・応化法身﹂(大正二四、一 O 一 五 下 ) 鳩摩羅什訳﹃十住見婆沙論﹄第一 O ﹁ 法 身 ・ 生 身 ﹂ ( 大 正 二 六 、 七 一 下 ) ③大正三七、六六 O 上 ④大正三七、八五六下 ⑤大正四四、六一七上 l 中 ⑥大正三八、四七 O 下 ⑦ 大 正 三 八 、 五 00 ・ 中 ⑧大正三七、一七三中 ⑨この真・応二身観については、柴田泰山﹁陪代浄土教における仏身論 L ( ﹃ 大 正 大 学 大 学 院 研 究 論 集 ﹄ 二 二 号 、 九 八 年 ) を 参 照 の こ と 。 ⑬大正三七、一八三下 。 百 : JL
時代仏教における奥・応二身税 ⑪大正四四、八二 O 下 ⑫真・応のこ身を基本とする懇遠の仏身・仏土観に関する研究として、深貝慈孝﹁諸師浄土教の研究│浄影寺磐遠の 身土観│﹂(﹃仏教大学研究紀要﹄六六号、一九八二年)がある。 ⑬大正四四、八四一中 1 下 ⑪智顔の観音信仰や﹁観世音﹂に関する解釈については、由木義文﹁天台智額の仏身論﹂(﹃東方学﹄五一輯、一九七 六 年 ) を 参 照 の こ と 。 ⑮大正三四、八七七下 ⑬大正三四、八七九下 ⑪大正三四、八八一上 ⑬大正三四、九二二上 ⑬大正三八、五二四下 @大正三八、五二四下 @拙稿﹁仏身と仏智│陪代における三身解釈を中心として│﹂(﹃龍谷大学論集﹄四六 O 号 、 二 OO 二 年 ) @この二身(二知来)説に関する文と続く三身(三如来)説に関する文については、塩入良道﹁天台智顔禅師におけ る仏身論の形成│﹃金光明経﹄三身説の解釈をめぐって│﹂(多国厚隆先生領事吋記念論文集﹃天台教学の研究﹄、山喜 房仏書林、一九九 O 年 ) を 参 照 の こ と 。 @大正三四、一二七下 1 一 二 八 上 @大正三二、二四二上﹁乗知実道来成正覚故日如来﹂ @大正二五、七一中﹁云何名多陀阿伽陀。知法相解。知法相説。如諸仏安穏道来。仏亦如是来。更不去後有中。是故 名 多 陀 阿 伽 陀 ﹂ @大正三四、一二八上 @大正三九、五上 @ ﹃ A口 部 金 光 明 経 ﹄ ﹁ 三 身 分 別 口 問 ﹂ ( 大 正 二 ハ 、 三 六 二 下 i 三六三上) 何者為三。一者化身。二者応身。三者法身。:::前二種身是仮名有。是第三身名為真有。 n ヨ
@吉蔵の仏身視については、丸山孝雄﹁吉蔵の仏身観│法華遊意を中心として│﹂(﹃大崎学報﹄一三 O 号 、 年)、末光愛正寸吉蔵の仏身論﹂(﹃駒沢大学仏教学部研究紀要﹄四四号、一九八六年)を参照のこと。 @大正三四、四八四下 @大正三七、二三八上 @大正三七、二三八中 一 九 七 七 キ ー ワ ー ド 惰代仏教 智旗士ロ蔵 二 身 慧逮 時代仏教における其・席、ニ身税 ︻本研究は、科学研究費補助金(課題番号一八七二 OO 一五・若手研究 ( B ) ﹁同時代的視座からみた陪代仏教の教学 形 成 過 程 の 解 明 ﹂ ) の 助 成 を 受 け た も の で あ る 。 ︼