八百比丘尼伝承の死生観
小 野 地 健
は じめ に
近代 医学 の進 歩 に よって、数多 くの病気が 克服 され人 間の寿 命 は飛躍 的 に伸 びたが、 それ で も人 は誰 で も必 ず老 いて死 んでゆ く。 も しも老 いず年 を取 らず 限 り無 く生 きてゆ けたな らと思 った こ とはない だろ うか。 しば し ば世界各地 の伝 承や物語 の 中に は、途方 もない長寿 の人が登場 した り、不 老不死 の人やその霊薬 にまつ わ る話が語 られ る。常 人 を超 えた長寿、不老 不死 とい うテーマ には、個 々の文 化や時 代 を超 えて多 くの人 々の想像力 を 刺 激す る ものが あ るようだ。
日本 でその代 表 的 な もの とい えば、 いわ ゆる八 百比 丘尼伝 承が あげ られ る。本稿 で は人類学 的視点 や文 化記号論 を用 いて八百比丘尼伝 承 の論理 に 内在的 にア プローチ し、そ の死生観 を明 らか にす るこ とを 目的 とす る。
1.問 題 の 所 在
で は八百比丘尼伝 承 とは何か。伝 承には様 々なバ リエー シ ョンがあ るが、
便 宜上 主 な筋 を要約す ると以下の ようになる。
あ る男 が、見知 らぬ男 な どに誘 われて家 に招待 され供応 を受 け る。その 日は庚 申講 な どの講 の夜が多 く、場 所 は竜宮や 島 な どの異界 であ るこ とが
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多 い。 そ こで男 は偶 然、 人魚 の肉が料 理 されてい るの を見 て しまう。そ の 後、 ご馳走 として人魚 の肉が 出 され るが、男 は気 味悪が って 食べず 、土産 として持 ち帰 るな どす る。 その 人魚 の肉 を、男 の娘 または妻が知 らず に食 べ て しまう。それ以来その女 は不老 長寿 を得 る。その後娘 は村 で暮 らす が、
夫 に何度 も死 に別 れた り、知 り合 い もみ な死 んで しまったので、 出家 して 比丘尼 となって村 を出て全 国 を巡 り、 各地 に木(杉 ・椿 ・松 な ど)を 植 え た りす る。やが て最 後 は若狭 にた ど り着 き、入定す る。 その場所 は小浜 の 空印寺 と伝 える ことが多 く、齢 は八百歳 であった といわれ る。
従 来、八百比 丘尼 につ いて は、民俗学 を中心 に多 くの研 究が積 み重 ね ら れ て きた。 主要 な ものだ けで も柳 田國男[柳 田1989a、1989b、1990a]、
中 山太郎[中 山1969]、 堀0郎[堀1968]、 室木弥 太郎[室 木1959]、
高橋 晴 美[高 橋 晴美1982]、 藤江 久志[藤 江1985]、 野村 純0[野 村 1989]、 酒 向伸 行[酒 向1992]、 宮 田=登[宮 田1997]、 田中久夫[田 中 1998]、 酒井董美[酒 井2002]、 廣瀬文子[廣 瀬2003]等 の研究が あ る。
紙 数 の都合 で論 点の全 て を明 かにす る ことは不 可能 であ るが、柳 田國男 が 、椿 、 人魚 、庚 申、道満 とい った伝承 を構 成 す る諸要素 やそれ を伝 えた 伝播 者 に関す る先駆 的 な問題提起 を行 った。 その後の研 究 は、伝 播 者の推 定 や伝播 の経緯 を推測 した り、伝 承 の歴 史的成 立過 程や起 源 を問 う ものが 主流 で、八百比 丘尼伝 承の 内容 自体 を対象 として、そ の構 造分析 や シ ンボ
リズムに まで踏 み込 んだ研 究 は少 ない。
分析す る うえで困難 なの は、 各地 に伝 わ る八 百比丘尼 伝承 の内容が地域 や時代 によ って多様 であ る とい うこ とだ。そ の呼称 も 『日本民俗 大辞 典 』 で は 「はっぴ ゃ くび くに」、 『日本民俗事 典 』で は 「やお び くに」 等 と様 々 で あ り、八 百比 丘尼 の 別名 として あ るい は大 同小 異 の伝 承 が 「白比丘 尼」
「千年比丘尼」 とも称 されてい る。 さらには、柳 田が早 くか ら気づ いていた よ うに八 百比丘尼 が 山中で得 た人魚 を食べ て不 老不死 とな って、そ の後 各
地 を放浪 した とい うモチー フ と、 『清 悦物 語』等 におい て清 悦(源 義経 の従 者)が 山中で 「にんか ん」 とい う皮が無 く朱色 を した物 を食べ て不死 とな り東北 各地 を放 浪 した とい うモチ ー フが重 な り合 う[柳 田1990a]。 また 比 丘尼が 各地 を放 浪 して椿 や松 な どの木 を植 えた点 につ いて は、い わゆ る
「箸 立伝 説」 や 「杖 立伝 説」 に重 な り合 う。 くわえて、 人魚 を代表 とす る不 老不 死 の霊 薬 を得 る場所 や時 間が、竜宮 ・蓬莱 島であ った り庚 申講 であ る 例 が多 い こ とは、浦 島伝説 や庚 申信 仰 との関 わ りが深 い こ とを示唆 す る。
この他 に も様 々な要素が認 め られ よう。
この ように八 百比丘尼伝 承 は、様 々な伝 承 と相互 に重 な り複 線的 に絡み つ いてお り、そ の実体 的な基本形 を画 定 した り、歴 史 的発展 や伝 播 の過程 を単線 的に再構 成す る ことは困難で あ る。そ して本論 では、実体的 な基 本 型 や伝承 の起源論 ・伝播過程 の解 明 を直接 の 目的 とは していない。
それ よ りも注 目 した いのは次 の ような視 点 だ。伝承 は経験 や歴史 を直接 に反映す る もの では な く、そ れ らを よ り高度 な象徴 的次元 で表現 した もの であ り、 その表現 や語 り方 に こそ 当該社 会の観念 や世 界認識 な どの重 要 な 問題 が示 されてい る とい う視点 だ。八 百比丘尼 は、常 人の寿 命で は死 なず、
途方 もない歳 月 を生 き続 け、 なおかつ風 貌 は若 さを保 った ま まとも語 られ る不 老不死 の存 在 であ る。 人々 はなぜ その ような存在 を語 るのか。 本稿 の 目的 は八百比丘尼 の異常 な長寿 や不老 不死性ωに注 目し、その語 りの中か ら 死生 観 を明 らかにす ることであ る。
文化 人類 学者 の小 田亮 に よれ ば レヴィ=ス トロース の主張 す る神 話の構 造 は、連句 の付 合 を思 わせ、構 造 とは他 の神話 との関係 の中 に置 いた とき の 変 換 関 係 に よ り生 成 す る 「連 な りの場 」 を示 す 概 念 で あ る[小 田 1998:viii]。 本稿 で は長寿や不老不死 とい う点 に着 目す るこ とで、 八百比 丘尼 を中心 と した一群 の伝 承 の中 に生成 され る 「連 な りの場」 を明 らか に す る。そ してその 「連 な りの場 」 は八百比 丘尼 伝承 や 日本 とい う枠組 み を
超 え て 、死 や 生 に つ い て の 人類 的 視 野 で の問 題 へ と連 な って い る こ と を指 摘 した い 。
2.「 死 」 の社 会 的 側 面
不老不死 とは 「老 いない」 「死 な ない」 とい うこ とだが、 この問題 を考 え るには、 そ もそ も死 とは何 なのか とい う問題 か ら考察す る必要が あ る。そ れ も生物学 的 な死 の問題 で はな く社 会観念 ・文 化 としての死 につ いてで あ る。
生物 と しての 人間が生命活 動 を停止 す るのは普遍 的な現 象 だが、 八 間が 死 とい う言 葉で表現 してい るの は、その ような単純 な事 実で はない。死 と
は文化 なので ある。 しば しば指摘 され る ように人 間は生 命活動 の停 止 と し ての 自分 自身 の死 を経験 と して語 るこ とはで きない。死 者そ の ものが死 の 経験 について語 るこ とはな く、死 について語 りうるの は生者のみ なのだ。
文化 人類 学者 の内堀 基光 と山下晋 司 に よれば、世界 中の至 る所 で行 われ る死 に対す る語 りは 「死 の普遍性 その もの とい うよ りも、体験 に よって語
りえ ない もの を語 る とい う人 間の想像 力 の普遍性」[内 堀 ・山下1988:3]
を示 してい る とい う。 そ して、 自身の死 や死 者 につ いての想像力 は個 人の 独 創 よ りも、 その社会 の文 化 に よって強 く枠付 け られて いる。つ ま り、死 は生命 の停 止 とい う現象 に対 して生 者が与 えた文化 的解釈 なのであ り、 こ の現象 を 自らの生 との関係 にお いて どの ように位置づ け るか、世界 観 に ど の ように組 み込 むの か、 とい う問題 を含 んでい る。死 に際 して行 われ る葬 式 をは じめ とす る儀礼 は、 まさにその ような解釈 を示す行為 であるの だ。
この ように死 を社 会 ・文化 的 な現象 と して考 え、社 会組 織 や価 値体 系 、 宗教 的観念 の絡 み あった総 体 的 な現 象 と して分析す る ことで、死 の社会 的 性格 の基礎 的 な業 績 をあ げ たの は フラ ンスの社 会学 者R・ エ ルツであ る。
エ ル ッは 「死 の宗教社 会学」[エ ル ツ2001:37‑138]に お いて、 イ ン ド ネ シア の各部族 の死 の儀礼 、特 に二 次埋 葬 を研 究 し、死 と入 社式 、 出生、
婚姻 の持 つ類似性 を発 見 し、死 とは死者 を生者 の世界か ら分 離 して死 者 の 世界 へ と移行 させ、総 合 させ るこ とであ る と結論 した。社 会 ・文化 的 な現 象 としての死 を生者 と死者 の カテ ゴ リーの移行 として捉 え るエ ル ツの見解 は極 めて普遍性 を持 ち、 フ ァン ・ヘ ネ ップの通過儀 礼論 と通 じ合 うもの だ。
実際、 生者 と死 者の概念 的 な区分 と分 離 は、 しば しば儀 礼 を伴 い、程 度 の差異 こそあれ世界 的 に見 られ る ものであ る。0方 、 日本 の死 の文化 で は 生 者 と死 者の断絶 は決定 的で はない とい う説が あ る。 しか し、 それ は 日本 人が生者 と死者 を区別す る概 念 を全 く持 たない とい うわ けでは な く、両 者 の 区別 を した うえで、そ れが 親密 か疎 遠 であ るか とい う関係性 の差異 と捉 えるべ きであ り、そ の微妙 な差異 に こそ文化 の個性 や歴 史性 が現 われ るの で あ る。 つ ま り、一見バ ラバ ラの よ うに見 え る世界各 地の死 や葬送 をめ ぐ る観念 は、 この よ うな共通 の土台 を もった うえで の差異 と捉 えたほ うが よ く、 エ ルツの説 は現 在 の社会 学、 人類学 におい て死 の分析 の基礎 とな って い る。
そ して、エ ル ツの説 に立つ な らば、死 は絶対 的な もので は な く相対 的 な ものであ る。 なぜ な ら、死 は生 の世界か ら死 の世界へ 、生者 か ら死者へ の カテ ゴリーの移行 であ り原 理的 には通 過儀礼 の一つ に過 ぎな くな るか らだ。
無論 、社 会 的に死 が相対 化 された といって も、物理 的 な死 が克服 され るわ けで はない。 人 間の生命活動 には限度が あ って必ず終 わ りがあ り、0度 生 命活動 を停止 した ものが生 き返 るこ とは な く、死者 とコ ミュニ ケー シ ョン す る ことはで きない。
しか し、 しば しば我 々の社 会観 念 にお い ては死者 と生者 の交流 は可 能 で あ る。それ は、 お盆 に帰 って くる先祖 の霊 で あった り、幽霊 で あった りす る。本来決定 的であ る はずの生者 と死者 の断絶 は、社 会 カテ ゴ リー化 され
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た死 にお いて は社会 的断絶 に過 ぎず、 断絶 を強 い るそ の社 会的 カテ ゴ リー が曖 昧 になる境 界 的状 況で は、生 者 と死 者 は遭遇 ・接 触 で きる もの と して 語 られ る。社 会 カテ ゴ リー化 に よる死 の相対 化 は、物 理 的 な現 象 としての 死 に対 して直接 の解決 は与 えないので あるが、死 を文化秩序 の 中に組 み込 む ことで、生 と死 を隔て る壁 を驚 くほ ど薄 くし、死 とい う未経験 の現 象 を 社 会的 に理解 可能 な文脈へ と変換 す るの であ る。
例 えば、世界 各地 の葬礼 で は しば しば特 別の音声 や騒音 をたてる。P・
メ トカー フ とR・ ハ ンテ ィン トンの報告す る ところ に よれば、 イ ン ドネシ アの ブ ラワ ン族 で は葬式 の際 に大勢 の 人間 をロ ングハ ウス に集 め、 ど らを 鳴 らし太鼓 を叩 き、戸外 で は鈍 くうなる音 を出す独 楽 を回 して遊 び、 室 内 で は杵 を打 ち鳴 らして踊 り、死体 を墓地へ と運 ぶ際 には銃声 が鳴 らされ る とい った具合 であ る。 メ トカー フ とハ ンテ ィン トンは、 これ につ いて 「線 や壁 が空 間を区分す るの と同 じく、打撃音 は時 間 を中断 し分割 す る(「時 間 に印 をつ ける」)よ うに思 われ る。 したが って、そ れは地位 の一 時的変化 、 特 に死 の よ うな不可 逆 的 な変 化 を有標 化す る 自然表 象 であ る」[メ トカー
フ/ハ ンテ ィン トン1996:98]と 述べ てい る。確 か に、 これ らの儀 礼の 音 は社 会的状 況 を しる しづ けて分節す る もの であろ う。
しか し、 こ こで さ らに言 うな らば、死 とい う連続 的で不可 逆 的な現象 を 人為 的に区分す るこ とで、死 を社 会 カテ ゴリー化 し、分節 と差異 か ら成 る 文 化秩序 の世界へ と位置づ け る変換 が行 われて い るので あ る。 これ は文化
による積極 的 な死 の取 り込みであ り、克服 といえる。
この よ うに人間の死 のあ り方、 人間 の死 の語 られ方 は、単 なる物理現象 やそ れ を機械 的に描 写 した もの で はない。 したが って不死 であ る こと も単 に生命活動 が停止 しない、 とい う状 況 を指す に と どま らず 、文化現象 とし ての死 との関係 の 中で考察 されね ばな らない のである。
3.時 間 の社 会 的側 面 と異 界 ・異 人
前節 で確認 した こ とは、 人間に とっての死 とは文化現 象 であ り、分節 と 差異 か らな る文化秩序 の世界 の中 に位置づ け られ た社 会 カテ ゴリー だ とい うこ とであ る。そ して、それ は基 本的 に子供 か ら若者 、大 人、老人、死 と 続 い て行 く人 間の一生 の社会 的過 程 を画す 人生 儀礼 と密 接 に関連す る時 間 的 な カテ ゴリー であ る。本節 で はさ らに、死 の 問題 を時 間の社 会的側面 か
ら考 察す る。
E・ ホー ルが 「時 間が一つ の文 化 の発達 の仕方 とだけで はな く、 その文 化 を もつ民族が世界 を経験 する仕方 とも密接 に関連 してい る と考 える」[ホ ー ル1983:14]と 指摘す るよ うに、時間 は近代 人が考 えるよ うな無限 に 数量化 され、 入間 とは関係無 く不 可逆 的 に進 んでい く絶対 的 な尺度 と して 観 念 されてい る とは限 らない。それ ぞれの民族 や社 会が、 世界 を経験 して 分節 す る仕方 によって、多様 な時間の捉 え方が あ りうるのであ る。
E・ リーチや小 田亮が指摘 す る ように、 もと もと自然 の世界 には明確 な 切 れ 目や分節 は存 在せず、文 化秩 序 はその世界 に人間が恣 意 的な分節 を加 えて差異 化 を行 い、そ の差異 を共有す るこ とに よって形づ くられ る[リ ー チ1976][小 田1998]。 時 間の分節 もその一例で あって、 人間の認知す る時 間や空 間は恣 意 的 な分節 に よって文化 的に再構 成 され た ものなの であ る。先 に記 した よ うにそ こで は時 間の中で の人間 の連続 的成長 は、子供 ・ 若者 ・大 人 ・老 人な どとい うように、分節 化 され不連続 化 されるのであ る。
そ して改 めて人の成長 は、不 連続化 され た異 質の カテ ゴ リー間の飛 躍 と し て再構成 され るの だ。 い うなれ ば社 会的時 間 は人 間やその社会 と無 関係 に 進 んで行 くもので はな く、分 節 され た時 間 カテ ゴ リー を具体 的に通 過 して
い くことに よって進 め られ てい く。
時 間の分節 の仕 方 に は、直線 的、反復 的、循環 的、 それ らの複合 と多様
な形 態が あるが、 リーチ は時 間に関す る考 え方の 中で最 も基 本的で原初 的 な観 念 として 「繰 り返 し現 われ る対立の不連続 」 をあげ る。 リーチ に よれ ば、 直線 の ように同 じ方 向へ絶 えず進行 してい く時 間意 識や循環 す る円環 と して時 間を観 念す る ことは、幾何学 的 な比喩 とい う現 代 の人間の感覚 に よる表現法 を導入 して しまってい るのだ。「時間 は、持続 しない何 か、繰 り 返す逆転 の反復、対極 間 を振 動す る こ との連続 として経験 され る。す なわ
ち、夜 と昼 、冬 と夏 、乾燥 と洪 水、老齢 と若 さ、生 と死 とい う具 合 にであ る。 この ような図式 にあっては、過去 は何 ら 『深 さ』 を もつ ものではない。
す べ ての過去 は等 し く過去 であ る。 それ は単 に現 在 の対 立物 に しかす ぎな い」[リ ーチ1985:212‑213]。 この対極 問を振動 す る時 間意 識 に とっては、
まさに振動す る瞬 間の 「過渡期 が ひ とつ の危機 であ る こと 一時 間 を直線 と して表象す る もの に とって は想像 しが たい深 み をのぞ かせ る危機 と して感 じとられ る」[真 木1981:50‑51]と い う。時 間の 自動 的な流 れな ど保 証 されていないのであるか ら、時 間が止 まって しまうこと もあ りえ るのだ。
また、時 間が社 会 的 な もの であ るな らば、異 な る社 会 の問で は時 間の流 れ が異 なっていて も不思議 で はない。竜宮城 とい う異 界 で過 ごす うち に人 間界 で数百年 の年月が経 って しまった浦 島太郎 の話 な どは、 ま さにその典 型 であろ う。逆 に、小松和彦 は今昔 物語 集 の中か ら人間界 よ りも時 間の速 く流 れ る狐 の世界 の話 を紹 介 してい る。 その世界 で十 三年過 ご した と思 っ ていたの だが、 人間界 に戻 ってみ る とた った十三 日であ った とい う話 であ る[ノ」松1992:132‑133]。
鹿 島神宮 に仕 えた物忌 につ いては以下の ような話が伝 え られている。 「鹿 島 さ まのおめか けに なる と、 いつ まで も十七 の姿で いた ってな ア。 それ で 鹿 島様 か らお ひ まが 出 る と、急 に五 十に も六 十 に もなって、歯 がお っか け た り白髪 になった りしたって な ア」[柳 田1990b:57]。 厳 し く精進 潔斎 し て俗界 か ら離れ、神 に仕 えていた物忌 の女性 は、そ の限 りにおいて不老 の
存在 で あ ったの だ。 また、竜 宮 や仙境 、酒呑 童子 の城 とい った異 界 には、
「四方四季の庭」が備 え られていた。 これ は四方 に春夏秋冬の草花の景色が 見 る ことがで き、 一つ の庭 の中 で春 夏秋冬 とい う異 なる季節 が 同時 に流れ る とい う不 思議 な庭 で あ る。 高橋 昌明が 「四季 が一時 に見 られ るのは、仙 境 と娑 婆(現 世)で は時 間論 的に、異 なった時間が流 れてい るか らであ る。
仙境 では時 間 はせ き止 め られ、四季 も移 ろわず並 列 した ままであ る。永遠 の時間が支配 す る場 と言 いかえて もよい」[高 橋 昌明1992:114]と い うよ うに、そ こは通常 進行 す る季節 のサ イ クルの止 まった無時 間的 な世界 であ った。そ して、そ こに住 む鬼 た ち も長寿 や不 老不死 の存 在 と して語 られて いたの だった[小 松1992][出 雲路1992]。
時 間 は全 ての存 在 に均等 に流 れて、老 いや死 を与 え る ものではな く、 そ の存在 の置か れた社 会 的状 況 に応 じて流 れた り、止 まった りす る もの だっ たの であ る。特 に、社会 か ら逸脱 した結果、外 部 に存在す る と観念 され る もの は、通常 の社会 の時 間の流 れ とは無縁 ともい えるほ ど隔絶 した存在 と して表象 され ることが 多か ったのだ。
4.八 百比 丘 尼 と人 魚 の シ ンボ リズ ム
前節 までの死 や時 間の社会 的側 面 の考 察 を踏 まえて、あ らためて八百比 丘尼 の問題 を考 えてみ よう。八 百比丘尼 の最大 の特徴 であ る異常 な長寿や 不老不死性 が語 られ る とき、 その原因 と して多 く語 られ るのが 、以 下の例 の よ うに人魚の肉 を食 うこ とである。
《例1》 新潟県 佐渡郡 羽茂町:「 八百比丘尼 は大石 の七 軒 町田屋 家の 生 れであ る とい う。 人魚 の肉 を食 った ために何代過 ぎて も年 も寄 らず 死 に も」 しない。[野村1982:108]
《例2》 群 馬 県 利 根 郡 新 治村 羽 場:「 庚 申様 のお 日待 に 出 て、 人魚 の よ うな もの が 出 たが 、 食 っ たふ りを して ふ と ころ に い れ て うちへ 持 っ て きた。 着 物 を着 換 え る と き、 そ の 肉 が 落 ち た。 そ れ を娘 が 食 って し ま っ た。 人 魚 を食 べ る と、 八 百 年 も生 きる とい う。死 ぬ とい う こ とが ない 」[渡 邊1986:257]
《例3》 富 山県 黒 部市 玉 椿:「 狐 が 亭 を建 て た の で 、 お祝 い に ご馳 走 を出 した 。 そ の 中 に見 た こ との ない 人魚 の 肉 が あ っ た。 そ れ を家 の娘 が 知 らず に 食べ て しま った 。 そ う した ら、 そ の 娘 は 、 何 年 た っ て も、
何 十 年 た っ て も年 が い か ん で 、 八 百 歳 まで も生 きて有 名 な八 百 比 丘 尼 に な った」[福 田晃1987:141‑142]
無 論 、 人魚 の 肉 だ け が 原 因 とされ て い る わ け で は な い。 他 の 例 を あ げ る と、延 命 地 蔵 に対 す る功 徳[宮 田1986:158]、 人 間 の 肉[宮 田1986:155]、
竜 神 か ら得 た不 老 不 死 の薬[福 田晃1987:142]、 箸 につ い た飯 粒 を池 魚 に 施 した 施 行 の功 徳[渡 辺1982:175]、 見 か け な い貝[荒 木1987:113]、
人 魚 の 血 をす す っ た[福 田 晃1982:91]、 ふ けつ ・ふ け ず(老 けず)の 貝 [佐 々木1985]な ど、 長 寿 を もた らす 要 素 に は 多 くのバ リエ ー シ ョ ンを 見 つ け る こ とが で きる。
しか し、 こ こで 重 要 なの は不 老 不 死 を もた らす 要 素 の 中 で、 歴 史 的 に も 地 理 的 に も人魚 の 肉 こそが 特 に広 く受 け入 れ られ 語 られ 、 分 布 して い る こ とで あ る。 八 百 比 丘 尼 伝 承 の う ち 人魚 の 肉が 不 老 不 死 の 原 因 で あ る と語 る もの は、 『日本伝 説 大 系 』 の事 例 だ けで も北 陸 、 関東 、 東 海 、 山 陽 、 山 陰、
四 国 に及 び、 他 に これ だ け広 範 囲 な分 布 を もつ もの は な い。
ま た、 寛 永 年 間(1624〜1644)成 立 の 『本 朝 神 社 考 』 に は、 あ る男 が
山の中で異 人か ら 「之 を食ふ ときは年 を延べ 老 いず」[谷 川1983:178]と い う人魚 を与 え られ、それ を食べ た娘 が四百余 歳 の長寿 を得 て 白比 丘尼 と なっ た ことが 記 されてい る。 そ の後 の近世 の文献 『若狭 国伝記 』、 『若狭郡 県志 』、 『若耶郡談 』、 『西北紀 行』、 『諸国里 人談』、『梅 の塵 』 な どに も八百 比丘尼 の長寿 の原 因は人魚 を食べ た ことで ある と記 され てお り、近世 の は じめか ら現在 に至 る まで、八百比 丘尼伝承 と人魚 食 とは強い結 びつ きを も って語 られ ているの だ
つ ま り、ニ ー ダムが 「一 つの モチー フが 長期 にわた る伝播 か、一つ の文 化伝 統 におけ る持続 に よって、安 定 した もので あ るこ とを示 す な らば、そ れ もまたその 内在 的魅力 の証拠 であ り、 それ故、想像力 の気 ま ぐれ な諸衝 動 の 中で安 定 した意味 を有す る方 向づ け をもった ものであ る こ とを証 明す るこ とになる」[ニ ーダム1982:49]と 言 うよ うに、八百比 丘尼伝承 を構 成す る要素 として人魚 の肉は極 め て高い安 定性 を持 ってい る。つ ま り、比 丘尼 の不老不死 の原 因 と して語 るの に非常 に適 した もの なのであ る。
で は、 そ れ はい ったい なぜ なの だ ろ うか。 人魚 を文字 通 りに捉 えれ ば
「人」 と 「魚」 とい う別々の存在 の性 質が一つ の生 き物 に同時併存 した もの で あ り、 人 と魚 とい う異 なる カテ ゴ リーの属性 を併せ持 つ こ とで社 会的分 類 を撹 乱 し侵犯す る存在 であ る とい え る。それ ゆえ に不可解 で不気味 な存 在 だ。 人魚 に対す る人々の反応 を以下 の例 に よって確認 してみ よう。
《例4》 新 潟 県 佐 渡 郡 羽 茂 町:「 まな板 の 上 に、 腰 か ら下 は魚 の か っ こ う を した、 お な ごの 子 を乗 せ て、 ほ う ち ょ うを振 り上 げ、 ち ょ う ど 料 理 をす る と こだ っ た。 とっ さん はそ れ を見 る と、 き も ちが 悪 う な っ
て ご馳走 を ひ と箸 もつ つ か ん か っ た」[野 村1982:106]
《例5》 新 潟 県佐 渡郡羽茂 町:「 ふ し穴 か ら料理場 を覗 くと、人 間の
子 を料 理 して い る。 驚 い て急 い で仲 間 にそ の こ と を仲 間 に告 げ る。 気 味 が わ る くな っ て み ん なが 暇 乞 い をす る(中 略)。 料 理 は た ぶ ん 入魚
の 肉 であ っ た ろ う とい わ れ て い る」[野 村1982:107]
《例6》 埼 玉 県 八 潮 市 中馬 場:「 料 理 場 をの ぞ くと、 マ ナ イ タの上 に 人 の 首 が 乗 っ て い る 。 もど っ て そ の 話 を聞 い た村 人 は、 『人魚 の 肉 を 喰 わ され て は サ ァー 大 変 』 とお お さ わ ぎ(中 略)。 誰 もサ シ ミに手 を
出 さず 酒 な どを カ ック ラ ッた そ うな」[宮 田1986:153‑154]
《例7》 石 川 県 輪 島市 縄 又 町:「 台 所 をの ぞ い て み た ら、 ま な板 の 上 に、 に こ に こ笑 とる人 魚 み た い な もの が お って 、 そ れ を料 とった て げ 。 男 は あ わ て て戻 っ て 、 み ん な に、 『料 理 だ して も、 あ りゃ、 人魚 や ぞ 。 食 う こ とな らんぞ 』 とこ っそ り伝 え たげ 」[福 田晃1987:139‑140]
以上 の ように、魚 の ようで あ りなが ら人間の ようで もあ り、 人間の よ う であ りなが ら食物 と してあつ かわれ てい る人魚 は、 食べ る こ とが気持 ちが 悪 い、気味が 悪い もの として嫌悪 され忌避 され てい る。そ れ は人魚が 人 と 魚の両義性 を帯 びてい るこ とに よって両者 の カテ ゴ リー一を撹 乱す る不可 解
な ものであ るばか りで な く、 食べ てはいけ ない もの(人 間)と 食べ て よい もの(魚)と い う食物 の基 本 的分類 す らも脅 かす か らだ。 食物 の分 類 は 人々の生 活感覚 に根 を下 ろ して いるだけ に、 その撹 乱 は前 論理 的な嫌悪感 を引 き起 こす。特 に 自分 と同 じ人間 とい うカテ ゴ リー の属性 を持つ もの を 食べ る とい うこ とは、 カニバ リズムの タブーの侵犯 と して、社 会秩 序 の根 本 を脅 かす。
人魚 の肉 を供 された村 人た ちは、それ を食わず、土 産 として与 え られて も村 に帰 る途中で捨 てた りして処 分す るのだが、一 人の男 だ けが捨 て るの
を忘 れ て家 に持 ち帰 っ て しま う。 そ の 人魚 の 肉 を知 らず に うっ か り食 べ て し ま った 女性 が 八 百 比 丘 尼 に な る と語 られ る。 つ ま り、 彼 女 は カニ バ リズ ム の タブ ー を犯 して し まっ た わ け で あ り、 くわ えて 、 本 来 は皆 が 捨 て るつ も りで あ っ た り、 しま っ て い た もの を 、 自分 だ けが 食 べ て しま っ た とい う 点 で も、 共 同 体 の規 範 か らは み 出 して しま った もの と して語 られ 、 他 の村 人か ら差 異 化 され る。
これ を前 節 で み た 時 間 の社 会 的側 面 か ら考 え る と、 八 百 比 丘 尼 は タ ブ ー を犯 し社 会 か ら逸 脱 した存 在 で あ るが ゆ え に、 社 会 的規 範 と して の 時 間 の 流 れ か らは み 出 して 無 時 聞性 を帯 び る の に適 した存 在 で あ る とい う こ とが で きる。 逆 に い う と八 百 比 丘 尼 が 異 常 な長 寿 を持 つ と され る こ とは、 そ れ だ け彼 女 の 犯 した タブ ーが 重 大 で あ っ た とい う こ となの だ。
そ して ・ 伝 承 の 中 で 人魚 の 肉 を もた らす 相 手 、場 所 、 時 間 も、 そ れ と関 連 す る大 きな特 徴 と共通 性 を持 っ て い る。 人魚 の 肉 を もた らす の は 、 見 知 らぬ男[野 村1982:107]、 ど この 者 と も知 れ ぬ男[野 村1982:108] 、 怪 しげ な男[野 村1982:108]、 弥 彦 明 神 様[野 村1982:108]、 行 商 人[宮 田1986:153‑154]、 狐[福 田晃1987:141‑142]、 絡(む じな) [福 田 晃1987:139‑141]な ど、 場 所 は竜 宮 城[野 村1982:108]、 行 商 人の 家[宮 田1986:153‑154]、 三 日三夜 船 を漕 ぎ続 け て着 い た 島[福 田晃1987:145]、 絡 の住 む岩 窟[福 田晃1987:139‑141]な ど、 時 聞 は庚 申講[野 村1982:105‑107]や 、 お 日待 ち[渡 邊1986:256]な
どで 、 い ず れ も異 人や 村 とい う共 同 体 の外 部 で あ る。 そ れ らの要 素 が 人魚 を もた らす場 ・時 ・相 手 の 属性 、 つ ま り外 部 性 と して重 な り合 って い る。
人 魚 の 肉 は 日常 の村 の世 界 や 、 そ こ に住 む 人 か ら もた ら され る の で は な く・ 共 同体 の外 部 の 時 空 間 で異 人 との交 流 に よっ て もた ら され る食 物 なの だ。 村 人 た ちは竜 宮 や 異郷 とい う外 部 へ と誘 わ れ交 流 を持 ち か け られ るが 、 結 局 異 人 の 贈 り物 で あ る 人魚 の 肉 を食 べ る こ と を拒 絶 また は留 保 す る。 そ
れ に対 し、 あ る女性(八 百比 丘尼)だ けが受 け取 る(食 べ る)こ とで、彼 女 が共 同体 の外 部性 と結 びつ く。 そ して、 その結 びつ きは他 の共 同体 の成 員か ら見 て、必 ず し も望 ま しい もの で はない とい うこ とが語 られ てい る。
この ように伝 承 は八 百比 丘尼 を他 の村 人か ら差異化 し、二重 三重 に社会 か ら逸脱 した存 在であ ることを強調 しているのである。
ところ で、社 会か らの逸脱 が無時 間性 ・不 老不死 につ なが るので あ るの な ら、人魚 の肉 よ りも強烈 な タブー の対 象で あ る人肉そ の もの を食 うほ う が効 果的 では ないか とい う推測 も成 り立つ。実 際、不 老不死 の存在 であ る 鬼 の属性 の特徴 は、 人間 を食 うことであ る。 人間 を食べ る ような強力 な存 在 は、人 間の時 間を も超越す るのだ。 しか し、八百比丘尼伝 承 では人肉そ の もの を食 べ る とい う伝 承 は 、 埼 玉 県 秩 父 郡 皆 野 町 金 沢 の 例[宮 田 1986:155]ぐ らいで、希有 な例 に留 ま り、安定 した要素 とはな っていない。
で は、 なぜ 八 百 比 丘 尼 の不 老 不 死 を語 る うえ で 、 人 肉 よ りも、 人魚 (「人」+「 魚」)と い う、 どっちつかずの もの ・両義的 な ものが特 に逸脱 の 原因 と して選 ばれ るのであ ろ うか。 そ こにこそ、数 あ る不老不 死 に関 わ る 伝 承 の中で も、八 百比 丘尼伝 承 を特 徴づ け るモ メ ン トが あ るので はないだ ろ うか。 それ は、比丘尼 が最初 か ら完全 に共 岡体 を逸脱 した異人では な く、
まず共 同体 の内側 の 人間 と して語 られ、 そ して人魚の 肉 を食べ た ことを き っか け に、年老 い ない とい う異 常が現 れて、 やがて 出身地 の共 同体 の外 部 へ と出て い き放 浪す る とい う コンテ クス トで あ る。伝 承 の舞台 はそれぞれ の話 が語 られ る具体 的な地域 であ り、その過去 に起 きた話 とみ な されて語 られ てい るが 、八百比丘尼 は人魚 の肉 を食 う前 はそ この通 常 の村 人の一 人 なのであ る。 そ して、人魚 の 肉を食べ不 老不死性 を獲 得 した後 もしば ら く の間、 出身地 の共 同体 の内部 に と どまって生 活す るのであ る。 やがて外 部 へ と旅立 ち放 浪 したの ち も、八百比 丘尼 は我 が村 の出身で あった とい う言 い伝 え と ともに語 られ、 よそ にい なが ら完全 に よそ者 として位 置づ け られ
てい るわけではないのだ。
つ ま り、八 百比丘尼 は村 人の中か ら差 異化 され て生 み 出 され た内な る異 人であ り、異 人 であ りなが ら身内 の人間 であ る とい う両義性 、境界性 を強 く持 ってい る{2}。そ して、それ は人魚が 「人」 と 「魚」 とい う二つの カテゴ リーの性 質 を持 った両義 的で境 界的 な存 在 であ る とい うこ ととピタ リと構 造 的 に0致 す るのであ る。 この点 におい て八 百比丘尼 を象徴 す るのに、 人 魚 の シ ンボ リズムが いか に適 した ものであ るかが わか るだろ う131。極端 にい えば、八 百比丘尼 は人魚 を食 うこ とで 自分 もまた人魚 になるのである(4}。
そ して、 も う一つ注 目すべ きこ とは、 人魚 の表象 の歴 史性 であ る。現 在 の我 々が イ メー ジす る上半 身が若 い女性 、 下半身が魚 とい うイメー ジには 多分 に西洋 のア ンデルセ ン童話 な どの影響が 及 んでい る。 だが古代 中国 の
『山海経 』は魚体 に4足 がつ いた もの を人魚 としてお り、古 代以来 日本の 人 魚 イメージに も影響 を与 えていた ら しい。
『和 漢三才 図絵 』(1712)に は 「観 」(サ ンシ ョウウオ)の 項 目に人魚 と も記 されてお り、 日本 には人面 魚 身型 の 人魚 と魚 身で四足型 の人魚 とい う 二つ の系統が あった ようだ̀)。しか し、同 じ 『和 漢三才図絵』の 人魚の項 目 の ところ で は女 の顔 で 人の上 半身 と魚体 の典 型 的 な人魚 が描 か れてお り、
『六物新志 』 には西洋の書物か ら模写 した上 半身 人で魚体 の人魚 の姿が掲 載 され るな ど、 時代が 下 る とと もに人魚 の表象 が現代 の もの に近づ いて きて いるのである。
少 な くとも、近世 中期 に人面 魚体 の人魚 の姿が繰 り返 し描 かれ た ことに よって、視覚 的 イメー ジが定 着 した こ とが推 測 で きる。特 に顔 面 とい う、
人間が コ ミュニ ケー シ ョンをす る うえで、 もっ ともよ く分節 され た身体 部 分 が人 間 と同 じで あ る とい うの は、 強烈 なイ ンパ ク トを与 えただ ろ う。 そ して近世 中期 頃か ら八百比丘尼伝 承 を記 した随筆 類が 多 く書 かれ、そ こに 登 場 す る人魚 は魚体 四足 型の もので はな く人面 魚体系統 で あ り、それ は現
代 の八百比 丘尼伝 承の人魚 イメージ とほぼ同 じであ る。
この ように近世 の歴 史的背景 の中で 人魚 の イメー ジが、境 界性 を帯 びた 不 可解 な生 き物 の代 表 的な存在 と して増 幅 され てい き、八百比丘尼伝 承 の 要素 として定着 してい った こ とが うかが える。
5.八 百比 丘 尼 の 奪 わ れ た 「死 」
前節 までの考察 で、八百比丘 尼が共 同体 の規範 を逸脱 した境界 的存 在で あ るが ゆえに、社会 的時 間か ら逸脱 し、長寿 ・不 老不死性 を獲得す るの に 適 した存在 であ る とい う論理 を明 らかに した。 この節 で は、 さらに八 百比 丘尼 伝承 の死生観 を分析す る。
前節 でみた ように、人魚の肉 をもた らす相手 に は、見知 らぬ男 、行 商 人、
狐、 ム ジナ、仙 人 な ど外 部性 や異 人性 が うかが えた。特 に興 味深 い例 なの は、庚 申講やお 日待 ち講 といった、共 同体 の成員が お互 いに供応 しあ う互 酬 関係 の輪 の中 に、 「見知 らぬ ア ンち ゃん」[野 村1982:105]が 加 わろ う
とし、村 人 を招待 して ご馳走 を出す の だが、 それが 人魚 の肉であ るた めに 村 人は箸 をつ けず に帰 って しまった り、土産 として贈 られ た人魚 の肉 を捨 て て しまう とい うパ ター ンの伝 承 だ。 これは、 明 らかに外 部 との贈与 互酬 関係 を もつ こ との拒 否 であ り、 この タイプの八 百比丘尼伝 承 を語 る人 々は 極 めて外 部に対 して閉鎖 的 な印象 を受 け る。
この場合 、外 部 と唯一交流 の 回路 をつ な ぐ者が 、 うっか り人魚 の肉 を食 べ て しまった女性 、 つ ま り八 百比丘尼 であ るわけだ。伝 承 の 中では、その 後比 丘尼 は人魚 の肉 を くれ た相 手 と共 同体 の 問 を積極 的に媒 介 して生 産的 な役 割 をはたす わけで はない。外 部 との交流 を拒 否 して閉 ざ され た共 同体 の中で は、八 百比丘尼 の境 界性 は共 同体 の安定 を脅かす要素 として、否 定 的 にあつか われ てい るのだ。不老 不死 に なった後 の八百比丘尼 は、結婚 を
く り返す とい うパ ター ンと結 婚 を全 くしない とい う二つ の大 きなパ ター ン が あ るが 、いず れ も子 供 を残 す とい うエ ピソー ドはほ とん ど語 られ ない。
外 部 と結 びつ い た特 権 的な家 筋 を作 り、子孫 を再 生産す る とい う枠 組 み は 強調 され ないのであ る㈹。
代 わ りに強調 されて語 られて い るの は、延 々 と生 き続 ける こ とに よって 生 じる様々 な矛盾 であ る。次 々 と夫 に死 に別 れ、 それで も容貌 は若い まま であ り、親 や親戚 ・友 人の問に知 る ものが無 くなって もなお生 き続 けなけ れ な らない とい う苦悩 。八百比丘尼 は若 い容貌 を持 ちなが らも老 人であ り、
親 の世代 に属 す るの に子や孫 の世代 よ りも若 い ままであ る。 さ らに結婚 を く り返す とい うパ ター ンでは、 あ らゆ る村 の家 をイ ンセ ス ト的な連 鎖 の う ちに取 り込 んで しまい、夫 と妻、家族 と他 人 とい った 自他 の基 本的区分 を 破壊 して しま うだろ う し、結 婚 を しない とい うパ ター ンで は若 く美 しい女 性 なの に結婚 ・出産 に加 わ らな い ことで、社 会の再生産 のサ イクルの論理
を脅かす 。
つ ま り、村 人 に とっては、 八百比丘尼 を タブー として排 除す る こ とに よ って改 めて、 生者 と死者、夫 と妻、家 族 と他 人、親 と子 とい った カテ ゴ リ ーの安定 した分節が 回復す る。村 人 には内部 に八 百比丘尼 が いて くれ ては 困るのだ。
だが、八百比 丘尼伝承 は八 百比 丘尼 に死 を与 え は しない。 なぜ な ら、先 に確 認 した ように死 とは社会 的 なカテ ゴ リー であ り、生 か らそ こへ の移 行 は共同体 の世界 観へ の最 終的統合 過程 であ る。社会 は死 を観 念 的に装 うこ
とで、 ナマ の生命 の終 焉 と しての死 の衝撃 を隠蔽す るのだ。 それ ゆ えに、
死 の カテゴ リーへ の移行 は周到 に行 わなけれ ばな らず、八 百比 丘尼 の よ う に社 会の世界観 の破 綻 と矛盾 を露 に して しま う人 間は、死 な ないの で はな く、死 ね ないの だr)。社会 は、彼女が死 とい うカテ ゴリー に移行 す るこ とを 拒否 し、死 を奪 うのであ る。
その結 果、八 百比丘尼 に与 え られ たのが入定 とい うか た ちであ った。死 んで もお らず生 きて もい ない とい う瞑想状態 、永遠 の境 界状態 ・過渡期 と
して固定 され るこ とに よって、ようや く八百比丘尼 は安住 を得 るのであ る〔・}。
最終 的に八 百比丘尼 は人々の前 か ら姿 を消 して洞窟 の中で入 定す るが 、そ れ は まさに、排 除 され、 隠蔽 され るが ゆえに背 面か ら世界 を支 える タブー を身 を もって具現 す るのであ る。彼 女 は死 を奪 われ、境 界 と してあ りつ づ け ることに よって、世界 を支 えるのだ。
お わ りに
本稿 で は、八 百比丘尼伝 承 の長寿や不老 不死性 に注 目 し、 その死 生観 の 社会 的意味 を明 らかに して きた。あ えて伝 承 の歴 史的成立 や伝 播過 程の再 構 成 を迂 回 して、時 間論 や死 の社 会 的側面 とい う極 め て一般 的 な理論 的考 察か ら着手 した こ とで、 本稿 は非歴 史的で抽象 的分析 に偏 りす ぎる とい う 批判 を受 けるか もしれ ない。
しか し、私 が この ような分析 を試 み るのは、歴 史 を無 視 して考察 の対象 を無時 間的 な一般性 に解消す るためで はな く、一般性 と差異 を両面 か ら同 時 に捉 えるため であ る。 この視 野 に基 づ いて こそ、個 々の要素 の異 同や構 造 の変換 に、歴 史 の変化や地域 の差異 を捉 える こ とが可 能 にな るので はな いか。特 に この方法 の メ リ ッ トは、過去 の伝 播 ・成立過程 や歴 史的原形 の 解 明 を特 権 的 な コー ドとしない こ とによって、現代 の伝 承 や変化 を積極 的 に研 究 に取 り込 め るこ とにあ る。
本 稿で その よ うな分析 に十分 に至 れなか ったの は、枚数 の都合 と純粋 に 私の力 量不足 に よる。 ここに記 して今後 の研 究 の課題 としたい㈹。
注
(1)「 不 老 不 死 」 は 中 国 の神 仙 思 想 を背 景 と した歴 史 的 観 念 で あ るが 、本 稿 で は 「老 い もせ ず 死 に も しない 」 とい う特 徴 を指す もの と して使 用 す る。
(2)そ もそ も比 丘 尼 とい う立 場 が 仏 と俗 人 の 境 界 に位 置 す る こ とや 、 諸 国放 浪 す る(い わ ば共 同 体 と共 同体 の境 界 を さ ま よ う)こ と、 女 性で あ る こ と等 に よっ て 八 百 比 丘 尼 の境 界 性 は、 さ
らに重 ね 合 わ され 強 調 され て い る。
(3)前 述 し た 「功 徳 を積 む 」 「変 わ っ た 貝 」 を 食 べ る と い っ た 不 老 不 死 の 原 因 の バ リ エ ー シ ョ ン は 、 い か に 他 の 成 員 か ら 差 異 化 し社 会 か ら 逸 脱 す る か と い う バ リ エ ー シ ョ ン の 違 い と して 把 握 す る こ とが で き る 。
(4)い わ ば この 「自己 言 及 性」 とで もい うべ き特 徴 は漫 画 家 の 手塚 治 虫 が 八 百 比 丘 尼 をモ チ ー フ に描 い た 『火 の鳥 ・異 形 編 』 で も鮮 や か に示 され て い る。 主 人 公 の左 近 介 は や む を得 ない 理 由 か ら八 百 比 丘 尼 を殺 すが 、左 近 介 は そ の 罪 に よっ て 時 間 の循 環 す る寺 の 中 に 閉 じ込 め られ 、
自分 自身 も八 百比 丘尼 と して生 き ざる を得 な くな る。 そ して 、 時 間 は循 環 し 自分 自身 の 手 に よ って 永遠 に殺 され 続 け る運 命 とな る の だ 。
(5)人 魚 の イメ ー ジに サ ンシ ョウ ウ オ も含 まれ て い た とい うの は重 要 で あ る。 笹 間 良彦 が指 摘 す る よ う に[笹 間1995、1999]、 『本 朝 神 社 考』 の よ う な 山中 で 人 魚 を得 る タ イプ の伝 承 で は 、 サ ンシ ョウ ウ オ を人 魚 と して指 して い た の で は な い か と推 測 で きるか らで あ る。
(6)特 権 的 な家 筋 を再生 産 す る王権 神話 とは 著 しい対 象 をな して い る とい え る。
⑦ エ ル ッ ば 惨死 や事 故 死 、 自殺 とい っ た 普 通 で は な い死 に方 を した 人 た ち につ い て 「こ う した 呪 わ れ た犠 牲 者 の 推 移 期 間 は、 無 限 に 引 き伸 ば さ れ る。 つ ま りそ の 死 に は、 終 わ りが ない ら
しい」[エ ル ツ2001:135]と 鋭 く考 察 して い る。
(8)酒 向伸 行 は空 印寺 に入 定 す る伝 承 が 成 立 す る以 前 に、 八 百 比 丘尼 が 石 橋 で ころ ん で死 ん だ と す る伝 承 が あ る こ と を指摘 して い る[酒 向1992。 橋 が ま さに境 界 で あ る こ とを考 え る と、
こ れ は八 百比 丘尼 と境 界 の 属 性 の重 な りを強 調 す る もの で あ り、入 定 と構造 的 に一 致 して い る。 また 、諸 国放 浪 してい る 八 百比 丘尼 が 、 橋 を架 け た り木 を植 え た りす る と伝 承 され る こ
と も、橋 ・木 とい う境 界 の増 殖 で あ り、境 界 性の 強調 と解 釈 す る こ とが で きる。
(9)今 回 ほ とん と触 れ る こ との で きなか っ た椿 、 白、 若 狭 な どの シ ンボ リズ ム、 そ して 本稿 の 視 点 か ら改 め て 歴 史 的 成 立 過 程 や 地域 性 を問 う こ とが 課題 で あ る。
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