九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
一部請求訴訟における残部請求の可否——実体法と 訴訟法の調整点を探る
柳内, 健吾
九州大学法学部
https://doi.org/10.15017/13859
出版情報:学生法政論集. 3, pp.89-101, 2009-03-19. 九州大学法政学会 バージョン:
権利関係:
一実体法と訴訟法の調整点を探る一
柳 内 健 吾
1 はじめに H 学説 皿 判例理論 IV 検討 V おわりに
1 はじめに
数量的に可分な金銭又は代替物の給付を目的とする債権について、まずその一部のみを 訴求して、判決確定後に続けて残部を訴求することができるか。1円刻みの訴えのような 極端な場合が訴権の濫用として却下されることがあるのは別として1、前訴における一部請 求それ自体は民訴法246条(処分権主義)を根拠として適法であることについて争いはない。
よって、ここで問題となるのは後半の残部請求が許されるか否かである2。本稿は、民事訴 訟法学における基本論点でありながら、議論が錯綜し、論争に未だ決着を見ないこの「残 部請求の可否」を対象とするものである。なお、一部請求についてはこの論点に止まらず、
時効の中断・過失相殺・相殺の抗弁との関係等多くの関連問題が存在するが、紙幅の関係 上、本稿の対象は残部請求の可否のみに限定することをあらかじめお断りしておく。
この「残部請求の可否」という問題に対し、学説はまさに百花練乱の観を呈していると いえる。その原因は、諸説が「それぞれの訴訟観を背景にしつつ、訴訟物や既判力という それじたい困難な問題が縦横に交錯するだけに、これらの議論を見渡すにあたっての座標 軸をどこに定めるのかをみきわめ、争点の核心を見通すのは必ずしも容易ではない」3状況 にあると考えられる。
よって、本稿のひとまずの課題は、いまひとつ議論がかみ合っていないと思われる学説・
東京地判平成7年7,月14日判タ891号260頁。
したがって、伝統的な言い回しである「一部請求の可否」よりもむしろ「残部請求の可否」の方が用 語として適切であるといえる。中野貞一郎「一部請求論について」同『民事手続の現在問題』(判例タ イムズ社・1989年)86頁、同「一部請求論の展開(上)」判タ1006号(1999年)4頁。
3 井上治典「確定判決後の残額請求」三ケ編章=青山善充編『民事訴訟法の争点〔旧版〕』(有斐閣・1979 年)180頁。
判例理論を、それらの立場決定を分ける対立軸を明らかにしながら、整理することにある。
そこで、「実体法と訴訟法のいずれのアプローチをとるか」という分析概念を基準として設 定し、学説・判例の分類を試みる(■、皿)。その上で、「検討」として、実体法と訴訟法 のいずれがこの論点の実質を捉えるためのアプローチとして有効かについて、いわゆる「第 三の波」学派の議論をヒントに探りたい(IV)。
∬ 学説
冒頭に述べたように、この論点に関する学説は多岐にわたり、激しい対立を見せている。
学説の状況が複雑になっているのは、この一部請求論が、訴訟物・既判力といった難解な 論点が関わることの他に、実体法と訴訟法の関係、言いi換えるならば権利と救済手続の関 係をどう捉えるかについての見解の対立が背景にあるからではないかと考えられる。そも そも、民事訴訟法は、私人間の権利関係を規律する民法などの実体法と区別され、実体法 の定める権利の存否を判断するための手続を定める法という性質をもつ。よって、民事訴 訟法学は、実体法を完全に無視することは不可能であり、必ず理論上実体法とある程度の 整合性を保たなければならないという宿命を負っている4。反対に、実体法は訴訟法上の便 宜に配慮して、権利義務の形式を構築しているわ・けではないので、不当な結論を導かない ためにも、訴訟法的な思考を無視することもできない。
よって、民事訴訟法学においては、その理論構成の際に、実体法、訴訟法両者の要請に 応える必要がある。そして、特にこの一部請求論において、その構造は如実に表れている といえる。なぜならば、この論点は、まさしく「一部請求」訴訟であるがゆえに、両当事 者の攻撃防御の展開が必ずしも期待されない残部について、原告の処分権を貫徹させるか、
それとも、被告の負担や紛争解決の一回性を強調し、原告の処分権を後退させるか(残部 請求を遮断するか)の問題だからである。訴訟法の議論のみで完結するものではなく、実 体法上の権利自由の行使との関係で原理的な問題を有するのである。
つまり、一部請求論の問題における実体法の要請とは、実体法上の権利の一部行使は自 由であるから、残部請求は自由に認められるべきであるというものである。これに対し、
訴訟法の要請とは、被告の応訴の煩や裁判所の負担を考慮した紛争の一回的解決といった 訴訟法の価値概念を利益衡量によって優先させるべきであるというものである。
この図式はそのまま全面肯定説5と全面否定説6の対立に当てはまる。前者は、被告の応
4 加藤新太郎編『民事司法展望』(判例タイムズ社・2002年)240頁参照。
5 木川統一郎「一部請求後の残額請求」同『民事訴訟法重要問題講義(中)』(成文堂・1992年)306頁、
伊東乾「一部請求」同『民事訴訟法研究』(酒井書店・1968年)521頁等が挙げられる。
6 新堂幸司「既判力と訴訟物」同『訴訟物と争点効(上)』(有斐閣・1988年)158頁以下、同『新民事訴 訟法第三版補正版』(弘文堂・2005年)114頁以下、高橋宏志『重点講1義民事訴訟法(上)』(有斐閣・
訴の負担は、残部につき中間確認の反訴を提起すれば避けうるとして、訴訟法の要請を考 慮せず、反対に、後者は、原告の利益は請求の拡張で対処すべきとして、実体法上の要請 を考慮しない。このように、両説は実体法、訴訟法それぞれのフィールド内での議論で完 結しているため、議論がかみ合わないのも首肯できる。これに対し、多くの学説は、残部 請求が認められる場合もあれば認められない場合もあるという立場をとり、双方の要請に 応えながら、この対立に調整を図っていると思われる。ただし、どちらの要請を重視する かによってその論じ方、結論は異なる。
以下では、学説をやや強引ではあるものの、3タイプに分類し、検討を加えたい。ここ での分類は残部請求の可否に対する結論ではなく、「何を基準として結論を根拠づけるのか
(実体法、訴訟法いずれからのアプローチをとるか)」という方法論の観点から行いたい7。
(1) 訴訟物=既判力説
これは、訴訟対象である訴訟物と既判力の対象が一致するというテーゼ(訴訟物=既判 力)を前提とする考え方である。つまり、前訴の訴訟物に着目し、これについての判決の 効力を規準として残部請求の可否を決定する見解である。上述したように、訴訟物は、訴 訟法の概念ではあるものの、実体法上の具体的権利義務に即応するものであるため、これ を用いた理論構成は実体法的アプローチであるといえる。上述した全面肯定説も訴訟物と 既判力の範囲が一致することを前提とし、原告が分割して訴求した債権の一部のみが訴訟 物であり、その部分についてのみ既判力が及ぶと構成する。
他の見解として、まず一般的に判例理論といわれる明示説が挙げられる。これは、原告 が前訴で一部請求であることを明示した場合には、訴訟物はその一部に限られ、判決の既 判力もこの部分に限定されるとし、明示せずに全部として訴求した場合には、債権全体が 訴訟物とみなされるので、既判力は後唄たる残部請求を遮断するとの立場をとる。つまり、
明示・黙示という基準によって、訴訟物=既判力の対象となる客観的範囲を異別に解する 見解であるといえる8。判例理論については後に詳しく検討したい。
これに対し、三ケ月章博士9は、「既判力は勝訴・敗訴の場合を通じて常にその全額に及 び、原告側としては勝訴すればむしろ前平判決の既判力を利用しつつ残額を請求しうると
7
8
9
2005年)98頁。
中野教授も「議論が分かれる核心は、『一部請求訴訟の本案判決が確定した後の残部訴求をチェックす る規準として何を採るか』という点にかかっている」として採用する区分の方法である。中野貞一郎
「一部請求論の展開(下)」判タ1008号(1999年)48頁。
前訴で一部であることが明示されることによって、被告は再訴へ備えることができるとして、この立 場に賛同する論者も少なくない。村松俊夫「金銭債権の一部請求」『民訴雑考』(日本評論社・1959年)
78頁、江藤イ介泰「一部請求と残額請求」三ケ月章=青山善充編『民事訴訟法の争点〔新版〕』(有斐閣・
1988年)189頁、小山昇『民事訴訟法』て青林書院・1989年)154頁等。
三ケ月章『民事訴訟法(法律学講座双書)第3版』(弘文堂・1992年)116頁以下。
する反面に、もし原告が敗訴した場合には、その判決の既判力が全額に及ぶことの故に改 めて他の部分を請求しようとしても前訴の既判力にふれて却下されることは免れないとし て処理すべきである」と述べる。つまり、「潜在的な訴訟物」である請求全部に既判力が及 び、勝訴の場合はその既判力に基づき残部請求を可能としつつ、敗訴の場合もやはり既判 力によって遮断されるとする立場をとるのである。
また、近時このような見解をとる論者として伊藤眞教授が挙げられる10。伊藤教授は「一 部請求に対する判決の残部請求に対する効果を考える際には、一部請求の訴訟物をどのよ
うに構成するかによって判断が分かれる」とはっきりと一部請求の問題を訴訟物概念の問 題と位置づけている。そして、伊藤教授は、「一部であることが明示されているかどうかを 問わず、常に債権全体が訴訟物となり、既判力の客観的範囲もそれを基準として決定され る11」とし、前帯棄却の場合は「債権全部の不存在が確定され、残額請求は既判力によっ て遮断される」とする。前賢認容の場合は、前訴が黙示の一部請求のときは矛盾主張は既 判力の双面性に反するが、明示のあるときは既判力によって遮断されず、訴えの利益があ れば糸田は可能となるとする。
(2) 信義則説
これは、当該一部請求のみが訴訟対象を構成し、既判力もこの部分にのみ生じるとしつ つ(「訴訟物=既判力」テーゼの維持)、残部請求については信義則の適用による遮断を肯 定する見解である。つまり、原則として、訴訟物を用いた実体法的アプローチをとり、例 外として訴訟法的アプローチ(訴訟上の信義則)によって、実質的妥当性を図る見解であ
る。
竹下守夫教授12は、民訴請求が棄却された場合、その一部が残部と切り離せないときは、
「債権全額が存在しないとの裁判所の判断を基準として紛争の決着がつくはずだとの被告 の信頼ないし期待的利益を保護する合理的必要があり、他方原告に対しては、債権全体に ついての手続権が保障されたといえるから、この裁判所の判断に拘束力を認め、原告はも はや残額の存在を主張して別訴を提起することは出来ないとするのが、当事者間の公平に 合致する」とする。また、この拘束力は訴訟対象に関するものではないから、判決理由中 の判断に拘束力が認められる一場合であるとする13。前回が請求認容の場合は、既判力や
01 23
伊藤眞『民事訴訟法第3版補訂版』(有斐閣・2008年)185頁以下。
これに対し、松本博之教授は、給付訴訟の訴訟物は原告の判決申立てとこれを理由づけるために主張 される事実関係から特定されるとする二分肢説を前提とし、一部請求訴訟の訴訟物は原告の提示する 請求額によって特定個別化されるという立場をとる。松本博之「一部請求訴訟の趣旨」民訴雑誌47号
(2001年)1頁以下、松本博之=上野泰男『民事訴訟法第5版』(弘文堂・2008年忌550頁以下参照。
兼子一=松浦馨=新堂幸司=竹下守夫『条解民事訴訟法』(弘文堂・1986年)611頁以下。
一部を残部と切り離して審理の対象とすることができ、残部の審理に立ち入らずに請求棄却の判決が された場合には「1個の紛争に対して、判決がなされたとの事実」を基礎とする信頼・期待が被告に
判決理由中の判断の拘束力が生じる余地がないが、残部の留保が明らかでなかった場合に は、留保に正当な理由がない限り、「信義則に基礎をおく、訴訟物の枠をこえる失権効の一 種」により遮断されるとする。
中野貞一郎教授14は、既判力が残部に及ばないことを前提としながら、「一部請求判決確 定後の残部請求の処理を、信義則の発現として禁反言一ないし『矛盾挙動禁止の原則』一 の法理に委ね」る。そして、「例外的に、前訴で債権の全体としての存否が争われ、当該紛 争の具体的様相や手続担当主体・手続経過の具体的事情を含めての前訴における原告の訴 訟追行に基づき、被告が紛争は前訴判決により全面的に決着をみたものと信じており、原 告に残部請求の後訴を認めて被告に複次応訴を強いることが不当に原告を利すると認めら れるときは、禁反言の法理を適用して、残部請求の後訴を却下すべき」とする。これは黙 示の一部請求、明示一部請求の棄却の場合を統合して、禁反言による遮断で説明する見解
である。
(3) 手続保障説
これは、近時の手続保障論の進展に伴い、既判力の正当化根拠を当事者の手続権の保障 に求める立場である。前朝で債権全部の請求ができたかどうか、あるいは全部の請求をす べきであったかどうかを基準として、後難での残部請求の可否を検討する考え方である。
新堂幸司教授15は、一部請求論について「深く紛争解決の一回性の要請と、当事者の分 割訴求につき有するであろう便宜との比較衡量から個別的に判断されるきわめて政策的な 問題である」と述べる。そして、「一回の訴訟で全部解決できるはずの紛争を原告の恣意に よって、数回の訴訟を要することにするのは、一回ですむところをなんども応訴せしめら れる被告にとって不公平であるし、裁判所の立場からも、権利の請求された一部について の判断のためには、その権利の成立・存続を全面にわたって審理判決せざるをえないのに、
既判力は原告の恣意によって限定された一部にしか及ばないというのでは、費やした労力 に比べて紛争解決の実効性に乏しい」として、残額請求を原則として許すべきではないと する。これが上述した全面否定説である16。
この見解は、実体法の要請である原告の処分権よりも被告との公平、紛争解決の一回性・
実効性を利益衡量により優先させる訴訟法的アプローチをとっているといえる。
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生ずる時を除いて、残額について判決理由中の判断の拘束力を認める根拠がないとする。
中野・前掲注2)現在問題105頁以下、同・前掲注7)50頁以下。
新堂・前掲注6)訴訟物と争点効158頁以下、同・前掲注6)新民事訴訟法114頁以下。
高橋教授も「前婦手続過程で原告は裁判所の判断を知る機会を十分に持っているのであり、再訴を許 すのは被告・裁判所の利益を考えると、原告を保護しすぎるという判断も十分に成り立つのではなか ろうか」と述べ、「前訴の中での請求の拡張は、原告にとっては一挙手一投足に近いのであり全面否定 説でよいと考えておきたい」として、新堂説を継承している。高橋・前掲注6)98頁。
新堂説が、手続保障の内容を抽象化して、少なくとも当事者に対して訴訟対象たる権利 関係の存否について弁論し、訴訟追行をする権能と機会が保障されている以上、手続保障 が充足されているとみる見解であるのに対し、井上正三教授17は、この見解には「残部を 一部請求訴訟でなぜ主張しなければならぬのか」という視点が脱落していると批判を加え る。そして、「確定判決後の残部請求の許否を雄藩手続過程における具体的な残部主張の必 要性と可能性の有無に係らしめ、既判力の発生根拠および作用要件についても、これに対 応した具体化が要請される」と述べる(具体的手続保障説)。これは、既判力の失権作用を 争点効と同様に前罪の具体的な手続経過との関係で考慮しようとするものであり、判決効
を争点効と同一の攻撃防御方法レベルでの遮断効として再構成しようとするものである。
この見解については、「IV 検討」で詳しく述べる。
皿 判例理論
では、判例はどのような理論構成をとるのであろうか。
ら一部請求に関する判例理論を検討する18。
ここでは、以下の3つの判例か
(1) 最判昭和32年6月7日民国11巻6号948頁
黙示の一部請求のリーディング・ケースである。これは、XがY 1、Y2に対し金銭債 務の履行を求めるにあたってその連帯債務なることは何ら主張しなかったために、分割債 務として勝訴の確定判決を得た後、別訴において上記債務が連帯債務であった旨主張して 残金の支払いを求めた事案であった。最高裁は、「前訴請求をもって本訴の訴訟物たる45 万円の連帯債務の一部請求と解することはできない。のみならず……Xは、国訴において、
Y1等に対する前記45万円の請求を訴訟物の∫全部として訴求したものであることをうかが うに難くないから、その請求の全部につき勝訴の確定判決をえた後において、今さら右請 求が訴訟物の一部の請求にすぎなかった旨を主張することは、とうてい許されない」とし、
17@井上正三「『一部請求』の許否をめぐる利益考量と理論構成」法学教室〈第2期>8号(1975年)82〜
83頁参照。
同旨の見解として、井上(治)・前掲注3)183頁、吉村徳重「一部請求」竹下守夫;谷口安平編『民事 訴訟法を学ぶ第2版』(有斐閣・1981年)103頁以下。
上田徹一郎教授は、「客観的に、原告(債権者)・被告(債務者)の実体法によって定められた法的地 位にふさわしい訴訟上の手続保障要求(実体関係的手続保障)の充足の有無を基準として、残額請求 の可否を判断すべきであろう」と述べ、実体関係的手続保障説を主張する。上田徹一郎『判決効の範 囲』(有斐閣・1985年)310頁以下、上田徹一郎『民事訴訟法第5版』(有斐閣・2007年)192頁参照。
18@判例理論の整理のために、山本和彦「判批」民商120巻6号(1999年)1025頁以下、山下郁夫「判批」
最高裁判所判例解説民事平成10年度610頁以下、井上(治)「判批」私法判例リマークス1999(下)123 頁以下、山本克己「明示の一部請求後の残部請求」法学教室294号(2005年)122頁以下等を参照した。
「本訴請求が出訴の確定判決の既判力に抵触して認容するに由なきものであることは」明 らかであると判示した。この判決は、残部請求の後訴が前訴確定判決の既判力により遮断 される旨を判示した点で注目される。
(2) 最判昭和37年8月10日民集16巻8号1720頁
これは、前訴で寄託物不法処分の損害金30万円の内金10万円を請求し8万円認容の確定 判決を得たXが、再訴して20万円の残額請求をした事案で、「一個の債権の数量的な一部に ついてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合は、訴訟物となるのは右債権の 一部の存否のみであって、全部の存否ではなく、従って右一部の請求についての確定判決 の既判力は残部の請求には及ばない」と判示したものである。
以上の2つの判決によって、明示的一部請求の場合にのみ残部請求を適法とする明示説 の判例理論19が基礎づけられ、その後の理論動向に大きな影響を与えた。なお、前訴で一 部請求であることが明示されたか否かによって残部訴求の可否を区別することがなぜ可能 なのかについては説明されていないが、この明示・黙示という基準は、一方において原告 の権利行使の自由を尊重するとともに、一部請求訴訟であることが明示されていないため に残部債権は存在しないか、あるいは免除されたものとしてそれ相応に訴訟を追行して敗 訴判決を受けた被告が思いがけず残部請求訴訟に直面することを防ごうとする趣旨で採用 されたものであると思われる(訴訟法的アプローチ)20。それを、上述したような訴訟対 象である訴訟物と既判力の対象が一致することを前提として、明示・黙示という基準によ
って、その客観的範囲を変動させるという実体法的なアプローチで理論構成をしているの である(訴訟物=既判力説)21。
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01
明示・黙示によって一部請求の既判力を区別する考え方は、ドイツの連邦大審院の判例のとるところ でもある。中野・前掲注2)現在問題99頁以下参照。
松本一上野・前掲注11)550頁以下参照。
近時の判例として、最判平成20年7月10日は、前訴において弁護士費用損害についての賠償請求権を 求めたことは、それが仮差押命令の申立ての違法を理由とする損害賠償請求権の一部であると明示さ れていたものと解し、遅延金損害について賠償を請求した後訴には確定判決の既判力が及ばない、と 判示した。この際、前訴において、上告人らが遅延金損害の賠償を併せて請求することが期待し難い
ものであったこと等が考慮されている。明示・黙示の判断基準を維持しながら、具体的な判断を行っ ているといえよう。
では、明示説の「前訴で一部請求を明示したか否か」という基準が残部請求の可否を決するもの(訴 訟物=既判力の範囲を決定付けるもの)として妥当といえるか。まず、明示という要素が訴訟物論や 既判力の客観的範囲におさまるのかが問題となる(中野・前掲注2)現在問題97頁参照)。前訴で訴訟 物とされているのは、請求権の一部にすぎず、一部請求であることが明示されていたか否かが訴訟物 の要素となり、既判力の対象とする内容となるわけではないのである。さらに、明示がある場合に既 判力は残額に及ばないとしても前田の後訴への事実上の影響を否定できず、この点の理論による規制 が必要ではないかとの指摘もある(井上(正)・前掲注17)80頁)。
以上の批判・疑問点は、この明示・黙示という基準の形式性・機能の限界を示しているものであると
(3) 最判平成10年6月12日民集52巻4号1147頁
以上の判例理論(明示説、訴訟物=既判力説)を修正するものとして登場したのがこの 判決である。
詳しい事実関係については省略するが、これは、Xが前訴において、①主位的請求とし て、業務委託契約に基づく報酬の一部門支払い、②予備的請求として、合意に基づく報酬 の一部の支払いをYに対し求めたが、各請求とも棄却する判決が確定した後、後弓として、
Xが、①主位的請求として合意に基づく報酬の残額の支払い、②予備的請求の1として業 務委託契約に基づく報酬の残額の支払い、③予備的請求の2として契約解除による報酬相
当額の不当利得返還請求をYに対し求めた事案である。
最高裁は、「1個の金銭債権の数量的一部請求は、当該債権が存在しその額は一定額を下 回らないことを主張して下半の限度でこれを請求するものであり、債権の特定の一部を請 求するものではないから、このような請求の当否を判断するためには、おのずから債権の 全部について審理判断することが必要になる。すなわち、裁判所は、当該債権の全部につ いて当事者の主張する発生、消滅の原因事実の存否を判断し、債権の一部の消滅が認めら れるときは債権の総額からこれを控除して口頭弁論終結時における債権の現存額を確定し
・、現存額が請求額に満たないときは現存額の限度でこれを認容し、債権が全く現存しな いときは右請求を棄却するのであって、当事者双方の主張立証の範囲、程度も、通常は債 権の全部が請求されている場合と変わるところはない。数量的一部請求を全部又は一部棄 却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該 債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判 断を示すものであって、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの 判断を示すものにほかならない。したがって、右判決が確定した後にXが残部請求の訴え を提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであ り、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとのYの合理的期 待に反し、Yに二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと、
金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴したXが残部請求の訴えを提起することは、特段の 事情がない限り、信義則に反して許されない」と判示した。
これは、初めて最高裁が、明示の一部請求棄却後の残部請求を不適法として却下した意 義のある判決であるということができる。この判決の判決理由の中核をなす法律構成は信 義則であり、訴訟物や既判力という民事訴訟法の伝統理論には全く触れられていない。最 高裁は、上述した明示説ではなく信義則説に分類される考え方(訴訟法的アプローチによ る修正)を採用したのである。
いえるであろう。
では、なぜ訴訟物や既判力といった概念による処理を避けたのか22。第1に、前鑑の判 決理由中の判断の拘束力による処理が考えられるが(竹下説)、争点効を否定した最判昭和 44年6月24日判時569号48頁と矛盾抵触を来すことになるので、判決理由中の判断の拘束力 を肯定することを避けたと考えられる。第2に、既判力による処理が考えられるが、これ によれば、債権ないし請求権全体が訴訟物であることを承認することになる(三ケ月・伊 藤説)。それは、昭和37年判決との矛盾抵触を来すほか、明示の一部請求がされた前訴で全 部認容判決が確定されるのかどうか、という問題が生ずることになる。最高裁はこのよう な問題を回避したのではないかと推測できる。よって、この判決は、従来の判例理論であ る明示説、訴訟物=既判力説と矛盾抵触のない最も無難な理由付けとして信義則を選択し たのであり、上述した2判決の延長線上に位置づけられるべきものであろう23。
(4) 判例理論の整理
判例理論を整理すると以下のようなものになる。すなわち、黙示の一部請求の場合は、
その認容・棄却にかかわらず、残部請求は既判力で遮断される。これに対し、明示の一部 請求の場合は、前訴が棄却された時も、残部請求は既判力で遮断されることはないが、特 段の事情のない限り、信義則に反して却下される。実体法的な建前をとりつつも、訴訟法 的な衡量・遮断効で調整するという理論構成をとっているのが読み取れる。
】V 検討
以上、「残部請求の可否」に関する学説・判例を「実体法・訴訟法いずれの側からのアプ ローチをとるのか」といった観点から、整理してきた。これにより、実体法との距離の置 き方によって各説の論じ方が異なることが明らかになったと思う。つまり、この一部請求 論では、実体法と訴訟法の要請の緊張関係に対して、調整点をどこに見出すべきかが問題
となっているといえよう。再度確認すると、一部請求論の問題における実体法の要請とは、
実体法上の権利の一部行使は自由であるから、残部請求は自由に認められるべきであると いうものである。これに対し、訴訟法の要請とは、被告の応訴の煩や裁判所の:負担を考慮
した紛争の一回的解決といった訴訟法の価値概念を利益衡量によって優先させるべきであ るというものである。そして、一部請求論は、「一部請求」であるがゆえに、両当事者の攻 撃防御の展開が必ずしも期待されない残部について、原告の処分権を貫徹させるか、それ
とも、被告の負担や紛争解決の一回性を強調し、原告の処分権を後退させるか(残部請求
22@山本克己・前掲注18)127頁以下参照。
23@裁判所法10条3号は適用されておらず、平成10年判決は小法廷の裁判であることからも判例変更では ないことは明らかである。
を遮断するか)の問題であるがゆえにこの「どちらのアプローチをとるか」という態度決 定が、結論を分かつ原理的な問題なのである。
(1) 実体法か訴訟法か
では、いずれのアプローチをとる方が適切であろうか。筆者は、訴訟法的な利益衡量(訴 訟法的アプローチ)が残部請求の可否の結論に決定的な視点であると考える。なぜならば、
一部請求訴訟で決定的に重要なのは、審理の対象が債権のどの部分に及んだのかという問 題や、前回がいかなる経過をたどり、その結果いかなる攻撃防御方法が失権することにな るのかという審理経過の問題であると思われるからである。つまり、原告の権利行使の自 由を貫徹させるべきか、紛争が一回で解決するという被告の期待・信頼を保護すべきかは、
審理経過の個別具体的な評価によって変わるべきである。しかし、実体法的アプローチは、
原告の実体法上の権利に対応した訴訟物で理論を構成するものであり、そのサイズに合わ せて、遮断効の範囲を決するものである。実体法の要請はまさに訴訟物の特定という請求 段階に集中しており、審理経過は必ずしも重視されない。よって、この理論構成は必ずし も一部請求訴訟の実質を捉えたものとはいえないのである。これに対し、訴訟法的アプロ ーチで語られる衡量要素は審理経過そのものに向けられており、そこから遮断効の範囲が 決せられる。
また、訴訟物=既判力説に見られるような訴訟物を用いた実体法的アプローチも、実際 は、訴訟法的な利益衡量によって結論を出した後に、訴訟物のサイズを操作しているので はないか。後述するように、実体法的なアプローチの拠りどころである訴訟物理論は一部 請求訴訟の結論を導き得ない「説明の道具」にすぎないと思われる。よって、訴訟法的ア プローチによってどのような衡量要素を設定し、何を重要視するのかが、ここで決定的な 意味合いを持つのである。
(2) 具体的手続保障説の可能性
訴訟法的アプローチの中でも24、このような審理・手続過程そのものに着目して一部請 求論の解決を図っているのが、「第三の波」学派25の主張する具体的手続保障説である。こ の見解は、既判力の正当化根拠を当事者の手続保障と原告の提出責任に求め、原告が門訴
24@訴訟法的アプローチといっても、訴訟法上の衡量要素は実体法的なそれと違い、訴訟法にとって所与 のものではなく、極論すれば、いかようにでも主張できるものである。抽象度が高く、優劣の基準が はっきりとしない神々の争いとなりがちである点に注意しなければならない。
25@井上治典「判決効による遮断」井上治典=伊藤眞=佐上善和『これからの民事訴訟法』(日本評論社・
1984年)217頁以下、同「手続保障の第三の波」法教28、29号(1982年)41、19頁以下、井上正三「訴 訟内における当事者の役割分担」民訴27号(1981年)185頁、同「既判力の客観的限界」三ケ月章=青 山善充編『民事訴訟法の争点(新版)』(1988年)278頁以下参照。
において残部に関する提出責任を負担するべきであったかどうかを判断するものである。
単に応訴の可否の判断基準を示しただけではなく、前訴の段階で当事者がどのような行為 義務を負担するのかを明確にした点で、重要な視点を提供した見解であるといえる。また、
判決効の根拠は訴訟物概念ではなく、当事者間の役割分担に基づいた提出責任規範(「提出 できたか」ではなく、「提出すべきであったか」)に求められることになる。
この提出責任効を提唱したのが、水谷暢教授26である。水谷教授は、提出責任の行為規 範としての性格を徹底し、その根拠を当事者間の実質的な武器対等の原則に求めた。当事 者相互による主体的な手続形成(水平関係)に訴訟の本質を求める考え方であるため、裁 判所の機能は「当事者が訴訟過程の中でなすべきことをなすように促すサンクションとし ての手段的なものにすぎない」とされる。そして、「訴訟物概念ないし訴訟物の枠が遮断効 の範囲を警告することができるのか、当事者はその警告をなぜ行為規範を定める規範とし て受けとめなければならないか」と述べる。ここから、訴訟物を既判力の範囲の確定基準
と捉えていないことが分かる(訴訟物に依拠しない方向性)。
では、この考え方は、「残部請求の可否」の問題につき、どのような場合に原告の提出責 任を求めるのか。この立場に依拠しながら、具体的な検討を行う井上正三教授の見解を見 てみよう27。井上正三教授は、原告が勝訴した場合と敗訴した場合とを区別する。まず原 告が一部請求訴訟で勝訴したときは、その訴訟を一部額の獲得のため提起したのであり、
残部の存在やその額を当然には主張・立証する責任を持たないから、残部請求遮断の結論 は導かれない(原告の権利分割行使の自由に対する配慮がされている)。しかし、被告から、
一部弁済、相殺、過失相殺などの主張がなされ、原告が一部を獲得するために残部を主張・
立証する必要が生じ、その結果原告が勝訴した場合には、それらによって対抗、控除され た額にっき残部を主張できない。他方、原告が敗訴した場合には、原告は一部訴求部分を 得るため残部を含めて主張・立証する必要に迫られ、それでも敗訴したのだから残部請求 も遮断される。前訴の経過で区分する方法により、妥当な結論が導き出せているといえる
だろう。
(3) 訴訟物=既判力テーゼの見直し
上述したように、手続保障説による解決を図るためには、既判力の根拠を当事者の手続 保障と原告の提出責任に求めるという再構成を行わなければならない。つまり、訴訟物の サイズをスタートとして既判力の客観的範囲を確定する「訴訟物=既判力」という理論構 成を見直す必要があるのだ。再確認の意味でも、一部請求論と訴訟物=既判力という伝統
26@水谷暢「後訴における審理拒否一近時の最判の論理一」民事訴訟法雑誌26号(1981年)59頁以下。新 堂幸司「提出責任効論の評価」『法学協会百周年記念論文集第三巻』(有斐閣・1983年)249頁以下。
27@井上(正)・前掲注17)82頁以下。
的な民事訴訟法学の図式の関係学について見ておこう。そもそも、一部請求論は、単一・
同一の請求権の数量的一部請求を扱うのであるから、複数の権利によって理由づけられう る単複異同を問題とする訴訟物論とは直接関係性を持たない28。それが、残部請求の可否 の問題と結びつくのは、何度も述べている通り、訴訟の対象である訴訟物と既判力の対象 と一致しているというテーゼに従っているからである。この図式を用いて、後半の残部請 求を否定する説は「訴訟物は当該債権の全部であるから既判力は残部訴求に及ぶ」とし、
あるいは反対に、残部請求を肯定する説は「訴訟物は当該債権の一部に限られるから、既 判力に妨げられずに残部訴求できる」ということができる。よってここにおいて訴訟物概 念は、残部請求を認めるか否かの結論を得た後の説明の道具にすぎない。
上述した判例理論である明示説も、背後には、一方において原告の権利行使の自由を:尊 重するとともに、一部請求訴訟であることが明示されていないために残部債権は存在しな いか、あるいは免除されたものとしてそれ相応に訴訟を追行して敗訴判決を受けた被告が 思いがけず残部請求訴訟に直面することを防ごうとする訴訟法的な利益衡量が働いていた。
訴訟物とは無関係に実質的な判断で結論を導いた後、このテーゼを形式上維持しているだ けではないのかというのが私見である。
井上治典教授は、「『訴訟物』はいかようにも説明できるのであって、決してそれじたい が決定的重要性をもっているとはいえない」にもかかわらず、「訴訟物=既判力という伝統 的命題を不動のものと考え、『訴訟物さえきまれば』、あるいは『訴訟物をきめなければ』
という思考に行きがちであったことが、議論が表面的なレベルにとどまり核心に迫りえな い原因のひとつになっている」と鋭い批判を加えている29。このテーゼには本論点に決定 的に重要な審理経過に対する視点が欠けているのである。
(4) 具体的手続保障説の課題
提出責任効と手続保障で理論構成する具体的手続保障説には課題がある30。
まず、後歩では既判力の有無が争われることになるが、その証明は困難であるし、個別 具体的な手続過程の検討を経なければ、残部請求の可否を判断しえないので、当事者・裁 判所に過度の負担をかけ、円滑な民事訴訟の運営を阻害する結果を招くおそれがある。ま た、そもそも個別具体的に当事者の手続保障と原告の提出責任を検討していくことは、客 観的に一定の場合に確定判決に伴う効力としての既判力の制度的役割を否定することにつ
ながり、法的安定性が失われるという欠陥を有する。
さらに、結局、「原告が提出すべきであったか」の判断は、争点効と同様に前訴の個別具
28@中野・前掲注2)現在問題87頁参照。
29@井上(治)・前掲注3)181頁。
30@具体的手続保障説に対する批判は上田・前掲注17)判決効307頁以下参照。
体的手続経過との関係で、個別に信義則を適用して、手続保障要求の充足の有無により残 額請求の可否が判断されなければならないので、既判力から一貫した説明を加えることが できていないように思われる。
よって、行為規範の要件化等を行うことによって、再構成された(訴訟物に拠らない)
既判力論を確立することが今後の課題といえる31。それが達成されるまでは、平成10年判 決も採用した信義則説が、実体法と訴訟法の調整を行いつつ、個別具体的な解決を図って いる点で最も妥当な見解であるといえ、今後の一部請求論の主流を形成していくと考えら
れる。
V おわりに
以上、一部請求後の残部請求の可否について、実体法と訴訟法の関係を軸に検討を加え てきた。近時、山本和彦教授32が、この論点に関し、以下のような実質的な判断から自説 を述べている点が注目される。山本教授は、「一部請求後の残額請求の実質的な許容性を論 じるに際しては、訴訟費用(提訴手数料)制度との関係を検討することが必要不可欠であ」
り、「そのような観点からは、一部請求は、原告の一方的判断に基づく提訴手数料負担の回 避行為として、原則的には許容されないものと評価される」と主張するのである。一部請 求論を提訴手数料負担の問題と言い切ることには疑問を禁じえない33が、現行費用制度が 整備されれば34、一部請求の必要性が減少することは確かであろう。そうすれば、学説全 体が否定説に傾くかもしれない。
しかし、この論点が実体法と訴訟法の関係をどのように捉えるかという訴訟観を問うて いるという点は原理的な問題であり続けるであろう。井上正三教授が、「一部請求問題は、
多様に分かれつつある訴訟物論や既判力論にとって、それぞれのもつ価値観・利益考量・
理論構成でこれを矛盾なく解決できるか否かという、まさに試金石としての意味を有する」
と述べている通りである。自らの訴訟観を見直し、それと矛盾しない一貫した説明のでき る理論を構築する必要があるという意味で、戦後民事訴訟法学において理論的に極めて重 要な論点であったといえる。学説・判例も、今後大きく展開していくことが予想され、さ らなる検討の余地がある複雑な論点であるということを最後に確認して本稿を締めくくり たいと思う。
12
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34
論者の一人である井上治典教授も自覚している課題である。井上(治)・前掲注3)182頁。
山本和彦『民事訴訟法の基本問題』(判例タイムズ社・2002年)117頁以下、同・前掲注18)1046頁以
下。
中野教授は一部請求を、いわば十把一絡げに『提訴手数料負担の回避行為』と決め付けることを批判 し、「弁護士費用ならともかく、提訴手数料の負担軽減ということが、それほど一般的に一部請求のた めの決定的なインセンチブを与えるとは思えない」と述べ、山本説を厳しく批判している。中野・前 掲注2)展開(上)5頁。
小林秀之「一部請求と訴訟費用」法セ515号(1997年)82頁以下が詳しい。