博 士 ( 地 球 環 境 科 学 ) 能 條 歩
学位論文題名
Paleoenvironmental changeslnlateNeogenetO earlyQuaternaryinSOuthWeSternHOkkaidO
,
Japan−AStratigraphiCal ―miCropaleont010giCaleluCidation ―
(西南 北海道における新第三紀後期から第四紀初頭に
、おけ る古環境変遷―層位学的・微古生物学的解明ー)
学位 論文内容の要旨
西南北海道の渡島半島地域には,日本海形成に関係する一連の活動により堆積した新第 三系.第四系が広く分布する.これらは長尾・佐々(1933)により,下位から福山層・吉岡 層・訓縫層・八雲層・黒松内層・瀬棚層と命名され,今日まで標準層序としてその名称が 使用されている.これらの地層を形成した堆積盆は,鮮新世後期(約300万年前)頃から 起こった差別的な構造運動によって分断・縮小し,最終的に中期更新世(約80万年前)
以降には完全に陸化して消滅した.したがって,この地域の地形形成の過程や環境変遷を 考える上では,現地形形成開始の直前に堆積した鮮新世後期から更新世にかけての地層が 特に重要な研究対象のーっといえる・
本地域の鮮新―更新統は上記のうちの黒松内層と瀬棚層であるが,これまで両層の層位 学的関係は整合か不整合かが暖味で,堆積年代も特定されておらず,存在が予想される汎 世界的氷河性海水準変動に関する報告もなされていなかった.すなわち,鮮新世以降(約 500万年前から)については,水深や水温あるいは堆積場の変化などの古環境変遷につい て具体的な情報が不足していた・
北海道周辺海域は,現在のような間氷期であってもなお冷涼な気候下にあり,海域にお ける暖流系生物の数は非常に少ない.しかし,これまで報告されている化石記録には断片 的に暖流系生物化石が報告されている.そこで,その産出状況を時間軸に添って確認でき れば,暖流系化石の産出を環境変動のシグナルとして認識できる可能性が高いと考えられ る.このシグナルを検知する上で,暖流系種の生息がまれな北海遭周辺地域は最適の フイールドとぃえる,
そこで本研究では,このような問題意識から,特に黒松内層と瀬棚層について詳細な層 位学的調査を行い,火山岩類の放射年代測定や珪藻および石灰質ナンノ化石による生層序 学的検討により堆積年代を特定し,さらに有孔虫化石を主とする微古生物学的検討により 古環境変遷を示すとともに,瀬棚層を特徴づける貝殻集積層の形成機構を検討して以下の 結論を得た.
l. 西南 北海 道に 広く 分布 する黒 松内層は,下位の八雲層とは整合漸移関係にあり,上位 の 瀬棚 層と は傾 斜不 整合 関係 にあ る. 本層 が典 型的 に露出 する今金―上八雲地域にお い ては ,下 部か ら住 吉シル ト岩 部層 ・サ ック ルベ ツ火 砕岩 部層 ・奥 沢砂 岩部 層に3分 さ れ る . 奥 沢 砂 岩 部 層 は 岩相 的 に 類似 する ため 瀬棚層 に含 めら れて いた が, 本研 究 で ,瀬 棚層 が奥 沢砂 岩部 層を 明瞭 な傾 斜不 整合 で覆 うこと を確認したため,奥沢砂岩 部 層は 黒松 内層 に含 める べき であ るこ とが 明白 とな った. その結果,黒松内層と瀬棚 層 はど の地 域で も傾 斜不 整合 関係 にあ ると 結論 され た.こ のことは,黒松内層と瀬棚 層 の堆 積盆 が異 なる もの であ り, 両層 の堆 積時 期の 間には 大きなギャップが存在する こ とを 示す .ま た, 黒松内 層の 堆積 期間 は鮮 新世 初頭 (約500万 年前 )か ら前 期更 新 世 ( 約140万 年 前 ) ま で で あ り , そ の 時 の 古 水 深 は 中 部漸 深 海 帯( 約700m以 深) で あった.
2. 北海 道の 第四 紀に おけ る最大 海進 期で ある 瀬棚 期は ,2つ の海進ステージに区分され る . 第1ス テ ー ジ は 約120万年 前 に 開始 した 内部 浅海帯(0‑45m) 程度 の浅 海で ,現 在 の オホ ーツ ク海 やべ ーリ ング 海に 棲む よう な軟 体動 物や海 牛類などの寒流系動物群集 で 特徴 付け られ る. 第2ステー ジは100万年 前頃 に始 まり, 海は急速に拡大・深化し時 に 水深150mを超 えた が,60‑40万年 前に は陸 化し てこの 海進 は終 了し ,西 南北 海道 周 辺はそれ以後はほぼ現地形と同様の海陸分布となった.
3. 第2ス テー ジの95‑85万 年前頃 の堆 積物 を7つの ユニ ットに 分けて検討し,それらが氷 河 性海 水準 変動 に起 因す る海 進・ 海退 サイ クル であ ったこ とを見出した.そして,こ の 時の 水深 が50から 百数十m前 後の 間で 変化 した ことや , 古対 馬 暖流 の影 響を 受 け てい たこ とな どを 明ら かに した .こ の時 期の サイ クルは ,海域での研究から氷河性 海 水準 変動 によ ると され てお り, 国内 から は未 報告 のもの であったが,生層序学的に 酸素同位体ステージ21に対比された.
4. 上述 のサ イク ル中 の貝 殻密集 層において,有孔虫の群集解析を軟体動物の群集解析と 組 み 合 わ せ る こ と で ,Kidwell(1991) が 示 し た4つ の 貝 殻 密 集 層 タ イ プ の う ち,
event‑concentration,condensed concentration,lag‑concentrationの3種類の貝殻密集層 が あ る こ と を 識 別 し , 本 サイ ク ル 中 に 海 進 に 伴 う 急 速 な 深 化 によ る2回 のコ ンデ ン セ ーシ ョン (堆 積速 度の 著し い低 下現 象) があ った ことを 示した.この有孔虫化石と 軟 体動 物化 石と を組 み合 わせ た解 析手 法は ,他 の貝 殻密集 層の成因の特定についても 非常に有用な手法となり得る.
5. 貝 殻密 集層 中の 有孔 虫に よる 古水 深の 見積 り(150m前 後) と軟 体動 物に よる 見積 り (潮 下帯 一30m前 後) に見ら れる食い違いは,有孔虫の方が軟体動物に比べて解析解 像 度が 高い こと に起 因し ,そ れら の検 討か ら, 古水 深の急 激な変化に伴ってそれぞれ 異 なる 水深 で堆 積し た有 孔虫 と軟 体動 物が 混在 する 貝殻密 集層があることを新たに示 した.このことから,このようなタイプの貝殻密集層中には異なる生物種間でのタイ ム アベ レー ジン グ( 複数 の時 期の 化石 の混 在) があ ること ,有孔虫化石の解析により それを時間軸に添って展開・復元できることがわかった.
西南北海道周辺の鮮新―更新世の古環境変遷に関する以上の結論は,これまで日本では 報 告され てい なか った 時期の氷河性海水準変動の様子を1万年以下のオーダーで示すとと もに,現在のこの地域の海陸分布の形成につながる基本的な地質学的情報を提供したもの
である.また,本研究に用いられた微古生物学的な手法は,今後他の地層への応用が広く 期待されるものであり,今後こうした研究手法により100万年前以前の過去の古環境変遷 についてもより詳細な検討が可能となると考えられる.
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教 授 教 授 助 教 授 教 授
大 場 南 川 長谷JII 山 口
忠 道 雅 男 四 郎
義 寛 ( 北 海道 教 育 大 学 岩 見沢 校 )
学位論文題 名
Paleoenvironmental changeslnlateNeogenetO earlyQuaternarylnSOuthWeSternHOkkaidO
,
Japan―AStratigraphiCal ―miCropaleontologiCaleluCidation ―
(西南北海道における新第三紀後期から第四紀初頭に
おける古環境変遷―層位学的・微古生物学的解明―)
西南北海道の渡島半島地域には,日本海形成に関係する一連の活動により堆積した新第三系 一第四系が広く分布する.これらは長尾・佐々(1933)により,下位から福山層・吉岡層・訓縫 層・八雲層・黒松内層・瀬棚層と命名され,今日まで標準層序としてその名称が使用され続け ている.これらの地層の堆積盆は,鮮新世後期(約300万年前)頃から起こった差別的な構造 運動によって分断・縮小し,最終的に中期更新世(約80万年前)以降には完全に陸化して消滅 した.したがって,この地域の地形形成の過程や環境変遷を考える上では,現地形形成の直前 に堆積した鮮新世後期から更新世にかけての地層が特に重要な研究対象のーっといえる.
本地域の鮮新ー更新統は上記のうちの黒松内層と瀬棚層であるが,これまで両層の層位学的 関係は整合か不整合かが曖昧で,堆積年代も特定されておらず,存在が予想される汎世界的氷 河性海水準変動に関する報告もなされていなかった.したがっで,鮮新世以降(約500万年前 から)については,水深や水温あるいは堆積場の変化などの古環境変遷について具体的な情報 が不足していた.
北海道周辺海域は,現在のような間氷期であってもなお冷涼な気候下にあり,海域における 暖流系生物の数は非常に少ない.しかし,これまで報告されている化石記録には断片的に暖流 系生物化石が報告されているため,その産出状況を時間軸に添って確認できれば暖流系化石の 産出を環境変動のシグナルとして認識できる可能性が高い.このシグナルを検知するには,暖 流系種の生息がまれである地域が望ましいため,北海道周辺はこれに最適のフイールドといえ る.
申請者は,このような問題意識から,特に黒松内層と瀬棚層について詳細な層位学的な調査 を行い,火山岩類の放射年代値や珪藻化石や石灰質ナンノ化石の生層序学的検討により堆積年 代を特定し,有孔虫化石を主とする微古生物学的な検討や酸素同位体比などの検討により古環
暁変遷を示すとともに,瀬棚層を特徴づける貝殻集積層の形成機構を検討して以下の結論を得 セ.
1.西南北海道に広く分布する黒松内層は,下位の八雲層とは整合漸移関係にあり,典型的 に露出する今金―上八雲地域においては,下部から住吉シルト岩部層・サックルベツ火砕岩部 層・奥沢砂岩部層に3分され,上位の瀬棚層とは傾斜不整合関係にある.岩相的に類似するた め奥沢砂岩部層が瀬棚層と認識されていた地域では,両層の関係が整合関係であるとされてい たが,本研究でその奥沢砂岩部層の上を傾斜不整合関係で瀬棚層が覆っていることを確認した ため,奥沢砂岩部層は黒松内層に含めるべきであることが明白となった.したがって,黒松内 層と瀬棚層はどの地域でも傾斜不整合関係にあるといえる.このことは,黒松内層と瀬棚層の 堆積盆が異なるものであり,両層の堆積期間には大きなギャップが存在することを示す.ま た,黒松内層の堆積期間は鮮新世初頭(約500万年前)から前期更新世(約140万年前)まで で あ り , そ の 時 の 古 水 深 は 中 部 漸 深 海 帯 ( 約 700m以 深 ) で あ っ た . 2.北海道の第四紀における最大の海進期である瀬棚期は,2つの海進ステージに区分され る.第1ステージは約120万年前に開始した内部浅海帯(O―45m)程度の浅海で,現在のオホー ツク海やべーリング海に棲むような軟体動物や海牛類などの寒流系動物群集で特徴付けられ る.第2ステージは100万年前頃に始まり,海は急速に拡大・深化し時に水深150mを超えた が,60−40万年前には陸化してこの海進は終了し,西南北海道周辺はそれ以後はほぼ現地形と 同様の海陸分布となった.
3.第2ステージの95−85万年前頃の堆積物を7つのユニットに分けて検討し,氷河性海水準 変動に起因する海進・海退サイクルがあったことを見出した.そして,この時水深が50から百 数十m前後の間で変化したことや,表層水温が約15−20℃,海底水温が5−8℃前後で変動した ことを酸素同位体比の変動などから復元し,浮遊性有孔虫の産出状況などをも考慮して 古対 馬 暖流の影響を受けていたことを明らかにした.このサイクルは,これまで日本では氷河性 海水準変動が未報告の時代であり,生層序学的に決定された年代に基づいて酸素同位体ステー ジ21に対比された.
4.上述のサイクル中の貝殻密集層において,有孔虫の群集解析を軟体動物の群集解析と組 み合 わ せ る こ とで,Kidwell(1991)が示 した4つ の貝 殻密 集層 夕イプ のう ち,event‑
concentration,condensed concentration,lag―concentrationの3種類の貝殻密集層がある ことを識別し,本サイクル中に海進に伴う急速な深化による2回のコンデンセーション(堆積 速度の著しい低下現象)があったことを示した.この有孔虫化石と軟体動物化石とを組み合わ せた解析手法は,他の貝殻密集層の成因の特定についても非常に有用な手法となり得る.
5.貝殻密集層中の有孔虫による古水深の見積り(150m前後)と軟体動物による見積り
(潮下帯―30m前後)に見られる食い違いは,有孔虫の方が軟体動物に比べて解析解像度が高 いことに起因し,それらの検討から,古水深の急激な変化に伴ってそれぞれ異なる水深で堆積 した有孔虫と軟体動物が混在する貝殻密集層があることを新たに示した.このことから,この ようなタイプの貝殻密集層中には異なる生物種間でのタイムアベレージング(複数の時期の化 石の混在)があること,有孔虫化石の解析によりそれを時間軸に添って展開・復元できること がわかった.
以上のように示された西南北海道周辺の鮮新一更新世の古環境変遷は,これまで日本では報 告されていなかった時期の氷河性海水準変動の様子を1万年以下のオーダーで示すとともに,
現在のこの地域の海陸分布の形成にっながる基本的な地質学的情報を提供したものである.ま
た,申請者が提示した微古生物学的な手法は,他の地層への応用が広く期待されるものであ り,今後こうした研究手法により100万年前以上の過去の古環境変遷についてもより詳細な検 討が可能となることが示された・
申請者が本論文をまとめるにあたっておこなった精力的かつ広範囲にわたる野外調査や,そ れにより得られた多くのデータの解析および古生物学的な研究手法の開発などは高く評価でき るものである.また,得られたデータの公表にも積極的であり,これまでも多くの学会発表や 論文の執筆に取り組んでおり,独立した研究者として今後も高い能カを発揮することが期待さ れている.審査員一同は,これらの成果とその研究姿勢を高く評価し,大学院課程における研 鑽や取得単位等ともあわせ,申請者が博士(地球環境科学)の学位を受けるのに十分な資格を 有するものと判断した.