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『宗教史の哲学

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Academic year: 2022

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下田和宣著

﹃ 宗 教 史 の 哲 学  

││ 後期ヘーゲルの迂回路 ││

京都大学学術出版会 二〇一九年二月刊A5判 xviii+四三九頁  五二〇〇円+税

保  呂  篤  彦

  ﹁あとがき﹂における著者の説明によると︑本書は二〇一七年度に京都大学宗教学研究室に受理された課程博士論文﹁哲学的自己認識と宗教史││後期ヘーゲル宗教哲学における﹁宗教史の哲学﹂について﹂に若干の修正を加えて出版したものである︒本書のタイトルには﹁宗教哲学﹂の語が含まれていないが︑元になった学位論文のタイトルから明らかなように︑本書はヘーゲルがそのベルリン時代に行った﹁宗教哲学講義﹂を主たる研究対象とし︑それを﹁宗教史の哲学﹂という独自の概念によって捉えようとする試みである︒ヘーゲルの宗教哲学講義の第二部および第三部は世界の主要な文化圏に現れている諸宗教の歴史を記述する形で展開するが︑著者は︑ヘーゲルにおいてこの宗教史がなぜ宗教哲学の︑あるいは哲学そのものの課題となるのか︑その必然性を問題にしている︒ 書評と紹介  ﹁宗教哲学﹂︵Religionsphilosophie, Philosophie der Religi-on︶が一つの独立した学問領域として成立したのは︑およそ一九世紀初頭のことと言われるが︑カントもシュライアマハーも自分のこの領域に関する研究にこの名称を使用していない︒この語が学問の名称として書籍のタイトル等において一般化するのは︑本書が扱うヘーゲルの四つの宗教哲学講義︵一八二一年︑一八二四年︑一八二七年︑一八三一年︶を弟子のマールハイネケが一八三二年に一つの書物に編集・出版して以降のことである︒このマールハイネケ版は︑﹁故人の友人の会﹂版として︑本書においてもその致命的欠陥を指摘されており︑四つの講義をそれぞれ可能な限り復元するイェシュケの批判的校訂による新版が近年︵一九八三︱一九八五年︶になって出版されたことによって︑ようやくヘーゲル宗教哲学講義に関する本格的な研究が可能になったのであり︑本書もまた︑それに基づく成果の一つである︒

 ﹁宗教哲学﹂という学名が成立したのは︑まず﹁宗教﹂が他の精神現象から独立した現象として認知されるに至り︑これが他の現象と並ぶ一主題として﹁哲学﹂の対象とされるようになったからである︒ヘーゲルの宗教哲学講義も︑﹁宗教﹂がそのような分化した一つの精神現象として定着していたことを前提としているが︑﹁宗教哲学﹂という学名の普及に大きく貢献したのはヘーゲルのこの講義とその出版であったと言えよう︒

 ところが︑﹁宗教﹂を一つの対象とする﹁哲学﹂の営みという上述のような理解をヘーゲル宗教哲学に単純に適用できないこととその根本的な理由を本書は教えてくれる︒すなわち︑ベ

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第三章 ﹃精神現象学﹄以後の導入コンセプト第四章 弱められた導入構想  ﹁予備概念﹂後半の哲学史第三部 宗教の歴史  ベルリン期宗教哲学における﹁宗教史の哲学﹂の遂行第一章 人間の誕生と宗教史第二章 ﹁起源への思考﹂に対する批判と文化理解のカテゴリー第三章 証言しうる主体性の系譜学第四章 一八二七年講義における証言概念の拡大と宗教史化する哲学結論 哲学のまわり道  本書は全体で四五〇頁にも及ぶ大著である︒右には記していないが章の下にさらに多くの節や項が設けられ︑精緻な議論が展開される︒各所で多くの興味深い論点が取り扱われるが︑拙評では詳細に立ち入ることはできない︒以下では︑本書の最も大きな括りである三つの部門を単位としてその概要を紹介し︑その後︑本書の意義等に関する評者のコメントを付したい︒

  まず︑﹁序論﹂において著者は︑ヘーゲル宗教哲学に関する従来の研究が︑その宗教史記述のもつ哲学的意義にほとんど関心を示してこなかったこと︑文化や歴史の諸現象を哲学の主要な課題とする﹁文化哲学﹂の伝統さえも︑ヘーゲルによる宗教史記述を正当に論じて来なかったことを指摘し︑本書がそのような研究状況を乗り越えて︑ヘーゲルの思索が宗教文化の歴史 ルリン期のヘーゲル哲学において﹁宗教﹂は﹁哲学﹂の営みの単なる対象ではなく︑﹁哲学﹂の他者としてその営みの背後にあってその成り立ちそのものに関わっていること︑しかも︑宗教的﹁信﹂のみならず宗教の﹁文化﹂的側面こそがまたそうであって︑その意味での﹁宗教﹂と﹁哲学﹂との関わりが見直されなければならないというのが︑本書の主張なのである︒著者によれば︑ヘーゲル宗教哲学はその後の哲学史において古典的宗教哲学の代表例と見做されることもなく︑またその構想が受け継がれることもなかったのであるが︑それもまた﹁哲学﹂と﹁宗教﹂の関わりについてのこうしたヘーゲルの理解によると言えるであろう︒

  本書の主要部分の構成はおよそ次のようになっている︒ 序論 ヘーゲル﹁宗教史﹂はなぜ問われてこなかったのか 受容・研究の展開と現状第一部 宗教  ベルリン期ヘーゲルの問題意識と哲学的宗教概念の文化論的転換第一章 ﹁追考﹂の論理  自己化する知と体系化の根底第二章 ﹁媒介された直接性﹂の問題とヤコービ批判第三章 ヘーゲル宗教哲学と﹁直接知﹂の問題第二部 歴史 ﹁媒介された直接性﹂理論の展開と﹁学への導入﹂構想第一章 概念的発展と歴史的形態化第二章 精神の自己外化  ﹃精神現象学﹄最終の段落が語るもの

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的な主観的自己確信の﹁信﹂こそが﹁知﹂であり﹁真理﹂であると捉えるが︑ヘーゲルは知の内部に直接性を見出したことをヤコービの功績として高く評価しつつも︑それによってヤコービが直接性と媒介を相互排除的に捉えてしまった点を批判する︒主観的自己確信の直接性に自閉するヤコービの﹁直接知の立場﹂は対象に固執し自己を喪失する経験的諸学の立場と︑媒介と直接性とを相互排除的に捉える点で共通しており︑ヘーゲルはこれらをともに克服すべく︑﹁自己において媒介された直接性﹂︵das in sich vermittelte Unmittelbarkeit︶の概念を中心とする﹁追考﹂の理論を導入したと著者は主張するのである︒そして︑以上のような思索が︑文化的・歴史的媒介を通してのみ成立する宗教哲学︑神話や祭儀など多様な宗教的現象を考察の中心に据える﹁文化的宗教哲学﹂の試みを必然的に導くことになったという︒それゆえ﹁直接知の立場﹂による宗教理解からは排除される宗教の実践的側面である﹁祭儀﹂がヘーゲルの宗教哲学的考察の核となる︒これが︑﹁第一部﹂の表題に含まれる﹁哲学的宗教概念の文化論的転換﹂という表現によって著者が述べようとするところである︒

  次に︑﹁第二部﹂では︑﹃精神現象学﹄とベルリン期の哲学との間にいかなる発展があったかが論じられる︒とりわけ﹃精神現象学﹄では︑宗教は哲学へと発展する精神の前段階と見做された上で宗教概念の形成と実現が問題とされており︑ベルリン期宗教哲学講義と表面上類似する哲学的宗教史が論じられているため︑両者の異同が問題になるからである︒そこで著者が試みるのは︑両方の時代におけるヘーゲル哲学の構想のあり方の に向かって行ったその有様と必然性の把握を目指すと宣言している︒

  その上で︑本書はその﹁第一部﹂において︑ヘーゲルの思索を多様な文化的宗教現象の歴史へと向かわせたものが︑ベルリン期︵一八一八年以降︶において明確になった彼の問題意識の変化であったことを明らかにしている︒著者は︑ベルリン期のヘーゲルの思索には︑﹃精神の現象学﹄︵一八〇七年︶と﹃論理学﹄︵一八一二︱一八一六年︶との解釈を中心に組み立てられたヘーゲル像を越えるポテンシャルがあると言う︒ヘーゲルの問題意識に変化をもたらしたものの一つは︑哲学と経験的諸学とを明確に切り分けて対立的に捉え︑後者の発展が前者を無用にするという一八二〇年代後半のドイツにおける風潮であると主張される︒そして︑この思潮に対抗するためにヘーゲルが導入したのが﹃エンチュクロペディー﹄︵第二版一八二七年︑第三版一八三〇年︶において詳論される﹁追考﹂︵nachdenken︶の理論であり︑これこそが︑ベルリン期ヘーゲル哲学の構想の基礎であるという︒﹁追考﹂とは︑論理学における自己回帰的な﹁思考﹂とは区別されるもので︑何らかの事柄を対象とする経験的・指向的な意識であって︑この概念こそが経験的諸学と哲学との肯定的関係をもたらし︑﹃エンチュクロペディー﹄が経験科学の内容を受け入れつつも自立的体系の学として存立することを保証し︑それをもって時代遅れという批判から哲学を救済するものであるという︒また︑もう一つの同時代的思潮としてヘーゲルがその克服を狙ったのがヤコービの﹁直接知の立場﹂であるという︒ヤコービは媒介知たる哲学を拒否し︑直接

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いう二重のコンセプトなどの性格を掲げて︑上の問いへの解答を試みている︒ここでその内容を端的に要約することはできないが︑著者はベルリン期の﹁導入﹂ないし﹁移行﹂構想のうちに︑﹁非哲学から哲学への移行﹂に加えて﹁哲学から非哲学への移行﹂という方向性が示唆されていることに特に注意を向けて︑それがもはや単に﹁導入﹂という名称で呼びうるものでなくなっている点を重視している︒さらに著者は︑﹃エンチュクロペディー﹄において意識経験に代わって﹁哲学史﹂が哲学への導入の役割を担うのは︑その表象的性格に導入的機能が認められることによってであり︑これによって表象的性格をもつ複数の事象にも同様に哲学的自己認識への通路が設定されることになると述べて︑その一つである﹁宗教﹂に言及し︑﹁宗教史﹂を表象の表象という二重の意味での自己外化として特徴づけ︑﹁宗教史の哲学﹂が政治史の哲学的記述である歴史哲学とも哲学史とも本質的に異なる課題を担うものであると論じている︒最初の問いに戻って言えば︑﹃精神現象学﹄における宗教史記述は︑ベルリン期の宗教史記述と同様の意義を有するものではない︒ベルリン期宗教哲学は︑﹁学への導入﹂である﹃精神現象学﹄とは異質な思考法に基づくのであって︑その基本的性格を排除することで成立するものであると著者は主張している︒

 本書の要諦であり︑量においても全体の半分近くを占める﹁第三部﹂は︑ベルリン期宗教哲学講義における﹁宗教史の哲学﹂の具体的展開を詳細に論じている︒ここでは世界宗教史をめぐる多様な問題が取り上げられて豊かな議論が展開されているが︑拙評では︑上述の問題の直接の延長線上にあって議論の 比較である︒すなわち︑﹃精神現象学﹄は﹁学の体系第一部﹂という副題をもち︑それ自体が﹁学への導入﹂という性格を有しているが︑﹁導入﹂というこの構想がベルリン期の哲学と整合的かどうかを問題にするのである︒その鍵として著者が取り上げるのは︑﹁意識経験﹂を介する﹁学への導入﹂という﹃精神現象学﹄のアイデアを疑問視する﹃エンチュクロペディー﹄におけるヘーゲル自身の自己反省的記述である︒ここでヘーゲルは︑﹃精神現象学﹄の主題である﹁意識経験﹂は︑単なる形式的なものに留まることができず︑その背後にもっと内実に富んだ具体的なもの︑つまり道徳︑人倫︑芸術︑宗教などの精神的諸事象の歴史的形態化を前提するが故に﹁学の体系第一部﹂とはなりえないと述べている︒著者は︑これが﹁導入﹂コンセプトの放棄までは意味しないが︑その﹁弱体化﹂をもたらしていると論じ︑﹁意識経験﹂に代わるものとして具体的・歴史的なものの叙述が目立ってくると言う︒そして︑﹃エンチュクロペディー﹄においては意識経験の学である﹃精神現象学﹄に代わって﹁哲学史﹂が論理学への導入として配置されていることを指摘する︒その上で︑著者は﹁哲学史﹂が哲学への導入として相応しいのはそのいかなる性格によるのか︑またベルリン期の思索における﹁弱体化﹂した﹁導入﹂とはいかなるものであるかを︑ベルリン期の哲学史講義に基づいて論じる︒そこで著者は︑哲学史の﹁演劇﹂︵Schauspiel︶的性格︑哲学にとって致命的な相対主義的歴史主義と対抗する哲学そのものへの肩入れとしての﹁党派性﹂︵eine Partei ergreifen︶︑﹁反駁﹂︵Wie-derlegen︶の弁証法︑哲学への﹁導入﹂にして﹁終わり﹂と

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教の理性を示すこと﹂が哲学の目的とされているという︒そして︑一八二七年講義においては︑﹁哲学﹂と﹁宗教﹂の﹁和解﹂という観点が中心となり︑ついに﹁概念への逃避﹂は議論の結論とはならない︒﹁宗教﹂は﹁哲学﹂への移行を示す﹁はしご﹂ではなく︑哲学的理性が自らを認識する場所であるという側面が強調され︑しかもこのコンセプトがキリスト教だけでなく宗教史全体に関わるものとして論じられるという︒このように一八二七年講義ではもはや﹁宗教﹂は﹁哲学﹂に転身すべきものではなく︑﹁哲学﹂が取って代わることのできない﹁万人のため﹂のものとされるという︒いまや哲学的思考は宗教において自らを見出し認識するものでなければならず︑哲学的思考は宗教史記述という他者を自らのうちに含み込むことになるのである︒そして︑哲学的思考がそこにおいて見出すのが︑多様な文化に現れた諸宗教の歴史とキリスト教によって形成された﹁精神の証言﹂という主体性の形態であったという︒このようにして︑著者は︑ヘーゲル宗教哲学が﹁精神の自己外化﹂としての自由という立場からの当然の帰結として︑﹁概念への逃避﹂を越え出て宗教における﹁精神の証言﹂論︵一八二七年講義において最も明確化すると言われる︶に至ると結論するのである︒

  次に︑本書の意義に関して評者のコメントを記したい︒まず︑評者の下手な概要紹介によっていかほど伝えることができたか不安であるが︑本書は︑﹃エンチュクロペディー﹄の第二版および第三版やイェシュケ校訂によるヘーゲル宗教哲学講義の新版のテキストなどの緻密な読解を通して︑ベルリン期ヘー 中心をなす﹁宗教から哲学への移行﹂という﹃精神現象学﹄以来のヘーゲル哲学の基本的モチーフに関する理解の変化という論点のみを取り上げて紹介したい︒著者によれば︑ベルリン期の四つの宗教哲学講義の何れにおいても︑﹁宗教から哲学への移行﹂は︑宗教の歴史において宗教が完成すること︑宗教の概念そのものが現実性において現れることで果たされるのであって︑そこで宗教は自らの表象としての形式的限界を示し︑概念の世界へと移行するとされている︒そして︑哲学はそこで宗教が形成する内容を受け継ぎ︑その形式のみを変換して︑そこに学の普遍性と必然性を与えるとされる︒また﹁宗教の完成﹂とは︑具体的には︑精神としての神であるキリスト教の神と︑その三位一体構造に基づいて世俗と和解する現実的共同体としての教団ないし教会を指している︒宗教哲学講義においては︑この事態が﹁概念への逃避﹂と表現されているが︑著者は︑これに対する理解に︑それぞれ講義の年度毎に差異があることを示して︑ベルリン期宗教哲学の発展を跡づけている︒すなわち︑一八二一年講義では︑宗教は︑啓蒙の極致において自ら形成した内容の真理性を維持できず︑偶然的生起という外面性の形式を捨て去って哲学的概念把握へと逃避するとされ︑そこでは﹁教団の消滅﹂が論じられるという︒また︑一八二四年講義においても啓蒙の意義が語られ︑キリスト教において完成した宗教は︑啓蒙がもたらす反省と対立するとされるものの︑啓蒙が哲学と宗教の共通の敵とされることで宗教への否定的表現は和らげられており︑その表象という形式が時代に適合しないという認識は一八二一年講義におけるのと変わらないものの︑﹁宗

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あるいは本質主義的に見て︑真のキリスト教理解であるかどうか︑それはすでにヘーゲルにとって問題ではない﹂︑ヘーゲルによってキリスト教は﹁徹底的にデフォルメされる﹂と述べている︵以上︑本書三八四頁︶が︑ヘーゲルが論じたのが﹁史実の﹂キリスト教という宗教現象︑彼が現にそれを生きた世界の宗教の歴史ではなかったのだとしたら︑彼の哲学は一体︑何を︑あるいはどこを﹁迂回﹂したのであろうか︒また︑彼の同時代人は彼の﹁宗教史の哲学﹂から何を学ぶべきであったのであろうか︒へーゲルは四回の宗教哲学講義の何れにおいても結局︑例えば北欧神話やイスラームを論じることはなかった︒マールハイネケは彼が編集したその第一版序言において︑もしヘーゲル自身がこの原稿を自らの手で推敲することができたと仮定すれば︑これらを考慮に入れて宗教史記述をより完全なものに増補したであろうと述べているが︑果たしてどうであろうか︒また本書はこうした問いに対する答えを提示しているのであろうか︒ ゲル哲学の全体的で基本的な構想を浮き彫りにし︑それが﹃精神現象学﹄や﹃論理学﹄を中心にして解釈されてきたヘーゲル哲学のそれと明確に区別されるべきものであることを示した点で︑ヘーゲル研究に対する大きな貢献であると言えよう︒これによって著者は︑自身も述べているように︑哲学史や宗教史の諸契機を論理学における思考の諸規定と厳密に対応させようと試み︑そこにヘーゲル哲学の本質を見ようとするような解釈の一面性を明確な根拠に基づいて批判することに成功している︒この意味で︑本書は︑へーゲル宗教哲学講義︑さらにはヘーゲル晩年の哲学全般に関する今後の研究に対して一つの重要な道標になると思われる︒また本書は︑このようなヘーゲル解釈を提示しつつ︑そこに﹁宗教史﹂という哲学ならざるものを媒介し︑それを﹁迂回﹂することによって成立する宗教哲学的思考という魅力的な構想を提示している点でも高く評価できるであろう︒多様な宗教現象︑とりわけ互いに相容れない宗教の実践的文化的側面が惹起する諸問題を︑それを対象とする経験科学の成果を取り込みつつ論じるような哲学の確立は現代においてこそ取り組まれるべき大きな課題であるように思われるからである︒本書の﹁あとがき﹂の記述によると︑著者は︑哲学の他者としての文化を迂回する新しい哲学を︑ヘーゲルを超えて展開するためのヒントをすでにドイツ留学時代に見出しており︑その歩みをすでに始めておられるようである︒今後のこの方面での活躍が大いに期待される︒

  評者の無理解に基づくものかもしれないが︑最後に若干の疑問を提示して稿を閉じたい︒著者は︑﹁それが史実に照らして︑

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