独立行政法人 国立環境研究所 ( 国環研 ) GOSAT プロジェクトオフィスがお届けする、
温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT、「いぶき」)プロジェクトのニュースレターです。
http://www.gosat.nies.go.jp/
国立環境研究所
GOSAT PROJECT NEWSLETTER
いぶき
I B U K IISSUE # 29
2013
年9月号
CONTENTS
NEWS
第 5 回 米国 RRV における日米合同 GOSAT代替校正実験報告 01GOSAT PEOPLE
連載:GOSAT プロジェクトを支える (5) 03 - 高次処理システム運用の舞台裏を支える人々NEWS
NASA ジャック・ケイ氏が NIES 訪問 04INTERVIEW
連載:「いぶき」 の PI インタビュー、 ユストゥス・ノートホルト教授 05
PUBLISHED PAPERS
論文等発表情報 07DATA PRODUCT UPDATE
プロジェクトオフィスからのデータ処理状況アップデート 08 「いぶき」 (GOSAT)
国立環境研究所 環境計測研究センター
特別研究員 大石 優
NEWS
第 5 回 米国 RRV における
日米合同 GOSAT 代替校正実験報告
2013 年 6 月 16 ~ 21 日 の 6 日 間、 米 国 ACOS*1/OCO-2*2チ ー ムと 共 同で、米国ネバダ州レールロードバレー (Railroad Valley: RRV、右図 ) において第 5 回代替校正実験 *3を行いました。今回 は日本チーム 7 名、米国チーム 6 名の計 13 名が参加しました。 衛星センサの感度は宇宙環境により経年劣化するので、感度劣化の 度合いを定期的に把握する必要があります。感度劣化は衛星が観測し た放射輝度と放射伝達コードで計算した大気上端の放射輝度を比較す ることで評価します。代替校正実験では、放射伝達コードの入力となる 地表面反射率や気温・湿度の高度分布等を観測します。RRV は標高約 1400m の広大な乾燥湖です。GOSAT に搭載された TANSO-FTS の観 測視野 ( 約 10km) よりも広く、空間的にほぼ一様で、更に地表面反射 率が高いことから、RRV は代替校正実験に適しています ( 写真下 )。 日本チームは 3 つ のグループに分かれ、 ロサンゼルスとラス ベ ガ ス か ら RRV に 向かいました。私を 含めた 3 人のグルー プ は、 ま ず ロ サ ン ゼルス空港からパサ JPL*4) があり、そこでは日本から送った観測機器の動作確認と、トラッ クへの荷物の積み込みを行いました。その後、約 600km 離れたトノパー に向かい、更に東へ約 150km 進むと RRV です (2 日目以降は、RRV の 北東約 150km に位置するイーリーという町から現場に通いました )。い よいよ代替校正実験の始まりです。 今回は分光放射計による 地表面反射率 ( 写真右 ) の 他にも、ラジオゾンデを付 けたバルーン放球による気 圧・気温・湿度の高度分 布 ( 写真左 )、NASA Alpha Jet による CO2、CH4、O3、気温、湿度の高度分布、光スペクトラムアナライザ *5(Optical Spectrum Analyzer, OSA) を用いた CO
2と CH4の
カラム量、日射計を用いた日射量、PARABOLA(Portable Apparatus for Rapid Acquisition of Bidirectional Observations of the Land and Atmosphere) を用いた地表面反射率の非等方性、オゾンメーター
観測初日の集合写真 ( 後列左から R. ネルソンさん、片岡文恵さん、川上修司さん、 M. ロビーさん、F. シュヴァントナーさん、M. ヴェッツェルさん、前列左から大石優、 久世暁彦さん、横田達也さん、C. ブリュッゲさん、S. ヤンさん、塩見慶さん、加藤 恵理さん)
ANNOUNCEMENT
第 6 回研究公募 (RA)、随時受付中
表面反射率の観測で、ベビーカーに搭載した分光放射計で地表面と標 準反射板からの反射光の放射輝度を観測し、それらから地表面反射率 を求めます。限られたメンバーで多くの観測を行うため、手の空いてい る場合には互いに協力し合いました。 RRV は標高が約 1400m と高いだけでなく、日中、35℃くらいまで 気温が上がり、乾燥しています。時に強い風が吹き、砂が舞います が、遮るものがありません。そのため、肌を覆う服装 ( 帽子は風で飛 ばされない工夫が必要 ) と、日焼け止めクリームが欠かせません。ま た、水分・ミネラル補給が最も大切で、スポーツドリンクを大量にクー ラーボックスに入れ、誰もが必要なだけ飲めるようにして、熱中症 の予防に努めました。 GOSAT 同期日でない日は、観測を行うグループとそうでないグ ループに分かれ、後者は RRV 近くのダックウォータにある温泉に行 き、ちらし寿司を食べるなど、ささやかな休暇を楽しみました。温 泉といっても温水プール程の水温しかなく、淡水魚が生息していま す。そんな淡水魚と一緒に泳ぐことができ、良い気分転換になりました。 また夕食は、皆でイーリーに行き、レストランで特大のステーキに 挑戦したり、近くのケーブレイクという湖で各自持ち寄ったものを分 け合って食べたり、様々な趣向で日々の疲れを癒しました。 今回は全日程で晴天に恵まれ、全ての観測において質の良いデータ を取得することができました。そして無事、6 日間の日程を終え、往 路と同様にトノパー経由でパサデナに戻りました。JPL では地上 FTS と OSA の比較のための観測を行いましたが、私は OSA の設置の手伝 いのみで、一足先にロサンゼルス空港から帰国しました。 炎天下の厳しい環境の下、皆で協力して代替校正実験を行いまし た。このような貴重な経験ができたことを感謝しております。最後に、 RRV でお世話になった日本・米国チームの皆様、並びにサポートチー ムの皆様に感謝致します。 【一日の主なスケジュール】 06:30 起床、メール確認 07:00 朝食、出発の準備 ( 紫外線が強いので、日焼け止めクリームを念入りに塗る ) 08:20 ホテル出発、ガソリン補給と飲み物などの買い出し 10:00 ベースキャンプ到着 10:30 朝会 ( 前日の解析結果の説明 )、観測機器の準備 12:30 バルーン放球の手伝い 12:45 観測サイトへ移動、ベビーカーに観測機器を搭載 13:15 観測開始 13:45 GOSAT 通過 14:15 観測終了、ベビーカーから観測機器の取り外し 15:00 ベースキャンプに戻り、データのコピーや観測機器の片付け 16:30 ベースキャンプの片付け ( 常設テント以外のもののトレーラー への積込み、トイレの片付け等 ) 17:00 ベースキャンプ出発 18:30 ホテル到着、 観測データのアップロード、 バッテリーの充電、シャワー 19:30 夕食に出発 21:30 ホテルに戻り翌日の準備、 メール確認 24:00 就寝 【写真右】観測日程終了時、ベースキャンプにて。 *1 Atmospheric CO2 Observations from Space ( 宇宙からの大気中二酸化炭素の観測 ) チームは JPL*4、Caltech ( カリフォルニア工科大学 )、コロラド州 立大学等の研究者を含む OCO (Orbiting Carbon Observatory) サイエンスチー ム関係者を中心に組織されたグループです。
*2 Orbiting Carbon Observatory 2 は 2014 年打上げ予定の米国の CO2 観測 衛星です。
*3 本ニュースレターの 7 号、19 号、24 号に、それぞれ第 2 回、第 3 回、
第 4 回の様子が掲載されていますので、併せてご覧ください。
*4 Jet Propulsion Laboratory ( ジェット推進研究所 ) は、米国政府の資金提 供により Caltech ( カリフォルニア工科大学 ) が NASA のために運営する研究 所です。 *5 回折格子を利用して光を分光し、スペクトルを観測する装置です。本ニュー スレターの 25 号で紹介した船舶観測でも使用されました。 【写真左上】ちらし寿司のお昼。米国チームも箸を美しく使いこなしています。 【写真左下】温泉で泳ぐヴェッツェルさん。
今回は、GOSAT データ処理運用施設 (GOSAT Data Handling Facility:GOSAT DHF) の運用と保守に携わっている人々の活躍をご 紹介します。 GOSAT DHF のハードウェア保守とシステム運用は、新日鉄住金 ソリューションズ株式会社とその関連企業の運用技術者が担当して います。全世界のユーザを対象としたデータ提供サービスを担って いる関係で、定期保守による停止を除けば、GOSAT DHF は 24 時間 365 日の運用が基本です。GOSAT DHF は自動運転を前提に設計・ 開発されていますが、ハードウェアの故障や導入した商用アプリケー ションの性能限界など、想定外の状況が発生することがあります。そ うした急を要する応急措置や原因究明の他、ユーザからの質問や他 機関との連絡窓口といった業務も担当しています。 ●データ処理運用システムからプロダクトが提供されるまで● GOSAT 観測データの処理には、「JAXA から提供される GOSAT レ ベル 1 データ」 の他に「気象庁などの各機関から提供される気象 予報データ」 等が必要です。これらのデータは自動的に取得されま すが、取得状況の定期的確認や未取得時の対応は、DHF 運用担当 者が行います。ユーザ向け GOSAT 高次プロダクトは GOSAT プロ ダクト提供サイト (GOSAT User Interface Gateway: GUIG) 経由でオ ンデマンド提供されるのが特徴です。GUIG でのカタログ検索結果 から、ユーザが選定したデータだけをプロダクトとして作成し、ユー ザへ提供しています。但し一部の高次プロダクトは作成済みで、非 オンデマンド処理 ( 作成済プロダクトからダウンロード可能 ) と なっています。 これらユーザ向けプロダクトの作成・処理状況や JAXA・DHF 間 のデータ伝送状況を監視しています。運用業務の自動化により、多 数のシステムやデータ処理アプリケーションが複雑に連携している ため、データ処理状況やシステムの稼働状況の異常を検出した場合 の異常箇所の特定、その影響範囲の確認や影響の波及防止作業には、 コンピュータシステムやデータ処理に関する幅広く高度な専門知識 が要求されます。
GOSAT DHF では、JAXA から提供される GOSAT レベル 1 データ を準リアルタイムで処理する一方、レベル 1 データ処理改訂や高 次処理アルゴリズム改訂に伴い、過去の GOSAT 観測データも再処 理します。 計算機リソース状況を監視しつつ、システムの運用効率を向上さ せるため、準リアルタイム処理と過去分再処理の間のリソース配分 ( スケジューリング ) に、当初、運用担当者は頭を悩ませていまし た。これはシステム開発担当が想定した状況と実際の運用状態に隔 たりがあったためで、運用担当からの提案や両者の緊密な情報交換 によりデータ処理システムも改訂され、運用担当の悩みは解消され てきました。また、4 年間の運用経験と日々の改善活動の積み重ね も、システムの安定運用と運用担当者の技術力向上に役立っていま す。 ●レベル 1 データの精査● JAXA から提供される GOSAT レベル 1 データは、毎日自動的に 取得されています。ところが何らかの事情により、当該データの GOSAT レベル 1 データとカタログ情報は、準リアルタイム分で 1 日あたり 3200 ~ 3600 のファイルがあります。この全レベル1デー タにつき総数や整合性の確認を行い、異常データを検出し即座に対 処する必要があります。異常を見逃すと、高次プロダクト作成に至 る多くの処理が順次進行し、不正なプロダクトがカタログとして登 録されてしまいます。プロダクトの精度確保およびシステム資源の 有効利用のために、GOSAT DHF の入口でのデータ精査は重要です。 ●安定したプロダクト提供に向けて● 現在の安定した運用体制を築くまでは、設計・開発も日々改善を 重ねましたが、運用・保守においても、その改善への対応は試行錯 誤の連続でした。2010 年にはレベル1データを含め、多くのバー ジョンアップとそれに伴う再処理があり、複数のバージョンの処理 を同時に実施するなど、運用のために複雑なバージョン管理が求め られることもありました。その最中でも、NIES のプロジェクト関 係者が一丸となり、運用のミスに繋がる問題点を各担当の視点から 提起し、協議・改修を繰り返す中で、ひとつひとつの課題をクリア してきました。その結果、今は滞りなくユーザへプロダクトが提供 できる様になりました。 ●データ処理制御改善と GUIG リニューアル● これまでに運用上の大きなシステム機能改善を 2 度実施しまし た。1回目は、2010 年 5 月のデータ処理制御機能改善です。それ までは、運用者不在時の深夜や休日に特定の処理でエラーが発生す ると、後続のデータ処理は全て停止し、限りある計算機資源を有効 に活用できませんでした。改修後はエラーが発生した場合でも、後 段のデータ処理がそのエラーの影響を受けるかどうかを自動判別し、 影響を受けないデータ処理を選別して処理を継続できます。全観測 データの過去分再処理に際し、処理条件が揃えば後続処理を自動起 動する機能が実装され、運用担当者が処理起動の煩雑な準備や設定 操作をしなくても、自動的に高次処理を実施する形になりました。 以前は、データ処理進捗や処理状況の把握後、過去分再処理を開始 するまで、1ヶ月程度の準備期間を要しました。運用改善活動の成 果である、処理状況や進捗を知らせる定期的なメール通知機能に加 え、システムの負荷状況や履歴を瞬時に把握する監視体制が確立し たため、現在では直ちに過去分再処理に着手できます。こうして準 リアルタイム処理と過去分再処理の効率的な実行が可能となり、運 用担当者の負荷も軽減されました。 2 回目の機能改善は、2010 年 10 月の GUIG のリニューアルです。 トップページの更新とプロダクト検索機能 ( 簡易検索 ) の追加が行 われました。簡易検索ではプロダクトの選択と観測日やバージョン 等の設定だけで結果が得られます。以前は各種パラメータの詳細な 設定が要求されましたが、簡易検索では容易に望みのプロダクトを 注文できます。 今後も運用視点からの提案や改善を通じて、GOSAT プロダクト ユーザの利便性向上を目指します。 ● GOSAT DHF 機器の換装と増強●
高次処理システム運用の舞台裏を支える人々
国環研 地球環境研究センター GOSAT プロジェクトオフィスマネージャ 網代正孝連載:GOSAT プロジェクトを支える (5)
GOSAT PEOPLE
入機器など、数回に分けた設備構築を経て GOSAT DHF の運用を続 けてきましたが、2011 年度~ 2012 年度にかけて既存機材の換装 作業が行われました。この機器換装では、仮想システムよる可用性 向上、サーバ機器の冗長構成による信頼性向上、機器統合による省 スペース化・保守性向上が実現し、より安定した連続稼働が可能に なりました。 機器換装期間中も、既存機器と更新機器を並行運用してデータ移 行・切り替えを実行し、(1) 全データバックアップ、(2) 過去バージョ ンデータの提供終了やそれに伴う不要なデータの精査、(3) 必要最 小限なデータ移行、(4) システム機能の動作確認、を無事完了でき ました。(1) ~ (4) の各作業において、データ処理進捗とデータ退 避状況を踏まえて、プロジェクトオフィス・機器導入担当・システ ム開発担当・運用担当が参加する会議を重ね、機能毎に分割するこ とで、運用稼働進捗への影響が最小限となるタイミングでのシステ ム停止やシステム作業を計画的に実施し、システム運用と機器換装 を同時に無事達成できたことは、貴重な体験となりました。 今年度もデータ処理制御機器の増強を予定しており、システム運 用障害を起こさず機器増強を完了させ、安定した GOSAT DHF シス テム運用を図ります。 ●継続的な運用改善活動● 今後も運用担当者間の情報共有や業務改善活動を継続し、安定し かつ効率の良いシステム運用を維持いたします。GOSAT プロダク トの安定した提供こそが、我々の担当するシステムの先にいる世界 のユーザへの何よりの貢献であると認識しています。同じ心構えで、 GOSAT プロダクトを利用される特定研究者の研究活動も支援して います。
NASA ジャック・ケイ氏が NIES を訪問
国環研 地球環境研究センター GOSAT-2 プロジェクトチーム リーダ 松永恒雄NEWS
気象衛星調整会議 (Coordination Group for Meteorological Satellites) 第 41 回会合のために来日された米国航 空 宇 宙 局 (NASA) のジャック A. ケイ氏 (Associate Director for Research, Science Mission Directorate) が、2013 年 7 月 10 日に国環研を訪問され、地球環境研究セ ンターの航空機モニタリング分析室、大 気微量成分スペクトル観測室、GOSAT 研 究用計算設備 (GOSAT RCF)、環境計測研 究センターのエアロゾルライダーを見学 されました。 施設見学の後、ケイ氏から、国環研 では高いレベルの測定を非常に注意深く 実施している、また地上、船舶、航空機、 さらには衛星と様々なプラットフォームを 駆使し、アジアにおける温室効果ガス測 定の中心となっているとのコメントをいだ きました。 また施設見学後の住理事長との歓談で は、日米の宇宙政策の相違点や衛星ミッ ションにおける宇宙機関とユーザ省庁の 役割分担、衛星による温室効果ガス観測 の将来像等について、意見が活発に交わ されました。 なお NASA が開発中の二酸化炭素観測 衛星 OCO-2 の打ち上げは 2014 年 7 月 に予定されているとのことです。 【写真左上】左より松永室長、ブラッカビー氏、 ケイ氏、住理事長、横田室長。 【写真中央】航空モニタリング分析室で、町田 室長の説明を聞くケイ氏。 【写真右上】大気微量成分スペクトル観測室で、 森野主任研究員の説明を聞くケイ氏。 【写真上】運用担当の皆さん。前列左より渡邉拓也さん、黒瀧秀作さん、宇薄崇さん、 望月政則さん、一条勝仁さん、後列左より鈴木晴一郎さん、田窪俊泰さん、左上 は戸島庸さん。 【写真下】左より、保守担当の牧野大地さん、宮田知直さん。No.10 ブレーメン大学 物理学教授
Prof.
Justus Notholt
ユストゥス・ノートホルト博士
INTERVIEW
森野( 以下 M):今日はお忙しい所 有難うございます。先ず教授の生い立ち についてお聞かせください。。 ノートホルト教授 ( 以下 N):生まれは南ド イツですが、1 歳でデュッセルドルフに 移りました。16 歳でカッセルに移り、勉 強はカッセルとゲッティンゲンでしました。 博士課程はカッセル大学です。固体物理 学、X 線分光学など、今とは全く別の分 野を学んでいました。博士号は 1989 年 に表面科学と電気化学で取得しました。 内野 ( 以下 U):どの様な計測機器をお使 いでしたか。 N:博士課程ではラマン分光法 *1に取 り組みました。連続青色レーザーを用 いて「表面増強ラマン散乱」という特 有の効果を研究しました。その後北イタ リアのイスプラにある欧州研究センター (European Research Center) の ポ ス ド クとなってから、大気物理学を始めるこ とになりました。そこでは差分光吸収 分 光 法 *2(Different Optical AbsorptionSpectroscopy: DOAS) を用いて対流圏の 汚染物質の観測や、霧などの水滴も同時 に測定できる測器も開発しました。イタリ アには 1990 年まで約 1 年半いて、その 後、ドイツ北西部にあるブレーメルハー フェンのアルフレッド・ウェゲナー極地海 洋 研 究 所 (Alfred-Wegner-Institute for Polar and Marine Research) に上席研究 員として移り、FTIR*3分光法に着手しまし た。ノルウェーのスピッツベルゲン島に あるニーオーレスンに FTIR サイトを設置 し、当初は主に極域のオゾンの減少につ いて研究しました。 U:フロン類などの微量気体を観測され たのですか。 N:はい。具体的には塩化水素、フッ化 水素、オゾン、硝酸などです。また極夜 に月を光源として観測・解析する手法も 開発しました。2 年後、ポツダムに勤務 地が変わり、常勤のグループリーダとし て 1992 年から 2002 年のほぼ 10 年を過 ごしました。スピッツベルゲンの仕事を 続けながら船舶観測も経験し、南極でも FTIR 観測を行いました。 U:そう言えば船舶観測の論文を拝見し たことがあります。あれは FTS*4でしたか。 N:FTS です。その間、2000 年にベルリ ン自由大学で大学教授資格を取得しまし た。最終的に 2002 年にブレーメン大学 に移り、教授としてリモートセンシングを 教えています。 U:ドイツで大学教授になるのは非常に 難しいと聞きますが。 N:Yes であり No でもあります。「難し い」というよりはむしろ「運が必要」と言 うべきでしょう。研究者として優れている だけでなく、研究グループをリードする 能力、研究費を獲得する能力も必要です。 でも結局は「然るべき時に然るべき場所 にいる」ことができたか否かに依存する 部分もあり、幸運にも私はそうであったと いうことです。現在、ニーオーレスン、ブ レーメン (ドイツ )、ビャウィストク ( ポー ランド )、オルレアン ( フランス )、スリナ ム ( 南米 )、船舶で FTIR 観測を続けてい ます。他にも、衛星による海氷の研究や 海氷を対象としたリモートセンシング、中 間圏のモデル化等も手掛けています。ま た FTIR による現場観測にも取り組んでい て、微量気体のフラックス、つまり水-大 気間の交換を、直に計測しています。 教 授 は RA PI の 一 人として、5 月末 に 開 催 され た 第 5 回 GOSAT RA PI 会議、及び IWGGMS-9 に参加するために来日され ました。今回のインタビューはその折のものです。折角の横浜、 おいしい中華でも一緒にということで、今回はランチをいただき ながらの取材となりました。お人柄らしい訥々とした口調ではあ りましたが、お話は極めて率直かつ明快。GOSAT のデータを共 有し、成果を競い合う意義を熱く語っていただきました。 ( インタビュア : 国環研 GOSAT プロジェクト 森野勇 ・ 主任研究員、 内野修 ・ 検証マネージャほか ) *1 ラマン分光法とは、物質から生じたラマン散乱光 ( 物質ごとに特有な 光の波長変化を伴う散乱 ) をスペクトルに分光して分析する手法です。 *2 DOAS は紫外ー可視領域において特徴的な光吸収スペクトルを有する ガス状物質を測定する方法です。 光計 ) の略。2 枚の反射鏡の一方を移動することで干渉光を取得し、これ をフーリエ変換して赤外域のスペクトルを観測する装置です。観測する光 の波長を限定しない場合、FTS (Fourier Transform Spectrometer) とも呼 ばれます。回折格子分光計 (*6) と比べて一度に観測できる波長範囲が広
M:現場観測サイトはどこにあるのですか。 N:マレーシアで、同僚の T. ヴァーネケ が観測を担当しています。 U:現場観測の対象微量気体は何でしょ う? N:二酸化炭素 (CO2)、メタン (CH4)、一 酸化炭素 (CO)、水蒸気 (H2O) と各種同位 体です。マレーシアの他にも大河でも観 測を行いたいと考えています。アマゾン やロシアの大河が理想なのですが、輸出 入の手続きや調査許可など、色々な問題 があって、簡単にはいきません。 M:教授は TCCON*5の欧州共同議長で あり、GOSAT データの検証に多大な貢献 をされています。サイトの運用等につい てお聞かせください。 N:我々が運用している複数のサイトが GOSAT の検証に参加しています。GOSAT に搭載されている TANSO-FTS や TCCON で用いている高分解能 FTS は非常に優 れた装置です。スペクトルの観測範囲と いう観点で、FTS は回折格子分光計 *6よ り遥かに優れています。FTS なら装置の 状況、装置関数等を明確に理解できま す。GOSAT には微小振動の問題があり ますが、理解し、補正することが可能で す。一方どの様な衛星機器も検証は必要 で す。CO2や CH4を測る場 合、 その自 然変動は非常に小さく、CO2の季節変動 は 10 ~ 20ppm です。平均的な濃度が 380ppm の場合、数 % の変動ですから、 測定には 1% 以下の精度が必要で、地域 間の比較には更なる高精度が要求されま す。このため検証も高精度で行う必要が ありますが、これが可能なのは TCCON サイトだけです。近年、GOSAT の観測結 果は改善されてきていますが、それは衛 星・地上観測サイト間のフィードバックが あるからです。衛星の運用を通じて得ら れた多くの知見は導出手法の改善につな がり、それによって成果は益々良いもの になるのです。現在のところ、CO2と CH4 に関しては GOSAT 以上の衛星はありま せん。GOSAT は本当に必要なものです。 NASA の OCO*7は打上げに失敗しました し- OCO-2*8の成功を期待しますが-、 欧州の SCIAMACHY*9は運用を終えまし た。私が最重要と思うのは CO2と CH4の フラックスの定量化で、濃度測定も必要 ですが、最終的には吸収・排出の強度を 示すフラックスが必要です。 U:CO2フラックスを精度よく推定するに は、地域間のバイアスの差を把握する必 要があります。 N:その通りで、地域別のバイアスの把 握には、多数のサイトによる検証が必要 です。現場観測を行う測定機器は精度が 極めて高く、現在、世界中の多数のサイ トで長期観測が続いています。しかしそ の観測対象は地表付近の大気ですから、 そのデータを解釈しフラックスを得るに は大気の鉛直混合をどう取り扱うかが問 題になります。鉛直混合についての理解 は未だ不十分です。全カラム量測定の場 合、高度を考えずに気柱に含まれる全分 子を対象とするため、より簡単に考えるこ とができます。最近の成果によると、全 カラム量データがフラックス推定やその 精度向上に実際に役立つことが示されて います。今日の会議でも述べられたよう に、GOSAT データを利用することでフラッ クスの不確実性は 50% 低減しました。こ れこそが GOSAT の誇るべき成果であると 思います。勿論、他にも重要なことは多々 あって、例えば GOSAT は H2O を含む色々 な微量気体を測定しています。H2O の研 究には、その同位体の研究が欠かせま せん。HDO は GOSAT で測れますから、 H2O と HDO のデータを使えば、H2O がど こからどうやってきたかを知ることができ ます。 U:GOSAT の現状については、どう思わ れていますか。 N:観測機器類は殆ど完璧に稼働してい ますし、素晴らしいと思います。どんな 衛星にも問題はつきものですが、これ まで GOSAT はとても良く稼働していま す。是非、可能な限り長く動き、OCO-2、 GOSAT-2、 CarbonSat*10ほか、何であれ 次の衛星と運用が重なるようにして欲しい と思います。微量気体の長期的変動の研 究には、この重複運用が必要です。 M:GOSAT プロジェクトの現状について、 コメントや助言等ありましたら。 N:我々 PI との連絡はとても良いと思い ます。メールも頻繁に交換され WEB サイ トも有用です。質問にも GOSAT チーム がきちんと対応してくれるので助かります。 もう少し WEB サイトに英語のコンテンツ があれば、とは思いますが。 相川 ( 以下 A):GOSAT データを ACOS*11 サイトから入手する研究者もいるそうです。 N:そのようですね。それはそれで良い 事ではないでしょうか。日米には素晴らし い協力関係があります。OCO の打ち上げ が失敗した時、NASA のサイエンスチー ムは途方に暮れたことと思いますが、今 は GOSAT データを使って研究をしていま す。GOSAT 関係者がスペクトルデータを 外部に公開していることは実に立派なこと で、当たり前のことではありません。米国 だけでなく世界中の科学者の助けとなっ ています。複数の機関が GOSAT データ の研究に取り組み、互いに切磋琢磨する ことになれば、完璧と言えるでしょう。競 争があることは常に良いことです。競争 あればこそ、成果はより良い、より明快な、 よりオープンなものになるからです。 U:GOSAT-2 には何を期待されますか。 N:FTS が搭載されることを望みます。
*5 Total Carbon Column Observing Network ( 全炭素カラム量観測ネッ トワーク ) は、地上設置高分解能 FTS の観測網で、現在世界で約 20 カ所 の地点で観測が行なわれています。TCCON で導出された温室効果ガスの カラム平均濃度は、衛星による温室効果ガス観測の検証や炭素循環に関 する研究に活用されています。 *6 格子状のパターンで回折した光が最も強く干渉する位置が波長によっ て異なることを利用してスペクトルを観測する装置です。 *7, *8 OCO/OCO-2 については 2 頁 *2 をご覧ください。 *9 SCanning Imaging Absorption spectroMeter for Atmospheric CHartographY は ESA ( 欧州宇宙機関 ) の Envisat 衛星に搭載されたセン
サで、2002 年 3 月~ 2012 年 4 月の間、観測運用されました。
*10 Carbon Monitoring Satellite は、ESA の地球探査プロジェクトの一つ として採択されたドイツ・ブレーメン大学を中心に計画されている地球規 模での CO2 と CH4 濃度の測定を目的とした衛星で、2018 年に打上げ予 定です。
*11 ACOS については 2 頁 *1 をご覧ください。
*12 Conference Of the Parties( 締約国会議 ) の略。今回は気候変動枠 組条約 (Framework Convention on Climate Change, FCCC) のそれです (COP-FCCC)。
M:今後はどういった研究に取り組まれる 予定でしょうか。 N:細かいところは未定です。炭素循環 の分野には益々多くの研究者が参入して います。研究資金の総額は変わりません から、1 人あたりの額は減っていきます。 ですから次にどんなテーマが重要になる か注意しています。とは言え私のグルー プのテーマは、当分の間、衛星と関係し た地上からの分光観測だろうと思います。 地上観測装置と衛星の組み合わせは、今 なお有効です。大学では、研究のほかに 「物理ショー」もやっています。教育の 一環で沢山の実験を組み込んだ一般向け エンターテインメントです。楽しいですよ。 A:一連の COP*12会合に見られる様に、 炭素循環は政治的にも重要な事柄です。 教授ご自身はどうお考えでしょうか。 N:私が思うに最大の問題は、人類が 気候変動を真剣に捉えていないことです。 「人為由来の温室効果など無い」とい う人が特に米国で増えています。しかし 仮に CO2による人為由来の地球温暖化を 認めないとしても、危険な現状を示す数 字があります。過去 60 万年を通して CO2 濃度が 1ppm 変化するのに 200 年はか かりました。今は 1 年に 2ppm 増加して います。つまり過去の 400 倍の速さで事 態が進行しているのです。しかし地球は そんなに速く反応できません。大気、海洋、 陸域、氷からなる地球というシステムは 極めて複雑で、全てのプロセスやフィー ドバックを理解しているわけではありませ ん。今、人間がしていることは、どうい う終末を迎えるか誰も知らない実験を実 際の地球を使ってしているようなものです。 これはとても危険なことです。 M: 今 年 マ ウ ナ ロ ア の CO2濃 度 が 400ppm 越えを記録しました。 N:中国やインドなどの新興国も、我々と 同じ生活スタイルを享受する権利を持っ ています。中国はその人口の多さから総 排出量が多いですが、国民 1 人あたりの 排出量に換算すれば、中国は米国より遥 かに少ないのです。まずは高い生活水準 にある国々が、CO2排出の少ない生活ス タイルに変えることから始めるべきだと思 います。 A:ドイツは原子力発電を断念しました。 すべての発電所を 15 年で廃棄すると聞 いています。 N:はい。でも様子見が必要でしょう。政 治家は変わります ( 笑 )。数字は忘れまし たが、以前は「10 年くらいで停止したい」 と言っていました。今は既に「20 年くら い」に延びています。それが政治という ものです。 M:そうかもしれません。今日はありがと うございました。 N:こちらこそ。 分野 : データ利用研究
掲載誌 : Geophysical Research Letters
(Volume 40, pages 2829-2833, 2013)
題名 : Interpreting seasonal changes in the carbon balance of
southern Amazonia using measurements of XCO2 and chlorophyll fluorescence from GOSAT
( 和訳 : GOSAT による XCO2およびクロロフィル蛍光のデータを用いた 南アマゾン炭素収支の季節変動の解釈 )
著者 : N. C. Parazoo, K. Bowman, C. Frankenberg, J.-E. Lee, J. B.
Fisher, J. Worden, D. B. A. Jones, J. Berry, G. J. Collatz, I. T. Baker, M. Jung, J. Liu, G. Osterman, C. O'Dell, A. Sparks, A. Butz, S. Guerlet, Y. Yoshida, H. Chen, C. Gerbig
分野 : アルゴリズム・検証
掲載誌 : Journal of Geophysical Research
(Volume118, pages 4887–4905, 2013)
題名 : Impact of aerosol and thin cirrus on retrieving and
validating XCO2 from GOSAT shortwave infrared measurements
( 和訳 : GOSAT の短波長赤外観測における XCO2の導出および検証 に対するエアロゾルと薄い巻雲の影響 )
A. Kuze, T. Yokota, J.-F. Blavier, N. M. Deutscher, D. W. T. Griffith, F. Hase, E. Kyro, I. Morino, V. Sherlock, R. Sussmann, A. Galli, I. Aben
分野 : 校正
掲載誌 : Applied Optics
(Volume 52, pages 4969-4980, 2013)
題名 : Characterization and correction of spectral distortions
induced by microvibrations onboard the GOSAT Fourier transform spectrometer
( 和訳 : GOSAT 搭載 FTS の微小振動によるスペクトルの歪の特性評 価と補正 )
著者 : H. Suto, J. Yoshida, R. Desbiens, T. Kawashima, A. Kuze 分野 : データ利用研究
掲載誌 : Geophysical Research Letters
(Volume 40, pages 4098–4102, 2013)
題名 : First satellite measurements of carbon dioxide and
methane emission ratios in wildfire plumes
( 和訳 : 野火における二酸化炭素 /メタン放出率の衛星による初観測 )
著者 : A. N. Ross, M. J. Wooster, H. Boesch, R. Parker
PUBLISHED PAPERS
論文等発表情報
DATA PRODUCTS UPDATE
プロジェクトオフィスからのデータ処理状況アップデート
国環研 GOSAT プロジェクトオフィス 高度技能専門員 河添史絵
2013 年 7 月後半から 8 月のデータ処理状況をお知らせします。 FTS L1B は、7 月 11 日より V161.160 にバージョンアップされました ( 変更内容の詳細は、GUIG に掲載しているリリースノートをご覧くださ い)。FTS L1Bのバージョンアップに伴い、FTS L2 CO2/CH4 カラム量(SWIR) も V02.21 に変更する予定です。CAI L1B、L1B+、L2 雲フラグ、L3 全 球反射率、全球輝度、植生指数は V01.00 で、引き続き処理し公開して います。 また、2010 年の観測データより、V160160 と V161160 で FTS L1B の再処理を行っていますので、随時、公開していきます。 2013 年 8 月 29 日時点での一般ユーザの登録数は、1526 名となって います。 公開データの観測時期とバージョン 2013 年 8 月 30 日時点 2009/ 2010/ 2011/ 2012/ 2013/ 4 6 8 10 12 2 4 6 8 10 12 2 4 6 8 10 12 2 4 6 8 10 12 2 4 6 8 編集発行:GOSAT プロジェクトオフィス email: gosat_newsletter@nies.go.jp website: http://www.gosat.nies.go.jp/jp/newsletter/top.htm 住所: 〒305-8506 茨城県つくば市小野川 16-2 独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター GOSAT プロジェクトオフィス 国立環境研究所GOSAT PROJECT NEWSLETTER本ニュースレターは http://www.gosat.nies.go.jp/jp/newsletter/top.htm からダウンロードできます。 発行案内メーリングリストへ登録を希望される方は、 お名前、メールアドレス、ご希望の言語(日・英)を明記の上、 gosat_newsletter@nies.go.jp までご連絡下さい。 発行者の許可なく本ニュースレターの内容等を転載する事を禁じます。 国立環境研究所GOSAT PROJECT NEWSLETTER