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Vol.65 , No.1(2016)075張 文良「霊弁の『華厳経論』と『十住毘婆沙論』」

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全文

(1)

あり,『華厳経』の「十地品」を注釈する際のほぼ唯一の参考書でもあった.『十 住毘婆沙論』は「無垢地」を注釈しながら,主に「十善道」という概念を中心に 仏教の戒律を検討している.霊弁は『華厳経論』を撰述する際に,この『十住毘 婆沙論』の問題意識を共有し,同じく「十善道」についての議論を展開している. この過程において,『十住毘婆沙論』の説を引用した上で,自説を展開するような 場合がしばしば確認される. 十善道とは,六十巻『華厳経』の説によれば,不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄 語・不両舌・不悪口・不無義語・不貪・不瞋・不従事占相(習行正見)である.こ れは,『長阿含経』などにも見られ,出家者と在家者の両方に適応する戒律である とされる.さて,十善道の具体的な内容について,『十住毘婆沙論』と『華厳経 論』の説明には若干の相違が見られる.たとえば,『十住毘婆沙論』では,十善道 を離殺・離盗・離邪淫・離妄語・離両舌・離悪口・離散乱語・離貪・離瞋・離邪 見という「十離」で説明しているが,『華厳経論』では,これを離殺・離盗・離淫 (邪行)・離妄語・離両舌・離悪口・離無意語・知足離・慈忍離・真実離という「十 離」で説明している.後者の知足離・慈忍離・真実離という言い方には,離貪・ 離瞋・離邪見という説より中国文化的なニュアンスが感じられるが,意味として は両者に大差はない.また,「十離」の具体的な内容に関しても,両論の間には関 連性が見いだされる.たとえば,「離邪淫」について,『十住毘婆沙論』には七項 目からの説明が見られる.その第一項目は,女性からマッサージを受けたり,女 性と歓談したりすることを戒律違反と見なすという内容である.一方,『華厳経 論』は「離邪淫」を説明する際に,この『十住毘婆沙論』の第一項目を削除し, 六項目を用いて説明している.その六項目の内容は,『十住毘婆沙論』の第二から 第七項目と全く同じものである. 十善道は元来『阿含経』に見られる戒律であり,『華厳経』などの大乗経典にも 出ているが,十善道には大乗仏教において重要視される菩提心や慈悲心といった 内容は見られない.そのために,本当に十善道を大乗仏教の戒律とみなしていい のか,という疑問が生じる.この疑問に対して,霊弁は『華厳経論』において, 十善道は特定の修行者の戒律ではなく,三乗の修行者のいずれにも適応するもの であると主張している.この主張は,実は『十住毘婆沙論』にも見られるもので ある.『十住毘婆沙論』巻十四の「分別声聞辟支仏品第二」には,三乗のいずれも 十善道を大利益とし,修行者は十善道によってそれぞれ声聞地・辟支仏地・仏地 に到達することができる,と説かれている.これにより,『十住毘婆沙論』は,『十 霊弁の『華厳経論』と『十住毘婆沙論』(張) (69)

霊弁の『華厳経論』と『十住毘婆沙論』

張  文 良

はじめに

『華厳経論』は,六十巻『華厳経』の注釈書で,北魏の霊弁によって著されたも のである.また現存する『華厳経』に関する最古の注釈書でもある.『華厳経論』 は元来,百巻に及ぶ大著であるが,現存するのは 13 巻に過ぎない.しかしなが ら,本書は,六世紀初期の中国仏教者が,どのように『華厳経』を理解していた かを考察するための貴重な資料であることには変わりない.注目すべきことに, 『華厳経論』は,自説を展開する際に,「『毘婆沙論』に云うがごとき」という形 で,頻繁に『十住毘婆沙論』の内容を引用し,自身の主張を裏付けている.『華厳 経論』がこのような立場をとることには訳がある.周知のように,龍樹の作とさ れる『十住毘婆沙論』は,『十住経』に関する注釈書である.『十住経』と『華厳 経』の「十地品」とは,内容的に密接な関連があるので,霊弁が『華厳経論』を 著す際,とくに「十地品」を注釈する際に,『十住毘婆沙論』を参照したことは, 至極当然な流れといえよう. ただし,『十住毘婆沙論』は『十住経』の注釈書ではあるが,『十住経』全体の 内容を注釈したものではなく,菩薩十地の第二地である「無垢地」までの部分を 注釈したものである.『華厳経論』が『華厳経』の菩薩十地の第二地「無垢地」に ついて注釈するのは,現存する『華厳経論』の巻 52 の内容に当たる.まさにこの 箇所において,霊弁は『十住毘婆沙論』を引用しながら『華厳経』の内容を解説 している.本論は,この箇所に焦点をあわせて,『華厳経論』と『十住毘婆沙論』 との関連性と差異を考察し,霊弁の華厳思想の性格を浮き彫りにしようと試みる ものである.

1.十善道と上尸羅の再解釈

『十住毘婆沙論』は,霊弁にとって『十住経』の注釈書として貴重な先行研究で (68) 印度學佛敎學硏究第 65 巻第 1 号 平成 28 年 12 月

(2)

あり,『華厳経』の「十地品」を注釈する際のほぼ唯一の参考書でもあった.『十 住毘婆沙論』は「無垢地」を注釈しながら,主に「十善道」という概念を中心に 仏教の戒律を検討している.霊弁は『華厳経論』を撰述する際に,この『十住毘 婆沙論』の問題意識を共有し,同じく「十善道」についての議論を展開している. この過程において,『十住毘婆沙論』の説を引用した上で,自説を展開するような 場合がしばしば確認される. 十善道とは,六十巻『華厳経』の説によれば,不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄 語・不両舌・不悪口・不無義語・不貪・不瞋・不従事占相(習行正見)である.こ れは,『長阿含経』などにも見られ,出家者と在家者の両方に適応する戒律である とされる.さて,十善道の具体的な内容について,『十住毘婆沙論』と『華厳経 論』の説明には若干の相違が見られる.たとえば,『十住毘婆沙論』では,十善道 を離殺・離盗・離邪淫・離妄語・離両舌・離悪口・離散乱語・離貪・離瞋・離邪 見という「十離」で説明しているが,『華厳経論』では,これを離殺・離盗・離淫 (邪行)・離妄語・離両舌・離悪口・離無意語・知足離・慈忍離・真実離という「十 離」で説明している.後者の知足離・慈忍離・真実離という言い方には,離貪・ 離瞋・離邪見という説より中国文化的なニュアンスが感じられるが,意味として は両者に大差はない.また,「十離」の具体的な内容に関しても,両論の間には関 連性が見いだされる.たとえば,「離邪淫」について,『十住毘婆沙論』には七項 目からの説明が見られる.その第一項目は,女性からマッサージを受けたり,女 性と歓談したりすることを戒律違反と見なすという内容である.一方,『華厳経 論』は「離邪淫」を説明する際に,この『十住毘婆沙論』の第一項目を削除し, 六項目を用いて説明している.その六項目の内容は,『十住毘婆沙論』の第二から 第七項目と全く同じものである. 十善道は元来『阿含経』に見られる戒律であり,『華厳経』などの大乗経典にも 出ているが,十善道には大乗仏教において重要視される菩提心や慈悲心といった 内容は見られない.そのために,本当に十善道を大乗仏教の戒律とみなしていい のか,という疑問が生じる.この疑問に対して,霊弁は『華厳経論』において, 十善道は特定の修行者の戒律ではなく,三乗の修行者のいずれにも適応するもの であると主張している.この主張は,実は『十住毘婆沙論』にも見られるもので ある.『十住毘婆沙論』巻十四の「分別声聞辟支仏品第二」には,三乗のいずれも 十善道を大利益とし,修行者は十善道によってそれぞれ声聞地・辟支仏地・仏地 に到達することができる,と説かれている.これにより,『十住毘婆沙論』は,『十

霊弁の『華厳経論』と『十住毘婆沙論』

張  文 良

はじめに

『華厳経論』は,六十巻『華厳経』の注釈書で,北魏の霊弁によって著されたも のである.また現存する『華厳経』に関する最古の注釈書でもある.『華厳経論』 は元来,百巻に及ぶ大著であるが,現存するのは 13 巻に過ぎない.しかしなが ら,本書は,六世紀初期の中国仏教者が,どのように『華厳経』を理解していた かを考察するための貴重な資料であることには変わりない.注目すべきことに, 『華厳経論』は,自説を展開する際に,「『毘婆沙論』に云うがごとき」という形 で,頻繁に『十住毘婆沙論』の内容を引用し,自身の主張を裏付けている.『華厳 経論』がこのような立場をとることには訳がある.周知のように,龍樹の作とさ れる『十住毘婆沙論』は,『十住経』に関する注釈書である.『十住経』と『華厳 経』の「十地品」とは,内容的に密接な関連があるので,霊弁が『華厳経論』を 著す際,とくに「十地品」を注釈する際に,『十住毘婆沙論』を参照したことは, 至極当然な流れといえよう. ただし,『十住毘婆沙論』は『十住経』の注釈書ではあるが,『十住経』全体の 内容を注釈したものではなく,菩薩十地の第二地である「無垢地」までの部分を 注釈したものである.『華厳経論』が『華厳経』の菩薩十地の第二地「無垢地」に ついて注釈するのは,現存する『華厳経論』の巻 52 の内容に当たる.まさにこの 箇所において,霊弁は『十住毘婆沙論』を引用しながら『華厳経』の内容を解説 している.本論は,この箇所に焦点をあわせて,『華厳経論』と『十住毘婆沙論』 との関連性と差異を考察し,霊弁の華厳思想の性格を浮き彫りにしようと試みる ものである.

1.十善道と上尸羅の再解釈

『十住毘婆沙論』は,霊弁にとって『十住経』の注釈書として貴重な先行研究で

(3)

天の果報が尽きるならば,その尸羅も尽きてしまう.辟支仏は大悲心がないので, 涅槃に入ると尸羅も尽きてしまう.これに対して,菩薩は無所得空を証し,たえ ず他の一切の尸羅を生じるので,その尸羅が尽きることがない.

2.三聚浄戒と如来蔵の受容

以上のように,少なくとも「無垢地」の解釈に限っていえば,『華厳経論』と 『十住毘婆沙論』との間に関連性があることは明白である.ただし,『十住毘婆沙 論』が翻訳されてから『華厳経論』が完成するまでには,百年ほどの隔たりがあ り,その間に,他の翻訳経典や中国で撰述された経典が数多く流布している.し たがって,『華厳経論』が「無垢地」を解釈する際に,『十住毘婆沙論』だけに依 拠していたわけでない.実は『華厳経論』には,『十住毘婆沙論』以外にも,『涅 槃経』『菩薩地持経』『楞伽経』などからの影響も確認される.これが『華厳経論』 と『十住毘婆沙論』との間の内容面での差異を際立たせている要因となっている. そこでまず注目したいことは,『華厳経論』に「三聚浄戒」というカテゴリーが 導入されていることである.『華厳経』には「三種戒」や「三種浄戒」という言い 方はあるが,「三聚浄戒」という説はない.さらにそれは『十住毘婆沙論』にも見 られないものである.翻訳経典において,最初に「三聚浄戒」という概念が出る のは,『菩薩地持経』である.霊弁は『華厳経論』において,菩薩が「無垢地」に 入る条件とされる菩薩の「十心」を摂善法浄戒・摂律儀浄戒・摂衆生戒という「三 聚浄戒」によって捉えている.これは,『十住毘婆沙論』が単に「十善道」によっ てそれを捉えることとは対蹠的である.ただし,『華厳経論』は,『菩薩地持経』 などに出る「三聚浄戒」という概念を受容しているが,内容面では『菩薩地持経』 の考えをそのまま踏襲しているわけではない.むしろ『華厳経』の内容に基づい て「三聚浄戒」を解釈しているのである.たとえば,「三聚浄戒」の一つである 「摂律儀戒」について,『菩薩地持経』はそれを五戒・十戒・具足戒などの「声聞 戒」に配当しているが,霊弁はそれを単に身業清浄・口業清浄・意業清浄という 「三業清浄」によって説明している.さらに,『華厳経』の内容に沿って,その戒 相を「多聞勤学」,「修定」,「親近善友」,「知時而説」と解説している. 敦煌文献には,梁天監十八年(516)に勅命によってつくられた『出家人受菩薩 戒法』という戒律文献がある.これによれば,六世紀の初期,中国仏教界におい て,六種の戒法が流布していたようである.すなわち,①『梵網経』に基づく菩 薩戒法,② 高昌曇景が伝えた菩薩戒法(『菩薩地持経』と『梵網経』に基づく),③ 長 霊弁の『華厳経論』と『十住毘婆沙論』(張) (71) 住経』の内容に基づき,十善道を大乗仏教の戒律の体系に統合しようとする意図 を持っていることがわかる.したがって,『華厳経論』の立場は,『十住毘婆沙論』 のその意図を継承したものだといえるだろう. 十善道は,『阿含経』では「十善業道」とも称されており,元来,「業」や「六 道輪廻」といった説と密接な関係がある.『十住経』と『華厳経』の「十地品」に 「業」や「六道輪廻」に関連する内容がある.『十住毘婆沙論』は,十善道を上・ 下に分け,上十善道を修すれば,他化自在天に生まれ,下十善道を修すれば人間 として生まれるとし,十不善道を上・中・下に分け,不善道を行えば,上・中・ 下の業に応じてそれぞれ地獄・畜生・餓鬼に転生してしまうとする.霊弁は『華 厳経論』において,『十住毘婆沙論』の説を継承した上で,さらに十善道と十不善 道の果報を細かく説明し,十善道と因果応報との関係性を一層明らかにしている. 『十住毘婆沙論』には,十善道の他に,「尸羅」というキーワードもある.「尸 羅」(śīla)は善法を行ずるという意であり,「戒」の異名でもある.『十住毘婆沙 論』には,「声聞乗においては,身業と口業は尸羅と名づける」(T26. 110c)とあ る.声聞乗にすでに尸羅というものがあるとされるが,ではそれと大乗仏教で説 かれる「尸羅波羅蜜」とはどういう関係があるのだろうか.『十住毘婆沙論』は, 『宝頂経』(『宝積経』の異名)の説に基づいて六十種の尸羅波羅蜜を提示した上で, その六十種の尸羅波羅蜜を凡夫尸羅・声聞尸羅・辟支仏尸羅・菩薩尸羅・仏尸羅 という五つに分け,菩薩尸羅と仏尸羅を「上尸羅」と名づけている.なぜ「上尸 羅」と名づけるのかといえば,『十住毘婆沙論』の解釈によると,菩薩と仏は般若 空を体得し,一切法に執着しないからであるとされる.一方,霊弁は『華厳経論』 において,『十住毘婆沙論』の「上尸羅」という概念を受け継ぎ,「もし我もなく 我所もなく,もろもろの戯論を離れ,一切法に無所得となるならば,これを上尸 羅と名づける」(T26. 110c)と規定している.『十住毘婆沙論』と『華厳経論』は, いずれも空の立場に立って戒律を論じているため,声聞尸羅・辟支仏尸羅より菩 薩尸羅・仏尸羅の優位性を確立しようとすることは,当然なことといえるだろう. 『十住毘婆沙論』は,その優位性を説明するために「無尽意菩薩尸羅品」の説を 引用して,菩薩尸羅と仏尸羅を「最勝無上尸羅」と規定し,その特徴は無尽であ ると論じている.つまり,「阿羅漢や辟支仏たちが所有する尸羅はいずれも尽きる ことがあるが,菩薩尸羅は我もなく我所もなく,一切の所得を離れ,もろもろの 戯論を滅するので,尽きることがない」(T26. 111b)という.『華厳経論』もこの 『十住毘婆沙論』の説を継承している.『華厳経論』の説によれば,声聞はその人 (70) 霊弁の『華厳経論』と『十住毘婆沙論』(張)

(4)

天の果報が尽きるならば,その尸羅も尽きてしまう.辟支仏は大悲心がないので, 涅槃に入ると尸羅も尽きてしまう.これに対して,菩薩は無所得空を証し,たえ ず他の一切の尸羅を生じるので,その尸羅が尽きることがない.

2.三聚浄戒と如来蔵の受容

以上のように,少なくとも「無垢地」の解釈に限っていえば,『華厳経論』と 『十住毘婆沙論』との間に関連性があることは明白である.ただし,『十住毘婆沙 論』が翻訳されてから『華厳経論』が完成するまでには,百年ほどの隔たりがあ り,その間に,他の翻訳経典や中国で撰述された経典が数多く流布している.し たがって,『華厳経論』が「無垢地」を解釈する際に,『十住毘婆沙論』だけに依 拠していたわけでない.実は『華厳経論』には,『十住毘婆沙論』以外にも,『涅 槃経』『菩薩地持経』『楞伽経』などからの影響も確認される.これが『華厳経論』 と『十住毘婆沙論』との間の内容面での差異を際立たせている要因となっている. そこでまず注目したいことは,『華厳経論』に「三聚浄戒」というカテゴリーが 導入されていることである.『華厳経』には「三種戒」や「三種浄戒」という言い 方はあるが,「三聚浄戒」という説はない.さらにそれは『十住毘婆沙論』にも見 られないものである.翻訳経典において,最初に「三聚浄戒」という概念が出る のは,『菩薩地持経』である.霊弁は『華厳経論』において,菩薩が「無垢地」に 入る条件とされる菩薩の「十心」を摂善法浄戒・摂律儀浄戒・摂衆生戒という「三 聚浄戒」によって捉えている.これは,『十住毘婆沙論』が単に「十善道」によっ てそれを捉えることとは対蹠的である.ただし,『華厳経論』は,『菩薩地持経』 などに出る「三聚浄戒」という概念を受容しているが,内容面では『菩薩地持経』 の考えをそのまま踏襲しているわけではない.むしろ『華厳経』の内容に基づい て「三聚浄戒」を解釈しているのである.たとえば,「三聚浄戒」の一つである 「摂律儀戒」について,『菩薩地持経』はそれを五戒・十戒・具足戒などの「声聞 戒」に配当しているが,霊弁はそれを単に身業清浄・口業清浄・意業清浄という 「三業清浄」によって説明している.さらに,『華厳経』の内容に沿って,その戒 相を「多聞勤学」,「修定」,「親近善友」,「知時而説」と解説している. 敦煌文献には,梁天監十八年(516)に勅命によってつくられた『出家人受菩薩 戒法』という戒律文献がある.これによれば,六世紀の初期,中国仏教界におい て,六種の戒法が流布していたようである.すなわち,①『梵網経』に基づく菩 薩戒法,② 高昌曇景が伝えた菩薩戒法(『菩薩地持経』と『梵網経』に基づく),③ 長 住経』の内容に基づき,十善道を大乗仏教の戒律の体系に統合しようとする意図 を持っていることがわかる.したがって,『華厳経論』の立場は,『十住毘婆沙論』 のその意図を継承したものだといえるだろう. 十善道は,『阿含経』では「十善業道」とも称されており,元来,「業」や「六 道輪廻」といった説と密接な関係がある.『十住経』と『華厳経』の「十地品」に 「業」や「六道輪廻」に関連する内容がある.『十住毘婆沙論』は,十善道を上・ 下に分け,上十善道を修すれば,他化自在天に生まれ,下十善道を修すれば人間 として生まれるとし,十不善道を上・中・下に分け,不善道を行えば,上・中・ 下の業に応じてそれぞれ地獄・畜生・餓鬼に転生してしまうとする.霊弁は『華 厳経論』において,『十住毘婆沙論』の説を継承した上で,さらに十善道と十不善 道の果報を細かく説明し,十善道と因果応報との関係性を一層明らかにしている. 『十住毘婆沙論』には,十善道の他に,「尸羅」というキーワードもある.「尸 羅」(śīla)は善法を行ずるという意であり,「戒」の異名でもある.『十住毘婆沙 論』には,「声聞乗においては,身業と口業は尸羅と名づける」(T26. 110c)とあ る.声聞乗にすでに尸羅というものがあるとされるが,ではそれと大乗仏教で説 かれる「尸羅波羅蜜」とはどういう関係があるのだろうか.『十住毘婆沙論』は, 『宝頂経』(『宝積経』の異名)の説に基づいて六十種の尸羅波羅蜜を提示した上で, その六十種の尸羅波羅蜜を凡夫尸羅・声聞尸羅・辟支仏尸羅・菩薩尸羅・仏尸羅 という五つに分け,菩薩尸羅と仏尸羅を「上尸羅」と名づけている.なぜ「上尸 羅」と名づけるのかといえば,『十住毘婆沙論』の解釈によると,菩薩と仏は般若 空を体得し,一切法に執着しないからであるとされる.一方,霊弁は『華厳経論』 において,『十住毘婆沙論』の「上尸羅」という概念を受け継ぎ,「もし我もなく 我所もなく,もろもろの戯論を離れ,一切法に無所得となるならば,これを上尸 羅と名づける」(T26. 110c)と規定している.『十住毘婆沙論』と『華厳経論』は, いずれも空の立場に立って戒律を論じているため,声聞尸羅・辟支仏尸羅より菩 薩尸羅・仏尸羅の優位性を確立しようとすることは,当然なことといえるだろう. 『十住毘婆沙論』は,その優位性を説明するために「無尽意菩薩尸羅品」の説を 引用して,菩薩尸羅と仏尸羅を「最勝無上尸羅」と規定し,その特徴は無尽であ ると論じている.つまり,「阿羅漢や辟支仏たちが所有する尸羅はいずれも尽きる ことがあるが,菩薩尸羅は我もなく我所もなく,一切の所得を離れ,もろもろの 戯論を滅するので,尽きることがない」(T26. 111b)という.『華厳経論』もこの 『十住毘婆沙論』の説を継承している.『華厳経論』の説によれば,声聞はその人

(5)

翻訳では,主に大乗仏教の中観系のものが中心であったが,曇無讖の翻訳によっ て,大乗仏教の如来蔵系の経論も中国に伝来されることになったのである.そし て,その後,『勝鬘経』や『楞伽経』が翻訳されると,仏性(如来蔵)思想は次第 に中国仏教に定着していくようになった.中国仏教は晋宋の間に般若学から涅槃 学へと転向したということはすでに指摘されているが,戒律の面においても,そ のような転向の兆しを見いだすことができる.たとえば,中国撰述とされる『梵 網経』には,仏性と関連づけて戒律を論じるような思想も窺われる.このような 時代的風潮の影響のもと,霊弁が『華厳経論』において大乗戒律思想を仏性(如 来蔵)によって展開したことは不思議なことではない.

3.

『華厳経論』が「論」と名づけられる理由

中国の仏経注釈史の研究においては,横超慧日などのすぐれた先行研究が存在 する.それらによれば,中国の仏経注釈は,形式的には「注」から「疏」へと変 化している.「注」の対象は分量が少ない短い経典であるため,注釈する際に,原 文全文を抄録する必要がある.これに対して,「疏」の対象は分量が多い長い経典 であるため,注釈する際に,原文全文を抄録する必要がない.「義疏」や「玄義」 なども「疏」の一種である.当然,これらは儒家の注疏の伝統に影響された部分 もあるが,仏経に対する「注」と「疏」は,中国仏教思想の発展に計り知れない 大きな役割を果たした. 一方,中国の仏教文献には,「肇論」や「黒白論」のように,書名に「論」とい う文字が入った文献も存在している.しかし,それらはいずれも論文や論文集の ような内容であって,経典の注釈書ではない.『華厳経論』と「論」という名称を つけられた注釈書は,南北朝時代では極めて珍しいものである.「経は仏によって 説かれ,論は菩薩によって造られる」といわれるように,あくまでも,経は仏に よって説かれたものであり,論は菩薩によって造られたものとされる.中国にお いて菩薩といえば,仏典に現れる文殊菩薩や観音菩薩のように神格化された存在 か,龍樹や世親のように天竺で活躍した碩学に限られる.こうした文化的背景に おいて,『華厳経論』という注釈書の出現は,むしろ一種の例外であるといえるだ ろう.霊弁はどうして「疏」という名称を避け,あえて自分の注釈書を「論」と 名づけたのであろうか.霊弁の伝記を読めばわかるように,彼は五台山で一年間, 懸命に修行に励み,文殊菩薩の加持力を獲得し,『華厳経』の奥義を一気に証得し たというエピソードがある.もしそれが事実であれば,霊弁は自分が文殊菩薩の 霊弁の『華厳経論』と『十住毘婆沙論』(張) (73) 沙寺の玄暢が伝えた菩薩戒法,④ 建康(今の南京)で流布していた菩薩戒法(『優 婆塞戒経』に基づく),⑤『菩薩瓔珞善戒経』に基づく菩薩戒法,⑥『観普賢行経』 に基づいて作られた菩薩戒法である.いずれにせよ,すでに五世紀から六世紀の 間に,『菩薩地持経』などの翻訳と,『梵網経』や『菩薩瓔珞本業経』の流布によっ て,菩薩戒法や「三聚浄戒」といった概念が中国仏教界に定着していたようであ る.このように見ると,『華厳経論』の「三聚浄戒」説は,その流れの延長線にあ るものだといえるだろう. もう一つ注目すべきことは,『華厳経論』が仏性(如来蔵)説を大乗戒律に導入 したことである.まず,声聞と菩薩との差異については,次のように述べている. 菩薩は,真如般若によって,諸の衆生に如来蔵が具わっていることを知り,大悲を常に 養い,(衆生を)教化して巧みに清らかにし,これ(如来蔵)を早く見させる.その故 に,大悲は必ず盛んとなる.声聞にはこの智がないので,大悲心が薄いのである.(菩薩 以真如般若,知諸衆生具如来蔵,長養大悲,教化善浄,令早見之.是故大悲決定熾然. 声聞無是智,故大悲心薄.)『花厳経論』巻 51,33 頁 つまり,声聞と菩薩の差異は大悲心の有無にあるが,大悲心が生じる根拠は衆生 の如来蔵の存在に対する認知によるのである.さらに,菩薩尸羅について,霊弁 は次のように述べている. 菩薩がこのように真如性に順応して尸羅に留まることを,随順と名づける.持戒力が大 悲に勝り,清浄心に勝ることは,如来蔵に依って衆生に涅槃を覚らせるからである.(菩 薩如是応真如性住尸羅者,名為随順.持戒力能勝大悲,勝清浄心,依如来蔵,令彼覚涅 槃故.)『花厳経論』巻 52,69 頁 つまり,霊弁の考えでは,菩薩の持戒力は大悲心や清浄心より優れているとされ るのである.なぜならば,菩薩の持戒力は衆生に涅槃を覚らせるからである.衆 生が涅槃を覚るのは,菩薩の大悲心以外にも,自身の如来蔵があることによる. 衆生に如来蔵があるため,菩薩の教化を受け,涅槃を覚るのである.『十住毘婆沙 論』はもっぱら救済の主体である菩薩の無所得と大悲心を強調しているが,『華厳 経論』は救済の対象である衆生の特質,すなわち一切衆生に如来蔵があるという ことを強調している.救済には菩薩と衆生の相互の働きかけが必要であるはずで ある.したがって,衆生の側に悟ることのできる潜在力がなければ,たとえ菩薩 の側に一方的な救済の働きがあっても,本当の救済は成り立たないであろう. 曇無讖は『菩薩地持経』を翻訳するのと同時に,『涅槃経』も翻訳した.このこ とにより,仏性(如来蔵)思想が中国仏教界に伝えられた.これ以前の鳩摩羅什の (72) 霊弁の『華厳経論』と『十住毘婆沙論』(張)

(6)

翻訳では,主に大乗仏教の中観系のものが中心であったが,曇無讖の翻訳によっ て,大乗仏教の如来蔵系の経論も中国に伝来されることになったのである.そし て,その後,『勝鬘経』や『楞伽経』が翻訳されると,仏性(如来蔵)思想は次第 に中国仏教に定着していくようになった.中国仏教は晋宋の間に般若学から涅槃 学へと転向したということはすでに指摘されているが,戒律の面においても,そ のような転向の兆しを見いだすことができる.たとえば,中国撰述とされる『梵 網経』には,仏性と関連づけて戒律を論じるような思想も窺われる.このような 時代的風潮の影響のもと,霊弁が『華厳経論』において大乗戒律思想を仏性(如 来蔵)によって展開したことは不思議なことではない.

3.

『華厳経論』が「論」と名づけられる理由

中国の仏経注釈史の研究においては,横超慧日などのすぐれた先行研究が存在 する.それらによれば,中国の仏経注釈は,形式的には「注」から「疏」へと変 化している.「注」の対象は分量が少ない短い経典であるため,注釈する際に,原 文全文を抄録する必要がある.これに対して,「疏」の対象は分量が多い長い経典 であるため,注釈する際に,原文全文を抄録する必要がない.「義疏」や「玄義」 なども「疏」の一種である.当然,これらは儒家の注疏の伝統に影響された部分 もあるが,仏経に対する「注」と「疏」は,中国仏教思想の発展に計り知れない 大きな役割を果たした. 一方,中国の仏教文献には,「肇論」や「黒白論」のように,書名に「論」とい う文字が入った文献も存在している.しかし,それらはいずれも論文や論文集の ような内容であって,経典の注釈書ではない.『華厳経論』と「論」という名称を つけられた注釈書は,南北朝時代では極めて珍しいものである.「経は仏によって 説かれ,論は菩薩によって造られる」といわれるように,あくまでも,経は仏に よって説かれたものであり,論は菩薩によって造られたものとされる.中国にお いて菩薩といえば,仏典に現れる文殊菩薩や観音菩薩のように神格化された存在 か,龍樹や世親のように天竺で活躍した碩学に限られる.こうした文化的背景に おいて,『華厳経論』という注釈書の出現は,むしろ一種の例外であるといえるだ ろう.霊弁はどうして「疏」という名称を避け,あえて自分の注釈書を「論」と 名づけたのであろうか.霊弁の伝記を読めばわかるように,彼は五台山で一年間, 懸命に修行に励み,文殊菩薩の加持力を獲得し,『華厳経』の奥義を一気に証得し たというエピソードがある.もしそれが事実であれば,霊弁は自分が文殊菩薩の 沙寺の玄暢が伝えた菩薩戒法,④ 建康(今の南京)で流布していた菩薩戒法(『優 婆塞戒経』に基づく),⑤『菩薩瓔珞善戒経』に基づく菩薩戒法,⑥『観普賢行経』 に基づいて作られた菩薩戒法である.いずれにせよ,すでに五世紀から六世紀の 間に,『菩薩地持経』などの翻訳と,『梵網経』や『菩薩瓔珞本業経』の流布によっ て,菩薩戒法や「三聚浄戒」といった概念が中国仏教界に定着していたようであ る.このように見ると,『華厳経論』の「三聚浄戒」説は,その流れの延長線にあ るものだといえるだろう. もう一つ注目すべきことは,『華厳経論』が仏性(如来蔵)説を大乗戒律に導入 したことである.まず,声聞と菩薩との差異については,次のように述べている. 菩薩は,真如般若によって,諸の衆生に如来蔵が具わっていることを知り,大悲を常に 養い,(衆生を)教化して巧みに清らかにし,これ(如来蔵)を早く見させる.その故 に,大悲は必ず盛んとなる.声聞にはこの智がないので,大悲心が薄いのである.(菩薩 以真如般若,知諸衆生具如来蔵,長養大悲,教化善浄,令早見之.是故大悲決定熾然. 声聞無是智,故大悲心薄.)『花厳経論』巻 51,33 頁 つまり,声聞と菩薩の差異は大悲心の有無にあるが,大悲心が生じる根拠は衆生 の如来蔵の存在に対する認知によるのである.さらに,菩薩尸羅について,霊弁 は次のように述べている. 菩薩がこのように真如性に順応して尸羅に留まることを,随順と名づける.持戒力が大 悲に勝り,清浄心に勝ることは,如来蔵に依って衆生に涅槃を覚らせるからである.(菩 薩如是応真如性住尸羅者,名為随順.持戒力能勝大悲,勝清浄心,依如来蔵,令彼覚涅 槃故.)『花厳経論』巻 52,69 頁 つまり,霊弁の考えでは,菩薩の持戒力は大悲心や清浄心より優れているとされ るのである.なぜならば,菩薩の持戒力は衆生に涅槃を覚らせるからである.衆 生が涅槃を覚るのは,菩薩の大悲心以外にも,自身の如来蔵があることによる. 衆生に如来蔵があるため,菩薩の教化を受け,涅槃を覚るのである.『十住毘婆沙 論』はもっぱら救済の主体である菩薩の無所得と大悲心を強調しているが,『華厳 経論』は救済の対象である衆生の特質,すなわち一切衆生に如来蔵があるという ことを強調している.救済には菩薩と衆生の相互の働きかけが必要であるはずで ある.したがって,衆生の側に悟ることのできる潜在力がなければ,たとえ菩薩 の側に一方的な救済の働きがあっても,本当の救済は成り立たないであろう. 曇無讖は『菩薩地持経』を翻訳するのと同時に,『涅槃経』も翻訳した.このこ とにより,仏性(如来蔵)思想が中国仏教界に伝えられた.これ以前の鳩摩羅什の

(7)

新藤晋海「霊辨述華厳経論新発見分の紹介(四)」『南都仏教』12 (1962): 112–132. 新藤晋海「霊辨述華厳経論新発見分の紹介(五)」『南都仏教』13 (1963): 116–141. 石井公成「敦煌写本の中の霊弁『華厳経論』断簡」鎌田茂雄博士古稀記念会編『華厳学 論集』大蔵出版,1997,155–175. 〈二次文献〉 横超慧日 1937「釈経史考」『支那仏教史学』1 (1): 75–110. 平川彰 1957「十住毘婆沙論の著者について」『印仏研』5 (2): 176–181. ――― 1990「初期大乗仏教戒学の十善道」『平川彰著作集』第 7 巻,春秋社,201–238. 土橋秀高 1980「ぺリオ 「出家人受菩薩戒法」 について」『戒律の研究』永田文昌堂,832– 886. 諏訪義純 1997「梁天監十八年勅写 「出家人受菩薩戒法巻第一」 について」『中国南朝仏教 史の研究』法蔵館,85–102. 船山徹 1995「六朝時代における菩薩戒の受容過程――劉宋・南斉期を中心に」『東方学 報』67: 1–135. (本論文は中国教育部人文社会科研究プロジェクト「日本に保存される中国仏教典籍の研 究」の成果の一部分である) 〈キーワード〉 霊弁,『華厳経論』,『十住毘婆沙論』 (中国人民大学仏教与宗教学理論研究所教授,文博) 陳継東 著

小栗栖香頂の清末中国体験

近代日中仏教交流の開端

A5 版・726 頁・本体価格 15,000 円 山喜房佛書林・2016 年 3 月 新刊紹介 霊弁の『華厳経論』と『十住毘婆沙論』(張) (75) 代言者として『華厳経』を注釈しているという認識があったのかもしれない.文 殊菩薩の代言者として注釈を施したのであれば,霊弁が自分の著作を「論」と名 づけたことも一理あるといえる. 『華厳経論』と『十住毘婆沙論』を比べてみると,まず両者の形式上の類似性が 注目される.たとえば,両書いずれも,原文の全文の引用ではなく,肝心な部分 だけを引用している.しかも,いずれも原文の散文部分ではなく韻文部分を引用 する傾向がある.注釈を施すときに,「総相」と「別相」というカテゴリーを用い て,それぞれにその段の経文の主旨と個別の意味を敷衍している.さらに,いず れも問答を用いて論題についてさらに一歩踏み込んで検討している.このような 形式上の特徴は,『十住毘婆沙論』だけのものに限らず,『華厳経論』が引用して いる『大智度論』や『俱舎論』などにも共通に見られるものであるが,注釈され る対象との関連性から見ると,『華厳経論』は形式上,他の先行する注釈書よりも 『十住毘婆沙論』の影響をより多く受けていると考えられる.「論」という名前も, 『十住毘婆沙論』の影響で名づけられたではないかとも推測することができるので はないだろうか.

まとめ

北魏仏教の大乗戒重視については,従来,その根拠は主に涅槃宗の人々の『涅 槃経』解釈に求められている.『華厳経論』を見れば明らかなように,中国の仏教 者には『華厳経』の解釈において,すでに大乗戒重視の姿勢が見られるのである. このような伝統は,『十地経』や『十住毘婆沙論』に遡ることができ,後の地論 宗・華厳宗につながり,中国大乗戒律思想の大きな流れになったのである.『華厳 経論』は,形式上においても,内容上においても,『十住毘婆沙論』の影響を多く 受けている.それと同時に,両者の間の差異も目につく.とくに,「三聚浄戒」と 如来蔵思想の導入は,中国戒律思想の展開においては無視できない重要な内容で ある.『華厳経論』と『十住毘婆沙論』との比較を通して,インド仏教と中国仏教 との間に連続性と断絶性の両面があることを認識することができる. 〈一次文献〉 韓国普照研究院編『花厳経論』仏日出版社,2003. 新藤晋海「霊辨述華厳経論新発見分の紹介」『南都仏教』9 (1961): 105–126. 新藤晋海「霊辨述華厳経論新発見分の紹介(二)」『南都仏教』10 (1961): 101–125. 新藤晋海「霊辨述華厳経論新発見分の紹介(三)」『南都仏教』11 (1962): 121–143. (74) 霊弁の『華厳経論』と『十住毘婆沙論』(張)

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新藤晋海「霊辨述華厳経論新発見分の紹介(四)」『南都仏教』12 (1962): 112–132. 新藤晋海「霊辨述華厳経論新発見分の紹介(五)」『南都仏教』13 (1963): 116–141. 石井公成「敦煌写本の中の霊弁『華厳経論』断簡」鎌田茂雄博士古稀記念会編『華厳学 論集』大蔵出版,1997,155–175. 〈二次文献〉 横超慧日 1937「釈経史考」『支那仏教史学』1 (1): 75–110. 平川彰 1957「十住毘婆沙論の著者について」『印仏研』5 (2): 176–181. ――― 1990「初期大乗仏教戒学の十善道」『平川彰著作集』第 7 巻,春秋社,201–238. 土橋秀高 1980「ぺリオ 「出家人受菩薩戒法」 について」『戒律の研究』永田文昌堂,832– 886. 諏訪義純 1997「梁天監十八年勅写 「出家人受菩薩戒法巻第一」 について」『中国南朝仏教 史の研究』法蔵館,85–102. 船山徹 1995「六朝時代における菩薩戒の受容過程――劉宋・南斉期を中心に」『東方学 報』67: 1–135. (本論文は中国教育部人文社会科研究プロジェクト「日本に保存される中国仏教典籍の研 究」の成果の一部分である) 〈キーワード〉 霊弁,『華厳経論』,『十住毘婆沙論』 (中国人民大学仏教与宗教学理論研究所教授,文博) 陳継東 著

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まとめ

北魏仏教の大乗戒重視については,従来,その根拠は主に涅槃宗の人々の『涅 槃経』解釈に求められている.『華厳経論』を見れば明らかなように,中国の仏教 者には『華厳経』の解釈において,すでに大乗戒重視の姿勢が見られるのである. このような伝統は,『十地経』や『十住毘婆沙論』に遡ることができ,後の地論 宗・華厳宗につながり,中国大乗戒律思想の大きな流れになったのである.『華厳 経論』は,形式上においても,内容上においても,『十住毘婆沙論』の影響を多く 受けている.それと同時に,両者の間の差異も目につく.とくに,「三聚浄戒」と 如来蔵思想の導入は,中国戒律思想の展開においては無視できない重要な内容で ある.『華厳経論』と『十住毘婆沙論』との比較を通して,インド仏教と中国仏教 との間に連続性と断絶性の両面があることを認識することができる. 〈一次文献〉 韓国普照研究院編『花厳経論』仏日出版社,2003. 新藤晋海「霊辨述華厳経論新発見分の紹介」『南都仏教』9 (1961): 105–126. 新藤晋海「霊辨述華厳経論新発見分の紹介(二)」『南都仏教』10 (1961): 101–125. 新藤晋海「霊辨述華厳経論新発見分の紹介(三)」『南都仏教』11 (1962): 121–143.

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