障害者アスリートのパフォーマンス向上に伴う心理的変化−解釈学的現象学的分の試み− [ PDF
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(2) 表 1. 記録・パフォーマンス向上による心理的影響 生成されたカテゴリー. サブカテゴリー. 欠落感からの脱却. 日常生活動作の再獲得と向上・自体感・過去の感覚の再現. 身体的自己知覚の変化. 有能感・日常生活動作との相互作用. レクリエーションスポーツとの相違. 記録向上への欲求・結果に対するアンビバレントな気持ち・非日常感・ユーストレス . 身体への気づき. 障害の客観的評価・身体感覚の精緻化・感覚による動きの調整・身体的健康・健康 管理に対する意識. 新しい自分. 義足での動作の獲得・受傷前の自分との比較. 記録低下に対する不安. 練習できないストレス・対処行動の獲得・内発的に動機づけられたトレーニング. 義足への不満. イメージと現実の乖離・不安要素. 義足の多義性. 走るための道具・生活を支えてくれる身体の一部としての義足. とが明らかに特定された。また、特定の課題よりも、ス. 2) 治療・リハビリテーション期から現在に至るまでの心. ポーツ活動などによる動作の変化が日常生活動作の改. 理的変化. 善・向上により貢献し、個人の心理面にも大きく影響し ていることが示唆された。 まず、記録やパフォーマンスの向上を目指してトレー ニングの継続がみられ、それは体力の維持・向上に貢献 するだけでなく、日常生活動作の再獲得とパフォーマン. カテゴリーの生成過程において、 走る ことが下肢 切断者にとって大きな意味を持つことが分かった。そこ で 走る ことからもたらされる知覚について検討して いく。 治療リハビリテーション期において. 走る. ことは、. ス向上に伴う日常生活動作の向上や、過去の感覚の再現. 出来ていたことが出来なくなることから「欠落感」をも. から切断による「欠落感からの脱却」が知覚されること. たらすことが示された。これは、中途障害であることか. が見出された。身体課題に対する有能感や日常生活動作. ら「受傷前の自分と比較」され傷害をもった自分を明示. との相互作用から「身体的自己知覚の変化」がもたらさ. することからもたらされる知覚であると考えられる。加. れる。また、記録向上への欲求やユーストレスなどの「レ. えて、出来ていたことができないという知覚は、治療期. クリエーションスポーツとの相違」 、 パフォーマンス向上. における痛みや先の見えない不安も加わることで「今後. による「身体の気づき」は障害の客観的な評価や健康管. の自分への不安の象徴」となり、 「不完全」な自分という. 理への意識などをもたらしているようである。そして、. 否定的な自己知覚をもたらすのではないだろうか。多く. 義足による動作の獲得や受傷前の自分との比較から、. の研究が、社会化の程度が否定的な自己知覚をもたらす. 「新しい自分」が知覚される、などの身体的効果だけで. 要因のひとつであることを示していることから、 走る. なく心理的面への影響が考えられる。. ことが出来なくなった自分という評価は身体的なものだ. 一方でパフォーマンスが向上することで「記録低下に 対する不安」が生じる。 「義足への不満」を知覚するとい. けではなく、そのために今後様々な事柄に支障をきたす だろうという不安にも結びついていると考えられる。. ったネガティブな一面も見られる。とくに義足に関して. この時期、義足は固定しておらず、また障害を持った. は、障害の程度が大きく影響しており、さらに受傷以前. 身体を明示し、不自由な身体という身体的な不安を浮き. のスポーツ経験があるがゆえに 義足での走行イメージ. 彫りにするもので、否定的な自己知覚をもたらす大きな. と実際の動作の乖離 を感じていると考えられる。. 要素であることが示唆された。治療が進むにしたがい義. このような困難に本人が上手く対処できるようサポ. 足の適合・歩行動作の獲得がみられ、歩行動作の獲得は. ートすることで、本人の自己効力感がいっそう高まるだ. 比較的スムーズに行なわれ、日常動作の再獲得、そして. けでなく、日常的なストレス対処にも一般化していく可. 徐々に「行動範囲の拡大」へとつながり、 走る ことも. 能性があり自己知覚の変化に繫がっていくのではないだ. 現実味を帯びてくることが示された。. ろうか。また、 「義足の多義性」については、後述するこ ととする。. 競技スポーツへ移行する前の段階では、走ることはも はや否定的な自己知覚の象徴ではなく、 走る ことへの.
(3) 表 2.. 走る ことからみた心理的変化. 治療・リハビリテーション期 走るということ. 欠落感. 競技開始前 走れる自分. 現在. に対する安心. 欠落感からの脱却. 受傷前の自分との比較. 歩行スキルとの相乗効果. 自体感. 今後の自分への不安の象徴. 行動範囲の拡大. 義足への不満・ジレンマ. 快感情. 特別な時間. 社会的自己知覚の向上. 満足感・達成感 新しい自分との出会い 有能感. 障害の客観的な評価 不安要素 . 義足の捉え方. . 身体の一部 自分について. 不完全. 自己効力感は、他の切断者を観察することからもたらさ れるもので、運動実施による「快感情」や走行動作の獲 得などから構成される。 「有能感」は欠落感から徐々に脱. 道具として区別される 自信. 3. 心理的変化のプロセスと要素の関係性 最後に、歩行開始から現在に至るまでの知覚の変化に ついて検討する。. 却していることを示していると考えられる。この時期に. まず、義肢装具士との信頼関係が構築され、自分に合. もたらされる知覚は肯定的なものが多く、中でも、切断. った義足、それから義足歩行が獲得される。義足歩行が. 者同士のコミュニケーションを促進する役割としてのス. スムーズに行なえるようになると、生活も拡大し、体力. ポーツという面が強く知覚されるようだ。同じ切断者か. も向上する。また義足走行への移行や運動への欲求の発. ら問題への対処法の知識を得ることは、身体的効果より. 現がみられる。競技スポーツ参加に関しては、その機会. も、 「社会的自己知覚の向上」により貢献していることが. に対して積極的、あるいは能動的な態度が継続をもたら. 示唆された。. し、トレーニングを生活に取り込むことなどからも、身. 競技を開始すると、肯定的・否定的な知覚がともにも. 体的な効果が知覚され、身体的自己知覚の向上をもたら. たらされることになる。たとえば、 「快感情」の知覚とい. すと考えられる。また、競技スポーツでのパフォーマン. うよりはユーストレスや目標達成による「満足感・達成. スの向上は体力・義足の操作性の向上にも影響し主観的. 感」といった知覚へと変化している。競技参加は新たに. 感覚による動作の調整を可能にする。そして、日常生活. 競技用足部による走行動作を身に付け、取り込む過程で. への成果の般化が知覚されることから、表1で示したよ. あり、これまでの自分とは一線を画す生活が始まる。つ. うな様々な心理的効果が見られることが示唆された。. まり、トレーニングを行なうことで身体的な自己効力感 はさらに向上し、筋力・体力の向上は義足での走行パフ. そしてこれらの知覚が要素となって、全体としての自 己概念の改善・向上をたらしていると考えられる。. ォーマンスを向上させ、爽快感などを含む特別な時間と いう知覚をもたらしている。Greeenwood ら(1990)が. 5. まとめ. 指摘するように、身体課題への効力感は日常生活動作に. パフォーマンス向上による心理的変化として、ストレ. まで般化し、そして、新たな環境に適応している新たな. スや不安の低減、自己知覚の向上など様々なものが存在. 自分を知覚することで、 「欠落感からの脱却」はさらに進. することが明らかになった。そして、これらの心理的変. められるのではないかと考えられる。 「義足の捉え方」に. 化を要素として、自己概念の改善・向上や自己の再組織. 関しては、終始「不安要素」として知覚されていること. 化が見られることが示唆された。. が分かった。パフォーマンス向上、つまり義足の操作性. また、競技スポーツにおけるパフォーマンス向上に伴. が向上することは、義足の身体化を促進し、「身体の一. い義足や身体面への意識が高まり、主観的感覚による動. 部」であるという知覚をもたらす。一方、足部の交換、. 作の調整が可能になることは、身体的自己知覚の向上の. メンテナンス、歩行とは異なる動作を強いることから走. 一側面となるかもしれないという、これまでの研究とは. るための「道具」としても知覚され、多義性を持つもの. 異なる視点からの知見が見出された。さらに、 走る と. となってくると考えられる。. いうことは、 下肢切断者にとって特別な感情をもたらし、.
(4) 歩行から始まるパフォーマンスの変化に伴い自己知覚も. 6. 主要引用文献. 変化していくことが示された。そして、下肢切断者の競. 榎本博明(1998): 「自己」の心理学−自分探しへの誘. 技スポーツにおけるパフォーマンスの向上は肯定的・否 定的知覚をもたらすが、それらはともに自己概念の改 善・向上に貢献すると考えられる。 全体を通して中途身体障害を負ったことで、これまで の自己は解体され、歩行から走行へ、特に競技における. い−. サイエンス社. 南風原朝和, 市川伸一, 下山晴彦(編) (2001): 心理学 研究法: 調査・実験から実践まで.東京大学出版会. 河合優年(2003): システムとしての発達を考える. ベ ビーサイエンス, 3 : 2-7.. パフォーマンスの向上は自己の再組織化へ影響している. Murray CD (2004) : An interpretative phenomenological. ことが示唆された。受傷後に経験された、これまでとは. analysis of the embodiment of artificial limbs. Disability. 異なった様々な知覚から、受傷以前の自己への回帰では. and Rehabilitation, 26(16) : 963-973.. なく、自己を変化させながら義足を取り込んだ新しい身 体から再組織化していると考えられる。 本研究から得られた知見はそれぞれが独立して自己概 念の改善・向上や自己の再組織化に向かっているわけで. 7. 主要参考文献 Amedeo PG(藤田千鶴子訳) (2004): 現象学的運動と人 間科学的研究. 看護学研究, 37(5) : 379-392.. はない。切断によってもたられた否定的な知覚は、そこ. Asken, M.J (1991) : The challenge of physically challenged:. から脱却すべく様々な行為や行動を生み出していると捉. Delivering sport psychology services to physically disabled. えることが出来る。そして、生み出された行為や行動は. athletes. The Sport Psychologist, 5 : 370-381.. 切断者に新たな知覚をもたらし、相乗効果あるいは相互. Blinde EM.,. & McClung LR( 1997) : Enhancing the. 作用によって、循環的に自己知覚を改善していくと考え. physical and social self through recreational activity:. られる。. Accounts of individuals with physical disabilities. Adapted. これまでの研究では、結果のみに焦点を当て、どのよ. physical activity quarterly. 14 : 327-344.. うな要素が心理面に影響しているのか、そのプロセスは. Blinde EM. & Taub DE(1996) : Personal empowermwnt. 重視されてこなかった。本研究は質的アプローチを選択. through sport and physical fitness activity: Perspectives. したことで、複雑で多様な背景をもつ中途下肢切断によ. from male college students with physical and sensory. る義足使用者の近くを丁寧にたどったことで、少人数で. disabilities. Manuscript submitted for publication. Southern. はあるが量的アプローチからは得られない多くの知見を. Illinois University, Carbondale.. 得ることが可能となった。障害を持ったアスリートとい. Friedmann LW (1978) : Psychological rehabilitation of the. うこれまであまり目を向けられることのなかった領域に. amputee, Charles C. Thomas Publisher. Springfield, Illinois.. 採光し、詳細な記述を行なったことは現場に何かしらの. 長崎浩(2004): 動作の意味論. 雲母書房.. 有用な知見を提供できると考える。ただし、現象を把握. 佐々木正人(2001): 物と行為を一体に記述する試み−. するために現象学を基盤とした IPA という分析を用いた. 靴下履きの場合−.(特集)リハビリテーションとアフォ. ことは、因果関係の説明を求めない。そのため、研究デ. ーダンス発達,22 : 2-8.. ザインによって現象を記述するにとどまっている。今後. U, フリック著. 小田博志, 山本則子, 春日常, 宮地尚子. は生成されたカテゴリーに基づき、第一にサンプル数を. 訳 (2002) : 質的研究入門 : <人間の科学>のための. 増やし、仮説生成を目指した研究デザインを用いてさら. 方法論. 春秋社.. に調査を進めていくことで、障害者スポーツの現場によ り有用な知見を提供することができると考える。 第二に、 生成された仮説と本研究の知見から、他の障害との比較 を行なうことで、障害の種類に特有の特徴を抽出してい く必要がある。最後に、これらの研究結果をもとに量的 アプローチと質的アプローチのトライアンギュレーショ ンを視野に入れた介入研究を行なうことで、さらに詳細 な現象の把握を行ない、障害者の QOL 向上を目指した サポートやプログラムの作成の一助としていきたい。.
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