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Academic year: 2021

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(1)

博 士 ( 水 産 科 学 ) 星 野 広 志

     学位論文題名

北太平洋西部海域に生息するトドEz.t7ne 比めあjubatus の 有機塩素系化合物の体内蓄積に関する研究

学 位論文内容の要旨

  [目的]

  農薬などの人工化学物質は、我々の生活に欠かせないものである―方、環境中に 放出されて生態系全体に様々な影響を及ぼしてきた。このような人工化学物質の一 種としてDDT類(以下DDTsと略す)、ヘキサク口口シクロヘキサン類(以下HCHsと略 す)、やポリ塩化ビフウニル類(以下PCBsと略す)などの有機塩素系化合物類(以下 OCsと略す)が知られている。これらOCsは、陸域環境中に放出されると、河川水なi どを通じて海洋に流れ込み、海洋中の食物連鎖を通した生物濃縮の過程を経て、鯨 類や鰭脚類などの高次栄養階層動物の生体内に高濃度蓄積する。  このため、―部 の海棲哺乳類ではOCs汚染が原因と推定される大量死が報告され.てぃる。これに加 え、私達が食べている魚介類もOCsに汚染されている可能性があり、OCsによる海洋 汚染は人類にとっても重要な問題と言える。そして、重要な食料資源であるスケト ウダラthe′.a.〆ヨ出/ロ瑠協儲囎では、日本近海の0Cs濃度が、ベーリング海やアラ スカ湾 よりも高 いこと、ま たスルメ イカカヵ朋ぬsp即/〃粥のPCBs濃度は、ペル ーやニュージ―ランド近海で漁獲されるイカ類よりも高いことなどが報告されてい る。こ れらのこ とから、海洋生態系における高次捕食者の0Csの体内蓄積状況を調 べるこ とは、海 洋における0cs汚染の現状、および人類に与える影響の有無とその 程度を把握するために不可欠な研究課題である。

  本研究 では、ア シカ科のト ド丘騰f叩 /as丿めa加 を北太平 洋海洋生 態系の0Cs 汚染の 高次指標 生物として位置づけ、その0Csの体内蓄積状況を明らかにすること

(2)

を目的とした。指標生物としたトドは、北海道からカリフオルニアまでの北太平洋 縁辺海域に、いくっかの小規模集団に分かれて分布し、摂取する海洋生物が私達と 重複する高次捕食者であり、北太平洋のOCs汚染状況をメソスケールで調べるのに 適した海産哺乳類といえる。本研究では、最初にトドの年齢と性別ごとのOCs蓄積 様式の違いを調べ、加齢・成長と成熟・繁殖(出産を含む)がOCsの体内濃度に与え る影響を解析した。次に、トドのOCs蓄積状況を海域問で比較し、北太平洋西部海 域のOcSによる海洋汚染状況を判定した。最後に、トドのOCs濃度を生息海域のOCs 汚染により大量死などの知見がある鰭脚類や、鰭脚類の個体の生理状態に影響を与 えることが報告されたOCs蓄積濃度と比較して、北太平洋西部海域に生息するトド のOCs体 内 蓄 積 が 個 体 群 の増 減 と 個体 の 生理 状 態 に与 え る影 響 を 考察 し た 。

[材料と方法]

  本研究では、1997年から2002年の間に、北海道沿岸、千島列島、メドニ一島、カ ムチヤッカ半島およびべ―リング海アリュートルスキ一湾で収集したトド81個体か ら採取された皮下脂肪および胎仔の肝臓を用いた。北海道沿岸の試料は、1997年か ら2002年の問に 北海道日本 海沿岸および根室海峡沿岸において死亡漂着した個体 と、漁業法に基づき捕殺された個体から収集した。千島列島、メドニ―島およびカ ムチヤッカ半島の試料は、2000年と2001年6−7月の繁殖場での自然死亡個体、アリ ユ ートルスキ―湾の試料は、2001年9月にトロール漁に混獲された個体から収集し た。標本個体は性別、外部形態、推定年齢および妊娠と乳汁分泌の有無を記録した 後、胸部または背部の脂肪組織と妊娠雌については胎仔を採取した。さらに、北海 道沿岸の個体からは、頭部も収集して犬歯の薄片染色標本から年齢を判定した。以 上の北太平洋西部海域で集められた標本は、分析時まで冷凍保存された。組織中の OCsは、溶媒抽出して各種クロマトグラフイーおよび硫酸処理により分析を妨害する 成分を除去した後、イオントラップ式質量分析計を用いたMSMS(マスマス)法により 測定した。

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[結果および考察]

  千 島 列 島 と 北 海 道 沿 岸 で 収 集 し た 個 体 を 用 い て 、 性 別と 年 齢ご とのOCs蓄積 を調 ぺ た 。 そ の 結 果 、 胎 仔 期 の 肝臓 に はDDTsとPCBsが高 濃度 で蓄 積し てい た。 これ は、

母 体 中 の こ れ らOCs濃 度 が 高 い た め と 推 察 さ れ た 。 新 生 仔期 以降 では 、雄 では 脂肪 中OCs蓄積 濃度 が1−4歳 と5−15歳 の個 体で 同程 度で あっ たこ と から 、雄 の脂 肪中OCs 濃 度 は 性 成 熟 前 後 で 変 わ ら ない と 推察 され た。 これ は、 成熟 後に 体重 あた りの 摂餌 量 が 成 熟 前 よ り 減 少 し てOCs摂 取 量 が 減 る た め と 考 え ら れた 。ー 方、 雌で は脂 肪中 OCs濃 度 がO歳 よ り1一5歳 の 個 体 で1.5か ら3倍 ほ ど 高 濃 度 に な り 、6一16歳 の 個 体 は1―5歳 の 個 体 よ り6分 の1〜9分 の1ほ ど 低 濃 度 で あ っ た 。 こ の こ と か ら 、 雌 で は 性 成 熟 す る5歳 ま で は 脂 肪 中OCs濃 度 が 成 長 に 伴 い 増 加 し 、 性 成 熟 後 は 急 に 低 下 す る と 判 断 さ れ た 。 こ れ は 、 成 熟 前 は 体 重 あ た り の 摂 餌 量の 増 加に 伴っ てOCs摂 取量 も 増 加 し 、5歳 ま で に 性 成 熟 した 後は 、妊 娠時 にはOCsが 母体 から 胎仔 に移 行し 、育 仔 期 に はOCsが 母 乳 を 介 し て 体 外 に 排 出 さ れ る た め と 考 えら れた 。ま た、 雄の1一4 歳 群 は5ー15歳 よ り もPCBs中 に お い て 生 体 内 で 代 謝 さ れ や す い3塩 素 化PCBsの 割 合 が高 か った こと から 、成 長に 伴っ て異 物代 謝酵 素の 活性 が増 加 する こと によ ってOCs の 組 成 も 変 わ る と 推 察 さ れ た。 さ らに 、雌 のHCHs組 成は 、6ー7歳 の雌 では1−5歳の 雌 よ り もHCHs中 のa−HCHの 割 合 が 高 く 、HCHs中 の ロ ―HCHの 割合 が低 かっ た。 この こ と か ら 、 出 産 と 育 仔 に よ りHCHsの 組 成 が 変 化 す る と 考 え ら れ た 。 こ れ は 、HCHs が母 乳 から 排出 され 易く 、ト ドの 主要 餌生 物で ある スケ トウ ダ ラで はゼ ―HCHの 割合 が ト ド よ り 高 い こ と か ら 、 育仔 期 に脂 肪に 蓄積 して いたHCHsが母 乳を 介し て体 外に 排 出 さ れ 、 新 た に 餌 生 物 か ら 摂 取 さ れ たHCHsと 置 き 換 わ っ た た め と 推 定 さ れ た 。   次 に 、 北 太 平 洋 西 部 海 域 の ト ド のOCs蓄 積 濃 度 を 既 に 報告 され てい る東 部海 域に 生 息 す る ト ド と 比 較 し た 。 その 結 果、PCBs蓄積 状況 は同 程度 であ った が、DDTsは西 部海域(1.1ー3.3ぷg/g)が東部 海域(1.亅3〃g/g)よりも高濃度であった。トドのDDTsと PCBS蓄 積 状 況 は 、 東 西 海 域 の表 層 海水 中お よび 主要 餌生 物で ある スケ トウ ダラ の蓄 積 濃 度 に 関 す る 既 往 の 報 告 と 概 ね 一 致 し た こ と か ら 、 トド の0Cs蓄積 畳の 海域 差は 東 西 北 太 平 洋 海 域 の 環 境 と 餌生 物 の汚 染状 況を 反映 する と考 えら れた 。さ らに 、北     ―63ー

(4)

海 道 沿 岸の 卜ドで は、アリ ュ―ト ルスキ一 湾よりもDDTs(北海 道:4.1ロg/g lipid, アリュ―トルスキ一:1. 3u g/g  lipid)およびPCBs(北海道:2.1皿g/g  lipid,アリュ ー 卜ルス キ一:1.2〃 g/g lipid)の蓄積 濃度が高 く、DDTs中 のDDTs代謝産物の割合は 低 く 、PCBs濃度 に 対 す るDDTsの 相 対 濃度 が 高 かっ た 。 これ ら のこ とから 、とりわ け DDTsに よ る 汚染 が 北 海 道沿 岸 で は進 ん で いる こ と が示 唆 さ れ、 北太 平洋西部 海域、

特 に オ ホ― ツ ク 海生 態 系 はDDTsによ る 海 洋汚 染 の 程度 が 高 いと 推察 された。 このオ ホ ー ツ ク海 に お けるDDTs汚 染 は 、オ ホ ー ツク 海 周 辺地 域 か らの 河川 などを経 由した 流 入 と 近接 地 域 であ る 北 太 平洋 西 部 の中 一 低 緯度 地 域 で使 用 され たもの が黒潮や 対 馬 暖 流 に 運 ば れ て オ ホ ― ツ ク 海 に 流 入 す る こ と が 原 因 と 推 定 さ れ た 。   本 研 究 で 明ら か に なっ た 北 太平 洋 西 部 海域 に お ける ト ド のOCs蓄積 濃 度 は、 大 量 死 が 報 告さ れ た 汚染 水 域 に 生息 す る 鰭脚 類 ほ どは 高 濃 度で は ない ことか ら、汚染 が 個 体 群 に急 激 な 変化 を も た らす 水 準 に至 っ て いな い と 判断 さ れた 。しか し、北太 平 洋 西 部 海域 の ト ドは 、 東 部 海域 よ り もDDTsの 蓄 積 濃度 が 高 く、 特に オホーツ ク海は 特 異 的 に高 か っ た。 ま た 、PCBsの蓄 積 濃 度も オ ホ ーツ ク 海 は西 部べ ーリング 海より も 高 か っ た 。 そ し て 、 オ ホ ー ツ ク 海 に 生 息す る 卜 ドのDDTsお よ びPCBsの 蓄 積 濃度 は 、 ア ザ ラ シ 類でOCsが 免 疫 系や ホ ル モ ン分 泌 に 影響 す る と報 告 さ れて い る 濃度 と 同 程 度 であ った。 これらの ことか ら、オホ ーツク海 のトド 個体の生 理状態 に対して 、 OCs蓄 積 が なん ら か の影 響 を 与え る 水 準 に達 し て いる 可 能 性が 高 い と推 察 さ れた 。

(5)

学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主査   教授   桜井泰憲 副査   教授   原   彰彦

副査   教授   藤田正一(獣医学研究科)

副査   助教授   綿貫   豊

     学位論文題名

北太平洋西部海域に生息するトド E2t77letopias jubatus の 有 機 塩 素系 化 合物の 体内蓄 積に関 する研 究

   [目的]

   農薬などの人工化学物質の―種として,DDT 類(以下DDTs と略す),ヘキサク口口 シク口ヘキサン類(HCHs) ,およびポリ塩化ビフウニル類 (PCBs) などの有機塩素系化合 物類(OCs) が知られている。これらOCs は,陸域環境から河川水などを通じて海洋に 流れ込み,海洋の食物連鎖を通した生物濃縮の過程を経て,鯨類や鰭脚類などの高次 動物の生体内に高濃度に蓄積する。このため,―部の海棲哺乳類では,OCs 汚染が原 因と推定される大量死が報告されている。これに加えて,魚介類もOCs に汚染されて いる可能性があり,OCs による海洋汚染は人類にとっても重要な問題と言える。本研 究で対象としたアシカ科の卜ドは,北海道からカリフオルニアまでの北太平洋縁辺海 域にいくっかの小規模個体群に分かれて分布し,摂取する魚介類が私達と重複する高 次捕食者であり,北太平洋のOCs 汚染状況をメソスケールで調べるのに適した海産哺 乳類といえる。

   本研究では,トドを北太平洋海洋生態系のOCs 汚染の高次指標生物として位置づ け,そのOCs の体内蓄積状況を明らかにすることを目的とした。最初に,トドの年齢 と性別ごとの OCs 蓄積様式の違いを調べ,成長,成熟および繁殖がOCs の体内濃度に 与える影響を解析した。次に,トドのOCs 蓄積状況を海域間で比較して,北太平洋西 部海域のOCs による海洋汚染状況を判定した。最後に,トドの OCs 濃度を生息海域の OCs 汚染により大量死や生理的変化などの知見がある鰭脚類の OCs 蓄積濃度と比較し て.北太平洋西部海域に生息する卜ドのOCs 体内蓄積が個体群の増減と個体の生理状 態に与える影響を考察した。

     一65 ―

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[材料と方法]

   本研究では, 1997 年―2002 年の間に,北海道沿岸,千島列島,カムチヤッカ半島周 辺などで収集したトド 81 個体から採取した皮下脂肪および胎仔の肝臓を用いた。標 本個体は性別.外部形態,推定年齢および妊娠と乳汁分泌の有無を記録した後,胸部 または背部の脂肪組織と妊娠雌については胎仔を採取した。さらに,北海道沿岸の個 体は,犬歯の薄片染色標本から年齢を判定した。以上の標本は,分析時まで冷凍保存 した。組織中のOCs は,溶媒抽出して各種クロマトグラフイ―および硫酸処理により 分析を妨害する成分を除去した後.イオン卜ラップ式質量分析計を用いたMSMS (マス マス)法により測定した。

[結果および考察]

   千島列島と北海道沿岸で収集した個体を用いて,性別と年齢ごとのOCs 蓄積を調べ た。その結果,胎仔期の肝臓にはDDTs と PCBs が高濃度で蓄積していた。これは,母 体中のこれらOCs 濃度が高いためと推察された。雄の脂肪中OCs 蓄積濃度は.どの年 齢個体でも同程度であったことから.雄の脂肪中OCs 濃度は性成熟前後で変わらない と判断された。一方.雌の脂肪中OCs 濃度は,0 歳から5 歳までの成長期には1 . 5 −3 倍ほど増加し.性成熟後の6 歳以降は加齢に伴って0 .1 ― 0 .2 倍と逆に減少していた。

これは,成熟前は成長に伴う摂餌量の増加によってOCs 摂取量も増加するが,性成熟 後は妊娠時のOCs の母体から胎仔への移行と,育仔期のOCs の母乳を介した幼獣への 移行・排出のためと考えられた。また,雄の1 一4 歳群は, 5 −15 歳よりも生体内で代謝 されやすい 3 塩素化 PCBs の割合が高く,成長に伴って異物代謝酵素の活性が増加し てOCs 組成も変わると推察された。さらに,雌のHCHs 組成は.6 ―7 歳の雌では1 ー 5 歳の雌よりもば ‑HCH の割合が高くてロ―HCH の割合が低く,出産と育仔によりHCHs の 組成が変化していた。この要因として. HCHs は母乳から排出され易く,トドの餌であ るスケトウダラではゼ‑HCH の割合がトドより高いことから,育仔期にHCHs が母乳を 介して体外に排出され,新たに餌生物から摂取された HCHs と置き換わったためと推 定された。

   次に,北太平洋西部海域のトドの OCs 蓄積濃度を既往の東部海域に生息するトドの

知見と比較した。その結果,PCBs 蓄積状況は同程度であったが,DDTs は西部海域が

東部海域よりも高濃度であった。トドのDDTs とPCBs 蓄積状況は,東西海域のスケト

ウダラの蓄積濃度に関する既往の報告と概ね一致したことから,トドのOCs 蓄積量の

海域差は生息海域の環境と餌生物の汚染状況を反映すると考えられた。さらに,北海

道沿岸のトドでは,アリュートルスキ―湾よりもDDTs およびPCBs の蓄積濃度が高く,

(7)

DDTs 中のDDTs 代謝産物の割合は低く,PCBs 濃度に対するDDTs の相対濃度が高かっ た。これらのことから,北太平洋西部海域,特にオホ―ツク海生態系はDDTs による 海洋汚染の程度が高いと推察された。このオホーツク海におけるDDTs 汚染|よ,オホ ーツク海周辺地域からの河川などを経由した流入と.近接地域である北太平洋西部の 中ー低緯度地域で使用されたものが黒潮や対馬暖流に運ばれてオホーツク海に流入 することが原因と推定された。

   本研究で調べた北太平洋西部海域におけるトドのOCs 蓄積濃度は.大量死が報告さ

れた汚染水域に生息する鰭脚類ほどは高濃度ではないことから,汚染が個体群に急激

な変化をもたらす水準に至っていないと判断された。しかし,北太平洋西部海域のト

ドは,東部海域よりもDDTs の蓄積濃度が高く,特にオホーツク海は特異的に高かっ

た。また,PCBs の蓄積濃度もオホーツク海は西部べ―リング海よりも高く,オホーツ

ク海に生息するトドのDDTs とPCBs の蓄積濃度は,アザラシ類で OCs が免疫系やホル

モン分泌に影響すると報告されている濃度と同程度であった。これらのことから,オ

ホ―ツク海のトド個体のOCs 蓄積が免疫系や内分泌系に影響を与える水準に達してい

る可能性が高いと推察された。

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