メ‑テルランクの初期戯曲におけるマラルメ的演劇観
1.マラルメのメーテルランク評
19世紀末から20世紀初頭の象徴主義演劇にマラルメ の影響があるであろうことは、これまでにも幾度か指摘 されてきた(1)。しかし、具体的に前者が後者からどのよ うな形で影響を受けたのかについてはいまだ詳細な研究 がなされていないというところが現状のようである。こ
の方面の唯一のまとまった研究書と言っても良いジャッ ク・ロビシェJacquesRobidezの『演劇における象徴主 義』 Le Symbolisme au theatre (L'Arche、 1957)は、豊富 な資料をもとに象徴主義演劇の勃興期の歴史を詳細に再 現した貴重な研究書であるが、マラルメの演劇論に関す る記述は充分ではなく、あまり彼の影響を重視している とはいえない。他方、その対極にあるのが、ハスケル・
M ・ブロックHaskellM.Blockの『マラルメと象徴主義 の演劇』 Mallarme and the symbolist drama (Wayne State University、 1963)だが、これは逆にマラルメの影響を あまりにも過大評価しているという印象を受ける。本論 文ではこの両者の中間に留まりつつ、マラルメの演劇思 想と象徴主義の代表的劇作家であるメ‑テルランクの劇 作術がいかなる点で接点をもつのか、あるいは反発する
のか、その根幹部分を明らかにすることを目指す。
さて、マラルメがその生涯の晩年に数多くの舞台芸術 批評を書いていたことは既によく知られている。マラル メはその生涯の最後の20年は文字通り演劇評論家を兼 ねていたということは確認しておかなければならない。
他方、メ‑テルランクはマラルメの死後、世界的名声を 得たため、その名前が一人歩きをし、その演劇作品をマ ラルメと関連づけるということはあまりなされなかった ようである。実際、メ‑テルランクはマラルメの「火曜 会」の参加者ではあったが、ベルギーの作家であり、必 ずしもマラルメのそばにいた作家ではなかった。そのた め、多くの文学史は象徴主義演劇の記述の中で、メ‑チ ルランクを孤高の位置においているかのように見受け られる。しかしながら、メ‑テルランクはその文学的デ ビューの際、わずかながらマラルメと交流を持ったよう である。実際、マラルメがベルギーで行なった講演旅行 をメ‑テルランクが聞いたことが、彼にとって決定的な 出来事であったということを指摘する研究者もいる。こ こで問題となるのは、メーテルランクとマラルメの間に いかなる思想的交流があったのか、ということである。
さて、それではマラルメはメ‑テルランクの出現をど のように見ていたのだろうか。 1890年ごろ、マラルメは 友人オクタ‑ヴ・ミルボーとの交流の中でメ‑テルラン クの作品を読んだようである。ミルボーは当時、新聞紙
j.v; '蝣< 根 Lり
上でメ‑テルランクを「シェークスピアにも匹敵する」
とまで激賞した為に物議を醸した作家である。ミルボー に宛でた手紙では、マラルメ自身もメ‑テルランクの才 能に驚嘆しているかのように感じられる。また、マラル メがメ‑テルランクに宛てた‑通の手紙があったのだ が、これは現在では失われており、その内容を窺い知る ことは出来ない。ただ、メ‑テルランクの返信を読む限 りでは、作品を高く評価する内容の手紙であったようで、
二人の間に交流があったことに間違いはないと言える。
そしてマラルメは彼自身の劇評の中でも、メ‑テル ランクの作品に関して言及をすることになる。マラル メは後年、 『デイヴァガシオン』 Divagations (1897)に 所収されることになる舞台芸術批評「芝居鉛筆書き」
Crayonneautheatreの9つ目の批評「舞台(いた)と紙 莱(ページ)」 ≪Planches etFeuillets≫の中で、メ‑チ ルランクに触れている。エドワ‑ル・デュジヤルダンの 劇作品を批評することに主眼を置かれたように見えるこ の散文作品の後半部分で、マラルメは物議を醸したメ‑
テルランクの戯曲『王女マレーヌ』 La PrincesseMaleine (1889)と『ペレアスとメリザンド』 Pelleas etMelisande (1893)に数パラグラフを割いて言及しているのだ。こ こでマラルメは赦密な作品分析をしているわけではな く、記述は印象批評に留まっているが、そこには紛れも なくこの作品の本質を見抜くマラルメの眼差しが感じら れ、彼がメ‑テルランクの作品と自分自身の芸術との親 和性を感じていたであろうことが確認される。その部分 を読んでみよう。
リア、ハムレットさえも、そしてコ‑デリア、オフィー リア、私は伝説というか彼ら特有の遥かの地に遠く隔 たった英雄たち[の名を]を引くが、彼らは、生き生き と行動し、手にも触れ得るし、濃密である。書物で読む には、彼らはページをかすめて、肉体のあるものとして 出現してしまう。 『王女マレーヌ』には、これとは異な る形で私は相対したのであり、それを読んだ午後は、私 の知る限り如何にも無垢で不思議な時間となった。そこ では反対に、具体的な場の放棄ということが支配的であ り、当然その理由はあるわけだが、単純に人間的ないか なるものもそこにはふさわしくなかったのである。 (第 17段落(2h
マラルメがまずここでシェークスピアの作品の登場人 物の名を引く理由は、ミルボーがメ‑テルランクのこの 作品をシェークスピアの作品と比較したことを受けたも のだが、実際に『王女マレーヌ』はその舞台設定とい
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い、登場人物の設定といい、極めてシェークスピアの作 品の雰囲気を湛えたものであるため、この比較は理にか なったものとなっている。とはいえ、マラルメによれば、
シェークスピアの場合、読者の想像力の中で登場人物は 肉体を持つものとして形成されるのに対し、メ‑テルラ
ンクの登場人物はあたかも肉体を持たず、また、彼らが 属する場所がどこにも存在しない抽象的な場のように感 じられるということがここでは指摘されている。一見、
似通っているかのように見えるシェークスピアとメ‑チ ルランクの世界は、実は全く異なるものであることをマ ラルメはここで触れているのだ。その続きを見てみよう。
ところが、通常の観客に言わせれば、その間に誰も存 在しなかったかのごとくであって、あれらの敷石の上で は何も起きなかったことになる。ブリュージュ、ゲント、
プリミチフ派の生まれた地、廃れた過去‑これらの亡霊 によって、如何にもシェークスピアから遠い所にいる。
(同上(3)^
このようにマラルメはメ‑テルランクの戯曲『王女マ レーヌ』に「誰でもない登場人物による、何も起きない 劇」の端緒を見ているかのようだ。舞台となっているは ずの場所がいずれも具体性を欠いていることを指摘し、
それがシェークスピア的世界からいかに遠いものである かを主張しているかのようである。
一方、 『ペレアスとメリザンド』に関して、マラルメ はどう書いているだろうか。
『ペレアスとメリザンド』は、舞台上で、紙業から、
あの甘美な楽しみを発する。より正確に言えばどういう ことか?あれらの短く、至上の情景。何であれ準備の 手続きや機械的なものは拒絶されており、それは観客の 内部で舞台上演から引き出されるべきもの、つまり本質 的なものだけが、抽出されて出現するためである。素晴 らしき古きメロドラムに基づく高度の変奏が演じられた かのような印象を受けるのだ。ほとんど沈黙の中で、か っはまた抽象的に演じられるが、それは、すべてが本来 的な意味で音楽となるこの芸術においては、ヴァイオリ ンのように険悪的な楽器の参加さえも、必要がないから 邪魔になるほどなのだ。 (第18段落(4)¥
この作品もまた『王女マレーヌ』と同様に、マラルメ にとって、抽象化が際立った作品として受け止められて いる。そこにあるのは劇の本質的なものだけであり、そ れ以外のものはすべて舞台上から排除されているかのよ うな印象をマラルメは受け取っている。興味深いのはマ ラルメがこうした究極の舞台が読書体験と異なるもので はないと主張しているかのように思える点である。極度 に抽象化された舞台が観客に与える印象は、あたかも読 書をするときに読者が受け止める感覚と変わりがないと 主張しているかのようだ。この、読書‑演劇体験という 公式はマラルメ独自のものと言えるだろう(5)そうした
舞台は当然ながら「沈黙」に支配されており、もはや音 楽すらも必要としていない。それは、作品自体が音楽の 本質を表現しているからであり、耳に聞こえてくる現実 の音楽はもはや邪魔なものでしかないというマラルメの 主張が、この部分にはあるのではないだろうか(6) 2.マラルメの演劇思想
さて、このようなマラルメによるメ‑テルランクの演 劇に対する批評は、正当なものと言えるのだろうか。こ こには確かにメ‑テルランクの作品の核心部分に迫る記 述がなされているとは言えるが、一方でマラルメ自身の 演劇思想の主な論点が色濃く反映されているという点を 見逃すことは出来ない。この点を見極めるために、マラ ルメが演劇に対して持っていた思想をもう一度検討して みよう。マラルメはシェークスピアの作品とメ‑テルラ
ンクの作品に大きな違いを感じているようだが、そのマ ラルメが理想的な演劇のモデルとしたのはやはりシェー クスピアの作品であった。特にマラルメにとって重要 だったのはハムレットという登場人物のあり方である。
シェークスピア劇を代表するこの登場人物はマラルメに とってあらゆる演劇の登場人物の中で最も重要なもので ある。また、彼の理想の演劇を実現するうえで絶対に無 視することの出来ない登場人物のあり方をこのハムレッ トという形象は体現していると思われたようである。こ うしたマラルメの見方は「芝居鉛筆書き」の最初の批評、
文字通り「ハムレット」と超された批評文の中に見るこ とができる。ここでマラルメはこの作品と登場人物につ いて彼特有の方法で書き記している。
我らの中にあって、人生の始まりに姿を消した若者、
彼が好んで身にまとう喪のきざしによって高遇かつ思索 的な精神を捉えて離さぬであろうこの若者、彼は如何に もそのようなものとして私は確認するが、まさに姿を現 わすという苦しみの下で彼は身をもがいている。という のも、ハムレットは、内的かつ秘密の悲劇の唯一なるあ の登場人物を舞台の上に、外在化させているのだ(7)
(‑・)しかし、ここに進み出る者は、成ることの出来 ぬ潜在的な君主、すべての人間の若き亡霊であり、その ようなものとして神話に属する。彼の孤独なる劇だ(8)。
マラルメのハムレット読解はこのようにハムレットと いう登場人物の存在様態に集中しているという点で特異 なものである。多くのハムレット論者が『ハムレット』
を論ずる際の論点とするのは、その物語の錯綜性、劇中 劇を導入する複雑な戯曲構造、神話との類縁性、あるい は家族の中に生じた心理ドラマという点であり、これら は物語全体を包括的に見る態度と言える(9)一方、マ ラルメのハムレット解釈は主人公の有り方にのみ関心を 払っているという点で、こうした解釈とは一線を画すも のである。しかしながら、このような登場人物の解釈の 仕方は、ロマン主義的英雄の解釈と連なるものとも言え るかもしれない。なぜならば、ロマン主義的英雄物語は
常にただひとりの主人公の物語と要約され得るからであ る。ロマン主義の時代は、孤独な主人公が自分の眼前に 生じたあらゆる葛藤を、自分自身の意志と能力によって 克服するという姿を、時代や状況設定を変えながらも繰 り返し読者や観客の前に見せてきた時代と言える。ユー ゴーの『リュイ・ブラス』、デュマの『キーン』などが そうした作品の系列に連なるものと言えるだろう。そし て、 『ハムレット』という作品もまた、 19世紀にはこう したロマン主義的な視点から解釈され、演じられてきた ものと考えられる。この点から見れば、マラルメのハム レット解釈もロマン主義的英雄の姿を引きづっており、
必ずしも独創的なものではないと思われるが、彼のハム レット解釈がなお特異に思えるのは、ハムレットという 登場人物に一切の主体性、積極性を見ないという点であ る。彼にとってハムレットはおのれの存在を主張する登 場人物ではなく、存在の一歩手前で踏みとどまる、潜在 的な登場人物にしか過ぎない。そしてこの登場人物は一 切の主体的行動を拒否し、存在するかしないかの瀬戸際 でしか物語に関わろうとしない。このようなマラルメの ハムレット解釈は終始一貫しており、亡くなる前年の 1897年に書かれた「ハムレットとフォーテインブラス」
と題された一文でも、ハムレットという登場人物の造形 をほぼ同様な形で提示している。
この作品は演劇の‑頂点にあるものであり、シェーク スピアの作品においては、古く多様な劇行為と独白劇、
あるいは未来のものである自己とのドラマとの移行形態 にあるものだ。英雄がいて、あとはすべて端役である。
彼は歩き回るがそれ以上のことはしない。自分自身とい う書物を読みながら。高連で生きたシーニュなのだ。視 線によってすべての他者を否定する(10)。
マラルメのこのハムレット解釈は彼の舞台芸術思想に おける登場人物像の根幹を形作るものであり、ワーグ ナーの楽劇における登場人物のあり方へのアンチテーゼ として醸成されたものだった。そして、紙数の制約上こ こでは引用しないが、その後のバレエ評論における踊り 子の形態の分析でも、このハムレット解釈は大きな意味 を持つことになる。いずれにしても、マラルメはこのよ うに登場人物の肉体性を否定し、希薄化した状態で舞台 上に顕現させるということを自身の理想の劇形態とした
ことは間違いがないと言える0 3. 『王女マレーヌ』の劇作術
さて、このようなマラルメの演劇観とメ‑テルランク の演劇観はいかなる点で触れ合うと言えるのだろうか。
メ‑テルランクが自分の舞台芸術思想、演劇作品につい て語った幾つかの文章を読むと、そこには確かにマラル メ的演劇観とも言い得るような思想が語られていること に驚かされる。
恐らく、舞台から完全に生きた存在を引き稚さなけれ
ばならないでしょう。 (‑)人間は象徴的な形態の影、
反映、投影、あるいは生命をもたない生命の形を持った 存在に取って代わられるのでしょうか。分かりません。
しかしながら、私には人間の不在というものが必要不可 欠なことのように思えます(ll) ‑・)
メ‑テルランクはマラルメよりもさらに過激に、舞台 上での人間の肉体の廃絶を主張している。メ‑テルラン クがどこからこのような思想を育んだのかはいまひとつ 明瞭ではない。研究者によって、ノヴァ‑リスを中心と するドイツロマン主義の影響、エマ‑ソンの哲学思想な どが指摘されているが、どれも確実なものではか、(12) いずれにしても、メ‑テルランクの演劇観にマラルメと 近似したものがあることは間違いがないようである。こ こでは彼の最初の戯曲『王女マレーヌ』を中心に、その 作品の特徴を列挙し、マラルメ的演劇思想との比較を試 みてみる。
3.1登場人物の希薄性
まず、メ‑テルランク自身が主張しているように、彼 の戯曲における登場人物の希薄さ、存在感のなさという
ものは際立っていると言える。 『王女マレーヌ』におい て、主人公のマレーヌは一切の実在感を放棄している。
この作品は敵対しあう二つの王国の王女と王子の結ばれ ない恋を措いた物語であり、王子の義母に疎まれたマ レーヌが、その手にかかって殺されるという悲劇だが、
王女であるマレーヌが何故これほど存在感を欠いている のか,その理由は明らかにされない。マレーヌ自身が 積極的に愛情を王子に表現するという場面はほとんどな い。彼女は一切の感情を内面に秘め、それを吐露すると いうことが殆んどないのだ。彼女自身の姿というものも ほとんど設定されておらず、ただ「青ざめた表情」、 「病 のような顔つき」という言葉が繰り返し語られるが、な ぜ彼女がそのように青ざめているのかということを読者 は知ることが出来ない。このような人間的な特徴を持た ない、存在感を極限に到るまで欠いた、いわば亡霊のよ うなマレーヌの舞台上でのあり方はこの作品の中で終始 一貫して変わることのないものである。 『王女マレーヌ』
を読むものは、まず彼女の不在としての存在に驚かされ ざるを得ない。
このような登場人物のあり方は、マラルメの未完の詩 劇『エロデイア‑ド』 Herodiadeの主人公を確かに想起 させる。このエロデイア‑ドという主人公も終始一貫し て存在感を欠いており、他者との対話を一切受け付けな い、玲瀧で冷徹な否定的な存在であった。 『ェロデイア‑
ド』の中の「舞台」 Sc∂neという作品は王女とその乳母 の対話だけで構成されているが、王女は乳母が投げかけ るあらゆる間を拒否し、孤独の中に埋没していこうとす る。このような登場人物のあり方は、 『王女マレーヌ』
のそれと通低する部分が確かにある。ただ、こうした主 人公のあり方も、世紀末文学に特有に現れた「つれなき 美女」というテーマの一種と考えればそれほど特異なも
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のではないかもしれないが、それでも『王女マレーヌ』
の主人公の希薄感はやはり際立っており、他に類例のな いものと言える。そして、メ‑テルランクの場合には、
こうした特徴が言葉の次元、会話の次元で実現されてい ると言うことをまず確認しておかなければならない。
3.2 言葉の希薄性
『王女マレーヌ』を読むものが感じるのは、登場人物 によって語られる言葉があまりにも希薄であることであ る。ひとりの登場人物が、長々と自身の感情を語るとい う場面は極力排されているかのような印象を受ける。こ こでは、登場人物たちがほんのわずかな言葉を交わすだ けで、会話が成立していると言える。しかしそれも、単 に相手の言葉を繰り返したり、相手の言葉をわずかに変 形して返答したりするという具合に、会話としては全く 充実したものではない。この会話のあり方は、 19世紀前 半のロマン主義演劇からも、その後の自然主義演劇から
も、遥かに遠い地点にあると言えるだろう。そうした例 を見てみよう。塔の中に閉じこもったマレーヌが乳母と 共に、戦火に晒された外の様子を、塔の窓から見るくだ
りである。
マレーヌ「灯台が見えるわ」
乳母「灯台が見えますか」
マ「ええ、灯台だと思うわ」
乳母「でも、町が見えるはずですが」
マ「町は見えないわ」
乳母「町は見えませんか」
マ「町は見えないわ」
乳母「鐘楼は見えませんか」
マ「いいえ」
乳母「それは驚きです」
マ「海の上に船が一腰見えるわ」
乳母「海の上に船が一腰ですか」
マ「白い帆を張っているわ」
(中略)
マ「道にそってずっと、もう家がないんだわ」
乳母「道にそってずっと、もう家がないのですか」
マ「田舎にはもう教会の鐘がないんだわ」
乳母「田舎にはもう教会の鐘がないのですか」
マ「平原にはもう風車がないんだわ」
乳母「平原にはもう風車がない」
マ「もう何も見えないわ(13)」
このような会話の例は枚挙に暇がなく、登場人物たちは 一言二言の断片的な対話を飽きることもなく繰り広げて いく。ある場面では一言だけをしゃべる複数の登場人物 たちの対話が数ページにも亙って続くこともある。ここ には会話によって状況が進展していくという気配がな く、単にいまの状況を確認するわずかな言葉が浮かび上 がるだけという印象を与える。これはもはや会話や対話 と呼べるものではなく、言葉が反響し合うだけという風
にも言えるだろう。出来得る限り登場人物の感情や真情 を説明する言葉を舞台上から消し去ろうというメ‑テル ランクの意図が、こうした技法には感じられる。
3.3<ドラマ>の否定
こうした言葉のあり方が最終的にはドラマの否定に向 かわざるを得ないのは必然と言えるだろう。我々はマラ ルメの劇作術が、その最初から<ドラマ>的なるもの を否定する傾向を持っていることを別のところで指摘 している(14)。マラルメが『半獣神の午後』L'Apres‑midi d'unFaune(1876)の最初のヴァージョンである『半獣 神、英雄的幕間的』Faune,interm∂dehero'
ique(1865)を
執筆した際、その登場人物たちはドラマの展開を遮ろう という形でしか、会話を交わしてなかった。会話を交わ すことによって対立点を克服し、新たな段階‑と進展し ていくという古典的な劇の展開は、ここではあらかじめ 破壊されていた。このような<否定の演劇性>が、既に マラルメの初期戯曲にあらわれていることを我々はすで に確認していたわけだが、こうした傾向がメ‑テルラン クに到るとそれがあたかも劇の基盤となっているかのよ うな印象を受ける。『王女マレーヌ』の登場人物たちも、
<ドラマ>を成立させるよりはむしろそれから遠退くよ うな語りをすることになる。例えば、森の中に迷い込ん だマレーヌと王子の対話を見てみよう。
マレーヌ「わたしは恐いのです」
王子「遠くへ行きましょう」
マ「誰かがここで泣いているわ・・・」
王子「誰かがここで泣いていますか・・・」
マ「わたしは恐いわ」
王子「それは風の音が聞こえるのではないのですか」
マ「でも樹の上のあの冒はなんなのですか」
王子「どこです。ああ、あれは戻ってきた兵ですよ。
わたしが追い払いましょう。(彼は土を投げつける) 行ってしまえ、行ってしまえ」
マ「飛び去らないのがまだ‑羽います」
王子「どこに」
マ「しだれ柳の上に」
王子「行ってしまえ」
マ「行かないわ」
王子「行ってしまえ、行ってしまえ」
(彼は土を投げつける(15)¥
このささやかな対話は、何らかの<ドラマ>が起こる のを無理に引き伸ばしている、という印象を与える。こ の観点から考えると、『王女マレーヌ』という物語全体 が、ある出来事が起こるのをいつまでも引き伸ばしてい る作品という風にも考えられる。実際、この作品のクラ イマックスは敵国の王とその后によるマレーヌの謀殺な のだが、その場面も、犯罪の決行は信じがたいほど長く 引き伸ばされ、いつまでたってもその出来事が生じない という印象を与える。「この遅延しっづける出来事」と
いうのはこの作品の重要な特徴と言える。加えて、 <ド ラマ>を組み立てていく順序、構成、展開というものが ここには欠落しているため、最終的にやってくるマレー ヌの殺害という出来事があまりにも唐突なものに観客に は思えてしまうのだ。マレーヌがなぜ殺されなければな らないのか、観客にはよく分からないままそうした場面 がやってくる。謀殺が発覚した途端、后は王子に殺され、
王子も自殺する。一人残された王は発狂寸前になるが、
その出来事自体の意味は反賓されないままなので、物語 は唐突に終わるような印象を残すことになる。この作品 はあきらかに伝統的な<ドラマ>の形式を破壊し、その 残骸の中でかろうじて一つの劇たろうとしているかのよ うに見受けられる。この手法は必ずしも成功しているよ うには見えないが、 <ドラマ>性の否定という点をはっ きり打ち出した点から言えば、確かにマラルメの演劇観 と近いものがあると言える。
4.マラルメとメーテルランクの距離一暗示の詩学 様々な点でマラルメの演劇観と近い部分を備えている メ‑テルランクの劇作品だが、決定的に異なる点も指摘 しなければならない。それは暗示の手法に関わるもので ある。メ‑テルランクの劇作品が、作品全体に亙って徹 底的に灰めかし、暗示の手法を使って書かれていること は極めて特徴的なことと言える。実際、これほど暗示的 な表現に満ち溢れている作品は珍しいのではないだろう か。劇の中の登場人物はみな、常にこれから起こりうる 出来事への予感、不安を誘う前兆を、様々な現象の中に 感じ取っている。これらは登場人物だけでなく、読者や 観客にも仕掛けられていると言える。それが何なのかは 決して分からない。しかし何かが起こるということを、
多くの暗示によって示そうとしていることは、作品の 様々な部分で確認されることである。登場人物たちは兆 候としてしか存在しないものに、心を奪われ、おびえ続 けるのである。そのような例として以下の場面がある。
これは、城に集まった領主たちの会話である。
ある領主「このような夜をいままで見たことがあるだ ろうか」
別の領主「でも稚(もみ)の樹をごらんなさい。この 窓から樵の森を見てごらんなさい。稲光の中で森は大 地に身を臥しています。まるで稲光の河のようです」
別の領主「そして月です。月を見ましたか」
二人目の領主「これよりも恐ろしい月をわたしは見た ことがない」
三人目の領主「食は10時前には終わらないでしょう」
最初の領主「そして雲です。雲を見てください。城の 上を黒い象の群れが3時間前から走り抜けて行くよう です(16)」
これはほんの一例に過ぎず、自然現象から凶事の前兆 を見るという行為を、登場人物たちは際限もなく繰り返 していく。このような暗示がこの作品には溢れかえって
いる。確かに暗示はマラルメの詩法においても、中心部 分に位置する重要な技法であった。マラルメが、丁度こ の『王女マレーヌ』が書かれた翌年、 1891年の「ジュー ル・ユレのアンケート」と言われるインタヴユウ記事で このように言っていることは興味深い。
ある事物を名指すこと。それは詩の悦びの四分の三を 奪うことになります。それは少しづつ想像されることで 作られるものなのです。事物を灰めかすこと。そこに夢 が生まれるのです(17)。
このようにマラルメの詩学においても「灰めかす」と いう技法が、最高度の重要性を持っていたことが分かる。
実際、マラルメの詩作品が多くの暗示、灰めかしに満ち ていることは改めて指摘するまでもないことである。し かしながらマラルメの言う「灰めかし」とメ‑テルラン クの「暗示」には大きな距離があると言わざるを得ない。
詩と演劇という違いもあるが、それ以上に、メ‑テルラ ンクの場合は灰めかされる対象が最終的に一つのものに 収赦してしまう点がマラルメの場合と決定的に異なるの だ。つまり、そこで何が灰めかされているのか予想でき てしまうのである。メ‑テルランクの作品では、それは 常に「死」 mortであった。彼の作品が常に陰欝な色調を 持ってしまうのは、灰めかされているものが「死」であ るということが分かってしまうからである。また、この
「死」という観念は作品の中で灰めかしにとどまること がなく、時にはっきりと「死が近づいている」と言葉と して発せられてしまうこともある。これは、灰めかしと しては中途半端なものとなっていると言えるだろう。こ の点は灰めかしている対象が全く予想もつかないことも あるマラルメの詩法とは大きく異なっていると言える。
「死」という一つの観念へと収赦していくメ‑テルラン クの「暗示」に対し、マラルメの「灰めかし」は収赦し ていく中心を持たない、拡散的なものだと言えるだろう か。この技法は読者‑観客を無限の想像力の世界に誘う
ことになる。
また、メ‑テルランクが多用した「沈黙」の技法も、
マラルメと似て非なるものと言える。メ‑テルランクの 作品ではしばしば登場人物の会話が沈黙につつまれると いうことは大きな特徴である。これも暗示の技法の一つ なのだが、このように実際に言葉そのものを消してしま うということはマラルメはしない。メ‑テルランクは
「沈黙」をそのままの形で舞台に提示したが、 「沈黙」そ のものを別の形で言葉で語ろうとするのがマラルメの詩 学であるということが出来る。既に多くの人が知るよう
に、マラルメの多くの詩作品は「何もない」ということ を語るものであった。しかし、マラルメはあらゆる言葉 と詩的技法を駆使し、 「虚無」や「沈黙」を詩の中に作 り出そうとする。言い換えれば、 「不在」を「存在」 (‑
言葉)で呼び起こそうということだろうか。いずれにせ よ、マラルメにとって言葉を使わないという選択肢は有 り得ないのだ。これは2人の作家の言葉に対する姿勢の
‑101‑
大きな違いではないかと思われる。
また、メ‑テルランクの演劇が、常に何らかの解決に 向かうのに対し、マラルメの劇作品が一つとして終結す ることがなかったということも付け加えておかねばなら ない。常に「宙吊り」の状態を目指すマラルメの劇作品 は、決して完成することがなかったのである。マラルメ の劇作品は、本質的に完成が約束されていないもので あったということを確認しておくべきだろう。一つの作 品も完成できなかったマラルメと、 40年以上にも渡って 劇作品を作りつづけたメ‑テルランクとの間にはやはり 大きな溝があると言えるだろう。
結論
メ‑テルランクの劇作品とマラルメの演劇思想に関連 はあるのか、というのがこの小論のテーマであった。前 者は多くの点で後者の演劇観と近い部分を持っており、
実際、メ‑テルランクの初期戯曲はマラルメの演劇思想 の実践であるかのような部分も確かにあると言えるのは 見てのとおりである。だが、それらは幾つかの本質的な 部分でマラルメとの距離を示しているということも忘れ てはならない。
近年、ヨーロッパでは再び象徴主義に関する研究が増 えているようだ。ジュネ‑ヴ大学のローラン・ジェニー は象徴主義と20世紀の思想を関連付ける壮大な研究書 を世に問うたし(La動de I'inUriorite, PUF, 2002)、パリ 第8大学のJ.N.イルーズは象徴主義が芸術のあらゆる 領域を踏破する総合的芸術運動であったことを鮮やかに 明らかにする研究書{Le symbolisme, Le Livre de Poche, 2004)を刊行している。また、ベルギーでもベルギー象 徴主義に関する文献がここ数年に亙って続々と刊行され つつある。これらの研究が示しているのは象徴主義とい う芸術運動の幅の広さであるが、いまだ演劇に関しては 充分な研究がなされているとは言えない。
象徴主義は必ずしも一枚岩の思想ではないのである。
それを一つの観点から説明することは不可能なのだと 言ってもよい。これまでは象徴主義演劇におけるマラル メの影響を概括的に述べる研究が多かった。しかしこれ からは具体的に作品を分析しながら、個別の影響を重視 していかなければならないだろう。マラルメの演劇観の どこまでが象徴主義の劇作家の考えと交わり、どこから が異なるのかということを確認する作業が、マラルメの 思想を見極める上でも、象徴主義演劇を見極める上でも 必要不可欠なことと思われる。
注(1)こうした観点を持つ主な論文、研究書には以下のも
のがある二Robert Abirached, La crise du personnage dans le theatre moderne, Gallimard, 1994(1978); Jean‑
Pierre Sarrazac, ≪ Reconstruire le reel ou suggerer l'indicible≫ in Le theatre en France du Moyen Age d
nos jours, sous la direction de Jacqueline de Jomaron, Armand Colin, 1992; Catherine Naugrette, L'esthetquethedtrale, Nathan, 2000.
( 2 ) Mallarm占, ≪Planches et Feuillets≫, SMO, pp.196‑197.
( 3 ) Ibid., p.197.
(4) Ibid.
(5)このように「読書」を「演劇」と等価なものとして みる態度は、マラルメの批評の中にしばしば見られ る傾向である。このことは二つの角度から分析され る。一つは、マラルメにとって現実の舞台というも のは不要なものであり、全ての上演は読者の想像力 の中においてのみ許され得るものだったのかも知れ ないということ。他方、そう言いながらも、マラル
メが最晩年に夢想していた「書物」の朗読会という ものは極めて具体的な計画であり、マラルメは「朗 読会」という形での「書物」の「上演」を夢想して いたとも考えられる、ということである。
(6) 「音楽」と「沈黙」もマラルメにとって特権的なテー マであった。マラルメが理想とする「音楽」とは、
ヴェルレーヌが「何よりも音楽を!」 (『詩法』)と 主張するような、詩句の音楽性(すなわち、韻律) とは異質なものである。マラルメが「音楽」と主張 する時、そこには寧ろ「沈黙」への願望が感じられ ることが多い。普通には「沈黙」と考えられるよう な状態を、マラルメは「音楽」と呼んでいたとも考 えられる(「沈黙とは脚韻の後の唯一の豪著」、 『黙 劇』)。不在の中に実在を見ようとするマラルメなら ではの思想である。
( 7) <Hamlet>,ォMZ., p.166.
( 8 ) Ibid., v.167.
(9)このようなハムレット解釈は現在に到るまでの常套 的な解釈ではないだろうか。こうしたものに関して は、岩波文庫版『ハムレット』の新訳(2002年)の 訳者野島秀勝の詳細な脚注、補注、解説が参考に なった。一方、フランスにおいては19世紀にハム レットは俳優ムネ・シュリーらによって「ロマン主 義的」に演じられることが多かったが、それが現在 のハムレットの一般的形象を形作ったと言われてい る(『マラルメ全集Ⅱ‑デイヴァガシオン他』、筑摩 書房、 1989年の「別冊解説」 pp.77‑85を参照された mm
(10) Bibliographie, Crayonne au theatre, ibid., p.275.
(ll) Menuspropos, MMO I, p.462.
(12) Paul Gorceix, 《De La Princesse Maleine a La Princesse Isabelle ‑Essai sur le theatre de Maeterlinck‑》, MMO II, pp.ゝ76.
(13) Maeterlinck, La Princesse Maleine, MMO E,
pp.102‑105.
(14) Koji Sakamaki, La ≪娩eatralite negative> de Mallarme dans les annees 1860‑Sur ≪ Le Faune, interm占de
heroi'que≫, in Etudes de langue et litterature frangaises, numero 85‑86, Hakusuisya (2005年春刊行予定).な お、ここで述べている<ドラマ>という言葉の意味 は、ベーター・ションデイの『現代戯曲の理論』が 定義するものであることは言うまでもない。 Peter Szondi, Theorie du drame moderne, traduction de Patrice Pavis avec la collaboration de Jean et Mayotte Bollack, L'Age d'Homme, Lausanne, 1983を参照され EBB
(15) Maeterlinck, La Princesse Maleine, MMO E ,
pp. 128‑129.
(16) Ibid., p.206.
(17) Mallarme, Sur revolution litteraire, SMO, p.700.
引用したテクスト
1. Stephane MALLARME, CEuvres compl∂tes, tome H, edition
etablie par Bertrand Marchal, Gallimard, Bibliothとque de la
Pleiade, 2003. (SMOと略)
2. Maurice MAETERLINCK, (Euvres I, Le Reveil de I'dme, Poesie et essais; (Euvres II, Theatre, tome 1, edition etablie par Paul Gorceix, Bruxelles, Editions Complexe, 1999. (MMO I ,
Ⅱと略)
* 「芝居鉛筆書き」の翻訳は筑摩書房版『マラルメ全集
Ⅱ‑デイヴァガシオン他』 1989年)の渡遵守章訳を一部変 更して使用。その他は筆者による。
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