「自閉症にやさしい社会」研究会 2010.05.12 田邊 浩(金沢大学人間科学系) 1 1 リスク社会論=社会学の現代社会認識 1.1 リスク社会とは リスク社会とは,リスクが日常生活のいたるところまでに拡散し,わたしたちが生活を営 み,行為するときに,リスクのことを考慮せざるを得ないような社会のことである. (リスク社会論はドイツの社会学者Ulrich Beck によって提起された。ベックは現在,ミュンヘン大学お よびロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの社会学教授である.主著に、『危険社会』(二期出版, 1988 年/法政大学出版局, 1998 年)、『世界リスク社会論――テロ、戦争、自然破壊』(平凡社, 2003 年)、『グロ ーバル化の社会学――グローバリズムの誤謬・グローバル化への応答』(国文社, 2005 年)がある) 産業社会 科学・テクノロジー⇒富の生産⇒人間解放=負の副産物は公的なテーマとはならない リスク社会 科学・テクノロジー⇒リスク(負の副産物)の生産=リスク管理が公的なテーマとなる
富の分配にかわって,リスクをいかに分配するかが社会の大きな争点となる.
リスクの分配は,ある程度の階級的不平等をともなうが,しかし深刻なリスクはあら ゆる人を巻き込むという意味で,リスク社会は階級社会ではない.
リスクを知覚するため,またそれを解消するために科学への依存度が高まり,科学の 合理性と社会の合理性の矛盾が激しくなる. 1.2 リスク社会における「科学の合理性」と「社会の合理性」の軋轢とその調停
リスクを生み出すのは科学であるが,科学の進展とともにそれは再帰的なものとなり, 科学それ自身の根拠が問われることになる.科学は自らを守るために,それへの信頼 を強制するようになる.
非政治的領域に,政治的決定が持ち込まれるようになる.このようなサブ政治におい ては民主主義的統制が行われないため,リスクの高度化をもたらす.
科学によるリスクのコントロールとしては,科学が自らの誤謬から学習することと, 専門分野相互の関連に基づく専門化を進めることが必要である.
サブ政治により生み出されるリスクのコントロールとしては,議会による民主的統制 を強めることと,リスクに対して闘うサブ政治(さまざまな社会運動など)を強化す ることがあげられる.「自閉症にやさしい社会の条件-市民の自閉症認識に関する調査研究」
2 2 再帰的近代としての現代社会と社会学および社会調査 2.1 近代社会の自己反省としての社会学
再帰的近代化とは,モダニティの原理がそれ自身に適用されること,すなわちモダニ ティが徹底化されることを意味する.したがって,「徹底化されたモダニティ」,ある いは「ハイ・モダニティ」という言い方がなされたりもする.
再帰的自己規制的なシステムの特徴は,意図的に調整や制御を行うことである.シス テムを組織化する活動の結果として,システムの状況に関する新たな知識や情報がも たらされる.そうした知識や情報を再帰的に組み込み,望ましい方向に向けてシステ ムに意図的に介入することによって調整や制御を行い,新たにシステムを組織化する.
社会学はモダニティの有す再帰性で中軸的位置を占める。それは社会学が近代の社会 生活に対する最も一般化された形の省察となっているからである。 2.2 社会調査の意義 3 社会学グループの研究計画 専門家調査 大学生調査 学校調査 市民調査 4 2009年度の研究 4.1 専門家調査の調査結果 4.1.1 公衆衛生(山梨大学医学部 山懸先生) 大規模コーホート調査について ジャパン・チルドレンズ・スタディ(すくすくコーホート) 日本の子供の健康と環境に関する全国調査(エコチル調査) エコチル調査について
環境省が、妊婦を10 万人リクルートして、胎児期からの環境曝露、特に化学物質に対 する曝露と、生まれてくる子どもの健康との関係を見ていくもの。全国で15 ヵ所のユ ニットセンターを作って、10 万人、平均 6000 人、3年間でリクルートして、その子 たちが13 歳になるまで追いかけて、さらに解析期間5年含めて、全部で 21 年間追跡 する。これは、日本で初めての、いわゆるバースコーホートといえる。
アウトカムは、化学物質に対する健康なので、先天異常、先天奇形なようなものであ る。次に、発育、発達も含めて、今度は思春期の内分泌の問題が出てくるであろうし、 5歳児ぐらいから、今一番問題になっている、いわゆる発達障害、そこに自閉症を含3 めた、そういったものをアウトカムとして見ていくという調査である。 すくすくコーホートについて
JST の RISTEX がやっている、脳科学と社会という領域の中のもの。平成 16 年度か ら5年間の調査。 子どもの遺伝子検査、遺伝子を使った研究のやりにくさ
誰からインフォームドコンセントを取るのかとか。 (例えば、遺伝子を取ったときに、対象者が小さいときには、母親の承諾でOKにするとか。だが、 子どもたちが大きくなったときまで追いかけていくときに、どの時点で子どもにアセントをしたり、 改めてインフォームドコンセントを取るとかという問題があったりする)
子どもの血液を採るということには、病人でもないのに血液を採るということには、 結構大きい壁がある。そのような調査は、なかなかやりにくい。
今まで自閉症の子どもたちの研究でも、ほとんどケースコントロールスタディである。
エコチルについては、今、大規模コーホートで生体サンプル採らないとか、遺伝子解 析しないとかいう研究は、考えられない。
いわゆるバンキングというのを、大量の税金を投入していく場合には、セミオープン みたいな形にして、ほかの人も、それを研究対象として使えるような枠組みにしてい くっていうことはとても大切である。 インフォームドコンセントについて
臨床研究とか疫学研究とか、いわゆる人を対象とする研究の倫理というのが1990 年代 から出てきて、インフォームドコンセントを取らなければならなくなった。WHOの ガイドラインだとか、臨床研究のガイドラインが出てきて、2000 年、ちょうど 10 年 前から、日本でもなってきた。 大規模コーホート研究の問題
日本では、人を対象とした大規模コーホート研究は日が浅い。とくに、子どもに対す る大規模な調査は、きちんとしたものがない。子どもの大規模調査は、アウトカムが 出てくるのが遅い。また、アウトカムが出てくるのが非常に人数が少ないから、母集 団を大きくしなければならない。
発達障害とか、社会性の発達などは、測定方法がきちんとしていない。だから、それ を開発しながらやっていかなければならなかった。 大規模コーホート調査の社会的影響
大規模コーホート調査について知ってもらうような活動をしなければならない。子ど4 もたちを対象にして、しかも長期であること、大規模であることからして、国民が、 このコーホート調査を知る。知ることによって、関心が高まる。関心が高まることに よって、いろいろな意見が出てきて、そのいろいろな意見をもとにして、研究を進め ていくっていうことをしていかなければならない。 領域架橋について
STSの領域の人たちが、やっぱり、実際に調査ってどんなものなのかとか、そこで 実際にそれに参加する人たちがどういうふうに思っているのかということの情報が、 今まで足りなかったのだろうと思う。
一方で医学系は、自分たちが間違ったことするはずはないと、ずっと思ってやってき ている。人の命が世の中で一番大切なんだろうと思っているから。必ずしもそうでは ないのだというようなことをお互いにきちんと知ることが大切である。
1人の人間が複数の専門を勉強すること。だから、社会学の人は、やっぱり医学の勉 強を、医学の修士とか博士とかに入って勉強する。医学者も社会学のことを勉強した り、法律の勉強をする。40 ぐらいのときに、2つか3つの専門性を持って、こういっ たものに関わるっていう人たちが増えることが大切であると思う。
社会学の人たちとか、法律の人とか、倫理そのものをやっているような人たちが、希 望としては、本当に現場をたくさん見てもらえる。で、医学の専門家たちも、なぜ文 系の研究者にそのように言われるのかということを、もっと真摯に勉強するところで 折り合いがつくと思う。 臨床研究と疫学研究の違い
すごく大量の人間をもってやるか、それとも、本当に患者さんに付いてやるかという ので大きく違っている。 4.1.2 分子生物学(理化学研究所 古市先生) 自閉症の遺伝子として有力なもの 染色体15 番目のコピー数の変化は、比較的高い確率で見つかる。ニューロリジンとか、 ニューレキシン、シャンクと呼ばれるもの、contactin-associated protein2(コンタク チンアソシエートプロテイン2)という、その辺は確率としては高いというふうに言 われている。 高いと言っても、何%もいかないぐらいであるから、自閉症の発症率を考えれば、そ れだけではもちろん、それがシングルジーンで決まるかということさえもわかってい ない。そういう段階の研究レベルであるというふうに考えた方が良いと思う。5 脳科学と遺伝学 自らは分子脳科学者である。遺伝学はもちろん重要ではあるけれども、今後生物学的 研究の重要性もますます高まると考えられる。 自閉症への関心 アメリカでは3、4年前ぐらいから顕著に研究報告が増えてきた。発達障害に関して グラントが取りやすくなっている。日本では研究者人口は圧倒的に少ない。 発達障害、アスペルガー、ADHD、不安障害など、いろいろな本が出版され人々の関 心が高まっている、人々の意識がだいぶ変わってきている、と感じる。教育の専門家 の意識も変わってきている。むしろ、研究者側の意識があまり変わっていない。 ファンクショナル MRI の可能性 ファンクショナルMRIは非常に期待されており、アメリカでは自閉症患者の研究は いま盛んにやられている。自閉症の研究では、ファンクショナルMRIは非常に有効 であると考える。 脳科学と人文社会科学の関係
いわゆる社会性を生物学的に考える場合と、いわゆる人文科学的な社会的な行動とい う捉え方と、違うところがあるのではと思う。
どういう視点で、その社会行動を見るかという点では、そういうお互いの考え方を交 流するっていうのは、良いかもしれない。逆に、あるモデルマウスができて、その行 動を社会科学者が見て、それを、どこまで社会性と判断できるかということを解析し てもらうというのも、面白いかもしれない。 遺伝子解析とオーダーメイド医療の問題 差別が横行したり、あるいは何らかの排他的、逆にその人にとって利益があるような、 そういう利害関係が絡むようなことにも利用される可能性もある。 研究における規制の問題 研究者、臨床に携わっている人、法律家、行政関係、教育者。さらに、患者やその家 族。それらの人々で構成された委員会で、ガイドラインなりを作ってやる、決めると いうのが良いと思う。 科学研究における有用性について 有用性は重要だということは誰も否定しないと思う。ただ、純粋に科学というのは、 いつそれが有用になるかということがわからないものがたくさんある。6 いわゆる科学の特性というのは、有用だけではなくて、ものを知りたいという人間の 単純な欲求を満たすためのものであり、それは人間が人間らしい特性であって、それ を満たすことは悪いことではなくて善である、というふうな考え方もできると思う。 基本的な人間の知りたいという、知に対する要求を追求する。それが国民の税金を使 う、使ってもいいという正当化する理由にもなるのではないか。 5 2010年度の研究 5.1 大学生調査の詳細 対象:金沢大学、北陸学院大学、石川県立大学、金城大学、石川県立看護大学 サンプル数:2000 実施時期:2010 年 7 月 質問項目 障害についての認識 自閉症などにかんするもの 自閉症を知っているか アスペルガーを知っているか(高機能自閉症とどう区別するか) 発達障害を知っているか 自閉症はなぜ生じるのかと理解しているか 自閉症以外の精神障害 差別について 自閉症の子どもと一緒に育つ・学ぶことについてどう思うか 自閉症の人が近所に住んでいたらどう思うか 共生について 共生か、治療か 共生のイメージ 科学と社会の関係 望ましい社会のイメージ 福祉国家観 障害のある人にやさしい社会に必要なこと 属性 性別 年齢 学年 専攻