博士(生命科学) 川森 愛 学位論文題名
Study of decision making in birds: differentiatlonof riSkSenSitiVityunderinter― SpeCieSreSOurCeCOnlpetltion ( 鳥 類 の 意 志 決 定 に 関 す る 研 究 : 種 間 資 源 競 争 に お け る り ス ク 感 受 性 の 分 化 )
学位論文内容の要旨
【序論】
本学位論文は三章から構成される,第一章では 本論文の中心課題であるりスク感受性の 問題について概要を説明する,第二章ではヒヨコ を用いてりスク感受性を調べ,新たな統 計解析手法を開発した結果を論じる.この手法に より,複数の条件を統合してより信頼性 の高い解析を行うことが可能となった.第三章で はシジュウカラ科三種のりスク感受性を 比 較 し た . そ の 結 果 か ら , リ ス ク 感 受 性 の 意義 につ いて 新た な側 面か ら議 論す る.
【第一章】リスク感受性研究の問題点
自然界において,どの餌がどこにあるのかを採餌者が完 全に把握することは難しい,そ の ため採餌者が見っける餌の量や所在は常に変動し,期待した餌は必ずしも手に入らない,
そ のような環境における最適な採餌とはどのようなものだ ろうか?最適採餌の理論研究は 確 率的変動のない,決定的世界を仮定するところから始まった,Charnov(19 76)は長期利 益率(採餌量/採餌時間)を最大化する採餌戦略を数理的に求め,利潤率(量/処理時間)の良 い 餌のみを採るのが最適戦略であることを見っけた(diet menu model).確率的変動を考慮 し な いこ のモ デル では 期待 値の みで 選択 が決 まる .例 えぱ確率p=1/2で0または4個が得 ら れる餌は,期待 値である2個が確実に得られ る餌と同じように選ぱれ,選好性は現れな い .Caraco et al. (1980)はメキシコユキヒメドりを用いて実験を行い,確実な餌への選好 性 があること,そしてその選好性が鳥のエネルギー状態依存的に変化することを発見した,
そ のような選好性はりスク感受性と呼ぱれ,確率的変動(リスク)を含む選択肢を好む性質 は りスク志向,嫌う性質はりスク回避と呼ぱれる.Caracoらは絶食時間と餌を与える間隔 を 変えることで烏のエネルギー状態を操作した,単位時間 あたりのエネルギー獲得量がエ ネ ルギー消費量を上回る場合,烏はりスク回避となり,逆 に下回る場合はりスク志向を示 し た.Stephens(1981)は単純 な数理モデルを作成し,このようなりスク感受性の変化によ っ て餓死確率が最小となることを示した(energy budget rule).その後,モデルはより現実 に近づくよう改良され,diet menu modelや採餌の制約(時間制限,捕食者による妨害など)
が 組み込まれたが,依然energy budget ruleは成り立っこ とが確かめられた.これらの理 論 研究と同時に実証研究も進み,多様な系統の動物が一般 的にルスク回避を示すことが分 か った,さらに,エネルギ一状態を操作した多くの実験で は,飢餓に近づけるとりスク志 向が現れることが観察され,数理モデルの正当性が裏付けられた.
このように一般的にりスク回避が適応的であるといわれ ている一方で,種問競争を考え た 場合,同所的に共存している種が互いにりスク回避であ るとは考えにくい.競争排除原 理(Gause 1934)によれば,同所的に生息する種はニッチを 共有できず,種問で食性を違え ね ばならない.リスク回避の性質をもつ種はりスクのない 餌を優先して利用するので,食 性 を違えるためには競争種と異なるりスク感受性を持つ方 が適応的な場合も考え得る.そ こ で本論文は種間でりスク感受性を違えることで食物資源 を食い分けし,共存している可 能性を検証した.
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【 第 二 章 】 統 計 手 法 の 開 発 一 二 ワ ト IJ雛 を 用 い た り ス ク 感 受 性 実 験 種間比 較を行 うにあた って,複 数の条 件で測定 した結果を統計的に統合して扱うことが できれ ぱ,信頼 性の高 い解析が 行える .そこで ,本章では階層ベイズモデルを用いた統計 手法を 開発した .まず ,行動滴 定と呼 ぱれる実 験手法でニワトリ雛のりスク感受性を調べ た.リ スクのあ る餌場 とりスク のない 餌場を二 者択一で選択させた.リスクのある餌場は 0粒 または10粒 の粟を 等確率(p 0.5)で供給した.その期待値は5粒である.一方,リス クのな い餌場の 餌量は 雛の選択 によっ て変えた .雛がりスクのない餌場を多く選択したな らば, 餌量を減 らした .反対に ,リス クのない 餌場を選択しなけれぱ,餌量を増やした.
初期値 の異なる 二群を 用意して ,選択 の釣り合 う平衡点を探した.この行動滴定の過程で は餌量 が様々に 移り変 わるため ,従来 の統計手 法での解析は難しい.階層ベイズモデルを 用いて ,リスク のある 餌場の主 観的価 値を推定 した.結果,リスクのある餌場の価値は約 2.1粒 と 推定 さ れ た.行動 データ から得ら れた平 衡点は約2.5粒 であり, よくー致 してい た . ど ち ら の 値 も 期 待値5粒 より 低 い ので , 雛 はり ス ク 回避 で あ るこ と が 示 され た ,
【 第 三 章 】 リ ス ク 感 受 性 と 食 性 の 関 係 一 シ ジ ュ ウ カ ラ 科 三 種 の 野 鳥 を 用 い た 実 験 野外よルシジュウカラ科の同所性近縁烏種(シジュウカラ,ハシブトガラ,ヤマガラ)を 捕 獲し,飼 育下で りスク感 受性を 調べた. これらの 烏は冬季には混群を形成し,採餌競争 が 起こって いると 考えられる.実験はミルワーム切片を餌として,四種類の報酬(p 1で1 個 ,p=lで3個,p= 2/3で3個,p=l/3で3個)を 用意した .二者 択一の総 当たり (6通 り)
で 選好性を 調べた 結果,量 に基づ く選択や 確率に基 づく選択では種間で違いはみられず,
リ スクに基 づく選 択でのみ 種間差 がみられ た.6通りの 選択実験 により 得られたデ一夕を 統 合し,階 層ベイ ズモデル からり スクのあ る報酬の 主観的価値を推定した.結果,シジュ ウ カ ラ ,ハ シ ブ卜 ガラは りスク志 向,ヤマ ガラで はりスク 回避で あること を発見 した.
次に,三種の食性を調べるため,食物利用・食物選好性のニつの指標を用いた,(i)食物 利 用:野鳥 を用い た安定同 位体比 解析から 野外での 食物利用を調べた.動物体組織の安定 同 位 体813C及び815N含有 量は食べ た餌の 安定同位 体比を反 映する ことが知 られて いる.
餌 となる動 植物の 安定同位 体含有 量を調べ ることで ,食物利用の割合を推定することがで き る.血液 を用い て解析を 行った 結果,ど の種も雑 食性ではあるものの,シジュウカラ,
ハシブトガラは昆虫食の傾向が強く,ヤマガラは植物食の傾向が強いことがわかった.(ii) 食物選好性:リスク感受性実験に用いた飼育個体で,昆虫(ミルワーム)と種子(ヒマワリ)
の 間の食物 選好性 を調べた .行動 滴定法を 用い,ヒ マワル1粒に 対して 釣り合うミルワー ム の量を求 めた. 結果,シ ジュウ カラ,ハ シブトガ ラはミルワームに高い価値をおき,少 な い量で釣 り合う のに対し ,ヤマ ガラはヒ マワルに 高い価値をおき,釣り合うのに多くの ミ ルワーム を必要 とした. この結 果は安定 同位体比 解析と矛盾しない.さらにべイズモデ ル から食物 選好性 とりスク 感受性 の関係を 個体毎に 調べた.その結果,昆虫を好むシジュ ウ カラ,ハ シブ卜 ガラほど りスク 志向であ り,種子 を好むヤマガラほどりスク回避である 相 関関係が 検出さ れた.こ れらの 結果は, リスク感 受性を違えることで食物資源の食い分 けをしているという先の仮説に合致する.
【考察 】
リスク 感受性 と動物の エネルギ ー状態 の関係については数理・実証両面から多くの研究 がなさ れ,理論 として 確立され つっあ る.その 一方で,ルスク感受性の程度の強さ,リス ク感受 性と繁殖 との関 係など, 未解決 な問題も 残されている.本学位論文では,リスク感 受性と 食性の間 に相関 関係があ ること を示した .Wight&Radfbrd(2010)が食性分化の背 後にり スク感受 性の違 いがある 可能性 を示唆し ているものの,実際に証拠となるデータを 示した のは本論 文が初 めてであ る.た だし,本 諭文でみられた相関関係が動物種間の直接 競争の 結果であ るかど うかはま だ分か らず,さ らなる研究によって確かめる必要がある.
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学位論文審査の要旨
主査 教授 松島俊也 副査 教授 水波 誠 副査 准教授 相馬雅代
副査 教授 上田恵介(立教大学大学院理学研究科)
学 位 論 文 題 名
Study of decision making in birds: differentiation of risk ●
sensitivity under inter− specleSreSOurCeCOmpetition ( 鳥 類 の 意 志 決 定 に 関 す る 研 究 : 種 間 資 源 競 争 に お け る り ス ク 感 受 性 の 分 化 )
近年、行動経済学に関する研究が注目されている。ミク口経済学と心理学との境界領域とし て 発展し、2003年のノーベル経済学賞はこの分野に授与さ れた。リスク感受性はその中心 課 題のーつとして1990年前後より関心を集めて来た。しか し生物学に目を向けると、動物 の 示すりスク感受性は既に1980年前後より、理論・実験・ 野外観察の多様な局面で精力的 な研究の蓄積を見出すことができる。現在では、動物とヒトの意思決定問題は統合を深め、更 に 近 年 の 神 経 経 済 学 の 勃 興 を 契 機 と し て 、 ひ と つ の 学 問 分 野 に な り つ っ あ る 。 本論文はこのような現況にある意思決定問題に対して、鳥類を対象とした行動実験を行い、
統計学的解析手法を新たに開発したものである。資源競争のもとにある近縁種の間でりスク感 受性が食性と相関しつつ分化している事、特にハシプトガラ・シジュウカラの二種が著しいり スク選好性を示す事、が中心的な発見である。
(1)統計手法の開発―二ワ卜リ雛を用いた行動解析
種間比較を行うに、あたって、複数の条件で測定した結果を統計的に統合して扱う必要が生じ る。そこで、階層ベイズモデルを用いた統計手法を開発した。まず行動滴定によりニワ卜リ雛 のりスク感受性を調べた。リスクのある餌場とりスクのない餌場を二者択一で選択させた。前 者は0粒または10粒の粟を等確率(舮0.5)で供給した。その期待値は5粒である。後者の餌 量をゆっくりと変化させ、両者の平衡点を探した。諸条件が時間と共に移り変わるため、また 学習率など未知の変数も多いため、従来の統計手法は適用できなしゝ。そこで階層ベイズモデル を用いて、リスクのある餌場の主観的価値を推定した。その結果、リスクのある餌場の価値は 約2.1粒と推定された。これは期待値5粒より低く、雛はりスク回避であることが確認された。
(2)ルスク感受性の進化と食性―シジュウカラ科三種の種間比較
野外よルシジュウカラ科の同所性近縁鳥種(シジュウカラ、ハシブトガラ、ヤマガラ)を捕 獲し、飼育下でりスク感受性を調べた。これらの鳥は冬季には混群を形成し、資源競争が起こ っていると考えられる。 実験はミルワーム切片を餌として、四種類の報酬(p=lで1個、p‑l で3個、p=2/3で3個、ザ1/3で3個)を用意した。二者 択一の総当たり(6通り)で 選好性を 調べた結果、量に基づく選択・確率に基づく選択には種問で違いはみられず、リスクに基づく
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選 択 で の み 種 間 差 が み ら れ た 。6通 り の 選 択 実 験 に よ り 得 ら れ た デ ー タ を 統 合 し 、 階 層 ベ イ ズ モ デ ル か ら り ス ク の あ る 報 酬 の 主 観 的 価 値 を 推 定 し た 。 そ の 結 果 、 シ ジ ュ ウ カ ラ 、 ハ シ ブ ト ガ ラ は り ス ク 志 向 、 ヤ マ ガ ラ で は り ス ク 回 避 で あ る こ と を 発 見 し た 。 次 に 、 三 種 の 食 性 を 調 べ る た め 、 食 物 利 用 ( 血 液 の813C及 び815N含 有 量 ) ・ 食 物 選 好 性 ( 種 と 虫 の 二 者 択 一 行 動 ) の ニ つ の 指 標 を 調 べ た 。 血 液 の 分 析 か ら 判 明 し た 食 物 利 用 は3種 で 分 化 し 、 シ ジ ュ ウ カ ラ ・ ハ シ ブ 卜 ガ ラ が 動 物 食 に 偏 る の に 対 し 、 ヤ マ ガ ラ は 植 物 食 に 偏 っ て い る 事 が 判 明 し た 。 他 方 、 行 動 実 験 か ら 判 明 し た 食 物 選 好 性 も 同 様 に 分 化 し 、 シ ジ ュ ウ カ ラ ・ ハ シ ブ ト ガ ラ が ミ ル ワ ー ム に 高 い 価 値 を 置 く の に 対 し 、 ヤ マ ガ ラ は ヒ マ ワ り に 高 い 価 値 を 置 く 事 を 見 出 し た 。 さ ら に 食 物 選 好 性 と り ス ク 感 受 性 の 関 係 を 個 体 毎 に 調 べ た 。 そ の 結 果 、 昆 虫 を 好 む 個 体 ほ ど ル ス ク 志 向 で あ り 、 種 子 を 好 む 個 体 ほ ど り ス ク 回 避 で あ る と い う 量 的 関 係 が 検 出 さ れ た 。 こ れ ら の 結 果 は 、 リ ス ク 感 受 性 を 違 え る こ と で 食 物 資 源 競 合 を 回 避 し て い る と い う 仮 説 に 合 致 す る 。 ヤ マ ガ ラ は 優 先 種 と し て 植 物 資 源 ( リ ス ク は 低 い ) を 独 占 的 に 利 用 し 、 シ ジ ュ ウ カ ラ ・ ハ シ ブ ト ガ ラ は ヤ マ ガ ラ の 利 用 し な い 動 物 ( リ ス ク は 高 い ) に 甘 ん じ る 事 に よ り 、3種 は 混 群 を 維 持 し 、 対 捕 食 者 ( 猛 禽 な ど ) 戦 略 の 適 応 度 を 得 て い る と 考 え ら れ る 。
従 来 の 研 究 で は 、 ヒ ト ・ 動 物 ( 昆 虫 ・ 鳥 類 ・ 哺 乳 類 ) に お い て 、 ほ ぼ 例 外 な く り ス ク 回 避 性 が デ フ ォ ル ト の 行 動 特 性 で あ る と さ れ て き た 。 リ ス ク 選 好 性 は 、 エ ネ ル ギ ー 保 持 量 に 依 存 し て り ス ク が 適 応 的 に な る 文 脈 に お い て の み 、 一 時 的 に 発 現 す る と 考 え ら れ て き た 。 本 研 究 は 、 種 間 の 資 源 競 争 を 背 景 と し て 、 繁 殖 群 集 ( 種 ) の レ ベ ル で り ス ク 選 好 性 が 進 化 す る こ と を 示 し た も の で あ る 。 生 物 学 ・ 生 態 学 の 枠 を 超 え 、 意 思 決 定 研 究 全 般 に 対 し て 、 新 し い 貢 献 を な す も の で あ る 。
よ っ て 、 著 者 は 北 海 道 大 学 博 士 ( 生 命 科 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る 資 格 あ る も の と 認 め る 。
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