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三好十郎作「獣の行方」を読む/視る

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三好十郎作「獣の行方」を読む/視る

著者 瀬崎 圭二

雑誌名 人文學

号 202

ページ 131‑150

発行年 2018‑11‑25

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2018.0000000348

(2)

三 好 十 郎 作 ﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

瀬 崎 圭 二

︑ 三好 十 郎 とラ ジ オ

︑テ レ ビ 一

九〇 二年 に佐 賀市 に生 まれ た三 好十 郎は

︑幼 くし て両 親と 別れ たた めに 苦学 し︑ 上京 して 早稲 田大 学高 等予 科及 び文 学部 に学 んだ

︒在 学中 から マル クス 主義 に関 心を 持っ てい た三 好は

︑一 九二 八年 二月 に壺 井繁 治︑ 高見 順ら が結 成し た左 翼芸 術同 盟に 参加

︑そ の機 関誌

﹃左 翼芸 術﹄ の創 刊号

︵一 九二 八年 五月

︶に 初め ての 戯曲

﹁首 を切 るの は誰 だ﹂ を掲 載し た︒ その 後︑ 徐々 に劇 作を 活動 の中 心と して いく が︑ 周囲 が左 翼運 動か ら転 向し てい く中

︑組 織へ の疑 問 を抱 い て い た三 好 も 運動 か ら 離れ て い く こと に な る︒ この 時 期 の 三好 は 劇 作を し な がら 映 画 制 作に か か わっ て お り︑ 一九 三五 年二 月か らピ ー・ シー

・エ ル︵ P・ C・ L︶ 映画 製作 所と 契約 して 映画 の脚 本も 執筆 して いた

︒ピ ー・ シー

・エ ル退 社後 も︑ 松竹 の京 都撮 影所 との 間に 映画 脚本 の原 作を 提供 する 年間 契約 を結 んで いた とい う︒ そし て戦 後に は︑ 急速 にラ ジオ に接 近し てい った

︒ 三 好は

︑一 九四 六年 四月 一四 日放 送 の﹁ 崖﹂

︵ 三 好十 郎 演 出︶ を皮 切 り に︑ 一九 四 七 年 一二 月 五 日放 送 の﹁ や まび

― 131 ― 三

好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

(3)

こ﹂

︵ 三好 十郎 演出

︶や

︑一 九四 八年 七月 九日 放送 の﹁ 女体

﹂︵ 三好 十郎

・近 江浩 一演 出︶ の他

︑一 九五 三年 四月 二五 日か ら一

〇月 二七 日ま で毎 週放 送さ れた

﹁美 しい 人﹂

︵ 近江 浩一 演出

︶な ど︑ NH Kの ラジ オド ラマ を多 く手 がけ た︒

﹁ 夜の 潮﹂

︵K R 三好 十郎 演 出 一九 五 二 年 一一 月 一 九日 放 送︶

︑﹁ ぼ た も ち﹂

︵ NH K 梅本 重 信 演出

一 九 五 二年 一一 月一 四日 放送

︶︑

﹁ 夜の 饗宴

﹂︵ N HK

伊 藤信 雄 演 出 一九 五 五 年一

〇 月 二八 日 放 送︶ と いっ た 芸 術祭 参 加 作も あり

︑﹁ ぼ たも ち﹂ は昭 和二 七年 度の 芸術 祭賞 を受 賞し てい る︒ 一 九五 八年 一二 月に 没す るま でラ ジオ での 仕事 を継 続的 に行 う一 方で

︑三 好は テレ ビに も接 近し てい った

︒生 前で は︑

﹁ 健の 犯罪

﹂︵ NH K 梅 本重 信 演 出 一 九五 四 年 一月 二 一 日放 送

︶︑

﹁ 水 仙と 木 魚﹂

︵ NH K 梅本 重 信 演出

一 九五 七年 二月 一日 放送

︶︑

﹁ 獣の 行方

﹂︵ N HK

梅 本重 信演 出 一九 五七 年一

〇月 二八 日放 送︶

︑﹁ 獅 子﹂

︵N HK

梅 本 重信 演 出 一 九 五 八 年 九 月 二 八 日 放 送︶ の 四 作 の テ レ ビ ド ラ マ が 確 認 で き る

︒こ の 四 作 の 内︑

﹁水 仙 と 木 魚

﹂と

﹁ 獣の 行方

﹂が テレ ビド ラマ 用の 書き 下ろ しで

︑他 はラ ジ オ ドラ マ や 戯曲 が 脚 色さ れ た も のだ

︒三 好 没 後に 放 送 され た﹁ 鈴が 通る

﹂︵ N HK

梅 本重 信演 出 一九 五九 年 二 月一 三 日 放送

︶も

︑演 出 の 梅本 重 信 が 配役 の 相 談を 行 っ てい る段 階に あっ たら しく

︑三 好没 後に も︑ 三好 の脚 本や 原作 によ るテ レビ ド ラ マは 多 く 放 送さ れ た︒ こ れら の 中 でも 芸術 祭参 加作 とし て制 作さ れた

﹁獣 の行 方﹂ は高 く評 価さ れ︑ 演出 を担 当し たN HK の梅 本重 信に は昭 和三 二年 度の 芸術 祭奨 励賞 が授 与さ れた

︒ 劇 作の 傍ら

︑こ のよ うな ラジ オド ラマ やテ レビ ドラ マを 手掛 けて いた 三好 は︑ 戦後 日本 の風 景を シニ カル に見 つめ て いた

︒三 好 は

︑昭 和 天皇 の 玉 音放 送 が あっ た 敗 戦 の日

︑手 帳 に﹁ た ゞ泣 い た︒ 何 も 考へ ら れ ず

と 記 し

︑新 日 本 文 学会 結 成 の 際に 幹 部 級の 待 遇 で会 に 誘 わ れた に も かか わ ら ず 入 会 を 辞 退 し た と も 言 わ れ て い る

︒一 九 四 六 年 に

三 好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

― 132 ―

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も︑ 手帳 に﹁ 最近 の日 本イ ンテ リ︵ 特に 急進 的と 自称 する

︶は 憎悪 にも 値ひ しな い︒ 軽蔑 し憐 れめ ばそ れで よし

︒残 念な がら 共産 党員 にそ れが 一番 多い

﹂と 記し てい る︒ 廃墟 と化 した 東京 の街 を目 の当 たり にし た三 好は

︑日 本の 敗戦 は西 洋近 代の

﹁猿 まね

﹂で ある

﹁銀 座文 化﹂ がも たら した もの だと 考え ても おり

︑新 旧の 演劇 や出 版文 化︑ 放送 文化 など は全 て﹁ 銀座 文化

﹂で ある と批 判的 に捉 えて いた

︒ 大 衆文 化に 批判 的で あっ た三 好が ラジ オに 接近 して いく 背景 には

︑こ うし た戦 後の 状況 に対 する 問題 意識 も含 まれ てい よう

︒例 えば

︑自 ら演 出し たラ ジオ ドラ マ﹁ 崖﹂ とそ の女 性主 人公 おり きに つい て︑ 三好 は﹁ 敗戦 で何 がこ わさ れた か︒ 再建 の基 盤は 残っ てゐ るか

︒残 って ゐる

﹂と 自 問 自 答し

︑﹁ そ れ は民 衆 の 中に か く れ てゐ る 庶 民的 偉 大 さと

して

︵そ れを おり きが 代表 して ゐる

︶そ の健 康な 威大 さが

︑自 然に

︑泉 がわ くや うに

││ 言は ず語 らず の中 に浮 びあ が って 来 る や うに 演 出 した い

と 手 帳 に 記し て い る︒ ある い は︑ 前 掲の

﹁美 し い 人﹂ を めぐ っ て 行わ れ た 演出 の 近 江浩 一と 出演 俳優 の加 藤道 子と の鼎 談﹁ ドラ マ脚 本と 演出

│﹁ 美し い 人﹂ の 作者 三 好 十郎 氏 に きく

│﹂

︵﹃ N HK

放 送文 化﹄ 一九 五三 年一 一月

︶で は︑ 評論 や小 説︑ 戯曲 とラ ジオ での 仕事 を比 較し

︑ラ ジオ に手 応え を感 じて いな がら も︑ 多く の聴 取者 にド ラマ が即 座に 共有 され てい く そ の 力と 速 度 や︑ 自身 と 聴 取者 と の 感 覚の 差 に 対す る

﹁こ わ さ﹂ を語 って いる

︒こ れら の記 述や 発言 から

︑ラ ジオ とい うメ ディ アを 通じ た︑ 戦後 の大 衆に 対す る三 好の 意識 が垣 間見 える

︒ 一 九五 五年 四月 九日 から 八月 二七 日 ま で 放送 さ れ た﹁ 樹氷

﹂︵ N HK

小 林 利雄 演 出︶ に は 語り 手 と して 出 演 もし てい るこ とや

︑ラ ジオ ドラ マの 原稿 は︑ 自宅 のテ ープ レコ ーダ ーに 原稿 を読 み上 げる 声を 吹き 込ん で︑ その 時間 を確 認し てか ら放 送局 に渡 して いた とい うエ ピソ ード もふ まえ ると

︑こ のメ ディ ア に 対す る 三 好 の期 待 や 積極 性 を 認め

― 133 ― 三

好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

(5)

るこ とも 充分 可能 であ ろう

︒た だし

︑三 好の 手帳 にお ける ラジ オド ラマ やテ レビ ドラ マに つい ての 記述 には

︑そ の報 酬額 につ いて 記さ れて いる こと も多 く︑ 経済 的な 事情 から これ らの 仕事 を引 き受 けて いた とも 言え る︒ 自身 の生 活の ため に︑ 批判 的に 捉え てい た放 送文 化に かか わり なが ら︑ その 内部 での 表現 を模 索す るこ とが 三好 のス タン スで あっ たよ うだ

︒ 一 九五 五年 の暮 れに 喀血 して 自宅 での 療養 生活 に入 った 三好 は︑ ラジ オを 聴い たり テレ ビを 観た りす る機 会が 多く なっ てお り︑ 自身 が書 き下 ろし た﹁ 水仙 と木 魚﹂ を観 るた めに 受像 機を 借り てき て以 来︑ 新聞 のテ レビ 欄に アン ダー ライ ンを 引い て番 組を 確認 する ほど テレ ビを 観て いた らし い

︒ それ 故に ラ ジ オ︑ テレ ビ や 番 組内 容 に 細か く 注 文を つ ける こ と も あっ た

︒﹁ 日 々の 恥 は かき す て

ラ ジ オ・ テレ ビ 断 想

﹂︵

﹃読 売 新 聞

﹄夕 刊 一 九 五 七 年 八 月 二 二 日︶ とい う記 事で は︑ 権力 的か つ刹 那的 なラ ジオ

︑テ レビ の当 事者 がそ の強 さと 弱さ に無 自覚 であ るこ と︑ 文学 者が ラジ オや テレ ビの 仕事 を軽 んじ て安 易に 海外 作品 の剽 窃を して いる こと

︑学 者や 批評 家の 発言 が大 衆の 感性 と離 反し てい るこ と︑ アナ ウン サー のイ ント ネー ショ ンに 乱れ があ るこ と︑ 俳優 が複 数の 番組 に同 時に 出演 する こと とい った 点を やり 玉に 挙げ てい る︒

﹁ テレ ビの チャ ン バ ラ﹂

︵﹃ 東 京 新 聞﹄ 朝刊

一 九 五 七年 一 一 月 一二 日

︶と い う記 事 で は︑ テレ ビの 乱闘 シー ンが 芝居 の殺 陣と 同じ もの にな って い て リ アリ テ ィ を損 な っ てい る こ と を指 摘 す る一 方

︑﹁ ラ ジオ

・ド ラマ のか げに

﹂︵

﹃ 読売 新聞

﹄夕 刊 一九 五八 年六 月一 六日

︶で は︑ ラジ オや テレ ビの 急速 な成 長を 指摘 し︑ 日本 のラ ジオ ドラ マの 質を 高く 評価 して いる

︒新 聞に 寄せ たこ れら の記 事に おい ても

︑三 好の 放送 文化 に対 する 認識 は決 して 一面 的で はな い︒

三 好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

― 134 ―

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︑﹁ 獣の 行 方

﹂と そ の 周辺 晩

年の 三好 はテ ープ レコ ーダ ーに 声を 吹き 込む 形で 創作 を続 け︑ 最晩 年の 脚本 とな った

﹁獣 の行 方﹂ も︑ この 時期 の三 好に 親 炙 して い た 白 木茂 が 口 述筆 記 し たも の で あ った と い う

︒﹁ 獣 の 行 方﹂ の脚 本 に は 数種 の バ ージ ョ ン が存 在す るが

︑三 好没 後刊 行の

﹃三 好十 郎 著 作 集 第六 巻

﹄︵ 三 好十 郎 著 作刊 行 会 一 九 六一 年 四 月 復刻 版 第 二巻

不 二出 版 二〇 一四 年一 一月

︶に 収録 され た脚 本が

︑N HK に渡 され た三 好の 原稿 に最 も近 いも のと 推測 され る︒ そし て︑ この 三好 の原 稿を もと に作 られ たの がテ レビ ドラ マの 制作 現場 で使 用さ れた 台本 であ り︑ 現在 その 一冊 がN HK 放送 博物 館に 保存 され てい る︒ その 台本 に演 出方 法の 修正 やテ キス トレ ジを 施し たも のが

︑﹃ 映 画芸 術﹄

︵一 九五 八年 一月

︶誌 上に 掲載 され た脚 本で あろ う︒ ドラ マの 映像 も現 存し てお り︑ 横浜 市の 放送 ライ ブラ リー で視 聴可 能だ

︒そ のあ らす じは 以下 のよ うな もの であ る︒ 汚 職の 嫌疑 によ る捜 査中 に自 殺を 果た した 官僚 戸田 正夫 の弟 鉄夫 は︑ その 一周 忌に 遺品 の手 帳を 見つ ける

︒そ こに は兄 が三 人の 男に 殺さ れた こと が記 され てお り︑ 鉄夫 は そ の 三人 の 男 を探 し 出 して 復 讐 を 果た そ う とす る

︒し か し︑ いず れの 男も 実際 に会 って みる と善 人で ある こと が分 かり

︑鉄 夫は 彼ら を殺 害す るこ とが でき ない

︒特 に三 人目 の男 であ る隈 丸喜 八郎 の場 合は

︑建 設途 中の ビル 内で 鉄夫 と隈 丸が 格闘 した 際に

︑隈 丸が エレ ベー ター の穴 に墜 落し かけ た鉄 夫の 腕を 引き 上げ

︑逆 に鉄 夫は 隈丸 に救 われ るこ とに なっ てし まう

︒そ のよ うな 物語 の展 開の 後︑ 鉄夫 が画 面に 登場 し︑

﹁ 兄を 殺し た獣 を求 めて 歩い た僕 が︑ 次々 と 見 出し た の は︑ 人間 で し た﹂ とい っ た ナ レー シ ョ ンを 残 し てド

― 135 ― 三

好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

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ラマ は閉 じら れて いる

︒ 西 村博 子が 詳細 に検 討し てい るよ うに

︑晩 年の 三好 は︑ 未完 の小 説﹁ 神と いう 殺人 者﹂ や同 名の 戯曲 を通 じて 悪の 内実 を 問 いか け よ う とし て お り︑

﹁獣 の 行 方﹂ はそ の 問 題 をや や 単 純化 し た 形で 提 示 し てい る こ とに な る

︒ 三 好の 遺稿 とな った

﹁悪 人を 求む

﹂︵

﹃ 読売 新聞

﹄夕 刊 一九 五八 年一 二月 一九 日︶ でも

︑三 好は

﹁ど うし ても 犯罪 者ら しく 見 えな い 凶 悪 な犯 罪 者 の数 が む やみ と ふ え た﹂ こと を 指 摘し

︑﹁ 十 分 な意 志 も 罪 の意 識 も 無し に

﹂犯 さ れ る 凶 行 は︑

﹁ 犯罪 と言 うよ りも 正確 には アク シデ ント

﹂で あ る と考 え て いた

︒三 好 に よれ ば

︑現 代 の 犯罪

︑す な わ ちア ク シ デン トは

﹁オ ート マチ ズム

﹂の 力に よっ ても たら され てい るの であ り︑ その 最た るも のが 戦争 であ ると いう のだ

︒ こ うし た三 好の 認識 は︑

︿ 悪﹀ が個 人の 責任 に帰 せら れる も の では な く 社会 の 産 物で あ る こ とを 示 し てい る と 言え よう が︑

﹁ 獣の 行方

﹂も

︑汚 職の 内実 や︑ それ に か かわ っ た 人物 た ち の実 態 を 問 いか け

︑そ こ に認 め ら れる

︿悪

﹀が 相対 的な もの であ るこ とを 表し てい る︒ それ は︑ 先に 挙げ たナ レー ショ ンの よう な鉄 夫の 認識 の変 化に 見ら れる だけ でな く︑ ドラ マ冒 頭に おけ る︑ 立ち 退き に応 じよ うと しな い鉄 夫の 家の 間借 り人 たち と鉄 夫た ちと のや り取 りに 既に 用意 され てい ると 言え る︒ さら に︑ 汚職 にか かわ って 正夫 を死 に追 いや った とさ れる 男た ちが

︑家 庭で は良 い父 親で あっ たり

︑被 爆者 に輸 血を 志願 した りす るよ うな 善人 であ った りす るこ とや

︑﹁ 人 生の 正邪

︑い ずく んぞ 明瞭 なら ん︒ 是非 も善 悪も へっ たく れも あり はせ んぞ

﹂と うそ ぶく 隈丸 が︑ 鉄夫 との 格闘 の際 にナ イフ を鉄 夫の 手に 刺す こと を止 め︑ 墜落 しそ うな 鉄夫 の手 を引 き上 げる 姿に も︑ それ は描 かれ てい る︒ し たが って

﹁獣 の行 方﹂ では

︑正 夫を 死に 追い やっ たと され る三 人の 男た ちと 鉄夫 との やり 取り を通 じて

︑汚 職に かか わっ た者 の内 面に も多 く焦 点が 当て られ るこ とに なる のだ が︑ こう した 主題 や︑ 汚職 事件 その もの を素 材と する

三 好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

― 136 ―

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表現 は﹁ 獣の 行方

﹂の みに 見ら れる もの では ない

︒こ のド ラマ が放 送さ れた 一九 五〇 年代 当時 も︑ 砂糖 汚職

︵一 九五 三年

︶︑ 造 船疑 獄︵ 一九 五四 年︶

︑日 興連 汚 職︵ 一 九 五四 年

︶︑ 売 春汚 職

︵一 九 五七 年

︶な ど 多 くの 汚 職 事件 が 生 じて おり

︑そ れら を背 景と した 様々 なレ ベル の表 現が 生ま れて いた

︒む ろ ん︑ そ の代 表 例 は 松本 清 張 の小 説 で︑ 例 えば 清 張 は︑

﹁点 と 線﹂

︵﹃ 旅

﹄一 九 五 七 年 二 月

〜一 九 五 八 年 一 月

︶や

︑砂 糖 汚 職 を モ デ ル と し た

﹁あ る 小 官 僚 の 抹 殺﹂

︵﹃ 別 冊 文藝 春秋

﹄一 九五 八年 二月

︶に おい て︑ 汚職 の隠 蔽の ため に殺 害さ れて いく 下級 官僚 を描 いた

︒実 際︑ 砂糖 汚職 では 農林 省の 課長 の自 殺が

︑造 船疑 獄で は運 輸省 の課 長補 佐の 自殺 が 報 じら れ て お り

︑ こう し た 事件 が 清 張の 発想 に結 びつ いて いる こと は言 うま でも ない

︒ 当 然の こと なが ら官 僚の 汚職 事件 に働 く想 像力 はテ レビ ドラ マの 表象 にも 波及 し︑ 例え ば︑ 佐々 木基 一が 初め てド ラマ の脚 本を 担当 した

﹁窓

﹂︵ N HK

前 田達 郎演 出 一九 五八 年六 月二

〇日 放送

︶や

︑﹁ ある 小官 僚の 抹殺

﹂と

﹁氷 雨﹂

︵﹃ 小 説公 園﹄ 一九 五八 年四 月︶ とを 融 合し て ド ラ マ化 し た 昭和 三 四 年度 芸 術 祭 奨励 賞 受 賞作

﹁氷 雨

﹂︵ NH K 松本 清張

・西 川清 之作

永 山弘 演出

一 九 五 九 年一 一 月 二七 日 放 送︶ 等に そ れ が 見ら れ る︒

﹁ 窓﹂ は︑ 収賄 容 疑 で留 置さ れた ある 官僚 の内 面に 焦点 を当 てた ドラ マ で︑

﹁ 氷 雨﹂ は︑ 公金 の 横 領や 贈 賄 の隠 蔽 の た めに 上 司 から 自 殺 を強 いら れた ある 経理 課長 の死 と︑ その 復讐 を果 た す 妻 を描 い た ドラ マ だ︒

﹁ 獣の 行 方﹂ も︑ 汚 職 の捜 査 中 に自 殺 を 果た した 官僚 の弟 がそ の復 讐を 果た そう とす ると いう 点に おい て︑ この

﹁氷 雨﹂ と同 様の 物語 であ る︒ あ るい は︑ 放送 当日 の﹃ 朝日 新聞

﹄︵ 東 京版

︶や

﹃東 京新 聞﹄ のテ レビ 欄が

﹁獣 の行 方﹂ を﹁ サス ペン ス・ ドラ マ﹂ とし て紹 介し てい たよ うに

︑鉄 夫が 兄を 死に 追い やっ た三 人の 男を 殺害 しよ うと する 物語 の展 開や

︑鉄 夫と 隈丸 喜八 郎と の格 闘の 場面 は︑ 娯楽 とし ての スリ ルを 視聴 者 に 体 感さ せ る 力と し て も働 い て い たで あ ろ う︒

﹁獣 の 行 方﹂ が放

― 137 ― 三

好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

(9)

送さ れる 四か 月前 には

︑ア メリ カの テレ ビ・ シリ ーズ

﹁ヒ ッチ コッ ク劇 場﹂ が日 本で も放 送さ れ始 めて 視聴 者の 人気 を 得て お り

︑ス リ ラー や サ スペ ン ス 的要 素 は 当 時の テ レ ビ ド ラ マ に お い て 大 き な 意 味 を 持 っ て い た︒

﹁ 獣 の 行 方﹂ は︑ 鉄夫 と隈 丸と の格 闘場 面に 見ら れる アク ショ ン性 や︑ 鉄夫 と友 人の 妹夏 子と の関 係に 見ら れる ラブ ロマ ンス とい った 点に おい ても

︑ヒ ッチ コッ クの 映画

︑テ レビ

・シ リー ズの 表象 と大 きく 重な り合 って いる

︒前 述し たよ うに 三好 十郎 はテ レビ をよ く観 てい たと いう が︑ 三好 にそ のよ うな 観点 があ った かど うか はと もか く︑ この ドラ マを 演出 した 梅本 重信 がサ スペ ンス 的要 素を 視野 に入 れて いた こと は確 かだ

︒ こ のよ うな 点に おい て︑

﹁ 獣の 行方

﹂は

︑三 好の 問題 意 識 を内 在 し︑ 同 時代 の 表 現と も 共 鳴 する 要 素 を備 え た ドラ マと して 位置 づけ られ るが

︑現 存す る映 像を 確認 す る と︑ ド ラマ 内 に 不自 然 な 表現 が あ る こと は 否 めな い

︒例 え ば︑ 兄が 三人 の男 に殺 され たこ とを 遺品 の手 帳か ら知 り︑ その 手帳 を握 った まま 意識 を失 って しま う鉄 夫の 姿や

︑鉄 夫が 追う 第一 の男 であ る若 山の 家庭 の過 剰性

︑ド ラマ のク ライ マッ クス であ る第 三の 男隈 丸と 鉄夫 との 格闘 から

︑エ レベ ータ ーの 穴に 落下 しか けた 鉄夫 を隈 丸が 救う 場面 への 展開 など

︑三 好に よる 脚本 の設 定と 当時 の演 技の 質と が相 まっ て︑ 作為 的に 映る 場面 も少 なく はな いの であ る︒ これ は︑ 一九 五七 年に 放送 され たこ のド ラマ が現 在で は時 代が かっ て見 える こと のみ に起 因す るも ので はな く︑ 放送 当時 にも 大橋 恭彦

﹁は かな い映 像芸 術│ 芸術 祭参 加の テレ ビド ラマ を見 る│

﹂︵

﹃ 映画 芸術

﹄一 九五 八年 一月

︶が

﹁部 分的 にム リな 設定 もあ つた

﹂と 指摘 して いた こと だ︒ だ が︑ 当然 のこ とな がら

︑そ うし た否 定的 要素 のみ がこ のド ラマ を支 えて いる わけ では ない

︒兄 の手 帳を 見て 卒倒 した 鉄夫 が意 識を 回復 した 後に 見せ る表 情と それ に呼 応す る音 響効 果や

︑殺 意に 取り つか れた 鉄夫 の視 線を 再現 表象 した 傾斜 映像

︑兄 を殺 した 三人 の男 を探 し求 める 鉄夫 の傾 斜映 像と 鉄夫 が彷 徨す る街 を映 した フィ ルム との 合成 映像

三 好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

― 138 ―

(10)

など

︑視 聴者 にイ ンパ クト を与 える 映像 もこ のド ラマ の重 要な 構成 要素 だ︒ この ドラ マの 中で 頻繁 に用 いら れて いる 傾斜 映像 は︑ 鉄夫 の不 安定 な心 理状 態を 描き 出す と同 時に 視聴 者を その 中 に 招き 入 れ る 効果 を 発 揮し て い るし

︑鉄 夫役 の平 幹二 朗の 眼の クロ ーズ アッ プは

︑こ のド ラマ が内 包す るサ スペ ンス 的要 素を 強調 して もい る︒ また

︑こ のド ラマ の冒 頭と 末尾 に用 意さ れて いる 鉄夫 のナ レー ショ ンは

︑お そら くは 演劇 的な 構成 をそ のま まド ラマ に持 ち込 んだ もの では あろ うが

︑結 果的 に︑ その 作中 人物 であ る鉄 夫が 物語 世界 から 離脱 して 視聴 者に 訴え かけ るよ うな 構造 を形 成し

︑ド ラマ それ 自体 を相 対化 する よう な効 果を 発揮 して もい る︒ その 末尾 にお ける

﹁兄 を殺 した 獣を 求め て歩 いた 僕が

︑次 々と 見出 した のは

︑人 間で した

﹂と いう 鉄夫 のナ レー ショ ンも

︑ド ラマ のテ ーマ に自 己言 及す るこ とで それ を明 確に しよ うと する もの だ︒ 三

︑ 梅本 重 信 の演 出 こ

のド ラマ を含 めて

︑三 好の 生前 に放 送さ れた 全て のテ レビ ドラ マの 演出 を担 当し たの がN HK の梅 本重 信で あっ た︒ 梅本 によ ると

︑三 好と 仕事 を初 めて 共に した のは ラジ オド ラ マ﹁ ぼ たも ち

﹂で あ っ たと い う が

︑ 二人 の 経 歴は それ 以前 にも 重な り合 うと ころ があ る︒ 一 九〇 八年 に東 京に 生ま れ︑ 日本 大学 で演 劇を 専攻 した 梅本 は

︑ 友田 恭 助︑ 田 村秋 子 ら が 一九 三 二 年二 月 に 旗揚 げし た築 地座 の研 究生 とな った 後︑ 座員 とし て劇 団の 裏方 や俳 優を 務め た経 験を 持つ

︒築 地座 が分 裂し て創 作座 が一 九三 四年 九月 に旗 揚げ され ると そ こに 参 加 し︑ 梅 本は

﹁温 室 村﹂

︵ 一九 三 五 年三 月 二 九 日初 演

︶の 脚 本や

︑﹁ 死 な す﹂

― 139 ― 三

好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

(11)

︵ 一九 三五 年一 一月 一一 日初 演︶ など の 演 出 を担 当 し た︒ 偶然 に も︑ 三 好の 戯 曲

﹁幽 霊 荘﹂

︵﹃ 文 学 評論

﹄一 九 三 五年 九月

︶が 一九 三六 年一 月九 日に この 創作 座に よっ て初 演さ れて おり

︑一 九三 七年 六月 の創 作座 解散 後に は︑ 三好 が在 籍し てい たピ ー・ シー

・エ ルに 梅本 も入 って 文化 映画 の録 音係 を務 めて いる

︒梅 本は 一九 四一 年か らN HK の大 阪局 に勤 務す るこ とに なる が︑ この 頃戯 曲 集﹃ 降 誕 祭と 女

﹄︵ 新 民書 房 一 九 四一 年 九 月︶ を 出版 し て おり

︑一 九 四 二年 二月 に旗 揚げ され た文 化座 は︑ 一九 四二 年四 月一 四日 から の第 一回 本公 演で

︑こ の書 に収 録さ れて いる 梅本 の﹁ 武蔵 野﹂ を上 演し

︑同 年一

〇月 一六 日か らの 第二 回本 公演 では

︑三 好の

﹁三 日間

﹂を 上演 した

︒文 化座 は三 好十 郎と の結 びつ きが 強く

︑こ れ以 降も 三好 の戯 曲を 頻繁 に上 演し てい る︒ 演 劇で の経 験を 生か して NH Kの 大阪 局で ラジ オド ラマ を担 当し てい た梅 本は

︑一 九五 二年 に東 京局 に移 り︑ 多く のラ ジオ ドラ マ︑ テレ ビド ラマ を演 出し た︒ 一九 五二 年四 月一

〇日 から 一九 五四 年四 月八 日ま で放 送さ れ︑ 国民 的人 気を 博し た菊 田一 夫原 作の ラジ オド ラマ

﹁君 の名 は﹂ を演 出し た一 人で もあ る︒ 梅本 の存 在は

︑一 九五

〇年 代後 半に おけ るN HK のテ レビ ドラ マを 象徴 する もの でも あり

︑梅 本は

︑﹁ 風 光る

﹂︵ 今日 出海 作 一九 五四 年一 一月 二四 日放 送︶

︑﹁ さ て︑ その あく る日

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﹂︵ 久 保田 万太 郎作

一 九五 五年 一一 月三 日放 送︶

︑﹁ 糸 車﹂

︵壺 井栄 作 一九 五六 年一 一月 三〇 日放 送︶

︑﹁ 獣 の行 方﹂

︑﹁ 卒 塔婆 小 町﹂

︵三 島 由 紀 夫作

一 九 五 八年 一

〇 月三

〇 日 放 送︶

︑﹁ あ る 町の あ る 出来 事﹂

︵ レジ ナル ド・ ロー ズ作

江 上照 彦訳

・翻 案 一九 五九 年一

〇月 一八 日放 送︶

︑﹁ サ ンド

・ス トー ム﹂

︵城 山三 郎作 一九 六〇 年一 一月 三日 放送

︶と

︑毎 年の よう に文 学者 の脚 本に よる 芸術 祭参 加作 を演 出し た︒ その 傍ら

︑自 身に よる 劇作 も継 続し てい る︒ 一 九 五 三 年に テ レ ビ放 送 が 開始 さ れ て から ま だ 一〇 年 に も満 た な い この 時 期 のテ レ ビ ドラ マ 制 作 では

︑演 劇 や 映

三 好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

― 140 ―

(12)

画︑ ラジ オで の経 験を 持つ 梅本 のよ うな 人材 が︑ 海外 のテ レビ 事情 を参 照し つつ テレ ビ独 自の 方法 を模 索す るケ ース が 多 か っ た

︒当 時 多 く 出 版 さ れ て い た テ レ ビ や テ レ ビ ド ラ マ の 入 門 書 の 類 に 梅 本 が 残 し て い る 記 述 を 確 認 す る と

︑ 梅本 が心 掛け てい た演 出は それ ほど 奇抜 なも ので はな く︑ まず 脚本 を 重 視し

︑視 聴 者 に とっ て の リア リ テ ィの 確保 を優 先す るも ので あっ たこ とが 分か る︒

﹁ 作品 ので きが 第一 で︑ 次が 出演 者︑ 次が 演出 だ﹂ と考 えて いた 梅本 は︑

﹁ 獣の 行 方

﹂の 場 合も

︑脚 本 の テー マ に 感動 し

︑克 明 に 記 さ れ た ト 書 き を テ レ ビ で 表 現 す る こ と に 努 め た と い う

︒ 梅本 は︑ リア リテ ィを 失う 可能 性を 持つ サス ペン スや スリ ラー の要 素は

︑視 覚に 訴え るテ レビ には 不適 当だ と考 えて いる とこ ろが ある が︑

﹁ 獣の 行方

﹂に おけ るサ スペ ン ス︑ ス リラ ー 的 要素 は

︑リ ア リテ ィ を 損 なう ほ ど では な い と考 えて いた よう だ︒ 海外 のテ レビ ドラ マの 傾向 も視 野に 入れ てい た梅 本は

︑リ アリ ティ のあ るス リラ ーと ホー ムド ラマ を︑ テレ ビド ラマ の大 きな 方向 性と して 捉え てい たの であ る

︒ 梅 本が 書き 残し てい る方 法論 だけ を見 ると

︑そ れは さほ ど斬 新な もの には 見え ない が︑ 芸術 祭参 加作 とし て制 作さ れた

﹁獣 の行 方﹂ の演 出で は︑ テレ ビ独 自の 表現 を追 求し よう と して い た こと は 確 か だ

︒ NH K放 送 博物 館 に 保存 され てい る台 本は

︑そ の表 紙の 右上 に﹁ 梅本

﹂と 記さ れて いる とこ ろか ら︑ 梅本 本人 が使 用し たも のと 推測 され

︑そ の中 の夥 しい 数の メモ や書 き込 みか らも

︑演 出に おけ る梅 本の 試行 錯誤 がう かが える

︒そ れは

︑脚 本の テキ スト レジ や︑ 制作 途中 で発 想さ れた であ ろう アイ ディ ア︑ カメ ラの 切り 替え と動 きの 手順

︑絵 コン テな ど︑ 演出 の現 場を その まま 書き 留め たよ うな 記述 に満 ちて いる

︒ 例 えば

︑台 本の メモ 欄冒 頭に 鉛筆 で記 され てい る︑

﹁ 凄い 迫力

││ 迫力 ある 画面 と単 純化

︵T V的 迫力

︶﹂

︑﹁ 獣 を追 う鉄 夫の 目で 一貫 させ たい

﹂と いう 記述 から は︑ テレ ビの 性質 への 拘泥 や︑ 前述 した よう な鉄 夫の 主観 を表 象す る技

― 141 ― 三

好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

(13)

法へ の意 欲が 見え る︒ ある いは

︑鉄 夫に よる 兄の 手帳 の発 見ま でを ホー ムド ラマ とし て︑ 手帳 の謎 や手 帳の 発見 以後 の鉄 夫の 言動 をサ スペ ンス

︑ス リラ ーと して 捉え てい たこ とを 記す メモ 書き は︑ 当時 の梅 本が 考え てい たス リラ ーと ホー ムド ラマ とい うテ レビ ドラ マの 二つ の方 向性 にそ のま ま対 応し てお り︑ これ らが

﹁二 つに 分裂 せぬ よう

﹂に 注意 する メモ 書き も残 され てい る︒ 中に は︑

﹁ 農政 省︑ 公 団 その 他 ぼ やか す

﹂と い う記 述 も 見 え︑ 実在 す る 組織 と 汚 職と の関 係に つい て表 現を 回避 する よう な工 夫も あ っ た こと が う かが え る︒ 実 際︑ 三好 の 原 作 に記 さ れ てい た

﹁共 産 党﹂ や﹁ 農政 省﹂ とい う語 は映 像で は用 いら れて いな い︒ こ うし た過 程を 経て 制作

︑放 送さ れた

﹁獣 の行 方﹂ は︑ 確か に前 述し たよ うな 設定 の不 自然 さや 作為 性も やや 目に つく もの の︑ いく つか の点 にお いて

︑斬 新な 映 像 表 現を 生 み 出す こ と に成 功 し て いる

︒梅 本 が﹁

﹁ 獣の 行 方﹂ を 演出 して

﹂︵

﹃ 映画 芸術

﹄一 九五 八年 一月

︶と いう 記事 の 中 で︑

﹁ テレ ビ に 効果 の あ るア ッ プ や リア ク シ ョン

﹂を 大 胆 に使 用し たと 語っ てい るよ うに

︑梅 本は

︑当 時の テレ ビ受 像機 の小 さな 画面 を最 大限 に生 かし たク ロー ズア ップ や︑ やや 過剰 なリ アク ショ ンを 意図 的に この ドラ マの 中に 取り 入れ たら しい

︒例 えば

︑鉄 夫の 殺意 や主 観性 が︑ 急激 に変 化し た俳 優の 表情 をク ロー ズア ップ する こと によ って 表現 され てい るの もそ のよ うな 結果 であ ろう

︒故 に︑ それ が前 述し たよ うな 作為 的で 不自 然な 表現 に映 るケ ース もあ るの だが

︑そ れ以 上に 梅本 はテ レビ の﹁ 画面 の密 度﹂ を重 視し

︑無 駄な 要素 の省 力化 とい う点 に重 点を 置い てい たよ うだ

︒ク ロー ズア ップ の活 用に つい ては

︑映 画評 論家 の飯 島正 によ る提 言を 実践 した 可能 性も あり

︑飯 島と 梅本 が同 席し たテ レビ ドラ マを めぐ る 座 談会 の 席 上 で飯 島 が クロ ー ズ アッ プの 重要 性に 触れ てい るこ とも その こと を示 唆し てい よう

︒映 画フ ィル ムと テ レ ビの 映 像 と を合 成 し たシ ョ ッ トに つい ても

︑単 に合 成映 像で ある 点が 特異 なの では なく

︑鉄 夫や その 視線 の傾 斜映 像や

︑鉄 夫の 片眼 のみ のク ロー ズア

三 好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

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― 142 ―

(14)

ップ に夜 の街 の風 景が 合成 され てい る点

︵図

︶に こそ 特異 性が 認め られ よう

︒こ れは

︑当 時の テレ ビ映 像の 水準 にお いて も強 い幻 想性 を視 聴者 に与 えた と考 えら れる

︒ 梅 本が 意識 した こう した クロ ーズ アッ プの 活用 は︑ 飯島 正の 教え 子で あり

︑梅 本の 後輩 にあ たる NH Kの ディ レク ター 和田 勉に よっ てさ らに 展開 され てい くこ とを 考え れ ば

︑ 梅 本の 演 出 は それ に 先 んず る よ うな 位置 にあ った とも 言え る︒ その 後︑ 梅本 が演 出し たテ レビ ドラ マ﹁ ある 町の ある 出来 事﹂ も芸 術祭 奨励 賞受 賞作 とな った が︑ これ も︑ 当時

︑映 画﹁ 十 二人 の 怒 れ る男

﹂︵ シ ド ニー

・ル メ ッ ト監 督 一 九 五 九年 八 月 一 日日 本 公開

︶等 で 話 題を 呼 ん で いた レ ジ ナル ド

・ロ ー ズの

The R emark-

able Incident at C arson C orners

を 江 上 照 彦 が 翻 案 し た も の を 脚 本 と し︑ ロ ー ズ の ド ラ マ に 特 徴 的 な デ ィ ス カ ッ シ ョ ン 形 式 を 逸 早 く 取 り 入 れ た 結 果 と な っ た

︒ 当 時﹁ 謙 虚 な

!

静 の 演 出 家

"

﹂ と称 され てい た梅 本の 発想 の中 には 意外 な斬 新さ が含 まれ てい たの であ る︒ 四

︑ 一般 視 聴 者に も

﹁ 好評

﹂ 梅

本に よる こう した 工夫 が凝 らさ れた

﹁獣 の行 方﹂ は︑ 芸術 祭奨 励賞 受賞 前か ら識 者の 評価 が高 かっ た︒ 新聞 紙上

図 テレビドラマ「獣の行方」

画像提供:NHK

― 143 ― 三

好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

(15)

では

︑O

︵大 木豊

︶﹁ テ レビ 週評

﹂︵

﹃ 読売 新聞

﹄朝 刊 一九 五七 年一

〇月 三〇 日︶ が︑

﹁映 画的 な素 材に テレ ビ独 自の 迫力 をも たせ た点 で成 功だ

︒︵ 中 略︶ 悪は 個以 外の 別の と こ ろに あ っ たの だ と 訴え る 作 者 の主 張 は 熱っ ぽ く︑ 力 のド ラマ を思 わせ るに 十分 だ︒ 主人 公の アッ プに フィ ルム をだ ぶら せる など 総体 に凝 った 演出

︵梅 本重 信︶ の成 果も 認め られ てい い﹂ とし

︑N

﹁テ レビ 週言

﹂︵

﹃ 毎日 新聞

﹄朝 刊 一九 五七 年一 一月 二日

︶も

﹁非 常な 力作

︒︵ 中 略︶ ただ し︑ 話が 少し くど い︒ 省略 すべ き個 所を 整理 した ら︑ もっ と迫 力の ある もの とな った ろう

︒梅 本演 出の ねば りが 今後 は整 理の ほう にい くと いい

﹂と 評し た︒ いず れも この ドラ マを 高く 評価 して おり

︑特 に大 木の 評価 は︑ 梅本 がド ラマ 制作 で重 視し てい た脚 本の 質や

︑梅 本の 演出 その もの にも 及ん でい る︒ この ドラ マか ら抽 出さ れる

﹁映 画的 な素 材﹂ を端 的に 示し てい るの は︑ ドラ マの クラ イマ ック スに あた る鉄 夫と 隈丸 との 格闘 シー ンで あろ うが

︑映 画表 現を 参照 しつ つそ れと の差 異化 を図 ろう とし てい たこ の時 期の テレ ビ表 現に おい て︑ 梅本 のそ れは 一つ の回 答と なっ たよ うだ

︒こ のド ラマ の﹁ ムリ な設 定﹂ を指 摘し た前 掲の 大橋 恭彦 も

︑﹁ テ レ ビド ラ マ が映 画 の 領域 へ 大 股 で踏 み 込 んで き た こと を感 じさ せる 力作 であ る﹂ と高 く評 価し てい る︒ 芸 術祭 の審 査で も同 様の 点が 評価 され た結 果

︑ 梅本 の演 出は 奨励 賞を 受 賞 する に 至 っ たが

︑そ の 演 出に 違 和 感を 覚え たの が佐 々木 基一 であ った

︒佐 々木 は梅 本が 工夫 し た ク ロー ズ ア ップ と リ アク シ ョ ン を取 り 上 げ︑

﹁こ の ド ラマ では

︑主 人公 の容 貌の 変化 があ まり に直 線的 であ り︑ 単調 でし た︒ クロ ーズ

・ア ップ でと らえ られ た憎 悪と 狂気 の相 のど こか に︑ 以前 の善 良さ の名 残り が認 めら れた なら

︑主 人公 の内 心の 葛藤 がも っと 強く

︑容 貌自 体を 通し てわ たし た ち に 感 じ ら れ

︑彼 が 敵 に め ぐ り 合 い な が ら 殺 す こ と が で き な か っ た 必 然 性 も よ く 納 得 さ れ た に ち が い あ り ま せ ん﹂ と

︑敢 えて 大 胆に 表 現 され た 鉄 夫 の表 情 の 変化 を 批 判 して い る︒ 記 録芸 術 の 会の 中 で テ レビ と い う新 し い メデ

三 好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

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― 144 ―

(16)

ィア に注 目し てい た佐 々木 は︑ 梅本 とは レベ ルの 異な る方 法論 を構 築し よう とし てお り︑ それ がこ の批 判と して 表れ たと 言え よう

︒ と は言 え︑ この ドラ マの 評価 が高 かっ たこ とは 間違 いな く︑ それ は一 般視 聴者 にお いて も同 様で あっ たよ うだ

︒前 掲の NH K放 送博 物館 に保 存さ れて いる 梅本 の台 本に は︑ 巻末 にN HK 放送 文化 研究 所効 果研 究部 によ る調 査報 告書 が 綴じ 込 ま れ てお り

︑そ の 調 査 結 果 が﹁ 獣 の 行 方﹂ に 対 す る 一 般 視 聴 者 の 反 応 を 伝 え て い る

︒こ の 調 査 報 告 書 は︑

﹁ 11第 回 テレ ビジ ョン 放送 パネ ル調 査 票﹂ の 集計 結 果 で︑ 表紙 の 左 上に は

﹁演 劇 課 梅 本様

﹂と い う 記述 が あ ると ころ から

︑梅 本に 手渡 され た調 査結 果を NH Kが 資料 とし て保 存す る際 に台 本と 共に 綴じ 込ん だも ので あろ う︒ 調査 票に は質 問項 目が 合計 四つ 設け られ てお り︑ 一つ 目 は︑

﹁ 今 日の こ の 放送 を あ なた は ど の くら い み まし た か﹂ と いう 質問 に対 して

︑﹁ 全 部み た﹂

︑﹁ 半 分以 上 み た﹂

︑﹁ 半 分 ほ どみ た

﹂︑

﹁ 半分 以 下 しか み な か った

﹂︑

﹁ 全 然み な か った

﹂の いず れか を選 ぶ形 式︑ 二つ 目は

︑﹁ こ の放 送 は あな た の 興味 を ひ きま し た か﹂ と いう 質 問 に対 し て︑ プ ラス 3の

﹁非 常に 興味 をひ いた

﹂か らマ イナ ス3 の﹁ 全く 興 味 を ひか な か った

﹂ま で の 幅で 回 答 す る形 式

︑三 つ 目は

︑﹁ 作 者 は何 をね らい

︑何 を云 おう とし てい るの だと あな た は考 え ま し たか

﹂と い う 質問 に 対 して

︑﹁ サ ス ペ ンス に よ るス リ ル﹂

﹁ 疑獄 事件 の掘 り下 げ﹂

︑﹁ 人 間の 善意 と悪 意 と の 斗い

﹂︑

﹁ 復 讐心

﹂︑

﹁ 人 間に は 悪 人が な い と 云う こ と﹂

︑﹁ ヒ ュ ー マニ ズム

﹂の いず れか 一つ を答 える 形式

︑四 つ 目 は︑

﹁ 脚本

・演 出

・装 置 等に つ い て︑ 次の 二 つ に 分け て 箇 条書 き に して くだ さい

﹂と 依頼 し︑

﹁ 特に 印象 に残 った とこ ろ﹂ と﹁ もの 足り なか った とこ ろ﹂ を記 す形 式で ある

︒ 調 査 票 の 回収 状 況 は︑ 発送 数 七 六八 名 に 対 して 回 収 数四

〇 名で

︑回 収 率 は 五二

%で あ っ た

︒回 収 数 四

〇 名 の 内︑ 男性 は一 九九 名︑ 女性 は二

〇一 名で

︑年 齢層 の分 類は

︑一

〇︑ 二〇 代が 一五 二名

︑三

〇代 が一

〇九 名︑ 四〇 代以

― 145 ― 三

好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

(17)

上が 一三 九名 であ るた め︑ 比較 的若 い世 代が 回答 に応 じた 結果 を示 して いる

︒回 収数 四〇

〇名 をN HK の管 内別 に記 し たデ ー タ も あり

︑札 幌

︑仙 台 が四 二 名︑ 東 京が 一 五 七 名︑ 名古 屋

︑大 阪 が 一 四 五 名

︑広 島

︑熊 本 が 五 六 名 で あ っ た︒ 一つ 目の 質問 項目 に対 して は︑

﹁ 全部 み た﹂ を 選ん だ 者 が七 五

%に 及 び︑ 他の 番 組 と 比べ て も﹁ 興 味を 終 り まで もち つづ けた 視聴 者が 多か った と言 える

﹂と いう 調査 結果 がな され てい る︒ 一時 間半 とい う放 送時 間で あっ た﹁ 獣の 行方

﹂は

︑当 時と して は長 時間 ドラ マで あっ たが

︑番 組の 最後 まで 視聴 者を 引き 付け てい たこ とに なろ う︒ 二つ 目の 質 問の 集 計 結 果も

︑総 平 均 点が プ ラ ス一

・七 六 と 高 く︑ この 結 果 につ い て も﹁ こ れま で の 調査 の 時 と く ら べ て み る と︑ かな り高 くな って いる

﹂と いう 評価 が下 され てい る︒ ただ し︑ この 調査 結果 を考 える 際に は︑ 調査 票を 送っ た者 の内

︑半 分弱 が調 査に 応じ てい ない こと にも 留意 すべ きで あろ う︒ 興 味深 いの は三 つ目 の質 問で ある が

︑回 答 の 割合 は

︑﹁ サ スペ ン ス によ る ス リ ル﹂ が三

%︑

﹁ 疑獄 事 件 の掘 り 下 げ﹂ が 二%

︑﹁ 人 間 の善 意 と 悪意 と の 斗い

﹂が 三

〇%

︑﹁ 復 讐 心

﹂が 二

%︑

﹁ 人 間 に は 悪 人 が な い と 云 う こ と

﹂が 三 五

%︑

﹁ ヒュ ーマ ニズ ム﹂ が二 六%

︑無 回答 が二

%と いう 結 果 であ っ た︒ 報 告書 の 中 でも 結 論 付 けら れ て いる よ う に︑ これ は︑ 末尾 の鉄 夫の ナレ ーシ ョン がド ラマ のテ ーマ を総 括し て い る か否 か を めぐ る 視 聴者 の 理 解 度に つ な がっ て い る︒ この ドラ マを

﹁全 部み た﹂ とい う七 五% の回 答者 は︑ 同時 にド ラマ 末尾 の鉄 夫の ナレ ーシ ョン を目 にし た回 答者 であ るが ため に︑ 鉄夫 のナ レー ショ ンを 通じ たテ ーマ の把 握へ とつ なが った ので あろ う︒ 前述 した よう に︑ この ドラ マを 放送 当日 のテ レビ 欄で

﹁サ スペ ンス

・ド ラマ

﹂と し て 紹 介し た 新 聞が あ っ たが

︑﹁ サ ス ペ ンス に よ るス リ ル﹂ に 主眼 を置 いた 者は 回答 者の わず か三

%に 過ぎ ず︑ 視聴 者の 理解 が新 聞の テレ ビ欄 では なく ドラ マの 内部 から 生ま れて いる こと をう かが わせ もす る︒ しか し︑ 末尾 の鉄 夫 のナ レ ー シ ョン を

︑﹁ 人 間の 善 意 と悪 意 と の 斗い

﹂︑

﹁ 人 間に は 悪 人が

三 好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

― 146 ―

(18)

ない と云 うこ と﹂

︑﹁ ヒ ュー マニ ズム

﹂の いず れに 置換 すべ きか とい う点

︑す なわ ち︑ より 細か なモ チー フの 把握 につ いて は判 断が 分か れて いる

︒も っと も︑ この 選択 肢か ら一 つを 選択 させ ると いう 問い の設 定そ のも のに も問 題が あろ う︒

﹁特 に印 象に 残っ たと ころ

﹂に つい て記 す四 つ目 の質 問 項 目に つ い ては

︑調 査 票 の記 載 が 多 様で あ る ため に や や整 理が 困難 であ った よう だが

︑﹁ 個 々の 部分 に関 す る もの

﹂に つ い ては

︑三 九 五 名の 内 八 七 名が 挙 げ た﹁ 鉄夫 が ナ イフ を買 い︑ 若山 を殺 しに 行く 場面

﹂と

︑一 二四 名が 挙げ た﹁ 銀座 裏で の宴 会の 場面 から 劇の 最後 まで

﹂の 数が 多い

︒こ れは

︑鉄 夫の 変化 をめ ぐる 表現 と︑ ドラ マの クラ イマ ック スで ある 鉄夫 と隈 丸と の格 闘場 面と にそ のま ま対 応す る結 果と なっ てい る︒ 当然

︑調 査票 の記 載内 容は 複数 の場 面に 及ぶ もの もあ るた めに

︑三 九五 名の 内一 一〇 名が

﹁い くつ かの 場面 にま たが るも の﹂ につ いて 記し て お り︑ そ の内

︑﹁ 殺 意 をい だ い た鉄 夫 が 街 を歩 く 場 面︑ 鉄夫 の 顔︑ 片 眼の ク ロー ズ ア ッ プと バ ッ クの 移 動 シー ン が 重 なる と こ ろ︵ 若山 の 家 を たず ね る とこ ろ 及 び隈 丸 の 行 方を た ず ねる と こ ろ︶

﹂ を挙 げた もの が九 四名 と最 も数 が多 い︒ 例の 映画 フィ ル ム とテ レ ビ との 合 成 映像 が 視 聴 者に 強 い 印象 を 与 えて いた こと は︑ この 集計 結果 から も明 らか だ︒ 報 告書 の﹁ 総評

﹂は

︑﹁ こ のテ レビ ドラ マは 大体 にお いて 好評 であ った

﹂こ と︑

﹁大 体演 出者 の意 図し てい たよ うな 結果 が表 れて いる

﹂こ と︑

﹁ 芸術 祭参 加作 品に ふ さ わし い 力 作で あ っ た﹂ こと を 結 論 とし て お り︑ この ド ラ マは

︑一 般視 聴者 にお いて も高 く評 価さ れて いた こと にな る︒ 前に 紹介 した よう に︑ テレ ビド ラマ を批 評す るよ うな リテ ラシ ーの 持ち 主に も高 く評 価さ れて いた こと を想 起す れば

︑こ のド ラマ は非 常に 幅広 い評 価を 得て いた こと にな ろう

︒ま た︑ 演出 の上 で梅 本が 工夫 を凝 らし た映 像表 現も 確か にあ るイ ンパ クト を与 えて おり

︑容 易に 言語 化す るこ との でき

― 147 ― 三

好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

(19)

ない 映像 その もの の力 を︑ 視聴 者の リテ ラシ ーの レベ ルを 超え て伝 達す るこ とに も成 功し てい たこ とに なる

︒復 讐劇 やサ スペ ンス 性と いっ た大 衆的 な要 素を 孕み なが らも

︑テ レビ の特 性を 生か した 俳優 の演 技と 映像 表現 に斬 新な 部分 があ った こと が︑ こう した 評価 の幅 につ なが って いっ たよ うだ

︒三 好十 郎作 のテ レビ ドラ マで 映像 が現 存す るの はこ の一 作の みで ある が︑ それ 以上 の価 値が そこ には 含ま れて いる ので ある

︒ 注

⑴ こ の パ ラ グ ラ フ に つ い て は

︑ 宍 戸 恭 一

﹃ 三 好 十 郎 と の 対 話

│ 自 己 史 の 追 及

﹄︵ 深 夜 叢 書 社 一 九 八 三 年 一 二 月

︶︑ 西 村 博 子

﹃ 実 存 へ の 旅 立 ち

│ 三 好 十 郎 の ド ラ マ ト ゥ ル ギ ー

﹄︵ 而 立 書 房 一 九 八 九 年 一

〇 月

︶︑ 田 中 單 之

﹃ 三 好 十 郎 論

﹄︵ 第 二 版 菁 柿 堂 二

〇 三 年 一 二 月

︶︑ 片 島 紀 男

﹃ 三 好 十 郎 傳 悲 し い 火 だ る ま

﹄︵ 五 月 書 房 二

〇 四 年 七 月

︶︑ 山 口 謙 吾

﹁ 三 好 十 郎 年 譜

﹂︵

﹃ 三 好 十 郎 没 後 50 年 記 念 誌 劇 作 家 三 好 十 郎

﹄ 書 肆 草 茫 々 二

〇 八 年 一

〇 月

︶ 等 を 参 照 し た

⑵ 梅 本 重 信

﹁ 先 生 の 雑 談

﹂︵

﹁ 三 好 十 郎 を 偲 ぶ

﹂﹃ 文 化 座

﹄︵ 三 好 十 郎 追 悼 特 集

﹃ 冒 し た 者

﹄ 一 九 五 九 年

︶ 参 照

⑶ 大 武 正 人 編

﹃ 三 好 十 郎 の 手 帳

﹄︵ 金 沢 文 庫 一 九 七 四 年 六 月

︶ 参 照

⑷ 片 島 紀 男

﹃ 三 好 十 郎 傳 悲 し い 火 だ る ま

﹄︵ 前 掲

︶ 参 照

⑸ 三 好 十 郎

﹁ 東 京 の 美

﹂︵

﹃ 国 際

﹄ 一 九 四 七 年 九 月

︶ 参 照

⑹ 大 武 正 人 編

﹃ 三 好 十 郎 の 手 帳

﹄︵ 前 掲

︶ 参 照

﹁ 三 好 十 郎 と マ イ ク

﹂︵

﹁ 休 憩 室

﹂﹃ 朝 日 新 聞

﹄ 東 京 版 夕 刊 一 九 五 五 年 九 月 一 一 日

︶ 参 照

⑻ 片 島 紀 男

﹃ 三 好 十 郎 傳 悲 し い 火 だ る ま

﹄︵ 前 掲

︶ 参 照

⑼ 西 村 博 子

﹃ 実 存 へ の 旅 立 ち

│ 三 好 十 郎 の ド ラ マ ト ゥ ル ギ ー

﹄︵ 前 掲

︶ 参 照

⑽ 西 村 博 子

﹃ 実 存 へ の 旅 立 ち

│ 三 好 十 郎 の ド ラ マ ト ゥ ル ギ ー

﹄︵ 前 掲

︶ 参 照

︒ な お

︑ こ の 書 の 中 で 西 村 は 作 品 名 を

﹁ 神 と い う 殺 人 者

﹂ で は な く

﹁ 神 と い う 名 の 殺 人 者

﹂ と 記 し て い る が

︑ 詳 細 は 不 明

︒﹃ 三 好 十 郎 著 作 集 第 一 巻

﹄︵ 三 好 十 郎 著 作 刊 行 会 一 九 六

〇 年 一 一 月 復 刻 版 第 一 巻 不 二 出 版 二

〇 一 四 年 一 一 月

︶ で も 作 品 名 は

﹁ 神 と い う 殺 人 者

﹂ で あ る

三 好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

― 148 ―

(20)

⑾ 室 伏 哲 郎

﹃ 汚 職 の 構 造

﹄︵ 岩 波 新 書 一 九 八 一 年 一 二 月

︶ 参 照

﹁ 農 林 省 の 課 長 首 つ り

﹂︵

﹃ 朝 日 新 聞

﹄ 東 京 版 夕 刊 一 九 五 三 年 四 月 二 日

︶︑

﹁ 課 長 補 佐

︑ 飛 降 り 自 殺

﹂︵

﹃ 朝 日 新 聞

﹄ 東 京 版 朝 刊 一 九 五 四 年 三 月 三

〇 日

︶︑

﹁ 汚 職 と 自 殺

﹂︵

﹃ 読 売 新 聞

﹄ 夕 刊 一 九 五 七 年 四 月 一

〇 日

︶ 等 参 照

⒀ 飯 島 正

﹁ ア メ リ カ の テ レ ビ 映 画

﹂︵

﹃ 東 京 新 聞

﹄ 朝 刊 一 九 五 七 年 一 一 月 一 日

︶︑ 鳥 山 拡

﹁ ヒ ッ チ コ ッ ク 劇 場

﹂︵

﹃ 季 刊 テ レ ビ 研 究

﹄ 一 九 五 八 年 一

〇 月

︶ 参 照

︒﹁ ヒ ッ チ コ ッ ク 劇 場

﹂ に つ い て は

︑ D V D 版

﹃ ヒ ッ チ コ ッ ク 劇 場

﹄︵ 第 一 集

〜 第 四 集 ジ ェ ネ オ ン

・ ユ ニ バ ー サ ル

・ エ ン タ ー テ イ メ ン ト 二

〇 一 三 年

︶ を 参 照 し た

﹁ 獣 の 行 方

﹂ 制 作 よ り 後 の 資 料 と な る が

︑ N H K の 内 部 資 料 で あ る テ レ ビ ワ ー ク 編 集 部 編

﹃ テ レ ビ ジ ョ ン 特 殊 効 果

﹄︵ 編 成 局 庶 務 部 庶 務 課 一 九 六 一 年 二 月

︶ に は

︑﹁ 画 面 を 傾 斜 さ せ た 構 図 は

︑ 画 面 を 横 切 る 対 角 線 が 強 調 さ れ る の で

︑ 劇 的 効 果

︑ 特 に 不 安 定 な 心 理 的 効 果 が あ る

﹂ と 記 さ れ て い る

⒂ 梅 本 重 信

﹁ 先 生 の 雑 談

﹂︵ 前 掲

︶ 参 照

⒃ 梅 本 重 信 の 経 歴 に つ い て は

︑﹁ テ レ ビ 素 顔 の デ ィ レ ク タ ー

② 謙 虚 な! 静 の 演 出 家"

梅 本 重 信

﹂︵

﹃ キ ネ マ 旬 報

﹄ 一 九 五 七 年 九 月 一 五 日

︶︑ 岡 野 加 穂 留

﹁ テ レ ビ 演 出 家 研 究

︵ 12

︶ 梅 本 重 信

﹁ 自 然 の 提 供

﹂ と

﹁ 自 然 の 表 現

﹂﹂

︵﹃ キ ネ マ 旬 報

﹄ 一 九 六

〇 年 一

〇 月 一 五 日

︶ を 参 照 し た

⒄ 木 村 龍 蔵

︵ 司 会

︶︑ 池 田 彌 三 郎

︑ 田 口 泖 三 郎

︑ 飯 島 正

︑ 内 村 直 也

︑ 佐 分 利 信

︑ 梅 本 重 信 に よ る 座 談 会

﹁ テ レ ビ

・ ド ラ マ を 検 討 す る

﹂︵

﹃ N H K 放 送 文 化

﹄ 一 九 五 七 年 二 月

︶︑ 島 茂 雄

︑ 佐 久 間 茂 高

︑ 梅 本 重 信

︑ 今 井 実

︑ 松 尾 嘉 雄

︑ 林 実

︵ 司 会

︶ に よ る 座 談 会

﹁ テ レ ビ

・ ス タ ジ オ の あ り 方

﹂︵

﹃ N H K 放 送 文 化

﹄ 一 九 五 八 年 二 月

︶︑ 永 山 弘

︑ 梅 本 重 信

︑ 福 原 信 夫

︑ 佐 藤 治 男

︑ 萩 原 良 太 郎

︑ 小 山 賢 市

︑ 岩 崎 修 に よ る 座 談 会

﹁ 演 出 に つ い て の 考 察

﹂︵

﹃ N H K 放 送 文 化

﹄ 一 九 五 八 年 四 月

︶ 参 照

⒅ 梅 本 重 信

﹁ ラ ジ オ ド ラ マ と テ レ ビ ド ラ マ の 相 違

﹂︵ 志 賀 信 夫 編

﹃ 現 代 テ レ ビ 講 座 第 3 巻 デ ィ レ ク タ ー

/ プ ロ デ ュ ー サ ー 篇

﹄ ダ ヴ ィ ッ ド 社 一 九 六

〇 年 七 月

︶ 参 照

⒆ 梅 本 重 信

﹁﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 演 出 し て

﹂︵

﹃ 映 画 芸 術

﹄ 一 九 五 八 年 一 月

︶ 参 照

⒇ 梅 本 重 信

﹁ テ レ ビ ド ラ マ の 書 き 方

﹂︵ ざ く ろ の 会 編

﹃ テ レ ビ

・ ド ラ マ 理 論 と 作 品

﹄ 宝 文 館 一 九 五 九 年 二 月

︶︑

﹁ ラ ジ オ ド ラ マ と テ レ ビ ド ラ マ の 相 違

﹂︵ 前 掲

︶ 等 参 照

︒ 梅 本 重 信

﹁ 芸 術 祭

︵ 放 送 部 門

︶ 受 賞 の 喜 び を 語 る

﹂︵

﹃ 東 京 新 聞

﹄ 朝 刊 一 九 五 七 年 一 二 月 二 四 日

︶︑

﹁﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 演 出 し

― 149 ― 三

好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

(21)

﹂︵ 前 掲

︶ 参 照

︒ 飯 島 正

﹁ テ レ ビ 方 法 論 ノ ー ト

﹂︵

﹃ N H K 放 送 文 化

﹄ 一 九 五 六 年 一 一 月

︶ 参 照

︒ 座 談 会

﹁ テ レ ビ

・ ド ラ マ を 検 討 す る

﹂︵ 前 掲

︶ 参 照

︒ こ の 点 に つ い て は

︑ 拙 論

﹁ 和 田 勉 の 演 出 技 法

│ 芸 術 的 テ レ ビ ド ラ マ の 探 求

﹂︵

﹃ 人 文 学

﹄ 二

〇 一 七 年 三 月

︶ を 参 照 の こ と

︒ 梅 本 重 信 へ の イ ン タ ビ ュ ー 記 事

﹁ 紹 介 と 刺 戟

﹂︵

﹃ テ レ ビ ド ラ マ

﹄ 一 九 五 九 年 一 二 月

︶ に よ れ ば

︑ ア メ リ カ の テ レ ビ 事 情 を 知 る た め に 渡 米 し た 梅 本 は

︑ レ ジ ナ ル ド

・ ロ ー ズ の 作 品 に 魅 了 さ れ た と い う

︒ な お

︑ ロ ー ズ の デ ィ ス カ ッ シ ョ ン ド ラ マ と 日 本 の テ レ ビ ド ラ マ の 関 係 に つ い て は

︑ 平 原 日 出 夫

﹁ レ ジ ナ ル ド

・ ロ ー ズ と 日 本 の テ レ ビ ド ラ マ

│ 共 同 体 の ド ラ マ ツ ル ギ ー

︵﹃ 放 送 芸 術 学

﹄ 一 九 八 九 年 一 二 月

︶ に 詳 し い

﹁ テ レ ビ 素 顔 の デ ィ レ ク タ ー

② 謙 虚 な! 静 の 演 出 家"

梅 本 重 信

﹂︵ 前 掲

︶ 参 照

︒ 堀 江 史 朗

﹁ 審 査 員 の メ モ か ら

﹂︵

﹁ 1 9 5 7 年 度 芸 術 祭

︵ テ レ ビ 部 門

︶ を 顧 み て

﹂︵

﹃ キ ネ マ 旬 報

﹄ 一 九 五 八 年 一 月 一 五 日

︶︑ 田 口 泖 三 郎

﹁ 芸 術 祭 参 加 テ レ ビ 番 組 を 見 て

﹂︵

﹃ N H K 放 送 文 化

﹄ 一 九 五 八 年 二 月

︶ 参 照

︒ 佐 々 木 基 一

﹁ 映 画 の 文 法 と テ レ ビ

・ ド ラ マ の 文 法

﹂︵

﹃ N H K 放 送 文 化

﹄ 一 九 五 七 年 六 月

〜 一 九 五 八 年 三 月

︶ 参 照

﹇ 付 記

﹁ 獣 の 行 方

﹂ に お け る 台 詞 等 の 引 用 は

︑ 便 宜 上

﹃ 映 画 芸 術

﹄︵ 一 九 五 八 年 一 月

︶ 掲 載 の 脚 本 に よ っ た

︒ な お 本 稿 は

︑ J S P S 科 研 費

︵ 課 題 番 号17K02472

︶ に お け る 研 究 成 果 の 一 部 で あ る

三 好 十 郎 作

﹁ 獣 の 行 方

﹂ を 読 む

/ 視 る

― 150 ―

表 現 は ﹁ 獣 の 行 方 ﹂ の み に 見 ら れ る も の で は な い ︒ こ の ド ラ マ が 放 送 さ れ た 一 九 五 〇 年 代 当 時 も ︑ 砂 糖 汚 職 ︵ 一 九 五三年︶︑造船疑獄︵一九五四年︶︑日興連汚職︵一九五四年︶︑売春汚職︵一九五七年︶など多くの汚職事件が生じており⑾︑それらを背景とした様々なレベルの表現が生まれていた︒むろん︑その代表例は松本清張の小説で︑例えば清張は︑﹁点と線﹂︵﹃旅﹄一九五七年二月〜一九五八年一月︶や︑砂糖汚職をモデルとした﹁ある小官僚

参照

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