• 検索結果がありません。

西 周 「人 生 三 宝 説 」 を読 む(二)(1)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "西 周 「人 生 三 宝 説 」 を読 む(二)(1)"

Copied!
29
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

29

西 周 「人 生 三 宝 説 」 を読 む(二)(1)

鈴 木 修 一

六 政府 ト云 フ会社

「人生 三 宝 説(五)」1'?は 冒 頭 を次 の よ うに 始 め る。 「此 前 第三 編 二於 テ、

三宝 説 ノ道 徳 論 ニ テ 、 人 ヲ治 ム ル コ トニ論 及 シ タ レ トモ 、 人 間社 交 ハ 、 既 二 政 府 ノ立 サ ル前 二 欠 く可 ラサ ル ノ事 情 タル ヲ以 テ 、 三編 、 四編 ハ 此 事 ヲ 論 シ タ リ、 故 二今 第 三編 二 反 リ之 ヲ以 テ天 下 国 家 二施 シ、 人 ヲ治 ム ル ノ要 道 モ 亦 三 宝 ヲ貴 重 ス ル ニ外 ナ ラサ ル コ トヲ論 ス ヘ シ」(五 三 三 頁)。 す な わ ち、 「人生 三 宝 説(一)」 の 末 尾 で 、西 の い わ ば 道 徳 体 系 と もい うべ き大 枠 と して 、 「人 二接 ス ル ノ要(=個 人 道 徳)、 「同 生 同 人 ト相 交 ハ ル ノ道(=

社 会 道 徳)、 「人 ヲ 治 ム ル ノ要 」(=政 府 の 道 徳)が 示 され 、 い つ れ も 「三 宝 ヲ貴 重 ス ル」 こ と を基 礎 に して 成 り立つ と され た が 、 前 二 者 が 一編 二 編 で論 じ られ た 後 、 直 ち に 「人 ヲ治 ム ル ノ要 」 に進 む の で は な く、 「人 ヲ治 ム ル」 政 府 の 成 立 以 前 に 「人 間社 交 」(=社 会)が 存 立 す る か ら とい う事 実 に着 目 して 、 「然 ル ニ 此 処 二 猶0事 ノ予 メ 論 ス ヘ キ 有 テ」 社 会 論 が 三 編 四 編 で 展 開 さ れ た。 だ か ら、 「今 第 三 編 二 反 リ」 て 「入 ヲ治 ム ル ノ要 道 」 を論 じる こ と に し よ う と言 うの で あ る。

と こ ろ が 、 こ こで も また 、 「然 ル ニ 此 処 二 、 亦 予 メ論 ス ヘ キ コ トア リ」

と言 い 、 そ れ は 「是 政 府 ノ性 質 ナ リ」(同 右)と 指 摘 す る。 「政 府 ノ性 質 」

(2)

30

とい う表 現 は曖 昧 な 感 じが す るが 、 多分 以 下 に見 られ る よ うに政 府 の 機 能 とい うこ とで あ ろ う。 政府 の 機 能 と はつ ま る と こ ろ 「人 ヲ治 ム ル」 こ とで あ るか ら、 「人 ヲ治 ム ル要 道 」 に つ い て 述 べ る こ とに な る。 そ して以 下 の よ う に論 が 展 開 され て い く。

「漢 人 ハ 常 二天 下 国 家 ト云 ヒ、 天 下 ノ本 ハ 、 国 二在 リ、 国 ノ本 ハ 家 二在 リ ト謂 ヒ タ レ トモ 、 是 周 人 、 封 建 ノ制 度 ヨ リ見 タル 順 序 ニ シ テ」(同 右) と述 べ て 、 西 は家 族 を国家 の 基礎 と見 な す 中 国封 建 制 の 家 族 国家 観 を退 け る。 こ こで 「天 下 ノ本 ハ 、 国 二在 リ」 と は どの よ う な こ と を言 っ て い るの で あ ろ うか 。 西 は 国 家 の成 立 に先 立 っ て社 会 の存 立 が あ る と先 に述 べ て い たが 、 そ の こ と と考 え合 わせ る と、 中 国封 建 制 の 時代 は、 天 下(社 会 と解 釈 す る の は 強 引 な の は承 知 の上 で 敢 え て社 会 と解 す る)と 国 家 の 順 序 関係 を逆 立 ち させ て い る と批 判 して い る の で は な い だ ろ うか 。 だ か ら こそ次 に

「郡 県 ノ世 二 在 テハ 、 固 ヨ リ天 下(=社 会)ト 国 トノ別 ナ ク、 一 国 ノ大 政 府 と郡 県 ト、 大 小 軽 重 ア レ トモ 、 政 府 タ ル性 質 ハ 、 同 一 ニ シ テ 」(同 右) と、独 特 の社 会 観 で あ るが 、 政 府 も郡 県 も 「治 人 」 とい う事 業 を なす 「人 間社 交(=社 会)中 ノ会 社(=社 会)ノ ー 種 トシ テ」(同 右)と 見 な され る とい う。 多 分 こ こで は 「人 間社 交 」 は 、 あ らゆ る会 社(=小 社 会)を 含 む 全 体 と して の 社 会(=天 下)を 含 意 して い る の で あ ろ う。X31そ して 国 家=政 府 が 「会 社 」 の0種 と して 見 な し うるの は 「三 宝 ノ道 徳 論 二在 リテ ハ 」 当然 視 され る ゆ え んの 説 明 に 移 っ て い く。

「治 人」 が 政 府 の 事 業 で あ る以 上 、 政 府 ノ性 質(=機 能)を 論 ず る こ と は、 必 然 的 に 「人 ヲ 治 ム ル ノ要 道 」 を論 ず る こ と に な る だ ろ う。 政 府 は

「三 宝 ヲ貴 重 」 す る 道 徳 に抱 含 され る 機 能 を もた ざる を えず 、 そ うい う意 味 で 、 この 道 徳 の 方 が政 府 の 機 能=性 質 を抱 含 す る と西 は考 えて い るの で あ る。

政 府 は 「貨 殖 ノ為 二立 ル会 社.1、「工 業 ノ為 二 立 ル 会社 」、 「教 門 ノ為 二 立

(3)

西 周 「人 生 宝 説 」 を 読 む(二)31

ル会 社 」 と同0な 性 質 を有 す る と考 え られ る 。 そ れ は 「上 二 首 領 ヲ置 テ ・ 其 会 社 一 列 ノ 同 一 ナ ル 目的 ヲ達 ス ル為 二 其 事 務 ヲ統 一 シ、事 務 ノ多 少 ト、

一 定 ノ方 向 トニ 従 ヒ、 幹 事 ヲ立 テ ・之 ヲ分 掌 セ シ ム ル 」(同 右)と い う

「形 質 」(=「 性 質 」)、 を共 有 し、 異 な る の は、 そ の 「度 量 」(=大 き さ) にお い て の み で 、 そ れ は 「全 特(論 理 学 で い う全 称 特 称)ノ 別 ナ キ能 ハ サ ル 耳」(五 三 四 頁)で あ る。 そ うは 言 っ て も、 三 宝 の どれ か 一 つ に 目的 を 定 め て い る とい う こ とか ら言 えば 「教 門(=宗 教)ノ 会 社 」 は例 外 で あ る と断 っ て い る。 と い う こ とは 、 会社=社 会 は必 ず 、 三 宝 の どれ か 一 つ を 目 的 と して い る とい う こ とで あ る。 「特 」 と言 わ れ る ゆ え ん で あ る。 「貨 殖 ノ

会社 」 は 「富 有 」 を、 「学 術 ノ会 社 」 は 「知 識」 を 目的 と して い る。(ま た 先 に挙 げ た 「工 業 ノ会 社 」 につ い て は 言 及 され て い な い が 、 後 の 記 述(五

四〇 頁)か ら察 す る に、 「健 康 」 を 目的 とす る と解 す る こ とが で き る。)

「教 門 ノ会 社 ヲ除 ク」 と言 い なが ら、 そ れ で は何 故 「除 ク」 の か は 、 「教 門 ノ会社 」 が 直接 三宝 の どれ か を 目的 に して い な い か らで あ るが 、 そ もそ も 「教 門」 は 人 間存 在 の 外 面 的 な 部分 にで な く、 内 面 的 な部 分 に関 わ る と 西 は 考 え た か らで あ ろ う。 「教 門 」 に 関 して は 、 西 は 同 じ 『明 六 雑 誌 』 で

「教 門論 」ゆ に お い て 論 じて い て 、 今 そ れ に つ い て は 詳 し く触 れ る わ け に は い か な い が 、 今 の 論 点 に 関 わ る 限 りに お い て 一 例 を引 用 して お く。 「信 ナ ル者 ハ 人 々 ノ心 裏(=心 理)二 存 ス ル者 ナ リ」(四 ・六 ・オ)。 信 仰 は個 人 の 内 面 的生 と して捉 え られ てお り、現 在 で も漠 然 とそ う考 え られ て い る が 、事 は そ う単 純 化 して捉 え られ る もの で は な い こ とが 、現 在 の 世 界 状 況 を 見 れ ば 明 らか で あ る。 今 は そ れ に つ い て 触 れ な い 。 「教 門 」 は 「心 裏 」 に お い て 、 三 宝 が もた らす と同 じ よ う に、 人 間 の 「福 祉(=幸 福)」 を も た ら して くれ る とい う意 味 で 、他 の 「会 社 」 と同 じ 「会 社 」 と呼 ば れ るの で あ っ て 、 必 らず し も宗 派 を結 んで ひ とつ の 団体 を なす か ら 「会 社 」 とい わ れ る(そ の 側 面 は否 定 で きな いが)の で は な い だ ろ う。 これ は私 の偏 見

(4)

32

か も しれ な いが 、 西 は会 社=社 会 は、 入 間が 自 らの福 祉(=幸 福)を 実 現 す る もの と して捉 え て い る の で は ない だ ろ うか 。

こ こで 、 そ れ で は 三宝 の ひ とつ 「知 識 」 も同 じ く人 間 の 「心 裏 」 に 関 わ る の で は な い か とい う疑 問 が 生 じ るが 、 「教 門 」 との 違 い を西 は次 の よ う に述 べ て い る。 「日 ク文 教 ノ教 門 ト其 別 如 何 」 と 自 問 し、 「凡 百学 術 ハ 人智 ヲ開 明 ニ ス ル者 ナ リ教 門ハ 人 智 ノ及 ハ サ ル所 二根 サ シ信 二発 ス ル 者 ナ リ故 二 文 教 ト教 門 トハ 素 ヨ リ天 壌 ノ別 ア リ」(六 ・三 ・ウ)と 自答 して い る 。 だ か ら 「知 識」 そ の もの は 「心 裏 」 に在 って も(西 は こ うい う言 い 方 は し て い な いが)、 「人 智 ヲ開 明 」 に して 、 「禽 獣 ノ学 」 「電 気 ノ学J「 地 質 ノ学 」

(同 右)等 を通 して 実 現 され る外 面 的 な もの を通 して 人 間 の 「福 祉 」 を増 大 す るの で あ り、 あ くまで 内面 的 生 に と どま る 「教 門」 とは天 地 の ご と く 異 な る とさ れ る の で あ る。

「特 」 の 会社 に対 して政 府 は 「全 」 の会 社 と され るが 、 それ は 、 「政 府 ト 云 フ会 社 ノ 目的 ハ 、 三 宝 ヲ兼 テ 、 之 ヲ保 護 ス ル ノ 目的 ヲ、達 ス ル 為 二設 ク ル所 」(五 三 四 頁)で あ る か らで あ る。 す な わ ち、 政 府 は三 宝 の どれ か ひ とつ を 目的 とす る の で は な く、 三 宝 すべ て を保 護 す る こ とを 目的 とす るの で あ る。 こ の 表 現 に は若 干 の ず れ が 見 られ る。 そ れ は 、 「特 」 の 会 社 は 直 接 三 宝 の い ず れ か を貴 重 し増 進 す る の に対 して 、 「全 」 の 会 社=政 府 は 、 直 接 的 に で は な く、 「特 」 の 会 社 、 あ る い は 諸 個 人 が保 護 を通 して 三 宝 を 貴 重 し増 進 す る の を手助 け す る 、 あ るい は勧 め る とい う形 で 、 間接 的 に 三 宝 の 貴 重 増 進 に関 わ る とい う こ とで あ る。1;,f

政 府 とい う会 社 は 三 宝 の す べ て を貴 重 増 進 す る の を保 護 す る こ と を 目的 と して 設 け られ た の だ か ら、 「此 由縁 ヲ以 テ」 「他 ノ会社 ヲモ 、 管 轄 ス ル ノ 権 利 ヲ有 ス ル ナ リ、 讐 ヘ ハ 貨 殖 ノ 会社 モ 、 工 業 ノ会 社 モ 、 教 法(=教 門) ノ会 社 モ、 三宝 保 護 ノ権 義 二 渉 ル 丈 ノ所 ニ テハ 、 他 ノ会社 ヲ、管 理 スヘ キ ノ義 務 ア ル ナ リ」(同 右)と 言 わ れ るが 、少 々解 りに くい 。 こ こ に 「権 利 」

(5)

西周 「人 生 三宝 説 」 を 読 む(二)33

「権 義(二 権 利 義 務)」 「義 務 」 とい う こ とばが 出 て くるが 、 「管 轄 ス ル ノ権 利 」 が 「三宝 保 護 ノ権 義」 とな り、 「管 理 ス ヘ キ ノ義 務 」 とな る に至 っ て 、

「権 利 」 と 「義 務 」 とい う こ とば が 、 同 じ意 味 で 無 差 別 に使 用 され て い る が 、 こ こで は む しろ い ず れ も 「義 務 」 の 意 味 で 使 わ れ て い る よ う に思 わ れ る。 そ うで ない と、 保 護 す る こ とが 政 府 の 機 能 で あ る 以 上 、 そ れ を義 務 で な く権 利 とす る こ とは 、 政 府 の統 制 機 能 を強 め 、保 護 機 能 を逸 脱 して し ま う こ とに な る だ ろ う。 もっ と も、 当 時 の 明 治専 制 政 府 は 、 そ れ を権 利 と し て 行 使 し、殖 産 興 業 を はか り、富 国 強兵 化 を 目指 そ う と して い た こ とか ら、

現 実 は権 利 だ っ た の か も しれ な い が 。 西 は 後 述 す る よ うに、 保 護 とい う観 点 か ら、勧 農 、勧 工 等 につ い て は 「道 徳 上 ノ義 務 、即 チ道 義 ナ リ」(五 三 七 頁)と 述 べ て い る。

以 上 見 て きた よ うに 、 個 人 及 び会 社(「 特 」 と して の)が 」 己 れ の 健 康 知 識 富 有 とい う三 宝 を貴 重 し増 進 す る権 利 義 務 が あ る よ うに 、政 府 も、 と 言 う よ り、 政 府 は個 人 及 び 会社 が 三 宝 を貴 重 増 進 す るの を、 妨 げ られ な い よ う保 護 す る道 徳 的 義 務(権 利 で は な く)が あ る と され る の で あ る。 ヘ イ ブ ンス は次 の よ う に言 っ て い る。 「国 家 が 人 間社 交 中withinsocietyat

largeの 一 単 位 にす ぎな い とい う思 想 と、政 府 の 役 割 は会 社societyの 利 の保 護 者 で あ る こ と を義 務 とす る とい う理 論 とは 共 に、 家 族 に基 礎 を置 く 正 統 的 な朱 子 の 国家 観 念 と真 っ 向 か ら対 立 す る もの で あ り、 立 憲 政府 とい

う ヨー ロ ッパ の 理 論 の 、 西 の政 治 思 想 へ の 影響 を示 して い る1(ilの で あ ろ う。 しか し、 す ぐに見 る よ うに 、 そ れ に も拘 わ らず 、 西 は立 憲 政 治 に はそ う重 き をお い て い る わ け で は な い よ うな語 り方 をす るが 、 ど うな って い る の か。

(6)

七 三 宝 説 ハ 、 政 体 二 関 渉 ス ル コ トナ シ

政 府 の 義 務 につ い て 以 上 の よ うに述 べ た後 、次 の よ うな見 解 が 示 され る。

少 し長 い が 引 用 して お こ う。 「然 ル ニ三 宝 ノ道 徳 論 ニ テハ 、 既 二 政 府 ヲ観 ル コ ト、 如 此 ク ナ ル ヲ以 テ、 カ ノ政 府 ノ体 制 、 即 チ所 謂 、政 体 ト云 フ者 二 拘 ハ ル コ トナ シ、 故 二筍 モ、 三 宝 ヲ忽 略 ニ セ ス シテ、 之 ヲ貴 重 シ、 是 力保 護 ヲナ セ ハ 、 行 ク所 トシ テ、 此 道 、此 徳 ノ行 ワ レサ ル コ ト莫 シ、 故 二君 主 専 制 ナ リ、 共 和 政 治 ナ リ、 豪 族 政 治 ナ リ、 筍 モ 三 宝 ノ保 護 ヲ得 レハ 、 拘 ハ ル所 二 非 ス ・ 総 テ此 等 ノ政 体 上 ノ 区別 ハ 、 皆 其 国 ノ社 交 開発 ノ度 二準 シ、

歴 史 上 ノ沿 革 、 形 勢 二従 ヒ、 如 何 ニ モ三 宝 保 護 二 、至 便 、至 利 ナ ル ヲ主 ト ス ヘ シ、 〔本 邦 ノ如 キ ハ 、 万 世 一 系 ノ皇 統 ヲ奉 ス ル コ ト、 我 力 人 民 三 宝 ノ 為 二 、 至 便 至 利 タ リ、〕 故 二 三 宝 説 ハ 、 政 体 二 関渉 ス ル コ トナ シ、 唯 其 政 府 ・ 三宝 ヲ忽 略 シ、 或 ハ 其 保 護 ヲ怠 リ、 或 ハ 反 リテ、 之 ヲ危 害 ス レハ 、 直 チ ニ其 以 テ 政 府 タ ル所 ノ実 ヲ失 フ ナ リ」(五 三 四 頁)。 一 見 論 旨 は 簡 単 明 瞭 で あ る。 三 宝 を貴 重 し増 進 す る の に保 護 を与 え て 、 そ の 貴重 増 進 に利 あ れ ば 、 政体 は どん な もの で も良 い、 とい うわ け で あ る。 これ は極 論 の よ う に も見 え るが 、 こ と は そ う簡 単 で は な い。 論 点 を摘 出 して み る と、a三 宝 の 道 徳 論 は政 体 に 関渉 しない 。b政 体 上 の 区 別 は社 会 の 進 歩 の 度 合 い(歴 史 上 の 沿 革 、 社 会 状 態)に よ り異 な るが 、 そ の都 度 三宝 の た め に至 便至 利 を 旨 とす る。c本 邦 は 天 皇 を奉 ず るの が至 便 至 利 で あ る。d政 体 は 三宝 の保 護 を最 大 の 眼 目 とす る、 とい うい わ ゆ る夜 警 国 家論 で あ る。eそ して前 節 の 最 後 にヘ イ ブ ンス の 指摘 に あ った の と裏腹 に 、立 憲 主 義 は ど う で も よい こ との よ うな 主 張 。 これ らの 論 点 は必 ず しもそ れ ぞ れ独 立 して い るわ け で は な い が 、 以 下 、 西 の 地 の 論 考 や 、 同 じ明 六 社 の社 員 の論 考 と比 較 しなが

ら考 察 して み た い。

まず 、 三 宝 の 貴重 増 進 に至 便 至 利 な らば 、 ど ん な政体(「 君 主 専 制 ナ リ、

(7)

西 周 「人 生 一'r'+説」 を 読 む(二)35

共 和 政 治 ナ リ、 豪 族 政 治 ナ リ」)で も よい とす る点 で あ るが この よ うな功 利 的 な見 解 は、 必 らず し も西0人 の 見 解 で は な く、西 ほ ど極 端 で は な い に

しろ 当 時 の 啓 蒙 思 想 家 一 般 の見 解 で あ っ た と言 え る で あ ろ う。

同 じ 『明 六 雑 誌 』 第 二 十 八 号 に 掲 載 さ れ た 西 村 茂 樹 の 「政 体 三 種 説 」 (上 ・下)を 見 て み よ う。(上)で 「因襲 政 治 」(「其 建 国 ノ時 ノ政 体 ヲ以 テ 善 美 ナ リ トシ、 少 シモ 其 可 否 ヲ考 ヘ ズ只 管 コ レニ 因襲 シ テ政 治 ヲ為 ス者 …

… 因襲 政 治 ハ 人君 独 裁 ノ別 名 トス ル モ可 ナ リ」(四 ・ウ〜 五 ・オ)「 因襲 道 理 混 合 政 治 」(「国 民 習 慣 ノ良 否 ト開化 ノ深 浅 二従 ヒ、 一 半 ハ 因襲 二依 リ、

一 半 ハ 道 理 二 愚 リ テ政 体 ヲ定 メ シ者 … … 君 民 同 治 ノ政 体 ハ、 因襲 道 理 混 合 政 治 ノ別 名 トス ルモ 可 ナ リ」(五 ・オ〜 五 ・ウ)、 「道 理 政 治 」(「唯 道 理 ヲ 講 究 シテ其 政体 ヲ立 ル… …平 民 共和 ノ政 体 ハ 道 理 政 治 ノ別 名 トス ル モ 可 ナ リ」(五 ・ウ)と 、 民 の 知 識 の 開 け具 合 に応 じて 三 政 体 が 区別 され て い る。

す な わ ち、 「因襲 政 治 ハ 蒙 昧 ノ政 体 ニ シ テ、 混 合 政 体 ハ 蒙昧 二 明 智 ヲ兼 タ ル政 体 、 道 理 政 治 ハ 純 二 明 智 ノ政体 」(六 ・オ)と され る が 、(下)に お い て 、 政 治 を 論 ず る に は 、 「凡 ソ政 治 ハ 、 民 ノ 開 化 ノ 度 二従 フベ キ 者 ニ テ 、 其 国 ノ政 体 、 其 民 ノ 開 化 ノ 度 二 応 ズ レバ 治 マ リ、 応 ゼ ザ レバ 治 マ ラ ズ」

(六 ・ウ)で あ る か ら、 政 体 につ い て は 「道 理 上 」 の 観 点 よ りは 「功 験 上 」 の 観 点 か ら論 じな け れ ば な らな い と主 張 して い る。 これ は功 利 的 な 政体 論 で あ り、 そ の 限 りで は西 の よ うな極 論(と 見 え る よ う な)で は な い が 、 基 本 的 に は 西 の 見 解 と一 致 して い る と言 え よ う。 しか し、 西 村 は 他 方 で 、

「道 理 政 治 ハ 今 日 ノ政 治 二非 ズ シ テ未 来 ノ世 ノ政 治 ナ リ」(七 ・オ)と も釘 を さ して い る。 西 自身 も この 点 で は、 「人生 三 宝 説(三)」 で 、 観 点 は異 な るが 、 「専 制 政 府 等 二 於 テ 能 見 ル所 ノ如 キ 門 地 世 族 ノ習 ハ 、 此 三 宝 社 交 ノ 道 徳 学 二在 テ尤 モ濱 件 ス ル所 」(四 ・ウ〜五 ・オ)と 言 っ て い たの で あ り、

三宝 説 の道 徳 学 の 観 点 か ら も政 体 に関 渉 しな い とい う見 解 に反 す る こ とを 言 っ て い た の で あ る。(反 論 と して は 、専 制 政 府 も 「門 地 世 族 ノ習 」 を し

(8)

な け れ ば 、 可 で は な いか 、 とい う主 張 が 考 え られ るが 、 西 は 『百 一 新 論 』 等 で 、 徳 治 は法 治 に よ り克 服 さ るべ きで あ る こ とを歴 史 的 考 察 に よっ てか つ て 明 らか に して お り、統 治 者 の恣 意 的 道 徳 的 人格 的 支 配 を否 定 して い た の で あ るか ら、 や は り専 制 政 府 は批 判 され て い る と見 るべ きで あ ろ う。)

西 村 は 「功 験 上 」 と言 っ て い るが 、 「実 際 に現 れ た 効 果 か ら」 とい う意 味 だ ろ うが 、 「君 民 同 治 」(=立 憲 君 主 制)が 現 実 の 日本 には 適 わ しい と言 っ て い て正 直 だ が 、 西 は そ の 点 、 専 制 政 府 云 々 と言 って い な が ら、 「政 体 二 関 渉 ス ル コ トナ シ」 と言 うの は正 直 で な い よ うな気 が す る。

次 に、 同 じ く明 六社 の社 員福 沢 諭 吉 の場 合 を見 てみ よ う。 そ れ は 『文 明 論 之 概 略 』 の 第 三 章 「文 明 の 本 旨 を論 ず 」 の 次 の よ うな 箇 所 で あ る 。 「文

ゆ たか

明 とは人の 身 を安 楽 に して心 を高 尚にす る をい うな り、衣食 を饒 に して人

た っ と

品 を貴 くす る を い うな り。」(r)を功 利 主 義 的 な 文 明 観 の い わ ば 定 義 を し、

更 に そ れ が 「文 明 とは人 の 安 楽 と品 位 との 進 歩 を言 うな り。 また この 人 の 安 楽 と品位 とを得 せ しむ る もの は 人 の智 徳 な るが 故 に、 文 明 とは 結 局 、 人 の 智 徳 の 進 歩 とい うて 可 な り。」㈲ と言 い変 え られ る。 こ う文 明 を定 義 し て お い て 、 で は 文 明 の進 歩 と政 体 との 関 係 は ど うか とい う問 い が な され る。

西 洋 諸 国 の 文 明 の形 勢 を見 る と先 ず貴 族 を倒 し、 日本 で は廃 藩 置 県 に よ り士 族 の 専 制 を失 わ しめ て 、 と もに平 等 な 社 会 な志 向 して い る こ とか ら、

「文 明 の 本 旨 は上 下 同 権 に あ らず や 」 「文 明 の 国 に は君 主 を奉 ず べ か らざ る が 如 し、 果 して しか るや」S9)と。 つ ま り、 文 明 化 の 歩 み は特 定 の 政 体 を要 求 す るの で は な い か 、 と問 うて い るの で あ る 。 しか もそ れ は現 実 の 明 治 政 体 に直 接 関 わ る 形 で 「君 主(=天 皇)」 制 の 是 非 を問 う形 で な され て い る の で あ る。 そ れ に対 して 、 次 の よ う に答 え る 。 「これ い わ ゆ る 片 眼 を以 て

うか が ち ょう

天 ドの 事 を窺 うの 論 な り。 文 明 の物 た る や大 に して重 な るの み な らず 、 ま

こ う か ん し こ う し か ん あに

た洪 に して寛 な り。文 明は至 洪至寛 な り。 豊 国君 を容 るるの地位 なか らん

(9)

西周 「人 生{宝 説 」 を 読 む(二)37

や 。 国 君 も容 るべ し、 貴 族 も置 くべ し、 何 ぞ これ らの 名 称 に か か わ りて

区 々 の疑 念 を抱 くに足 らん。」{spyと言 っ て 、立 君 の 制 は 階 級 の あ る な しに、

専 制 自 由 に 関 わ りな く行 わ れ て い る と例 を挙 げ 、 次 の よ う に 一 般 化 さ れ る 。

すへ

「 都 て世 の政 府 は、た だ便利 のた め に設 けた る もの な り。 国の文 明 に便

て い さい

利 なる ものなれ ば、政府 の体 裁 は立君 にて も共和 に もて も、 その名 を問わ

かい びゃ く こ こ ろ

ず して そ の 実 を取 るべ し。 開 開 の 時 よ り今 日 に至 る ま で 、 世 界 に 試 み た る政 府 の 体 裁 に は、 立 君独 裁 あ り、 貴 族 合 議 あ り、 民 庶 合 議 あ れ ど も、 た

いず

だ そ の 体 裁 の み を見 て何 れ を便 と為 し何 れ を不 便 と為 す べ か らず 。 た だ 一 方 に偏 せ ざ る を緊 要 とす るの み 」。(llf

こ こで はギ ゾ ー の 『文 明 史 』 の 議 論 を援 用 して 、 文 明 と立 君 制 の 関 係 に つ い て、 功 利 主 義 の 観 点 か ら 「名 」(=立 君 制)よ りも 「実 」(=西 の 表 現 を借 りれ ば 、 文 明 の 進 歩 に とっ て も至便 至 利 で あ る こ と)を 問題 にす べ き で あ る と主 張 さ れ て い るが 、 立 君 制 が 単 な る 「名 」 で あ る の か ど うか 、 立 君 制 そ の もの が 文 明 的 な もの で あ るか ど うか の 検 討 が パ ス され て し ま って い る。 しか し、 『文 明 論 之概 略 』 が 書 か れ て い く ら も経 過 して い ない 時 期 に書 か れ た と思 わ れ る 『覚 書 』 にお い て また 」 次 の よ うに も記 して い るの

あ りが た き み た の し が ん らい

で あ る。 「聖 明 の 天 子 、 賢 良 の 臣 、 難 有 御 代 、楽 し き政 府 な ど ・は 、 元 来 、

いつ わ り あ らず な ん へ つ らい

何物 を指 して云 ふ こ となるや。偽 に非 ず して何 ぞや 。俵 に非 ず して何 ぞ

も って か か つ ご う も ち う

や 。 人心 の愚 な る こ と以 て見 る可 し。斯 る不 都 合 な る言 葉 を公然 と し用

ふ う さ て ん ゆ お い は じ

るの風 を成 して よ り、偽 詐詔 諌 は 人の 品行 に於 て恥 る に足 らざる もの と

為 れ り。 … 」。i12)す な わ ち 、 文 明 と は 人 の 「心 を 高 尚 に す る 」 の で あ り、

い つ わ り へ つ らい

「智 徳 の 進 歩 」 とい うな らば 、 「君 主 を奉 ず 」 る の は、 「偽 」 で あ り、 「俵 」 で あ って 、 立 君 制 そ の もの が 文 明 的 で な い と言 って い るの で は な い か 。 立 君 制 そ の もの の検 討 をせ ず に、 あ る い は す べ て の個 々 の 政体 の 検 討 をせ ず

(10)

に、 「国の文 明 に便 利 なる もの なれ ば」 とい う功 利 主義 的観 点 か らの み、

政体 の是非 を問 う とい うの は、文明 その もの彼 の定義 を裏切 る こ とになる

あ い た い か ぎ

の で あ る。 「そ もそ も文 明 は相 対 した る語 に て 、 そ の 至 る所 に 限 りあ る こ とな し。 た だ 野 蛮 の 有 様 を脱 して次 第 に進 む もの を い う な り。」q3・と言 わ れ て い る文 明 と相 対 して い る 「野 蛮 の 有 様 」 の 抱 え 込 み す ら許 容 され て し ま うの で あ る。 さ ら に 「実 を取 るべ し」 と言 うが 、 立 君 制(=天 皇 制)に い か な る 「実 」 が あ るの か 、 い か な る 「国 の 文 明 に便 利 な る もの 」 が あ る の か が全 く論 じ られ て い な い。(後 年 「帝 室 論 」 「尊 王 論 」 な どで 論 じ られ る こ と に な るが 、そ れ は か な り、時事 的 な時 代 状 況 に 関 わ った もの な の で 、

こ こで は触 れ な い。)

そ して 実 は 、 これ は西 の 「〔本 邦 ノ如 キハ 萬 世 一 系 ノ皇 統 ヲ奉 ス ル コ ト、

我 力 人民 ノ三 宝 ノ為 二、 至 便 至 利 タ リ、〕」 とい う見 解 に お い て も同 様 なの で あ る。 「人 民 ノ三 宝 ノ為 二 」 どん な 「至 便 至 利 」 が あ るの か に つ い て全 く論ぜ られ ず 、 断 定 的 に 言 い っぱ な しな の で あ る。 ヘ イ ブ ン ズは 「大 部 分 の 啓 蒙 思 想 家 た ち と 同様 、 西 は 天 皇 を 国民 再 統 合 の 象 徴 とみ な した」c141 と記 して い るが 、 そ して歴 史 的 事 実 と して は そ うい う面 が あ っ た か も しれ な いが 、 根 拠 な しに記 して い る 。

い ず

さらに、 様 々な政体 につ い て 「 ただその体 裁 のみ を見 て何 れ を便 と為 し

何 れ を不便 と為 す べ か らず 。 た だ一 方 に偏 せ ざ る を緊 要 とす る の み」 と言 わ れ る と き、 何 を基 準 に して 「一 方 に偏 せ ざ る を緊 要 とす る」 の か が 示 さ れ て い な い。 仮 に文 明 化 の 歩 み に とって 便 不 便 で あ るか が 基 準 と され るの で あ れ ば、 どの 政 体 に と って も 「便」 な る面 と 「不 便 」 な る面 が あ る と考 え られ る以 上 、 結 局 どの政 体 で も許容 され る こ とに な り、 相 対 的 に この政 体 が あ の 政体 よ りい くらか ま しだ とい う こ とが 、 「一 方 に偏 」 しな い こ と

に な り、 とて も緊 要 と され る こ とに は な らな い だ ろ う。 つ ま り、 悪 し き相 対 主 義 に 陥 っ て し ま う こ とに な って しま う。

(11)

西 周 「人 生 三宝 説 」 を 読 む(.}3g

さて 、 西 の最 初 の 引 用 の部 分 に戻 ろ う。 「三 宝 ノ道 徳 論 ニ テ ハ 、 … … 政 体 ト云 フ者 二拘 ハ ル コ トナ シ 、 … … 三 宝 説 ハ 、 政 体 二 関 渉 ス ル コ トナ シ」

とい うが 、 西 は か つ て 『燈 影 問 答 』(明 治 三 年 冬)で こ う言 っ て い た の で は な い か 。 「… … そ れ 政 府 て ふ もの は、 人 民 よ り君 主 を撰 ミ立 た る もの な るか ゆへ に、人 民 の 之 を尊敬 せ さる を得 す 、其 君 主 を尊 ミ立 る に 及 む て は 、 人 民 お の ・ ・所 有 と なす と こ ろ の 権 の 一 分 を分 つ て 君 主 に托 せ さ る を得 す 、 既 に そ の0分 を托 す る か故 に、 お の ・a君 主 の 法 令 を守 りて違 背 す る こ と能 ハ す 、 か つ お の れ を 自在 に な す こ と あ た ハ さ る もの な り、 君 主 は 人 々 お の い の一 分 の 権 を預 か る もの な るか 故 に、そ の 善 悪 曲直 を弁 別 し、

法 を もて ミた る こ とな か ら しむ る は 、 政 府 の 本 体 た る と ころ な り」ll.と 。 そ して この 「人生 三 宝 説 」 の(一)の 末 尾 で も 「人 ヲ治 ム ル 要即 チ 同生 同 人 ノ依 託 ヲ受 ケ テ公 二 其 事 に任 ス ル ノ道 」(三 八 ・五 ・オ)と 。 つ ま り一 種 の社 会 契 約 説 と見 て い いの だ う と思 わ れ るが 、 この 点 か らも 「政 体 ト云 フ者 二拘 ハ ル コ トナ シ」 とは 言 え な い で あ ろ う。 さ らに 「政 体 上 の 区 別 ハ 、 其 国 ノ社 交 開発 ノ度 二 準 シ、歴 史上 ノ沿 革 、形 勢 二 従 ヒ」 と 言わ れ る と き、

政 体 は社 会 の 開 明 化 の 度合 に応 じて 、 福 沢 の こ と ば を使 う な ら、 文 明 化 の 度 合 に 応 じて 、 そ の段 階 に お い て の 文 明 的 な 政 体 は どれ で あ る か 、 依 託 (も ち ろ ん 三 宝 保 護 に 至 便 至 利 で あ る こ とが 条 件 で あ るが)の 方 法 も 自ず と決 ま っ て くる だ ろ う。 しか もそ の 方 法 は、 統 治者 の 恣 意 的 徳 治 的 な もの に左 右 さ れ て は い け な い の で あ るか ら。

この 依 託 とい う一種 の 社 会 契 約 説 的 見 解 で 思 い お こ され るの は 、 さ きの 福 沢 で あ る。 『学 問 の す ・め 』 第 二編 「人 は 同等 な る こ と」 に お い て 「元 来 人民 と政 府 との 間柄 は 、 も と同一 体 にて そ の 職 分 を区 別 し、 政府 は人 民

み ょうだ い

の 名 代 と な りて 法 を施 し、 人 民 は 必 ず この 法 を守 るべ し と、 固 く約 束 し

た と

たる もの な り。 讐 えば今、 日本 国中にて明治 の年号 を奉 ず る者 は、今の政

府 の法 に従 うべ しと条約 を結 びた る人民 な り。故 に一 た び国法 と定 ま りた

(12)

40

る こ とは、 仮 令 い或 い は 人民 一 個 の た め に 不 便 利 あ る も、 そ の 改 革 まで は これ を動 か す を得 ず 。 小 心 翼 々謹 み て守 らざ るべ か らず 。 これ 即 ち 人民 の 職 分 な り。J'6}と 述 べ て い るが(こ れ は 多 くの 批 判 に さ ら され て い る よ う

に 、 これ が 出 され た 明 治六 年 十 一 月 に は、 人 民 が 政 府 とそ ん な社 会 契 約 を 結 ん で い る わ け で は な い の で 、 福 沢 の 一 種 の フ ィ ク シ ョ ンで あ る け れ ど も)、 一 旦 依 託 契約 した な ら、 福 沢 の言 う よ うに 、 「不 便 利 あ る も」 従 わ ざ る を得 ず 、 西 の 言 う よ う に 「唯 政 府 、 三 宝 ヲ忽 略 シ、 或 ハ 其 保 護 ヲ怠 リ、

或 ハ 反 リテ、 之 ヲ危 害 ス レハ 、 直 チ ニ其 以 て 政 府 タル所 ノ実 ヲ失 ウ ナ リ」

(傍点 筆 者)と い うわ け に は い か な い の で あ る。

この よ う に西 の 自 己矛 盾 を も抱 え込 ま ざる を得 ない 極 論 、 政 体 に対 す る 功 利 主 義 的 無 関心 を表 明 させ た もの は何 だ っ た の だ ろ うか 。 ヘ イ ブ ンズ は 次 の よ う に そ れ を説 明 して い る。 これ は西 の 生 涯 に わた る政 治 的 立 場 の要 を得 た 結 論 で あ っ て 、 「この 正 統 的 な ら ざ る立 場 に は、 大 事 な の は 政 策 で あ っ て統 治 形 態 で は な い とい う利 点 が あ る。 しか し、 西 は 少 な く と も、 見 境 い な しに で は な い に して も非 常 に非 現 実 的 で あ り、 現 実 に は 国 の統 治 形 態 とそ の 基 礎 にあ る哲 学 が 人 間の 健 康 知 識 富 有 の 保 護 に通 常 決 定 的 で あ る こ と を見 損 っ て しま っ た」。tlT)ここ で言 わ れ る統 治 形 態 の 基 礎 に あ る哲 学 とは そ れ こそ が 功 利 主 義 で あ り、 そ れ を基 礎 に して い るの が 立 憲 民 主 制 国 家 で あ る の が 、 当 時 の 英 国の 姿 で あ るの に、 そ の 現 実 を拾 象 して 、 功 利 主 義 の 成 立 の社 会 的 歴 史 的 背 景 を抜 き に功 利 主 義 に基 く議 論 を展 開 して し ま

って い るの で あ る 。 「其 国 ノ社 交 開 発 ノ 度 二 準 シ、 歴 史上 ノ沿 革 、 形 勢 二 従 ヒ」 物 事 を考 え な け れ ば い け な い との 自覚 が あ りなが ら、 功 利 主 義 と立 憲 国 家 とい う政 体 との 結 びつ きを切 り離 して し ま って い るの で あ る。 もち ろ ん理 由 が な い わ け で は な い。 当 時 の 日本 は そ ん な英 国 の 姿 に は遠 い こ と を西 は 当然 認 識 して い た で あ ろ うが 、 彼 が か つ て 生 きて い た徳 川 幕 府 の 時 代 が 「三 宝 ヲ忽 略 シ、 或 ハ 其 保 護 ヲ怠 リ、 或 ハ 反 リテ、 之 ヲ危 害 」 す る 政

(13)

西 周 「人 生 三宝 説」 を 読 む(二)41

体 であ た とい う強烈 な思いが あ り、一 方で維新 によ り、特 に廃藩置県 に よ り最終的 に、士 緑、家系 、武力 を廃絶 した政体 になった とい う状 況の もと で一刻 も三宝 を貴重 し増 進す る社会 になってほ しい とい う思いが現状 を も 飛 び越 え る形で、西 にこの ような極論 を吐かせ たのか も しれ ない。

しか し、結果 的 には、西 を して強権 をふ る う専 制国家 の支持 とい う立場 に知 らず知 らず置 くこ とになったの も否 めない こ とだ ろ う。

八 余 今 敢 議 院 ヲ起 ス ノ可 否 二就 テ 之 ヲ論 ス ル ニ 非 ス

ここで これ らとの 関わ りにお いて、 い わゆる 「 民撰 議 院論 争」 にお ける 西及 び明六社 の社 員の動 向を見 てお きた い。民撰 議 院設 立論争 はいわ ゆる 明治六年 の政変 に よ り下野 した板垣 退助 らに よって明治 七年0月 一七 日に 左 院に提 出 され た 「 民撰 議院設立建 白書」 を契機 に引 き起 こ され たが、明 六社 の社 員の見解 はまち まちであ った。加藤 弘之、森有礼 、西周 らは時期 尚早論 を展 開 し、津 田真道 は早期実 施 を、西村 茂樹 、神 田孝平、清水卯 三 郎 らは支持 をそれぞれ表明 した。た だい この論争 では神 田孝平 を除い ては 実質的 に民撰議 院設立 その ものの議論 が な されず、建 白書の枝葉 末節の部 分 に こだ わる ものが圧倒 的に多 く実 りある もの とな らなか った と言 って よ

い と思 う。1181ところで、福 沢が この時 期民 撰議 院につ いて ほ とん ど発 言 してい ないのが 目立つが。(191

さし当 り西 は どう反応 したか。彼 は これに関 わる三 つの論考 を 『 明六雑 誌 』に発 表 して いる。第三号 に 「 駁 旧相 公議一題」、第十 九号 に 「 秘密 説」 、

第二九号 に 「 網 羅議 院 ノ説」 であ る。

ここでは 「 駁 旧相公 議一題」 を見てお こう。 これ は先 に指摘 した ように 漸 進論 的立場 か ら、民撰議 院設立 の可否 につ いては論 ぜず に、 日本 の人民

は まだ民撰議 院 において国の政策 を決定 しうるほ どに充分 に開明 されてい

(14)

ないか らとい う、加 藤弘之 の考 え と同 じ立場 か ら時期 尚早 と した。民撰議 院設立の可否 で はな く、建 白書 の些細 な矛盾 をつ くに終始 してお り、0体 何 の ために こん な反駁書 を草 す る必要が あったのか理解 に苦 しむ ほ どであ

る。

フTジ ソク ケ ミ カ ル ポ リ チ ンク オLリ ジ オ ン

まず 、 「 格 物 ナ リ化学 ナ リ器械 ナ リ亦 カノ政 事 ナ リ法律 ナ リ法 教 ナ リ ト 同 日ニ シテ論 スヘ キ カ」(九 ・オ)と 『 百一新 論 』で論 じられた 理の 区別 に基 いて、汽車電信 等 はその普 遍の故に西 欧の 成果 を学 んで直 ち に受 け入 れ られるの に反 して、政治法 律宗教等 は 自然 学 と理 法 を異 にす るの で、西 欧 にお い て さえ英 仏 の議 院政 体 は 「 天壊 相 反 スル」(同 右)の で あ って、

それぞ れの国情の違 い によ り、汽車電信 の よ うな科学技 術 と同 日に論 ず る こ とはで きない とす る。例が 面 白い。石 を空 中 に投 げれば必 ず また落 ちて くるけれ ど、 雇 われ た0貧 人 に百 円渡 して三 十里先 に0物 品 を買 い に行か せ た ら、彼 は買 い物 を して必 ず戻 って くるか どうか は石 の場合 と同一 を期 せ るか、 と。

次 は大事 な論 点 で あるが、 「 人民政 府二対 シ租 税 ヲ払 フノ義務 アルハ則 チ其政府 ノ事 ヲ与 知可否 スル ノ権理 ヲ有ス是天 下 ノ通論 ナ リ ト」(九 ・ウ) とい う建 白書 の主 張 に対 して、 「 通論 ノニ字何 等 ノ議 ゾ」 と言 っ て 「 人民 既 二租 税 ヲ出ス則 チ是 二対 シテ其保護 ヲ望 ム ノ権利 ヲ有 スヘ シ然 トモ其之 ヲ参与可 否 スル ノ権 理ハ則 其 国創 メテ政体 ヲ建 ル時 二在 テ之 ヲ定 ムヘ シ」

で あ って、仮 に ル ソーの社 会契約 論 に拠 った と して も同様 で あ って、 「 政

府 ノ事 ヲ与 知 ス ル ノ権 利ハ租 税 ヲ出 ス ト相 対 ス ル ノ権 利 二非 ス」(同 右)

と言 う。租税負 担の義務 に相対 す る権利 と して保護 を受 け る権利 はあって

参政権 は約束 に よるの であって当然の権利で は ない とされ るので あ る。 こ

の点 では私権 の徹 底 的 自由 を主 張 しなが ら(lf?1、 公権 につ い て消 極 的 な福

沢 とよ く似 てい る と言 えよう。 そ して 『 人権新 説』以 前の天賦 人権論 に依

拠す る加藤弘 之の方が公権 の主張 を前面 にお し出 してい るので あ る。明治

(15)

西 周 「人 生 三宝 説 」 を読 む(つ43

元 年 に公刊 した 『立 憲 政体 略 』 次 い で 明 治 三 年 に公刊 した 『真 政 大 意 』 を 見 て お こ う。 論 旨 は 『隣 草 』 以 来 の もの で あ る が 認 識 の 深 化 が 顕 著 で あ

る。

まず 『立 権 政 体 略X207で あ るが 、 「政 体 総 論 」 に お い て 五 つ の政 体 の 区 別 を論 じ、 「上 下 同 治 」 「万 民 共 治 」 に お い て 各 々 の 「国 権 」 「三 大 権 柄

(三 権 分 立)」 に つ い て論 じた後 、「国民 公 私 二 権 」 に お い て 「私 権 」 「公 権」

が 論 じ られ る 。 「君 主 檀 制 、 君 主 専 治 、 貴 顕 専 治 」 に お い て は 人民 は この 二 権 を もた な い が 、 「立 憲 二 政 体(=上 下 同 治 、万 民 共 治)」 にお い て は 、

「其 臣 民 タル 者 ノ 身、 自 ラ権 利 ノ存 ス ル ア リ」 と され 、「私 身 二 関係 ス ル所 」 の 「私権 」 と 「国事 二預 カ ル」 の 「公 権 」 とい う 「二 類 」 の権 利 を もつ と

され る(二 四 頁)。 「私 権 」 に は 「生 活 」 「自身 自主 」 「行 事 自在 」 「結 社 及 ヒ会合 」 偲 言 書 自在 」 「信 法 自在 」 「万 民 同一 」 「各 民 所 有 ノ物 ヲ 自在 二処 置 ス ル」 等 の八 つ の 権 利 が 挙 げ られ て い る が 、 これ は 福 沢 らの見 解 とほ ぼ 同 じで あ る(二 四 〜 二 五 頁)。 そ れ に 対 して 「公 権 」 に は 二 種 類 あ っ て 、 ひ とつ は 「立 法 府 官 員 ヲ選 択 ス ル ノ権 利 及 ヒ其 官 員 二選 択 セ ラル ル ノ権 利 」 す な わ ち選 挙 権 と被 選 挙 権 とい う 「其 尤 モ著 大 ナ ル者 」 で あ る。 時 代 的制 約 か ら当 然 で あ るが 、 さ ま ざ ま な制 限選 挙 を認 め て い る。 他 は 「諸 官 二任 ス ル ノ権 」 で これ は 「准其 才 能 二 従 ヒテ 高卑 諸 官 二 登 庸 」 され る(二 五 〜 二 六 頁)。 も ち ろ ん この よ う に公 権 を認 め た と言 って も、 加 藤 の 現 状 の観 察 に 基 く認 識 は、 「君 主専 治 ノ如 キ ハ 未 タ開 ケ ヌ蚕 愚 ノ民 多 キ 国 ニ ア リテ ハ 、 甚 タ適 当 セ ル政 体 ナ リ トイヘ トモ 、 漸 ク 開化 二 向 ヘ ル 国 ニ ア リテハ 直 二 廃 棄 セ サ ル ヘ カ ラ ス」 と言 う よ うに 「漸 ク 開 化 二 向 ヘ ル」 状 態 で あ り、

「去 歳 我 旧 幕 府 時 勢 ヲ観 察 シテ 政 権 ヲ天 朝 二 帰 納 セ ラ レ シ ヨ リ、 万 機 一 新 公 明 正 大 ノ政 治 ヲ起 シ玉 フ。 真 二 皇 国 中興 の 盛 業 ニ シ テ、 百姓12Pノ 幸福 コ レ ヨ リ大 ナ ルハ ナ シ」(一 九 頁)と い う見 解 と相 まっ て 、 君 主 専 治 を さ し当 り採 用 す る の が 良 い と い う見 解 で あ り、 「公 権 」 を 直 ち に認 め る とい

(16)

44

うの で は な い 。

しか し加 藤 の 現 実 論 は と もか く、近代 国家 は い わ ゆ る家 産 国家 で は な く、

国民 が 私 権 の み な らず 公 権 とい う基 本 的 な権 利 を も有 すべ きだ とい う指摘 は 、 契 約 に よ っ て しか そ の権 利 を もつ こ とが で きな い とい う福 沢 、西 の 見 解 よ り も当時 に あ っ て 一歩 進 ん で いた と言 え よ う。

次 に 『真 政 大 意 』 で あ るが そ の 「上」 の 後 半 で政 府 の 「治 術 」 と して 二 つ あ り、 まず 「臣民 各 々他 ノ屈 害 ヲ受 ケ ヌ様 二 、 臣民 ノ生 命 ト権 利 ト及 ビ 其 私 有 ト、 此 三 ッ ヲ保 護 ス ル コ トJ(九 一 頁)を 論 じた 後 、 次 の よ うに述 べ る。 「既 二 政 体 略 ニ モ 論 ジ テ置 イ タ通 リ、 立 憲 政 体 ノ国 々 デ ハ 、 臣 民 ノ 政 府 二 対 シ テ ノ権 利 二、 公 私 ノニ 通 リ ガ ゴザ ル ガ」(九 四 頁)と 前 著 『立 憲 政 体 略 』 の 見 解 を引 き継 ぐが 、 「私権 」 に つ い て は こ こで は そ の うち の 七 番 目に あ げ た 「万 民 同一 ノ権 利」 を強 調 して 取 りあ げ て い る の が 注 目 さ れ る。 これ は 「皆 同 一 ノ保 護 ヲ受 クベ キ権 利 」 で 「皆 相 応 二 自在 二 自己 ノ 所 業 ヲ営 テ 、 決 シ テ他 人 ノ為 二 限制 セ ラ ル ・様 ナ コ ト」 な く活 動 を可 能 に し くれ、 これ こ そ が 「人 々 ノ不 覇 自立 ヲ確 二 」 す るの で あ り、 ま さに 「欧 国 ノ文 明 」 を もた ら した もの で あ る と して い る 。 これ に対 し、 「公 権 」 に つ い て も前 著 と同 じ見 解 で あ るが 、 「臣民 ガ憲 法(立 憲 政 治 の 下 で の 「公 権 」 で あ る か ら、 現 在 の憲 法 と い う よ り法 律 を指 して い る の で あ ろ う)ノ 制 立 二参 与 ス ル権 利 」 と、 選 挙 権 と して 「代 議 士 トナ ルヘ キ者 ヲ選 挙 ス ル 権 利 」 を言 う。そ して これ こそ が 「民 ノ心 ヲ以 テ 民 ノ治 ム ル所 以 」で あ り、

「君 主 専 治 ト上 下 同 治 」 の 決 定 的相 違 と され る の で あ る(九 六 頁)螺 。 西 の 「駁 旧相 公'1題 」 に戻 るが 、 西 の 尚 早 論 の主 張 が 次 い で 、 「人民 ヲ シテ学 且 智 二 開 明 ノ域 二 進 マ シ」 め 、 「其 通 議 権 利 ヲ保 護 セ シ メ 自尊 自 重 天 下 ト憂 楽 ヲ共 ニ ス ル ノ気 象 ヲ起 サ シム」 るの は、 民 撰 議 院 よ りもむ し ろ 司法 文 部 の 政 に 求 む るべ きで あ る(十 ・オ 〜 十 ・ウ)と い う観 点 で示 さ れ る。 徒 に早 期 に議 院 を 開設 す る の は稽 古 も しな い で い きな り劇 を舞 台 に

(17)

西 周 「人 生 三宝 説 」 を 読 む(二)45

のせ て、後 に稽 古 をす る ような もので客 は来 ないで終演 になって しまうよ うな もの で、大 した害 もない けれ ども、「 今 天下 ノ政事 ノ如 キ亦是 ヲ演 習 ノ場 地 トナ スヘ ケ ムヤ」(十 ・ウ)と 反対 す る。 しか しここで反論 されて い るこ とこそ前 に見 た ように 自由民権 論者 の一 人が 主張 した こ とであ る。

見解 の相 違 と言 えばそ れ までだが、政治教 育 とはそ うい う実施 に即 して初 め て効 果の あが る もの である と考 え られ る以上、西 の演 劇 の例 は この場 合 適 しい例 とは言 えな いであろ う。

そ して更 に、森 有礼 と同様 に1231、「 夫帝 室漸 ク其尊 栄 ヲ失 ヒ政 令百端 朝 出暮改政情実 二成 リ賞罰愛憎 二 出ル」 とい う現政府批 判 は、建 白者 た ちが 数 ケ月前 まで政府 の一 員で あ った時 以来 の もので 、 「 之 ヲ責 ム、 亦 自ラ其 面 二唾 スル カ如 キ ノ ミ」 と批 判 とい うよ りも非難 をす る12引 。

西が演 劇の上演 に際 して稽古 を充分 に しない まま開演 す るの は不可 と し た例 に よって民撰議 院開設 の 尚早論 を主 張 した こ とと対 照 的 に主 張 した 、 外 国 人の内地 旅行 自由化論 を見 てお きたい。西 は 『 明 六雑誌 』 第二十三号

に 「 内地 旅行」 とい う論説 を前 月十一 月十六 日の明六社 の定例 会での演 説 を もとに発表 してい る。民撰議 院開設 尚早論 とは反対 に、 ここで は内地 旅

トウ ナ ス

行 自由化 を直 ちに実 施すべ しと主 張 してい る。 「 南 瓜」 を食べ て み ない と

ス イ

「旨 イ カ不 佳 力腹 ノ為 二 善 イ カ悪 イ カ分 ラ ナ イ ト同様 内地 旅 行 モ 許 シ テ サ シ テ 見 タ上 テ ナ ク テ ハ 善 力悪 イ カ 実 ハ 分 ラ ナ イ訳 デ ゴ ザ ル」(一 ・オ) 云 々の 例 は御 愛敬 と して 、 次 の よ うに論 ず る。 論 理 学 の 演 繹 法 と帰納 法 を

虚仮威 しの武器 に使 って、 まず前 者 に依拠 して 、 「 今 政事上 ノ方 向ハ何 庭

ダ レ

ニ 在 ル ヤ ト視 タラ好 和 開交 ト云 フ針 路 ヲ取 ッ タ ト云 フ コ トハ 誰 テ モ 識 者 ヲ 待 タ ス シ テ知 レ タ コ トデ ゴザ ル」(三 ・オ)だ が 、 物 事 は正 論 通 りに行 く

イ ス マ タ

と は 限 らず 、 内 地 旅 行 自 由化 は 「何 レ何 ノ路 許 ス コ トナ レ ド猶 早 イ最 少 シ 内 地 ノ 人民 力 開 ケ タ 上デ 許 ス ノ タ ト云 フ議 論 」(三 ・ウ)が 出 る こ とが 予 想 され るが 、 「御0新 後 七 年 ト云 フ星 霜 ヲ経 テ 人 間 ノ 身体 モ 骨 カ ラ 変 ッ

(18)

タ」(同 右)の で あ り、 政 府 の 基 本 方 針 も定 っ て い るの だ か ら、 「夫 デ モ マ ダ早 イ ト云 ハ レ様 力」 とい う議 論 も可 能 だ が 、 この 議 論 は 「好 和 開交 ト云 フ頭 脳 ノ題 目カ ラ内地 旅 行 ハ 許 サ子 ハ ナ ラ ヌ ト立 ッ タ論 」 な の で学 者 論=

机 上 の 空 論 だ とい う批 判 は免 れ な い とす る。

次 い で 帰 納 法 に依 拠 して 、 内 地 旅 行 を 認 め た 場 合 の 「消 極 ネ ガチ,̲̲.ウ (=害)」(四 ・ウ)を 取 り上 げ 、 この 害 が 「連 モ 医 ス 可 ラ サ ル 害 力又 策 ヲ 設 ケ テ 害 ヲ 防 ク コ トカ 出 来 ル カ」(四 ・ウ)と い う こ と を検 討 して、 そ の 害 を防 ぐ こ とが で きれ ば 、 「今 消 極 ダ害 ダ ト云 ッ タ者 ガ悉 ク 変 シ テ積 極 」

(同 右)に 帰 す るか ら とい う論 法 で 七 つ の 具 体 例 をあ げ て 、 こ れ らは 大 し た 害 で は な い し、 十 分 に 防 ぐこ とが で きる と して い る 。 「何 分 ニ モ是 ハ ト 思 フ所 ハ 悉 ク ス チ ップ レー シ ウ ン(stipulation)テ 細 カニ ケ(=箇?)條

書 ヲ シテ 條 約 ヲ結 ン ダ ナ ラ所 謂 消 極 ハ 消 シ壷 シ テ無 イ者 ニ ナ ル デ ゴザ ラ ウ」(六 ・オ)と 、 規 則 を設 け て 、 条 約 を(改 正 して)結 べ ば 問 題 な し と す るが 、 これ は 現 実 を無 視 した楽 観 論 で 、 こ れ こそ 「学 者 論 」 と言 わ ざる

を得 な い だ ろ う。 次 い で予 想 され る 「内地 雑 居 」 に触 れ た後 、 「全 体、迦

ア'1チ

リ ス ヂ ク シ ウ ン(jurisdiction)力 違 フ裁 判 ノ 権 管 力 彼 方 へ 屈 カ ヌ ダ ノ2⊥

ア イ ツ

ー フ(tariff)ヲ 改 正 ス ル権 カナ イノ彼 奴 等 ガ専 檀 ダ ノ狡 猜 ダ ノ ト言 ッ タ所

コJチ

ガ此 地 カ ラ為 ヘ キ事 ホ ド為 テ置 テ ソ ウ シテ独 立 ノ権 ヲ ヲ ッ立 テ ル様 ニ シ ナ ク テハ 無 理 二 抗 衝 ス ル コ トハ 出 来 マ イ ト思 バ レ ル デ ゴザ ル」(六 ・ウ 〜 七 ・オ)と しめ く くる。領 事 裁 判権 が 認 め られ て裁 判 権 が な い とか、 関税 自主 権 が な い とか 、 外 国 人 が 横 暴 で狡 猜 だ とか 言 った 所 が 、 こ ち らか ら為 す べ き ほ どの こ と を為 して、つ ま り外 国 人の 内 地 旅 行 や 内地 雑 居 を認 め て 、 独 立 の権 を立 て る こ とを して お か な い と道 理 を 欠 くこ とに な り、 外 国 と対 抗 で きな い とい うの で あ る 。

以 上 の 西 の 論 に対 して 、福 沢 諭 吉 は 「外 国 人 ノ内地 雑 居 許 ス 可 ラザ ル ノ 論」(『民 間 雑 誌 』第 六 編 、明 治 八年 一 月)と 「内地 旅 行 西 先 生 ノ説 ヲ駁 ス」r?;,y

(19)

西周 「人 生{宝 説 」 を 読 む(つ47

(『明 六 雑 誌 』 第 二 十 六 号 、 明 治 八 年 一 月)を 著 し、 主 に、 現 状 の ま まで の 外 国 人 の 内 地 旅 行 雑 居 を認 め れ ば 、 外 国 人 の 交 易 活 動 に よ り、 日本 が経 済 的 に大 きな損 失 を受 けて 、 致 命 的結 果 を招 きか ね な い とい う観 点 か ら反 論

して い るが 、西 の論 が学 者 論 で あ る とい うこ とを、西 の 論拠 を ひ とつ い1 取 り上 げ て 明 らか に して い る。 例 え ば 後 者 にお け る西 の 「御 一 新 後 七 年 」 云 々 の 現 状 認 識 に対 す る福 沢 の リ ア リス トと して の 現 状 認 識 の提 示 。 「抑 御 一 新 トハ 何 事 ナ ル ヤ 幕 府屋 ノ看 板 ヲ卸 シ テ 天 朝屋 ノ暖 簾 ヲ掛 ケ 今 ノ参 議 ハ 昔 ノ閣老 二 比 ス レバ 毛 ガ三 本 多 ヒ位 ノ相 違 ニ テ、 …(人 民 は)旧 幕 ノ専 制 ヲ以 テ行 ハ レ タル 無 気 無 力 ノ瓦 石 ナ レバ … … 仮 令 ヒ七 年 ノ 間 二 骨 質 バ ー一 新 ス ル モ其 気 質 ハ 依 然 タ ル コ ト疑 ナ シ… …(御 一 新 は)漣 モ 天 下 ノ人心 ヲ ー・変 ス ル ノ功 キ奏 シ タ リ トハ 思 ハ ス … … 此 人 民 ハ 矢 張 幕 府 ヨ リ譲 受 ケ タル マaノ 人 民 ト視 倣 シ テ 説 ヲ立 テサ ル 可 ラス 」(二 ・ウ〜 三 ・オ)と 。 した が っ て 「御 一新 ノ 甲斐 ハ 未 タ 人心 ノ底 マ デ 達 セ ス トス レバ 内地 旅 行 ハ 無 拠 尚 早 シ ト云 ハ ザ ル ヲ得 ス 」(三 ・オ)と 結 論 し、 以 下 西 の 挙 げ た 七 つ の 消 極 例 の 反転 に対 し個 々の 反論 を行 う。 そ して 西 が 後 半 で 言 う 「ス チ プ レー シ ョン 」 を頼 み に して 弊 害 を防 げ る とす る 点 を取 り上 げ て 、 「先 生 ノ説 ト 余 カ所 見 ト全 ク相 反 ス ル所 ハ 此 一 段 二 在 リ」 と言 っ て 「パ ワ、 イス 、 ラ イ 上 権 力 ハ 正 理 ノ源 ナ リ」 とい う福 沢 の 持 論 か ら、 西 の 見 解 を否 定 し、 「今 外 国 ノ交 際 ハ 正 シ ク今 ノマaニ テ 差 支 ア ル コ トナ シ」(五 ・オ)と 一 蹴 す る。 結 局 福 沢 は 「我 政 府 二 権 威 ナ ク我 人 民 二 智 力 ア ラサ ンバ 」(六 ・ウ) と い う と前 述 の 現 実 認 識 に よ り内 地 旅 行 自 由化 尚 早 論 を ぶ つ け る の で あ る。

と こ ろ で 更 に 興 味 深 い の は 津 田 真 道 の 場 合 で あ る 。彼 も 「内 地 旅 行 論Pω を書 くが 、 福 沢 と相 反 して 、積 極 的 に 内 地 旅 行 自 由 化 論 を展 開 す

るが 、 西 の 民撰 議 院 設 立 尚早 論 で挙 げ た演 劇 の 例 を連 想 させ る次 の よ う な 議 論 をす るの で あ る。 「外 国 人 内 地 旅 行 ノ事 ハ 宜 シ ク断 然 之 ヲ許 ス ベ シ蓋

(20)

目今 我 人民 に乏 シキ所 ノ者 ハ智識 ナ リ欠 クル所 ノ者 ハ開化 ナ リ夫 レ開化ヤ 知識ヤ本来教学 二 由テ以 テ之 ヲ漸新 スベ シ ト難此事学校 教育 ノ致 ス所固 ヨ

リー朝一タ ノ能 ク弁 スベ キ所 二非 ズ抑欧 米各 国人 ノ彼 ガ如 ク知識 二富 ミ開 化 二進ム所以他 二非 ズ彼等 通商交易五大洲 中至 ラザ ル所 ナ ク練磨 経験 二富 ムニ職 トシテ之 由 ルナ リ故 二人民 ノ智識ハ練磨 二 由テ生 シ開化ハ 交際二由 テ進 ム ト謂 フベ シ」(一 ・オ〜一 ・ウ傍 点筆 者 、以下 同 じ)と あたか も開 幕 して上演 しなが ら稽古 す る ことを可 とす るのであ る。そ の ため には外 国 旅行 をす るのが 良いの だが 、経済 的 に現在 はそれ は不 可 能 であ り、 「 サス レバ 目今外 国人 ノ我 内地旅 行 ヲ望 ムハ幸 ナ リ速 二其 請 ヲ許 シ我帝 国一般人 民 ノ智 識開化 ヲシテ外 国人 トノ交通練磨 二 由テ 日二長 シ月二進 マ シムベ シ 蓋 練磨 閲歴 ノ功ハ百 聞一・ 見 二如 カズ又習 フ ヨ リ慣 ル ・ナ リ」(二 ・オ)

津 田の議 論 は内地旅 行 の是 非 とい う よ りは、外 国人 との交 通(=交 際) を通 して一般 人民の知識 開化 をするの に外 国人の内地旅行 は良 い機会 を与 えて くれ る とい う立場 か らの論 であるが 、 もち論、 彼 も福 沢 の よ うに、外 国人 との交通が損 失 を もた らす危険性 を認 め る。 しか しそれ も一時的損 害 にす ぎず 、長 い 目で見た益 の方が大 きい と見 て いる点 で福沢 が致 命的害が あ る と見 たの と異 なって い る。詳 しくは触 れ ないが 、 「 一 時 ノ疲 弊固 ヨリ 多 シ ト難 後 来 ノ裡益 実 二 少 カ ラ ズ却 テ優 二之 ヲ償 フニ足 レ リ ト云ヘ リ」

(二 ・オ)と す る。 そ して実 に津 田は開港 の結 果 もた らされ た成果か ら推 して次 の ように述 べ る。 「 蓋 十年来 開港 交通 ノ効 ハ専我 国 中 人以 上 ノ智識 開化 ヲ増 長 セ リ十年以後 内地旅行 ノ効ハ我 国0般 ノ人民即 中人以下 ノ智識 開化 ヲ増 長 スベ シ其 稗益 タルw宏 大ナ ラズヤ」(三 ・オ)と 。

以 上 に ように反論 した福 沢 か らのみ な らず津 田のい わば賛成論 者か らも 西 の議論 の不完全 さが指摘 され るのであ る。

話 を 「人生 三宝 説」 の該 当箇所 に戻 す。 次 に 「〔 本邦 ノ如 キハ、万 世一

系 ノ皇統 ヲ奉 スル コ ト、我 人民 三宝 ノ為 二、至 便至 利 タリ、 〕 」 と述 べてい

(21)

西周 「人 生 三宝 説 」 を読 む(二)4g

る点 につ いて、先 にヘ イブ ンズの見解 と して 「 国民 の再統 合」 とい う解釈 を挙 げたが、 その解釈 よ りは、西の民撰 議 院設立論 に見 られた加藤 弘之 と 同様 の漸 進論(=時 勢論)的 立場 か らの尚早論 を勘 案す れば、先 に加 藤の

『 立憲政体 略 』 を取 り上 げた際 に、加 藤 の 当面 君 主専治 を良 しとす るの見 解 を見 たが、 それ と同 じと見 た方が 良いので はないか と思 うが いかがで あ ろ うか。 実 際直 前 の西 の言 にあ る よ うに、 「 其 国 ノ社 交 開発 ノ度 二準 シ、

歴 史上 ノ沿革 、形勢 二従 」って適 しい政体が 選 ばれ るべ きだ と考 えてお り、

カ ラ ダ

「 内地旅 行」 で の 「 御 一新後 七年 ト云 フ星霜 ヲ経 テ人 間 ノ身体 モ骨 カ ラ変 ッタ」 と言 って もまだ まだ とい う認識が あ ったはずで あ るか らで あ る。更 に、英 国 におけ る君主制 が う ま く機能 して いて開化 を多 い に促進 して いる

とい う認識 も背 景 にあ った と思われ る。

最後 に 「 三宝保護 」 とい う点 を取 り上 げ よ う。 この ような観点か ら政体 を見 る見方 はい わゆ る夜警 国家観 といわれ るが、 それ は当時の啓蒙思想 家 に共通 した見 方 と言 えるだ ろ う。福沢諭 吉 しか り、加 藤弘之 しか りで あ る。

ここで は、 『 真 政大 意』 にお ける加 藤弘 之 の 「 安 民」 とい う見解 を簡単 に 見 てお こ う。 しか し加藤 の 「 安民」 とい う考 え方 は以下 に見 る ように 「 治 安」 とい う憲法(=国 憲)に 拘 わるのであ るか ら、西 の 国憲 につ いての見 解 もこ こで引用 してお こ う。

九 政 体 ト国 憲 ハ 時 虚 の 変 更 ヲ受 クヘ キ者 ニ シ テ

「人生 三 宝 説 」(五)の 先 に 引 用 した政 体 論 に続 け て西 は 「国憲 」 につ い て 次 の よ う に述 べ る。 「而 テ其 次 ノ政 府 ノ性 質 ハ 、 所 謂 国 憲 ナ リ、 是 孟 得 斯 答 氏 ノ 三 権 分 割 ノ論 ニ シ テ 、近 世 欧 州 各 国 二 於 テ衿 式 ス ル所 タ リ、 然 ル ニ 三 権 ヲ分 割 ス ル ハ 唯 専 檀 ヲ制 ス ル ノー 術 ニ シ テ、 道 徳 上 二 関 ス ル コ トニ 非 ス、且 立 法 ノ権 モ 、三 宝 ヲ貴重 ス ル ノ法 を立 サ ル 可 カ ラス 、行 法 ノ権 モ 、

(22)

50

三 宝 ヲ貴 重 ス ル ノ法 ヲ行 ハ サ ル 可 カ ラス 、 而 テQモ 、 人 護 リニ 、 人 ノ三 宝 ヲ傷 害 ス ル トキハ 、 執 法 ノ権 、 以 テ制 克 ス ヘ シ ト云 フニ 過 キ サ ル ノ ミ、 然 ル ニ此 三権 分 割 ト云 フ論 モ 、 亦 唯 政体 上 、0部 分 二 行 ハ ル ・論 ニ シテ、 整 然 トシ テ首 尾 貫 徹 ス ル者 二 非 ス 、 唯君 臣相 管 制 シ テ、 交 互 二 其専 檀 ヲ防 ク ヲ要 トス レハ 、 亦 時 ト庭 トニ応 シ、 人 文 開 化 ノ度 二 準 シ テ、 多 少 ノ変 更 ヲ 用 ヒサ ル可 ラサ ル コ ト明 ナ リ、上 ノニ 性 質 ハ 、 政府 上 、 本 体 上 、 少 クヘ カ サ ル ノ性 質 二 非 ス シ テ、時 庭 ノ変 更 ヲ受 クヘ キ 者 トシ」(五 三 五 頁)。 即 ち、

ヨー ロ ッパ が好 ん で 手 本 とす る 三権 分 立 とい う国 憲 につ い て 、 こ れ は三 宝 を保 護 す る の に必 らず し も不 可 欠 とい うわ け で はな く、 単 に統 治 者 の 恣 意 的 専 制 支 配 を 防 ぐ手 段 にす ぎず 、 三 宝 説 の 道 徳 に関 わ る もの で は ない 。 立 法 府 は三 宝 を貴 重 す る法 を確 立 しな け れ ば な らず 、行 政 府 は 三宝 を貴 重 す る法 を執 行 しな け れ ばな らな い。 司 法 府 は 三 宝 が 傷 害 され な い よ うに しな けれ ば な らない と言 うにす ぎ な い(と す る と、 関 わ らな い と言 うの は ど う い う こ とだ ろ うか 。 そ れ は 、恐 ら く、 消 極 的 に しか 関 わ らず 、 積 極 的 に は 関 わ らな い とい う こ とだ ろ うか 。 三 宝 の 貴 重 増 進 そ の もの か ら出 て くる道 徳 に 関 わ る の で は な い か ら積 極 的 に 関 わ る もの で は な い とい う こ とか)。

だ か ら三権 分 立 は 、 或 る政体 には 行 わ れ 或 る政 体 に は行 わ れ な い こ と もあ り、 必 らず し もす べ ての 政体 で行 わ れ るわ け で は な いの で あ って 、統 治 者 と非 統 治 者 が 互 い に 恣 意 的専 制 を抑 制 しあ う こ とが 大 事 なの だ か ら、 さ ま ざ まな条 件 の も と臨 機応 変 に対 応 す れ ば よい の で あ り、 不 可 欠 とい うわ け で は な い。政 体 と国権 とい う二 つ の性 質 は 、大 した問 題 で は な いの で あ り、

時 と所 、 人 文 開化 の 度 合 に応 じて変 っ て も よい の で あ る。

こ こ に見 られ る の は 、 ヘ イ ブ ンス の 言 う よ うに 、 「構 造 的 形 式(=政 体 と国権)よ りは政 策 例 で あ り、 三宝 を貴 重 増 進 して 、 「一 般 福 祉 」 の 実 施 に 向 か って い る か ど うか が 、 良 い政 府 で あ るか ど うか の 目安 とな る の で あ る。 ヘ イ ブ ンス は 言 う。 「この よ うな見 解 が 日本 にお け る立 憲 運 動 に対

(23)

西 周 「人 生r三宝 説 」 を 読 む(二)51

す る西 の 態 度 の 要 め石 な の で あ る。 彼 は 立 憲 主 義 を国 の重 大 な 目標 を達 成 す るの に必 要 だ とは全 く思 わ なか っ た の で 、 明 治 初 期 の 憲 法 起 草 や 議 会 政 治 の創 設 に ほ と ん ど関心 を示 さ な か っ た 。」f̀L81多分 この よ う な立 場 か ら、

先 に見 た 「駁 旧 相 公 議 一 題 」 に見 られ た よ う に、 民撰 議 院 そ の もの につ い て論 じる こ と をせ ず 、 建 白書 の 論 理 的 矛 盾 の 揚 げ 足 取 りの よ うな議 論 に終 始 し、 後 の 「内 地 旅 行 」 との 論 理 的不 斉 合(?)が 見 られ る よ うな 議 論 し

か な しえ な か っ た の か も知 れ な い。 「この 立 憲 主 義 に 対 す る冷 淡 さ は 民撰 議 院 に対 す る彼 らの憤 激 した非 難 に よ く表 わ れ て い る。」f291

西 の この よ うな態 度 に比 して 、加 藤 弘 之 は む しろ維 新 は 立 憲 主 義 に 基 く 政 治 改 革 の 到 来 と受 け取 っ て お り、 「我 皇 国 亦 二 千 有 余 年 間 固 有 ノ政 体 ヲ 存 セ シ カ、 去 歳 我 旧幕 府 時 勢 ヲ観 察 シ テ 政 権 ヲ天 朝 二帰 納 セ ラ レ シ ヨ リ、

萬 機 一 新 公 明正 大 ノ政 体 ヲ起 し玉 フ 、真 二 皇 国 中 興 ノ盛 業 ニ シ テ、 百姓 ノ 幸 福 コ レ ヨ リ大 ナ ル ハ ナ シ」(30fと、 近 代 的 立 憲 主 義 国 家 の 到 来へ の 変 革

と明 治 維 を見 な した 。131)この よ う な 立 場 か ら 『真 政 大 意 』 に お い て 「改 革 ノ施 シ方 」(八 八 頁)に つ い て論 じる。 「素 ト国 政 二 治法 ト治 術 トノニ通

リガ ア リテ 、 治 法 トハ 、所 謂 治 安 ノ基 本 タル 憲法 制 度 ノ コ トヲ云 ヒ、 治術 トハ 、今 日施 行 ス ル 治安 ノ術 ヲ申 ス コ トデ」 と先 ず 国 政 を治 安 と治 術 に 区 別 した上 で 、 「元 来 二 様 ノ コ ト故 、 政 体 略 ニ ハ 此 治 法 ノ コ トノ ミ概 論 致 シ タコ トナ レ ド、 併 シ比 ニ ツハ 国政 ノ上 二於 テ 、 所 謂 車 輪 鳥 翼 ノ如 キ モ ノ デ 決 シ テー ツモ 欠 ク コ トハ 出来 ヌ デ ゴザ ル。 何 故 ト申 ス ニ 治 法 ナ ル憲 法 制 度

ガ全 ク備 ハ ラ ヌ トキ ハ 、 治 術 ノ基 本 ガ確 乎 ト定 マ ラヌ 故 、 動 モ ス レバ 、 暴 逆 ナ政 事 ヲ ナ ス様 ニ ナ リ、 又 仮 令 ヒ結構 ナ 治 法 ガ ア リテモ 、 治 術 ガ拙 ク シ テ、 治 安 ヲ営 ム ニ足 ラ ヌ トキハ 、 折 角 結 構 ナ 治 法 モ 遂 二画 餅 トナ リテ行 ハ

レヌ デ ゴザ ル」(同 右)と 述 べ て 、 『立 憲 政 体 略 』 で 治 法 につ い て概 略 を記 した と断 っ た 上 で(321、治 法 治 術 の 関 係 に つ い て 車 の 両 輪 の如 くだ と指摘 す る が 、 この 理 を わ き まえ た上 で 、 治 術 に力 点 を置 い て 、 「治 術 ノ実 二 大

(24)

52

切 ナ ト申ス ハ 、 素 ト治 法 ヲ制 定 シ タ リ或 ハ 改 更 ス ル モ即 チ 治術 デ 殊 二 其 第 一・ノ急 務 ト申ス ベ キ モ ノデ ゴザ ル。 夫 故 治 法 ノ 善 イモ 悪 イモ、 即 チ 治術 ノ 巧 拙 二拘 ル ワケ デ 、 …国 家 ノ安 危存 亡 ハ 、 全 ク治 術 ノ巧 拙 ニ ヨル コ トデ ゴ ザ ル」(同 右)と す る。 こ こで 「治 術 」 と言 われ て い るの は、 西 が 「政 策」

と呼 ん だ もの で あ ろ うが 、加 藤 もそ うい う意 味 で 政 策 が 大 事 だ と言 う点 で は西 と同 じ主 張 を して い るが 、 西 と決 定 的 に異 な るの は 、 「治 法 」 につ い て 、 「治 法 ナ ル 憲 法 制 度(=制 定 法)ガ 全 ク備 ハ ラ ヌ トキ ハ 治 術 ノ基 本 ガ

確 乎 ト定 マ ラ ヌ」 と、 「治 法 」 が 「治 術(=政 策)」 を方 向 づ け る 決 定 的役 害 を果 たす こ とを指 摘 して い る点 で あ る。そ して 、場 合 に よっ て は 「治 術 」 が う ま くい か な い場 合 に は、 「治術(=政 策)」 が う ま くい くよ う に、 新 た に 「治 法 ヲ制 定 シ タ リ或 ハ 改 更 ス ル」 こ とが 必 要 だ と指 摘 して 、 「治 法 」

と 「治術 」 の 関係 を弁 証 法 的 に(?)捉 え て い る点 で あ る 。 西 の 場 合 は、

そ の と きに は 「直 チ ニ 其以 テ政 府 タル所 ノ実 ヲ失 フ ナ リ」と され て しま う。

そ して 「治 術 」 は 「法 法 」 に よ り方 向づ け られ る との 認 識 の も と、 西 は排 した はず の 統 治 者 の 恣 意 的 人格 的 統 治 とい う もの をい つ の 間 にか 容 認 しか ね な い の に対 して 、 加 藤 は制 度 的 に 「法 法 」 に よっ て排 して い る 点 が 重 要 で 、 西 とは こ の 点 で も決 定 的 に 異 な り、 「治 法 」 は 国憲 に よ り方 向 づ け ら

くマ マ  

れ る の で あ るか ら、 「治 法 」 も 「政 府 上 、 本体 上 、 少 クヘ カ ラ サ ル ノ性 質 」 で あ る の で あ る。

そ して 「治術 」 の 究 極 的 目的 即 ち 「治 国 ノ本 意 」 と は 「唯 安 民 ヨ リ外 ニ ナ イ」 の で あ り、 「夫 故 治術 ト云 フモ ノハ 、 偏 二 此 安 民 ヲー 大 眼 目 トシ テ、

屹 度此 眼 目 ヲ達 ス ル ニ足 ルベ キ術 デ ナ ケ レバ ナ ラヌ コ トデ 、 実 二 其 通 リニ 参 リサ ヘ ス レバ 、 真 二治 安 ヲ営 ムニ足 ル コ トデ ゴザ ル カ ラ、 箇 様 ナ 治術 ハ 即 チ真 政 ト申 スベ キ コ ト存 ズ ル デ ゴザ ル」(八 九 頁)と 、 「安 民 」 とい わ れ る夜 警 国家 観 が 示 され る。 「治 国 ノ上 モ 、 … … 治 術 ヲ施 ス ニ 付 テ ハ 、 必 ス 心 得 子 バ ナ ラヌ0大 要 件 ガ」 あ っ て 、 そ れ は 「人 ノ天性 ト及 ビ国 家 政 府 ノ

参照

関連したドキュメント

Potentilla freyniana was specific in present taxonomic group by high distri - bututional rate of dry matter into subterranean stem and stolons.. The distributional

チ   モ   一   ル 三並 三六・七% 一〇丹ゑヅ蹄合殉一︑=一九一︑三二四入五・二%三五 パ ラ ジ ト 一  〃

本稿は徐訏の短編小説「春」 ( 1948 )を取り上げ、

マンダナはクマーリラの二重 bhāvanā 説 ― bhāvanā のツインタワー説

排除 (vy¯avr.tti) と排除されたもの (vy¯avr.tta) を分離して,排除 (vy¯avr.tti)

宝塚市内の NPO 法人数は 2018 年度末で 116 団体、人口 1

条第三項第二号の改正規定中 「

層の積年の思いがここに表出しているようにも思われる︒日本の東アジア大国コンサート構想は︑